ゲスト
(ka0000)
【深棲】“Terminal”
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/15 22:00
- 完成日
- 2014/08/17 23:09
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
どく、と。音がした。どくどくどく、と。脈打つ心の臓。
耳の中に心臓があるのではないかというくらいに、音が。
生きたのだ、と噛み締め。
生きるのだ、と強く思う。
生きて、どうする。自問した。
弔うのだ。家族を。自答する。
だが。意識だけは清明で、鮮烈で、痛みを伴った。
この渇きの、この痛みの代償を求めているのだと、私自身もわかっていた。
●
「中々休む暇がないね」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)だ。執務室のソファでだらし無く寝そべり、書類を眺めての一言だった。
カーテンは締め切られ、室内を照らすのは僅かな照明のみ。仄明るく存在を浮かび上がらせた薄いグラスに、ヘクスは葡萄酒を注いだ。王国西部の都市デュニクスで一悶着あった際に、謝礼として町人から手渡されたものである。
この酒は一等香りが強い。注ぐそばから、濃厚な香りが立ち上がる。
「……さて」
甘みと酸味に富んだ香りを味わいながら、思索した。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が戦士団を率いて同盟に入った。王国騎士団の副団長にして赤の隊の隊長ダンテ・バルカザールも、少数ではあるが騎士を率いてきている。
くす、と。笑みの音が部屋に落ちた。過日の円卓会議を思い出しての笑み、であった。
「問題は、騎士団の方だね」
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の決断は決して褒められたものではない。
――少なくとも、保守的な王国にとっては、ね。
とはいえ、その決断には見るべき所もある。歪虚との大規模な戦闘を経験する事は今の王国では難しい。他国の軍備に触れる機会も。ハンター達と共に闘う『戦争』も。セドリック・マクファーソン(kz0026)がエリオットの発言を否定しなかったのはその辺りも在るだろう、とヘクスは見ている。彼はシスティーナ・グラハム(kz0020)の決裁にも、異論は挟まなかったのだから。
「ま。彼は彼で甘い、か。今頃どっかで溜息ついてそうだけど」
王女を教育する機会と見ると前のめりになり過ぎる傾向がセドリックにはある。一国の長としての決断機会だ。取り上げるわけにもいかなかったのだろう。
その点で、大司教の本質は決して保守ではない、とヘクスは思う。
だからこそ――。
「楽しみだな。システィーナ。エリー。未熟な君達が、この動乱の中でどう育つのか」
そうして、漸く葡萄酒を口元に運んだ。強い香りを味わいながら飲み下すと、強い酸味が舌に残る。
そこに。ノックの音が、響いた。
もう一度葡萄酒を味わってからヘクスは口を開く。
「セバスかい。入っていいよ」
「失礼します……ヘクス様」
銀髪の老執事は静かに入室すると、手短に要件を告げた。
「フォーリ・イノサンティ様が、お呼びです」
●
フォーリ・イノサンティ。聖堂戦士団の古強者である。過日、狂気に属する歪虚の集団に襲われて妻子を喪い、自身も重傷を負った。
王国に帰すには容態が安定しているとは言えず、揺籃館で加療中である。
「やあ、フォーリ。傷の調子はどうだい?」
にこやかに手を振りながら、ヘクス。ベッドサイドに置かれた椅子は、ヘクスの来訪を予期して給仕が置いておいたのだろう。迷わずそこに座り、フォーリの身体を眺めた。
ベッドに横たわったまま、フォーリは顎を引くようにして、小さく一礼をする。
「ヘクス様……お呼び立て、申し訳ありません」
過日は血糊で固まっていた長い金髪は、今は梳かれて整えられている。碧眼も。優しげな風貌も。その白い肌も。憔悴しきってはいるが、以前の穏やかさを取り戻しているようには見えた。
歪虚に、尋常ならざる様子で押さえつけられていた両肩も――明らかな異常を見て取ることはできない。
「や、いいのさ。君はお客人で、病人だからね。本来であれば花でも持ってくれば良かったのだろうけど」
言いながら、ヘクスは部屋を見回す。看病の為に整えられた部屋だった。サイドテーブルには、ウサギだ何だと飾り切りされた果実が目に入った。
食事が出来るくらいには快復してきているのだろう。
「いえ……これだけのことをして頂いているのですから」
「そうかい? まあ、今は気を使わずに、なんでも言ってくれたらいいよ」
喪失の痛みは、早々癒せるものではないと解っていた。ただ、そこに手を差し伸べぬほど、ヘクスは人非人でもない。
「何か、頼みがあるんだろう?」
「はい」
フォーリの短い返答に、様々な感情の色をヘクスは見た。軋む中で、漸く紡がれた言葉。
「仕事は大体部下がやってくれているから、僕はこの通り暇人でね。頼みの一つや二つくらいなら聞いてあげられない事もないよ?」
「……感謝、します」
配慮を、それと解るくらいにはフォーリの心中にも余裕はあったのだろう。だから、フォーリはこう尋ねた。
「王国と――戦士団の行動を、お教え頂けませんか」、と。
●
「……さて、さて」
ヘクスがやってきたのは、フォーリが居を構えていた場所――つまり、聖堂戦士団の一員として活動をしていた場所となる。
――ハルトフォート。西部を護る要の地だ。彼は此処に屋敷を構えていた。
