ゲスト
(ka0000)
彼等の撤退
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/01/25 19:00
- 完成日
- 2016/02/04 00:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●×××
しゃん、と鈴の音を鳴らす。
大輪の花を幾つもあしらう艶やかな柄の振り袖に柔らかなストール。結い上げた黒髪は櫛と笄で纏め、華やかな簪を飾る。
白い容に微笑を、硝子玉のような目でうっそりと。
蒸気工場都市フマーレの商業区に程近い廃工場、かつては教会だったその場所は何度も持ち主を変えながら廃れ、今では色ガラスを砕き、壁も剥がれている。
庭は荒れ、締め切られたアイアンレースの柵には蔦が巻き付いているが、一箇所だけ破れている。
冬になる前までは子供がこっそり忍び込んで肝試しをするのに使っていた。
いつ頃からか、この廃工場の周囲で人掠いが起こるようになり、この工場に殺人鬼だの歪虚だのが棲み着いたという噂が立った。
果たしてその噂は真実で。
過日、ハンター達がこの庭に入り、積み上げられた数多くの亡骸を回収していった。
庭は、殺された者達の血で赤く赤く塗られていたという。
ハンター達は下手人たる歪虚を下しきれずに撤退したが、歪虚もまた、その廃工場より出ることは難しくなった。
廃工場の周りは見回りの目が鋭く巡らされている。
この辺りもおっかなくなったなと男は深々と溜息を吐いた。廃工場の近くの道を通勤に使っている職人だ。
日の暮れた道を、鞄を担いで家へ急ぐ。
警ら達の目をくぐり抜けるように現れたその姿は男にそっと囁いた。
「ねえ、いいかしら。頼みたいことがあるの」
「何だ、君は」
「そこのロープ切って欲しいのよ」
「ロープ?」
白く細い指が指した先を男は見詰めた。
廃工場の周りを巡るロープと立ち入り禁止と書かれた帯。
「あれは、……切ってはいけないものだろう」
「どうしても、あの中に入りたいのよ」
――あの中を綺麗な赤に染めていたのに、ペンキが足りなくなってしまって。取りに行っている内に、こんなことになっては入れないの――
「入ろうと思えば入れるのだけど……この格好でロープを跨ぎたくは無いわ」
――それに、折角だから。あなたにもペンキになって欲しいの――
●
腕を包帯で巻いて三角巾で吊った警邏の男、彼の名をシオという。
過日の件で歪虚に嗾されて仲間を廃工場に向かわせ、銃口をシオの属する警邏組織のリーダーに向けた。シオの凶行を止めるように、撃たれた腕の傷は尚も痛み、こんな冷えた日は特に、じくじくと疼いて苛む。
シオの行動は全く無罪とはいかなかったが、職を追われることは無く、シオを嗾したという歪虚探しに日々駆り出されている。
今日もその一環として、街を歩いていた。
隣には、シオと共に廃工場へ向かった仲間、そして彼等のリーダーとして、シオと対峙した壮年の男。
重い空気の中、会話も無く見回りを終え、最後に廃工場の前を通りロープを確かめて詰め所に戻る。
擦れ違った男は刃の鋭い枝切り鋏を担いでいた。
リーダーが2人に声を掛けた。
「こんな時期に剪定か」
2人が男を振り返った。
「おい」
シオが男を呼び止める。
男は弾かれたように走り出した。
男を追った3人だが、辺りの道に詳しい男はすぐにその手を逃れてしまった。
詰め所に戻った彼等が仲間に男の容姿を伝えると、捜索が開始された。
それは、翌朝、男の亡骸が廃工場の前に見付かるまで続けられた。亡骸の傷は、過日、ハンターにより数体が回収されていた廃工場の中のものと同じだった。
集まって周辺の調査を済ませた警邏の男達は、昼前に一旦発見現場に集合した。
リーダーから見回りを一層強化する指示が出される中、1人が、あれ、と廃工場を差して言う。
「ロープ、切られてますよ」
リーダーはそのロープを拾い上げ切り口を眺めて首を傾げた。
「なあ、シオ君……」
シオともう1人を手招いて、昨日あの男が持っていたのは、これを切るための鋏だったのではないだろうかと。
3人がロープに寄った時、不審な音が聞こえた。
しゃん、と鳴る鈴の音。
「こんにちは、皆さん、お揃いで」
ロープの切れ間、絡んだ蔓を引き千切るように錆びた門扉を押し開けて現れたのは。
●
ハンターオフィスに駆け込んできたシオの姿は、何度も転んだのだろう、擦り傷だらけだった。
手当てを拒んで喚く言葉には、焦燥が覗える。
辺りの道には詳しいという受付嬢――案内人を自称している――に連れられてハンター達が現場へ駆けつける。 そこには10人程の男達が倒れ、彼等の傍らには結い上げた髪に華やかな和装の歪虚が、黒い翼の雑魔を従え、うっそりと微笑んで佇んでいた。
