ゲスト
(ka0000)
無能力異邦人とコーヒー豆
マスター:真太郎
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/02/04 07:30
- 完成日
- 2016/02/08 04:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
私がクリムゾンウェストに召喚された時の事は今でもよく覚えている。
場所は喫茶店だった。
学校で授業を受けていたはずなのに、周囲の風景が急に見知らぬ喫茶店になったのだ。
あまりに驚天動地の出来事だったから、『きっと授業中に居眠りしちゃて夢を見てるんだ』と思ったくらい。
ま、当然の反応だよね。
だから店内をきょろきょろしていて注文を聞かれたら、普通にコーヒーを頼んでた。
そして勘定の時に見知らぬ通貨を見せられて、お金がない理由を説明していたら店長が何となく事情を察してくれて、それで色々教えてくれた。
私は異世界に召喚されたんだと……。
魔法や魔物が実際に存在するファンタジーな世界。
その魔物と戦う力を持つ能力者。
そんな世界に私はワクワクした。
私は能力者になって世界を救う勇者になるために召喚されたに違いない!
そう思った私は意気揚々と検査を受けたのだけれど……。
「残念ながらアナタには覚醒者としての素質はありませんね」
とハッキリ言われてしまった。
なんで?
「おかえりマオちゃん。どうだった?」
喫茶店に戻ると店長が笑顔で迎えてくれた。
「店長さん……。ダメでしたぁ~~」
「あれま。ダメだったんだ」
「微塵も才能がないらしいですぅ~~」
「あらら、じゃあマオちゃん何のために召喚されたんだろうねぇ?」
「そんなの私が聞きたいですよ……」
「神様が何かの手違いで召喚しちゃったとか」
「単なる事故ですか!?」
神様……あんまりです。
私はテーブルに突っ伏した。
脳裏に想い描いていた夢の英雄譚が霧散してゆく。
ぐ~……。
落ち込んでいてもお腹は減る。
でもお金はない。
しかしハンターとしての道は閉ざされてしまった。
だからハンター以外の働き口を何か見つけないといけない。
でも数日前まで単なる女子高生だった私に何ができるだろう?
異世界で一人ぼっちの私に……。
何もできる気がしない。
何をやればいいのかも分からない。
未来は真っ暗だ。
不安だけが大きくなり、涙がこぼれそうになる。
「はい、マオちゃん」
店長が突っ伏す私の前にケーキを置いてくれた。
「お祝いケーキの予定だったんだけど。ま、とりあえず食べなよ」
「店長さん……」
人の優しさが身にしみた。
思わず目から涙が零れて、店長の顔が霞む。
「それでさ、マオちゃん。ものは相談なんだけど、ここで働かない?」
「え?」
救いの神がここにいた。
店長さんは神様に違いない。
「実はマオちゃんいてくれると助かるのよ」
「そんな、私こそ……あ、あ、ありがとうごじゃいましゅぅ~……」
言葉尻が涙と鼻水で変な声になってしまった。
「ほら泣かない泣かない。ケーキ食べな」
「はい」
私は涙を拭うとケーキを食べた。
この時のケーキの味は一生忘れないと思う。
こうして私『柊真緒』は『マルシア・シュタインバーグ』さんの喫茶店『ひだまり亭』で働く事になった。
しかしこの喫茶店、実は全然流行っていない。
なぜなら店長は基本的に面倒くさがり屋で、作る料理は不味くはないけれど美味くもないという中途半端なものばかりだからだ。
それでも店が潰れていないのは、店長の淹れるコーヒーが絶品なためだろう。
このコーヒーは店長の旦那さんが長年研究を重ねて作り上げたものらしい。
しかし旦那さんは事故で亡くなってしまう。
店長は亡き夫の残したコーヒーの味を再現させるために奮起し、なんとか味を取り戻した。
でもそこで精根尽き果てて、他の料理は適当になってしまったらしい。
なのでこの店は旦那さんの残したコーヒーで支えられている。
なのに……。
最近そのコーヒー豆が店に届かない。
毎週荷馬車で送られてくるのだけど、この2週間どの荷馬車にも積まれていなかった。
「マオちゃん……うちの店、もう潰れるかもしれない」
「いきなり何言ってんですか店長!?」
「だってもうコーヒー豆が底を尽きそうなんだもん……」
「別の豆を使えばいいじゃないですか」
「ダメよ。私、あのコーヒー豆でないとコーヒー淹れられないの」
「何言ってるんですか~。あんなに美味しく淹れられるんですから、他の豆でも大丈夫ですよー」
試しに他の豆で淹れてもらった。
……不味い。
本当に不味い。
なんで?
