p933 『虚構の眼』

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/02/07 09:00
完成日
2016/02/19 01:28

みんなの思い出

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オープニング


「――随分と、大人しくなったものだな」
 外壁の欠けたオンボロの小屋の中。
 笑顔の張り付いた仮面を付けた燕尾服の紳士――カッツォ・ヴォイは、安楽椅子に深く腰を下ろして天井に空いた穴から遠い星空を見上げる男の姿を目の前にしていた。
 男――キアーヴェは降り注ぐ星の、そして月の光を燦々と浴びながら、何をするでもなくただただ夜空を眺め上げる。
 先の戦いで破砕された左腕は改めて切断したのか、肘から先を失った赤い包帯塗れの腕をやせ細った腹の上に乗せて。
 その上で分厚い革張りの本を開き、読んでいるでもないに、健在な右の手の指が一定の速度でページを捲り送っていた。
「私は君たちとは違うのでね……体も、心も、無尽蔵に動かせるわけではないさ」
 視線は星の海へと向けたまま、言葉だけでそう答えたキアーヴェ。
 カッツォはふんと鼻を鳴らすように笑うとゴトリと、何か堅いものの詰まった包みを1つ、傍の机へと置いて見せた。
「しばらく北に行っていたので渡すのを忘れていたがね、東方の手土産だ」
 その言葉にキアーヴェもようやく興味を示したように視線を向けて手を伸ばすと、片手で器用に包みを解く。
 中から現れたのは一振りの――柄と鍔だけの、刃の無い刀であった。
「銘を『心神』と言う。憤怒が兵・吹上九弦の携えし一振。誰に託すべきかと思案していたのだがね……キミに持たせるのが最も美しそうだ」
 キアーヴェは片手に携え様々な角度で刀を眺めると、刃のあるべきハバキをそっと包帯巻きの腕で撫でる。
「これはどう使うと言うんだ?」
「それは自ら知るが良い。私も聞き受けた訳ではないのでね」
 語るカッツォを前に、キアーヴェはさして気に留めぬ様子で『心神』を懐へと仕舞い込む。
 そうしてギシリと椅子を軋ませ、立ち上がるのである。
「さて……役立たずと思われるのも心外だ。そろそろ動くとしようか」
「アテはあるのか?」
 カッツォの問いに、キアーヴェは静かに本を閉じて答えていた。
「そろそろ、撒いた種が芽吹く頃さ――」


 ヴァリオスの軍事病院――任務の最中や訓練等で重大な怪我や病気に見舞われた兵士達を収容する施設の1棟に、曹長:アンナ=リーナ・エスト(kz0108)の姿はあった。
 名目はこの施設で床に伏せる上官と部下の見舞いであったが、それ以上に「今後の話」をドクターへ伺いを立てるという事がもっぱらの目的であった。
「大佐は迅速に駆けつけて救助の時間を稼いでくれたハンター達のお陰でなんとか命は取り止めていますがね……流石にこのまま職務に戻って頂く事は難しいでしょう」
「……そうですか」
 その言葉にアンナは顔に影を落としていた。
「ご立派な方だ。現場以外でもその活躍の場はあるでしょう。何せ今は激動の世――後方も、後世の育成も、どこもかしこも人手足らずだ」
「そうですね……生きていさえすれば、未来はいくらでも切り開く余地があるものです」
 アンナもどこかぎこちないながらも柔らかく言葉を添える。
「代わりと言ってはなんですがね、バン君に関しては心配いりませんよ。まったく、あの回復力には驚かされています。あの大けがでしたがね、復帰も近いでしょう」
「それはありがたい。大佐の穴を少しでも埋めるため、現場も人員が欲しい所です」
「ああ、あと……頼まれていた『検査』の結果ですがね――」
 医者がそう口にした時、院内を貫くような悲鳴が彼の言葉をかき消してアンナ達の耳に響いていた。
 慌ただしく騒ぎ始める施設の中で、衛生兵や看護師達が何事か叫びながら廊下を走り回る。
「何事だ!」
 適当な兵士を捕まえて怒鳴るように問いただすアンナ。
 兵士はうろたえた様子で目をきょろきょろとさせながらも、今起こったことをありのままに口にしていた。
「か、患者が急に暴れ出し……その、バン・ブラージと言う少年が急に大剣を手に、患者を切り飛ばしたと……」
「なんだと――」
 信じられぬ言葉を耳にして、アンナは思わず目を見開いていた。
 しかし、その言葉の意味を確認するよりも先に目の前に飛び込んで来た光景を前に、彼女は現実を目の当たりにするのであった。

