ゲスト
(ka0000)
【初夢】覚えのある眼差しと
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/01/10 19:00
- 完成日
- 2016/01/20 20:49
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「えーん、えーん、ひっく……」
遠くから、すすり泣く声が聞こえる。
声の雰囲気から察するに、おそらくは身体を丸めて、小柄な少女が泣いているのだろう。
ゲルタ・シュヴァイツァー(kz0051)は、その声がふと耳に入り、声の主を探しているところだった。
新年とは言え、ノアーラ・クンタウに合い変わらず逗留しているゲルタ。と言うか、今は迂闊に動けないというほうが正しいか。
先頃からの戦闘で、負傷したハンターや兵士を看病するのに手一杯なのである。
そんな中で聞こえた子どもの声――となれば、もしかしたら戦災孤児の可能性もある。
子どもの面倒を見るのは嫌いではない。
それに、困っている人がいたら手を差し伸べる――それは医師として、いや人間として当然の姿勢だ。
だから、ゲルタは探していた。
か細く不安げになく少女を――。
●
「ああ、いたいた」
草むらに隠れるようにして泣きじゃくっていた少女を見つけたのは、それから数分後のことだった。
要塞都市には似つかわしくない、かなり上等な服を身につけている。なんだか見覚えがあるような、そんな服。
「どうしたの、お嬢さん」
ゲルタはやさしく声をかけ、ぽんと少女の肩を叩いた。途端、少女が振りかえり、ゲルタを見る。
肩よりも少し長いくらいの金髪をうなじでくくった、アメジストのような瞳が印象的な――
「……え」
思わずゲルタは固まった。
だってそれは、まさしく幼い頃のゲルタそのものだったのだから。
「おねえさん、だれ?」
幼いゲルタはそう尋ねてくる。
「わたし? ええと、わたしは医者よ。それより貴方の名前と、どうして泣いているか聞かせて貰える?」
緊張する胸をおさえつつ、少女に尋ねる。
「……わたしはゲルタ。おいしゃさまになりたいんだけど、いくらべんきょうしてもおとうさまにおこられてしまうの。まだたりない、まだたりないって」
(――嗚呼、そう言う時期はたしかにあった)
ゲルタは思い出す。もともと医師の家系に生まれた彼女は家督を継ぐ予定だったため、父親が非常に厳しく学問を修めさせようとしたのだ。
その後、弟が生まれたことにより、そちらが家督を継ぐことになったのだが、それまではずいぶん苦労の連続だったのは今も覚えている。
「……じゃあ、今日は少し遊ばない? 折角の新年ですもの、ね?」
ゲルタが提案すると、少女はこくりと頷く。
二人は手を繋いで歩き出した。都市の中央にある、小さい広場に向かって。広場ならきっと賑やかで、この子の気持ちも晴れるだろうと思ったからだ。
じっさい広場では、新年を何とか迎えられたことについての歓びを、みんなで分かち合っている。
――気づけば、ほかの見覚えあるハンターたちも何人か、子どもを連れている。
本人によく似たその子どもたちは、おそらく――彼らの幼児期の姿、なのだろう。
なんだかまるで夢みたいでよく分からないけれど。
神様のちょっとしたサプライズなら、楽しんだもの勝ちだから。
「えーん、えーん、ひっく……」
遠くから、すすり泣く声が聞こえる。
声の雰囲気から察するに、おそらくは身体を丸めて、小柄な少女が泣いているのだろう。
ゲルタ・シュヴァイツァー(kz0051)は、その声がふと耳に入り、声の主を探しているところだった。
新年とは言え、ノアーラ・クンタウに合い変わらず逗留しているゲルタ。と言うか、今は迂闊に動けないというほうが正しいか。
先頃からの戦闘で、負傷したハンターや兵士を看病するのに手一杯なのである。
そんな中で聞こえた子どもの声――となれば、もしかしたら戦災孤児の可能性もある。
子どもの面倒を見るのは嫌いではない。
それに、困っている人がいたら手を差し伸べる――それは医師として、いや人間として当然の姿勢だ。
だから、ゲルタは探していた。
か細く不安げになく少女を――。
●
「ああ、いたいた」
草むらに隠れるようにして泣きじゃくっていた少女を見つけたのは、それから数分後のことだった。
要塞都市には似つかわしくない、かなり上等な服を身につけている。なんだか見覚えがあるような、そんな服。
「どうしたの、お嬢さん」
ゲルタはやさしく声をかけ、ぽんと少女の肩を叩いた。途端、少女が振りかえり、ゲルタを見る。
肩よりも少し長いくらいの金髪をうなじでくくった、アメジストのような瞳が印象的な――
「……え」
思わずゲルタは固まった。
だってそれは、まさしく幼い頃のゲルタそのものだったのだから。
「おねえさん、だれ?」
幼いゲルタはそう尋ねてくる。
「わたし? ええと、わたしは医者よ。それより貴方の名前と、どうして泣いているか聞かせて貰える?」
緊張する胸をおさえつつ、少女に尋ねる。
「……わたしはゲルタ。おいしゃさまになりたいんだけど、いくらべんきょうしてもおとうさまにおこられてしまうの。まだたりない、まだたりないって」
(――嗚呼、そう言う時期はたしかにあった)
ゲルタは思い出す。もともと医師の家系に生まれた彼女は家督を継ぐ予定だったため、父親が非常に厳しく学問を修めさせようとしたのだ。
その後、弟が生まれたことにより、そちらが家督を継ぐことになったのだが、それまではずいぶん苦労の連続だったのは今も覚えている。
「……じゃあ、今日は少し遊ばない? 折角の新年ですもの、ね?」
ゲルタが提案すると、少女はこくりと頷く。
二人は手を繋いで歩き出した。都市の中央にある、小さい広場に向かって。広場ならきっと賑やかで、この子の気持ちも晴れるだろうと思ったからだ。
じっさい広場では、新年を何とか迎えられたことについての歓びを、みんなで分かち合っている。
――気づけば、ほかの見覚えあるハンターたちも何人か、子どもを連れている。
本人によく似たその子どもたちは、おそらく――彼らの幼児期の姿、なのだろう。
なんだかまるで夢みたいでよく分からないけれど。
神様のちょっとしたサプライズなら、楽しんだもの勝ちだから。
リプレイ本文
――幼い頃の自分は一体どんな子どもだったろうか?
――自分でも忘れている自分がいるのでは、ないだろうか?
――かつての自分と会うことは――果たして幸運なことなのだろうか?
それとも……?
