ゲスト
(ka0000)
戦闘訓練
マスター:有坂参八

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/25 07:30
- 完成日
- 2014/09/02 23:23
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●裏事情
辺境帝国軍の本拠地たる大要塞ノアーラ・クンタウ、その中枢部とも言える管理者執政室にて。
「横領の疑い?」
要塞管理者ヴェルナー・プロスフェルトは、部下でもある目の前の女性の報告に対して問い返し、ほんの僅かに眉を潜めた。
机を挟んで対面した女性は、全く無表情の鉄面皮で上司に報告を続ける。
「ここ数日間の山岳猟団の動きは不審です。訓練、実働の両面における行動が、急激に迅速化、活発化しました」
「それは、良い事の様に思えますが」
「問題は、その理由です。数日前、猟団に大量の補給物資が運び込まれたことについては、目撃談もあり確かな事実ですが……補給課及び会計課から、この件について『未掌握事案である』と報告が」
要塞管理者の表情が、初めてはっきりと曇った。
「……独断で補給を行った?」
「仮にそうであれば、重大な軍規違反です。帝国軍の補給細則を無視し、本来別用途の為に支給された資金を無許可で物資購入に充てたとすれば、これは横領。最悪は責任者の処分さえあり得る」
「至急調査を命じます。貴方達、ベヨネッテ・シュナイダーに」
ヴェルナーが迷わず口にしたその名前は、そのまま報告者である女性の所属部隊でもある。
女性は、氷の無表情を崩さぬまま、静かに答えた。
「お任せを。手は、打っています」
●表事情
山岳猟団。
辺境帝国軍において、対歪虚戦の最前線を担うその部隊は、よく言えば『人類を守護する為に集いし異文化混成部隊』であり、悪く言ってしまえば唯の『寄せ集め』である。
帝国軍、辺境部族、傭兵、ハンター、そして先日にはここにドワーフの戦力も加わり、その構成は今や、クリムゾンウェストいち混沌とした部隊と言っても過言ではない。
その山岳猟団の本拠地、ほぼ全隊員が集結した、兵舎脇の訓練場にて。
「だ・か・ら! 重装兵で陣形を作り列員同士が相互支援しながら進撃すればいかなる敵の突撃をも……」
「わからん! ワケわからんッ! 強い鎧きて強い武器で思い切りブン殴りゃ負けねぇってだけだろが!?」
「ドワーフは脳筋すぎるよ……足を使って敵を追い立てるのが、この土地の部族伝統のやり方で」
「いやいやヴォイド相手に画一的な戦法じゃ生き残れねぇって。俺達がリアルブルーの中東で稼いでた頃はなぁ……」
喧々囂々。
人種も立場も違う隊員達は、戦闘訓練を前にして終わりなき論争を繰り広げていた。
無理もない。『いくさ』に対する考え方が、何もかも違うのだ。
その考え方の違いは、幾度も意志の不統一を生み、部隊の運用に歪みを生じさせてきた。
一度はハンターの意見を取り入れ、種族毎に部隊を分けた運用を行って勝利したこともあるが……
「…………」
その男……山岳猟団団長代理、八重樫敦は訓練場の隅に仁王立ちしながら、遅々として進まない猟団の訓練を眺めていた。
「全く、ヒトとモノが揃って漸く全力で動けると思うたらこれじゃものなぁ」
八重樫の背に声をかけたのは、猟団最年長の団員である老兵シバ。言葉とは裏腹、目の前の烏合の衆を眼にして、笑いを押し殺している。
「改善案はないか」
八重樫は最早考えるのも面倒、と言いたげに、シバに尋ねた。
「ハンターなら、何か良い案があるかもしれん」
「またか。連中を随分買っているな」
「灰色谷での戦も、隊商との取引も中々であったが、ドワーフを猟団に引き入れたのはでかい。団長代……奴らは、使えるぞ」
シバの言葉は穏やかでありながら、その表情は何かを企む様な含み笑いだった。
「それに元々寄せ集めの戦力で戦う事が前提の彼らであれば、何かしら知恵も持っておろうよ」
「……いいだろう。やってくれ」
迷う時間が無駄だ。こういう時、八重樫はそう考える男だった。
「おう、後は儂に任しとけ。それと、たったいま入った情報だがな、ベヨネッテ・シュナイダーが『訓練視察』に来るぞ」
「審問隊がか」
審問隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』……辺境帝国軍の規律維持をその存在意義とし、その監督・調査を担う部隊だ。平たく表現すれば、風紀委員と言った所か。
「今更何を見に……いや、会計の事だな」
「十中八九、そっちが本当の目的じゃろな」
数日前、山岳猟団は、帝国軍の補給規則を無視し、独自に商人から物資を購入した。忠実に規則をなぞるならば、これは軍資金の横領として成立する。
物資不足で瓦解寸前の部隊を立て直す為だったとはいえ、もし事が明るみにでれば、要塞側から猟団の動きが制限されるのは間違いないだろう。
「さぁ、どうする団長代」
にやにやしながら、シバは問う。八重樫は即答した。