●『虚構の瞳』
 ――最悪の目覚めだった。

 ミミズに食われて意識を失ってからしばらく、ようやく目を覚ました少年の身体はじっとりとした汗で濡れていた。
 額に張り付いた前髪に、身体を締め付ける包帯の感触。
 そしてしばらく身体を拭く程度で風呂など入っていないのだろう、すこしツンとした身体の匂いにその日の目覚めは最悪だった。
 フケに塗れた頭を掻きながら起こした上半身。
 何日、いや何か月寝ていたのか。
 軋んだ背や肩の節々が軽快な音を立てるも、思ったほど身体に痛みは無い。
 塞がった傷口の大気に晒されたくすぐったい感覚もなければ、筋肉が衰えた様子もない。
 むしろ病院送りになる前よりも身体が軽くて快調なくらいだ。
「寝まくって疲れも全部吹き飛んだってか――」
 首筋を撫でながら、ゴキリとひと捻り。
 さらに首を回すようにして周りの景色を見渡して、少年は言葉を失った。
「……おいおい、なんだよこれ」
 自分の周囲に並ぶ大量のベッド。
 その上に――何かが蠢いている。
 言葉でうまく説明しきれない、まるで生き物が内側から膨れ上がったかのような肉の塊が、いくつものベッドに横たわってモゾリと動いているのだ。
 他の患者の姿など見当たらない。
 この病室には自分と、名状しがたき怪物たちとが居るだけであった。
「こいつら……同盟の街まで入り込みやがったのか!」
 慌てて身の回りに目を走らせると、ベッドの横に隊長か誰かが置いてくれたのか、愛用の大剣が一振り添えてあるのが目に留まる。
 少年はベッドから飛び起きてそれを抜き放つと、眼前の怪物達へと突きつける。
「この剣、こんなに軽かったか……? いや、そんなことはどうでもいい!」
 自分の身の丈はある巨大な剣を片手で握りしめる少年は、そのまま軽々と剣を振り上げた。
『どうしたんだキミ、その額の……! その剣を、どうするんだ……!?』
 目の前の肉塊が何か人の言葉を発する。
「生憎なぁ、俺は本を読まねぇんだよ! だから展開だの何だの知ったこっちゃねぇな!」
 一思いに振り下ろした刃が目の前の肉塊を横たわるベッドごと両断。
 真っ赤な鮮血が自らを、シーツを、床を一瞬にして染め上げていく。
「俺は恐れねぇ! 狂怖になんざ囚われねぇぞ!」
 奮い立たせるように声を荒げると、肉塊達が悲鳴を上げ騒ぎ始めた。
 ベッドからボトリと転げ落ち、這いつくばるようにして部屋の外を目指す。
「させるかよ! 街に被害が出る前に、全部この剣で叩き斬ってやるよ!」
 ミシリと脚の筋肉が膨れ上がり、一息で飛び上がる少年。
 全身のバネを撓らせて放った弓矢のような一閃が折り重なった数多の肉塊を穿ち、滝のような鮮血と肉片が辺りに飛び散っていた――