まずヘクスは彼の屋敷を尋ねた。イノサンティ一家についてと、今回の訪問については連絡はしておいたからだろう。屋敷を覆う、沈鬱な気配が印象に残った。かつて。この屋敷の中で少年たちは幸せに暮らしていた。その暖かさを無くしたから、この屋敷は凍えているんだろう、とヘクスは思った。
しかし。
過去を想いながらも、ヘクスの目は冷ややかなものだ。屋敷に入り、案内についた給仕から案内を受けている間も、終止そうだ。案内の言葉ににこやかに笑いながらも、その視線に生優しい感傷の色はない。
そしてそれは、給仕達の応対にしてもそうだった。
明らかに害敵と見なす色を隠そうともしない。皆が皆、そうであった。
たとえ『それ』が、フォーリの願いだと聞いても、承服しかねたのだろう。
ヘクスもまたその応対に何も言わなかった。
なぜなら。
ヘクスは、この屋敷の資産価値を査定するために、来たからだ。
●
ある日。揺籃館の中庭に大量の物資が運び込まれていた。武器。食料。薬品。得体のしれない触媒。多種多様な品の数だった。
中庭には大型の荷台が五つ。立派な体躯の馬の姿もある。
ヘクスの指示によって次々と荷台に荷が積み込まれていく様を、フォーリはあてがわれた部屋の窓から見下ろしていた。
あれらはじきに、ハンター達の護衛のもと、王国の戦力の元に送られる事になる。
彼自身の――執着の、証だった。
はた、と。感情がはためいた。
階下のヘクスと目があう。ヘクスは苦笑し、問うように首を傾げた。
いいのかい、と。そう問うているようだった。
「……」
フォーリは頷きを返した。例え愚かだと罵られようとも、それを撤回する気はなかった。
弔いも出来ぬこの身体で、今出来る事は、それしかなかったからだ。
どく、と。音がした。どくどくどく、と。脈打つ心の臓。
耳の中に心臓があるのではないかというくらいに、音が。
生きたのだ、と噛み締め。
生きるのだ、と強く思う。
生きて、どうする。自問した。
弔うのだ。家族を。自答する。
だが。意識だけは清明で、鮮烈で、痛みを伴った。
この渇きの、この痛みの代償を求めているのだと、私自身もわかっていた。
●
「中々休む暇がないね」
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)だ。執務室のソファでだらし無く寝そべり、書類を眺めての一言だった。
カーテンは締め切られ、室内を照らすのは僅かな照明のみ。仄明るく存在を浮かび上がらせた薄いグラスに、ヘクスは葡萄酒を注いだ。王国西部の都市デュニクスで一悶着あった際に、謝礼として町人から手渡されたものである。
この酒は一等香りが強い。注ぐそばから、濃厚な香りが立ち上がる。
「……さて」
甘みと酸味に富んだ香りを味わいながら、思索した。
ヴィオラ・フルブライト(kz0007)が戦士団を率いて同盟に入った。王国騎士団の副団長にして赤の隊の隊長ダンテ・バルカザールも、少数ではあるが騎士を率いてきている。
くす、と。笑みの音が部屋に落ちた。過日の円卓会議を思い出しての笑み、であった。
「問題は、騎士団の方だね」
エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の決断は決して褒められたものではない。
――少なくとも、保守的な王国にとっては、ね。
とはいえ、その決断には見るべき所もある。歪虚との大規模な戦闘を経験する事は今の王国では難しい。他国の軍備に触れる機会も。ハンター達と共に闘う『戦争』も。セドリック・マクファーソン(kz0026)がエリオットの発言を否定しなかったのはその辺りも在るだろう、とヘクスは見ている。彼はシスティーナ・グラハム(kz0020)の決裁にも、異論は挟まなかったのだから。
「ま。彼は彼で甘い、か。今頃どっかで溜息ついてそうだけど」
王女を教育する機会と見ると前のめりになり過ぎる傾向がセドリックにはある。一国の長としての決断機会だ。取り上げるわけにもいかなかったのだろう。
その点で、大司教の本質は決して保守ではない、とヘクスは思う。
だからこそ――。
「楽しみだな。システィーナ。エリー。未熟な君達が、この動乱の中でどう育つのか」
そうして、漸く葡萄酒を口元に運んだ。強い香りを味わいながら飲み下すと、強い酸味が舌に残る。
そこに。ノックの音が、響いた。
もう一度葡萄酒を味わってからヘクスは口を開く。
「セバスかい。入っていいよ」
「失礼します……ヘクス様」
銀髪の老執事は静かに入室すると、手短に要件を告げた。
「フォーリ・イノサンティ様が、お呼びです」
●
フォーリ・イノサンティ。聖堂戦士団の古強者である。過日、狂気に属する歪虚の集団に襲われて妻子を喪い、自身も重傷を負った。
王国に帰すには容態が安定しているとは言えず、揺籃館で加療中である。
「やあ、フォーリ。傷の調子はどうだい?」
にこやかに手を振りながら、ヘクス。ベッドサイドに置かれた椅子は、ヘクスの来訪を予期して給仕が置いておいたのだろう。迷わずそこに座り、フォーリの身体を眺めた。
ベッドに横たわったまま、フォーリは顎を引くようにして、小さく一礼をする。
「ヘクス様……お呼び立て、申し訳ありません」
過日は血糊で固まっていた長い金髪は、今は梳かれて整えられている。碧眼も。優しげな風貌も。その白い肌も。憔悴しきってはいるが、以前の穏やかさを取り戻しているようには見えた。
歪虚に、尋常ならざる様子で押さえつけられていた両肩も――明らかな異常を見て取ることはできない。
「や、いいのさ。君はお客人で、病人だからね。本来であれば花でも持ってくれば良かったのだろうけど」
