ゲスト
(ka0000)
【闇光】始まりの第1歩
マスター:香月丈流

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2016/02/05 19:00
- 完成日
- 2016/02/20 09:49
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
荒廃した町を、冷たい風が吹き抜ける。
物音は聞こえない。
動くモノもない。
人々が生活していた痕跡も、命の気配も、全く感じられない。
交海都市ベルトルード。帝国領最大の港町であり、今回の大戦で大打撃を受けた町でもある。
臨海からの襲撃に、空からの爆撃……美しい街並みの大半が崩れ落ち、港湾施設がいくつも破壊された。その爪跡は、今でも生々しく残っている。
幸い……と言うべきか、一般人に死者や重傷者は1人も居ない。ハンター達が帝国兵と協力し、住人達を素早く避難させたのが、功を奏したのだろう。
そして、北伐から始まった一連の合戦は『一応』の終局を迎えた。その代償は、あまりにも大きいが……終戦の報せは嬉しいものである。大規模作戦中、復興は後回しになっていたが、これからは少しずつ修復が始まるだろう。
「さて、どこから手を付けたら良いんだか……」
町中を歩きながら周囲を眺めながら、男性が困ったように呟く。彼は復興の計画を立てるため、ベルトルードの状況を確認に来たのだが……目の前の光景に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
人的被害は皆無だが、町への被害は尋常ではない。家屋は崩れ落ち、大地は抉れ、家畜やペットらしき死骸も見える。港も大半が壊れ、船の残骸が湾内に浮いていた。
(まずは……残骸を片付けて、土地も整備しないとな。あとは……)
苦笑い混じりに思考を巡らせ、復興の手順を考える男性。町の隅々まで視線を巡らせる中、彼の瞳が不審な人影を捉えた。
キョロキョロと周囲を見渡し、物陰をコソコソと動く若者男性が1人。復興の関係者にしては様子が変だし、避難民が一時帰宅したとも考えにくい。そのまま、若者半壊した家に侵入。棚やタンスを片っ端から開け、物色を始めた。
(あいつ……ドロボウか!?)
若者を観察しながら、男性は少しだけ迷った。このまま様子を見ているか、それとも飛び出して捕まえるかを。
もし避難民が忘れ物を探しているなら、泥棒扱いをするのは失礼極まりない。だが……火事場泥棒だった場合、この家の住人が財産を失う事になる。
「そこで何してる!」
気付いた時、男性は大声で叫んでいた。彼の声に驚き、若者は一目散に逃走。追い駆けようかと思ったが、逃げ足は想像以上に早い。小さくなっていく背を眺めながら、男性は溜息を吐いた。
「復興……急がないとな」
物音は聞こえない。
動くモノもない。
人々が生活していた痕跡も、命の気配も、全く感じられない。
交海都市ベルトルード。帝国領最大の港町であり、今回の大戦で大打撃を受けた町でもある。
臨海からの襲撃に、空からの爆撃……美しい街並みの大半が崩れ落ち、港湾施設がいくつも破壊された。その爪跡は、今でも生々しく残っている。
幸い……と言うべきか、一般人に死者や重傷者は1人も居ない。ハンター達が帝国兵と協力し、住人達を素早く避難させたのが、功を奏したのだろう。
そして、北伐から始まった一連の合戦は『一応』の終局を迎えた。その代償は、あまりにも大きいが……終戦の報せは嬉しいものである。大規模作戦中、復興は後回しになっていたが、これからは少しずつ修復が始まるだろう。
「さて、どこから手を付けたら良いんだか……」
町中を歩きながら周囲を眺めながら、男性が困ったように呟く。彼は復興の計画を立てるため、ベルトルードの状況を確認に来たのだが……目の前の光景に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
人的被害は皆無だが、町への被害は尋常ではない。家屋は崩れ落ち、大地は抉れ、家畜やペットらしき死骸も見える。港も大半が壊れ、船の残骸が湾内に浮いていた。
(まずは……残骸を片付けて、土地も整備しないとな。あとは……)
苦笑い混じりに思考を巡らせ、復興の手順を考える男性。町の隅々まで視線を巡らせる中、彼の瞳が不審な人影を捉えた。
キョロキョロと周囲を見渡し、物陰をコソコソと動く若者男性が1人。復興の関係者にしては様子が変だし、避難民が一時帰宅したとも考えにくい。そのまま、若者半壊した家に侵入。棚やタンスを片っ端から開け、物色を始めた。
(あいつ……ドロボウか!?)
若者を観察しながら、男性は少しだけ迷った。このまま様子を見ているか、それとも飛び出して捕まえるかを。
もし避難民が忘れ物を探しているなら、泥棒扱いをするのは失礼極まりない。だが……火事場泥棒だった場合、この家の住人が財産を失う事になる。
「そこで何してる!」
気付いた時、男性は大声で叫んでいた。彼の声に驚き、若者は一目散に逃走。追い駆けようかと思ったが、逃げ足は想像以上に早い。小さくなっていく背を眺めながら、男性は溜息を吐いた。
「復興……急がないとな」
リプレイ本文
●
部屋の窓から望む、青く広い海。街並みは美しく、住人達の笑顔が眩しい。平和な日常が、そこにはあった。
少なくとも……一ヶ月前までは。
合戦で壊滅的被害を受けた、交海都市ベルトルード。かつての風景は大きく変わり、破壊の爪跡が痛々しく残っている。ようやく復興の目処が立ち、都市再建が始まったが……作業に参加した人々は、複雑な想いで町を眺めていた。
「ベルトルード……このすぐ近くなんだ、私の故郷は」
見慣れたハズの街並みが、面影も無いくらいに破壊されている。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は幼い頃に何度かベルトルードを訪れているが、記憶の中にある光景は、もうどこにも無い。思わず、彼の口から溜息が零れた。
「見事に壊れちまったな……コツコツやっていくしかないけど、こりゃ大変そうだ」
苦笑いを浮かべながら、グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が後頭部を掻く。2mを超える長身故に、他の参加者達より見通しが利くのだろう。金色に瞳に、壊れた家屋が映っている。
「命を失った人がいないのは奇跡だけど……心に傷を負った人は大勢いるわ……」
呟くような、高瀬 未悠(ka3199)の言葉。『命が目の前で失われる』という事態は防げたが……避難した住人の大半は、家や財産を失っている。その境遇を思うと、彼女の心は深い悲しみで塗り潰された。
「どの世界でも、壊れるのは一瞬だぁな」
言いながら、龍崎・カズマ(ka0178)はレンガの欠片を軽く蹴る。彼は蒼界では軍属として、紅界ではハンターとして、大規模破壊と遭遇してきた。だからこそ……『生と死の境界』を常に意識するようになったのかもしれない。
大勢の参加者達から少し離れ、並び立つ人影が2つ。10代後半の少女と、30代後半の男性が、静かに町を眺めていた。一見すると父娘にも見えるが……2人は種族が違う。
「戦いは……何もかも無くす為に在るの……?」
エルフの少女、nil(ka2654)は、そう問いかけた。薄桃色の頭髪から覗く赤眼は、純粋ながらも虚ろな印象を受ける。まるで、自分自身に興味を持っていないような……。
nilの言葉に、ライナス・ブラッドリー(ka0360)は静かに頷いた。
「そうだな……nilの言う通り『失くすこと』なのかもしれない……」
彼自身、戦いで失くしたモノがある。住み慣れた場所……心の平穏……愛する家族……それらは全て、二度と戻ってこない。
「だが、此処はまだ人が居る……この地が生きているんだ。分かるか?」
深い悲しみを宿した緑の瞳が、言葉と共にnilを見詰める。形在るモノは何時か無くなるが、人や想いが残っている限り完全に消えはしない……恐らく、ライナスはそう伝えたいのだろう。
彼の視線を正面から受け止め、nilは静かに頷く。言葉を理解しつつも、彼女は違う事を考えていた。父親のような存在になりつつあるライナスの、失われた家族の事を。
彼女と同じように、想いを巡らせる少女……いや、少年が1人。
(『あの時』は護りきれなかった……せめて、早く復興できるように協力したいな……)
時音 ざくろ(ka1250)にとって、ベルトルードの無惨な姿を見るのは、これで2回目になる。合戦の時、彼はこの町に居た。住民を避難させた後、町が焼かれていくのを眺める事しか出来なかった。あの時の無念は、今でも心の底に焼き付いている。
悲痛な表情のざくろを励ますように、大きな手が彼の背中を叩いた。
「おいおい、チビ共。何辛気くせぇ顔してやがる」
周囲に響く、豪快な男性の声。紫月・海斗(ka0788)は片手をカウボーイハットに添えつつ、空いた手でざくろの頭をクシャクシャと撫でる。海斗の声に、仲間達の視線が集まった。
「良く聞けよ? 俺達は、オメェ等ガキ連中や『良い女達』の為に戦ってンだ。そんな暗い顔されちゃ、困るんだよ」
28歳の海斗から見れば、参加者の大半は年下の少年少女。『ガキ連中』と呼ぶのも無理は無いだろう。仲間達を見渡し、海斗はニカッと笑って見せた。
「だから笑えよ。辛くても哀しくても、笑い飛ばしてやれ。 んで、真っ直ぐ元気に育てば良い。簡単だろ?」
流石は、自称『無駄に前向きなオジサン』。言動や雰囲気もポジティブで、単純明快である。彼の言葉に、ハンターの数人が思わず笑った。
「はい! わたくし、頑張ります! これも復興の為の大事な第一歩ですね!」
海斗の話を正面から受け止め、元気に言葉を返すアシェ-ル(ka2983)。桃髪の小柄な少女だが、全身からヤル気が溢れている。力仕事が得意そうには見えないが、彼女なら『自分に出来る事』を探せるだろう。
「ま、戦うだけで後は放っておく……ってわけにも行かねーしな」
不敵に微笑み、軽く腕を回す岩井崎 旭(ka0234)。彼は合戦の際、ベルトルード防衛の任務に就いていた。旭達の活躍で被害は最小限に食い止められたが……ゼロではない。今日は、その後始末と言ったところか。
「この街で商売始めた身としちゃ、早いとこ復興させないと収入に響くしね」
レベッカ・アマデーオ(ka1963)が微笑むと、金色の長髪が陽光で輝く。細身で可憐な容姿とは裏腹に、彼女の実家、アマデーオ一家は海賊として名を馳せている。レベッカの言う『商売』は、もしかして……?
