ゲスト
(ka0000)
蠍と蜥蜴
マスター:雪村彩人

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/10 22:00
- 完成日
- 2016/03/16 00:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
積まれた石は慰霊碑であった。狩りをした猟師がつくったものだ。奪った命に対するせめてもの償いであった。
「ちっ」
舌打ちすると、少年は慰霊碑を蹴り崩した。その手には弓がつかまれている。
他に二人の少年がいた。ともに弓を手にしている。彼らの趣味は狩りであった。
それは、しかし、生きるためのものではない。ただ、殺す。それが楽しかった。殺した獲物の数を彼らは競い合っていたのだ。
「今日は俺の負けかよ。ちくしょう」
「晩飯はお前の奢りだぞ」
ニヤリとすると、別の少年は足元の兎を踏んだ。ぐしゃりとした気持ちの悪い感触に顔をしかめ、少年は兎の骸を蹴り飛ばした。
ギイィィィ。
音が、した。掠れたそれは地の底から響いてくるかのよう。
驚いて振り向いた少年たちは、そこにひとつの影を見出した。
人間ではない。それは異様なモノであった。
二足で立つ蜥蜴といえばよいか。爬虫のものらしい顔と顎をもっている。が、全身を覆っているのは赤黒い甲羅であった。尾は蠍のそれであり、手も鋏と化している。歪虚であった。
「ひっ」
悲鳴をあげ、少年たちは矢を放った。が、硬質の音を響かせ、矢ははじかれている。ソレの甲羅は鋼鉄並の硬度を備えているのであった。
疾風の速さでソレが動いた。ソレの両の腕が閃いた後、二つの首が飛んでいる。目にもとまらぬ速さでソレの鋏が刎ねたのであった。さらに――。
「ああっ」
残る一人の少年の口から赤黒い血が噴出した。その腹を蠍の尾が貫いている。尾は麻痺性の毒を少年の身に送り込んでいた。
その時、ソレの目がぎらりと光った。冷たい憤怒の光である。
「ぐおぉぉぉぉ」
吼えると、ソレは黒く変色した少年の身体を地に叩きつけた。怒りに任せて少年の身を踏みにじる。ソレの怒りがおさまったのは、かつては少年たちであった肉片が辺りに散らばった後のことであった。
●
リゼリオのハンターズソサエティを訪れた少女は兄を探してほしいといった。
「馬鹿な兄さん。近くの森でかわいそうな動物を狩ってばかりいました。いつか獣に襲われるんじゃないかと心配していたのですけれど」
少女は声を途切れさせた。兄が帰って来なくなり、もう二日経っている。心配でならなかった。兄は少女にとってたった一人の肉親であった。
「もし獣に襲われても自業自得であることはわかっています。でも、お願いです。兄を助けてください」
少女は訴えた。
積まれた石は慰霊碑であった。狩りをした猟師がつくったものだ。奪った命に対するせめてもの償いであった。
「ちっ」
舌打ちすると、少年は慰霊碑を蹴り崩した。その手には弓がつかまれている。
他に二人の少年がいた。ともに弓を手にしている。彼らの趣味は狩りであった。
それは、しかし、生きるためのものではない。ただ、殺す。それが楽しかった。殺した獲物の数を彼らは競い合っていたのだ。
「今日は俺の負けかよ。ちくしょう」
「晩飯はお前の奢りだぞ」
ニヤリとすると、別の少年は足元の兎を踏んだ。ぐしゃりとした気持ちの悪い感触に顔をしかめ、少年は兎の骸を蹴り飛ばした。
ギイィィィ。
音が、した。掠れたそれは地の底から響いてくるかのよう。
驚いて振り向いた少年たちは、そこにひとつの影を見出した。
人間ではない。それは異様なモノであった。
二足で立つ蜥蜴といえばよいか。爬虫のものらしい顔と顎をもっている。が、全身を覆っているのは赤黒い甲羅であった。尾は蠍のそれであり、手も鋏と化している。歪虚であった。
