ゲスト
(ka0000)
【節V】はぐれ鬼人情家・南獄変『鳩胸』
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/01/28 22:00
- 完成日
- 2016/02/04 21:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
『突然だけど、今年のヴァレンタインデーは終了する!』
『『『な、なんだってー!!!』』』
●
カカオ減産、そして高騰に伴うチョコレートの供給危機を前に、ハンターズソサエティのショップ店員シルキー・アークライト(kz0013)が敗北し、ソサエティショップ史上初のチョコレート販売停止がなされた。
そんな折、北伐から戻ったアカシラ(kz0146)はこんな話を聞く。
――世の中には『義理チョコ』なるものがある、と。
その有無で悲嘆に暮れ人生に悩む者がいると知り立ち上がったアカシラ。そして彼女の相談を受けたヘクス・シャルシェレット(kz0015)は、彼女の話から東方にカカオ豆が自生する地域がある事を知った。
そして。
空前絶後のカカオ豆不足を乗り切るため、安定したチョコレート供給のため――ハンター達が、動いた。
人類史上2度目の東征、『チョコレート解放戦線』の始まりである。
●
何事でも、始まりが肝要だとアカシラは思う。あるいは、理由こそ重要だと。
ヘクス・シャルシェレットにとってはカカオ豆の……まねえげえむ……? が最初だったのだろう。その延長線上にシルキー・アークライトがチョコレートを仕入れられなくなったという結果が生じた。そうして《今》に至る。
省みて、ううむ、なるほど、と。アカシラは唸る。ニンゲンの世は複雑怪奇であり、あらゆるものは時の流れと共に連鎖し、因果は結ばれ、形を成していく。そこに渡世の面白みを感じなくもない。
――アカシラにとっての『始まり』は、彼女が王国の酒場に居た時のことだった。
『今年もあの季節がやってくるな……』
陰鬱な男たちの声が、届いたのだ。
『……鬱だ』『惨めだ』『既に泣けてきた』
『今年もあんな目に会うくらいなら死んだほうがましだ!』
『『ちがいねぇ……』』
『もしかして:クリスマス』
『『死にてぇ……』』
――義理チョコでも良いから欲しい。
男たちのそんな魂の叫び(と書いて会話と読む)を聞いたことが、アカシラの行動を決定した。
つまり、義理だ。全ては義理なのだ。赦されざる咎人であるアカシラにとって、義理と人情こそが今の行動原理である。せめて前を向いて、お天道様に恥じることなく、全てを託したアクロに胸を張れる生き方をしたい。
「……うん」
そこまで考えて、アカシラは爽やかにこう言った。
「アタシは別に悪くないな」
密林に飛び込んでいったハンター達の頼もしい背中を思い返す。気炎を吐いて【長江】――かつて滅んだ東方の一国――が誇る密林へと、恐れもなく踏み込んでいった彼らの背中を。
はっきり言って、異常に頼もしい。
全てがそうとは言わないが、畏れず、渇望と共に進む姿は今回の『作戦』に良い成果を期待させるに足るものだ。
だが、同時にどこか罪悪感があった。
だって、そうだろう。此処は東方で、先日まで歪虚に支配されていて、アカシラ自身も滅びに絶望するニンゲンの姿を目にしていたのだ。
「それが……ねぇ」
なのに。それが、たとえそれが亡国で、人っ子一人いやしない一地方に過ぎないのだとしても。
「……奪取、できちまうのかねぇ……」
渾然とした情動が思わず零れた。そこに、足音と共に、一人の鬼が姿を現した。
「姐御」
「おゥ」
短髪の鬼が駆け寄って、アカシラに耳打ちを一つ。すると、アカシラの表情がみるみるうちに歪んでいき。
「鳩……?」
●
「よゥ、よく来てくれたな」
密林の中、ハンター達を迎えたアカシラは鷹揚に頷き、そう言った。暦は二月を迎えようという頃合いである。西方に限らず、天ノ都近辺においても震えるような冷気を感じる時分に、オイマト・バタルトゥ(kz0023)から渡されたコートをアカシラは脱ぎ、平素通りの些か以上に露出の多い装いとなっている。その白い肌は、しっとりと汗がにじんでいた。
それもそのはずだ。【長江】という、エトファリカから南方に在るこの地は熱帯と言っても差し支えない程に暑い。
アカシラは声を顰めて、密林の向こうを指差した。
「さっそくだが――アレが見えるかい」
アカシラの視線の先で、密林が途切れていた。拓けた土地には、簡単な木の柵が打ちつけられている。その奥には、雑に組まれた木造家屋の屋根が見て取れた。
明らかに人の手が入った集落だ。
ハンターが怪訝げに見返すと、アカシラは口の端を歪ませる。
「ここは、アタシらが昔使ってた拠点の一つでね。アクロの……悪路王の方針ひとつで転々としてたから、そう長くは住んじゃいないけど、ガキどもの遊び場所には困らない場所だったからね。気に入っていたのさ」
