ゲスト
(ka0000)
【闇光】STARGAZER
マスター:葉槻
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●凍てつく大地にて
再度浄化キャンプを作る――その言葉だけ聞けば、誰もが『何の為に』と思っただろう。
しかし、リグ・サンガマというかつて青龍の元で栄華を極めた古代王国の存在、その中の一つであるカム・ラディ遺跡が発覚した事により事態は一変した。
「さむっ……あ、ありがと」
耳や鼻先をもぐような冷たい風に、連合軍から支給されたダウンジャケットの襟を更に引き寄せると、東方の陰陽寮から来た少年は配給された具の少ないスープを受け取る。
もあもあと立ち上る湯気とコンソメの香りに、少年はりんごのような頬を緩めた。
少年が出立して、もう5日以上が経つ。
少年以外にも辺境の巫女、エルフハイムの術者、エクラ教の神官……と、各結界術に秀でた者達が参加する混合軍は順調に北上することに成功していた。
とはいえ、徐々に疲労は蓄積されてきていたし、このキャンプ地を確保する為にはかなり苦戦を強いられたのだが、一度結界を発動させれば暫くは襲われる心配も減る。
無事キャンプの設営も終わり、ハンター達も各々くつろいでいたり、当番で周囲の見回りに出掛けたりしているようだ。
ふぅふぅと白い息を吹きかけ、そっと口を付ける。
恐らく、普段なら何てことの無い熱さのはずなのに、外気温で冷えた唇には火傷するかと思うほどの熱を伝えてくる。
さらに慎重に口を付けながら、周囲を見回す。
少年は最初の行軍には参加していなかったが、その熾烈さはキャンプ地跡の残骸と、寒さに腐ることなく凍り付いたままの遺体を見る事で否応なしに知ることになった。
連合軍から貸与された魔導トラックには、当初隙間無く食品と医療品が入っていたが、浄化キャンプ跡に着く度に消費され、代わりに回収された遺品が積み込まれていく。
遺体を回収してやりたいのは山々だったが、戦死者が多すぎて荷台に載せきれないのは分かっていたのだろう。身元のわかる遺品だけを回収する、と最初のうちに通達があった。
結局、遺体はできる限り一カ所に集められ、油を撒いて火葬することになり、明日の出立時にもそれは行われる予定になっていた。
残り少なくなったスープはもう冷めかけていて、少年は慌ててそれを飲み干した。
ふと、空を見上げれば、昨日までの曇天が嘘のような満天の星がそこにはあった。
時折流れ星が駆け抜けて行く様は、故郷、エトファリカにいた時にも見たはずだが、星の量が違う。
月は見えない。だからこそ、この夜さえ隠してしまうような星空なのだろう。
視線を下ろせば、数台の魔導トラックのヘッドライトが周囲を照らしており、各ハンターが持ち込んだランタンが暖かみある灯りで手元を照らしていた。
誰かが、静かに弦を爪弾く。
死んだ者に捧げるように。
残された者に届くように。
その音を聞くとも無しに聞きながら、少年は白い息を吐き、夜空を見上げ続けた。
再度浄化キャンプを作る――その言葉だけ聞けば、誰もが『何の為に』と思っただろう。
しかし、リグ・サンガマというかつて青龍の元で栄華を極めた古代王国の存在、その中の一つであるカム・ラディ遺跡が発覚した事により事態は一変した。
「さむっ……あ、ありがと」
耳や鼻先をもぐような冷たい風に、連合軍から支給されたダウンジャケットの襟を更に引き寄せると、東方の陰陽寮から来た少年は配給された具の少ないスープを受け取る。
もあもあと立ち上る湯気とコンソメの香りに、少年はりんごのような頬を緩めた。
少年が出立して、もう5日以上が経つ。
少年以外にも辺境の巫女、エルフハイムの術者、エクラ教の神官……と、各結界術に秀でた者達が参加する混合軍は順調に北上することに成功していた。
とはいえ、徐々に疲労は蓄積されてきていたし、このキャンプ地を確保する為にはかなり苦戦を強いられたのだが、一度結界を発動させれば暫くは襲われる心配も減る。
無事キャンプの設営も終わり、ハンター達も各々くつろいでいたり、当番で周囲の見回りに出掛けたりしているようだ。
ふぅふぅと白い息を吹きかけ、そっと口を付ける。
恐らく、普段なら何てことの無い熱さのはずなのに、外気温で冷えた唇には火傷するかと思うほどの熱を伝えてくる。
さらに慎重に口を付けながら、周囲を見回す。
少年は最初の行軍には参加していなかったが、その熾烈さはキャンプ地跡の残骸と、寒さに腐ることなく凍り付いたままの遺体を見る事で否応なしに知ることになった。
連合軍から貸与された魔導トラックには、当初隙間無く食品と医療品が入っていたが、浄化キャンプ跡に着く度に消費され、代わりに回収された遺品が積み込まれていく。
遺体を回収してやりたいのは山々だったが、戦死者が多すぎて荷台に載せきれないのは分かっていたのだろう。身元のわかる遺品だけを回収する、と最初のうちに通達があった。
結局、遺体はできる限り一カ所に集められ、油を撒いて火葬することになり、明日の出立時にもそれは行われる予定になっていた。
残り少なくなったスープはもう冷めかけていて、少年は慌ててそれを飲み干した。
ふと、空を見上げれば、昨日までの曇天が嘘のような満天の星がそこにはあった。
時折流れ星が駆け抜けて行く様は、故郷、エトファリカにいた時にも見たはずだが、星の量が違う。
月は見えない。だからこそ、この夜さえ隠してしまうような星空なのだろう。
視線を下ろせば、数台の魔導トラックのヘッドライトが周囲を照らしており、各ハンターが持ち込んだランタンが暖かみある灯りで手元を照らしていた。
誰かが、静かに弦を爪弾く。
死んだ者に捧げるように。
残された者に届くように。
その音を聞くとも無しに聞きながら、少年は白い息を吐き、夜空を見上げ続けた。
リプレイ本文
●Nobody Knows
死んだ戦士の残したものは
死んだ男の残したものは
死んだ女の残したものは
死んだ昨日の残したものは
死んだ雑魔の残したものは
死んだ歪虚の残したものは
生きている者が残せるものは
●キャンプ中央にて
「ってぇっ!」
ビクリと全身を震わせ、藤堂研司(ka0569)は左人差し指を見た。
じわりと滲む赤と疼痛に、出立前に見た瓦礫の街を思い出す。と、同時にふつふつとこみ上げてくる、苛立ちと衝動に任せてイモに包丁を突き立てると持ち場を離れた。
ごろりと仰向けに寝転がれば、視界に飛び込んできたのは驚くほど明るい星空。
「……星、綺麗だな……」
何年かぶりに見上げた星空はただ静かで。
それなのに人には聞こえない声でささやきかけるように瞬く。
背中から伝わる雪の冷たさと、呼吸する度に肺を凍らせるような冷気の中、星の声に耳を澄ませているとささくれ立っていた研司の心は、いつしか落ち着いていた。
『星空は、ずっと変わらず……個人に関わらず、環境はただあるだけ、か……』
上体を起こし、髪に付いた雪を乱雑に払う。
「腐っても仕方ねぇ、か」
『俺の手の届く範囲は、誰も飢えさせねぇ、それはずっと変わらない。だから、今も、これからも。料理を作る、それだけだ!』
星の下、己の生き様を再確認した研司は再び持ち場へと戻り、包丁を手にする。
――もう指先の血は止まっていた。
「おかえりなさい」
「ありがとう。ただいま」
周囲の偵察から帰ってきたヴァイス(ka0639)は暖かなスープと笑顔で出迎えたアニス・エリダヌス(ka2491)に礼を告げて隣に腰を下ろした。
満天の星空の下、静かに食事をしていたアニスは、生まれた村の言い伝えを思い出す。
「夜は冥界の入口で、星は夜の神が作った魂の墓標と言われているんです」
その言葉に、ヴァイスは蒼の石のペンダントを握りしめ天を仰いだ。
「そうか……なら故郷の皆もあそこにいるんだろうか」
空を見上げるヴァイスの横顔を見つめ、アニスもまた空を仰ぐ。