「ひっ」
悲鳴をあげ、少年たちは矢を放った。が、硬質の音を響かせ、矢ははじかれている。ソレの甲羅は鋼鉄並の硬度を備えているのであった。
疾風の速さでソレが動いた。ソレの両の腕が閃いた後、二つの首が飛んでいる。目にもとまらぬ速さでソレの鋏が刎ねたのであった。さらに――。
「ああっ」
残る一人の少年の口から赤黒い血が噴出した。その腹を蠍の尾が貫いている。尾は麻痺性の毒を少年の身に送り込んでいた。
その時、ソレの目がぎらりと光った。冷たい憤怒の光である。
「ぐおぉぉぉぉ」
吼えると、ソレは黒く変色した少年の身体を地に叩きつけた。怒りに任せて少年の身を踏みにじる。ソレの怒りがおさまったのは、かつては少年たちであった肉片が辺りに散らばった後のことであった。
●
リゼリオのハンターズソサエティを訪れた少女は兄を探してほしいといった。
「馬鹿な兄さん。近くの森でかわいそうな動物を狩ってばかりいました。いつか獣に襲われるんじゃないかと心配していたのですけれど」
少女は声を途切れさせた。兄が帰って来なくなり、もう二日経っている。心配でならなかった。兄は少女にとってたった一人の肉親であった。
「もし獣に襲われても自業自得であることはわかっています。でも、お願いです。兄を助けてください」
少女は訴えた。
リプレイ本文
●
鬱蒼とした森ではあるが、濃い緑の枝葉からもれる陽光はきらきらと光の斑を散らしている。
その光の細片の中、歩む者は二人いた。
イリアス(ka0789)とnil(ka2654)。ハンターである。
「……かなり深い森ね」
煌く銀色の髪をゆらし、イリアスは辺りを見回した。普段おっとりした口調で話す彼女であるが、さすがに今は焦りの響きを声に滲ませている。
「……そうね」
しずかな声音でnilがこたえた。どこか感情が乏しいように見えるが、その実、nilの紅瞳には好奇心の光が満ち溢れている。
因みに、この二人にはある共通点があった。異様に美しいということもあるが、それよりも耳だ。ピンと端が尖っている。エルフなのであった。
「私の故郷にも森はあるけれど……ねえ」
イリアスはnilに鳶色の目をむけた。
「nilさんはどう思う?」
「……どう思うって?」
nilが首を傾げると、イリアスは再び辺りを見回した。
「依頼者のお兄さんのこと。探してほしいということだけれど……生きていると思う?」
「……それは……」
nilは言葉を途切れさせた。それが答え。森と親和性の高いエルフである彼女にはわかる。深い森で行方知れずになるということが何を意味しているかを。
「そうよね。私もその可能性が高いと思う」
イリアスは哀しげに睫毛を伏せた。脳裏に、涙を浮かべていた少女の姿が蘇っている。兄にもしものことがあったなら、あの少女はどれほど悲しむのだろうか。
その想いとは別に、イリアスの目は鋭さを増した。もし少女の兄にもしものことがあったなら、原因があるはずだ。それが危険な獣であるのなら――。
同じ頃、別の二人の女が森の中を歩んでいた。こちらは人間とエルフという組み合わせである。名はセリス・アルマーズ(ka1079)とリュカ(ka3828)といった。
「……大丈夫かい?」
浅黒い肌のエルフは足をとめ、鎧に身をかためたセリスを見た。
ヘパイストス。セリスがまとっている甲冑の名である。鍛冶神が自らの手で作り上げたと伝えられる白銀の鎧だ。
「これのこと?」
自らを包んでいる白銀鋼を見下ろし、ふっ、とセリスは微笑った。
「大丈夫よ、これくらい」
セリスはいった。強がりではない。父司祭から鍛えられ、彼女はとてつもない身体能力をもつに至っている。
「なら、いいけれど」
リュカは耳を澄ませた。セリスが問う。
「人の声はしないようだけれど、何を聞いているの?」