自然と綻んだ表情は、かつてを思い返しての事、だろうか。そのまま、告げる。
「今回の戦域じゃあ、足がかりや休める所の一つも必要だろ? それに此処にも、確かに『豆』があったと思って来たンだが……」
そこまで言って、アカシラは重い息を吐いた。
「そのせいかねぇ、変な奴らがいやがる。ほら、アイツだ」
組まれた柵の向こう側に、『それ』が居た。
鍛え抜かれた身体は鋼のよう。鍛練の果てに掴んだものか、はたまた野生のなせる業か。太い筋束まで感じさせる大胸筋。しなやかに伸びる上腕には、上腕三頭筋と二頭筋が皮膚を押し上げるようにして顕在している。腹直筋、腹斜筋も見事なものだ。『それ』が歩くたびに筋束が蠢き、その存在を主張している。
それらを支える下半身も素晴らしい。剥き出しの肌には、充溢しちぎれんばかりの大腿筋は弛緩を感じさせぬほどに隆起していた。
人を選ぶが好きな人にはたまらない、ザ・コミットボディ。
ただ、その顔は、ヒトのそれとは大いに異なった。
『それ』は――ハトの顔をしていた。
鳩顔の歪虚、現地風に言えば妖怪は、どうやら仲間を見つけたようで、上腕二頭筋を誇るように掲げると、その口を開いた。成程、挨拶でもしようとい「耳を塞ぎなっ」
アカシラが短くそう言った、瞬後だ。
「オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛……」
何とも言えない声が、『そいつ』の口から溢れたのだった……。
『突然だけど、今年のヴァレンタインデーは終了する!』
『『『な、なんだってー!!!』』』
●
カカオ減産、そして高騰に伴うチョコレートの供給危機を前に、ハンターズソサエティのショップ店員シルキー・アークライト(kz0013)が敗北し、ソサエティショップ史上初のチョコレート販売停止がなされた。
そんな折、北伐から戻ったアカシラ(kz0146)はこんな話を聞く。
――世の中には『義理チョコ』なるものがある、と。
その有無で悲嘆に暮れ人生に悩む者がいると知り立ち上がったアカシラ。そして彼女の相談を受けたヘクス・シャルシェレット(kz0015)は、彼女の話から東方にカカオ豆が自生する地域がある事を知った。
そして。
空前絶後のカカオ豆不足を乗り切るため、安定したチョコレート供給のため――ハンター達が、動いた。
人類史上2度目の東征、『チョコレート解放戦線』の始まりである。
●
何事でも、始まりが肝要だとアカシラは思う。あるいは、理由こそ重要だと。
ヘクス・シャルシェレットにとってはカカオ豆の……まねえげえむ……? が最初だったのだろう。その延長線上にシルキー・アークライトがチョコレートを仕入れられなくなったという結果が生じた。そうして《今》に至る。
省みて、ううむ、なるほど、と。アカシラは唸る。ニンゲンの世は複雑怪奇であり、あらゆるものは時の流れと共に連鎖し、因果は結ばれ、形を成していく。そこに渡世の面白みを感じなくもない。
――アカシラにとっての『始まり』は、彼女が王国の酒場に居た時のことだった。
『今年もあの季節がやってくるな……』
陰鬱な男たちの声が、届いたのだ。
『……鬱だ』『惨めだ』『既に泣けてきた』
『今年もあんな目に会うくらいなら死んだほうがましだ!』
『『ちがいねぇ……』』
『もしかして:クリスマス』
『『死にてぇ……』』
――義理チョコでも良いから欲しい。
男たちのそんな魂の叫び(と書いて会話と読む)を聞いたことが、アカシラの行動を決定した。
つまり、義理だ。全ては義理なのだ。赦されざる咎人であるアカシラにとって、義理と人情こそが今の行動原理である。せめて前を向いて、お天道様に恥じることなく、全てを託したアクロに胸を張れる生き方をしたい。
「……うん」
そこまで考えて、アカシラは爽やかにこう言った。
「アタシは別に悪くないな」
密林に飛び込んでいったハンター達の頼もしい背中を思い返す。気炎を吐いて【長江】――かつて滅んだ東方の一国――が誇る密林へと、恐れもなく踏み込んでいった彼らの背中を。
はっきり言って、異常に頼もしい。
全てがそうとは言わないが、畏れず、渇望と共に進む姿は今回の『作戦』に良い成果を期待させるに足るものだ。
だが、同時にどこか罪悪感があった。
だって、そうだろう。此処は東方で、先日まで歪虚に支配されていて、アカシラ自身も滅びに絶望するニンゲンの姿を目にしていたのだ。
「それが……ねぇ」
なのに。それが、たとえそれが亡国で、人っ子一人いやしない一地方に過ぎないのだとしても。
「……奪取、できちまうのかねぇ……」
渾然とした情動が思わず零れた。そこに、足音と共に、一人の鬼が姿を現した。
「姐御」
「おゥ」
短髪の鬼が駆け寄って、アカシラに耳打ちを一つ。すると、アカシラの表情がみるみるうちに歪んでいき。
「鳩……?」
●
「よゥ、よく来てくれたな」