「名目が訓練視察なら、できるだけ派手にやって見せればいい。ハンターも使って、金庫など覗く暇もない程な」
「くくく、お前さんも解ってきたな」
「……」
目的は二つ。混成部隊である山岳猟団の練度向上と、視察官の調査に対する欺瞞。
ここが最初の正念場だ。ここを越えれば……
「ここを越えれば、漸く歪虚共と正面からぶつかれるのだぞ、団長代……そう、お主の望んでいる通りにな」
「……!」
シバの言葉に、八重樫は一度だけ、彼の顔を見た。
老兵はその視線に……意味深な笑みを返すだけであった。
辺境帝国軍の本拠地たる大要塞ノアーラ・クンタウ、その中枢部とも言える管理者執政室にて。
「横領の疑い?」
要塞管理者ヴェルナー・プロスフェルトは、部下でもある目の前の女性の報告に対して問い返し、ほんの僅かに眉を潜めた。
机を挟んで対面した女性は、全く無表情の鉄面皮で上司に報告を続ける。
「ここ数日間の山岳猟団の動きは不審です。訓練、実働の両面における行動が、急激に迅速化、活発化しました」
「それは、良い事の様に思えますが」
「問題は、その理由です。数日前、猟団に大量の補給物資が運び込まれたことについては、目撃談もあり確かな事実ですが……補給課及び会計課から、この件について『未掌握事案である』と報告が」
要塞管理者の表情が、初めてはっきりと曇った。
「……独断で補給を行った?」
「仮にそうであれば、重大な軍規違反です。帝国軍の補給細則を無視し、本来別用途の為に支給された資金を無許可で物資購入に充てたとすれば、これは横領。最悪は責任者の処分さえあり得る」
「至急調査を命じます。貴方達、ベヨネッテ・シュナイダーに」
ヴェルナーが迷わず口にしたその名前は、そのまま報告者である女性の所属部隊でもある。
女性は、氷の無表情を崩さぬまま、静かに答えた。
「お任せを。手は、打っています」
●表事情
山岳猟団。
辺境帝国軍において、対歪虚戦の最前線を担うその部隊は、よく言えば『人類を守護する為に集いし異文化混成部隊』であり、悪く言ってしまえば唯の『寄せ集め』である。
帝国軍、辺境部族、傭兵、ハンター、そして先日にはここにドワーフの戦力も加わり、その構成は今や、クリムゾンウェストいち混沌とした部隊と言っても過言ではない。
その山岳猟団の本拠地、ほぼ全隊員が集結した、兵舎脇の訓練場にて。
「だ・か・ら! 重装兵で陣形を作り列員同士が相互支援しながら進撃すればいかなる敵の突撃をも……」
「わからん! ワケわからんッ! 強い鎧きて強い武器で思い切りブン殴りゃ負けねぇってだけだろが!?」
「ドワーフは脳筋すぎるよ……足を使って敵を追い立てるのが、この土地の部族伝統のやり方で」
「いやいやヴォイド相手に画一的な戦法じゃ生き残れねぇって。俺達がリアルブルーの中東で稼いでた頃はなぁ……」
喧々囂々。
人種も立場も違う隊員達は、戦闘訓練を前にして終わりなき論争を繰り広げていた。
無理もない。『いくさ』に対する考え方が、何もかも違うのだ。
その考え方の違いは、幾度も意志の不統一を生み、部隊の運用に歪みを生じさせてきた。
一度はハンターの意見を取り入れ、種族毎に部隊を分けた運用を行って勝利したこともあるが……
「…………」
その男……山岳猟団団長代理、八重樫敦は訓練場の隅に仁王立ちしながら、遅々として進まない猟団の訓練を眺めていた。
「全く、ヒトとモノが揃って漸く全力で動けると思うたらこれじゃものなぁ」
八重樫の背に声をかけたのは、猟団最年長の団員である老兵シバ。言葉とは裏腹、目の前の烏合の衆を眼にして、笑いを押し殺している。
「改善案はないか」
八重樫は最早考えるのも面倒、と言いたげに、シバに尋ねた。
「ハンターなら、何か良い案があるかもしれん」
「またか。連中を随分買っているな」
「灰色谷での戦も、隊商との取引も中々であったが、ドワーフを猟団に引き入れたのはでかい。団長代……奴らは、使えるぞ」
シバの言葉は穏やかでありながら、その表情は何かを企む様な含み笑いだった。
「それに元々寄せ集めの戦力で戦う事が前提の彼らであれば、何かしら知恵も持っておろうよ」
「……いいだろう。やってくれ」
迷う時間が無駄だ。こういう時、八重樫はそう考える男だった。
「おう、後は儂に任しとけ。それと、たったいま入った情報だがな、ベヨネッテ・シュナイダーが『訓練視察』に来るぞ」
「審問隊がか」
審問隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』……辺境帝国軍の規律維持をその存在意義とし、その監督・調査を担う部隊だ。平たく表現すれば、風紀委員と言った所か。
「今更何を見に……いや、会計の事だな」
「十中八九、そっちが本当の目的じゃろな」
数日前、山岳猟団は、帝国軍の補給規則を無視し、独自に商人から物資を購入した。忠実に規則をなぞるならば、これは軍資金の横領として成立する。
物資不足で瓦解寸前の部隊を立て直す為だったとはいえ、もし事が明るみにでれば、要塞側から猟団の動きが制限されるのは間違いないだろう。
「さぁ、どうする団長代」
