ゲスト
(ka0000)
望郷2 ~私を病院から連れ出して~
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/12 07:30
- 完成日
- 2016/03/20 21:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●エンスリン病院 診察室
「……おかしい。何故、進行が止まっていないんだ……」
土気色の顔は目の下のクマと相まっていつ見ても不健康そうだけれど、初めて会ったときから変わらないから、恐らくこれが地の顔なんだろうな。てっぺんのハゲをごまかす為なのか、スキンヘッドにした後頭部を神経質そうに掻きながら先生は打ち出された血液データを見て唸っている。
「……薬はちゃんと飲んでいるんだろうね?」
痩けた頬にぎょろりとした目は、本当に不健康そのもの。医者の不養生とはまさにこのことだな、なんて私は思いながら頷く。
「毎日看護婦さん達の前で飲んでいるわ」
……もっとも舌の下に隠しておいて、看護師が出て行った後、全て吐き出しているのだけれど。
「ねぇ、先生。私、いつ死ぬの? どうせ死ぬならここじゃなくて家に帰りたい」
「……薬を増やしてみるか……だが、それでは身体への負担が大きくなりすぎる……咳が出たりはしないね?」
私の声は見事にスルーして、先生はぶつぶつと呟きながら、今日と過去の検査データを睨み付けている。
「咳は無いわ。ねぇ、先生。私、痛み止めだけ多めに欲しいわ。最近夜が辛いの」
嘘。徐々に増やして貰っている痛み止めは大事に大事に取ってある。計画を実行する為に、これだけは無いと辛くなるだろうから。
「……そうか。では、頓服用の痛み止めを余分に出しておこう。飲んだら必ず」
「看護師さんに報告、でしょ。分かってる」
毎朝報告はしている。けど、全部嘘。本当は痛み止めは寝る前に1錠だけ飲んで、あとは我慢している。
私は松葉杖を取って未だ慣れない左の義足を庇いながら立ち上がると、診察室をあとにした。
●前略 ハンターの皆々様
『まだまだ寒さは厳しいですが、徐々に陽の落ちる時間が延びつつある今日この頃。
このたびはわたくしの願いを聞いていただきたくお手紙をさせていただきました。
実はわたくしは昨年初夏より体調を崩し、自宅で養生しておりました。
ところが状況が一向に快方に向かわなかったこと、また、父にとってわたくしが唯一の肉親であることから、それはそれは大げさなほど心配しまして、町より医者を呼んで診ていただきましたところ、不治の病だと診断されました。
しかし帝都に行けば、治療が可能だと言うことで、雪が降る前に帝都へと送られ、現在入院生活を送っております。
ですが、1月、歪虚達の攻撃もあり、この帝都ですら安全でないこともわかりました。
そこで退院を願い出ましたが、医師より許可をいただくことが出来ませんでした。
また、同時に父に迎えに来てもらえるようお願いをいたしましたが、父も頑として退院に賛同してはくれませんでした。
それでもわたくしはこんな白く狭く退屈な場所で死ぬより、同じ白なら故郷の雪に埋もれて死にたいのです。
わたくしの病は元々は膝が酷く痛むという病でしたので、入院してすぐに手術をしており、現在一人ではうまく歩くことが出来ません。
また、その病が今は全身に回っておりますので、人より体力もなく、情けないことですが、ここから抜け出すのがやっとではないかと思います。
それに何より、わたくしの生まれは周囲を山に囲まれ、夏は生い茂る草木に道を閉ざされ、冬は豪雪に襲われ道を閉ざされる、到底帝国領内とは思えぬ僻地でございますので、ハンターの皆様のご助力なければ到底帰ることは適いません。
現在の所持金はわずかなものしかございませんが、どうか、わたくしの最期のわがままをきいてはいただけませんでしょうか。
3月7日午前0時。エンスリン病院に唯一の裏口がございます。
わたくしは這ってでも裏口より外へ出ますので、わたくしを迎えに来てください。
そして、大変雪深く、不便なところではありますが、わたくしを故郷まで連れて帰ってはくださいませんでしょうか?