「水の音だよ」
リュカはこたえ、そして足元のイヌイット・ハスキーの頭をなでた。
森で狩りをする者が二日経っても帰ってこない。考えられるのは迷ったか、もしくは思わぬ負傷などで動けなくなったかだ。その場合において、生き残ろうとする者は必ず水場を探す。それは山に入る者にとっては常識だ。もしかすると迷った者たちは水場の近くにいるかも知れなかった。
●
セリスとリュカからわずかに離れたところに、やや開けた空間があった。降り注ぐ陽光は眩しく、鮮やかな花が咲き乱れている。
そこに三組めのハンターたちがいた。
一人は男だ。人間離れした美貌はエルフとの混血であるからで。名はアーヴィン(ka3383)という。
もう一人もまた男であった。こちらは三十代半ばというところだろうか。貴族的な相貌の持ち主で、名はレオナルド・テイナー(ka4157)。
「……森から帰ってこねえんじゃ、もう死んでるよな」
眩しそうに目を細め、アーヴィンは冷然と独語した。
依頼人によれば、少年たちにとって森は行き慣れた場所である。そう簡単に迷うはずがない。それで戻らないとするなら、すでに死んでいる可能性が高い。
正直なところ、アーヴィンは少年のことなど少しも案じてはいなかった。むしろクズだと蔑んでさえいる。
「ま、信じるのも希望を持つのも、自由と言えば自由だが……」
アーヴィンはちらりとレオナルドを見やった。自由といえば、この男も自由だ。依頼のことなど忘れているかのように辺りを見回している。
「おまえ。いやに楽しそうだな」
「あら、そう見える?」
レオナルドはくすりと笑ってみせた。
「というか、楽しいわよ。美形と一緒にピクニックしてるんだもの」
「ピクニックじゃないだろ、これは。仮にもこれは依頼で、俺たちはハンターなんだぜ」
アーヴィンが顔をしかめた。その時だ。レオナルドの大きな声が響き渡った。
「あら、これはなぁに?」
「あん?」
アーヴィンが目をむけると、レオナルドの指し示す先に奇妙なものが見えた。
積まれた石。まるで石塔のように。
「……何かの碑か?」
「碑?」
レオナルドは首を傾げた。
「碑というと……慰霊碑ってこと。そう、ふぅん。で、このぐちゃぐちゃなのが動物達のアレね。いやん、可哀想……ボクこわーい」
大げさに怯えてみせるレオナルドの言葉に、アーヴィンは目を見開かせた。
「何っ」
アーヴィンはレオナルドの足元に目を転じた。そこに腐りかけた動物の遺骸がある。
駆け寄って調べてみると、それは兎であるらしかった。矢による傷がある。
「どうやら少年たちはこの辺りにいたようだな」
あらためて辺りを見回したアーヴィンの目が、ある一点で釘付けとなった。花々の陰に人の足のようなものを見出したのだ。
「これは――」
アーヴィンが呻いた。倒れた少年のものらしき身体には首がなかったのである。
「……まずいぜ、こいつは」
無意識的にアーヴィンは鞭の柄を握り締めた。特殊強化鋼製の鞭だ。威力は強烈で、生身の肉体なら刃物のように切り裂くことができる。
「お兄ちゃんじゃないわね」
レオナルドが冷静に指摘した。身なりが妹から聞いていたものとは違う。
「動物の仕業かしら?」
「違う」
アーヴィンはこたえた。首は鋭利な刃物で切断されている。獣にこのような真似はできない。
「こいつは歪虚の仕業だ」
アーヴィンは電話の受話器のようなものを手にした。
魔導短伝話。覚醒者自身のマテリアルと神霊樹のネットワークをリンクさせて使用する、短距離用の通信機器であった。
アーヴィンが連絡をとる少し前のことだ。
四組めのハンターの姿が森の中にあった。近くで水音がするところからみて、おそらくは川の近くだろう。この辺りが少年たちの狩場であるという。
その水音に溶けるように笛の音が鳴っている。マルカの龍笛であった。