にやにやしながら、シバは問う。八重樫は即答した。
「名目が訓練視察なら、できるだけ派手にやって見せればいい。ハンターも使って、金庫など覗く暇もない程な」
「くくく、お前さんも解ってきたな」
「……」
目的は二つ。混成部隊である山岳猟団の練度向上と、視察官の調査に対する欺瞞。
ここが最初の正念場だ。ここを越えれば……
「ここを越えれば、漸く歪虚共と正面からぶつかれるのだぞ、団長代……そう、お主の望んでいる通りにな」
「……!」
シバの言葉に、八重樫は一度だけ、彼の顔を見た。
老兵はその視線に……意味深な笑みを返すだけであった。
リプレイ本文
●一日目
違う部隊を見ている様だと……
ライエル・ブラック(ka1450)は、再び山岳猟団と邂逅し、率直に思った。
かつてあらゆる制約の下、文字通り瀕死で歪虚と戦い続けていた団員達は、補給が整った事で今や生気に溢れ、瞳には活力を取り戻していた。
問題は、その心が未だ一つになっていない事か。
「また、よろしくお願いします。皆さん、お元気そうで何よりです」
団員達の健康状態をさりげなく観察しつつ、ライエルは彼等に会釈する。中には、共闘した事のある少年の顔を見て、愛想よく笑う者もいた。
(……皆いかつくて怖そうだなぁ)
と、彼等をみやりつつオウカ・レンヴォルト(ka0301)は沈思するが、その只ならぬ表情が却って団員達の視線を集めている事に、彼は気づいていない。
そんなオウカを尻目に、リズリエル・ュリウス(ka0233)は、ズイと前に歩み出て叫ぶ。
「本日より貴様等に訓練を行うリズリエル・ュリウスである!」
腕を組んで仁王立ちする少女に、団員達は訝しげな視線を送った。
訓練中は総てハンターの指示に従う様命じていると団長代の八重樫は言っていたが、現時点での統率は微妙といった所か。
そして、その光景を横で猫実 慧(ka0393)は一人……
「さぁ、余裕かましてる狸爺達にも、しっかり踊ってもらいましょうか」
……と、怪しげな笑みを浮かべていた。
「訓練か」
訓練が始まり、ジュン・トウガ(ka2966)は、整列した団員達を前にして呟いた。
「ゲームとか映画で見たアレをすればいいのか、服装とか反省とかいろいろやっていたな、団結のために」
適当な物言いの少女の、しかし肉体は鍛えられたトップアスリート級のそれだ。猟団の団員達も、それを理解できる目がある故に、彼女の話に耳を傾ける。
ジュンが彼等に課したのは、反復的な筋力トレーニングだった。
但し、単純な筋トレではない。
「そこ、姿勢が乱れている。プラス十回、全員だ!」
腕立てに疲労し、背を曲げた団員に叫ぶジュン。理不尽なまでに団員の落ち度を責め、罰としてノルマを課す。
「御前は服装が乱れているな。これも全員にプラス十回!」
正規兵である直参や、傭兵達はこういった訓練に慣れていたが、元来自由気質の部族民やドワーフには堪えた様だ。
終わらないシゴキに次第に苛立ち、姿勢を崩す者が続出する。
「戦場はもっと理不尽だろう。助け合え、それが唯一の対処だ。そうしない限り終わらん」
ジュンは決して手を緩めなかった。
直参や傭兵は、最後には仲間に手を貸していたが、助けられた側が主旨を理解したかは、五分五分と言った所の様だった。
その横で、他の者達は翌日以降の訓練の内容を、団長代の八重樫と共に打合せていた。
「ドワーフの皆さんに、訓練用の歪虚の着包みを作って欲しいのです。全部で二十体程」
茅崎 颯(ka0005)がそう告げると、八重樫は二つ返事で頷く。
「必要と言うなら、ドワーフ達も拒むまい」
「日程は、こういう感じで進めます。それと、期間中は団員の皆さんの衛生状態を管理したいのですが」
ライエルが日程を書いた紙を広げながら、いつかの様に八重樫を見上げた。
「何をするにも、まずは健康であることです。それと、生活習慣ですね」
「……わかった。それも、任せる。俺を含め、衛生の知識には乏しい者が殆どだ」
そして打ち合わせがひと通り終わった頃、天竜寺 詩(ka0396)が最初に席を立った。
「では、私は食材を探してきますね」
「食材?」
「皆さんのお食事です。少し、作りたい物があるので」
八重樫の問いに対して、詩は軽やかに笑み、一旦、猟団の兵舎を出て行った。
「これより先の訓練は得点制で評価します。3日目の訓練で最高点をマークしたチームには最強の栄誉と賞金を与えますよ」
一日目の終わり、慧は団員を集めてそう発表した。
団員たちの反応は様々だ。単純なドワーフ達や、元来カネを目的として戦う傭兵達は沸き立ったが、人類を守護する為に戦う自負を持つ直参や部族派の者達には、それほど強い動機付けにはなっていない様だった。
●二日目
ハンター達は団員と共に、訓練の場を要塞近くの山岳地帯に移した。
「ここに居るのは確かに一〇〇人の兵士だ。だが、一〇〇人の『プロ』ではない」
教官役のリズリエルが団員達の前に立ち、訓示する。
団員たちは、既に派閥を混合した四人組を二〇の分隊に分ける形で編成され、整列していた。