「ほら、言った通りでしょ」
「こんな事で威張らないでください」
仕方なく1週間後の荷馬車を待ったけど、やっぱりコーヒー豆は届かなかった。
「マオちゃん……短い間だったけどありがとう。アナタ……今からそっちに行くわ」
「人生諦めるの早すぎです店長!!」
首くくろうとしていた店長を何とか引き止める。
「だってもう豆が残ってないのよ。もう3週間も届かないし。きっともう豆は届かないんだわ。コーヒー出せない喫茶店なんて潰れちゃう。もう飢え死ぬしかないわ……」
なんたるネガティブ。
「だったら……わ、私が直接豆を取りに行ってきます!!」
私は勇気を振り絞り、一大決心して告げた。
「マオちゃん無能力者じゃない。女の子の一人旅なんて危ないわ。無理よ~」
そ、そうだけど、その呼ばれ方は心外だわ。
「大丈夫です! 元いた世界でも一人旅はした事ありますから!」
店長は最後まで心配していたけど何とか説得して了承させた。
異世界での初めての旅。
どんな冒険が待ち受けているのかとワクワクしてたのだけど……。
なーんの問題も起こらず農園に着いてしまった。
まぁ、安全に着けてよかったんだけどね。
ただ、私は無事に着けたけど、コーヒー農園は無事じゃなかった。
農場の建物が半壊していたのだ。
「なにこれ……」
しばらく呆然としてしまったけど、私は半壊している建物に入っていった。
「あ、お客さんかい?」
中には目が細くて浅黒い肌の男性がいた。
「悪いけど見ての通りの有様で、今は店をやっていないんだ」
「何があったんですか?」
「巨大ネズミの歪虚に襲われてね。従業員共々農園をボロボロにされてしまったんだ。歪虚はハンターを雇って退治してもらったし、歪虚に汚染された農園も先日清め終わったんだけどね」
「じゃあ農園を再開できるんですね!」
「それが従業員の怪我が治っていなくてね。今はハンターさんを雇って収穫してもらってるんだけど、営業再開はまだまだ先になるかな」
「そんなぁ~……」
私はガックリ落ち込んだが、ここで諦めるわけにはいかない。
今諦めたら店は潰れ、私も店長も露頭に迷ってしまう。
「じゃあ私も収穫手伝います! 自分で収穫した分を売ってもらうならいいですよね!」
「いや、収穫したての豆をすぐコーヒーに出来る訳じゃないんだけど……。でもそうだね、収穫した分と備蓄のコーヒー豆を交換して売ってあげてもいいよ」
「ありがとうございます!」
これで何とか私の生活と店長の命を繋ぐ事ができそうだ。
でも農園のお仕事って大変そうだなぁ……。
大丈夫かな?
場所は喫茶店だった。
学校で授業を受けていたはずなのに、周囲の風景が急に見知らぬ喫茶店になったのだ。
あまりに驚天動地の出来事だったから、『きっと授業中に居眠りしちゃて夢を見てるんだ』と思ったくらい。
ま、当然の反応だよね。
だから店内をきょろきょろしていて注文を聞かれたら、普通にコーヒーを頼んでた。
そして勘定の時に見知らぬ通貨を見せられて、お金がない理由を説明していたら店長が何となく事情を察してくれて、それで色々教えてくれた。
私は異世界に召喚されたんだと……。
魔法や魔物が実際に存在するファンタジーな世界。
その魔物と戦う力を持つ能力者。
そんな世界に私はワクワクした。
私は能力者になって世界を救う勇者になるために召喚されたに違いない!
そう思った私は意気揚々と検査を受けたのだけれど……。
「残念ながらアナタには覚醒者としての素質はありませんね」
とハッキリ言われてしまった。
なんで?
「おかえりマオちゃん。どうだった?」
喫茶店に戻ると店長が笑顔で迎えてくれた。
「店長さん……。ダメでしたぁ~~」
「あれま。ダメだったんだ」
「微塵も才能がないらしいですぅ~~」
「あらら、じゃあマオちゃん何のために召喚されたんだろうねぇ?」
「そんなの私が聞きたいですよ……」
「神様が何かの手違いで召喚しちゃったとか」
「単なる事故ですか!?」
神様……あんまりです。
私はテーブルに突っ伏した。
脳裏に想い描いていた夢の英雄譚が霧散してゆく。
ぐ~……。
落ち込んでいてもお腹は減る。
でもお金はない。
しかしハンターとしての道は閉ざされてしまった。
だからハンター以外の働き口を何か見つけないといけない。
でも数日前まで単なる女子高生だった私に何ができるだろう?
異世界で一人ぼっちの私に……。
何もできる気がしない。
何をやればいいのかも分からない。
未来は真っ暗だ。
不安だけが大きくなり、涙がこぼれそうになる。
「はい、マオちゃん」
店長が突っ伏す私の前にケーキを置いてくれた。
「お祝いケーキの予定だったんだけど。ま、とりあえず食べなよ」
「店長さん……」
人の優しさが身にしみた。
思わず目から涙が零れて、店長の顔が霞む。
「それでさ、マオちゃん。ものは相談なんだけど、ここで働かない?」
「え?」
救いの神がここにいた。
店長さんは神様に違いない。
「実はマオちゃんいてくれると助かるのよ」
「そんな、私こそ……あ、あ、ありがとうごじゃいましゅぅ~……」
言葉尻が涙と鼻水で変な声になってしまった。
「ほら泣かない泣かない。ケーキ食べな」
「はい」
私は涙を拭うとケーキを食べた。
この時のケーキの味は一生忘れないと思う。
こうして私『柊真緒』は『マルシア・シュタインバーグ』さんの喫茶店『ひだまり亭』で働く事になった。
しかしこの喫茶店、実は全然流行っていない。
なぜなら店長は基本的に面倒くさがり屋で、作る料理は不味くはないけれど美味くもないという中途半端なものばかりだからだ。
それでも店が潰れていないのは、店長の淹れるコーヒーが絶品なためだろう。
このコーヒーは店長の旦那さんが長年研究を重ねて作り上げたものらしい。
しかし旦那さんは事故で亡くなってしまう。
店長は亡き夫の残したコーヒーの味を再現させるために奮起し、なんとか味を取り戻した。
でもそこで精根尽き果てて、他の料理は適当になってしまったらしい。
なのでこの店は旦那さんの残したコーヒーで支えられている。
なのに……。
最近そのコーヒー豆が店に届かない。
毎週荷馬車で送られてくるのだけど、この2週間どの荷馬車にも積まれていなかった。
「マオちゃん……うちの店、もう潰れるかもしれない」
「いきなり何言ってんですか店長!?」
「だってもうコーヒー豆が底を尽きそうなんだもん……」
「別の豆を使えばいいじゃないですか」
「ダメよ。私、あのコーヒー豆でないとコーヒー淹れられないの」
「何言ってるんですか~。あんなに美味しく淹れられるんですから、他の豆でも大丈夫ですよー」
試しに他の豆で淹れてもらった。
……不味い。
本当に不味い。
なんで?
