Mexican katikomi war

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/03/17 15:00
完成日
2016/03/25 01:07

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

 左右に商店が並ぶ通りを、二頭牽きの馬車が通る。その数三台。
 最後尾を行く馬車の御者台にはバリー=ランズダウンが、そして常ならば屋根の上に居座るキャロル=クルックシャンクがバリーの隣に座していた。
 車内には彼らの連れであるラウラ=フアネーレと飼い猫のルーナ。とここまではいつもの面子だったが、今現在は三人と一匹の他に見慣れない同乗者が居合わせていた。
「おじいさま、大丈夫? 揺れはきつくないかしら」
「平気だよ、お嬢さん。老骨を労わってくれるのは有難いが、なに、それ程老いぼれてはおらんて」
 白髪の老人。白人系の顔立ちでありながら和服に身を包んだ彼が、何故この馬車に乗り合わせているのか。それは彼の素性から説明せねばなるまい。
「伊達や酔狂でマフィアの首領をやっておるわけではないのでな」
 彼こそはグラート=ゼラーティ──ゼラーティファミリーの首領である。
「まふぃあ、っていうのが良くわかんないんだけど、つまり自警団みたいなものなのよね?」
「ふむ、まあ今の所はの。儂の眼の黒いうちは、その顔を保っていたいものだ」
 マフィアと言っても、彼が統べるそれは犯罪組織と言うよりも、街の顔役という側面が強い。かつて治安の悪かった街に蔓延るギャング達を追放、或は吸収し、自警団としてまとめ上げた立役者。それこそが、この老人の正体だ。
「おじいさまは街の人達のために働いているの?」
「それは良く言い過ぎだろうて。儂はただ引っ越し先の居心地を良くしただけの事。まあ少々若い頃に無茶苦茶もしたのでな、その償いも兼ねて老骨に鞭打ったまでよ」
 顎に蓄えた白鬚を扱きながら、老人は破顔する。
「おじいさまもリアルブルーの人なのね」
「御者台の若いの達もそうだと言っておったな。どうやら向こうの方では、同じ穴の貉同士だったようだの」
「むじな?」
「いやいや、気にせんでくれ」

「あの爺、勝手言ってやがる」
 車内から聞こえるグラートの声に、キャロルが舌打ちを漏らした。転移前はとある暗黒街で便利屋稼業に勤しんでいたキャロルとバリーだったが、どうやらあの老人もまたどこぞの暗黒街の住人だったらしい。あの貫禄からして、たかだか便利屋風情の彼らとは雲泥の地位にあったのだろう。
「依頼人だぞ。ちっとは口を謹め」
「知るか、年寄りを労わる気なんざ微塵もねえよ」
 依頼人に対する横柄な物言いをバリーに嗜められたキャロルは、何処吹く風といった調子で肩を竦める。
「にしても依頼ねえ。他組織との会合場所に向かう道程を護衛しろって話だったか? なあにが護衛だよ。敵が間違いなく襲ってくるからそいつらを迎え討て、の間違いだろ?」
 キャロルは失笑を漏らしながら、辺りを見回した。人一人、猫の子一匹居ない、ただ乾いた風が吹く伽藍の市場を。
「今から事が始まりますよって言ってるようなもんだぜ、こいつは。この街の人間も火種にゃ敏感らしい」
「後ろのご老体の言っていた通り、相手の組織はどうしても戦争をやらかしたいらしい。まあ、それを承知の上で敵の本陣ド真ん中に飛び込む方も大概だがな」
 組織間の抗争にハンターを雇うのは体面が悪いのではないかという意見もあるだろうが、そこはそれ、先にあちらが仕掛けて来たのなら幾らでも大義名分が生まれるとの事らしい。
「ラウラを連れて来るんじゃなかったな」
「しゃあねえさ、こっちも旅路は進めなきゃなんねえ。まあアイツは箱の中に詰めときゃ大丈夫だろ」
 ラウラが耳にすれば憤慨しそうな口を叩くキャロル。結局彼は、何処まで行ってもこういう男なのである。悪気はないのだ、ただデリカシーが欠けているだけで。
 呆れたバリーが溜息を漏らそうとしたその時──
 幾重にも重なる銃声が前方から轟いた。耳を劈く爆音の中、馬の悲鳴が聞こえたかと思うと先頭の馬車が横倒しになった。キャロルがガンベルトのホルスターから愛銃を引き抜き、口端を獰猛にひん曲げる。
「来なすったぜ、っておい……何だありゃ?」
 だが倒れた先頭馬車の更に前に視線を送ると、茫然とした声を上げる。
 そこに居たのは敵ギャングの一味だろう──こちらに向けられた銃火の閃光がそれを物語っている。しかしその発火炎を瞬かせている得物が、何と言えば良いのか、とにかく場違いな代物だった。
「ありゃ、ギターケースか?」
 間違いない。何故かはわからないが、彼らが手にしているのはクラシックギター用の容器。その中に機関銃を仕込んでいるらしい。
 先頭に陣取るゼラーティファミリーの構成員(made man)達が倒れた馬車を盾に自動拳銃やドラムマガジンの突撃銃で応戦しているが、目に見えて分が悪い。
「まあ、細けえ事ぁどうでも良い。あっちが撃ってくる事にゃ変わりねえ。ならこっちも撃ち返すだけだ」
 キャロルは両の手にシングルアクションのリボルバーを一挺ずつ構えると、機関銃内臓式ギターケースが放つ銃火の合間を縫うようにして、構成員たちが盾に使っている馬車の上に立ち、負けじと鉛玉をばら撒いた。
「Hey Mariachi, There now dance!」
 二挺拳銃が放つ弾丸の雨が、ギターケースを携えた男達を襲う。だが彼らはそのギターケースを翳して弾丸を防いだ。機関銃の他に鉄板でも仕込んでいるらしく、鉛玉が弾かれる。
「猪口才な真似しやがって……!」
 キャロルは舌打ちを漏らしながら、馬車の上から裏側へと飛び降りた。一瞬遅れて、機関銃の反撃が車上を襲う。
「これじゃ埒が明かねえ」
 障害物に身を隠しながらの戦闘に、苛立ちを覚え始めるキャロル。すると、更にそれを煽るように後方からも銃声が聞こえ始めた。

