ゲスト
(ka0000)
桜護の村 ~桜便り~
マスター:葉槻
オープニング
●桜護の村
村から30分ほど歩いた先、穏やかな流れの川沿いに桜並木があった。
その桜並木は、リアルブルーからやってきた者がたまたま持っていた、一振りの桜の枝を好事家が買い取り、接ぎ木で増やしたのだと言われていた。
その為、一斉に咲き始め、一斉に散っていくので、毎年春になるとこの桜並木の下では村の者総出で花見が行われるのが定例となっていた。
村から30分という好立地もあり、散歩がてら毎日のように誰かしらがその桜を観に行き、徐々に膨らみを増すその蕾に、春の訪れを楽しんでいた。
そして冷たい春雨が去った今日。
「あんた、ちょっと、大変だよ!」
村へと飛び込んできたのは、朝イチで桜の様子を見にいっていた村の女衆の中でも発言力が強い、鍛冶屋の女将だった。
「何だよ、今日はどうしたんだい?」
鍬を抱えた男が女将に首を傾げて問う。
「桜が、もう二分咲きなんだよ!!」
「な、なんだってー!!!」
女将の一言により、村中が蜂の巣を突いたような騒ぎになったのだった。
●気の早いお花見を
「去年、コボルト達を退けた事を村人達は今でも心から感謝しているそうで、今年も是非お花見に来てほしいと依頼を受けました」
説明係の女性は嬉しそうに微笑んだ。
「今年は随分早く桜が咲き始めてしまったようで、恐らく明日には八分咲きの見頃になるとの事です。急ではありますが、是非楽しんで来て下さい」
今年は村人達が団子と酒、未成年者やアルコールが飲めない者用にはノンアルコールの甘酒を用意してくれるとの事なので、それを味わいながら楽しむのも一興だろう。
「あ、くれぐれも桜の木を傷付けるような事はしないで下さいね? 折角得た信頼を失ってしまうことになりますから」
それでは、いってらっしゃいませ。と彼女は笑顔のままハンター達を送り出したのだった。
村から30分ほど歩いた先、穏やかな流れの川沿いに桜並木があった。
その桜並木は、リアルブルーからやってきた者がたまたま持っていた、一振りの桜の枝を好事家が買い取り、接ぎ木で増やしたのだと言われていた。
その為、一斉に咲き始め、一斉に散っていくので、毎年春になるとこの桜並木の下では村の者総出で花見が行われるのが定例となっていた。
村から30分という好立地もあり、散歩がてら毎日のように誰かしらがその桜を観に行き、徐々に膨らみを増すその蕾に、春の訪れを楽しんでいた。
そして冷たい春雨が去った今日。
「あんた、ちょっと、大変だよ!」
村へと飛び込んできたのは、朝イチで桜の様子を見にいっていた村の女衆の中でも発言力が強い、鍛冶屋の女将だった。
「何だよ、今日はどうしたんだい?」
鍬を抱えた男が女将に首を傾げて問う。
「桜が、もう二分咲きなんだよ!!」
「な、なんだってー!!!」
女将の一言により、村中が蜂の巣を突いたような騒ぎになったのだった。
●気の早いお花見を
「去年、コボルト達を退けた事を村人達は今でも心から感謝しているそうで、今年も是非お花見に来てほしいと依頼を受けました」
説明係の女性は嬉しそうに微笑んだ。
「今年は随分早く桜が咲き始めてしまったようで、恐らく明日には八分咲きの見頃になるとの事です。急ではありますが、是非楽しんで来て下さい」
今年は村人達が団子と酒、未成年者やアルコールが飲めない者用にはノンアルコールの甘酒を用意してくれるとの事なので、それを味わいながら楽しむのも一興だろう。
「あ、くれぐれも桜の木を傷付けるような事はしないで下さいね? 折角得た信頼を失ってしまうことになりますから」