「ほら、言った通りでしょ」
「こんな事で威張らないでください」
仕方なく1週間後の荷馬車を待ったけど、やっぱりコーヒー豆は届かなかった。
「マオちゃん……短い間だったけどありがとう。アナタ……今からそっちに行くわ」
「人生諦めるの早すぎです店長!!」
首くくろうとしていた店長を何とか引き止める。
「だってもう豆が残ってないのよ。もう3週間も届かないし。きっともう豆は届かないんだわ。コーヒー出せない喫茶店なんて潰れちゃう。もう飢え死ぬしかないわ……」
なんたるネガティブ。
「だったら……わ、私が直接豆を取りに行ってきます!!」
私は勇気を振り絞り、一大決心して告げた。
「マオちゃん無能力者じゃない。女の子の一人旅なんて危ないわ。無理よ~」
そ、そうだけど、その呼ばれ方は心外だわ。
「大丈夫です! 元いた世界でも一人旅はした事ありますから!」
店長は最後まで心配していたけど何とか説得して了承させた。
異世界での初めての旅。
どんな冒険が待ち受けているのかとワクワクしてたのだけど……。
なーんの問題も起こらず農園に着いてしまった。
まぁ、安全に着けてよかったんだけどね。
ただ、私は無事に着けたけど、コーヒー農園は無事じゃなかった。
農場の建物が半壊していたのだ。
「なにこれ……」
しばらく呆然としてしまったけど、私は半壊している建物に入っていった。
「あ、お客さんかい?」
中には目が細くて浅黒い肌の男性がいた。
「悪いけど見ての通りの有様で、今は店をやっていないんだ」
「何があったんですか?」
「巨大ネズミの歪虚に襲われてね。従業員共々農園をボロボロにされてしまったんだ。歪虚はハンターを雇って退治してもらったし、歪虚に汚染された農園も先日清め終わったんだけどね」
「じゃあ農園を再開できるんですね!」
「それが従業員の怪我が治っていなくてね。今はハンターさんを雇って収穫してもらってるんだけど、営業再開はまだまだ先になるかな」
「そんなぁ~……」
私はガックリ落ち込んだが、ここで諦めるわけにはいかない。
今諦めたら店は潰れ、私も店長も露頭に迷ってしまう。
「じゃあ私も収穫手伝います! 自分で収穫した分を売ってもらうならいいですよね!」
「いや、収穫したての豆をすぐコーヒーに出来る訳じゃないんだけど……。でもそうだね、収穫した分と備蓄のコーヒー豆を交換して売ってあげてもいいよ」
「ありがとうございます!」
これで何とか私の生活と店長の命を繋ぐ事ができそうだ。
でも農園のお仕事って大変そうだなぁ……。
大丈夫かな?
リプレイ本文
「皆さん、赤く熟れた実だけを収穫してください」
農場主のハンニに収穫の手解きを受けた6人のハンターとマオがコーヒー農園に入って行く。
「わー! たわわに実ってるねー」
マーオ(ka5475)の言うとおり、広い農園に植えられたコーヒーの木の枝には無数の赤い実が実っていた。
「あれ、猫がいる」
「え!」
マオが農園内にいたトラ猫を指差すと、猫好きだが猫からは好かれない保・はじめ(ka5800)が勢いよくそちらを見る。
「ネズミ捕り用に3匹飼ってるんですよ」
「そうなんですか。クイーン、君も最近運動不足だし、一緒にネズミ捕りさせて貰ったら?」
バジル・フィルビー(ka4977)はハンニの説明を聞くと、一緒に連れてきた愛猫のクィーンを農園に放した。
しかしクィーンは大きく欠伸をすると、その場で丸くなって寝てしまう。
「まったく、仕方のない子だなぁ……」
バジルは苦笑するしかなかった。
「α! γ!」
マリィア・バルデス(ka5848)は2頭の愛犬を呼び寄せると、顔を交互に両手で挟んでわしゃわしゃと撫ぜた。
「εと仲良くできる貴方達なら、この家の猫にちょっかいなんて出さないでしょう? お願いがあるの。使命感に溢れる犬だからこそできる大事な仕事」
αとγが背筋を伸ばして座り、命令を待つ。
「α、γ、お前達がこの農園の鼠を狩り尽せ……行けっ!」
マリィアの号令で2頭の犬が農園内に駆け出してゆく。
「犬はやる気を出させて褒めてあげれば、本当にいい仕事をするのよ? 今日1日でバケツ1杯くらい軽く狩ってくると思うわ」
「それは頼もしい! ありがとうございます」
感謝するハンニが目で追う先で、αがさっそく1匹捕らえていた。
「動物達ばかりに働かせている訳にはいきませんし、私達も始めましょう」
マヘル・ハシバス(ka0440)の言葉に皆うなずき、農園内に散って収穫を始めた。
「あの苦い飲み物の素がこれなんだね」
スゥ(ka4682)は収穫した実を珍しそうに見てから籠に入れた。
「コーヒーの実って、サクランボみたいだよね」
バジルが手にしている実は確かに大きさも見た目もサクランボに酷似している。
「食べられるんでしょうか?」
マオも興味津々な様子で実を見た。
「味は兎も角、体に良いとか聞いたことがある……ような?」
バジルは記憶を探ってみたが曖昧だった。
「赤パプリカ? みたいな味がするって……聞いたような……」
スゥが収穫の手を止めぬままポツリと呟く。
「へぇ~」
マオの瞳が好奇で煌いた。
「あ、マオ。種は食べちゃ駄」
「パクッ」
バジルがセリフを言い終わる前にマオは実を口にしていた。
「あ!」
「あ……」
「食べた……」
周りにいた者達が注目する中、マオの口がもぐもぐと動く。
「あの、どんな味がしました?」
マヘルが心配そうにマオの顔を覗き込む。
苦かったり酸っぱかったりすれば表情が歪むはずだが、マオの顔は歪んでいない。