「挟撃か、まあ予想の内だが……」
 御者台から降り立ったバリーは自前の装甲馬車を盾にしながら、後方から襲って来た敵勢力に愛銃のレバーアクションライフルで以って応戦する。
「Shit……!」
 だがあちらの火力は凄まじく、一人の接近を許してしまった。馬車へと近付いた男は扉を開くと、拳銃の銃口を中へ向けて何事か台詞を吐こうとしたが──
 喉から言葉が出るその前に、その喉が両断される。彼は断末魔の声すら上げる事なく絶命した。
「やれやれ……お前さん、そんなに儂の刀が見たかったのかの?」
 開け放たれた扉から姿を現したのは、刃先から血滴を垂らす白鞘──その柄を右手で握ったグラート。
「失礼したな、お嬢さん。そこでちと待っておれ」
 和装に身を包んだゼラーティファミリーの首領は相乗りの少女に血を見せた事を詫びながら扉を閉めると、白鞘の刀身を眼前に屯す抗争相手へと向ける。
「さてお前さん方、儂に白鞘を抜かせて、生きて帰れるとは思うておらんだろうな?」
 バリーが色々と酷い惨状に、頭痛を堪えるように額に手を当てながら呟いた。
「なんてタイトルのごった煮ムービーだ、こいつは」

リプレイ本文

 銃声による荒々しい楽曲が、パーティーの始まりを告げるより少し前──
 最後尾を行く馬車の車内で、ルーナの紫がかった美しい毛並みを夢見心地に撫でるのは、ソフィア・フォーサイス(ka5463)だ。何度か抱き着こうと試み冷たくあしらわれた末、背筋を撫でるという形に落ち着いたらしい。
「ああ、お猫様……、どうしてあなたはお猫様なの?」
 心地良さそうに猫撫で声を上げるルーナの背を、ソフィアは恍惚とした表情で撫で続ける。
 だが前方の方から鳴り響いた銃声に、至福の時間の中断を余儀なくされた。
「なんて無粋な連中、絶対に許しません!」
 気炎を上げながら馬車に相乗りした一行と共に戦闘準備を進めていると、突如馬車の扉が音を立てる。身構える一行──
「血肉が騒ぐわい。この血気を抑えるには、まだまだ儂も──若過ぎる」
 その中を進み出たのは、護衛対象であった筈の依頼人。彼は扉を開けて踏み入ろうとした男の首を、抜き放った白鞘で掻っ切った。
「う、うわぁお……」
 白木の鞘を車内に置き去りにして、枯れる事のない殺気を剥き出しにしながら表に出る老剣士を、呆気に取られたままソフィアは見送った。
「って、ちょっと待って下さいよ!」
 すぐに我に返って、半身だけ露になった刀身を抜刀しながら後に続く。
「キャー、おじさまカッコイイです素敵ですぅ☆」
 グラートの雄姿に黄色い声を上げるのは、星野 ハナ(ka5852)。彼女は老剣士の立ち振る舞いを見逃すまいと、意気込み高く車外へ飛び出した。
「やれやれ、出遅れちまったかね。そんじゃ、俺も行くとするか」
「……気を付けてね、カッツ」
 早々に出払った一行を見送って肩を竦めるカッツ・ランツクネヒト(ka5177)、遅ればせながら出陣しようとした彼に、ラウラが不安気な声を掛けた。
「心配しなさんな、ラウラ嬢。こっちにゃ、ガンマンコンビの旦那方に、さっきのトンデモ爺さんまで付いてるんだぜ? 負ける気がしねえよ。だから安心して待っててくれ」
 カッツは、笑みを浮かべながら赤毛の髪を撫でる。
「それと、どうせなら笑顔で見送ってくれよ。その方が帰ってくる気概も湧くってもんだ」
 いつもの飄々とした軽口に、ラウラは精一杯の笑顔を浮かべて応えた。
「──うん、わかった。今はその軽い口に騙されてあげるから、だから絶対に帰って来てね。……約束よ?」
「ああ、任せとけ。女の子との約束はできる限り守る男だぜ、俺は」
 髪を撫でる手にそっと触れながら見上げる少女のやや震えた声を、カッツはやはり軽い笑みで受け止めた。普段の笑みと異なるのは、その目的が自分の本音を隠す為にではなく、目の前の女の子を安心させる為にあったという事か。
「そんじゃ、そろそろ行くとするか──っとその前に」
 表に出ようとしたカッツは踵を返し、ルーナの前に跪いた。
「美しい毛並みのレディ、我らが姫様の事は任せたからな」
 背を撫でながら告げたカッツに、黒猫は澄まし顔で鳴いた。『言われるまでもにゃいわ』とでも応えるように。

