ゲスト
(ka0000)
【深棲】海に手向けの花を
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/21 22:00
- 完成日
- 2014/08/26 22:21
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――あなた、今年もこの季節が来ましたわ。
海で逝ったあなたは、海で生きる者として本望だったのでしょう。
そう思わずにはいられません。
あなたは逝ってしまったけれど、その時には私の身体には新しい命が宿っていました。
海の上にいたあなたが帰ってくるのが本当に待ち遠しかった。
そう思っていたのに、それは叶わぬ願いとなってしまいました。
あれから八年になるのですね。
あなたの子は、すくすくと育っています。
陽気そうな目も、尖って高い鼻も、口元のほくろの位置まで、何もかもがあなたを偲ばせます――。
もうあなたに会う事は叶わないけれど、
今年も西の海岸から、手向けの花を投げに行きます。
私達は生きています。その事を伝えるために。
だけど、ああ、なんという事でしょう。
あなたと私達を隔てた海の、その境界線にすら、今年は簡単にたどり着けそうにありません。
歪虚――私からあなたを奪ったものどもの事をそう呼ぶのだと知りました。
海岸付近にそれらが発生しているそうです。
嗚呼、私からあなたを奪っておいて、こうしてささやかな行動さえ阻むだなんて――
いいえ、あきらめません、あなた。
歪虚の駆除を生業とするハンターという方々がいらっしゃることを知りました。
その人たちと一緒に行ってもらいます。
見知らぬ人たちと一緒に行くのは不安だけれど、あきらめたくない。
一年たりともあなたへのお墓参りを行かずに済ませたくないんです。
どうか、あなた、勇気をください――
海で逝ったあなたは、海で生きる者として本望だったのでしょう。
そう思わずにはいられません。
あなたは逝ってしまったけれど、その時には私の身体には新しい命が宿っていました。
海の上にいたあなたが帰ってくるのが本当に待ち遠しかった。
そう思っていたのに、それは叶わぬ願いとなってしまいました。
あれから八年になるのですね。
あなたの子は、すくすくと育っています。
陽気そうな目も、尖って高い鼻も、口元のほくろの位置まで、何もかもがあなたを偲ばせます――。
もうあなたに会う事は叶わないけれど、
今年も西の海岸から、手向けの花を投げに行きます。
私達は生きています。その事を伝えるために。
だけど、ああ、なんという事でしょう。
あなたと私達を隔てた海の、その境界線にすら、今年は簡単にたどり着けそうにありません。
歪虚――私からあなたを奪ったものどもの事をそう呼ぶのだと知りました。
海岸付近にそれらが発生しているそうです。
嗚呼、私からあなたを奪っておいて、こうしてささやかな行動さえ阻むだなんて――
いいえ、あきらめません、あなた。
歪虚の駆除を生業とするハンターという方々がいらっしゃることを知りました。
その人たちと一緒に行ってもらいます。
見知らぬ人たちと一緒に行くのは不安だけれど、あきらめたくない。
一年たりともあなたへのお墓参りを行かずに済ませたくないんです。
どうか、あなた、勇気をください――
リプレイ本文
●未亡人親子
夏の日差しが強まり始める頃、ハンター達は依頼人の家に着いた。
ドアをノックすると、依頼人レイア・クレーテが麦わら帽子に白いワンピース姿で花を持って出迎え、その隣には八歳になる息子のイーライが、好奇心の強そうな目でハンター達を眺めていた。
「皆さん……よろしくお願いします」
レイアは控えめな声で言って、頭を下げた。
「なるほど、8年前に旦那さんを亡くしてから、女手一つで息子さんを育ててきたんですか」
「可愛い息子さんのためにがんばってるんですね!」
目的地まで歩いていく道中、セレスタ・レネンティア(ka0874)とリンカ・エルネージュ(ka1840)はレイアと雑談しながら歩いていた。初めはぎこちなかったレイアだが、徐々に打ち解け始めてきたように見える。