それでは、いってらっしゃいませ。と彼女は笑顔のままハンター達を送り出したのだった。
リプレイ本文
●
以前ここでコボルド相手に戦った時は、二分咲きの桜の下で共に戦ったハンター達とささやかな祝宴を開いたのだったが、あの時はささやかにそしてけなげに咲き始めた花に一同皆が目を細めた。
それから1年。
河原沿いが見事に薄紅色に染まっていた。
「去年も綺麗でしたが、見ごろになるとより綺麗ですねー」
和泉 澪(ka4070)はハンター達で賑わう桜並木を歩いて回る。去年、自分達は桜を傷付けないよう戦ったが、コボルドが何カ所か木の幹に爪痕を残していたのを覚えていたので、気になって見にいくと、上薬のお陰か、たしかに傷痕は残っていたが、そこはもう乾燥し樹皮の一部となって、その樹自体も弱っているような様子は無かった。
「キズは大丈夫みたいですねー」
一通り桜を眺めると、澪は対岸へと向かうべく橋へと向かった。
そんな澪とすれ違ったエルバッハ・リオン(ka2434)は最後に家族と行った花見で、花の咲いた大樹に擬態した歪虚に追いかけられるという経験をうっかり思い出し、浮かれた気分から一転、折角買ったお団子の味もしなくなるほどに、両目からハイライトを消して佇んでいた。
「……偶然、ハンターの一団が通りかからなければ、家族そろって全滅するところでした」
悪夢のようなあの出来事。しかし助けてくれたハンター達の活躍の素晴らしさを思い出し、フルフルと両横に首を振って、気分を入れ替える。
折角の久しぶりの花見なのに、いつまでも暗い気分でいては台無しだ。
「お団子でも食べながら楽しむとしましょうか」
景気づけの様にぐいっと勢いよく最後の団子を頬張ると、口の中に広がったその甘い優しい味に頬を緩めた。
エルティア・ホープナー(ka0727)は桜の樹の幹に背を預けて座ると、ぱらりと本を開いた。
暖かな春風と花の香り。さらに時々漂ってくる団子の香ばしい香りに微笑みながら、自然とエルティアにとって命の糧である書籍を楽しんでいた。
一際、強い風が吹いて、金の髪を押さえる。本から目を離し、桜吹雪を楽しんだ後、ふと頭上を見上げると、丁度はらりと桜の花が花首からエルティアの手元へと落ちてきた。
「ごめんなさい、貴方のお友達、いただいて行くわね?」
桜の樹にお礼を伝え、そっと摘むと本の間に挟み込んだ。
「おぉ! エルティアではないか!」
明るい声に視線を向けると、友人であるエルディラ(ka3982)が缶ビール片手に笑顔で走り寄ってきた。
「凄い風だったな! 花弁がわぁっと散って美しかった! アレが桜吹雪か、初めて見たのじゃ。青の世界の者から話は聞いておった。一度この目で見てみたいと思うておったところよ」
興奮気味に話すエルディラに、エルティアは静かに頷き話しを聞き、ふと彼女の髪に目を留めた。
「……エルディア。少し、屈んでくれるかしら?」
「ん? おぉ、良いぞ」
エルディラの春の日差しを受けて銀色に輝く髪に絡まった花弁をそっと取って、彼女に見せる。
「エルディラも楽しそうで何よりだわ」
その花弁を受け取ると、エルディラは『引きこもり』とは縁遠い生命力に満ちあふれた笑顔で、礼を言った。
「ここで出会うも交わるも、星と桜が導いた縁じゃ。共に薄桃の景色を愛でようぞ」
エルティアはエルディラからの酒のススメは丁重にお断りしつつ。しかし、もとよりお互いに知識を追求し合う仲の2人は、最近仕入れた互いの知識を共有すべく話しに花を咲かせた。
「桜はどこでも桜なんだな。まぁ、当たり前なんだが」
転移前に見た桜と同じなじみ深い花を見上げ、鳳凰院ひりょ(ka3744)は心が休まるのを感じる。