どうぞよろしくお願いいたします。
アンネリース・レーメ』
●ハンターオフィスにて
この手紙を読み終わって、説明係の女性は心底困ったように柳眉を寄せた。
「この手紙の差出人であるアンネリースに、直接会ってきたのです」
断るつもりで行ったのだ。
アンネリースはまだ16歳の少女であり、保護者である父親と治療を行っている医師が反対しているのに、勝手に連れ出すような真似は出来ないと。
しかし……
「この手紙からもわかるように、アンネリース……アンは非常に落ち着いていて、聡明な少女でした。決して一時の激情やホームシックなどで帰りたいと言っているのではないこと……自分の病を受け入れ、きちんと正面から死と向かい合っていることがわかりました」
そしてアン曰く、『ここに閉じこめられている方がよほど自分の寿命を縮めそうだ』との事で、実は年明けからずっと痛み止め以外の薬をボイコットしているらしい。
『だから、もしハンターの皆さんのご協力が得られなくても、近々わたくし、死にますの』
と、あっけらかんと彼女はそう告げたらしい。
「先日……この病院から退院途中で行方不明となり、その後退治していただいた雑魔こそがその行方不明であった人ではないか、という報告を受けました」
――エマの事か。
誰かが一人の女性の名をこぼした。
「もしも病院が怪しいという事でしたら、彼女からいろいろと話を聞くことが出来るかもしれません」
ある意味、政治的取引、というやつになるかもしれませんね、と女性は目を伏せる。
「彼女の生家は帝国領内でももっとも雪深く、恐ろしく僻地に当たります。皆さんには最寄りのブラウヴァルトという町までの護送をお願いします。それ以降はアン曰く『雪道が得意で私のお願いを断れない親切な人』にソリを依頼するそうです」
『恐ろしく僻地』の単語にもしかして、とまた別のハンターが口を開いた。
「……えぇ、フランツ・フォルスター辺境伯の領地です。今年も雪が酷くあの地域はほぼ音信不通となっています。今回の件でも一応ご連絡差し上げたのですが、返事はまだ届いておりません」
女性は深々と頭を下げた。
「彼女はどのような結果となろうともすべてを受け入れると言っていました。どうかよろしくお願いします」
●雪深き僻地にて
フランツは大雪の中届いた手紙を読み終えると、老眼鏡を外して目頭を押さえた。
「レーメ殿のご息女か」
体調を崩し、帝都に入院させたと聞いていたが、エマと同じ病院だったとは知らなかった。
確かに彼女ならブラウヴァルトまで来られれば、天候さえ落ち着けばソリでこちらまで帰ってくるツテはあるだろう。
机の上の嘆願書に目を落とす。
『馬車襲撃事件とエマが入院していた病院についての調査依頼』
これが非常に難航していた。何しろ帝都襲撃と時期が被っている上に、相手は元帝国軍医。そして患者のほとんどが貴族と来ている。
フランツは視線を窓の外に向けた。
しんしんと降る大粒の雪は、まだ止みそうに無い……
「……おかしい。何故、進行が止まっていないんだ……」
土気色の顔は目の下のクマと相まっていつ見ても不健康そうだけれど、初めて会ったときから変わらないから、恐らくこれが地の顔なんだろうな。てっぺんのハゲをごまかす為なのか、スキンヘッドにした後頭部を神経質そうに掻きながら先生は打ち出された血液データを見て唸っている。
「……薬はちゃんと飲んでいるんだろうね?」
痩けた頬にぎょろりとした目は、本当に不健康そのもの。医者の不養生とはまさにこのことだな、なんて私は思いながら頷く。
「毎日看護婦さん達の前で飲んでいるわ」
……もっとも舌の下に隠しておいて、看護師が出て行った後、全て吐き出しているのだけれど。
「ねぇ、先生。私、いつ死ぬの? どうせ死ぬならここじゃなくて家に帰りたい」
「……薬を増やしてみるか……だが、それでは身体への負担が大きくなりすぎる……咳が出たりはしないね?」
私の声は見事にスルーして、先生はぶつぶつと呟きながら、今日と過去の検査データを睨み付けている。
「咳は無いわ。ねぇ、先生。私、痛み止めだけ多めに欲しいわ。最近夜が辛いの」
嘘。徐々に増やして貰っている痛み止めは大事に大事に取ってある。計画を実行する為に、これだけは無いと辛くなるだろうから。
「……そうか。では、頓服用の痛み止めを余分に出しておこう。飲んだら必ず」
「看護師さんに報告、でしょ。分かってる」
毎朝報告はしている。けど、全部嘘。本当は痛み止めは寝る前に1錠だけ飲んで、あとは我慢している。
私は松葉杖を取って未だ慣れない左の義足を庇いながら立ち上がると、診察室をあとにした。
●前略 ハンターの皆々様
『まだまだ寒さは厳しいですが、徐々に陽の落ちる時間が延びつつある今日この頃。
このたびはわたくしの願いを聞いていただきたくお手紙をさせていただきました。
実はわたくしは昨年初夏より体調を崩し、自宅で養生しておりました。
ところが状況が一向に快方に向かわなかったこと、また、父にとってわたくしが唯一の肉親であることから、それはそれは大げさなほど心配しまして、町より医者を呼んで診ていただきましたところ、不治の病だと診断されました。
しかし帝都に行けば、治療が可能だと言うことで、雪が降る前に帝都へと送られ、現在入院生活を送っております。
ですが、1月、歪虚達の攻撃もあり、この帝都ですら安全でないこともわかりました。
そこで退院を願い出ましたが、医師より許可をいただくことが出来ませんでした。
また、同時に父に迎えに来てもらえるようお願いをいたしましたが、父も頑として退院に賛同してはくれませんでした。
それでもわたくしはこんな白く狭く退屈な場所で死ぬより、同じ白なら故郷の雪に埋もれて死にたいのです。
わたくしの病は元々は膝が酷く痛むという病でしたので、入院してすぐに手術をしており、現在一人ではうまく歩くことが出来ません。
また、その病が今は全身に回っておりますので、人より体力もなく、情けないことですが、ここから抜け出すのがやっとではないかと思います。
それに何より、わたくしの生まれは周囲を山に囲まれ、夏は生い茂る草木に道を閉ざされ、冬は豪雪に襲われ道を閉ざされる、到底帝国領内とは思えぬ僻地でございますので、ハンターの皆様のご助力なければ到底帰ることは適いません。
現在の所持金はわずかなものしかございませんが、どうか、わたくしの最期のわがままをきいてはいただけませんでしょうか。
3月7日午前0時。エンスリン病院に唯一の裏口がございます。
わたくしは這ってでも裏口より外へ出ますので、わたくしを迎えに来てください。
そして、大変雪深く、不便なところではありますが、わたくしを故郷まで連れて帰ってはくださいませんでしょうか?