「近くに少年たちはいないようですね。あの」
おどおどした様子でマルカ・アニチキン(ka2542)は傍らの少女に目をむけた。目つきの鋭い気の強そうな少女で、名はゾファル・G・初火(ka4407)という。
「あん?」
ゾファルが顔をむけると、怯えたようにマルカは目をそらせた。が、気にした様子もなく、ゾファルは問うた。
「マルカちゃん、何か用か?」
「いえ……あの、依頼者のお兄さんのことなんですが、大丈夫でしょうか」
「だめなんじゃねーの」
あっさりとゾファルはこたえた。愕然としてマルカが問い返す。
「だ、だめ?」
「うん。森から二日も帰ってこないんじゃ、絶望じゃーん」
あっけらかんとしてゾファルは告げた。さすがにマルカは二の句がつげない。
ややあってマルカは悲しそうに口を開いた。
「ゾファルさんは強い人なんですね」
「強い?」
ニッとゾファルは笑った。
「まあな。いっちゃあわるいが、俺様は強いぜ」
「羨ましいです。私は弱いから」
マルカは顔を伏せた。するとゾファルは笑みを深くした。
「そんなこたあねえだろ。マルカちゃん、自分が弱いってわかってんだろ。強いってのは、そういう奴のことをいうだぜ」
「えっ」
マルカが顔を上げた。
その時だ。マルカの魔導短伝話に連絡がはいった。アーヴィンからのものである。内容は首を切断された死体が見つかったというものであった。
マルカとゾファルは顔を見合わせた。と――。
がさりと草をわける音がした。はじかれたように振り返るマルカとゾファルは、背後に佇む異様なモノを見出した。
人間ではない。それは二足で立つ蜥蜴といえばよいか。爬虫のものらしい顔と顎をもっている。が、全身を覆っているのは赤黒い甲羅であった。尾は蠍のそれであり、手も鋏と化している。
それは自然の生態系に属するものでは断じてなかった。真っ黒な悪意によって生み出された悪夢存在である。
「――歪虚!」
マルカの口から悲鳴に似た叫びが迸りでた。
刹那である。歪虚が動いた。
●
爬虫の――いや、爬虫を超える速さで歪虚がマルカに迫った。
「あっ」
咄嗟にマルカは拳銃をかまえた。内部機構がむき出しになった銃身を持つ、古めかしい雰囲気の拳銃。マテリアルのエネルギーにより弾丸を射出する魔導拳銃――マーキナであった。
が、マルカの指がトリガーを引くより早く、歪虚の鋏が閃いた。
「くっ」
咄嗟にマルカは跳び退いた。その肩を歪虚の鋏がかすめて過ぎる。
「一気にぶっちめてやるぜ」
ゾファルが跳んだ。その身に紅蓮のオーラをまとわせて。歪虚の背に、手斧というにはあまりにも巨大にすぎるギガースアックスを叩きつける。
ガンッ。
岩と鋼の相うつ音を響かせ、ギガースアックスがはじかれた。驚くべきことに歪虚の装甲は鋼を超える強度をもっていたのである。
瞬間、歪虚の尾が翻った。
「ちいっ」
ゾファルは尾をギガースアックスではじいた。が、同時に繰り出された鋏の一閃は避け得なかった。ゾファルの首から鮮血がしぶく。
霞むゾファルの視界。そこに、ぬうと歪虚の顔が迫った。憎悪の坩堝のような血色の目が光る。
びきぃん。
硬い音が響き、歪虚の鋏がゾファルの顔寸前でとまった。
「ぎいぃぃぃ」
ゆっくりと振り向いた歪虚は、銀製の銃身を持つ魔導拳銃――エア・スティーラーをかまえた銀の髪の美しい娘の姿を見出した。イリアスである。
「もう誰も傷つけさせないわ」
「ぎぃあああああ」
吼えると、歪虚は馳せた。イリアスめがけて。
反射的にイリアスはトリガーをひいた。正確な狙撃。が、飛びきたる弾丸をことごとくはじき、歪虚はイリアスを襲った。鋭い鋏はイリアスの秀麗な顔を切り刻み――いや、とまった。小さな塔のように見える無骨な盾によって。
「たいした力ね。ても。それくらいじゃ私はたおせない」