密林の中、ハンター達を迎えたアカシラは鷹揚に頷き、そう言った。暦は二月を迎えようという頃合いである。西方に限らず、天ノ都近辺においても震えるような冷気を感じる時分に、オイマト・バタルトゥ(kz0023)から渡されたコートをアカシラは脱ぎ、平素通りの些か以上に露出の多い装いとなっている。その白い肌は、しっとりと汗がにじんでいた。
それもそのはずだ。【長江】という、エトファリカから南方に在るこの地は熱帯と言っても差し支えない程に暑い。
アカシラは声を顰めて、密林の向こうを指差した。
「さっそくだが――アレが見えるかい」
アカシラの視線の先で、密林が途切れていた。拓けた土地には、簡単な木の柵が打ちつけられている。その奥には、雑に組まれた木造家屋の屋根が見て取れた。
明らかに人の手が入った集落だ。
ハンターが怪訝げに見返すと、アカシラは口の端を歪ませる。
「ここは、アタシらが昔使ってた拠点の一つでね。アクロの……悪路王の方針ひとつで転々としてたから、そう長くは住んじゃいないけど、ガキどもの遊び場所には困らない場所だったからね。気に入っていたのさ」
自然と綻んだ表情は、かつてを思い返しての事、だろうか。そのまま、告げる。
「今回の戦域じゃあ、足がかりや休める所の一つも必要だろ? それに此処にも、確かに『豆』があったと思って来たンだが……」
そこまで言って、アカシラは重い息を吐いた。
「そのせいかねぇ、変な奴らがいやがる。ほら、アイツだ」
組まれた柵の向こう側に、『それ』が居た。
鍛え抜かれた身体は鋼のよう。鍛練の果てに掴んだものか、はたまた野生のなせる業か。太い筋束まで感じさせる大胸筋。しなやかに伸びる上腕には、上腕三頭筋と二頭筋が皮膚を押し上げるようにして顕在している。腹直筋、腹斜筋も見事なものだ。『それ』が歩くたびに筋束が蠢き、その存在を主張している。
それらを支える下半身も素晴らしい。剥き出しの肌には、充溢しちぎれんばかりの大腿筋は弛緩を感じさせぬほどに隆起していた。
人を選ぶが好きな人にはたまらない、ザ・コミットボディ。
ただ、その顔は、ヒトのそれとは大いに異なった。
『それ』は――ハトの顔をしていた。
鳩顔の歪虚、現地風に言えば妖怪は、どうやら仲間を見つけたようで、上腕二頭筋を誇るように掲げると、その口を開いた。成程、挨拶でもしようとい「耳を塞ぎなっ」
アカシラが短くそう言った、瞬後だ。
「オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛……」
何とも言えない声が、『そいつ』の口から溢れたのだった……。
リプレイ本文
●
合体【ガッタイ】(名)
1.光と闇が合わさり最強に見えること
2.心とかをなんかこう一つに重ね合わせること
3.燃え上がり迸る人類普遍のロマン
――某アークエルスとかにある辞書っぽいものの1ページより抜粋
●
張り付く汗をハンカチで吹きながら、米本 剛(ka0320)はほう、と息を吐いた。熱を厭うてのことではない。剛の心は、熱帯の暑さを前に引けを取らぬほどに熱く、燃えていた。
――義理と人情のチョコですか。良い響きですね。
いぶし銀なアカシラの有り様は剛にとって心地よい。
「……傷は戦える程度には癒えているのか?」
魔刀をどこか重そうに携えるアカシラに、蘇芳 和馬(ka0462)は問うた。かつて刃を交わした間柄には不調は見て取れたか。
「アイツらをはっ倒すくらいはわけないさ」
何度か拳を固めながらのアカシラの言葉に和馬は「……そうか」と頷きを返す。鈍くとも動けるのならばこの戦鬼なら問題ない、と断じたようだった。だから。彼は内心をありのままに告げる。
「……ならば今度は味方として共に戦うとしよう」
「応さ!」
戦士らしい言葉を交わしていた、その頃。
「……ふー」
加茂 忠国(ka4451)は滲む汗を拭っていた。
「暑いなー、いやー、暑いなーー」
ゴシゴシと額を拭いながら、横目でアカシラを見る。北伐の頃とは異なり、熱帯でのアカシラの服装は常のモノに戻っていた。つまり。
(正直たまらないですね……!)
薄着に、それを押し上げる双丘は、忠国的にはドストライク。ムクムクとやる気が盛り上がってくる。
(今最高にやる気ですよ僕! ってゆーかもっとやる気を出すためなら……!)
「ぱふp」
「……東には不思議な生き物がいるのね」
「はいなんでもないですごめんなさい! ……え?」
慌てて忠国が振り向くと、黒髪の美女が居た。鍛島 霧絵(ka3074)だ。怜悧な美貌に眼鏡を掛けた女は、
「いえ、妖怪、だったかしら」
と独り、呟いた。完全にアウトオブ眼中。忠国は引っ掛かるものを感じながらもそっと胸をなでおろす。
「ここ、アカシラの姉さん達の集落だったんかー」
ユキトラ(ka5846)の呑気な声。少年の白髪がきらきらと熱帯の陽光に映える様にアカシラは目を細める。
「そうさねぇ。その内の一個、だが」
「ほー……」
鬼の身である彼にとっては、縁無き土地でも今回の目的そのモノに興味があるのだろう。『敵』を遠くに視る姿は幼いが、真剣そのものである。そんなユキトラを眺めて、アカシラの口元が綻んだ。