8年前……イスルダ島が歪虚に占拠される3年前ではあったが、海に歪虚がいなかったわけではない。レイアの良人は運悪く歪虚に遭ってしまい、命を落とした。
そんな事態は山ほどある。そういう時代だった。
それでもレイアは絶望することなく生きてきた……イーライの存在は彼女が生きる理由であり支えでもあった。
儚げな印象を与えるレイアだったが、荒地に咲く花のように生きている。
話を聞いて、ハンター達は第一印象を塗り替えることになった。
イーライはレイアの傍を歩いていたが、物珍しそうにハンターたちを見上げていた。中でも巨体に傷跡が目立つグライブ・エルケイル(ka1080)は気になったらしく、何度も目が合っては反らしていた。
興味はあるが怖い、そんな気持ちだった。
グライブはそんなイーライの心中を察したのか、自分から近寄ると、ポケットを探って何かを取り出すと、イーライに差し出した。
「……食うか?」
可愛い袋に包まれたキャンディーだった。
イーライは受け取ってしげしげと見つめると、早速中身を開けて食べ始めた。
「ほら、お礼言いなさい! すみません、行儀の悪い子で……」
「いや……」
レイアが見つけて咎める。グライブは気にしないという風に首を振った。
イーライはというと、もう物怖じせずにグライブを見上げている。グライブはそんなイーライの頭をワシャワシャと撫でてやった。イーライは照れくさそうに笑った。
道中は何事もなかった。夏の日差しこそ強かったが、潮の香りの混ざった風が心地よく、木々や草の緑が日に映え、青い空がどこまでも広がっている。快適な道中だった。
……やがて、海岸に到着した。
坂の上にある海岸からは、空と海が一望できる。真っ青な空に、白く光る雲が近く見える。眼下には海が日の光を受けてきらきらと輝いている……
そんな美しい風景に、ふさわしくない者たちの姿があった。
かろうじて海鳥に見えなくはない……しかし体は歪に曲がっているし、硬質な何かで所々が覆われている。何より翼が三枚あった。それが崖の端に――さながら死肉を啄む禿鷹のような不吉さをもって――四羽、止まっていた。
「歪虚がいる」
先頭を歩いていた対崎 紋次郎(ka1892)が依頼人親子に呼びかけた。
「――解っているね?」
問いかけに、レイアはうなづいた。紋次郎は、あらかじめ注意を呼びかけていた――子供を離さない事、我々から離れない事、敵を注視しない事。紋次郎はそれを確認したのだ。
「後は無事を祈ってくれ」
「わかり、ました……」
危険は承知で来たのだ。レイアは重々しい表情でうなづいた。
そして、イーライの手を握った。
不安がイーライに伝わったのか、あるいは歪虚の存在が多感な子供に恐怖を覚えさせているのか――顔を強張らせた。
そんなイーライの手をやさしく握るものがあった。母親が握っている手の、反対側の手だ。
エイル・メヌエット(ka2807)だった。
「大丈夫、どんな歪虚が現れても慌てないで、私達に任せてね。イーライ君のためにも、
大切な想い出を守るための戦いを、心を強く持ってどうか乗り越えて」
イーライはエイルを見上げ、困惑こそしながらであったが、うなづいた。
恐ろしくても逃げ出そうとはしない――そんな親子の強い意志に、マルカ・アニチキン(ka2542)は、口にこそ出さなかったが惹かれるものを感じていた。
かれらの命を預かるということ――猫を飼うのと同じで――に、責任の重さを感じながらも、それを全うしようと強く心に刻む。
「感傷に浸る時間と場所くらいは与えてほしいものだ」
ロニ・カルディス(ka0551)はメイスを手に、一歩前に出た。それから、傍らの仲間たちを見遣る。
「……いや、俺達が作ればいいだけか」
仲間が、無言で同意する。
それが攻撃の合図となった。
●敵を討つ矛となる
ロニ、リンカ、紋次郎、エイルが敵を殲滅すべく前進し、セレスタ、グライブ、マルカは依頼人を囲むようにして立つ。歪虚はその動きをいち早く察し、四羽が一度に飛び掛った。
「君たちの敵は……私たちだよっ。さぁ、こっちへおいで!」
