【審判】黒き絶望のサンクチュアリ

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2016/02/06 19:00
完成日
2016/02/20 13:24

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●異端審判

「……ヘクスが審問会に召喚された、か」
「教会の狸爺どもが顔を真っ赤にしている頃だろう。連中にあの男の相手は荷が勝ち過ぎる」
 王国騎士団長の執務室。革張りの上質なソファに腰をかけてパイプをくわえるのは、この部屋の主ではない。
 ──青の隊隊長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルト。
 老いてなお鋭い雰囲気を纏うこの騎士が、煙と共にそんな言葉を吐いた。
「しかし、教会がどうやって嗅ぎつけた?」
「先頃、聖堂戦士団長の名を使い、王国騎士団本部でお前に接見を願い出た手口の荒いハンターが居たろう。そんなことをして目立たんはずがない。小僧のあれは十中八九、計算というより軽率だろうが、あれが組織を動かしたこともまた疑いようのない事実」
 老騎士は一呼吸おくと、常よりなお厳しい面持ちで問い質す。
「なぜ小僧を自由にさせた? 一歩違えれば、謹厳実直な王国騎士団長の異端審問行きは確実だ。“あの男の次に召喚されるのは、間違いなくお前”であろう」
 やがて、老騎士のそれは強い叱責に変わる。
「国を守るべき組織の象徴が? 笑わせるな。それこそ一大スキャンダルよ。理解しておるのか?」
 重苦しい空気。形の良い唇から零れた溜息が、青年の心情を物語る。
「行動には責任が伴う。俺も、あのハンターも、それは同じだ。……だが、俺には確信があった。あの時俺を張っていたのはヘクスの手の者だったはずだ」
 断言する騎士団長──エリオット・ヴァレンタインの顔は険しい。
「ならば、答えは一つであろうよ」
 そんな青年に目もくれず煙を燻らす老爺は、ややあって溜息をついた。
「異端狩り、か……。エクラのお膝元で、この様な事態が起こるとは」
 深く煙を吸いこみ、肺の奥までじわりと満たす。煙の味は、酷く重い。
「エクラは思想信仰の自由を許している。他の信仰を弾圧するなどあり得ない話だ。だが……此度の“異端”とはつまり、歪虚に与する者のこと。既に多数の犠牲が出ている。これ以上野放しにできない」
「教会の連中に任せておけばいいものを、物好きな男だ。……まぁいい」
 ゲオルギウスはエリオットから何かを受け取ると、慇懃な態度を崩さず部屋を辞した。
「覚えておくがいい。清廉でないお前に、価値などないぞ」
 そんな一言を残して──。



「既に聞き及んだと思うが、エクラ教巡礼者襲撃事件の警戒レベルを第一級に引き上げる」
 団長補佐を務めるフィアを部屋に招き入れた青年が鮮明に告げる。
「同時に、捕捉した拠点の一つを戦士団と協同で落とすことになった。上からの正式な要請だ」
 そうして続けざまに作戦指示が伝えられたのだが、一通りの説明を終えると青年は最後にこう付け加えた。
「それと……今回は、俺が出る」
 彼が言うのであれば、それは必要なことなのだろう。
 フィアはそう信じている。そこに一切の懐疑も不満もない。
「イエス、マイ・ロード」
 女騎士は、そう言って胸に手をあてた。

●絶望のサンクチュアリ

 王国西部にある、イスルダを臨む寂れた小さな村。
 エクラ教の巡礼の路にほど近いその村には、敬虔なエクラの信者が多く住んでいた。
 村の信者が日々の祈りを捧げられるように、そして巡礼の折に立ち寄る教徒や聖導士たちが集えるように。
 村の中央には大きな広場があり、そこに面した教会は小さな地方村と思えない程の大きさと荘厳さを誇っていた。
 しかし、今は様相が異なる。
 1009年のホロウレイド、そして1014年の黒大公襲撃の際、激戦区域となったこの村は、多大な戦禍を被った。結果、多くの村人が死に、農地は荒れ果て、作物も育たず、生き残った若い労働力は王都へ出稼ぎに行くか、或いは移住したか。過疎化し、残っているのは老人を中心に何らかの事情で離れることができない者たちだけ。人手不足の続く騎士団が誠心誠意努めようとも、村に駐留所はなく、近隣の大きな町から数日に一度見回りにやってくる程度。
 ──故に、この村は非常に“都合のよい場所”でもあった。

