ゲスト
(ka0000)
マカマユリの手のひら
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/22 22:00
- 完成日
- 2014/08/31 14:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
近海にヴォイドが出現したものの、海軍やハンターの活躍によって同盟の諸都市に大きな混乱はなかった。
影響が小さければ自分のことと捉えないのは、危機管理としてはまずいが精神の平穏には良いだろう。
結果としてヴァリオスは平和だった。辺境とも帝国とも王国とも違い、ここはいつまでも後方だ。
(学校が通常営業なぐらいだからな)
その男、エドガーは魔術学院の敷地に堂々と入りながら、倦んだ視線で白い校舎を見上げた。
顔立ちは芸術家の作る彫像のように整っており、着飾れば誰もが振り向くような美男子と言って差し支えない。
しかし短く刈り込んだ金髪と街を歩くには十分以上の筋肉が彼の外見の評価を一変させている。
紛れも無く戦場を闊歩する人種だ。そんな人間が教育機関で研究施設でもある学院に何の用か。
守衛も特に気にせず彼を見送る。彼が依頼人から指名を受けるのは珍しくない。
「やあ、セレーナ」
エドガーは何時もどおり中庭のベンチで腰掛けるセレーナに愛想良く声をかけた。
白いローブに負けない豊かな金髪、鋭くも繊細な横顔が魅力的な学院の魔術師。
セレーナは手をあげてエドガーに答えた。エドガーはいつものように空いたベンチの片方に座る。
彼は皮袋から紙の束を取り出すと、セレーナの側に置いた。
内容はここしばらくのヴォイドの出現報告の抜粋だ。
「……ありがと」
エドガーは訝しむ。何時もなら彼女は確認のためにすぐにでも手に取る。
だというのに今日はぼんやりしたまま下を向き、時折溜息をついていた。
「……何よ?」
「中は見なくて良いのかい? 研究に要るんだろ?」
「…………」
セレーナは表情は更に曇った。
時折エドガーに視線を投げかけ、また下を向き、更に大きな溜息をついた。
「研究どころじゃ無くなったのよ」
そしてセレーナはようやく、ことのあらましを話し始めた。
彼女の悩みはよくあるお見合い話だった。縁談の相手はブアデス酒造の社長の孫、ハイメ・ブアデス。
彼女は現在商人の現在セブリアン家の養子として迎えられているため、
縁談は商人同士の縁談ということになり、事態は少しややこしくなっていた。
「フェデリコさんにはお世話になってるし、私の今後のことを思ってのことだろうから無碍にも出来なくて。それで一度ぐらいは会おうと思ったの。そしたら……」
セレーナの顔つきは一気に暗くなる。わかりやすくいうと、相手は女の敵だった。
観劇にと誘われ二人で出かけたのだがそこからが酷い。何かにつけて身体に触れようとする上に、言動は無作法で傲慢。
縁談もまとまってないうちからセレーナを自分の女のように遇した。
何をするにも自分本位の命令口調で、セレーナの言葉を何一つ聞いている素振りがない。
「後腐れ無いなら間違いなく殺してたわ」
話ながらその時のことを思い出したのか、セレーナは爪を噛みながら呟いた。
本気の殺気を感じてエドガーは身震いする。後腐れさえ無ければ本当に実行しただろう。
「ハイメね。確かにそいつ、悪い噂だらけだ」
「私もあとで知ったわ。仕事はできるらしいけど台無しね」
女遊びぐらいは甲斐性のうち。という男の文化が根付いていることもあって、商家の人間たちはセレーナの言うことを話半分に聞いた。
それどころか親達は両方とも乗り気で結婚する前提で話が進んでいる。
縁談を断りたいと言ったセレーナだが、居合わせた親族が揃って猛反発した。
「お前はこの家の体面に泥を塗るつもりか?」
と言われれば為す術がない。援助を受け、恩もある身ではそれ以上の事は言えなかった。
「……大変だな」
「まったくだわ」
話は終わったのか、セレーナはようやく依頼していた紙束を掴んだ。
ぱらぱらと数枚めくり、すべてを確認する前に閉じる。
傍目にも集中できていないセレーナは、再び口を開いた
「こういうのってなんとかならない?」
「なんとかなるにはなるが……」
エドガーは腕組みして唸る。
なんとかなるが1人で動くには面倒な案件だ。
「依頼で出すとして、費用は幾らまで出せる?」
「そうね。50万が限度よ。私の自由になるお金はそれだけ」
「ふむ……」
それは彼女が研究の合間に協会の仕事をこなして、こつこつと貯めてきた金だ。
友達と遊ぶ事もせず、好きな物を買うわけでもなく、青春を灰色に染めて作ったお金だった。
しかしハンターに依頼する相場であれば4人。エドガーを抜いて3人しか雇えない。
しかもそれは仲介料を抜いた場合の話だ。
値段の相場がわかるからこそ、セレーナの顔も暗いままだ。
「よし、じゃあ今回は君からは10万貰おう。あとは僕が立て替えるよ」
「ダメよ、そんなの」
セレーナはぴしゃりと言い放つ。その反応を、エドガーはなんとなく予想していた。
「借りを作りたくない?」
「それもあるけど、私のお見合い程度でそんな大金を出せないわ」
「真面目だな」
こんな意地の張り方は嫌いではない。
「あのバカに嫁いで何かあるのか?」