距離を詰められる前に、リンカがウインドスラッシュを放つ。同時にロニ、エイルがホーリーライト、紋次郎が銃で攻撃する。
風の魔法と聖なる光弾、そして銃弾の波状攻撃。歪虚たちは飛行の途中で体をひねり、これを避けた。そこから二羽が直進し、一羽が急上昇する。そして残る一羽は大きく迂回して、後方に控える依頼人のいる方へと向かった。
「そっちに向かったぞ!」
紋次郎が大声で後方に叫ぶ。
その声に反応したのか、歪虚の二羽が紋次郎に向かった。高速で飛来する歪虚の嘴に胴体と脚を突かれ、体勢が崩れる。
さらに、上昇した一羽が頭上から、足の指を広げて迫った。体長1m50cm程の怪鳥が、頭上に迫る。
だが、そこにエイルのニードルウィップが飛んだ。鞭の直撃を受けた歪虚は一旦離れ、上空を旋回し始めた。他の二羽も頭上から攻撃の機会を伺う。
すぐに、三羽が降下してくる。今度はロニ、リンカ、エイルを狙ってきた。
エイルは攻撃を喰らい、肩から出血するが、ロニとリンカは紙一重でこれを避けた。
「えいっ!」
リンカが、すれ違い様にウィンドスラッシュを放つ。渦巻く風が歪虚を取り囲み、それは翼の一枚を切り落とした。
しかし、歪虚は体勢を崩したものの残る二枚の翼で飛行を続ける。
三羽が分かれ、うち一羽が急旋回し、再び紋次郎に迫った。同時に他の二羽が、ロニとエイルに体当たり攻撃を仕掛ける。
阻むものはなく、歪虚の巨大な足が紋次郎を鷲掴みにした。歪虚は紋次郎を掴んで空へと舞い上がる。
一瞬のうちに、紋次郎の視界に映る地上が小さく見えた。
「空から地上を眺めるのも久しぶりだな――ずっと低いが」
サルヴァトーレ・ロッソから地球を見下ろしたこともある紋次郎はあくまでも冷静だった。
歪虚が滑空のため翼を広げたタイミングを見計らい、あらかじめ体に結び先を輪にしておいたロープを振るう。それは歪虚の胴体にかかり、引っ張ると食い込んだ。
その時には眼下には海が広がっていた。歪虚が落とそうと指を開くと、紋次郎は歪虚の体に括りつけたロープにぶら下がった。歪虚が紋次郎の体重に引かれて一瞬高度を落とし、慌てて羽ばたいた。
宙吊りのまま、空を漂う。紋次郎の位置からは歪虚は隙だらけだ。下からアルケミストタクトを向ける。
「喰らえ」
機導砲。続けざまに二度放たれた光が、それぞれ翼を射抜いた。
翼はぼろぼろになった。もう飛行は叶わない。だが歪虚は最後の力で方向を変えた。
その先には崖があった。飛行の勢いはまだ死んでおらず、岸壁へとまっすぐに突っ込んでいく。
「道連れって奴か?!」
歪虚は紋次郎もろとも、岩壁へと突っ込んだ。
ロニ、エイル、リンカと歪虚の二羽の戦いは続いていた。
空を自在に舞い、ヒットアンドアウェイの攻撃を仕掛けてくる歪虚は手強い相手だった。
しかし、ロニとエイルの聖導師二人の活躍で、持ちこたえられていた。高い知能を持たない相手なので行動も読めてきていた。
「私たちがここにいる限り、もう奪わせないよ! 成敗してあげる!」
リンカが吼えた。精神を集中しワンドを掲げる。風が吹き荒れ、刃となって歪虚に飛んだ。
それは恐るべき威力で歪虚をばらばらに切り刻んだ。空中で四散したそれはそのまま黒い粒子となって掻き消えた。
「やった!」
「これで、残るは一体――」
その時だった。
死角から飛来した歪虚が、ロニに襲い掛かった。
ロニは反応するが、避けきれず左肩を掴まれた。瞬時に、ロニは盾を捨て、自らも歪虚の脚を掴み返した。
歪虚がロニを持ち上げたまま上昇する。
――空を飛んだことがあるドワーフがどのくらいいるのか。
だが、その稀有な体験に感動する暇はない。ロニはメイスを振りかぶり、下から打ちつけた。
歪虚は揺れながらも海上へと飛んでいく。歪虚はロニを海へと落とそうとするが、ロニはしっかりと左手で脚をつかんでぶら下がる。そして、その体勢からメイスを打ち付ける。
利いているのか段々と高度も落ちてきた。しかし、ロニを振り落とそうとスピードを上げる。
「う……う、おおおおおおおお!」