「昨年より国内各地で頻発している巡礼者襲撃事件について、歪虚に与する組織『テスカ教団』の存在が判明した」
 王国騎士団員、並びに同行するハンターへエリオットが作戦概要を伝える。
 今回は、判明した情報からテスカ教のサバトに合わせて作戦を決行するようだ。
「単に安息日として祈りを捧げるような集会であればいいのだが、彼らのサバトは少し違う」
 サバトごとに“ベリト”と名乗る謎の存在──捕縛した教徒曰くは“天使”──が拠点を巡回するらしい。
 そして信者の中から眼鏡にかなった者達が“実際に安息へと誘われる”。
 今回のサバトでベリトが訪れる拠点の場所が判明したことが、この作戦の起点だった。



 その村の空気は、酷く厳かだった。沈みゆく太陽。冬の夜気迫る静謐な空気に身を委ねるは、 威儀を正した人々。くたびれた服を覆い隠すローブは彼らの最上級の死装束のようであり、教会に向かう人の流れはまるで葬列のようだった。
「ようやく我らの番だ」
「旅立ちの日だ」
 歓喜に震える者。祈りを捧げる者。様々な者が列を作り、そして重い扉を開く。教会の奥、朽ちた光のシンボルを踏み台に立つ一つの影が見えた。
「祝福を授けましょう。大いなるアフラ・マズダの名のもとに」
 影は高らかに告げ、純白の翼を広げた。
 その威容が、蝋に灯る光を受けて影を生み、サンクチュアリに深い闇を生む。
「天使様……!」
「我らに安息をお与えください」
 そんな闇に吸い込まれるように、村人の幾人かが、ふらっと歩み出て跪いた。
 翼を広げた異形は微笑み、触れるか触れないかくらいの、羽のような心地の口付けを彼らの額に落としてゆく。
 ──安寧という名の、死出の契約。
 次々交されるそんな儀式が、始まってすぐのことだった──。

「……あの旗」
 教会の屋根に座り込み、地平を眺めていた少年の目に最悪の印が映る。村を取り囲もうと迫りくる連中が、落日を背に旗を掲げている。たなびくそれに輝くは、紛れもないエクラの紋章。後方には王国騎士団のものまで見える。
「これ以上僕らから何を奪うって言うんだ?」
 憎悪に歪む少年は、立ち上がって翼を広げると、指をくわえて笛のように吹き鳴らす。
 音が辺り一帯を震わせれば、呼応して空から無数の有翼獅子が舞い降りてきた。
 それは、まるで少年に天から慈悲が与えられたかのよう。
 だが直後、少年は血を吐いて咳き込んだ。
「父さん、母さん……僕、信じてるから……ッ!」

「村がエクラの連中に取り囲まれている!」
 教会に潜む村人たちの動揺は、貧相な村を埋め尽くす歪虚の群れに向けられたものではない。
 それを見守っていた“天使”が、穏やかに微笑み、差しのべるように腕を広げる。
「恐れることはありません。これもお導きです。さぁ、彼らにも死の安寧を齎してさしあげましょう」
 ──そうして、教会から突如として何かが躍り出た。

リプレイ本文

 それは、開戦直前のことだった。
「エリオット様、こちらに来て囮になって頂けませんか」
 ヴァルナ=エリゴス(ka2651)の頼みにエリオットは逡巡していた。
「理由は分かりませんが、前回の様子から、あの少年はエリオット様に強い感情を抱いているようでした」
 こちらに襲い掛かってくる堕落者4名と違い、件の天使はなぜか血を吐いた直後だ。
 様子がおかしい間、立て直すまでの隙に乗じるのも手だろうが、敢えて突くということは、ハンターたちには策が有るのだろう。
 エリオットは覚悟を決めて首肯。そうして、戦いの幕が切って落とされた。