夜にだけ見える魂の墓標。それはこの辺境の北で圧倒的な数で瞬いている。
『ヴァイスさんも、大切な方々を亡くされたのですね……わたしの両親や、ディーンさんもきっと、あそこに……』
他人の、それも死者の面影を重ねるなんて失礼だとは思いつつも、アニスはヴァイスを見ていると、どうしても恋した彼の面影を重ねてしまう。
そんなアニスの気配に気付いて、ヴァイスは微笑むとアニスの頭を優しく撫でた。
優しい手の平から伝わる熱に、アニスはそっと目を閉じると、肩口へともたれた。
「……少し、寒くなってしまいました。肩を貸していただけますか……?」
「ああ、今夜は特に冷えるからな」
ヴァイスが『女性』との接触が苦手な事を知っていれば、優しい答えはアニスにとって少しだけ痛みを伴う。
それでも、肩口から伝わる体温が、吐息が、心音が心地よくて。
「あの、少しだけ……こうしていてもいいですか?」
ヴァイスは優しく微笑って身を寄せ合い星空を眺める。
二人は夜が更けるまで今まで話していなかったお互いの故郷の事を語り合った。
「ゼーヴィントと一緒に帰ればよかったかな……風邪ひきそ」
先日の歪虚との戦闘で大破した相棒のCAMを思いつつ、レベッカ・アマデーオ(ka1963)は寒さに自分の身体をかき抱いた。
「寒いときはやっぱこれよね」
手慣れた動作で紅茶を淹れ、ブランデーを注ぐ。……割合的にブランデーの方が多くなったが、ブランデー入り紅茶の華やかな香りがレベッカの鼻腔をくすぐった。
見事な星空の下でテントに引きこもりっぱなしというのももったいないと感じて、レベッカは紅茶を片手に適当な魔導トラックの荷台に腰かけると、ボーっと満天の星を見上げた。
「……最初は船買うために、テキトーに一発でかいの当てるだけのはずだったんだけどなぁ」
気づけば活動拠点は帝国の港街に。その上CAMなんてものまで手に入れてしまって、すっかり海より陸の人になってしまっていた。
それでも海から見る星と、陸から見る星は変わらず。ただ、今日は空気が澄んでいるのかいつも以上に星がうるさいくらいに感じた。
不意に、『お前の力を自覚しろ』という父親の言葉を思い出して、思わず苦笑いをこぼす。
「そろそろ『他人事』なんて言ってらんないか」
簡単に切り捨てられるような浅い付き合いの期間はとっくに過ぎてしまった。
紅茶を呷るようにして飲み干すと、レベッカは腹をくくってこの行く末に関わることを決めたのだった。
柊 真司(ka0705)と倉敷 相馬(ka5950)は手早く夕食を済ませると、真司のCAMへと向かった。
「これからの戦いに向けて今のうちに整備しておかないとな」
「これからの戦いに向けて、寒冷化対策をしておかないとな」
二人はCAMを前に同時に口を開いて、その内容に思わず笑い合う。
「じゃ、そっちは任せる」
「いざって時に凍って動かないんじゃ話にならないからな」
真司の言葉に相馬はサムズアップで応えると、早速ラジエーターの冷却液の成分調整へと向かった。
真司は相馬を見送ると、雪上移動に対してのバランサーの再調整を行っていく。
「いつコイツに乗って戦う時が来てもいいように万全な状態にしておかないと」
漸く手に入れた念願のCAMだ。そう易々と壊させる気は無いが、その為にも出来る時に万全の整備をしておきたかった。
「関節部のカバーってこれでいい?」
相馬の声に真司が様子を見に行く。
「あぁ、ばっちりだ」
拳と拳を突き合わせて笑い合う二人の表情は年相応の少年と変わらなかった。
黙々と作業を終えた頃には、二人の頬や腕はオイルで汚れていて、それを乱雑にタオルで拭う。
「一段落ついたから休憩にしよう」
真司の提案に、相馬も頷いて二人はテントへと踵を返す。
鉄の巨人はそんな二人を静かに見守るように鎮座していた。
白金 綾瀬(ka0774)は暖かなテントの中、一人黙々と愛用の試作型魔導銃「狂乱せしアルコル」改の手入れに勤しんでいた。
手慣れた様子で各部のピンを外して銃身とレシーバーを外し、銃身内部にガンオイルを吹き付けるとウェスとクリーニングロッドで汚れを拭く。
レシーバー側も同様に各パーツ、特に稼動部にガンオイルを吹き付けてからウェスで汚れを吹き取っていく。
細かい溝のゴミを器用に取り除くと、手早く組み立ててグリップを握る。
軽く照準の調整をし、たまたま入口に向けて銃口を向けたところで、真司が入ってきた。
「うわっ!?」
「ぃだっ!?」
「あら、失礼」
悪気なさそうに綾瀬は告げると、すぐに銃を下ろす。
急に立ち止まった真司の背に鼻をぶつけた相馬が真司を睨み、睨まれた真司は困ったように両肩を竦めて見せると綾瀬を見た。
「何だよ、危ないな」
「今のうちに手入れをしておいたほうが良さそうと思って、丁度今終わった所だったのよ」
「驚かせたお詫びに、コーヒーでも淹れるわ」と綾瀬は席を立つ。
「相馬もブラックでいい?」
「あ、うん、ありがと」
顔見知りである3人は、綾瀬の淹れたコーヒーを片手にテーブルを囲んで、ユニット談義に花を咲かせたのだった。
●キャンプ西側にて
「叔父上もお一つどうぞ」
ほかほかと湯気立つポトフを差し出され、ラディスラウス・ライツ(ka3084)は反射的にそれを受け取った。
「火傷しないように気をつけて下さいね」というアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)の言葉に頷きながら一口頬張ると、生姜入りだというそれは冷えた身体に染み込むような美味さだった。
食後、二人は遺体の安置されている西側へと足を運んだ。
エクラ教の鎮魂の祈りを捧げるアリオーシュの横で、ラディスラウスも祈りを捧げる。
「救うなんて傲慢かもしれない。志も虚しく、死者の列に並ぶのは自分かもしれない。それでも一人でも多くの命を守り続けたいんです」
祈りを終え、アリオーシュが紡ぐ言葉は決意そのものだった。
ラディスラウスはそれを静かに受け止めると、星空を見上げた。
「……人の魂は空へ昇り、星になると聞いたことがある。今宵祈りを捧げた者達の魂も、今は空から俺達を見守ってくれているかもしれない……そう思うと、今日のこの星空は忘れられないものになるな」
そう言い終えて、柄にもない事を言ったと、ラディスラウスがバリバリと後頭部を掻く横で、アリオーシュは視線を叔父から空へと移した。
「ならばこの星々の煌きは、魂の輝きかもしれませんね。安らぐのも合点がいきます」
静謐な瞳に優しい灯火を湛えて、アリオーシュは微笑む。
それを気配だけで察して、ラディスラウスはいつの間にか大きく育った息子同然の甥っ子を頼もしく思う。
「お前は、お前が望む道を歩けばいい」
「……ただ」と続けられた言葉は、大きな背を丸めて力なく紡がれた。
「願うのならば……俺より先には死なないでくれよ」
「勿論ですよ叔父上。貴方が願ってくれた生を、後悔しないよう生き抜く事が俺の誓いですから」
優しくて不器用な叔父に向かって、アリオーシュは強い微笑みを浮かべる。
その言葉と笑みにラディスラウスは眩しげに目を細めると、「なら、いい」と再び夜空を見上げた。
アリオーシュもまた空を仰ぐ。二人はただ静かに星の煌めきを見つめ続けた。
フランシスカ(ka3590)は遺体を前に静かに佇んでいた。
……北の夜は冷えますね。
このようなところで眠ってしまっては、とても寒いでしょう。
できることなら、共に帰りたいですが……それは難しいようです。ごめんなさい。
ですが、皆さんが戦った証は……皆さんが生きた証は、必ず遺された方々に届けます。
あとのことは私たちにお任せを。だからどうか、安心しておやすみください。
心の中で語りかけ、謝罪し、その冥福を祈る。
そして、更に北。まだ見ぬリグ・サンガマを見る。
北方王国……リグ・サンガマ。我々の「教え」が生まれた地。