腕が痺れてきた。しかしロニは、歪虚への憎しみ、そして被害者を増やすまいという使命感によって、片手で体を支えた。
そして、体全体のばねを使ってメイスを打ち付ける。
羽ばたきが止んだ。歪虚は、ロニとともに海へと落下した。
着水の衝撃で手が離れた。ロニは視界を巡らし敵を探す。
振り向くと、歪虚は猛スピードで泳いできていた。水中での突進を、鎧で受ける。
衝撃に吹き飛ばされながらもメイスを向け、口腔内で精霊に呼びかける。
ホーリーライトが、正面から炸裂した。水中に光が満ちる。
ロニは水面から顔を出した。岸からは離れていたが、泳ぐのは得意である。戻るのに問題はない。
目を凝らして水中を見つめる。
歪虚の姿は、無かった。
●同胞を守る盾となる
「そっちに向かったぞ!」
紋次郎が叫んでいた。依頼人親子を守るセレスタ、グライブ、マルカの三人は自分たちに向かってくる歪虚を認め、身構えた。
グライブが自分に防性強化を施し、依頼人の前に立つ。その両脇を固めるように、セレスタが銃を撃ち、マルカがアースバレットを放った。
歪虚は不規則な動きで旋回しながら飛来し、弧を描くように襲い掛かる。
高速で飛来する硬質の体が、グライブに直撃した。
グライブは避けようとはしなかった――背後の依頼人をかばったのだ。
歪虚は攻撃するためには勢いをつけるため一旦離れる。グライブが攻撃を受ければ、すぐに依頼人を襲うことはできない。
跳ね返るように離れていく歪虚にセレスタとマルカが瞬時に対応し、再び銃弾とアースバレットを見舞う。離れ行く歪虚は、空中で回転して銃弾と石の弾丸をいなした。そして下から上へと弧を描いて、再び突進してくる。
依頼人をかばい、グライブはまたもや直撃を食らった。歪虚は跳ね返るように離れ、ブーメランのように戻り、さらに一撃を加えた。しかし、グライブもただやられたわけでもなかった。この間にセレスタとマルカに攻勢強化をかけている。
四度目の体当たりがグライブに直撃した。大柄な体が崩れ落ちるように、よろめいて膝を突く。真上に上昇した歪虚はグライブを直接狙い、止めを刺そうとする。
「絶対に守り抜きます、やらせるかっ!」
そこにエイミングを利かせたセレスタの銃が翼を打ち抜いた。注意深い観察から、飛行ルートを見抜いたのだった。
「……今ですっ!」
マルカが絶妙のタイミングでアースバレットを放った。速度が落ちた歪虚を、石礫が捕らえた。衝撃で羽が飛び散り、地面を転げ回った。
そして痙攣したかと思うと、黒い粒子となって、消え去った。
●現在を生きる人々
「あの、もう心配いりません。これ……どうぞ」
マルカが、レイアとイーライに飲料水のボトルを渡した。戦闘中は闘志を見せていたマルカだが、今では控えめな性格に戻っている。
「あ……ありがとうございます」
彼女の気配りは通じ、依頼人親子の心は落ち着いたようだった。
「ふぅ……やれやれ。ひどい目に遭った」
そこに、泥だらけで水浸しになった紋次郎が戻ってきた。そして戦闘の前に地面に置いていた物を拾った。
それは、花だった。
「渡る海は違えどわっしも船に乗っていた身……まぁわっしは星の海だったが……わっしからも手向けさせてくれんかね?」
「はい……! あの人も喜ぶと思います」
レイアは柔らかな微笑を見せた。
紋次郎にやや遅れて、ロニもまた戻ってきた。
「こちらも一羽仕留めた……今なら大丈夫だろう」
塗れた服を絞りながら言う。
「本当に……お疲れ様です」
ロニにねぎらいの言葉をかけると、レイアは、イーライの手を引いて崖の一番先へと向かった。
柔らかな風が吹き抜けていった。
波の音だけが聞こえる。どこまでも青い空が広がり、海は穏やかに波打っている。先ほどまでの激闘が嘘のような、懐かしさを感じさせる海岸の風景だ。
「綺麗な海ね。貴女の勇気がこの場所を守ったのよ」
エイルが、潤んだ瞳で言った。
その声に熱がこもっていたのは、弟に先立たれた者としてレイアに共感を覚えていたからなのかもしれない。
エイルは、こういう風景を弟に見せたかったのだ。
レイアは良人を想いながら、花を投げた――。
それは音も無く落ちて、
静かに、波にさらわれていった。
