ゲスト
(ka0000)
花を召しませ
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2016/03/14 19:00
- 完成日
- 2016/03/19 22:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
気づけば春は、目と鼻の先。
花屋の店先も賑やかになってきた。
ビオラ、サクラソウ、ラナンキュラス、チューリップ。早咲きのバラもちらほらと。
その色彩に心動かされたお客さんが、店に入ってきた。
「すいません、そこのチューリップで花束を作っていただけませんか?」
「はいはい、色はいかがしましょうか?」
出てきた店主ベムブルは、ドワーフ。まるまるとよく肥えている。
「そうですねえ、白と黄色とピンクと、適当に取り混ぜてください」
「分かりました。少々お待ちください。」
花束が包まれていく間に客は、店の片隅に変なものを見つける。
「わし」
眉間にしわを寄せたトイプードル……らしきもの。シルクハットとリボンとジャケットつき。
あれは何かと店主に尋ねてみれば、こういう答え。
「ああ、あれはジェオルジのオフィス支局で飼ってるコボルドですよ。オフィスが休みのときは、うちで預かってくれるよう頼まれてるんです。あれでも一応コボルドだから、目を離すわけにはいかないし、かといってその間、小屋にずっと閉じ込めておくわけにもいかないしってことで――こらっ、球根かじっちゃ駄目!」
●
コボルドコボちゃんは花になんかちっとも興味ない。
花屋にいるのが退屈でしょうがない。
それよりお向かいにある肉屋の店先の方が、はるかに気になる次第。
「わし~~」
こっそりそっちに行ってみようかとするが、目ざとくベムブルに見つけられ、尻尾を掴んで引き戻された。
「こらっ! お店を離れちゃ駄目!」
全くもって不本意だ。噛んでやろうか。しかし噛んだらハンターが来るかもしれない……と考え中止。
そこへ、ひょっこりジュアンがやってきた。
「ベムブルさん。コボちゃん迷惑おかけしてませんか?」
「いいえ。結構役に立ってますよ。客寄せとして」
「そうですか。よかった。いい子にしてるんだよ、コボちゃん」
ジュアンに頭を撫でられるが、コボちゃんさほどうれしくない。それよりエサをよこせって感じだ。
そこで店に、アレックスが入ってきた。
「よー、ジュアン」
「あ、アレックス。早いね。待ち合わせ時間まで後5分もあるよ」
「それを言うならお前の方が早いじゃねえか。常に10分前行動って感じだろ」
「そりゃあ、1分でも早くアレックスに会いたいから」
「……かわいいこと言うなあ、お前はー」
……こいつらは何故いつもオス同士でべたべたしているんだろう。
そんな疑問をコボちゃんに残したまま、待ち合わせていたカップルは、2人でどこぞへ去って行く。
その後店に来たのはマリー。
彼女は普段から見飽きているコボルドになど一瞥もくれず、ベムブルに言った。
「バラの花束作ってくれる? 色は赤。大輪で頼むわ」
続けて、カチャ・タホがやってきた。
「あ、こんにちはマリーさん」
「あら、こんにちはカチャさん。お仕事はお休み?」
「はい。まあ自由業ですから、はっきりした休みっていうものはないんですけど……あれ、花束買われるんですか?」
「ええそうよ」
「誰かのお誕生日ですか?」
無邪気な質問にマリーは、不自然な間を置いて答えた。
「……え、ええ、あたしの誕生日なのよ」
「……え? お誕生日の花束って、自分で買うものじゃなくて、人から貰うものじゃないんですか?」
マリーは問いに答えなかった。ギッとカチャを睨み、花束をわし掴み、足音荒く店から出て行く。
カチャは冷や汗を拭いつつ、コボちゃんに聞いた。
「……私、まずいこと聞いてしまいました?」
そんなこと言われてもおれ知らん。と耳の後ろを掻くコボちゃん。
そこにまた新しいお客さん。
「すいません……梅の枝、残ってますか……? 写生に使いたいんですけど……」
八橋杏子だ。
やけに厚着姿。マスクをかけている。声もガラガラ。
「杏子さん、風邪ですか?」
「……ええ……ちょっと依頼で……寒中水泳ぽいことしちゃって……」
リプレイ本文
早春の町角に、岩波レイナ(ka3178)とケイ・R・シュトルツェ(ka0242)。
