とある鉄灰のとある処刑

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/03/15 12:00
完成日
2016/03/24 18:59

みんなの思い出

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オープニング

 グラズヘイム王国大公・マーロウが私設騎士団の一つ、『ホロウレイド戦士団』── その若き指揮官、ロビン・A・グランディーは、その日、主である大公閣下に戦傷の快癒を報告する為、副将たるハロルド・オリスト、セルマ・B・マクネアーの2人を連れて、王都第二街区にある大公の私邸を訪れていた。
 彼らが主の館を訪れるのは、これが5度目の事だった。一度目は団の結成前の面談で、指揮官候補の一人として。二度目は団の結成時に。そして、三度目と四度目は大公閣下の7歳の令孫の遊び相手として。
 数える程の機会であったが、館の門衛たちは彼らの顔を見忘れたりはしなかった。誰何を受ける事なく門を抜け。腰に剣を佩いたままエントランスへと入り。陳情の為に訪れた貴族や商人たちが順番待ちの列を作るのを横目に館の奥へと案内される。
「本日は来客が多く、申し訳ありませんが暫しお待ち願いたく存じます。主からは離れにてお待ちいただくよう言付かっております」
 そう言って案内された先、庭園に面した庵で暫し待つ。
 そこは春の日差し温かな、プライベートな空間だった。円卓会議の筆頭貴族として王国の一翼を担うマーロウ大公の、そのプライベートにまで関われる人間は多くない。
「私ごとき若輩者をそのような立場にまで引き立ててくださった。大公閣下のこの大恩に報いる為にも、より一層励まねば……!」
 その重責に心を奮わせるロビン。かのホロウレイドの戦い──先王や数多の騎士が討ち死にする事となったあの歪虚との大戦において、少なくない数の貴族が家長や跡取りを失った。そんな彼等を救済する為、マーロウは私費を投じて戦士団を設立。領地を継げない貴族の次男・三男たちを受け入れた。
 ロビンやハロルド、セルマもまた、そんな子弟たちの一人だった。相続する領地もない自分たちに、大公閣下は家名もそのままに騎士の身分を与えて下さった。
「その上、この様に私的な交流までさせていただいて…… とても、とても光栄な事だ」
 頷き合うハロルドとロビン。そんな男二人を他所に、セルマが庭園に咲く美しい花にその顔を近づける。
「ああしてるとあいつも女だな」
「失礼だよ、ハロルド?」
 普段の「冷静な軍師」っぷりからは想像もつかないセルマの乙女っぷりに、ハロルドとロビンが軽口を叩き合う。
 和やかな空気は、だが、セルマが上げた小さな悲鳴によって断ち切られた。
 ハッと顔を上げたロビンの視界に、庭園の奥から草を掻き分け現れた、自分たちと同世代くらいのみすぼらしい格好をした若い男の姿が映る。
 ぶつかりそうになり、慌てて身を引くセルマ。男もまた彼等に気づくと音もなく舌を打ちつつ来た道(?)を戻ろうとする。
「待て」
 ロビンは呼び止めた。いや、この様な場所に不審者が入り込んだ、とまでは流石にロビンも思ってはいないが…… 自身でも理不尽な事とは思うが、なぜかこの男が自分たちと大公閣下の間に割って入る害虫か何かの様に感じられてしまったのだ。
「この館の使用人かい?」
 後ろめたさを隠すように、努めて明るくロビンが訊ねる。
「使用人…… まぁ、その様なものに違いはないか……」
「おい、貴様! 貴族に対してその物言い、無礼であろう!?」
 激昂したのはハロルドだった。男は臆した様子もなく、悪びれもせずに答える。
「別にあんたたちに仕えているわけじゃないからな。俺は……」
「客に無礼を働けば主の恥となる。その様な事も分からぬか!?」
 ハロルドの言葉に、男は「む」と言葉を詰まらせた。そして、ロビンたちにペコリと頭を下げると、素早くその場から立ち去った。
「なぜあの様な男が大公閣下のお屋敷に……?」
 そう疑念を口にするセルマ。勿論、2人に答えようはずもない。

