ゲスト
(ka0000)
黒い貴人
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/02/06 07:30
- 完成日
- 2016/02/14 23:15
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
帝国領・臨海3州のひとつ、メーアーシュレスヴィヒ州。
その北西部海岸に『大公』ルートヴィヒの別荘はあった。
「正確には、廃嫡されたペンテジレイオス家の持ち物ですが」
古びた安楽椅子にくつろぎながら、ルートヴィヒが言った。
その差し向かいに座した初老の男――旧貴族のアレクセイ・デミドフは、
豊かな銀髪と、皴の深い、険しい相貌を持つ人物だった。
銀製のコップを握る彼の厳つい手は、引き攣った、ピンク色の古傷に覆われていて、
旧貴族らしい瀟洒な身なりを別にすれば、村の漁師の長、と言っても通じそうだ。
窓の外では日が暮れ、別荘から海を隠すように茂った松林を、ざわざわと鳴らす風があった。
デミドフが口を開く、
「この家は、長らくお使いになられていなかったようですが」
「祖父の代に建てられたものです。私自身は大分昔に来たきりで。
売ってしまっても良かったのですが、普請もしっかりしてるし、
何より、母の思い出に良く聞かされていたものですから」
ルートヴィヒは答えつつ、
目の前の卓に置かれていたいぶし銀のシガーケースから、新しい1本を抜き出した。
小さな鋏を取り、淀みない手つきで葉巻を切るその仕草を見ながら、デミドフが言う、
「御母堂、ヨゼーフェ様とは1度お会いしたことがあります。美しい方でした」
「それは、それは」
別荘1階のサロンでくつろぐ旧貴族ふたり。
ルートヴィヒの護衛は、ひとりが離れた椅子で身じろぎもせず、
もうひとりは主人の後ろの窓に立ち、じっと外を見つめていた。
他、隣室でデミドフのお供3人が休んでいるのを除けば、広々とした別荘には7人きり。
ルートヴィヒと客との会話が途切れると、後は隣室からのひそひそ声、暖炉で薪が燃える音、
家鳴り、そして外を吹く風の音ばかりが響く。
「申し訳ありませんな。今朝はお宅の使用人までお借りして、家の掃除などさせてしまい」
ルートヴィヒが言うと、
「こちらこそ、帝国随一の貴顕たる貴方に、こうして一夜の宿をお借りできるとは。
僥倖でした。そこらの安宿はいい加減我慢がなりませんで……、
道行に貴方とお会いできなんだら、使用人共々馬車で夜明かしすることになったでしょう。
全く、あの船も困ったときに落ちてくれたものです」
「サルヴァトーレ・ロッソですな。いや、まさか帝国領に落ちるとは」
ルートヴィヒはいささか愉快げに微笑むと、振り返って護衛に合図をした。
「悪いが、セラーから1、2本見繕ってきてくれないか」
椅子に座っていた、男の護衛のほうが無言で立ち上がった。
相方の女は、変わらず窓辺に立ったまま。
デミドフは横目に窓を見、彼女の視線をちらと追いつつ、
「長旅になりそうです」
「行先はピースホライズンでしたな? しばらく海沿いを行かれると良い。
先月はあちらでもひと騒ぎあったと聞きますし、街道はまだ混んでいるでしょう。
私は帝都に戻りますから、明日には貴方ともお別れせねばなりません」
●
こちらは別荘からもそう遠くない、小さな港町の酒場。
細工師のヤンは、ムール貝の汁でべたついた指をしゃぶりながら、記者のドリスへ言った。
「あれは変人だな」
「大公のこと? あんたが言うか、って気もするけど、まぁ事実だね」
彼らの隣の席では、ルートヴィヒから半日の休暇をもらった使用人たちが、
普段とは打って変わって陽気な顔をして、歓談していた。
去年末、ノルデンメーア州目指してバイク旅行に出かけた大公と、そのお供の一団。
旅行の目的は試作バイクの試運転と共に、大公が世話する劇団の年末公演に間に合わせるべく、
偏屈者の細工師・ヤンを大公自ら口説き落とすことだった。
バイクの調子は上々、細工師も見事――
ドリスも護衛も外に置いての、数日に渡る密談を経て――採用に成功したのだが、そのまさに帰途、
北伐に参戦したサルヴァトーレ・ロッソがフレーベルニンゲン平原へ不時着するという事件があった。
周辺の街道は帝国軍に埋め尽くされ、その影響を受けた商業輸送も各地で大渋滞。
更には帝都始め各地が歪虚の侵攻に見舞われ、
大公たちの旅程も、劇団『魔剣』の公演もすっかり予定が狂ってしまった。
同行の女性記者・ドリスも、帝都にある勤め先の無事こそ伝話で確かめられたが、
自らは大公たちと共に、いつまでも帰れず仕舞いだ。
一方、仕事に余裕のできた細工師は、旅の合間にせっせとスケッチを溜めていた。
その日も酒場に紙と鉛筆を持ち込み、公演の為の衣装や道具のアイデアを練っていたが、
「……あの禿げ頭のことじゃねぇ、客のデミドフのほうだ。
あんたも変だな。今日は何だか上の空って感じだ」
ヤンの言葉に、ドリスの目が光った。ヤンは片手で鉛筆を弄りながら、
「デミドフ……と一緒についてきた、オマケのことだろ。あの3人でなく」
「気づいてた? 芸術家の眼力も馬鹿にならないな」
ドリスは杯を煽るが、その中身は水だ。今夜は酔えない訳があった。
●
大公とデミドフが出会ったのは一昨日、別のとある町でのこと。
町で唯一の宿に部屋を取ろうとしたところ、デミドフとそのお供にかち合ってしまったのだ。
少ない部屋数を互いに分配する相談の内、