ふふん、と笑うと、セリスは拳を歪虚の顔面にぶち込んだ。大いなる神への愛を込めて。
雷鳴にも衝撃。たまらず歪虚は顔をのけぞらせた。
「……なるほど」
nilの紅瞳がきらりと光った。
彼女は見抜いたのだ。歪虚の弱点を。
nilは矢を放った。一瞬で練り上げたマテリアルを込めて。流星のように矢が翔ぶ。
次の瞬間、歪虚の口からおぞましき怨嗟の咆哮が迸りでた。その左目にはnilの矢が突き刺さっている。
「森よ」
祈りを捧げつつ、リュカは走った。我らもまた森を侵す者なれど、しばしの静観を、と。
「わずかの時を。その狭間で我らは闇を討つ」
瞬間、歪虚の尾が翻った。間一髪、リュカは躱した。ちぎれた前髪が数本、空に舞う。
「なんとか間にあったようね」
ニンマリ笑うと、レオナルドは大きく手を開いたように見える形で配された燭台――栄光の手を掲げた。
刹那である。炎が疾った。空間を灼きながら翔ぶそれは魔術により生成された矢である。
「ぐぎゃあああ」
耳を塞ぎたくなるほどの絶叫をあげ、歪虚は身を悶えさせた。その残る右目は炎によって潰されている。
「とどめは俺が刺させてもらうぜ」
アーヴィンの腕が疾風の速さで閃いた。唸りとんだのは鋼の鞭だ。それは装甲に覆われていない歪虚の首の付け根を切断した。
●
依頼者の兄のものらしい肉片をハンターたちが発見したのは、彼らが歪虚を倒してから三十分ほど後のことであった。
「何てことなの……」
言葉をなくすイリアスである。
確かに彼らは森を侵した。死は、その報いである。それでもイリアスは哀しい。
その側にはゾファルが立っていた。傷はセリスによって癒されている。
と、レオナルドが口を開いた。
「あらあらこんなんなっちゃってまあ……まあ腕の一本でも持って帰れば喜んでくれるかしらねぇ……って、何が何だかよくわからないわねえ。こうなればパズルでも合わせるようにくっついて元通りに……なんてな」
くつくつと笑う。
「せめて遺品とかお持ち帰りしましょうか。肉や骨持ち帰っても、ねぇ? 適当に放り投げとけば地に還るでしょ。メメント・モリ、だっけ。壊れたものを想った所でそれは戻らないのヨ。ほんと下らないねぇ」
「そうでもないぜ」
アーヴィンは肉片に手をのばした。
「嬢ちゃんがまっすぐ生きてく為に必要だってんなら、死体にも価値はあるさ」
鬱蒼とした森ではあるが、濃い緑の枝葉からもれる陽光はきらきらと光の斑を散らしている。
その光の細片の中、歩む者は二人いた。
イリアス(ka0789)とnil(ka2654)。ハンターである。
「……かなり深い森ね」
煌く銀色の髪をゆらし、イリアスは辺りを見回した。普段おっとりした口調で話す彼女であるが、さすがに今は焦りの響きを声に滲ませている。
「……そうね」
しずかな声音でnilがこたえた。どこか感情が乏しいように見えるが、その実、nilの紅瞳には好奇心の光が満ち溢れている。
因みに、この二人にはある共通点があった。異様に美しいということもあるが、それよりも耳だ。ピンと端が尖っている。エルフなのであった。
「私の故郷にも森はあるけれど……ねえ」
イリアスはnilに鳶色の目をむけた。
「nilさんはどう思う?」
「……どう思うって?」
nilが首を傾げると、イリアスは再び辺りを見回した。
「依頼者のお兄さんのこと。探してほしいということだけれど……生きていると思う?」
「……それは……」
nilは言葉を途切れさせた。それが答え。森と親和性の高いエルフである彼女にはわかる。深い森で行方知れずになるということが何を意味しているかを。
「そうよね。私もその可能性が高いと思う」
イリアスは哀しげに睫毛を伏せた。脳裏に、涙を浮かべていた少女の姿が蘇っている。兄にもしものことがあったなら、あの少女はどれほど悲しむのだろうか。