●
街角の片隅、その少年は膝を抱えて座り込み、泣きじゃくっていた。
赤みがかった髪はぼさぼさで、しかしその奥に見える金色の瞳はまるで野生動物か何かのように怯えの色を含んでいる。
「――ッ……!」
その少年をみて、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は思わず息をのんだ。
だってそれはあまりにも――幼い頃の自分自身に重なったから。
いや、間違いなく自分自身だ。まだ幼くて、孤児院で独りで泣いていた、弱く臆病なころの自分。
今から思えば、当時のヒースはもしかしたら、誰かに手を差し伸べてもらうことを待っていたのかも知れない。だから自分から顔を上げることもせず、ただかたくなにぎゅっと膝を抱えて座っていて。
(……あのときは、『彼女』が手を差し伸べてくれたっけ)
既に亡い、愛しい人をぼんやりと思い浮かべながら、青年は小さくうめく。
ここに『彼女』はいない。
なら、この少年に手を差し伸べるのは、――きっと自分自身。頭を軽くポリポリ掻きながら、ヒースは苦笑する。そっと、少年に手を差し伸べながら。
「下を向いて泣いてるだけじゃ、なにも始まらないよぉ?」
それは彼自身がかつて言われた言葉。赤毛の少年は、その言葉をかけたヒースをみて、何度も瞬きを繰り返す。
――ああ、この言葉があったから、ボクという存在の物語は始まったのかも知れないな。
ヒースは胸の中で独りごちると、少しばかり不敵な笑みを浮かべた。そして少年と同じ目線にしゃがみ込むと、その手にそっと触れてやる。
「一緒に歩こうか。……迷っても、歩き続けていれば見えてくるものもあるだろうし、ねぇ」
少年の金色の瞳はわずかに揺らいでいる。怯えの混じった、涙に濡れた瞳だ。――そう、この頃の自分はこうだった。
そんなことをぼんやりと思っていると、少年はそっと立ち上がる。その様子を見て、ヒースは知らず、微笑んでいた。
●
「あー見回りとかマジ大変だわぁー。おっさんったら超働いてるぅー! なんちって……って、ん? なんだ、あのガキ」
まだ混沌とした街を見回っている――と言う名目で適度にサボっているのは鵤(ka3319)。くたびれた白衣にサンダル姿、と言う典型的なおっさんだが、彼が見つけたのは不安げな様子を顔に浮かべて周囲を見渡している、三歳くらいの少年だった。
「はぁい、ガキんちょぉ。何きょろきょろしてるンのよ、何か面白いもんでもあったわけぇ?」
そうやって顔をのぞき込んでみると、どこか見たことのあるような顔立ちをしているような気がした。どこでだか、は分からないけれど。
「ここどこ……? おとうさんもおかあさんもいなくて、よくわかんなくて、こわい」
少年はきゅっと唇を噛んで、泣くのを我慢している。年齢の割には、自分の置かれた状況の理解ができる程度の落ち着きを備えているようだ。鵤は苦笑すると、
「そんなことなら見回りついでに探してやるよ」
「ほんとう?」
「ああ。ま、手ェでもつないどこうか」
またはぐれてしまっても困るから。すると幼子はきゅっと鵤の白衣を握りしめた。見知らぬ場所、と言うだけあって、やはり緊張が隠せない様子だ。しかし、子どもというものは順応力が高い。
「ね、あれなぁに?」
「あんなひと、はじめてみた!」
興味津々な様子で鵤に問いかけてくる。好奇心旺盛なのはいいことだが、親のことはどうでもいいのだろうか。鵤は内心で苦笑をする。
――鵤には幼い頃の記憶が無い。訳あって転移する前に消されている。
だから、気づかない。気づけない。
それが、己自身であると言うことに。
●
「ねえ、お姉ちゃん。ここって面白いね!」
そう言って、十二歳ほどに見える少女は無邪気に笑いかける。フィルメリア・クリスティア(ka3380)に。
少女はリアルブルー人なのだから、この光景に興味を覚えるのも仕方ないだろう。青く長い髪がさらりと舞う。
サファイアブルーとエメラルドグリーンの瞳をもつその少女は、黙っていればきっとフィルメリアの血縁と思われるだろう。――実際は、自分自身、なのだが。
服装はいかにも良家のお嬢様らしい、深い青い色のワンピース。にこにこと笑顔を浮かべて鼻歌を歌っている様は、今のフィルメリアを知る人から見ても、まさか同一人物とは思われないだろう――と言うくらいに、雰囲気が真逆だった。
いかにも素直で天真爛漫、そしてちょっとばかりお転婆そうな快活な少女。それが幼き日のフィルメリアだったから。
「……こんな頃も会ったわね。懐かしいわ」
思わず口をついてでたのはそんな言葉。今のフィルメリアは、どちらかというと真面目で冷静という評価の高い女性だ。軍人になる決意をしたのはこの少女のころよりももう少し後である。
少女もまた、よく似ているとは思っているだろうが、将来の自分とは思っていないのだろう。嬉しそうにフィルメリアをみては『お姉ちゃん』と懐いてくれている。
「広場に行けば新年の祝いもやっているでしょうから……行きましょうか」
「うん!」
提案をしてみれば、少女は嬉しそうに頷くのだった。
●
大規模な戦闘の合間と言うこともあって、大々的には新年の祝いはなされていない。
しかし流石に要塞都市というだけあって人の出入り自体はそれなりに多いこのノアーラ・クンタウ、中央付近にある広場ではそれなりに賑々しい新年の祝いがなされていた。
祝いの場であるから、辺境部族も帝国も関係ない。
誰もが朗らかに笑いあい、新年の祝いといっては大人は酒を飲み、子どもたちも楽しそうにあたたかな蜂蜜の入ったドリンクを振る舞われている。
と、フィルメリアは見知った顔に遭遇した。
「あ、フィル姉さん」
長く白い髪のその女性はマーゴット(ka5022)、彼女からするとフィルメリアは義姉の親友という関係である。
「ああ、マーゴットもここに来ていたのね。……その子は?」
その子、とフィルメリアが問うのも無理はない。マーゴットもまた、幼い女の子と手を繋いでいたからだ。
長い黒髪、そしてすすけた服装。いかにもスラムの孤児という雰囲気のその少女は、マーゴットを盾にするようにして、少しばかり硬い表情を浮かべている。
「さっき、迷子になっていたところを保護したのだけど……名乗ってくれなくて。もっとも、見つけてすぐに比べれば、ずいぶんと懐いてくれるようになったのだけれど。フィル姉さんこそ、かわいらしいお嬢さんを連れているけれど……そちらも迷子?」
「……迷子、みたいなもの、かしら。説明するのはむずかしいのだけれど」
マーゴットに言われ、くすりと笑うフィルメリア。
「……まあ、なんとなく――この少女が何者かは、わかるのよ。ただ、私には幼い頃の記憶が無いから」
だから、何度も名前を聞いても聞き取れないのだろう、と。
マーゴットはそう言って、黒髪の少女――幼い頃のマーゴットの頭を優しく撫でた。
「フィル姉さんの横にいるその子も、そう言うことなのでしょう? つまり、」
――かつてのフィル姉さんなのでしょう。
そう言いたげな眼差しが、マーゴットから向けられる。しかし、その言葉はあえて口に出さない。
口に出せば、何かが崩れてしまいそうだから。
「えっと、あの、お姉さん……?」
黒髪の少女は不思議そうな顔をして、マーゴットを見つめている。警戒心は強いけれど、まだまだ幼さの残る表情で。
「……私は大丈夫よ、お嬢さん。それよりも、その格好のままでは寒いでしょう、まずは何かあたたかいものでもお腹に入れるのがいいと思うのね」
幸いこの付近には屋台がずらりと並んでいる。
もともと賑やかな広場だが、新年と言うこともあっていつも以上の賑わいを見せているのだ。
「ねえ、お姉さん! 私、その子と一緒に探検してみたいな!」
フィルメリア――ここではややこしくなるが幼少期のフィルメリアである――が、嬉しそうに笑ってマーゴットの手をそっと取る。
