ゲスト
(ka0000)
ハコの中の世界
マスター:波瀬音音

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/02/10 19:00
- 完成日
- 2016/02/24 04:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「剣とペンは、どちらが強いと思う?」
そんなことを問われたのは、先生の下についてほんの少し経ってからのことだった。
先生は愛用の椅子に腰掛け、キャンパスに筆を走らせている。
その一筆一筆をなぞるように目で追いながら、
「ええと……確かリアルブルーから入ってきた諺にそんなものがありましたよね。
それだと、ペンですけど」
私が答えると、先生は筆を止め此方を振り返る。
そして悪戯っぽく笑い、かつ、諭すように言葉を向けてきた。
「どちらも強い。それぞれ別種の強さがあるんだ。
それを識ることは、君にとっても有益である筈だよ」
●
「外の景色は見てみたいけど……」
僅かにくすんだ金髪を結い上げた少女が、目の前の壁の貼り紙を見上げている。
少女――ティアナは口元に指先を当てる。
【見るのも勉強! 雑魔を倒す様子を見学しよう】
などと、貼り紙には書かれていた。
ティアナは画家を志す少女である。
独学で描いた絵を見た画家に才能を買われ、ロドリグという名のその画家に師事するべく故郷を出、はや数ヶ月。
『先生』となったロドリグの口添えもあり、とある貴族がパトロンとなった。
その貴族のお陰で、王立学校の芸術科にも通うことができている。
ところが、師であるロドリグはそれほど裕福ではない。
ティアナのパトロンであるアライス家は彼自身の実力も高く買っているのだけれども、何故か人気が伴わない。
アライス家に世話になってばかりはいられないものの、幸い、彼はかつてそれなりに実力のある騎士でもあった。
というわけで、アライス家の敷地内で剣術の私塾を開きつつ、その授業料を生活費に当てていた。
ティアナは本来関わる必要がないのだけれども、「剣を見るのもまた勉強」と言われ、助手として手伝っているのである。
彼女が見上げている貼り紙は、まさにその私塾の入口に貼ってあるものだ。
無言のまま思考を巡らせていると、
「ティアナは行かないのか?」
後ろから少年に声をかけられた。
振り返らなくても誰かは分かっていたけれども、ティアナはすぐさま振り返り、その後一礼した。
というのも、声をかけたのはパトロンであるアライス家の子息・ジュールだったからである。
十八歳であるティアナに対しジュールは十五歳。彼はこの私塾に通っているのだ。
「生徒の皆さんをまとめるのに手伝いに行くように言われてはいますけど……」
「……ああそうか、こっちに来る前に雑魔に襲われかけたんだっけ」
躊躇いがちな言葉の真意に気づいたジュールの指摘に、ティアナは肯く。
雑魔に悲しい経験をさせられそうになったのは、故郷の家を出る直前のことだった。
あの時はハンターのお陰で事なきを得たけれども、少し怖いといえば怖い。
「大丈夫だって。あくまで戦うのはハンターらしいし、僕たちは見てるだけだ。
それに万が一のことがあるようなら、僕が君を守るし」
長兄であるが故か精神的にやや大人びている彼は、割とこういうことを恥ずかしげもなく言う。
おそらくは、家のことを考えての言葉でもあるだろう。
そうと分かっているから、まだ少し躊躇いながらも
「分かりました。行くことにします」
ティアナがそう伝えると、ジュールは薄く笑みを浮かべた。
「うん。君にとっては街の外の風景をゆっくり見るいい機会だろうし、その方が僕らも嬉しい」
――絵しかなかった自分にとって、知らない世界は、まだいくらでも転がっている。
ロドリグもジュールも、たぶん同じことを言っているのだろうとティアナは思った。
「剣とペンは、どちらが強いと思う?」
そんなことを問われたのは、先生の下についてほんの少し経ってからのことだった。
先生は愛用の椅子に腰掛け、キャンパスに筆を走らせている。
その一筆一筆をなぞるように目で追いながら、
「ええと……確かリアルブルーから入ってきた諺にそんなものがありましたよね。
それだと、ペンですけど」
私が答えると、先生は筆を止め此方を振り返る。
