ゲスト
(ka0000)
On The Parched Day
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/02/02 15:00
- 完成日
- 2016/02/10 02:03
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
明け方、アブラヒム翁の遺体がアトリエから運び出された。
マティは充血した目を何度もこすりながら、遺体を乗せた担架についていく。
静まり返った河沿いのバラック群。マティと、担架を運ぶFSDの警備員ふたり、
その後を涙もなく無言で追ってくる仲間の老人たち。
ささやかな葬列はやがて右手の土手を上がり、FSDが用意した馬車へ遺体を乗せ換えた。
「炊き出し、いつも通りの時間に頼むわね。私の分は取っておかなくて良いから」
老人たちに言い残して、マティは運び手と一緒に馬車へ乗り込む。
彼女の手には紙と鉛筆。夜中にアブラヒム翁が急病で息を引き取り、
その世話に追われて勘定仕事が間に合わなかったのだ。
御者のかけ声と共に馬車が動き出すと、マティは膝の上に紙を広げた。
両脇に座るFSDは腕を組んで俯き、早くも船を漕ぎ出した。
彼らが腰に提げた拳銃のホルスターが、舗装の悪い道で揺られて、ぱた、ぱたと音を立てる。
向かいの長椅子に横たわるアブラヒム翁は、当然ながら息ひとつ立てない。
マティは翁の顔をちらとうかがってから、手元に目を戻し、勘定を再開する。
先週分の食料配給の計算なのだが、何度やっても数字が合わない。
バルトアンデルス市政からの配給、マティが慈善金と自分の財布で購入した分、
それらをバラック群とアトリエに住む浮浪者仲間と、
先日の大攻勢で発生した避難者とに割り振るが、何かがおかしい。
避難者同士の喧嘩で割れたスープの瓶は? 勘定済み。
ジャガイモが袋の底で腐っていた分は? 勘定済み。
飯が足りないと言って、商工会議所のキャンプへ移ってしまった男たちは? 勘定済み。
アブラヒム翁は――
昨日までは生きていた筈の翁の分を何故か、先週分の計算から差し引いていた。
マティははっとして、思わず遺体のほうを見る。そして翁の、染みだらけの肌をした髭面を見つめる内、
何か、苛立ちとも罪悪感とも呼べない不快な感情がマティの心中に湧き上がる。
●
帝都貧民街に暮らす女性芸術家・マティ。
彼女の作品制作は、大攻勢以来完全にストップしていた。
稼がねばならない。頭では分かっていても、
唯一の財産であった家を焼け出された、多くの人々が河原に逃れてくるのを、
彼らの衣食住の求めを断ることはできなかった。
彼女自身、そうして河原の仲間たちに受け入れられたのだから。
北ブレーナードルフ商工会議所――ライデンもまた、
貧民街北部の廃墟群の一角を利用してキャンプを築いていた。
しかし、そちらは復興作業へ志願した男手とその家族の受け入れを優先しており、
労働力にならない子供や老人、女性はマティが引き受ける他なかった。
浮浪者は元より、貧民街の人間の多くが帝国の法の上でもあやふやな居住者、あるいは、
完全な不法占拠者であった為、住宅や生活の補償にも限度がある、というのが市政の立場らしい。
憲兵隊とFSDの警備員こそ、河原のバラックに就いて見張りをしているが、
それとて浮浪者たちが暴動でも起こさないかと心配をしているだけのことだ。
マティは揺れる馬車の中で、不意に甘ったるい香水の匂いを嗅いだ。
隣に座った男の襟首から漂ってくるその匂いは、彼女のかつての居場所を思い出させた。
男が夜遊びの帰りだったか、その手の店で女から香水でももらったのか、
兎に角、マティは無性に気が滅入ってきて、自分の服の袖を鼻に押し当てる。
アトリエ屋根裏の自室で時々焚く、香炉の残り香が染みついていて、少し具合が良くなった。
そして思う。そろそろ、また『彼』らの顔が見たい。
帝都の北で激戦があったばかりと聞くが、来てくれるものなら――
●
「夜明けの霊柩車、か」
場末の酒場『シュタートゥエ』、改め北ブレーナードルフ商工会議所の1階の窓から、
ライデンが走り去っていく黒塗りの馬車を見送る。
「この街では、珍しくもないことなのでは?」
テーブルから振り返って、そう言ったのは金髪の美女――ダニエラ。
長い髪を1本に束ね、ドレスも化粧も、一見地味ながら一切の隙がない。
翻って、ぼさぼさの鳥の巣頭に汚れた軍用コートのライデンは、
「そうでもねぇ。去年末は、死体といや荷馬車にごろごろ、
その前だって、死人の為にわざわざ車を出す金のある奴ぁ珍しかった」
ライデンがテーブルに戻ってきた。
同じ卓にダニエラと、お目付け役のやくざ者・ブラウが座っている。
ダニエラは、卓上に広げていた書類をさっとかき集めながら、
「それでは、我々再開発事業部からの来月分配給は、先程の通りでよろしいですね?」
「ああ。河原の女のところにも同じ分……だろ?」
「ええ。『大公』の後ろ盾がありますからね、市としても邪険にはできず」
「そりゃあな。あの市長、金と面と、聞き分けの良さでもってるようなもんだろうからな」
せせら笑うライデンを、ブラウがじろりと睨みつける。ライデンはやれやれ、と肩をすぼめ、
「安心しろって。市長はオルデンの身内じゃねぇが、団長のご友人だもんな。義理は欠かねぇよ。