濁った声で鳴いた黒い翼の鴉が羽ばたくと、辺りに黒い羽が舞い上がった。
しゃん、と鈴の音を鳴らす。
大輪の花を幾つもあしらう艶やかな柄の振り袖に柔らかなストール。結い上げた黒髪は櫛と笄で纏め、華やかな簪を飾る。
白い容に微笑を、硝子玉のような目でうっそりと。
蒸気工場都市フマーレの商業区に程近い廃工場、かつては教会だったその場所は何度も持ち主を変えながら廃れ、今では色ガラスを砕き、壁も剥がれている。
庭は荒れ、締め切られたアイアンレースの柵には蔦が巻き付いているが、一箇所だけ破れている。
冬になる前までは子供がこっそり忍び込んで肝試しをするのに使っていた。
いつ頃からか、この廃工場の周囲で人掠いが起こるようになり、この工場に殺人鬼だの歪虚だのが棲み着いたという噂が立った。
果たしてその噂は真実で。
過日、ハンター達がこの庭に入り、積み上げられた数多くの亡骸を回収していった。
庭は、殺された者達の血で赤く赤く塗られていたという。
ハンター達は下手人たる歪虚を下しきれずに撤退したが、歪虚もまた、その廃工場より出ることは難しくなった。
廃工場の周りは見回りの目が鋭く巡らされている。
この辺りもおっかなくなったなと男は深々と溜息を吐いた。廃工場の近くの道を通勤に使っている職人だ。
日の暮れた道を、鞄を担いで家へ急ぐ。
警ら達の目をくぐり抜けるように現れたその姿は男にそっと囁いた。
「ねえ、いいかしら。頼みたいことがあるの」
「何だ、君は」
「そこのロープ切って欲しいのよ」
「ロープ?」
白く細い指が指した先を男は見詰めた。
廃工場の周りを巡るロープと立ち入り禁止と書かれた帯。
「あれは、……切ってはいけないものだろう」
「どうしても、あの中に入りたいのよ」
――あの中を綺麗な赤に染めていたのに、ペンキが足りなくなってしまって。取りに行っている内に、こんなことになっては入れないの――
「入ろうと思えば入れるのだけど……この格好でロープを跨ぎたくは無いわ」
――それに、折角だから。あなたにもペンキになって欲しいの――
●
腕を包帯で巻いて三角巾で吊った警邏の男、彼の名をシオという。
過日の件で歪虚に嗾されて仲間を廃工場に向かわせ、銃口をシオの属する警邏組織のリーダーに向けた。シオの凶行を止めるように、撃たれた腕の傷は尚も痛み、こんな冷えた日は特に、じくじくと疼いて苛む。
シオの行動は全く無罪とはいかなかったが、職を追われることは無く、シオを嗾したという歪虚探しに日々駆り出されている。
今日もその一環として、街を歩いていた。
隣には、シオと共に廃工場へ向かった仲間、そして彼等のリーダーとして、シオと対峙した壮年の男。
重い空気の中、会話も無く見回りを終え、最後に廃工場の前を通りロープを確かめて詰め所に戻る。
擦れ違った男は刃の鋭い枝切り鋏を担いでいた。
リーダーが2人に声を掛けた。
「こんな時期に剪定か」
2人が男を振り返った。
「おい」
シオが男を呼び止める。
男は弾かれたように走り出した。
男を追った3人だが、辺りの道に詳しい男はすぐにその手を逃れてしまった。
詰め所に戻った彼等が仲間に男の容姿を伝えると、捜索が開始された。
それは、翌朝、男の亡骸が廃工場の前に見付かるまで続けられた。亡骸の傷は、過日、ハンターにより数体が回収されていた廃工場の中のものと同じだった。
集まって周辺の調査を済ませた警邏の男達は、昼前に一旦発見現場に集合した。
リーダーから見回りを一層強化する指示が出される中、1人が、あれ、と廃工場を差して言う。
「ロープ、切られてますよ」
リーダーはそのロープを拾い上げ切り口を眺めて首を傾げた。
「なあ、シオ君……」
シオともう1人を手招いて、昨日あの男が持っていたのは、これを切るための鋏だったのではないだろうかと。
3人がロープに寄った時、不審な音が聞こえた。
しゃん、と鳴る鈴の音。
「こんにちは、皆さん、お揃いで」
ロープの切れ間、絡んだ蔓を引き千切るように錆びた門扉を押し開けて現れたのは。
●
ハンターオフィスに駆け込んできたシオの姿は、何度も転んだのだろう、擦り傷だらけだった。
手当てを拒んで喚く言葉には、焦燥が覗える。
辺りの道には詳しいという受付嬢――案内人を自称している――に連れられてハンター達が現場へ駆けつける。 そこには10人程の男達が倒れ、彼等の傍らには結い上げた髪に華やかな和装の歪虚が、黒い翼の雑魔を従え、うっそりと微笑んで佇んでいた。
濁った声で鳴いた黒い翼の鴉が羽ばたくと、辺りに黒い羽が舞い上がった。