「さてお前さん方、儂に白鞘を抜かせて、生きて帰れるとは思うておらんだろうな?」
「あら、良い事言うじゃない」
 眼前の敵へ白鞘の切先を突き付けながら放ったグラードの言葉に同意を示したのは、コントラルト(ka4753)だ。
「武器を向けた者は武器を向けられる、至極当然の事よね。最初に仕掛けたのは、あちらさま。なら勿論、殺される覚悟はしてるでしょ」
「まったくです。右の頬を引っ叩かれたら、左の頬にストレートを叩き込め、世間一般の常識じゃないですか」
 星野もまた、しきりに頷きながら同意する。
「ほう、若い身空で闘争の作法を心得ておるとはの。善哉善哉、素晴らしい人材を引き当てたものだ」
 傍らに立つ二人の美女の台詞に、グラートは豪気な笑みを浮かべて賛辞を贈った。
「お褒めに預かり光栄の至りよ、お爺さん。気分も良いし、ここは一つ派手に行くとしましょうか」
 コントラルトが、手に握った剣を掲げる。いや、その奇怪な形状をした物体を、果たして剣と呼んでも良いのかどうか。鉾に似た主幹から、左右に三本ずつ枝のように刃が伸びる、異様な剣身を持つそれを。
「こういう時、汚物は消毒だ、って言えば良いのかしら!」
 奇怪な剣を横薙ぎに振るう。
 七支刀。
 百兵を退ける──とある古文にそう記された神刀。それと同じ銘を持つ剣が生み出す剣風に、炎熱が宿る。
 マテリアルの導きにより召喚された巨大な炎剣が、銃を構えた男達を焙った。
「どう、気に入った? 異世界から来た、お爺さん。このイかれた世界へようこそ」
「盛大な歓待痛み入る。まっこと素晴らしき世界よな」
 火に焼かれ原型を失くしていくギャング達を眺めて、グラートは老人らしからぬ獰猛な笑みを浮かべる。
「推して参ります」
 残火の中を突っ切って踊り出たのは、連城 壮介(ka4765)。
 火中から姿を現した剣士を、銃火が襲う。
 葛折りの軌道を描いて火線を掻い潜った連城は、刀を横薙ぎに構えながら、散弾銃の銃口を自分へ向ける男に肉薄する。
 散弾が肩口を掠める中、連城は露とて怖れを為さずして、必殺の抜き胴を放った。
 骨噛──戯れの一刀ですら骨を断つと言われる刀身に剣士の殺意が乗った時、その斬撃は容易く人体を二つに別つ。
 死の最中、男がその表情を恐怖の形に歪ませた。果たして彼は、絶命の瞬間に一体何を垣間見たのか。修羅か、悪鬼か、それとも死の御使いか。それを知る術は彼の瞳から命の灯が途絶えると同時に、永遠に失われた。
 残心を取る暇もなく、連城は疾駆の速度を殺さぬまま青果店の陳列棚の陰へと滑り込む。
「やれやれ、こう五月蠅いとろくに昼寝もできませんね」
 頭上で西瓜が爆ぜ割れる中、刀身の血を着物の裾で拭いながら肩を竦めた。着物の汚れを気にする必要はない。どうせ己の血で汚れる事になるのだから。
 己を省みない特攻を見届けたグラートが、感心の声を上げた。
「思い切りが良いな、若いの。だが、ちとばかり鉄火場の渡り方というのを知らんと見える。どれ、儂が手解きをしてやろうかの」
 老剣士は、自分が斬り捨てた死体の首根っこを掴み取る。
「おいおい白鞘の旦那。あんたは依頼人なんだから、少しは大人しくしといてくれよ」
 今にも前に出んとするグラートに、カッツが声を掛けた。
「この刀に言ってくれんかの」
 カッツの制止を振り切り、老剣士は肉の盾を掲げて銃火の中へとその身を晒す。
 即座に三つの機関銃の銃口が、狂詩曲を奏でる為に身構える。後方に位置するマリアッチの姿は三人。人肉の盾如き、三条もの火線を前にすれば障子紙も良い所。
「ちょっとちょっと、おじさまの邪魔をしないで下さい! 迷惑です、ちょっと大人しくしてなさい!」
 グラートの露払いをせんと、星野が五枚の符を切った。
 投げ放たれた符が、マリアッチの足下に到達する。
 陰陽道の五行──木火土金水に対応した五色の光を宿す符は、それぞれ正しい配置を把握しているかの如く陣を敷いた。
 青は東に、赤は南に、黄は中央に、白は西に、黒は北に──五色の符が敷いた陣が結界を成す。結界が捉えたのは、二人。結界の内に生じた閃光が、捉えた獲物を灼いて目を眩ませる。
「お嬢さんの後押しを受けたとあっては、気張らんわけにはいかんな」
 残った一挺の機銃が放つ掃射の中を、死体を掲げながら邁進する老剣士。幾度も銃弾を受けグズグズになった肉の盾を、マリアッチ目掛けて放り投げた。マリアッチは飛来した死体をギターケースで打ち払う。
「ようやっと届いたわい──」
 その襟元を、刀を左手に持ち替えたグラートの右手が掴んだ。老いとは無縁の豪腕が繰り出す、片手一本背負投げ。遠心力でソンブレロが宙を舞い、ギターケースの肩紐が千切れる。
 地に叩き付けられ絶息する肺を足蹴にして、余計な動きを戒めて、
「──お前さんの、命にな」
 突き下ろした切先が、酸素を欲して動く喉元を、その内に通る背骨ごと貫いた。
「三千世界の鴉を殺し、築き上げた屍の上でお山の大将気取っちゃ居たが、まさか世界を渡ってまで同じ事を繰り返すとはの。まったく、因果な性分よな」
 刀を抜き取り骸の上から足を退けると、符陣の戒めから解き放たれた獲物へ、悪鬼羅刹が浮かべるが如き凄惨な笑みを向けた。
「だがこういう生き方しか、よう知らん。安寧を作るのは後の者に任せよう。──儂にできるのは、そこに至る血路を開く事だけなのでな」