それによ、第一師団がこうして帝都への歪虚侵攻を許しちまった以上……、
おまけに、皇帝陛下のお守りもしくじった以上、
内務課始め、政府の行政権限拡大を図るには頃合いだぜ。
舞台さえ整えば、役者も顔が立つってもんだ。今後に期待だな」
ダニエラがブラウを伴って帰り支度を始めると、おもむろにライデンが尋ねる。
「城壁の外はどうだ? 仮設住宅建設のほうはさ……上手く行ってんの?」
ダニエラが、困ったような笑顔を浮かべる。
「貴方がたには係わりのない事柄です」
ライデンはテーブルに脚を乗せ、腕を頭の後ろに組むと、ダニエラをじっと見上げた。
「荒れてんだろ?」
●
バルトアンデルス市の再開発事業部は、新任部長ダニエラ・ヴェールマンの指揮の下、
大攻勢で被害を受けた帝都の復興事業に注力していた。
その一環として、火災で家を失った住民、特に貧困層を対象に、
帝都の城壁外縁へ仮設の住宅地建設を始めたのだが、
以前から帝都外縁に小規模なスラムを築いていた集団が、この事業に猛反発を見せた。
彼らは帝都貧民街にすら住居を持つことのできなかった、極めて貧しいエルフや辺境移民から成り、
帝都暴力組織の連合体『オルデン』からも爪はじきにされていた長年の恨みが、
今回の仮設住宅建設をきっかけに噴出したようだった。
「ま、詳しいこた次の定例会で聞けるから良いけどよ。
工事を請け負ったラングハインの旦那、相当ピリピリ来てるんじゃねぇかな」
ダニエラは答えぬまま、ドアのほうへ歩いていった。
ブラウが彼女の前に進み出て、ドアを開けると、
「それでは後日、キャンプ場のほうへ改めておうかがいしますので」
ライデンは座ったままぞんざいに手を振って、ふたりを送り出した。
明け方、アブラヒム翁の遺体がアトリエから運び出された。
マティは充血した目を何度もこすりながら、遺体を乗せた担架についていく。
静まり返った河沿いのバラック群。マティと、担架を運ぶFSDの警備員ふたり、
その後を涙もなく無言で追ってくる仲間の老人たち。
ささやかな葬列はやがて右手の土手を上がり、FSDが用意した馬車へ遺体を乗せ換えた。
「炊き出し、いつも通りの時間に頼むわね。私の分は取っておかなくて良いから」
老人たちに言い残して、マティは運び手と一緒に馬車へ乗り込む。
彼女の手には紙と鉛筆。夜中にアブラヒム翁が急病で息を引き取り、
その世話に追われて勘定仕事が間に合わなかったのだ。
御者のかけ声と共に馬車が動き出すと、マティは膝の上に紙を広げた。
両脇に座るFSDは腕を組んで俯き、早くも船を漕ぎ出した。
彼らが腰に提げた拳銃のホルスターが、舗装の悪い道で揺られて、ぱた、ぱたと音を立てる。
向かいの長椅子に横たわるアブラヒム翁は、当然ながら息ひとつ立てない。
マティは翁の顔をちらとうかがってから、手元に目を戻し、勘定を再開する。
先週分の食料配給の計算なのだが、何度やっても数字が合わない。
バルトアンデルス市政からの配給、マティが慈善金と自分の財布で購入した分、
それらをバラック群とアトリエに住む浮浪者仲間と、
先日の大攻勢で発生した避難者とに割り振るが、何かがおかしい。
避難者同士の喧嘩で割れたスープの瓶は? 勘定済み。
ジャガイモが袋の底で腐っていた分は? 勘定済み。
飯が足りないと言って、商工会議所のキャンプへ移ってしまった男たちは? 勘定済み。
アブラヒム翁は――
昨日までは生きていた筈の翁の分を何故か、先週分の計算から差し引いていた。
マティははっとして、思わず遺体のほうを見る。そして翁の、染みだらけの肌をした髭面を見つめる内、
何か、苛立ちとも罪悪感とも呼べない不快な感情がマティの心中に湧き上がる。
●
帝都貧民街に暮らす女性芸術家・マティ。
彼女の作品制作は、大攻勢以来完全にストップしていた。
稼がねばならない。頭では分かっていても、
唯一の財産であった家を焼け出された、多くの人々が河原に逃れてくるのを、
彼らの衣食住の求めを断ることはできなかった。
彼女自身、そうして河原の仲間たちに受け入れられたのだから。
北ブレーナードルフ商工会議所――ライデンもまた、
貧民街北部の廃墟群の一角を利用してキャンプを築いていた。
しかし、そちらは復興作業へ志願した男手とその家族の受け入れを優先しており、
労働力にならない子供や老人、女性はマティが引き受ける他なかった。
浮浪者は元より、貧民街の人間の多くが帝国の法の上でもあやふやな居住者、あるいは、
完全な不法占拠者であった為、住宅や生活の補償にも限度がある、というのが市政の立場らしい。
憲兵隊とFSDの警備員こそ、河原のバラックに就いて見張りをしているが、
それとて浮浪者たちが暴動でも起こさないかと心配をしているだけのことだ。
マティは揺れる馬車の中で、不意に甘ったるい香水の匂いを嗅いだ。
隣に座った男の襟首から漂ってくるその匂いは、彼女のかつての居場所を思い出させた。
男が夜遊びの帰りだったか、その手の店で女から香水でももらったのか、
兎に角、マティは無性に気が滅入ってきて、自分の服の袖を鼻に押し当てる。
アトリエ屋根裏の自室で時々焚く、香炉の残り香が染みついていて、少し具合が良くなった。
そして思う。そろそろ、また『彼』らの顔が見たい。
帝都の北で激戦があったばかりと聞くが、来てくれるものなら――
●
「夜明けの霊柩車、か」
場末の酒場『シュタートゥエ』、改め北ブレーナードルフ商工会議所の1階の窓から、