「貴様等にはプロになって貰う!ただ一人敵中で生き残っても戦い抜き、何時如何なる時も作戦の遂行に忠実なプロフェッショナルだ!」
訓練の内容は『潜伏戦』。それぞれの分隊が分散し、この一帯に翌日の朝まで潜伏する内容だった。
識別番号の書かれた重石入りの荷袋と、ナイフ以外の物品の携行は認められず、訓練中はあらゆる物資を現地で調達しなければならない。追跡者役のハンターに識別番号を読まれた者は失格となる。
「……これが前線なら、歪虚がいつ強襲するか、分からない。訓練とはいえ、周囲の観察、警戒は、怠らないように」
オウカは少し意味深げに、団員達に警告を入れた。肝心の団員達の間には、派閥を混ぜて分隊を編成した事でぎこちない空気が流れている。
「のんびり煮炊きが出来ると思うな? 火や煙は格好の『的』だぞ」
リズリエルを始めとする鬼役のハンターに三〇分先行する形で、団員達は出発した。
二〇も分隊があれば、出来不出来にもかなりバラつきが出る。
一番酷い組は、開始一時間も立たない内に、オウカの仕掛けた落とし穴に嵌り番号を読み取られる事になった。
「くそ、汚ぇ手だ!」
毒づく団員に手を貸しながら、オウカはぼそりと呟く。
「……これが罠でなく、歪虚の口や爪を剥き出しにした待ち伏せだったなら、そういう口すら聞けなくなっていたかも、な」
正論をぶつけられた団員は、言葉も無く押し黙った。
それとは対象的に、優秀な組には追いかけるハンター達の方が翻弄される結果となった。
そも辺境の地はそこに住まう部族の庭も同然であり、彼等は狩での必要性から、野外行動において卓越した技術と知識を持っている。
良い成績を出したのは、彼等部族側から仲間に助言を与え、また仲間もそれを受け入れたチームだ。
互いの協調が薄い組程、ハンター達に速く見つけられた傾向を、リズリエルは指摘した。
その事実は少なからず、他の団員達にも何かを考えさせたようであった。
潜伏訓練が行われている最中も、何人かのハンターは要塞に残っていた。
負傷や連絡役等の理由で今回の訓練に参加しない兵士数名と共に、ライエルは兵舎の環境を見て回った。
「余り、衛生状態が良くないですね」
「……男所帯ですから」
眉を潜めて脱ぎっぱなしの靴下を拾い上げたライエルに対し、団員の一人が申し訳無さそうな顔をする。
猟団の兵舎は掃除も不十分で、団員の生活習慣についてもあまり統制が取られて居ない様だった。
「健康維持は兵力維持です。こういう些細な事が原因で体調を崩した結果に実働戦力が低下するのでは、強い部隊とは言えません」
ライエルは洗濯や掃除等を自ら進めつつ、また衛生管理の重要性を団員に説いていく。
これも、地味だが戦力を発揮する為に必須の事項だ。
一方、慧は……団長室に、潜入していた。
番として兵舎に残留していたシバが用を足しに席を立ち、漸くその機会を得たのだ。
目的は、金庫から金を抜き取り、八重樫やシバに一泡吹かせる事。
視察官の目の前で金庫を空けた時に中身がなければ、一騒動起きてくれることだろう。抜き取った資金は、別に隠しておけばいい。
扉を開けて机をすり抜け、部屋の奥の金庫の前まで辿りつき……慧はしかし、気づいた。
鍵を開ける手段がない。金庫の鍵は、文字盤と錠前の複合式だった。
そうこうしている内にすぐ、シバが戻る足音が聞こえてくる。
慧は計画を断念せざるを得ず、急いで部屋を跡にした。
●三日目
審問隊ベヨネッテ・シュナイダーから来た視察官は、愛想の無い無口無表情な女性だった。
「よろしく」と告げたら、後は勝手に見ると言わんばかり、兵舎内の団長室へ迷わず向かおうとする。
颯が慌ててそれを制し、誘導した。
「視察をご希望の訓練は、直ぐに始めますので、こちらへどうぞ」
「……そうですか。では」
視察官は鉄面皮のまま、颯に従った。
三日目の訓練は『模擬戦』だ。
再び四人組を二〇作り、歪虚を模した着包みで仮想敵となった団員二〇名を迎撃する。
仮想敵二〇名は、迎撃側が効率よく攻撃していると思ったら倒れ、赤と白に染めた布を一枚、相手に渡す。
これを、改善の為のミーティングを挟んで二度繰り返し、最も布を集めた組を優勝させるという流れだ。
一戦目。
二日目同様、違う派閥を混ぜた分隊を作った為、団員達の連携はぎこちないまま。
彼等は、少数ながら自由に行動する事のできる歪虚役に翻弄されていた。
だが、いかに荒くれた猟団員達とて、無能ではなく。
「……!」
物見台から演習上を見下ろしていたジュンは、一部の分隊が明らかな連携を持って動いている事に気がついた。
ドワーフと直参兵が正面から敵を抑えこむ間に、傭兵と部族が側面から包囲して効率的な攻撃を可能にしている。
これまでの訓練を経て、各自が多かれ少なかれ、何か考える所を持ったのだろう。
それは、訓練を間近で見ている八重樫や、颯達にも見て取れた。
「だいぶ意識は変わっている様だな」
物見台から降りたジュンは、八重樫にメモを渡す。
メモには各分隊ごとの評価や、連携行動の改善案が記してあった。
「ガチ脳筋の私がこういうことをやっても意味があるのだろうか?」
「十分ですよ。二回目はこれで行きましょう」と、監督役の颯。