そして悪戯っぽく笑い、かつ、諭すように言葉を向けてきた。
「どちらも強い。それぞれ別種の強さがあるんだ。
それを識ることは、君にとっても有益である筈だよ」
●
「外の景色は見てみたいけど……」
僅かにくすんだ金髪を結い上げた少女が、目の前の壁の貼り紙を見上げている。
少女――ティアナは口元に指先を当てる。
【見るのも勉強! 雑魔を倒す様子を見学しよう】
などと、貼り紙には書かれていた。
ティアナは画家を志す少女である。
独学で描いた絵を見た画家に才能を買われ、ロドリグという名のその画家に師事するべく故郷を出、はや数ヶ月。
『先生』となったロドリグの口添えもあり、とある貴族がパトロンとなった。
その貴族のお陰で、王立学校の芸術科にも通うことができている。
ところが、師であるロドリグはそれほど裕福ではない。
ティアナのパトロンであるアライス家は彼自身の実力も高く買っているのだけれども、何故か人気が伴わない。
アライス家に世話になってばかりはいられないものの、幸い、彼はかつてそれなりに実力のある騎士でもあった。
というわけで、アライス家の敷地内で剣術の私塾を開きつつ、その授業料を生活費に当てていた。
ティアナは本来関わる必要がないのだけれども、「剣を見るのもまた勉強」と言われ、助手として手伝っているのである。
彼女が見上げている貼り紙は、まさにその私塾の入口に貼ってあるものだ。
無言のまま思考を巡らせていると、
「ティアナは行かないのか?」
後ろから少年に声をかけられた。
振り返らなくても誰かは分かっていたけれども、ティアナはすぐさま振り返り、その後一礼した。
というのも、声をかけたのはパトロンであるアライス家の子息・ジュールだったからである。
十八歳であるティアナに対しジュールは十五歳。彼はこの私塾に通っているのだ。
「生徒の皆さんをまとめるのに手伝いに行くように言われてはいますけど……」
「……ああそうか、こっちに来る前に雑魔に襲われかけたんだっけ」
躊躇いがちな言葉の真意に気づいたジュールの指摘に、ティアナは肯く。
雑魔に悲しい経験をさせられそうになったのは、故郷の家を出る直前のことだった。
あの時はハンターのお陰で事なきを得たけれども、少し怖いといえば怖い。
「大丈夫だって。あくまで戦うのはハンターらしいし、僕たちは見てるだけだ。
それに万が一のことがあるようなら、僕が君を守るし」
長兄であるが故か精神的にやや大人びている彼は、割とこういうことを恥ずかしげもなく言う。
おそらくは、家のことを考えての言葉でもあるだろう。
そうと分かっているから、まだ少し躊躇いながらも
「分かりました。行くことにします」
ティアナがそう伝えると、ジュールは薄く笑みを浮かべた。
「うん。君にとっては街の外の風景をゆっくり見るいい機会だろうし、その方が僕らも嬉しい」
――絵しかなかった自分にとって、知らない世界は、まだいくらでも転がっている。
ロドリグもジュールも、たぶん同じことを言っているのだろうとティアナは思った。
リプレイ本文
●勉強、開始
「見学者付きの依頼ねぇ」
穏やかな空の下、ハンターたちが街道を往く。
彼らの戦いを『見』るべくやってきた塾生たちは、少し距離を置いてついてきていた。
そんな姿を一瞥しながら、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が呟くと、「良い試み、ですね」とレイ・T・ベッドフォード(ka2398)が静かに肯く。
「危険は伴いますが、剣術教室――闘う術を得るということは、危険に抗う為のもの。
準備無く遭遇する事は、確かに危険ですから」
その言葉に、「そうだな」と同調するのは明王院 蔵人(ka5737)。
「子供らに万が一の事が無き様図るのが大人の役目と言った所であろうよ」
俺たちにとっても一種の勉強かもな、と位置づける蔵人に、ヒースも「そうだねぇ」と返す。
「他者に何かを教える機会でもあるし、ボク自身の経験にもなるかぁ。
ボクらからコイツらが何を学ぶのかも、興味あるねぇ」
それはさておき、とヒースは今度は自分のすぐ後ろを見る。
南條 真水(ka2377)の姿がそこにはあったのだけれども、ただでさえ運動が苦手なのに背丈の三分の二近い全長の魔剣を引き摺るように歩く彼女の姿は、かなり危なっかしい。
「正直なところ、塾生に混ざって見学してた方がいいんじゃないかとさえ思うよ……」
