ゲスト
(ka0000)
珈琲サロンとぱぁずの誘拐
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/08 07:30
- 完成日
- 2016/03/16 23:50
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●或る号外
(前略)
此度の襲撃による被害者は、発見者である母親の娘とその夫と子どもの3名。
夫はフマーレ在住のオルゴール職人で先月に帰省、滞在中の部屋には多数のデザイン画、装飾類工具の類いが散乱しており、物取りの線からも調査中。
また、母親の証言により、持ち去られたと見られるオルゴールについても目下捜索中。
識者によるとこの襲撃は通常の歪虚によるものとは異なり、何等かの別の意図が覗えるとのことで……
(後略)
まさかね、とユリアは呟いて号外をマガジンラックに立てる。
もうすぐランチタイムの客で賑わう時間だ。
蒸気工場都市フマーレの商業区の一角に小さな喫茶店が佇んでいる。
店長は現在隠居中で、孫娘のユリアが代理として、店員のローレンツとともに切り盛りしている。
店長の隠居先は極彩色の街ヴァリオス、その路地裏で閉店中の宝飾工房だ。
店長が寄越した宝飾技師の見習いの少女、モニカがこの冬まで店を手伝っていたが、今は風邪を引いた店長の見舞いを兼ねて工房の片付けを手伝いに行っている。
モニカが店にいた頃は彼女に任せていたマガジンラックを片付ける。雑誌を交換し、届いていた号外を前面に立てる。
ふと目に入った小さな記事に胸騒ぎがした。
母親と娘、オルゴール職人、子ども。
先月、この店に来ていたオルゴール職人は、果たして彼ではないだろうか。
実家に帰っていた妻から娘が生まれた知らせを受けて、娘のために作った特別なオルゴールを届けに向かったあの職人は。
「まさかね」
もう一度呟くと、嫌な想像を振り払って、ランチの客を迎える準備を進める。
●
賑わう時間を終えた店内は静かで、今日は常連客の姿も無い。空いている内に掃除をとモップを取ると、ドアのベルがからんと鳴った。
「こんにちは、ユリア」
店に入ってきたのは大輪の花を幾重も飾る華やかな和装に、笄と櫛で結い上げて簪を揺らす黒い髪。
底の厚い草履は鈴を仕込んで、歩く度にしゃんと涼しげな音を立てた。
しかし、微笑んでユリアを呼んだその頬には深く裂けた傷が走っている。
「っ、どうしたの、その怪我」
ユリアが慌てて声を上げるが、呼ぼうとしてもその名前が思い出せない。
戸惑うユリアに硝子玉のような目がうっそりと微笑んで、ユリアの顔を覗き込んだ。
「酷い人たちに虐められたの。ぜーったい、許さないんだから。――私のことはハナって呼んで? もっと堅苦しい名前もあるけど、ユリアは友達だからね?」
――友達だから、私に怪我をさせた人たちのこと、ユリアも許したら駄目よ――
「ええ。ハナ。あなたに怪我をさせるなんて本当に酷いわ」
ユリアの答えに満足げに笑ったハナはカウンターの椅子に座る。コーヒーを、と注文する。
ネルに2杯分の豆を量って静かに湯を落とす。珈琲の香りが店内に広がった。
ことん、と小さな音を立ててユリアがカップをハナの前に置く。ユリア自身もピンクのマグカップに煎れて寛いでいる。
「ねえ、ユリア……いいもの、見せてあげましょうか。ユリアもきっと気に入ると思うの」
ハナが取り出したのは装飾のされた箱形のオルゴール、蓋を開くと優しいメロディが零れ落ちる。
「綺麗な音でしょ? 子守歌なのよ」
どこかで聞いたことがあるそのメロディを思い出す前に、ハナの言葉が思考を掠う。
――よく聞いてね、この音だけを聞いて――
――私はユリアのお友達なの、ユリアはお友達の言うことは聞いてくれる優しい人でしょう――
ハナの目がうっそりとユリアを見詰める。ハナの目を見ると手が震え、コーヒーを残したままのマグカップが床に落ちて砕けた。
破片が散らばる。
何かとても、大切なものをなくした記憶が重なって、ユリアは肩を抱き締めて座り込んだ。
「ユリア、ユリアの大切な人に会いたいでしょう?」
――一緒に来なさい――
●
街の中を走る。
手を引かれて。
商店街を抜け、工場の並ぶ工業区へ、見慣れない道を繋いだ冷たい手だけを頼りに走って行く。
今日は天気が良かったから。
そんな理由を付けて飾っていたリボンが解けて、風に飛ばされていった。
気に入っていたのに。
どこか遠く、飛んでいって仕舞った。
頭の中にはオルゴールの優しいメロディだけが延々と巡り続けている。
どのくらい走っただろう。背後からはカラスの羽ばたきだけが聞こえてきた。
●
急な依頼が入ったとオフィスに慌ただしく掲示された。
『フマーレの街中でカラス型の雑魔が大量発生しています。
全て排除した後、原因の調査に協力をお願いします』