ライデンが走り去っていく黒塗りの馬車を見送る。
「この街では、珍しくもないことなのでは?」
テーブルから振り返って、そう言ったのは金髪の美女――ダニエラ。
長い髪を1本に束ね、ドレスも化粧も、一見地味ながら一切の隙がない。
翻って、ぼさぼさの鳥の巣頭に汚れた軍用コートのライデンは、
「そうでもねぇ。去年末は、死体といや荷馬車にごろごろ、
その前だって、死人の為にわざわざ車を出す金のある奴ぁ珍しかった」
ライデンがテーブルに戻ってきた。
同じ卓にダニエラと、お目付け役のやくざ者・ブラウが座っている。
ダニエラは、卓上に広げていた書類をさっとかき集めながら、
「それでは、我々再開発事業部からの来月分配給は、先程の通りでよろしいですね?」
「ああ。河原の女のところにも同じ分……だろ?」
「ええ。『大公』の後ろ盾がありますからね、市としても邪険にはできず」
「そりゃあな。あの市長、金と面と、聞き分けの良さでもってるようなもんだろうからな」
せせら笑うライデンを、ブラウがじろりと睨みつける。ライデンはやれやれ、と肩をすぼめ、
「安心しろって。市長はオルデンの身内じゃねぇが、団長のご友人だもんな。義理は欠かねぇよ。
それによ、第一師団がこうして帝都への歪虚侵攻を許しちまった以上……、
おまけに、皇帝陛下のお守りもしくじった以上、
内務課始め、政府の行政権限拡大を図るには頃合いだぜ。
舞台さえ整えば、役者も顔が立つってもんだ。今後に期待だな」
ダニエラがブラウを伴って帰り支度を始めると、おもむろにライデンが尋ねる。
「城壁の外はどうだ? 仮設住宅建設のほうはさ……上手く行ってんの?」
ダニエラが、困ったような笑顔を浮かべる。
「貴方がたには係わりのない事柄です」
ライデンはテーブルに脚を乗せ、腕を頭の後ろに組むと、ダニエラをじっと見上げた。
「荒れてんだろ?」
●
バルトアンデルス市の再開発事業部は、新任部長ダニエラ・ヴェールマンの指揮の下、
大攻勢で被害を受けた帝都の復興事業に注力していた。
その一環として、火災で家を失った住民、特に貧困層を対象に、
帝都の城壁外縁へ仮設の住宅地建設を始めたのだが、
以前から帝都外縁に小規模なスラムを築いていた集団が、この事業に猛反発を見せた。
彼らは帝都貧民街にすら住居を持つことのできなかった、極めて貧しいエルフや辺境移民から成り、
帝都暴力組織の連合体『オルデン』からも爪はじきにされていた長年の恨みが、
今回の仮設住宅建設をきっかけに噴出したようだった。
「ま、詳しいこた次の定例会で聞けるから良いけどよ。
工事を請け負ったラングハインの旦那、相当ピリピリ来てるんじゃねぇかな」
ダニエラは答えぬまま、ドアのほうへ歩いていった。
ブラウが彼女の前に進み出て、ドアを開けると、
「それでは後日、キャンプ場のほうへ改めておうかがいしますので」
ライデンは座ったままぞんざいに手を振って、ふたりを送り出した。
リプレイ本文
●
クオン・サガラ(ka0018)が河原を訪れたとき、最初に目についたのは若い男手の少なさだった。
真田 天斗(ka0014)の呼びかけで集まった自警団も、棒切れを抱えた老人数名が精々。
その数名にレイ・T・ベッドフォード(ka2398)持ち寄りの無線機を持たせつつ、クオンはパトロールに出た。
通りには、焼け跡から出た瓦礫に混じって、
食べ散らかされた野菜くず、燃え残った家具、空の樽などが散らかっている。
危険な兆候だ。住民の間で荒んだ暮らしが定着してしまえば、
健全な生活環境を作り出す意志を生むのも、次第に難しくなるだろう。
一旦不潔に慣れてしまった人間は、不潔故の危険や不都合にも鈍感になる。
(医務に回っている人たちとも相談して、衛生問題の解決を急がないと)
クオンが考えている間に、横合いの路地から飛び出してくる影があった。
後生大事に酒瓶を抱えた、老人の浮浪者だった。
老人の後を追ってきた、棍棒片手の別の浮浪者ふたりをクオンが制止する。
クオンが肩に吊った銃を示すと一目散に逃げていくが、
こちらはまだ土地勘もなく、仲間は年寄りばかり。深追いはしない。
ひとまず、助けたばかりの人物の無事を確認しようとすると、
「ありがとよ、兄ちゃん」
酒瓶の老人がクオンに笑いかけた。
その息の酒臭さは、数メートル離れていてもはっきり嗅ぎ取れるくらいだった。
「何か、盗られたりはしていませんか」
「俺から盗れるモンったら、コイツくらいさ」
老人は、薄紫色の液体の入った酒瓶を示す。
「寝酒だよ。こう寒くちゃ、酒でもないと夜も眠れねぇ」
キャンプに来ないのかと尋ねると、老人は黙って肩をすぼめた。
見るからに路上生活が板についたこの浮浪者、
(役に立つ、かも)
●
クオンは老人との会話を終えた後、パトロールの初回を済ませ、河原のバラックへ戻った。
「如何でしたか」
『復興マニュアル』と題された冊子を手に、天斗が駆け寄ってきた。自警団運営の手引きと共に、
効率的な物資管理や配給法の見本として、マティへ渡す資料を自前でまとめていたようだった。
クオンは巡回中に見かけたもの、酒瓶の老人から聞いた話を彼に伝える。
治安の悪化は著しく、河原から少し離れれば、
キャンプからあぶれた浮浪者同士の喧嘩や強盗が日常茶飯事らしい。
ただ、組織だった窃盗や暴力についてはライデン一味ががっちりと頭を抑えており、