リプレイ本文

●虚構の眼
 依頼を受けて病院へと駆け込んだハンター達の眼に映ったのは、まさしくこの世の地獄であった。
 床を、壁を、天井を、一心に染める朱。
 飛び散る『人の形をしていたハズの何か』は、まるで残飯のように周囲に打ち捨てられて。
 アルコールの臭いをはるかに超える鉄の臭いが、建物の中には充満していた。
 そんな中で文字通りの血眼になり、奮い立つような雄叫びを上げ、大剣を振るう少年――バン・ブラージ。
 エスト隊のちょっと頭の足りない戦士の姿は、もはやそこに見て取る事はできなかった。
「様子見に行こうかと思ってた矢先にこれとはね……」
 その散々たる様子を前にして、クリス・クロフォード(ka3628)は魔導拳を強く握り締めて荒れ狂うバンを遠めに半身を開く。
 一直線の廊下。
 すぐ脇に多くの病室が立ち並ぶも、バンはそそくさと身を隠すような様子も無く、逆に大見得を切って周囲を挑発するように、己の存在を誇示して見せる。
「バン君、ボクたちが分からないのかいっ?」
 彼の真正面に立ちはだかって声を張り上げるイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
 バンはその血眼と共に額の異形なる眼をぐるりとイルムの方へと向けると、ニヤリと不敵に笑みを浮かべて大剣を軽々と肩に担いで見せた。
「バケモンの知り合いを持った記憶はねぇなぁ……叩き切ってやるぜッ!」
 言い放った言葉と共に爆発的な脚力で一歩を踏み出したバンは、一気に距離を詰めて剣を大きく振りかざしていた。
 同時にイルムの腕を何者かにが強い力で引き寄せる。
 すぐ真横を大剣が振り抜き、ベキリと木片を飛び散らせて板張りの床を一刀の元に破壊した。
「ダメだ……どうやら彼には我々がよく分からぬ化け物に見えているらしい」
 転がったイルムを受け止めて、アンナ=リーナ・エスト(kz010)は静かな口調で首を小さく横に振った。
「一体、何だっていうのよ……」
 一度距離を取って、観察するようにバンの姿を一瞥したリリア・ノヴィドール(ka3056)。
「まあ、どう見ても頭についてる『あれ』が原因ですよねぇ」
 今のバンに在る最も人ならざるその一点――額の第三の眼を注視しながら、葛音 水月(ka1895)はため息混じりに巨大なパイルを両手で掴んでいた。
「まずはこれ以上の被害を食い止める……何をするにしても、すべてはそこから」
 自身に言い聞かせるように口にして、シェリル・マイヤーズ(ka0509)もまた赤い刃を携える。
「けが人は任せても大丈夫……?」
「は、はい……大丈夫、誰一人、死なせはしませんっ」
 シェリルの問いに、来未 結(ka4610)は力強く頷いて見せた。
 視界の先に映るバンの姿。
 それをどこか眩しそうな瞳で見つめると、やがてぐっと拳を握って、病院の廊下を駆け出して行く。
 この世に百の歪みが生まれたなら――それ以上の人を救ってみせると、今一度自身に言葉を投げかけて。