本当は誰かと交流が出来たら、と思っての参加だったが、来てみれば既にグループが出来上がっていたり、恋人同士独特の雰囲気が出来上がっていたりと大変声が掛けづらく、花を見ながら知らず知らずに深い溜息を零していた。
「……ってうわぁっ!?」
花を見上げながら歩いていた為、足に何かを引っかけて転びかけた。
「んぁ……」
「ご、ごめんなさい、大丈夫? 怪我は?」
どうやら、樹の根元を枕に眠っていた女の子の足に蹴躓いてしまったらしい。
慌ててひりょが謝ると、ぽやんとした表情で女の子はひりょを見た。
アーシェ(ka6089)が始めて見る桜の花は、優しいピンク色をしていた。その隙間から見える澄んだ青い空がとても綺麗で、風が運ぶ慎ましく柔らかな香りにアーシェは故郷とは違う春を感じていた。
お団子を食べて、のんびり歩いて、お腹が満たされて。お日様がポカポカして気持ち良くて、アーシェは迷わずお昼寝することにした。空いていたスペースに枕に丁度良さそうな木の根を見つけて、ころんと横になった。
――そして、今、起こされた訳だが、寝ぼけた頭と足に感じる鈍い痛みにどうやら目の前の男の子が自分に躓いたらしい事は分かった。
「わたし、初めて桜の花を、見たの」
「え? う、うん?」
唐突な言葉にひりょは2、3軽く瞬きつつも相づちを打つ。
「お団子を食べて、花を眺めたらね、お昼寝したくなって」
あぁ、それは分かる。とひりょも思った。このぽかぽかとした陽気に当てられていると、無性に眠気が襲ってくる。
「どの辺りがオススメかな?」
「……え?」
アーシェとしては、他の人の邪魔にならずに眠れる場所に行きたい、という希望をストレートに伝えたつもりだった。
ひりょは若干呆気に取られた後、今聞いた話しを整理して「お昼寝出来る所を探してるの?」と問うと、アーシェはこくりと頷いた。
ひりょはうーん、と唸りながら、周囲を見回して……篠笛の音が橋のほうから聞こえることに気付いた。
澪は春風を纏わせながら篠笛を吹き、一曲終わって目を開くと、目の前に同じ歳ぐらいの男の子と女の子が立っていて、パチパチと拍手をくれた。
「ありがとうございます」
照れつつ微笑み返す。
お昼寝出来る所を探しているというアーシェの言葉に、澪はそれなら、と反対の岸を指した。
「あの土手に寝っ転がると川のせせらぎをBGMに菜の花・桜・空の青さを楽しみつつ春の匂いに包まれながら休めますよ」
澪のオススメに従い橋を渡っていく2人の背中を見守ると、澪は再び篠笛を奏で始めた。
●
「おお、なかなかの花見日和だねえ」
瀬陰(ka5599)が桜並木を見て感嘆の声を上げながら、隣の曄(ka5593)に微笑みかける。
空いているスペースに茣蓙を敷き、お団子とお茶を広げて曄を呼び寄せた。
色とりどりの可愛らしいお団子と、暖かな湯気を揺らすお茶を見て、曄は目を輝かせる。
「何か、こうやってとーさんとゆっくりするのって久しぶりな気がする!」
お花見自体きちんとした覚えがない、と言っていた曄の笑顔に瀬陰は更に笑みを深めた。
「好きなだけどうぞ」という言葉に曄は遠慮無く「いただきます」と手を伸ばす。「おいしい」と団子を頬張る曄を見て、瀬陰が小さな容器から鮮やかなピンク色の何かを取り出した。
「これね、桜の塩漬け。こうしてお茶に浮かべたら……ほら、少しだけ塩味を帯びるから、甘い団子には合うと思うんだ。どうかな?」
「んん、すっごい美味い! とーさん流石に、色々知ってるんだな」
キラキラとした瞳を真っ直ぐに自分に向ける曄を見て、瀬陰は至福の時を感じていた。
お腹も満たされ、2人肩を並べてのんびりと桜を見上げていると、「そうだ」と瀬陰が懐から何かを取り出すと曄の黒い髪に触れた。
