p961 『瞳の奥の狂気』

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/02/28 15:00
完成日
2016/04/22 18:34

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「僕が調査に出ている間にそんな事になっていたなんて――」
 久しぶりに戻って来た自隊の部屋でアンナ=リーナ・エスト(kz0108)に事の顛末を聞いたピーノは、さっと血の気の引いた様子で彼女の言葉を噛みしめていた。
 大佐――フィオーレの父の事件に続いてのバンの一件。
 バンの事に関してはフィオーレも今ようやくその全貌を知る事ができ、部屋の隅の椅子に蹲り、膝を抱えてしまっていた。
「それで……隊長はどうするおつもりで」
 アンナは胸の内にため込んだ何かを吐き出すように深く、そして長く呼気を絞り出すと、いつもと変わらぬ瞳でピーノをまっすぐに見つめ返す。
「可能性がある限り、諦めるつもりはない」
 その言葉を聞いて、ドクリとピーノの鼓動は高鳴っていた。
「病院の一件の後、ハンターの一人が興味深い事を語っていた。『バンに取り付いた歪虚を、別の宿主に移るよう仕向ける事はできないか』と」
 口にして、アンナは作戦の概要を語る。
 現在寄生されている状態と思われるバンは、その寄生部位からも物理的に切り離す事は不可能に近い。
 だからここは、逆にあちらがバンから離れるよう促すしかない。
 具体的にはバンの代わりの宿主を用意すること。
 別の依代に再度歪虚を寄生させ、その瞬間――ないしは、寄生の初期段階でその部位ごと切り捨てる。
「ま、待ってください。寄生の方法も、条件も分からないのにそんな事――」
「状況からある程度推し量ることはできる。収容先の病院で超人的な回復力を見せたバン。改めて考えれば、それ自体が歪虚の力によるものに他ならない。で、あれば歪虚がどの段階でバンに寄生したのか……」
 そこまで口にしてちらりと、フィオーレの様子を確かめるように視線を走らせていた。
「『彼が大けがを負った時』だ。あの巨大歪虚との接触……あの際に、寄生型が植え付けられたと考えるのが妥当だろう」
 びくりと、蹲ったフィオーレの肩が揺れた。
 アンナは一度伏し目がちに瞳を閉じて、それから改めてピーノへと向き直る。
「条件は2つ。『寄生された状況の再現』と『寄生型の離脱を促す事』」
 後者に関してはさまざまな方法が考えられる。
 少なくとも先のハンター達の行動で様々な拒否反応は見せていたし、歪虚――その宿主であるバン自身を瀕死まで追い込むと言う選択肢も、実行こそできなかったが存在していた。
「では前者は?」
「……依代役も、瀕死の重傷を負う事だ」
 重い口調で、アンナは語った。
「そ、そこまでしなくても、多少の傷さえあればそこから寄生することだって――」
「――分からない!」
 ピーノの言葉を、アンナは強い口調で遮っていた。
 普段は冷静な隊長の激昂に、ピーノは思わず一歩後ずさる。
「分からないんだ……何が正しいかなんて。だから全ての不安要素を潰していくしかない。そうでなければ――」

 ――失敗した時に、想像もできない後悔が襲う事を知っているから。

「……囮は私がやる。他の者に任せられる事ではない」
「いえ、隊長。僕にやらせてください」
 今度は彼女の言葉を遮って、ピーノはそう口を挟んでいた。
「ダメだ。損な役回りを、部下に押し付ける事はできない」
「やらせてください」
 いつもの理論的に迫る彼と違い、ただ一点張り、そう口にするピーノ。
 珍しい、根拠の無いその自信――いや、そもそも明確な根拠など無いのだ。
「あ、あの……私にも手伝わせてください」
 答えを出し渋っているアンナの前に、ふらりとフィオーレが迫っていた。
「バンがああなったのは私のせいだから……その……できる事があるなら私。お礼も言ってないし……」
 彼女自身、まだ気持ちの整理が付ききっていないのだろう。
 しどろもどろと、自分でも何を言っているのか分からない。
 そんな様子がまざまざと目についていた。
「お願いします隊長」
 2人を前にしてアンナはしばし思案し――そしてようやく、口を開く。
「任せよう。いや、任せたい」
 その言葉に、力強く頷く2人。
「我々の隊に与えられたチャンスは1度きりだ。失敗すればその時は本隊が動き、バンは『討伐』される」
 その言葉にごくりと息を呑むピーノとフィオーレ。
 しかしアンナは首を横に振って見せると、ぽかりと空いたバンの机に目を移して、ぽつりとつぶやいていた。
「失敗した時は――その時こそ『私の仕事』だ」