「『鉄灰』を知っておるな?」
 紅茶とスコーンとサンドイッチを遅い昼食代わりに…… 予定よりも遅れて離れに到着したマーロウは、茶飲み話のついでといった風情でロビンたちにそう話題を振った。
 古都アークエルス近郊にて行われた茨小鬼との最終決戦── 古都を攻める茨の王の背後を守るべく現れた足止め部隊。それを指揮していたのが鉄灰色の茨小鬼であった。その彼等を強行軍で彼等を強襲し、本隊の為の突破口を切り開いたのがハンターとロビンたち戦士団の面々だ。
「主を護る為、最後まで踏み止まったのが鉄灰色の茨小鬼たちでした。敵ながらあっぱれな戦いぶりであったと思います。確か指揮官は……」
「うむ。乱戦の最中に気絶させられ、そのまま我軍の捕虜となった」
 鉄灰たちの戦いはそこで終わった。目を醒ました鉄灰は縄を打たれたまま激しく抵抗したが、茨の王が討ち死にしたと聞かされると、まるで魂が抜けた人形の様にその場へと崩れ落ちた。
 後日行われた事情聴取でも、鉄灰は己の知る限りの事情を聞かれるままに垂れ流した。将来、『茨小鬼の乱』として王国の歴史書に書き記されるものの内、茨小鬼サイドの内幕についてはその多くがこの時の鉄灰の供述を元とすることだろう。
「だが、聞くべき情報も既にない。来月には刑場に送られ、反逆罪で処刑される。……表向きは、だが」
 ロビンたちは顔を見合わせた。マーロウ自身も呆れるといった調子で、内幕の事情を説明した。
「大逆罪である以上、鉄灰の処刑は免れ得ない。……のだが、鉄灰は法術陣にマテリアルを吸収されなかった数少ない茨小鬼の一人だからな。アークエルスの学者どもが『生きたままでの献体』を求めている」
 そして、献体は多い方が良い、らしい。
 『とある筋』から、鉄灰色の残党が囚われた自分たちのリーダーの救出を計画しているらしい、との情報を得られている。
「『処刑』は古都アークエルスにて行う、との情報を流す。恐らく襲撃は移送中に行われるだろう。そこで罠を張り、襲い掛かって来るであろう鉄灰色を全て捕らえる。処刑と、残党の殲滅と。一挙両得と言うわけだな」
 不満か? とマーロウはロビンに訊ねた。顔に出ていたか、とロビンは顔を拭った。──自分がもし鉄灰の立場だったら、と想像する。戦場で死に損なった上、反逆者として処刑されるとしても…… 学者どもに生きたまま切り刻まれることに比べれば、それは幾万倍かもマシなのではないか……?
「まさか、その移送護衛の任を我等に……?」
「おい」
 大公から見えない所でハロルドがロビンに肘を打った。顔を蒼白にするセルマ。大公閣下の意向に逆らうなど、自分たちにはあり得ない。
 そんな彼等を値踏みする様に見ていたマーロウは、だが、「それでこそ、だ」と破顔した。
「お前たちの手は汚させぬ。私も本来、この様な話は好かぬのでな」
 迎えの使用人が来てマーロウが席を立つ。
 その背中を敬礼で見送りながら…… ロビンは、なぜか先程の若い男の姿を思い出していた。

