ゲスト
(ka0000)
【碧剣】伝承少女は語らない
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/02/23 22:00
- 完成日
- 2016/03/08 09:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
彼女の名を、シュリ・エルキンズは知っていた。
エステル・マジェスティ。そのようにアークエルスの領主フリュイ・ド・パラディ(kz0036)から聞いていた。
フリュイ曰く、本の虫。しかし、その知識は馬鹿に出来ないらしく、フリュイですら舌を巻くほどだという。
『此処で拾われた孤児が遊び場で選んだのが、この世全ての書が集うともっぱらの噂の大図書館……っていうのが、彼女の人生を決めたのかもね』
そう言うフリュイの表情は彼にしては――この言い方を平民のシュリがするのは不敬かもしれないが――どこか優しくて、何かしらの縁を考えさせるところだった。
しかし、だ。
「…………」
エステル・マジェスティを眼前に置いたシュリは今、緊張していた。王立学校騎士科の学生兼ハンターであるシュリにとって、学者だとか、所謂インテリジェンス層は縁遠い存在である。そもそも学者に、特にアークエルスの人間にいい思い出なんてない。欠片もない。彼らには理性が足りないしジョークのセンスは虚無に呑まれている。魔法少女となったハンター達の姿は記憶に新しい。
シュリは、その視線に気づいた。赤茶色の瞳が無遠慮に突き刺さっている。
「……早く」
声と同時に、周囲の音が迫ってきた。喝采、乾杯の音頭、食器の高鳴りが響くそこは、王都の第4街区にある大衆酒場。フリュイの紹介を経て待ち合わせた彼らは、食事を摂っていた。
見た目は年の頃14、5ほどだが、とにかく小さい。シュリなら片手で持ち上げられそうな細い身体には、その厚手のローブと大きな帽子は重すぎるのではないかと思うほどである。
「……話」
「え、っと」
ぼそぼそと呟く少女の声に、シュリはなんと言ったらいいものか、困った。取りつく島が無い。
「……ボンゴレ、追加して」
「あー……」
困惑を示すように、頬をかきながら、フリュイのアンチキショーと心の中で絶叫する。穴があればロバの耳を高らかに叫んでいたくらいに、気持ちが荒んでいた。
――そんなシュリの心中は露知らず、エステルはスパゲティ・カルボナーラを頬張りながら、次の皿に手を伸ばしていた。
●
「……碧色の剣?」
「うん、この剣なんだけど……」
とはいえ、黙っていてもキリがない。シュリが話を切り出すと、存外反応は素早かった。すぐに小さな手が差し出される。
「見せてほしい」
「あ、ああ……」
差し出された手に、腰に下げていた剣を渡すと、
「……っ!?」
すぐに、床に落ちた。
木目の床板は低く、碧剣は高く、不協和音を響かせる。抗議の声にも似た騒音に店内から視線が集まり、シュリは萎縮しながらすぐに愛剣を拾い上げた。
「だ、大丈夫かい、ケガはない?」
「……ある。痛い。重たい。帰り、たい」
「……あ、はい……ごめんなさい……」
朴訥ながらも明確な抗議の声に、シュリは更に恐縮してしまった。謝罪の声は、しかし、エステルの耳には届かないようだ。一心不乱に碧色の刀身、それから柄までを見つめるエステルは、
「これが……碧剣……五十一、二百二、五百七十……」
どこか陶酔するような声音で、そう言った。
頬を伝う冷たい汗は、きっと、気のせいではなかっただろう。
「碧色の剣……それは常に並外れた武勇と共に語られている」
じきに、それまでの朴訥だった口ぶりが嘘のように、エステルは饒舌に語りだした。
「その剣を持つものは恐れを知らず、敗北を知らず、王国に仇をなす敵を切り捨てた。碧色の刃を遮るものは無く、その担い手は単身にして強敵を喰い殺す。五十一章、魔性産みし禍々しき大樹の討伐……二百二章、ガンナ・エントラータ沖に現れし千の足持つ紅きイカの討伐……五百七十章、王都に暗躍せし影なき暗殺者の討伐……その姿は無情! 剣が生を求め、生が剣を求めるよう……」
ぞわり、とシュリの背筋で産毛が逆立つ。エステルの変人ぷりが斜め上を行っている事もそうだが、それ以上に、初めてたどり着いた剣の逸話に、綯い交ぜになった感情が駆け巡っているかのようだった。
想像されたのはこの剣を持ち戦場に立つ『父』の姿だ。この剣を手に、騎士であった父は如何様に戦ったのか。
「……君は、この剣の担い手?」
「どうだろう。僕は、父さんから受け継いだ、と思っているんだけど……」
そこまで言った時、少女のいやに冷たい視線に気づいた。既に、先ほどまでの高揚はなく、まっすぐで、無遠慮な視線だった。いかに年頃のシュリとは言え、妹よりも小さい少女に見つめられることに気恥ずかしさを覚えることはなかったのだが……けれど。その心中は一挙に冷え込んでいた。
不吉を覚えたのだ。少女の目の色に。
少女はシュリの裡に見通そうとしている。何かを。そう、直感したからだ。それが何かは、解らなかった。
「…………」
その証拠に、エステルは口を噤――いや、スパゲティ・ナポリタンを頬張る。
物理的に塞がった口に言外の意味を感じて、シュリは動けずにいた。
すると。
「……依頼」
エステルが、口を開いた。少しクセのある茶色の髪の毛の下から、赤茶色の瞳が見上げている。