「………お花見、もう一つ……♪」
瀬陰が触れた部分に重みを感じて手をやると、そこには桜の髪飾りを感じて、曄は驚いて傍にある赤い瞳を見る。
「曄もお年頃だし、お洒落して友達と出かけるのもいいだろう」
「また僕とも『でーと』してくれると嬉しいのだけど」と茶目っ気のある笑みを浮かべる瀬陰に、曄は驚きから年頃の女の子の様に少し頬を染めて微笑んだ。
「あたしがこんなお洒落して行くとこなんて、他にないよとーさん」
戦うのが全部だと思っているから、オシャレも女の子らしい事も普段はしたことがなかったけれど。
『とーさん』の前でだけは、女の子でいられる事を曄は幸せに思った。
(絶対大親友になれる! って、思ってるんだけどな……)
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は不機嫌顔で隣を歩くトルステン=L=ユピテル(ka3946)の横顔をちらりと盗み見る。
転移の直前に喧嘩別れしてしまって、それがこっちに来て久しぶりに再会できた。トルステンが元気だった事が嬉しくて、仲直りしたくて、桜を口実に誘ったのだが……
(き、気まずい……っ!)
「……行きたいトコ、あるんかよ」
「ひぇっ?」
会話の切欠を探していたら、トルステンの方から声を掛けてきて、思わずうわずった声で返事をしたパトリシア。そんな彼女を見て、怪訝そうに眉を顰めた後、すっと視線を前に移してトルステンは続けた。
「……団子か? 桜並木の方は人多そうだから、河原に下りるのもアリかな」
「別に、お腹空いてないのデスヨー」
「……そう」
ぷいっとそっぽを向いてむくれてみせるパトリシアに、トルステンは会話の切欠を失って再び2人の間に沈黙が落ちる。
トルステンとしても、もう怒っていないし、今日の内にごめんと言いたいと思っていた。
だから、パトリシアから誘いがあったときにはチャンスだ! と1人喜んだのに。
(……俺、何やってんだろ。コッチヘ来て生きるか死ぬかを経験して、ちょっとは大人になった気でいたのに)
その時、一陣の春風が吹き抜けていった。
桜の樹がざぁぁと揺れ、花弁が一斉に宙に舞う。
「ステン……!!」
パトリシアの手が、自然にトルステンの手を取って、桜吹雪の中を駆けだしていた。
「ちょ、パティ、危なっ」
「キレイだね」と笑うパトリシアの満面の笑顔に、トルステンも釣られるように目を細めて頷いた。
「手、繋ぎますか?」
一つ一つの動作に断りを入れてくるカイ(ka3770)にフェリア(ka2870)は微笑み頷きながら手を差し出す。
「あんまり気軽に手を預けると、男は舞い上がる生き物ですからね、気をつけて下さいよ」
からかうように両肩を竦めて言うが、カイの頬がほんのり赤い事に気付いてフェリアも釣られて気恥ずかしくなって「もう」なんて少しだけ背の低い位置にある彼の肩を軽く小突く。
土手に揃って腰掛けて、フェリアが作ってきたお菓子を披露する。
「うん、美味い。たんぽぽさんはお菓子が得意ですね。うかうかしてると俺が全部食べちゃいますよ?」
「そうでもないんだけど……うん、いいよ、カイくんの為に作ってきたから」
フェリアの言葉に、カイは顔を真っ赤にしながら「またそんな事を……」なんて照れている。
美味しい美味しいと食べるカイを見て、出来に一抹のを感じていたフェリアはそっと胸を撫で下ろす。と。
「一つ失敗してるのがたんぽぽさんらしくて俺は好きですよ」
何てカイが笑うので、フェリアは「もう!」と再び彼の肩を小突いた。
お菓子を食べ終わり、のんびりと桜を眺めていると、カイがそっとフェリアの後ろからショールをかけた。