街中に雑魔化かと顔を顰めて、もう1つ。
『喫茶店の店長さんが行方不明だそうです。
捜索への協力をお願いします。
街中には雑魔が発生しているため、注意して下さい』
(前略)
此度の襲撃による被害者は、発見者である母親の娘とその夫と子どもの3名。
夫はフマーレ在住のオルゴール職人で先月に帰省、滞在中の部屋には多数のデザイン画、装飾類工具の類いが散乱しており、物取りの線からも調査中。
また、母親の証言により、持ち去られたと見られるオルゴールについても目下捜索中。
識者によるとこの襲撃は通常の歪虚によるものとは異なり、何等かの別の意図が覗えるとのことで……
(後略)
まさかね、とユリアは呟いて号外をマガジンラックに立てる。
もうすぐランチタイムの客で賑わう時間だ。
蒸気工場都市フマーレの商業区の一角に小さな喫茶店が佇んでいる。
店長は現在隠居中で、孫娘のユリアが代理として、店員のローレンツとともに切り盛りしている。
店長の隠居先は極彩色の街ヴァリオス、その路地裏で閉店中の宝飾工房だ。
店長が寄越した宝飾技師の見習いの少女、モニカがこの冬まで店を手伝っていたが、今は風邪を引いた店長の見舞いを兼ねて工房の片付けを手伝いに行っている。
モニカが店にいた頃は彼女に任せていたマガジンラックを片付ける。雑誌を交換し、届いていた号外を前面に立てる。
ふと目に入った小さな記事に胸騒ぎがした。
母親と娘、オルゴール職人、子ども。
先月、この店に来ていたオルゴール職人は、果たして彼ではないだろうか。
実家に帰っていた妻から娘が生まれた知らせを受けて、娘のために作った特別なオルゴールを届けに向かったあの職人は。
「まさかね」
もう一度呟くと、嫌な想像を振り払って、ランチの客を迎える準備を進める。
●
賑わう時間を終えた店内は静かで、今日は常連客の姿も無い。空いている内に掃除をとモップを取ると、ドアのベルがからんと鳴った。
「こんにちは、ユリア」
店に入ってきたのは大輪の花を幾重も飾る華やかな和装に、笄と櫛で結い上げて簪を揺らす黒い髪。
底の厚い草履は鈴を仕込んで、歩く度にしゃんと涼しげな音を立てた。
しかし、微笑んでユリアを呼んだその頬には深く裂けた傷が走っている。
「っ、どうしたの、その怪我」
ユリアが慌てて声を上げるが、呼ぼうとしてもその名前が思い出せない。
戸惑うユリアに硝子玉のような目がうっそりと微笑んで、ユリアの顔を覗き込んだ。
「酷い人たちに虐められたの。ぜーったい、許さないんだから。――私のことはハナって呼んで? もっと堅苦しい名前もあるけど、ユリアは友達だからね?」
――友達だから、私に怪我をさせた人たちのこと、ユリアも許したら駄目よ――
「ええ。ハナ。あなたに怪我をさせるなんて本当に酷いわ」
ユリアの答えに満足げに笑ったハナはカウンターの椅子に座る。コーヒーを、と注文する。
ネルに2杯分の豆を量って静かに湯を落とす。珈琲の香りが店内に広がった。
ことん、と小さな音を立ててユリアがカップをハナの前に置く。ユリア自身もピンクのマグカップに煎れて寛いでいる。
「ねえ、ユリア……いいもの、見せてあげましょうか。ユリアもきっと気に入ると思うの」
ハナが取り出したのは装飾のされた箱形のオルゴール、蓋を開くと優しいメロディが零れ落ちる。
「綺麗な音でしょ? 子守歌なのよ」
どこかで聞いたことがあるそのメロディを思い出す前に、ハナの言葉が思考を掠う。
――よく聞いてね、この音だけを聞いて――
――私はユリアのお友達なの、ユリアはお友達の言うことは聞いてくれる優しい人でしょう――
ハナの目がうっそりとユリアを見詰める。ハナの目を見ると手が震え、コーヒーを残したままのマグカップが床に落ちて砕けた。
破片が散らばる。
何かとても、大切なものをなくした記憶が重なって、ユリアは肩を抱き締めて座り込んだ。
「ユリア、ユリアの大切な人に会いたいでしょう?」
――一緒に来なさい――
●
街の中を走る。
手を引かれて。
商店街を抜け、工場の並ぶ工業区へ、見慣れない道を繋いだ冷たい手だけを頼りに走って行く。
今日は天気が良かったから。
そんな理由を付けて飾っていたリボンが解けて、風に飛ばされていった。
気に入っていたのに。
どこか遠く、飛んでいって仕舞った。
頭の中にはオルゴールの優しいメロディだけが延々と巡り続けている。
どのくらい走っただろう。背後からはカラスの羽ばたきだけが聞こえてきた。
●
急な依頼が入ったとオフィスに慌ただしく掲示された。
『フマーレの街中でカラス型の雑魔が大量発生しています。
全て排除した後、原因の調査に協力をお願いします』
街中に雑魔化かと顔を顰めて、もう1つ。
『喫茶店の店長さんが行方不明だそうです。
捜索への協力をお願いします。
街中には雑魔が発生しているため、注意して下さい』