どうぞよろしくお願いいたします。
アンネリース・レーメ』
●ハンターオフィスにて
この手紙を読み終わって、説明係の女性は心底困ったように柳眉を寄せた。
「この手紙の差出人であるアンネリースに、直接会ってきたのです」
断るつもりで行ったのだ。
アンネリースはまだ16歳の少女であり、保護者である父親と治療を行っている医師が反対しているのに、勝手に連れ出すような真似は出来ないと。
しかし……
「この手紙からもわかるように、アンネリース……アンは非常に落ち着いていて、聡明な少女でした。決して一時の激情やホームシックなどで帰りたいと言っているのではないこと……自分の病を受け入れ、きちんと正面から死と向かい合っていることがわかりました」
そしてアン曰く、『ここに閉じこめられている方がよほど自分の寿命を縮めそうだ』との事で、実は年明けからずっと痛み止め以外の薬をボイコットしているらしい。
『だから、もしハンターの皆さんのご協力が得られなくても、近々わたくし、死にますの』
と、あっけらかんと彼女はそう告げたらしい。
「先日……この病院から退院途中で行方不明となり、その後退治していただいた雑魔こそがその行方不明であった人ではないか、という報告を受けました」
――エマの事か。
誰かが一人の女性の名をこぼした。
「もしも病院が怪しいという事でしたら、彼女からいろいろと話を聞くことが出来るかもしれません」
ある意味、政治的取引、というやつになるかもしれませんね、と女性は目を伏せる。
「彼女の生家は帝国領内でももっとも雪深く、恐ろしく僻地に当たります。皆さんには最寄りのブラウヴァルトという町までの護送をお願いします。それ以降はアン曰く『雪道が得意で私のお願いを断れない親切な人』にソリを依頼するそうです」
『恐ろしく僻地』の単語にもしかして、とまた別のハンターが口を開いた。
「……えぇ、フランツ・フォルスター辺境伯の領地です。今年も雪が酷くあの地域はほぼ音信不通となっています。今回の件でも一応ご連絡差し上げたのですが、返事はまだ届いておりません」
女性は深々と頭を下げた。
「彼女はどのような結果となろうともすべてを受け入れると言っていました。どうかよろしくお願いします」
●雪深き僻地にて
フランツは大雪の中届いた手紙を読み終えると、老眼鏡を外して目頭を押さえた。
「レーメ殿のご息女か」
体調を崩し、帝都に入院させたと聞いていたが、エマと同じ病院だったとは知らなかった。
確かに彼女ならブラウヴァルトまで来られれば、天候さえ落ち着けばソリでこちらまで帰ってくるツテはあるだろう。
机の上の嘆願書に目を落とす。
『馬車襲撃事件とエマが入院していた病院についての調査依頼』
これが非常に難航していた。何しろ帝都襲撃と時期が被っている上に、相手は元帝国軍医。そして患者のほとんどが貴族と来ている。
フランツは視線を窓の外に向けた。
しんしんと降る大粒の雪は、まだ止みそうに無い……
リプレイ本文
●事前調査
水流崎トミヲ(ka4852)と金目(ka6190)は別々にエンスリン病院へと向かった。
しかし2人はとても丁寧な受付嬢に、静かに丁寧にそして頑とした態度で門前払いを喰らってしまった。
アンネリースの面会に向かったエステル・クレティエ(ka3783)と浅黄 小夜(ka3062)も、門前払いにあっていた。
貴族階級が多く入院しているため、関係性が証明出来ない者の面接は出来ないと断られたのだ。
面会したという説明係の女性は、恐らく父親の代理と偽ったか、フランツの名前を借りたのだろう。事前に彼女から手続きについて聞けば良かったとエステルは下唇を噛んだ。
小夜がトイレに、と1階の侵入には成功したが、廊下に貼られていた1階の地図を見ている所を見つかってしまい、大した収穫は得られなかった。
院長アダム・エンスリン。旧帝国軍軍医。革命後に退役し、エンスリン病院を設立。リアルブルーの医術に関心があり、治療に積極的に取り入れている。特に体内マテリアルの循環不全による奇形細胞増殖症に着目し、現在、帝国唯一の延命治療病院として邁進している。
一般外来、特別外来(要予約)。医師数5人。看護師数40人。病床40床、全室個室。
トミヲと金目が貰ったパンフレットには病院の概略などが載っていた。
『体内マテリアルの循環不全による奇形細胞増殖症』という病名には各自首を傾げたが、恐らくリアルブルーで言う癌みたいなものなのだろうとトミヲは予想を立てる。
小夜は故郷の『ちょっと大きい個人病院』を思い出す。そういえば、そもそもこちらではあまり病院に入院という話しを聞かない。
「……そうですね。どっちかっていうと医者が往診に来てくれて、家で看取るとかの方が多いです」
金目が頷きながら答える。そもそも村単位になると医者が居ない事も多い。そうすると村の薬師や識者などから対処法を聞くという民間療法頼みだ。
4人は少し離れた所から玄関を見る。来るのはほとんどが馬車に乗った、身なりのきちんとした上流階級然とした人々だった。4人が門前払いを喰らったのも恐らく身なりや礼儀作法がなっていなかったというのが原因の一つかと思い当たる。
ハンターはお金がかかる、と金目は独りごちた。
●脱出、そして侵入
アンは時間より少し前に裏口に現れた。
「アンネリースさん? ハンターオフィスの者です。迎えに来ました」
トミヲが声を掛けると、アンは嬉しそうに微笑み礼をした。