「レイナ、今日は付き合ってくれてありがと。偶には気儘に散歩してみるのも良いモノね。リヒトもご機嫌みたいだし」
「い、いいえ! け、ケイ様に誘って頂けるなんて……あたしこそ……感謝しても仕切れないくらいですっ」
こんな幸運夢ではないだろうか。いやもうこの際夢だとしてもかまわない。そんな思いで一杯のレイナは、前方確認を怠り、あやうく前から来たマリーとぶつかりそうになった。
「あっ、ご、ごめんなさ――」
謝罪の言葉は途中で立ち消えた。ぶつかりそうになった相手の表情に圧倒されたのだ。
彼女にとって幸いなことにマリーは、そのまま通り過ぎていく。
何はなくともほっと胸を撫で下ろすレイナ。
そこでケイが、もの思わしげに言う。
「今の方、何か辛いことでもあったのかしらね。随分悲しそうな顔をしていたけれど……」
(え……怒り狂ってたように見えたんだけど……で、でもケイ様がそう言うならきっとそうなのよね。あれは悲しい顔だったんだわ)
気を取り直してみれば、行く手にパステルカラーのお花屋さん。
シルクハットを被ったトイプードルが、店先にいる。
「……と、あら? こんな所に花屋が在ったのね。そうだわ! 先日の薔薇のお礼に今度はあたしからレイナへ花を贈らせてくれない?」
「け、ケイ様からあたしに花なんて勿体無いっ!! お、お気持ちだけで十分。いえ、十二分やら何やらで~……!!!!」
ここは高級ブティック街。
「お手をどうぞ、レディ・ソアレ。このチチェローネめがお供申し上げます」
畏まって片膝をつく従兄アルバート・P・グリーヴ(ka1310)に、ソアレ・M・グリーヴ(ka2984)が、優雅に手を差し伸べる。
「まぁ、ご丁寧に……」
その姿勢のままお互い視線を合わせ、小さく吹き出す。
「なんて冗談はさておき、どこから巡りましょうか」
「ふふっ、そうですわね、まずは……このお店が見てみたいですわ。あの飾ってあるドレス、とっても素敵」
「ああ、確かにいいわあ。ラベンダーはこの春一押しのカラーよぉ」
「アルバートお兄様、いつもながら詳しいですわね」
「そりゃあモチロンよお。日々流行をチェックしてるもの」
胸を張りつつアルバートは、ちらっと通りの角に目をやる。そこには、ソアレの執事ルア・アスキス(ka2985)の姿。
いつもの執事服ではない上に、伊達眼鏡をかけているが、正体はバレバレ。
アイコンタクトをとると、サムズアップで応じてくる。
(休日返上でご苦労様ねぇ)
思いつつアルバートは、ソアレを店内へといざなう。
ルアもまた、時間差を置いて店内へ入った。
「休日のソアレ様もとても可愛い……さすが俺のお嬢様……」
ソアレ当人だけが、全く彼の存在に気づいていない。これぞ、お嬢様育ちと言うべきか。
「あったかくて、気持ちイイネ~」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はのんびり公園をそぞろ歩き。
花壇にパンジー花盛り、頭上にミモザも花盛り。
「ソウ言えばそろそろ春の先触れが並ぶ頃ダシ、お家に飾るお花でも見に行こうカナ。パッティーはお花に興味は無いだろうケレド、視界の中に彩りがアルと、……オ?」
アルヴィンが急に走りだした。
その先にいるのは、カモメを頭に乗せたジャック(ka6170)である。
「こんにチワ! 君の頭の上のモノ、触らせてくれないカナ?」
「ああ、構いませんよ。ルミノー、大人しくしておいで」
前以て注意を受けたカモメは、アルヴィンに対し何もしなかった。しかしその分の不満をジャックにぶつけた。頭をつつき、髪の毛を引っ張る。
「いた、いたた。こら、止めなさい止めなさい」
そこへ沢城 葵(ka3114)が小走りに駆けてきた。
「そこにいるの、オールドリッチじゃない? こんな所で奇遇ねぇ」
「ヤー、アオちゃん。奇遇ダネー」
その時周囲の鳩が、一斉に飛び立った。
「オヤ?」
見れば女エルフが薔薇の花束をぶん回し、追い散らしている。
鬼かと見まがう形相。 だがアルヴィンは恐れげなく近づき、挨拶。
「ヤアお嬢サン、悲しいコトでもあったのカイ? 例えば彼氏に振られるトカ?」
この場面でそんな行動がとれる彼について、ジャックは純粋にすごいと思った。
エルフの女は動きを止め地に膝をつく。呻きにも似た呟きが漏れ聞こえてきた。