ノルデンメーア出身の旧貴族・デミドフが急ぎの旅であると知り、大公が助力を買って出た。
曰く、大きな街道は塞がったままだが、迂回路はある。
いっそ道連れになってもらえれば、デミドフも宿の確保が楽になるだろう。
元より大所帯、ほんの4人を加えて今更困ることもない――
本音は違った。
「私の護衛から聞いたんだが、デミドフ氏はどうも尾けられているようだ。
心当たりがあるか、直接訊いてみても良いんだがね。折角だ。
ひとつ、氏に代わって連中の正体を突き止めてみたい。君からも応援を呼んでくれるかね」
というのが昨日、ドリスが大公から言い渡されたこと。
作戦はあるんですか、と尋ねると、
「この別荘が作戦だ。掃除が終わり次第、使用人の皆に半日の休みを出す。
君とヤンも家を出たまえ。そのついでに最寄りのオフィスを探して、ハンターを集めて欲しい」
「家に……ええと、7人だけで残るんですか?」
「そうだ。私が道連れになったことで敵は警戒しているが、
荒事をやるつもりなら、近くに人気のないこの家に我々が籠った今が好機だ。
おまけに使用人が出払ったとなれば、あちらも気が逸るだろう」
しばしの説得が聞き入れられないと、ドリスも開き直った。
「こんな田舎じゃ、ハンターもいつ来れるか分かりゃしません。依頼は早い方が良い。
今すぐバイクでひとっ走りしてきますよ。上手く行ったら、記事にさしてもらいますからね」
「その意気だ。自前の護衛もあるし、最悪でも命は何とかなるだろう」
大公は自慢のカイゼル髭を撫でつけながら、言った。
「往路ではその機会がなかったが。久々に、ハンターのお手並み拝見だね」
帝国領・臨海3州のひとつ、メーアーシュレスヴィヒ州。
その北西部海岸に『大公』ルートヴィヒの別荘はあった。
「正確には、廃嫡されたペンテジレイオス家の持ち物ですが」
古びた安楽椅子にくつろぎながら、ルートヴィヒが言った。
その差し向かいに座した初老の男――旧貴族のアレクセイ・デミドフは、
豊かな銀髪と、皴の深い、険しい相貌を持つ人物だった。
銀製のコップを握る彼の厳つい手は、引き攣った、ピンク色の古傷に覆われていて、
旧貴族らしい瀟洒な身なりを別にすれば、村の漁師の長、と言っても通じそうだ。
窓の外では日が暮れ、別荘から海を隠すように茂った松林を、ざわざわと鳴らす風があった。
デミドフが口を開く、
「この家は、長らくお使いになられていなかったようですが」
「祖父の代に建てられたものです。私自身は大分昔に来たきりで。
売ってしまっても良かったのですが、普請もしっかりしてるし、
何より、母の思い出に良く聞かされていたものですから」
ルートヴィヒは答えつつ、
目の前の卓に置かれていたいぶし銀のシガーケースから、新しい1本を抜き出した。
小さな鋏を取り、淀みない手つきで葉巻を切るその仕草を見ながら、デミドフが言う、
「御母堂、ヨゼーフェ様とは1度お会いしたことがあります。美しい方でした」
「それは、それは」
別荘1階のサロンでくつろぐ旧貴族ふたり。
ルートヴィヒの護衛は、ひとりが離れた椅子で身じろぎもせず、
もうひとりは主人の後ろの窓に立ち、じっと外を見つめていた。
他、隣室でデミドフのお供3人が休んでいるのを除けば、広々とした別荘には7人きり。
ルートヴィヒと客との会話が途切れると、後は隣室からのひそひそ声、暖炉で薪が燃える音、
家鳴り、そして外を吹く風の音ばかりが響く。
「申し訳ありませんな。今朝はお宅の使用人までお借りして、家の掃除などさせてしまい」
ルートヴィヒが言うと、
「こちらこそ、帝国随一の貴顕たる貴方に、こうして一夜の宿をお借りできるとは。
僥倖でした。そこらの安宿はいい加減我慢がなりませんで……、
道行に貴方とお会いできなんだら、使用人共々馬車で夜明かしすることになったでしょう。
全く、あの船も困ったときに落ちてくれたものです」
「サルヴァトーレ・ロッソですな。いや、まさか帝国領に落ちるとは」
ルートヴィヒはいささか愉快げに微笑むと、振り返って護衛に合図をした。
「悪いが、セラーから1、2本見繕ってきてくれないか」
椅子に座っていた、男の護衛のほうが無言で立ち上がった。
相方の女は、変わらず窓辺に立ったまま。
デミドフは横目に窓を見、彼女の視線をちらと追いつつ、
「長旅になりそうです」
「行先はピースホライズンでしたな? しばらく海沿いを行かれると良い。
先月はあちらでもひと騒ぎあったと聞きますし、街道はまだ混んでいるでしょう。
私は帝都に戻りますから、明日には貴方ともお別れせねばなりません」
●
こちらは別荘からもそう遠くない、小さな港町の酒場。
細工師のヤンは、ムール貝の汁でべたついた指をしゃぶりながら、記者のドリスへ言った。
「あれは変人だな」
「大公のこと? あんたが言うか、って気もするけど、まぁ事実だね」
彼らの隣の席では、ルートヴィヒから半日の休暇をもらった使用人たちが、
普段とは打って変わって陽気な顔をして、歓談していた。
去年末、ノルデンメーア州目指してバイク旅行に出かけた大公と、そのお供の一団。
旅行の目的は試作バイクの試運転と共に、大公が世話する劇団の年末公演に間に合わせるべく、
偏屈者の細工師・ヤンを大公自ら口説き落とすことだった。
バイクの調子は上々、細工師も見事――
ドリスも護衛も外に置いての、数日に渡る密談を経て――採用に成功したのだが、そのまさに帰途、
北伐に参戦したサルヴァトーレ・ロッソがフレーベルニンゲン平原へ不時着するという事件があった。