「あ……あまーい!」
「え!」
「ホントに?」
「本当ですよ! 疑うなら食べてみてくださいよ~」
笑顔で勧めてくるマオは嘘をついているようには見えない。
半信半疑で、マーオ、スゥ、バジル、マヘルが実を口にする。
「美味しい!」
「……ホントに甘いね」
「これは意外でした」
「はい。コーヒーは苦いのに、果肉は甘いんですね」
「ほ~ら、本当に甘かったでしょ」
皆の反応にマオが満足そうに胸を張る。
「ちょっと貴方達、気持ちは分からなくもないけど、依頼主が見てる前でパクパク食べちゃダメでしょ」
マリィアは5人に小声で話しかけると、農園の端にいるハンニを指差した。
「あ……」
「すみません」
「ごめんなさい」
「つい魔が差して……」
「ちゃんと働きます」
「ははっ、少しくらいなら食べても構いませんよ」
皆でペコペコと謝ると、ハンニは笑って許してくれた。
それからは真面目に作業を始めたのだが、保はまだ一粒も収穫できていなかった。
鬼族なせいか、それとも単に不器用なのか、実を握りつぶしてしまうのだ。
力加減をしてみても。
ブチュ
やっぱり潰れた。
「むぅ……」
渋面になった保がチラリと横にいるスゥを見る。
「あ、虫。これは君のご飯じゃないよ」
スゥは時折いる虫を排除しつつ、軽快にぷちぷち実をもいでいる。
プロ技に見えた
スゥの手さばきを真似てみる。
ブチュ
(なぜだ……)
絶望感を感じながらも今度は薄いガラス板を摘むぐらいの気持ちで慎重にもいでみた。
(やった!)
ようやく潰さずもげたので、思わず心中で歓声をあげる。
一応コツは掴んだが神経を擦り減らす上に作業は遅く、保の籠が半分も埋まらない内にスゥの籠は一杯になった。
「それ、僕が持っていきますよ」
保は一杯になったスゥの籠を持った。
「え? いいの?」
「適材適所です」
そう言う保の顔は少し寂しそうだった。
収穫作業は太陽が頂点にかかる少し前くらいに終わった。
「珈琲豆の収穫は初めてやったけど……これ、腰にも爪にも結構くるわね……」
「えぇ、なかなか大変な仕事でした」
「僕も腰がバキバキですよ……」
マリィア、マヘル、バジルが屈みっぱなしだった体を伸ばしてストレッチする。
「でも次は井戸の水汲みですから、また腰にくるかも……」
体力に自信のないマーオはちょっと憂鬱そうだ。
皆でリレー式に水を汲んで樽に満たし、並行して実も入れてゆく。
1樽一杯になったところでマオが運ぼうとした。
「うーん!」
しかし重くて持ち上がらない。
「あ、マオさん。僕も手伝いますよ」
マーオが手を貸し、2人で持ち上げてみたが……。
「うーん!」
「うーん!」
2人でも持ち上がらない。
「どうしましょう?」
「こういうのは気合です! 私気合の入る言葉知ってますから、それで行きましょう!」
「ではそれで」
改めて2人でも持つ。
「ファイトーー!」
「イッパァーーツ!」
必殺の言葉だったが、やっぱり上がらない。
「……ダメですね」
「おかしいですね? これで凄い力が出るはずなんですけど……」
マーオとマオが首を傾げる。
「ちょっと、そこのマオマオコンビ」
見かねたマリィアが2人に呼びかける。
「マオマオコンビ?」
「あ、私達名前が似てるから」
「あ、なるほど~」
「それはいいから。樽は保さんに任せて、貴方達は実を入れてちょうだい」
和気藹々としている2人に呆れながらマリィアは実を渡した。
そんなこんなで作業も終わり、昼食の時間になる。
「パンとサラダとソーセージ。全部自家製らしいですよ」
昼食の準備も手伝ったマーオが配膳しながら説明する。
「食後のコーヒーももちろん自家製ですよ。さ、召し上がって下さい」
ハンニの勧めで皆食べ始める。
「ところで柊さんはどうしてここに来たの? 私は災害派遣の経験があるから手助けに来たんだけど」
マリィアに尋ねられたマオは自分の経緯を皆に話した。
「僕はロッソでの転移組だけど、マオはたった一人で転移したのか……。命の危険は無かったかも知れないけど、怖かっただろうね」
「それに覚醒者の適性が無かったんですか……大変でしたね」
バジルとマヘルが気遣わしげにマオを見る。
「大変でしたし、不安はありましたけど、怖くはなかったですね」
「どうして?」
「たぶん、転移してすぐ店長に会えていたからだと思います」
マリィアの問いにマオは笑顔で答えられた。
その笑顔から店長のマルシアを本当に信頼しているのだと分かる。
「そうですか、いい人に出逢えてよかったですね」
マヘルの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「ですが話に聞く限り、先行き不安なお店ですし、再び行き詰まりなった時に何とかできるのはきっとマオさんだけでしょうね」
「あ、やっぱりそう思います?」
保の言葉にマオが表情を暗くする。
「はい。マオさんが改善しようとしない限りずっとそのままでしょう。マオさんの力で店を何とかする。波乱万丈な冒険でも壮大な英雄譚でもありませんけど、それも選択肢の1つではないでしょうか?」
「そう、ですね……」
マオは神妙な顔で頷いた。
そうして話が一区切り付いた時、黒猫がバジルの膝に乗ってきた。
「おっと! 猫さん、こんにちは。どうしたんだい?」
「エサをねだりに来たんですよ。まるでエサをあげてないみたいなので止めて欲しいのですが……」
ハンニが困り顔で説明する。
「ソーセージをあげても大丈夫ですか?」
「構いませんよ」
(よし!)