「僕は君に依頼する。……傷んだ手首の、慰謝料」
●
「……というわけなんです」
シュリは申し訳無さそうに、ハンターにエステルのことを紹介し、ことの経緯を説明した。実際のところ、シュリにもよく解っていないのだ。なんでこういうことになったのか。エステルを通して依頼されたのは『歪虚討伐』。
ただし。
「……」
エステル・マジェスティ、彼女も同伴していた。言葉少なな彼女は、ハンター達の前では頷く、首を振る、などの最小限の相槌しかしない。ただ、今回の依頼については『……取材』と短く言ったきりであった。
魔女のような帽子に、紺色の分厚いローブに防寒用の古ぼけたマントを着込んだエステルは、ぽつぽつと狭い歩幅で街道に足跡を刻む。時折背伸びをしながら茫洋と空を見上げる少女は、何かを待っているかのようであった。
「皆さんもご存知の通り、今回の対象は街道を襲う一匹の竜――の歪虚、みたいで」
間が持たなくなって、依頼内容として開示されているものをしゃべろうとした、矢先のこと。
「……あれ」
エステルが指さす先の空に、黒影が見えた。ハンター達もとうに気づいていたのだろう。夫々に応戦準備をしながらも、その様子には――その程度は人それぞれとはいえ――戸惑いが滲んでいた。
「……ん?」
シュリも、遅れて気がついた。思わず、その口元から言葉が零れた。
「一匹…………?」
彼女の名を、シュリ・エルキンズは知っていた。
エステル・マジェスティ。そのようにアークエルスの領主フリュイ・ド・パラディ(kz0036)から聞いていた。
フリュイ曰く、本の虫。しかし、その知識は馬鹿に出来ないらしく、フリュイですら舌を巻くほどだという。
『此処で拾われた孤児が遊び場で選んだのが、この世全ての書が集うともっぱらの噂の大図書館……っていうのが、彼女の人生を決めたのかもね』
そう言うフリュイの表情は彼にしては――この言い方を平民のシュリがするのは不敬かもしれないが――どこか優しくて、何かしらの縁を考えさせるところだった。
しかし、だ。
「…………」
エステル・マジェスティを眼前に置いたシュリは今、緊張していた。王立学校騎士科の学生兼ハンターであるシュリにとって、学者だとか、所謂インテリジェンス層は縁遠い存在である。そもそも学者に、特にアークエルスの人間にいい思い出なんてない。欠片もない。彼らには理性が足りないしジョークのセンスは虚無に呑まれている。魔法少女となったハンター達の姿は記憶に新しい。
シュリは、その視線に気づいた。赤茶色の瞳が無遠慮に突き刺さっている。
「……早く」
声と同時に、周囲の音が迫ってきた。喝采、乾杯の音頭、食器の高鳴りが響くそこは、王都の第4街区にある大衆酒場。フリュイの紹介を経て待ち合わせた彼らは、食事を摂っていた。
見た目は年の頃14、5ほどだが、とにかく小さい。シュリなら片手で持ち上げられそうな細い身体には、その厚手のローブと大きな帽子は重すぎるのではないかと思うほどである。
「……話」
「え、っと」
ぼそぼそと呟く少女の声に、シュリはなんと言ったらいいものか、困った。取りつく島が無い。
「……ボンゴレ、追加して」
「あー……」
困惑を示すように、頬をかきながら、フリュイのアンチキショーと心の中で絶叫する。穴があればロバの耳を高らかに叫んでいたくらいに、気持ちが荒んでいた。
――そんなシュリの心中は露知らず、エステルはスパゲティ・カルボナーラを頬張りながら、次の皿に手を伸ばしていた。
●
「……碧色の剣?」
「うん、この剣なんだけど……」
とはいえ、黙っていてもキリがない。シュリが話を切り出すと、存外反応は素早かった。すぐに小さな手が差し出される。
「見せてほしい」
「あ、ああ……」
差し出された手に、腰に下げていた剣を渡すと、
「……っ!?」
すぐに、床に落ちた。
木目の床板は低く、碧剣は高く、不協和音を響かせる。抗議の声にも似た騒音に店内から視線が集まり、シュリは萎縮しながらすぐに愛剣を拾い上げた。
「だ、大丈夫かい、ケガはない?」
「……ある。痛い。重たい。帰り、たい」
「……あ、はい……ごめんなさい……」
朴訥ながらも明確な抗議の声に、シュリは更に恐縮してしまった。謝罪の声は、しかし、エステルの耳には届かないようだ。一心不乱に碧色の刀身、それから柄までを見つめるエステルは、
「これが……碧剣……五十一、二百二、五百七十……」
どこか陶酔するような声音で、そう言った。
頬を伝う冷たい汗は、きっと、気のせいではなかっただろう。
「碧色の剣……それは常に並外れた武勇と共に語られている」
じきに、それまでの朴訥だった口ぶりが嘘のように、エステルは饒舌に語りだした。
「その剣を持つものは恐れを知らず、敗北を知らず、王国に仇をなす敵を切り捨てた。碧色の刃を遮るものは無く、その担い手は単身にして強敵を喰い殺す。五十一章、魔性産みし禍々しき大樹の討伐……二百二章、ガンナ・エントラータ沖に現れし千の足持つ紅きイカの討伐……五百七十章、王都に暗躍せし影なき暗殺者の討伐……その姿は無情! 剣が生を求め、生が剣を求めるよう……」
ぞわり、とシュリの背筋で産毛が逆立つ。エステルの変人ぷりが斜め上を行っている事もそうだが、それ以上に、初めてたどり着いた剣の逸話に、綯い交ぜになった感情が駆け巡っているかのようだった。