周辺の街道は帝国軍に埋め尽くされ、その影響を受けた商業輸送も各地で大渋滞。
更には帝都始め各地が歪虚の侵攻に見舞われ、
大公たちの旅程も、劇団『魔剣』の公演もすっかり予定が狂ってしまった。
同行の女性記者・ドリスも、帝都にある勤め先の無事こそ伝話で確かめられたが、
自らは大公たちと共に、いつまでも帰れず仕舞いだ。
一方、仕事に余裕のできた細工師は、旅の合間にせっせとスケッチを溜めていた。
その日も酒場に紙と鉛筆を持ち込み、公演の為の衣装や道具のアイデアを練っていたが、
「……あの禿げ頭のことじゃねぇ、客のデミドフのほうだ。
あんたも変だな。今日は何だか上の空って感じだ」
ヤンの言葉に、ドリスの目が光った。ヤンは片手で鉛筆を弄りながら、
「デミドフ……と一緒についてきた、オマケのことだろ。あの3人でなく」
「気づいてた? 芸術家の眼力も馬鹿にならないな」
ドリスは杯を煽るが、その中身は水だ。今夜は酔えない訳があった。
●
大公とデミドフが出会ったのは一昨日、別のとある町でのこと。
町で唯一の宿に部屋を取ろうとしたところ、デミドフとそのお供にかち合ってしまったのだ。
少ない部屋数を互いに分配する相談の内、
ノルデンメーア出身の旧貴族・デミドフが急ぎの旅であると知り、大公が助力を買って出た。
曰く、大きな街道は塞がったままだが、迂回路はある。
いっそ道連れになってもらえれば、デミドフも宿の確保が楽になるだろう。
元より大所帯、ほんの4人を加えて今更困ることもない――
本音は違った。
「私の護衛から聞いたんだが、デミドフ氏はどうも尾けられているようだ。
心当たりがあるか、直接訊いてみても良いんだがね。折角だ。
ひとつ、氏に代わって連中の正体を突き止めてみたい。君からも応援を呼んでくれるかね」
というのが昨日、ドリスが大公から言い渡されたこと。
作戦はあるんですか、と尋ねると、
「この別荘が作戦だ。掃除が終わり次第、使用人の皆に半日の休みを出す。
君とヤンも家を出たまえ。そのついでに最寄りのオフィスを探して、ハンターを集めて欲しい」
「家に……ええと、7人だけで残るんですか?」
「そうだ。私が道連れになったことで敵は警戒しているが、
荒事をやるつもりなら、近くに人気のないこの家に我々が籠った今が好機だ。
おまけに使用人が出払ったとなれば、あちらも気が逸るだろう」
しばしの説得が聞き入れられないと、ドリスも開き直った。
「こんな田舎じゃ、ハンターもいつ来れるか分かりゃしません。依頼は早い方が良い。
今すぐバイクでひとっ走りしてきますよ。上手く行ったら、記事にさしてもらいますからね」
「その意気だ。自前の護衛もあるし、最悪でも命は何とかなるだろう」
大公は自慢のカイゼル髭を撫でつけながら、言った。
「往路ではその機会がなかったが。久々に、ハンターのお手並み拝見だね」
リプレイ本文
●
襲撃は日没後、夜の帳が下りると共に始まった。
(15人)
ヒズミ・クロフォード(ka4246)は別荘へ続く門の傍に隠れ、敵を数えた。
東の馬車道から現れた騎馬部隊は3人おきにカンテラを提げ、縦列にて敷地内へ侵入。
そこで地面へ撒かれた水に気がつき、
「待ち伏せだ!」
誰かが叫ぶも、時既に遅し。今や全員が別荘の敷地へ足を踏み入れており、
ヒズミが門を閉じるや、北側に伏せていたジュード・エアハート(ka0410)が魔導拳銃を撃ち始めた。
南側の白金 綾瀬(ka0774)、更に門側のヒズミもライフルを掃射。
制圧射撃に敵は浮足立ち、泥濘の上を右往左往している。
(ここまでは作戦通り、後は抵抗を封じて――)
しかし敵は、ジュードの予想より早くに反撃の態勢を整えてみせた。
まずは射撃におたつく右左翼、後列の味方を盾に円周防御陣を敷くと、
内陣の騎馬が、暗闇にくっきりと浮かび上がったハンターたちの銃火を頼りに応射する。
(まずい、見つかった!)
ジュードの隠れていた植え込みにも銃弾が届き始めた。銃声からして大口径の軍用銃、
(当たったらやばい、移動しなくちゃ)
(悪いけど、これも仕事なのよね)
綾瀬は低い姿勢で門側へ走りつつ、敵の馬をライフルで撃った。いななきと共に何頭かが倒れると、
その後は全力疾走、銃撃を何とかかわし、ヒズミから少し離れた茂みへ転がり込むが、
「これじゃ、まるで西部劇デスネ」
応射は門側にも加えられ、ヒズミは完全に頭を抑えられていた。
「奴ら、手慣れてるわね。軍隊経験者かしら」
「革命戦争もあったそうですカラネ、この国は……!」
射撃担当のハンター3人に対し、敵は15人。
動きを封じられたままでは、待ち伏せの有利もいずれ消える。
「走りマス!」
「カバーするわ」
綾瀬が膝射で応戦する間に、ヒズミは馬車道を横切って反対側の林へ移った。
「そのまま、奴らに頭を上げさせるな。マルコ!」
リーダー格と思しき男が、ジュードが先程まで隠れていた植え込みを指差す。
「片づけてこい」
命令を受けた男がサーベルを抜き、円陣を離れた途端。
横合いから不意に突き出された騎兵槍が男を引っかけ、落馬させた。
(やれやれ。できるだけ生かしておく、というのが面倒臭くなる数ですねぇ)
黒装束で闇に紛れていたGacrux(ka2726)は、落馬した敵を更に槍で殴り、その脚をへし折った。
●
防風林に隠れていた4人の男。騎馬隊が別荘正面を押さえている間、
屋内から逃げ出す者を待ち伏せるのが狙いのようだったが――
ドロテア・フレーベ(ka4126)が南の林でひとりの背後を取り、腕を巻きつけて口を塞いだ。