「寒くありませんか? よかったらどうぞ」
それは今日の為にカイが買った薄手の桜色ショールだった。
「もう……カッコつけすぎ。でも、ありがと」
フェリアは振り向くと、カイの肩に手を置いて、頬にそっと触れるだけのキスを贈る。
「お礼の気持ちよ」
そう言って微笑むフェリアの瞳には、口元を押さえて耳まで真っ赤に染めたカイが映っていた。
●
オウカ・レンヴォルト(ka0301)は自分が作った和食盛りだくさんの重箱を広げて、イレーヌ(ka1372)と2人遅めの昼食を取ることにした。
道中、力作だと聞いていたが、広げられたのは見事な花見弁当で、イレーヌは恋人にだけ見せる柔らかな笑顔で「凄い、素晴らしい」と賞賛していた。
酒を注ぎ合い、軽く杯を持ち上げ、同時に唇を湿らせる。
「ん、美味しい。やはりオウカの料理は心が安らぐな」
頬張った一口大の手鞠寿司は、叩き梅の混ぜご飯を塩ゆでにされたキャベツで包んだ逸品で、見目麗しく、もちろん味もさっぱりとしていて美味しい。
「花より団子、というわけではないが……桜の下で食べ飲むのも、乙なものだ」
オウカはイレーヌを見て微笑むと、杯を一度置くと、指先で彼女の頬に付いたご飯粒を掬い、それを口に含む。
イレーヌはその長い指が自分の頬を掠め、白いご飯粒を乗せた人差し指がオウカの薄い唇に軽く触れ、赤い舌がちろりと指の腹を舐める一連の動きに見惚れ、頬を真っ赤に染めた。
「……どうした?」
「何でも無い」
酒の精霊か、桜の精霊にでも当てられたのか。オウカの一挙一動がやたら艶めかしく見えてしまったイレーヌは、とにかく食べることに集中した。
あらかた食べ終わった頃には、酒瓶も転がり、イレーヌは胡座をかいたほろ酔いのオウカにすっぽりと包まれながら、2人のんびりと花見酒を楽しんだのだった。
一方その奥では、初デートに挑む時音 ざくろ(ka1250)と白山 菊理(ka4305)がいた。
「綺麗……菊理を誘えて本当に良かった」
にっこりとざくろに微笑まれて、菊理は頬を染めながら頷いた。
「今日はお弁当を作ってきたんだ。その、よかったら……食べてくれるか?」
菊理の言葉に瞳を輝かせて、「もちろん」と応えると、広げられた重箱を見て感嘆の声を上げた。
「お握りに卵焼き……和食だ!」
故郷のメニューにざくろが喜ぶのを見て、頑張って良かったと菊理は微笑みながら、卵焼きを一つ取ると、ざくろの口元に運んだ。
「あ、あーん」
デートの経験がないと言っていた菊理が恥ずかしそうに小さな声で自分にあーんをしてくれる。それだけでもう幸せで胸が一杯になりつつも、ざくろはあーんと大きく口を開けて卵焼きを頬張った。
「……ん、美味しい!」
次もあーんをしてもらいながら、ざくろはお腹も胸も幸せで満たされていくのを感じていた。
「どれも美味しくて……桜よりこっちに気を取られちゃいそう……一番は菊理自身だけど」
真顔で告げられて、こういう時どういう反応を返すのが正解なのか分からない菊理は、顔を真っ赤にしながら視線を逸らしたのだった。
食後。お弁当作りの為に早起きをして頑張った菊理は、満腹感と多幸感と暖かな日差しの前に、うつらうつらと船をこぎ始めていた。そんな彼女を膝枕して、柔らかな黒髪を指で梳きながらざくろは彼女の寝顔を見つめていた。
小一時間ほどして、菊理が礼を言いながら起きた。
ざぁぁ……と風が吹いて、一瞬視界が桃色に染まる。
「綺麗な桜だ。……来年も、また一緒に見られるといいな」
まだ少し眠たそうな、気怠げななんとも言えない色気を纏った菊理に、ざくろは気がつけば口づけていた。