言いながら、ヘクスは部屋を見回す。看病の為に整えられた部屋だった。サイドテーブルには、ウサギだ何だと飾り切りされた果実が目に入った。
食事が出来るくらいには快復してきているのだろう。
「いえ……これだけのことをして頂いているのですから」
「そうかい? まあ、今は気を使わずに、なんでも言ってくれたらいいよ」
喪失の痛みは、早々癒せるものではないと解っていた。ただ、そこに手を差し伸べぬほど、ヘクスは人非人でもない。
「何か、頼みがあるんだろう?」
「はい」
フォーリの短い返答に、様々な感情の色をヘクスは見た。軋む中で、漸く紡がれた言葉。
「仕事は大体部下がやってくれているから、僕はこの通り暇人でね。頼みの一つや二つくらいなら聞いてあげられない事もないよ?」
「……感謝、します」
配慮を、それと解るくらいにはフォーリの心中にも余裕はあったのだろう。だから、フォーリはこう尋ねた。
「王国と――戦士団の行動を、お教え頂けませんか」、と。
●
「……さて、さて」
ヘクスがやってきたのは、フォーリが居を構えていた場所――つまり、聖堂戦士団の一員として活動をしていた場所となる。
――ハルトフォート。西部を護る要の地だ。彼は此処に屋敷を構えていた。
まずヘクスは彼の屋敷を尋ねた。イノサンティ一家についてと、今回の訪問については連絡はしておいたからだろう。屋敷を覆う、沈鬱な気配が印象に残った。かつて。この屋敷の中で少年たちは幸せに暮らしていた。その暖かさを無くしたから、この屋敷は凍えているんだろう、とヘクスは思った。
しかし。
過去を想いながらも、ヘクスの目は冷ややかなものだ。屋敷に入り、案内についた給仕から案内を受けている間も、終止そうだ。案内の言葉ににこやかに笑いながらも、その視線に生優しい感傷の色はない。
そしてそれは、給仕達の応対にしてもそうだった。
明らかに害敵と見なす色を隠そうともしない。皆が皆、そうであった。
たとえ『それ』が、フォーリの願いだと聞いても、承服しかねたのだろう。
ヘクスもまたその応対に何も言わなかった。
なぜなら。
ヘクスは、この屋敷の資産価値を査定するために、来たからだ。
●
ある日。揺籃館の中庭に大量の物資が運び込まれていた。武器。食料。薬品。得体のしれない触媒。多種多様な品の数だった。
中庭には大型の荷台が五つ。立派な体躯の馬の姿もある。
ヘクスの指示によって次々と荷台に荷が積み込まれていく様を、フォーリはあてがわれた部屋の窓から見下ろしていた。
あれらはじきに、ハンター達の護衛のもと、王国の戦力の元に送られる事になる。
彼自身の――執着の、証だった。
はた、と。感情がはためいた。
階下のヘクスと目があう。ヘクスは苦笑し、問うように首を傾げた。
いいのかい、と。そう問うているようだった。
「……」
フォーリは頷きを返した。例え愚かだと罵られようとも、それを撤回する気はなかった。
弔いも出来ぬこの身体で、今出来る事は、それしかなかったからだ。
リプレイ本文
●
空は高く、蒼穹が地平の彼方に覆いかぶさっている。ヘクスが選んだというこの経路は背の高い草木もなく、視界は良好であった。緑色のカンバスに薄く引かれたような道を一同――ハンター六名と荷馬車が進む。荷は多く、力強い雄馬に引かれる荷台が時折微かな軋みを返した。
飄 凪(ka0592)は居並ぶ荷馬車の中頃で左側方に立ち、歩む。夏盛りの日差しが照りつける中、どこか沈鬱な表情をした男は小さくこう零した。
「やるせねぇな」
それは、今回の依頼主――フォーリ・イノサンティへの深い共感の言葉だった。想起したのは、彼にとって護るべき者の姿。それが喪われた時、自分がどうするか。暫し黙考し、首を振って思索を終えた。
「せめてこの物資を無事に騎士団へ引き渡す、か」
男は自らに任じながら、反対側にいるであろうユラン・S・ユーレアイト(ka0675)に言葉を投げた。
「そういや、フォーリは元気そうだったか?」
「ん――多分、今の所」
ユランは視線を巡らせ、耳を澄ましながら言う。敵の影は、未だ無い。
――少し、遡ろう。
●
ユランとマーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)は出発前にフォーリの元を訪ねていた。
「体、平気?」
やや面食らった男の顔に疲労の色が見え、ユランはそう言った。
「君達は……ええ、平気です。立っていたら疲れてしまったようで」
「そう」
――あの時のような危険な感じはない、かな?
胸中でそう呟いて、ユランは頷きを返した。
「こうしてお話出来るまで回復された事をお喜び申し上げます」
それは、マーニにしても同様だったのだろう。無表情は崩れないが、どこか安堵の色が滲んでいた。
「先日は有難うございました。おかげで、命を繋ぐことが出来ました」
寝台で身を起こしたフォーリは、そのまま深々と礼をした。マーニはその背に、寂寞を感じないでもない。
だから。
「こちらを」
「ロザリオ、ですか?」
マーニは頷きを返す。聖導士の彼女にとっての、思いの証。手渡されたそれを、フォーリはじっと見つめていた。
「……フォーリの中に、物以上の大切なものはきちんと詰まってるもんね」
その姿を見て、ユランはそう言った。死は、消滅ではない。きっと、残る『もの』がある。
「ちゃんと届けるね。届けた品々が次の持ち主の身や心を護れるように」
ユランはそう言うと、静かに部屋を後にした。マーニも最後に小さく会釈を返すとそれに続く。
「……ありがとうございます」
言葉が、ぽつりと部屋に落ちた。
一方、その頃。
●
――殿方がお二人で両手に花ですわね!