大丈夫か、と言いたげなヒースの視線に気づき、真水は物凄く複雑な表情で言う。
近接戦闘は苦手中の苦手なのである。
ただいつまでもそうも言っていられない。だから練習のためもあり、こうして子供たちに見られる側になったのだけれども、
(明日腕上がるかな……)
などという懸念が、早くも彼女の頭をもたげるのだった。
残る二人のハンターは塾生たちを前後に挟むかたちで歩いていた。
「今回の先生からの依頼は、近接武器の戦闘の見学とみんなが怪我をせずおうちに帰るまでの引率ですの。
索敵が始まったら、邪魔にならないよう、私や蔵人さんの傍で一緒に移動してくださいなの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)は塾生たちに注意事項を伝えていた。彼女が最後方に居るのは、バックアタックを警戒してのことである。
彼女自身は今回の依頼を、包括的な物の考え方と搦め手の勉強の為だと考えていた。
学んだ剣を、場面に合わせてどう使うか。
護衛の為に必要なものは何か。
そういったものを、ロドリグは塾生たちに学んで欲しいのだと思う。
けれども。
「ただ見る事と考えながら見る事では、得られる経験が大きく違いますの。
剣・槍・棍・鞭・拳、みんな近接武器ですけど使用できる場面も届く範囲も違いますの。
自分ならどの場面でどう使うかも考えながら見てくださいなの」
そうも付け加える。言葉だけで語るよりも、実践の場を目にした方が何倍も効率がいい。
一方、ザレム・アズール(ka0878)は塾生の一人に双眼鏡を手渡す。
「アルケミは遠近両用……実は器用貧乏な職でな」
自分のことながら、ザレムは苦笑を浮かべる。
「そんな器用貧乏職が攻撃魔法や罠を使わずどう戦うか……。
ま、サンプルにしてくれ」
きっとそれも、ディーナの言うところの「武器をどの場面でどう使うか」という話にも繋がるのだから。
それからザレムが前を往くハンターたちの方へ合流する一方、ディーナとともに塾生たちの護衛にあたる蔵人が、塾生の集団の前に立つべく歩を緩めていた。
戦場が近いということだ。
人知れずほんの少しだけ表情を引き締めたディーナは、すぐに穏やかな表情に戻ると塾生たちへと告げる。
「最後に2つ。
実際には戦闘を始める前から戦闘は始まってますの。貴方達が見学して何かを得ることは、先生にも意味がありますの。
頭の片隅に留めて見学して、答えが分ったら、先生に話してくださいなの……きっと先生喜びますの」
塾生たちがはい、と息の合った返事をする遥か前方で、野生の動物霊を宿らせたレイがその鋭敏となった嗅覚を働かせる。
「どうだ?」
合流してきたザレムが声をかけると、レイは少しだけ表情を険しくしながら答えた。
「血の臭いが少しずつ近づいてますね……」
「そうか。……ところで、ずっと気になっていたんだが」
と、ザレムの視線が向けられたのは、レイの得物である。
斧。
「……片手で扱うという意味でしたら一緒かと思ったのですが……」
「いや、まぁ、近接だしいいんだけどな」
はて、と首を傾げるレイに、ザレムは気にすることを止める。
より具体的に言えば片手に盾を持って、もう一方が斧であることが気になったのだけど、この際細かいことはどうでもいい。
「さて、来るかねぇ」
「インストラクターよろしく、ウォーカーさん」
「何言ってんだか」
背後の真水の言葉に、ヒースは苦笑する。
「お前と一緒だと動きやすいねぇ。頼りにしているよ、真水。
お前も同じ程度には頼ってくれて構わないよぉ」
「それはもう、存分に頼らせてもらうよ」
一人で放り出されたら死んじゃう。
いかにも慣れない所作で両手で魔剣を持ち構えながら、真水は神妙に肯いた。
「近い、です。そろそろ頃合いですね」
「ここは俺に行かせてくれ」
なおも嗅覚を働かせていたレイの言葉に応じ、予め狩っておいた鼠の遺骸を手にしたザレムが数歩前に出る。
腰の小袋にはその鼠の新鮮な血肉が入っていた。
これらの臭いと自身を以て囮となった彼が一人孤立すると、果たして、前方の茂みから飛び出す影があった。
●首狩りウサギの悪あがき
四人の前に姿を見せた噂のヴォーパルバニーは、雑魔としては兎も角、ウサギとしてはかなり大型であるといえた。
体躯だけではない。得物たる『首を狩る』腕も、それこそちょっとした片手剣に匹敵する程度の長さだ。