一回目の後のミーティングは、丁度昼食時に重なった。
厨房にこもっていた詩が正午の鐘と共に、大量の料理を抱えて兵舎から出てくる。
「さぁ、お昼ができましたよっ」
彼女が兵士達に振るまったのは、彼女の故郷リアルブルーの料理ハンバーガー。
完熟バナナで二日で作った天然酵母使用のパン、手捏ねのハンバーグと新鮮なトマト、ピクルスにチーズまで挟んだもので、前日から食材集めをした事を含めて、非常に手の込んだものだ。
これには、団員達も大喜びし、貪る様に食った。
その光景を見ながら詩は満足気に微笑み、穏やかに口を開く。
「不思議なお料理ですよね。それぞれ単品でも十分美味しいのに、一緒にしたらお互いを引き立てあって、もっと美味しくなるんだもん」
ふいにでた言葉に、団員の手がピタと止まり、詩に視線が注がれる。
一瞬の静寂の中、詩はもう一言だけ、付け加えた。
「皆さんもきっとお互いを引き立てあったら、もっと強くなれると思います」
その後、ライエルが負傷者を手当した後、ジュンのメモや団員の意見を元にした配置換えを行い、二回目の模擬戦が行われた。
各分隊の行動は、目に見えて改善していた。
少なくとも、互いが長所を生かして連携しようとする、その努力は見られるようになっていた。
「囚人のジレンマ、という言葉があります」
訓練後、並んだ猟団員に、颯はそう切り出した。
個人が誘惑に負け自分の利益を最優先することで、その属する集団の利益を損ない、結果として自分自身も最善の結果を得られない……という旨を、颯はおおまかに説明する。
賞金や最強の称号、という目先の利益をあえてちらつかせたのは、その典型例を教える為だったのだろうか……話を聞きながら、団員達はみな神妙な面持ちを浮かべていた。
颯の話が終わる頃、それまでは見ているだけだった視察官が、唐突に口を開いた。
「訓練は十分に見ました。続きは兵舎の中で伺います」
このまま兵舎の中に入り、流れで金庫の視察も行うつもりなのだろう。
同盟関係にある傭兵やドワーフ達まで疑った事実を作らぬ様、あくまで偶発的に金庫の中の不正を見つけたい訳だ。
「いいえ、これから懇親会を開きますので、外に出たままで大丈夫ですよ」
慧が、すかさず割って入った。既に兵舎近くの広場に詩やオウカが料理を用意し、会を始められる状態にしてある。
この日のために、ハンター達は既に大量の酒まで持ち込んでいた。
「……では、そちらへ行きましょう」
視察官の表情は読めなかったが、彼女は素直に申し出を受け入れた。
懇親会には、ハンター、視察官、そして猟団員の全員が参加した。
テーブルには、詩の作ったニンニク料理や、オウカの作ったおにぎりなどが所せましと並んでいる。
「……故郷で、『おにぎり』と呼ばれる携帯食、だ……米が食えない者は、いるだろうか…?」
不安そうなオウカをよそに、団員達は次から次へとおにぎりを平らげていく。
「……同じ釜の飯を食ったのなら、それは同志だ。一緒に卓を囲って飯が食えるなら、仲良くできない道理はない」
呟いたオウカと目があい、団員はニッと笑ってみせる。一日目で、オウカの罠に嵌った団員だった。
視察官の問題については、驚く程簡単に解決した。
「おーりょーかくしてうんでしょ? わたしゃーねぇしっれるんれすよ、ぜんぶ……」
「……もう何言ってるのか判らんな、これは」
ろれつの回らない言葉を並べながらフラついた視察官を、隣で肉を貪っていたジュンが慌てて支えた。
酒で潰してしまおうと考えたのは他でもないハンター達だが、しかしあれだけ無愛想だった女性がここまで変わると誰が予想しよう。
それでも慧やリズリエルは、面白がってどんどん彼女に酒を進めていた。
「……やっぱりきちんと報告するべきだと思うんです」
目の前の騒ぎを眺めつつ、詩は傍らのシバに、横領の件についてそう切り出した。
「例え今回上手く行っても、この猟団が疑惑を持たれたままなのは変わりませんし……理由がどうあれ、結果は手段を正当化しないと思いますから」
詩の言葉に、シバは苦笑する。しばし、考えて……それから、回答を口にした。
「……いずれ、全てを明るみに出す。それは、約束しよう。だが長い時間がかかる。そこは、許しておくれ」
居直るでもなく、同情を誘うでもなく……シバの語りは、ただ落ち着いていた。
その答えに、詩は黙したまま、小さく頷いた。
「どうですか、訓練の成果は」
「良くなった。少なくとも、三日前よりは」
宴も終わろうとする頃、颯が投げた問に対し、八重樫は端的にそう答えた。
今回の訓練が、問題を完全に解決した訳ではない。
意思疎通や戦技戦法において、解決すべき問題はまだ山ほどある。
だが。
団員達が、それぞれに団結を考え始めた。
それは、十分な成果だ。今は、それでいい。
「あとは実戦で、ですね」
ライエルが、ぽつりと呟き、八重樫の顔を覗き込んだ。
山岳猟団団長代の表情は、初めて会った時より穏やかな気がした。
違う部隊を見ている様だと……
ライエル・ブラック(ka1450)は、再び山岳猟団と邂逅し、率直に思った。