「あれを財布だと思えば、我慢できるかもしれないわ」
エドガーは鼻で笑った。それが自分に合わない生き方とわかっているのか、セレーナは言い返せない。
「貸しにはするけど、思うところあってのことさ。善意で金を出すわけじゃない。
僕も男だからね。君があのバカに好きにされると思うと我慢ならないんだ」
エドガーの顔を見ながらセレーナは随分迷ったが、それも30秒程のこと。
「……わかったわ。お願いする」
しかと覚悟を決めた声音でセレーナは答えた。
この思い切りのよさも、彼はたまらなく好きだった。
見つめてくる瞳を見つめ返し、ぐっと顔を近づけた。
「外泊込みでデートしてくれるならもっとサービスしてあげるけど?」
甘く囁くように。熱っぽい目で見つめながら。
多くの女性は声音と視線に心が揺れるのだが、セレーナの視線は一気に冷えた。
手はいつの間にか術具を握って居る。
「ははっ、冗談だ。失礼するよ」とだけ言って、エドガーはそそくさと腰を上げた。
駆け足で庭を横切りながら、今後のことを考える。
手段は色々あるだろう。噂を調べて被害者を探すか、それとも何かしらの失言・失態を引き出すか。
何をするにせよ彼女と親しいとよくわかる自分が直接動くのはまずい。
調査や潜入の得意な連中を集めなければならない。
エドガーは仕事仲間の顔を思い浮かべながら、足取りは悠々と学院の門を出ていった。
影響が小さければ自分のことと捉えないのは、危機管理としてはまずいが精神の平穏には良いだろう。
結果としてヴァリオスは平和だった。辺境とも帝国とも王国とも違い、ここはいつまでも後方だ。
(学校が通常営業なぐらいだからな)
その男、エドガーは魔術学院の敷地に堂々と入りながら、倦んだ視線で白い校舎を見上げた。
顔立ちは芸術家の作る彫像のように整っており、着飾れば誰もが振り向くような美男子と言って差し支えない。
しかし短く刈り込んだ金髪と街を歩くには十分以上の筋肉が彼の外見の評価を一変させている。
紛れも無く戦場を闊歩する人種だ。そんな人間が教育機関で研究施設でもある学院に何の用か。
守衛も特に気にせず彼を見送る。彼が依頼人から指名を受けるのは珍しくない。
「やあ、セレーナ」
エドガーは何時もどおり中庭のベンチで腰掛けるセレーナに愛想良く声をかけた。
白いローブに負けない豊かな金髪、鋭くも繊細な横顔が魅力的な学院の魔術師。
セレーナは手をあげてエドガーに答えた。エドガーはいつものように空いたベンチの片方に座る。
彼は皮袋から紙の束を取り出すと、セレーナの側に置いた。
内容はここしばらくのヴォイドの出現報告の抜粋だ。
「……ありがと」
エドガーは訝しむ。何時もなら彼女は確認のためにすぐにでも手に取る。
だというのに今日はぼんやりしたまま下を向き、時折溜息をついていた。
「……何よ?」
「中は見なくて良いのかい? 研究に要るんだろ?」
「…………」
セレーナは表情は更に曇った。
時折エドガーに視線を投げかけ、また下を向き、更に大きな溜息をついた。
「研究どころじゃ無くなったのよ」
そしてセレーナはようやく、ことのあらましを話し始めた。
彼女の悩みはよくあるお見合い話だった。縁談の相手はブアデス酒造の社長の孫、ハイメ・ブアデス。
彼女は現在商人の現在セブリアン家の養子として迎えられているため、
縁談は商人同士の縁談ということになり、事態は少しややこしくなっていた。
「フェデリコさんにはお世話になってるし、私の今後のことを思ってのことだろうから無碍にも出来なくて。それで一度ぐらいは会おうと思ったの。そしたら……」
セレーナの顔つきは一気に暗くなる。わかりやすくいうと、相手は女の敵だった。
観劇にと誘われ二人で出かけたのだがそこからが酷い。何かにつけて身体に触れようとする上に、言動は無作法で傲慢。
縁談もまとまってないうちからセレーナを自分の女のように遇した。
何をするにも自分本位の命令口調で、セレーナの言葉を何一つ聞いている素振りがない。
「後腐れ無いなら間違いなく殺してたわ」
話ながらその時のことを思い出したのか、セレーナは爪を噛みながら呟いた。
本気の殺気を感じてエドガーは身震いする。後腐れさえ無ければ本当に実行しただろう。
「ハイメね。確かにそいつ、悪い噂だらけだ」
「私もあとで知ったわ。仕事はできるらしいけど台無しね」
女遊びぐらいは甲斐性のうち。という男の文化が根付いていることもあって、商家の人間たちはセレーナの言うことを話半分に聞いた。
それどころか親達は両方とも乗り気で結婚する前提で話が進んでいる。
縁談を断りたいと言ったセレーナだが、居合わせた親族が揃って猛反発した。
「お前はこの家の体面に泥を塗るつもりか?」
と言われれば為す術がない。援助を受け、恩もある身ではそれ以上の事は言えなかった。
「……大変だな」
「まったくだわ」
話は終わったのか、セレーナはようやく依頼していた紙束を掴んだ。
ぱらぱらと数枚めくり、すべてを確認する前に閉じる。
傍目にも集中できていないセレーナは、再び口を開いた
「こういうのってなんとかならない?」
「なんとかなるにはなるが……」
エドガーは腕組みして唸る。
なんとかなるが1人で動くには面倒な案件だ。
「依頼で出すとして、費用は幾らまで出せる?」