黒髪の少女は大きく目を見開いて驚いていた。幼いフィルメリアと、幼いマーゴットのその出で立ちはまるっきり正反対で、良家の子女という雰囲気ただようフィルメリアにたいし、マーゴットがほんの少し恥じているようにも見えた。自分がみすぼらしい格好をしているというのを、彼女自身も分かっているのだろう。
マーゴットはそんな自分を微笑ましく見つめながら、そっと少女に己の付けていたストールを巻き付けてやる。もともと大きめのそれは少女にはまるでどこかの民族衣装のようになってしまうくらいで、すり切れ汚れの目立つ少女の服装をうまく覆い隠してくれる。黒髪の少女は瞬きを何度もして、消え入りそうな声で
「お姉さん、ありがとう」
とお礼を言う。マーゴットはゆるゆると首を横に振った。口元に優しい笑みを浮かべながら。
「このくらいなんてこと無いから。それよりもいっておいで。折角のお祭りなんだから、楽しまないと損だよ」
そう言うと、黒髪の少女はこっくりと頷いてそして笑った。待ちきれない、と言った雰囲気のフィルメリア少女と手をつなぎ、子どもたちは楽しそうに出かけていく。
「私がね、――ちゃんの友達になってあげる! 護って上げられるように、強くなるからね!」
フィルメリア少女は笑顔を一杯にして言うと、幼いマーゴットもわずかに顔を赤らめて、頷いている。
それを眺めながら、二人はほうっと吐息をついた。
「……あんな風に素直でいられた頃もあったのよね……何というか、我ながら恥ずかしいところもあるけれど」
フィルメリアがそう言って苦笑する。そして、言葉を続けた。
「でも……うん。言わないほうがいいってわかってることだけど、言わせて。私は、貴方のことが大好きよ。マギー」
わずかに顔を赤らめているのは、やはり感情を吐露するのが少し恥ずかしいから。マーゴットはそんなフィルメリアに対し、そっと微笑み返した。
「フィル姉さん……うん……、ありがとう」
わずかに驚きはしたけれど、顔は幸せそうに微笑んでいた。
●
広場は当然と言えば当然だが、賑やかで、人もそれなりに大勢いる。大規模な戦闘の合間の命の洗濯、と言ったところなのだろうか、やや疲れた表情をしている者もいるものの、新年の歓びで溢れている。
そんななかでヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)は、見回りをしていた。こういう賑やかな場所ではトラブルが発生しやすい。それを未然に防ぐことができるのなら、と言う考えもあってのことだった。
――と、どん、っと身体に当たる軽い衝撃。
少年が走り抜けていく。
はっと慌ててポケットをまさぐれば、その中には何もなかった。
「やられた……!」
ヨルムガンドは慌てて少年を追いかける。はしっこそうな少年は、人混みのなかをするすると紛れていこうとしたが――何とか捕まえることができた。人の多さが、この場合は幸いしたと言えばいいのだろうか。
が、その少年の顔を見て、ヨルムガンドは一瞬ぽかんと口を開けてしまう。なぜなら、その少年の顔が、あまりにも――自分の顔に似ていたから。
じっと見つめられるのが苦手な彼は、視線を少し外すようにして、
「あ、あの……財布、返して……」
とぼそぼそと言う。するとその少年は抵抗するかのように、殴る蹴るという暴れっぷり。その割りに、ポケットに入れていたあめ玉を渡して交渉をしてみると、少年は暴力を振るうのをやめて嬉しそうにあめ玉を口に含んだ。
「名前は?」
「……ヨルムガンド」
同じ名前、同じように飴が好き――まさか。
まるで嘘みたいな話だが、少年はどうやら過去の自分ではなかろうか、と彼はぼんやり考えた。
「でも、財布? そりゃぼーっとしてるあんたも悪いよね。俺の手下になったら、返してやるよ」
少年はそんなことを嘯いてにたにたと笑う。仕方が無い、ここはおとなしく従う方が何かと面倒は起きないだろう。ヨルムガンドはそう判断して、渋々ながらも少年につきあうことにした。
「ほら、行こう、こっちこっち」
少年はヨルムガンドの手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。その行動力に、彼自身も驚くばかりだ。
腕白盛りと言った少年は、いかにも恐いものなしなのだろう。無茶なことを言いながらケラケラと笑っている。ヨルムガンドが嫌がっているのが分かって、だ。
(昔はこんなに性格が悪かったのかな、ちょっとショックかも)
疲れ果てて思わず近くのベンチに腰掛け、ため息をつく。すると少年は、
「お前はいつも暗い顔してんな」
と言ってきた。
「そう言う君は、よく笑うね……」
そう言いながら、ヨルムガンドはまたため息。しかし、不思議な気持ちだった。
性格はいいとは言えない、むしろ最悪だけれど、こんなに嬉しそうに楽しそうに笑うこともできていたのに、今の自分は一体いつから笑えなくなってしまったのだろう?
子どもの頃のことはおろか、つい最近の記憶までもがおぼろげで、思い出そうとすると酷い頭痛に苛まれる。
だから、なんだかひどく新鮮でもあった。
ため息をまたついたら、少年は
「辛気くさい顔してるんじゃねぇよ!」
そう言ってまたヨルムガンドを軽く殴った。
けれど、苺味の飴を二人で食べたとき。
口に入れた瞬間の、どこか懐かしい感じが、思わず青年に笑顔を作らせる。少年も満足そうに飴をほおばって、満面の笑みを浮かべていた。
(……好きなものは、変わらないんだなぁ)
それが妙に滑稽にも感じられて、ヨルムガンドはくすり、と笑った。
●
いっぽうその頃、ヒースも広場に向かって歩いていた。幼い頃の彼自身と、手を繋いで。
(ボクがボクと並んで歩く。……なんだか愉快な構図だな)
胸の奥でそんなことを思いながら、ヒースは道々、少年に尋ねられたことを答えていく。
「ねえ、ここってどこもかしこもボロボロだけど、みんな壊れちゃったの?」
大規模な戦闘はまだ続いている。要塞都市の内部も、やはりあちこちにその痕跡が残されていた。少年が不審がるのもある意味において当然だろう。
ヒースはその問いに、くすりと笑って答える。
「たしかにそうだねぇ。だけど、まだ終わっていないさ」
「……終わっていない?」
少年は不思議そうに首をかしげる。ヒースはそんな少年の頭を軽くなでて、そして頷いた。
「ああ。諦めずに考え続け、行動し続け、歩き続ける限り……終わりはないさ。この場所も、ボクらも、ねぇ」
「諦めないことが、大事?」
「ああ。ボクも他人から教えてもらったことだけど、ねぇ。だからおまえも、歩き続けるんだ。進む先に何が待ち受けていようと、どうか自分自身を信じて。大切な人との約束を守るためにも、ね」
少年はヒースの言葉に二三度瞬きをして、それから
「どうして、そんな風に言ってくれるの?」
そう尋ねてくる。
「……そうだなぁ」
ヒースはそこで一瞬言葉を止め、そして少年に笑いかける。
「ボクらは『ウォーカー』だからさ。だから、きっとできるさ」
ヒースの言葉に、少年はまた瞬きをする。しかし、すぐに頷いた。
「……うん!」
その顔は、わずかに頬を紅潮させていて。
そしてヒースも、そんな幼き自分の答えに微笑み返したのだった。
●
(流石に広場は賑やかだな)
仕事帰りにふらりと広場に近づいたのは、久延毘 大二郎(ka1771)。
こんな状況下でも子どもたちは賑やかな声を上げてはしゃいでいる。子どものあるべき姿、といえるかも知れない。
が、ふと視線を泳がせると、眼鏡をかけた少年が一人、ぽつりとつまらなさそうに宙を見て突っ立っていることに気がついた。
(……まるで、昔の私のようだな)
人となじめなかった子ども時代。それをぼんやりと思い出しながら、大二郎は気がつけばその少年に声をかけていた。
「君は、あそこの子どもたちとは遊ばないのかね?」
すると少年はぷるぷると首を横に振る。
「……ううん、言ったって、入れてくれないから。だって、俺はヌエだから」
その言葉に大二郎は耳を疑う。
「ヌエ……だ、と?」
「おれのことを言うんだ。『久延毘の長男はヌエだ』って」