目を見開いて真っ赤になって硬直している菊理に「だって、あんまりにも可愛かったから」なんて言い訳をするざくろの頬も朱に染まっていたのだった。
●
(まさか……こっちで桜を拝めるとはなぁ………綺麗だ……日本を思い出す……)
藤堂研司(ka0569)は頬を撫でて舞う桜の花びらを見ながら、呆然と立ちすくんでいた。
「おにいはん……?」
突然立ち止まった研司を浅黄 小夜(ka3062)は振り返って不思議そうに見つめた。
そんな小夜の視線に気付いて研司は慌てて首を横に勢いよく振る。
「小夜さん、目一杯楽しもうか!」
研司の言葉に小夜は「はい」と笑顔で応えると、2人は再び並んで歩き出した。
「こっちで桜、始めて見ました」
小夜の横顔、その瞳には喜びと切なさが同居したような複雑な色をしている。
そんな小夜を元気づけたくて、研司は小夜に向き合った。
「俺がこうして、桜を楽しむ余裕ができたのは……小夜さん達のおかげだ」
研司の言葉に小夜は意外だ、という顔を向けた。
「こっちでの生活が楽しいから、こうして……本当に感謝している」
研司の上着の裾をきゅっと握って、小夜は研司を見上げた。
「っと、出店はあっちか! 暖かい物が欲しいな」
行こう、と促され小夜は「はい」とその後ろに続いた。
研司は前向きで行動力もある。そして何より状況に応じた適応能力が高い。
きっと彼なら桜を見て懐かしいと思いながらもこのままこの世界に順応して生きていけるのだろう。
だが、小夜はまだそこまでの決心が付かない。
(帰り道、探せるように頑張らないと)
両拳を握り締めて、小夜は研司の後を追った。
「お誘いありがとうございます!」
「うぅん。こちらこそこの間はありがとう。安心したよ……元気そうで」
ユリアン(ka1664)が先日体調を崩した際、ルナ・レンフィールド(ka1565)がお見舞いに来てくれたので、そのお礼を兼ねてのお誘いだった。
「ユリアンさんもう大丈夫ですか? 風邪の原因、聞きましたけど……あんまり無茶しないで下さいね」
「うん、もう大丈夫。心配掛けてごめんね」
正直、今でも大変失礼な発言をしたし、大変ふがいないところを女の子に見せてしまったという負い目が、ユリアンの中で大きなウェイトを占めていたりするのだが、あまり蒸し返すのも傷口を抉るようなので、とにかく花見に集中しようと顔を上げた。
ざぁぁ、と風に煽られて花弁が一斉に舞い踊る。
小川のせせらぎ、水面に跳ねる光に踊る花弁、春の香りに優しい風。それらを感じてルナの瞳が輝きを増し、気持ちよさそうに微笑む。
それを見て、ユリアンも微笑み返した。
「あ、ルナさん達だ」
「あ……」
小夜が今回はルナとユリアンは2人でお出かけだったはずで、少しは気を遣った方が……と思ったときには遅かった。研司がルナとユリアンの名を呼びながら手を振っていた。
「良かったら一緒にどう?」
ルナとユリアンは顔を見合わせて、「じゃぁ、是非」とそれぞれに持っていたバスケットを掲げた。
「大人数だね! シート大きいのにして大正解だ!」
楽しそうに笑う研司が気付いた気配は無い。小夜はどう伝えた物かと気を揉んでいたが、その横を勢いよく駆けていく影に一瞬思考を奪われた。
「ルナ発見!」
「きゃぁ! あ、アルカちゃん!?」
花弁集めに精を出していたアルカ・ブラックウェル(ka0790)が、ルナの姿を見つけてタックルばりに抱きついたのだ。
「あ、ユリアンも久しぶり!」
「うん、アルカさんは今日も元気そうだね」
突然のアルカの登場に目を白黒させている小夜と研司に、ルナがアルカを紹介した。
3人は互いに自己紹介を済ませて、5人でランチにすることにした。