「あの爺さん、きな臭いなんてもんじゃないな。ギャング以上に血の臭いがしやがる」
 屋上に上ったエリミネーター(ka5158)が、眼下で繰り広げられる血みどろの闘争に顔を顰めた。とはいえ今の彼は法の守り手ではなく、一介の雇われ人でしかない。
 それを弁えたエリミネーターは、雇用主の依頼を全うする為、そして自分と仲間の命を護り通す為に、銃爪に掛けた人差し指にトリガープルを乗せた。
「鐘楼の乱射魔じゃねえか、これじゃあよ」
 照準器の奥に覗く頭が吹っ飛ぶ様を目にして、舌打ちを漏らす。だが、苦々しい言葉を吐き出す口とは裏腹に、眼と指は至極冷静に掃除人としての役割を果たして行く。
「ちっ、後ろからも来なすったか……!」
 路地の物陰に待機させておいた相棒の鳴声に反応して、振り返る。振り向き様に放った凶弾が、屋根によじ登って来た男の胸に着弾。下へと落ちて行く仲間を尻目に、続々と新手が上がって来た。
「数が多過ぎる。生憎と俺は、これ一挺しか持ち合わせがないんだがな」
 煙突の陰に身を隠しながら、弾丸が尽きた突撃銃の弾倉を交換。
「一服付ける間くらい、寄越しやがれ……!」
 再装填を終えた銃を突き出して、牽制射撃を放ち敵の動きを縫い止める。逃げ足を阻まれた男の胸に、今度こそ本命の弾丸を叩き込んだ。
「こうなりゃ、行けるとこまで付き合ってやろうじゃねえか」
 屋上に立ち並ぶ煙突を利用した跳弾で別の男を仕留めつつ、銀幕の中で窮地に陥った俳優達がいつも浮かべるマッチョな笑みを作って、エリミネーターはお決まりの台詞を口にした。
「You ain't heard nothin' yet!」