かの国の大地を取り戻すことこそ、私たちの悲願でした。
……見ていてください。この戦い、皆さんの想いと共に、必ず勝利を掴みますから。
赤い瞳を炎のように揺らして。フランシスカは北方王国奪還を心に誓うのだった。
龍崎・カズマ(ka0178)は遺品回収用のトラックの傍らで犠牲になった人々の記録を作っていた。
それは、いずれ石碑などを作る為でもあったが、それ以上に今自分達は、彼らの屍の上に立っているという事を深く心に刻むためでもあった。
犠牲が無駄とならないよう、全ての選択に責任を。
正しさではなく、背負った幾多の犠牲の為に。
『遺された奴に出来る事なんぞ、「忘れない」事以外にはねぇからな』
カズマは記録用紙に名前と遺品、分かる限りの特徴を書き込んでいく。
『全ての死せるものに原初の罪はなく。全ての罪は現世に在る我らに有り。
故にかのもの達に罪はなく。浄火し昇火し安息を得る事を願う』
祈りの言葉は、明日出発時、火葬が行われる時に送るつもりだ。
カズマは一通りの書き付けが終わると、静かに黙祷して、トラックを後にした。
Gacrux(ka2726)は丁寧に包んだ遺髪を遺品回収用のトラックへ収めると再び遺体が安置されている西側へと向かった。
冷たくなって眠る若い男の傍らに立って、その死に顔をまじまじと観察する。
生と死を隔てた物は一体何だったのか。此度の戦いで死を身近に感じたGacruxは自問する。
――その胸に組まれた右手の薬指に銀の指輪を見つけた。
『恋人が居たのでしょうか。慰めに、この指輪は遺体と共に焼くべきか……』
暫しの逡巡の後、Gacruxはしゃがみ込みその指輪に手をかけた。
「……否。魂は此処に眠るわけではない。帰りましょう……祖国に待つ人の元へ」
凍るほどに冷たいそれは、幸いにして強く抵抗することなくするりと抜けた。
『何も伝えられずに死ぬ絶望を、俺は知っている。一人で眠るには、この雪原はあまりに冷たすぎる……』
「……『もう一度、あの人に逢いたい』」
それは人が死の間際、望むだろうこと。そして、Gacrux自身が思ったことだった。
Gacruxは再び男の手を組むと、その魂の安寧を願った。
――その時、小さな岩の向こう側でカラカラと石の崩れる音がした。
音のする方へ近付けば、そこにいたのは。
「アン?」
声を掛けられ、驚いたように目を見張ったその女性は、黒の夢(ka0187)、その人だった。
「ガクちゃん?」
黒の夢は周囲の石という石を積み上げて山にするという、途方もない作業の途中だった。
傍らには彼女と似たような黒毛に金の紋様の狛犬が二頭、彼女を暖めるように付き添っている。
「みんなを、名も無き戦士を。雑魔も、歪虚も」
何をしているのか、とGacruxが問う前に、全てを弔いたいのだと、黒の夢は泣くように微笑った。
『星歌』を口遊みながら、黒の夢は石を積む。
そうして、納得行くまで石を積み上げきると、静かに立ち上がり、歌と舞を始めた。
聲は地を震わせ、舞は風を巻き込み想いを届ける為に――浄化をするように。
降る様な星の下、それは幻想的で、厳かですらあった。
唐突に溢れた涙を拭い、黒の夢が今願うのは全ての生命に安らかな睡り。
「……同じ時間に共に在る事が出来てよかったのな……――おやすみなさい」
舞終えた黒の夢の言葉に呼応するように、二頭の狛犬はほぼ同時に遠吠えをする。
その鳴き声は、遠く高く星空に吸い込まれていった。
●キャンプ北側にて
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は出来たてのスープを受け取ると、魔導トラックの荷台に腰掛けた。
一口スープを啜れば、食道から胃、そして全身にその熱が行き渡るのを感じて、思わず頬を綻ばせる。
「うめぇ」
熱が逃げないうちに食事を済ませると、空になった器を横に転がし、ほぅ、と一息吐いた。
骨まで染み入るような冷気は肺で熱され、吐く息は白く夜に溶ける。
みんなが思い思いに過ごしている様子を見るとも無しに見ていると、少し離れた所に見知った後姿を見つけ、ボルディアはその背を追った。
『まるでランタンの灯りのようだ』
キャンプの端まで来るとエヴァンス・カルヴィ(ka0639)は、その温もりに目を細めた。
懐からスキットルを取り出すと、軽く揺すって、唇を触れないように流し込む。
キャンプの中央から視線をずらすと、遺体を安置している場所が見えた。
その周囲ではまだ誰かの影が見えて、エヴァンスは感心と呆れ、そして少しの羨望を抱く。
他人の死をそこまで悲しんでやれない、自分の命すら惜しいと思えない。それは今も昔も変わらないのにしがらみばかりが増えて、死ねない理由が積み重なる。
戦場を駆け抜けている間に、設立したギルドは気がつけば大規模となっていた。自分の周りには随分と人が集まってしまっていて、事あるごとに『勝手に死なれたら困る・悲しい・許さない』など言われるようになった。
だが、不思議とそれが嫌だとは思えなかった。時に枷のようにそれらに引っ張られたとしても、そこにある熱を感じると守ってやりたいとすら思えた。
そんな自分に戸惑わないわけではない。が――
「よっ」
その声が思いの外近くから聞こえて、エヴァンスは瞠目して声の主を見た。
「何だよ、どした?」
見慣れないエヴァンスの表情に、ボルディアもぱちくりと目を瞬かせる。
「あ……いや、何でもない」
「ならいいけど?」
ボルディアはエヴァンスと肩を並べ、二人は静かにキャンプを見た。
戦いの傷痕は大きく、北へ北へと進むほどに、戦いは熾烈になっていく。
「二回目の北伐……正直さ、最初聞いた時にはフザけんなと思ったんだ」
エヴァンスはわからないでもない、と苦笑する。
「だが、すぐに悪くねぇとも思った。やられっぱなしは性に合わない」
実際に再びこの極寒の地に足を下ろしてみれば、この未知の領域を進むワクワク感にボルディアの胸は躍った。
……あのチビ総長も随分思い切ったマネをしてくれると、上がる口角を隠さないまま言葉を続けた。
「どうせ辛ぇ道のりなら、楽しまなきゃ損だろうがよ!」
からりと笑うボルディアの言葉に、エヴァンスは息を呑んだ。
「……そうだな」
確かに根無し草で一人好き勝手やれていた頃とは違う。だが、俺は俺なのだとエヴァンスは空を見上げ、白い息を吐いた。
戦士の矜持の元に、戦場で死ねるのなら本望だと信じてきた自分が、いつか命を惜しむ日が来たとして。
それでもそこには己に恥じない何かがある、そんな確信めいた思いをエヴァンスは抱いた。
「ちょっと休憩ですの」
アースウォールを風除けに出現させると、それにイェジドのアディをもたれるように座らせ、チョココ(ka2449)はアディの背中に抱きつく。パルムのパルパルも共にアディの毛に埋もれて楽しそうだ。
「星がキレイですの~」
アディの背中の上でごろりと仰向けになると、視界いっぱいに今にも降りそうな星空が広がった。
暫しアディの体温で暖を取りつつ星空を堪能すると、再び周囲の偵察へと戻った。
万が一敵が出よう時には、すぐにファイアボールをぶつけられるように、右手にはワンドをしっかりと握り締めて。
地平線の果てまで続く星を眺めながら、一人と一頭と一体はのんびりと歩いて行った。
●キャンプ南側にて
暴食王に斬られた傷は治った。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は『覚醒者も大概化け物だな』と自嘲気味に思いながら、凍てつく大地をひとり歩く。
澄んだ空気をそのまま息を吸い込めば肺から凍りそうで、アルトはネックウォーマーを引き上げて顔の半分を覆うと星空を見上げた。
1年と少し前のあの日。
守る事ができなかった人たちを思う。
伸ばした手が届かなかった過去を思い出す。
……ボクは強くなれているだろうか?