「……振られるも何も……肝腎要の彼氏がいない……ッ……」
女は地面に拳を叩きつける。執拗に何度も。
小声で囁きあうアルヴィンと葵。
「色々こじらせてるみたいダネ」
「そうねー。この季節には増えるのよ、こういうのが」
ジャックは、何かの足しになればとの思いから、マリーに近づき営業スマイル。
「私は奇術師に御座います、笑顔が花と同じくらい大好きな」
どこからともなくステッキを取り出し、クルクルクルと3回転。紙吹雪と万国旗、白い鳩が飛び出した。
残念ながら、マリーは全然笑ってくれなかった。
●
店内を埋め尽くす花、花、更に花。
レイナの目に留まったのは深紅の薔薇。
「……うん。やっぱり薔薇が良いわ」
ケイの目に留まったのは青い薔薇。
(確か……青い薔薇の花言葉は「奇跡」)
店主ベムブルが、愛想よく声をかけに来た。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり見て行ってくださいね」
レイナはふと、先程行き会ったエルフのことを思い出した。
「……そう言えば、店主さん。さっきこちらに、赤い薔薇の花束を購入しに来られたお客様がいませんでした? ……何だか……寂しいような、哀しいような……そんなお顔だったけれど」
「赤い薔薇……ああ、その方はちょっと……色々……」
店主が言葉を濁すところへ、カチャが寄ってきた。
「あー、その人はですね、マリーさんと言いまして――」
彼女は話した。ケイとレイナに全て、何もかもを。マリーが知られたいと望んでいないところまで。
「――というわけなんですよ」
「……なるほど、それであんなに荒れてたわけ」
「……お気の毒ねえ」
●
花屋の前を通りがかったアルバートは、足を止めた。
強く香ってくる。馥郁たる春の息吹が。
「ついでだから、ちょっと見て行く?」
「ええ、もちろん」
「では、お手を」
ソアレを店内にエスコートしたアルバートは、中に入るなり「あら!」と声を上げた。
「やだ! もしかしてそこにいるのは歌姫のケイさん? それに、画家の杏子嬢?」
その手の言葉を聞き馴れているケイは、特に動揺しない。軽く受ける。
「あら、あたしに御用かしら?」
一方、聞き馴れていない杏子は動転した。
「あ、あたしの名前知ってるんですか!」
「もちろんよぉ。芸術愛好家として当然ね」
「ありがとうございますっ! サインいただけますかっ!」
「それ、普通逆よね?」
賑やかになってきた場に、またもお客がやってくる――ジャック、葵、アルヴィンだ。
「良い花はございますか? 店を開くので、だから中に置く綺麗な花がほしくって……」
「あらっ! この世界にもちゃんと、水仙とかサクラソウとか、カスミソウとかあるのね! 安心したわ~」
「僕は後でポプリやドライフラワーに出来るヨウに、香りのいいものが欲しいナ……あれー、アルバート氏にソアレ嬢じゃなイ。これはこれハ、奇遇だネー。 弟サンは、元気?」
貴族仲間へ優雅にお辞儀をしたアルヴィンは、近くにコボちゃんがいるのに気づき、興味を抱く。
「店長サン、これ何これナニ? 新種の犬?」
「いいえ、それ、コボルドなんですよ」
「えっホント!? コボルドって、トイタイプもいるンダ。知らなかっタナー」
言いながら彼は、コボちゃんの頭を撫でる。ソアレも撫でてみた。ふかふかである。
「大人しいですわね」
撫でられるだけで実入りがないことに、コボちゃん、大変不満。ぷいと店の外へ出て行く。
アルバートは、ソアレに贈る薔薇を品定め。白、赤、黄色、青、紫、桃色とよりどりみどりなラインナップから、橙色を選ぶ。
(うん、さっきの香水と併せて、ソアレのイメージにぴったりね)
その時外に出て行ったコボちゃんが、急に吠え始めた。
「わしわしわし!」
何事かと皆が顔を出してみれば、店先に座り込み、花束をむしるマリーの姿。
「今年こそ彼氏が出来る・出来ない・出来る・出来ない……」
アルヴィンが、今思い出したように言う。
「ああソウダ、なんか公園デ寂しそうにしてたから、一緒に連れてきたんダ、この人」
そこにルアがタイミングよくやってきた。
店に入るなり彼は、ソアレに向け片手を挙げる。
「たまたま、偶然、お2人に会うとは……奇遇ですね」
「あら、ルア。本当に奇遇ね」