リプレイ本文
●
「あの人……助けないと!」
警邏の男達が支え合うように集まって、怪我人を寝かせ、既に命を落とした者へ一縷の望みに縋るように呼び掛けている。その集団から数歩離れた血溜まりの中仰向けに倒れている男性が1人、容姿はシオに聞いたリーダーのもの、僅かに上下する胸の動きが彼がまだ生きていることを示唆している。
マリエル(ka0116)は彼等の脇を真っ直ぐに駆け抜けて、リーダーの前に盾を構え、雑魔を睨み上げた。
小振りな盾を全て彼の護りに宛て、倒れた身体に高さを合わせるように腰を屈める。ふわりと広がるローブの裾が地面を撫でた。
仲間のハンター達がそれぞれに得物を取って、敵に向かう気配を背に感じる。
「ここは、なんとか持ちこたえる様に致します」
「――ああ」
動ける警邏へ救助の手はずを指示した柊 真司(ka0705)が、すぐに追い付くと、声を返した。
淀んだ黒の翼が空気を薙ぐ音、歪なカラスが羽ばたいて、弱らせた獲物への追撃を試みる。
盾に弾かれた1羽が仰け反りながら大きく羽ばたいて舞い上がり、嘴を血に染めたもう1羽はマリエルの視線の先に留まって、濁った声で嘲笑うように鳴いた。
腕に得た傷の血が滲む。
盾は離せない。
痛みに手放し掛けた赤いメイスの柄を震える指で捕まえた。
「……っ」
メイスに触れた手許からキィの並ぶ幻影が伸びる。何よりも人の強さを信じるマリエル自身の信仰へ祈るように、痛みを堪えてキィに指を滑らせた。
マリエルの祈る最中、少女の姿をした歪虚が懐から針を取り出して狙う。
その針が投じられる前に、銃弾が掠めその手を止めさせた。
凍て付いた針は歪虚の手許で澄んだ音を立てて砕け散った。
「救出完了まで、時間は稼がせて頂きます」
ハンター達からも大きく距離を取って、エリス・カルディコット(ka2572)は青い炎の幻影を纏い銀の小銃を構える。
反動に僅かに揺れて銀の髪は空の青に染まっていく。
優しげな雰囲気を凜と転じ、漆黒の瞳で敵を捕らえる。肩に乗せた銃床に刻まれた崩れる塔の紋様、打ち出された弾丸は相応しい威力でエリスに応えた。
銃口が硝煙を途切れさせる前に照星を定めて照門を覗く。ぱたりと手を払いながら顔を顰めた歪虚は、向けられた銃口を睨み返した。
「今度は逃がさねェぜ、餓鬼ィ……!」
肩を聳やかして万歳丸(ka5665)が歪虚を見下ろす。金の双眸がぎらりと好戦的に煌めいた。
巨躯をずしりと進ませ、歪虚の正面へ踏み出すと、翻る様に現れた金麒麟の幻影が万歳丸の身体に重なり、次の足を進める前に、溶け込むように消える。
更に1歩進むと、両手に固めた拳に薄らと金の炎の幻影が揺らめいた。
柔らかな光り。優しい温もり。リーダーの瞼が微かに震えた。
「救出が最優先だ。……運ぶぞ」
傷が塞がり、意識が僅かにでも戻ったらしいことを確かめると柊は屈んで彼を肩に担ぎ上げる。
大柄では無いが街を守る任に就いた逞しい男を負って、彼の怪我を気遣いながら下がる歩は通常よりも幾分にも遅い。マリエルが盾を向けて庇うが、足りずにマリエル自身がまたひとつ傷を負う。
「正義のヒーローただいま参上!」
ガラじゃないけど、とソフィア・フォーサイス(ka5463)は佩いた太刀を抜き、吊った銃を抜き撃ちに銃声を響かせて雑魔を誘う。
「また会ったわね。今度は貴女のお名前、聞かせてもらうわよ。……まずは」
歪虚へ向けて艶然と微笑み、ブラウ(ka4809)がもう1羽のカラスへ向かって双刀の柄に手を掛けた。
●
漆黒のマテリアルを揺蕩わせ、純白の銃身を煌めかせる。無造作に放った銃弾が雑魔の翼を軽く掠め黒い羽を僅かに散らした。
大きく羽ばたいた雑魔がソフィアを光の無い虚ろな目で見下ろした。
マテリアルの描く黒い炎を思わせる幻影の中心、ソフィアは雑魔の目を睨み返してから口角を上げ肩越しに男達を振り返った。
「お仕事お疲れ様です! 帰ったら一緒に一杯やりましょう!」
とにかく、この状況から抜け出さなくては。
幻影を収束させ、透過する黒い揺らぎを腕に纏い銃へ太刀の刀身へと広げる。
カラスの雑魔を誘う様に上方へ向けた銃声を鳴らす。
「当たればラッキー、かな?」
翼を広げたままでカラスは鋭い嘴をソフィアに向け、羽ばたく勢いを乗せて降下する。
鎬を嘴に添わせて防ぐと、首を揺らして抗う雑魔の嘴と大振りの太刀の鎬の擦れ合う振動が腕まで伝う。
地面を蹴り前へ踏み込みながら刃を振るうと、片翼の付け根に傷を負い、羽を散らしたカラスが蹌踉めきながら空に戻る。
こちらが本命だと、冴え冴えとした刃を掲げて構え直しスフィアはまだ雑魔の残った空を見上げた。