それから一行は依頼人を家まで送り届けた。
すでに夕焼けが街を赤く染めていた。
家の前で、レイアが一行に別れを告げる。
「今日は本当に、ありがとうございました」
「いえ。歪虚と戦うのは我々の定めでありますので」
セレスタは折り目正しく言って、敬礼しそうになったが止めた。かつて軍人であったが、今は違う。
「何かありましたら、遠慮せずにソサエティまでお申し付け下さい」
「大きくなったら強くなって、ママを守ってあげるんだぞ?」
リンカはイーライの前にかがんで、小指を立てて見せた。
「うん!」
イーライは迷い無くうなづいた。
「よーし、お姉さんとの約束だよっ!」
指切りをして、笑顔で別れる。
リンカが離れると、傍らで見守っていたグライブと目が合った。
「……お前の親父さんは、幸せ者だな」
グライブはそれから、何かを言おうとしたが、
結局、何も言わずに、イーライの頭をワシャワシャと撫でた。
元々、饒舌ではないのだ。
内心、失った家族の面影をイーライに見出していることは……うまい言い方が思いつかない。
「……おじちゃん、またね」
「ああ」
離れていくグライブの大きな背中に、イーライは言った。
一人一人と別れを告げていき、やがて親子だけが残った。
「ママ……」
「なに?」
「パパって、グライブさんみたいな人だったのかな」
「ふふふ、そうね……
そうだ、今日はパパの話を沢山聞かせてあげるわ」
夏の日差しが強まり始める頃、ハンター達は依頼人の家に着いた。
ドアをノックすると、依頼人レイア・クレーテが麦わら帽子に白いワンピース姿で花を持って出迎え、その隣には八歳になる息子のイーライが、好奇心の強そうな目でハンター達を眺めていた。
「皆さん……よろしくお願いします」
レイアは控えめな声で言って、頭を下げた。
「なるほど、8年前に旦那さんを亡くしてから、女手一つで息子さんを育ててきたんですか」
「可愛い息子さんのためにがんばってるんですね!」
目的地まで歩いていく道中、セレスタ・レネンティア(ka0874)とリンカ・エルネージュ(ka1840)はレイアと雑談しながら歩いていた。初めはぎこちなかったレイアだが、徐々に打ち解け始めてきたように見える。
8年前……イスルダ島が歪虚に占拠される3年前ではあったが、海に歪虚がいなかったわけではない。レイアの良人は運悪く歪虚に遭ってしまい、命を落とした。
そんな事態は山ほどある。そういう時代だった。
それでもレイアは絶望することなく生きてきた……イーライの存在は彼女が生きる理由であり支えでもあった。
儚げな印象を与えるレイアだったが、荒地に咲く花のように生きている。
話を聞いて、ハンター達は第一印象を塗り替えることになった。
イーライはレイアの傍を歩いていたが、物珍しそうにハンターたちを見上げていた。中でも巨体に傷跡が目立つグライブ・エルケイル(ka1080)は気になったらしく、何度も目が合っては反らしていた。
興味はあるが怖い、そんな気持ちだった。
グライブはそんなイーライの心中を察したのか、自分から近寄ると、ポケットを探って何かを取り出すと、イーライに差し出した。
「……食うか?」
可愛い袋に包まれたキャンディーだった。
イーライは受け取ってしげしげと見つめると、早速中身を開けて食べ始めた。
「ほら、お礼言いなさい! すみません、行儀の悪い子で……」
「いや……」
レイアが見つけて咎める。グライブは気にしないという風に首を振った。
イーライはというと、もう物怖じせずにグライブを見上げている。グライブはそんなイーライの頭をワシャワシャと撫でてやった。イーライは照れくさそうに笑った。
道中は何事もなかった。夏の日差しこそ強かったが、潮の香りの混ざった風が心地よく、木々や草の緑が日に映え、青い空がどこまでも広がっている。快適な道中だった。
……やがて、海岸に到着した。
坂の上にある海岸からは、空と海が一望できる。真っ青な空に、白く光る雲が近く見える。眼下には海が日の光を受けてきらきらと輝いている……
そんな美しい風景に、ふさわしくない者たちの姿があった。