保は心の中でガッツポーズを取った。
(でも猫さんは3匹、ソーセージは1本、困りましたね。むむむ……)
「おいでおいで~」
「美味しいですか?」
保が悩んでいる間にバジル、スゥ、マヘルがソーセージを一口大にしてあげてしまう。
それで猫達は満足してしまい、離れていった。
(あぁ、ひと撫でくらいさせてくれても……)
保は悲しげな瞳で見送るしかなかった。
やがて食事も終わりコーヒータイム。
「やはり温かいコーヒーはホッとしますね」
コーヒー好きのマヘルが至福の笑みを浮かべる。
「世界は違っても同じ食べ物や飲み物があるって嬉しいよね」
バジルもリラックスした様子でコーヒーを口に含む。。
「苦いね……。大人の味かな? スゥには早い気がするよ」
スゥはちみっと飲んだだけでカップをテーブルに戻した。
「こうすれば飲みやすくなりますよ」
マーオはスゥのコーヒーに砂糖とミルクを入れてあげた。
「ホントに?」
「騙されたと思って飲んでみて」
疑いながらも飲んでみる。
「うん。これなら飲める」
スゥは満足そうにコーヒーを飲み干した。
午後からは事前に実を漬けてある樽から実を取り出し、1個1個果肉を剥いてコーヒー豆を取り出してゆく。
「果肉捨てるの勿体無いですね」
「甘味があるんですから何かに利用できそうですよね」
「ジャムなら作れるかもしれない」
「あ、それいいですね」
作業を始めた当初はそんな風に軽口も言い合えていた。
しかし幾ら果肉を剥いても実の数はなかなか減らない。
それでも延々と果肉を剥き続けるしかない。
実の数は減らないが、反比例して口数は減る。
次第に皆黙々と作業をするようになってきた。
目の前に果肉の山が高く積もってゆく。
こうなるともう勿体無いだなんて思えない。
果肉の汁まみれの指がだんだんだるくなってくる。
肩が凝って重くなり、首や肩を回す頻度が増えてくる。
眼精疲労で瞬きの数が増え、集中力も落ちてくる。
いったい作業を始めてどれくらいの時間が経っただろうか?
1時間? 2時間?
体感的にはもう5時間位やっててもおかしくない。
そう思うぐらいの作業量だった。
剥く。
剥く。
剥く。
ただひたすらに。
黙々と。
もうそろそろ止めたい。
もういいんじゃないか?
そんな風に思いかけてきた頃。
「これで最後です」
ハンニが最後の樽を持ってきた。
「それで終わり?」
「やった!」
能面のような無表情になっていた皆の顔に希望が灯る。
そこからは早かった。
一刻も早く終わらせたい思いで皆ラストスパートをかけたのだ。
「ラスト!」
「終わりました!」
「終わった……」
「ふぅ~……」
「長かったわ……」
歓声を上げたり、伸びをしたり、突っ伏したり、皆が思い思いの開放感に浸る。
「うう……目がシパシパする」
バジルが呻きながら目頭を揉む。
「コーヒー豆作るのって、こんなに大変だったんですね……」
「コーヒーを飲む時はこういった行程は意識しませんものね。感謝して飲まないといけませんね」
突っ伏して呟くマオの言葉にマヘルが苦笑で応じる。
「ご苦労様です。これを干せば終わりですよ」
ハンニの労いの言葉に促され、剥いたばかりコーヒー豆の入った籠を手に取る。
「ここに均一に撒いて下さい」
天日干しの場所まで来たハンニの指示はそれだけだった。
今までの工程を思うとあっけないくらい簡単な作業である。
皆で豆をパーっと撒いてゆく。
するとどこからかカラスがやって来て上空を滞空し始めた。
その内の1羽が急降下して豆を浚ってゆく。
「あ! ドロボー!」
マオは近くにあった箒を手に取るとカラスに向かってブンブンと振り回す。
するとカラスは反撃とばかりに鉤爪でマオに襲い掛かった。
「キャー!」
「危ない!」
保は咄嗟に符を抜いて投げると『瑞鳥符』を発動。
光り輝く鳥に変化した符がカラスの攻撃を受けとめて散る。
カラスは上空に逃れたが、マリィアはリボルバー「グラソン」を抜き、わざと外して1発撃ち込んだ。
発砲音に驚いたカラス達が乱れ飛ぶ。
「人を襲えば害獣よ。棲み分けを見極められない相手なら駆逐もやむなしでしょう?」
カラスに言葉は通じないが、殺気を込めて睨みながらリボルバーを向け続ける。
するとカラスは散り散りにその場を離れていった。
「マリィアさん、それ……じゅ、銃ですよね。な、なんでそんなもの持ってるんですか?」
一方、助けられたマオはカラスに襲われた事よりもマリィアの銃に驚いていた。
「なんでって、私は猟撃士だもの。銃くらい持ってるわ」
そう言ってからふと気づいた。
マオはこの世界に来て日が浅く、少し前まで普通の女子高生だったのだから、銃を見慣れていなくて当然だ。
「試しに撃ってみる」
マリィアはセーフティを掛けて銃身を持つと、グリップをマオに差し出した。
「わ! ダメ! 危ないです! 弾が出たらどうするんですか!」
マオが大げさに飛び退る。
その無垢な反応が逆に嬉しかった。
「貴方は能力がなくてよかったのかもしれないわ」
マリィアは銃を仕舞って微笑み。
「貴方にはひだまり亭の看板娘が似合ってる」
マオの頭を優しく撫でた。
豆を撒き終えるとスゥが猫を抱いて連れてきた。
「カラス……コーヒー豆を食べようとするんだね、スゥは知らなかったよ。お前達がカラスから守るんだよ」
猫をカラス除けにしたいらしいが、猫達は豆の番をするつもりなどない。