不満を募らせた住民による暴動等の心配はなさそうだった。
そのときエアルドフリス(ka1856)はバラック傍のアトリエにて、
1階に集められた病人たちの診察を終えようとしていた。
寒風吹き込むバラックに寝かせるよりは、と集められていた人々だったが、
ひとまずは手持ちの薬で対処できる程度なのが幸いだった。
軽い風邪をひいた者に煎じ薬の飲み方を教え、
その後ろに控えていた最後の患者、関節炎の悪化を訴える老婆には湿布の用意を約束する。
「強めの薬ですから、くれぐれも使い過ぎないよう。どうしても痛みで眠れないときに」
礼を言いつつ胸元でエクラ十字を切る老婆を後に、エアルドフリスは奥へ下がった。
仕切りのカーテンを潜り、作業台を見下ろして、
「――製作中か。机を借りたいと思ったんだが」
「お疲れ様です、エアルドフリス様」
所用から戻ったばかりのマティと一緒に、レイも居た。
休憩がてら、製作途中の作品を検分していたようだった。
「ごめんなさい。梯子で上がるようだけど、私の寝室を使ってもらえれば」
申し出るマティに、レイは隣で微笑むままだったが、エアルドフリスは彼をちらと見て、
「ご婦人の私室に男ひとりで入るのは……風が当たらなくて、平らな場所がありゃ充分だ」
「それなら裏の炊事場、外だけど建物の陰だし、水も使えるから」
エアルドフリスは作業台のモザイク画を眺める。
画題は夜のイルリ河。色とりどりのガラスが、黒い河面に映る街の灯を表していた。
「綺麗だ」
「ありがとう」
「人は自分にないものを求める。芸術は美に恵まれん者の領分だと思っていた」
エアルドフリスは顔を上げ、マティを見つめた。
「些か意外だったな」
レイが、あの、と不意に声を上げた。二の句を待つマティたちを前にしばし固まると、
「ええ、と……作品、楽しみにしております」
そう言って、出ていこうとした。エアルドフリスは思いついたようにマティへ、
「しかし、顔色が優れんようだ。何なら疲労回復に効く、香りの良い茶が……」
レイがくるりと振り返る。
「私にも、良い茶葉の用意がございます。よろしければ」
マティはふたりを交互に見て、
「……もうじき昼ね。少し休憩させてもらおうかしら」
先に作業場を出ていくマティ。
男ふたりの間を通り抜けるとき、その髪の香りにエアルドフリスが気づいて、
「彼女、香木を嗜むのか」
「ええ。お気に召して頂けたようで」
レイが言う。男ふたりは間近に見つめ合うと、何とはなしに早足でマティの後を追った。
●
「キャンプ内が落ち着き次第、近場の瓦礫撤去に着手したいですね」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)は言いつつ、
アトリエ裏の炊事場で椅子代わりの岩に腰かけ、弟の淹れた茶に口をつけた。
いつもより温い気がしたが、あるいは薪が足りないせいかも知れないと思い、指摘せずにおく。
「クオン様が仰るような懸念もありますし、損傷した建物による二次災害も警戒しなければ……」
「人手が足りるかしら?」
ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)が、こちらはエアルドフリスの茶を飲みながら言う。
他のハンターも集まり、マティを囲んで休憩がてら話し合う恰好になった。
「働き者こそ食うべき、ということで、作業員の有志へ追加の食事配給等も考えましたが……」
「そいつは道理だが、今は働けない子供や老人のほうが頭数が多いんだ。
集団として共生できる組織作りが必要だろう。レイとも相談したが」
エアルドフリスが言うと、レイがその旨伝達済みと見え、マティと共に頷いてみせた。
「ならば、こちらは手近のことから片づけるとするか」
「テントの導入を提案します。屋内でも間仕切りとして、狭くとも個人の空間を確保できれば、と」
メリルが言い、エアルドフリスも同意した。
伝染病患者が出た場合、テントは隔離の手段としても使えるだろう。そこで天斗が、
「調達はどのように?」
「他の生活物資と共に、行政へ陳情するよりないでしょう」
メリルが答えると、ガーベラが自ら市政――ダニエラとの交渉を引き受けた。
「仮設住宅建設が揉めているという噂も、反対派の移民たちから裏づけを取りたいと考えています」
そこでエアルドフリスも手を挙げた。辺境移民のよしみを使って、潜入を企んでいるとの由。
「自分は、取材の形で商工会議所のキャンプを訪ねようかと」
天斗が言った。レイも外出すると言うと、
何故か2杯の茶を同時に手にしていたマティが、すっと腰を上げる。
「真田さんのマニュアルを使って、帳簿つけをやり直してみるわ」
「あくまでリアルブルーの形式を元に、知る限りの帝国の歴史や文化、常識などの知識を織り込み作成致しました。
差し出がましいこととは思いましたが……」
マティは天斗に向かって笑顔でかぶりを振ると、その場を立ち去った。
次の巡回まで手空きのクオンと、彼に同行予定のメリルが残された。
メリルがふと零す、
「瓦礫の片づけに使って頂ければと、魔導ドリルを持ってきてみたのですが」
彼女が持ち込んだドリルはハンター専用の特注品、非覚醒者には扱えない代物だった。
「いけませんね、気ばかりが逸ってしまい」
そこへクオンが乗ってきた。専門はあくまで地球の機械と断った上で、
「外づけの動力、例えば民生品の魔導機関は使えませんか? 良ければ、わたしのほうで当たってみます」