想像されたのはこの剣を持ち戦場に立つ『父』の姿だ。この剣を手に、騎士であった父は如何様に戦ったのか。
「……君は、この剣の担い手?」
「どうだろう。僕は、父さんから受け継いだ、と思っているんだけど……」
そこまで言った時、少女のいやに冷たい視線に気づいた。既に、先ほどまでの高揚はなく、まっすぐで、無遠慮な視線だった。いかに年頃のシュリとは言え、妹よりも小さい少女に見つめられることに気恥ずかしさを覚えることはなかったのだが……けれど。その心中は一挙に冷え込んでいた。
不吉を覚えたのだ。少女の目の色に。
少女はシュリの裡に見通そうとしている。何かを。そう、直感したからだ。それが何かは、解らなかった。
「…………」
その証拠に、エステルは口を噤――いや、スパゲティ・ナポリタンを頬張る。
物理的に塞がった口に言外の意味を感じて、シュリは動けずにいた。
すると。
「……依頼」
エステルが、口を開いた。少しクセのある茶色の髪の毛の下から、赤茶色の瞳が見上げている。
「僕は君に依頼する。……傷んだ手首の、慰謝料」
●
「……というわけなんです」
シュリは申し訳無さそうに、ハンターにエステルのことを紹介し、ことの経緯を説明した。実際のところ、シュリにもよく解っていないのだ。なんでこういうことになったのか。エステルを通して依頼されたのは『歪虚討伐』。
ただし。
「……」
エステル・マジェスティ、彼女も同伴していた。言葉少なな彼女は、ハンター達の前では頷く、首を振る、などの最小限の相槌しかしない。ただ、今回の依頼については『……取材』と短く言ったきりであった。
魔女のような帽子に、紺色の分厚いローブに防寒用の古ぼけたマントを着込んだエステルは、ぽつぽつと狭い歩幅で街道に足跡を刻む。時折背伸びをしながら茫洋と空を見上げる少女は、何かを待っているかのようであった。
「皆さんもご存知の通り、今回の対象は街道を襲う一匹の竜――の歪虚、みたいで」
間が持たなくなって、依頼内容として開示されているものをしゃべろうとした、矢先のこと。
「……あれ」
エステルが指さす先の空に、黒影が見えた。ハンター達もとうに気づいていたのだろう。夫々に応戦準備をしながらも、その様子には――その程度は人それぞれとはいえ――戸惑いが滲んでいた。
「……ん?」
シュリも、遅れて気がついた。思わず、その口元から言葉が零れた。
「一匹…………?」
リプレイ本文
●
空は、何処までも青く澄み渡っていた。目に眩しい雲を背に、清々しさすら漂わせて飛竜達は接近している。
「……総数は予定とは違いましたが、退治はしないといけませんね」
「まあ、それはそれで、腕の見せ所、というところだろう」
「はっ」
リーリア・バックフィード(ka0873) とアルルベル・ベルベット(ka2730)の会話に、シュリは我に返った。早くも装備の確認をするアルルベルを見るだに、バツの悪そうな顔をする。
「取材は構いませんが身の安全を最優先にして下さい」
「ん」
そんなシュリを尻目にリーリアがエステルにそう告げると、短い頷きが返った。その装いもあいまり未熟な魔女のようなエステルに、こちらは本物の《自称》魔女ヴィルマ・ネーベル(ka2549)が柔らかく笑った。
「我らが護衛に回ろう……大人しくしておくのじゃぞ?」
「ん」
顔のつくりは全く違うが、並んでいると姉妹のようですらある。ヴィルマがフライス=C=ホテンシア(ka4437)へと視線を送った。笑みの気配はそのままに、これでよいか、と問うように。フライスは小さく肩を竦めるにとどめたようだった。
「はぁァ……勘弁しろよ」
そんなエステルらの様子に、イッカク(ka5625)は盛大に慨嘆した。
「おっ死んじまったら誰が依頼料出してくれんだぁオイ?」
並外れた偉丈夫だ。しかも、珍しい鬼ともなれば、本人にその気が――仮に――無かったとしても凄まじい威圧感である。そんなイッカクに、エステルは、というと。
「大丈夫」
「あァ?」
「先払い」
「…………」
今度こそ、正真正銘本気のため息を吐いたイッカクは、こう結んだのだった。
「……これだから頭でっかちは好きになれねぇ」
なんだかんだで言い包められてしまう星の元に生まれてしまったのか、そういう手合は苦手なようだった。
「……んっふふ♪」
そんなイッカクをよそに、松瀬 柚子(ka4625)は既に闘志を剥き出しにして、拳を打ち鳴らしている。
「竜、かぁ!」
そもそも、竜とやりあえると聞いて依頼を受けた柚子にとっては数が予定と違う事など些事なのだった。そんな彼女の様子に、マーゴット(ka5022)は苦笑を零す。
少しだけ、不安もあった。彼女が敬する“兄”達であれば兎も角――彼女にとっては、交戦経験の乏しさがネックだった。敵は空を飛んでいる。そこを切り崩さなくては――と考え。
「そういえば柚子ちゃん、何か作戦があるって言ってたけど……?」
「あ! そうそう。えっとね……」
●
遠間からでもハンター達を視認していたのだろう。大きく羽ばたきながらも悠然と迫ってくる中で、ハンター達は隊列を整えた。
前衛には柚子、リーリア、シュリ、マーゴット、イッカクが。少しだけ距離を開けてヴィルマ、フライス、アルルベルの3人が後衛についた。エステルはヴィルマとフライスのやや後ろにちょんと置かれている。
「『取材』が出来るようにお前の視界を塞ぎはしない」