エルダナール・ヘルヤンウェ(ka2517)は喜悦を満面に滲ませながら、歩んでいた。引きずられるように歩くマッシュ・アクラシス(ka0771)、クランクハイト=XIII(ka2091)は二人とも似た表情をしている。彼女が一人では寂しい、と言うからついてきたらこの有り様だった。
「いやはや、失礼しますよ」
マッシュが苦笑したままノックをして扉を開くと、寝台で身を起こしたフォーリが手元でロザリオを弄っている姿が見えた。その姿を見て、マッシュは目を細める。ちらり、と胸中に灯る火があった。それをそっと押し込んで、言う。
「今回、依頼を受けたマッシュと申します。こちらは」
「クランクハイトです」
神父を自称する男はそう言って礼をした。
――ご家族を亡くされて、一人残されて……ですか。
フォーリの背に滲む影に、そう独語し。
「本当なら出来る限りお話しをさせていただきたいのですが、今はお身体を休めて下さい」
そう言って、一枚の手紙を手渡した。
「貴方にお伝えしたい事は此方にしたためておりますので…お手隙の間にでも」
「――あ、ああ。ありがとうございます」
突然の手紙に困惑した様子だが、フォーリはそれを受け取っていた。その視線がクランクハイトから僅かに、逸れる。自身をまじまじと眺める女――エルダナールに気づいたからだろう。視線が交差する。そこに何を感じたか。エルダナールは笑んで、言う。
「これはわたくしの持論なのですが、楽しくなければ死んでいるのと同じと考えておりまして。悲しみを捨てろ、なんておこがましい事は言いませんけれど、生を楽しむ、その事を忘れないで欲しいとは思いますわ」
――悲しんでいるだけでは死人と同じですもの。
突き放すような物言いだが、それも自然な事だろう。依頼という関係がなければ他人に等しい。同情はすれども、理解には遠い。それを自覚しての言葉だった。
「それでは、わたくし達は荷を運んでまいりますわ♪」
にこやかに笑って、来た時と同じように、両手に『花』を引き連れて帰っていく。嵐のような女性だった。マッシュが会釈をするのを最後に、戸が締り気配が離れる。
フォーリは残されたモノに想いを馳せながら――祈るように、頭を垂れた。
●
夏雲が悠然と流れる中を、一同は往く。エルダナールは列の最前で鼻歌交じりで歩いていた。
「自由気儘な一人旅も良いものですが、偶には誰かが隣にいる旅というのも乙なものですわあ」
「そうですか」
ゴキゲンな調子に、マーニは硬く頷く。少しばかり対応が硬いのは気質故か。エルダナールもそれがわかっているのか気にした様子はない。
――この旅で良い詩を紡ぐ事が出来れば良いのですが。
彼女にとって関心はそこだった。そこに。
「ん……? おや、皆さん」
厳つい犬を連れたマッシュがぽつ、と告げた。
「どうやら、お越しになったようで」
言葉に一同の視線が流れる。風下だ。遠景に――いた。身を伏せてはいるが、見通しの良い草原ではよく目立つ。
「来るか?」
凪が他の方角にはコボルドが見えない事を確認しながら言うと、暫くコボルド達の様子を眺めていたマッシュは首を振った。
「いえ。一定の距離を保ったまま、並走しています」
コボルド達にしてもバレていないとは思っていないのだろう。慎重ではあるが、穴に埋まってるのでは、などと待ち伏せを考えていただけにマッシュは少しばかり拍子抜けしていた。
クランクハイトは目を細めながらぽつぽつと指差し数え。
「数は――十匹もいない、ですか」
「守りながら、となると面倒……」
「だなあ……」
反対側を警戒していたユランと凪は二人ともに気だるげに息を吐いた。増援や伏兵は居ないが、此方から出向くには距離が遠い。往けば荷馬車が置いてけぼりになってしまう。
マーニは小さく息を吐いた。煮詰まった状況に、これ以上思索を重ねても仕方ない。
「警戒しながら、出方を見るしか無いですね。数が増えなければいいですが」
「何となく、大丈夫そうな気がしますわねえ」
つと、口元に人差し指を当ててエルダナール。それはただの勘だった。遠間のコボルド達がちこちこと歩いている姿は何となく愛嬌を感じなくもない、が――兎角、一同は進むこととした。
●
黄昏時になるとハンター達は足を止めた。暗くなる前に野営の準備をしなくてはならない。荷馬車を一箇所に集め、護りやすいように固める。草を食む馬達がどこか緊張を孕んでいるのを、マーニはその背を撫でる事で和らげようとしていた。エルダナールがランタンを灯して置くと、朱色に染まりつつある世界の中で仄明るい黄色が立ちあがる。
凪はコボルドの方角をそれとなく眺めながら手早く火をおこしている、が。
「奴ら、近づいて来ているな」
凪がコボルド達に気付かれぬように声を零すと、手元のジャマダハルを見つめながら、ユランはぽつ、と呟いた。
「でもまだ遠いね……来るのは日が落ちてから、かな」