 鬱蒼とした森の中で、一人の少年が大木の幹に寄りかかり、草葉で隠れた空を見上げていた。
 どれくらいそうしていたのだろう。
 随分と時が経ったような気もするがそうしている彼の息は荒く、時折咳込むように苦しそうな表情を浮かべていた。
「くそっ……くそっ……!」
 大きな幹に己の後頭部をぶつける。
 何度も、何度も、毛細血管が破裂し、皮膚が裂け、血を流しても、何度も、何度も。
 ハンターが居て、隊長が居て、でもみんなバケモノで――そして自分も、バケモノで。
 分からない、分からない。
 バケモノで、戦って、街を護るために、それが自分の仕事で、生き甲斐で、でも仲間が現れて、それもバケモノで、自分もバケモノで。

 ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ――

 ※シタ相手ハ――イッタイ、ナニ?

「ああぁぁぁぁぁぁッ!」
 もう一度、幹に後頭部を強打する。
 ミシリと音がして、巨木に大きなヒビが入っていた。
「――ずいぶんと荒れておいでだ」
 声がして、バンは虚ろな瞳で正面の茂みを見つめていた。
 藪の中からもぞりと顔を見せる、膨れ上がった肉塊。
 ようやく目にしなくなったと思ったそれが、こちらの様子を伺うように蠢いていた。
 敵だ……倒さなくては。
 だが、身体が重い。
 戦いすぎて、頭を使いすぎて、身体が動かない。
 ああ、ここで死ぬのか……そんなことも考えながら、もはや、全てがどうでもよかった。
「面白い事になったものだ……それはこれから、もっと素晴らしい展開へと続く」
「はぁ……何言ってんだ、てめぇ」
 バケモノは乾いた笑い声を上げると、もぞりとその懐――と言っても何処も似たようなものだが――をまさぐって、何かを放り投げて見せた。
「剣を失ったのだろう、それを使うと良い」
 目の前に転がったそれは刀だった。
 柄があり、鍔がある。
 しかしその刀には――刃が無かった。
「なんでバケモノがんなもん持ってんだよ……もうわけわかんねぇよ」
「理解する必要などないさ。君はただ、自分の気持ちに全てを委ねれば良いだけだ」
 それだけ言い残し、バケモノはずるりと森の奥へと消えていった。
 追う気力も無くただ力なくそれを見送る。

 疲れた――少し寝よう。
 薄れてゆく意識の中、手繰り寄せたその刀が、しっくりとその手の中へと納まっていたのだった。

リプレイ本文

 森の中、バンは風以外の音に閉じていた目を開いた。
「バン……!」
 良く知った声だが、姿は今まで見た肉塊と変わらない。しかも一つではなく、六つか七ついるようだ。
「迎えに来たのよ」
 語尾が震えた声も、知っている声のはずだ。
 けれど。
「よせ、来るなあぁぁー!!」
 肉塊が触手を伸ばしてくる姿を見て、バンは残された左手の、その中に握り込んだ柄を振り回した。
 刃のない筈の得物が、離れた木の枝を切り落とし、肉塊どもが騒ぎ出した。