トミヲは彼女の細い身体を毛布で包み込む。140cmぐらいの身長、そして抱きかかえた身体は予想よりずっと軽く。その事実が彼には何故か酷く哀しかった。
アンを連れ、街外れの馬車に素早く移動する。
「あー……あなたが僕のはじめての依頼人ですね」
よろしく、と金目がアンに自己紹介しつつ幌の中へと上がるのを手伝う。
「いいか? 動くぞ」
劉 厳靖(ka4574)が手綱を握り、速やかに馬車は動き出した。
エステルが寝間着姿のアンに上からワンピースを着せ、コートやブーツを貸す。
「あと、これを」
お守り代わりに、と龍鉱石を手渡した。
「キレイね」
月明かりに石を透かしながら瞳を輝かせるアンを小夜はじっと見つめていた。
『雑魔化するかもしれない』
その可能性がゼロではないから、小夜は服の裾をぎゅっと握り締めて彼女を見る。
これから話す事実と憶測を、彼女がどのように判断するのか、怖くもあるし、興味もあった。
ただ、嬉しそうに楽しそうに笑うアンを見て、誠意を込めて接しようと小夜は心に誓った。
アンの開けた裏口から、そっと侵入した二つの影があった。頭ばかりが大きい小さな影がマリル(メリル)(ka3294)。夜霧のドレス姿の影がドロテア・フレーベ(ka4126)。2人は小夜から聞いた1階の見取り図を元に速やかに2階へと駆け上がる。
暗い階段を上がって正面が看護師の詰所らしく、煌々と灯りが漏れる中で看護師が何やら書き物をしている。彼女の背後ある棚には入院患者のカルテなどが置かれている。
マリルは2階の地図を見つけた。病院は大きなロのような構造になっていて、外側に病室、内側に手術室や詰所などがあるらしい。そのまま彼女は気配を消してそろりと詰所へと入っていく。
ドロテアはまず入院患者の表札を見て回ることにした。
しかし部屋番号はあれど表札は無い。時折扉越しに寝息らしい呼吸音が聞こえることから、入院患者がいるのは確かなようだ。
巡視中の看護師が近付いて来るのを察し、ドロテアは咄嗟に207号室へと滑り込むと影に身を潜めた。
その部屋は月明かりが入り込み、ほのかに明るい。
ベッドの上には痩せこけた男が細い呼吸音を立てて寝ていた。
静かに扉が開き、看護師が男の呼吸を確かめ、部屋を出て行く。
ドロテアは看護師が角を曲がって行くのを待って部屋を出た。
「鼠が入り込んだようだね」
低くしわがれた男の声が聞こえたと思ったと同時に、ドロテアの身体は宙を舞った。
マリルは詰所に入ったはいいものの、仕事熱心な看護師がカルテを次から次へと手元へ引き寄せては、何やら記入しており中々カルテに近付けず、その仕事ぶりを天井に張り付いて眺めていた。
カルテを開いたまま、看護師は後ろの棚から辞書を取り出す。カルテのページは自然にぱらぱらとめくれ、マリルの目に『同意書』という文字が飛び込んで来た。
その、1番下の行。
『薬の副作用
出来る限りの延命をするにあたり、死亡した患者の亡骸は骨さえ残らずに消失する』
マリルが目を見張ったその時、廊下から何かがぶつかる酷く大きな音がした。
「何!?」
看護師が慌てて灯りを持って廊下を見にいく。
マリルはこのチャンスにカルテを見るか、廊下へ出るか一瞬迷った後、廊下へ出た。
廊下の突き当たり、立ちすくんでいる看護師の向こうで壁に背もたれて倒れているのはドロテアだった。
「君、警備に連絡を。それから、207の患者に異常がないか至急確認してくれ」
「は、はい!」
命を受けて、こちらに向かって看護師が勢いよく振り返り……詰所の灯りに照らされたパンプキン仮面姿のマリルを見て絶叫した。
その隙にマリルは看護師の脇を抜けて、身じろぐドロテアの元へと一気に駆け寄った。
「私の一撃を受けても昏倒しない上に、その動き。素人ではないね。覚醒者が不法侵入とは。全く情けない」
マリルが声のした方を見ると、暗がりの中、白衣姿の男が小さな杖を手にゆっくりと近付いて来るのが見えた。
「さぁ、何の目的で侵入したのか、答えて貰おう」
「駄目、コイツ、強い」
マリルが刀に手をかけたのを見て、ドロテアは首を振った。不意打ちだったとはいえ、酷く重い一撃だった。この男に見つかったのがマリルじゃなくて良かったとドロテアは心から思う。恐らく彼女なら一撃に耐えられなかっただろう。
マリルは男から視線を逸らさず頷くと、すぐ傍の病室に飛び込み、その窓ガラスを体当たりでぶち抜いて外へと転がり出た。
ドロテアも脚に全マテリアルを集中させてその後に続いた。
●合流
「……んで、何とか逃げおおせました、と」
翌日の夜。宿屋で合流したマリルとドロテアから話しを聞いて、劉が唸った。
今まで調査を依頼すればすぐに反応があったフランツから連絡が無い事に、気が急いたのは確かだ。だが、連絡が出来ない理由があったのだとしたら、自分達は大きな失敗をしたのかも知れない。
そう思うとドロテアにはまだ癒えぬ傷の痛みより辛かった。
馬車には劉が万全の偽装工作をしてあった。が、道中の検問じみたやり取りもどちらかというと行方不明者を捜すというより殺人犯を捜すような雰囲気があったのはこれかと劉は頭を掻いた。
「とりあえず俺達が今回受けた依頼は彼女を無事に送り届ける事だ。他のことは後で考えよう」
「そうですね。明日からは雪道になります。防寒しっかりしないと」
天候や雑魔の出現など、適宜情報収集に徹していた金目は、この先の森を抜けると雪道になるという情報を皆に伝えた。