「……」
その表情に、柏木 千春(ka3061)は淡い感傷を抱いた。胸の奥で過去が燻り、ちくりと痛みもした。
――あの人も。この痛みを抱えているのかな。
それでもああいう風に笑って、罪を贖おうとする。その生き方が、千春にとっては、眩しい。だから少女は胸中を押し隠して、ふわりと笑った。
「カカオさん、たくさん取れるといいですね!」
「おゥ、頼りにしてるぜ?」
ユキトラから視線を切ったアカシラと千春は見つめ合い、頷きを交わした。
――この時のアカシラは知らなかった。千春が、既に立派なカカオ・ハンターであることに。
「にしても、アカしーの所って見た目以上にかんなり暑いんだね……」
「アカしー……」
同じ森育ちでも、長江の森の暑さは厳しいのだろう。エリス・ブーリャ(ka3419)はうんざりした様子だった。ぶはー、と暑さごと吐き出そうと嘆息するが、より暑さが意識されるばかりだった。意識して、切り替える――というよりも、本題に入った。
「ところでアカしーは誰にチョコレートプレゼントするの?」
「あ?」
エリスの問と、同時。
ばっ! と忠国が振り向いた。両耳に手を当てて聞き漏らさまいとしている。
「なにしてるの?」
「しっ」
奇行にリュミア・ルクス(ka5783)がそう尋ねるが、忠国は短く切り捨てる。正念場だった。だが。
「あー」
ぽり、とアカシラは頬を掻く。どこか呆然とした面持ちのまま、こう呟いた。
「そういやアイツら、どこのどいつなんだ……?」
●
ハンター達は二手に別れた。北側に剛、千春、霧絵、ユキトラ。南側に和馬、エリス、忠国、リュミア……そしてリュミアに強く希望されたアカシラがそちらに回った。
今後拠点に流用するという意向を汲んで広場へと誘導する目論見である。
●
南側に回った和馬は伏せながら周囲を見渡す。入り口付近、柵を挟んだ向こう側に棒立ちして空を見上げている鳩妖怪がいる。広場にも数体要るらしい。
「民家の影にも結構いるみたいだねー。八体はいたよ」
移動しながら数えていたのだろう。エリスは同道した者と、短伝話に告げる。
「少し捌いておいた方が良さそうですねー」
忠国の言葉に、和馬は短く首を振った。
「……いや、少し待とう」
「だなぁ」
「ほえ?」
アカシラの同意を伴った言葉に、忠国は目を丸くする。和馬が無言で示している何かに気づき、目を細めた。
「……何ですか、あれ」
「「……」」
それを見た忠国の全うな言葉に、和馬もエリスも沈黙を返した。
「ねー」
「お?」
困惑する彼らをよそに、リュミアはつん、とアカシラの手をつついた。耳打ちしようと背を伸ばすリュミアに――。
「……はァ?」
暫し後、さらに困窮を深めたアカシラの声が、密やかに響いて、消えたのだった。
●
「はっ」
千春は我に帰った。忘我の境地に至っていたらしい。
「……大丈夫?」
「あ、はい」
心配げに横目に問う霧絵に、頷きを返す。そんな中、ユキトラは「いよーっ、男前っ!」と声を張った。
その向こう。前方では。
「むン……ッ!」
上半身をはだけて肌を晒す者がいた。剛である。隆起した大胸筋――魅惑のサイドチェスト。続いて、滑らかにバイセプスに移る。
「キレてるキレてるーっ!」
ユキトラが謎の声援を飛ばす中でも、剛はポージングを崩さない。
何故か。
更に向こう側で、対抗してポージングをキメる鳩妖怪が居たからだ…………。
「ふっ、中々っ、やりますね!」
「オ゛エ゛エ゛」
互いに引くに引けなくなったらしい。
千春は暫し固く目を瞑っていたが、しばらくして歩を進めた。門を抜け――畑のほうへと。胸中の困惑を言葉にしなかったのは、少女なりの優しさだったのかもしれない。霧絵も苦笑の色を滲ませたままついてきた。
「あ、いた」
囁くように言う。鳩妖怪が一体、畑の中で黄金色に輝くカカオの実をじっと見つめていた。木々が密集していて見通せないが、複数居てもおかしくはない。その時だ。
「オ゛ッ! オ゛ッ! オ゛ッ」
剛と向き合っていた鳩妖怪の語調が荒くなった。同時。眼前の鳩妖怪も『ハッと』顔を上げる。
無機質な瞳と、千春、霧絵の瞳が交錯。瞬後だ。
「「オ゛エ゛エ゛エ゛……ッ!!」」
「千春さん、行きましょう」
「はいっ」
二人は直ぐに反転し剛の元へと急ぐ。剛は咆哮する鳩妖怪に突撃し、迂回する形で立ち位置を入れ替える。「オ゛ッ!」と悔しげに叫ぶ鳩妖怪に、ユキトラは顔をしかめた。
「……オイラの父ちゃんが深酒した次の日に、あーゆー声出してた気がする」
「心中お察しします……」
直ぐに千春達と合流した剛はそう言うと、通りを直進した。
●
北側の異変を知覚したと同時、南側は動いていた。最初に犠牲になったのは、入り口至近に居た鳩妖怪。
「ヒャッハー!」
と奇声を上げながら突っ込むエリスと、無言で走る和馬。奇襲に虚をつかれた鳩妖怪が反応する前に――。
「たあっ!」(うーん、美尻!)