リプレイ本文

「これが、あの『鉄灰』……ですか?」
 鉄灰護送の任を受けたハンター、サクラ・エルフリード(ka2598)は、一瞬、『それ』が誰だか分からなかった。
 だだっ広い檻の馬車の中に蹲った、薄汚れた襤褸の人影ひとつ── 痩せこけ、落ち窪んだ目には意志の光なく、近づくハンターたちにも全く反応を示さない
「……死んだ魚みたいな目をしやがって」
 その姿にどうしようもなく苛立ちを覚えるシレークス(ka0752)。……死ぬべき時に死ねなかったもの。強制された生き恥を受容せざるを得なかったモノ。そんな『生き物の残骸』を、クルス(ka3922)は無言で見つめ続ける。
「これも因果応報というやつでしょうかね……」
「……大逆罪だしな。まぁ、いい気味なんじゃねぇの?」
 淡々と呟くサクラの後ろで、アーヴィン(ka3383)が偽悪的に言う。悪態と共に拳を檻に叩きつけるシレークス。鉄灰はビクとも動かない……
 一方、ロニ・カルディス(ka0551)とレイ・T・ベッドフォード(ka2398)は、護送の任を共にする若い『傭兵』たちのリーダーと、依頼主より追加された任務についてその詳細を詰めていた。
「残党どもが囚人の奪還に動いているらしい。襲撃して来る茨小鬼に関しては、できるだけ生かして捕縛して欲しい、とのことだ」
「捕縛……? この期に及んで、いったいなぜ?」
 レイがそう訊ねると、リーダーの男は頭を振った。
「お前らは黙って依頼主の言う事を聞いてりゃいいんだよ」
 別の傭兵──ニキビ面の若い男が、粋がってそんなことを口にした。無言で立ち上がるウィンス・デイランダール(ka0039)。一触即発の事態は、だが、寸前で回避された。傭兵リーダーがニキビ面の男を平手でぶん殴ったのだ。
「……申し訳ない」
「いや……」
 頭を下げるリーダーに、ロニが謝罪を受け入れる。
「だが、できれば任務の追加については初めから言ってもらわないと困るな。色々とこちらも準備が変わってくる」
 ロニの言葉にリーダーは再び頭を下げた。
 この時点、まだハンターたちと傭兵たちの軋轢は決定的なものではない。

 事件が起こったは最終日── 昼時のことだった。
 その日、街道沿いの村人たちから石を投げられた一行は、街道を避けて支道に入り。そして、丘を越えようとしたところで突然、激しいにわか雨に見舞われた。
「……まさか、石まで投げられようとは。仮にも聖職者でやがりますですよ、自分?」
「仕方ないです。この辺りにも避難してきた人々が──茨小鬼を恨む人々がいてもおかしくないですから」
 急ぎ雨具を重ねながらぼやくシレークスとサクラ。道は瞬く間に泥濘と化し、一行は予定外の雨宿りを余儀なくされる。
「茨の王との決戦に、私も参加していました」
 リリティア・オルベール(ka3054)のその言葉に、鉄灰が初めて反応らしい反応を示した。
 それを横目で見て取って、視線を戻して話を続ける。──王の最期は無様でも、悲哀に満ちたものでもなかった。ただ一人の戦士として戦いの果てに散り、恨み言一つ漏らさなかった。
「……そうか。王は満足して逝かれたのだな」
「それは私にはわかりません。……でも、今の貴方を見て、王は何と思うでしょうね?」
 頭を振る鉄灰。……王の死と同時に己の夢も希望も理想も死んだ。このまま刑場の露と消ゆとも、王亡き世に未練はない──
 黙って話を聞いていたクルスが、我慢しきれず声を挟んだ。
「ここで死んだ方がマシだなんて、いったい誰が決められるんだ? たとえ逃れられぬ運命としても、最後まで己としてあり続けることが生きるってことじゃないのか?」
「アハハハハハッ……!」
 哄笑は背後から。話を盗み聞きしていたニキビ面の男が、堪え切れぬとばかりに醜悪な愉悦を浮かべる。
「矜持? 運命……!? そんなご大層なものはこの茨小鬼にはねーよ! いいか。お前は貴重なサンプルとして古都の学者連中に引き渡される。お前に待つ運命は生きたまま解剖される日々だけさ!」
 ニキビ面の嘲笑は、男がそちらをジッと睨みつけるリーダーの姿に気づくまで続いた。
 我に返り、顔面を蒼白にするニキビ男。自分は洩らしてはならない事を口にしてしまったのだ── その時になってようやく悟る。
「……なるほど。そういうこともあるだろうな。何せ相手は茨小鬼。『心の痛む相手』ではないからな」
「……追加の捕縛命令ってそういうことでやがりますか。けっ。聖職者に汚れ仕事させよぉたぁ、良い度胸してやがるじゃねーですか」
 呻くロニとシレークス。アーヴィンも頭を掻いた。──戦場で殺した殺されたって話なら、それは互いに恨みっこなしのはずだ。たとえ茨小鬼であっても、実験動物の如き扱いは不当極まる。
「……で、一介の傭兵に過ぎないはずのあんたらが、なんでそんな裏の事情を知ってんだ?」
 クルスの問いに滝の様な冷や汗を流すニキビ面。リーダーの男が代わりに答える。
「……それは俺たちが直接、依頼主から依頼を受けたからだ。真の依頼人については知らん」
「真の……?」
 ウィンスは舌を打った。政治か。これだから特権階級って奴は……!
「チッ。正体が分かりゃあ、この手でぶん殴ってやるところだ」
「あ? んな事したら、お前、死ぬぞ?」
 性懲りもなく嗤うニキビ面。おい、とリーダーの怒気を含んだ声がその横面を張り倒す。
 そのやり取りに、レイは小さく息を呑んだ。
 ──個人的には、こんなグダグダになった依頼の完遂に拘りはない。その点は他のハンターたちと同様だ。ただ、この状況──『過程』によっては、彼等の立場は大きく損なう。
(これから状況がどう転ぶか、注意しておかなければ)
 レイは改めて決意を固めた。
 鉄灰の為でなく。仲間たちを護る為に。