文字通りのウサギ跳び――話に聞いていた通りそこまで俊敏ではないけれども――で最も近いところにいたザレムに接近した雑魔は、最接近の着地時に下げた腕を、跳躍とともに振り上げる。
盾でその剣戟を受けたザレムは少し後退し、追ってきた仲間が合流してくる。
「俯瞰を意識して戦場を把握し、敵味方の動きに即応しろ」
後方で見ている塾生たちに、ザレムはそう教授する。
ちょうど街道の上。見学のことを考えるとできれば十字路が良かったけれども、それ自体が周囲に見当たらない以上は仕方がない。
思っていたよりも一撃が重かった為にザレムはたたらを踏んでいたけれども、一方で着地したヴォーパルバニーにはヒースの魔導槍の矛先が向けられる。
ヴォーパルバニーの移動はジグザグだ。故に初見では着地点を上手く見極められずに避けられたけれど、これはいずれタイミングも掴めてくるだろう。
後を追って続いた真水の斬撃も、横っ飛びでかわされる。彼女の場合は剣の扱い自体の慣れにもう少し時間が必要だった。
再度着地した雑魔のすぐ脇に、斧が叩きつけられた。
「おっと」
攻撃を外したレイが鷹揚に呟く。
彼の首元は空いている。そして次は雑魔が攻勢に転じる番。
ウサギは迷うことなく、レイの首を狙って跳躍する。
罠だと知らずに。
「もし、今回のように情報が解っている場合、それは大きなアドバンテージ足りえます」
遭遇よりもだいぶ前に、レイは塾生たちにそう説いていた。
金属音を伴って、レイの盾がヴォーパルバニーの腕の刃を防ぐ。
この罠を張っていたのは、その有用性を示すためのものだ。
「敵を阻害し、味方の穴を埋め、戦いを統御するんだ」
再びザレムが声を上げた。
攻撃に失敗した雑魔が着地する迄の間に態勢を立てなおしていた彼は、雑魔めがけて日本刀を振り下ろす。
超音波の低い音を唸らせながらの斬撃はウサギの胴を抉り、雑魔は赤黒い血のようなモノを飛び散らしながら後方へ吹っ飛んだ。
雑魔が着地に失敗したのもあり、一瞬だけ戦場が落ち着く。
「もう一体いるはず……ですが」
レイが呟いている間にも、既に別の場所で事は動いていた。
●理想と現実
ヴォーパルバニーを圧倒するハンターの姿から色々なものを学ぼうと、塾生たちは食い入るように戦場を見つめている。またハンターの行動の意図を、蔵人が適宜説明を加えていた。
後方からその様子を見守っていたディーナは、戦う者ではないティアナが塾生とはまた違った眼差しを向けていることに気がついた。
「どうかしましたの?」
「――これもまた、世界の一つの姿なんですね」
社会のあるべき姿の為に、こうして剣を振るい、血を流す。
平穏な街の中では、決して見ることのない日常である。
少し悲しそうにその様を見つめるティアナを見て、ディーナも目を伏せる。
「……ほんとうは、こういうの嫌なの。でも、私たちがやらないと、もっと変なことになっちゃうの」
そうした微妙な空気も、
「こっちに来るぞ!」
蔵人の呼びかけと共に打ち破られた。
見ると、四人のハンターと蔵人のちょうど中間あたりにあった茂みから、もう一匹のヴォーパルバニーが飛び出してきていた。
数としては蔵人たちの方が多いのだけれども、如何せん塾生たちは無防備に近い。どちらを『狩る』のが楽かと考えた結果なのか、雑魔は此方へ向かってきていた。
「皆、私の周りに集まってくださいなの!」
すぐに戦闘――否、護る為の態勢に入ったディーナが、塾生やティアナを自身の周囲に集めるとスタッフを掲げる。
不可視の結界が生み出されたのと、蔵人と雑魔が肉薄するのはほぼ同時だった。
但し、やはり雑魔の移動はジグザグで、かつ蔵人の目前まできたところで彼をかわすように移動を続けた。
塾生が狙いなのだ。
「そうはさせん!」
すかさず蔵人も移動、再び前に立ちふさがると、雑魔の斬撃をその身に受ける。
ガードまでは間に合わず鮮血が散るも、流石にハンターの首が飛ぶなどということはなかった。
「これ以上近づけさせてたまるか……!」
すぐさま態勢を立て直した蔵人は、飛び上がりざまの強烈な一撃でヴォーパルバニーを遠くへと吹っ飛ばす。
その雑魔が今度はヒースと真水の射程圏に入ったことを確認すると、ディーナはすぐに蔵人へと回復を施した。
「すまんな、助かる」
「皆がそれで怯えてほしくないの」
