ゲスト
(ka0000)
【初夢】食わせろっ、祭狂賽握餅
マスター:奈華里
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/01/10 12:00
- 完成日
- 2016/01/23 03:10
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ここはなんの変哲もない街だった。
しいていえば特産品はトマトで、毎年夏の終わりが近付くと盛大なトマト祭りが開催されるくらいだ。去年もその催しは行われて、好評だった事はまだ記憶に新しい。
「ほう、投げる事に長けた人種ですか…面白い」
男はその街を訪れて、密かに微笑む。
彼はここの住民ではない。長い髪を一本に編込んで、切れ長の眉に驚くほど色白な肌。
何処か浮世離れした彼のいで立ちはここクリムゾンウェストともリアルブルーのものとも違う。しいてあげれば、一昔前のリアルブルーの武士に近いだろうか。そんな彼がこの街に目を付けたのはただの偶然だ。いつの間にやら転生したこの場所で――しかし、これと言ってやりたい事が見つからない。けれど、彼は不思議な力を持っていた。
そう、それは人の心に少し干渉する力――人の欲求を促進させる力。
「くくっ、ここの者達は何かを投げたがっているようですね…でしたら、少し力を貸して差し上げましょうか」
それはただの暇潰しだ。袖の下にある筆を取り出して、さらさらと言葉を書きつける。
そして、それを空に投げるとその紙は光の粒子となって街中へと広がる。
(楽しくなりますよ…正月には打ってつけの馬鹿騒ぎにねぇ)
男はくすりと笑う。彼の描いた紙には【餅を投げるべし】と書かれていた。
さて、日が変わって――その言葉は現実となり、町は騒然とする。
「うらぁぁぁ、喰らえやぁ」
「何おぅ、そっちこそ餅まみれにしてやらぁ」
餅という存在を知っていたかも怪しい人々が一斉に餅を搗き、街中で投げ始めたのだ。それはまさにトマト祭りを彷彿とさせる光景…。しかし、投げるものが搗き立ての餅であるからたちが悪い。
「あっち、なにしやがるっ!」
「髪について離れないじゃん。もうどうしてくれんのよっ」
人々が狂ったように餅を投げ合い負傷者多数であるが、それでも彼らは投げ続ける。
というか、やめたくてもやめられないのだ。深淵にある欲求が彼等を動かし続ける。その姿は餅に狂ったバーサーカーのようで、ふらりと訪れた旅人がその光景に逃げ出す程だ。
が、その中で一人その状況を打破しようとする者がいた。
それは三十を過ぎたかと思われる、こちらでいえば傭兵風の男だ。鉢巻を巻いた彼は何故か鍋蓋を片手に、飛び来る餅を掻い潜り町人達を必死に止めに入っている。
「落ち着くさねっ、こんなの餅が勿体ないさぁ~」
がその言葉は届かない。彼の姿等目に入っていないようで町人は強引に彼をはねのける。
「全く、訳が判らないさぁ!」
そこで彼は手にしていた餅付きの鍋蓋を近くの住民に押し当てた。
するとそれが丁度顔面にひっつき、思わずもぐもぐ餅を咀嚼する。すると、
「あれ、俺は…一体?」
「戻ったさねっ!」
怪我の功名とはこの事だった。
その餅投げ祭りを終わらせるには彼らが投げる餅を逆に食べさせれば良いらしい。
「解除方法は判ったさね…しかし、この街全体となると…」
住民は一体何人いるのか判らない。彼自身もこの世界の住人ではなく、気付けばこの世界にいたくちであり、なんとなく巻き込まれたに過ぎない。
「あんた、ここの人口判るさぁ?」
正気を取り戻した一人に彼が尋ねる。
「えと…せんに」
「やっぱ聞かない事にするさね」
千…その数だけでも途方もない数だ。
そんな数の人間一人一人に餅を食わして回る事等果たしてできるのだろうか? しかし、
(やるしかないさね…)
どこかそんな使命感にかられて、彼は鍋の蓋を再び握りしめる。
「この近くに力を貸してくれる人間が集まる場所はあるさぁ?」
そう尋ねて助けた住民からハンターオフィスの事を聞くと、彼はそこへ直行する。
だが、その途中彼はあの男に出会ってしまった。
そして彼は複数の鍋蓋に姿を変えられ、その場に転がり新たな救世主がやってくるのを待つ事になるのだった。
しいていえば特産品はトマトで、毎年夏の終わりが近付くと盛大なトマト祭りが開催されるくらいだ。去年もその催しは行われて、好評だった事はまだ記憶に新しい。
「ほう、投げる事に長けた人種ですか…面白い」
男はその街を訪れて、密かに微笑む。
彼はここの住民ではない。長い髪を一本に編込んで、切れ長の眉に驚くほど色白な肌。
何処か浮世離れした彼のいで立ちはここクリムゾンウェストともリアルブルーのものとも違う。しいてあげれば、一昔前のリアルブルーの武士に近いだろうか。そんな彼がこの街に目を付けたのはただの偶然だ。いつの間にやら転生したこの場所で――しかし、これと言ってやりたい事が見つからない。けれど、彼は不思議な力を持っていた。
そう、それは人の心に少し干渉する力――人の欲求を促進させる力。
「くくっ、ここの者達は何かを投げたがっているようですね…でしたら、少し力を貸して差し上げましょうか」
それはただの暇潰しだ。袖の下にある筆を取り出して、さらさらと言葉を書きつける。
そして、それを空に投げるとその紙は光の粒子となって街中へと広がる。
(楽しくなりますよ…正月には打ってつけの馬鹿騒ぎにねぇ)
男はくすりと笑う。彼の描いた紙には【餅を投げるべし】と書かれていた。
さて、日が変わって――その言葉は現実となり、町は騒然とする。
「うらぁぁぁ、喰らえやぁ」
「何おぅ、そっちこそ餅まみれにしてやらぁ」
餅という存在を知っていたかも怪しい人々が一斉に餅を搗き、街中で投げ始めたのだ。それはまさにトマト祭りを彷彿とさせる光景…。しかし、投げるものが搗き立ての餅であるからたちが悪い。
「あっち、なにしやがるっ!」
「髪について離れないじゃん。もうどうしてくれんのよっ」
人々が狂ったように餅を投げ合い負傷者多数であるが、それでも彼らは投げ続ける。
というか、やめたくてもやめられないのだ。深淵にある欲求が彼等を動かし続ける。その姿は餅に狂ったバーサーカーのようで、ふらりと訪れた旅人がその光景に逃げ出す程だ。
が、その中で一人その状況を打破しようとする者がいた。
それは三十を過ぎたかと思われる、こちらでいえば傭兵風の男だ。鉢巻を巻いた彼は何故か鍋蓋を片手に、飛び来る餅を掻い潜り町人達を必死に止めに入っている。
「落ち着くさねっ、こんなの餅が勿体ないさぁ~」
がその言葉は届かない。彼の姿等目に入っていないようで町人は強引に彼をはねのける。
「全く、訳が判らないさぁ!」
そこで彼は手にしていた餅付きの鍋蓋を近くの住民に押し当てた。
するとそれが丁度顔面にひっつき、思わずもぐもぐ餅を咀嚼する。すると、
「あれ、俺は…一体?」
「戻ったさねっ!」
怪我の功名とはこの事だった。
その餅投げ祭りを終わらせるには彼らが投げる餅を逆に食べさせれば良いらしい。
「解除方法は判ったさね…しかし、この街全体となると…」
住民は一体何人いるのか判らない。彼自身もこの世界の住人ではなく、気付けばこの世界にいたくちであり、なんとなく巻き込まれたに過ぎない。
「あんた、ここの人口判るさぁ?」
正気を取り戻した一人に彼が尋ねる。
「えと…せんに」
「やっぱ聞かない事にするさね」
千…その数だけでも途方もない数だ。
そんな数の人間一人一人に餅を食わして回る事等果たしてできるのだろうか? しかし、
(やるしかないさね…)
どこかそんな使命感にかられて、彼は鍋の蓋を再び握りしめる。
「この近くに力を貸してくれる人間が集まる場所はあるさぁ?」
そう尋ねて助けた住民からハンターオフィスの事を聞くと、彼はそこへ直行する。
だが、その途中彼はあの男に出会ってしまった。
そして彼は複数の鍋蓋に姿を変えられ、その場に転がり新たな救世主がやってくるのを待つ事になるのだった。
リプレイ本文
●勇者は僅か四名
トマトで真っ赤に染まる街――そんな通り名がついていたのはいつの事だったろうか。
年明け早々起こった異変で今やこの街は餅暴徒の拠点と化している。目を疑う様な速さで搗き上げられてゆく餅に、熱さも構わず少しの粉を手に塗って投げる住民達。その投げ方たるはまさにプロ。もし餅投げ大会が開催されれば、彼らが群を抜いて一位を獲得するだろう。