「こんな時こそ、地道な作業が重要になる……で、いつになったら開始するんだ?」
作業の重要性を再確認しつつ、鞍馬 真(ka5819)は疑問を口にした。ベルトルードの近郊には、作業のためにハンターや一般ボランティアが集まっている。が、肝心の復興作業が始まる気配は無い。
一応、依頼主が指揮をとる事になっているが……それらしき人物の姿も見えない。ハンターの面々もボランティア達も、寒空の下で既に20分近く待たされている。
「遅れて済まない! 下準備は完了だ。これからの動きは、本部に従ってくれ!」
遠くから響いてくる、ザレム・アズール(ka0878)の声。誰もが視線を向けると、ザレムと共に駆けて来る依頼主や、現場主任達の姿が映った。
現場で作業員が効率的に動くには、事前の段取りが必須と言える。ザレム達は運搬用の馬車や人員の割り振りを手配し、作業本部を設置して現場の進捗が管理できるよう、準備をしていたのだ。
段取りを終えたザレム達は、これからの作業内容を紙に纏めて印刷。それを全員に手渡し、今日1日の流れを伝えた。
自分の役割が分かり、自然と士気が上がっていく。誰もが慌ただしく準備を始める中、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)とケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は静かに空を見上げた。
「今日の空も、手が届かない場所に在りますね……」
呟きながら、ユキヤが手を伸ばす。空の青さも、高さも、いつもと変わらない。例え、戦争が大切な物を奪い、大きな爪跡を残したとしても……無情なほどに高く、青い。
「だけれど……空は色んな表情を見せてくれるわ。これから復興に向かう……この地の人々も同じ」
そう語るケイの緑眼は、ボランティアの人々を見ていた。作業に参加する一般人は、ほとんどがベルトルードの住民である。彼らは希望を捨てていないし、空と違って『手を伸ばせば届く場所』に居る。住人達を手助け出来るのが嬉しいのか、ケイは自然と微笑んでいた。
●
「作業員さん達はコレを付けて下さい。後で出欠確認に使いますので」
言いながらアシェ-ルが差し出したのは、オフィス側で準備した腕章。最近、ベルトルードでは泥棒が多発している。これから瓦礫の撤去や町の清掃が始まるが、作業員の中に盗人が交ざっている可能性は否定できない。
奴らの悪事を防ぐため、彼女は腕章と名簿を用意。飛び入りのボランティアや身元不明者を減らす事で、安全性が高まるだろう。
「まずは、通路を確保しないとな。残骸を運び出せないと作業が進まないし」
改めて町の状況を確認した柊 真司(ka0705)は、少しだけ苦笑いを浮かべた。ほぼ壊滅状態のベルトルードには、壊れた家屋や瓦礫が点在している。それを片付けないと復興が始まらないが……道が塞がれているため、奥まで進めない。
軽く溜息を吐き、真司は邪魔な瓦礫を片付け始めた。資材として再利用できそうな物は、ロープで縛って一纏めに。使い道の無い物はツルハシで砕き、運びやすい大きさにしている。
その近辺では、旭とグリムバルドが石柱と対峙していた。太く大きな柱だが、亀裂や破損が激しく、再利用できそうにない。2人は静かに視線を合わせ、ほぼ同時に武器を振り下ろした。
旭の戦闘用ツルハシが石を砕き、グリムバルドの魔導鋸が柱を斬り倒す。ほんの数秒で石柱が小さな残骸と化すと、一般参加者達から歓声が上がった。
「この家屋は解体した方が良いな……倒壊する前に、資材にしてしまおう」
アウレールは作業者の安全を考慮し、倒壊寸前の家屋から処置を施している。屈強な男性達の手を借りて建物を解体し、再利用の可不可で分別。更に、材質や形状ごとに資材を細かく分類し、協力して運び出していく。
「重い物を運ぶなら、はやてにおまかせですの!」
元気良く叫んだのは、八劒 颯(ka1804)。ドリルで巨大な瓦礫を破壊していたが、その作業を中断し、近くに停めていたゴースロン馬を連れてきた。
再利用可能な資材を頑丈なロープで縛り、馬に括り付ける。その状態で、颯は再びドリルを使って進路の確保を。馬を引くのはざくろに任せ、大量の資材を一気に運び出した。
ガラスの破片や尖った鉄など、一般人が怪我をしそうな物は未悠が回収して運び出している。時折、一般市民から注意喚起や応援の声をかけられると、戸惑いながらも上品な笑みを返した。
「すまないな、リーリー。我々ヒトのためだが、協力してくれ」
巨大な鳥の幻獣に力を借りて瓦礫を運び出しているのは、リュカ(ka3828)。リーリーを誘導しながらも、尖った耳や高い鼻の感覚を研ぎ澄まし、全身で周囲の状況を感じ取ろうとしている。
もしかしたら、瓦礫の下にペットがいるかもしれない。もしかしたら、生き埋めになった動物がいるかもしれない。その声や気配を逃がさないよう、彼女は細心の注意を払っていた。
颯やリュカ以外にも、動物の力を借りている者がもう1人。
「α、γ、暇なら遊んできていいわ。でも、不審者を見つけたら……分かってるわよね?」
マリィア・バルデス(ka5848)は愛犬達に語り掛け、町の中に放った。忠誠心の高い犬なら、優秀な番犬として見回りをしてくれるだろう。
その間に、マリィアは資材の分別を担当。彼女は元軍人であり、災害救助の経験もある。今回は要救助者が居ないため、感覚的には『日曜大工の目利き』に近いかもしれない。セミロングの茶髪を結い、マリィアは資材の分別を始めた。
人も動物も、復興のために頑張っている。倒れた建物や柱を解体し、瓦礫を町から運び出し、近郊で資材と廃棄物に分別し、ほんの少しずつだが町が綺麗になっていく。
そして……。
「あの……動物の遺体は……見付かりましたか? 発見したなら……私に、知らせて頂けると……助かります……」
小雨が地面を打つような、小さな声。外待雨 時雨(ka0227)は町を歩き回り、仲間やボランティアに声を掛けながら動物の遺体を探していた。晴天の下、日傘を差して歩く姿は、人々の目に珍しく映った事だろう。
だが、彼女はそれを気にする事なく、町中を探していた。罪もないのに生涯を閉じた動物達を、静かに眠らせるために。
時雨以外にも、動物の遺体を探す者は少なくない。瓦礫を片付けていた銀鏡(ka5804)は、一瞬だけ動きを止めた。家の残骸に押し潰された、無残な死骸……瓦礫を素早く払い、骸に布を被せて静かに抱き上げた。
「犠牲が、人間だけとは限らんものじゃな……」
銀色の瞳が、深い悲しみに染まる。銀鏡は布の上から動物の体を撫で、目を閉じて冥福を祈った。
瓦礫を砕いていたグリムバルドも、岩陰から動物の死骸を発見。彼も、布で骸を包み、壊れ物を扱うように丁重に持ち上げた。
「皆の所に帰ろうな……」
普段の陽気な雰囲気とは違う、静かな口調。近くにあった首輪も拾い上げ、死骸の保管場所に向かってゆっくりと歩き始めた。
●
世の中に陰陽があるように、人間も善悪2種類の人間が居る。例えば……復興を頑張る人々の影で、自分の利益しか考えない輩が。
「やあやあ、こんにちは。君達は、ここの家の人? それとも違うかな? 正直な所教えてくれると、助かるんだよね」