大二郎は言葉を失う。そして少年の顔をまじまじと見る。
眼鏡をかけた、小学校の低学年程度のその少年は、たしかに見覚えのある顔をしていた。――つまり、自分自身の。
少年時代の大二郎は今よりももっと目つきが悪いため、少年のほうはまさかこれが将来の自分とは気づいていないのだろう。
しかし、大二郎のほうはわかる。紛れもなく、これは彼自身なのだ。
――もともと彼の家は地元では『神の末裔』とされるような曰く付きの家系だった。その長男として生まれた大二郎は、結果として遠巻きにされることが多かったのだ――目つきの悪い三白眼と、まるでサメか何かのようなぎざぎざとした歯のために。周囲には、『神の家からヌエが生まれた』と陰で囁かれ続けていた。
ヌエ――漢字で書くと、『鵺』という。
正体のわからない妖怪。それが彼を示す記号。
そんなこともあって、家族以外の人間とはほとんど接点を持てずにいた。加わろうとしても、ちょうど今のように『加えて貰えなかった』というのが、正しい。
大二郎は、幼い日の自分の隣に立つ。そして、言葉を紡いだ。
「……少年。君はきっとこの先、何年も何年も、今と同じような思いをし続けることになるだろう。進む道を誤って、ずっと後悔の念に苛まれ続けることにもなるだろう」
少年は鋭い目つきで大二郎を睨む。
「どうして、そんなこと言うの」
しかし大二郎はその問いに答えるのではなく、わずかに表情を緩めて、そして言葉を続けた。
「だが……必ず君のことを見つめ、理解を示すものが現れるはずだ。……だからそれまではどんなに辛いことがあっても、歯を食いしばって耐えろ。いいな?」
少年の瞳が、わずかに揺らいだ。しかし、素直なことを言うような少年ではない。
「いきなり、そんなことを言われても……」
(流石、昔の私らしく生意気なやつだ)
大二郎は胸の奥で小さく笑った。
「大丈夫だ。君は、強い」
少年の頭をわしわしとなで回してやる。
すると少年は、わずかに顔を赤くして、そして小さく頷いたのであった。
●
そのいっぽうで、いかにも貴族の子息らしい、身なりのいい少年がやはりぼんやりと立っていた。
どうやら連れとはぐれてしまったか何かのようで、若干途方に暮れている、と言うような表情を浮かべている。
それに気づいたのはアリストラ=XX(ka4264)、作業に一段落がついたころのことだった。
煙草を一本吹かしていると、この街とはずいぶんと不吊りあいに見える少年が近づいてきたのだ。――しかし、アリストラは、その少年にどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。
「……おい、坊主。このあたりは子どもが一人でふらふらと出歩くようなところじゃねぇぞ?」
すると、少年は顔をわずかに赤らめて、
「あ、すみません……ちょっと、人を探していまして」
そう言って、連れである探し人の特徴を述べていく。その話を聞いていくうちに、アリストラは思わず煙草の灰を落とすのも忘れてしまっていた。
(ああ、こいつは――昔の、俺、だ)
今の彼を知る人なら、まさか同一人物とは思わないだろう。何しろ、少年はアリストラの最大の特徴とも言うべき眼帯も付けておらず、物腰も柔らかな少年だからである。
しかしその戸惑いを見せないようにしつつ、アリストラはわずかに少年と距離を置く。
万が一、これが敵の罠だったとしたら、まずい――そう認識したのだ。しかし、少年は困った様子で、
「……少し目を離し襷に逃げ出し……あ、いえ、はぐれてしまいまして……」
そう言うものだから、アリストラもつい絆されてしまった。
「しゃあねえな。俺も探すのにつきあってやるよ」
すっと立ち上がって、すたすたと歩き出した。
少年は慌てて、そんなアリストラの跡を追う。
広場は相変わらず賑やかで、少年がはぐれたという人物を探すにもなかなか該当する人物が見当たらない。
そのいっぽうで、アリストラは少年の言動を注意深く観察していた。もしこれが何らかの罠であったとしたら問題だからだ。しかし少年はそう言うそぶりなどいっさい見せず、むしろ新年の祝いというものに興味津々そうに周囲を見渡して楽しそうに笑っている。
「いろいろな文化があるのですね、僕には知らないこともまだまだ多いみたいです……」
手には土産物をしっかり抱えて、満喫している様子が手に取るようにわかる。
やがてもとの路地に戻ってくると、
「もしかしたら、先に帰宅してしまったのかも知れません……僕もそろそろ帰らないと、みんなも心配しますから」
少年はそう言って、丁寧に頭を下げた。
と――不意の殺気。アリストラはとっさに武器を構え、少年の繰り出す短刀を受け止めた。鋭い金属音が響く。
少年は――わずかに微笑んでいた。
「……やっぱり、貴方はお強いですね。もしご縁があれば、一緒に仕事をしてみたいものですが」
「……ッ」
「冗談ですよ」
少年のペースに乗せられてしまう。手にしていた短刀を納めて、少年はにっこりと微笑み、そして手を振って去って行った。
あっけにとられつつも、アリストラは苦笑せざるをえない。
「……まったく。我ながら、かわいげの無いガキだな」
けれど、アリストラの表情は、どこかすっきりした者になっていた。
それとほぼ同じ頃、ブラウ(ka4809)は目の前に現れた少女をみて、驚きを隠せずにいた。
わずかに幼さの残る顔立ち、腰まである長い髪、そしてわずかに低い身長の少女。
迷子か何かと思って声をかけ、名前を聞いて唖然とするしかなかった。そして同時に、邪な気持ちがブラウの中を駆け巡っていく。
(この子はわたし自身……わたしの血の香りは、どんな香りなのだろう)
ブラウは、人から発せられる匂いに執着をもつ体質だった。特に、血の臭いや――死臭を好むというのは、かなり特殊と言えるだろう。
だからこそ、ブラウは気になった。己の血の臭い、と言うものが。
しかし、目の前にいる少女は幼いせいなのか、そう言うことに気づいていない。
ブラウは一瞬、刀の柄に手を置く――が、流石に「自分を殺す」という行為はなんとなく気が引ける。
「ブラウちゃんは、どうしてここにいるの? お父さんとお母さんは?」
そんなことを聞いて見る。己の名は伏せたままで。すると、少女は子どもらしい笑みを浮かべた。
「んー、気がついたらここにいたから、わかんない。でもね、おとーさんとおかーさんはね、やさしくてね、ぶらうに、おかし、作ってくれるんだよ!」
あどけない口調で、そう言ってみせる。
「あとね、あのね、いもうとはね、ぶらうとなかよしでね!」
家族のことを、無邪気に話す少女。
彼女はまだ知らない。いつか、彼女自身が、その大好きだった家族を手にかけてしまうことを。
この少女はまだ、師匠とともに旅に出ることを夢見て剣の特訓をしているのだ。何も、知らぬままに。
――そう、そういえばそんなことも言っていた。その師匠ですら、自分が殺してしまったのに。
「おねーちゃん? かおいろわるいよ?」
幼い『ぶらう』が、ブラウの顔をじっとのぞき込む。
「……大丈夫。でも……そうね。夢は夢でしかないけれど……叶えられるといいわね。……ううん、きっと叶えられるわ」
努めて笑顔を作ると、『ぶらう』はぱっと顔を輝かせた。
「ほんとう? おねーちゃんも、ゆめ、かなえられるといいねっ!」
嬉しそうに笑う少女。その笑顔がひどくまぶしく見えて、少しだけ、ちりりと胸の奥が痛くなる。しかし、それも一瞬のこと。
「折角だから、広場に行ってみましょうか。 そっちなら、きっと素敵な思い出が作れるから」
ブラウがそう言うと、ぶらうも嬉しそうに頷いて見せた。
●
――鵤には、幼少期の記憶が無い。
意図的に消されているため、はじめはまったく思いも寄らなかった。
その少年が、自分自身であるなんて。――でも、ちらほらと見かけたことのある顔の面々がやはり似たような子ども連れであることに気づいた。それも、連れて歩いている子どもは、その人物にどこか似ていて、
(まさかこいつ……俺、なのか?)