 網膜を灼く発火炎、鼓膜を劈く銃声、肌を掠める銃弾、鼻孔を満たす硝煙、辛酸と甘美が入り混じった闘争の味。
 五感が捉える情報があの懐かしき戦場へと、大日本帝國陸軍軍曹山本 一郎(ka4957)を立ち戻らせる。
 鉄と火薬、阿鼻と叫喚に満ち溢れた、あの懐かしき戦場へ。
「よう、ジャップ。随分と時代錯誤な格好をしてんな」
 自分と同じく、横転した馬車の陰に身を潜めるキャロルの声で、山本はふと我に返った。卑語を口にしたキャロルの西部開拓時代を想起させる服装──時代錯誤と言うなら、彼の方が更に半世紀近く古い──を見遣って、鼻を鳴らす。
「まさか、ヤンキーと肩を並べて戦う事になるとは思わなんだ」
「黴の生えた怨み辛みでも持ち出す気か? 間違えて俺の背中を撃ってくれんなよ?」
「舐めるなよ、若造め。この山本、敵を見間違う程朦朧したつもりはない……!」
 山本は小銃を突き出し、今現在の敵に照準を合わせて銃爪を引いた。
「じゃあ俺の背中は任せたぜ、日本人!」
 更にキャロルの二挺拳銃が火を噴いて、ギャング達を襲う。だが、敵の勢いも凄まじく、一人の接近を許してしまった。
 横転した馬車を回り込もうとするギャング──しかし、突如吹き飛んだ馬車の扉の下敷きになり昏倒した。
「畜生め、頭打っちまったじゃねェか……!」
 変形した扉を蹴り開け、頭を押さえながら姿を現したのはJ・D(ka3351)。
「この借りは、しっかり耳ィ揃えて返させて貰うぜ」
 小銃を構えて銃爪を絞る。吐き出された弾丸がギャングの腹を喰い破った。
 硝煙を上げるボルトアクションライフル。そのボルトハンドルを上に起こし、後ろに引いて排莢──真鍮の輝きが、紅瞳を透かす黒水晶のレンズに反射する。即座にハンドルを戻し、薬室に次弾を装填してボルトを閉鎖する。
「難儀な事やってんな」
「仕方ねェさ。左利きってのァ、肌に合った銃に恵まれないもんでね」
 銃身を支える右手を離して行われた一連の操作を見て呆れるキャロルに、JDは肩を竦めて応じる。
「それより、こっからどうするね。後ろが敵を片付ける前に、幾らか敵さんを減らしておきたいもんだがなァ」
「どうするもこうするもねえだろ?」
 キャロルは煙草を咥えて火を着けながら、口端を曲げる。
「開けゴマ(Open sesame)とでも唱えんのかィ?」
「ここにゃ魔法のランプも空飛ぶ絨毯もありゃしねえよ。道が開くのを待っても埒が明かねえ。『千夜一夜物語(Arabian Nights)』は知ってんのに、聖書(Bible)は読んだ事ねえのか? 天上の糞爺も言ってたろ、門は叩いてぶっ壊せってなぁ!」
 二挺拳銃を構え、キャロルは威勢良く銃火の中へと飛び出した。JDは制止の声を上げようとしたが既に遅いと悟り、代わりに小銃を構え直す。
「ったく、無茶苦茶しやがる。仕方ねェ、ケツ持ちは任せなァ!」
 薬室に込めた弾丸──その弾頭に、性質を冷気に変えたマテリアルを封じ込める。
 標的はマリアッチ。銃口が己を見詰めている事を悟った敵は、ギターケースを盾として掲げた。
 構わずに撃発。ガンパウダーが生み出す燃焼ガスに尻を叩かれた弾丸が、銃口から銃声の産声を上げて射出する。
 ギターケースに仕込まれた鉄板に着弾すると同時──絶対零度の炸薬が炸裂した。弾殻が破れ、内に閉じ込められた冷気が爆発し、持ち主ごとギターケースを霜で覆い尽くす。
「まったく、ヤンキーらしいやり方だ。大雑把で野蛮な、呆れて物も言えんな。だがまあ、背を任されたからには仕方あるまいよ」
 キャロルに銃口を向けるギャングに照準を合わせて、山本が無鉄砲の露払いを務める。
「上出来だぜ、ガンマンズ!」
 背から援護を受け、前から迫る銃火を掻い潜りつつ、二挺のリボルバーは残りの雑魚を喰って行く。
 シリンダーの中身を切らしたキャロルが積み上げられた木箱の陰に身を隠した。これ以上勢い付かせてはならぬと、機関銃による制圧射撃がキャロルの身動きを封じ込める。
「面倒っちいな……」
 一発だけ弾丸をシリンダーに込めて再装填を中断し、キャロルは上空に煙草を放り投げた。
「合わせろ、ジャップ!」
 山本に合図を飛ばしつつ、一発だけ弾丸を込めたリボルバーを両手で構える。必中必殺のカップ&ソーサー・グリップ。その構えを見てキャロルの狙いを悟った山本は舌打ちを漏らし、薬室の弾丸に気迫を籠めて、小銃の照準を中空舞う煙草に合わせた。
「Fire!」
 二挺の銃が同時に火を噴き、銃声と殆ど重なる形で耳を劈く金属音が鳴り響いた。直後、ソンブレロを被った頭が弾けて、狂乱の協奏を奏でる音が一つ途絶えた。
「BINGO!」
 上機嫌な笑みを浮かべつつ、キャロルは再装填に取り掛かる。
「運任せの曲芸を戦場に持ち込むとは、無茶苦茶にも程がある……!」
「やりたい放題だな、奴さん。アレの相棒が普段どれだけ苦労してんのか、わかろうってもんだ」
 ノリに付き合わされた山本が悪態を漏らし、その傍らでJDが苦笑を浮かべた。

「HEYHEYHEY、ぼやく暇があったら撃ちまくれ」
 弾を込め終えたキャロルが、木箱の陰から飛び出して二挺拳銃を構える。だが調子付いた馬鹿に、氷の束縛から解き放たれたマリアッチが機関銃を向けた。
「──ッ!?」
 絶体絶命、その最中──
「頭下げろ、旦那!」
「へぶっ!」
 突如舞い降りたカッツが、キャロルを押し倒す。直後、彼らの頭上を閃光が過ぎ去った。
 三条の光線がマリアッチの掃射を食い止める。

「ねえ、あなたの相方はいつもああなの?」
 光線を放ったコントラルトが、呆れを隠しもせずに傍らのバリーに話し掛ける。彼は額に手をやって応じた。
「面目ない。あの馬鹿には俺も頭を悩ませていてな」
「苦労してるのね、同情するわ。──それじゃ、取り敢えず後ろの方は片づけたし、下は任せるわね。私は上の加勢に行って来るから」
 足下から噴き出すマテリアルの推進力で屋上へ舞い上がるコントラルトを見送ったバリーは、首を傾げて呟いた。
「……何処かで会った気がするんだが」