じわじわと、その姿が大きくなってきているように見えた。攻め気があるのは間違いないが、未だ遠間である。
「いつ向かってくるか不明な以上、休憩は班ごとか……もしくは、各班で一人ずつ、にしましょうか」
「寝ずの番なら私がしますよ。徹夜は慣れてますから」
「……大丈夫なんですか?」
「ええ」
「……」
マーニの提案に、にこやかにクランクハイトが言うのだが、生真面目なマーニには眼前の男が不健康の権化のように見えてきて言葉を噤んでしまった。
それを眺めながらマッシュは飼い犬に干し肉を与えている。視界の端には、一箇所に集められた荷が小山のように影を作っていた。
「目の前で、家族を、ねえ」
言葉にすると、飼い犬が横目で見上げてきた。ぽん、と手を置くと。同じぐらいの力で押し返してくる。
心地よい距離感と熱だ。遠くに燻る、かつての光景を思い返しつつ、零した。
「そこら中に転がっている話とはいえね。随分と重い荷物ですよ」
●
黄昏が通り過ぎた宵の口。交代に身を休め、残る者は周囲を警戒している中で、凪はふと、気配を感じた。獣の物ではない。懐かしい故郷の香りだった。
――無事に帰って来てね。
声が聞こえた気がした。苦笑を零しながら得物を手にする。今度こそ、別の気配を感じていた。
「必ず帰るぜ」
凪は言いながら、隣で目を閉じていたユランを起こしながら、言う。
「ん?」
「気配がする。近づいてきてるみたいだ」
「……おや、気づきませんでしたが」
番をしていたクランクハイトが言うが、かといって警戒せぬ理由もない。一同はそれぞれに得物を手に用意を整えた。襲撃に備え、クランクハイトは先ずマッシュに守護の魔法を掛ける。
ランタンと、焚き火の範囲しか視界はない。そこから先は、深い夜闇。
唸り声に次いで気配が湧いた。灯りの先から沁みこむように影が生まれる。コボルドだ。一直線に、ハンター達へと向かってくる。
「おやまあ」
声は、果たして誰のものだったか。覆いかぶさるようにコボルド達が押し寄せてきた。対するハンター達は、各班ごとに迎撃の姿勢を取る。
●
獰猛な唸り声を貫くように、ハンター達の両翼から矢が疾走った。マッシュとエルダナールが放った矢だ。鏃が火の灯りを返しながら、夫々の狙った獲物を貫く。鈍い悲鳴を挙げて、二頭が地に伏した。
「どれだけ来るか解らないのが厄介ですね」
「そうですわねえ……ひ、ふ、み……」
敵の足が速い。これ以上の射撃は不能だと判じマッシュは剣を抜いて、後衛であるクランクハイトを護るように前へ。反対側。エルダナールは次の矢をつがえながら数を数えた。夜闇からはもう少しばかり気配を感じる。
「とにかく、斃しましょう。荷よりも先に私達を狙ったのは――幸いです」
エルダナールより前に立ち、言葉とともに日本刀を振り下ろすマーニ。切っ先に宿った光玉が弾かれるように放たれた。顎を撃ちぬかれたコボルドは意識を無くしたか泡を吹いて転倒。成果を確認しつつ、マーニはマッシュと同様に前進。
中央。ユランと凪は動かない。否。コボルドの接近を十分に待って、動いた。獣のような疾駆を見せる碧影――ユランと、力強く腕を振って走る凪。先手はコボルド達。獰猛な声を曳いて、コボルドの爪が銀光を返して疾走った。向かう先。ユランはジャマダハルの刃の腹でそれを受ける。十二分に詰まった距離。その中でユランはなお一歩を踏み込んだ。息が掛かる程の至近で手首を返し、コボルドの首を撫で切る。
「――これは駄目。フォーリの大事な『想い』だから」
血を浴びぬように開いた手で押し退けながら、次いで迫るコボルドを見つめて、言う。だが。敵の視線はユランではなく、その傍らに向けられていた。
凪の腕に噛み付いているコボルド。
「悪いな、お前等も飯が欲しいんだろうがこいつはやれねぇんだ」
その腹から生える異形を見ての事だった。噛まれた別の手に据えたドリルが、旋痕のままに貫いた証。絶命したコボルドの腹からそれを抜き取り、凪は言う。
「素直に諦めるか、もしくは身体をぶち抜かれるか、好きな方を選びな」
「……」
相対するコボルドの側面。マッシュが続く一頭を切り捨て、クランクハイトの聖光がその傷を癒している。反対側では、マーニが相対しているコボルドをエルダナールの矢が射抜いていた。
コボルドが踵を返すまで、数瞬も要しなかった。唸り声とも悲鳴とも付かぬ声を上げながら、闇に向かって疾駆。
「……はや」
呆れるように言うユランだが、追いつけないとひと目で知れる。視界も悪くては弓矢も届くまい。諦めて、荷の点検に移る。
「傷は大丈夫ですか?」
クランクハイトは凪に近づくと噛み付かれた腕を診る。
「大したことはねぇよ」
「まあ、清潔とはいえないでしょうから、処置だけはしておきましょうか」
軽く水で洗った後に癒しの光を描くとみるみるうちに傷は塞がった。
「大したもんだよなあ……」
感嘆するようにいう凪に、クランクハイトは笑みを返し、内心で呟く。