かつてあらゆる制約の下、文字通り瀕死で歪虚と戦い続けていた団員達は、補給が整った事で今や生気に溢れ、瞳には活力を取り戻していた。
問題は、その心が未だ一つになっていない事か。
「また、よろしくお願いします。皆さん、お元気そうで何よりです」
団員達の健康状態をさりげなく観察しつつ、ライエルは彼等に会釈する。中には、共闘した事のある少年の顔を見て、愛想よく笑う者もいた。
(……皆いかつくて怖そうだなぁ)
と、彼等をみやりつつオウカ・レンヴォルト(ka0301)は沈思するが、その只ならぬ表情が却って団員達の視線を集めている事に、彼は気づいていない。
そんなオウカを尻目に、リズリエル・ュリウス(ka0233)は、ズイと前に歩み出て叫ぶ。
「本日より貴様等に訓練を行うリズリエル・ュリウスである!」
腕を組んで仁王立ちする少女に、団員達は訝しげな視線を送った。
訓練中は総てハンターの指示に従う様命じていると団長代の八重樫は言っていたが、現時点での統率は微妙といった所か。
そして、その光景を横で猫実 慧(ka0393)は一人……
「さぁ、余裕かましてる狸爺達にも、しっかり踊ってもらいましょうか」
……と、怪しげな笑みを浮かべていた。
「訓練か」
訓練が始まり、ジュン・トウガ(ka2966)は、整列した団員達を前にして呟いた。
「ゲームとか映画で見たアレをすればいいのか、服装とか反省とかいろいろやっていたな、団結のために」
適当な物言いの少女の、しかし肉体は鍛えられたトップアスリート級のそれだ。猟団の団員達も、それを理解できる目がある故に、彼女の話に耳を傾ける。
ジュンが彼等に課したのは、反復的な筋力トレーニングだった。
但し、単純な筋トレではない。
「そこ、姿勢が乱れている。プラス十回、全員だ!」
腕立てに疲労し、背を曲げた団員に叫ぶジュン。理不尽なまでに団員の落ち度を責め、罰としてノルマを課す。
「御前は服装が乱れているな。これも全員にプラス十回!」
正規兵である直参や、傭兵達はこういった訓練に慣れていたが、元来自由気質の部族民やドワーフには堪えた様だ。
終わらないシゴキに次第に苛立ち、姿勢を崩す者が続出する。
「戦場はもっと理不尽だろう。助け合え、それが唯一の対処だ。そうしない限り終わらん」
ジュンは決して手を緩めなかった。
直参や傭兵は、最後には仲間に手を貸していたが、助けられた側が主旨を理解したかは、五分五分と言った所の様だった。
その横で、他の者達は翌日以降の訓練の内容を、団長代の八重樫と共に打合せていた。
「ドワーフの皆さんに、訓練用の歪虚の着包みを作って欲しいのです。全部で二十体程」
茅崎 颯(ka0005)がそう告げると、八重樫は二つ返事で頷く。
「必要と言うなら、ドワーフ達も拒むまい」
「日程は、こういう感じで進めます。それと、期間中は団員の皆さんの衛生状態を管理したいのですが」
ライエルが日程を書いた紙を広げながら、いつかの様に八重樫を見上げた。
「何をするにも、まずは健康であることです。それと、生活習慣ですね」
「……わかった。それも、任せる。俺を含め、衛生の知識には乏しい者が殆どだ」
そして打ち合わせがひと通り終わった頃、天竜寺 詩(ka0396)が最初に席を立った。
「では、私は食材を探してきますね」
「食材?」
「皆さんのお食事です。少し、作りたい物があるので」
八重樫の問いに対して、詩は軽やかに笑み、一旦、猟団の兵舎を出て行った。
「これより先の訓練は得点制で評価します。3日目の訓練で最高点をマークしたチームには最強の栄誉と賞金を与えますよ」
一日目の終わり、慧は団員を集めてそう発表した。
団員たちの反応は様々だ。単純なドワーフ達や、元来カネを目的として戦う傭兵達は沸き立ったが、人類を守護する為に戦う自負を持つ直参や部族派の者達には、それほど強い動機付けにはなっていない様だった。
●二日目
ハンター達は団員と共に、訓練の場を要塞近くの山岳地帯に移した。
「ここに居るのは確かに一〇〇人の兵士だ。だが、一〇〇人の『プロ』ではない」
教官役のリズリエルが団員達の前に立ち、訓示する。
団員たちは、既に派閥を混合した四人組を二〇の分隊に分ける形で編成され、整列していた。
「貴様等にはプロになって貰う!ただ一人敵中で生き残っても戦い抜き、何時如何なる時も作戦の遂行に忠実なプロフェッショナルだ!」
訓練の内容は『潜伏戦』。それぞれの分隊が分散し、この一帯に翌日の朝まで潜伏する内容だった。
識別番号の書かれた重石入りの荷袋と、ナイフ以外の物品の携行は認められず、訓練中はあらゆる物資を現地で調達しなければならない。追跡者役のハンターに識別番号を読まれた者は失格となる。
「……これが前線なら、歪虚がいつ強襲するか、分からない。訓練とはいえ、周囲の観察、警戒は、怠らないように」
オウカは少し意味深げに、団員達に警告を入れた。肝心の団員達の間には、派閥を混ぜて分隊を編成した事でぎこちない空気が流れている。
「のんびり煮炊きが出来ると思うな? 火や煙は格好の『的』だぞ」