「そうね。50万が限度よ。私の自由になるお金はそれだけ」
「ふむ……」
それは彼女が研究の合間に協会の仕事をこなして、こつこつと貯めてきた金だ。
友達と遊ぶ事もせず、好きな物を買うわけでもなく、青春を灰色に染めて作ったお金だった。
しかしハンターに依頼する相場であれば4人。エドガーを抜いて3人しか雇えない。
しかもそれは仲介料を抜いた場合の話だ。
値段の相場がわかるからこそ、セレーナの顔も暗いままだ。
「よし、じゃあ今回は君からは10万貰おう。あとは僕が立て替えるよ」
「ダメよ、そんなの」
セレーナはぴしゃりと言い放つ。その反応を、エドガーはなんとなく予想していた。
「借りを作りたくない?」
「それもあるけど、私のお見合い程度でそんな大金を出せないわ」
「真面目だな」
こんな意地の張り方は嫌いではない。
「あのバカに嫁いで何かあるのか?」
「あれを財布だと思えば、我慢できるかもしれないわ」
エドガーは鼻で笑った。それが自分に合わない生き方とわかっているのか、セレーナは言い返せない。
「貸しにはするけど、思うところあってのことさ。善意で金を出すわけじゃない。
僕も男だからね。君があのバカに好きにされると思うと我慢ならないんだ」
エドガーの顔を見ながらセレーナは随分迷ったが、それも30秒程のこと。
「……わかったわ。お願いする」
しかと覚悟を決めた声音でセレーナは答えた。
この思い切りのよさも、彼はたまらなく好きだった。
見つめてくる瞳を見つめ返し、ぐっと顔を近づけた。
「外泊込みでデートしてくれるならもっとサービスしてあげるけど?」
甘く囁くように。熱っぽい目で見つめながら。
多くの女性は声音と視線に心が揺れるのだが、セレーナの視線は一気に冷えた。
手はいつの間にか術具を握って居る。
「ははっ、冗談だ。失礼するよ」とだけ言って、エドガーはそそくさと腰を上げた。
駆け足で庭を横切りながら、今後のことを考える。
手段は色々あるだろう。噂を調べて被害者を探すか、それとも何かしらの失言・失態を引き出すか。
何をするにせよ彼女と親しいとよくわかる自分が直接動くのはまずい。
調査や潜入の得意な連中を集めなければならない。
エドガーは仕事仲間の顔を思い浮かべながら、足取りは悠々と学院の門を出ていった。
リプレイ本文
セレーナが養子となっているセブリアン家、ハイメの実家のブアデス家は、共にヴァリオスでそこそこ名の知れた商店だった。
設立はどちらも同時期で現在の店主が一代でその基礎を築いている。二つの店の取引はほんの十年程前から始まったもので、結びつきは言うほど強くは無い。
「浅い付き合いと思いなさるかもしれんが、同じ時代を生きた仲間というのは貴重でのう」
「わからないこともないぞ。同じ時代を生きた者はそれだけで友人のように思えるものだ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)はセレーナの養父フェデリコに鷹揚に頷いた。不遜な態度で当初セレーナはハラハラしたものだが、フェデリコ翁は笑ってそれを許した。
フェデリコ自身が寛容なこともあったが、ミグにもそれを不自然に思わせない雰囲気がある。2人の会話は数年来の親友のように弾み、ミグが縁談の話を唐突に差し挟んでも、不審に思われることもなかった。
「あそこの息子はまだ若いが、親父さん譲りで商才がある。金も十分すぎるほど持っておるしな」
「そこまで金は大事かや?」
「当たり前じゃ。金の無い生活は辛いぞ」
商人らしいといえば商人らしい答えだった。そこにあるのは紛れも無い善意である。
預かった不器用で一途な娘が、女としての幸せを見失わないようにという配慮だったのだろう。
(何も問題の無い男なら見合いの相手として最適なのだろうがな)
ミグは見合い自体には否定的な立場ではない。フェデリコ翁の言葉を信じるなら一緒になって後押ししたいところだ。結婚はやってみなければ相性はわからない。毛嫌いしたものではないと思う。勿論、今回のような問題がなければの話だが。
フェデリコはやってきた番頭に呼ばれ、その場をセレーナに預けていった。入れ替わるように上泉 澪(ka0518)とスノゥ(ka1519)が屋敷の通路から姿を現す。2人は別行動でセブリアン家の商店を見学していたが、表情を見るに結果は芳しくなかったようだ。
「疲れました~」
「ご苦労様じゃな。何かわかったことは?」
「残念なことに、特に怪しいところはなかったわ」
2人とも帳簿を直接見ることは叶わなかったが、それ以外の点では不審な部分はない。経営はきれいな黒字。店員が大きな不満を持つわけでもない。店主は切れ者だが非道ではなく、大商人としての風格を備えている。これは両方の商店で共通していることだった。
「立派な店主です。前に歪虚の仕業で倉庫が焼けたときは……」
と、おおよそ誰に聞いても悪い反応ということはほとんどなかった。平時なら聞くぐらい構わないのだが、時間制限が厳しい調査でこのタイムロスは苦しい。スノゥは焦りで表情が歪まないようにするので精一杯だった。
「ハイメの父親はハイメに良く似ているそうね。女好きなのも同じで、お妾さんを何人も抱えている」
「甲斐性のうちと言うわけじゃな」