魔導銃を両手に構えたフライスは、背に立つエステルに対してそう言った。
「……が、俺達より前に出たら死ぬと思った方がいい」
「ん」
余りに短い応答だった。だが、その視線がシュリに釘付けなのはすぐに知れ、フライスは微かに目を細める。
「命を落とせば、見極めたいものも物語の先も見ることも叶わなくなるぞ」
「……ん」
今度ばかりは、視線を感じた。ヴィルマの苦笑の気配もついでに。
転瞬。
上空に、動きがあった。黒竜を残して灰竜が滑空。重力加速度を得ての降下を力強く翼で撃ち従えながら迫る――しかし。
先手を取ったのは、ハンター達だ。
「それでは」「……っ」
アルルベル、ヴィルマが機導術、魔術を紡ぐと、三条の光と紫電が放たれた。ヴィルマの紫電が正中の敵を貫き、同時、絶叫が響く。
「……あたったか」
手応えにヴィルマが小さく安堵の息を零す中、高威力の魔術に中央の一頭が大きく速度を緩めた。
同時。アルルベルの光条が並んだ三匹を穿った。ジィ、と熱の音を背に一匹は回避し、更に距離を縮めてくる。
――黒竜は高空に留まりましたか。
それを眺めながら、アルルベルは胸中で呟いた。アテが外れたが、やることは変わらない。接近してくる灰竜を恐れる必要はない、と既に断じていた。
「それじゃあマーゴットさん、手筈通りに!」
「うん、いくよ、柚子ちゃん!」
声に続き。疾、と。灰色の影を引き裂くように黒影が踊る。加速し、跳躍した柚子の足裏にマーゴットが振るった妖剣の、その腹が有った。「っ……!」と、声なき気勢と共に、少女は街道の土を踏み込みながら妖剣を振りぬく。
更に加速した柚子の視界が、速度に狭窄していく。眼前の灰竜、最前を往くそれと真っ向から至る――と。噛み付こうとする竜の頭を両の手で叩き、そこを支転に、少女の小さな身体が、反転。
「その羽、殺った」
ぽつ、と零した言葉と同時に、灰竜の身体が大きく傾いだ。翼が断ち切られた結果、乱流に振り回される。
「……っと、わっ、たっ!」
灰竜に掴まっていた、柚子ごと。
「ゆ、柚子さん!?」
「だ、大丈夫!」
言葉が飛び交う、その只中を。
「――らァァァァッ!」
大きい。あまりに大きい咆哮が貫いた。イッカクだ。巨躯を奔らせる先に、もう一頭、姿勢を崩している灰竜へと真っすぐに向かう。柚子が切ったものでも、ヴィルマが先に撃ったものとは違う竜を、フライスの銃撃が、その翼を貫いていたのだった。
その隙を見逃す鬼では無い。
武者鎧に、長大な刀を上段に構えたイッカクは、気迫と共に土煙すら挙げて、大きく、そして何よりも疾く、一歩を踏み込んだ。
結果は遅れてやってくる。頭蓋を大きく断つ一撃で、アルルベル、フライス、イッカクと続いた殲撃に見舞われた灰竜は大きく身を踊らせた。苦鳴に喘ぐ灰竜をその足で踏みつけたイッカクは、
「ひとォつ!」
と叫び声一つ上げると、その頭蓋を踏み抜いた。たちまち挙がった血煙の、その向こう。
「……させないっ!」
まだ飛べる唯一の灰竜が、瞬く間に劣勢に至った同胞には目もくれず――一心不乱に、血走った目でヴィルマを見据えていた。突撃を仕掛けようとする灰竜に対して、盾を構えたシュリが、体ごと挟み込むようにしてカバリング。凄まじい衝撃が、大気に爆音を響かせる。
「……く、っ」
背筋で支えきったシュリの傍ら、その背を取ろうと静やかに動いたリーリア。だが。
「――支えきってください」
直ぐに狙いを変じた。リーリアが見上げるは蒼空。その中で、黒竜が降下しようとしていた。
「はい!」
「いい返事です!」
軽くステップを踏みながらリーリアは前へ。垂直に降下する黒竜の翼の羽撃きは雷鳴にも似ていた。
凄まじい速度で至る黒竜を前にリーリアはゆらりと手を回す。銀閃が僅かに瞬くと同時、リーリアを食らわんと口を開いた黒竜が抜けた。リーリアは僅かに身を傾がせ、衝突を避けて交錯を成す。
「、っ」
“遅れて”、凄まじい衝撃がリーリアの両の手に掛かった。銀閃のワイヤーが、交錯と同時に黒竜の身体に巻き付いていた、のだが。
一切の遅滞なく、リーリアの身体が宙に舞った。
●
「リーリアさん!」
――ほう。
叫びながらも後衛と“周囲”の位置関係を確認して動かなかったシュリを見て、フライスは及第点をつける。
その背には、柚子の影があった。柚子の動きは派手な分大きく、目立つ。それを補うために、シュリを壁として扱っているのだろう。
アルルベルとヴィルマが再度、術を紡ぐ。高空に舞い上がろうとする黒竜とシュリが相対する灰竜ごと貫くようにして光条と紫電が貫く。それを確認して、フライスは銃を構えた。マーゴットが翼を無くした灰竜のトドメを刺す傍ら、継続して敵の目を引いているイッカクとシュリのお陰で、後衛戦力が注力できるのは大きい。
「――しかし、話に聞くほどじゃあないのう」
紫電の魔術を紡ぎ終えたヴィルマがぽつ、と呟くのを聞きながら、フライスは中空の黒竜を見据えた。シュリの立ち回りのこと、だろう。エステルが告げたような物語じみた武威は微塵も感じない。
「……さて、な」
そこまで言って、息を詰めた。
狙う。
●
「っ、……!」
リーリアは黒竜の機動にワイヤーを通してしがみつき、歯を食い縛り機を伺っていた。
張り付かれた黒竜も必死だ。身をくねらせ、牙を届かせようとするも、細かく位置取りを変えるリーリアを捉えきれない。
――とはいえ、攻め切れないのも事実、ですね……!