あくまでも優しく、威圧感も不快感も与えない柔らかい口調。見回りの最中、ローエン・アイザック(ka5946)は、倒壊を免れた家で不審な2人組を発見した。火事場泥棒かと思って声を掛けたのだが……どうやら当たりらしい。男性2人は、金品を手にしている。
犯行現場を見られた泥棒達は、一目散に逃走。恐らく、このまま警察に連行されると思ったのだろう。
だが、逃走劇は長く続かなかった。2人の死角から、ノーマン・コモンズ(ka0251)が出現。マテリアルで気配を消し、同時に移動力を上げて一気に距離を詰めたのだ。
気付いた時には、もう遅い。ノーマンは泥棒達の脚を払って倒し、首元に刀を押し当てた。
「面倒な事、させないで下さい。何で泥棒をしていたのか……話してくれますよね?」
赤い右目と金色の左目が、怪しく光る。彼の言動は、脅しやハッタリではない。今はニコヤカに笑っているが……沈黙を続けたら、ただでは済まないだろう。
「せ……生活のためだよ!」
「金が欲しかったんだ! 悪いかよ!?」
ノーマンの迫力に圧倒されたのか、2人組が逆ギレ気味に叫ぶ。その言葉を聞き、ノーマンは深く溜息を吐いた。
「つまらない……実につまらない理由ですねえ。貴方の様な可哀想な人に時間を割いても、何の面白みもない……もう行って良いですよ」
一気に興味が失せたのか、刀を納めて後ろに下がる。泥棒達の目的は気になっていたが、大したことのない行動理由に心底呆れているようだ。とは言え……どんな理由でも彼は納得しないと思うが。
突然過ぎるノーマンの心変わりに、罠を警戒する泥棒達。立ち上がって慎重に周囲を見渡すが、怪しい物は見当たらない。ローエンも捕まえる気がないのか、笑顔で手を振って見送ろうとしている。
『このまま逃げられる』。そう思った直後、泥棒達の視界にリュカの姿が映った。反射的に逃げだそうとしたが、彼女から敵意や殺意は感じられない。それどころか、優しく微笑んでいるようにも見える。
「避難民の財産を見つけてくれた事、感謝する。少ないが、持って行ってくれ」
泥棒達に歩み寄りながら、リュカは手にした荷物を見せた。それは……透明なビンに入った飲料水と、小さな握り飯が2つ。
『罪を憎んで人を憎まず』。泥棒は許されない行為だが、今の極限状態では仕方ない。それに、彼らが泥棒したお陰で、金品を発見できた事は事実である。力を見せ付けるよりも、彼女は感謝の意を示す事を選んだ。
「まぁ、アレだね。主よ、彼の者を守りたまえ……とね」
そう言って、笑顔で十字を切るローエン。ハンターに覚醒する前、彼は神父として教えを説いていた。今でも聖職者のような衣服を纏っているのは、当時の名残りだろう。神父時代の経験から、泥棒達を説得するつもりで作業に参加したのだ。
リュカとローエンの優しさに戸惑いながらも、泥棒達は食糧を受け取って逃走。彼らが心を入れ替えるか分からないが、逃がした事を後悔している者は1人も居ない。
遠ざかっていく泥棒達の背には、ノーマンがコッソリ貼った紙が揺れていた。デカデカと『私は火事場泥棒です』と書かれた紙が。
ほぼ同時刻。違う場所でも火事場泥棒が見付かっていた。
「そこの、アンタ! 何で腕章が無いんだい? さっきアシェ-ルが渡してたよねぇ?」
まるで職務質問でもするように、フォークス(ka0570)が不審人物に問い掛ける。腕章を付けていなかった男性は、小さく舌打ちして駆け出した。フォークスが若い女性という事もあり、簡単に逃げられると思ったのだろう。
だが……それは大きな間違いだった。男性を不審者だと認識したフォークスは、オートマチック拳銃を抜いて躊躇せず斉射。瓦礫や地面に弾丸が撃ち込まれ、無数の穴を穿った。
銃撃に驚いたのか、男性の動きが完全に止まる。乱射しているようにも見えたが、男性はカスリ傷すら負っていないし、再利用可能な資材にも銃弾は当っていない。それだけ、フォークスの射撃精度が高いという事だろう。
「話は署で聞こうかい」
不敵に微笑みながら、男性をロープで縛るフォークス。『署ってドコ?』というツッコミを入れる暇もなく、不審な男性は作業本部に連行が決定した。
●
「みんな~! そろそろ休憩しない? 『海賊酒場【荒ぶる潮騒亭】』でゴハン準備したよ~!」
時刻が正午に近付いた頃、町中にレベッカの元気な声が響き渡った。彼女は裏方に徹し、食事の準備や機材の手配を担当。そのついでに、自分の店の宣伝も兼ねて昼飯を提供する事にしたのだ。『海賊酒場【荒ぶる潮騒亭】』の名を強調する事も忘れていない。
そんな事情を一切知らないハンターやボランティア達は、喜びの声を上げて作業を中断。本部脇に設置されたテントまで移動し、ランチタイムが始まった。
だが、中には昼飯よりも作業を優先している者も少なくない。マリィアも、その1人である。彼女は手を休める事なく、黙々と分別を続けていた。
「オネーサンは休憩しないんすか? 昼飯、ウマそうっすよ」
休む気配の無いマリィアに、ボランティアの少年が声を掛ける。一旦手を止め、マリィアは少しだけ苦笑いを浮かべた
「働ける時に働いておかないと落ち着かないの……性分かしら」
自嘲しているような、年下に気を遣わせた事を反省しているような、複雑な表情。少年には悪いと思いつつも、まだ休憩する気は無いようだ。
彼女の言葉に納得したのか、少年は小声で『お先に』と言い残し、本部に戻って行った。マリィアは軽く深呼吸し、分別作業を再開。再利用資材と廃材だけでなく、手紙や小物等の『持ち主を特定できそうな物』も選り分け、一ヶ所に纏めた。
別の場所では、ザレムが杭を打つ音が響いている。昼飯が要らないワケではないが、彼は区切りの良い所まで作業を続けようとしていた。ハンマーを振り上げ、大きな杭に全力で振り下ろす。
「何をしているんだ? 基礎工事……とは違うみたいだが」
黙々と仕事を続けるザレムに、真が疑問を口にした。町の中には、まだ瓦礫や残骸が残っている。撤去作業を優先すべき状況で、杭を打っていたら疑問に思うのは当然かもしれない。
ザレムはハンマーを地面に置き、一息ついてから口を開いた。
「建物を壊すと、地理感覚が無くなるからな。杭打ちしておかないと……超困る」
つまりは、目印の代わりである。杭の側面には番号が書いてあるし、建物があった場所も把握しやすい。それに、再建する時の目安にもなる。そこまで考え、杭打ちをしていたのだ。
「なるほど……だから、さっきから方向とか道が分からねーんだな」
2人の会話を聞いていた旭が、納得したようにウンウンと頷く。地理感覚が無くなると方向が分からなくなるが……旭の場合は、方向音痴なのが原因だろう。何せ、1人で行動すると目的地とは違う場所に行ってしまうような少年なのだから。
旭の言葉に、ザレムと真は顔を見合わせた。数秒の沈黙……2が声を上げて笑いだすと、旭はそれを不思議そうな顔で眺めていた。
●
昼食も終わってエネルギー補給をした参加者一同は、午前中よりもパワフルに活動していた。
「颯! 次は、あの残骸をざくろ達のドリルで!」
「了解ですわ! タイミングは、お時ちゃんに合わせます!」