「餅を投げる暴走した住人ですか。訳が判らない状況ですが、とりあえず投げられているお餅を住民に食べさせればよいのですね」
拾った鍋蓋から声が聞こえて、少し困惑しつつも少女、エルバッハ・リオン(ka2434)が尋ねる。
『そうさね。しかし、相手は千人を超えるさぁ…十分気を…えっ』
鍋蓋がそう言いかけたが視界がパッと変わって、何事かと己の角度を変えてみれば、彼女は大胆にも着ているドレスを脱ぎ始めている事に気付く。
『あ、いや…その…俺は、何も見てないさねっ…』
少女の行動に慌ててまた転がる鍋蓋。本当の姿を知ったら彼女はどう思うだろうと、鍋蓋は気が気ではない。
しかし、彼女はその点に無頓着であった。風変りな両親に育てられたせいか、羞恥心というものがあまりないらしい。
「よし、これで準備完了ですね」
あっという間に着替えたビキニアーマー。それが彼女の勝負服なのか、とても満足げだ。
『あの…何故、着替えたさね?』
鍋蓋が問う。
「そんなの簡単です。少し寒いですが、これならドレスは守れますから」
ドレスを守る。女子の考える事は全くもって判らないと思う鍋蓋である。
そんな所へもう一人の勇者がやってくる。
「ここはあの時のトマトの街、か。いつの間に来たんだ?」
目の前の光景と自分の記憶が一致しないらしい。辺りを見回し、自分の置かれた状態の把握を試みる。
そして、目に留まったのが彼女で…とりあえず見知った顔の所へと歩み寄ってくる。
「確か祭りの時いただろう。これは一体どうなっているんだ?」
祭りとは勿論トマト祭りの事だ。彼女はその時もビキニアーマーだったから印象に残っていたのかもしれない。
『詳しい事は俺が説明するさね』
「え…」
その声の出所に彼は大きく動揺した。
「あ…今、その鍋蓋から声がしなかったか?」
あっさりと適応したエルバッハに対して、ザレム・アズール(ka0878)の反応は一般的だ。
「俺もマジ、これ拾った時はびっしりしたよ」
けらけらと笑いながら道元 ガンジ(ka6005)が言う。
「わ、私も…その、今でも信じ、られない…です」
そう言うのはミオレスカ(ka3496)だ。
彼女の性格なのだろう少しおどおどした様子であるが、彼らの元へとやってくる。
『今の所、俺を見つけてくれたのはこの四人さねっ』
それぞれの鍋蓋が声をハモらせて言う。そして、鍋蓋は知りうる事を彼らに打ち明ける。
「成程…って事はその東方の住人っぽい奴が怪しいな」
鍋蓋が元人間だったという事を聞き、彼を変えたという人物を探してみようと思うザレムである。
「私はとにかく住人の鎮圧に向かいます」
とこれはエルバッハだ。
「なんか止めるこたぁ無ぇと思うけど…無理矢理はよくねぇよなぁ。って事で俺は鍋を探すよ」
「鍋…ですか?」
突然言い出したガンジの意見に首を傾げるミオレスカ。
料理は好きであるし、自分もお餅を調理しようと思っていた一人であるから彼に興味がわいたらしい。
「おうよ。トマト祭りする村なら、イベント向けに『巨大な鍋』位ある筈だもん。となれば餅も入れて鍋パーする! そうすれば皆笑顔で万々歳じゃん♪」
半分は自分が食べたいだけのようだが、まぁそれも悪くない。出来る事を全てやろうと決めた彼等である。
「あの、だったら私はお餅を焼いて、香りで住人さんを誘い出したいと思います」
七輪で焼いたお餅美味しさ。表面のおこげを連想すれば、自然と唾液が込み上げてくる。
「よし、では行くか」
それぞれのやる事が決まり、四人は村の入り口へと向かう。
(数は少ないけども、頼りになりそうさね)
鍋蓋が思う。そして、最後まできっちりサポートしようと心に刻むのだった。
さて、ここで時間は少し遡る。餅暴徒と化す前、この街には二人のハンターが滞在していた。
その一人はここのピザを求めて…絶品のトマトソースにのせる具は大量のキノコだ。
「やっぱりキノコうま―! カロリーも低いし何にでも合うし、あの人の常備食だし、外せないのだよっ!」
焼き立てピザを口に運びつつ、彼女は御機嫌だ。尊敬するある人物と同じものを食べている喜びに浸り、追加注文を考える。
「次はマッシュルームをやめて、椎茸にしようかな?」
そんな事を考え始めたその時だった。
パァァと視界が真っ白になり、次の瞬間浮かんだのは搗き立ての餅だ。
「そうだ。餅投げなきゃ!」
ピザの注文を取りやめて、彼女・超級 まりお(ka0824)はフラフラと表に出る。
そして飛び交う餅を見た瞬間、自我が変な方向に振り切れる。
「モチッ、モチッ、モチチ~!」
訳のわらない奇声を発し何処からともなく紙袋を取り出すと、二つの穴を開け頭部に装着する。
(僕はモチ…モチコソオンリーワン)
住民のみならず、滞在していたハンターにも及んだ男の力。彼の力に抗えず、まりおはそのまま餅を求めて、ランアウトで駆け出していく。そんな彼女を偶然見取って、男は思う。
「私の元いた世界同様力のある者もいるようですね。では、もう一つ…とっておきの力を授けてあげましょうか」
くすりと微笑んで男は再びさらさらと紙に言葉を記す。
『力ある者の欲望を更に解放、具現化せよ』
再び舞い上がった紙が粒子となって消えた。
するとまりおの腕に白グローブが装着され、そしてもう一人にも新たな能力が加わる事となるのだった。
●四天王現る
「ふふ、ふふふふ……やっと見つけましたよぉ。ここはわたしにとっての天国…いいお友達が作れそうですぅ」
アシェール(ka2983)が仮面の下でほくそ笑む。彼女もまた餅投げ欲求に憑りつかれた一人だ。
彼女が得た新たなものは茶色い手袋。その手袋からは自由自在にチョコが生み出され、餅をコーティングする事ができる。
「チョコは最強なのですぅ~これさえあれば、皆が喜ぶ事間違いないでしょぉ。お餅とチョコの融合で、わたしの超人気者化は確定事項ですぅ」
家族と親友を失して内気だった筈の彼女。
だかしかし、それが欲の解放で性格は真逆に振り切れていると言っていい。
友達を作るには人気者になればいい。人気者になるにはまずは相手の胃袋を掴む事。掴む為にはどうするか…彼女はチョコが好きだった。そこに餅という要素も加わり、彼女の中ではチョコ餅最強説が勝手に組み上がってしまったようだ。
(皆にチョコ餅をばら撒いてお友達になってもらえば、友達百人なんてあっという間ですぅ。ついでにいいお兄様も見つけられたら…)
「きゃっvv」
華の十六歳(推定)――恋にときめくお年頃か。頬を赤らめて、ボール一杯にチョコ餅を作成する。
そして、丁度いい頃合に彼女の耳に入るは新参者来訪の声。住民達が一斉にそちらへと向かってゆく。
「待ってて下さいましぃ~素敵なお兄様ぁvv」
アシェールが瞳をハートにする。彼女は実に楽しそうだった。
けれど、行きついた先にあった人影に少し表情を潜める。
「なんですかぁ、あのお邪魔虫は…?」
ザレムの背中を守る様に進むエルバッハの姿を捉えて、彼女が少し苛立つ。
(あんなハレンチな衣装でわたしのお兄様をたぶらかして…許せないのですぅ)
別に彼女のものでもないのだが、餅暴徒と化している彼女の思考は極端に片寄っている。彼女の視界に映るザレムとエルバッハは住民達の餅の総攻撃に遭ってはいるが、寸での所で直撃を免れている。そのコンビネーションたるや息もぴったりで彼女から見たらそれはもう憎たらしい事この上ない。
(さらさらの黒髪、華麗なブルーの瞳、シュッとしたいで立ち…わたしにぴったりのお兄様なのですぅ…って事でこれはもう負けられない!)
なかなかの獲物(イケメン)だ。そう思いアシェールは二人に向けて、名乗りを上げ特攻する。
「餅四天王が一人、チョコ餅女王とはわたしの事! わたしのアツアツお餅を受け止めてみるがいい!」
ボールを抱えたままの彼女が路地から飛び出す。そして、発動するのはスリープクラウドだ。
「えっ、まさかハンターまで暴走している?」
白い肌に生えるアーマーに身を包んだエルバッハが慌てて距離を取る。
「餅四天王って事はまだこいつの他に三人もいるのか?」
魔法の効果に気付いてザレムもJブーツで距離を取りつつ、そんな事を呟く。
「まずはあなたから仕留めてあげるですぅ~」
そう言ってアシェールはチョコ餅をエルバッハに集中投擲。
手袋からはチョコが湧き、辺りをチョコだらけにする。
(排除排除排除―――!)