辺りに広がる血溜まりと、上るその匂いに高揚したのか、ブラウのスカート裾が揺れるとその内からするりと手の幻影が伸びる。漂う匂いを求めるように前後に伸びて、その手の先で数本の指が揺れた。
左右の腰から抜き放った刀を構え雑魔の前へ出て誘う。
上下に揺れるように羽ばたいているが、然程高くは上がらず、かといって、刀を伸ばす高さでは今一つ足りない。
脇の塀に昇れそうだが、後方を空けるように動くと雑魔の注意を逸らされ兼ねないと、後へ伸ばす手の幻影が匂いに惹かれて揺れる。
「下りてきて、もらいたいわね」
あんな風に、とマリエルの刃を受け空へ戻る雑魔を見て呟いた。
別の1羽がブラウの前に飛び出してくる、隙を窺うように眺めていたが、やがてばさりと音を立てて羽を舞わせると、風を起こしながら飛び込んできた。
降下の動きに合わせ、舞うように片脚を引きながら、冷え冷えした靄を溢して刀を収める。逆手に持ち替えて抜き様に近接する雑魔の腹を薙ぎ払った。
黒い羽を舞わせ、血の代わりのように黒く粘った滴りを散らし、濁った声を上げて後退する雑魔が、腹を庇うのか足を縺れさせて空に戻った。
もう少しだとマリエルが声を掛ける。雑魔の狙いが逸れても、盾を構える警戒を解かず、柊と彼の背負うリーダーを庇う。
集団に合流すると、柊は残っていた残っている男に声を掛ける。片足に傷を得たらしい2人を、腕を貸して起こし1人を同行の案内人に支えさせ通りを抜けるまで下がる。
「遺体を回収する。ここは頼むぜ」
「はい、すぐに治療を……」
マリエルの手許にキィが現れる奏でるようにそれを叩き、込められた祈りが痛みに呻く彼等を優しく包み込んだ。
柊は雑魔との距離を量りながら前へ戻り、骸を一体ずつ抱えて後方へ運んだ。
穿たれた傷と、裂かれた傷、抱える腕にも冷えきった血が重く染みた。
前に出た万歳丸の背がこちらに向く。丁度良いとブラウは雑魔を見上げて頷いた。
「万歳丸さん、肩、借りるわよ?」
応、と返した巨躯は、ブラウをその背に昇らせても揺らがない。
赤い靴が辿り着いた肩がその小さな足を支える様に、仄かに金の焔の幻を揺らす。
ブラウが眼前を退いたカラスが羽を濡らしながら、退いた彼等を狙うように下りてくる。その降下の隙に振り抜いた刀を叩き付けて丸い首を刈り飛ばした。
絶えた雑魔が黒い花弁のように風に煽られて消える最中、黒の花吹雪の中に着地する。
残りの2羽へ、こちらだというようにソフィアの銃声が続けざまに響いた。
銃で誘い、降下したところを、マテリアルを込める刀で断つ。羽を散らす内にくすんだ刀身を払い、弾倉を交換する。
救助の進む音を聞きながら、最後に鴉の羽を断って、黒く淀んだ花弁に変えた。
残る1羽が2人を見下ろしながら翼を広げて首を揺らした。嘴の先に僅かだが赤い血肉が残っている、後ろで倒れている誰かを裂いたものだろうかと、2人は得物を構え直した。
「私の盾になりなさい!」
●
鴉を相手取る2人と歪虚の間に距離が開く隙を狙って、銃弾を撃ち込む。
空色の髪を靡かせて撃ち尽くした弾丸は、歪虚の手を阻み次の針を妨げた。その針に刺された者もいるだろうと、背後を気に掛けるが、正面へ据えた黒の瞳は逸らさない。
「すでに犠牲者が出ておりますが……」
マテリアルを込めて撃つ弾丸は爆ぜるように数弾に見せかけて広がるが、散らかる薬莢の数は変わらない。
連射の音が止むと、歪虚は広げた扇子を払って硝煙を仰ぎ、顰めた顔で反撃には遠いエリスを睨んだ。
「私の手が届かないところから撃つなんてずるいじゃない!」
閉じた扇子の切っ先を向けるが、エリスは構わずに再装填に移る。
大振りの銃を取り回す手にも、弾丸を込める指も淀みない。
照門を覗く。
「ですが、これ以上は!」
独特な艶を帯びた声で低く静かに告げる。これ以上は、許さないと。
「よォ、会いたかったぜ。俺ァどうも血の気が多くてなァ……!」
銃声の響く中前へ出た万歳丸が金の焔を揺らす拳を突き出す。以前は攻撃の殆どを阻まれ、仲間の生命力を大きく削られてしまった。名乗る間も無く撤退となったが。
「俺ァ、万歳丸」
てめェは。歪虚はうっそりと微笑んで万歳丸を見詰めながら狙いを付けるように指を差す。
「――いいわ、貴方が先!」
銃の間合いへ飛び込むには不利だと、エリスをへ向けた目を眇めて、歪虚が針を一つ取って構えた。
切っ先が万歳丸に向く。
「針! 来るぜ!」
その鋭い先端の煌めきを見て、雑魔と対峙する2人へ注意を促す声を上げる。
「残念、貴方だけ、で……」
声を張った隙を狙ったように投じられた黒い針は、違わず万歳丸へ至るが、その腕の籠手に刺さり、軽い衝撃を与えると黒い花弁に変わり、舞い上がるように消えて無くなった。