ソアレは本気で驚いているが、アルバートはもちろんそうではない。ずっと彼がついてきていた旨、先刻承知。
その上でこう言う。
「全く奇遇ねアスキス」
兎にも角にもケイは、マリーのしょっぱい様に心を痛めた。
「レイナ。あの方にあたし達からお誕生日をお祝いしない? そうね……折角だし花で。白いストックとかどうかしら。花言葉も悪くないわ」
「ケイ様が仰るなら、通りすがりの方の誕生日だって、お祝いします!! 多分、ケイ様がお選びになった花なら、良いと思いますっ!」
会話を聞いたソアレとアルバートは、自分たちも乗ることにした。
「私たちもお祝いしてあげましょうか。何の花がいいかしらね」
「そうですわね、お誕生日なんですから、やはり誕生花がいいと思いますわ、アルバートお兄様」
こうなるとアルヴィンも、何かしたくてしょうがない。店頭にあったルピナスを、一抱え持ってくる。
「コレなんかいいんじゃナイ?」
葵が顔をしかめる。
「ちょっと、これの花言葉『貪欲』よ?」
「オー、ポジティブな花言葉。励ましにピッタリ」
「止めなさい傷口に塩だから。それより桃と桜の花鉢探すの手伝って。店長さーん店長さーん、ブーケかアレンジメントでちょっとお願いできる? 春をイメージしてピンクベースでー、予算は2000~4000くらいでー」
「はいはーい」
今日は店長大忙し。
●
いじけていたマリーは、ポンと背を叩かれた。
振り向いた先には、レイナとケイ。白いストックの花束を渡してくる。
「そ、その、誕生日らしいじゃない? お、おめでとっ! 初対面のあたしが言うのも変だけど、こうして出会えたんだから、生まれてきてくれて、あ、ありがとっ!」
「花言葉は、『見つめる未来よ』」
続いてソアレとアルバートが、菜の花の花束を渡してきた。
「お誕生日、おめでとう」
「ちなみに花言葉は『快活』ね」
予期せぬことにマリーはぽかんとし、次いで感涙した。
「あ、ありがとう……こんなに祝われたのは、森から出てきて以来よー!!」
アルバートは、そうだわ、と手を合わせる。
「花をただ渡して終わり、では味気無いわね。お見掛けする方々はハンターが多いようだし、これも春の香りが繋ぐご縁。皆でお茶会などいかがか?」
「あら、名案ですの……せっかくのご縁ですもの。共に穏やかな春の一時を過ごせたら、こんなに素敵な事はありませんわ。皆さまも、宜しければご一緒に如何ですこと……?」
ケイはレイナも引っくるめて、参加を表明する。
「あら、貴方達はお茶会? ふふ……このお天気だもの。素敵ね。あたし達も混ぜて貰って良いかしら?」
ジャックも控えめながら、参加表明。
「私のような者も出ていいのですかねぇ……」
ソアレが頷いた。金の髪を揺らせて。
「もちろんですわ、歓迎致しますことよ」
オールドリッチと葵は、顔を見合わせる。
「うーん、僕たちこの後雑貨屋さんで、春小物見て回ろうかと思ってるんだヨネ」
「後から途中参加ってことでいいかしら? まぁこんなキャラでもいいなら、だけどぉ」
アルバートはもちろん、と頷く。
「いつでも、誰でも、歓迎よぉ。で、お嬢さんたちは?」
マリー、カチャ、杏子に否やはない。
これで話は決まった。
「というわけでアスキス、手伝ってくれる?」
「はいはい、そうくると思ってましたよ」
「お休み中なのにごめんなさいな……?」
すまながるソアレにルアは、蕾んだ一輪の薔薇を差し出した。
色は、恥じらうような淡い紅。
「たまにはこういうのも悪くないよね。一輪で良いかな、今はまだ。今日も可愛いよソアレ」
ソアレはふわりと微笑み、彼に、赤いスカーフを差し出した。
「先ほどお兄様のネクタイピンを買うとき、一緒に購入致しましたの。似合うと思いましてよ?」
●
お茶会は、アルバートの私邸で行うことになった。
花盛りのライラックに囲まれた東屋。
テーブルに真っ白いクロスをひいて、ケーキスタンドを立てる。
目を楽しませるため、マリーが貰った花束も飾られた。
飲み物はハーブティー、ヒカヤ紅茶、緑茶。お茶受けは花駕籠パイにザッハトルテ、クッキー、ナッツ、季節のタルトなど。
準備が一段落したところで、ケイはレイナへ青薔薇の花束を渡す。
「ねぇ、レイナ……居てくれて……有難う。出来るなら……今までも。これからも」
本数は5本。意は「心から嬉しく思う」。
レイナは顔を真っ赤にして受け取り、自らもまた薔薇を、真紅の一輪を贈る。