「ちゃんと全員食べさせて生活も保証してますから、どうこう言える話ではないですね」
「でも~、ハイメさんが黒いって言われる理由、わかりましたよ~」
ブアデス家では店員達は店主の為に口を噤んでいたが、セブリアン家の側では噂程度ということでハイメの女遊びは話題になっていた。最初に聞いていた通り、遊びの度を越えて犯罪紛いのことをしているとは言われている。とはいえ証拠や証言は無い。残りは実地で調査に出かけた加山 斬(ka1210)、エルバッハ・リオン(ka2434)、坂斎 しずる(ka2868)の3人次第だ。
「あと…横領云々は特にはなかったのだけど…ハイメさんのお小遣いが、お小遣いなんて額じゃなかったわね」
澪の言うそれは正確にはお小遣いと言う扱いではなく、仕事の為に自由に使えるようにとわざわざ用意されたお金だった。商売がスムーズに進むように緊急に使える金を店主から渡されていたのだ。それは少額なら他の番頭にも用意されたものであり、使途不明でも誰も不審に思わない項目だ。自由に出来る金をハイメがどう使ったのかは不明だが、しっかりと新規の顧客を掴まえている。これもこれだけなら責める材料には当たらない。
「仕方ないのう。粗探しで気は進まんが、他の取引先も当たってみるか?」
「それしかありませんね」
ひとまずは無視できない噂があることだけを胸にしまい、三人は商店を後にした。
外部から調査可能だった取引先のリストを手に、加山としずるはそれぞれ単独でハイメの行動を調べていた。
(悪さするのが楽しい連中だ。つるんでいるダチ全員が用心深いとも限らないからな)
加山の予想は当たっていた。流石に日の高いうちや上品な店でそれを吹聴することはなかったが、馴染みの店で酔っ払った彼らは普段の慎重さも忘れ堂々と武勇伝を語っていた。ゴロツキがたむろして騒々しい店ではそれも馴染みの光景であり、加山は嫌悪感に顔をしかめた。
彼も同類のような目つきの悪さだが今日は一段と鋭い。加山は心を落ち着けながらも、大胆にその話の輪に加わった。
「その武勇伝を俺にも聞かせてほしいなあ」
最初はぎょっとしたハイメの友人2人であったが、加山の持つ剣呑な雰囲気に安心してすぐに椅子を入れるスペースを譲った。加山はひとしきり彼らの話を聞いた。予想通り反吐の出そうな内容だった。
「あんたら、いつもそういう事やってんのか?」
「おうよ。少々ならばれてもなんとかなるからな」
「いいねえ。良かったら俺も仲間に入れてくれないか? 危ない橋も渡るだろ? 腕っ節なら自信があるんだぜ」
加山はわざと下卑た笑みを浮かべた。2人は一瞬どうしようか迷ったものの、警戒はしていない様子だった。
仲間が増えることは、事が露見する危険を増してしまう。しかし腕っ節という点に心引かれるものがあったのか、相談はそれほどかからなかった。
「……よし、そんじゃあ明日、ここに来てくれ」
男はメモに住所を書き、伏せて加山に渡した。加山はにやりと笑うとメモを受け取る。
「じゃあ明日だな。楽しみにしてるぜ」
それだけ言うと、今日はもう休むとだけ告げて加山は席を立つ。いい加減演技が持たない。
加山は店を出て、隣の通りの路地に身を隠した。そこが約束の場所でもあった。
「加山さん、堂に入ってましたよ。うっかり憲兵さんを呼ぶところでした」
「バカ。嬉しくねえよ」
先についていたエルの軽口をいなしながら、熱くなっていた自身を自覚する。頭を振り、余計な考えを追い出した。まだ暴力に訴える段階ではない。
「そっちの首尾は?」
「上手く行きませんでした。現行犯で捕まえてやろうと思ったのですが……」
エルはハイメ本人を尾行し、あわよくば犯罪の現場を押さえようとしていた。ただ犯罪が起こるのを待つのも非効率と思った彼女は一計を案じ、彼の進路に財布を置いた。彼がこれを拾い金を抜き取るような事があれば、即座に大声で彼を非難しつつ取り押さえるという犯罪を誘発させる作戦だ。
しかし結果は不発。彼女の誤算ではあるが、ハイメは落ちた財布に見向きもしなかった。そして関係ない別の人間が拾っていくのを黙ってみていた。
彼を非難しようにも、周りも皆同じ反応だったために非難しようがない。そもそも彼はお金には困っていない。拾って得る金銭よりも、失う風評のほうが痛いのだ。
「でも……必ず何かあるはずです」
エルは尾行の結果確信していた。彼の行動範囲はガラの悪い地域、というよりは人の少ない場所だ。犯罪が日常化している場所では犯罪を隠す事は出来ても、噂になればすぐに広まってしまう。何かしらの犯罪に及ぶのならば人の居ない場所のほうが彼にとって都合が良い。2人は周囲を確認してから路地を出ると、再びそれぞれの調査に戻っていった。
友人を辿った加山に対して、しずるはハイメの取引先を回った。酒造の店の番頭なら馴染みの遊べる店にも詳しいだろうと予測したが、この予想は大よそ当たっていた。何件目かで実際にハイメの入店に居合わせることができた。遊ぶだけでなく取引がある店らしく、店長が彼に頭を下げている。興味ありげに視線だけを送っているとハイメも彼女に気付き、大胆にも隣のカウンター席に腰を下ろしてきた。
「お1人ですか?」
「ええ、そうよ」
対して興味は無いという風情でしずるは視線を逸らす。
(良かった。ひとまずは合格ラインみたいね)