ざくろの叫びに呼応し、クラッシャードリルにマテリアルが収束。瞬間的に、武器が巨大化した。颯はドリルにマテリアルを纏わせ、破壊力を増加。その状態で、2人は地面を蹴った。
彼らの髪色と同じ、黒と青の閃光が螺旋を描く。2つの光が、巨大な岩塊や船の残骸を粉砕。ほんの数秒で瓦礫は姿を消し、大量の破片やカケラが地面に舞い散った。
2人のダイナミックな動きに、周囲から喝采の拍手が降り注ぐ。颯達は手を振ってそれに応え、作業員達と一緒に破片の回収を始めた。
(魔導ドリル……意外と重いな。まぁ、想定内だが)
ザレムの持つ魔導ドリルは大型で重いが、それを手足のように扱い、建物を粉砕している。砕いた残骸は台車に乗せられ、一般作業者に運ばれていった。
町から運び出された物は、近郊の特設集積所に集められている。そこで最終的な分別を行い、再利用できない資材はトラックに乗せられてゴミ処理施設送りに。再利用可能な物は、細かく分類されて保管される。
「今は瓦礫や残骸と化していますが、これらで出来た『何か』が在った……というのも不思議な感じですね」
資材を分別しながら、柔らかく微笑むユキヤ。目の前に転がる資材や残骸は、もう元の形を失っている。この破片達は、壊れる前にどんな姿をしていたのか……好奇心の強いユキヤは、想像力を働かせていた。
「そして今……瓦礫をもう一度、生き返らせようとしている。壊れても壊れても、創りあげられる。転んでも転んでも、立ち上がれる。本当に……不思議な、コト」
彼の隣では、ケイが再利用可能な資材を拾い上げている。建物は壊れたが、残骸の一部は資材として生まれ変わる。町が壊滅状態でも、住人達は諦めていない。瓦礫も住人も『再生』に向かっている事に、ケイは不思議な感覚を抱いていた。
「今後の復興の為にも、使える資材はちゃんと保存しておかないと勿体無いな」
「そうだね。復興予算には限度があると思うし、できるだけ節約しないと」
真司とアウレールはトラックの荷台に上がり、廃材の中から使えそうな物を拾い出している。真司が探しているのは、レンガ。多少の焦げや欠損があっても、削れば再利用できる。ついでに木材も確保し、資材保管用の小屋を作ろうとしていた。
アウレールの方は、色んな素材を集めている。木片やボロ布は船舶と車の歯止めになるし、木工小物や畑の肥料としても使える。石や陶器は、道路の舗装や穴埋めに。貴族出身の少年ながらも、節約術は心得ているようだ。
「こういうゴミ山にも『お宝』が眠ってる事があるんだよねぇ~」
嬉々として廃材の山を掘り返すフォークス。ハンターになる前、彼女はスカベンジャーとして生計を立てていた時期がある。その経験が、こんな形で役に立つとは思わなかっただろう。
フォークスが探しているのは、金品や貴重品。小物や硬貨は、何度探しても見付かる事が多い。持ち主が分かる物なら、可能な限り返したいのだろう。
時々……過去の事を思い出して、懐に入れそうになっているが。
●
「さて……そろそろ、動物の死骸を火葬しないとな。可哀想だが、疫病の類が広がっても困る」
太陽が少しだけ西に傾き始めた頃、カズマは死体保管場所で苦笑いを浮かべた。町から運び出された動物の死体は、既に50を超えている。このまま放置するワケにはいかないが……骸を扱うのは気が重い作業でもある。
気持ちを切り替え、カズマは銀鏡や時雨、ボランティアと協力し、死骸から首輪や名札の類を取り外した。ペットの火葬許可は、事前に飼い主達から得ている。死骸を木材の破片で囲み、周囲の状況や風向きに注意して火を放った。
赤々と燃える炎が少しずつ広がり、布や死骸を飲み込んでいく。死肉が焼け、血が蒸発する匂いは、正直キツい。それを我慢し、銀鏡達は町の郊外に大きな穴を掘り上げた。
火葬の次は……埋葬が待っている。銀鏡達は火葬跡から遺骨を探し出し、丁寧に拾い上げて大きな布に乗せた。骨を目の当りにし、泣きそうになっている一般人も多い。震える肩を、銀鏡が優しく叩いた。
「弔ってやる事が、生き残った者の務めじゃろ? どの命でも、な……」
悲しみを宿した、銀色の瞳……彼に励まされ、作業者達は涙を我慢して遺骨探しを続けた。
全ての骨を回収後、遺骨を布で包んでヒモで軽く縛る。それを穴の中に置き、近くに咲いていた花々も投入。全員で協力し、静かに土をかけて埋葬していく。
「おやすみなさい……寂しかったでしょう……寒かったでしょう……どうか……安らかな夢を……」
地面に両膝を突き、物言わぬ動物達に語り掛ける時雨。表情には出していないが、彼女の胸には悲しみの雨が降っていた。
ゆっくりと、時雨は手を合わせて動物達の冥福を祈る。他の者達も同じように黙祷し、沈黙の時間が数秒流れた。
(動物やペットも、住民にとっては『大事な物』よね……)
作業の最中、未悠は一般人の話を耳にした。『大切な物を無くした』、『ペットも家族同然』という会話を。動物を生き返らせる事は出来ないが、遺品を届ける事は出来る。未悠はペットの首輪や名札を集め、飼い主に返すために走り出した。
●
青い空が、茜色に染まり始める。夕暮れの時は近い。今日の作業終了が近付く中、nilはライナスに小さなペンダントを差し出した。
「さっき、瓦礫の下から見つけた。これは何……?」
チェーンは千切れ、チャームは土で汚れているが……これは恐らく、ロケット。ライナスはペンダントを受け取ってチャームを開けると、中には家族らしき3人で撮った写真が入っていた。
「大切なモノも持たず、避難しなければならなかった……のか」
思わず、ライナスの口から言葉が零れる。家族との思い出は、何物にも変えられない大切な物。落としたのか、持ち出せなかったのか分からないが……持ち主は今頃、後悔しているだろう。
かつてのライナスが、そうであったように。
家族と一緒に居る事より、彼は傭兵の道を選んだ。結果、歪虚に家族を殺され、今は思い出しか残っていない。
自分の選択を後悔し、怒りと憎しみで我を忘れそうになった事もあったが、今は落ち着いてきている。傍らに、自分を赦してくれる娘のような存在……nilが居るから。
「ロケット……少し羨ましい……」
家族写真を眺めながら、nilがポツリと呟く。それを聞いたライナスは、父親のような優しい笑顔を浮かべた。『愛娘』に手を伸ばし、大きな手で頭を撫でる。
「今度、俺達のロケットを作ってみるか?」
ライナスの提案に、nilは驚きを隠せなかった。父親のように慕う男性が、自分との繋がりを持とうとしている。ロケットという、目に見える形で。
突然の事で即座に言葉は出なかったが、彼女の気持ちはライナスに伝わっていた。返事よりも先に、柔らかい笑顔を返していたから。
未悠の周りにも、人々の笑顔があった。彼女はボランンティアに参加している住人を探し、事情を説明。持ってきた遺品を見せると、反応は様々だった。
ペットの死を知り、泣き崩れる者。自分の物がなく、落胆する者。『何でもっと早く助けてくれなかった』と、罵声を浴びせる者も居た。
だが……大半の人は、届けてくれた事を感謝している。大切な物が戻ってきたと、安堵の表情を浮べている。
「私の方こそ……素敵な笑顔を、ありがとう」
人々の嬉しそうな顔を見ていたら、未悠は心が温かくなるのを感じた。優しさは連鎖し、人々の間に広がっていく。それが町全体を埋め尽くした時、ベルトルートは復興しているかもしれない。