その想いとは別に、イリアスの目は鋭さを増した。もし少女の兄にもしものことがあったなら、原因があるはずだ。それが危険な獣であるのなら――。
同じ頃、別の二人の女が森の中を歩んでいた。こちらは人間とエルフという組み合わせである。名はセリス・アルマーズ(ka1079)とリュカ(ka3828)といった。
「……大丈夫かい?」
浅黒い肌のエルフは足をとめ、鎧に身をかためたセリスを見た。
ヘパイストス。セリスがまとっている甲冑の名である。鍛冶神が自らの手で作り上げたと伝えられる白銀の鎧だ。
「これのこと?」
自らを包んでいる白銀鋼を見下ろし、ふっ、とセリスは微笑った。
「大丈夫よ、これくらい」
セリスはいった。強がりではない。父司祭から鍛えられ、彼女はとてつもない身体能力をもつに至っている。
「なら、いいけれど」
リュカは耳を澄ませた。セリスが問う。
「人の声はしないようだけれど、何を聞いているの?」
「水の音だよ」
リュカはこたえ、そして足元のイヌイット・ハスキーの頭をなでた。
森で狩りをする者が二日経っても帰ってこない。考えられるのは迷ったか、もしくは思わぬ負傷などで動けなくなったかだ。その場合において、生き残ろうとする者は必ず水場を探す。それは山に入る者にとっては常識だ。もしかすると迷った者たちは水場の近くにいるかも知れなかった。
●
セリスとリュカからわずかに離れたところに、やや開けた空間があった。降り注ぐ陽光は眩しく、鮮やかな花が咲き乱れている。
そこに三組めのハンターたちがいた。
一人は男だ。人間離れした美貌はエルフとの混血であるからで。名はアーヴィン(ka3383)という。
もう一人もまた男であった。こちらは三十代半ばというところだろうか。貴族的な相貌の持ち主で、名はレオナルド・テイナー(ka4157)。
「……森から帰ってこねえんじゃ、もう死んでるよな」
眩しそうに目を細め、アーヴィンは冷然と独語した。
依頼人によれば、少年たちにとって森は行き慣れた場所である。そう簡単に迷うはずがない。それで戻らないとするなら、すでに死んでいる可能性が高い。
正直なところ、アーヴィンは少年のことなど少しも案じてはいなかった。むしろクズだと蔑んでさえいる。
「ま、信じるのも希望を持つのも、自由と言えば自由だが……」
アーヴィンはちらりとレオナルドを見やった。自由といえば、この男も自由だ。依頼のことなど忘れているかのように辺りを見回している。
「おまえ。いやに楽しそうだな」
「あら、そう見える?」
レオナルドはくすりと笑ってみせた。
「というか、楽しいわよ。美形と一緒にピクニックしてるんだもの」
「ピクニックじゃないだろ、これは。仮にもこれは依頼で、俺たちはハンターなんだぜ」
アーヴィンが顔をしかめた。その時だ。レオナルドの大きな声が響き渡った。
「あら、これはなぁに?」
「あん?」
アーヴィンが目をむけると、レオナルドの指し示す先に奇妙なものが見えた。
積まれた石。まるで石塔のように。
「……何かの碑か?」
「碑?」
レオナルドは首を傾げた。
「碑というと……慰霊碑ってこと。そう、ふぅん。で、このぐちゃぐちゃなのが動物達のアレね。いやん、可哀想……ボクこわーい」
大げさに怯えてみせるレオナルドの言葉に、アーヴィンは目を見開かせた。
「何っ」
アーヴィンはレオナルドの足元に目を転じた。そこに腐りかけた動物の遺骸がある。
駆け寄って調べてみると、それは兎であるらしかった。矢による傷がある。
「どうやら少年たちはこの辺りにいたようだな」
あらためて辺りを見回したアーヴィンの目が、ある一点で釘付けとなった。花々の陰に人の足のようなものを見出したのだ。
「これは――」
アーヴィンが呻いた。倒れた少年のものらしき身体には首がなかったのである。