(これがラストチャンス……)
保は猫と仲良くなるために取得した『動物愛』のスキルを試すべく覚醒した。
額の角と牙が伸び、肌が青白くなる。
その変化を見た猫達は驚き、シャーと声を荒げて毛を逆立てた。
「よ~し、おいでおいで~」
猫撫で声で呼びかけたが、猫達は一目散に逃げ出してしまう。
「駄目か……。牛には動物愛が効いたのに……」
保は遠い目で空を仰いだ。
仕事を終えたマオは約束通りハンニからコーヒー豆を譲り受けた。
「ありがとうございます。これで店も安泰です」
「うん。マルシアさんによろしく」
「はい」
「マオ」
マリィアが呼びかける。
「私珈琲好きなのよ。是非寄らせてもらうわ」
「え? わぁ! ありがとうございます! お待ちしてます」
「私も一度マオさんの働いているお店に行ってみたいです」
「はい。是非来てください」
マヘルの手を握ってぶんぶん振る。
そして他の皆にも別れの挨拶をし、マルシアの待つひだまり亭へ帰っていった。
農場主のハンニに収穫の手解きを受けた6人のハンターとマオがコーヒー農園に入って行く。
「わー! たわわに実ってるねー」
マーオ(ka5475)の言うとおり、広い農園に植えられたコーヒーの木の枝には無数の赤い実が実っていた。
「あれ、猫がいる」
「え!」
マオが農園内にいたトラ猫を指差すと、猫好きだが猫からは好かれない保・はじめ(ka5800)が勢いよくそちらを見る。
「ネズミ捕り用に3匹飼ってるんですよ」
「そうなんですか。クイーン、君も最近運動不足だし、一緒にネズミ捕りさせて貰ったら?」
バジル・フィルビー(ka4977)はハンニの説明を聞くと、一緒に連れてきた愛猫のクィーンを農園に放した。
しかしクィーンは大きく欠伸をすると、その場で丸くなって寝てしまう。
「まったく、仕方のない子だなぁ……」
バジルは苦笑するしかなかった。
「α! γ!」
マリィア・バルデス(ka5848)は2頭の愛犬を呼び寄せると、顔を交互に両手で挟んでわしゃわしゃと撫ぜた。
「εと仲良くできる貴方達なら、この家の猫にちょっかいなんて出さないでしょう? お願いがあるの。使命感に溢れる犬だからこそできる大事な仕事」
αとγが背筋を伸ばして座り、命令を待つ。
「α、γ、お前達がこの農園の鼠を狩り尽せ……行けっ!」
マリィアの号令で2頭の犬が農園内に駆け出してゆく。
「犬はやる気を出させて褒めてあげれば、本当にいい仕事をするのよ? 今日1日でバケツ1杯くらい軽く狩ってくると思うわ」
「それは頼もしい! ありがとうございます」
感謝するハンニが目で追う先で、αがさっそく1匹捕らえていた。
「動物達ばかりに働かせている訳にはいきませんし、私達も始めましょう」
マヘル・ハシバス(ka0440)の言葉に皆うなずき、農園内に散って収穫を始めた。
「あの苦い飲み物の素がこれなんだね」
スゥ(ka4682)は収穫した実を珍しそうに見てから籠に入れた。
「コーヒーの実って、サクランボみたいだよね」
バジルが手にしている実は確かに大きさも見た目もサクランボに酷似している。
「食べられるんでしょうか?」
マオも興味津々な様子で実を見た。
「味は兎も角、体に良いとか聞いたことがある……ような?」
バジルは記憶を探ってみたが曖昧だった。
「赤パプリカ? みたいな味がするって……聞いたような……」
スゥが収穫の手を止めぬままポツリと呟く。
「へぇ~」
マオの瞳が好奇で煌いた。
「あ、マオ。種は食べちゃ駄」
「パクッ」
バジルがセリフを言い終わる前にマオは実を口にしていた。
「あ!」
「あ……」
「食べた……」
周りにいた者達が注目する中、マオの口がもぐもぐと動く。
「あの、どんな味がしました?」
マヘルが心配そうにマオの顔を覗き込む。
苦かったり酸っぱかったりすれば表情が歪むはずだが、マオの顔は歪んでいない。
「あ……あまーい!」
「え!」
「ホントに?」
「本当ですよ! 疑うなら食べてみてくださいよ~」
笑顔で勧めてくるマオは嘘をついているようには見えない。
半信半疑で、マーオ、スゥ、バジル、マヘルが実を口にする。
「美味しい!」
「……ホントに甘いね」
「これは意外でした」
「はい。コーヒーは苦いのに、果肉は甘いんですね」
「ほ~ら、本当に甘かったでしょ」
皆の反応にマオが満足そうに胸を張る。
「ちょっと貴方達、気持ちは分からなくもないけど、依頼主が見てる前でパクパク食べちゃダメでしょ」
マリィアは5人に小声で話しかけると、農園の端にいるハンニを指差した。
「あ……」
「すみません」
「ごめんなさい」
「つい魔が差して……」
「ちゃんと働きます」
「ははっ、少しくらいなら食べても構いませんよ」
皆でペコペコと謝ると、ハンニは笑って許してくれた。
それからは真面目に作業を始めたのだが、保はまだ一粒も収穫できていなかった。
鬼族なせいか、それとも単に不器用なのか、実を握りつぶしてしまうのだ。
力加減をしてみても。
ブチュ
やっぱり潰れた。
「むぅ……」
渋面になった保がチラリと横にいるスゥを見る。
「あ、虫。これは君のご飯じゃないよ」
スゥは時折いる虫を排除しつつ、軽快にぷちぷち実をもいでいる。
プロ技に見えた
スゥの手さばきを真似てみる。
ブチュ
(なぜだ……)
絶望感を感じながらも今度は薄いガラス板を摘むぐらいの気持ちで慎重にもいでみた。
(やった!)