小刀を喉へ突きつけ、そっと囁く、
「動かないで。解るわね?」
男は抵抗しなかった。ドロテアは男が提げていた拳銃を奪うと、
口に布を噛ませて猿轡とした上、両手両足を縛って地面に寝かせた。
その間も耳や目を凝らし、残り3人の気配をうかがう。
最後に確認した際、敵は南北にひとりずつと、西にふたりが伏せっているらしかった。
ドロテアは敵が分散していることに目をつけ、順々に無力化していこうとするが、
(表の騒ぎが長引くようだと、突っ込んでくるわね、これ)
庭側の味方が苦戦していると気づけば、待ち伏せを諦め、自ら別荘へ侵入を試みるかも知れない。
(中の守りは『彼』と、依頼主の護衛がふたり……、
上手くやってくれると思うけど、いざってときはあたしも戻らなくちゃ)
●
『彼』――リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は、1階西側のサロンにいた。
刀の鞘に火の点いた煙草と双眼鏡を吊るすと、
外から見えるよう窓越しに掲げてみるが、外からの反応はない。
(狙撃……は来ねえな)
庭のほうでは銃撃戦が続いていたが、屋内への敵侵入はまだだった。
現場へ到着後、Gacruxの指示にて依頼主たちをひとまとめに2階東側の寝室へ匿うと、
リカルドは屋内の全ての灯りを落とし、全ての窓のカーテンを閉じた。
これで依頼主たちが危害を受ける恐れは減ったが、
(助っ人が来たことも、見張りを通じて筒抜けになった。
それで襲撃を諦めなかった以上、連中もそれなりの自信があるんだろうが……)
そこで、リカルドの無線機に通信が届いた。
ドロテアより、敵ひとりを拘束したが、残りが北と西から一斉に動き出したと連絡を受ける。
「あんた、今どこにいるんだ?」
『西の林の奥。家の守りに回りたいけど、ちょうど道の先を敵が歩いてるのよね』
「俺は北側に行く。そのまま敵の後ろを取れるか?」
ドロテアが了解して無線を切ると、リカルドは窓に掲げていた囮を片づけ、建物の北側へ走った。
庭ではまだ銃声が続いている。あちらの4人は、騎馬隊相手で手一杯のようだった。
●
円陣に向けて踏み込もうとするGacruxの前に、2騎が立ち塞がる。
(何が目的か知りませんが、頑張りますねぇ)
Gacruxは、騎兵槍を剣のように大上段に振りかぶった。
突っ込んできた1騎がすれ違いざまに殴られ、馬から投げ出されるが、
続くもう1騎、敵のリーダー格はすんでで槍をかわし、距離を空けて再度の突撃を試みる。
先に落馬したひとりが徒歩で襲ってきたのをGacruxが返り討ちにし、
追い打ちをかけようとしたところで、リーダーの騎馬が仕掛けてきた。
背中を剣で強く打たれ、Gacruxはうつ伏せに転がされてしまう。
北側へも1騎が回り込んでいた。
ジュードは勢い良く駆け込んできた馬を横に転げてかわすと、起きざまに拳銃を撃った。
青白い冷気を帯びた弾丸が敵を落馬させるも、庭の中央から再び銃撃が始まり、ジュードを伏せさせる。
(数は減ってきた筈なんだけど……!)
門側のヒズミと綾瀬も、人数で勝る敵の弾幕を前に苦戦を強いられていた。
それでも猟撃士ふたりは弾幕の僅かな間隙を逃さず、
正確な射撃でひとり、またひとりと落馬させ、敵の足を奪っていった。
馬を失ってなお戦い続ける敵には、腕や銃を狙って無力化を図るが、
「ぐッ……!」
応射中、ヒズミの左肩にどんと重たい衝撃が走る。
すかさず木の幹に隠れるが、左腕が強く痺れ、ほとんど上がらなくなった。
ライフルを下ろし、空いた右手で無線を取って、
「済みマセン、撃たれマシタ」
『傷の具合は?』
「左の肩に1発。命に別状はなさそうデスガ……」
そうこうしている間に、何人かの敵が門のほうへ走ってくる気配があった。
綾瀬、そしてヒズミも武器を自動式拳銃に替え、すかさず彼らの脚を撃つが、
円陣からまたも集中砲火を受け、再び隠れざるを得なくなる。
●
別荘北側から近づいていた敵を、リカルドが屋内からライフルで迎え撃つ。
(今、こっちの敵を生かしとく余裕はない)
敵の胴体を撃って仕留めると、今度は別の部屋から窓の割れる音がした。
(くそっ、入られた)
銃を試作振動刀に持ち替え、移動するリカルド。
真っ暗な廊下で侵入者を発見すると、床を這うように低く踏み込み、足首を狙って斬りかかった。
敵は素早く飛び退り、マントか何か、大きな布を投げつけてきた。
リカルドがそれを振り払うや否や、目の前にナイフの切っ先が現れる。
仰け反ってかわすが、敵はナイフを持った腕を引き、反対の腕でリカルドを捕まえにかかる。
このまま組みつかせれば、1秒と待たず腹にナイフを叩き込まれるだろう――
咄嗟に身を捩り、左腕で肘打ちを繰り出した。
敵が額でそれを受けると、一瞬の隙でリカルドは後退、間合いを空けるが、
(上手いな、こいつ)
こちらが構えるより早く、敵はなおも踏み込んできた。
リカルドは前腕を斬りつけられる感触を覚えたが、痛みそれ自体は感じなかった。
すぐさま反撃するも、敵は恐ろしくしなやかな動きでかわしてみせる。
どこかでまた窓が割れる音をきっかけに、今度はリカルドから仕掛けた。
刀での斬撃――で牽制しつつの急接近。左手に装着した鉤爪でナイフを弾くと、
半身になりつつ右肘で鳩尾、胸、顔面と打った。続いて左手での掌底、
を敵が右腕で受け止める。反撃のボディブローにリカルドがよろめくと、
(速い)
敵は目にも止まらぬナイフさばきで彼の腕や頬を斬りつけるが、止めは蹴りだった。