ジャックは席に着き、のんびりと、紫色の花房を見上げる。
「春の花、綺麗ですね」
ルアはふと、アルバートの胸ポケットに、新しいハンカチーフ――真っ白い地に、青薔薇が刺繍された物――が入っているのに気づく。
「新しく買われたんですか?」
「ええ、まあね」
少々の優越感を覚えつつ、ソアレからの贈り物であることを伏せるアルバート。
チンチンと硬い音が聞こえてきた。呼んでないのについてきたコボちゃんが、カップをフォークで叩いている。
「静かに。お行儀が悪いわよ。あっ、勝手に先に食べたら駄目っ! 待てしろって言ったでしょう!」
「わしししわしししし!」
マリーからパイを取り上げられ吠えるコボルド。
ソアレの傍らには、彼女が買った白薔薇の小さなブーケと、アルバートが買った一輪の白薔薇。どちらも、同じ人物へ贈られることになっているもの。
(二つ同時に受け取ったら、どんな顔をするかしら……)
それを思うとソアレは、今から楽しみである。
アルバートが皆に呼びかけた。
「じゃ、始めちゃいましょうか。ミスターたちは、そのうちに来るでしょうから」
そこでレイナが待ったをかけた。
「あ、ちょっと待って。その、皆に用意してたものがあるのよ」
彼女が出してきたのはベルフラワーの花束。まだ来ていない人の分も含めて、人数分。
「……小さすぎて、質素かも知れないけれど、気持ち……だから、良いわよ、ね? 楽しい時間を、その、アリガトっ!!」
ケイは彼女の行動に目を細め、歌い始める。
歌が終わらないうちに、アルヴィンたちが到着した。
「オーイ」
「あらよかった、始まったばかりみたいね」
買い物袋を手に下げて。
「レイナ、今日は付き合ってくれてありがと。偶には気儘に散歩してみるのも良いモノね。リヒトもご機嫌みたいだし」
「い、いいえ! け、ケイ様に誘って頂けるなんて……あたしこそ……感謝しても仕切れないくらいですっ」
こんな幸運夢ではないだろうか。いやもうこの際夢だとしてもかまわない。そんな思いで一杯のレイナは、前方確認を怠り、あやうく前から来たマリーとぶつかりそうになった。
「あっ、ご、ごめんなさ――」
謝罪の言葉は途中で立ち消えた。ぶつかりそうになった相手の表情に圧倒されたのだ。
彼女にとって幸いなことにマリーは、そのまま通り過ぎていく。
何はなくともほっと胸を撫で下ろすレイナ。
そこでケイが、もの思わしげに言う。
「今の方、何か辛いことでもあったのかしらね。随分悲しそうな顔をしていたけれど……」
(え……怒り狂ってたように見えたんだけど……で、でもケイ様がそう言うならきっとそうなのよね。あれは悲しい顔だったんだわ)
気を取り直してみれば、行く手にパステルカラーのお花屋さん。
シルクハットを被ったトイプードルが、店先にいる。
「……と、あら? こんな所に花屋が在ったのね。そうだわ! 先日の薔薇のお礼に今度はあたしからレイナへ花を贈らせてくれない?」
「け、ケイ様からあたしに花なんて勿体無いっ!! お、お気持ちだけで十分。いえ、十二分やら何やらで~……!!!!」
ここは高級ブティック街。
「お手をどうぞ、レディ・ソアレ。このチチェローネめがお供申し上げます」
畏まって片膝をつく従兄アルバート・P・グリーヴ(ka1310)に、ソアレ・M・グリーヴ(ka2984)が、優雅に手を差し伸べる。
「まぁ、ご丁寧に……」
その姿勢のままお互い視線を合わせ、小さく吹き出す。
「なんて冗談はさておき、どこから巡りましょうか」
「ふふっ、そうですわね、まずは……このお店が見てみたいですわ。あの飾ってあるドレス、とっても素敵」
「ああ、確かにいいわあ。ラベンダーはこの春一押しのカラーよぉ」
「アルバートお兄様、いつもながら詳しいですわね」
「そりゃあモチロンよお。日々流行をチェックしてるもの」
胸を張りつつアルバートは、ちらっと通りの角に目をやる。そこには、ソアレの執事ルア・アスキス(ka2985)の姿。
いつもの執事服ではない上に、伊達眼鏡をかけているが、正体はバレバレ。
アイコンタクトをとると、サムズアップで応じてくる。
(休日返上でご苦労様ねぇ)
思いつつアルバートは、ソアレを店内へといざなう。
ルアもまた、時間差を置いて店内へ入った。
「休日のソアレ様もとても可愛い……さすが俺のお嬢様……」