「死……救済……歪虚化……」
 ぽつりと、反芻するような呟きを伴って小鳥遊 時雨(ka4921)がロングボウを構える。
 少女の狙いは先頭切って襲い来る青年姿の堕落者だった。
 ──私は、“生きてるくせに死んでるみたいな命”を知ってる。でも、“あれ”は明白に違う。
 自分たちと同質の命を宿したものではない。
「それなら、あのちびっこ天使も……?」
 教会の上には、血を吐きながらも父母の名前を呼ぶ、どこか様子のおかしい少年がいる。
 時雨は眉を寄せ、首を横に振った。
「死んだらどうなる、どこにいくかは分かんないけど、少なくとも此処じゃないとは思う、から」
 ──せめて、きっちり終わらせてあげる。
 そう誓い、放った。
 初撃、時雨の矢は堕落者へ向かうハンターの頭上を追い越すようにして空を裂き、そして青年を捉えた。
 矢は硬質な金属音を立てて青年の盾に受けきられる──だが、その衝撃はやがて冷気に変じ、盾を通り越し、それを持つ青年の腕をも蝕んでゆく。堕落者の動きが明白に鈍った。今が、絶好のチャンス。
「みんな、頼むよーっ!」
 開幕の一射に勢いづいたハンターらは、一斉に広場を駆けてゆく。
 誰より先に飛び出したのは、リーリア・バックフィード(ka0873)。
「さて、突破口を斬り開きますか……」
 連携時に予定していたランアウトを今回所持していなかったリーリアは、即座に頭を切替えてハルバードを強く握りしめる。極限まで槍を引き、狙いを定めた。身体中に潤滑するマテリアルは、ひどく心地よく感じられる。
『……Run』
 そして、繰りだされたスラッシュエッジ──だが、少女の掌には手ごたえの変わりに痛みにも似た痺れが走った。
 冷気で動きが鈍っているにもかかわらず、青年の盾がリーリアの槍の穂先を的確に受け止めている。
「死を……安息を……」
 槍の射程に立てば、嫌が応にも青年が何を呟いているの聞こえてくる。
 “救いようがない”とはよく言ったものだ。
「死で救済されるなら生命は存在しませんよ……」
 余りに、苦い。
 リーリアと信者との間には、隔たりがありすぎた。
 凛とした少女の“生”の輝きは、眼前の堕落者たちにとって見ることすら苦痛に値する程だろう。
 誰もが彼女のように強く眩くあれる者ばかりではない。
 それを知る神代 誠一(ka2086)は、彼らのこの有様を、そして経緯を察するに足りていた。
 彼にも、死の先に安寧を見出した教え子がいたからだ。
 その一点だけで、目の前に広がる世界の見え方は余りにリーリアと異なってしまう。
「こんなことを繰り返せば、また誰かの絶望を引き寄せるだけだ」
 ──そんなところに本当の安寧はない。
 誠一はそう信じている。だからこそ、いま成すべきことを違えることはなかった。
 堕落者の懐に飛び込むと刀をすらりと引き抜き、そして切り刻むように連撃を叩き込んだ。
 刹那、刃の切っ先からマテリアルの輝きが迸り、誠一にかつてない力をもたらす。
 一撃目、巨大な盾に弾かれた。この期に及んで未だ受けるとは、そのしぶとさに辟易する。
 だが、誠一は盾を押し込むように一文字を振りぬくと、返す刃でガラ空きの足を切り裂いた。
 態勢を崩したその瞬間、リーリアと逆位置から攻め上がったヴァルナが間断なく剣を振りかぶる。
「ようやく尻尾を掴んだのですから……必ず、ここでおさえます!」
 大上段から渾身の一撃を叩きこまれ、崩れ落ちた青年は大地を這いながらなおも膝をつき立ち上がろうとする。
 そこにあるのは苦痛に歪む人間の顔ではない。何も感じていないような、むしろ訪れる安息に徐々に身を任せていくような、穏やかで剣のない貌をしているのだ。
 クリスティア・オルトワール(ka0131)にとって、その様子は胸の奥を掻きむしるようなざわめきと苦みを感じさせてくる。
「……何故そんなものになってまで……」
 思わず唇から洩れた音は、幾つもの感情が混ざり合って最後まで言葉にならなかった。
 けれど、終わらせなければならない。それしか“今の私には手段がない”から──紡ぐマテリアルは次第に風へと変換され、収束。杖の先に渦巻く嵐のような風刃が、自分の心の内を反映するようで苦しくもあるけれど。
「それでも……私は、諦めたくないですから」
 誰に聞こえるでもない覚悟。それと共に解き放たれた風が、動きの鈍い青年にまとわりつき、全身を切り裂いた。
 青年堕落者はどう見ても満身創痍で、目を覆いたくなるほどに体中を切り刻まれている。
 なのに、それでもまだ、彼らは“救い”を信じているのだろうか?
「抵抗して、もっと。もっと。わたしは、もっと満たされたいのよ……!」
 けれど、歪虚相手に手加減はしない──仲間が布陣した後の僅かなスペースへとブラウ(ka4809)が滑り込んだ。
 小柄な体で懸命に戦場を駆け、そして刀身を鞘から引き抜いて力強く踏み込む。
 既に怒涛の連続攻撃で襤褸切れ同然の体を横一閃──マテリアルの輝きを纏った刃が真っ二つに両断した。
 華々しいまでのオーバーキル。
 悲鳴を上げる間もなく絶命した青年から飛び散る体液や脂肪は、匂い立つより先に黒々としたパーティクルとなって大気に溶けるように消えてゆく。それをうっとりと眺めながら、ブラウは口の端を上げた。
「綺麗だけど、残念ね。……さて、お次の相手は“天使”かしら」