下手に動けば墜落が待っている。そして、断ち切るにも背の得物が遠い。転瞬、加速がリーリアを襲った。しがみつく。
先手。動いたのは黒竜だった。錐の用に旋回し、墜落に近しい速度で堕ちる。堕ちる。堕ちる――!
堪えながら、リーリアは両手に力を込めた。予感が、悪寒となって背筋を凍らせる。
このままでは、と。なんとか開いた視界の中でそれを見た。
リーリアは黒竜の身体を両の大腿で挟むと――高く、銃声が響いた。
フライスだ。フライスの銃弾が回転し続ける胴体から、その翼を違わず撃ちぬいたのだ。
ばらり、と黒竜の身体が解け、空気抵抗に加速が鈍る。
無声の気勢が大気を叩く。リーリアが、背のハルバードを振りかざしながら、不安定に回る竜の身体を《駆け、上がる》。疾影士の立体機動で、尋常ならざる機動を見せたリーリアは、ぞん、と深く踏み込む、と。
「堕ちなさいッ!」
豪快一閃、その頭部に叩きつけた。
●
墜落した黒竜は存命であったが、「もう一つ……ッ!」と柚子が迫り翼を断つと、「疾……ッ!」瞬転の踏み込みを見せたマーゴットがその大腿を断ち切る、と。黒竜のそのままハンター達に囲まれ、叩き潰された。
少しばかり危うい場面はあったが、結果を見れば一切の不備無く討伐は完了したのだった。
●
「……剣が人を選ぶのか。はたまた逆かは俺は知らん」
草原に、中低音が深く響いた。
「だが、剣を手にとった者達の末路はどうなっている?」
フライスだ。シュリの立ち回りを見た後、彼が護る事を念頭においている知った上での問いであった。
或いは、知らしめるための問いに。
「……死なない人間なんて居ない。でも」
エステルは、そう答えた。言葉静かに、ゆっくりと。
「幸せに死んだ英雄のほうが、稀」
仔細は告げずとも、不吉な言葉だった。沁み入った言葉に、フライスは微かに目を細めると。
「好奇心は猫をも殺す。あいつの行き先を見たいのならば、お前も覚悟を持つことだな」
言い切って、その場を後にする。辛辣な口調ではあるが、これまでの彼女の言葉を思えば、彼女の性質が露悪ではないことは明らかだった。頷くエステルはその背中を茫と見つめながら、
「……勿論」
短く、小さな声で、そう言ったのだった。
「のぅ、エステル」
「……」
静かに俯くエステルに、ヴィルマは囁くように言った。
「巨大な力には、代償が必要じゃ。剣が何を代償とするか、そなたは知っておるのではないか?
誰も語りたがらぬ、忌まわしい過去など、のぅ」
「……」
ヴィルマの柔らかな声に、エステルは答えない。
――悩んでおるのじゃな。
小さな姿に、ヴィルマは思わず少女の帽子をぐりぐりと撫で回した。
「今はよい。ただ……シュリが持ち主に相応しいと思ったら、そなたは語ってくれるのかえ、エステル?」
「……うん」
●
とは、いったものの。
不穏な気配だけが滲んでいた。
――誰もが忘れたがるように口を閉ざす、というのなら。必ずしも誉れ高いものではないのだろう。
アルルベルは沈思するシュリを見て、そう思った。それを感じたからこそ、シュリは悩んでいるのだと。
「『担い手は単身にして強敵を喰い殺す』……周囲の者達の命も危険に晒すのかもしれないな」
こぼした言葉。反応は、劇的だった。身を震わせるシュリに対して、アルルベルは――。
「――ふん。それだとしても構わん」
「え……」
「やれるならやってしまえ、シュリ・エルキンズ」
噛み合った視線の中でも、少女は、笑わない。シュリの懊悩も。
「受け継ぐだけでなく、紡いでいく――そういう気概も大切なのではないかな」
「気概……」
再び、シュリは俯いた。剣の柄を見つめて、呟く。
「ええ……受け継ぐべきは伝説ではなく、戦士としての心構えです」
リーリアが、続いた。戦士らしく在った彼女の言葉に、自然、シュリの背筋が伸びる。
「いかなる武器も、武器でしかありません。自分が目指す道の為……何を求めてその剣を手に取るか、が重要です」
「はっ、はい!」
そんな彼女の教示に、シュリは学生らしい素直さで生真面目に頷いた。
「……もっとも、貴方はそれを解っているようですが」
そんな様子を眺めながら、彼女はそう結んだのだった。
●
「じゃ、早速やってみっか」
「えっ!?」
ぐるぐると肩を回すイッカクがそう言った時には、シュリは心底魂消た。イッカクの外見に萎縮しているのもあるのだろう。
しかし。
「……おい、剣にマテリアル注ぎ込んでみろ!」
「は!? は、はいっ!」
この男、見た目に反して存外、世話焼きの素質が在るらしい。根っこは金が絡んでいるのかもしれないが――。
「んで、目の前の敵を王国の敵だと思え」
「お、王国の……敵……っ」
シュリははっ、と我に返った。
「あ、あの、敵が、もういない……んですけど……」
「あァ? ンなの俺でもいいだろ。おら、来い」
「……っ」
「ソイツを放って置いたら殺されちまう。王国がなんならてめぇの家族だ!」
「家族――」
「気合が足りねぇ!」
「は、はい!」
「……随分長くかかりそうだな」
アルルベルは吐息を一つ零すと、エステルを見下ろした。なぜか知らないが、彼女の有り様はすこしばかり、庇護欲をそそる。
「?」
「ふむ」
見返された視線に、アルルベルはごそごそと持ち物を漁ると、カップラーメンを取り出した。
「食べるかな?」
「…………」
こうか は ばつぐんだった!