敵の乗馬靴、その爪先に仕込まれていた刃が、リカルドの腹部に突き刺さる。
●
敵リーダーの3度目の突撃をGacruxの槍が捉え、馬から突き落とした。
次の敵、今度は3騎がいっぺんに突っ込んできたのを、薙ぎ払いで馬ごと横殴りにする。
(門側はまだ味方が抑えていますから、俺が踏ん張りさえすればまだ囲みは――)
誰かが叫ぶ声がした。残る敵が馬の頭を巡らせ、こちらに向こうとしている。
Gacruxは庭石の陰へ走るが、先に背中へ受けた傷が思いの外深く、自己回復が追いつかなかった。
負傷で動きの鈍った分、射撃の何発かを受けてしまう。
落馬したばかりのリーダーが身を起こし、
「これ以上平場で戦うな、家へ入れ!」
門側は綾瀬と、拳銃に持ち替えたヒズミが封鎖を継続していた。
物陰にいたジュードも身を乗り出し、マテリアルの銀光の尾を曳いた弾丸の雨を浴びせかける。
今や敵は残り5人、庭の中央は馬の死体とその下敷きにされた者、負傷に呻く者で埋め尽くされ、
動ける者はリーダーに従って円陣を解き、家のほうへと移動を開始した。
ジュードは射撃を続けるが、とうとう腕が震えて狙いが定まらなくなる――
何度目かの応射で脇腹に傷を受け、その痛みが激しくなっていた。
覚醒者の耐久力なら死ぬことはなさそうだったが、これ以上傷口が広がれば話は別だ。
ジュードは地面にそっと伏せ、無線機を手に取った。
ドロテアが、サロンの窓を割って侵入しようとしていた敵を捕まえる。
後ろから引き倒し、組み伏せ、手足を縛ると、
『玄関から5人、入ろうとしてる! こっちは動けない……お願いします』
無線機からジュードの声が響いた。捕まえたばかりの男を置き去りに、ドロテアも屋内へ入る。
廊下に出ると侵入者がひとり、
倒れたリカルドの上に屈み込んで、逆手に握ったナイフを振り下ろす間際だった。
ドロテアが投げナイフで脅かすと、敵は片脚を引きずりながら玄関口へ逃げていく。
●
騎馬隊の男たちは低く張られたロープをまたいで、玄関から別荘へ入った。
ちょうど廊下から現れたナイフ使いの男へ、
「何故、待ち伏せを知らせなかった!?」
「時間がなかったからさ。あんたら革命の英雄が何とかすると思ったし……」
リーダーのカンテラに照らされたナイフ使いは若く、ハンサムな男だった。
対する騎馬隊は皆もう少し年嵩で、泥に塗れ、くたびれ果てた顔をしていた。
「手こずり過ぎたな。逃げることを考えたほうが良い」
ナイフ使いの言葉に、リーダーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「デミドフはどうする」
ナイフ使いは肩をすぼめ、片脚を見せた。
腿に走る大きな刀傷は、リカルドが倒れる寸前に放った一撃の結果だった。
「俺はこのざまで、あんたらは残り5人。
大公の護衛含め敵はまだ残ってる。憲兵隊にも通報が行ってるかもな。じじいを探す暇はないと思うがね」
「馬が要るが、庭のはもう駄目だ。厩舎から盗もう」
騎馬隊のひとりが言った。
身を屈めつつ再び屋外へ出た男たちの行く手を、血塗れの黒装束が塞いだ。
「今更逃げ出す気ですか?」
辛うじて回復を終えたGacrux。槍を手に、先頭のふたりを一瞬で薙ぎ倒すと、
そこでサーベルを手にしたリーダーとぶつかり、鍔迫り合いになった。
玄関からドロテアも、投げナイフを手に飛び出した。
最後尾にいたナイフ使いと目が合うなり、互いに得物を投げ合う――
ドロテアは肩、敵は左の掌で刃を受けると、
ナイフ使いの横に立っていた男が、拳銃を抜いてドロテアの脚を撃った。
列の先頭ではリーダーがGacruxを押し退け、厩舎への道を拓いたところだった。
●
「それで、結局3人には逃げられてしまった、と」
庭先に並ぶ、10人余りの捕虜たちを前に大公が言った。
「申し訳ございません。こちらは全員負傷にて、追撃もできず」
そう答える綾瀬も、肌着の上に包帯を巻いた格好だった。
銃撃戦の最中、胸に受けた1発――
弾丸の射入角度がもう少し深ければ、防弾服を貫通して致命傷になっていたかも知れない。
「いや。急な仕事で、良くやってくれたものだと思うよ」
大公が、捕虜のひとりをじっと見下ろす。
敵が厩舎から馬を奪って海側へ逃げ出す際、綾瀬がぎりぎりで撃ち落とした男だった。
「後3人、だったんだけどな」
ジュードがぼやく。馬で逃げられてしまうと、彼の連れていた妖精にも追跡ができなかった。
「けど、内ふたりは間違いなく覚醒者だ。対人専門のプロかも」
「それにしては、随分と腕ずくの作戦だったわね。急ぐ理由でもあったのかしら」
綾瀬は言いつつ、負傷を押して捕虜たちの尋問を準備する。
尋問の間、Gacruxは庭石に座って腕を組み、無言の威圧を与えていた――
実際は身動きひとつする度、背中に堪えがたい痛みが走る有様だったが、
彼の血に塗れた恐ろし気な風貌は、些かなりとも捕虜を怯えさせたようだった。
そこへ元警官のヒズミにジュード、綾瀬も加わり、
ひとりずつ離れた場所へ連れ出すと重ねて脅しをかけ、口を割らせた。
「デミドフとかいう男を攫ってこいって仕事だった。俺はそれしか……」
「困りますね、もっと詳しく話してもらわないと」
ヒズミが鋭い口調で詰問するが、依頼の真意は捕虜の誰も知らないようだった。
●
ドリスの通報で駆けつけた憲兵隊へ、捕虜を引き渡すまでの間に分かったこと――
襲撃者は、リーダーの『ブルーノ』とナイフ使いの『ラースカ』を除く全員が、
ただ金目当てに集った革命義勇兵崩れに過ぎなかった。