 危急を報せる警笛が鳴る。長短で表されたその符丁は茨小鬼残党の襲撃を意味していた。
 地を叩く雨音越しに轟く爆発音と断末魔── 舌を打ち、戦場へと駆け出す傭兵たち。だが、ウィンスは動かない。
「お前ら、依頼を反故にする気か!」
「汚れ仕事を誤魔化すような雇い主を、どうやって信頼できるってんだ?」
 焦るニキビ面を見返しながら、アーヴィン。ニキビ面は言葉もなく歯噛みしながら、他の連中は!? と声を荒げる。
「……やってやりやがりますよ。依頼を引き受けたハンターとして、立場と責務がありやがりますからね」
「ですが、それ以外の部分については契約外です。捕縛に関しては後付けなので従う筋合いはありません」
 応じてみせるシレークスとサクラ。レイがここぞとばかりにタイミングを計り、スッとニキビ面に割って入る。
「ここは我々が守ります。……魔術師がいるようです。援護しますので貴方も前へ」
 悔しそうに唸りながら前線へと走るニキビ面。アーヴィンはその後を追った。……正面突破を図るには、敵の数はどうにも少な過ぎた。何かを企んでいる──が、敢えてそれに乗ってやる。
 激突── 傭兵たちは無能ではなかった。押し来る茨小鬼たちを自前であしらい、戦闘能力を失った個体から網を投げ掛け捕縛に入る。
 何もかも諦め切った表情で牢にへたり込む鉄灰。それを見たウィンスは「てめぇ」と鉄格子に掴みかかった。鉄灰の処遇、依頼の真の内容──気に食わないことは沢山あるが、何より彼が気に食わないのは現状に抗おうともしない鉄灰自身だ。
「腑抜けやがって……! あの光景を見てもてめぇは何も思わねーのかよ! 目に焼きつけろッ。てめぇの為に仲間がどんな顔をしているか……ッ! てめぇと同じ運命をあいつらにも辿らせてーのか! 何とか言ってみろ、糞ゴブリン……ッ!」
 最後にガァンッ! と格子を殴って、ウィンスは檻から離れた。ロニがそっと歩み寄り、腫れ上がったその拳にマテリアルの癒しをかざす。
 リリティアは意を決すると斬竜刀を振り被り、牢の扉に掛けられた鎖と錠を叩き壊した。
「っ!?」
「……逃がすわけではないです。貴方に死に場所をくれるだけです。……全員、後腐れないように送ってあげます。だから……茨の王の配下としての、その矜持を見せてくださいよ!」
 扉を開け放つリリティア。出るも出ないも貴方次第です、と、レイは淡々と宣告した。
「ですが、この場に残るなら。貴方はどうあがいても、戦士としては死ねません」
 ハンターたちの言葉に、鉄灰は無言で前へと歩き出した。扉の前で一瞬立ち止まり…… 泥雨跳ね上げる地面へその一歩を踏み下ろす。
「……上等だ」
 口の端に微かに笑みを浮かべるウィンス。
 瞬く間に濡れ鼠になりながら、鉄灰は前線で傭兵たちを突破できずにいる副官に声を上げた。
「副官! お前の策を為せ!」
「ハッ……!」
 瞬間、道路の反対側から一斉に飛び出す多数の茨小鬼たち── 吶喊の雄叫びもなく、ただ決死の表情にて、奪還すべき己の『将』めざして突撃する。
「伏兵……! こちらが本命か!」
 ロニは檻馬車を回り込みつつ、即座に敵の流れを見た。敵が鉄灰に辿り着くにはどうしても檻馬車が邪魔だ。右か左か、どちらかに回り込む必要がある。
「俺とクルスは右側を止める。シレークスとサクラは左側を!」
 雨音に負けぬよう声を張りつつ、ロニが群がる茨たちに光の波動をブチかます。そこへクルスが立て続けに撃ち出す光弾── 薄闇を切り裂き、光の軌跡が交差する。
 一方、馬上に戻り、左側へと駆けるシレークス。その傍らを走りながら、サクラは汚泥を跳ね上げ迫る茨たちへ魔槍を投擲した。ギャッ! と倒れる茨小鬼。構わず突っ込んでくる茨たちにシレークスは手綱を引いて止め、馬の嘶きと共に口上をくれてやる。
「いい覚悟じゃねーですか。ここを通りたくば性根をすえてかかってきやがれっ!」
 鬼気を発しながら鉄鎖を右へ左へ振り回し、群がる敵を馬上から薙ぎ払うシレークス。サクラは手に戻った魔槍をクルリと回すと、シレークスが倒した茨たちに穂先を突き下ろして止めを刺す……