リズリエルを始めとする鬼役のハンターに三〇分先行する形で、団員達は出発した。
二〇も分隊があれば、出来不出来にもかなりバラつきが出る。
一番酷い組は、開始一時間も立たない内に、オウカの仕掛けた落とし穴に嵌り番号を読み取られる事になった。
「くそ、汚ぇ手だ!」
毒づく団員に手を貸しながら、オウカはぼそりと呟く。
「……これが罠でなく、歪虚の口や爪を剥き出しにした待ち伏せだったなら、そういう口すら聞けなくなっていたかも、な」
正論をぶつけられた団員は、言葉も無く押し黙った。
それとは対象的に、優秀な組には追いかけるハンター達の方が翻弄される結果となった。
そも辺境の地はそこに住まう部族の庭も同然であり、彼等は狩での必要性から、野外行動において卓越した技術と知識を持っている。
良い成績を出したのは、彼等部族側から仲間に助言を与え、また仲間もそれを受け入れたチームだ。
互いの協調が薄い組程、ハンター達に速く見つけられた傾向を、リズリエルは指摘した。
その事実は少なからず、他の団員達にも何かを考えさせたようであった。
潜伏訓練が行われている最中も、何人かのハンターは要塞に残っていた。
負傷や連絡役等の理由で今回の訓練に参加しない兵士数名と共に、ライエルは兵舎の環境を見て回った。
「余り、衛生状態が良くないですね」
「……男所帯ですから」
眉を潜めて脱ぎっぱなしの靴下を拾い上げたライエルに対し、団員の一人が申し訳無さそうな顔をする。
猟団の兵舎は掃除も不十分で、団員の生活習慣についてもあまり統制が取られて居ない様だった。
「健康維持は兵力維持です。こういう些細な事が原因で体調を崩した結果に実働戦力が低下するのでは、強い部隊とは言えません」
ライエルは洗濯や掃除等を自ら進めつつ、また衛生管理の重要性を団員に説いていく。
これも、地味だが戦力を発揮する為に必須の事項だ。
一方、慧は……団長室に、潜入していた。
番として兵舎に残留していたシバが用を足しに席を立ち、漸くその機会を得たのだ。
目的は、金庫から金を抜き取り、八重樫やシバに一泡吹かせる事。
視察官の目の前で金庫を空けた時に中身がなければ、一騒動起きてくれることだろう。抜き取った資金は、別に隠しておけばいい。
扉を開けて机をすり抜け、部屋の奥の金庫の前まで辿りつき……慧はしかし、気づいた。
鍵を開ける手段がない。金庫の鍵は、文字盤と錠前の複合式だった。
そうこうしている内にすぐ、シバが戻る足音が聞こえてくる。
慧は計画を断念せざるを得ず、急いで部屋を跡にした。
●三日目
審問隊ベヨネッテ・シュナイダーから来た視察官は、愛想の無い無口無表情な女性だった。
「よろしく」と告げたら、後は勝手に見ると言わんばかり、兵舎内の団長室へ迷わず向かおうとする。
颯が慌ててそれを制し、誘導した。
「視察をご希望の訓練は、直ぐに始めますので、こちらへどうぞ」
「……そうですか。では」
視察官は鉄面皮のまま、颯に従った。
三日目の訓練は『模擬戦』だ。
再び四人組を二〇作り、歪虚を模した着包みで仮想敵となった団員二〇名を迎撃する。
仮想敵二〇名は、迎撃側が効率よく攻撃していると思ったら倒れ、赤と白に染めた布を一枚、相手に渡す。
これを、改善の為のミーティングを挟んで二度繰り返し、最も布を集めた組を優勝させるという流れだ。
一戦目。
二日目同様、違う派閥を混ぜた分隊を作った為、団員達の連携はぎこちないまま。
彼等は、少数ながら自由に行動する事のできる歪虚役に翻弄されていた。
だが、いかに荒くれた猟団員達とて、無能ではなく。
「……!」
物見台から演習上を見下ろしていたジュンは、一部の分隊が明らかな連携を持って動いている事に気がついた。
ドワーフと直参兵が正面から敵を抑えこむ間に、傭兵と部族が側面から包囲して効率的な攻撃を可能にしている。
これまでの訓練を経て、各自が多かれ少なかれ、何か考える所を持ったのだろう。
それは、訓練を間近で見ている八重樫や、颯達にも見て取れた。
「だいぶ意識は変わっている様だな」
物見台から降りたジュンは、八重樫にメモを渡す。
メモには各分隊ごとの評価や、連携行動の改善案が記してあった。
「ガチ脳筋の私がこういうことをやっても意味があるのだろうか?」
「十分ですよ。二回目はこれで行きましょう」と、監督役の颯。
一回目の後のミーティングは、丁度昼食時に重なった。
厨房にこもっていた詩が正午の鐘と共に、大量の料理を抱えて兵舎から出てくる。
「さぁ、お昼ができましたよっ」
彼女が兵士達に振るまったのは、彼女の故郷リアルブルーの料理ハンバーガー。
完熟バナナで二日で作った天然酵母使用のパン、手捏ねのハンバーグと新鮮なトマト、ピクルスにチーズまで挟んだもので、前日から食材集めをした事を含めて、非常に手の込んだものだ。
これには、団員達も大喜びし、貪る様に食った。
その光景を見ながら詩は満足気に微笑み、穏やかに口を開く。
「不思議なお料理ですよね。それぞれ単品でも十分美味しいのに、一緒にしたらお互いを引き立てあって、もっと美味しくなるんだもん」