ブルーノとラースカは職業暗殺者で、
ノルデンメーア州の地回りを介してデミドフ拉致の依頼を引き受けたらしい。
だが当のデミドフは、
「心当たりがありません。しかし、地元では私も知られた人間でしたから。
大方、革命を忘れられない馬鹿者が、旧貴族の私から金でも奪う算段だったのでしょう。
全く、ご迷惑をおかけしましたな」
憲兵隊の担架に乗せられる折、リカルドがドロテアに耳打ちする。
あれだけの人数を揃え、覚醒者まで駆り出すには、かなりの金が動いた筈、と。
「黒幕はそれなりの大物みたいね」
リカルドは頷こうとして顔をしかめつつ、
「あのおっさん、堅気じゃねえぞ」
庭に佇んで、こちらを見送るデミドフ。
彼の腰元に、護身用にしては大き過ぎる拳銃が差さっているのを、リカルドは見逃さなかった。
かくして夜中の激戦は決着した。
が、ただひとり真相を知るであろうデミドフは何も語らぬまま、翌朝早くに別荘を出立した。
襲撃は日没後、夜の帳が下りると共に始まった。
(15人)
ヒズミ・クロフォード(ka4246)は別荘へ続く門の傍に隠れ、敵を数えた。
東の馬車道から現れた騎馬部隊は3人おきにカンテラを提げ、縦列にて敷地内へ侵入。
そこで地面へ撒かれた水に気がつき、
「待ち伏せだ!」
誰かが叫ぶも、時既に遅し。今や全員が別荘の敷地へ足を踏み入れており、
ヒズミが門を閉じるや、北側に伏せていたジュード・エアハート(ka0410)が魔導拳銃を撃ち始めた。
南側の白金 綾瀬(ka0774)、更に門側のヒズミもライフルを掃射。
制圧射撃に敵は浮足立ち、泥濘の上を右往左往している。
(ここまでは作戦通り、後は抵抗を封じて――)
しかし敵は、ジュードの予想より早くに反撃の態勢を整えてみせた。
まずは射撃におたつく右左翼、後列の味方を盾に円周防御陣を敷くと、
内陣の騎馬が、暗闇にくっきりと浮かび上がったハンターたちの銃火を頼りに応射する。
(まずい、見つかった!)
ジュードの隠れていた植え込みにも銃弾が届き始めた。銃声からして大口径の軍用銃、
(当たったらやばい、移動しなくちゃ)
(悪いけど、これも仕事なのよね)
綾瀬は低い姿勢で門側へ走りつつ、敵の馬をライフルで撃った。いななきと共に何頭かが倒れると、
その後は全力疾走、銃撃を何とかかわし、ヒズミから少し離れた茂みへ転がり込むが、
「これじゃ、まるで西部劇デスネ」
応射は門側にも加えられ、ヒズミは完全に頭を抑えられていた。
「奴ら、手慣れてるわね。軍隊経験者かしら」
「革命戦争もあったそうですカラネ、この国は……!」
射撃担当のハンター3人に対し、敵は15人。
動きを封じられたままでは、待ち伏せの有利もいずれ消える。
「走りマス!」
「カバーするわ」
綾瀬が膝射で応戦する間に、ヒズミは馬車道を横切って反対側の林へ移った。
「そのまま、奴らに頭を上げさせるな。マルコ!」
リーダー格と思しき男が、ジュードが先程まで隠れていた植え込みを指差す。
「片づけてこい」
命令を受けた男がサーベルを抜き、円陣を離れた途端。
横合いから不意に突き出された騎兵槍が男を引っかけ、落馬させた。
(やれやれ。できるだけ生かしておく、というのが面倒臭くなる数ですねぇ)
黒装束で闇に紛れていたGacrux(ka2726)は、落馬した敵を更に槍で殴り、その脚をへし折った。
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防風林に隠れていた4人の男。騎馬隊が別荘正面を押さえている間、
屋内から逃げ出す者を待ち伏せるのが狙いのようだったが――
ドロテア・フレーベ(ka4126)が南の林でひとりの背後を取り、腕を巻きつけて口を塞いだ。
小刀を喉へ突きつけ、そっと囁く、
「動かないで。解るわね?」
男は抵抗しなかった。ドロテアは男が提げていた拳銃を奪うと、
口に布を噛ませて猿轡とした上、両手両足を縛って地面に寝かせた。
その間も耳や目を凝らし、残り3人の気配をうかがう。
最後に確認した際、敵は南北にひとりずつと、西にふたりが伏せっているらしかった。
ドロテアは敵が分散していることに目をつけ、順々に無力化していこうとするが、
(表の騒ぎが長引くようだと、突っ込んでくるわね、これ)
庭側の味方が苦戦していると気づけば、待ち伏せを諦め、自ら別荘へ侵入を試みるかも知れない。
(中の守りは『彼』と、依頼主の護衛がふたり……、
上手くやってくれると思うけど、いざってときはあたしも戻らなくちゃ)
●
『彼』――リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は、1階西側のサロンにいた。
刀の鞘に火の点いた煙草と双眼鏡を吊るすと、
外から見えるよう窓越しに掲げてみるが、外からの反応はない。
(狙撃……は来ねえな)
庭のほうでは銃撃戦が続いていたが、屋内への敵侵入はまだだった。
現場へ到着後、Gacruxの指示にて依頼主たちをひとまとめに2階東側の寝室へ匿うと、
リカルドは屋内の全ての灯りを落とし、全ての窓のカーテンを閉じた。
これで依頼主たちが危害を受ける恐れは減ったが、
(助っ人が来たことも、見張りを通じて筒抜けになった。
それで襲撃を諦めなかった以上、連中もそれなりの自信があるんだろうが……)
そこで、リカルドの無線機に通信が届いた。
ドロテアより、敵ひとりを拘束したが、残りが北と西から一斉に動き出したと連絡を受ける。
「あんた、今どこにいるんだ?」