「おい、エセニンジャ! 鼻打ったぞ、お前は加減ってのを知らねえのか!」
 コントラルトが稼いだ隙を利用して障害物に身を隠したキャロルが、傍らに立つカッツに罵声を浴びせる。
「旦那にだけは、絶対に言われたくねえよ。幾ら何でも暴れ過ぎだ。こっからは俺らに任せて、援護に勤しんでくんな」
 言うが早いか、返事を待たずしてカッツは飛び出した。
「オイオイオイ、曲調が落ちてるぜ楽士サマよお。そんなへっぴり腰の音楽じゃ、これっぽっちもノれねえなあ!」
 挑発を交えて敵の注目を引き付けつつ、ニンジャは縦横無尽に駆け回る。壁を駆け上がり、突き出した軒上を駆け抜ける。
「まだまだ足らねえよ! 爺の寝息の方がまだ聞き応えがあるぜ!」
 咆哮を上げる一斉掃射に追い付かれそうになった所で飛び降り、障害物の陰に転がり込む。
「二度とそんなチンケな曲を弾けねえようにしてやろうか?」
 間髪入れずに駆け出し、両手に使い慣れた得物を握ってマリアッチへと肉薄する。懐へ入られたマリアッチが、ギターケースを振り回して迎撃──
「──馬鹿が見る♪ ってな」
 鎚と化したギターケースの間合いに踏み込む寸前に、カッツは跳んだ。宙を舞うニンジャの顔には、嘲笑。その笑みへ機関銃の銃口が向けられるその前に──
「トドメは任せたぜ、オサムライサマ」
「──任されました」
 マリアッチの背を刺す、乾坤一擲の刺突。刃を寝かせ突き出された骨喰の切先が、右胸より出ずる。即死には至らぬ刺突、しかし刀身は容赦なく、或は慈悲を以って左へと走った。背骨を断ち心臓を裂いて、骸の身体から大量の血と共に抜ける。
 己が流した血と敵の返り血で汚れた着物に身を包みながら、連城は涼し気な顔で呟いた。
「次は何方を斬りましょうか」

「ご苦労様、加勢は必要ないかしら?」
 屋上で多勢に苦戦を強いられるエリミネーターの背後に降り立つコントラルト。
「ありがてえ、一つ頼んでも良いか」
「ええ、頼まれたわ」
 牽制射撃を放って後ろに下がるエリミネーターに代わり、前へと出たコントラルトが、七支剣を振り上げる。
「幾ら燃やしても無くならないのね、ゴミってやつは」
 振り下ろされた炎剣が爆発。爆炎が逆巻き、屋上に屯すギャング達を、毛筋一本残さず一切合切諸共に灰塵と成した。
 あっさりと敵を焼却処分にしたコントラルトの手腕に、エリミネーターが溜息を漏らす。
「まったく参るね。──だがまあ、これでようやく一服付けるかな」
「何なら、火を貸しましょうか」
「HA、HAHA、冗談だよ」
 差し出された奇形の剣に、エリミネーターは身を引いて引き攣った笑みを浮かべた。
「それに、まだパーティーは終わってないんだろ?」

「お嬢さん、ちいとばかり加勢を頼めるかの」
「良いですよう、おじさま♪ お任せください☆」
「そんじゃまあ、もう一踏ん張り行くとしようかい」
 星野の守護──光鳥を従えて、獲物と己を結ぶ最短距離、直線の軌道を老剣士は駆ける。
 死に狂いのような猛進。
 機関銃の掃射が正面から彼を襲う。光鳥がその身を犠牲として凶弾を受け止めた。むべなるかな、嵐の如く押し寄せる弾丸を受けた光鳥は、数秒とて持たずに輝く羽根を全て散らして消え去った。守りを失ったグラートを改めて銃口が捉える。
「ったく、どうにも今日は、こういう役回りが多かねえかィ?」
 JD放った絶対零度の炸薬弾が、過たずしてギターケースに着弾する。
 だが、一度氷漬けにされたマリアッチは、弾殻から冷気が溢れるその前に得物を投げ捨てた。放棄した武装の代わりに懐から取り出したのは、自動拳銃。その銃口を迫り来るグラートへと向けた。
「チャチな玩具だの──」
 何を思ったか、未だ剣撃の間合いに届いていないというのに、グラートは刀を振るう。
 銃声──刹那の間を置かずして、金属音。
「──躱すまでもないわい」
 地に転がる二つに別たれた鉛玉を踏み締めて、とうとう刀の間合いへと獲物を捉えた。「往生せい」
 弾丸の衝撃で割れた白木の柄の代わりに刀身を握り締め、手中を己が血で濡らす事も厭わずに袈裟切りの一刀を振るう。
 左肩から右脇腹に掛けて裂傷を刻まれた骸が頽れる。
 敵と己の血に濡れた、まさしく抜き身の刀身を見下ろして、グラートは苦笑を浮かべた。
「こりゃもう使いもんにならんな。仕方あるまい、後は若い者に任せるとするかの」