「目的地周辺の積雪量は割とシャレにならない感じですね。積雪が10m以上になっているとか」
「……は?」
金目の言葉に劉が目を丸くする。
「メリルもちょっと調べたよー! 帝国随一の豪雪地帯なんだって」
元気よく手を上げて、メリルが金目の発言をダメ押しする。
「フランツ辺境伯? あの方の治めている領地は更にその奥なので、とても人や馬が入っていける所じゃないと」
確かに手紙にも『大変雪深い』やら説明係の女性からも『帝国で最も雪深く、恐ろしく僻地』など散々な言われ方をしていたが、予想以上の絶景が待ち受けているらしい。
「……わーお」
額に手をやって、劉は天井を仰ぎ見た。
「上がりっ!」
「ぐあぁぁ、まーけーたー」
一方、残りの4人は宿屋から借りたトランプに興じていた。
ジョーカーを握り締めるトミヲは、アンの明るい笑い声を聞くとやっぱりちくりと胸が痛む。
いたた、と言いながら、姿勢を変えるアンを見て、エステルが思い切って薬を止めた理由を問うた。
「私ね、手術したでしょ」
膝から下が無い左脚をアンは示した。
「普通はそれで数値が下がるんですって。だけど、私の場合は多分、手術するのが遅かったのね。手術したのに、数値は変わらず。それで薬を飲むことになったの」
だが、飲んだ薬は酷い吐き気と目眩をもたらした。
「これを飲めば治る、また村に戻れるっていうなら私多分薬を飲んだし、頑張ったと思うの。だけど」
医師から告げられたのはただの延命処置でしかないという事実。アンは静かに微笑った。
「お父様は、帰ってくるなって。一日でも長く生きていてくれさえすればって言ったわ。でもね、薬を飲まなければ持って半年。飲めば1年以上の余命なんて、あんな部屋の中に閉じ込められたままなら、死んでいるのも同然じゃない」
入院は故郷から遠く、季節柄誰も面会には来られない。入院患者同士顔を合わせることはあっても、お互い死に向かうだけの日々で楽しい語らいなど無かった。唯一、病院に出入りしている薬屋の青年と親しくなって、彼に手紙を託した。ハンターオフィスへ『私をここから連れ出して』と。
「遠く離れて1人死ぬより、お父様の傍で死にたい。故郷の雪に埋もれて春を見て死にたいと思うのは、そんなに我が儘かしら?」
アンの問いに沈黙が降りる中、小夜が真剣な眼差しで口を開いた。エマという女性の事。あの病院やそれに関わる所で何かが起きている可能性。退治した雑魔がエマであったかもしれない事。アンもまた雑魔化してしまうかもしれない可能性。
「……全部、かもしれない……です。ハッキリしたことは何も……分かってなくて。だけど、それでも……このお話を聞いても……帰りたい、ですか?」
「えぇ。私もあのまま病院で死んでいたら、きっと亡霊になってでも故郷へ帰ると思うわ」
アンは真っ直ぐに小夜を見た。
「でも、そうね。万が一私が雑魔になってしまうことがあったらいけないから、ハンターの一人でも雇ってもらおうかしらね」
そう言ってアンは晴れやかに笑った。
●道中、そして到着
「じゃじゃーん」
トミヲがバラエティーランチを広げると、一斉に感嘆の声が上がった。
「すごい!」
色とりどり、綺麗に並べられたお弁当にアンは瞳を輝かせる。
「さ、遠慮せずに!」
「「いただきまーす!」」
みんなで一斉に箸をのばした。
雪が深くなってきた所で、雪の上を歩きたいというアンの希望を叶えるべく、金目が付き添った。
金目の胸の高さぐらいしかない彼女は、まだ誰も踏んでいない新雪の上に立つと、そのまま後ろ向きに倒れた。
「ちょっ!?」
「あはは! 気持ちいいっ!」
そう言うと、雪を掬って、えぃっと金目に投げた。
「冷たっ!」
金目の反応にアンは楽しくて仕方が無いというように笑い転げている。
「……このっ!」
お返し、と金目が雪を掬ってぶつけると、更にアンは笑い転げた。
その後二人は全身が雪まみれになるまで雪のかけ合いをして、エステルに怒られたのだった。
メリルが歌を唄う。高く低く伸びやかに。目を閉じればそこに故郷があるように、情感をたっぷり込めながら。
アンもそれに倣って歌を唄う。彼女の歌声は同じ歌なのに明るく牧歌的に聞こえた。
「僕、外見年齢15歳以上の女子には異常に緊張するけどこの子は……大丈夫で。その事が、とても胸に痛い、かな」
二人の歌声をBGMにトミヲが呟く。隣の劉は手綱を握り前を見たまま、「そうか」とだけ返した。
道中は劉がしっかりと事前に対策をしたことと、金目の情報収集により事前回避が出来たことで大きなトラブル無く進むことが出来た。
徐々に周囲は雪深くなり、ギリギリ馬車がすれ違えるかぐらいの道を静かに進む。
道中の町で冬支度を整えながら、一行はついに目的地、ブラウヴァルトに到着した。
アンの案内で辿り着いたのは、この町唯一の配達人の家だった。
この町とアンの住まう町の連絡手段である郵便物を一手に引き受けているのだと言う。
特に冬は雪に阻まれ、覚醒者でもある彼らの操る犬ぞりで無ければ辿り着くことさえ難しいらしい。
トミヲはここに残りたかった。ちゃんと彼女が実父を説得し、帰るところを見届けたかった。
そうアンに告げると、アンは「ありがとう、でも大丈夫、頑張る」と笑った。
「人は幸せに生きることが最高の使命なの。だから」
マリルの言葉に、アンは笑顔で頷く。その笑顔にめいっぱいの笑顔でマリルも応えた。