――十分に威を示しましたし、残る道中は楽になりそうですね。
コボルドの生き残りがどの程度かは解らないが。脅威の程度から、普段は護衛も乏しい行商を襲うような連中なのだろうと知れて。
事実、その通りとなった。
●
騎士団の分隊と合流した一同は、早速荷を引き渡した。一夜の交戦以降も時折コボルドの姿を見かけはしたが、近づくでもなく去っていった。
交戦はハンター達の完勝であった。十二分に脅しが効いたのだろう。
「ふぃー、終わったな。俺の分の飯、作っててくれりゃあいいんだが……」
遠くを見てそういう凪を他所に、
「かくて想いは届き、悲哀は生きる糧となる、ですわね」
エルダナールは回収される荷を見つめながら、そう紡いだ。
「めでたしめでたし、ですかね」
応じるようにマッシュが言うと、エルダナールは楽しそうに目を細めた。徒に情を零すようなことはしない男だが、返事を返すくらいには人付き合いには熟れているようである。
「無事、届けられましたね」
どこか安堵するように息を吐くマーニ。緊張が解れると、その表情は歳相応の幼さを感じさせる。
「そうだね……フォーリも、フォーリの家族も、喜んでるんじゃないかな」
ユランはその表情を横目に眺めながら、ぽつと呟くように言った。家族、という言葉にマーニは少しだけ言葉を呑んだ。凄惨で悲惨な別れは、記憶に新しい。
「……だと、良いのですが」
せめて、これがフォーリの糧になれば良い、と。そう願いながら、そう言った。
●
後日。
無事に荷が届いた、という報を受けて。フォーリは溜息を吐いた。
思い出すように、手紙を手にとる。ハンターから受け取った手紙であった。
『貴方が今後どうするおつもりなのかは存じ上げません。
ただ、一言だけ助言させていただきます。
貴方が奥様方に見せたい顔を、お姿はどのようなものか、それを忘れないでください。
――それが大切な人々への手向けになりますから』
記された言葉は、彼自身のこれからを案じるものであった。これまでに掛けられた言葉を想起する。
己の行為は、決して褒められたものではない。それでも、彼らの姿勢は暖かなものだった。
「彼らは本当に……世話焼きだな」
感傷は、そんな言葉になって、零れた。
空は高く、蒼穹が地平の彼方に覆いかぶさっている。ヘクスが選んだというこの経路は背の高い草木もなく、視界は良好であった。緑色のカンバスに薄く引かれたような道を一同――ハンター六名と荷馬車が進む。荷は多く、力強い雄馬に引かれる荷台が時折微かな軋みを返した。
飄 凪(ka0592)は居並ぶ荷馬車の中頃で左側方に立ち、歩む。夏盛りの日差しが照りつける中、どこか沈鬱な表情をした男は小さくこう零した。
「やるせねぇな」
それは、今回の依頼主――フォーリ・イノサンティへの深い共感の言葉だった。想起したのは、彼にとって護るべき者の姿。それが喪われた時、自分がどうするか。暫し黙考し、首を振って思索を終えた。
「せめてこの物資を無事に騎士団へ引き渡す、か」
男は自らに任じながら、反対側にいるであろうユラン・S・ユーレアイト(ka0675)に言葉を投げた。
「そういや、フォーリは元気そうだったか?」
「ん――多分、今の所」
ユランは視線を巡らせ、耳を澄ましながら言う。敵の影は、未だ無い。
――少し、遡ろう。
●
ユランとマーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)は出発前にフォーリの元を訪ねていた。
「体、平気?」
やや面食らった男の顔に疲労の色が見え、ユランはそう言った。
「君達は……ええ、平気です。立っていたら疲れてしまったようで」
「そう」
――あの時のような危険な感じはない、かな?
胸中でそう呟いて、ユランは頷きを返した。
「こうしてお話出来るまで回復された事をお喜び申し上げます」
それは、マーニにしても同様だったのだろう。無表情は崩れないが、どこか安堵の色が滲んでいた。
「先日は有難うございました。おかげで、命を繋ぐことが出来ました」
寝台で身を起こしたフォーリは、そのまま深々と礼をした。マーニはその背に、寂寞を感じないでもない。
だから。
「こちらを」
「ロザリオ、ですか?」
マーニは頷きを返す。聖導士の彼女にとっての、思いの証。手渡されたそれを、フォーリはじっと見つめていた。
「……フォーリの中に、物以上の大切なものはきちんと詰まってるもんね」
その姿を見て、ユランはそう言った。死は、消滅ではない。きっと、残る『もの』がある。
「ちゃんと届けるね。届けた品々が次の持ち主の身や心を護れるように」
ユランはそう言うと、静かに部屋を後にした。マーニも最後に小さく会釈を返すとそれに続く。
「……ありがとうございます」
言葉が、ぽつりと部屋に落ちた。
一方、その頃。
●
――殿方がお二人で両手に花ですわね!