……今のボクなら、守る事ができるだろうか?
星を掴むように宙にかざし、強く握りこむ。
「『強く』なろう」
自分が弱いことで助けられなかった。
もうそんなことが一つでも増えないように。
この手が伸ばした先に届く様に。
今度は守れるように。
アルトは満天の星の下、決意を胸に再び歩き出した。
「ゆっくり夜空を見るのも久しぶりだなぁ」
コーヒーを淹れ、防寒具を着込み、お尻の下に畳んだ毛布を敷き、八島 陽(ka1442)は準備万端で天体観測に挑んでいた。
手持ちの干し肉を引き裂くと、狛犬に分け与えつつ、自分も咥えながら双眼鏡を覗く。
転移直後、星座の違いで地球とこの星が違うのは確認していた。
しかし、狂気の歪虚の出没は火星近辺からだったはずだ。ならば火星から見た星々と比べようと陽は、メモをとる。辺境で教わった星座の知識を元に、方角を合わせ、夜空を再確認する。
「ロッソもまたいつか宇宙を飛ぶ機会があるかもしれないし」
冷気に体温を奪われないように狛犬を抱き寄せ、陽は珈琲を啜りながら黙々と星を捕らえていった。
自分が知る為に、そして、ロッソの役に立てればと、刻一刻と動いていく宙を黙々と観察し続ける。
ふわぁ、と狛犬が大きな欠伸をして、夢中になってペンを走らせていた陽の頬をぺろりと舐めた。
「!! ……あぁ、びっくりした!」
こんなに綺麗に星が見えたのは初めてだったのでついつい集中してしまったが、最初にとったメモから随分星が動いていた。これ以上遅くなっては明日以降の進軍に影響が出そうだ。
「帰ろうか」
陽の言葉に、狛犬は立ち上がり尾を振った。
ミリア・コーネリウス(ka1287)は偵察兼ねてイェジドと共に散歩をしていた。
時折聞こえてくる音に、適当な歌詞を付けながら適当に歌う。
それをモノ言いたげな目でイェジドは見る。
「何か言いたげだね?」
首を抱くように腕を回せば、体毛の外側は外気に冷やされているが、もふもふとしたその奥はとても暖かい。
「そういえばコイツにも名前をつけなきゃなどんな名前にしようか……」
イェジドはぴくりと動きを止めたが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。
なお、愛馬に『バサシ』と『ガ●ダム』と名付けているミリアである。
「どうしよう。犬っぽいから『ぽち』? 意表を突いてここは『たま』か……んーでもありきたりだな」
ぎんが・よーぜふ・ぱとらっしゅ・がんも・からあげ・ざんぎ・こくおーごー・ないとにせん……ミリアが指を折りながら出す名前候補は個性的というか、何というか……残念だった。
イェジドは、再び溜息を吐くと、首に抱きつくミリアをそのままに歩き出した。
「ちょ、待って、待ってってば」
隣を歩き始めたミリアは、まだ横でぶつぶつと名前候補を挙げている。
まだ名前のないイェジドは3度目の溜息を吐くとキャンプ中央へと足を向けた。
●キャンプ東側にて
「こんな星空は久しぶりに見るな……」
鞍馬 真(ka5819)は星空に溶けるような静かな演奏を聴いて、自身の横笛に手を伸ばしかけ、辞めた。
死んだ者に捧げるような演奏に、去っていった者に執着しない自分が混ざるのは場違い……そんな気がした。
「おかしいな、普段はこんなことを考えもしないのに。星空に圧倒されておかしくなっているのかもしれないな」
独りごちて、横笛の代わりに武器を手に取ると周囲の偵察へと向かう。
「鞍馬さん?」
名を呼ばれ、声の方に顔を向けると、そこにはルナ・レンフィールド(ka1565)が柔らかな微笑みを浮かべて手を振っていた。
「ルナさん、久しぶり」
「音楽会ぶりですね」
鞍馬はまた随分と違う環境で再会したものだと思わず苦く笑う。
しかし、ルナの手にリュートが握られている事に気付くと、視線を受けてルナはそっとボディを撫でて微笑む。
「鎮魂の演奏が聞こえたので……鞍馬さんは?」
「私は、ちょっと偵察へ」
「そうですか……お気を付けて」
「えぇ、ルナさんも、良い夜を」
鞍馬はルナと別れ、横笛を持って来なかったことを少しだけ後悔しながら、うっすらと雪の積もる大地を歩いて行く。
そんな鞍馬の背を見送り、ルナは友人を探しにキャンプ内を歩き出した。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は、いつもの穏やかな微笑みに僅かに影を落として星空を見上げていた。
北方への進攻がひと段落着いたと思えば、再度の遠征ネ。
北伐の結果、少なくナイ被害を受け、疲弊した臣民に、再び犠牲を強いてマデ得るべきモノがアルと……上層部はソウ判断したカラ実行シタのだろうケレド。
コレでまた無用な犠牲が出た時、誰がドウ責任を取るんだろうネ。
興味深い、と静かに両目を閉じた。
その背後で、優しい風の気配と暖かなカップの音がした。アルヴィンは不思議そうに振り返って、そこに見知った顔を見つけて微笑んだ。
「やぁ、ユリアン君」
「邪魔しちゃったかな?」
「ちっとも?」とアルヴィンが笑うと、ユリアン(ka1664)は一度置いたカップを直接手渡した。
「香草茶だよ。身体が温まると思う」
「アリガトウ」
ほのかに香るジンジャーとレモングラス。他にも色々入っていそうだが、とりあえず香りを楽しんだ後、カップに口づけた。
湯気にモノクルが一瞬白く曇った。
「……身体の芯カラ温まるネ」
ほぅ、と息を吐けばその白さは濃さを増して中に消える。
「考え事?」
ユリアンの言葉に、アルヴィンは笑う。
「ソウ。今僕に出来るコトをネ」
「……俺、正直、事のあらましが解っているとは言えないんだ。でも、手の伸ばせる範囲で出来る事があるなら。そうやって隙間を埋めて、零れていくものを拾い上げるのが、ハンターかなって」
ユリアンの真摯な言葉に、アルヴィンは満足そうに頷いて微笑む。
「少しでも犠牲が少なく済むヨウに考えて行こうネ」
「あ、ユリアンさん、アルヴィンさん」
明るい声に二人が振り向くと、ルナが駆け寄ってきた。2人に挨拶すると、暫し3人で談笑する。
「じゃ、僕はコレで。お茶、ゴチソウサマ」
帽子を浮かせて一礼すると、アルヴィンは白い大地と星屑の間に消えていった。
それを見送って、ユリアンとルナも一度テントへ帰る事とする。
「いつまで続くんでしょうね」
「え?」
満天の星を見上げながら、ルナがポツリ零した言葉は悲しみに濡れていた。
この世界の素敵な”音”を守りたいと戦いに身を投じているが、いつまでも戦いの悲痛な“音”に慣れることは出来ない。
そんなルナを優しく見つめてユリアンは頷いた。
「難しいね」
辛いのなら、諦めてしまえば楽になれるのだと知っていた。