「挟撃だとっ!?」
 背後からの襲撃に驚愕する一瞬の隙をつかれて、ニキビ面の傭兵が茨小鬼にこめかみを強打された。
 宙を舞う兜。倒れた男が助けを求めて周囲の味方へ視線を振り…… だが、誰からも支援を受けられずにその頭を砕かれる。
(……自業自得だ。戦場で和を乱した不利益は受けてもらう)
 大弓の高加速射撃による一撃で魔術師を撃ち倒したアーヴィンは、ニキビ面の苦境に気づきながらそれを黙殺した。
 ふと、こちらをジッと見据えるリーダーの視線に気づく。
 リーダーは何も言わなかった。
 戦いは終わりつつある。

 死んだ茨の剣を拾い、鉄灰が戦いの構えを取った。
 対するはリリティア。ウィンスは鉄格子に背を預けたまま2人の戦いを見届ける。
 リリティアの振るう鋼線鞭に瞬く間に四肢の表皮を切り裂かれつつ。それでも笑いながら鉄灰が剣を振るう。
 最後に剣を弾き飛ばされ、鉄灰は息と共に肩を落とした。間近にまで押し込んできた副官を振り返り、満足げに最後の命令を下す。
「副官、頼む」
「……ハッ!」
 隠していた弩を手早く構え、鉄灰にとどめの矢を放たんとする副官。ハンターたちは敢えてそれを阻止しなかった。ただ一人、奥歯を噛み締めつつ飛び込んで来たクルスだけが、杖で弩を叩いてあらぬ方へと矢を逸らす。
「……ここで何かを死なせる意味は欠片も感じない。殺させはしない。たとえそれが俺のエゴに過ぎないとしても」