後方から前衛達を眺めていた忠国の、気合と共に放たれたファイアアローが鳩妖怪を灼いた。たじろぐ間に、和馬とエリスは間合いを詰めている。地面を滑るように加速する和馬が先に届いた。
「……蘇芳神影流の極意は『観見の目付』と『最速の動き』、そして『瞬時に刃筋を立てれる正確性』にこそ有り」
言い終えた頃には、切り伏せていた。膝の腱を断ち切った刹那の剣戟に姿勢を崩す鳩妖怪を、光条が貫く。エリスが紡いだ機導術だ。さらにその向こう、広場の鳩妖怪二匹も間合いに捉えている。
「オ゛、エ゛……」
絶命した鳩妖怪の姿が掻き消えていく中、更に広場へと向かって前進。更に、魔術が弾けた。忠国か。そこまで考えて、和馬はつと、視線を振った。アカシラの姿が見えない。一瞬だけ後方を見やる。
「気温の高さで心を燃やし、二つの意志を今こそ一つに!」
そこには、何かがいた。声高に叫ぶのは、風の刃を放ったリュミアだろう。ただ、その視点は異様に高い。見てはいけないものを見た気がして和馬は視線を切った。
「なにあれー! すごい!」「ぶはっ、なんてうらやま……っ!」
エリスはノリノリ。忠国は以下略。それらの視線を受けたリュミアは高らかに、こう告げた。
「竜鬼合体――リュミアカシラ!!」
そこにはアカシラに肩車されるリュミアが、居た。
「……なんだい、こりゃ」
アカシラの声を拾うものは居なかった。前線に立つ者も、北側から向かってくる味方もいずれも遠い位置にいた。
「ぎゃおーーー!!」
至近のリュミアに至っては聞く気がない。
「ふっふー、いいねいいねー!」
くるり、と杖を回したエリスは仁王立ちをした。可愛らしく胸を張って、向かってくる鳩妖怪に対してこう言い放った。
「それじゃ、てめぇら全員ソテーにしてやるぜ」
●
剛達が広場に到達した時には、妖怪達の声に惹きつけられた同胞たちが殺到しようとしていた。
「……それもそうね。私達、ここを縦断したわけだし」
「冷静だなー……っ!?」
冷静に告げる霧絵は、ユキトラに突っ込まれながら剛を見やる。殴打された彼方此方が赤く腫れている。自ら法術で治療してはいるが……。
「確かに素敵な筋肉だけど、痛くないのかしら」
「ええ、痛いですが……大丈夫です」
油断すると千春の方に流れていこうとする敵を身体で抑える剛の被弾は自然と増えてしまう。同じく前衛に立つユキトラも、また。側面を取ろうとしても、多勢に無勢。肉の壁は分厚く、中々機動戦に持ち込めない。
「「オ゛ッ! オ゛ッ! オ゛ッ!」」
「つーか、うるっせーっての! 音と一緒に色々吐き出してそうなんだけど!」
「聞くに耐えませんね……! それもこれもバレンタインにチョコがないのが悪い……ああもうやだ帰りたい……!」
苛立ちを抱きながら叫ぶユキトラと同じく、忠国が吐き捨てる。数は多いが、スリープクラウドは無効だったため、ファイアアローで逐次焼き払うしかない。
「ぐぅぅ、これでは美☆少☆年な僕にLOVEチョコを渡そうとする女の子達の為にも頑張らなくてはいけないのに……!」
「うだうだ言っていないで、ヤる!」
「は、はいぃ!」
エリスの叱咤に忠国の背筋が伸びる。どうしてこんな事になったのか。想像するしかないのだが――。
「……連中、カカオに気付いたか」
「ですね……!」
鳩妖怪の圧力をいなしながらの和馬の言葉に、千春は申し訳なさそうに呟いた。その腰元に輝くのは――黄金のカカオ! カカオハンターの証!
それに気づいた鳩妖怪達が激憤、激怒、逆上して大挙して押し寄せて来たのだった。千春が紡ぐセイクリッドフラッシュの法術は包囲戦のこの戦場では強力無比だが、如何せん数が多い。剛が守護しているものの、被弾が重なる。
けれど。千春の心は折れてはいない。
折れる、筈もない。
「はっはァ! 連中の方から来てくれるたァ楽でいいじゃねェか!」
「はっはー! ギャオー! 焼き払えー!」
快活に笑いながら妖怪と切り結ぶアカシラと、その『上』で御機嫌に魔術を紡ぐリュミア。口元から放たれた焔が妖怪達を包み、焼く。
「アカシラさん、御無理はなさらず――」
「大丈夫さ! アンタほどじゃあない!」
リュミアの大声と、その身を案じる剛の声――と同時に届いた癒しの法術――を大笑したアカシラの声に引きだされるように、「声の大きさなら負けないよー! ヒャッハー!」と飛び込んできたエリスがファイアスアローで被弾していた妖怪達を薙ぎ払い、一掃した。
「文明の利器の勝利ー!」
――今!
好機と見て、千春は剛の影から飛び出す。前衛より少し前。その位置で、強く祈った。妖怪達は空いた空間に殺到してくる。その魔手が千春に届こうとしたと、同時。
「――させない」
銃撃が、その手を貫いた。霧絵の銃撃だ。弾丸が妖怪の手を逸らし、
「いよ、っとォ……!」
更に殺到する敵を、横合いからユキトラが斬りつけ、留める。
瞬後だ。少女の祈りが、結実し、法術を為した。
「邪魔は、させません……!」
少女を中心に、聖光が爆ぜる。充実した範囲攻撃の波と倒れぬ前衛を前に、妖怪達は数の有利を活かせない。その巨体は、もはやただの的に等しかった。
だから。
「……蘇芳神影流二刀術、表技『戦神』」
和馬の白刀が、しゅらりと舞うのを、無防備に受けるしかない。
こうして、鳩妖怪達は一体、また一体と着実に数を減らしていったのである。
●
戦闘がひと段落すると、ハンター達はしばし思い思いに過ごした。ユキトラはさっと走りまわり、家屋や柵の要修理箇所を確認すると、アカシラに伝える。
「ちょっくら材料あつめてくるぜー!」
「おォ、気がきく坊主だねぇ、アリガトよ」
修理まで手伝って帰るつもりらしく、アカシラは礼を言う。
「へっへー、任せとけ!」
駆け出していくユキトラを眩しげに見つめるアカシラのところに、声が届いた。
「あの! 千春さんも!!」
「え?」
「チョコ!! ください!!」
「……え?」
「義理でも良いから!」
「…………」
「覚えておいてくださいね!」
千春は困惑していた。困り顔で霧絵を見上げると、