それでも、諦められないから、なお辛いのだということも知っていた。
聞こえる鎮魂の歌。
今を生きる者の為の希望の曲。
それらと歌うように星は瞬き続けていて。
怪我人の治療の手伝いを終え、テントに帰ってきたカフカ・ブラックウェル(ka0794)と合流すると、ユリアンは2人に香草茶を振る舞った。
「師匠のを見てて、ブレンドの種類が増えたかな。でも不思議だね 味は母さん似な気もするんだ」
そうはにかむユリアンを見て、ルナは心が安らぐのを感じた。
香草茶を飲んで、指先まで温まったところで、聞こえる音に合わせてリュートを爪弾く。
星に願いを、死者に安らかな眠りを、親しい友の無事を祈りながら。
ユリアンも香草茶を手に、音楽に耳を傾けながら星を眺めた。
せめて、音楽と星の光が天への導きになる様に、と祈りながら。
ルナの優しいリュートと、どこからか聞こえる朝焼けを呼ぶようなギター演奏を聴いて、カフカはミューズフルートに息を吹き込んだ。
群青の帳に散らばる無数の瞬きの下で、月の光が亡き人々を導く様、優しき月の光の音色を。
鎮魂と祈りと、そして子守歌。
ゆっくりおやすみ、と散って逝った戦士達の為に、戦い傷つくも明日を見据える戦士達為に。一音一音を丁寧に奏でた。
リュー・グランフェスト(ka2419)は遺体に手を合わせた後、音に引き寄せられるように歩いていた。
その音は、笛の音だったり、歌だったり、リュートであったり。様々な音が星の下で静かに寄り添うように響き合い、一つの音楽となっていた。
その音楽にしばらく耳と気持ちを預けていたが、ついにリューもサン・ライトを取り出して、壊さない様に合わせ爪弾き始めた。
『俺達は負けない。勝てるか? じゃなくて勝つんだ』
空元気でも力強く叫びたい衝動に駆られたが……この雰囲気を壊したくなくてぐっと抑えた。
その分、音に気持ちを乗せて奏でる。
静かに力強く元気付ける様に、手に持つギターの名の様に、太陽の如く示す様に。
「明けない夜はないんだって事をな」
●Invariable
夜空を覆う程の星は揺らぎ瞬きながら、ただただ地上を見下ろす
音が止み、生物が眠りに就いても、煌めきながら地上を照らす
そして朝焼けの時が訪れ、白い光の前に姿を消しても
見えなくとも、そこに星はあり、地上の歴史を見守り続けて行く
輝く今日とまた来るあした
ただそれだけを残していく
死んだ戦士の残したものは
死んだ男の残したものは
死んだ女の残したものは
死んだ昨日の残したものは
死んだ雑魔の残したものは
死んだ歪虚の残したものは
生きている者が残せるものは
●キャンプ中央にて
「ってぇっ!」
ビクリと全身を震わせ、藤堂研司(ka0569)は左人差し指を見た。
じわりと滲む赤と疼痛に、出立前に見た瓦礫の街を思い出す。と、同時にふつふつとこみ上げてくる、苛立ちと衝動に任せてイモに包丁を突き立てると持ち場を離れた。
ごろりと仰向けに寝転がれば、視界に飛び込んできたのは驚くほど明るい星空。
「……星、綺麗だな……」
何年かぶりに見上げた星空はただ静かで。
それなのに人には聞こえない声でささやきかけるように瞬く。
背中から伝わる雪の冷たさと、呼吸する度に肺を凍らせるような冷気の中、星の声に耳を澄ませているとささくれ立っていた研司の心は、いつしか落ち着いていた。
『星空は、ずっと変わらず……個人に関わらず、環境はただあるだけ、か……』
上体を起こし、髪に付いた雪を乱雑に払う。
「腐っても仕方ねぇ、か」
『俺の手の届く範囲は、誰も飢えさせねぇ、それはずっと変わらない。だから、今も、これからも。料理を作る、それだけだ!』
星の下、己の生き様を再確認した研司は再び持ち場へと戻り、包丁を手にする。
――もう指先の血は止まっていた。
「おかえりなさい」
「ありがとう。ただいま」
周囲の偵察から帰ってきたヴァイス(ka0639)は暖かなスープと笑顔で出迎えたアニス・エリダヌス(ka2491)に礼を告げて隣に腰を下ろした。
満天の星空の下、静かに食事をしていたアニスは、生まれた村の言い伝えを思い出す。
「夜は冥界の入口で、星は夜の神が作った魂の墓標と言われているんです」
その言葉に、ヴァイスは蒼の石のペンダントを握りしめ天を仰いだ。
「そうか……なら故郷の皆もあそこにいるんだろうか」
空を見上げるヴァイスの横顔を見つめ、アニスもまた空を仰ぐ。
夜にだけ見える魂の墓標。それはこの辺境の北で圧倒的な数で瞬いている。
『ヴァイスさんも、大切な方々を亡くされたのですね……わたしの両親や、ディーンさんもきっと、あそこに……』
他人の、それも死者の面影を重ねるなんて失礼だとは思いつつも、アニスはヴァイスを見ていると、どうしても恋した彼の面影を重ねてしまう。
そんなアニスの気配に気付いて、ヴァイスは微笑むとアニスの頭を優しく撫でた。
優しい手の平から伝わる熱に、アニスはそっと目を閉じると、肩口へともたれた。
「……少し、寒くなってしまいました。肩を貸していただけますか……?」
「ああ、今夜は特に冷えるからな」
ヴァイスが『女性』との接触が苦手な事を知っていれば、優しい答えはアニスにとって少しだけ痛みを伴う。
それでも、肩口から伝わる体温が、吐息が、心音が心地よくて。
「あの、少しだけ……こうしていてもいいですか?」
ヴァイスは優しく微笑って身を寄せ合い星空を眺める。
二人は夜が更けるまで今まで話していなかったお互いの故郷の事を語り合った。
「ゼーヴィントと一緒に帰ればよかったかな……風邪ひきそ」
先日の歪虚との戦闘で大破した相棒のCAMを思いつつ、レベッカ・アマデーオ(ka1963)は寒さに自分の身体をかき抱いた。
「寒いときはやっぱこれよね」
手慣れた動作で紅茶を淹れ、ブランデーを注ぐ。……割合的にブランデーの方が多くなったが、ブランデー入り紅茶の華やかな香りがレベッカの鼻腔をくすぐった。
見事な星空の下でテントに引きこもりっぱなしというのももったいないと感じて、レベッカは紅茶を片手に適当な魔導トラックの荷台に腰かけると、ボーっと満天の星を見上げた。
「……最初は船買うために、テキトーに一発でかいの当てるだけのはずだったんだけどなぁ」
気づけば活動拠点は帝国の港街に。その上CAMなんてものまで手に入れてしまって、すっかり海より陸の人になってしまっていた。
それでも海から見る星と、陸から見る星は変わらず。ただ、今日は空気が澄んでいるのかいつも以上に星がうるさいくらいに感じた。
不意に、『お前の力を自覚しろ』という父親の言葉を思い出して、思わず苦笑いをこぼす。
「そろそろ『他人事』なんて言ってらんないか」
簡単に切り捨てられるような浅い付き合いの期間はとっくに過ぎてしまった。