別の病院で見て貰いましょうというエステルや小夜の進言には、アンは首を横に振った。
ドロテアと劉もフランツに依頼してはと声を掛けたが、最初に診断したのがそのフランツも信頼する医者だったと言われればもう何も言えない。
ならばせめてと、エステルが一度返された龍鉱石を再びアンに手渡した。
「ありがとう。大事にするわ」
大切そうに握り込んで、アンは柔らかく微笑んだ。
そしてとにかくアンの希望を優先して動いていた金目に、彼女は深々と頭を下げた。
「沢山ありがとう」
金目の黒曜石のような瞳に、春の花のように微笑むアンが映った。
「雪が溶けて、春になって、私が死んだら、オフィスに連絡をするように遺言を残すわ」
アンは少し意地悪そうに笑って宣言した。
「雑魔になったりせずに、きちんと死んでみせるんだから」
話しの見えない配達人は吃驚したようにアンを見る。
アンはその顔を見て楽しそうに声を上げて笑った。
最初から、最後までアンは7人の前で笑顔で在り続けた。
小夜はそんな彼女の強さを好ましく思う一方で、羨ましいとも思った。
(……自分は故郷に帰れる日が来るんやろうか……)
白銀の世界で、小さくなっていく背中を見送りながら、小夜は帰りたいと帰れないの間で揺れていた。
水流崎トミヲ(ka4852)と金目(ka6190)は別々にエンスリン病院へと向かった。
しかし2人はとても丁寧な受付嬢に、静かに丁寧にそして頑とした態度で門前払いを喰らってしまった。
アンネリースの面会に向かったエステル・クレティエ(ka3783)と浅黄 小夜(ka3062)も、門前払いにあっていた。
貴族階級が多く入院しているため、関係性が証明出来ない者の面接は出来ないと断られたのだ。
面会したという説明係の女性は、恐らく父親の代理と偽ったか、フランツの名前を借りたのだろう。事前に彼女から手続きについて聞けば良かったとエステルは下唇を噛んだ。
小夜がトイレに、と1階の侵入には成功したが、廊下に貼られていた1階の地図を見ている所を見つかってしまい、大した収穫は得られなかった。
院長アダム・エンスリン。旧帝国軍軍医。革命後に退役し、エンスリン病院を設立。リアルブルーの医術に関心があり、治療に積極的に取り入れている。特に体内マテリアルの循環不全による奇形細胞増殖症に着目し、現在、帝国唯一の延命治療病院として邁進している。
一般外来、特別外来(要予約)。医師数5人。看護師数40人。病床40床、全室個室。
トミヲと金目が貰ったパンフレットには病院の概略などが載っていた。
『体内マテリアルの循環不全による奇形細胞増殖症』という病名には各自首を傾げたが、恐らくリアルブルーで言う癌みたいなものなのだろうとトミヲは予想を立てる。
小夜は故郷の『ちょっと大きい個人病院』を思い出す。そういえば、そもそもこちらではあまり病院に入院という話しを聞かない。
「……そうですね。どっちかっていうと医者が往診に来てくれて、家で看取るとかの方が多いです」
金目が頷きながら答える。そもそも村単位になると医者が居ない事も多い。そうすると村の薬師や識者などから対処法を聞くという民間療法頼みだ。
4人は少し離れた所から玄関を見る。来るのはほとんどが馬車に乗った、身なりのきちんとした上流階級然とした人々だった。4人が門前払いを喰らったのも恐らく身なりや礼儀作法がなっていなかったというのが原因の一つかと思い当たる。
ハンターはお金がかかる、と金目は独りごちた。
●脱出、そして侵入
アンは時間より少し前に裏口に現れた。
「アンネリースさん? ハンターオフィスの者です。迎えに来ました」
トミヲが声を掛けると、アンは嬉しそうに微笑み礼をした。
トミヲは彼女の細い身体を毛布で包み込む。140cmぐらいの身長、そして抱きかかえた身体は予想よりずっと軽く。その事実が彼には何故か酷く哀しかった。
アンを連れ、街外れの馬車に素早く移動する。
「あー……あなたが僕のはじめての依頼人ですね」
よろしく、と金目がアンに自己紹介しつつ幌の中へと上がるのを手伝う。
「いいか? 動くぞ」
劉 厳靖(ka4574)が手綱を握り、速やかに馬車は動き出した。
エステルが寝間着姿のアンに上からワンピースを着せ、コートやブーツを貸す。
「あと、これを」
お守り代わりに、と龍鉱石を手渡した。
「キレイね」
月明かりに石を透かしながら瞳を輝かせるアンを小夜はじっと見つめていた。
『雑魔化するかもしれない』
その可能性がゼロではないから、小夜は服の裾をぎゅっと握り締めて彼女を見る。
これから話す事実と憶測を、彼女がどのように判断するのか、怖くもあるし、興味もあった。
ただ、嬉しそうに楽しそうに笑うアンを見て、誠意を込めて接しようと小夜は心に誓った。
アンの開けた裏口から、そっと侵入した二つの影があった。頭ばかりが大きい小さな影がマリル(メリル)(ka3294)。夜霧のドレス姿の影がドロテア・フレーベ(ka4126)。2人は小夜から聞いた1階の見取り図を元に速やかに2階へと駆け上がる。
暗い階段を上がって正面が看護師の詰所らしく、煌々と灯りが漏れる中で看護師が何やら書き物をしている。彼女の背後ある棚には入院患者のカルテなどが置かれている。
マリルは2階の地図を見つけた。病院は大きなロのような構造になっていて、外側に病室、内側に手術室や詰所などがあるらしい。そのまま彼女は気配を消してそろりと詰所へと入っていく。