そう思うのも無理はないだろう。
(こんな、ごく普通のガキだったのねぇ……無邪気で、純粋で)
楽しそうに周囲を見て回っている少年は、そういえば何という名前なのだろう。
鵤は、自分の本当の名前も覚えていないのだ。
「そういえば、おじさんはなんて名前?」
少年は無邪気に問いかけてくる。
「名前ェ? あー……今は鵤さんだな」
「いまは、って、まえはちがうの?」
「そーそー、おっさんはお名前もたっくさんあるもんでよぉ、あっひゃひゃひゃ! ……ああ、そういやぁ、おたくの名前はなんてーの?」
賭のようなものだ。
もしかしたら、自分の名前が分かるかも知れないという、小さな望みを胸に秘めて。
少年は言う。
「ぼく? ぼくはねー……」
少年の言葉に、ノイズが混じった。
●
そしてこんな不思議な時間も終わりの時を迎えようとしていた。
フィルメリアとマーゴットは、少女達をそっと抱きしめ、そして耳元でそっと囁いてやる。
「――今の気持ちを忘れないでね。喩えなにがあっても、その気持ちがある限り、前に進むことができるから」
フィルメリアは、フィルメリアに。
「大丈夫、貴方は決して独りじゃない。だから安心して……。それと、ありがとう。貴方のおかげで少しだけ、忘れていた過去に触れることが出来たから」
マーゴットは、マーゴットに。
少女達はしばらく瞬きを繰り返していたが、すぐに笑顔になった。
「ううん。おねーさん達も、どうか幸せでいてね」
少女達はそう言って、微笑んだ。
――子どもの頃の自分と向き合って、思うことは何だったろう。
後悔? それとも、幸せ?
その答えはきっと本人にしか分からない。
けれど、きっとそれが悪いものではないはずだ。
――そうでしょう? 未来の、自分。
――自分でも忘れている自分がいるのでは、ないだろうか?
――かつての自分と会うことは――果たして幸運なことなのだろうか?
それとも……?
●
街角の片隅、その少年は膝を抱えて座り込み、泣きじゃくっていた。
赤みがかった髪はぼさぼさで、しかしその奥に見える金色の瞳はまるで野生動物か何かのように怯えの色を含んでいる。
「――ッ……!」
その少年をみて、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は思わず息をのんだ。
だってそれはあまりにも――幼い頃の自分自身に重なったから。
いや、間違いなく自分自身だ。まだ幼くて、孤児院で独りで泣いていた、弱く臆病なころの自分。
今から思えば、当時のヒースはもしかしたら、誰かに手を差し伸べてもらうことを待っていたのかも知れない。だから自分から顔を上げることもせず、ただかたくなにぎゅっと膝を抱えて座っていて。
(……あのときは、『彼女』が手を差し伸べてくれたっけ)
既に亡い、愛しい人をぼんやりと思い浮かべながら、青年は小さくうめく。
ここに『彼女』はいない。
なら、この少年に手を差し伸べるのは、――きっと自分自身。頭を軽くポリポリ掻きながら、ヒースは苦笑する。そっと、少年に手を差し伸べながら。
「下を向いて泣いてるだけじゃ、なにも始まらないよぉ?」
それは彼自身がかつて言われた言葉。赤毛の少年は、その言葉をかけたヒースをみて、何度も瞬きを繰り返す。
――ああ、この言葉があったから、ボクという存在の物語は始まったのかも知れないな。
ヒースは胸の中で独りごちると、少しばかり不敵な笑みを浮かべた。そして少年と同じ目線にしゃがみ込むと、その手にそっと触れてやる。
「一緒に歩こうか。……迷っても、歩き続けていれば見えてくるものもあるだろうし、ねぇ」
少年の金色の瞳はわずかに揺らいでいる。怯えの混じった、涙に濡れた瞳だ。――そう、この頃の自分はこうだった。
そんなことをぼんやりと思っていると、少年はそっと立ち上がる。その様子を見て、ヒースは知らず、微笑んでいた。
●
「あー見回りとかマジ大変だわぁー。おっさんったら超働いてるぅー! なんちって……って、ん? なんだ、あのガキ」
まだ混沌とした街を見回っている――と言う名目で適度にサボっているのは鵤(ka3319)。くたびれた白衣にサンダル姿、と言う典型的なおっさんだが、彼が見つけたのは不安げな様子を顔に浮かべて周囲を見渡している、三歳くらいの少年だった。
「はぁい、ガキんちょぉ。何きょろきょろしてるンのよ、何か面白いもんでもあったわけぇ?」
そうやって顔をのぞき込んでみると、どこか見たことのあるような顔立ちをしているような気がした。どこでだか、は分からないけれど。
「ここどこ……? おとうさんもおかあさんもいなくて、よくわかんなくて、こわい」
少年はきゅっと唇を噛んで、泣くのを我慢している。年齢の割には、自分の置かれた状況の理解ができる程度の落ち着きを備えているようだ。鵤は苦笑すると、
「そんなことなら見回りついでに探してやるよ」
「ほんとう?」
「ああ。ま、手ェでもつないどこうか」
またはぐれてしまっても困るから。すると幼子はきゅっと鵤の白衣を握りしめた。見知らぬ場所、と言うだけあって、やはり緊張が隠せない様子だ。しかし、子どもというものは順応力が高い。
「ね、あれなぁに?」
「あんなひと、はじめてみた!」
興味津々な様子で鵤に問いかけてくる。好奇心旺盛なのはいいことだが、親のことはどうでもいいのだろうか。鵤は内心で苦笑をする。
――鵤には幼い頃の記憶が無い。訳あって転移する前に消されている。
だから、気づかない。気づけない。
それが、己自身であると言うことに。
●
「ねえ、お姉ちゃん。ここって面白いね!」
そう言って、十二歳ほどに見える少女は無邪気に笑いかける。フィルメリア・クリスティア(ka3380)に。
少女はリアルブルー人なのだから、この光景に興味を覚えるのも仕方ないだろう。青く長い髪がさらりと舞う。
サファイアブルーとエメラルドグリーンの瞳をもつその少女は、黙っていればきっとフィルメリアの血縁と思われるだろう。――実際は、自分自身、なのだが。
服装はいかにも良家のお嬢様らしい、深い青い色のワンピース。にこにこと笑顔を浮かべて鼻歌を歌っている様は、今のフィルメリアを知る人から見ても、まさか同一人物とは思われないだろう――と言うくらいに、雰囲気が真逆だった。
いかにも素直で天真爛漫、そしてちょっとばかりお転婆そうな快活な少女。それが幼き日のフィルメリアだったから。
「……こんな頃も会ったわね。懐かしいわ」
思わず口をついてでたのはそんな言葉。今のフィルメリアは、どちらかというと真面目で冷静という評価の高い女性だ。軍人になる決意をしたのはこの少女のころよりももう少し後である。
少女もまた、よく似ているとは思っているだろうが、将来の自分とは思っていないのだろう。嬉しそうにフィルメリアをみては『お姉ちゃん』と懐いてくれている。
「広場に行けば新年の祝いもやっているでしょうから……行きましょうか」
「うん!」
提案をしてみれば、少女は嬉しそうに頷くのだった。
●
大規模な戦闘の合間と言うこともあって、大々的には新年の祝いはなされていない。
しかし流石に要塞都市というだけあって人の出入り自体はそれなりに多いこのノアーラ・クンタウ、中央付近にある広場ではそれなりに賑々しい新年の祝いがなされていた。
祝いの場であるから、辺境部族も帝国も関係ない。