太陽が茜色に燃え上がり、長いようで短い1日が終わった。瓦礫の撤去は完全に終了していないが、ハンター達の活躍で8割程度は運び出せている。あとは一般市民だけでも進められるし、家屋の再建も徐々に始まるだろう。
「見回りは現場判断でヨロシクっ! 火事場泥棒に手加減は必要ないから、派手にヤっちゃって!」
ハンターが居なくなってから、不審人物が増えては困る。レベッカは第四師団と連携し、定期的な見回りを依頼。抜き打ちの巡回も行えば、事件の防止に繋がるだろう。彼女の手回しもあり、後方支援は完璧である。
「ケイさん、何か一曲歌ってくれませんか?」
微笑みながら、ユキヤはケイに視線を向けた。彼女の歌声には、不思議な魅力がある。生ある者の『命の声』を感じる事が出来る。ケイの歌声なら、人々の心に光を宿せる……ユキヤは、そう考えていた。
「歌? そうね……この地で再び、命の息吹が感じられるように……」
ユキヤの提案を快諾し、軽く咳払いするケイ。大きく息を吸い、自慢の歌声を響かせた。細身で小柄な体とは対照的な、どこまでも響くような力強い声。その声質は7色に変わり、魔法のような音律となって響いている。
まるで、声自体が光を放っているような、心を奮わせるような、不思議な感覚。これが、ユキヤの思う『命の声』なのかもしれない。
「歌ってのは、神霊の領域だな。言葉が通じなくても、籠められた想いは等しく心に届く。どの国でも、どの世界でも……な」
独り言のように、カズマが静かに呟く。彼の言葉は周りに聞こえていないが、想いは多分同じ。ケイの歌声が疲れた体に染み渡り、明日の活力が湧いてくる。
町を作るのは、人々の想い。ハンター達の、住人達の強い想いがあれば、町の復興は遠い未来の話ではないだろう。
部屋の窓から望む、青く広い海。街並みは美しく、住人達の笑顔が眩しい。平和な日常が、そこにはあった。
少なくとも……一ヶ月前までは。
合戦で壊滅的被害を受けた、交海都市ベルトルード。かつての風景は大きく変わり、破壊の爪跡が痛々しく残っている。ようやく復興の目処が立ち、都市再建が始まったが……作業に参加した人々は、複雑な想いで町を眺めていた。
「ベルトルード……このすぐ近くなんだ、私の故郷は」
見慣れたハズの街並みが、面影も無いくらいに破壊されている。アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は幼い頃に何度かベルトルードを訪れているが、記憶の中にある光景は、もうどこにも無い。思わず、彼の口から溜息が零れた。
「見事に壊れちまったな……コツコツやっていくしかないけど、こりゃ大変そうだ」
苦笑いを浮かべながら、グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が後頭部を掻く。2mを超える長身故に、他の参加者達より見通しが利くのだろう。金色に瞳に、壊れた家屋が映っている。
「命を失った人がいないのは奇跡だけど……心に傷を負った人は大勢いるわ……」
呟くような、高瀬 未悠(ka3199)の言葉。『命が目の前で失われる』という事態は防げたが……避難した住人の大半は、家や財産を失っている。その境遇を思うと、彼女の心は深い悲しみで塗り潰された。
「どの世界でも、壊れるのは一瞬だぁな」
言いながら、龍崎・カズマ(ka0178)はレンガの欠片を軽く蹴る。彼は蒼界では軍属として、紅界ではハンターとして、大規模破壊と遭遇してきた。だからこそ……『生と死の境界』を常に意識するようになったのかもしれない。
大勢の参加者達から少し離れ、並び立つ人影が2つ。10代後半の少女と、30代後半の男性が、静かに町を眺めていた。一見すると父娘にも見えるが……2人は種族が違う。
「戦いは……何もかも無くす為に在るの……?」
エルフの少女、nil(ka2654)は、そう問いかけた。薄桃色の頭髪から覗く赤眼は、純粋ながらも虚ろな印象を受ける。まるで、自分自身に興味を持っていないような……。
nilの言葉に、ライナス・ブラッドリー(ka0360)は静かに頷いた。
「そうだな……nilの言う通り『失くすこと』なのかもしれない……」
彼自身、戦いで失くしたモノがある。住み慣れた場所……心の平穏……愛する家族……それらは全て、二度と戻ってこない。
「だが、此処はまだ人が居る……この地が生きているんだ。分かるか?」
深い悲しみを宿した緑の瞳が、言葉と共にnilを見詰める。形在るモノは何時か無くなるが、人や想いが残っている限り完全に消えはしない……恐らく、ライナスはそう伝えたいのだろう。
彼の視線を正面から受け止め、nilは静かに頷く。言葉を理解しつつも、彼女は違う事を考えていた。父親のような存在になりつつあるライナスの、失われた家族の事を。
彼女と同じように、想いを巡らせる少女……いや、少年が1人。
(『あの時』は護りきれなかった……せめて、早く復興できるように協力したいな……)
時音 ざくろ(ka1250)にとって、ベルトルードの無惨な姿を見るのは、これで2回目になる。合戦の時、彼はこの町に居た。住民を避難させた後、町が焼かれていくのを眺める事しか出来なかった。あの時の無念は、今でも心の底に焼き付いている。
悲痛な表情のざくろを励ますように、大きな手が彼の背中を叩いた。
「おいおい、チビ共。何辛気くせぇ顔してやがる」
周囲に響く、豪快な男性の声。紫月・海斗(ka0788)は片手をカウボーイハットに添えつつ、空いた手でざくろの頭をクシャクシャと撫でる。海斗の声に、仲間達の視線が集まった。
「良く聞けよ? 俺達は、オメェ等ガキ連中や『良い女達』の為に戦ってンだ。そんな暗い顔されちゃ、困るんだよ」
28歳の海斗から見れば、参加者の大半は年下の少年少女。『ガキ連中』と呼ぶのも無理は無いだろう。仲間達を見渡し、海斗はニカッと笑って見せた。
「だから笑えよ。辛くても哀しくても、笑い飛ばしてやれ。 んで、真っ直ぐ元気に育てば良い。簡単だろ?」
流石は、自称『無駄に前向きなオジサン』。言動や雰囲気もポジティブで、単純明快である。彼の言葉に、ハンターの数人が思わず笑った。
「はい! わたくし、頑張ります! これも復興の為の大事な第一歩ですね!」
海斗の話を正面から受け止め、元気に言葉を返すアシェ-ル(ka2983)。桃髪の小柄な少女だが、全身からヤル気が溢れている。力仕事が得意そうには見えないが、彼女なら『自分に出来る事』を探せるだろう。
「ま、戦うだけで後は放っておく……ってわけにも行かねーしな」
不敵に微笑み、軽く腕を回す岩井崎 旭(ka0234)。彼は合戦の際、ベルトルード防衛の任務に就いていた。旭達の活躍で被害は最小限に食い止められたが……ゼロではない。今日は、その後始末と言ったところか。
「この街で商売始めた身としちゃ、早いとこ復興させないと収入に響くしね」
レベッカ・アマデーオ(ka1963)が微笑むと、金色の長髪が陽光で輝く。細身で可憐な容姿とは裏腹に、彼女の実家、アマデーオ一家は海賊として名を馳せている。レベッカの言う『商売』は、もしかして……?