自身の手管にそこまで不安はなかったが、外見が彼の好みに合致しない場合はどうしようもない。心の中で安堵し、ゆっくりとした動作でハイメを覗き込んだ。
(手口は聞いたとおり強引ね)
直接下世話な話はしないものの、ボディタッチは当たり前。会話の際は顔を近づけ、しきりに顔や身体を褒める。
弱い酒と言い飲みやすいだけの強い酒を振舞ってみたりとまあ、一口に言って古典的ですらあった。
あとは中の上程度の容姿と十分すぎる金で女は釣れる。加えて立ち居振る舞い自体には品がある。恐怖心を取り除くには十分だろう。
(ここで店を変えようとか、場所を移そうと言えば、興味本位でついていく子も多そうね)
そして思ったとおりの台詞をハイメは口にしたことに、しずるは思わず笑みを浮かべてしまった。
「もっと君と話をしていたいんだ」
「ありがとう。嬉しいわ。でも止めておくわね」
「えっ…?」
しずるは驚くハイメを無視して、飲まされた分の酒代をカウンターに置く。悪戯っぽい笑みを浮かべ、理由が思い当たらず慌てる彼の肩にそっと手を置いた。彼を立たせないように押さえつけつつ、耳に口を近づける。
「恋愛は1対1で楽しむものよ。顔も見せない貴方の友達とは遊んであげられないわ。だから次に友達同伴でなかったら遊んであげる」
プライドをいたく傷つけたかもしれないが、バカにしすぎだろう。人を騙すことに手馴れていることが分かっただけでも十分だ。あとは尾行するエルがいつか犯罪の現場に行き当たる。であれば、挑発する程度でもなんら問題はなかった。しずるは振り向きもせずに店を後にした。
残されたハイメは当然収まらなかった。外にいた仲間と街路の陰になった場所で落ち合うと、すぐに本性を現した。
「くそっ。あの女…」
仲間がいたことを分かった上でああ言う挑発をされたのは始めてだ。完全に舐められている。つまらないことだが、彼にはそれがどうしても許せなかった。
「ハイメどうする? 今なら追えるぞ」「あの女に社会の厳しさってのを教えてやろうぜ」
下卑た笑みだった。自分達の悪事に自覚的でありながらも、そうする事に何も感じていない。ハイメは少し考えると、二人を見て頷き返した。
「そうだな。よし、ここから先回りしておごっ!?」
しかし言い終わらないうちに、ハイメは背後にいた加山に組み伏せられた。
「お前!」
「言い逃れできねえな、あんたら」
加山は溜めていた怒りを露にしていた。その路地の反対側ではエルとしずるが得物を構え立ちふさがっている。ここに来て三人の顔が青ざめる。まずい事態になっていることにようやく気付いたようだ。
「さて。それじゃあ昨日聞いた武勇伝をもっと詳しく聞かせてもらおうか?」
「ふざけるな! こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
ハイメは捻じ伏せられながらも威勢は変わらない。ただハンター相手にその程度の恫喝は無意味。いや、加山相手には逆効果ですらあった。
「思ってるさ」
暗闇の中で加山の目が赤く光る。見下ろす目は酷薄で、人の情を備えているようには見えなかった。加山は抜き放ったテブデジュの腹を首筋に押し当てる。冷たい感触にハイメは小さく悲鳴を漏らした。
「土地勘の無い俺にお前達が教えてくれたじゃないか。ここなら少々騒いでも誰も気付いたりしないって。
だからさあ、お前らが自分の遊んだ後を隠してきたように、人が1人2人死んでも誰も気付きゃしないよな」
「た………た……!」
加山はハイメの頭を引き上げて、勢いをつけて顔面を地面に叩きつけた。
涙と鼻水と鼻血で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、ハイメは身体を丸めて「たすけてくれ」と呟き続けていた。
恫喝としてはこれで十分だろう。ハイメのズボンの股のあたりを見れば、確かに演技でもなさそうだった。
(あ、こいつ漏らしてやがる。きたないな…)
内心でうっかり演技が崩れそうな加山だったが、暗闇に助けられて最後まで演技がばれることはなかった。
後日、更に被害者の証言も揃った。物的証拠は無かったが、ここまでお膳立てすれば後は彼らの仕事ではなかった。生々しい話ばかりなので割愛するが要は犯罪だ。事が明るみに出た以上、商店側は十分な処罰を身内に与えなければならないだろう。でなければ信用に関わり、商売自体が成り立たなくなる。場合によっては商店側との示談で大事にならない可能性もあるが、縁談が消えてなくなるには十分な成果だった。
「なんとかなるものね」
学院の研究室で結果報告を聞いたセレーナは、喜ぶよりも先に驚いていた。
「そりゃ、あいつが黒いのはわかってたからな」
彼が生きながらえていたのは、彼のバックボーンである商店と喧嘩する力の無い相手ばかりだったからだ。そして弱者にとって知る必要の無い事は知らないで置く事も処世術の一つ。今回は喧嘩する理由も喧嘩する力も揃っていただけのこと。
「エドガーさん、最後に一つお聞かせ願いたいのですがよろしいですか?」
「なんだよ」
沈黙から一転、口を開いた澪。視線は手元の刀に向けられていたが、今にも周囲を切りかねない剣呑な空気を漂わせていた。
「何故あなたは、赤字になってまでこの仕事を請けたのですか?」