 狂気の歪虚に憑依されたバンから、問題の存在を引き摺りだす方法については、エスト隊とハンター達の意見は一致した。
『重傷者を作り出し、そちらに改めて憑依させることで、バンから引き離す』
 これはそもそもハンターの意見だったので当然だ。揉めたのは、その方法で。
『誰が代わりの依代になるか』
 しかも代理を申し出たのが、シェリル・マイヤーズ(ka0509)。自分より年下の女性が代わりと言われて、ピーノがすんなり納得するはずもない。それどころか、ならば自分でもいいではないかとフィオーレまでが言い出す始末だ。
 自分達の仲間のために、本来無関係のハンターが傷付くのは容認出来ない。そう言われると、今度は葛葉 莢(ka5713)が黙っていられない。
「縁がない訳じゃなし。面倒は最後まで、諦めずに見ろ、よ」
 前回の依頼で、バンを始末も連れ戻しも出来なかった。このままでは、悪党を自認する彼女の美学に触るのだという。これにエスト隊が共感したかはともかく、アンナは今の状態がハンターのおかげだと改めて思い出したようだ。
 そう。全員がではないが、ハンター達ももはや無関係ではない。
 まだ気持ちの整理が付かない若手二人と、落ち着きを取り戻して最善の策を考え始めた様子のアンナとを見比べて、しかしアーヴィン(ka3383)はどちらに対しても『甘っちょろいな』と冷めた思考をしていた。
 士官は最善の策を考え、選ぶのが役目。だがバンほどの騒動を起こしたなら、同盟軍としては切り捨ててしかるべきで、今頃迷っている方がおかしい。だが四人きりの隊で、一人を簡単に切り捨てては、目の前の二人に限らず、誰も付いてこなくなる。この天秤を釣り合わせるのは難しいが、挑戦せねばならぬのが士官ということか。
 このアンナの態度に、まず身を乗り出したのはリリア・ノヴィドール(ka3056)だ。
「そう、まだ諦めちゃいけないのよ」
 彼女が持ち出したのは、エスト隊からバンへの働き掛けだ。こちらを人と見えていないバンでも、声は判別出来ている。説得の余地があると言えよう。
 ならば、その役を負うのは他の誰でもなく、
「ピーノさん達が、適任なのよ」
 そうでしょと尋ねられて、ピーノとフィオーレも否定は出来ない。確かにバンを歪虚から引き離すために語り掛けるなら、リリアより彼らの方が身近な人間として注意を引きやすいだろう。それも分からないほど、冷静さを欠いている訳ではない。
 だが納得しきれない様子の二人の方に、手を置いたのはクリス・クロフォード(ka3628)だ。穏やかな笑みを浮かべて、順に二人と、アンナの顔を覗きこむ。
「バンの意識を引っ叩いて、歪虚と縁を切らせるのだって楽な仕事じゃないのよ。だから、より成功率が高い方法を選びましょ。ね?」
「そう……だな」
 まだ不承不承ではあるが、アンナが頷いたので相談はまとまったと見えた。方向性の一致を見て、その方法が定まったにしては、誰の表情も明るさを欠いていたが。
 人に寄生する歪虚は、こんな風に人に有効だ。人という総体で、いや同盟軍だけでも、バンの安否より歪虚の殲滅が優先される。しかし、軍の末端たるエスト隊は、まだ模索の最中。
 寄生された者が与える危害を阻止したい思いと、自分に近しい者を死なせたくない願いが相反して、そこに禍根が残るのだ。家業が傭兵と言っても良い家庭に育ったテノール(ka5676)には、歪虚が原因でなくとも似たような顛末を何度も見聞きしている。
 当たり前に分かっていたし、誰一人として甘く考えてなどいないだろうが、これはエスト隊が今後も維持されるかどうかの瀬戸際だった。お互いに後悔や禍根、整理出来ない気持ちを抱えた部隊など解体されるか、次の任務で壊滅するか。
 まったく質の悪い歪虚だとのテノールの呟きは、彼の口の中だけに留まった。
 代わりのように、明るく宣言したのは葛音 水月(ka1895)だ。
「じゃ、バンさんを追って寄生歪虚を倒しましょー!」
 この間のあれで死んじゃってなくて良かったと、にっこりと笑顔を向けられたフィオーレが口をぱくぱくさせているが、水月は無邪気そのものだ。本気でバンが生きていることを喜んでいて、助けに行こうと言っているのだと察して、フィオーレの顔に苦笑が浮かんだ。同時に、ずっと強張っていた肩の力も抜ける。
 そして。
「私は……女の子でも…子供でもない……ひとりの…ハンターだ……」
 自分に対して、いまだ複雑な視線を向けるピーノとアンナに、シェリルは淡々と告げた。今度のアンナの頷きは、先程より深い。ピーノも気持ちの整理をつけたらしい。
「あ、追跡の前……んー、しながらでも、バンさんを見付けたら誰かどうするかをすりあわせておきましょー?」
「そうね。もう武器はないと思うけど、棒でもあの力で振り回されたら危険だから……」
 水月の提案に、リリアが押さえ込む方法を検討し始めた。その前に『あの力』を振るわれることがないように、また歪虚がバンへの寄生を見限るように、体力を奪う必要もある。
「まったく、手が掛かる奴だわ」
 装備やスキル、その他諸々のすり合わせをしつつ、バンの移動の痕跡を探す一行の中、莢が憤然と言い放った。確かにと、何人かが同意したり、溜息を吐いたり。
 この時先頭を行っていたアーヴィンが、皆の足を止めたのはこの時だ。彼が指した先には、バンが着ていた病衣の切れ端と思しきものが、潅木に引っ掛かっている。その向こうには、はっきりと何かが通った痕跡が残っていた。
 予想より早くバンに接触できると、ピーノに感謝の視線を向けられたアーヴィンはしかし。
「俺は狩人だからな。追い詰めたら、普段は殺す」
「なっ」
「だから追い詰めるのは、確実にやる」
「では、気合を入れ直しましょうか」
 役割分担したのはそのためでしょうと、テノールが言を継ぐ。シェリルが一人、やや後方に下がった。
 バンを取り戻す、これが最後の機会。