「こんな時こそ、地道な作業が重要になる……で、いつになったら開始するんだ?」
作業の重要性を再確認しつつ、鞍馬 真(ka5819)は疑問を口にした。ベルトルードの近郊には、作業のためにハンターや一般ボランティアが集まっている。が、肝心の復興作業が始まる気配は無い。
一応、依頼主が指揮をとる事になっているが……それらしき人物の姿も見えない。ハンターの面々もボランティア達も、寒空の下で既に20分近く待たされている。
「遅れて済まない! 下準備は完了だ。これからの動きは、本部に従ってくれ!」
遠くから響いてくる、ザレム・アズール(ka0878)の声。誰もが視線を向けると、ザレムと共に駆けて来る依頼主や、現場主任達の姿が映った。
現場で作業員が効率的に動くには、事前の段取りが必須と言える。ザレム達は運搬用の馬車や人員の割り振りを手配し、作業本部を設置して現場の進捗が管理できるよう、準備をしていたのだ。
段取りを終えたザレム達は、これからの作業内容を紙に纏めて印刷。それを全員に手渡し、今日1日の流れを伝えた。
自分の役割が分かり、自然と士気が上がっていく。誰もが慌ただしく準備を始める中、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)とケイ・R・シュトルツェ(ka0242)は静かに空を見上げた。
「今日の空も、手が届かない場所に在りますね……」
呟きながら、ユキヤが手を伸ばす。空の青さも、高さも、いつもと変わらない。例え、戦争が大切な物を奪い、大きな爪跡を残したとしても……無情なほどに高く、青い。
「だけれど……空は色んな表情を見せてくれるわ。これから復興に向かう……この地の人々も同じ」
そう語るケイの緑眼は、ボランティアの人々を見ていた。作業に参加する一般人は、ほとんどがベルトルードの住民である。彼らは希望を捨てていないし、空と違って『手を伸ばせば届く場所』に居る。住人達を手助け出来るのが嬉しいのか、ケイは自然と微笑んでいた。
●
「作業員さん達はコレを付けて下さい。後で出欠確認に使いますので」
言いながらアシェ-ルが差し出したのは、オフィス側で準備した腕章。最近、ベルトルードでは泥棒が多発している。これから瓦礫の撤去や町の清掃が始まるが、作業員の中に盗人が交ざっている可能性は否定できない。
奴らの悪事を防ぐため、彼女は腕章と名簿を用意。飛び入りのボランティアや身元不明者を減らす事で、安全性が高まるだろう。
「まずは、通路を確保しないとな。残骸を運び出せないと作業が進まないし」
改めて町の状況を確認した柊 真司(ka0705)は、少しだけ苦笑いを浮かべた。ほぼ壊滅状態のベルトルードには、壊れた家屋や瓦礫が点在している。それを片付けないと復興が始まらないが……道が塞がれているため、奥まで進めない。
軽く溜息を吐き、真司は邪魔な瓦礫を片付け始めた。資材として再利用できそうな物は、ロープで縛って一纏めに。使い道の無い物はツルハシで砕き、運びやすい大きさにしている。
その近辺では、旭とグリムバルドが石柱と対峙していた。太く大きな柱だが、亀裂や破損が激しく、再利用できそうにない。2人は静かに視線を合わせ、ほぼ同時に武器を振り下ろした。
旭の戦闘用ツルハシが石を砕き、グリムバルドの魔導鋸が柱を斬り倒す。ほんの数秒で石柱が小さな残骸と化すと、一般参加者達から歓声が上がった。
「この家屋は解体した方が良いな……倒壊する前に、資材にしてしまおう」
アウレールは作業者の安全を考慮し、倒壊寸前の家屋から処置を施している。屈強な男性達の手を借りて建物を解体し、再利用の可不可で分別。更に、材質や形状ごとに資材を細かく分類し、協力して運び出していく。
「重い物を運ぶなら、はやてにおまかせですの!」
元気良く叫んだのは、八劒 颯(ka1804)。ドリルで巨大な瓦礫を破壊していたが、その作業を中断し、近くに停めていたゴースロン馬を連れてきた。
再利用可能な資材を頑丈なロープで縛り、馬に括り付ける。その状態で、颯は再びドリルを使って進路の確保を。馬を引くのはざくろに任せ、大量の資材を一気に運び出した。
ガラスの破片や尖った鉄など、一般人が怪我をしそうな物は未悠が回収して運び出している。時折、一般市民から注意喚起や応援の声をかけられると、戸惑いながらも上品な笑みを返した。
「すまないな、リーリー。我々ヒトのためだが、協力してくれ」
巨大な鳥の幻獣に力を借りて瓦礫を運び出しているのは、リュカ(ka3828)。リーリーを誘導しながらも、尖った耳や高い鼻の感覚を研ぎ澄まし、全身で周囲の状況を感じ取ろうとしている。
もしかしたら、瓦礫の下にペットがいるかもしれない。もしかしたら、生き埋めになった動物がいるかもしれない。その声や気配を逃がさないよう、彼女は細心の注意を払っていた。
颯やリュカ以外にも、動物の力を借りている者がもう1人。
「α、γ、暇なら遊んできていいわ。でも、不審者を見つけたら……分かってるわよね?」
マリィア・バルデス(ka5848)は愛犬達に語り掛け、町の中に放った。忠誠心の高い犬なら、優秀な番犬として見回りをしてくれるだろう。
その間に、マリィアは資材の分別を担当。彼女は元軍人であり、災害救助の経験もある。今回は要救助者が居ないため、感覚的には『日曜大工の目利き』に近いかもしれない。セミロングの茶髪を結い、マリィアは資材の分別を始めた。
人も動物も、復興のために頑張っている。倒れた建物や柱を解体し、瓦礫を町から運び出し、近郊で資材と廃棄物に分別し、ほんの少しずつだが町が綺麗になっていく。
そして……。
「あの……動物の遺体は……見付かりましたか? 発見したなら……私に、知らせて頂けると……助かります……」
小雨が地面を打つような、小さな声。外待雨 時雨(ka0227)は町を歩き回り、仲間やボランティアに声を掛けながら動物の遺体を探していた。晴天の下、日傘を差して歩く姿は、人々の目に珍しく映った事だろう。
だが、彼女はそれを気にする事なく、町中を探していた。罪もないのに生涯を閉じた動物達を、静かに眠らせるために。
時雨以外にも、動物の遺体を探す者は少なくない。瓦礫を片付けていた銀鏡(ka5804)は、一瞬だけ動きを止めた。家の残骸に押し潰された、無残な死骸……瓦礫を素早く払い、骸に布を被せて静かに抱き上げた。
「犠牲が、人間だけとは限らんものじゃな……」
銀色の瞳が、深い悲しみに染まる。銀鏡は布の上から動物の体を撫で、目を閉じて冥福を祈った。
瓦礫を砕いていたグリムバルドも、岩陰から動物の死骸を発見。彼も、布で骸を包み、壊れ物を扱うように丁重に持ち上げた。
「皆の所に帰ろうな……」
普段の陽気な雰囲気とは違う、静かな口調。近くにあった首輪も拾い上げ、死骸の保管場所に向かってゆっくりと歩き始めた。
●
世の中に陰陽があるように、人間も善悪2種類の人間が居る。例えば……復興を頑張る人々の影で、自分の利益しか考えない輩が。
「やあやあ、こんにちは。君達は、ここの家の人? それとも違うかな? 正直な所教えてくれると、助かるんだよね」
あくまでも優しく、威圧感も不快感も与えない柔らかい口調。見回りの最中、ローエン・アイザック(ka5946)は、倒壊を免れた家で不審な2人組を発見した。火事場泥棒かと思って声を掛けたのだが……どうやら当たりらしい。男性2人は、金品を手にしている。
犯行現場を見られた泥棒達は、一目散に逃走。恐らく、このまま警察に連行されると思ったのだろう。
だが、逃走劇は長く続かなかった。2人の死角から、ノーマン・コモンズ(ka0251)が出現。マテリアルで気配を消し、同時に移動力を上げて一気に距離を詰めたのだ。
気付いた時には、もう遅い。ノーマンは泥棒達の脚を払って倒し、首元に刀を押し当てた。