ただ一心に考えるのはエルバッハの排除のみ。豪速投擲が続く。
しかし、エルバッハとて負けていない。アースウォールで壁を作り飛んでくるチョコ餅を軽くいなす。
「なんでそんな目の敵にされているのか知らないけれど、あなたは大きなミスを犯しています」
そして彼女はアシェールのミスを指摘する。
「な、何がダメだって言うんですぅ?」
その言葉にあからさまにたじろぐアシェール。本来の彼女の性格が垣間見える。
「それはこういう事です!」
そんな相手の様子を見取り、エルバッハは押切に入った。自信満々の表情で受け止めた餅を拾うと、付近に倒れた住民達の口に突っ込んでゆく。
「はっ、まさかそんな…」
二人だけを眠らせる筈だった睡眠魔法。けれど彼女の魔法は住民を眠らせ、結果的に相手の手助けをしてしまっているではないか。そんな彼女の元にこっそり忍び寄るのはザレムさん。
「もう諦めろ」
そっと手を振り被ってまずはこつんと一発。ボールを取り落とした所で彼女を羽交い絞めにする。
「あ…あ……これはこれでおいしいかもぉ~」
憧れのというか、イケメンなお兄様の大接近に気が緩むアシェール。ぽろりと仮面が顔から外れる。だが、それだけでは終わらない。
「わたしのチョコ餅は無理でもチョコだけでも受け取って下さいましぃ~」
バレンタインはまだの筈だが……とられていない方の手で彼女はザレムにチョコのダイレクトアタックを試みる。
「うぅ……甘い…」
ザレムはそれを避け切れず、顔がチョコ塗れとなる。
そんな時、エルバッハから悲鳴が上がった。
「チッ、新手か」
腑抜けている場合ではないと、顔を拭い彼がアシェールを拘束したまま視線を向ける。
エルバッハを拘束した新たな敵――それは紙袋を被った少女だった。
「クククッ、わたしは四天王の中でも最弱……あの方が来られたからにはお兄様達等…ふぐっ」
アシェールがそこまで言いかけて、ザレムは思い出した様に餅を彼女の口へと押し込む。
もぐもぐもぐ…ごっくん。こうして、アシェールは元に戻った。
すると今の状況が理解できず、早口で状況整理を始める。
「えと、ここは何処。私は誰…ってわたくしはアシェールで…お餅? これはどういう…あわわ、すいませんっ!?」
そこでやっとザレムが隣りにいる事に気付いたらしい。恥ずかしいやら吃驚するやらであわあわとその場で困惑の色を見せ、終いには自分の出したチョコで転ぶ始末だ。
「あ、あの〜…こっちもどうにかして欲しいんだけど」
そんな様子に取り残されたエルバッハが言葉を挟む。
「っと、そうだったな。すまない」
ザレムはそう言うと、紙袋の少女と対峙する。
「モチ…モチチッ」
が、この相手は手強そうだった。
アシェール同様顔を隠しているし、人質を取られているからこちらは迂闊に動けない。
「モチ、最強……」
獣染みた片言で彼女はそう言い、エルバッハを横抱きにする。そして、
「コレ、返シテ欲シクバ最強アイテムノオ星様、持ッテコイ」
そう言い残して腕のグローブから糸のようなものを飛ばし、巧みに家と家の間を伝い飛び去ってゆく。
「あ、まっ」
つるん…どがっ――ザレムの尻餅。勿論原因は誰かさんのチョコだ。
「あの、大丈夫ですか?」
アシェールが真顔で手を出した。
●これは延長戦?
一方その頃、裏道を行くのはガンジとミオレスカだ。
そこかしこの壁にへばりついた餅を一部回収しながら、住民に見つからないよう細心の注意を払う。
「けど、これはマジで勿体ねぇよなぁ」
壁に身を隠しつつ、ガンジが言う。
「ですね…お餅、美味しいのに……でも、土とか落としたらまだ食べられますから」
とこれはミオレスカだ。彼と彼女は目的が調理になる為、途中まで行動を共にする事になっている。
「ま、そうだよな。粗末にしちゃ駄目だし…こんだけあれば腹一杯になれるよなっ」
三度の飯が何より好きで、二言目には「メシ」が口癖になっているガンジはうまいものは世界を救うと本気で思っている。だから今回もそう難しい事ではないと考える。
「けれど、本当に凄い事になっていますね…」
血走った瞳に罵声の数々。
トマト祭りの経験はないが、街の皆の表情を見るにこれではちっとも楽しそうには見えない。
「難しい事はよく判んねぇけど、これは異常だ…と思う。けど、とりあえずは俺が守ってやるから安心していいぞ!」
そんな彼女の不安を感じ取ったのか両端のくせ毛をぴょこりと揺らしてガンジが言う。
「頼もしいです」
その言葉にミオレスカは微笑み返す。そんな二人が向っているのは街の八百屋だった。
餅が合う鍋と言えばお汁粉に雑煮――つまりは野菜が必要という事だ。加えて、醤油があれば焼餅にも最適。ミオレスカはリアルブルーの調味料、醤油に出くわしてからその魅力に引き込まれ、今日も使えないかと考えている。
『確か八百屋は街の広場…中央辺りにあったさね』
鍋蓋が記憶を頼りにナビゲートする。しかし、広場という事は戦場必至。
人が多く集まれるよう広く作られているから、きっと沢山の住民が騒いでいる事だろう。
慎重に進み時間はかかったものの広場付近までやって来た彼らはある事に気が付く。
「あの…もしかしたら、住人さん達も私達同様、チームみたいなものがあるのでしょうか?」
大声をあげて投擲している住民のその行動を観察してミオレスカが言う。
「というと?」
「だって、ほら。手当たり次第にぶつけるのであれば餅を搗いている方は格好の的でしょう? なのに、彼らは狙われていません。というか、餅を待っている人が庇ったり助けたりしています」
考えるのは得意ではなかったが、ガンジも人々の様子を観察する。
すると確かに。彼女の言う通り、それぞれがある特定の人を狙って投げているように見える。
「ちょっと聞いてみるか?」
そこでガンジはトマト祭り経験者に鍋蓋を通して連絡を取ってみる事にした。複数になった鍋蓋の中の人であるが元は一人とあって、そういう事が出来るらしい。数分もしないうちに、返事が来て実際のトマト祭りでは川を挟んでチームを作っていたという情報がもたらされる。
「しかし、それが判った所で私達は余所者ですし、その区分が発動するかどうか」
人の欲求を促進させる――住民達は本来トマトを投げたがっていた。
とすると、祭りのルールが無意識に適用されていてもおかしくはない。
「この情報、一応仲間に知らせないとなっ」
彼が早速判った事を伝達する。けれど、彼らはその範囲外らしかった。
ザレム曰く、「残念ながら俺は出会う皆から集中砲火を浴びてる」と。
つまり余所者はどちらからも狙われ、敵の数は変わらない。しかし、この発見は決して無駄ではない。
「ちょっと待って下さい…チーム分けがあるという事はうまくすれば、半分の数で済むかもしれません」
ミオレスカが頭を働かせる。
(現在私達がいるのは西側…東側の人がこちらにどれ位攻めてきているか判りませんが、こちら側の人を優先に元に戻していけば)
「無駄は避けられる…?」
はじき出された答えが思わず声になる。
「どういう事だぁ? 俺には全然わかんないんだけど…」
そう言う彼に理由を耳打ちする彼女。
「えと…何というか…とにかくこっちの人間を先に正気にすれば俺らの勝ちって事かな」
間をまるっとすっ飛ばしてガンジが言う。
「まぁ、そう言う事です。同じチームの人同士はやり合わない事が前提ですが」
やってみる価値はある。効率よく住民を元に戻す策が判った所で、二人は当初の目的に頭を戻す。
「さて、じゃあ行くかっ」
ガンジが広場の先にある八百屋に狙いを定めて走り出す準備をする。
「では、私はこちらを守りますね」
その彼の勇気に後押しされて、ミオレスカも意を決する。
そうして、二人は共に背を合わせて、そのまま通りへと突っ込んでいく。
「おい、あそこに敵がいるぞー」
「あっちだ。鍋蓋を持ってるぞー」
二人はあっという間に見つかって、飛び来るのは大量の餅。
バババババッ
小さな鍋蓋で受け止め切れる筈がない。足や胸にくっつき、行動を妨害されてゆくが、それでも必死に鍋蓋を翳し出来るだけ多くの餅を受けとめる。
「おおーーー、大量大漁!」
受け止める鍋蓋が重くなってゆくのを感じて、ガンジが喜ぶ。けれど、勿論防戦一方では埒が明かない。
(今度は俺の番だぁ!)