エルダナール・ヘルヤンウェ(ka2517)は喜悦を満面に滲ませながら、歩んでいた。引きずられるように歩くマッシュ・アクラシス(ka0771)、クランクハイト=XIII(ka2091)は二人とも似た表情をしている。彼女が一人では寂しい、と言うからついてきたらこの有り様だった。
「いやはや、失礼しますよ」
マッシュが苦笑したままノックをして扉を開くと、寝台で身を起こしたフォーリが手元でロザリオを弄っている姿が見えた。その姿を見て、マッシュは目を細める。ちらり、と胸中に灯る火があった。それをそっと押し込んで、言う。
「今回、依頼を受けたマッシュと申します。こちらは」
「クランクハイトです」
神父を自称する男はそう言って礼をした。
――ご家族を亡くされて、一人残されて……ですか。
フォーリの背に滲む影に、そう独語し。
「本当なら出来る限りお話しをさせていただきたいのですが、今はお身体を休めて下さい」
そう言って、一枚の手紙を手渡した。
「貴方にお伝えしたい事は此方にしたためておりますので…お手隙の間にでも」
「――あ、ああ。ありがとうございます」
突然の手紙に困惑した様子だが、フォーリはそれを受け取っていた。その視線がクランクハイトから僅かに、逸れる。自身をまじまじと眺める女――エルダナールに気づいたからだろう。視線が交差する。そこに何を感じたか。エルダナールは笑んで、言う。
「これはわたくしの持論なのですが、楽しくなければ死んでいるのと同じと考えておりまして。悲しみを捨てろ、なんておこがましい事は言いませんけれど、生を楽しむ、その事を忘れないで欲しいとは思いますわ」
――悲しんでいるだけでは死人と同じですもの。
突き放すような物言いだが、それも自然な事だろう。依頼という関係がなければ他人に等しい。同情はすれども、理解には遠い。それを自覚しての言葉だった。
「それでは、わたくし達は荷を運んでまいりますわ♪」
にこやかに笑って、来た時と同じように、両手に『花』を引き連れて帰っていく。嵐のような女性だった。マッシュが会釈をするのを最後に、戸が締り気配が離れる。
フォーリは残されたモノに想いを馳せながら――祈るように、頭を垂れた。
●
夏雲が悠然と流れる中を、一同は往く。エルダナールは列の最前で鼻歌交じりで歩いていた。
「自由気儘な一人旅も良いものですが、偶には誰かが隣にいる旅というのも乙なものですわあ」
「そうですか」
ゴキゲンな調子に、マーニは硬く頷く。少しばかり対応が硬いのは気質故か。エルダナールもそれがわかっているのか気にした様子はない。
――この旅で良い詩を紡ぐ事が出来れば良いのですが。
彼女にとって関心はそこだった。そこに。
「ん……? おや、皆さん」
厳つい犬を連れたマッシュがぽつ、と告げた。
「どうやら、お越しになったようで」
言葉に一同の視線が流れる。風下だ。遠景に――いた。身を伏せてはいるが、見通しの良い草原ではよく目立つ。
「来るか?」
凪が他の方角にはコボルドが見えない事を確認しながら言うと、暫くコボルド達の様子を眺めていたマッシュは首を振った。
「いえ。一定の距離を保ったまま、並走しています」
コボルド達にしてもバレていないとは思っていないのだろう。慎重ではあるが、穴に埋まってるのでは、などと待ち伏せを考えていただけにマッシュは少しばかり拍子抜けしていた。
クランクハイトは目を細めながらぽつぽつと指差し数え。
「数は――十匹もいない、ですか」
「守りながら、となると面倒……」
「だなあ……」
反対側を警戒していたユランと凪は二人ともに気だるげに息を吐いた。増援や伏兵は居ないが、此方から出向くには距離が遠い。往けば荷馬車が置いてけぼりになってしまう。
マーニは小さく息を吐いた。煮詰まった状況に、これ以上思索を重ねても仕方ない。
「警戒しながら、出方を見るしか無いですね。数が増えなければいいですが」
「何となく、大丈夫そうな気がしますわねえ」
つと、口元に人差し指を当ててエルダナール。それはただの勘だった。遠間のコボルド達がちこちこと歩いている姿は何となく愛嬌を感じなくもない、が――兎角、一同は進むこととした。
●
黄昏時になるとハンター達は足を止めた。暗くなる前に野営の準備をしなくてはならない。荷馬車を一箇所に集め、護りやすいように固める。草を食む馬達がどこか緊張を孕んでいるのを、マーニはその背を撫でる事で和らげようとしていた。エルダナールがランタンを灯して置くと、朱色に染まりつつある世界の中で仄明るい黄色が立ちあがる。
凪はコボルドの方角をそれとなく眺めながら手早く火をおこしている、が。
「奴ら、近づいて来ているな」
凪がコボルド達に気付かれぬように声を零すと、手元のジャマダハルを見つめながら、ユランはぽつ、と呟いた。
「でもまだ遠いね……来るのは日が落ちてから、かな」
じわじわと、その姿が大きくなってきているように見えた。攻め気があるのは間違いないが、未だ遠間である。
「いつ向かってくるか不明な以上、休憩は班ごとか……もしくは、各班で一人ずつ、にしましょうか」
「寝ずの番なら私がしますよ。徹夜は慣れてますから」
「……大丈夫なんですか?」
「ええ」
「……」
マーニの提案に、にこやかにクランクハイトが言うのだが、生真面目なマーニには眼前の男が不健康の権化のように見えてきて言葉を噤んでしまった。
それを眺めながらマッシュは飼い犬に干し肉を与えている。視界の端には、一箇所に集められた荷が小山のように影を作っていた。
「目の前で、家族を、ねえ」
言葉にすると、飼い犬が横目で見上げてきた。ぽん、と手を置くと。同じぐらいの力で押し返してくる。
心地よい距離感と熱だ。遠くに燻る、かつての光景を思い返しつつ、零した。
「そこら中に転がっている話とはいえね。随分と重い荷物ですよ」
●
黄昏が通り過ぎた宵の口。交代に身を休め、残る者は周囲を警戒している中で、凪はふと、気配を感じた。獣の物ではない。懐かしい故郷の香りだった。
――無事に帰って来てね。
声が聞こえた気がした。苦笑を零しながら得物を手にする。今度こそ、別の気配を感じていた。
「必ず帰るぜ」
凪は言いながら、隣で目を閉じていたユランを起こしながら、言う。
「ん?」
「気配がする。近づいてきてるみたいだ」