 つい先ほど青年が瞬殺された光景を目にすれば、堕落者らにとって“何が一番邪魔”であるか共通認識を持つことは難しくなかっただろう。大口径の銃を構え、照準を合わせた女堕落者の視線の先に居たのは、ブラウだった。
 特大の攻撃直後の隙を狙われた少女は、回避に失敗し大腿部に銃弾が直撃。だが、脚を負傷し、思い切り踏み込むことも、全力で駆けることが出来なくなったとしても、それだけならばまだマシだった。
「……ッ! これ、まさか……」
 途方もない冷気が体を支配し、負傷した大腿部はもちろん、腰や腹部へと這い上がるそれに体が言う事をきかなくなっていく。そこへ逆方向から迫った中年堕落者が、“青年堕落者を討伐するため、1対象に密集した全員”を巻き込むようにして巨大な鍬を振りかぶり、渾身の力で“薙ぎ払った”。
 誠一、ヴァルナはかろうじて身をよじって回避。リーリアは運悪くそれを回避しきれなかったが、ぎりぎりのところでハルバードを構えると受けの姿勢を取ったまま強く弾き飛ばされる。けれど、先の銃撃に体の自由を奪われたうえ、薙ぎ払いにも似た回避難度の高い技を重ねられたブラウは、よけるどころか受ける事すら敵わなかった。
 極めつけはその直後、後方に控えていた少女から同様に放たれた巨大な火の玉だ。
 ハンターたちは“初手は全員で青年に集中する”作戦に打って出たが、それはつまり“他の敵を全員フリーにする”ことと同義である。
「わたし……また……」
 力尽きる瞬間、ブラウの目には荘厳な教会の上、未だぼんやりと父母の名を呼び続ける天使の姿が映っていた。