「女子供におじいちゃ──いや、あのおじいちゃんなら構わないかもしれなけど……、なによりっ! お猫様、お猫様に手を出すなんて、紳士じゃない、紳士じゃないよっ!」
 お猫様を銃火の渦中に巻き込んだ許されざる怨敵へと、ソフィアは太刀を携えて突進した。道程に転がる死体の一つに切先を刺して、力任せにぶん投げる。
 機関銃の掃射を受けた死体が肉を抉られ、血煙を撒き散らした。
「──はろーはろー、こんにちは」
 直後、ボロ屑と成り果てた死体を貫き通して、血煙の中から太刀の切先が現れ出る。ギターケースの鉄板をも貫通した渾身の一刺が、マリアッチの胸郭へと到達する。
「そして──さようなら」
 鍔元まで突き刺さった刀身を引き抜くと、血飛沫を上げながら骸が地に倒れ逝く。
 伏した骸を見下ろして、血濡れたバトルドレスに身を包む戦姫は吐き捨てた。
「お猫様を大事にしない不届き者には、生きる資格もないです。地獄に墜ちて、その罪を悔い改めなさい!」

 総身に穿たれた銃創から血の珠を零しつつ標的に刃を突き立てんと、再び葛折りの軌道を描きながら、連城は銃弾の雨の中を駆け抜ける。
 強化した動体視力が、殺意を籠めて動く銃口を見定める。あの一点から伸びる直線上に、背骨に沿った正中線を晒しさえしなければ良いのだ。皮を切らせて肉を斬り、肉を斬らせて骨を断つ──死中にこそ活路あり。その信条に従い、連城は前へと踏み出す。
 マリアッチと連城──彼我の間合いが二歩にまで縮まる。ここに至れば、機関銃の間合いには近過ぎる。そして連城の刀にとっては最善の間合い。
 左胸を狙って一刺を放った。
 だが、受け止められる。ギターケースに仕込んだ鉄板を引き裂きながら、刃は滑り流された。
 踏み出しの勢いを横向きの軌道に転化して、右に走る。それを追う横薙ぎの掃射。しかしこの近接距離において、機関銃など無用の長物。必然、放たれた弾丸は一つ足りとも連城を捉え切れなかった。
 そして更なる一刺が、次こそ必殺の軌道を描く。
 狙うは心臓、誓うは必殺。
 突き出した刀──その柄を握る腕に、水風船を針で突いた時に似た手応えが伝わった。
 血滴が刀身を伝う。引き抜くと同時、滂沱として血が零れ落ちる。
「果てさて、一体何人斬りましたかね」
 血溜まりに下駄を浸して刀身の血を払い落しながら、連城は凪いだ湖面のような蒼い瞳で以って、斬り捨てた骸の山へと振り返った。 



「で、生き残りはこれ一人だけなの?」
「そうらしい。どうも俺が蹴り開けた扉に巻き込まれて、そのまま気絶したんだとよ」
「HAHA、そいつはまた運の良い奴も居たもんだな」
 コントラルト、JD、エリミネーターに囲まれているのは、ギャング一味の中で唯一生き残った男である。縄で縛られた男に、JDが尋問する
「なあ、アンタが知ってる事洗いざらい吐いてくれりゃァ、こっちも手間が省けるんだがよォ」
「俺が喋るとでも思ってんのかよ、アァ?」
「ねえ、もう焼けば良いんじゃない? 生ゴミを取っておいたって腐るだけよ?」
 尋問の様子を傍らで見守っていたコントラルトが、苛立たし気に口を開いた。
「はっはっは、それも一興でしょうが、ここは一先ず私に預けて頂けませんかな?」
 そう言って割って入ったのは、山本。戦闘時とは打って変わって人当たりの良い笑みを浮かべる彼に、JDは胡乱気な視線を向けた。
「アンタがか? どうする気でィ?」
「こういう方に話を聞く時は、それなりの態度というものがありますのでな。是非、私にお任せ頂きたいのだが、よろしいかな?」
「あ、ああ、そんじゃァ任せるぜ」
 朗らかながら、彼の眼光の奥に仄暗いものを見て取ったJDは、やや気圧されながら頷いた。
「感謝します」
 山本は礼を告げると、ゼラーティファミリーの馬車へと生き残りの男を連行する。
「あー、もしかしてなんだけど」
 それを見送りながらコントラルトが、苦い笑みを浮かべながら呟いた。
「今日一番の不幸者は彼なんじゃ……」

「馬車をお貸しして頂いて助かりました。御婦人や子供が見聞きして良いものではないですからな」
 男を連れて馬車に入った山本は、中で待っていたグラートに礼を告げた。
「少々汚れる事になりますが構いませんか?」
「いやいや、こちらも生き残った幸運な者が居れば、丁重に扱わねばならんと思うとったのでな。好きなようにやって貰って構わんよ。それでまずは剥ぐかね、それとも一気に詰めるところから始めるのかの?」
「いえ、爪も指も使いますので」
「使うとは?」
「間に針を差し込むのですよ。これがまた、一段と効く」
「ほう、それはまた何とも良い趣向だ」
「ええ、そうでしょう? ああ、失礼ですが、そこに立て掛けておいた軍刀を取って貰ってもよろしいですかな」
「お、おい──」
 二人の会話の節々に尋常ならざるものを感じ取った男が口を開く。
「どうした? 何か言いたい事でもあるのか?」
 山本は懐から紙箱を取り出して煙草を口に咥えると、火を着けながら発言を促した。
「し、知ってる事は何でも話すからよ。い、命だけは、助け──」
「たわけ。貴様のその場凌ぎの言葉なんぞ信じられるか。命だけは助けてくれ? 馬鹿を言うのも大概にしろ。──殺してくれ、その一言を引き出してからが本番だ」
 冷酷に告げると、男の口に猿轡を嵌める。
「取り敢えず、それまで何も喋らなくて良いぞ」
 額に煙草の先端を押し付けられた男が、くぐもった苦鳴を上げる。
「どちらの世界がより狂っているのか、その身を以って比べてみろ」