近接した万歳丸と歪虚を割るように凍て付いた銃弾が突き抜けて、歪虚が咄嗟に庇った扇子がぱらりとその糸を切って地面に骨を散らかした。
狙いを付けた先で歪虚が攻撃を止めると、エリスは雑魔へ、警邏の男達とマリエルに目を向ける。撤収はもうすぐに済むだろう、雑魔も2羽が大分弱っている。
「そこから前へは、進ませません……防ぎきります」
「てめェが流した血の応報よ。有難く頂戴しなァ!」
防御の手段を一つ落とした歪虚を、万歳丸の拳が定める。
姿勢を崩さんとかかる拳を躱した目が、砕けるように花弁となって舞い散った雑魔を捕らえて舌打ちする。
後退する動きに合わせて一度引かれたその拳が再度繰り出されると、歪虚の小柄な身体が後方へ飛ぶ。
倒れながら見る、己を狙う銃口に、咄嗟の声を響かせた。
「私の盾になりなさい!」
●
万歳丸を避けて放たれた弾丸がカラスの雑魔を貫いた。
貫かれた瞬間に凍り付いた雑魔はそれが砕ける傍から黒い花弁に変わり、地面に座り込んだ歪虚へ緩やかに降り注いだ。
雑魔が全て消滅すると、歪虚は4人のハンターに得物を向けられながら這うように後退し、柵に絡んだ蔦を引き千切りながら立ち上がった。その頬が擦れて黒い淀みを零している。それを拭った手でハンター達を差すと、尖った歯を覗かせ、硝子の目に縦の瞳孔を浮かばせた。
「ハナの邪魔をしたこと、ぜったい、許さな、きゃあっ」
唸るような声で捨て台詞を残して柵を開けると、廃墟の中へと消えていく。歪虚の挙動に前へ出た柊が、その背を追い打ちを掛けるように焼いた。閉まっていく柵から恨みがましい視線が柊を睨んだが、機械を据えた杖をの先を向けて、金の瞳は真っ直ぐな視線を返した。
閉ざされた柵は何も無かったように蔦が零れて絡み付いた。
「――大丈夫だ、歪虚は去った」
撤退を確かめた柊は戻ると、怯える男に声を掛けて励ます。
深すぎる傷は癒えきらずに残っていたが、抱えられて運ばれたリーダーも、呼吸を穏やかに目を覚ましていた。安堵の表情を浮かべたマリエルも、彼等の傍で胸を撫で下ろし息を吐いた。
「終わりましたか……」
集まったハンター達の怪我を見るが、万歳丸が腕に小さな痣を作っている程度で、自身に残った怪我が一番重い程だった。
馬車の近付く車輪と馬の蹄鉄の音が聞こえた。手綱を操った馭者が馬を止め、車上からハンター達へ声を掛けた。柊を探しているという。
「俺だが、シオからか?」
出発前にシオに手配を任せた馬車だという。
馭者は下りて荷台を開ける。余り多くは運べないが、すぐにもう一台届くだろう、病院までで良いのかと尋ねながら、男達を見回した。
「……柊さん、って、人が声を掛けてくれて落ち付いたっつってたぞ?」
ハンターオフィスに青い顔で駆け込んできたシオが思い出される。
そうか、と頷いて、柊は警邏の男を馬車へ誘導する。馬車へ乗る挙動には傷が響く彼等に手を貸しながら、酷い者から順に乗せていった。
「何か出来ることはないですか?」
ソフィアが馬車へ移る男に手を貸しながら尋ねた。
歪虚と対峙する状況から抜け出そうと、彼等に声を掛けてきたが、状況が落ち付くと出来ることが見付からない。
寝かされている亡骸を1度振り返るが、それは彼等に任せた方が良いだろう。
ソフィアの手を離して荷台の縁を掴んだ男は、落ち込んでいる彼等の仲間を差して、声を掛けて遣って欲しいと告げた。
比較的軽傷の者が残ると、次の馬車へは死者を並べた。
冷えた頬に触れ万歳丸が目を閉じて空を仰ぐ。過日に取り逃がした結果かと、奥歯を噛み締めて震える指を握り締めた。
ブラウはその馬車の傍らに添い荷台に滴った血を指先に掬って、すん、鼻先に寄せた。
「わたしが片付けましょうか?……ちゃんと片付けるわ、えぇ、ちゃんと……」
揺らめきそうになる手を潜めて尋ねるが、葬られる先は決まっているらしい。
「撤退ですね」
最初の馬車が発つとエリスが構え続けていた銃を下ろす。私たちも、と廃墟を一瞥して馬車に続いた。
柊も頷いて、歩いて馬車に続く者を纏めた。病院まで然程距離は無いらしく、そこへ送ることになった。
「私が殿に。最後まで守ります」
マリエルが馬車の最後尾に着いて盾を握る。
ハナ、と、いっていたあの歪虚は、何がしたかったのだろう。
閉じきった柵、絡んだ蔦。閉ざされた向こうで問うことの敵わなかった言葉をぽつりと零した。
警邏のメンバーは一時的に待機となり、次に備えるように歪虚の情報は纏められた。
「あの人……助けないと!」
警邏の男達が支え合うように集まって、怪我人を寝かせ、既に命を落とした者へ一縷の望みに縋るように呼び掛けている。その集団から数歩離れた血溜まりの中仰向けに倒れている男性が1人、容姿はシオに聞いたリーダーのもの、僅かに上下する胸の動きが彼がまだ生きていることを示唆している。