そこで彼は覚醒する。黒のオーラを立ち昇らせて、小柄だった筈の身体はみるみると伸び気付いた時には二mものある狼の姿に身を変えていく。
「ミオ、後は頼んだぜ!」
八百屋が目の前になったのを確認すると彼は地を駆けるものを発動し、投げてくる住民の隙間を縫うのように走り抜け、次々と餅を口に押し込んでゆく。
「ちゃんと噛んで食べなきゃだぜっ!」
その速さと言ったら疾風の如し。住民は彼に追いつく事が出来ない。疾影士ではない彼であるが、それでもやはり差は歴然だ。
「正気に戻ったら今度は鍋食わせてやるかんなー」
にししっと屈託のない笑顔を見せて彼は言う。
そうして、そこ一帯の住民を元に戻すと聞き出すは勿論鍋の場所だ。
「何処かにないかな?」
元に戻った住民達を中心に彼が聞き込む。
「あ、なら丁度よかった。正月だから炊き出しをしようって言ってたんだよ」
「奥の倉庫から出してきていて…もうすぐそこまで運んで来ていた筈だから」
それを聞き視線を移せば、何の事はない。大きな荷車にどんっと乗っけられた大きな鍋――しかし、思う程深さはない。
「えーと…あれはちょっと」
「うーん、残念ですね。これパエリア鍋のようです」
八百屋の野菜を手にミオレスカもその鍋を見てぽつりと呟く。
「そう言えば去年あっちの実行委員がトマト祭りに勝つために鍋かき集めてたな…もしかしたら倉庫に残っているかもよ」
「それだっ!」
その言葉にガンジが歓喜の表情を見せる。
「良かったですね」
そんな彼を見てミオレスカも嬉しくなるのだった。
●自力で…成功?
謎の紙袋もとい、まりおに捕まったエルバッハであるが彼女とてただ攫われただけではない。
(この糸は一体何出てきているのでしょうか?)
まりおのグローブから飛び出す白い糸。それは粘着性があり、彼女を軽々と別の場所へと運んでみせる。
それに加えてこの拘束力――絡めとられた時はそうでもなかった筈なのだが、時間が経つにつれて硬くなっているように感じる。
(まさかと思いますが…この騒ぎですし)
思い浮かんだ一つの答え、それを彼女は確認に入る。
ビュンビュン飛び移っていくまりおの目を盗んで彼女は顔を自分を拘束する糸の方へと近付ける。
すると、ほのかに香ったのは甘いもち米の香りで…彼女の想像は確信へと変わる。
(やはりこれ、お餅のようです)
粘着性のある白いもの…この街に入って嫌という程見てきたそれがまさかこんな変容を遂げているとは思いもしなかった。しかし考えてみれば、さっきのチョコ餅女王でさえ変な手袋を所持していたのだ。不思議アイテムが一つ増えたところで、もう何も驚かない。
そうと判れば長居は無用。囚われの姫など似合わないと、彼女は小声で呪文を唱える。
「…スリープクラウド」
「フニャ?」
それが何とも効果覿面だった。まりおとて人間である。暴走していたとはいえ術が利かない筈はない。
空中で発動されたその術にかかって、彼女は糸の切れた人形のようにその場で脱力する。
「えっ、え…これってまずくありません?」
そこでエルバッハは自分の過ちに気付く。
だらりと伸びた餅の糸――マリオ自身はそれを命綱としてその場に繋がる事が出来た。
しかしだ。抱えられていた彼女の方はそうではない。腕を拘束されたまま、空中に投げ出される形となる。
「しくじりました~~」
彼女が涙目になりながら空中を落下する。こんな事になるならば、素直に助けを待てばよかった。
いや、せめてもう少し身体を守れる装備にしておけば…悔やんでももう遅い。
拘束された時に鍋蓋を落としてしまったようで彼女の手に今鍋蓋はない。つまり助けを呼ぼうにもその手段がないのだ。
「あ…ああ…」
近付く地面に彼女が目を閉じる。だが、その後感じたのは痛みではなく人のぬくもり。強張らせていた身体の力を抜いて目を開ければ、そこにいたのは長身の男。中性的な顔立ちと何処か冷たさを感じる眼光に一瞬目を奪われてしまう。
「まさかこんな所に人が落ちてくるとは…」
男が苦笑交じりに笑顔で言う。
それはそうだ。まりおは高い所を目指していた様で、まだここは民家の屋根の上である。
それでもほっと息を吐く彼女に新たな悲劇が襲う。
「見つけたぞ! 街の人を元に戻せ!」
飛び込んでくるザレム――それを見取ると男は抱きかかえていた彼女をあっさり手放す。
「い、いやーーー!」
彼女の悲鳴。しかし、今は構っている場合ではない。
(すまない。が、手配はしたから…)
こういう時の小さい犠牲はつきものだ。ザレムが涙をのむ。
そして、一旦付近の屋根に着地すると再びタックルを試みる。
「おやおや、威勢のいい方だ」
が男はそれをさらりと避ける。そして次の瞬間男は彼の背後を取っていて、
「私のこの力はかける専門なんですよ。そういう訳で後の事は頼みます」
そう言い残して、ザレムの口に餅をプレゼントし瞬く間に姿を隠す。
「ふっそ…はんてひゃつだ…」
押し込まれた餅を咀嚼しながらザレムが呟く。
「ちょっと、これはどういう事よ…もう」
下では餅につかまったエルバッハが叫んでいた。
命は助かった。
しかし、火傷は免れない。そう、彼女が落ちたのは紛れもなく搗き立ての餅の上だ。
「えと…ごめんなさいなのです。突然だったので、これしか用意できなかったのです…」
アシェールが申し訳なさそうに言う。
「まぁ、いいでしょう。しかし、どうやって場所を?」
「それはこの鍋蓋さんが教えてくれたのです。これ、通信機能としても役に立つようなので…あ、でも見つけて連絡してくれたのはザレムさんなので、ザレムさんには感謝して下さいなのです!」
屋根から降りてくるザレムを目で追いつつ、アシェールが事の経緯を説明する。
「あぁ、もう…今日は最悪です」
餅クッションでべとべとになりながら彼女が呟く。
「おーい、鍋が出来たぞ――!」
そんな彼らの元にガンジが意気揚々とした姿でやってくる。
そんな彼の表情には何かを成し遂げた達成感のようなものが見て取れる。
その達成感の理由はこうだ。
住人に教えられて向った倉庫…しかし、そこにあったのは小さな鍋ばかりでガンジが思う大きさの鍋はなかった。
「鍋蓋に鍋って言うしいい考えだと思ったんだけどなぁ~こんなの俺一人で食べ切っちまうもん」
目の前にある鍋を見つめて彼が言う。
『そ、そうさね…』
がその鍋は十分大きかった。人が一人入れそうな大きさであるが、ガンジにとってはそれが一人分らしい。
『だったら作ってみるのはどうさぁ? さっきのぱ…なんちゃら鍋を使うさぁ』
鍋蓋が提案する。
「えっ、そんな事出来んのぉ? やるやる、あの鍋が深くなればちょうどいいし」
それにガンジは即答で賛成して、元来た道を一目散で戻る。その間も彼とて住民復活の作業も忘れない。
「おしっ、みんなたっぷり喰えよぉ」
そう言ってしゅたたっと駆け抜け、蓋についた餅を口に向けて投げ歩く。
実はこの頃には既に七割方の住民が正気を取り戻しつつあったのだが、彼は知らない。とにかく戻ってようが戻ってなかろうが餅はうまい。だから食べたらいい…そんな信念で手当たり次第に見かけた住民の口へとほおり込んでいた。
そうして、パエリア鍋の許に戻ると早速作業開始だ。
「何…鉄を打つって? なら、この槌かしてやんよ」
広場の真ん中に焚き火を作って彼は筋力充填後に思いっきり鍋を打ち付ける。
ゴオオオオオン ゴオオオオオン
それは鉄打ちというよりはまるで鐘突きのようにも聞こえた。
その音に何事かとやって来たミオレスカは目の前の焚き火に新たな閃き。場所もいいし、早速思い付きを実行に移す。
「ふふ、ここで焼けば一石二鳥です♪」
ガンジのいる場所とは反対側に陣取って、焚き火と言ってもキャンプファイヤー程あるその火を使い、彼女は回収した餅を焼き始める。
「お醤油をたっぷりと塗って、焼き過ぎないように注意ですね♪」
火力が強過ぎるのが難点ではあるものの、住民らの協力により大きな網を二枚用意して、それで餅を焼いているから調節はある程度可能だ。
「美味しいお餅、いかがですか?」