 銃声が止んで何分経っただろう。ようやく開かれた馬車の扉にラウラは過敏に反応した。立ち上がった彼女の膝元から転げ落ちたルーナが抗議の声を上げる。
「大丈夫でしたかー、ラウラさん?」
 車内に差し込む光の中に浮かび上がったのは──
「ソフィア! 音が止んでから随分と経ったけど、大丈夫だったの?」
「あー、それは、ほら、色々とやる事があって……」
 ソフィアは曖昧に答えてはぐらかす。鎧に掛かった返り血を念入りに拭き取っていたから、とは言えなかった。
「他の皆は大丈夫なの? キャロルは、バリーは、カッツにエリーおじさまに──」
「だ、大丈夫だから、落ち着いてください、ね?」
 車外へ飛び出そうとするラウラを、ソフィアは慌てて制止する。外には四十近い死体が転がっているのだ。この少女に取って、決して愉快な光景ではないだろう。
「ほら座って。そうだ、喉乾いてないですか?」
 そう慮ったソフィアは、奥に座るように促しながら、水の入ったペットボトルを差し出した。
「……わたし、気を遣わせてるね」
「そ、そんな事ないですよー?」
 ソフィアは誤魔化そうと試みるが、如何せん心が表情に出易い彼女には荷が勝ち過ぎた。
「ごめんね。わたしも戦えれば良かったのにね。そしたら、あなた達の負担も減ったかもしれないのに。……わたし、こんな所で待ってるだけしかできない。そんな事しかできない自分が、時々いやになる」
「そんな事言っちゃ駄目です」
 握り締めたペットボトルの中でたゆたう水を見詰めながら呟くラウラを、不意にソフィアが包み込んだ。
「ソフィア?」
「ラウラさんは皆の力になってますよ。誰かが待ってくれてるってだけで、帰らなくちゃって、力が溢れてくるんですよ? だからそんな、自分を傷付ける事は、言っちゃ駄目。わかりましたか?」
 優しく抱き締めながら囁くソフィアの胸の中で、ラウラは小さく頷いた。
「……うん、ありがと」
「たのもーっ、ルーナちゃんは居ますかぁ? どうか、肉球をプニらせて下さい」
 けたたましく車内に入り込んで来たのは、星野。名を呼ばれた当の黒猫は、不躾な客へ非難がましい視線を向けた。
「プニらせてくださいよぉ」
 あまりにもしつこい彼女の右頬に、猫パンチが炸裂した。
「ありがとうございまふっ☆ つ、次は左にも愛の一撃を!」
「あー、ずるいです。お、お猫様、どうか私にもそのおみ足を!」
 星野にソフィアも加わり、ルーナは二人の狂信者達から逃げ惑う。
「あはは」
 車内で繰り広げられる喧噪の中、少女は思わず笑みを零していた。

「何やってんだ、お前」
 喧噪が漏れる馬車の側面に背を預けるカッツに、近付いて来たキャロルが声を掛ける。
「いやなに、ちょいと中に入るタイミングを逸しちまってね。旦那こそ、何か用でもあったんじゃねえのか?」
 カッツは、隣に背凭れたキャロルに問い返す。
「俺はただ切らした煙草を取りに来ただけだ」
「じゃあ、取りに行きゃ良いだろう?」
「気が変わったんだよ」
 不機嫌そうにキャロルが返したきり、会話が止まる。
「……あ」
 沈黙の中、手癖に従って懐から紙箱を取り出し煙草を咥えたキャロルを見て、カッツが吹き出した。
「だ、旦那、き、切らしたんじゃねえのかよ」
「……うるっせえよ」
 彼らの頭上で、笛の音が響く。
 響き渡る笛の音は、一体何を想って紡がれるているのか。それは奏者の他に誰も知らず。
 龍笛は、ただただ気儘に曲を奏で続けた。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 8
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • 三千世界の鴉を殺し
    連城 壮介(ka4765
    人間(紅)|18才|男性|舞刀士

  • 山本 一郎(ka4957
    人間(蒼)|50才|男性|猟撃士
  • クールガイ
    エリミネーター(ka5158
    人間(蒼)|35才|男性|猟撃士
  • この手で救えるものの為に
    カッツ・ランツクネヒト(ka5177
    人間(紅)|17才|男性|疾影士
  • 無垢なる黒焔
    ソフィア・フォーサイス(ka5463
    人間(蒼)|15才|女性|舞刀士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 売られた喧嘩は買いましょう?
コントラルト(ka4753
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/03/17 14:25:17
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/14 18:47:05
アイコン 質問用
カッツ・ランツクネヒト(ka5177
人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/03/16 18:32:59