ようやく潰さずもげたので、思わず心中で歓声をあげる。
一応コツは掴んだが神経を擦り減らす上に作業は遅く、保の籠が半分も埋まらない内にスゥの籠は一杯になった。
「それ、僕が持っていきますよ」
保は一杯になったスゥの籠を持った。
「え? いいの?」
「適材適所です」
そう言う保の顔は少し寂しそうだった。
収穫作業は太陽が頂点にかかる少し前くらいに終わった。
「珈琲豆の収穫は初めてやったけど……これ、腰にも爪にも結構くるわね……」
「えぇ、なかなか大変な仕事でした」
「僕も腰がバキバキですよ……」
マリィア、マヘル、バジルが屈みっぱなしだった体を伸ばしてストレッチする。
「でも次は井戸の水汲みですから、また腰にくるかも……」
体力に自信のないマーオはちょっと憂鬱そうだ。
皆でリレー式に水を汲んで樽に満たし、並行して実も入れてゆく。
1樽一杯になったところでマオが運ぼうとした。
「うーん!」
しかし重くて持ち上がらない。
「あ、マオさん。僕も手伝いますよ」
マーオが手を貸し、2人で持ち上げてみたが……。
「うーん!」
「うーん!」
2人でも持ち上がらない。
「どうしましょう?」
「こういうのは気合です! 私気合の入る言葉知ってますから、それで行きましょう!」
「ではそれで」
改めて2人でも持つ。
「ファイトーー!」
「イッパァーーツ!」
必殺の言葉だったが、やっぱり上がらない。
「……ダメですね」
「おかしいですね? これで凄い力が出るはずなんですけど……」
マーオとマオが首を傾げる。
「ちょっと、そこのマオマオコンビ」
見かねたマリィアが2人に呼びかける。
「マオマオコンビ?」
「あ、私達名前が似てるから」
「あ、なるほど~」
「それはいいから。樽は保さんに任せて、貴方達は実を入れてちょうだい」
和気藹々としている2人に呆れながらマリィアは実を渡した。
そんなこんなで作業も終わり、昼食の時間になる。
「パンとサラダとソーセージ。全部自家製らしいですよ」
昼食の準備も手伝ったマーオが配膳しながら説明する。
「食後のコーヒーももちろん自家製ですよ。さ、召し上がって下さい」
ハンニの勧めで皆食べ始める。
「ところで柊さんはどうしてここに来たの? 私は災害派遣の経験があるから手助けに来たんだけど」
マリィアに尋ねられたマオは自分の経緯を皆に話した。
「僕はロッソでの転移組だけど、マオはたった一人で転移したのか……。命の危険は無かったかも知れないけど、怖かっただろうね」
「それに覚醒者の適性が無かったんですか……大変でしたね」
バジルとマヘルが気遣わしげにマオを見る。
「大変でしたし、不安はありましたけど、怖くはなかったですね」
「どうして?」
「たぶん、転移してすぐ店長に会えていたからだと思います」
マリィアの問いにマオは笑顔で答えられた。
その笑顔から店長のマルシアを本当に信頼しているのだと分かる。
「そうですか、いい人に出逢えてよかったですね」
マヘルの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「ですが話に聞く限り、先行き不安なお店ですし、再び行き詰まりなった時に何とかできるのはきっとマオさんだけでしょうね」
「あ、やっぱりそう思います?」
保の言葉にマオが表情を暗くする。
「はい。マオさんが改善しようとしない限りずっとそのままでしょう。マオさんの力で店を何とかする。波乱万丈な冒険でも壮大な英雄譚でもありませんけど、それも選択肢の1つではないでしょうか?」
「そう、ですね……」
マオは神妙な顔で頷いた。
そうして話が一区切り付いた時、黒猫がバジルの膝に乗ってきた。
「おっと! 猫さん、こんにちは。どうしたんだい?」
「エサをねだりに来たんですよ。まるでエサをあげてないみたいなので止めて欲しいのですが……」
ハンニが困り顔で説明する。
「ソーセージをあげても大丈夫ですか?」
「構いませんよ」
(よし!)
保は心の中でガッツポーズを取った。
(でも猫さんは3匹、ソーセージは1本、困りましたね。むむむ……)
「おいでおいで~」
「美味しいですか?」
保が悩んでいる間にバジル、スゥ、マヘルがソーセージを一口大にしてあげてしまう。
それで猫達は満足してしまい、離れていった。
(あぁ、ひと撫でくらいさせてくれても……)
保は悲しげな瞳で見送るしかなかった。
やがて食事も終わりコーヒータイム。
「やはり温かいコーヒーはホッとしますね」
コーヒー好きのマヘルが至福の笑みを浮かべる。
「世界は違っても同じ食べ物や飲み物があるって嬉しいよね」
バジルもリラックスした様子でコーヒーを口に含む。。
「苦いね……。大人の味かな? スゥには早い気がするよ」
スゥはちみっと飲んだだけでカップをテーブルに戻した。
「こうすれば飲みやすくなりますよ」
マーオはスゥのコーヒーに砂糖とミルクを入れてあげた。
「ホントに?」
「騙されたと思って飲んでみて」
疑いながらも飲んでみる。
「うん。これなら飲める」
スゥは満足そうにコーヒーを飲み干した。
午後からは事前に実を漬けてある樽から実を取り出し、1個1個果肉を剥いてコーヒー豆を取り出してゆく。
「果肉捨てるの勿体無いですね」
「甘味があるんですから何かに利用できそうですよね」
「ジャムなら作れるかもしれない」
「あ、それいいですね」
作業を始めた当初はそんな風に軽口も言い合えていた。
しかし幾ら果肉を剥いても実の数はなかなか減らない。
それでも延々と果肉を剥き続けるしかない。
実の数は減らないが、反比例して口数は減る。
次第に皆黙々と作業をするようになってきた。
目の前に果肉の山が高く積もってゆく。
こうなるともう勿体無いだなんて思えない。
果肉の汁まみれの指がだんだんだるくなってくる。
肩が凝って重くなり、首や肩を回す頻度が増えてくる。
眼精疲労で瞬きの数が増え、集中力も落ちてくる。
いったい作業を始めてどれくらいの時間が経っただろうか?