真剣な表情で呟くディーナに、完全にとは言えないながら傷の癒えた蔵人も「それは確かに」と肯いた。
他方、蔵人に吹っ飛ばされた雑魔は日頃の行いの問題か、着地点は既に後方に戻ってきたヒースの射程圏内だった。
「首狩り兎が狩られる側になるか、ボクらが狩られるか。試してみるとしようかぁ」
雑魔を見下ろす格好になったまま、ヒースは槍を思い切り地面に突き下ろす。
慌てた雑魔は地面の上を転がるようにそれを避けたけれども、
「あ、ラッキー」
今度は真水の目の前にきていた。
真水も走ってきたところだった為勢いに任せて魔剣を振り下ろす。
雑魔は片腕の刃でこれを防ぐと、もう片腕でカウンターに転じようとした――けれども。
「頼ってくれて構わないと言ったから、ねぇ。有言実行しないと格好がつかないからさぁ」
またしてもヒースの槍が邪魔に入った。振り上げられかけた腕を弾かれると、
「流石に今度は当たるよねえ」
一度斜めに弾かれた刃の向きを遠心力に任せて変えた真水の横薙ぎの一閃が、雑魔の腹を薄く切り裂いた。
●教授終了
「間合いと動きは、頭と五感全部で掴め」
塾生たちが危険から遠ざかったところで、授業の再開である。
自らも近接の修練を行うつもりでいたザレムは、塾生にそう伝えながらも自らの感覚を研ぎ澄ます。
雑魔はレイの連撃を受け瀕死の状態だったけれども、その目は未だに自分を獲物として捉えているように見える。
だから実践最後の教授は、これだ。
「最後は踏み出す勇気だ!」
振動刀を上段から振るうと、雑魔の胴体が一刀両断された。
「ちょっとわかってきた……かも?」
友人関係にあるヒースのフォローが入っただけあって、真水も少しずつながら近接戦闘の感覚を掴んできたようだった。
間合いの取り方、敵の動きの読み方、などなど。まだまだ甘いといえば甘いのだけど、初の近接戦闘としては充分なだけの経験値は積んだと言える。
「引きつけた上でかわせぇ」
「こう?」
「そうだぁ」
塾生への教授も勿論のこと、真水の実践近接慣れも兼ねている為にだいぶ細かく細かく傷を与えてきたけれども、気づけば雑魔はだいぶ弱っていた。
銀の靴から広がった小さな翼により真水が空を舞う。彼女に攻撃を受け流された雑魔の目の前に、ヒースが立つ。
「狩るのはボクらだ。嗤え」
血色のオーラを集約した刺突に、雑魔は串刺しにされて命を絶った。
●今後のために
「ああいうのって、怖くないんですか?」
「命のやり取りだから怖くて良いんだ」
塾生からの質問に答えたのは、ザレムである。
苦笑いを浮かべながら、続ける。
「俺も怖いんだよ。
けど、怖さを識った上で、冷静を旨として戦うのが本当の強さだと思う。
勿論、体力を付けたり、剣の腕を磨いたりも大切だぞ」
そう言って拳を握る彼を、何人もの塾生が感嘆の眼差しで見つめた。
「貴方がたが誰かを守る為に剣を取ったのでしたら……私は武器ではなく、盾をお勧めいたします」
一方でレイはそう塾生に説く。
とはいっても、武器を否定するものではない。
自分以外の誰かの為に戦う誰しもが、一人で闘うわけではない。
横に立つだれかを助ける為にも、貴方は死んではいけない。
だから、盾を。それに。
「――貴方がただけの闘い方を見出せるとよいですね」
その道に幸あれ。
レイとしてはそう願うばかりである。
「自分だけの闘い方……」
ティアナがそう呟いて自らの手を見下ろす姿は、ちらりと一瞥したディーナ以外は気づかなかった。
「見学者付きの依頼ねぇ」
穏やかな空の下、ハンターたちが街道を往く。
彼らの戦いを『見』るべくやってきた塾生たちは、少し距離を置いてついてきていた。
そんな姿を一瞥しながら、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が呟くと、「良い試み、ですね」とレイ・T・ベッドフォード(ka2398)が静かに肯く。
「危険は伴いますが、剣術教室――闘う術を得るということは、危険に抗う為のもの。
準備無く遭遇する事は、確かに危険ですから」
その言葉に、「そうだな」と同調するのは明王院 蔵人(ka5737)。
「子供らに万が一の事が無き様図るのが大人の役目と言った所であろうよ」
俺たちにとっても一種の勉強かもな、と位置づける蔵人に、ヒースも「そうだねぇ」と返す。
「他者に何かを教える機会でもあるし、ボク自身の経験にもなるかぁ。