メリルは礼を言いつつ、別の心配を口に出した。
歪虚侵攻によって家や家族を失った人々の、心の治療だ。
クオンはそちらの助力も買って出る。
「精神面のケアは大事だと、わたしも思っていました。まずはデータを集めるだけでも、やってみましょう」
「ええ。自警団のように、そちらもいずれは有志の方々で回していけるようになれば……」
今、カウンセラーのような仕事をする余裕は彼ら外部者にしかなかったが、
(まずは助け合い、前を向いて生きていく心を養うこと)
それさえあれば人々は焼け跡からでも立ち直れると、メリルは既に知っていた。
●
城壁の門を潜り出て、エアルドフリスとガーベラは外縁のスラムへ。
建物は貧民街の河原のバラックと同程度か、それよりみすぼらしい有様だが、
それでも辺境移民らしい装飾が、集落のあちこちに見て取れた。
中でも比較的まともな天幕で、唯一部外者に門戸を開いていた『顔役』と面会する。
故郷を失い帝国へ流れた、とある部族の族長を名乗るその男は齢50ほど、
立派な山羊髭を蓄えた、些か胡散臭い人物だった。
水煙管を吹かしながら、三白眼をぎょろりと巡らせて、
「わしらは生きる為にここへ集まってる。
多くの物や人が行き交う、街の門前に。そりゃ街中に住むのが一番だが、
貧しい移民には宿の当てもないし、憲兵ややくざに小突き回されるのが関の山だ。
それでいて例の建設計画さ。不法占拠者め、土地を空けろ!
しかし他に何処へ行けと? ことが荒れるのは当然だろう」
ふたりから水を向けるまでもなく、べらべらと良く喋る男だった。
曰く、スラムの移民たちは幾つもの少数部族に分かれており、
今まではおよそ団結など望めるような状況になかった。
エルフも独自の部族として数えられ、他の移民たちとも隔絶状態だったそうだ。
「だが、わしは全体の利益も考え、常日頃から連帯を訴えとった。
それが皮肉にも、今度の騒ぎで念願叶ってしまった訳だ」
「貴方がたの当面の生活さえ保証されれば、反対運動も収まるでしょうか?」
ガーベラが尋ねると、
「強情張りの部族も中にはいるが、いつまでも皇帝陛下のご威光に逆らえるもんじゃなし。
こっちは女子供を大勢抱えてる、血を見ず解決されるのが一番だ。わしも、その為の努力は怠らんよ」
「想像以上に、けったいなことになってるようだな」
天幕を出た折、エアルドフリスが呟いた。
ガーベラも辺りを見回す。部族の因習に分断された、無力な貧民の群れ――
というには、目つきの鋭い男たちが天幕の近くに多過ぎた。
何人かは拳銃を懐に呑んでおり、歩き方でそれと分かった。エルフもちらほらと混じっている。
剣呑な雰囲気に、ガーベラは貧民街の少年ギャングを思い出した。
●
「武器を蓄えている恐れがあります」
街に戻ったガーベラは市役所でダニエラの居場所を聞き、商工会議所のキャンプにて彼女を捕まえた。
相手は既にハンターの介入を知っている様子で、折衝役を名乗るガーベラの訪問をすんなりと受け入れる。
「移民たち――自称顔役の真意は分かりませんが、
住宅への平等な収容さえ約束すれば、先方に荒事を起こす大義名分はなくなります」
キャンプ場では、夕方の炊き出しが始まっていた。
河原のバラックに比べて男手が多く、その家族と思しき若い女性や子供の姿も見える。
しかしガーベラの記憶が正しければここは以前、
ライデンが使っていた空地の筈だが、少年ギャングの姿はなかった。
「ですが、彼らはあくまで違法な占拠者。
行政がそうした人間に安易におもねることは、国全体の秩序に関わる問題になりかねない」
「お立場はお察ししますが、法より先に、彼らにとっては生死を賭けた問題なのです」
ガーベラはダニエラの鉄面皮を見つめながら、
「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る……リアルブルーの言葉です。
食べ物を配って餌づけするほうが、法や力より効果があるかも知れません。
移民に限らず、この街の人々にも同じこと。その代弁者として雇用された、我々に対しても」
ガーベラは言外に、ハンターという不定数の実力による威圧をちらつかせる。
その点は相手も承知済みと見え、中々言質を取らせなかったが、遂に口を割った。
「帝都復興に向け、有力な一部事業者や著名人と連携強化の準備があります」
そこへ折よく、天斗が手帳を携えて現れる。
「バルツ特派員のサナダと申します。ダニエラ・ヴェールマン様でございますね?」
ガーベラはダニエラを見つめたまま身を引いた――記者の前で、口約束でないことを証明させたい。
ダニエラはその通りにした。マティの慈善活動を高く評価する、
物資援助、及び警備会社・FSDの活動を市の予算にて継続する予定だ、と天斗に告げた。
「仮設住宅建設に対して、移民の一団が反対しているという件は――」
「第一師団始め関係各所と相談の上、対応を検討したいと思います」
ダニエラは無表情で答えた。
第一師団の名を出すことは、折衝役のガーベラを介して移民たちへ脅しをかけるも同然だった。
天斗はペンを走らせつつも、キャンプ場奥に見えた禿頭の大男を横目で追った。
見間違いでなければ、あれはライデンの腹心のひとり。
他にギャングらしき人間は見えないが、キャンプ運営者が商工会議所であることと、
立地からしても、ライデンの影響下なのは確実だ。