1時間? 2時間?
体感的にはもう5時間位やっててもおかしくない。
そう思うぐらいの作業量だった。
剥く。
剥く。
剥く。
ただひたすらに。
黙々と。
もうそろそろ止めたい。
もういいんじゃないか?
そんな風に思いかけてきた頃。
「これで最後です」
ハンニが最後の樽を持ってきた。
「それで終わり?」
「やった!」
能面のような無表情になっていた皆の顔に希望が灯る。
そこからは早かった。
一刻も早く終わらせたい思いで皆ラストスパートをかけたのだ。
「ラスト!」
「終わりました!」
「終わった……」
「ふぅ~……」
「長かったわ……」
歓声を上げたり、伸びをしたり、突っ伏したり、皆が思い思いの開放感に浸る。
「うう……目がシパシパする」
バジルが呻きながら目頭を揉む。
「コーヒー豆作るのって、こんなに大変だったんですね……」
「コーヒーを飲む時はこういった行程は意識しませんものね。感謝して飲まないといけませんね」
突っ伏して呟くマオの言葉にマヘルが苦笑で応じる。
「ご苦労様です。これを干せば終わりですよ」
ハンニの労いの言葉に促され、剥いたばかりコーヒー豆の入った籠を手に取る。
「ここに均一に撒いて下さい」
天日干しの場所まで来たハンニの指示はそれだけだった。
今までの工程を思うとあっけないくらい簡単な作業である。
皆で豆をパーっと撒いてゆく。
するとどこからかカラスがやって来て上空を滞空し始めた。
その内の1羽が急降下して豆を浚ってゆく。
「あ! ドロボー!」
マオは近くにあった箒を手に取るとカラスに向かってブンブンと振り回す。
するとカラスは反撃とばかりに鉤爪でマオに襲い掛かった。
「キャー!」
「危ない!」
保は咄嗟に符を抜いて投げると『瑞鳥符』を発動。
光り輝く鳥に変化した符がカラスの攻撃を受けとめて散る。
カラスは上空に逃れたが、マリィアはリボルバー「グラソン」を抜き、わざと外して1発撃ち込んだ。
発砲音に驚いたカラス達が乱れ飛ぶ。
「人を襲えば害獣よ。棲み分けを見極められない相手なら駆逐もやむなしでしょう?」
カラスに言葉は通じないが、殺気を込めて睨みながらリボルバーを向け続ける。
するとカラスは散り散りにその場を離れていった。
「マリィアさん、それ……じゅ、銃ですよね。な、なんでそんなもの持ってるんですか?」
一方、助けられたマオはカラスに襲われた事よりもマリィアの銃に驚いていた。
「なんでって、私は猟撃士だもの。銃くらい持ってるわ」
そう言ってからふと気づいた。
マオはこの世界に来て日が浅く、少し前まで普通の女子高生だったのだから、銃を見慣れていなくて当然だ。
「試しに撃ってみる」
マリィアはセーフティを掛けて銃身を持つと、グリップをマオに差し出した。
「わ! ダメ! 危ないです! 弾が出たらどうするんですか!」
マオが大げさに飛び退る。
その無垢な反応が逆に嬉しかった。
「貴方は能力がなくてよかったのかもしれないわ」
マリィアは銃を仕舞って微笑み。
「貴方にはひだまり亭の看板娘が似合ってる」
マオの頭を優しく撫でた。
豆を撒き終えるとスゥが猫を抱いて連れてきた。
「カラス……コーヒー豆を食べようとするんだね、スゥは知らなかったよ。お前達がカラスから守るんだよ」
猫をカラス除けにしたいらしいが、猫達は豆の番をするつもりなどない。
(これがラストチャンス……)
保は猫と仲良くなるために取得した『動物愛』のスキルを試すべく覚醒した。
額の角と牙が伸び、肌が青白くなる。
その変化を見た猫達は驚き、シャーと声を荒げて毛を逆立てた。
「よ~し、おいでおいで~」
猫撫で声で呼びかけたが、猫達は一目散に逃げ出してしまう。
「駄目か……。牛には動物愛が効いたのに……」
保は遠い目で空を仰いだ。
仕事を終えたマオは約束通りハンニからコーヒー豆を譲り受けた。
「ありがとうございます。これで店も安泰です」
「うん。マルシアさんによろしく」
「はい」
「マオ」
マリィアが呼びかける。
「私珈琲好きなのよ。是非寄らせてもらうわ」
「え? わぁ! ありがとうございます! お待ちしてます」
「私も一度マオさんの働いているお店に行ってみたいです」
「はい。是非来てください」
マヘルの手を握ってぶんぶん振る。
そして他の皆にも別れの挨拶をし、マルシアの待つひだまり亭へ帰っていった。
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最終発言 2016/02/03 23:19:27 |