かろうじて海鳥に見えなくはない……しかし体は歪に曲がっているし、硬質な何かで所々が覆われている。何より翼が三枚あった。それが崖の端に――さながら死肉を啄む禿鷹のような不吉さをもって――四羽、止まっていた。
「歪虚がいる」
先頭を歩いていた対崎 紋次郎(ka1892)が依頼人親子に呼びかけた。
「――解っているね?」
問いかけに、レイアはうなづいた。紋次郎は、あらかじめ注意を呼びかけていた――子供を離さない事、我々から離れない事、敵を注視しない事。紋次郎はそれを確認したのだ。
「後は無事を祈ってくれ」
「わかり、ました……」
危険は承知で来たのだ。レイアは重々しい表情でうなづいた。
そして、イーライの手を握った。
不安がイーライに伝わったのか、あるいは歪虚の存在が多感な子供に恐怖を覚えさせているのか――顔を強張らせた。
そんなイーライの手をやさしく握るものがあった。母親が握っている手の、反対側の手だ。
エイル・メヌエット(ka2807)だった。
「大丈夫、どんな歪虚が現れても慌てないで、私達に任せてね。イーライ君のためにも、
大切な想い出を守るための戦いを、心を強く持ってどうか乗り越えて」
イーライはエイルを見上げ、困惑こそしながらであったが、うなづいた。
恐ろしくても逃げ出そうとはしない――そんな親子の強い意志に、マルカ・アニチキン(ka2542)は、口にこそ出さなかったが惹かれるものを感じていた。
かれらの命を預かるということ――猫を飼うのと同じで――に、責任の重さを感じながらも、それを全うしようと強く心に刻む。
「感傷に浸る時間と場所くらいは与えてほしいものだ」
ロニ・カルディス(ka0551)はメイスを手に、一歩前に出た。それから、傍らの仲間たちを見遣る。
「……いや、俺達が作ればいいだけか」
仲間が、無言で同意する。
それが攻撃の合図となった。
●敵を討つ矛となる
ロニ、リンカ、紋次郎、エイルが敵を殲滅すべく前進し、セレスタ、グライブ、マルカは依頼人を囲むようにして立つ。歪虚はその動きをいち早く察し、四羽が一度に飛び掛った。
「君たちの敵は……私たちだよっ。さぁ、こっちへおいで!」
距離を詰められる前に、リンカがウインドスラッシュを放つ。同時にロニ、エイルがホーリーライト、紋次郎が銃で攻撃する。
風の魔法と聖なる光弾、そして銃弾の波状攻撃。歪虚たちは飛行の途中で体をひねり、これを避けた。そこから二羽が直進し、一羽が急上昇する。そして残る一羽は大きく迂回して、後方に控える依頼人のいる方へと向かった。
「そっちに向かったぞ!」
紋次郎が大声で後方に叫ぶ。
その声に反応したのか、歪虚の二羽が紋次郎に向かった。高速で飛来する歪虚の嘴に胴体と脚を突かれ、体勢が崩れる。
さらに、上昇した一羽が頭上から、足の指を広げて迫った。体長1m50cm程の怪鳥が、頭上に迫る。
だが、そこにエイルのニードルウィップが飛んだ。鞭の直撃を受けた歪虚は一旦離れ、上空を旋回し始めた。他の二羽も頭上から攻撃の機会を伺う。
すぐに、三羽が降下してくる。今度はロニ、リンカ、エイルを狙ってきた。
エイルは攻撃を喰らい、肩から出血するが、ロニとリンカは紙一重でこれを避けた。
「えいっ!」
リンカが、すれ違い様にウィンドスラッシュを放つ。渦巻く風が歪虚を取り囲み、それは翼の一枚を切り落とした。
しかし、歪虚は体勢を崩したものの残る二枚の翼で飛行を続ける。
三羽が分かれ、うち一羽が急旋回し、再び紋次郎に迫った。同時に他の二羽が、ロニとエイルに体当たり攻撃を仕掛ける。
阻むものはなく、歪虚の巨大な足が紋次郎を鷲掴みにした。歪虚は紋次郎を掴んで空へと舞い上がる。
一瞬のうちに、紋次郎の視界に映る地上が小さく見えた。
「空から地上を眺めるのも久しぶりだな――ずっと低いが」
サルヴァトーレ・ロッソから地球を見下ろしたこともある紋次郎はあくまでも冷静だった。
歪虚が滑空のため翼を広げたタイミングを見計らい、あらかじめ体に結び先を輪にしておいたロープを振るう。それは歪虚の胴体にかかり、引っ張ると食い込んだ。