「……まずいぜ、こいつは」
無意識的にアーヴィンは鞭の柄を握り締めた。特殊強化鋼製の鞭だ。威力は強烈で、生身の肉体なら刃物のように切り裂くことができる。
「お兄ちゃんじゃないわね」
レオナルドが冷静に指摘した。身なりが妹から聞いていたものとは違う。
「動物の仕業かしら?」
「違う」
アーヴィンはこたえた。首は鋭利な刃物で切断されている。獣にこのような真似はできない。
「こいつは歪虚の仕業だ」
アーヴィンは電話の受話器のようなものを手にした。
魔導短伝話。覚醒者自身のマテリアルと神霊樹のネットワークをリンクさせて使用する、短距離用の通信機器であった。
アーヴィンが連絡をとる少し前のことだ。
四組めのハンターの姿が森の中にあった。近くで水音がするところからみて、おそらくは川の近くだろう。この辺りが少年たちの狩場であるという。
その水音に溶けるように笛の音が鳴っている。マルカの龍笛であった。
「近くに少年たちはいないようですね。あの」
おどおどした様子でマルカ・アニチキン(ka2542)は傍らの少女に目をむけた。目つきの鋭い気の強そうな少女で、名はゾファル・G・初火(ka4407)という。
「あん?」
ゾファルが顔をむけると、怯えたようにマルカは目をそらせた。が、気にした様子もなく、ゾファルは問うた。
「マルカちゃん、何か用か?」
「いえ……あの、依頼者のお兄さんのことなんですが、大丈夫でしょうか」
「だめなんじゃねーの」
あっさりとゾファルはこたえた。愕然としてマルカが問い返す。
「だ、だめ?」
「うん。森から二日も帰ってこないんじゃ、絶望じゃーん」
あっけらかんとしてゾファルは告げた。さすがにマルカは二の句がつげない。
ややあってマルカは悲しそうに口を開いた。
「ゾファルさんは強い人なんですね」
「強い?」
ニッとゾファルは笑った。
「まあな。いっちゃあわるいが、俺様は強いぜ」
「羨ましいです。私は弱いから」
マルカは顔を伏せた。するとゾファルは笑みを深くした。
「そんなこたあねえだろ。マルカちゃん、自分が弱いってわかってんだろ。強いってのは、そういう奴のことをいうだぜ」
「えっ」
マルカが顔を上げた。
その時だ。マルカの魔導短伝話に連絡がはいった。アーヴィンからのものである。内容は首を切断された死体が見つかったというものであった。
マルカとゾファルは顔を見合わせた。と――。
がさりと草をわける音がした。はじかれたように振り返るマルカとゾファルは、背後に佇む異様なモノを見出した。
人間ではない。それは二足で立つ蜥蜴といえばよいか。爬虫のものらしい顔と顎をもっている。が、全身を覆っているのは赤黒い甲羅であった。尾は蠍のそれであり、手も鋏と化している。
それは自然の生態系に属するものでは断じてなかった。真っ黒な悪意によって生み出された悪夢存在である。
「――歪虚!」
マルカの口から悲鳴に似た叫びが迸りでた。
刹那である。歪虚が動いた。
●
爬虫の――いや、爬虫を超える速さで歪虚がマルカに迫った。
「あっ」
咄嗟にマルカは拳銃をかまえた。内部機構がむき出しになった銃身を持つ、古めかしい雰囲気の拳銃。マテリアルのエネルギーにより弾丸を射出する魔導拳銃――マーキナであった。
が、マルカの指がトリガーを引くより早く、歪虚の鋏が閃いた。
「くっ」
咄嗟にマルカは跳び退いた。その肩を歪虚の鋏がかすめて過ぎる。
「一気にぶっちめてやるぜ」
ゾファルが跳んだ。その身に紅蓮のオーラをまとわせて。歪虚の背に、手斧というにはあまりにも巨大にすぎるギガースアックスを叩きつける。
ガンッ。
岩と鋼の相うつ音を響かせ、ギガースアックスがはじかれた。驚くべきことに歪虚の装甲は鋼を超える強度をもっていたのである。