そうやって声を掛ければ自然と餅暴徒の動きが鈍って、彼女の作戦も割と成功している。
それでも投げてくる者には網をラケット代わりにして打ち返せば万事OKだ。
そうこうするうちにガンジの鍋が仕上がって……あの表情に至る。
やっと出来た理想の鍋に用意して貰っていた具材を放り込んで、他の仲間を呼びに行って――。
「よっしゃ、じゃあ仕上げと行こうぜ――!!」
残りの暴走している住民らを香りでいぶり出そうと、彼がどこから持ってきたのか大きな板を運んでくる。
そして広場一帯の空気と香りを東側に流れる様仕向ける。
「チョコ餅いかがですかー?」
いつの間にかその場に馴染んだアシェールも残ったチョコ餅を近付いてくる住民達を魔法で眠らせた後、口へと提供して回り始める。半分方の住民が正気を取り戻した辺りから場の空気は明らかに変わり始めていた。何故なら考えてみればいい。オセロと同じで今まで敵だった筈の人間が餅を食べさせる事により味方へと変わったゆくのだ。
加えて、さっきのチーム分けがある事実により同チームの住民同士であれば片方が正気に戻れば、仲間同士なら投擲を受けずに正気に戻す事が出来る。
そういう訳で敵の数はあっという間にこちらの数より少なくなり、一旦正気に戻った住民は暴徒に戻る事はないのだから、始めこそ苦戦したものの後になればなるほど飛び交う餅の量も減ってゆく。
「後少しだ。踏ん張れ―」
「しかし、一体どうしてこんな事に…」
謎の行動に頭を傾げつつも住民達が仲間を戻す為に戦う。
そうして夕方を迎える頃には無理かと思われた街の鎮圧は終了し、ここからはお楽しみタイムの始まりだ。
「片付けついでに餅パー餅パー♪」
己が力で叩き上げたパエリア鍋(改)を使って作った雑煮が良い感じに出来上がり、それぞれが好きな分だけ餅を中に入れ頂く。
一月の寒空の下、汁を啜れば冷えた身体に染み渡り、ほっと吐く息は白くとも身体はとても温かい。
「うっまいーーー♪」
ガンジが心の底からの感想を述べる。
「確かに美味しいです」
とこれはエルバッハだ。元のドレスに戻って、今日の労を癒す為ゆっくりと汁を啜る。
「……」
が一人、腑に落ちない者がいた。それはザレムだ。この事件の首謀者を取り逃がして事が悔やまれるらしい。
「もう皆も元に戻ったようだし、いいんじゃないさね?」
マリオも回収して餅を食べさせた。街中見て回ったが、もう餅を投げている者はいないと鍋蓋が彼を慰める。
しかし、彼の表情はまだ硬い。
(あの動きといい、野放しにしておくのは危険だと思うが…)
そこでハッとした。そう言えばアシェールは何か気になる事を言ってはいなかったか。
「確か四天王って…」
アシェールとまりおには出会ったが、それでは二人。という事は後の二人は?
「まさかおまえが!」
隣りで慰めていた男の顔が見知らぬものだった事に気付いて、咄嗟に手にしていた箸を構える。
だが、彼にとって初めてみる顔ではあるが敵ではない。
「違うさね…俺は鍋蓋さぁ。ほら…ってあ」
鍋蓋だった男――今初めて自分が元に戻っている事に気が付く。
「あんた…そんな姿だったのか…しかも、本当に鍋蓋下げてるとか」
その姿を見てザレムが呆れた笑みを見せる。
「おおー、これ鍋蓋製の武器だよね? なんかすご―」
そう言いつつ餅をひっぱるのは正気に戻ったばかりのまりおだ。
彼女も暴走中の記憶は残っていないらしく、手にはめたグローブに関しては彼女自身も驚いていた。
「とすると、怪しいのはあの人でしょうか?」
アシェールがおかわりの列に並ぶ着物の男を見つけて指差す。
『あ!』
そこで夢は途切れて、ザレム目覚めの時。
「え……今のは、夢?」
謎が残ったまま目覚めてしまった彼。しかし、夢の出来事ならば余り深く考えても仕方がない。
「全く、妙にリアルな夢だったな…」
彼が呟く。
「うふふ~教えてあげましょう。四天王とは私と紙袋さんとチョコとお餅なのですよぉ~」
一方アシェールは未だに夢の中。そんな寝言を呟いていたりして…。
初夢の餅騒動はなんとか解決に至ったようで、めでたしめでたし?
トマトで真っ赤に染まる街――そんな通り名がついていたのはいつの事だったろうか。
年明け早々起こった異変で今やこの街は餅暴徒の拠点と化している。目を疑う様な速さで搗き上げられてゆく餅に、熱さも構わず少しの粉を手に塗って投げる住民達。その投げ方たるはまさにプロ。もし餅投げ大会が開催されれば、彼らが群を抜いて一位を獲得するだろう。
「餅を投げる暴走した住人ですか。訳が判らない状況ですが、とりあえず投げられているお餅を住民に食べさせればよいのですね」
拾った鍋蓋から声が聞こえて、少し困惑しつつも少女、エルバッハ・リオン(ka2434)が尋ねる。
『そうさね。しかし、相手は千人を超えるさぁ…十分気を…えっ』
鍋蓋がそう言いかけたが視界がパッと変わって、何事かと己の角度を変えてみれば、彼女は大胆にも着ているドレスを脱ぎ始めている事に気付く。
『あ、いや…その…俺は、何も見てないさねっ…』
少女の行動に慌ててまた転がる鍋蓋。本当の姿を知ったら彼女はどう思うだろうと、鍋蓋は気が気ではない。
しかし、彼女はその点に無頓着であった。風変りな両親に育てられたせいか、羞恥心というものがあまりないらしい。
「よし、これで準備完了ですね」
あっという間に着替えたビキニアーマー。それが彼女の勝負服なのか、とても満足げだ。
『あの…何故、着替えたさね?』
鍋蓋が問う。
「そんなの簡単です。少し寒いですが、これならドレスは守れますから」
ドレスを守る。女子の考える事は全くもって判らないと思う鍋蓋である。
そんな所へもう一人の勇者がやってくる。
「ここはあの時のトマトの街、か。いつの間に来たんだ?」
目の前の光景と自分の記憶が一致しないらしい。辺りを見回し、自分の置かれた状態の把握を試みる。
そして、目に留まったのが彼女で…とりあえず見知った顔の所へと歩み寄ってくる。
「確か祭りの時いただろう。これは一体どうなっているんだ?」
祭りとは勿論トマト祭りの事だ。彼女はその時もビキニアーマーだったから印象に残っていたのかもしれない。
『詳しい事は俺が説明するさね』
「え…」
その声の出所に彼は大きく動揺した。
「あ…今、その鍋蓋から声がしなかったか?」
あっさりと適応したエルバッハに対して、ザレム・アズール(ka0878)の反応は一般的だ。
「俺もマジ、これ拾った時はびっしりしたよ」
けらけらと笑いながら道元 ガンジ(ka6005)が言う。
「わ、私も…その、今でも信じ、られない…です」
そう言うのはミオレスカ(ka3496)だ。
彼女の性格なのだろう少しおどおどした様子であるが、彼らの元へとやってくる。
『今の所、俺を見つけてくれたのはこの四人さねっ』
それぞれの鍋蓋が声をハモらせて言う。そして、鍋蓋は知りうる事を彼らに打ち明ける。
「成程…って事はその東方の住人っぽい奴が怪しいな」
鍋蓋が元人間だったという事を聞き、彼を変えたという人物を探してみようと思うザレムである。
「私はとにかく住人の鎮圧に向かいます」
とこれはエルバッハだ。
「なんか止めるこたぁ無ぇと思うけど…無理矢理はよくねぇよなぁ。って事で俺は鍋を探すよ」
「鍋…ですか?」
突然言い出したガンジの意見に首を傾げるミオレスカ。
料理は好きであるし、自分もお餅を調理しようと思っていた一人であるから彼に興味がわいたらしい。
「おうよ。トマト祭りする村なら、イベント向けに『巨大な鍋』位ある筈だもん。となれば餅も入れて鍋パーする! そうすれば皆笑顔で万々歳じゃん♪」
半分は自分が食べたいだけのようだが、まぁそれも悪くない。出来る事を全てやろうと決めた彼等である。
「あの、だったら私はお餅を焼いて、香りで住人さんを誘い出したいと思います」
七輪で焼いたお餅美味しさ。表面のおこげを連想すれば、自然と唾液が込み上げてくる。
「よし、では行くか」
それぞれのやる事が決まり、四人は村の入り口へと向かう。
(数は少ないけども、頼りになりそうさね)