ボクらからコイツらが何を学ぶのかも、興味あるねぇ」
それはさておき、とヒースは今度は自分のすぐ後ろを見る。
南條 真水(ka2377)の姿がそこにはあったのだけれども、ただでさえ運動が苦手なのに背丈の三分の二近い全長の魔剣を引き摺るように歩く彼女の姿は、かなり危なっかしい。
「正直なところ、塾生に混ざって見学してた方がいいんじゃないかとさえ思うよ……」
大丈夫か、と言いたげなヒースの視線に気づき、真水は物凄く複雑な表情で言う。
近接戦闘は苦手中の苦手なのである。
ただいつまでもそうも言っていられない。だから練習のためもあり、こうして子供たちに見られる側になったのだけれども、
(明日腕上がるかな……)
などという懸念が、早くも彼女の頭をもたげるのだった。
残る二人のハンターは塾生たちを前後に挟むかたちで歩いていた。
「今回の先生からの依頼は、近接武器の戦闘の見学とみんなが怪我をせずおうちに帰るまでの引率ですの。
索敵が始まったら、邪魔にならないよう、私や蔵人さんの傍で一緒に移動してくださいなの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)は塾生たちに注意事項を伝えていた。彼女が最後方に居るのは、バックアタックを警戒してのことである。
彼女自身は今回の依頼を、包括的な物の考え方と搦め手の勉強の為だと考えていた。
学んだ剣を、場面に合わせてどう使うか。
護衛の為に必要なものは何か。
そういったものを、ロドリグは塾生たちに学んで欲しいのだと思う。
けれども。
「ただ見る事と考えながら見る事では、得られる経験が大きく違いますの。
剣・槍・棍・鞭・拳、みんな近接武器ですけど使用できる場面も届く範囲も違いますの。
自分ならどの場面でどう使うかも考えながら見てくださいなの」
そうも付け加える。言葉だけで語るよりも、実践の場を目にした方が何倍も効率がいい。
一方、ザレム・アズール(ka0878)は塾生の一人に双眼鏡を手渡す。
「アルケミは遠近両用……実は器用貧乏な職でな」
自分のことながら、ザレムは苦笑を浮かべる。
「そんな器用貧乏職が攻撃魔法や罠を使わずどう戦うか……。
ま、サンプルにしてくれ」
きっとそれも、ディーナの言うところの「武器をどの場面でどう使うか」という話にも繋がるのだから。
それからザレムが前を往くハンターたちの方へ合流する一方、ディーナとともに塾生たちの護衛にあたる蔵人が、塾生の集団の前に立つべく歩を緩めていた。
戦場が近いということだ。
人知れずほんの少しだけ表情を引き締めたディーナは、すぐに穏やかな表情に戻ると塾生たちへと告げる。
「最後に2つ。
実際には戦闘を始める前から戦闘は始まってますの。貴方達が見学して何かを得ることは、先生にも意味がありますの。
頭の片隅に留めて見学して、答えが分ったら、先生に話してくださいなの……きっと先生喜びますの」
塾生たちがはい、と息の合った返事をする遥か前方で、野生の動物霊を宿らせたレイがその鋭敏となった嗅覚を働かせる。
「どうだ?」
合流してきたザレムが声をかけると、レイは少しだけ表情を険しくしながら答えた。
「血の臭いが少しずつ近づいてますね……」
「そうか。……ところで、ずっと気になっていたんだが」
と、ザレムの視線が向けられたのは、レイの得物である。
斧。
「……片手で扱うという意味でしたら一緒かと思ったのですが……」
「いや、まぁ、近接だしいいんだけどな」
はて、と首を傾げるレイに、ザレムは気にすることを止める。
より具体的に言えば片手に盾を持って、もう一方が斧であることが気になったのだけど、この際細かいことはどうでもいい。
「さて、来るかねぇ」
「インストラクターよろしく、ウォーカーさん」
「何言ってんだか」
背後の真水の言葉に、ヒースは苦笑する。
「お前と一緒だと動きやすいねぇ。頼りにしているよ、真水。
お前も同じ程度には頼ってくれて構わないよぉ」
「それはもう、存分に頼らせてもらうよ」
一人で放り出されたら死んじゃう。
いかにも慣れない所作で両手で魔剣を持ち構えながら、真水は神妙に肯いた。
「近い、です。そろそろ頃合いですね」
「ここは俺に行かせてくれ」
なおも嗅覚を働かせていたレイの言葉に応じ、予め狩っておいた鼠の遺骸を手にしたザレムが数歩前に出る。