「ま、分かっちゃいたのよね」
「あの持っている柄はなんでしょーね? あんな怪しいもの、都合よく拾う訳はないし」
 見付けたバンに声を掛けたアンナとフィオーレに向かった『敵意』を、二人を突き飛ばしてかわさせた莢と水月がぼやいた。なんだか分からないが、バンは妙な武器を持っている。
 間合いは不明。刃物と思しき切断面が枝に見られるが、単に姿が見えない刃物という訳でもない様だ。なぜと言って、バンから枝までの軌跡に刃が通った気配がない。
 一体何かと疑問はあるが、莢は悩まなかった。すでにリリアと水月が隠の徒で気配を立ったのを横目に確かめ、自身はバンの右側に回りこむべく突っ込んでいく。
 その耳の横を、今度は確かな存在感を持って通り過ぎたのは、後方のアーヴィンが放った矢だ。更に、彼女の背後に重なるように駆けたテノールが、バンの視線が矢に向かった隙に左側に移る。
「ガアァ!」
 バンの額の目が、ぐるりと二人の格闘士を睨む。それにつれ、バンの左手が振り回された。
 先にテノールの額に横の朱線が、次に莢の左腿がつけた生地ごとざくりと斬れた。もちろんこの程度では、どちらも動きは止まらない。かえってバンの動く場所を狭めるように、それぞれの得物を振るった。
 もう一度、バンの手が動きかけ、エスト隊の名を呼ぶ声と、矢の放たれる音が被る。今度の矢は、バンの足の甲を貫いたかもしれない。
 加えて。
「オモチャを振り回して、粋がるのはもうおしまいよ!」
 暴れるバンの真正面で、クリスがソウルトーチにマテリアルを燃やす。正常な判断力はないのだろう。バンと額の目とが同時に彼を睨んだ。
 大木に背を預けるように立ち上がりかけたバンは、しかし足のせいで動きが鈍い。しかも両脇から狙われながら、額の目は更に盛り上がり、クリスを睨む。
 人のものとは思いがたい、軋るような音が響いた。唇は、『コロス』と動いたようだ。
 見えない刃が襲うのを、クリスは守りの構えでひたすらに受けている。見えていれば受け流しも出来ようが、見えないのでは如何ともし難い。
 更に莢とテノールの攻撃も続く。もうバンが動けなくなるのではと思うのだが、左腕は停滞の気配もなく動き続けていた。その度にどちらかから血飛沫が上がり、クリスの体が揺らぐ。
 それでも、後方から伸びた鞭がその腕を絡めとる。動きを鈍らせようと、水月が足を踏ん張るのに、バンが体を前傾させて反対に鞭を振り回す。とてつもない膂力に引き摺られた水月が、テノールを巻き込んで飛ばされる。
 バンに向かうハンターの大半から、エスト隊から、その正気を取り戻させようと様々な声が掛けられた。けれども額の目が盛り上がる分、バンの目は閉じていき、意識も朦朧としているのが歴然だ。
 情けない奴と言い捨てたのは誰だったか。
 クリスが構えを解いて、不意にバンへと何かを投げた。それが龍鉱石だと見て取れたのは半分もいまい。投げた当人は、それが届いたどうか見届ける前に地に倒れている。
 だから、バンの動きが不意に止まったのを見たのはクリス以外。
「化け物に見えるなら、それでもいいの!」
 でも本物はこれから排除すると、硬直したバンを引き倒したのは水月同様に隠の徒で背後から近付いていたリリアだった。すぐに、テノールと莢も加わって押さえつける。
 この状況でも空に伸ばされたバンの手に、クリスを庇う位置まで出ていたアーヴィンの矢が貫いた。指が開いても落ちない柄を、水月がパイルバンカーの側面で叩く。
 妙な軌跡で飛んだ柄を追うより先に、彼らにはやるべきことがあった。
「私は……『お前』を…ずっと…追ってた」
 歪虚そのものに語りかけたとは思えない呟きと共に、バンの傍らに音もなく近付いたシェリルが手にしたナイフを太股に突き立てたのだ。抜いて、もう一方に。更には肩、腕、手首と、凄まじい勢いで傷付けていく。
「そこまでするな! 意識が保てん!」
 アンナの叫びに反応は示さず、シェリルはバンを、正確にはその額の歪虚を見詰めたまま倒れていき、地面にぶつかる寸前でアーヴィンに支えられた。
「さぁ…早く」
 おいでと動いた唇は、すでに赤から紫へと色を変え始めている。