その時には眼下には海が広がっていた。歪虚が落とそうと指を開くと、紋次郎は歪虚の体に括りつけたロープにぶら下がった。歪虚が紋次郎の体重に引かれて一瞬高度を落とし、慌てて羽ばたいた。
宙吊りのまま、空を漂う。紋次郎の位置からは歪虚は隙だらけだ。下からアルケミストタクトを向ける。
「喰らえ」
機導砲。続けざまに二度放たれた光が、それぞれ翼を射抜いた。
翼はぼろぼろになった。もう飛行は叶わない。だが歪虚は最後の力で方向を変えた。
その先には崖があった。飛行の勢いはまだ死んでおらず、岸壁へとまっすぐに突っ込んでいく。
「道連れって奴か?!」
歪虚は紋次郎もろとも、岩壁へと突っ込んだ。
ロニ、エイル、リンカと歪虚の二羽の戦いは続いていた。
空を自在に舞い、ヒットアンドアウェイの攻撃を仕掛けてくる歪虚は手強い相手だった。
しかし、ロニとエイルの聖導師二人の活躍で、持ちこたえられていた。高い知能を持たない相手なので行動も読めてきていた。
「私たちがここにいる限り、もう奪わせないよ! 成敗してあげる!」
リンカが吼えた。精神を集中しワンドを掲げる。風が吹き荒れ、刃となって歪虚に飛んだ。
それは恐るべき威力で歪虚をばらばらに切り刻んだ。空中で四散したそれはそのまま黒い粒子となって掻き消えた。
「やった!」
「これで、残るは一体――」
その時だった。
死角から飛来した歪虚が、ロニに襲い掛かった。
ロニは反応するが、避けきれず左肩を掴まれた。瞬時に、ロニは盾を捨て、自らも歪虚の脚を掴み返した。
歪虚がロニを持ち上げたまま上昇する。
――空を飛んだことがあるドワーフがどのくらいいるのか。
だが、その稀有な体験に感動する暇はない。ロニはメイスを振りかぶり、下から打ちつけた。
歪虚は揺れながらも海上へと飛んでいく。歪虚はロニを海へと落とそうとするが、ロニはしっかりと左手で脚をつかんでぶら下がる。そして、その体勢からメイスを打ち付ける。
利いているのか段々と高度も落ちてきた。しかし、ロニを振り落とそうとスピードを上げる。
「う……う、おおおおおおおお!」
腕が痺れてきた。しかしロニは、歪虚への憎しみ、そして被害者を増やすまいという使命感によって、片手で体を支えた。
そして、体全体のばねを使ってメイスを打ち付ける。
羽ばたきが止んだ。歪虚は、ロニとともに海へと落下した。
着水の衝撃で手が離れた。ロニは視界を巡らし敵を探す。
振り向くと、歪虚は猛スピードで泳いできていた。水中での突進を、鎧で受ける。
衝撃に吹き飛ばされながらもメイスを向け、口腔内で精霊に呼びかける。
ホーリーライトが、正面から炸裂した。水中に光が満ちる。
ロニは水面から顔を出した。岸からは離れていたが、泳ぐのは得意である。戻るのに問題はない。
目を凝らして水中を見つめる。
歪虚の姿は、無かった。
●同胞を守る盾となる
「そっちに向かったぞ!」
紋次郎が叫んでいた。依頼人親子を守るセレスタ、グライブ、マルカの三人は自分たちに向かってくる歪虚を認め、身構えた。
グライブが自分に防性強化を施し、依頼人の前に立つ。その両脇を固めるように、セレスタが銃を撃ち、マルカがアースバレットを放った。
歪虚は不規則な動きで旋回しながら飛来し、弧を描くように襲い掛かる。
高速で飛来する硬質の体が、グライブに直撃した。
グライブは避けようとはしなかった――背後の依頼人をかばったのだ。
歪虚は攻撃するためには勢いをつけるため一旦離れる。グライブが攻撃を受ければ、すぐに依頼人を襲うことはできない。
跳ね返るように離れていく歪虚にセレスタとマルカが瞬時に対応し、再び銃弾とアースバレットを見舞う。離れ行く歪虚は、空中で回転して銃弾と石の弾丸をいなした。そして下から上へと弧を描いて、再び突進してくる。
依頼人をかばい、グライブはまたもや直撃を食らった。歪虚は跳ね返るように離れ、ブーメランのように戻り、さらに一撃を加えた。しかし、グライブもただやられたわけでもなかった。この間にセレスタとマルカに攻勢強化をかけている。