リプレイ本文
●
ハンターオフィスのホール、テーブルの上に地図が広げられている。
ピンを立てたその盤面に、幾つもの付箋が貼られていた。
赤い歪な円と線を巡らせたそこを指で辿り、雑魔の資料を広げると受付嬢は盤面から手を引いた。
細い道まで掻き込まれた地図の縮尺で距離を計るに、トランシーバーでの連絡は範囲の端から中心にも届かない。受付嬢は1つ頷くと、2つのピンを指してこの位が限界だという。
「――連携を取るなら、タイミングを見る必要があるわね。……で、カラスを先に、それでひとまず問題ないかしら?」
と、リーゼロッテ(ka1864)がハンター達を見回した。
依頼は2つ、カラスの雑魔を排除することと、雑魔発生下で行方不明の女性を見付けること。
「はい、まずは目の前の脅威に集中しないとですよね。――このカラスと店長さんの行方と、何か関係があるんでしょうか?」
榎本 かなえ(ka3567)が尋ねたが受付嬢は調査中だと首を横に振った。
「……カラスの方が先ね。街の人、困ってるもの」
依頼を見た直後は、見知った名前に声を上げて顔を覆ったカリアナ・ノート(ka3733)も冷静さを取り戻して告げる。深呼吸をゆっくりと、青い瞳で真っ直ぐに地図を見詰めた。
「今度は自分が行方不明とか……堪忍して欲しいわ。俺はここやな、遮蔽物の無いとこの方が撃つんにええ」
冬樹 文太(ka0124)もカリアナと同様知人の、――行方不明者を捜して欲しいという依頼に関わった彼女自身の、――行方不明の捜索依頼に溜息を吐く。
猟銃を担ぎ直して、残る2人に視線を向けた。
「……私は」
地図をじっと見詰めていた外待雨 時雨(ka0227)が静かに唇を開いた。
「……行方不明の方の、捜索へ赴きましょうか……」
白い指を地図に伸ばす。
雑魔が多く確認されている商業区の街中、大通り、その先で工業区に目撃された雑魔は路地や建物の影に潜むようになっている。この配置の理由は分からないが、人為的な物ならば、商業区の方へと引き付けてその間に人気の無い方へ、という目的故ではないだろうか。
指先がするりと地図を撫でた。
「……故……工業区から、捜索を始めさせて頂こうかと……」
「身の安全が第一ですから私としても余り無茶は出来ませんね。……支援を行います」
クオン・サガラ(ka0018)が外待雨に言う。外待雨が静かに頷いた。
出発の支度を調えると、捜索依頼を届けた初老の男がハンター達に、お気を付けてと深く頭を垂れた。
俯いた頭は、ハンター達がオフィスを出ても上がることは無く、握った手が小刻みに震えていた。
●
オフィスを出た道をハンター達は三方に分かれて走る。雑魔の影はすぐに見えてきた。
住人への指示は届いているらしく、街は静まりかえっているが、大きなカラスの形をした雑魔の羽は民家の軒へも迫っている。
屋根や塀に止まって虚ろな眼差しをハンター達に向けると、濁った音で1羽、鳴いた。鳴き声が波のように広がっていく。
街中へ向かう3人は、そのざわめきの中へ走り、工業区の路地へ至った2人はバイクを止め、傍らの物陰を注視し微かの音にも耳を澄ます。
「こっちでもカラス退治とか……害鳥被害っちゅうのはどこも変わらへんなあ」
広い道の真ん中、空を仰いだ冬樹が靴裏で地面の砂を払って踏みしめると、桃色の瞳で照門を覗いた。
榎本が銃を、カリアナが杖を、それぞれ得物を取って構える。
リーゼロッテは髪を掻き上げ、手を近くの塀に触れる。
マテリアルを巡らせた身体は、地面を蹴った脚で軽くその塀に立つ。もう1つ跳べばカラスを正面に見据える高さの屋根の上に上った。
「前は任せてもらえるかしら? そっちには近付かないように動くつもりよ」
屋根を渡って振り返ると、榎本も塀の上に屋根の上へマテリアルを噴射する勢いで上ってくる。
「はい!」
かたん、と屋根のテラコッタが着地の軽い音を立てた。
「ここからなら、しっかり狙えます」
銃床を肩に、脇を締めて顎を引いた。真っ直ぐ狙う先に羽ばたく雑魔に照準を合わせた。
2人を見上げ、カリアナも杖を握り締める。丈を超える大きな杖を掲げ、焦燥を沈めるように息を吐く。耳の裏に響く鼓動が煩い。唇を噛んで青の双眸が雑魔を睨んだ。
「あなた達なんかに、時間かけていられないわ!」
射程を推し量り、リーゼロッテを巻き込む前に火球を放つ。
眩い閃光を放って辺りの雑魔を巻き込んだ爆発は、その爆風で並木を揺らして消えていった。
羽を折ったり足を傷付けた雑魔がばたばたと落ちてくるが、その隙間を埋めるように数羽、大きく羽ばたきながら近付いてくる。
「――始めるわ」
カラスを模した黒い翼の中にも霞まない漆黒の瞳で獲物を見据えた。
グリップのギロチンを擽って、後方へ抜けそうな翼へ1撃、雑魔の虚ろな目を引き付けながら前へ、隻翼で散らす黒い羽は地面に落ちる前に霧散した。