 初手でブラウは力尽きたが、彼女が相手取る予定だった中年堕落者はリーリアが直接対峙でその足を強制的に止め、そして女堕落者は時雨が制圧射撃で確実に押さえることに成功していた。
 だが、一番の問題は、未だ様子がおかしいまま教会の上にいるミカエルへの対応だった。
 それを担う誠一とヴァルナは騎士団長に誘因を託して広場を駆け、かたやエリオットは距離を詰めると教会の上の少年めがけて地上から剣を振り抜いた。普通ならまず届かない距離だが、放たれた驚異的な剣閃は衝撃波となって空を裂き、少年の体を貫くように叩きつけられた。
 不意の一撃に屋根を転がる少年は、漸く“現実”に焦点を合わせたようだ。
「騎士団長が、こんな、僻地の戦場に……?」
「歪虚に与するテスカの信徒、護国のためこの村は制圧させてもらう。……降りて来るんだ」
 だが、対する少年は嘲笑し、吐き捨てるように言った。
「子供だからってなめるな、腐っても僕は王国の民だった。王国の人型兵器相手に近接挑むバカがどこに居るんだよ!」
 そんな少年が取った行動は“前回と同様”──即座に屋根の上で“後退を開始した”のだ。
 その時になって、漸くヴァルナは前回の事件を思い出した。
 前回エリオットを認めた直後、『分が悪いと悟った少年は攻撃の手を緩めて後退を開始していた』事を。
 彼を囮にするのなら何らか追加の手をうたねばならなかっただろう。或いは、最初から別のハンターが少年を挑発しても良かっただろうし、それ以前に少年の様子がおかしい間に突入する方法を模索しても良かっただろう。
 だが、“ミカエルはエリオットを囮にすれば降りてくる”と考えていたためか、ハンターらはそれ以外に敵を地上に降ろす施策を用意していない。
「皆さん、どうするつもり、なんです……!」
 その間もリーリアは堕落者に1対1の勝負を挑み続けているが、その相性は悪かった。
 敵が薙ぎ払いに似た技を駆使するため回避能力を最大限活かせず、苦戦を強いられていたのだ。
 一方の時雨も、懸命に矢を番えて女を抑え込んではいるが……
 ──小鳥遊様の制圧射撃も、長くは続かない。
 クリスティアは再び風を作りだそうとマテリアルを紡ぐが、戦況を理解して眉をよせた。
「敵は範囲攻撃中心。突入班を送りだすには一人でも多く堕落者を破らないと……」
 しかし敵の攻勢は一向に緩まず、何度目かのファイアボールが落下。
 燃え盛る炎の中からヴァルナが見上げた教会上空には、無数の羽が出現していた。
「前回とは比にならない……! まさか広場全てを、仲間まで巻き込む気じゃ……」
 まるで巨大な雲のように空を覆い、辺り一帯を埋め尽くしている。
 この光景にヴァルナが息をのみ、気付いたミカエルが微笑んだ。
「ねえ、お姉さん。“影”を消すにはどうしたらいいか知ってる?」
「……何が言いたいんです」
「影を生むのはね、光なんだ。それならさ、光を消すのが一番確実でしょ」
 夥しい数の羽が少年の言葉に呼応し、そして……一面に、降り注いだ。
 爆撃のような掃射は、広場に存在する全てに平等に降り注ぎ、堕落者すら厭わず彼方此方で血を滴らせる。
 警戒していたリーリア、誠一、ヴァルナは羽を得物で潰すことで抵抗し、時雨は射程を活かすべく後退していたこともあり、巻き込まれることはなかった。
 残るクリスティアは、倒れたブラウの命を今度こそ確実に奪いかねないと判断し、ファイアボールで空を穿つことで自らと少女を守り抜いたのだが、広場一帯を覆い尽くす雨雲に対しては局所的行為に過ぎない。
 ハンターらの初期位置よりすぐ後ろで突入を控えていた突入班が、この攻撃に巻き込まれて負傷。
 だが彼ら戦士団の呻きに気をそらしている場合ではない。
 なぜなら、大技を終えた直後、突如ミカエルが苦しげに胸を押さえて蹲ったのだ。
「もしかして……」
 ──さっき、この村に沢山の歪虚を呼び出したあと、あのちびっこは血を吐いて苦しそうにしてた。
 今もその状態に似てる。それなら……っ!
 間髪いれず、時雨は射程ぎりぎりから弦を引き絞った。
 空高く放物線を描く矢の雨に、少年は無抵抗のまま容易く制圧されてしまう。
「反応がない、やっぱりそうだ……っ! あの子、大きな力を使ったあと、ダウンタイムがあるのかも! 今のうちだよっ」
 時雨の叫びに、エリオットが動いた。