マリエル(ka0116)は彼等の脇を真っ直ぐに駆け抜けて、リーダーの前に盾を構え、雑魔を睨み上げた。
小振りな盾を全て彼の護りに宛て、倒れた身体に高さを合わせるように腰を屈める。ふわりと広がるローブの裾が地面を撫でた。
仲間のハンター達がそれぞれに得物を取って、敵に向かう気配を背に感じる。
「ここは、なんとか持ちこたえる様に致します」
「――ああ」
動ける警邏へ救助の手はずを指示した柊 真司(ka0705)が、すぐに追い付くと、声を返した。
淀んだ黒の翼が空気を薙ぐ音、歪なカラスが羽ばたいて、弱らせた獲物への追撃を試みる。
盾に弾かれた1羽が仰け反りながら大きく羽ばたいて舞い上がり、嘴を血に染めたもう1羽はマリエルの視線の先に留まって、濁った声で嘲笑うように鳴いた。
腕に得た傷の血が滲む。
盾は離せない。
痛みに手放し掛けた赤いメイスの柄を震える指で捕まえた。
「……っ」
メイスに触れた手許からキィの並ぶ幻影が伸びる。何よりも人の強さを信じるマリエル自身の信仰へ祈るように、痛みを堪えてキィに指を滑らせた。
マリエルの祈る最中、少女の姿をした歪虚が懐から針を取り出して狙う。
その針が投じられる前に、銃弾が掠めその手を止めさせた。
凍て付いた針は歪虚の手許で澄んだ音を立てて砕け散った。
「救出完了まで、時間は稼がせて頂きます」
ハンター達からも大きく距離を取って、エリス・カルディコット(ka2572)は青い炎の幻影を纏い銀の小銃を構える。
反動に僅かに揺れて銀の髪は空の青に染まっていく。
優しげな雰囲気を凜と転じ、漆黒の瞳で敵を捕らえる。肩に乗せた銃床に刻まれた崩れる塔の紋様、打ち出された弾丸は相応しい威力でエリスに応えた。
銃口が硝煙を途切れさせる前に照星を定めて照門を覗く。ぱたりと手を払いながら顔を顰めた歪虚は、向けられた銃口を睨み返した。
「今度は逃がさねェぜ、餓鬼ィ……!」
肩を聳やかして万歳丸(ka5665)が歪虚を見下ろす。金の双眸がぎらりと好戦的に煌めいた。
巨躯をずしりと進ませ、歪虚の正面へ踏み出すと、翻る様に現れた金麒麟の幻影が万歳丸の身体に重なり、次の足を進める前に、溶け込むように消える。
更に1歩進むと、両手に固めた拳に薄らと金の炎の幻影が揺らめいた。
柔らかな光り。優しい温もり。リーダーの瞼が微かに震えた。
「救出が最優先だ。……運ぶぞ」
傷が塞がり、意識が僅かにでも戻ったらしいことを確かめると柊は屈んで彼を肩に担ぎ上げる。
大柄では無いが街を守る任に就いた逞しい男を負って、彼の怪我を気遣いながら下がる歩は通常よりも幾分にも遅い。マリエルが盾を向けて庇うが、足りずにマリエル自身がまたひとつ傷を負う。
「正義のヒーローただいま参上!」
ガラじゃないけど、とソフィア・フォーサイス(ka5463)は佩いた太刀を抜き、吊った銃を抜き撃ちに銃声を響かせて雑魔を誘う。
「また会ったわね。今度は貴女のお名前、聞かせてもらうわよ。……まずは」
歪虚へ向けて艶然と微笑み、ブラウ(ka4809)がもう1羽のカラスへ向かって双刀の柄に手を掛けた。
●
漆黒のマテリアルを揺蕩わせ、純白の銃身を煌めかせる。無造作に放った銃弾が雑魔の翼を軽く掠め黒い羽を僅かに散らした。
大きく羽ばたいた雑魔がソフィアを光の無い虚ろな目で見下ろした。
マテリアルの描く黒い炎を思わせる幻影の中心、ソフィアは雑魔の目を睨み返してから口角を上げ肩越しに男達を振り返った。
「お仕事お疲れ様です! 帰ったら一緒に一杯やりましょう!」
とにかく、この状況から抜け出さなくては。
幻影を収束させ、透過する黒い揺らぎを腕に纏い銃へ太刀の刀身へと広げる。
カラスの雑魔を誘う様に上方へ向けた銃声を鳴らす。
「当たればラッキー、かな?」
翼を広げたままでカラスは鋭い嘴をソフィアに向け、羽ばたく勢いを乗せて降下する。
鎬を嘴に添わせて防ぐと、首を揺らして抗う雑魔の嘴と大振りの太刀の鎬の擦れ合う振動が腕まで伝う。
地面を蹴り前へ踏み込みながら刃を振るうと、片翼の付け根に傷を負い、羽を散らしたカラスが蹌踉めきながら空に戻る。
こちらが本命だと、冴え冴えとした刃を掲げて構え直しスフィアはまだ雑魔の残った空を見上げた。
辺りに広がる血溜まりと、上るその匂いに高揚したのか、ブラウのスカート裾が揺れるとその内からするりと手の幻影が伸びる。漂う匂いを求めるように前後に伸びて、その手の先で数本の指が揺れた。
左右の腰から抜き放った刀を構え雑魔の前へ出て誘う。