正面から向かってくる雑魔の嘴を銃身にいなし、逆手の刃で喉を裂く。
透明な刃に絡み付いた黒い雫は、次へ向けるまでに風に流され消えていった。
手負いの1羽の声に、リーゼロッテを見付けた羽ばたきが迫る。
「っ……は、ぁ」
その翼に弾かれた身体は、テラコッタに背を打ち付けてその衝撃に息が止まる。
咳き込んだ口を拭って、獲物に刃を据えて半身を起こす。
離れた屋根からこちらを狙う銃口を目端に捕らえて口角を上げた。
対峙しながら射線を避けるように徐に下がり、屋根の端を蹴って塀の上に飛び移る。
追撃に羽ばたいた雑魔の身体を熱い弾丸が貫いて、暫時そこに留まった黒い淀みは次第に小さくなって消滅した。
雑魔の撃破を確認し、榎本は安堵の息を1つ吐いた。
「ふぅ……次ですね。次は、向こうに2匹ですか」
重たい銃を肩に支え、緑の瞳の片方を伏せる。
開いた目で照門を覗き、照星を獲物に定めて引鉄に指を掛ける。
「1匹も、逃がしません……!」
リーゼロッテに対峙していた1羽がその弾丸に弾き飛ばされると、別の1羽がこちらに向く。
空の弾倉を落とし、その翼が迫る前にリロードを終えると、狙いを定めて正面から撃ち込んだ。
貫かれた雑魔が藻掻くように羽ばたいて向かってくるが、榎本の銃が放つ次弾が早く届き、羽ばたき散らす羽を黒く淀む霧に変えた。
1発では倒せないが、と次に銃口を向ける。
足止めされている内に2発、榎本は顎を引いて照門越しに雑魔を睨んだ。
弾丸に翼を半分刈り取られた雑魔が喚く。そこに水の礫が叩き込まれた。
それは陽光に燦めいて、黒い淀みを流し去ると同時に収束し消え去っていく。
「ファイヤーボールを落とせるのは、さっきの所くらいね」
再度水の礫を放ちながら、カリアナが辺りを見回した。
炎の幻影に巻かれた家は何事も無く平気そうに見えたが、物陰に誰か人がいたら巻き込んでしまう。
周りが見える程には落ち付いている。放った水の礫は、榎本の弾丸を耐えた雑魔を消滅させた。
「翼を狙えないかしら……」
動きがもう少しでも鈍くなればと、杖の切っ先を向けながら。青い瞳が静かに雑魔を見据えた。
トランシーバーを耳に当てて揺らす。
ここからなら、リーゼロッテ、クオンの声共に聞こえるようだ。必要があれば仲介すると伝えて、手を銃に戻した。
「ほな、先ずは、そこの群れとるとこからやな」
静まりかえった道上に羽ばたく雑魔の数は片手程、誂え向きのように集まっているところへ、銃口を向けてリアサイトを覗いた。
マテリアルを巡らせて銃に込める。撃ち尽くす弾丸は爆ぜて一帯を雨のように覆った。
それを回避した数羽が羽ばたいて冬樹に迫ってくる。
弾丸の雨に打たれた残りは羽や足に傷を負い、その傷口から淀んだ靄を上らせている。
「全部倒しちゃるさかい、かかってきぃや」
リロードしながら誘うと、虚ろな目の雑魔が降下と上昇を繰り返しながら近付いてくる。
上方に残った数匹に銃口を向けて狙いを定めた。
散らした群が疎らに迫る。
全て相手取るには手数が足りず、近接を許した1羽が嘴を向けて飛び込んできた。
「あ――やめぇや、ほんまうざったいなぁ!」
振り払って距離を取り、至近の間合いで持ち替えた鉄色の拳銃を撃つ。
マテリアルの昂ぶりに比して、肌の血の気が失せていく。抑えようのないマテリアルに瞳を染め、強膜の色が反転した。
工業区に入るまで乗せていた外待雨がバイクを降りて、2人で周囲を確かめると先へ進む。
潜んでいるらしく音は聞こえず、姿も見えないが、その気配は濃く漂っている。
本当にこの先に、と細い路地を眺めると、背後の先、通りの方で雑魔の濁った断末魔が聞こえた。
振り返るとその空にはまだ黒い影が点々と、まるで誘う様に羽ばたいているように見えた。
「……行方不明……」
外待雨が暗く陰る道を歩きながら、拐かしと呟いた。
茫洋と青い瞳を伏せて首を静かに横に揺らした。思うことなど無い。僅かに胸の内で漣が囁いただけ。
「ここからは、強行突破ですね」
「……倒す時間も、……惜しいので」
支援するとクオンが頷く。
2人並ぶにも狭い道と人気の無い方へと進んでいく。普段は賑やかだろう工場は動きを止め、いつも上っている蒸気の煙も今日は絶えている。
細い道を抜けて、別の細い道へ、工場の影や路地の先も探しながら進んでいった。
ばさりと羽ばたく音を聞く手を広げるにも狭い道、獲物を見付けたと逸った雑魔が軒の上で羽ばたいている。
それを見上げれば空が目に入る。外待雨の白い頬に一滴零れ、涙のように伝い落ちる。
白無垢纏い、狐面の黒紋付きに寄り添う幻影が瞬きの間に浮かんで一切の名残もなく掻き消えた。
手に纏う宝石の飾り、祈り浮かべる白い杭を雑魔の身体に叩き付けるように放った。雷に打たれたように翼の先まで痙攣させたそれはその場に落ちて動かなくなる。
「……先へ……」