●
――一時間後。
「ねー、エステルさん、帰っちゃいましたよ!」
「……そろそろ、日もくれちゃいますし……」
待ちくたびれた柚子とマーゴットがそういうまで、『それ』は続けられたらしく。
「………ダンテだとか、アカシラだとか、アイツらも魔剣、使ってたろ」
「……そう、なんですか」
「………そいつらに聞いとけ。な」
意外と面倒見が良かったイッカクが、それ故に困憊することになったのだ、という。
そういう、付記であった、のだが。
「伝言だ」
「……?」
披露しきったシュリに、アルルベルは寄っていくと、こう言った。
「その剣には足りない《パーツ》がある、と。何か思い当たる節はないか?」
「……え?」
「カップラーメンの礼、だそうだ」
「…ええ?」
どこか楽しげなアルルベルをよそに手元の剣を見つめたシュリは――。
「………………えええ………………?」
情けなくも、呆然と言葉を吐き零したのだった。
空は、何処までも青く澄み渡っていた。目に眩しい雲を背に、清々しさすら漂わせて飛竜達は接近している。
「……総数は予定とは違いましたが、退治はしないといけませんね」
「まあ、それはそれで、腕の見せ所、というところだろう」
「はっ」
リーリア・バックフィード(ka0873) とアルルベル・ベルベット(ka2730)の会話に、シュリは我に返った。早くも装備の確認をするアルルベルを見るだに、バツの悪そうな顔をする。
「取材は構いませんが身の安全を最優先にして下さい」
「ん」
そんなシュリを尻目にリーリアがエステルにそう告げると、短い頷きが返った。その装いもあいまり未熟な魔女のようなエステルに、こちらは本物の《自称》魔女ヴィルマ・ネーベル(ka2549)が柔らかく笑った。
「我らが護衛に回ろう……大人しくしておくのじゃぞ?」
「ん」
顔のつくりは全く違うが、並んでいると姉妹のようですらある。ヴィルマがフライス=C=ホテンシア(ka4437)へと視線を送った。笑みの気配はそのままに、これでよいか、と問うように。フライスは小さく肩を竦めるにとどめたようだった。
「はぁァ……勘弁しろよ」
そんなエステルらの様子に、イッカク(ka5625)は盛大に慨嘆した。
「おっ死んじまったら誰が依頼料出してくれんだぁオイ?」
並外れた偉丈夫だ。しかも、珍しい鬼ともなれば、本人にその気が――仮に――無かったとしても凄まじい威圧感である。そんなイッカクに、エステルは、というと。
「大丈夫」
「あァ?」
「先払い」
「…………」
今度こそ、正真正銘本気のため息を吐いたイッカクは、こう結んだのだった。
「……これだから頭でっかちは好きになれねぇ」
なんだかんだで言い包められてしまう星の元に生まれてしまったのか、そういう手合は苦手なようだった。
「……んっふふ♪」
そんなイッカクをよそに、松瀬 柚子(ka4625)は既に闘志を剥き出しにして、拳を打ち鳴らしている。
「竜、かぁ!」
そもそも、竜とやりあえると聞いて依頼を受けた柚子にとっては数が予定と違う事など些事なのだった。そんな彼女の様子に、マーゴット(ka5022)は苦笑を零す。
少しだけ、不安もあった。彼女が敬する“兄”達であれば兎も角――彼女にとっては、交戦経験の乏しさがネックだった。敵は空を飛んでいる。そこを切り崩さなくては――と考え。
「そういえば柚子ちゃん、何か作戦があるって言ってたけど……?」
「あ! そうそう。えっとね……」
●
遠間からでもハンター達を視認していたのだろう。大きく羽ばたきながらも悠然と迫ってくる中で、ハンター達は隊列を整えた。
前衛には柚子、リーリア、シュリ、マーゴット、イッカクが。少しだけ距離を開けてヴィルマ、フライス、アルルベルの3人が後衛についた。エステルはヴィルマとフライスのやや後ろにちょんと置かれている。
「『取材』が出来るようにお前の視界を塞ぎはしない」
魔導銃を両手に構えたフライスは、背に立つエステルに対してそう言った。
「……が、俺達より前に出たら死ぬと思った方がいい」
「ん」
余りに短い応答だった。だが、その視線がシュリに釘付けなのはすぐに知れ、フライスは微かに目を細める。
「命を落とせば、見極めたいものも物語の先も見ることも叶わなくなるぞ」
「……ん」
今度ばかりは、視線を感じた。ヴィルマの苦笑の気配もついでに。
転瞬。
上空に、動きがあった。黒竜を残して灰竜が滑空。重力加速度を得ての降下を力強く翼で撃ち従えながら迫る――しかし。
先手を取ったのは、ハンター達だ。
「それでは」「……っ」
アルルベル、ヴィルマが機導術、魔術を紡ぐと、三条の光と紫電が放たれた。ヴィルマの紫電が正中の敵を貫き、同時、絶叫が響く。
「……あたったか」