 男は手にしていた剣と、そしてもう一振り腰に納めていた剣を鞘から引き抜くと、教会の壁に向かって渾身の力で投げ放つ。常軌を逸した力で壁に突き立った二振りの剣を足場に、エリオットが教会の屋根へと駆け上がり、それに誠一とヴァルナが続いた。
 漸く到達した屋根の上で、少年は不気味なほど静かで暗い笑みを浮かべていた。
 その目は、誠一の知る“あの目”に似て、思わず口を開かずには居られなかった。
「俺は負の連鎖を止めに来た」
 いつしか、青年らしい穏やかな口調は消えていた。
 年端もいかぬ子どもの姿は、誠一の心象風景と重なっていたのかもしれない。
「なぁ、ミカエル。世には艱難がある。だからこそ、人はより良い明日を育めるんじゃないか?」
 それは、あの日あの子にかけたかった言葉が、湧いて出たものかもしれない。
「人一人の命はそんなに軽いものじゃなく、絶望は絶望しか呼ばないことを、俺は知ってる」
 諭す様な声は、強くても彼らしい暖かさと優しさに包まれている。だからだろうか。
「……お兄さんの言う通り、絶望は絶望を呼んだよ」
 言葉で与えられる久々の温もりを懐かしむように、少年は呟く。
「だから僕は……」
 もう元に戻れない体になって。人を幾人も殺めて──言葉を飲み込んだ少年は、キッと誠一を睨み返す。
「違う、違う違う! 父さんも母さんも死で安寧を得たんだ! だって、そうじゃなきゃあんまりにも……」
 全てを拒絶するように、再び途方もない数の羽が広場上空に出現。
 屋根に登った直後の誠一たちにそれを止める術はなく、世の全てを無に帰すような破壊が繰り返された。
 そんなことをすれば、自分が死に近づくだけだと知っていただろうに。
「いいえ。死を安寧と言って振り撒き、押し付ける者達を……認めるわけにはいきません!」
 怯むことなくヴァルナは剣を引き抜き、その手にありったけの力を込める。
 大技の直後だ。少年がもう飛び立てないことは解っていた。
 対になる形で、誠一の一文字も振り抜かれる。その時、彼は何を思っただろうか。
 得られる手ごたえは、余りにも生々しい。
 歪虚を抉るそれと同じはずの心地。けれど、目の前の小さな体から上がる呻きは幼い子供のそれと同じなのだ。
「───ッ」
 切り裂かれた肉の端から黒い粒子と化し、やがて少年は掻き消えた。

 刹那、機を逃さずクリスティアが杖を振りかざす。
「皆さん、今です! 突入を開始して下さい!」
 放たれる火球。それを追うように、後方に控えていた突入部隊が一斉に進行を開始。
 それまでに数度の範囲掃射を受けて負傷し、事前に治療手段の多くを費やしてしまった突入班だが、そうしてなんとか教会へ到達。
 広場の堕落者がハンターたちの手で殲滅されたのは、それから間もなくのことだった。

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MVP一覧

  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴスka2651

  • 小鳥遊 時雨ka4921

重体一覧

  • 背徳の馨香
    ブラウka4809

参加者一覧

  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワール(ka0131
    人間(紅)|22才|女性|魔術師
  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 背徳の馨香
    ブラウ(ka4809
    ドワーフ|11才|女性|舞刀士

  • 小鳥遊 時雨(ka4921
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ヴァルナ=エリゴス(ka2651
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/02/03 20:34:24
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/01/31 19:41:45
アイコン 相談卓
リーリア・バックフィード(ka0873
人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/02/06 12:22:14