「そりゃあ、そこの彼女が好きだからって……」
澪は代わりに答えようとした加山を視線だけで黙らせる。エドガーは後頭部を掻きながら、わざとらしく視線を泳がせていた。対して澪はエドガーを凝視する。広く浅く情報を集めていた彼女には、言葉にはできない違和感が残っていた。
「理由如何では切るかい?」
「…………」
澪は無言。周囲ははらはらと2人を見つめるが、結局は澪が折れる。確証の無い話でこれ以上責めることはできない。彼女が溜息を吐き刀の柄から手を離すと、一気に緊張がほぐれていった。
「止めておくわ。あなたはハイメより悪質だけど、道義は弁えているわ」
「……助かるよ」
エドガーは笑って酒の入った小瓶の蓋をあける。澪はそれ以上追求せず、1人そそくさと研究室を立ち去った。
後日、規定どおりの報酬が支払われる。その支払いはフェデリコ翁の名義となっており、エドガーの人間性の一端が垣間見えていた。
設立はどちらも同時期で現在の店主が一代でその基礎を築いている。二つの店の取引はほんの十年程前から始まったもので、結びつきは言うほど強くは無い。
「浅い付き合いと思いなさるかもしれんが、同じ時代を生きた仲間というのは貴重でのう」
「わからないこともないぞ。同じ時代を生きた者はそれだけで友人のように思えるものだ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)はセレーナの養父フェデリコに鷹揚に頷いた。不遜な態度で当初セレーナはハラハラしたものだが、フェデリコ翁は笑ってそれを許した。
フェデリコ自身が寛容なこともあったが、ミグにもそれを不自然に思わせない雰囲気がある。2人の会話は数年来の親友のように弾み、ミグが縁談の話を唐突に差し挟んでも、不審に思われることもなかった。
「あそこの息子はまだ若いが、親父さん譲りで商才がある。金も十分すぎるほど持っておるしな」
「そこまで金は大事かや?」
「当たり前じゃ。金の無い生活は辛いぞ」
商人らしいといえば商人らしい答えだった。そこにあるのは紛れも無い善意である。
預かった不器用で一途な娘が、女としての幸せを見失わないようにという配慮だったのだろう。
(何も問題の無い男なら見合いの相手として最適なのだろうがな)
ミグは見合い自体には否定的な立場ではない。フェデリコ翁の言葉を信じるなら一緒になって後押ししたいところだ。結婚はやってみなければ相性はわからない。毛嫌いしたものではないと思う。勿論、今回のような問題がなければの話だが。
フェデリコはやってきた番頭に呼ばれ、その場をセレーナに預けていった。入れ替わるように上泉 澪(ka0518)とスノゥ(ka1519)が屋敷の通路から姿を現す。2人は別行動でセブリアン家の商店を見学していたが、表情を見るに結果は芳しくなかったようだ。
「疲れました~」
「ご苦労様じゃな。何かわかったことは?」
「残念なことに、特に怪しいところはなかったわ」
2人とも帳簿を直接見ることは叶わなかったが、それ以外の点では不審な部分はない。経営はきれいな黒字。店員が大きな不満を持つわけでもない。店主は切れ者だが非道ではなく、大商人としての風格を備えている。これは両方の商店で共通していることだった。
「立派な店主です。前に歪虚の仕業で倉庫が焼けたときは……」
と、おおよそ誰に聞いても悪い反応ということはほとんどなかった。平時なら聞くぐらい構わないのだが、時間制限が厳しい調査でこのタイムロスは苦しい。スノゥは焦りで表情が歪まないようにするので精一杯だった。
「ハイメの父親はハイメに良く似ているそうね。女好きなのも同じで、お妾さんを何人も抱えている」
「甲斐性のうちと言うわけじゃな」
「ちゃんと全員食べさせて生活も保証してますから、どうこう言える話ではないですね」
「でも~、ハイメさんが黒いって言われる理由、わかりましたよ~」
ブアデス家では店員達は店主の為に口を噤んでいたが、セブリアン家の側では噂程度ということでハイメの女遊びは話題になっていた。最初に聞いていた通り、遊びの度を越えて犯罪紛いのことをしているとは言われている。とはいえ証拠や証言は無い。残りは実地で調査に出かけた加山 斬(ka1210)、エルバッハ・リオン(ka2434)、坂斎 しずる(ka2868)の3人次第だ。
「あと…横領云々は特にはなかったのだけど…ハイメさんのお小遣いが、お小遣いなんて額じゃなかったわね」
澪の言うそれは正確にはお小遣いと言う扱いではなく、仕事の為に自由に使えるようにとわざわざ用意されたお金だった。商売がスムーズに進むように緊急に使える金を店主から渡されていたのだ。それは少額なら他の番頭にも用意されたものであり、使途不明でも誰も不審に思わない項目だ。自由に出来る金をハイメがどう使ったのかは不明だが、しっかりと新規の顧客を掴まえている。これもこれだけなら責める材料には当たらない。
「仕方ないのう。粗探しで気は進まんが、他の取引先も当たってみるか?」
「それしかありませんね」
ひとまずは無視できない噂があることだけを胸にしまい、三人は商店を後にした。
外部から調査可能だった取引先のリストを手に、加山としずるはそれぞれ単独でハイメの行動を調べていた。