『西の林の奥。家の守りに回りたいけど、ちょうど道の先を敵が歩いてるのよね』
「俺は北側に行く。そのまま敵の後ろを取れるか?」
ドロテアが了解して無線を切ると、リカルドは窓に掲げていた囮を片づけ、建物の北側へ走った。
庭ではまだ銃声が続いている。あちらの4人は、騎馬隊相手で手一杯のようだった。
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円陣に向けて踏み込もうとするGacruxの前に、2騎が立ち塞がる。
(何が目的か知りませんが、頑張りますねぇ)
Gacruxは、騎兵槍を剣のように大上段に振りかぶった。
突っ込んできた1騎がすれ違いざまに殴られ、馬から投げ出されるが、
続くもう1騎、敵のリーダー格はすんでで槍をかわし、距離を空けて再度の突撃を試みる。
先に落馬したひとりが徒歩で襲ってきたのをGacruxが返り討ちにし、
追い打ちをかけようとしたところで、リーダーの騎馬が仕掛けてきた。
背中を剣で強く打たれ、Gacruxはうつ伏せに転がされてしまう。
北側へも1騎が回り込んでいた。
ジュードは勢い良く駆け込んできた馬を横に転げてかわすと、起きざまに拳銃を撃った。
青白い冷気を帯びた弾丸が敵を落馬させるも、庭の中央から再び銃撃が始まり、ジュードを伏せさせる。
(数は減ってきた筈なんだけど……!)
門側のヒズミと綾瀬も、人数で勝る敵の弾幕を前に苦戦を強いられていた。
それでも猟撃士ふたりは弾幕の僅かな間隙を逃さず、
正確な射撃でひとり、またひとりと落馬させ、敵の足を奪っていった。
馬を失ってなお戦い続ける敵には、腕や銃を狙って無力化を図るが、
「ぐッ……!」
応射中、ヒズミの左肩にどんと重たい衝撃が走る。
すかさず木の幹に隠れるが、左腕が強く痺れ、ほとんど上がらなくなった。
ライフルを下ろし、空いた右手で無線を取って、
「済みマセン、撃たれマシタ」
『傷の具合は?』
「左の肩に1発。命に別状はなさそうデスガ……」
そうこうしている間に、何人かの敵が門のほうへ走ってくる気配があった。
綾瀬、そしてヒズミも武器を自動式拳銃に替え、すかさず彼らの脚を撃つが、
円陣からまたも集中砲火を受け、再び隠れざるを得なくなる。
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別荘北側から近づいていた敵を、リカルドが屋内からライフルで迎え撃つ。
(今、こっちの敵を生かしとく余裕はない)
敵の胴体を撃って仕留めると、今度は別の部屋から窓の割れる音がした。
(くそっ、入られた)
銃を試作振動刀に持ち替え、移動するリカルド。
真っ暗な廊下で侵入者を発見すると、床を這うように低く踏み込み、足首を狙って斬りかかった。
敵は素早く飛び退り、マントか何か、大きな布を投げつけてきた。
リカルドがそれを振り払うや否や、目の前にナイフの切っ先が現れる。
仰け反ってかわすが、敵はナイフを持った腕を引き、反対の腕でリカルドを捕まえにかかる。
このまま組みつかせれば、1秒と待たず腹にナイフを叩き込まれるだろう――
咄嗟に身を捩り、左腕で肘打ちを繰り出した。
敵が額でそれを受けると、一瞬の隙でリカルドは後退、間合いを空けるが、
(上手いな、こいつ)
こちらが構えるより早く、敵はなおも踏み込んできた。
リカルドは前腕を斬りつけられる感触を覚えたが、痛みそれ自体は感じなかった。
すぐさま反撃するも、敵は恐ろしくしなやかな動きでかわしてみせる。
どこかでまた窓が割れる音をきっかけに、今度はリカルドから仕掛けた。
刀での斬撃――で牽制しつつの急接近。左手に装着した鉤爪でナイフを弾くと、
半身になりつつ右肘で鳩尾、胸、顔面と打った。続いて左手での掌底、
を敵が右腕で受け止める。反撃のボディブローにリカルドがよろめくと、
(速い)
敵は目にも止まらぬナイフさばきで彼の腕や頬を斬りつけるが、止めは蹴りだった。
敵の乗馬靴、その爪先に仕込まれていた刃が、リカルドの腹部に突き刺さる。
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敵リーダーの3度目の突撃をGacruxの槍が捉え、馬から突き落とした。
次の敵、今度は3騎がいっぺんに突っ込んできたのを、薙ぎ払いで馬ごと横殴りにする。
(門側はまだ味方が抑えていますから、俺が踏ん張りさえすればまだ囲みは――)
誰かが叫ぶ声がした。残る敵が馬の頭を巡らせ、こちらに向こうとしている。
Gacruxは庭石の陰へ走るが、先に背中へ受けた傷が思いの外深く、自己回復が追いつかなかった。
負傷で動きの鈍った分、射撃の何発かを受けてしまう。
落馬したばかりのリーダーが身を起こし、
「これ以上平場で戦うな、家へ入れ!」
門側は綾瀬と、拳銃に持ち替えたヒズミが封鎖を継続していた。
物陰にいたジュードも身を乗り出し、マテリアルの銀光の尾を曳いた弾丸の雨を浴びせかける。
今や敵は残り5人、庭の中央は馬の死体とその下敷きにされた者、負傷に呻く者で埋め尽くされ、
動ける者はリーダーに従って円陣を解き、家のほうへと移動を開始した。
ジュードは射撃を続けるが、とうとう腕が震えて狙いが定まらなくなる――
何度目かの応射で脇腹に傷を受け、その痛みが激しくなっていた。
覚醒者の耐久力なら死ぬことはなさそうだったが、これ以上傷口が広がれば話は別だ。
ジュードは地面にそっと伏せ、無線機を手に取った。