 崩れた床板から剣を引き抜いて、バンはゆらりとハンター達に向き直る。
 彼らの到着まで休む事無く振り続けていたのだろう。
 虚ろな瞳と共に、その息も既に大きく上がっていた。
 それでも力を振り絞って彼は刃を振り上げる。
 大気を切り裂くようなその一刀を、横から蹴り付けるようにして葛葉 莢(ka5713)の脚が薙いでいた。
 横からの衝撃に軌道をずらされ、再び床板をぶち抜く大剣。
「これは、人間辞めちゃってるかもねぇ……あー、ねえブラージ。ちょっと話し合いとかしてみる気ない?」
「人の言葉を話すくらいで、俺が躊躇するとでも思ってんのかよ……!?」
 突き刺さったまま、床板を抉るようにして袈裟に切り上げられた一刀。
 莢は寸での所で半身退いてそれをかわすと、そのままバックステップで距離を取る。
「多少は状況に疑問を持ってみろっての……!」
「君に《狂気》の歪虚が取り憑いているんだ。歪虚に見えるのはその所為だよ!」
「ごちゃごちゃ喋るんじゃねぇ!」
 イルムの言葉に激昂し、脇に構えなおしたバンの剣が壁を破壊しながら戦場を貫いていた。
 その剣威に回避の遅れた脚で迫る刃に覚悟を決めるも、飛び出したアンナのパイルがその切っ先を捉えて轟音と共に炸裂。
 威力を削がれて弾かれた剣が、反動でバンごと後方へと吹っ飛んでいた。
「言葉を尽くしても彼が助かる保証は無い! 被害を拡大させないためなら、私は――」
 肩越しに振り返り叫んだアンナに、イルムは無言で首を横に振る。
「最後まで諦めてはいけないよアンナ君――絶対にだ」
 一抹の迷いも無く口にした彼女の言葉に、アンナは呆気に取られたように目を見開いていた。
「ここじゃ力押しが出来るバンに有利……どこかの病室に誘い込もう」
「任せるのよ。そういうの、私達の得意分野なのよね」
 尻餅を付いて起き上がろうとするバンに、シェリルとリリアが左右から駆け出していた。
「多少お灸を据えてやらなきゃ……バカだから、口で言ったって分からないでしょ?」
 吐き捨てるように語るクリスもまた、さも当然のように口にする。
 まるで『助ける事が当たり前である』と言わんばかりの口調で。
「流石に完全に歪虚になってるようなら手加減しませんけどねー。そうで無いなら、良い縛りプレイになるんじゃないですかね……っと」
 大きなパイルを掲げながらも軽快な足取りで戦場へ駆け込む水月の背を紫色の瞳で見送って、アンナは拳を強く握り締めていた。
「当然だ……そう簡単に、諦めてなどやるものか」
 彼女の瞳の奥に僅かにでも残っていた『事態への迷い』が、完全に消え去った瞬間であった。