ドロテアはまず入院患者の表札を見て回ることにした。
しかし部屋番号はあれど表札は無い。時折扉越しに寝息らしい呼吸音が聞こえることから、入院患者がいるのは確かなようだ。
巡視中の看護師が近付いて来るのを察し、ドロテアは咄嗟に207号室へと滑り込むと影に身を潜めた。
その部屋は月明かりが入り込み、ほのかに明るい。
ベッドの上には痩せこけた男が細い呼吸音を立てて寝ていた。
静かに扉が開き、看護師が男の呼吸を確かめ、部屋を出て行く。
ドロテアは看護師が角を曲がって行くのを待って部屋を出た。
「鼠が入り込んだようだね」
低くしわがれた男の声が聞こえたと思ったと同時に、ドロテアの身体は宙を舞った。
マリルは詰所に入ったはいいものの、仕事熱心な看護師がカルテを次から次へと手元へ引き寄せては、何やら記入しており中々カルテに近付けず、その仕事ぶりを天井に張り付いて眺めていた。
カルテを開いたまま、看護師は後ろの棚から辞書を取り出す。カルテのページは自然にぱらぱらとめくれ、マリルの目に『同意書』という文字が飛び込んで来た。
その、1番下の行。
『薬の副作用
出来る限りの延命をするにあたり、死亡した患者の亡骸は骨さえ残らずに消失する』
マリルが目を見張ったその時、廊下から何かがぶつかる酷く大きな音がした。
「何!?」
看護師が慌てて灯りを持って廊下を見にいく。
マリルはこのチャンスにカルテを見るか、廊下へ出るか一瞬迷った後、廊下へ出た。
廊下の突き当たり、立ちすくんでいる看護師の向こうで壁に背もたれて倒れているのはドロテアだった。
「君、警備に連絡を。それから、207の患者に異常がないか至急確認してくれ」
「は、はい!」
命を受けて、こちらに向かって看護師が勢いよく振り返り……詰所の灯りに照らされたパンプキン仮面姿のマリルを見て絶叫した。
その隙にマリルは看護師の脇を抜けて、身じろぐドロテアの元へと一気に駆け寄った。
「私の一撃を受けても昏倒しない上に、その動き。素人ではないね。覚醒者が不法侵入とは。全く情けない」
マリルが声のした方を見ると、暗がりの中、白衣姿の男が小さな杖を手にゆっくりと近付いて来るのが見えた。
「さぁ、何の目的で侵入したのか、答えて貰おう」
「駄目、コイツ、強い」
マリルが刀に手をかけたのを見て、ドロテアは首を振った。不意打ちだったとはいえ、酷く重い一撃だった。この男に見つかったのがマリルじゃなくて良かったとドロテアは心から思う。恐らく彼女なら一撃に耐えられなかっただろう。
マリルは男から視線を逸らさず頷くと、すぐ傍の病室に飛び込み、その窓ガラスを体当たりでぶち抜いて外へと転がり出た。
ドロテアも脚に全マテリアルを集中させてその後に続いた。
●合流
「……んで、何とか逃げおおせました、と」
翌日の夜。宿屋で合流したマリルとドロテアから話しを聞いて、劉が唸った。
今まで調査を依頼すればすぐに反応があったフランツから連絡が無い事に、気が急いたのは確かだ。だが、連絡が出来ない理由があったのだとしたら、自分達は大きな失敗をしたのかも知れない。
そう思うとドロテアにはまだ癒えぬ傷の痛みより辛かった。
馬車には劉が万全の偽装工作をしてあった。が、道中の検問じみたやり取りもどちらかというと行方不明者を捜すというより殺人犯を捜すような雰囲気があったのはこれかと劉は頭を掻いた。
「とりあえず俺達が今回受けた依頼は彼女を無事に送り届ける事だ。他のことは後で考えよう」
「そうですね。明日からは雪道になります。防寒しっかりしないと」
天候や雑魔の出現など、適宜情報収集に徹していた金目は、この先の森を抜けると雪道になるという情報を皆に伝えた。
「目的地周辺の積雪量は割とシャレにならない感じですね。積雪が10m以上になっているとか」
「……は?」
金目の言葉に劉が目を丸くする。
「メリルもちょっと調べたよー! 帝国随一の豪雪地帯なんだって」
元気よく手を上げて、メリルが金目の発言をダメ押しする。
「フランツ辺境伯? あの方の治めている領地は更にその奥なので、とても人や馬が入っていける所じゃないと」
確かに手紙にも『大変雪深い』やら説明係の女性からも『帝国で最も雪深く、恐ろしく僻地』など散々な言われ方をしていたが、予想以上の絶景が待ち受けているらしい。
「……わーお」
額に手をやって、劉は天井を仰ぎ見た。
「上がりっ!」
「ぐあぁぁ、まーけーたー」
一方、残りの4人は宿屋から借りたトランプに興じていた。
ジョーカーを握り締めるトミヲは、アンの明るい笑い声を聞くとやっぱりちくりと胸が痛む。
いたた、と言いながら、姿勢を変えるアンを見て、エステルが思い切って薬を止めた理由を問うた。
「私ね、手術したでしょ」
膝から下が無い左脚をアンは示した。
「普通はそれで数値が下がるんですって。だけど、私の場合は多分、手術するのが遅かったのね。手術したのに、数値は変わらず。それで薬を飲むことになったの」
だが、飲んだ薬は酷い吐き気と目眩をもたらした。
「これを飲めば治る、また村に戻れるっていうなら私多分薬を飲んだし、頑張ったと思うの。だけど」
医師から告げられたのはただの延命処置でしかないという事実。アンは静かに微笑った。
「お父様は、帰ってくるなって。一日でも長く生きていてくれさえすればって言ったわ。でもね、薬を飲まなければ持って半年。飲めば1年以上の余命なんて、あんな部屋の中に閉じ込められたままなら、死んでいるのも同然じゃない」