 ぎょろりと蠢く目玉を潰して事が済むなら、どれだけ簡単なことか。
 シェリルとバンと、更にクリスの荒い呼吸の音が交錯する中、莢は組み敷いた少年の頬を張り飛ばした。ちゃんと人間なら根性出せと、呼び掛ける声は掠れ気味だ。
 声に刺激されて暴れるバンを押さえる為に、水月は鞭での足を戒め、アーヴィンとリリアも腕や肩を押さえつける。エスト隊の三人はシェリルを庇うような位置から、バンを押さえ掴んで、途切れることなく声を掛け続けた。
 必死にバンの生還を願う人々の中で、目玉が忙しく左右を見る。止まったのは、シェリルが不意に持ち上げた血塗れの腕に方角が合った時。
「そいつを追い出して、あたし達に倒させて」
 リリスが囁きかける。同時に、今までになく盛り上がった目を押さえるようにして、テノールがチャクラ・ヒールを掛けた。
 何かが軋る音が、バンの痙攣から来る歯軋りと気付いて、莢が顎を掴んで開かせる。跳ね上がった足に水月が、体にテノールが圧し掛かった。
 この隙に、再度盛り上がった目が筋となり、シェリルの腕を貫く。
 ただし。
 バンとシェリルの間を繋いだ歪虚を、リリアの苦無が突き通した。
細く紐状に伸びた歪虚が、脈打つように瘤となり、また伸びる。それを、数人の腕がシェリルとバンから引き抜くように取り払った。
引き抜かれた歪虚は、黒っぽく縮こまっていく。まだ警戒の視線を向けつつも、バンの額の目が消え失せ、シェリルの外見には異常が見られない事を、皆が確かめた時。
『あ…………』
 ぱかりと開いたシェリルの瞼の下は、血の色に染まっていた。



 目の前にいたはずの仲間が、ぐにゃりと歪んだ。色も鮮やかさを失って、腐れかけの肉塊がもぞりと動き出す。
『いや……これは…ちが』
「……シェリルさんっ!?」
 失血で薄れ掛ける意識が、必死に目の前の肉塊がエスト隊の誰かだと訴える。しかし、それが誰か分からない。
 誰かは名前を呼んでくるが、シェリルには知らない声にしか聞こえない。否。思い出せなかった。
 自分を呼ぶ肉塊が、黒っぽく変色した血を垂らしながら、こちらに触手を伸ばしてくる。腕に触れ、まだ握り締めていたナイフを取り上げられそうになって、シェリルは自分でも良く分からない何かを叫びながら、懸命に抗った。
 目の前にいるのは知らないモノ。きっと、敵。なぜなら、首を絞めようとしてくるではないか。

 殺さねば、ころさねば、コロサネバ……

 敵には、歪虚には負けない。
そう願ったシェリルのナイフが、彼女を助け起こそうとしたピーノの耳の下から喉へと切り裂いている最中、彼女の左目にだけ元の色が戻った。
「だ…れ…?」
「僕、です。ピーノ……ですよ」
 あぁ、そうだねと動いた唇は音を紡がず。
 尚も誰かに何か言っていそうな彼女の右目も、元の穏やかな茶に戻ったのを見届けて、ピーノも倒れ伏した。
「四人目が出るのは、ちょっとまずいですー?」
 この四人目とは、自力移動が無理な重傷者のこと。
 用意の治療の道具を広げつつ、さしもの水月も声が少しばかり上擦っていた。当人とて無傷ではないから仕方ない。
「まず自分の手当てをしろ。軽いのを背負ってもらうぞ」
 バンとシェリルはかすり傷の自分とリリアに、クリスとピーノは足の負傷が少ない水月とテノールに割り振ったアーヴィンが、ようやく戻った意識でバンの持っていた武器を気にするクリスに止血の続きを施しながら叱りつけた。
「仕方ない。あれを渡した奴がこの有様を観て、何か仕掛けてこないとも限らない。早急に撤退しよう」
 こちらは幾らか優しく語りかけたテノールが、シェリルの体を毛布で包んでいる。莢と水月も自分の足の傷を念入りに、他は大雑把に手当てした。それから、部下優先で自分の手当てがいい加減なアンナの止血をやり直す。
リリアはフィオーレに手伝わせて、シェリルを背負い上げる。
「さ、ちゃんと皆で帰るの」
「よしっ、最短距離で行くよ!」
 道ならきっちり覚えているから任せておけと、辺りを油断なく警戒しながらも、莢が威勢の良い声をあげ、皆を先導して歩き出した。

(代筆:龍河流)

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  • 魂の灯火
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  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 黒猫とパイルバンカー
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    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/02/23 13:51:36
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シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/02/27 18:50:46