紅茶を呷るようにして飲み干すと、レベッカは腹をくくってこの行く末に関わることを決めたのだった。
柊 真司(ka0705)と倉敷 相馬(ka5950)は手早く夕食を済ませると、真司のCAMへと向かった。
「これからの戦いに向けて今のうちに整備しておかないとな」
「これからの戦いに向けて、寒冷化対策をしておかないとな」
二人はCAMを前に同時に口を開いて、その内容に思わず笑い合う。
「じゃ、そっちは任せる」
「いざって時に凍って動かないんじゃ話にならないからな」
真司の言葉に相馬はサムズアップで応えると、早速ラジエーターの冷却液の成分調整へと向かった。
真司は相馬を見送ると、雪上移動に対してのバランサーの再調整を行っていく。
「いつコイツに乗って戦う時が来てもいいように万全な状態にしておかないと」
漸く手に入れた念願のCAMだ。そう易々と壊させる気は無いが、その為にも出来る時に万全の整備をしておきたかった。
「関節部のカバーってこれでいい?」
相馬の声に真司が様子を見に行く。
「あぁ、ばっちりだ」
拳と拳を突き合わせて笑い合う二人の表情は年相応の少年と変わらなかった。
黙々と作業を終えた頃には、二人の頬や腕はオイルで汚れていて、それを乱雑にタオルで拭う。
「一段落ついたから休憩にしよう」
真司の提案に、相馬も頷いて二人はテントへと踵を返す。
鉄の巨人はそんな二人を静かに見守るように鎮座していた。
白金 綾瀬(ka0774)は暖かなテントの中、一人黙々と愛用の試作型魔導銃「狂乱せしアルコル」改の手入れに勤しんでいた。
手慣れた様子で各部のピンを外して銃身とレシーバーを外し、銃身内部にガンオイルを吹き付けるとウェスとクリーニングロッドで汚れを拭く。
レシーバー側も同様に各パーツ、特に稼動部にガンオイルを吹き付けてからウェスで汚れを吹き取っていく。
細かい溝のゴミを器用に取り除くと、手早く組み立ててグリップを握る。
軽く照準の調整をし、たまたま入口に向けて銃口を向けたところで、真司が入ってきた。
「うわっ!?」
「ぃだっ!?」
「あら、失礼」
悪気なさそうに綾瀬は告げると、すぐに銃を下ろす。
急に立ち止まった真司の背に鼻をぶつけた相馬が真司を睨み、睨まれた真司は困ったように両肩を竦めて見せると綾瀬を見た。
「何だよ、危ないな」
「今のうちに手入れをしておいたほうが良さそうと思って、丁度今終わった所だったのよ」
「驚かせたお詫びに、コーヒーでも淹れるわ」と綾瀬は席を立つ。
「相馬もブラックでいい?」
「あ、うん、ありがと」
顔見知りである3人は、綾瀬の淹れたコーヒーを片手にテーブルを囲んで、ユニット談義に花を咲かせたのだった。
●キャンプ西側にて
「叔父上もお一つどうぞ」
ほかほかと湯気立つポトフを差し出され、ラディスラウス・ライツ(ka3084)は反射的にそれを受け取った。
「火傷しないように気をつけて下さいね」というアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)の言葉に頷きながら一口頬張ると、生姜入りだというそれは冷えた身体に染み込むような美味さだった。
食後、二人は遺体の安置されている西側へと足を運んだ。
エクラ教の鎮魂の祈りを捧げるアリオーシュの横で、ラディスラウスも祈りを捧げる。
「救うなんて傲慢かもしれない。志も虚しく、死者の列に並ぶのは自分かもしれない。それでも一人でも多くの命を守り続けたいんです」
祈りを終え、アリオーシュが紡ぐ言葉は決意そのものだった。
ラディスラウスはそれを静かに受け止めると、星空を見上げた。
「……人の魂は空へ昇り、星になると聞いたことがある。今宵祈りを捧げた者達の魂も、今は空から俺達を見守ってくれているかもしれない……そう思うと、今日のこの星空は忘れられないものになるな」
そう言い終えて、柄にもない事を言ったと、ラディスラウスがバリバリと後頭部を掻く横で、アリオーシュは視線を叔父から空へと移した。
「ならばこの星々の煌きは、魂の輝きかもしれませんね。安らぐのも合点がいきます」
静謐な瞳に優しい灯火を湛えて、アリオーシュは微笑む。
それを気配だけで察して、ラディスラウスはいつの間にか大きく育った息子同然の甥っ子を頼もしく思う。
「お前は、お前が望む道を歩けばいい」
「……ただ」と続けられた言葉は、大きな背を丸めて力なく紡がれた。
「願うのならば……俺より先には死なないでくれよ」
「勿論ですよ叔父上。貴方が願ってくれた生を、後悔しないよう生き抜く事が俺の誓いですから」
優しくて不器用な叔父に向かって、アリオーシュは強い微笑みを浮かべる。
その言葉と笑みにラディスラウスは眩しげに目を細めると、「なら、いい」と再び夜空を見上げた。
アリオーシュもまた空を仰ぐ。二人はただ静かに星の煌めきを見つめ続けた。
フランシスカ(ka3590)は遺体を前に静かに佇んでいた。
……北の夜は冷えますね。
このようなところで眠ってしまっては、とても寒いでしょう。
できることなら、共に帰りたいですが……それは難しいようです。ごめんなさい。
ですが、皆さんが戦った証は……皆さんが生きた証は、必ず遺された方々に届けます。
あとのことは私たちにお任せを。だからどうか、安心しておやすみください。
心の中で語りかけ、謝罪し、その冥福を祈る。
そして、更に北。まだ見ぬリグ・サンガマを見る。
北方王国……リグ・サンガマ。我々の「教え」が生まれた地。
かの国の大地を取り戻すことこそ、私たちの悲願でした。
……見ていてください。この戦い、皆さんの想いと共に、必ず勝利を掴みますから。
赤い瞳を炎のように揺らして。フランシスカは北方王国奪還を心に誓うのだった。
龍崎・カズマ(ka0178)は遺品回収用のトラックの傍らで犠牲になった人々の記録を作っていた。
それは、いずれ石碑などを作る為でもあったが、それ以上に今自分達は、彼らの屍の上に立っているという事を深く心に刻むためでもあった。
犠牲が無駄とならないよう、全ての選択に責任を。
正しさではなく、背負った幾多の犠牲の為に。
『遺された奴に出来る事なんぞ、「忘れない」事以外にはねぇからな』
カズマは記録用紙に名前と遺品、分かる限りの特徴を書き込んでいく。
『全ての死せるものに原初の罪はなく。全ての罪は現世に在る我らに有り。
故にかのもの達に罪はなく。浄火し昇火し安息を得る事を願う』
祈りの言葉は、明日出発時、火葬が行われる時に送るつもりだ。
カズマは一通りの書き付けが終わると、静かに黙祷して、トラックを後にした。
Gacrux(ka2726)は丁寧に包んだ遺髪を遺品回収用のトラックへ収めると再び遺体が安置されている西側へと向かった。