腰の小袋にはその鼠の新鮮な血肉が入っていた。
これらの臭いと自身を以て囮となった彼が一人孤立すると、果たして、前方の茂みから飛び出す影があった。
●首狩りウサギの悪あがき
四人の前に姿を見せた噂のヴォーパルバニーは、雑魔としては兎も角、ウサギとしてはかなり大型であるといえた。
体躯だけではない。得物たる『首を狩る』腕も、それこそちょっとした片手剣に匹敵する程度の長さだ。
文字通りのウサギ跳び――話に聞いていた通りそこまで俊敏ではないけれども――で最も近いところにいたザレムに接近した雑魔は、最接近の着地時に下げた腕を、跳躍とともに振り上げる。
盾でその剣戟を受けたザレムは少し後退し、追ってきた仲間が合流してくる。
「俯瞰を意識して戦場を把握し、敵味方の動きに即応しろ」
後方で見ている塾生たちに、ザレムはそう教授する。
ちょうど街道の上。見学のことを考えるとできれば十字路が良かったけれども、それ自体が周囲に見当たらない以上は仕方がない。
思っていたよりも一撃が重かった為にザレムはたたらを踏んでいたけれども、一方で着地したヴォーパルバニーにはヒースの魔導槍の矛先が向けられる。
ヴォーパルバニーの移動はジグザグだ。故に初見では着地点を上手く見極められずに避けられたけれど、これはいずれタイミングも掴めてくるだろう。
後を追って続いた真水の斬撃も、横っ飛びでかわされる。彼女の場合は剣の扱い自体の慣れにもう少し時間が必要だった。
再度着地した雑魔のすぐ脇に、斧が叩きつけられた。
「おっと」
攻撃を外したレイが鷹揚に呟く。
彼の首元は空いている。そして次は雑魔が攻勢に転じる番。
ウサギは迷うことなく、レイの首を狙って跳躍する。
罠だと知らずに。
「もし、今回のように情報が解っている場合、それは大きなアドバンテージ足りえます」
遭遇よりもだいぶ前に、レイは塾生たちにそう説いていた。
金属音を伴って、レイの盾がヴォーパルバニーの腕の刃を防ぐ。
この罠を張っていたのは、その有用性を示すためのものだ。
「敵を阻害し、味方の穴を埋め、戦いを統御するんだ」
再びザレムが声を上げた。
攻撃に失敗した雑魔が着地する迄の間に態勢を立てなおしていた彼は、雑魔めがけて日本刀を振り下ろす。
超音波の低い音を唸らせながらの斬撃はウサギの胴を抉り、雑魔は赤黒い血のようなモノを飛び散らしながら後方へ吹っ飛んだ。
雑魔が着地に失敗したのもあり、一瞬だけ戦場が落ち着く。
「もう一体いるはず……ですが」
レイが呟いている間にも、既に別の場所で事は動いていた。
●理想と現実
ヴォーパルバニーを圧倒するハンターの姿から色々なものを学ぼうと、塾生たちは食い入るように戦場を見つめている。またハンターの行動の意図を、蔵人が適宜説明を加えていた。
後方からその様子を見守っていたディーナは、戦う者ではないティアナが塾生とはまた違った眼差しを向けていることに気がついた。
「どうかしましたの?」
「――これもまた、世界の一つの姿なんですね」
社会のあるべき姿の為に、こうして剣を振るい、血を流す。
平穏な街の中では、決して見ることのない日常である。
少し悲しそうにその様を見つめるティアナを見て、ディーナも目を伏せる。
「……ほんとうは、こういうの嫌なの。でも、私たちがやらないと、もっと変なことになっちゃうの」
そうした微妙な空気も、
「こっちに来るぞ!」
蔵人の呼びかけと共に打ち破られた。
見ると、四人のハンターと蔵人のちょうど中間あたりにあった茂みから、もう一匹のヴォーパルバニーが飛び出してきていた。
数としては蔵人たちの方が多いのだけれども、如何せん塾生たちは無防備に近い。どちらを『狩る』のが楽かと考えた結果なのか、雑魔は此方へ向かってきていた。
「皆、私の周りに集まってくださいなの!」
すぐに戦闘――否、護る為の態勢に入ったディーナが、塾生やティアナを自身の周囲に集めるとスタッフを掲げる。
不可視の結界が生み出されたのと、蔵人と雑魔が肉薄するのはほぼ同時だった。
但し、やはり雑魔の移動はジグザグで、かつ蔵人の目前まできたところで彼をかわすように移動を続けた。
塾生が狙いなのだ。
「そうはさせん!」
すかさず蔵人も移動、再び前に立ちふさがると、雑魔の斬撃をその身に受ける。
ガードまでは間に合わず鮮血が散るも、流石にハンターの首が飛ぶなどということはなかった。