「皆に言ってるみたいよ。私も言われたわ」
「はぁ……」
慰めるような言葉と目の色に、思わず、溜息が零れた。
しかし。忠国はそんな微妙な気配なんて気にも留めずに、こう言い放った。
「モチロンですよ! マメに行くのがモテる秘訣です!」
「……ここが、アカしーの、部屋……?」
「お? そうさ」
アカシラの部屋を探す! と息巻いていたが、家屋間でさっぱり違いが解らずに立ち往生していたエリスとリュミアを自ら案内したアカシラは、ボロ家屋の前で頷きながら告げた。ちなみに、剛と和馬はプライバシーに配慮して余所で修復作業に従事している。
「何もない……」
ノートとか恥ずかしいものとかそういったサムシングに期待していた二人の前には、家財の類など一切ない。壁と柱と床――それだけである。
「持っていけるモンは何でも持って行ってたからねぇ……」
と、柱や壁を懐かしげに叩きながらいうアカシラに、少女二人は微妙な表情のまま。
「妖怪達に奪われたとかじゃなく……もとからこうだったんだ」
「……ちゃんとしたところで寝ないとだめだよ、アカしー」
「お、おぅ……」
快適だったんだがなぁ、と言うアカシラに対して、二人は深く、重い息を吐いたのだった。
合体【ガッタイ】(名)
1.光と闇が合わさり最強に見えること
2.心とかをなんかこう一つに重ね合わせること
3.燃え上がり迸る人類普遍のロマン
――某アークエルスとかにある辞書っぽいものの1ページより抜粋
●
張り付く汗をハンカチで吹きながら、米本 剛(ka0320)はほう、と息を吐いた。熱を厭うてのことではない。剛の心は、熱帯の暑さを前に引けを取らぬほどに熱く、燃えていた。
――義理と人情のチョコですか。良い響きですね。
いぶし銀なアカシラの有り様は剛にとって心地よい。
「……傷は戦える程度には癒えているのか?」
魔刀をどこか重そうに携えるアカシラに、蘇芳 和馬(ka0462)は問うた。かつて刃を交わした間柄には不調は見て取れたか。
「アイツらをはっ倒すくらいはわけないさ」
何度か拳を固めながらのアカシラの言葉に和馬は「……そうか」と頷きを返す。鈍くとも動けるのならばこの戦鬼なら問題ない、と断じたようだった。だから。彼は内心をありのままに告げる。
「……ならば今度は味方として共に戦うとしよう」
「応さ!」
戦士らしい言葉を交わしていた、その頃。
「……ふー」
加茂 忠国(ka4451)は滲む汗を拭っていた。
「暑いなー、いやー、暑いなーー」
ゴシゴシと額を拭いながら、横目でアカシラを見る。北伐の頃とは異なり、熱帯でのアカシラの服装は常のモノに戻っていた。つまり。
(正直たまらないですね……!)
薄着に、それを押し上げる双丘は、忠国的にはドストライク。ムクムクとやる気が盛り上がってくる。
(今最高にやる気ですよ僕! ってゆーかもっとやる気を出すためなら……!)
「ぱふp」
「……東には不思議な生き物がいるのね」
「はいなんでもないですごめんなさい! ……え?」
慌てて忠国が振り向くと、黒髪の美女が居た。鍛島 霧絵(ka3074)だ。怜悧な美貌に眼鏡を掛けた女は、
「いえ、妖怪、だったかしら」
と独り、呟いた。完全にアウトオブ眼中。忠国は引っ掛かるものを感じながらもそっと胸をなでおろす。
「ここ、アカシラの姉さん達の集落だったんかー」
ユキトラ(ka5846)の呑気な声。少年の白髪がきらきらと熱帯の陽光に映える様にアカシラは目を細める。
「そうさねぇ。その内の一個、だが」
「ほー……」
鬼の身である彼にとっては、縁無き土地でも今回の目的そのモノに興味があるのだろう。『敵』を遠くに視る姿は幼いが、真剣そのものである。そんなユキトラを眺めて、アカシラの口元が綻んだ。
「……」
その表情に、柏木 千春(ka3061)は淡い感傷を抱いた。胸の奥で過去が燻り、ちくりと痛みもした。
――あの人も。この痛みを抱えているのかな。
それでもああいう風に笑って、罪を贖おうとする。その生き方が、千春にとっては、眩しい。だから少女は胸中を押し隠して、ふわりと笑った。
「カカオさん、たくさん取れるといいですね!」
「おゥ、頼りにしてるぜ?」
ユキトラから視線を切ったアカシラと千春は見つめ合い、頷きを交わした。
――この時のアカシラは知らなかった。千春が、既に立派なカカオ・ハンターであることに。
「にしても、アカしーの所って見た目以上にかんなり暑いんだね……」
「アカしー……」
同じ森育ちでも、長江の森の暑さは厳しいのだろう。エリス・ブーリャ(ka3419)はうんざりした様子だった。ぶはー、と暑さごと吐き出そうと嘆息するが、より暑さが意識されるばかりだった。意識して、切り替える――というよりも、本題に入った。
「ところでアカしーは誰にチョコレートプレゼントするの?」
「あ?」
エリスの問と、同時。
ばっ! と忠国が振り向いた。両耳に手を当てて聞き漏らさまいとしている。
「なにしてるの?」
「しっ」
奇行にリュミア・ルクス(ka5783)がそう尋ねるが、忠国は短く切り捨てる。正念場だった。だが。
「あー」
ぽり、とアカシラは頬を掻く。どこか呆然とした面持ちのまま、こう呟いた。
「そういやアイツら、どこのどいつなんだ……?」
●
ハンター達は二手に別れた。北側に剛、千春、霧絵、ユキトラ。南側に和馬、エリス、忠国、リュミア……そしてリュミアに強く希望されたアカシラがそちらに回った。
今後拠点に流用するという意向を汲んで広場へと誘導する目論見である。
●
南側に回った和馬は伏せながら周囲を見渡す。入り口付近、柵を挟んだ向こう側に棒立ちして空を見上げている鳩妖怪がいる。広場にも数体要るらしい。
「民家の影にも結構いるみたいだねー。八体はいたよ」
移動しながら数えていたのだろう。エリスは同道した者と、短伝話に告げる。
「少し捌いておいた方が良さそうですねー」
忠国の言葉に、和馬は短く首を振った。
「……いや、少し待とう」
「だなぁ」
「ほえ?」