手応えにヴィルマが小さく安堵の息を零す中、高威力の魔術に中央の一頭が大きく速度を緩めた。
同時。アルルベルの光条が並んだ三匹を穿った。ジィ、と熱の音を背に一匹は回避し、更に距離を縮めてくる。
――黒竜は高空に留まりましたか。
それを眺めながら、アルルベルは胸中で呟いた。アテが外れたが、やることは変わらない。接近してくる灰竜を恐れる必要はない、と既に断じていた。
「それじゃあマーゴットさん、手筈通りに!」
「うん、いくよ、柚子ちゃん!」
声に続き。疾、と。灰色の影を引き裂くように黒影が踊る。加速し、跳躍した柚子の足裏にマーゴットが振るった妖剣の、その腹が有った。「っ……!」と、声なき気勢と共に、少女は街道の土を踏み込みながら妖剣を振りぬく。
更に加速した柚子の視界が、速度に狭窄していく。眼前の灰竜、最前を往くそれと真っ向から至る――と。噛み付こうとする竜の頭を両の手で叩き、そこを支転に、少女の小さな身体が、反転。
「その羽、殺った」
ぽつ、と零した言葉と同時に、灰竜の身体が大きく傾いだ。翼が断ち切られた結果、乱流に振り回される。
「……っと、わっ、たっ!」
灰竜に掴まっていた、柚子ごと。
「ゆ、柚子さん!?」
「だ、大丈夫!」
言葉が飛び交う、その只中を。
「――らァァァァッ!」
大きい。あまりに大きい咆哮が貫いた。イッカクだ。巨躯を奔らせる先に、もう一頭、姿勢を崩している灰竜へと真っすぐに向かう。柚子が切ったものでも、ヴィルマが先に撃ったものとは違う竜を、フライスの銃撃が、その翼を貫いていたのだった。
その隙を見逃す鬼では無い。
武者鎧に、長大な刀を上段に構えたイッカクは、気迫と共に土煙すら挙げて、大きく、そして何よりも疾く、一歩を踏み込んだ。
結果は遅れてやってくる。頭蓋を大きく断つ一撃で、アルルベル、フライス、イッカクと続いた殲撃に見舞われた灰竜は大きく身を踊らせた。苦鳴に喘ぐ灰竜をその足で踏みつけたイッカクは、
「ひとォつ!」
と叫び声一つ上げると、その頭蓋を踏み抜いた。たちまち挙がった血煙の、その向こう。
「……させないっ!」
まだ飛べる唯一の灰竜が、瞬く間に劣勢に至った同胞には目もくれず――一心不乱に、血走った目でヴィルマを見据えていた。突撃を仕掛けようとする灰竜に対して、盾を構えたシュリが、体ごと挟み込むようにしてカバリング。凄まじい衝撃が、大気に爆音を響かせる。
「……く、っ」
背筋で支えきったシュリの傍ら、その背を取ろうと静やかに動いたリーリア。だが。
「――支えきってください」
直ぐに狙いを変じた。リーリアが見上げるは蒼空。その中で、黒竜が降下しようとしていた。
「はい!」
「いい返事です!」
軽くステップを踏みながらリーリアは前へ。垂直に降下する黒竜の翼の羽撃きは雷鳴にも似ていた。
凄まじい速度で至る黒竜を前にリーリアはゆらりと手を回す。銀閃が僅かに瞬くと同時、リーリアを食らわんと口を開いた黒竜が抜けた。リーリアは僅かに身を傾がせ、衝突を避けて交錯を成す。
「、っ」
“遅れて”、凄まじい衝撃がリーリアの両の手に掛かった。銀閃のワイヤーが、交錯と同時に黒竜の身体に巻き付いていた、のだが。
一切の遅滞なく、リーリアの身体が宙に舞った。
●
「リーリアさん!」
――ほう。
叫びながらも後衛と“周囲”の位置関係を確認して動かなかったシュリを見て、フライスは及第点をつける。
その背には、柚子の影があった。柚子の動きは派手な分大きく、目立つ。それを補うために、シュリを壁として扱っているのだろう。
アルルベルとヴィルマが再度、術を紡ぐ。高空に舞い上がろうとする黒竜とシュリが相対する灰竜ごと貫くようにして光条と紫電が貫く。それを確認して、フライスは銃を構えた。マーゴットが翼を無くした灰竜のトドメを刺す傍ら、継続して敵の目を引いているイッカクとシュリのお陰で、後衛戦力が注力できるのは大きい。
「――しかし、話に聞くほどじゃあないのう」
紫電の魔術を紡ぎ終えたヴィルマがぽつ、と呟くのを聞きながら、フライスは中空の黒竜を見据えた。シュリの立ち回りのこと、だろう。エステルが告げたような物語じみた武威は微塵も感じない。
「……さて、な」
そこまで言って、息を詰めた。
狙う。
●
「っ、……!」
リーリアは黒竜の機動にワイヤーを通してしがみつき、歯を食い縛り機を伺っていた。
張り付かれた黒竜も必死だ。身をくねらせ、牙を届かせようとするも、細かく位置取りを変えるリーリアを捉えきれない。
――とはいえ、攻め切れないのも事実、ですね……!
下手に動けば墜落が待っている。そして、断ち切るにも背の得物が遠い。転瞬、加速がリーリアを襲った。しがみつく。
先手。動いたのは黒竜だった。錐の用に旋回し、墜落に近しい速度で堕ちる。堕ちる。堕ちる――!