「面倒な事、させないで下さい。何で泥棒をしていたのか……話してくれますよね?」
赤い右目と金色の左目が、怪しく光る。彼の言動は、脅しやハッタリではない。今はニコヤカに笑っているが……沈黙を続けたら、ただでは済まないだろう。
「せ……生活のためだよ!」
「金が欲しかったんだ! 悪いかよ!?」
ノーマンの迫力に圧倒されたのか、2人組が逆ギレ気味に叫ぶ。その言葉を聞き、ノーマンは深く溜息を吐いた。
「つまらない……実につまらない理由ですねえ。貴方の様な可哀想な人に時間を割いても、何の面白みもない……もう行って良いですよ」
一気に興味が失せたのか、刀を納めて後ろに下がる。泥棒達の目的は気になっていたが、大したことのない行動理由に心底呆れているようだ。とは言え……どんな理由でも彼は納得しないと思うが。
突然過ぎるノーマンの心変わりに、罠を警戒する泥棒達。立ち上がって慎重に周囲を見渡すが、怪しい物は見当たらない。ローエンも捕まえる気がないのか、笑顔で手を振って見送ろうとしている。
『このまま逃げられる』。そう思った直後、泥棒達の視界にリュカの姿が映った。反射的に逃げだそうとしたが、彼女から敵意や殺意は感じられない。それどころか、優しく微笑んでいるようにも見える。
「避難民の財産を見つけてくれた事、感謝する。少ないが、持って行ってくれ」
泥棒達に歩み寄りながら、リュカは手にした荷物を見せた。それは……透明なビンに入った飲料水と、小さな握り飯が2つ。
『罪を憎んで人を憎まず』。泥棒は許されない行為だが、今の極限状態では仕方ない。それに、彼らが泥棒したお陰で、金品を発見できた事は事実である。力を見せ付けるよりも、彼女は感謝の意を示す事を選んだ。
「まぁ、アレだね。主よ、彼の者を守りたまえ……とね」
そう言って、笑顔で十字を切るローエン。ハンターに覚醒する前、彼は神父として教えを説いていた。今でも聖職者のような衣服を纏っているのは、当時の名残りだろう。神父時代の経験から、泥棒達を説得するつもりで作業に参加したのだ。
リュカとローエンの優しさに戸惑いながらも、泥棒達は食糧を受け取って逃走。彼らが心を入れ替えるか分からないが、逃がした事を後悔している者は1人も居ない。
遠ざかっていく泥棒達の背には、ノーマンがコッソリ貼った紙が揺れていた。デカデカと『私は火事場泥棒です』と書かれた紙が。
ほぼ同時刻。違う場所でも火事場泥棒が見付かっていた。
「そこの、アンタ! 何で腕章が無いんだい? さっきアシェ-ルが渡してたよねぇ?」
まるで職務質問でもするように、フォークス(ka0570)が不審人物に問い掛ける。腕章を付けていなかった男性は、小さく舌打ちして駆け出した。フォークスが若い女性という事もあり、簡単に逃げられると思ったのだろう。
だが……それは大きな間違いだった。男性を不審者だと認識したフォークスは、オートマチック拳銃を抜いて躊躇せず斉射。瓦礫や地面に弾丸が撃ち込まれ、無数の穴を穿った。
銃撃に驚いたのか、男性の動きが完全に止まる。乱射しているようにも見えたが、男性はカスリ傷すら負っていないし、再利用可能な資材にも銃弾は当っていない。それだけ、フォークスの射撃精度が高いという事だろう。
「話は署で聞こうかい」
不敵に微笑みながら、男性をロープで縛るフォークス。『署ってドコ?』というツッコミを入れる暇もなく、不審な男性は作業本部に連行が決定した。
●
「みんな~! そろそろ休憩しない? 『海賊酒場【荒ぶる潮騒亭】』でゴハン準備したよ~!」
時刻が正午に近付いた頃、町中にレベッカの元気な声が響き渡った。彼女は裏方に徹し、食事の準備や機材の手配を担当。そのついでに、自分の店の宣伝も兼ねて昼飯を提供する事にしたのだ。『海賊酒場【荒ぶる潮騒亭】』の名を強調する事も忘れていない。
そんな事情を一切知らないハンターやボランティア達は、喜びの声を上げて作業を中断。本部脇に設置されたテントまで移動し、ランチタイムが始まった。
だが、中には昼飯よりも作業を優先している者も少なくない。マリィアも、その1人である。彼女は手を休める事なく、黙々と分別を続けていた。
「オネーサンは休憩しないんすか? 昼飯、ウマそうっすよ」
休む気配の無いマリィアに、ボランティアの少年が声を掛ける。一旦手を止め、マリィアは少しだけ苦笑いを浮かべた
「働ける時に働いておかないと落ち着かないの……性分かしら」
自嘲しているような、年下に気を遣わせた事を反省しているような、複雑な表情。少年には悪いと思いつつも、まだ休憩する気は無いようだ。
彼女の言葉に納得したのか、少年は小声で『お先に』と言い残し、本部に戻って行った。マリィアは軽く深呼吸し、分別作業を再開。再利用資材と廃材だけでなく、手紙や小物等の『持ち主を特定できそうな物』も選り分け、一ヶ所に纏めた。
別の場所では、ザレムが杭を打つ音が響いている。昼飯が要らないワケではないが、彼は区切りの良い所まで作業を続けようとしていた。ハンマーを振り上げ、大きな杭に全力で振り下ろす。
「何をしているんだ? 基礎工事……とは違うみたいだが」
黙々と仕事を続けるザレムに、真が疑問を口にした。町の中には、まだ瓦礫や残骸が残っている。撤去作業を優先すべき状況で、杭を打っていたら疑問に思うのは当然かもしれない。
ザレムはハンマーを地面に置き、一息ついてから口を開いた。
「建物を壊すと、地理感覚が無くなるからな。杭打ちしておかないと……超困る」
つまりは、目印の代わりである。杭の側面には番号が書いてあるし、建物があった場所も把握しやすい。それに、再建する時の目安にもなる。そこまで考え、杭打ちをしていたのだ。
「なるほど……だから、さっきから方向とか道が分からねーんだな」
2人の会話を聞いていた旭が、納得したようにウンウンと頷く。地理感覚が無くなると方向が分からなくなるが……旭の場合は、方向音痴なのが原因だろう。何せ、1人で行動すると目的地とは違う場所に行ってしまうような少年なのだから。
旭の言葉に、ザレムと真は顔を見合わせた。数秒の沈黙……2が声を上げて笑いだすと、旭はそれを不思議そうな顔で眺めていた。
●
昼食も終わってエネルギー補給をした参加者一同は、午前中よりもパワフルに活動していた。
「颯! 次は、あの残骸をざくろ達のドリルで!」
「了解ですわ! タイミングは、お時ちゃんに合わせます!」
ざくろの叫びに呼応し、クラッシャードリルにマテリアルが収束。瞬間的に、武器が巨大化した。颯はドリルにマテリアルを纏わせ、破壊力を増加。その状態で、2人は地面を蹴った。
彼らの髪色と同じ、黒と青の閃光が螺旋を描く。2つの光が、巨大な岩塊や船の残骸を粉砕。ほんの数秒で瓦礫は姿を消し、大量の破片やカケラが地面に舞い散った。
2人のダイナミックな動きに、周囲から喝采の拍手が降り注ぐ。颯達は手を振ってそれに応え、作業員達と一緒に破片の回収を始めた。
(魔導ドリル……意外と重いな。まぁ、想定内だが)
ザレムの持つ魔導ドリルは大型で重いが、それを手足のように扱い、建物を粉砕している。砕いた残骸は台車に乗せられ、一般作業者に運ばれていった。
町から運び出された物は、近郊の特設集積所に集められている。そこで最終的な分別を行い、再利用できない資材はトラックに乗せられてゴミ処理施設送りに。再利用可能な物は、細かく分類されて保管される。
「今は瓦礫や残骸と化していますが、これらで出来た『何か』が在った……というのも不思議な感じですね」
資材を分別しながら、柔らかく微笑むユキヤ。目の前に転がる資材や残骸は、もう元の形を失っている。この破片達は、壊れる前にどんな姿をしていたのか……好奇心の強いユキヤは、想像力を働かせていた。
「そして今……瓦礫をもう一度、生き返らせようとしている。壊れても壊れても、創りあげられる。転んでも転んでも、立ち上がれる。本当に……不思議な、コト」