鍋蓋が思う。そして、最後まできっちりサポートしようと心に刻むのだった。
さて、ここで時間は少し遡る。餅暴徒と化す前、この街には二人のハンターが滞在していた。
その一人はここのピザを求めて…絶品のトマトソースにのせる具は大量のキノコだ。
「やっぱりキノコうま―! カロリーも低いし何にでも合うし、あの人の常備食だし、外せないのだよっ!」
焼き立てピザを口に運びつつ、彼女は御機嫌だ。尊敬するある人物と同じものを食べている喜びに浸り、追加注文を考える。
「次はマッシュルームをやめて、椎茸にしようかな?」
そんな事を考え始めたその時だった。
パァァと視界が真っ白になり、次の瞬間浮かんだのは搗き立ての餅だ。
「そうだ。餅投げなきゃ!」
ピザの注文を取りやめて、彼女・超級 まりお(ka0824)はフラフラと表に出る。
そして飛び交う餅を見た瞬間、自我が変な方向に振り切れる。
「モチッ、モチッ、モチチ~!」
訳のわらない奇声を発し何処からともなく紙袋を取り出すと、二つの穴を開け頭部に装着する。
(僕はモチ…モチコソオンリーワン)
住民のみならず、滞在していたハンターにも及んだ男の力。彼の力に抗えず、まりおはそのまま餅を求めて、ランアウトで駆け出していく。そんな彼女を偶然見取って、男は思う。
「私の元いた世界同様力のある者もいるようですね。では、もう一つ…とっておきの力を授けてあげましょうか」
くすりと微笑んで男は再びさらさらと紙に言葉を記す。
『力ある者の欲望を更に解放、具現化せよ』
再び舞い上がった紙が粒子となって消えた。
するとまりおの腕に白グローブが装着され、そしてもう一人にも新たな能力が加わる事となるのだった。
●四天王現る
「ふふ、ふふふふ……やっと見つけましたよぉ。ここはわたしにとっての天国…いいお友達が作れそうですぅ」
アシェール(ka2983)が仮面の下でほくそ笑む。彼女もまた餅投げ欲求に憑りつかれた一人だ。
彼女が得た新たなものは茶色い手袋。その手袋からは自由自在にチョコが生み出され、餅をコーティングする事ができる。
「チョコは最強なのですぅ~これさえあれば、皆が喜ぶ事間違いないでしょぉ。お餅とチョコの融合で、わたしの超人気者化は確定事項ですぅ」
家族と親友を失して内気だった筈の彼女。
だかしかし、それが欲の解放で性格は真逆に振り切れていると言っていい。
友達を作るには人気者になればいい。人気者になるにはまずは相手の胃袋を掴む事。掴む為にはどうするか…彼女はチョコが好きだった。そこに餅という要素も加わり、彼女の中ではチョコ餅最強説が勝手に組み上がってしまったようだ。
(皆にチョコ餅をばら撒いてお友達になってもらえば、友達百人なんてあっという間ですぅ。ついでにいいお兄様も見つけられたら…)
「きゃっvv」
華の十六歳(推定)――恋にときめくお年頃か。頬を赤らめて、ボール一杯にチョコ餅を作成する。
そして、丁度いい頃合に彼女の耳に入るは新参者来訪の声。住民達が一斉にそちらへと向かってゆく。
「待ってて下さいましぃ~素敵なお兄様ぁvv」
アシェールが瞳をハートにする。彼女は実に楽しそうだった。
けれど、行きついた先にあった人影に少し表情を潜める。
「なんですかぁ、あのお邪魔虫は…?」
ザレムの背中を守る様に進むエルバッハの姿を捉えて、彼女が少し苛立つ。
(あんなハレンチな衣装でわたしのお兄様をたぶらかして…許せないのですぅ)
別に彼女のものでもないのだが、餅暴徒と化している彼女の思考は極端に片寄っている。彼女の視界に映るザレムとエルバッハは住民達の餅の総攻撃に遭ってはいるが、寸での所で直撃を免れている。そのコンビネーションたるや息もぴったりで彼女から見たらそれはもう憎たらしい事この上ない。
(さらさらの黒髪、華麗なブルーの瞳、シュッとしたいで立ち…わたしにぴったりのお兄様なのですぅ…って事でこれはもう負けられない!)
なかなかの獲物(イケメン)だ。そう思いアシェールは二人に向けて、名乗りを上げ特攻する。
「餅四天王が一人、チョコ餅女王とはわたしの事! わたしのアツアツお餅を受け止めてみるがいい!」
ボールを抱えたままの彼女が路地から飛び出す。そして、発動するのはスリープクラウドだ。
「えっ、まさかハンターまで暴走している?」
白い肌に生えるアーマーに身を包んだエルバッハが慌てて距離を取る。
「餅四天王って事はまだこいつの他に三人もいるのか?」
魔法の効果に気付いてザレムもJブーツで距離を取りつつ、そんな事を呟く。
「まずはあなたから仕留めてあげるですぅ~」
そう言ってアシェールはチョコ餅をエルバッハに集中投擲。
手袋からはチョコが湧き、辺りをチョコだらけにする。
(排除排除排除―――!)
ただ一心に考えるのはエルバッハの排除のみ。豪速投擲が続く。
しかし、エルバッハとて負けていない。アースウォールで壁を作り飛んでくるチョコ餅を軽くいなす。
「なんでそんな目の敵にされているのか知らないけれど、あなたは大きなミスを犯しています」
そして彼女はアシェールのミスを指摘する。
「な、何がダメだって言うんですぅ?」
その言葉にあからさまにたじろぐアシェール。本来の彼女の性格が垣間見える。
「それはこういう事です!」
そんな相手の様子を見取り、エルバッハは押切に入った。自信満々の表情で受け止めた餅を拾うと、付近に倒れた住民達の口に突っ込んでゆく。
「はっ、まさかそんな…」
二人だけを眠らせる筈だった睡眠魔法。けれど彼女の魔法は住民を眠らせ、結果的に相手の手助けをしてしまっているではないか。そんな彼女の元にこっそり忍び寄るのはザレムさん。
「もう諦めろ」
そっと手を振り被ってまずはこつんと一発。ボールを取り落とした所で彼女を羽交い絞めにする。
「あ…あ……これはこれでおいしいかもぉ~」
憧れのというか、イケメンなお兄様の大接近に気が緩むアシェール。ぽろりと仮面が顔から外れる。だが、それだけでは終わらない。
「わたしのチョコ餅は無理でもチョコだけでも受け取って下さいましぃ~」
バレンタインはまだの筈だが……とられていない方の手で彼女はザレムにチョコのダイレクトアタックを試みる。
「うぅ……甘い…」
ザレムはそれを避け切れず、顔がチョコ塗れとなる。
そんな時、エルバッハから悲鳴が上がった。
「チッ、新手か」
腑抜けている場合ではないと、顔を拭い彼がアシェールを拘束したまま視線を向ける。
エルバッハを拘束した新たな敵――それは紙袋を被った少女だった。
「クククッ、わたしは四天王の中でも最弱……あの方が来られたからにはお兄様達等…ふぐっ」
アシェールがそこまで言いかけて、ザレムは思い出した様に餅を彼女の口へと押し込む。
もぐもぐもぐ…ごっくん。こうして、アシェールは元に戻った。
すると今の状況が理解できず、早口で状況整理を始める。
「えと、ここは何処。私は誰…ってわたくしはアシェールで…お餅? これはどういう…あわわ、すいませんっ!?」
そこでやっとザレムが隣りにいる事に気付いたらしい。恥ずかしいやら吃驚するやらであわあわとその場で困惑の色を見せ、終いには自分の出したチョコで転ぶ始末だ。
「あ、あの〜…こっちもどうにかして欲しいんだけど」
そんな様子に取り残されたエルバッハが言葉を挟む。
「っと、そうだったな。すまない」
ザレムはそう言うと、紙袋の少女と対峙する。
「モチ…モチチッ」
が、この相手は手強そうだった。
アシェール同様顔を隠しているし、人質を取られているからこちらは迂闊に動けない。
「モチ、最強……」
獣染みた片言で彼女はそう言い、エルバッハを横抱きにする。そして、
「コレ、返シテ欲シクバ最強アイテムノオ星様、持ッテコイ」
そう言い残して腕のグローブから糸のようなものを飛ばし、巧みに家と家の間を伝い飛び去ってゆく。
「あ、まっ」
つるん…どがっ――ザレムの尻餅。勿論原因は誰かさんのチョコだ。
「あの、大丈夫ですか?」
アシェールが真顔で手を出した。
●これは延長戦?