振り返らずに、外待雨は足を急かした。その姿が見えなくなった頃、倒れていた雑魔が虚ろな目を開け濁った音で何かを呼び集めるように鳴いた。
近接した雑魔に赤い銃身から弾丸を撃ち込んで動きを止める。
クオンがマテリアルを込めて放った弾丸に数発貫かれた雑魔が地面に落ちると、辺りに広がる影に溶ける様にその身体は崩れて消えた。
「一気に走り抜けた方が良さそうですね」
背後に迫る影は無いが、全てを倒した訳では無いから、と物陰を睨んで呟く。
数羽は通してしまっている。微かな不安を残しながら、次に留めるべき獲物へと剣を向けた。
そこに、外待雨からの連絡が入った。
――……おそらく、……ああ、……もう――
声が聞き取れない程の雑音、雑魔の濁った鳴き声が重なっていた。
冬樹に連絡を取ると、迫る雑魔を切り払いながらバイクを走らせる。
眼前に、廃墟と、雑魔の群が見えた。
体中に痣が出来たと溜息を吐きながら、リーゼロッテは屋根を下りる。榎本もカリアナも集まった。
「ここだけではないんですよね。皆さんは……」
「大丈夫だと思いたいわね。この辺りは済んだし……、きっと」
先へ向かった3人は無事だろうかと榎本とカリアナが首を傾げリーゼロッテはトランシーバーを取った。
冬樹に状況を伝える前に、急ぎ工業区へと呼ばれた。
「――大丈夫じゃ無かったわね。行くわよ」
「はい!」
「もうひと頑張りね」
3人が工業区の廃墟へと走り、弾丸を撃ち尽くしながら一帯の雑魔を落とした冬樹も足を引きずりながら合流した。
●
崩れ掛かった建物には黒い霧が掛かり、広い庭は蔦の絡んだ柵で囲まれている。
その廃墟の前に倒れる外待雨と、庇いながら集るカラスを追い払うクオン。
そして、庭の中。真っ直ぐに立った重層鎧の肩に腰掛けた華やかな和装の少女は、膝にユリアを抱えてその2人を見下ろして笑っていた。
4人が辿り着くと最後の1羽を斬り倒したクオンに、少女がぱちぱちと手を叩いた。
「あはは、すごいわね。……そんなカラスに本気になっちゃって」
少女が腕を伸ばすと、どこからともなく跳んできた雑魔がその手に止まる。それを柵の外へ放すと少女は嗤って黒い針を投じた。貫かれたカラスは黒い花弁になって舞い上がり、その一撃で消滅した。
「ひと……ではないですよね。 店長さんをどうするつもりなんですか?」
榎本が銃を握る手を震わせた。
「店長さんって、ユリア? ユリアは私のお友達なの。だから、そうね……私のマスターのオモチャになってもらうのよ!」
鎧の肩を下り、ユリアをその硬い腕に抱えさせると歪虚は柵の間際まで近付いてきた。
「お友達は私の言うことを聞いてくれるんでしょう?」
リーゼロッテが溜息を吐く。出発間際の依頼人の沈痛な表情を思い出した。
心配する人のいる、愛された幸せな子。
「そういう幸せな他人に、不幸になれって呪ったこともあるけど」
蟀谷に手を添え、黒い目を眇めて歪虚を睨んだ。
「でも私、他人に寄生して生きるような手合はもっと嫌いなのよね」
当たるように蹴った柵の隙間に銃口を押し込んで弾丸を放つ。
「……クソガキが、ふざけんじゃねぇ」
冬樹が唸るように呟き、マテリアルを込めた弾丸を放った。
他のハンター達もそれぞれに得物を取る。何れの弾丸も扇で弾き、糸の切れたそれを放り出した。
「――やっぱりハナのこと虐めるのね。いいわよ。ユリアはハナのことを虐めた人達をぜーったい、許さないんだから」
歪虚が喚く。
外待雨が柵越しに震える指を伸ばしながらユリアに声を掛けるも、届く前にその視界が暗転する。
柵を破ろうとクオンがバイクのスターターを蹴る。
その瞬間、行く手を遮るように複数体の鎧が廃墟に掛かる霧の中から現れた。
「マスターに呼ばれちゃった。バイバイ」
歪虚はユリアを抱えると廃墟へと歩いて行った。
●
オフィスから一時撤退の伝令が届く。
可能ならばと歪虚に関する情報収集への同行が依頼された。
拠点として一時退いたオフィスには、依頼人と彼と同じくユリアが店長を務める店に勤めていた少女が保護されていた。
不安そうな2人への説明をオフィスの職員に引き継ぎ、ハンター達はフマーレの街へ戻った。
これまでの目撃情報から、歪虚が頻繁にユリアに合っていたこと、目立つ格好だが、なかなか印象が薄いこと。
廃墟にこの所出入りしているらしく、街の警邏の組織を襲撃したのもあの歪虚だということ。
新しい情報として、ユリアは何等かの行動を強要されている、その類いの能力を持った歪虚だろうと言うことと、マスターと呼ぶ何ものかが傍にいることが記述された。
ハンターオフィスのホール、テーブルの上に地図が広げられている。
ピンを立てたその盤面に、幾つもの付箋が貼られていた。
赤い歪な円と線を巡らせたそこを指で辿り、雑魔の資料を広げると受付嬢は盤面から手を引いた。