堪えながら、リーリアは両手に力を込めた。予感が、悪寒となって背筋を凍らせる。
このままでは、と。なんとか開いた視界の中でそれを見た。
リーリアは黒竜の身体を両の大腿で挟むと――高く、銃声が響いた。
フライスだ。フライスの銃弾が回転し続ける胴体から、その翼を違わず撃ちぬいたのだ。
ばらり、と黒竜の身体が解け、空気抵抗に加速が鈍る。
無声の気勢が大気を叩く。リーリアが、背のハルバードを振りかざしながら、不安定に回る竜の身体を《駆け、上がる》。疾影士の立体機動で、尋常ならざる機動を見せたリーリアは、ぞん、と深く踏み込む、と。
「堕ちなさいッ!」
豪快一閃、その頭部に叩きつけた。
●
墜落した黒竜は存命であったが、「もう一つ……ッ!」と柚子が迫り翼を断つと、「疾……ッ!」瞬転の踏み込みを見せたマーゴットがその大腿を断ち切る、と。黒竜のそのままハンター達に囲まれ、叩き潰された。
少しばかり危うい場面はあったが、結果を見れば一切の不備無く討伐は完了したのだった。
●
「……剣が人を選ぶのか。はたまた逆かは俺は知らん」
草原に、中低音が深く響いた。
「だが、剣を手にとった者達の末路はどうなっている?」
フライスだ。シュリの立ち回りを見た後、彼が護る事を念頭においている知った上での問いであった。
或いは、知らしめるための問いに。
「……死なない人間なんて居ない。でも」
エステルは、そう答えた。言葉静かに、ゆっくりと。
「幸せに死んだ英雄のほうが、稀」
仔細は告げずとも、不吉な言葉だった。沁み入った言葉に、フライスは微かに目を細めると。
「好奇心は猫をも殺す。あいつの行き先を見たいのならば、お前も覚悟を持つことだな」
言い切って、その場を後にする。辛辣な口調ではあるが、これまでの彼女の言葉を思えば、彼女の性質が露悪ではないことは明らかだった。頷くエステルはその背中を茫と見つめながら、
「……勿論」
短く、小さな声で、そう言ったのだった。
「のぅ、エステル」
「……」
静かに俯くエステルに、ヴィルマは囁くように言った。
「巨大な力には、代償が必要じゃ。剣が何を代償とするか、そなたは知っておるのではないか?
誰も語りたがらぬ、忌まわしい過去など、のぅ」
「……」
ヴィルマの柔らかな声に、エステルは答えない。
――悩んでおるのじゃな。
小さな姿に、ヴィルマは思わず少女の帽子をぐりぐりと撫で回した。
「今はよい。ただ……シュリが持ち主に相応しいと思ったら、そなたは語ってくれるのかえ、エステル?」
「……うん」
●
とは、いったものの。
不穏な気配だけが滲んでいた。
――誰もが忘れたがるように口を閉ざす、というのなら。必ずしも誉れ高いものではないのだろう。
アルルベルは沈思するシュリを見て、そう思った。それを感じたからこそ、シュリは悩んでいるのだと。
「『担い手は単身にして強敵を喰い殺す』……周囲の者達の命も危険に晒すのかもしれないな」
こぼした言葉。反応は、劇的だった。身を震わせるシュリに対して、アルルベルは――。
「――ふん。それだとしても構わん」
「え……」
「やれるならやってしまえ、シュリ・エルキンズ」
噛み合った視線の中でも、少女は、笑わない。シュリの懊悩も。
「受け継ぐだけでなく、紡いでいく――そういう気概も大切なのではないかな」
「気概……」
再び、シュリは俯いた。剣の柄を見つめて、呟く。
「ええ……受け継ぐべきは伝説ではなく、戦士としての心構えです」
リーリアが、続いた。戦士らしく在った彼女の言葉に、自然、シュリの背筋が伸びる。
「いかなる武器も、武器でしかありません。自分が目指す道の為……何を求めてその剣を手に取るか、が重要です」
「はっ、はい!」
そんな彼女の教示に、シュリは学生らしい素直さで生真面目に頷いた。
「……もっとも、貴方はそれを解っているようですが」
そんな様子を眺めながら、彼女はそう結んだのだった。
●
「じゃ、早速やってみっか」
「えっ!?」
ぐるぐると肩を回すイッカクがそう言った時には、シュリは心底魂消た。イッカクの外見に萎縮しているのもあるのだろう。
しかし。
「……おい、剣にマテリアル注ぎ込んでみろ!」
「は!? は、はいっ!」
この男、見た目に反して存外、世話焼きの素質が在るらしい。根っこは金が絡んでいるのかもしれないが――。
「んで、目の前の敵を王国の敵だと思え」
「お、王国の……敵……っ」
シュリははっ、と我に返った。
「あ、あの、敵が、もういない……んですけど……」
「あァ? ンなの俺でもいいだろ。おら、来い」
「……っ」
「ソイツを放って置いたら殺されちまう。王国がなんならてめぇの家族だ!」
「家族――」
「気合が足りねぇ!」
「は、はい!」
「……随分長くかかりそうだな」
アルルベルは吐息を一つ零すと、エステルを見下ろした。なぜか知らないが、彼女の有り様はすこしばかり、庇護欲をそそる。
「?」
「ふむ」
見返された視線に、アルルベルはごそごそと持ち物を漁ると、カップラーメンを取り出した。
「食べるかな?」
「…………」
こうか は ばつぐんだった!
●
――一時間後。
「ねー、エステルさん、帰っちゃいましたよ!」
「……そろそろ、日もくれちゃいますし……」
待ちくたびれた柚子とマーゴットがそういうまで、『それ』は続けられたらしく。
「………ダンテだとか、アカシラだとか、アイツらも魔剣、使ってたろ」
「……そう、なんですか」
「………そいつらに聞いとけ。な」
意外と面倒見が良かったイッカクが、それ故に困憊することになったのだ、という。
そういう、付記であった、のだが。
「伝言だ」
「……?」
披露しきったシュリに、アルルベルは寄っていくと、こう言った。
「その剣には足りない《パーツ》がある、と。何か思い当たる節はないか?」
「……え?」
「カップラーメンの礼、だそうだ」
「…ええ?」
どこか楽しげなアルルベルをよそに手元の剣を見つめたシュリは――。
「………………えええ………………?」
情けなくも、呆然と言葉を吐き零したのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/02/23 17:49:36 |
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相談卓 松瀬 柚子(ka4625) 人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/02/23 20:30:39 |