ソアレ当人だけが、全く彼の存在に気づいていない。これぞ、お嬢様育ちと言うべきか。
「あったかくて、気持ちイイネ~」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はのんびり公園をそぞろ歩き。
花壇にパンジー花盛り、頭上にミモザも花盛り。
「ソウ言えばそろそろ春の先触れが並ぶ頃ダシ、お家に飾るお花でも見に行こうカナ。パッティーはお花に興味は無いだろうケレド、視界の中に彩りがアルと、……オ?」
アルヴィンが急に走りだした。
その先にいるのは、カモメを頭に乗せたジャック(ka6170)である。
「こんにチワ! 君の頭の上のモノ、触らせてくれないカナ?」
「ああ、構いませんよ。ルミノー、大人しくしておいで」
前以て注意を受けたカモメは、アルヴィンに対し何もしなかった。しかしその分の不満をジャックにぶつけた。頭をつつき、髪の毛を引っ張る。
「いた、いたた。こら、止めなさい止めなさい」
そこへ沢城 葵(ka3114)が小走りに駆けてきた。
「そこにいるの、オールドリッチじゃない? こんな所で奇遇ねぇ」
「ヤー、アオちゃん。奇遇ダネー」
その時周囲の鳩が、一斉に飛び立った。
「オヤ?」
見れば女エルフが薔薇の花束をぶん回し、追い散らしている。
鬼かと見まがう形相。 だがアルヴィンは恐れげなく近づき、挨拶。
「ヤアお嬢サン、悲しいコトでもあったのカイ? 例えば彼氏に振られるトカ?」
この場面でそんな行動がとれる彼について、ジャックは純粋にすごいと思った。
エルフの女は動きを止め地に膝をつく。呻きにも似た呟きが漏れ聞こえてきた。
「……振られるも何も……肝腎要の彼氏がいない……ッ……」
女は地面に拳を叩きつける。執拗に何度も。
小声で囁きあうアルヴィンと葵。
「色々こじらせてるみたいダネ」
「そうねー。この季節には増えるのよ、こういうのが」
ジャックは、何かの足しになればとの思いから、マリーに近づき営業スマイル。
「私は奇術師に御座います、笑顔が花と同じくらい大好きな」
どこからともなくステッキを取り出し、クルクルクルと3回転。紙吹雪と万国旗、白い鳩が飛び出した。
残念ながら、マリーは全然笑ってくれなかった。
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店内を埋め尽くす花、花、更に花。
レイナの目に留まったのは深紅の薔薇。
「……うん。やっぱり薔薇が良いわ」
ケイの目に留まったのは青い薔薇。
(確か……青い薔薇の花言葉は「奇跡」)
店主ベムブルが、愛想よく声をかけに来た。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり見て行ってくださいね」
レイナはふと、先程行き会ったエルフのことを思い出した。
「……そう言えば、店主さん。さっきこちらに、赤い薔薇の花束を購入しに来られたお客様がいませんでした? ……何だか……寂しいような、哀しいような……そんなお顔だったけれど」
「赤い薔薇……ああ、その方はちょっと……色々……」
店主が言葉を濁すところへ、カチャが寄ってきた。
「あー、その人はですね、マリーさんと言いまして――」
彼女は話した。ケイとレイナに全て、何もかもを。マリーが知られたいと望んでいないところまで。
「――というわけなんですよ」
「……なるほど、それであんなに荒れてたわけ」
「……お気の毒ねえ」
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花屋の前を通りがかったアルバートは、足を止めた。
強く香ってくる。馥郁たる春の息吹が。
「ついでだから、ちょっと見て行く?」
「ええ、もちろん」
「では、お手を」
ソアレを店内にエスコートしたアルバートは、中に入るなり「あら!」と声を上げた。
「やだ! もしかしてそこにいるのは歌姫のケイさん? それに、画家の杏子嬢?」
その手の言葉を聞き馴れているケイは、特に動揺しない。軽く受ける。
「あら、あたしに御用かしら?」
一方、聞き馴れていない杏子は動転した。
「あ、あたしの名前知ってるんですか!」
「もちろんよぉ。芸術愛好家として当然ね」
「ありがとうございますっ! サインいただけますかっ!」