細い道まで掻き込まれた地図の縮尺で距離を計るに、トランシーバーでの連絡は範囲の端から中心にも届かない。受付嬢は1つ頷くと、2つのピンを指してこの位が限界だという。
「――連携を取るなら、タイミングを見る必要があるわね。……で、カラスを先に、それでひとまず問題ないかしら?」
と、リーゼロッテ(ka1864)がハンター達を見回した。
依頼は2つ、カラスの雑魔を排除することと、雑魔発生下で行方不明の女性を見付けること。
「はい、まずは目の前の脅威に集中しないとですよね。――このカラスと店長さんの行方と、何か関係があるんでしょうか?」
榎本 かなえ(ka3567)が尋ねたが受付嬢は調査中だと首を横に振った。
「……カラスの方が先ね。街の人、困ってるもの」
依頼を見た直後は、見知った名前に声を上げて顔を覆ったカリアナ・ノート(ka3733)も冷静さを取り戻して告げる。深呼吸をゆっくりと、青い瞳で真っ直ぐに地図を見詰めた。
「今度は自分が行方不明とか……堪忍して欲しいわ。俺はここやな、遮蔽物の無いとこの方が撃つんにええ」
冬樹 文太(ka0124)もカリアナと同様知人の、――行方不明者を捜して欲しいという依頼に関わった彼女自身の、――行方不明の捜索依頼に溜息を吐く。
猟銃を担ぎ直して、残る2人に視線を向けた。
「……私は」
地図をじっと見詰めていた外待雨 時雨(ka0227)が静かに唇を開いた。
「……行方不明の方の、捜索へ赴きましょうか……」
白い指を地図に伸ばす。
雑魔が多く確認されている商業区の街中、大通り、その先で工業区に目撃された雑魔は路地や建物の影に潜むようになっている。この配置の理由は分からないが、人為的な物ならば、商業区の方へと引き付けてその間に人気の無い方へ、という目的故ではないだろうか。
指先がするりと地図を撫でた。
「……故……工業区から、捜索を始めさせて頂こうかと……」
「身の安全が第一ですから私としても余り無茶は出来ませんね。……支援を行います」
クオン・サガラ(ka0018)が外待雨に言う。外待雨が静かに頷いた。
出発の支度を調えると、捜索依頼を届けた初老の男がハンター達に、お気を付けてと深く頭を垂れた。
俯いた頭は、ハンター達がオフィスを出ても上がることは無く、握った手が小刻みに震えていた。
●
オフィスを出た道をハンター達は三方に分かれて走る。雑魔の影はすぐに見えてきた。
住人への指示は届いているらしく、街は静まりかえっているが、大きなカラスの形をした雑魔の羽は民家の軒へも迫っている。
屋根や塀に止まって虚ろな眼差しをハンター達に向けると、濁った音で1羽、鳴いた。鳴き声が波のように広がっていく。
街中へ向かう3人は、そのざわめきの中へ走り、工業区の路地へ至った2人はバイクを止め、傍らの物陰を注視し微かの音にも耳を澄ます。
「こっちでもカラス退治とか……害鳥被害っちゅうのはどこも変わらへんなあ」
広い道の真ん中、空を仰いだ冬樹が靴裏で地面の砂を払って踏みしめると、桃色の瞳で照門を覗いた。
榎本が銃を、カリアナが杖を、それぞれ得物を取って構える。
リーゼロッテは髪を掻き上げ、手を近くの塀に触れる。
マテリアルを巡らせた身体は、地面を蹴った脚で軽くその塀に立つ。もう1つ跳べばカラスを正面に見据える高さの屋根の上に上った。
「前は任せてもらえるかしら? そっちには近付かないように動くつもりよ」
屋根を渡って振り返ると、榎本も塀の上に屋根の上へマテリアルを噴射する勢いで上ってくる。
「はい!」
かたん、と屋根のテラコッタが着地の軽い音を立てた。
「ここからなら、しっかり狙えます」
銃床を肩に、脇を締めて顎を引いた。真っ直ぐ狙う先に羽ばたく雑魔に照準を合わせた。
2人を見上げ、カリアナも杖を握り締める。丈を超える大きな杖を掲げ、焦燥を沈めるように息を吐く。耳の裏に響く鼓動が煩い。唇を噛んで青の双眸が雑魔を睨んだ。
「あなた達なんかに、時間かけていられないわ!」
射程を推し量り、リーゼロッテを巻き込む前に火球を放つ。
眩い閃光を放って辺りの雑魔を巻き込んだ爆発は、その爆風で並木を揺らして消えていった。
羽を折ったり足を傷付けた雑魔がばたばたと落ちてくるが、その隙間を埋めるように数羽、大きく羽ばたきながら近付いてくる。
「――始めるわ」
カラスを模した黒い翼の中にも霞まない漆黒の瞳で獲物を見据えた。
グリップのギロチンを擽って、後方へ抜けそうな翼へ1撃、雑魔の虚ろな目を引き付けながら前へ、隻翼で散らす黒い羽は地面に落ちる前に霧散した。
正面から向かってくる雑魔の嘴を銃身にいなし、逆手の刃で喉を裂く。
透明な刃に絡み付いた黒い雫は、次へ向けるまでに風に流され消えていった。
手負いの1羽の声に、リーゼロッテを見付けた羽ばたきが迫る。
「っ……は、ぁ」
その翼に弾かれた身体は、テラコッタに背を打ち付けてその衝撃に息が止まる。