「これ以上近づけさせてたまるか……!」
すぐさま態勢を立て直した蔵人は、飛び上がりざまの強烈な一撃でヴォーパルバニーを遠くへと吹っ飛ばす。
その雑魔が今度はヒースと真水の射程圏に入ったことを確認すると、ディーナはすぐに蔵人へと回復を施した。
「すまんな、助かる」
「皆がそれで怯えてほしくないの」
真剣な表情で呟くディーナに、完全にとは言えないながら傷の癒えた蔵人も「それは確かに」と肯いた。
他方、蔵人に吹っ飛ばされた雑魔は日頃の行いの問題か、着地点は既に後方に戻ってきたヒースの射程圏内だった。
「首狩り兎が狩られる側になるか、ボクらが狩られるか。試してみるとしようかぁ」
雑魔を見下ろす格好になったまま、ヒースは槍を思い切り地面に突き下ろす。
慌てた雑魔は地面の上を転がるようにそれを避けたけれども、
「あ、ラッキー」
今度は真水の目の前にきていた。
真水も走ってきたところだった為勢いに任せて魔剣を振り下ろす。
雑魔は片腕の刃でこれを防ぐと、もう片腕でカウンターに転じようとした――けれども。
「頼ってくれて構わないと言ったから、ねぇ。有言実行しないと格好がつかないからさぁ」
またしてもヒースの槍が邪魔に入った。振り上げられかけた腕を弾かれると、
「流石に今度は当たるよねえ」
一度斜めに弾かれた刃の向きを遠心力に任せて変えた真水の横薙ぎの一閃が、雑魔の腹を薄く切り裂いた。
●教授終了
「間合いと動きは、頭と五感全部で掴め」
塾生たちが危険から遠ざかったところで、授業の再開である。
自らも近接の修練を行うつもりでいたザレムは、塾生にそう伝えながらも自らの感覚を研ぎ澄ます。
雑魔はレイの連撃を受け瀕死の状態だったけれども、その目は未だに自分を獲物として捉えているように見える。
だから実践最後の教授は、これだ。
「最後は踏み出す勇気だ!」
振動刀を上段から振るうと、雑魔の胴体が一刀両断された。
「ちょっとわかってきた……かも?」
友人関係にあるヒースのフォローが入っただけあって、真水も少しずつながら近接戦闘の感覚を掴んできたようだった。
間合いの取り方、敵の動きの読み方、などなど。まだまだ甘いといえば甘いのだけど、初の近接戦闘としては充分なだけの経験値は積んだと言える。
「引きつけた上でかわせぇ」
「こう?」
「そうだぁ」
塾生への教授も勿論のこと、真水の実践近接慣れも兼ねている為にだいぶ細かく細かく傷を与えてきたけれども、気づけば雑魔はだいぶ弱っていた。
銀の靴から広がった小さな翼により真水が空を舞う。彼女に攻撃を受け流された雑魔の目の前に、ヒースが立つ。
「狩るのはボクらだ。嗤え」
血色のオーラを集約した刺突に、雑魔は串刺しにされて命を絶った。
●今後のために
「ああいうのって、怖くないんですか?」
「命のやり取りだから怖くて良いんだ」
塾生からの質問に答えたのは、ザレムである。
苦笑いを浮かべながら、続ける。
「俺も怖いんだよ。
けど、怖さを識った上で、冷静を旨として戦うのが本当の強さだと思う。
勿論、体力を付けたり、剣の腕を磨いたりも大切だぞ」
そう言って拳を握る彼を、何人もの塾生が感嘆の眼差しで見つめた。
「貴方がたが誰かを守る為に剣を取ったのでしたら……私は武器ではなく、盾をお勧めいたします」
一方でレイはそう塾生に説く。
とはいっても、武器を否定するものではない。
自分以外の誰かの為に戦う誰しもが、一人で闘うわけではない。
横に立つだれかを助ける為にも、貴方は死んではいけない。
だから、盾を。それに。
「――貴方がただけの闘い方を見出せるとよいですね」
その道に幸あれ。
レイとしてはそう願うばかりである。
「自分だけの闘い方……」
ティアナがそう呟いて自らの手を見下ろす姿は、ちらりと一瞥したディーナ以外は気づかなかった。
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ハコの中の世界ツアー レイ・T・ベッドフォード(ka2398) 人間(リアルブルー)|26才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/02/10 18:58:57 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/07 21:21:22 |