流石と言うべきか、こちらは河原とは打って変わって整然と管理されているように見える。
(市とオルデン、そしてライデン一味。後はマティ様を取り込めば、貧民街の支配が完成するという訳か)
ダニエラが取材を切り上げようとすると、天斗は恭しく礼を言い、その場から下がった。
(今日のことは、ドリス様にもご報告しなければなりませんね)
●
「さっき戻ったばかりですよ」
青年画商・ベッカートはホテルの一室にレイを迎えた。
「ベルトルードが襲われたせいでリゼリオからの船便がおじゃんになって、そこから陸路で……」
ひとしきり愚痴を言った後、彼は貧民街の状況を尋ねた。
マティの無事は手紙で知っていたようだが、レイの口から直接様子を聞くと、ほっとした顔を見せる。
「で、河原の皆が働き口を探せるような、職業紹介組織の立ち上げでしたね。僕にできることなら、何でも」
「付け加えるならば、子供の教育費用としても管理をお願いしたく。つきましては」
レイは小さな紙切れを鞄から抜き出し、ベッカートへ差し出した。
「うん、小切手……!?」
「初動には元手が要ります。少ないかもしれませんが……彼女と子供たちの為に」
驚き、硬直したままのベッカートに向かってレイは言った。
「受け取って下さいますね?」
ベッカートは受け取った。それから顔を上げ、
「詳しいことは訊かないけど、あんたも本気なんだな」
この件はマティにも秘密だ。300万Gの小切手と、
決然とした表情のベッカートを前にして、レイはこともなげに頷いてみせた。
クオン・サガラ(ka0018)が河原を訪れたとき、最初に目についたのは若い男手の少なさだった。
真田 天斗(ka0014)の呼びかけで集まった自警団も、棒切れを抱えた老人数名が精々。
その数名にレイ・T・ベッドフォード(ka2398)持ち寄りの無線機を持たせつつ、クオンはパトロールに出た。
通りには、焼け跡から出た瓦礫に混じって、
食べ散らかされた野菜くず、燃え残った家具、空の樽などが散らかっている。
危険な兆候だ。住民の間で荒んだ暮らしが定着してしまえば、
健全な生活環境を作り出す意志を生むのも、次第に難しくなるだろう。
一旦不潔に慣れてしまった人間は、不潔故の危険や不都合にも鈍感になる。
(医務に回っている人たちとも相談して、衛生問題の解決を急がないと)
クオンが考えている間に、横合いの路地から飛び出してくる影があった。
後生大事に酒瓶を抱えた、老人の浮浪者だった。
老人の後を追ってきた、棍棒片手の別の浮浪者ふたりをクオンが制止する。
クオンが肩に吊った銃を示すと一目散に逃げていくが、
こちらはまだ土地勘もなく、仲間は年寄りばかり。深追いはしない。
ひとまず、助けたばかりの人物の無事を確認しようとすると、
「ありがとよ、兄ちゃん」
酒瓶の老人がクオンに笑いかけた。
その息の酒臭さは、数メートル離れていてもはっきり嗅ぎ取れるくらいだった。
「何か、盗られたりはしていませんか」
「俺から盗れるモンったら、コイツくらいさ」
老人は、薄紫色の液体の入った酒瓶を示す。
「寝酒だよ。こう寒くちゃ、酒でもないと夜も眠れねぇ」
キャンプに来ないのかと尋ねると、老人は黙って肩をすぼめた。
見るからに路上生活が板についたこの浮浪者、
(役に立つ、かも)
●
クオンは老人との会話を終えた後、パトロールの初回を済ませ、河原のバラックへ戻った。
「如何でしたか」
『復興マニュアル』と題された冊子を手に、天斗が駆け寄ってきた。自警団運営の手引きと共に、
効率的な物資管理や配給法の見本として、マティへ渡す資料を自前でまとめていたようだった。
クオンは巡回中に見かけたもの、酒瓶の老人から聞いた話を彼に伝える。
治安の悪化は著しく、河原から少し離れれば、
キャンプからあぶれた浮浪者同士の喧嘩や強盗が日常茶飯事らしい。
ただ、組織だった窃盗や暴力についてはライデン一味ががっちりと頭を抑えており、
不満を募らせた住民による暴動等の心配はなさそうだった。
そのときエアルドフリス(ka1856)はバラック傍のアトリエにて、
1階に集められた病人たちの診察を終えようとしていた。
寒風吹き込むバラックに寝かせるよりは、と集められていた人々だったが、
ひとまずは手持ちの薬で対処できる程度なのが幸いだった。
軽い風邪をひいた者に煎じ薬の飲み方を教え、
その後ろに控えていた最後の患者、関節炎の悪化を訴える老婆には湿布の用意を約束する。
「強めの薬ですから、くれぐれも使い過ぎないよう。どうしても痛みで眠れないときに」
礼を言いつつ胸元でエクラ十字を切る老婆を後に、エアルドフリスは奥へ下がった。
仕切りのカーテンを潜り、作業台を見下ろして、
「――製作中か。机を借りたいと思ったんだが」
「お疲れ様です、エアルドフリス様」
所用から戻ったばかりのマティと一緒に、レイも居た。
休憩がてら、製作途中の作品を検分していたようだった。
「ごめんなさい。梯子で上がるようだけど、私の寝室を使ってもらえれば」
申し出るマティに、レイは隣で微笑むままだったが、エアルドフリスは彼をちらと見て、
「ご婦人の私室に男ひとりで入るのは……風が当たらなくて、平らな場所がありゃ充分だ」
「それなら裏の炊事場、外だけど建物の陰だし、水も使えるから」
エアルドフリスは作業台のモザイク画を眺める。
画題は夜のイルリ河。色とりどりのガラスが、黒い河面に映る街の灯を表していた。