一方その頃、裏道を行くのはガンジとミオレスカだ。
そこかしこの壁にへばりついた餅を一部回収しながら、住民に見つからないよう細心の注意を払う。
「けど、これはマジで勿体ねぇよなぁ」
壁に身を隠しつつ、ガンジが言う。
「ですね…お餅、美味しいのに……でも、土とか落としたらまだ食べられますから」
とこれはミオレスカだ。彼と彼女は目的が調理になる為、途中まで行動を共にする事になっている。
「ま、そうだよな。粗末にしちゃ駄目だし…こんだけあれば腹一杯になれるよなっ」
三度の飯が何より好きで、二言目には「メシ」が口癖になっているガンジはうまいものは世界を救うと本気で思っている。だから今回もそう難しい事ではないと考える。
「けれど、本当に凄い事になっていますね…」
血走った瞳に罵声の数々。
トマト祭りの経験はないが、街の皆の表情を見るにこれではちっとも楽しそうには見えない。
「難しい事はよく判んねぇけど、これは異常だ…と思う。けど、とりあえずは俺が守ってやるから安心していいぞ!」
そんな彼女の不安を感じ取ったのか両端のくせ毛をぴょこりと揺らしてガンジが言う。
「頼もしいです」
その言葉にミオレスカは微笑み返す。そんな二人が向っているのは街の八百屋だった。
餅が合う鍋と言えばお汁粉に雑煮――つまりは野菜が必要という事だ。加えて、醤油があれば焼餅にも最適。ミオレスカはリアルブルーの調味料、醤油に出くわしてからその魅力に引き込まれ、今日も使えないかと考えている。
『確か八百屋は街の広場…中央辺りにあったさね』
鍋蓋が記憶を頼りにナビゲートする。しかし、広場という事は戦場必至。
人が多く集まれるよう広く作られているから、きっと沢山の住民が騒いでいる事だろう。
慎重に進み時間はかかったものの広場付近までやって来た彼らはある事に気が付く。
「あの…もしかしたら、住人さん達も私達同様、チームみたいなものがあるのでしょうか?」
大声をあげて投擲している住民のその行動を観察してミオレスカが言う。
「というと?」
「だって、ほら。手当たり次第にぶつけるのであれば餅を搗いている方は格好の的でしょう? なのに、彼らは狙われていません。というか、餅を待っている人が庇ったり助けたりしています」
考えるのは得意ではなかったが、ガンジも人々の様子を観察する。
すると確かに。彼女の言う通り、それぞれがある特定の人を狙って投げているように見える。
「ちょっと聞いてみるか?」
そこでガンジはトマト祭り経験者に鍋蓋を通して連絡を取ってみる事にした。複数になった鍋蓋の中の人であるが元は一人とあって、そういう事が出来るらしい。数分もしないうちに、返事が来て実際のトマト祭りでは川を挟んでチームを作っていたという情報がもたらされる。
「しかし、それが判った所で私達は余所者ですし、その区分が発動するかどうか」
人の欲求を促進させる――住民達は本来トマトを投げたがっていた。
とすると、祭りのルールが無意識に適用されていてもおかしくはない。
「この情報、一応仲間に知らせないとなっ」
彼が早速判った事を伝達する。けれど、彼らはその範囲外らしかった。
ザレム曰く、「残念ながら俺は出会う皆から集中砲火を浴びてる」と。
つまり余所者はどちらからも狙われ、敵の数は変わらない。しかし、この発見は決して無駄ではない。
「ちょっと待って下さい…チーム分けがあるという事はうまくすれば、半分の数で済むかもしれません」
ミオレスカが頭を働かせる。
(現在私達がいるのは西側…東側の人がこちらにどれ位攻めてきているか判りませんが、こちら側の人を優先に元に戻していけば)
「無駄は避けられる…?」
はじき出された答えが思わず声になる。
「どういう事だぁ? 俺には全然わかんないんだけど…」
そう言う彼に理由を耳打ちする彼女。
「えと…何というか…とにかくこっちの人間を先に正気にすれば俺らの勝ちって事かな」
間をまるっとすっ飛ばしてガンジが言う。
「まぁ、そう言う事です。同じチームの人同士はやり合わない事が前提ですが」
やってみる価値はある。効率よく住民を元に戻す策が判った所で、二人は当初の目的に頭を戻す。
「さて、じゃあ行くかっ」
ガンジが広場の先にある八百屋に狙いを定めて走り出す準備をする。
「では、私はこちらを守りますね」
その彼の勇気に後押しされて、ミオレスカも意を決する。
そうして、二人は共に背を合わせて、そのまま通りへと突っ込んでいく。
「おい、あそこに敵がいるぞー」
「あっちだ。鍋蓋を持ってるぞー」
二人はあっという間に見つかって、飛び来るのは大量の餅。
バババババッ
小さな鍋蓋で受け止め切れる筈がない。足や胸にくっつき、行動を妨害されてゆくが、それでも必死に鍋蓋を翳し出来るだけ多くの餅を受けとめる。
「おおーーー、大量大漁!」
受け止める鍋蓋が重くなってゆくのを感じて、ガンジが喜ぶ。けれど、勿論防戦一方では埒が明かない。
(今度は俺の番だぁ!)
そこで彼は覚醒する。黒のオーラを立ち昇らせて、小柄だった筈の身体はみるみると伸び気付いた時には二mものある狼の姿に身を変えていく。
「ミオ、後は頼んだぜ!」
八百屋が目の前になったのを確認すると彼は地を駆けるものを発動し、投げてくる住民の隙間を縫うのように走り抜け、次々と餅を口に押し込んでゆく。
「ちゃんと噛んで食べなきゃだぜっ!」
その速さと言ったら疾風の如し。住民は彼に追いつく事が出来ない。疾影士ではない彼であるが、それでもやはり差は歴然だ。
「正気に戻ったら今度は鍋食わせてやるかんなー」
にししっと屈託のない笑顔を見せて彼は言う。
そうして、そこ一帯の住民を元に戻すと聞き出すは勿論鍋の場所だ。
「何処かにないかな?」
元に戻った住民達を中心に彼が聞き込む。
「あ、なら丁度よかった。正月だから炊き出しをしようって言ってたんだよ」
「奥の倉庫から出してきていて…もうすぐそこまで運んで来ていた筈だから」
それを聞き視線を移せば、何の事はない。大きな荷車にどんっと乗っけられた大きな鍋――しかし、思う程深さはない。
「えーと…あれはちょっと」
「うーん、残念ですね。これパエリア鍋のようです」
八百屋の野菜を手にミオレスカもその鍋を見てぽつりと呟く。
「そう言えば去年あっちの実行委員がトマト祭りに勝つために鍋かき集めてたな…もしかしたら倉庫に残っているかもよ」
「それだっ!」
その言葉にガンジが歓喜の表情を見せる。
「良かったですね」
そんな彼を見てミオレスカも嬉しくなるのだった。
●自力で…成功?
謎の紙袋もとい、まりおに捕まったエルバッハであるが彼女とてただ攫われただけではない。
(この糸は一体何出てきているのでしょうか?)