アカシラの同意を伴った言葉に、忠国は目を丸くする。和馬が無言で示している何かに気づき、目を細めた。
「……何ですか、あれ」
「「……」」
それを見た忠国の全うな言葉に、和馬もエリスも沈黙を返した。
「ねー」
「お?」
困惑する彼らをよそに、リュミアはつん、とアカシラの手をつついた。耳打ちしようと背を伸ばすリュミアに――。
「……はァ?」
暫し後、さらに困窮を深めたアカシラの声が、密やかに響いて、消えたのだった。
●
「はっ」
千春は我に帰った。忘我の境地に至っていたらしい。
「……大丈夫?」
「あ、はい」
心配げに横目に問う霧絵に、頷きを返す。そんな中、ユキトラは「いよーっ、男前っ!」と声を張った。
その向こう。前方では。
「むン……ッ!」
上半身をはだけて肌を晒す者がいた。剛である。隆起した大胸筋――魅惑のサイドチェスト。続いて、滑らかにバイセプスに移る。
「キレてるキレてるーっ!」
ユキトラが謎の声援を飛ばす中でも、剛はポージングを崩さない。
何故か。
更に向こう側で、対抗してポージングをキメる鳩妖怪が居たからだ…………。
「ふっ、中々っ、やりますね!」
「オ゛エ゛エ゛」
互いに引くに引けなくなったらしい。
千春は暫し固く目を瞑っていたが、しばらくして歩を進めた。門を抜け――畑のほうへと。胸中の困惑を言葉にしなかったのは、少女なりの優しさだったのかもしれない。霧絵も苦笑の色を滲ませたままついてきた。
「あ、いた」
囁くように言う。鳩妖怪が一体、畑の中で黄金色に輝くカカオの実をじっと見つめていた。木々が密集していて見通せないが、複数居てもおかしくはない。その時だ。
「オ゛ッ! オ゛ッ! オ゛ッ」
剛と向き合っていた鳩妖怪の語調が荒くなった。同時。眼前の鳩妖怪も『ハッと』顔を上げる。
無機質な瞳と、千春、霧絵の瞳が交錯。瞬後だ。
「「オ゛エ゛エ゛エ゛……ッ!!」」
「千春さん、行きましょう」
「はいっ」
二人は直ぐに反転し剛の元へと急ぐ。剛は咆哮する鳩妖怪に突撃し、迂回する形で立ち位置を入れ替える。「オ゛ッ!」と悔しげに叫ぶ鳩妖怪に、ユキトラは顔をしかめた。
「……オイラの父ちゃんが深酒した次の日に、あーゆー声出してた気がする」
「心中お察しします……」
直ぐに千春達と合流した剛はそう言うと、通りを直進した。
●
北側の異変を知覚したと同時、南側は動いていた。最初に犠牲になったのは、入り口至近に居た鳩妖怪。
「ヒャッハー!」
と奇声を上げながら突っ込むエリスと、無言で走る和馬。奇襲に虚をつかれた鳩妖怪が反応する前に――。
「たあっ!」(うーん、美尻!)
後方から前衛達を眺めていた忠国の、気合と共に放たれたファイアアローが鳩妖怪を灼いた。たじろぐ間に、和馬とエリスは間合いを詰めている。地面を滑るように加速する和馬が先に届いた。
「……蘇芳神影流の極意は『観見の目付』と『最速の動き』、そして『瞬時に刃筋を立てれる正確性』にこそ有り」
言い終えた頃には、切り伏せていた。膝の腱を断ち切った刹那の剣戟に姿勢を崩す鳩妖怪を、光条が貫く。エリスが紡いだ機導術だ。さらにその向こう、広場の鳩妖怪二匹も間合いに捉えている。
「オ゛、エ゛……」
絶命した鳩妖怪の姿が掻き消えていく中、更に広場へと向かって前進。更に、魔術が弾けた。忠国か。そこまで考えて、和馬はつと、視線を振った。アカシラの姿が見えない。一瞬だけ後方を見やる。
「気温の高さで心を燃やし、二つの意志を今こそ一つに!」
そこには、何かがいた。声高に叫ぶのは、風の刃を放ったリュミアだろう。ただ、その視点は異様に高い。見てはいけないものを見た気がして和馬は視線を切った。
「なにあれー! すごい!」「ぶはっ、なんてうらやま……っ!」
エリスはノリノリ。忠国は以下略。それらの視線を受けたリュミアは高らかに、こう告げた。
「竜鬼合体――リュミアカシラ!!」
そこにはアカシラに肩車されるリュミアが、居た。
「……なんだい、こりゃ」
アカシラの声を拾うものは居なかった。前線に立つ者も、北側から向かってくる味方もいずれも遠い位置にいた。
「ぎゃおーーー!!」
至近のリュミアに至っては聞く気がない。
「ふっふー、いいねいいねー!」
くるり、と杖を回したエリスは仁王立ちをした。可愛らしく胸を張って、向かってくる鳩妖怪に対してこう言い放った。
「それじゃ、てめぇら全員ソテーにしてやるぜ」
●
剛達が広場に到達した時には、妖怪達の声に惹きつけられた同胞たちが殺到しようとしていた。
「……それもそうね。私達、ここを縦断したわけだし」
「冷静だなー……っ!?」
冷静に告げる霧絵は、ユキトラに突っ込まれながら剛を見やる。殴打された彼方此方が赤く腫れている。自ら法術で治療してはいるが……。
「確かに素敵な筋肉だけど、痛くないのかしら」
「ええ、痛いですが……大丈夫です」
油断すると千春の方に流れていこうとする敵を身体で抑える剛の被弾は自然と増えてしまう。同じく前衛に立つユキトラも、また。側面を取ろうとしても、多勢に無勢。肉の壁は分厚く、中々機動戦に持ち込めない。
「「オ゛ッ! オ゛ッ! オ゛ッ!」」
「つーか、うるっせーっての! 音と一緒に色々吐き出してそうなんだけど!」
「聞くに耐えませんね……! それもこれもバレンタインにチョコがないのが悪い……ああもうやだ帰りたい……!」
苛立ちを抱きながら叫ぶユキトラと同じく、忠国が吐き捨てる。数は多いが、スリープクラウドは無効だったため、ファイアアローで逐次焼き払うしかない。
「ぐぅぅ、これでは美☆少☆年な僕にLOVEチョコを渡そうとする女の子達の為にも頑張らなくてはいけないのに……!」
「うだうだ言っていないで、ヤる!」
「は、はいぃ!」
エリスの叱咤に忠国の背筋が伸びる。どうしてこんな事になったのか。想像するしかないのだが――。
「……連中、カカオに気付いたか」
「ですね……!」
鳩妖怪の圧力をいなしながらの和馬の言葉に、千春は申し訳なさそうに呟いた。その腰元に輝くのは――黄金のカカオ! カカオハンターの証!