入院は故郷から遠く、季節柄誰も面会には来られない。入院患者同士顔を合わせることはあっても、お互い死に向かうだけの日々で楽しい語らいなど無かった。唯一、病院に出入りしている薬屋の青年と親しくなって、彼に手紙を託した。ハンターオフィスへ『私をここから連れ出して』と。
「遠く離れて1人死ぬより、お父様の傍で死にたい。故郷の雪に埋もれて春を見て死にたいと思うのは、そんなに我が儘かしら?」
アンの問いに沈黙が降りる中、小夜が真剣な眼差しで口を開いた。エマという女性の事。あの病院やそれに関わる所で何かが起きている可能性。退治した雑魔がエマであったかもしれない事。アンもまた雑魔化してしまうかもしれない可能性。
「……全部、かもしれない……です。ハッキリしたことは何も……分かってなくて。だけど、それでも……このお話を聞いても……帰りたい、ですか?」
「えぇ。私もあのまま病院で死んでいたら、きっと亡霊になってでも故郷へ帰ると思うわ」
アンは真っ直ぐに小夜を見た。
「でも、そうね。万が一私が雑魔になってしまうことがあったらいけないから、ハンターの一人でも雇ってもらおうかしらね」
そう言ってアンは晴れやかに笑った。
●道中、そして到着
「じゃじゃーん」
トミヲがバラエティーランチを広げると、一斉に感嘆の声が上がった。
「すごい!」
色とりどり、綺麗に並べられたお弁当にアンは瞳を輝かせる。
「さ、遠慮せずに!」
「「いただきまーす!」」
みんなで一斉に箸をのばした。
雪が深くなってきた所で、雪の上を歩きたいというアンの希望を叶えるべく、金目が付き添った。
金目の胸の高さぐらいしかない彼女は、まだ誰も踏んでいない新雪の上に立つと、そのまま後ろ向きに倒れた。
「ちょっ!?」
「あはは! 気持ちいいっ!」
そう言うと、雪を掬って、えぃっと金目に投げた。
「冷たっ!」
金目の反応にアンは楽しくて仕方が無いというように笑い転げている。
「……このっ!」
お返し、と金目が雪を掬ってぶつけると、更にアンは笑い転げた。
その後二人は全身が雪まみれになるまで雪のかけ合いをして、エステルに怒られたのだった。
メリルが歌を唄う。高く低く伸びやかに。目を閉じればそこに故郷があるように、情感をたっぷり込めながら。
アンもそれに倣って歌を唄う。彼女の歌声は同じ歌なのに明るく牧歌的に聞こえた。
「僕、外見年齢15歳以上の女子には異常に緊張するけどこの子は……大丈夫で。その事が、とても胸に痛い、かな」
二人の歌声をBGMにトミヲが呟く。隣の劉は手綱を握り前を見たまま、「そうか」とだけ返した。
道中は劉がしっかりと事前に対策をしたことと、金目の情報収集により事前回避が出来たことで大きなトラブル無く進むことが出来た。
徐々に周囲は雪深くなり、ギリギリ馬車がすれ違えるかぐらいの道を静かに進む。
道中の町で冬支度を整えながら、一行はついに目的地、ブラウヴァルトに到着した。
アンの案内で辿り着いたのは、この町唯一の配達人の家だった。
この町とアンの住まう町の連絡手段である郵便物を一手に引き受けているのだと言う。
特に冬は雪に阻まれ、覚醒者でもある彼らの操る犬ぞりで無ければ辿り着くことさえ難しいらしい。
トミヲはここに残りたかった。ちゃんと彼女が実父を説得し、帰るところを見届けたかった。
そうアンに告げると、アンは「ありがとう、でも大丈夫、頑張る」と笑った。
「人は幸せに生きることが最高の使命なの。だから」
マリルの言葉に、アンは笑顔で頷く。その笑顔にめいっぱいの笑顔でマリルも応えた。
別の病院で見て貰いましょうというエステルや小夜の進言には、アンは首を横に振った。
ドロテアと劉もフランツに依頼してはと声を掛けたが、最初に診断したのがそのフランツも信頼する医者だったと言われればもう何も言えない。
ならばせめてと、エステルが一度返された龍鉱石を再びアンに手渡した。
「ありがとう。大事にするわ」
大切そうに握り込んで、アンは柔らかく微笑んだ。
そしてとにかくアンの希望を優先して動いていた金目に、彼女は深々と頭を下げた。
「沢山ありがとう」
金目の黒曜石のような瞳に、春の花のように微笑むアンが映った。
「雪が溶けて、春になって、私が死んだら、オフィスに連絡をするように遺言を残すわ」
アンは少し意地悪そうに笑って宣言した。
「雑魔になったりせずに、きちんと死んでみせるんだから」
話しの見えない配達人は吃驚したようにアンを見る。
アンはその顔を見て楽しそうに声を上げて笑った。
最初から、最後までアンは7人の前で笑顔で在り続けた。
小夜はそんな彼女の強さを好ましく思う一方で、羨ましいとも思った。
(……自分は故郷に帰れる日が来るんやろうか……)
白銀の世界で、小さくなっていく背中を見送りながら、小夜は帰りたいと帰れないの間で揺れていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/08 22:56:34 |
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相談卓~アンに正しい判断を~ マリル(メリル)(ka3294) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/03/12 07:17:30 |