ふいにでた言葉に、団員の手がピタと止まり、詩に視線が注がれる。
一瞬の静寂の中、詩はもう一言だけ、付け加えた。
「皆さんもきっとお互いを引き立てあったら、もっと強くなれると思います」
その後、ライエルが負傷者を手当した後、ジュンのメモや団員の意見を元にした配置換えを行い、二回目の模擬戦が行われた。
各分隊の行動は、目に見えて改善していた。
少なくとも、互いが長所を生かして連携しようとする、その努力は見られるようになっていた。
「囚人のジレンマ、という言葉があります」
訓練後、並んだ猟団員に、颯はそう切り出した。
個人が誘惑に負け自分の利益を最優先することで、その属する集団の利益を損ない、結果として自分自身も最善の結果を得られない……という旨を、颯はおおまかに説明する。
賞金や最強の称号、という目先の利益をあえてちらつかせたのは、その典型例を教える為だったのだろうか……話を聞きながら、団員達はみな神妙な面持ちを浮かべていた。
颯の話が終わる頃、それまでは見ているだけだった視察官が、唐突に口を開いた。
「訓練は十分に見ました。続きは兵舎の中で伺います」
このまま兵舎の中に入り、流れで金庫の視察も行うつもりなのだろう。
同盟関係にある傭兵やドワーフ達まで疑った事実を作らぬ様、あくまで偶発的に金庫の中の不正を見つけたい訳だ。
「いいえ、これから懇親会を開きますので、外に出たままで大丈夫ですよ」
慧が、すかさず割って入った。既に兵舎近くの広場に詩やオウカが料理を用意し、会を始められる状態にしてある。
この日のために、ハンター達は既に大量の酒まで持ち込んでいた。
「……では、そちらへ行きましょう」
視察官の表情は読めなかったが、彼女は素直に申し出を受け入れた。
懇親会には、ハンター、視察官、そして猟団員の全員が参加した。
テーブルには、詩の作ったニンニク料理や、オウカの作ったおにぎりなどが所せましと並んでいる。
「……故郷で、『おにぎり』と呼ばれる携帯食、だ……米が食えない者は、いるだろうか…?」
不安そうなオウカをよそに、団員達は次から次へとおにぎりを平らげていく。
「……同じ釜の飯を食ったのなら、それは同志だ。一緒に卓を囲って飯が食えるなら、仲良くできない道理はない」
呟いたオウカと目があい、団員はニッと笑ってみせる。一日目で、オウカの罠に嵌った団員だった。
視察官の問題については、驚く程簡単に解決した。
「おーりょーかくしてうんでしょ? わたしゃーねぇしっれるんれすよ、ぜんぶ……」
「……もう何言ってるのか判らんな、これは」
ろれつの回らない言葉を並べながらフラついた視察官を、隣で肉を貪っていたジュンが慌てて支えた。
酒で潰してしまおうと考えたのは他でもないハンター達だが、しかしあれだけ無愛想だった女性がここまで変わると誰が予想しよう。
それでも慧やリズリエルは、面白がってどんどん彼女に酒を進めていた。
「……やっぱりきちんと報告するべきだと思うんです」
目の前の騒ぎを眺めつつ、詩は傍らのシバに、横領の件についてそう切り出した。
「例え今回上手く行っても、この猟団が疑惑を持たれたままなのは変わりませんし……理由がどうあれ、結果は手段を正当化しないと思いますから」
詩の言葉に、シバは苦笑する。しばし、考えて……それから、回答を口にした。
「……いずれ、全てを明るみに出す。それは、約束しよう。だが長い時間がかかる。そこは、許しておくれ」
居直るでもなく、同情を誘うでもなく……シバの語りは、ただ落ち着いていた。
その答えに、詩は黙したまま、小さく頷いた。
「どうですか、訓練の成果は」
「良くなった。少なくとも、三日前よりは」
宴も終わろうとする頃、颯が投げた問に対し、八重樫は端的にそう答えた。
今回の訓練が、問題を完全に解決した訳ではない。
意思疎通や戦技戦法において、解決すべき問題はまだ山ほどある。
だが。
団員達が、それぞれに団結を考え始めた。
それは、十分な成果だ。今は、それでいい。
「あとは実戦で、ですね」
ライエルが、ぽつりと呟き、八重樫の顔を覗き込んだ。
山岳猟団団長代の表情は、初めて会った時より穏やかな気がした。
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シバさんへの質問擦れ 茅崎 颯(ka0005) 人間(リアルブルー)|25才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/08/23 09:08:30 |
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戦闘訓練どうしましょう? 茅崎 颯(ka0005) 人間(リアルブルー)|25才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/08/25 07:26:52 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/20 17:40:06 |