「……おや、気づきませんでしたが」
番をしていたクランクハイトが言うが、かといって警戒せぬ理由もない。一同はそれぞれに得物を手に用意を整えた。襲撃に備え、クランクハイトは先ずマッシュに守護の魔法を掛ける。
ランタンと、焚き火の範囲しか視界はない。そこから先は、深い夜闇。
唸り声に次いで気配が湧いた。灯りの先から沁みこむように影が生まれる。コボルドだ。一直線に、ハンター達へと向かってくる。
「おやまあ」
声は、果たして誰のものだったか。覆いかぶさるようにコボルド達が押し寄せてきた。対するハンター達は、各班ごとに迎撃の姿勢を取る。
●
獰猛な唸り声を貫くように、ハンター達の両翼から矢が疾走った。マッシュとエルダナールが放った矢だ。鏃が火の灯りを返しながら、夫々の狙った獲物を貫く。鈍い悲鳴を挙げて、二頭が地に伏した。
「どれだけ来るか解らないのが厄介ですね」
「そうですわねえ……ひ、ふ、み……」
敵の足が速い。これ以上の射撃は不能だと判じマッシュは剣を抜いて、後衛であるクランクハイトを護るように前へ。反対側。エルダナールは次の矢をつがえながら数を数えた。夜闇からはもう少しばかり気配を感じる。
「とにかく、斃しましょう。荷よりも先に私達を狙ったのは――幸いです」
エルダナールより前に立ち、言葉とともに日本刀を振り下ろすマーニ。切っ先に宿った光玉が弾かれるように放たれた。顎を撃ちぬかれたコボルドは意識を無くしたか泡を吹いて転倒。成果を確認しつつ、マーニはマッシュと同様に前進。
中央。ユランと凪は動かない。否。コボルドの接近を十分に待って、動いた。獣のような疾駆を見せる碧影――ユランと、力強く腕を振って走る凪。先手はコボルド達。獰猛な声を曳いて、コボルドの爪が銀光を返して疾走った。向かう先。ユランはジャマダハルの刃の腹でそれを受ける。十二分に詰まった距離。その中でユランはなお一歩を踏み込んだ。息が掛かる程の至近で手首を返し、コボルドの首を撫で切る。
「――これは駄目。フォーリの大事な『想い』だから」
血を浴びぬように開いた手で押し退けながら、次いで迫るコボルドを見つめて、言う。だが。敵の視線はユランではなく、その傍らに向けられていた。
凪の腕に噛み付いているコボルド。
「悪いな、お前等も飯が欲しいんだろうがこいつはやれねぇんだ」
その腹から生える異形を見ての事だった。噛まれた別の手に据えたドリルが、旋痕のままに貫いた証。絶命したコボルドの腹からそれを抜き取り、凪は言う。
「素直に諦めるか、もしくは身体をぶち抜かれるか、好きな方を選びな」
「……」
相対するコボルドの側面。マッシュが続く一頭を切り捨て、クランクハイトの聖光がその傷を癒している。反対側では、マーニが相対しているコボルドをエルダナールの矢が射抜いていた。
コボルドが踵を返すまで、数瞬も要しなかった。唸り声とも悲鳴とも付かぬ声を上げながら、闇に向かって疾駆。
「……はや」
呆れるように言うユランだが、追いつけないとひと目で知れる。視界も悪くては弓矢も届くまい。諦めて、荷の点検に移る。
「傷は大丈夫ですか?」
クランクハイトは凪に近づくと噛み付かれた腕を診る。
「大したことはねぇよ」
「まあ、清潔とはいえないでしょうから、処置だけはしておきましょうか」
軽く水で洗った後に癒しの光を描くとみるみるうちに傷は塞がった。
「大したもんだよなあ……」
感嘆するようにいう凪に、クランクハイトは笑みを返し、内心で呟く。
――十分に威を示しましたし、残る道中は楽になりそうですね。
コボルドの生き残りがどの程度かは解らないが。脅威の程度から、普段は護衛も乏しい行商を襲うような連中なのだろうと知れて。
事実、その通りとなった。
●
騎士団の分隊と合流した一同は、早速荷を引き渡した。一夜の交戦以降も時折コボルドの姿を見かけはしたが、近づくでもなく去っていった。
交戦はハンター達の完勝であった。十二分に脅しが効いたのだろう。
「ふぃー、終わったな。俺の分の飯、作っててくれりゃあいいんだが……」
遠くを見てそういう凪を他所に、
「かくて想いは届き、悲哀は生きる糧となる、ですわね」
エルダナールは回収される荷を見つめながら、そう紡いだ。
「めでたしめでたし、ですかね」
応じるようにマッシュが言うと、エルダナールは楽しそうに目を細めた。徒に情を零すようなことはしない男だが、返事を返すくらいには人付き合いには熟れているようである。
「無事、届けられましたね」
どこか安堵するように息を吐くマーニ。緊張が解れると、その表情は歳相応の幼さを感じさせる。
「そうだね……フォーリも、フォーリの家族も、喜んでるんじゃないかな」
ユランはその表情を横目に眺めながら、ぽつと呟くように言った。家族、という言葉にマーニは少しだけ言葉を呑んだ。凄惨で悲惨な別れは、記憶に新しい。
「……だと、良いのですが」
せめて、これがフォーリの糧になれば良い、と。そう願いながら、そう言った。
●
後日。
無事に荷が届いた、という報を受けて。フォーリは溜息を吐いた。
思い出すように、手紙を手にとる。ハンターから受け取った手紙であった。
『貴方が今後どうするおつもりなのかは存じ上げません。
ただ、一言だけ助言させていただきます。
貴方が奥様方に見せたい顔を、お姿はどのようなものか、それを忘れないでください。
――それが大切な人々への手向けになりますから』
記された言葉は、彼自身のこれからを案じるものであった。これまでに掛けられた言葉を想起する。
己の行為は、決して褒められたものではない。それでも、彼らの姿勢は暖かなものだった。
「彼らは本当に……世話焼きだな」
感傷は、そんな言葉になって、零れた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/12 08:20:45 |
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作戦相談卓 クランクハイト=XIII(ka2091) 人間(クリムゾンウェスト)|28才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/08/15 21:33:39 |