ドロテアが、サロンの窓を割って侵入しようとしていた敵を捕まえる。
後ろから引き倒し、組み伏せ、手足を縛ると、
『玄関から5人、入ろうとしてる! こっちは動けない……お願いします』
無線機からジュードの声が響いた。捕まえたばかりの男を置き去りに、ドロテアも屋内へ入る。
廊下に出ると侵入者がひとり、
倒れたリカルドの上に屈み込んで、逆手に握ったナイフを振り下ろす間際だった。
ドロテアが投げナイフで脅かすと、敵は片脚を引きずりながら玄関口へ逃げていく。
●
騎馬隊の男たちは低く張られたロープをまたいで、玄関から別荘へ入った。
ちょうど廊下から現れたナイフ使いの男へ、
「何故、待ち伏せを知らせなかった!?」
「時間がなかったからさ。あんたら革命の英雄が何とかすると思ったし……」
リーダーのカンテラに照らされたナイフ使いは若く、ハンサムな男だった。
対する騎馬隊は皆もう少し年嵩で、泥に塗れ、くたびれ果てた顔をしていた。
「手こずり過ぎたな。逃げることを考えたほうが良い」
ナイフ使いの言葉に、リーダーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「デミドフはどうする」
ナイフ使いは肩をすぼめ、片脚を見せた。
腿に走る大きな刀傷は、リカルドが倒れる寸前に放った一撃の結果だった。
「俺はこのざまで、あんたらは残り5人。
大公の護衛含め敵はまだ残ってる。憲兵隊にも通報が行ってるかもな。じじいを探す暇はないと思うがね」
「馬が要るが、庭のはもう駄目だ。厩舎から盗もう」
騎馬隊のひとりが言った。
身を屈めつつ再び屋外へ出た男たちの行く手を、血塗れの黒装束が塞いだ。
「今更逃げ出す気ですか?」
辛うじて回復を終えたGacrux。槍を手に、先頭のふたりを一瞬で薙ぎ倒すと、
そこでサーベルを手にしたリーダーとぶつかり、鍔迫り合いになった。
玄関からドロテアも、投げナイフを手に飛び出した。
最後尾にいたナイフ使いと目が合うなり、互いに得物を投げ合う――
ドロテアは肩、敵は左の掌で刃を受けると、
ナイフ使いの横に立っていた男が、拳銃を抜いてドロテアの脚を撃った。
列の先頭ではリーダーがGacruxを押し退け、厩舎への道を拓いたところだった。
●
「それで、結局3人には逃げられてしまった、と」
庭先に並ぶ、10人余りの捕虜たちを前に大公が言った。
「申し訳ございません。こちらは全員負傷にて、追撃もできず」
そう答える綾瀬も、肌着の上に包帯を巻いた格好だった。
銃撃戦の最中、胸に受けた1発――
弾丸の射入角度がもう少し深ければ、防弾服を貫通して致命傷になっていたかも知れない。
「いや。急な仕事で、良くやってくれたものだと思うよ」
大公が、捕虜のひとりをじっと見下ろす。
敵が厩舎から馬を奪って海側へ逃げ出す際、綾瀬がぎりぎりで撃ち落とした男だった。
「後3人、だったんだけどな」
ジュードがぼやく。馬で逃げられてしまうと、彼の連れていた妖精にも追跡ができなかった。
「けど、内ふたりは間違いなく覚醒者だ。対人専門のプロかも」
「それにしては、随分と腕ずくの作戦だったわね。急ぐ理由でもあったのかしら」
綾瀬は言いつつ、負傷を押して捕虜たちの尋問を準備する。
尋問の間、Gacruxは庭石に座って腕を組み、無言の威圧を与えていた――
実際は身動きひとつする度、背中に堪えがたい痛みが走る有様だったが、
彼の血に塗れた恐ろし気な風貌は、些かなりとも捕虜を怯えさせたようだった。
そこへ元警官のヒズミにジュード、綾瀬も加わり、
ひとりずつ離れた場所へ連れ出すと重ねて脅しをかけ、口を割らせた。
「デミドフとかいう男を攫ってこいって仕事だった。俺はそれしか……」
「困りますね、もっと詳しく話してもらわないと」
ヒズミが鋭い口調で詰問するが、依頼の真意は捕虜の誰も知らないようだった。
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ドリスの通報で駆けつけた憲兵隊へ、捕虜を引き渡すまでの間に分かったこと――
襲撃者は、リーダーの『ブルーノ』とナイフ使いの『ラースカ』を除く全員が、
ただ金目当てに集った革命義勇兵崩れに過ぎなかった。
ブルーノとラースカは職業暗殺者で、
ノルデンメーア州の地回りを介してデミドフ拉致の依頼を引き受けたらしい。
だが当のデミドフは、
「心当たりがありません。しかし、地元では私も知られた人間でしたから。
大方、革命を忘れられない馬鹿者が、旧貴族の私から金でも奪う算段だったのでしょう。
全く、ご迷惑をおかけしましたな」
憲兵隊の担架に乗せられる折、リカルドがドロテアに耳打ちする。
あれだけの人数を揃え、覚醒者まで駆り出すには、かなりの金が動いた筈、と。
「黒幕はそれなりの大物みたいね」
リカルドは頷こうとして顔をしかめつつ、
「あのおっさん、堅気じゃねえぞ」
庭に佇んで、こちらを見送るデミドフ。
彼の腰元に、護身用にしては大き過ぎる拳銃が差さっているのを、リカルドは見逃さなかった。
かくして夜中の激戦は決着した。
が、ただひとり真相を知るであろうデミドフは何も語らぬまま、翌朝早くに別荘を出立した。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/02/05 22:54:25 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/05 12:48:47 |