冷たくなって眠る若い男の傍らに立って、その死に顔をまじまじと観察する。
生と死を隔てた物は一体何だったのか。此度の戦いで死を身近に感じたGacruxは自問する。
――その胸に組まれた右手の薬指に銀の指輪を見つけた。
『恋人が居たのでしょうか。慰めに、この指輪は遺体と共に焼くべきか……』
暫しの逡巡の後、Gacruxはしゃがみ込みその指輪に手をかけた。
「……否。魂は此処に眠るわけではない。帰りましょう……祖国に待つ人の元へ」
凍るほどに冷たいそれは、幸いにして強く抵抗することなくするりと抜けた。
『何も伝えられずに死ぬ絶望を、俺は知っている。一人で眠るには、この雪原はあまりに冷たすぎる……』
「……『もう一度、あの人に逢いたい』」
それは人が死の間際、望むだろうこと。そして、Gacrux自身が思ったことだった。
Gacruxは再び男の手を組むと、その魂の安寧を願った。
――その時、小さな岩の向こう側でカラカラと石の崩れる音がした。
音のする方へ近付けば、そこにいたのは。
「アン?」
声を掛けられ、驚いたように目を見張ったその女性は、黒の夢(ka0187)、その人だった。
「ガクちゃん?」
黒の夢は周囲の石という石を積み上げて山にするという、途方もない作業の途中だった。
傍らには彼女と似たような黒毛に金の紋様の狛犬が二頭、彼女を暖めるように付き添っている。
「みんなを、名も無き戦士を。雑魔も、歪虚も」
何をしているのか、とGacruxが問う前に、全てを弔いたいのだと、黒の夢は泣くように微笑った。
『星歌』を口遊みながら、黒の夢は石を積む。
そうして、納得行くまで石を積み上げきると、静かに立ち上がり、歌と舞を始めた。
聲は地を震わせ、舞は風を巻き込み想いを届ける為に――浄化をするように。
降る様な星の下、それは幻想的で、厳かですらあった。
唐突に溢れた涙を拭い、黒の夢が今願うのは全ての生命に安らかな睡り。
「……同じ時間に共に在る事が出来てよかったのな……――おやすみなさい」
舞終えた黒の夢の言葉に呼応するように、二頭の狛犬はほぼ同時に遠吠えをする。
その鳴き声は、遠く高く星空に吸い込まれていった。
●キャンプ北側にて
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は出来たてのスープを受け取ると、魔導トラックの荷台に腰掛けた。
一口スープを啜れば、食道から胃、そして全身にその熱が行き渡るのを感じて、思わず頬を綻ばせる。
「うめぇ」
熱が逃げないうちに食事を済ませると、空になった器を横に転がし、ほぅ、と一息吐いた。
骨まで染み入るような冷気は肺で熱され、吐く息は白く夜に溶ける。
みんなが思い思いに過ごしている様子を見るとも無しに見ていると、少し離れた所に見知った後姿を見つけ、ボルディアはその背を追った。
『まるでランタンの灯りのようだ』
キャンプの端まで来るとエヴァンス・カルヴィ(ka0639)は、その温もりに目を細めた。
懐からスキットルを取り出すと、軽く揺すって、唇を触れないように流し込む。
キャンプの中央から視線をずらすと、遺体を安置している場所が見えた。
その周囲ではまだ誰かの影が見えて、エヴァンスは感心と呆れ、そして少しの羨望を抱く。
他人の死をそこまで悲しんでやれない、自分の命すら惜しいと思えない。それは今も昔も変わらないのにしがらみばかりが増えて、死ねない理由が積み重なる。
戦場を駆け抜けている間に、設立したギルドは気がつけば大規模となっていた。自分の周りには随分と人が集まってしまっていて、事あるごとに『勝手に死なれたら困る・悲しい・許さない』など言われるようになった。
だが、不思議とそれが嫌だとは思えなかった。時に枷のようにそれらに引っ張られたとしても、そこにある熱を感じると守ってやりたいとすら思えた。
そんな自分に戸惑わないわけではない。が――
「よっ」
その声が思いの外近くから聞こえて、エヴァンスは瞠目して声の主を見た。
「何だよ、どした?」
見慣れないエヴァンスの表情に、ボルディアもぱちくりと目を瞬かせる。
「あ……いや、何でもない」
「ならいいけど?」
ボルディアはエヴァンスと肩を並べ、二人は静かにキャンプを見た。
戦いの傷痕は大きく、北へ北へと進むほどに、戦いは熾烈になっていく。
「二回目の北伐……正直さ、最初聞いた時にはフザけんなと思ったんだ」
エヴァンスはわからないでもない、と苦笑する。
「だが、すぐに悪くねぇとも思った。やられっぱなしは性に合わない」
実際に再びこの極寒の地に足を下ろしてみれば、この未知の領域を進むワクワク感にボルディアの胸は躍った。
……あのチビ総長も随分思い切ったマネをしてくれると、上がる口角を隠さないまま言葉を続けた。
「どうせ辛ぇ道のりなら、楽しまなきゃ損だろうがよ!」
からりと笑うボルディアの言葉に、エヴァンスは息を呑んだ。
「……そうだな」
確かに根無し草で一人好き勝手やれていた頃とは違う。だが、俺は俺なのだとエヴァンスは空を見上げ、白い息を吐いた。
戦士の矜持の元に、戦場で死ねるのなら本望だと信じてきた自分が、いつか命を惜しむ日が来たとして。
それでもそこには己に恥じない何かがある、そんな確信めいた思いをエヴァンスは抱いた。
「ちょっと休憩ですの」
アースウォールを風除けに出現させると、それにイェジドのアディをもたれるように座らせ、チョココ(ka2449)はアディの背中に抱きつく。パルムのパルパルも共にアディの毛に埋もれて楽しそうだ。
「星がキレイですの~」
アディの背中の上でごろりと仰向けになると、視界いっぱいに今にも降りそうな星空が広がった。
暫しアディの体温で暖を取りつつ星空を堪能すると、再び周囲の偵察へと戻った。
万が一敵が出よう時には、すぐにファイアボールをぶつけられるように、右手にはワンドをしっかりと握り締めて。
地平線の果てまで続く星を眺めながら、一人と一頭と一体はのんびりと歩いて行った。
●キャンプ南側にて
暴食王に斬られた傷は治った。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は『覚醒者も大概化け物だな』と自嘲気味に思いながら、凍てつく大地をひとり歩く。
澄んだ空気をそのまま息を吸い込めば肺から凍りそうで、アルトはネックウォーマーを引き上げて顔の半分を覆うと星空を見上げた。
1年と少し前のあの日。
守る事ができなかった人たちを思う。
伸ばした手が届かなかった過去を思い出す。
……ボクは強くなれているだろうか?
……今のボクなら、守る事ができるだろうか?