誰もが朗らかに笑いあい、新年の祝いといっては大人は酒を飲み、子どもたちも楽しそうにあたたかな蜂蜜の入ったドリンクを振る舞われている。
と、フィルメリアは見知った顔に遭遇した。
「あ、フィル姉さん」
長く白い髪のその女性はマーゴット(ka5022)、彼女からするとフィルメリアは義姉の親友という関係である。
「ああ、マーゴットもここに来ていたのね。……その子は?」
その子、とフィルメリアが問うのも無理はない。マーゴットもまた、幼い女の子と手を繋いでいたからだ。
長い黒髪、そしてすすけた服装。いかにもスラムの孤児という雰囲気のその少女は、マーゴットを盾にするようにして、少しばかり硬い表情を浮かべている。
「さっき、迷子になっていたところを保護したのだけど……名乗ってくれなくて。もっとも、見つけてすぐに比べれば、ずいぶんと懐いてくれるようになったのだけれど。フィル姉さんこそ、かわいらしいお嬢さんを連れているけれど……そちらも迷子?」
「……迷子、みたいなもの、かしら。説明するのはむずかしいのだけれど」
マーゴットに言われ、くすりと笑うフィルメリア。
「……まあ、なんとなく――この少女が何者かは、わかるのよ。ただ、私には幼い頃の記憶が無いから」
だから、何度も名前を聞いても聞き取れないのだろう、と。
マーゴットはそう言って、黒髪の少女――幼い頃のマーゴットの頭を優しく撫でた。
「フィル姉さんの横にいるその子も、そう言うことなのでしょう? つまり、」
――かつてのフィル姉さんなのでしょう。
そう言いたげな眼差しが、マーゴットから向けられる。しかし、その言葉はあえて口に出さない。
口に出せば、何かが崩れてしまいそうだから。
「えっと、あの、お姉さん……?」
黒髪の少女は不思議そうな顔をして、マーゴットを見つめている。警戒心は強いけれど、まだまだ幼さの残る表情で。
「……私は大丈夫よ、お嬢さん。それよりも、その格好のままでは寒いでしょう、まずは何かあたたかいものでもお腹に入れるのがいいと思うのね」
幸いこの付近には屋台がずらりと並んでいる。
もともと賑やかな広場だが、新年と言うこともあっていつも以上の賑わいを見せているのだ。
「ねえ、お姉さん! 私、その子と一緒に探検してみたいな!」
フィルメリア――ここではややこしくなるが幼少期のフィルメリアである――が、嬉しそうに笑ってマーゴットの手をそっと取る。
黒髪の少女は大きく目を見開いて驚いていた。幼いフィルメリアと、幼いマーゴットのその出で立ちはまるっきり正反対で、良家の子女という雰囲気ただようフィルメリアにたいし、マーゴットがほんの少し恥じているようにも見えた。自分がみすぼらしい格好をしているというのを、彼女自身も分かっているのだろう。
マーゴットはそんな自分を微笑ましく見つめながら、そっと少女に己の付けていたストールを巻き付けてやる。もともと大きめのそれは少女にはまるでどこかの民族衣装のようになってしまうくらいで、すり切れ汚れの目立つ少女の服装をうまく覆い隠してくれる。黒髪の少女は瞬きを何度もして、消え入りそうな声で
「お姉さん、ありがとう」
とお礼を言う。マーゴットはゆるゆると首を横に振った。口元に優しい笑みを浮かべながら。
「このくらいなんてこと無いから。それよりもいっておいで。折角のお祭りなんだから、楽しまないと損だよ」
そう言うと、黒髪の少女はこっくりと頷いてそして笑った。待ちきれない、と言った雰囲気のフィルメリア少女と手をつなぎ、子どもたちは楽しそうに出かけていく。
「私がね、――ちゃんの友達になってあげる! 護って上げられるように、強くなるからね!」
フィルメリア少女は笑顔を一杯にして言うと、幼いマーゴットもわずかに顔を赤らめて、頷いている。
それを眺めながら、二人はほうっと吐息をついた。
「……あんな風に素直でいられた頃もあったのよね……何というか、我ながら恥ずかしいところもあるけれど」
フィルメリアがそう言って苦笑する。そして、言葉を続けた。
「でも……うん。言わないほうがいいってわかってることだけど、言わせて。私は、貴方のことが大好きよ。マギー」
わずかに顔を赤らめているのは、やはり感情を吐露するのが少し恥ずかしいから。マーゴットはそんなフィルメリアに対し、そっと微笑み返した。
「フィル姉さん……うん……、ありがとう」
わずかに驚きはしたけれど、顔は幸せそうに微笑んでいた。
●
広場は当然と言えば当然だが、賑やかで、人もそれなりに大勢いる。大規模な戦闘の合間の命の洗濯、と言ったところなのだろうか、やや疲れた表情をしている者もいるものの、新年の歓びで溢れている。
そんななかでヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)は、見回りをしていた。こういう賑やかな場所ではトラブルが発生しやすい。それを未然に防ぐことができるのなら、と言う考えもあってのことだった。
――と、どん、っと身体に当たる軽い衝撃。
少年が走り抜けていく。
はっと慌ててポケットをまさぐれば、その中には何もなかった。
「やられた……!」
ヨルムガンドは慌てて少年を追いかける。はしっこそうな少年は、人混みのなかをするすると紛れていこうとしたが――何とか捕まえることができた。人の多さが、この場合は幸いしたと言えばいいのだろうか。
が、その少年の顔を見て、ヨルムガンドは一瞬ぽかんと口を開けてしまう。なぜなら、その少年の顔が、あまりにも――自分の顔に似ていたから。
じっと見つめられるのが苦手な彼は、視線を少し外すようにして、
「あ、あの……財布、返して……」
とぼそぼそと言う。するとその少年は抵抗するかのように、殴る蹴るという暴れっぷり。その割りに、ポケットに入れていたあめ玉を渡して交渉をしてみると、少年は暴力を振るうのをやめて嬉しそうにあめ玉を口に含んだ。
「名前は?」
「……ヨルムガンド」
同じ名前、同じように飴が好き――まさか。
まるで嘘みたいな話だが、少年はどうやら過去の自分ではなかろうか、と彼はぼんやり考えた。
「でも、財布? そりゃぼーっとしてるあんたも悪いよね。俺の手下になったら、返してやるよ」
少年はそんなことを嘯いてにたにたと笑う。仕方が無い、ここはおとなしく従う方が何かと面倒は起きないだろう。ヨルムガンドはそう判断して、渋々ながらも少年につきあうことにした。
「ほら、行こう、こっちこっち」
少年はヨルムガンドの手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。その行動力に、彼自身も驚くばかりだ。
腕白盛りと言った少年は、いかにも恐いものなしなのだろう。無茶なことを言いながらケラケラと笑っている。ヨルムガンドが嫌がっているのが分かって、だ。
(昔はこんなに性格が悪かったのかな、ちょっとショックかも)
疲れ果てて思わず近くのベンチに腰掛け、ため息をつく。すると少年は、
「お前はいつも暗い顔してんな」
と言ってきた。
「そう言う君は、よく笑うね……」
そう言いながら、ヨルムガンドはまたため息。しかし、不思議な気持ちだった。
性格はいいとは言えない、むしろ最悪だけれど、こんなに嬉しそうに楽しそうに笑うこともできていたのに、今の自分は一体いつから笑えなくなってしまったのだろう?