四度目の体当たりがグライブに直撃した。大柄な体が崩れ落ちるように、よろめいて膝を突く。真上に上昇した歪虚はグライブを直接狙い、止めを刺そうとする。
「絶対に守り抜きます、やらせるかっ!」
そこにエイミングを利かせたセレスタの銃が翼を打ち抜いた。注意深い観察から、飛行ルートを見抜いたのだった。
「……今ですっ!」
マルカが絶妙のタイミングでアースバレットを放った。速度が落ちた歪虚を、石礫が捕らえた。衝撃で羽が飛び散り、地面を転げ回った。
そして痙攣したかと思うと、黒い粒子となって、消え去った。
●現在を生きる人々
「あの、もう心配いりません。これ……どうぞ」
マルカが、レイアとイーライに飲料水のボトルを渡した。戦闘中は闘志を見せていたマルカだが、今では控えめな性格に戻っている。
「あ……ありがとうございます」
彼女の気配りは通じ、依頼人親子の心は落ち着いたようだった。
「ふぅ……やれやれ。ひどい目に遭った」
そこに、泥だらけで水浸しになった紋次郎が戻ってきた。そして戦闘の前に地面に置いていた物を拾った。
それは、花だった。
「渡る海は違えどわっしも船に乗っていた身……まぁわっしは星の海だったが……わっしからも手向けさせてくれんかね?」
「はい……! あの人も喜ぶと思います」
レイアは柔らかな微笑を見せた。
紋次郎にやや遅れて、ロニもまた戻ってきた。
「こちらも一羽仕留めた……今なら大丈夫だろう」
塗れた服を絞りながら言う。
「本当に……お疲れ様です」
ロニにねぎらいの言葉をかけると、レイアは、イーライの手を引いて崖の一番先へと向かった。
柔らかな風が吹き抜けていった。
波の音だけが聞こえる。どこまでも青い空が広がり、海は穏やかに波打っている。先ほどまでの激闘が嘘のような、懐かしさを感じさせる海岸の風景だ。
「綺麗な海ね。貴女の勇気がこの場所を守ったのよ」
エイルが、潤んだ瞳で言った。
その声に熱がこもっていたのは、弟に先立たれた者としてレイアに共感を覚えていたからなのかもしれない。
エイルは、こういう風景を弟に見せたかったのだ。
レイアは良人を想いながら、花を投げた――。
それは音も無く落ちて、
静かに、波にさらわれていった。
それから一行は依頼人を家まで送り届けた。
すでに夕焼けが街を赤く染めていた。
家の前で、レイアが一行に別れを告げる。
「今日は本当に、ありがとうございました」
「いえ。歪虚と戦うのは我々の定めでありますので」
セレスタは折り目正しく言って、敬礼しそうになったが止めた。かつて軍人であったが、今は違う。
「何かありましたら、遠慮せずにソサエティまでお申し付け下さい」
「大きくなったら強くなって、ママを守ってあげるんだぞ?」
リンカはイーライの前にかがんで、小指を立てて見せた。
「うん!」
イーライは迷い無くうなづいた。
「よーし、お姉さんとの約束だよっ!」
指切りをして、笑顔で別れる。
リンカが離れると、傍らで見守っていたグライブと目が合った。
「……お前の親父さんは、幸せ者だな」
グライブはそれから、何かを言おうとしたが、
結局、何も言わずに、イーライの頭をワシャワシャと撫でた。
元々、饒舌ではないのだ。
内心、失った家族の面影をイーライに見出していることは……うまい言い方が思いつかない。
「……おじちゃん、またね」
「ああ」
離れていくグライブの大きな背中に、イーライは言った。
一人一人と別れを告げていき、やがて親子だけが残った。
「ママ……」
「なに?」
「パパって、グライブさんみたいな人だったのかな」
「ふふふ、そうね……
そうだ、今日はパパの話を沢山聞かせてあげるわ」
依頼結果
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相談卓 リンカ・エルネージュ(ka1840) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/08/21 21:08:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/16 19:33:28 |