●その眼に映るもの
 戦場から程近い病室の木壁が砕けるように飛散する。
 戦闘の余波で大きく開いたその穴から転がり込むように病室へと飛び込んでくる少女達。
 ベッドの合間を転がって慣れた所作で受身を取ると、床に手を付いて壁の先に佇むバンを視界の先に捉える。
「ねぇ、一旦落ち着いてなの!」
 衝撃で切ったのか、唇から零れた赤い筋を手の甲で拭い去ってリリアはバンへと問いかけた。
 しかし当の相手はもはや語る余地無し――いや、そもそもそんな余裕は無いのだろうか。
 砕けた破片を蹴破って壁の穴を乱暴に広げると、圧し通るようにして中に飛び込んだリリア達へと敵意に満ちた視線を浴びせかけていた。
「単純な脳みそって、こう言うときに役に立たないのよ……!」
 意識を逸らすかのように鉄パイプを放り投げるリリア。
 鈍い金属の音を立てて転がったそれをバンは特段気に留める様子も無く、今にも彼女へ斬りかかろうとその脚に力を溜める。
「させない……!」
 彼女の代わりに飛び出したシェリルが赤い刃をかざして横なぎ、バンの鼻っ面を掠めるように振り抜く。
 思わず身を仰け反らせて回避したバンだが、その隙にリリアが背後へと猛進。
 近くのベッドで握り締めた包帯を手に、バンの額の眼を覆うように顔を縛り上げた。
「視界が……何しやがる!」
 後ろに振り抜いたバンの肘をもろに鳩尾に食らい、よろめき離れたリリア。
 その充血した瞳は見開いているハズだがバンは慌てて額の瞳を覆った包帯を引きちぎるように外すと、そのままリリアへ向けて大きな剣を振り上げていた。
「強情なもんだ。らしいと言えばらしいものだけど……!」
 追って穴から飛び入ったクリスは瞬時に一足の間合いまで踏み込むと、威嚇するようにその拳を振り上げる。
 気配を察知したのかバンはぎろりと向いた額の眼でその姿を捉えると、握り締めた大剣を後ろ手に大きく振り抜く。
 余波を気に留めながらも身を屈めてそれをやり過ごしたクリスは、なおも一歩を踏み出して懐へと入り込んでいた。
「アンタなにやってんの! 私達の声が聞こえてんなら手ぇ止めて話聞きなさい……!」
「おま……あの金髪の声……?」
 バンの顔に一瞬の躊躇いが産まれる。
 彼の瞳に彼女はどのように映っているのだろうか。
 眼と鼻の先まで近づいて、ようやくその『声』の主を認識したかのようにうろたえるバン。
「今……その気持ちを、強く持って!」
 病室内の患者の誘導を終えた結は、その戸惑いを後押しするかのように抵抗意識を高める術式を彼の身へと投げかける。
 途端に苦しみ、もがくように頭を抱えて蹲るバン。
 滝のような汗を流したその指の隙間から、僅かに血の気の引いた眼がハンター達の姿を捉えていた。
「なん……だよ、これ……」
 のどの奥からこみ上げてきた何かを抑えるように、嗚咽を吐きながら床に崩れ落ちる。
「ピーノ君の言葉を思い出す時だよ。目の前で起こっていることを考えるんだ! 歪虚の蔓延る病院で君だけが安全に取り残された訳を! 人の死体を見かけなかった訳を! 病院の損傷がない事を!」
「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
 まくし立てるように口にしたイルムの言葉に頭を振り乱して立ち上がるバン。
 乱れた呼吸で取り落とした大剣を握り締め、苛立ちを隠せない形相でハンター達を握り締める。
 血の気が引いたと思われた瞳であったが、顔を上げた頃には真っ赤に染まり直って居た。
「人間に見せて同情誘おうってか……姑息な野郎の考えそうな事だぜ! 虫唾が走るんだよぉぉぉ!!」
 叫びながら眼前のクリスへ向けて勢いよく振り下ろした大剣。
 剣圧に気圧されて回避の間に合わない彼は、その重い一撃を交差した腕の魔導拳で受け止めていた。
「私たちが今あんたに話しかけてる状況を考えろ!」
 莢は羽交い絞めにするようにして無理やりクリスからバンを引き剥がす。
 その拘束にバンも全力の抵抗を試みるも、マテリアルで増強させた彼女の腕力はそう簡単に抜け出せるものではなかった。
「さっき、戻り掛けたのに……何かもっと、夢と現を見分ける強いショックを……」
 ポケットを、懐を、周囲を見渡してその何かを探すシェリル。
 今度は絶対に『無事に』助けるのだと、その気持ちだけが強く、己の戦いに対する意識を押しのけて先行する。
「まったく、これだけやっても僕らの事を化け物だなんて。人間やめてる外見なのはそっちなのに失礼ですねー。自分の姿でも見てから言って欲しいものです」
「自分の姿……その手があった!」
 水月の言葉にピンと何かを閃いたイルム。
 なおも莢の拘束を解こうと暴れるバンの真正面に駆け出して、彼女は内ポケットに仕舞い込んでいた何かをバンへ押し付けるように掲げていた。
「これを見るんだ、バン君!」
 イルムが掲げた手の平大のそれ。
 窓から差し込む日の光を反射してきらりと煌く、小さな化粧用の手鏡であった。
 照り返しがバンの瞳を霞め、眩しそうに、そしてうっとおしそうに視線を向ける。
 瞬間――彼の表情が凍りついた。
 意図に気づいた莢もまた、その顔に押し付けるようにして自らの手鏡をバンに向けていた。
「いい加減、鏡見てモノ言えってのよ……馬鹿ッ!」
 必然的に耳元で荒げるように放たれたその言葉は彼の心に届いたのか否か。
 食い入るように見つめる鏡の先。
 彼女達からはただバン自身が移るその先に、彼は別の何かを捉えていた。
「誰だよこれ……おい……なんなんだよ一体!」
 鏡に意識を取られたか、緩んだ腕を振り払って拘束を逃れたバンは、文字通り血相を変えて愛剣を振りかざしていた。
「お願い、待って……!」
 直後、小さな影がバンの姿を真正面から抱きしめる。
 縋るように寄り添った結の腕の中で、バンの手が僅かに空を揺らいだ。
「畜生ッ! 何をしやがったんだ俺に! 世界が化け物で……俺も化け物で……ッ!!」
 やり場の無い想いをぶつけるように結の腕の中で暴れるバン。
「アンナさんも抱き締めてあげて下さい……っ」
 結が叫ぶ。
「絆は絶対に消えたりしない。何に侵されようと……忘れるはずがない」
 その絆がエスト隊にあると。
 まるで家族のような暖かい絆があると、結は確かに信じていた。
 その想いが届けば、きっと帰ってくる。
 真っ直ぐにバンの瞳を見つめ返し、その奥に見えている自分の姿へと、結はニッコリと笑いかけた。
「私は――」
 結の言葉に諭されアンナが擦る様な一歩を踏み出す。
 パイルを取り落として、その手がバンの肩に触れようとしたその時――病院を揺るがすほどの怒号が確かに響き渡っていた。
 