上下に揺れるように羽ばたいているが、然程高くは上がらず、かといって、刀を伸ばす高さでは今一つ足りない。
脇の塀に昇れそうだが、後方を空けるように動くと雑魔の注意を逸らされ兼ねないと、後へ伸ばす手の幻影が匂いに惹かれて揺れる。
「下りてきて、もらいたいわね」
あんな風に、とマリエルの刃を受け空へ戻る雑魔を見て呟いた。
別の1羽がブラウの前に飛び出してくる、隙を窺うように眺めていたが、やがてばさりと音を立てて羽を舞わせると、風を起こしながら飛び込んできた。
降下の動きに合わせ、舞うように片脚を引きながら、冷え冷えした靄を溢して刀を収める。逆手に持ち替えて抜き様に近接する雑魔の腹を薙ぎ払った。
黒い羽を舞わせ、血の代わりのように黒く粘った滴りを散らし、濁った声を上げて後退する雑魔が、腹を庇うのか足を縺れさせて空に戻った。
もう少しだとマリエルが声を掛ける。雑魔の狙いが逸れても、盾を構える警戒を解かず、柊と彼の背負うリーダーを庇う。
集団に合流すると、柊は残っていた残っている男に声を掛ける。片足に傷を得たらしい2人を、腕を貸して起こし1人を同行の案内人に支えさせ通りを抜けるまで下がる。
「遺体を回収する。ここは頼むぜ」
「はい、すぐに治療を……」
マリエルの手許にキィが現れる奏でるようにそれを叩き、込められた祈りが痛みに呻く彼等を優しく包み込んだ。
柊は雑魔との距離を量りながら前へ戻り、骸を一体ずつ抱えて後方へ運んだ。
穿たれた傷と、裂かれた傷、抱える腕にも冷えきった血が重く染みた。
前に出た万歳丸の背がこちらに向く。丁度良いとブラウは雑魔を見上げて頷いた。
「万歳丸さん、肩、借りるわよ?」
応、と返した巨躯は、ブラウをその背に昇らせても揺らがない。
赤い靴が辿り着いた肩がその小さな足を支える様に、仄かに金の焔の幻を揺らす。
ブラウが眼前を退いたカラスが羽を濡らしながら、退いた彼等を狙うように下りてくる。その降下の隙に振り抜いた刀を叩き付けて丸い首を刈り飛ばした。
絶えた雑魔が黒い花弁のように風に煽られて消える最中、黒の花吹雪の中に着地する。
残りの2羽へ、こちらだというようにソフィアの銃声が続けざまに響いた。
銃で誘い、降下したところを、マテリアルを込める刀で断つ。羽を散らす内にくすんだ刀身を払い、弾倉を交換する。
救助の進む音を聞きながら、最後に鴉の羽を断って、黒く淀んだ花弁に変えた。
残る1羽が2人を見下ろしながら翼を広げて首を揺らした。嘴の先に僅かだが赤い血肉が残っている、後ろで倒れている誰かを裂いたものだろうかと、2人は得物を構え直した。
「私の盾になりなさい!」
●
鴉を相手取る2人と歪虚の間に距離が開く隙を狙って、銃弾を撃ち込む。
空色の髪を靡かせて撃ち尽くした弾丸は、歪虚の手を阻み次の針を妨げた。その針に刺された者もいるだろうと、背後を気に掛けるが、正面へ据えた黒の瞳は逸らさない。
「すでに犠牲者が出ておりますが……」
マテリアルを込めて撃つ弾丸は爆ぜるように数弾に見せかけて広がるが、散らかる薬莢の数は変わらない。
連射の音が止むと、歪虚は広げた扇子を払って硝煙を仰ぎ、顰めた顔で反撃には遠いエリスを睨んだ。
「私の手が届かないところから撃つなんてずるいじゃない!」
閉じた扇子の切っ先を向けるが、エリスは構わずに再装填に移る。
大振りの銃を取り回す手にも、弾丸を込める指も淀みない。
照門を覗く。
「ですが、これ以上は!」
独特な艶を帯びた声で低く静かに告げる。これ以上は、許さないと。
「よォ、会いたかったぜ。俺ァどうも血の気が多くてなァ……!」
銃声の響く中前へ出た万歳丸が金の焔を揺らす拳を突き出す。以前は攻撃の殆どを阻まれ、仲間の生命力を大きく削られてしまった。名乗る間も無く撤退となったが。
「俺ァ、万歳丸」
てめェは。歪虚はうっそりと微笑んで万歳丸を見詰めながら狙いを付けるように指を差す。
「――いいわ、貴方が先!」
銃の間合いへ飛び込むには不利だと、エリスをへ向けた目を眇めて、歪虚が針を一つ取って構えた。
切っ先が万歳丸に向く。
「針! 来るぜ!」
その鋭い先端の煌めきを見て、雑魔と対峙する2人へ注意を促す声を上げる。
「残念、貴方だけ、で……」
声を張った隙を狙ったように投じられた黒い針は、違わず万歳丸へ至るが、その腕の籠手に刺さり、軽い衝撃を与えると黒い花弁に変わり、舞い上がるように消えて無くなった。
近接した万歳丸と歪虚を割るように凍て付いた銃弾が突き抜けて、歪虚が咄嗟に庇った扇子がぱらりとその糸を切って地面に骨を散らかした。
狙いを付けた先で歪虚が攻撃を止めると、エリスは雑魔へ、警邏の男達とマリエルに目を向ける。撤収はもうすぐに済むだろう、雑魔も2羽が大分弱っている。