「綺麗だ」
「ありがとう」
「人は自分にないものを求める。芸術は美に恵まれん者の領分だと思っていた」
エアルドフリスは顔を上げ、マティを見つめた。
「些か意外だったな」
レイが、あの、と不意に声を上げた。二の句を待つマティたちを前にしばし固まると、
「ええ、と……作品、楽しみにしております」
そう言って、出ていこうとした。エアルドフリスは思いついたようにマティへ、
「しかし、顔色が優れんようだ。何なら疲労回復に効く、香りの良い茶が……」
レイがくるりと振り返る。
「私にも、良い茶葉の用意がございます。よろしければ」
マティはふたりを交互に見て、
「……もうじき昼ね。少し休憩させてもらおうかしら」
先に作業場を出ていくマティ。
男ふたりの間を通り抜けるとき、その髪の香りにエアルドフリスが気づいて、
「彼女、香木を嗜むのか」
「ええ。お気に召して頂けたようで」
レイが言う。男ふたりは間近に見つめ合うと、何とはなしに早足でマティの後を追った。
●
「キャンプ内が落ち着き次第、近場の瓦礫撤去に着手したいですね」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)は言いつつ、
アトリエ裏の炊事場で椅子代わりの岩に腰かけ、弟の淹れた茶に口をつけた。
いつもより温い気がしたが、あるいは薪が足りないせいかも知れないと思い、指摘せずにおく。
「クオン様が仰るような懸念もありますし、損傷した建物による二次災害も警戒しなければ……」
「人手が足りるかしら?」
ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)が、こちらはエアルドフリスの茶を飲みながら言う。
他のハンターも集まり、マティを囲んで休憩がてら話し合う恰好になった。
「働き者こそ食うべき、ということで、作業員の有志へ追加の食事配給等も考えましたが……」
「そいつは道理だが、今は働けない子供や老人のほうが頭数が多いんだ。
集団として共生できる組織作りが必要だろう。レイとも相談したが」
エアルドフリスが言うと、レイがその旨伝達済みと見え、マティと共に頷いてみせた。
「ならば、こちらは手近のことから片づけるとするか」
「テントの導入を提案します。屋内でも間仕切りとして、狭くとも個人の空間を確保できれば、と」
メリルが言い、エアルドフリスも同意した。
伝染病患者が出た場合、テントは隔離の手段としても使えるだろう。そこで天斗が、
「調達はどのように?」
「他の生活物資と共に、行政へ陳情するよりないでしょう」
メリルが答えると、ガーベラが自ら市政――ダニエラとの交渉を引き受けた。
「仮設住宅建設が揉めているという噂も、反対派の移民たちから裏づけを取りたいと考えています」
そこでエアルドフリスも手を挙げた。辺境移民のよしみを使って、潜入を企んでいるとの由。
「自分は、取材の形で商工会議所のキャンプを訪ねようかと」
天斗が言った。レイも外出すると言うと、
何故か2杯の茶を同時に手にしていたマティが、すっと腰を上げる。
「真田さんのマニュアルを使って、帳簿つけをやり直してみるわ」
「あくまでリアルブルーの形式を元に、知る限りの帝国の歴史や文化、常識などの知識を織り込み作成致しました。
差し出がましいこととは思いましたが……」
マティは天斗に向かって笑顔でかぶりを振ると、その場を立ち去った。
次の巡回まで手空きのクオンと、彼に同行予定のメリルが残された。
メリルがふと零す、
「瓦礫の片づけに使って頂ければと、魔導ドリルを持ってきてみたのですが」
彼女が持ち込んだドリルはハンター専用の特注品、非覚醒者には扱えない代物だった。
「いけませんね、気ばかりが逸ってしまい」
そこへクオンが乗ってきた。専門はあくまで地球の機械と断った上で、
「外づけの動力、例えば民生品の魔導機関は使えませんか? 良ければ、わたしのほうで当たってみます」
メリルは礼を言いつつ、別の心配を口に出した。
歪虚侵攻によって家や家族を失った人々の、心の治療だ。
クオンはそちらの助力も買って出る。
「精神面のケアは大事だと、わたしも思っていました。まずはデータを集めるだけでも、やってみましょう」
「ええ。自警団のように、そちらもいずれは有志の方々で回していけるようになれば……」
今、カウンセラーのような仕事をする余裕は彼ら外部者にしかなかったが、
(まずは助け合い、前を向いて生きていく心を養うこと)
それさえあれば人々は焼け跡からでも立ち直れると、メリルは既に知っていた。
●
城壁の門を潜り出て、エアルドフリスとガーベラは外縁のスラムへ。
建物は貧民街の河原のバラックと同程度か、それよりみすぼらしい有様だが、
それでも辺境移民らしい装飾が、集落のあちこちに見て取れた。
中でも比較的まともな天幕で、唯一部外者に門戸を開いていた『顔役』と面会する。
故郷を失い帝国へ流れた、とある部族の族長を名乗るその男は齢50ほど、
立派な山羊髭を蓄えた、些か胡散臭い人物だった。
水煙管を吹かしながら、三白眼をぎょろりと巡らせて、
「わしらは生きる為にここへ集まってる。
多くの物や人が行き交う、街の門前に。そりゃ街中に住むのが一番だが、
貧しい移民には宿の当てもないし、憲兵ややくざに小突き回されるのが関の山だ。
それでいて例の建設計画さ。不法占拠者め、土地を空けろ!