(悪さするのが楽しい連中だ。つるんでいるダチ全員が用心深いとも限らないからな)
加山の予想は当たっていた。流石に日の高いうちや上品な店でそれを吹聴することはなかったが、馴染みの店で酔っ払った彼らは普段の慎重さも忘れ堂々と武勇伝を語っていた。ゴロツキがたむろして騒々しい店ではそれも馴染みの光景であり、加山は嫌悪感に顔をしかめた。
彼も同類のような目つきの悪さだが今日は一段と鋭い。加山は心を落ち着けながらも、大胆にその話の輪に加わった。
「その武勇伝を俺にも聞かせてほしいなあ」
最初はぎょっとしたハイメの友人2人であったが、加山の持つ剣呑な雰囲気に安心してすぐに椅子を入れるスペースを譲った。加山はひとしきり彼らの話を聞いた。予想通り反吐の出そうな内容だった。
「あんたら、いつもそういう事やってんのか?」
「おうよ。少々ならばれてもなんとかなるからな」
「いいねえ。良かったら俺も仲間に入れてくれないか? 危ない橋も渡るだろ? 腕っ節なら自信があるんだぜ」
加山はわざと下卑た笑みを浮かべた。2人は一瞬どうしようか迷ったものの、警戒はしていない様子だった。
仲間が増えることは、事が露見する危険を増してしまう。しかし腕っ節という点に心引かれるものがあったのか、相談はそれほどかからなかった。
「……よし、そんじゃあ明日、ここに来てくれ」
男はメモに住所を書き、伏せて加山に渡した。加山はにやりと笑うとメモを受け取る。
「じゃあ明日だな。楽しみにしてるぜ」
それだけ言うと、今日はもう休むとだけ告げて加山は席を立つ。いい加減演技が持たない。
加山は店を出て、隣の通りの路地に身を隠した。そこが約束の場所でもあった。
「加山さん、堂に入ってましたよ。うっかり憲兵さんを呼ぶところでした」
「バカ。嬉しくねえよ」
先についていたエルの軽口をいなしながら、熱くなっていた自身を自覚する。頭を振り、余計な考えを追い出した。まだ暴力に訴える段階ではない。
「そっちの首尾は?」
「上手く行きませんでした。現行犯で捕まえてやろうと思ったのですが……」
エルはハイメ本人を尾行し、あわよくば犯罪の現場を押さえようとしていた。ただ犯罪が起こるのを待つのも非効率と思った彼女は一計を案じ、彼の進路に財布を置いた。彼がこれを拾い金を抜き取るような事があれば、即座に大声で彼を非難しつつ取り押さえるという犯罪を誘発させる作戦だ。
しかし結果は不発。彼女の誤算ではあるが、ハイメは落ちた財布に見向きもしなかった。そして関係ない別の人間が拾っていくのを黙ってみていた。
彼を非難しようにも、周りも皆同じ反応だったために非難しようがない。そもそも彼はお金には困っていない。拾って得る金銭よりも、失う風評のほうが痛いのだ。
「でも……必ず何かあるはずです」
エルは尾行の結果確信していた。彼の行動範囲はガラの悪い地域、というよりは人の少ない場所だ。犯罪が日常化している場所では犯罪を隠す事は出来ても、噂になればすぐに広まってしまう。何かしらの犯罪に及ぶのならば人の居ない場所のほうが彼にとって都合が良い。2人は周囲を確認してから路地を出ると、再びそれぞれの調査に戻っていった。
友人を辿った加山に対して、しずるはハイメの取引先を回った。酒造の店の番頭なら馴染みの遊べる店にも詳しいだろうと予測したが、この予想は大よそ当たっていた。何件目かで実際にハイメの入店に居合わせることができた。遊ぶだけでなく取引がある店らしく、店長が彼に頭を下げている。興味ありげに視線だけを送っているとハイメも彼女に気付き、大胆にも隣のカウンター席に腰を下ろしてきた。
「お1人ですか?」
「ええ、そうよ」
対して興味は無いという風情でしずるは視線を逸らす。
(良かった。ひとまずは合格ラインみたいね)
自身の手管にそこまで不安はなかったが、外見が彼の好みに合致しない場合はどうしようもない。心の中で安堵し、ゆっくりとした動作でハイメを覗き込んだ。
(手口は聞いたとおり強引ね)
直接下世話な話はしないものの、ボディタッチは当たり前。会話の際は顔を近づけ、しきりに顔や身体を褒める。
弱い酒と言い飲みやすいだけの強い酒を振舞ってみたりとまあ、一口に言って古典的ですらあった。
あとは中の上程度の容姿と十分すぎる金で女は釣れる。加えて立ち居振る舞い自体には品がある。恐怖心を取り除くには十分だろう。
(ここで店を変えようとか、場所を移そうと言えば、興味本位でついていく子も多そうね)
そして思ったとおりの台詞をハイメは口にしたことに、しずるは思わず笑みを浮かべてしまった。
「もっと君と話をしていたいんだ」
「ありがとう。嬉しいわ。でも止めておくわね」
「えっ…?」
しずるは驚くハイメを無視して、飲まされた分の酒代をカウンターに置く。悪戯っぽい笑みを浮かべ、理由が思い当たらず慌てる彼の肩にそっと手を置いた。彼を立たせないように押さえつけつつ、耳に口を近づける。
「恋愛は1対1で楽しむものよ。顔も見せない貴方の友達とは遊んであげられないわ。だから次に友達同伴でなかったら遊んであげる」
プライドをいたく傷つけたかもしれないが、バカにしすぎだろう。人を騙すことに手馴れていることが分かっただけでも十分だ。あとは尾行するエルがいつか犯罪の現場に行き当たる。であれば、挑発する程度でもなんら問題はなかった。しずるは振り向きもせずに店を後にした。