「それ、普通逆よね?」
賑やかになってきた場に、またもお客がやってくる――ジャック、葵、アルヴィンだ。
「良い花はございますか? 店を開くので、だから中に置く綺麗な花がほしくって……」
「あらっ! この世界にもちゃんと、水仙とかサクラソウとか、カスミソウとかあるのね! 安心したわ~」
「僕は後でポプリやドライフラワーに出来るヨウに、香りのいいものが欲しいナ……あれー、アルバート氏にソアレ嬢じゃなイ。これはこれハ、奇遇だネー。 弟サンは、元気?」
貴族仲間へ優雅にお辞儀をしたアルヴィンは、近くにコボちゃんがいるのに気づき、興味を抱く。
「店長サン、これ何これナニ? 新種の犬?」
「いいえ、それ、コボルドなんですよ」
「えっホント!? コボルドって、トイタイプもいるンダ。知らなかっタナー」
言いながら彼は、コボちゃんの頭を撫でる。ソアレも撫でてみた。ふかふかである。
「大人しいですわね」
撫でられるだけで実入りがないことに、コボちゃん、大変不満。ぷいと店の外へ出て行く。
アルバートは、ソアレに贈る薔薇を品定め。白、赤、黄色、青、紫、桃色とよりどりみどりなラインナップから、橙色を選ぶ。
(うん、さっきの香水と併せて、ソアレのイメージにぴったりね)
その時外に出て行ったコボちゃんが、急に吠え始めた。
「わしわしわし!」
何事かと皆が顔を出してみれば、店先に座り込み、花束をむしるマリーの姿。
「今年こそ彼氏が出来る・出来ない・出来る・出来ない……」
アルヴィンが、今思い出したように言う。
「ああソウダ、なんか公園デ寂しそうにしてたから、一緒に連れてきたんダ、この人」
そこにルアがタイミングよくやってきた。
店に入るなり彼は、ソアレに向け片手を挙げる。
「たまたま、偶然、お2人に会うとは……奇遇ですね」
「あら、ルア。本当に奇遇ね」
ソアレは本気で驚いているが、アルバートはもちろんそうではない。ずっと彼がついてきていた旨、先刻承知。
その上でこう言う。
「全く奇遇ねアスキス」
兎にも角にもケイは、マリーのしょっぱい様に心を痛めた。
「レイナ。あの方にあたし達からお誕生日をお祝いしない? そうね……折角だし花で。白いストックとかどうかしら。花言葉も悪くないわ」
「ケイ様が仰るなら、通りすがりの方の誕生日だって、お祝いします!! 多分、ケイ様がお選びになった花なら、良いと思いますっ!」
会話を聞いたソアレとアルバートは、自分たちも乗ることにした。
「私たちもお祝いしてあげましょうか。何の花がいいかしらね」
「そうですわね、お誕生日なんですから、やはり誕生花がいいと思いますわ、アルバートお兄様」
こうなるとアルヴィンも、何かしたくてしょうがない。店頭にあったルピナスを、一抱え持ってくる。
「コレなんかいいんじゃナイ?」
葵が顔をしかめる。
「ちょっと、これの花言葉『貪欲』よ?」
「オー、ポジティブな花言葉。励ましにピッタリ」
「止めなさい傷口に塩だから。それより桃と桜の花鉢探すの手伝って。店長さーん店長さーん、ブーケかアレンジメントでちょっとお願いできる? 春をイメージしてピンクベースでー、予算は2000~4000くらいでー」
「はいはーい」
今日は店長大忙し。
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いじけていたマリーは、ポンと背を叩かれた。
振り向いた先には、レイナとケイ。白いストックの花束を渡してくる。
「そ、その、誕生日らしいじゃない? お、おめでとっ! 初対面のあたしが言うのも変だけど、こうして出会えたんだから、生まれてきてくれて、あ、ありがとっ!」
「花言葉は、『見つめる未来よ』」
続いてソアレとアルバートが、菜の花の花束を渡してきた。
「お誕生日、おめでとう」
「ちなみに花言葉は『快活』ね」
予期せぬことにマリーはぽかんとし、次いで感涙した。
「あ、ありがとう……こんなに祝われたのは、森から出てきて以来よー!!」
アルバートは、そうだわ、と手を合わせる。
「花をただ渡して終わり、では味気無いわね。お見掛けする方々はハンターが多いようだし、これも春の香りが繋ぐご縁。皆でお茶会などいかがか?」
「あら、名案ですの……せっかくのご縁ですもの。共に穏やかな春の一時を過ごせたら、こんなに素敵な事はありませんわ。皆さまも、宜しければご一緒に如何ですこと……?」