子どもの頃のことはおろか、つい最近の記憶までもがおぼろげで、思い出そうとすると酷い頭痛に苛まれる。
だから、なんだかひどく新鮮でもあった。
ため息をまたついたら、少年は
「辛気くさい顔してるんじゃねぇよ!」
そう言ってまたヨルムガンドを軽く殴った。
けれど、苺味の飴を二人で食べたとき。
口に入れた瞬間の、どこか懐かしい感じが、思わず青年に笑顔を作らせる。少年も満足そうに飴をほおばって、満面の笑みを浮かべていた。
(……好きなものは、変わらないんだなぁ)
それが妙に滑稽にも感じられて、ヨルムガンドはくすり、と笑った。
●
いっぽうその頃、ヒースも広場に向かって歩いていた。幼い頃の彼自身と、手を繋いで。
(ボクがボクと並んで歩く。……なんだか愉快な構図だな)
胸の奥でそんなことを思いながら、ヒースは道々、少年に尋ねられたことを答えていく。
「ねえ、ここってどこもかしこもボロボロだけど、みんな壊れちゃったの?」
大規模な戦闘はまだ続いている。要塞都市の内部も、やはりあちこちにその痕跡が残されていた。少年が不審がるのもある意味において当然だろう。
ヒースはその問いに、くすりと笑って答える。
「たしかにそうだねぇ。だけど、まだ終わっていないさ」
「……終わっていない?」
少年は不思議そうに首をかしげる。ヒースはそんな少年の頭を軽くなでて、そして頷いた。
「ああ。諦めずに考え続け、行動し続け、歩き続ける限り……終わりはないさ。この場所も、ボクらも、ねぇ」
「諦めないことが、大事?」
「ああ。ボクも他人から教えてもらったことだけど、ねぇ。だからおまえも、歩き続けるんだ。進む先に何が待ち受けていようと、どうか自分自身を信じて。大切な人との約束を守るためにも、ね」
少年はヒースの言葉に二三度瞬きをして、それから
「どうして、そんな風に言ってくれるの?」
そう尋ねてくる。
「……そうだなぁ」
ヒースはそこで一瞬言葉を止め、そして少年に笑いかける。
「ボクらは『ウォーカー』だからさ。だから、きっとできるさ」
ヒースの言葉に、少年はまた瞬きをする。しかし、すぐに頷いた。
「……うん!」
その顔は、わずかに頬を紅潮させていて。
そしてヒースも、そんな幼き自分の答えに微笑み返したのだった。
●
(流石に広場は賑やかだな)
仕事帰りにふらりと広場に近づいたのは、久延毘 大二郎(ka1771)。
こんな状況下でも子どもたちは賑やかな声を上げてはしゃいでいる。子どものあるべき姿、といえるかも知れない。
が、ふと視線を泳がせると、眼鏡をかけた少年が一人、ぽつりとつまらなさそうに宙を見て突っ立っていることに気がついた。
(……まるで、昔の私のようだな)
人となじめなかった子ども時代。それをぼんやりと思い出しながら、大二郎は気がつけばその少年に声をかけていた。
「君は、あそこの子どもたちとは遊ばないのかね?」
すると少年はぷるぷると首を横に振る。
「……ううん、言ったって、入れてくれないから。だって、俺はヌエだから」
その言葉に大二郎は耳を疑う。
「ヌエ……だ、と?」
「おれのことを言うんだ。『久延毘の長男はヌエだ』って」
大二郎は言葉を失う。そして少年の顔をまじまじと見る。
眼鏡をかけた、小学校の低学年程度のその少年は、たしかに見覚えのある顔をしていた。――つまり、自分自身の。
少年時代の大二郎は今よりももっと目つきが悪いため、少年のほうはまさかこれが将来の自分とは気づいていないのだろう。
しかし、大二郎のほうはわかる。紛れもなく、これは彼自身なのだ。
――もともと彼の家は地元では『神の末裔』とされるような曰く付きの家系だった。その長男として生まれた大二郎は、結果として遠巻きにされることが多かったのだ――目つきの悪い三白眼と、まるでサメか何かのようなぎざぎざとした歯のために。周囲には、『神の家からヌエが生まれた』と陰で囁かれ続けていた。
ヌエ――漢字で書くと、『鵺』という。
正体のわからない妖怪。それが彼を示す記号。
そんなこともあって、家族以外の人間とはほとんど接点を持てずにいた。加わろうとしても、ちょうど今のように『加えて貰えなかった』というのが、正しい。
大二郎は、幼い日の自分の隣に立つ。そして、言葉を紡いだ。
「……少年。君はきっとこの先、何年も何年も、今と同じような思いをし続けることになるだろう。進む道を誤って、ずっと後悔の念に苛まれ続けることにもなるだろう」
少年は鋭い目つきで大二郎を睨む。
「どうして、そんなこと言うの」
しかし大二郎はその問いに答えるのではなく、わずかに表情を緩めて、そして言葉を続けた。
「だが……必ず君のことを見つめ、理解を示すものが現れるはずだ。……だからそれまではどんなに辛いことがあっても、歯を食いしばって耐えろ。いいな?」
少年の瞳が、わずかに揺らいだ。しかし、素直なことを言うような少年ではない。
「いきなり、そんなことを言われても……」
(流石、昔の私らしく生意気なやつだ)
大二郎は胸の奥で小さく笑った。
「大丈夫だ。君は、強い」
少年の頭をわしわしとなで回してやる。
すると少年は、わずかに顔を赤くして、そして小さく頷いたのであった。
●
そのいっぽうで、いかにも貴族の子息らしい、身なりのいい少年がやはりぼんやりと立っていた。
どうやら連れとはぐれてしまったか何かのようで、若干途方に暮れている、と言うような表情を浮かべている。
それに気づいたのはアリストラ=XX(ka4264)、作業に一段落がついたころのことだった。
煙草を一本吹かしていると、この街とはずいぶんと不吊りあいに見える少年が近づいてきたのだ。――しかし、アリストラは、その少年にどこか見覚えがあるような気がしてならなかった。
「……おい、坊主。このあたりは子どもが一人でふらふらと出歩くようなところじゃねぇぞ?」
すると、少年は顔をわずかに赤らめて、
「あ、すみません……ちょっと、人を探していまして」
そう言って、連れである探し人の特徴を述べていく。その話を聞いていくうちに、アリストラは思わず煙草の灰を落とすのも忘れてしまっていた。
(ああ、こいつは――昔の、俺、だ)
今の彼を知る人なら、まさか同一人物とは思わないだろう。何しろ、少年はアリストラの最大の特徴とも言うべき眼帯も付けておらず、物腰も柔らかな少年だからである。
しかしその戸惑いを見せないようにしつつ、アリストラはわずかに少年と距離を置く。
万が一、これが敵の罠だったとしたら、まずい――そう認識したのだ。しかし、少年は困った様子で、