まりおのグローブから飛び出す白い糸。それは粘着性があり、彼女を軽々と別の場所へと運んでみせる。
それに加えてこの拘束力――絡めとられた時はそうでもなかった筈なのだが、時間が経つにつれて硬くなっているように感じる。
(まさかと思いますが…この騒ぎですし)
思い浮かんだ一つの答え、それを彼女は確認に入る。
ビュンビュン飛び移っていくまりおの目を盗んで彼女は顔を自分を拘束する糸の方へと近付ける。
すると、ほのかに香ったのは甘いもち米の香りで…彼女の想像は確信へと変わる。
(やはりこれ、お餅のようです)
粘着性のある白いもの…この街に入って嫌という程見てきたそれがまさかこんな変容を遂げているとは思いもしなかった。しかし考えてみれば、さっきのチョコ餅女王でさえ変な手袋を所持していたのだ。不思議アイテムが一つ増えたところで、もう何も驚かない。
そうと判れば長居は無用。囚われの姫など似合わないと、彼女は小声で呪文を唱える。
「…スリープクラウド」
「フニャ?」
それが何とも効果覿面だった。まりおとて人間である。暴走していたとはいえ術が利かない筈はない。
空中で発動されたその術にかかって、彼女は糸の切れた人形のようにその場で脱力する。
「えっ、え…これってまずくありません?」
そこでエルバッハは自分の過ちに気付く。
だらりと伸びた餅の糸――マリオ自身はそれを命綱としてその場に繋がる事が出来た。
しかしだ。抱えられていた彼女の方はそうではない。腕を拘束されたまま、空中に投げ出される形となる。
「しくじりました~~」
彼女が涙目になりながら空中を落下する。こんな事になるならば、素直に助けを待てばよかった。
いや、せめてもう少し身体を守れる装備にしておけば…悔やんでももう遅い。
拘束された時に鍋蓋を落としてしまったようで彼女の手に今鍋蓋はない。つまり助けを呼ぼうにもその手段がないのだ。
「あ…ああ…」
近付く地面に彼女が目を閉じる。だが、その後感じたのは痛みではなく人のぬくもり。強張らせていた身体の力を抜いて目を開ければ、そこにいたのは長身の男。中性的な顔立ちと何処か冷たさを感じる眼光に一瞬目を奪われてしまう。
「まさかこんな所に人が落ちてくるとは…」
男が苦笑交じりに笑顔で言う。
それはそうだ。まりおは高い所を目指していた様で、まだここは民家の屋根の上である。
それでもほっと息を吐く彼女に新たな悲劇が襲う。
「見つけたぞ! 街の人を元に戻せ!」
飛び込んでくるザレム――それを見取ると男は抱きかかえていた彼女をあっさり手放す。
「い、いやーーー!」
彼女の悲鳴。しかし、今は構っている場合ではない。
(すまない。が、手配はしたから…)
こういう時の小さい犠牲はつきものだ。ザレムが涙をのむ。
そして、一旦付近の屋根に着地すると再びタックルを試みる。
「おやおや、威勢のいい方だ」
が男はそれをさらりと避ける。そして次の瞬間男は彼の背後を取っていて、
「私のこの力はかける専門なんですよ。そういう訳で後の事は頼みます」
そう言い残して、ザレムの口に餅をプレゼントし瞬く間に姿を隠す。
「ふっそ…はんてひゃつだ…」
押し込まれた餅を咀嚼しながらザレムが呟く。
「ちょっと、これはどういう事よ…もう」
下では餅につかまったエルバッハが叫んでいた。
命は助かった。
しかし、火傷は免れない。そう、彼女が落ちたのは紛れもなく搗き立ての餅の上だ。
「えと…ごめんなさいなのです。突然だったので、これしか用意できなかったのです…」
アシェールが申し訳なさそうに言う。
「まぁ、いいでしょう。しかし、どうやって場所を?」
「それはこの鍋蓋さんが教えてくれたのです。これ、通信機能としても役に立つようなので…あ、でも見つけて連絡してくれたのはザレムさんなので、ザレムさんには感謝して下さいなのです!」
屋根から降りてくるザレムを目で追いつつ、アシェールが事の経緯を説明する。
「あぁ、もう…今日は最悪です」
餅クッションでべとべとになりながら彼女が呟く。
「おーい、鍋が出来たぞ――!」
そんな彼らの元にガンジが意気揚々とした姿でやってくる。
そんな彼の表情には何かを成し遂げた達成感のようなものが見て取れる。
その達成感の理由はこうだ。
住人に教えられて向った倉庫…しかし、そこにあったのは小さな鍋ばかりでガンジが思う大きさの鍋はなかった。
「鍋蓋に鍋って言うしいい考えだと思ったんだけどなぁ~こんなの俺一人で食べ切っちまうもん」
目の前にある鍋を見つめて彼が言う。
『そ、そうさね…』
がその鍋は十分大きかった。人が一人入れそうな大きさであるが、ガンジにとってはそれが一人分らしい。
『だったら作ってみるのはどうさぁ? さっきのぱ…なんちゃら鍋を使うさぁ』
鍋蓋が提案する。
「えっ、そんな事出来んのぉ? やるやる、あの鍋が深くなればちょうどいいし」
それにガンジは即答で賛成して、元来た道を一目散で戻る。その間も彼とて住民復活の作業も忘れない。
「おしっ、みんなたっぷり喰えよぉ」
そう言ってしゅたたっと駆け抜け、蓋についた餅を口に向けて投げ歩く。
実はこの頃には既に七割方の住民が正気を取り戻しつつあったのだが、彼は知らない。とにかく戻ってようが戻ってなかろうが餅はうまい。だから食べたらいい…そんな信念で手当たり次第に見かけた住民の口へとほおり込んでいた。
そうして、パエリア鍋の許に戻ると早速作業開始だ。
「何…鉄を打つって? なら、この槌かしてやんよ」
広場の真ん中に焚き火を作って彼は筋力充填後に思いっきり鍋を打ち付ける。
ゴオオオオオン ゴオオオオオン
それは鉄打ちというよりはまるで鐘突きのようにも聞こえた。
その音に何事かとやって来たミオレスカは目の前の焚き火に新たな閃き。場所もいいし、早速思い付きを実行に移す。
「ふふ、ここで焼けば一石二鳥です♪」
ガンジのいる場所とは反対側に陣取って、焚き火と言ってもキャンプファイヤー程あるその火を使い、彼女は回収した餅を焼き始める。
「お醤油をたっぷりと塗って、焼き過ぎないように注意ですね♪」
火力が強過ぎるのが難点ではあるものの、住民らの協力により大きな網を二枚用意して、それで餅を焼いているから調節はある程度可能だ。
「美味しいお餅、いかがですか?」
そうやって声を掛ければ自然と餅暴徒の動きが鈍って、彼女の作戦も割と成功している。
それでも投げてくる者には網をラケット代わりにして打ち返せば万事OKだ。
そうこうするうちにガンジの鍋が仕上がって……あの表情に至る。
やっと出来た理想の鍋に用意して貰っていた具材を放り込んで、他の仲間を呼びに行って――。
「よっしゃ、じゃあ仕上げと行こうぜ――!!」
残りの暴走している住民らを香りでいぶり出そうと、彼がどこから持ってきたのか大きな板を運んでくる。
そして広場一帯の空気と香りを東側に流れる様仕向ける。
「チョコ餅いかがですかー?」
いつの間にかその場に馴染んだアシェールも残ったチョコ餅を近付いてくる住民達を魔法で眠らせた後、口へと提供して回り始める。半分方の住民が正気を取り戻した辺りから場の空気は明らかに変わり始めていた。何故なら考えてみればいい。オセロと同じで今まで敵だった筈の人間が餅を食べさせる事により味方へと変わったゆくのだ。
加えて、さっきのチーム分けがある事実により同チームの住民同士であれば片方が正気に戻れば、仲間同士なら投擲を受けずに正気に戻す事が出来る。
そういう訳で敵の数はあっという間にこちらの数より少なくなり、一旦正気に戻った住民は暴徒に戻る事はないのだから、始めこそ苦戦したものの後になればなるほど飛び交う餅の量も減ってゆく。
「後少しだ。踏ん張れ―」
「しかし、一体どうしてこんな事に…」
謎の行動に頭を傾げつつも住民達が仲間を戻す為に戦う。
そうして夕方を迎える頃には無理かと思われた街の鎮圧は終了し、ここからはお楽しみタイムの始まりだ。
「片付けついでに餅パー餅パー♪」
己が力で叩き上げたパエリア鍋(改)を使って作った雑煮が良い感じに出来上がり、それぞれが好きな分だけ餅を中に入れ頂く。
一月の寒空の下、汁を啜れば冷えた身体に染み渡り、ほっと吐く息は白くとも身体はとても温かい。
「うっまいーーー♪」
ガンジが心の底からの感想を述べる。
「確かに美味しいです」
とこれはエルバッハだ。元のドレスに戻って、今日の労を癒す為ゆっくりと汁を啜る。
「……」
が一人、腑に落ちない者がいた。それはザレムだ。この事件の首謀者を取り逃がして事が悔やまれるらしい。
「もう皆も元に戻ったようだし、いいんじゃないさね?」
マリオも回収して餅を食べさせた。街中見て回ったが、もう餅を投げている者はいないと鍋蓋が彼を慰める。
しかし、彼の表情はまだ硬い。
(あの動きといい、野放しにしておくのは危険だと思うが…)
そこでハッとした。そう言えばアシェールは何か気になる事を言ってはいなかったか。
「確か四天王って…」
アシェールとまりおには出会ったが、それでは二人。という事は後の二人は?
「まさかおまえが!」
隣りで慰めていた男の顔が見知らぬものだった事に気付いて、咄嗟に手にしていた箸を構える。
だが、彼にとって初めてみる顔ではあるが敵ではない。
「違うさね…俺は鍋蓋さぁ。ほら…ってあ」
鍋蓋だった男――今初めて自分が元に戻っている事に気が付く。
「あんた…そんな姿だったのか…しかも、本当に鍋蓋下げてるとか」
その姿を見てザレムが呆れた笑みを見せる。
「おおー、これ鍋蓋製の武器だよね? なんかすご―」
そう言いつつ餅をひっぱるのは正気に戻ったばかりのまりおだ。
彼女も暴走中の記憶は残っていないらしく、手にはめたグローブに関しては彼女自身も驚いていた。
「とすると、怪しいのはあの人でしょうか?」
アシェールがおかわりの列に並ぶ着物の男を見つけて指差す。
『あ!』
そこで夢は途切れて、ザレム目覚めの時。
「え……今のは、夢?」
謎が残ったまま目覚めてしまった彼。しかし、夢の出来事ならば余り深く考えても仕方がない。
「全く、妙にリアルな夢だったな…」
彼が呟く。
「うふふ~教えてあげましょう。四天王とは私と紙袋さんとチョコとお餅なのですよぉ~」
一方アシェールは未だに夢の中。そんな寝言を呟いていたりして…。
初夢の餅騒動はなんとか解決に至ったようで、めでたしめでたし?
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/10 09:27:10 |