 戦いは終わった。
 生き残り、捕虜になった茨小鬼は、鉄灰と副官含め約半数。逃げ散った者たちの追撃はしなかった。
(終わったか……)
 ロニはまだ息のある小鬼に歩み寄り、回復の光をかざそうとした。だが、その眼前を行き過ぎていった何かが、寸前、小鬼の首を断ち斬った。
 目を見開き、顔を上げる。その視線の先には、斬竜刀を振り落としたリリティアの姿──
「何を……ッ!」
「奴等は暗器を持っている。確実に殺さねーと何があるか分からねぇ……だろ?」
 言いながらウィンスがリリティアの横へと並ぶ。そして、何事だ、と駆け寄って来る傭兵たちの眼前の地面を薙ぎ払う。
「『彼等は勇壮に、壮絶な討ち死にを遂げた』……そういう事だ。文句あっか、クソ野郎」
 ウィンスの物言いに、文句はある、とリーダーは答えた。
 戦闘中のことであれば看過できた。捕縛命令は襲撃者の全員を対象にはしていなかったから。
 だが、捕縛した捕虜まで殺すというのであれば、それは依頼人の利益に反する。
「知りませんよ。報酬なんかいりません!」
 構わず、鉄灰へ斬竜刀を振り下ろすリリティア。これはまずい……! とレイは慌てて鉄灰の前へと飛び出し、我が身を呈して受け止めた。
 ウィンスたちの義憤は正道だ。だが、傭兵たちをねじ伏せてまでそれを為せば王国の法を犯すことになる。
「……いたずらにその手を穢すのですか? たとえ我侭と言われても、僕は貴方たちに罪を犯して欲しくない……!」
「どけ」
 慌てて刃を止めたリリティアに代わり、ウィンスがレイを押しのけ槍を繰り出す。
 その一撃を、今度はクルスが盾の大振りでもって打ち弾いた。アーヴィンは動かない。無言で事の推移を見守っている。
「……いい加減にしろ。鉄灰の…… こいつらの戦はもう終わっているんだ。もう好き勝手に死んだり死なせたりするクソみたいな時間は終わったんだよ!」
 クルスは告げた。最後は叫びになっていた。
「連れてく先で待ってる奴等も、ここでごちゃごちゃやってるのも、力がある癖に裏取引とかやってるやつらも、揃いも揃って胸糞悪い! 生き死にを何だと思ってやがる!」
 荒い息を吐くクルスの肩を、雨に打たれるまま歩み寄って来たロニがポンと叩いた。
「無力化された敵へ殺生を行うというのであれば、俺も聖職者として止めないわけにはいかない」
 サクラとシレークスも後に続いた。
「『護送』の依頼は全うします。それが受けた依頼ですから」
「これは報酬の問題ではないです。依頼を受けたハンターとしての、信用と矜持の問題でやがりますので」
 こちらを取り囲んだ傭兵たちを見やって言う。
 私たちはあくまで、私たちの意志で依頼を果たす── その意志は何者にも強いられたものではない。


 護送は終わった。 
 檻の中いっぱいになった鉄灰色の茨小鬼たちは、出迎えた古都の役人たちに引き渡された。
 数日後、1匹の茨小鬼が刑場にて首を刎ねられることとなるが、それが鉄灰でないことを知る者は殆どいない。

「分かっているとは思うが、今依頼において知りえた内容は……」
「守秘義務だろ? 承知はしている」
 立ち去るリーダーをぼんやりと見送り…… アーヴィンはその背に呼びかけた。
「嘘と裏切りを平気で使うような奴は、いつかためらいなく人を切り捨てるぜ?」
 リーダーは一瞬、足を止め…… 振り返りもせず、去っていった。

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参加者一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォード(ka2398
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • The Fragarach
    リリティア・オルベール(ka3054
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士

  • アーヴィン(ka3383
    人間(紅)|21才|男性|猟撃士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士

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アーヴィン(ka3383
人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/03/15 10:27:48
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/12 09:56:20