「……少し目を離し襷に逃げ出し……あ、いえ、はぐれてしまいまして……」
そう言うものだから、アリストラもつい絆されてしまった。
「しゃあねえな。俺も探すのにつきあってやるよ」
すっと立ち上がって、すたすたと歩き出した。
少年は慌てて、そんなアリストラの跡を追う。
広場は相変わらず賑やかで、少年がはぐれたという人物を探すにもなかなか該当する人物が見当たらない。
そのいっぽうで、アリストラは少年の言動を注意深く観察していた。もしこれが何らかの罠であったとしたら問題だからだ。しかし少年はそう言うそぶりなどいっさい見せず、むしろ新年の祝いというものに興味津々そうに周囲を見渡して楽しそうに笑っている。
「いろいろな文化があるのですね、僕には知らないこともまだまだ多いみたいです……」
手には土産物をしっかり抱えて、満喫している様子が手に取るようにわかる。
やがてもとの路地に戻ってくると、
「もしかしたら、先に帰宅してしまったのかも知れません……僕もそろそろ帰らないと、みんなも心配しますから」
少年はそう言って、丁寧に頭を下げた。
と――不意の殺気。アリストラはとっさに武器を構え、少年の繰り出す短刀を受け止めた。鋭い金属音が響く。
少年は――わずかに微笑んでいた。
「……やっぱり、貴方はお強いですね。もしご縁があれば、一緒に仕事をしてみたいものですが」
「……ッ」
「冗談ですよ」
少年のペースに乗せられてしまう。手にしていた短刀を納めて、少年はにっこりと微笑み、そして手を振って去って行った。
あっけにとられつつも、アリストラは苦笑せざるをえない。
「……まったく。我ながら、かわいげの無いガキだな」
けれど、アリストラの表情は、どこかすっきりした者になっていた。
それとほぼ同じ頃、ブラウ(ka4809)は目の前に現れた少女をみて、驚きを隠せずにいた。
わずかに幼さの残る顔立ち、腰まである長い髪、そしてわずかに低い身長の少女。
迷子か何かと思って声をかけ、名前を聞いて唖然とするしかなかった。そして同時に、邪な気持ちがブラウの中を駆け巡っていく。
(この子はわたし自身……わたしの血の香りは、どんな香りなのだろう)
ブラウは、人から発せられる匂いに執着をもつ体質だった。特に、血の臭いや――死臭を好むというのは、かなり特殊と言えるだろう。
だからこそ、ブラウは気になった。己の血の臭い、と言うものが。
しかし、目の前にいる少女は幼いせいなのか、そう言うことに気づいていない。
ブラウは一瞬、刀の柄に手を置く――が、流石に「自分を殺す」という行為はなんとなく気が引ける。
「ブラウちゃんは、どうしてここにいるの? お父さんとお母さんは?」
そんなことを聞いて見る。己の名は伏せたままで。すると、少女は子どもらしい笑みを浮かべた。
「んー、気がついたらここにいたから、わかんない。でもね、おとーさんとおかーさんはね、やさしくてね、ぶらうに、おかし、作ってくれるんだよ!」
あどけない口調で、そう言ってみせる。
「あとね、あのね、いもうとはね、ぶらうとなかよしでね!」
家族のことを、無邪気に話す少女。
彼女はまだ知らない。いつか、彼女自身が、その大好きだった家族を手にかけてしまうことを。
この少女はまだ、師匠とともに旅に出ることを夢見て剣の特訓をしているのだ。何も、知らぬままに。
――そう、そういえばそんなことも言っていた。その師匠ですら、自分が殺してしまったのに。
「おねーちゃん? かおいろわるいよ?」
幼い『ぶらう』が、ブラウの顔をじっとのぞき込む。
「……大丈夫。でも……そうね。夢は夢でしかないけれど……叶えられるといいわね。……ううん、きっと叶えられるわ」
努めて笑顔を作ると、『ぶらう』はぱっと顔を輝かせた。
「ほんとう? おねーちゃんも、ゆめ、かなえられるといいねっ!」
嬉しそうに笑う少女。その笑顔がひどくまぶしく見えて、少しだけ、ちりりと胸の奥が痛くなる。しかし、それも一瞬のこと。
「折角だから、広場に行ってみましょうか。 そっちなら、きっと素敵な思い出が作れるから」
ブラウがそう言うと、ぶらうも嬉しそうに頷いて見せた。
●
――鵤には、幼少期の記憶が無い。
意図的に消されているため、はじめはまったく思いも寄らなかった。
その少年が、自分自身であるなんて。――でも、ちらほらと見かけたことのある顔の面々がやはり似たような子ども連れであることに気づいた。それも、連れて歩いている子どもは、その人物にどこか似ていて、
(まさかこいつ……俺、なのか?)
そう思うのも無理はないだろう。
(こんな、ごく普通のガキだったのねぇ……無邪気で、純粋で)
楽しそうに周囲を見て回っている少年は、そういえば何という名前なのだろう。
鵤は、自分の本当の名前も覚えていないのだ。
「そういえば、おじさんはなんて名前?」
少年は無邪気に問いかけてくる。
「名前ェ? あー……今は鵤さんだな」
「いまは、って、まえはちがうの?」
「そーそー、おっさんはお名前もたっくさんあるもんでよぉ、あっひゃひゃひゃ! ……ああ、そういやぁ、おたくの名前はなんてーの?」
賭のようなものだ。
もしかしたら、自分の名前が分かるかも知れないという、小さな望みを胸に秘めて。
少年は言う。
「ぼく? ぼくはねー……」
少年の言葉に、ノイズが混じった。
●
そしてこんな不思議な時間も終わりの時を迎えようとしていた。
フィルメリアとマーゴットは、少女達をそっと抱きしめ、そして耳元でそっと囁いてやる。
「――今の気持ちを忘れないでね。喩えなにがあっても、その気持ちがある限り、前に進むことができるから」
フィルメリアは、フィルメリアに。
「大丈夫、貴方は決して独りじゃない。だから安心して……。それと、ありがとう。貴方のおかげで少しだけ、忘れていた過去に触れることが出来たから」
マーゴットは、マーゴットに。
少女達はしばらく瞬きを繰り返していたが、すぐに笑顔になった。
「ううん。おねーさん達も、どうか幸せでいてね」
少女達はそう言って、微笑んだ。
――子どもの頃の自分と向き合って、思うことは何だったろう。
後悔? それとも、幸せ?
その答えはきっと本人にしか分からない。
けれど、きっとそれが悪いものではないはずだ。
――そうでしょう? 未来の、自分。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 6人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/09 21:30:53 |