しかし他に何処へ行けと? ことが荒れるのは当然だろう」
ふたりから水を向けるまでもなく、べらべらと良く喋る男だった。
曰く、スラムの移民たちは幾つもの少数部族に分かれており、
今まではおよそ団結など望めるような状況になかった。
エルフも独自の部族として数えられ、他の移民たちとも隔絶状態だったそうだ。
「だが、わしは全体の利益も考え、常日頃から連帯を訴えとった。
それが皮肉にも、今度の騒ぎで念願叶ってしまった訳だ」
「貴方がたの当面の生活さえ保証されれば、反対運動も収まるでしょうか?」
ガーベラが尋ねると、
「強情張りの部族も中にはいるが、いつまでも皇帝陛下のご威光に逆らえるもんじゃなし。
こっちは女子供を大勢抱えてる、血を見ず解決されるのが一番だ。わしも、その為の努力は怠らんよ」
「想像以上に、けったいなことになってるようだな」
天幕を出た折、エアルドフリスが呟いた。
ガーベラも辺りを見回す。部族の因習に分断された、無力な貧民の群れ――
というには、目つきの鋭い男たちが天幕の近くに多過ぎた。
何人かは拳銃を懐に呑んでおり、歩き方でそれと分かった。エルフもちらほらと混じっている。
剣呑な雰囲気に、ガーベラは貧民街の少年ギャングを思い出した。
●
「武器を蓄えている恐れがあります」
街に戻ったガーベラは市役所でダニエラの居場所を聞き、商工会議所のキャンプにて彼女を捕まえた。
相手は既にハンターの介入を知っている様子で、折衝役を名乗るガーベラの訪問をすんなりと受け入れる。
「移民たち――自称顔役の真意は分かりませんが、
住宅への平等な収容さえ約束すれば、先方に荒事を起こす大義名分はなくなります」
キャンプ場では、夕方の炊き出しが始まっていた。
河原のバラックに比べて男手が多く、その家族と思しき若い女性や子供の姿も見える。
しかしガーベラの記憶が正しければここは以前、
ライデンが使っていた空地の筈だが、少年ギャングの姿はなかった。
「ですが、彼らはあくまで違法な占拠者。
行政がそうした人間に安易におもねることは、国全体の秩序に関わる問題になりかねない」
「お立場はお察ししますが、法より先に、彼らにとっては生死を賭けた問題なのです」
ガーベラはダニエラの鉄面皮を見つめながら、
「倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る……リアルブルーの言葉です。
食べ物を配って餌づけするほうが、法や力より効果があるかも知れません。
移民に限らず、この街の人々にも同じこと。その代弁者として雇用された、我々に対しても」
ガーベラは言外に、ハンターという不定数の実力による威圧をちらつかせる。
その点は相手も承知済みと見え、中々言質を取らせなかったが、遂に口を割った。
「帝都復興に向け、有力な一部事業者や著名人と連携強化の準備があります」
そこへ折よく、天斗が手帳を携えて現れる。
「バルツ特派員のサナダと申します。ダニエラ・ヴェールマン様でございますね?」
ガーベラはダニエラを見つめたまま身を引いた――記者の前で、口約束でないことを証明させたい。
ダニエラはその通りにした。マティの慈善活動を高く評価する、
物資援助、及び警備会社・FSDの活動を市の予算にて継続する予定だ、と天斗に告げた。
「仮設住宅建設に対して、移民の一団が反対しているという件は――」
「第一師団始め関係各所と相談の上、対応を検討したいと思います」
ダニエラは無表情で答えた。
第一師団の名を出すことは、折衝役のガーベラを介して移民たちへ脅しをかけるも同然だった。
天斗はペンを走らせつつも、キャンプ場奥に見えた禿頭の大男を横目で追った。
見間違いでなければ、あれはライデンの腹心のひとり。
他にギャングらしき人間は見えないが、キャンプ運営者が商工会議所であることと、
立地からしても、ライデンの影響下なのは確実だ。
流石と言うべきか、こちらは河原とは打って変わって整然と管理されているように見える。
(市とオルデン、そしてライデン一味。後はマティ様を取り込めば、貧民街の支配が完成するという訳か)
ダニエラが取材を切り上げようとすると、天斗は恭しく礼を言い、その場から下がった。
(今日のことは、ドリス様にもご報告しなければなりませんね)
●
「さっき戻ったばかりですよ」
青年画商・ベッカートはホテルの一室にレイを迎えた。
「ベルトルードが襲われたせいでリゼリオからの船便がおじゃんになって、そこから陸路で……」
ひとしきり愚痴を言った後、彼は貧民街の状況を尋ねた。
マティの無事は手紙で知っていたようだが、レイの口から直接様子を聞くと、ほっとした顔を見せる。
「で、河原の皆が働き口を探せるような、職業紹介組織の立ち上げでしたね。僕にできることなら、何でも」
「付け加えるならば、子供の教育費用としても管理をお願いしたく。つきましては」
レイは小さな紙切れを鞄から抜き出し、ベッカートへ差し出した。
「うん、小切手……!?」
「初動には元手が要ります。少ないかもしれませんが……彼女と子供たちの為に」
驚き、硬直したままのベッカートに向かってレイは言った。
「受け取って下さいますね?」
ベッカートは受け取った。それから顔を上げ、
「詳しいことは訊かないけど、あんたも本気なんだな」
この件はマティにも秘密だ。300万Gの小切手と、
決然とした表情のベッカートを前にして、レイはこともなげに頷いてみせた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/02 02:43:17 |
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相談です 真田 天斗(ka0014) 人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/02/02 11:48:01 |