星を掴むように宙にかざし、強く握りこむ。
「『強く』なろう」
自分が弱いことで助けられなかった。
もうそんなことが一つでも増えないように。
この手が伸ばした先に届く様に。
今度は守れるように。
アルトは満天の星の下、決意を胸に再び歩き出した。
「ゆっくり夜空を見るのも久しぶりだなぁ」
コーヒーを淹れ、防寒具を着込み、お尻の下に畳んだ毛布を敷き、八島 陽(ka1442)は準備万端で天体観測に挑んでいた。
手持ちの干し肉を引き裂くと、狛犬に分け与えつつ、自分も咥えながら双眼鏡を覗く。
転移直後、星座の違いで地球とこの星が違うのは確認していた。
しかし、狂気の歪虚の出没は火星近辺からだったはずだ。ならば火星から見た星々と比べようと陽は、メモをとる。辺境で教わった星座の知識を元に、方角を合わせ、夜空を再確認する。
「ロッソもまたいつか宇宙を飛ぶ機会があるかもしれないし」
冷気に体温を奪われないように狛犬を抱き寄せ、陽は珈琲を啜りながら黙々と星を捕らえていった。
自分が知る為に、そして、ロッソの役に立てればと、刻一刻と動いていく宙を黙々と観察し続ける。
ふわぁ、と狛犬が大きな欠伸をして、夢中になってペンを走らせていた陽の頬をぺろりと舐めた。
「!! ……あぁ、びっくりした!」
こんなに綺麗に星が見えたのは初めてだったのでついつい集中してしまったが、最初にとったメモから随分星が動いていた。これ以上遅くなっては明日以降の進軍に影響が出そうだ。
「帰ろうか」
陽の言葉に、狛犬は立ち上がり尾を振った。
ミリア・コーネリウス(ka1287)は偵察兼ねてイェジドと共に散歩をしていた。
時折聞こえてくる音に、適当な歌詞を付けながら適当に歌う。
それをモノ言いたげな目でイェジドは見る。
「何か言いたげだね?」
首を抱くように腕を回せば、体毛の外側は外気に冷やされているが、もふもふとしたその奥はとても暖かい。
「そういえばコイツにも名前をつけなきゃなどんな名前にしようか……」
イェジドはぴくりと動きを止めたが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。
なお、愛馬に『バサシ』と『ガ●ダム』と名付けているミリアである。
「どうしよう。犬っぽいから『ぽち』? 意表を突いてここは『たま』か……んーでもありきたりだな」
ぎんが・よーぜふ・ぱとらっしゅ・がんも・からあげ・ざんぎ・こくおーごー・ないとにせん……ミリアが指を折りながら出す名前候補は個性的というか、何というか……残念だった。
イェジドは、再び溜息を吐くと、首に抱きつくミリアをそのままに歩き出した。
「ちょ、待って、待ってってば」
隣を歩き始めたミリアは、まだ横でぶつぶつと名前候補を挙げている。
まだ名前のないイェジドは3度目の溜息を吐くとキャンプ中央へと足を向けた。
●キャンプ東側にて
「こんな星空は久しぶりに見るな……」
鞍馬 真(ka5819)は星空に溶けるような静かな演奏を聴いて、自身の横笛に手を伸ばしかけ、辞めた。
死んだ者に捧げるような演奏に、去っていった者に執着しない自分が混ざるのは場違い……そんな気がした。
「おかしいな、普段はこんなことを考えもしないのに。星空に圧倒されておかしくなっているのかもしれないな」
独りごちて、横笛の代わりに武器を手に取ると周囲の偵察へと向かう。
「鞍馬さん?」
名を呼ばれ、声の方に顔を向けると、そこにはルナ・レンフィールド(ka1565)が柔らかな微笑みを浮かべて手を振っていた。
「ルナさん、久しぶり」
「音楽会ぶりですね」
鞍馬はまた随分と違う環境で再会したものだと思わず苦く笑う。
しかし、ルナの手にリュートが握られている事に気付くと、視線を受けてルナはそっとボディを撫でて微笑む。
「鎮魂の演奏が聞こえたので……鞍馬さんは?」
「私は、ちょっと偵察へ」
「そうですか……お気を付けて」
「えぇ、ルナさんも、良い夜を」
鞍馬はルナと別れ、横笛を持って来なかったことを少しだけ後悔しながら、うっすらと雪の積もる大地を歩いて行く。
そんな鞍馬の背を見送り、ルナは友人を探しにキャンプ内を歩き出した。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は、いつもの穏やかな微笑みに僅かに影を落として星空を見上げていた。
北方への進攻がひと段落着いたと思えば、再度の遠征ネ。
北伐の結果、少なくナイ被害を受け、疲弊した臣民に、再び犠牲を強いてマデ得るべきモノがアルと……上層部はソウ判断したカラ実行シタのだろうケレド。
コレでまた無用な犠牲が出た時、誰がドウ責任を取るんだろうネ。
興味深い、と静かに両目を閉じた。
その背後で、優しい風の気配と暖かなカップの音がした。アルヴィンは不思議そうに振り返って、そこに見知った顔を見つけて微笑んだ。
「やぁ、ユリアン君」
「邪魔しちゃったかな?」
「ちっとも?」とアルヴィンが笑うと、ユリアン(ka1664)は一度置いたカップを直接手渡した。
「香草茶だよ。身体が温まると思う」
「アリガトウ」
ほのかに香るジンジャーとレモングラス。他にも色々入っていそうだが、とりあえず香りを楽しんだ後、カップに口づけた。
湯気にモノクルが一瞬白く曇った。
「……身体の芯カラ温まるネ」
ほぅ、と息を吐けばその白さは濃さを増して中に消える。
「考え事?」
ユリアンの言葉に、アルヴィンは笑う。
「ソウ。今僕に出来るコトをネ」
「……俺、正直、事のあらましが解っているとは言えないんだ。でも、手の伸ばせる範囲で出来る事があるなら。そうやって隙間を埋めて、零れていくものを拾い上げるのが、ハンターかなって」
ユリアンの真摯な言葉に、アルヴィンは満足そうに頷いて微笑む。
「少しでも犠牲が少なく済むヨウに考えて行こうネ」
「あ、ユリアンさん、アルヴィンさん」
明るい声に二人が振り向くと、ルナが駆け寄ってきた。2人に挨拶すると、暫し3人で談笑する。
「じゃ、僕はコレで。お茶、ゴチソウサマ」
帽子を浮かせて一礼すると、アルヴィンは白い大地と星屑の間に消えていった。
それを見送って、ユリアンとルナも一度テントへ帰る事とする。
「いつまで続くんでしょうね」
「え?」
満天の星を見上げながら、ルナがポツリ零した言葉は悲しみに濡れていた。
この世界の素敵な”音”を守りたいと戦いに身を投じているが、いつまでも戦いの悲痛な“音”に慣れることは出来ない。
そんなルナを優しく見つめてユリアンは頷いた。
「難しいね」
辛いのなら、諦めてしまえば楽になれるのだと知っていた。
それでも、諦められないから、なお辛いのだということも知っていた。
聞こえる鎮魂の歌。
今を生きる者の為の希望の曲。
それらと歌うように星は瞬き続けていて。
怪我人の治療の手伝いを終え、テントに帰ってきたカフカ・ブラックウェル(ka0794)と合流すると、ユリアンは2人に香草茶を振る舞った。
「師匠のを見てて、ブレンドの種類が増えたかな。でも不思議だね 味は母さん似な気もするんだ」
そうはにかむユリアンを見て、ルナは心が安らぐのを感じた。
香草茶を飲んで、指先まで温まったところで、聞こえる音に合わせてリュートを爪弾く。
星に願いを、死者に安らかな眠りを、親しい友の無事を祈りながら。
ユリアンも香草茶を手に、音楽に耳を傾けながら星を眺めた。
せめて、音楽と星の光が天への導きになる様に、と祈りながら。
ルナの優しいリュートと、どこからか聞こえる朝焼けを呼ぶようなギター演奏を聴いて、カフカはミューズフルートに息を吹き込んだ。
群青の帳に散らばる無数の瞬きの下で、月の光が亡き人々を導く様、優しき月の光の音色を。
鎮魂と祈りと、そして子守歌。
ゆっくりおやすみ、と散って逝った戦士達の為に、戦い傷つくも明日を見据える戦士達為に。一音一音を丁寧に奏でた。
リュー・グランフェスト(ka2419)は遺体に手を合わせた後、音に引き寄せられるように歩いていた。
その音は、笛の音だったり、歌だったり、リュートであったり。様々な音が星の下で静かに寄り添うように響き合い、一つの音楽となっていた。
その音楽にしばらく耳と気持ちを預けていたが、ついにリューもサン・ライトを取り出して、壊さない様に合わせ爪弾き始めた。
『俺達は負けない。勝てるか? じゃなくて勝つんだ』
空元気でも力強く叫びたい衝動に駆られたが……この雰囲気を壊したくなくてぐっと抑えた。
その分、音に気持ちを乗せて奏でる。
静かに力強く元気付ける様に、手に持つギターの名の様に、太陽の如く示す様に。
「明けない夜はないんだって事をな」
●Invariable
夜空を覆う程の星は揺らぎ瞬きながら、ただただ地上を見下ろす
音が止み、生物が眠りに就いても、煌めきながら地上を照らす
そして朝焼けの時が訪れ、白い光の前に姿を消しても
見えなくとも、そこに星はあり、地上の歴史を見守り続けて行く
輝く今日とまた来るあした
ただそれだけを残していく
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/31 04:44:30 |