残されたハイメは当然収まらなかった。外にいた仲間と街路の陰になった場所で落ち合うと、すぐに本性を現した。
「くそっ。あの女…」
仲間がいたことを分かった上でああ言う挑発をされたのは始めてだ。完全に舐められている。つまらないことだが、彼にはそれがどうしても許せなかった。
「ハイメどうする? 今なら追えるぞ」「あの女に社会の厳しさってのを教えてやろうぜ」
下卑た笑みだった。自分達の悪事に自覚的でありながらも、そうする事に何も感じていない。ハイメは少し考えると、二人を見て頷き返した。
「そうだな。よし、ここから先回りしておごっ!?」
しかし言い終わらないうちに、ハイメは背後にいた加山に組み伏せられた。
「お前!」
「言い逃れできねえな、あんたら」
加山は溜めていた怒りを露にしていた。その路地の反対側ではエルとしずるが得物を構え立ちふさがっている。ここに来て三人の顔が青ざめる。まずい事態になっていることにようやく気付いたようだ。
「さて。それじゃあ昨日聞いた武勇伝をもっと詳しく聞かせてもらおうか?」
「ふざけるな! こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
ハイメは捻じ伏せられながらも威勢は変わらない。ただハンター相手にその程度の恫喝は無意味。いや、加山相手には逆効果ですらあった。
「思ってるさ」
暗闇の中で加山の目が赤く光る。見下ろす目は酷薄で、人の情を備えているようには見えなかった。加山は抜き放ったテブデジュの腹を首筋に押し当てる。冷たい感触にハイメは小さく悲鳴を漏らした。
「土地勘の無い俺にお前達が教えてくれたじゃないか。ここなら少々騒いでも誰も気付いたりしないって。
だからさあ、お前らが自分の遊んだ後を隠してきたように、人が1人2人死んでも誰も気付きゃしないよな」
「た………た……!」
加山はハイメの頭を引き上げて、勢いをつけて顔面を地面に叩きつけた。
涙と鼻水と鼻血で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、ハイメは身体を丸めて「たすけてくれ」と呟き続けていた。
恫喝としてはこれで十分だろう。ハイメのズボンの股のあたりを見れば、確かに演技でもなさそうだった。
(あ、こいつ漏らしてやがる。きたないな…)
内心でうっかり演技が崩れそうな加山だったが、暗闇に助けられて最後まで演技がばれることはなかった。
後日、更に被害者の証言も揃った。物的証拠は無かったが、ここまでお膳立てすれば後は彼らの仕事ではなかった。生々しい話ばかりなので割愛するが要は犯罪だ。事が明るみに出た以上、商店側は十分な処罰を身内に与えなければならないだろう。でなければ信用に関わり、商売自体が成り立たなくなる。場合によっては商店側との示談で大事にならない可能性もあるが、縁談が消えてなくなるには十分な成果だった。
「なんとかなるものね」
学院の研究室で結果報告を聞いたセレーナは、喜ぶよりも先に驚いていた。
「そりゃ、あいつが黒いのはわかってたからな」
彼が生きながらえていたのは、彼のバックボーンである商店と喧嘩する力の無い相手ばかりだったからだ。そして弱者にとって知る必要の無い事は知らないで置く事も処世術の一つ。今回は喧嘩する理由も喧嘩する力も揃っていただけのこと。
「エドガーさん、最後に一つお聞かせ願いたいのですがよろしいですか?」
「なんだよ」
沈黙から一転、口を開いた澪。視線は手元の刀に向けられていたが、今にも周囲を切りかねない剣呑な空気を漂わせていた。
「何故あなたは、赤字になってまでこの仕事を請けたのですか?」
「そりゃあ、そこの彼女が好きだからって……」
澪は代わりに答えようとした加山を視線だけで黙らせる。エドガーは後頭部を掻きながら、わざとらしく視線を泳がせていた。対して澪はエドガーを凝視する。広く浅く情報を集めていた彼女には、言葉にはできない違和感が残っていた。
「理由如何では切るかい?」
「…………」
澪は無言。周囲ははらはらと2人を見つめるが、結局は澪が折れる。確証の無い話でこれ以上責めることはできない。彼女が溜息を吐き刀の柄から手を離すと、一気に緊張がほぐれていった。
「止めておくわ。あなたはハイメより悪質だけど、道義は弁えているわ」
「……助かるよ」
エドガーは笑って酒の入った小瓶の蓋をあける。澪はそれ以上追求せず、1人そそくさと研究室を立ち去った。
後日、規定どおりの報酬が支払われる。その支払いはフェデリコ翁の名義となっており、エドガーの人間性の一端が垣間見えていた。
依頼結果
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縁談を破断させるスマートな相談 ミグ・ロマイヤー(ka0665) ドワーフ|13才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/08/22 19:26:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/21 03:24:48 |