研司が作ってきた和風弁当と水出し煎茶には、クリムゾンウェスト出身の3人が喜んで飛びつき、ルナとユリアンが作ってきたサンドイッチは食べやすく、次々と消費されていった。
合流まで各自が何をしていたかの話になり、アルカがお香を作る為に花弁を拾い集めていたと聞いた4人は、食後はそれを手伝う事で意見が一致した。
「あの、藤堂のおにいはん、買い出し、行きません?」
もとよりお団子を購入して楽しむ目的もあったので、研司は二つ返事で小夜の提案を受け入れた。
「あ、ボクも行きたい!」
まだお団子も甘酒も見てないんだ、とアルカが立ち上がった。
「俺も手伝おうか?」
「ユリアンのおにいはんは、ここに、いてください」
「あ、うん」
小夜のいつもより強めの声に、ユリアンは大人しく浮かしかけた腰を下ろした。
「そうだね、ルナ1人になっちゃうし。じゃ、行ってくるね~」
結局、ルナとユリアンに見送られながら、研司と小夜とアルカの3人で買い出しへと向かった。
「ねぇ、もしかしてルナとユリアンが何かイイ雰囲気?」
アルカが嬉しそうに小夜に問いかける。
「……どう、なんでしょう?」
「あれ、やっぱりそうなの?」
「もう、研司ニブイ~」
……そんなやり取りが出店の前で繰り広げられていたことを当の2人は知らない。
一方ユリアンはアルカが先陣を切って走り、それを追う小夜と研司の後ろ姿を微笑ましく見送っていた。
きっとリアルブルー出身の2人には『桜』ひとつ取っても特別なのだろう。
今日の思い出が良い変化へと繋がることをユリアンは祈った。
ルナが食べ終わった食器などをバスケットに仕舞う中、傍らに置いたオカリナにユリアンは目を留めた。
「さっき、篠笛を吹かれている方がいたので……私も演奏出来たらな、って」
「いいね、是非聴かせて欲しいな」
その時、一陣の風がユリアンの持つコップの中へと花弁を舞い込ませた。
「……良い風だ」
明日も頑張れそうだ。そうユリアンは思って空を見上げた。
●
俺が贈った桜の着物を着て、楽しげに春の野花を愛でている妹はまるで桜の精のようだった。
こうして桜や菜の花やナズナなどの野花を見ていると、幸せだったあの頃の記憶が溢れてくる。
「幼い頃は春の度にこうして3人で花見をしたり、土手で遊んだりしたな」
「なつかしいですねぇ、兄さん。あの頃は兄さんと、姉さんと、三人で……」
そう、俺達はいつも一緒だった。
笑い合い、助け合い、苦楽を共にして生きてきた。
……なのに……
くしゅん、と妹が小さくくしゃみをした。
「冷えたか?」
「……ううん、大丈夫です。折角元気になって、兄さんと一緒にこうして街に出られているんですもの。頑張って姉さんを探さないと。ね、兄さん? ほら、あっちも見て回ってみましょう?」
健気な妹は俺を心配さすまいと気丈に振る舞い、微笑む。
その妹が土手の上を見上げたまま、不自然な形で止まった。
「……どうした?」
「……姉さん……?」
妹の視線の先に目をやると同時に、妹の呟きが聞こえて、俺の全身は粟立った。
華彩 理子(ka5123)は桜の幹に手を置いて、花を見上げた。
花の間から差し込む柔らかな日差しを透かすような薄桃色と空の青が、まるで夢へと誘うかのように幻想的に見えた。
「もうはや、早花咲月にございますか」
小川のせせらぎに誘われて土手へと足を向ければ、春の若芽が茂り、菜の花が香り、水面に游ぶ花弁と陽の光の乱反射が美しかった。
郷里を追われもう幾歳月が流れたことだろう。
水火も辞さぬと思い為して今日まで生きてきたのは、今ひとたびと願うから。
片時も忘れたことの無い弟妹への想い、ただそれだけだった。