 直後、辺りに飛び散ったのは床を真っ赤に染める朱のそれであった。

「バン……さん」
 結の背中から生えた大きな刃。
 それはバン自身ごと貫いて、彼女の身体を大きく抉っていた。
「居なくなれ……ッ! 俺の世界から……全て消えてなくなれッ!!」
 力任せに刃を抜き取り、腹から零れる鮮血を物ともせずに立ち上がるバン。
「こいつ……そろそろマジでぶっ飛ばすわよ!」
 自暴か、見境無く暴れ始めたバンにシビレを切らしたかのように莢が啖呵を切った。
 その言葉を意に止めずに、バンは雄叫びを上げて剣を大きく横に薙ぐ。
 直撃を免れても、その剣圧が衝撃となってハンター達の全身を伝っていた。
 余波の後を狙って、水月の体がバンの目の前へと滑り込む。
 その大きなパイルで体当たり彼の身体を突き飛ばすと、そのまま足元の結へと視線を向けていた。
「結さんは!?」
「大丈夫! 傷は深いけど……奇跡的ね、急所はバッチリ外れてるわ!」
 結を回収したクリスはその傷の様子をひと目、小さく首を縦に振る。
「悪いけど……こうなったら少し、痛い目を見てもらいますよ」
 剣を杖に立ち上がったバンへと即座にパイルの射口を向ける水月。
「1本くらい、命に比べたら安いと思ってくださいね――」
 炸裂した機突が、剣を握るバンの腕を肩から吹き飛ばしていた。
 ガランと音を立てて転がる大剣と共に、声にならない叫びがバンの口から零れ落ちる。
「恐怖に負けないのでしょ……? 死ぬのも、堕ちるのも簡単……だから、仲間の声聞いて……輝きを、見失わないで……」
 縋るような思いでバンへと語り掛けるシェリル。
 自分にも覚えがある事だから……だからこそ、その時に『最も大事だった事』を彼女は語るのだ。
 だからきっと救えるはず。
 彼を救いたいと思う人は、ここに居るのだから。
 吹き飛んだ腕へと指し伸ばす小さな手のひら。
 用意周到に準備をした訳じゃない。
 でも、皇帝を救ったあの方法なら――一抹の望みを掛けて、彼女の指が傷口に触れる。
 
 刹那、バンの頭突きがシェリルの鼻っ柱に叩き込まれていた。
 反動で転がるように真っ赤な床へと倒れ伏すシェリル。
 その隙に高く跳躍したバンは、そのまま直近の窓ガラスをぶち破っていた。
「待ちなさいなの……!」
 疾影士のリリアよりもなお疾く、外へと転がり落ちたバンはそのまま郊外の森へと一目散に逃走してゆく。
 その速度に追走を断念したハンター達の物言わぬ視線の先に、彼の姿は深い木々の間へと溶け込んでしまっていた。

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  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレka5113
  • 悪党の美学
    五光 莢ka5713

重体一覧

参加者一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 魂の灯火
    クリス・クロフォード(ka3628
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • そよ風に包まれて
    来未 結(ka4610
    人間(蒼)|14才|女性|聖導士
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 悪党の美学
    五光 莢(ka5713
    人間(蒼)|18才|女性|格闘士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/02/02 21:16:37
アイコン 相談卓
五光 莢(ka5713
人間(リアルブルー)|18才|女性|格闘士(マスターアームズ)
最終発言
2016/02/07 00:28:15