「そこから前へは、進ませません……防ぎきります」
「てめェが流した血の応報よ。有難く頂戴しなァ!」
防御の手段を一つ落とした歪虚を、万歳丸の拳が定める。
姿勢を崩さんとかかる拳を躱した目が、砕けるように花弁となって舞い散った雑魔を捕らえて舌打ちする。
後退する動きに合わせて一度引かれたその拳が再度繰り出されると、歪虚の小柄な身体が後方へ飛ぶ。
倒れながら見る、己を狙う銃口に、咄嗟の声を響かせた。
「私の盾になりなさい!」
●
万歳丸を避けて放たれた弾丸がカラスの雑魔を貫いた。
貫かれた瞬間に凍り付いた雑魔はそれが砕ける傍から黒い花弁に変わり、地面に座り込んだ歪虚へ緩やかに降り注いだ。
雑魔が全て消滅すると、歪虚は4人のハンターに得物を向けられながら這うように後退し、柵に絡んだ蔦を引き千切りながら立ち上がった。その頬が擦れて黒い淀みを零している。それを拭った手でハンター達を差すと、尖った歯を覗かせ、硝子の目に縦の瞳孔を浮かばせた。
「ハナの邪魔をしたこと、ぜったい、許さな、きゃあっ」
唸るような声で捨て台詞を残して柵を開けると、廃墟の中へと消えていく。歪虚の挙動に前へ出た柊が、その背を追い打ちを掛けるように焼いた。閉まっていく柵から恨みがましい視線が柊を睨んだが、機械を据えた杖をの先を向けて、金の瞳は真っ直ぐな視線を返した。
閉ざされた柵は何も無かったように蔦が零れて絡み付いた。
「――大丈夫だ、歪虚は去った」
撤退を確かめた柊は戻ると、怯える男に声を掛けて励ます。
深すぎる傷は癒えきらずに残っていたが、抱えられて運ばれたリーダーも、呼吸を穏やかに目を覚ましていた。安堵の表情を浮かべたマリエルも、彼等の傍で胸を撫で下ろし息を吐いた。
「終わりましたか……」
集まったハンター達の怪我を見るが、万歳丸が腕に小さな痣を作っている程度で、自身に残った怪我が一番重い程だった。
馬車の近付く車輪と馬の蹄鉄の音が聞こえた。手綱を操った馭者が馬を止め、車上からハンター達へ声を掛けた。柊を探しているという。
「俺だが、シオからか?」
出発前にシオに手配を任せた馬車だという。
馭者は下りて荷台を開ける。余り多くは運べないが、すぐにもう一台届くだろう、病院までで良いのかと尋ねながら、男達を見回した。
「……柊さん、って、人が声を掛けてくれて落ち付いたっつってたぞ?」
ハンターオフィスに青い顔で駆け込んできたシオが思い出される。
そうか、と頷いて、柊は警邏の男を馬車へ誘導する。馬車へ乗る挙動には傷が響く彼等に手を貸しながら、酷い者から順に乗せていった。
「何か出来ることはないですか?」
ソフィアが馬車へ移る男に手を貸しながら尋ねた。
歪虚と対峙する状況から抜け出そうと、彼等に声を掛けてきたが、状況が落ち付くと出来ることが見付からない。
寝かされている亡骸を1度振り返るが、それは彼等に任せた方が良いだろう。
ソフィアの手を離して荷台の縁を掴んだ男は、落ち込んでいる彼等の仲間を差して、声を掛けて遣って欲しいと告げた。
比較的軽傷の者が残ると、次の馬車へは死者を並べた。
冷えた頬に触れ万歳丸が目を閉じて空を仰ぐ。過日に取り逃がした結果かと、奥歯を噛み締めて震える指を握り締めた。
ブラウはその馬車の傍らに添い荷台に滴った血を指先に掬って、すん、鼻先に寄せた。
「わたしが片付けましょうか?……ちゃんと片付けるわ、えぇ、ちゃんと……」
揺らめきそうになる手を潜めて尋ねるが、葬られる先は決まっているらしい。
「撤退ですね」
最初の馬車が発つとエリスが構え続けていた銃を下ろす。私たちも、と廃墟を一瞥して馬車に続いた。
柊も頷いて、歩いて馬車に続く者を纏めた。病院まで然程距離は無いらしく、そこへ送ることになった。
「私が殿に。最後まで守ります」
マリエルが馬車の最後尾に着いて盾を握る。
ハナ、と、いっていたあの歪虚は、何がしたかったのだろう。
閉じきった柵、絡んだ蔦。閉ざされた向こうで問うことの敵わなかった言葉をぽつりと零した。
警邏のメンバーは一時的に待機となり、次に備えるように歪虚の情報は纏められた。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/23 09:23:49 |
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相談場所 ブラウ(ka4809) ドワーフ|11才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2016/01/25 06:57:07 |