ケイはレイナも引っくるめて、参加を表明する。
「あら、貴方達はお茶会? ふふ……このお天気だもの。素敵ね。あたし達も混ぜて貰って良いかしら?」
ジャックも控えめながら、参加表明。
「私のような者も出ていいのですかねぇ……」
ソアレが頷いた。金の髪を揺らせて。
「もちろんですわ、歓迎致しますことよ」
オールドリッチと葵は、顔を見合わせる。
「うーん、僕たちこの後雑貨屋さんで、春小物見て回ろうかと思ってるんだヨネ」
「後から途中参加ってことでいいかしら? まぁこんなキャラでもいいなら、だけどぉ」
アルバートはもちろん、と頷く。
「いつでも、誰でも、歓迎よぉ。で、お嬢さんたちは?」
マリー、カチャ、杏子に否やはない。
これで話は決まった。
「というわけでアスキス、手伝ってくれる?」
「はいはい、そうくると思ってましたよ」
「お休み中なのにごめんなさいな……?」
すまながるソアレにルアは、蕾んだ一輪の薔薇を差し出した。
色は、恥じらうような淡い紅。
「たまにはこういうのも悪くないよね。一輪で良いかな、今はまだ。今日も可愛いよソアレ」
ソアレはふわりと微笑み、彼に、赤いスカーフを差し出した。
「先ほどお兄様のネクタイピンを買うとき、一緒に購入致しましたの。似合うと思いましてよ?」
●
お茶会は、アルバートの私邸で行うことになった。
花盛りのライラックに囲まれた東屋。
テーブルに真っ白いクロスをひいて、ケーキスタンドを立てる。
目を楽しませるため、マリーが貰った花束も飾られた。
飲み物はハーブティー、ヒカヤ紅茶、緑茶。お茶受けは花駕籠パイにザッハトルテ、クッキー、ナッツ、季節のタルトなど。
準備が一段落したところで、ケイはレイナへ青薔薇の花束を渡す。
「ねぇ、レイナ……居てくれて……有難う。出来るなら……今までも。これからも」
本数は5本。意は「心から嬉しく思う」。
レイナは顔を真っ赤にして受け取り、自らもまた薔薇を、真紅の一輪を贈る。
ジャックは席に着き、のんびりと、紫色の花房を見上げる。
「春の花、綺麗ですね」
ルアはふと、アルバートの胸ポケットに、新しいハンカチーフ――真っ白い地に、青薔薇が刺繍された物――が入っているのに気づく。
「新しく買われたんですか?」
「ええ、まあね」
少々の優越感を覚えつつ、ソアレからの贈り物であることを伏せるアルバート。
チンチンと硬い音が聞こえてきた。呼んでないのについてきたコボちゃんが、カップをフォークで叩いている。
「静かに。お行儀が悪いわよ。あっ、勝手に先に食べたら駄目っ! 待てしろって言ったでしょう!」
「わしししわしししし!」
マリーからパイを取り上げられ吠えるコボルド。
ソアレの傍らには、彼女が買った白薔薇の小さなブーケと、アルバートが買った一輪の白薔薇。どちらも、同じ人物へ贈られることになっているもの。
(二つ同時に受け取ったら、どんな顔をするかしら……)
それを思うとソアレは、今から楽しみである。
アルバートが皆に呼びかけた。
「じゃ、始めちゃいましょうか。ミスターたちは、そのうちに来るでしょうから」
そこでレイナが待ったをかけた。
「あ、ちょっと待って。その、皆に用意してたものがあるのよ」
彼女が出してきたのはベルフラワーの花束。まだ来ていない人の分も含めて、人数分。
「……小さすぎて、質素かも知れないけれど、気持ち……だから、良いわよ、ね? 楽しい時間を、その、アリガトっ!!」
ケイは彼女の行動に目を細め、歌い始める。
歌が終わらないうちに、アルヴィンたちが到着した。
「オーイ」
「あらよかった、始まったばかりみたいね」
買い物袋を手に下げて。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/11 19:51:10 |
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花屋の軒先で。 アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) エルフ|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/03/14 16:27:24 |