それに気づいた鳩妖怪達が激憤、激怒、逆上して大挙して押し寄せて来たのだった。千春が紡ぐセイクリッドフラッシュの法術は包囲戦のこの戦場では強力無比だが、如何せん数が多い。剛が守護しているものの、被弾が重なる。
けれど。千春の心は折れてはいない。
折れる、筈もない。
「はっはァ! 連中の方から来てくれるたァ楽でいいじゃねェか!」
「はっはー! ギャオー! 焼き払えー!」
快活に笑いながら妖怪と切り結ぶアカシラと、その『上』で御機嫌に魔術を紡ぐリュミア。口元から放たれた焔が妖怪達を包み、焼く。
「アカシラさん、御無理はなさらず――」
「大丈夫さ! アンタほどじゃあない!」
リュミアの大声と、その身を案じる剛の声――と同時に届いた癒しの法術――を大笑したアカシラの声に引きだされるように、「声の大きさなら負けないよー! ヒャッハー!」と飛び込んできたエリスがファイアスアローで被弾していた妖怪達を薙ぎ払い、一掃した。
「文明の利器の勝利ー!」
――今!
好機と見て、千春は剛の影から飛び出す。前衛より少し前。その位置で、強く祈った。妖怪達は空いた空間に殺到してくる。その魔手が千春に届こうとしたと、同時。
「――させない」
銃撃が、その手を貫いた。霧絵の銃撃だ。弾丸が妖怪の手を逸らし、
「いよ、っとォ……!」
更に殺到する敵を、横合いからユキトラが斬りつけ、留める。
瞬後だ。少女の祈りが、結実し、法術を為した。
「邪魔は、させません……!」
少女を中心に、聖光が爆ぜる。充実した範囲攻撃の波と倒れぬ前衛を前に、妖怪達は数の有利を活かせない。その巨体は、もはやただの的に等しかった。
だから。
「……蘇芳神影流二刀術、表技『戦神』」
和馬の白刀が、しゅらりと舞うのを、無防備に受けるしかない。
こうして、鳩妖怪達は一体、また一体と着実に数を減らしていったのである。
●
戦闘がひと段落すると、ハンター達はしばし思い思いに過ごした。ユキトラはさっと走りまわり、家屋や柵の要修理箇所を確認すると、アカシラに伝える。
「ちょっくら材料あつめてくるぜー!」
「おォ、気がきく坊主だねぇ、アリガトよ」
修理まで手伝って帰るつもりらしく、アカシラは礼を言う。
「へっへー、任せとけ!」
駆け出していくユキトラを眩しげに見つめるアカシラのところに、声が届いた。
「あの! 千春さんも!!」
「え?」
「チョコ!! ください!!」
「……え?」
「義理でも良いから!」
「…………」
「覚えておいてくださいね!」
千春は困惑していた。困り顔で霧絵を見上げると、
「皆に言ってるみたいよ。私も言われたわ」
「はぁ……」
慰めるような言葉と目の色に、思わず、溜息が零れた。
しかし。忠国はそんな微妙な気配なんて気にも留めずに、こう言い放った。
「モチロンですよ! マメに行くのがモテる秘訣です!」
「……ここが、アカしーの、部屋……?」
「お? そうさ」
アカシラの部屋を探す! と息巻いていたが、家屋間でさっぱり違いが解らずに立ち往生していたエリスとリュミアを自ら案内したアカシラは、ボロ家屋の前で頷きながら告げた。ちなみに、剛と和馬はプライバシーに配慮して余所で修復作業に従事している。
「何もない……」
ノートとか恥ずかしいものとかそういったサムシングに期待していた二人の前には、家財の類など一切ない。壁と柱と床――それだけである。
「持っていけるモンは何でも持って行ってたからねぇ……」
と、柱や壁を懐かしげに叩きながらいうアカシラに、少女二人は微妙な表情のまま。
「妖怪達に奪われたとかじゃなく……もとからこうだったんだ」
「……ちゃんとしたところで寝ないとだめだよ、アカしー」
「お、おぅ……」
快適だったんだがなぁ、と言うアカシラに対して、二人は深く、重い息を吐いたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/27 01:36:31 |
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相談卓 柏木 千春(ka3061) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/01/28 18:20:10 |