瞬間、歪虚の尾が翻った。
「ちいっ」
ゾファルは尾をギガースアックスではじいた。が、同時に繰り出された鋏の一閃は避け得なかった。ゾファルの首から鮮血がしぶく。
霞むゾファルの視界。そこに、ぬうと歪虚の顔が迫った。憎悪の坩堝のような血色の目が光る。
びきぃん。
硬い音が響き、歪虚の鋏がゾファルの顔寸前でとまった。
「ぎいぃぃぃ」
ゆっくりと振り向いた歪虚は、銀製の銃身を持つ魔導拳銃――エア・スティーラーをかまえた銀の髪の美しい娘の姿を見出した。イリアスである。
「もう誰も傷つけさせないわ」
「ぎぃあああああ」
吼えると、歪虚は馳せた。イリアスめがけて。
反射的にイリアスはトリガーをひいた。正確な狙撃。が、飛びきたる弾丸をことごとくはじき、歪虚はイリアスを襲った。鋭い鋏はイリアスの秀麗な顔を切り刻み――いや、とまった。小さな塔のように見える無骨な盾によって。
「たいした力ね。ても。それくらいじゃ私はたおせない」
ふふん、と笑うと、セリスは拳を歪虚の顔面にぶち込んだ。大いなる神への愛を込めて。
雷鳴にも衝撃。たまらず歪虚は顔をのけぞらせた。
「……なるほど」
nilの紅瞳がきらりと光った。
彼女は見抜いたのだ。歪虚の弱点を。
nilは矢を放った。一瞬で練り上げたマテリアルを込めて。流星のように矢が翔ぶ。
次の瞬間、歪虚の口からおぞましき怨嗟の咆哮が迸りでた。その左目にはnilの矢が突き刺さっている。
「森よ」
祈りを捧げつつ、リュカは走った。我らもまた森を侵す者なれど、しばしの静観を、と。
「わずかの時を。その狭間で我らは闇を討つ」
瞬間、歪虚の尾が翻った。間一髪、リュカは躱した。ちぎれた前髪が数本、空に舞う。
「なんとか間にあったようね」
ニンマリ笑うと、レオナルドは大きく手を開いたように見える形で配された燭台――栄光の手を掲げた。
刹那である。炎が疾った。空間を灼きながら翔ぶそれは魔術により生成された矢である。
「ぐぎゃあああ」
耳を塞ぎたくなるほどの絶叫をあげ、歪虚は身を悶えさせた。その残る右目は炎によって潰されている。
「とどめは俺が刺させてもらうぜ」
アーヴィンの腕が疾風の速さで閃いた。唸りとんだのは鋼の鞭だ。それは装甲に覆われていない歪虚の首の付け根を切断した。
●
依頼者の兄のものらしい肉片をハンターたちが発見したのは、彼らが歪虚を倒してから三十分ほど後のことであった。
「何てことなの……」
言葉をなくすイリアスである。
確かに彼らは森を侵した。死は、その報いである。それでもイリアスは哀しい。
その側にはゾファルが立っていた。傷はセリスによって癒されている。
と、レオナルドが口を開いた。
「あらあらこんなんなっちゃってまあ……まあ腕の一本でも持って帰れば喜んでくれるかしらねぇ……って、何が何だかよくわからないわねえ。こうなればパズルでも合わせるようにくっついて元通りに……なんてな」
くつくつと笑う。
「せめて遺品とかお持ち帰りしましょうか。肉や骨持ち帰っても、ねぇ? 適当に放り投げとけば地に還るでしょ。メメント・モリ、だっけ。壊れたものを想った所でそれは戻らないのヨ。ほんと下らないねぇ」
「そうでもないぜ」
アーヴィンは肉片に手をのばした。
「嬢ちゃんがまっすぐ生きてく為に必要だってんなら、死体にも価値はあるさ」
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 リュカ(ka3828) エルフ|27才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/03/10 21:11:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/10 20:55:09 |