咳き込んだ口を拭って、獲物に刃を据えて半身を起こす。
離れた屋根からこちらを狙う銃口を目端に捕らえて口角を上げた。
対峙しながら射線を避けるように徐に下がり、屋根の端を蹴って塀の上に飛び移る。
追撃に羽ばたいた雑魔の身体を熱い弾丸が貫いて、暫時そこに留まった黒い淀みは次第に小さくなって消滅した。
雑魔の撃破を確認し、榎本は安堵の息を1つ吐いた。
「ふぅ……次ですね。次は、向こうに2匹ですか」
重たい銃を肩に支え、緑の瞳の片方を伏せる。
開いた目で照門を覗き、照星を獲物に定めて引鉄に指を掛ける。
「1匹も、逃がしません……!」
リーゼロッテに対峙していた1羽がその弾丸に弾き飛ばされると、別の1羽がこちらに向く。
空の弾倉を落とし、その翼が迫る前にリロードを終えると、狙いを定めて正面から撃ち込んだ。
貫かれた雑魔が藻掻くように羽ばたいて向かってくるが、榎本の銃が放つ次弾が早く届き、羽ばたき散らす羽を黒く淀む霧に変えた。
1発では倒せないが、と次に銃口を向ける。
足止めされている内に2発、榎本は顎を引いて照門越しに雑魔を睨んだ。
弾丸に翼を半分刈り取られた雑魔が喚く。そこに水の礫が叩き込まれた。
それは陽光に燦めいて、黒い淀みを流し去ると同時に収束し消え去っていく。
「ファイヤーボールを落とせるのは、さっきの所くらいね」
再度水の礫を放ちながら、カリアナが辺りを見回した。
炎の幻影に巻かれた家は何事も無く平気そうに見えたが、物陰に誰か人がいたら巻き込んでしまう。
周りが見える程には落ち付いている。放った水の礫は、榎本の弾丸を耐えた雑魔を消滅させた。
「翼を狙えないかしら……」
動きがもう少しでも鈍くなればと、杖の切っ先を向けながら。青い瞳が静かに雑魔を見据えた。
トランシーバーを耳に当てて揺らす。
ここからなら、リーゼロッテ、クオンの声共に聞こえるようだ。必要があれば仲介すると伝えて、手を銃に戻した。
「ほな、先ずは、そこの群れとるとこからやな」
静まりかえった道上に羽ばたく雑魔の数は片手程、誂え向きのように集まっているところへ、銃口を向けてリアサイトを覗いた。
マテリアルを巡らせて銃に込める。撃ち尽くす弾丸は爆ぜて一帯を雨のように覆った。
それを回避した数羽が羽ばたいて冬樹に迫ってくる。
弾丸の雨に打たれた残りは羽や足に傷を負い、その傷口から淀んだ靄を上らせている。
「全部倒しちゃるさかい、かかってきぃや」
リロードしながら誘うと、虚ろな目の雑魔が降下と上昇を繰り返しながら近付いてくる。
上方に残った数匹に銃口を向けて狙いを定めた。
散らした群が疎らに迫る。
全て相手取るには手数が足りず、近接を許した1羽が嘴を向けて飛び込んできた。
「あ――やめぇや、ほんまうざったいなぁ!」
振り払って距離を取り、至近の間合いで持ち替えた鉄色の拳銃を撃つ。
マテリアルの昂ぶりに比して、肌の血の気が失せていく。抑えようのないマテリアルに瞳を染め、強膜の色が反転した。
工業区に入るまで乗せていた外待雨がバイクを降りて、2人で周囲を確かめると先へ進む。
潜んでいるらしく音は聞こえず、姿も見えないが、その気配は濃く漂っている。
本当にこの先に、と細い路地を眺めると、背後の先、通りの方で雑魔の濁った断末魔が聞こえた。
振り返るとその空にはまだ黒い影が点々と、まるで誘う様に羽ばたいているように見えた。
「……行方不明……」
外待雨が暗く陰る道を歩きながら、拐かしと呟いた。
茫洋と青い瞳を伏せて首を静かに横に揺らした。思うことなど無い。僅かに胸の内で漣が囁いただけ。
「ここからは、強行突破ですね」
「……倒す時間も、……惜しいので」
支援するとクオンが頷く。
2人並ぶにも狭い道と人気の無い方へと進んでいく。普段は賑やかだろう工場は動きを止め、いつも上っている蒸気の煙も今日は絶えている。
細い道を抜けて、別の細い道へ、工場の影や路地の先も探しながら進んでいった。
ばさりと羽ばたく音を聞く手を広げるにも狭い道、獲物を見付けたと逸った雑魔が軒の上で羽ばたいている。
それを見上げれば空が目に入る。外待雨の白い頬に一滴零れ、涙のように伝い落ちる。
白無垢纏い、狐面の黒紋付きに寄り添う幻影が瞬きの間に浮かんで一切の名残もなく掻き消えた。
手に纏う宝石の飾り、祈り浮かべる白い杭を雑魔の身体に叩き付けるように放った。雷に打たれたように翼の先まで痙攣させたそれはその場に落ちて動かなくなる。
「……先へ……」
振り返らずに、外待雨は足を急かした。その姿が見えなくなった頃、倒れていた雑魔が虚ろな目を開け濁った音で何かを呼び集めるように鳴いた。
近接した雑魔に赤い銃身から弾丸を撃ち込んで動きを止める。
クオンがマテリアルを込めて放った弾丸に数発貫かれた雑魔が地面に落ちると、辺りに広がる影に溶ける様にその身体は崩れて消えた。