彼の隣では、ケイが再利用可能な資材を拾い上げている。建物は壊れたが、残骸の一部は資材として生まれ変わる。町が壊滅状態でも、住人達は諦めていない。瓦礫も住人も『再生』に向かっている事に、ケイは不思議な感覚を抱いていた。
「今後の復興の為にも、使える資材はちゃんと保存しておかないと勿体無いな」
「そうだね。復興予算には限度があると思うし、できるだけ節約しないと」
真司とアウレールはトラックの荷台に上がり、廃材の中から使えそうな物を拾い出している。真司が探しているのは、レンガ。多少の焦げや欠損があっても、削れば再利用できる。ついでに木材も確保し、資材保管用の小屋を作ろうとしていた。
アウレールの方は、色んな素材を集めている。木片やボロ布は船舶と車の歯止めになるし、木工小物や畑の肥料としても使える。石や陶器は、道路の舗装や穴埋めに。貴族出身の少年ながらも、節約術は心得ているようだ。
「こういうゴミ山にも『お宝』が眠ってる事があるんだよねぇ~」
嬉々として廃材の山を掘り返すフォークス。ハンターになる前、彼女はスカベンジャーとして生計を立てていた時期がある。その経験が、こんな形で役に立つとは思わなかっただろう。
フォークスが探しているのは、金品や貴重品。小物や硬貨は、何度探しても見付かる事が多い。持ち主が分かる物なら、可能な限り返したいのだろう。
時々……過去の事を思い出して、懐に入れそうになっているが。
●
「さて……そろそろ、動物の死骸を火葬しないとな。可哀想だが、疫病の類が広がっても困る」
太陽が少しだけ西に傾き始めた頃、カズマは死体保管場所で苦笑いを浮かべた。町から運び出された動物の死体は、既に50を超えている。このまま放置するワケにはいかないが……骸を扱うのは気が重い作業でもある。
気持ちを切り替え、カズマは銀鏡や時雨、ボランティアと協力し、死骸から首輪や名札の類を取り外した。ペットの火葬許可は、事前に飼い主達から得ている。死骸を木材の破片で囲み、周囲の状況や風向きに注意して火を放った。
赤々と燃える炎が少しずつ広がり、布や死骸を飲み込んでいく。死肉が焼け、血が蒸発する匂いは、正直キツい。それを我慢し、銀鏡達は町の郊外に大きな穴を掘り上げた。
火葬の次は……埋葬が待っている。銀鏡達は火葬跡から遺骨を探し出し、丁寧に拾い上げて大きな布に乗せた。骨を目の当りにし、泣きそうになっている一般人も多い。震える肩を、銀鏡が優しく叩いた。
「弔ってやる事が、生き残った者の務めじゃろ? どの命でも、な……」
悲しみを宿した、銀色の瞳……彼に励まされ、作業者達は涙を我慢して遺骨探しを続けた。
全ての骨を回収後、遺骨を布で包んでヒモで軽く縛る。それを穴の中に置き、近くに咲いていた花々も投入。全員で協力し、静かに土をかけて埋葬していく。
「おやすみなさい……寂しかったでしょう……寒かったでしょう……どうか……安らかな夢を……」
地面に両膝を突き、物言わぬ動物達に語り掛ける時雨。表情には出していないが、彼女の胸には悲しみの雨が降っていた。
ゆっくりと、時雨は手を合わせて動物達の冥福を祈る。他の者達も同じように黙祷し、沈黙の時間が数秒流れた。
(動物やペットも、住民にとっては『大事な物』よね……)
作業の最中、未悠は一般人の話を耳にした。『大切な物を無くした』、『ペットも家族同然』という会話を。動物を生き返らせる事は出来ないが、遺品を届ける事は出来る。未悠はペットの首輪や名札を集め、飼い主に返すために走り出した。
●
青い空が、茜色に染まり始める。夕暮れの時は近い。今日の作業終了が近付く中、nilはライナスに小さなペンダントを差し出した。
「さっき、瓦礫の下から見つけた。これは何……?」
チェーンは千切れ、チャームは土で汚れているが……これは恐らく、ロケット。ライナスはペンダントを受け取ってチャームを開けると、中には家族らしき3人で撮った写真が入っていた。
「大切なモノも持たず、避難しなければならなかった……のか」
思わず、ライナスの口から言葉が零れる。家族との思い出は、何物にも変えられない大切な物。落としたのか、持ち出せなかったのか分からないが……持ち主は今頃、後悔しているだろう。
かつてのライナスが、そうであったように。
家族と一緒に居る事より、彼は傭兵の道を選んだ。結果、歪虚に家族を殺され、今は思い出しか残っていない。
自分の選択を後悔し、怒りと憎しみで我を忘れそうになった事もあったが、今は落ち着いてきている。傍らに、自分を赦してくれる娘のような存在……nilが居るから。
「ロケット……少し羨ましい……」
家族写真を眺めながら、nilがポツリと呟く。それを聞いたライナスは、父親のような優しい笑顔を浮かべた。『愛娘』に手を伸ばし、大きな手で頭を撫でる。
「今度、俺達のロケットを作ってみるか?」
ライナスの提案に、nilは驚きを隠せなかった。父親のように慕う男性が、自分との繋がりを持とうとしている。ロケットという、目に見える形で。
突然の事で即座に言葉は出なかったが、彼女の気持ちはライナスに伝わっていた。返事よりも先に、柔らかい笑顔を返していたから。
未悠の周りにも、人々の笑顔があった。彼女はボランンティアに参加している住人を探し、事情を説明。持ってきた遺品を見せると、反応は様々だった。
ペットの死を知り、泣き崩れる者。自分の物がなく、落胆する者。『何でもっと早く助けてくれなかった』と、罵声を浴びせる者も居た。
だが……大半の人は、届けてくれた事を感謝している。大切な物が戻ってきたと、安堵の表情を浮べている。
「私の方こそ……素敵な笑顔を、ありがとう」
人々の嬉しそうな顔を見ていたら、未悠は心が温かくなるのを感じた。優しさは連鎖し、人々の間に広がっていく。それが町全体を埋め尽くした時、ベルトルートは復興しているかもしれない。
太陽が茜色に燃え上がり、長いようで短い1日が終わった。瓦礫の撤去は完全に終了していないが、ハンター達の活躍で8割程度は運び出せている。あとは一般市民だけでも進められるし、家屋の再建も徐々に始まるだろう。
「見回りは現場判断でヨロシクっ! 火事場泥棒に手加減は必要ないから、派手にヤっちゃって!」
ハンターが居なくなってから、不審人物が増えては困る。レベッカは第四師団と連携し、定期的な見回りを依頼。抜き打ちの巡回も行えば、事件の防止に繋がるだろう。彼女の手回しもあり、後方支援は完璧である。
「ケイさん、何か一曲歌ってくれませんか?」
微笑みながら、ユキヤはケイに視線を向けた。彼女の歌声には、不思議な魅力がある。生ある者の『命の声』を感じる事が出来る。ケイの歌声なら、人々の心に光を宿せる……ユキヤは、そう考えていた。
「歌? そうね……この地で再び、命の息吹が感じられるように……」
ユキヤの提案を快諾し、軽く咳払いするケイ。大きく息を吸い、自慢の歌声を響かせた。細身で小柄な体とは対照的な、どこまでも響くような力強い声。その声質は7色に変わり、魔法のような音律となって響いている。
まるで、声自体が光を放っているような、心を奮わせるような、不思議な感覚。これが、ユキヤの思う『命の声』なのかもしれない。
「歌ってのは、神霊の領域だな。言葉が通じなくても、籠められた想いは等しく心に届く。どの国でも、どの世界でも……な」
独り言のように、カズマが静かに呟く。彼の言葉は周りに聞こえていないが、想いは多分同じ。ケイの歌声が疲れた体に染み渡り、明日の活力が湧いてくる。
町を作るのは、人々の想い。ハンター達の、住人達の強い想いがあれば、町の復興は遠い未来の話ではないだろう。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/05 15:55:38 |