「一気に走り抜けた方が良さそうですね」
背後に迫る影は無いが、全てを倒した訳では無いから、と物陰を睨んで呟く。
数羽は通してしまっている。微かな不安を残しながら、次に留めるべき獲物へと剣を向けた。
そこに、外待雨からの連絡が入った。
――……おそらく、……ああ、……もう――
声が聞き取れない程の雑音、雑魔の濁った鳴き声が重なっていた。
冬樹に連絡を取ると、迫る雑魔を切り払いながらバイクを走らせる。
眼前に、廃墟と、雑魔の群が見えた。
体中に痣が出来たと溜息を吐きながら、リーゼロッテは屋根を下りる。榎本もカリアナも集まった。
「ここだけではないんですよね。皆さんは……」
「大丈夫だと思いたいわね。この辺りは済んだし……、きっと」
先へ向かった3人は無事だろうかと榎本とカリアナが首を傾げリーゼロッテはトランシーバーを取った。
冬樹に状況を伝える前に、急ぎ工業区へと呼ばれた。
「――大丈夫じゃ無かったわね。行くわよ」
「はい!」
「もうひと頑張りね」
3人が工業区の廃墟へと走り、弾丸を撃ち尽くしながら一帯の雑魔を落とした冬樹も足を引きずりながら合流した。
●
崩れ掛かった建物には黒い霧が掛かり、広い庭は蔦の絡んだ柵で囲まれている。
その廃墟の前に倒れる外待雨と、庇いながら集るカラスを追い払うクオン。
そして、庭の中。真っ直ぐに立った重層鎧の肩に腰掛けた華やかな和装の少女は、膝にユリアを抱えてその2人を見下ろして笑っていた。
4人が辿り着くと最後の1羽を斬り倒したクオンに、少女がぱちぱちと手を叩いた。
「あはは、すごいわね。……そんなカラスに本気になっちゃって」
少女が腕を伸ばすと、どこからともなく跳んできた雑魔がその手に止まる。それを柵の外へ放すと少女は嗤って黒い針を投じた。貫かれたカラスは黒い花弁になって舞い上がり、その一撃で消滅した。
「ひと……ではないですよね。 店長さんをどうするつもりなんですか?」
榎本が銃を握る手を震わせた。
「店長さんって、ユリア? ユリアは私のお友達なの。だから、そうね……私のマスターのオモチャになってもらうのよ!」
鎧の肩を下り、ユリアをその硬い腕に抱えさせると歪虚は柵の間際まで近付いてきた。
「お友達は私の言うことを聞いてくれるんでしょう?」
リーゼロッテが溜息を吐く。出発間際の依頼人の沈痛な表情を思い出した。
心配する人のいる、愛された幸せな子。
「そういう幸せな他人に、不幸になれって呪ったこともあるけど」
蟀谷に手を添え、黒い目を眇めて歪虚を睨んだ。
「でも私、他人に寄生して生きるような手合はもっと嫌いなのよね」
当たるように蹴った柵の隙間に銃口を押し込んで弾丸を放つ。
「……クソガキが、ふざけんじゃねぇ」
冬樹が唸るように呟き、マテリアルを込めた弾丸を放った。
他のハンター達もそれぞれに得物を取る。何れの弾丸も扇で弾き、糸の切れたそれを放り出した。
「――やっぱりハナのこと虐めるのね。いいわよ。ユリアはハナのことを虐めた人達をぜーったい、許さないんだから」
歪虚が喚く。
外待雨が柵越しに震える指を伸ばしながらユリアに声を掛けるも、届く前にその視界が暗転する。
柵を破ろうとクオンがバイクのスターターを蹴る。
その瞬間、行く手を遮るように複数体の鎧が廃墟に掛かる霧の中から現れた。
「マスターに呼ばれちゃった。バイバイ」
歪虚はユリアを抱えると廃墟へと歩いて行った。
●
オフィスから一時撤退の伝令が届く。
可能ならばと歪虚に関する情報収集への同行が依頼された。
拠点として一時退いたオフィスには、依頼人と彼と同じくユリアが店長を務める店に勤めていた少女が保護されていた。
不安そうな2人への説明をオフィスの職員に引き継ぎ、ハンター達はフマーレの街へ戻った。
これまでの目撃情報から、歪虚が頻繁にユリアに合っていたこと、目立つ格好だが、なかなか印象が薄いこと。
廃墟にこの所出入りしているらしく、街の警邏の組織を襲撃したのもあの歪虚だということ。
新しい情報として、ユリアは何等かの行動を強要されている、その類いの能力を持った歪虚だろうと言うことと、マスターと呼ぶ何ものかが傍にいることが記述された。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 7人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/08 01:04:51 |
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相談卓 リーゼロッテ(ka1864) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/03/08 01:13:34 |