「……姉さん……?」
記憶の中の女の子が成長したらこんな声だろうか。
そんな懐かしさを感じながら声のした方を見ると、そこには春の野に立つ桜の精の姿。
「理子姉さん……? 本当に、姉さんなんですか……?」
名を呼ばれ、目を見張る。
桜の精だと思った少女は倒けつ転びつしながら土手を駆け上がってくる。
風が、吹いた。
花の帳が上がり、目の前に現れた少女を見て、玉響の春の夢ではないかと訝しみながら、呆然とよく知るその名を口にした。
「あやめ」
名を呼ばれた華彩 あやめ(ka5125)は大きく何度も頷いて、歓喜に震えながらも今にも泣き出しそうな顔になった。
「……! 姉さん!」
あやめが理子に抱きつく。
懐かしい匂いが理子の胸一杯に広がり、自然と手はあやめの頭を宥めるように撫でていた。
「もう、離しませんからね……?」
俺は両足に杭を打たれたように動けない。
心の臓が早鐘のように鳴り、粟立った肌を桜の花びらが撫でていく。
また風が吹き、花弁が舞い上がる。
理子が土手の下でこちらをみて立ち竦んでいる華彩 惺樹(ka5124)に気付き、2人の視線が交わった。
ざあざあと今日1番の風が花ごと散らそうと言わんばかりに吹き荒れる。
俺は口元を押さえて、声を飲み込む。
あれほど焦がれていたのに。夢にまで見たのに。再会を願っていたのに。
触れる事など赦されない。それなのに溢れ出そうになる激情への恐怖に、俺は震えていた。
――嗚呼、遣らずの雨は、淡紅色の雫でございました。
以前ここでコボルド相手に戦った時は、二分咲きの桜の下で共に戦ったハンター達とささやかな祝宴を開いたのだったが、あの時はささやかにそしてけなげに咲き始めた花に一同皆が目を細めた。
それから1年。
河原沿いが見事に薄紅色に染まっていた。
「去年も綺麗でしたが、見ごろになるとより綺麗ですねー」
和泉 澪(ka4070)はハンター達で賑わう桜並木を歩いて回る。去年、自分達は桜を傷付けないよう戦ったが、コボルドが何カ所か木の幹に爪痕を残していたのを覚えていたので、気になって見にいくと、上薬のお陰か、たしかに傷痕は残っていたが、そこはもう乾燥し樹皮の一部となって、その樹自体も弱っているような様子は無かった。
「キズは大丈夫みたいですねー」
一通り桜を眺めると、澪は対岸へと向かうべく橋へと向かった。
そんな澪とすれ違ったエルバッハ・リオン(ka2434)は最後に家族と行った花見で、花の咲いた大樹に擬態した歪虚に追いかけられるという経験をうっかり思い出し、浮かれた気分から一転、折角買ったお団子の味もしなくなるほどに、両目からハイライトを消して佇んでいた。
「……偶然、ハンターの一団が通りかからなければ、家族そろって全滅するところでした」
悪夢のようなあの出来事。しかし助けてくれたハンター達の活躍の素晴らしさを思い出し、フルフルと両横に首を振って、気分を入れ替える。
折角の久しぶりの花見なのに、いつまでも暗い気分でいては台無しだ。
「お団子でも食べながら楽しむとしましょうか」
景気づけの様にぐいっと勢いよく最後の団子を頬張ると、口の中に広がったその甘い優しい味に頬を緩めた。
エルティア・ホープナー(ka0727)は桜の樹の幹に背を預けて座ると、ぱらりと本を開いた。
暖かな春風と花の香り。さらに時々漂ってくる団子の香ばしい香りに微笑みながら、自然とエルティアにとって命の糧である書籍を楽しんでいた。
一際、強い風が吹いて、金の髪を押さえる。本から目を離し、桜吹雪を楽しんだ後、ふと頭上を見上げると、丁度はらりと桜の花が花首からエルティアの手元へと落ちてきた。
「ごめんなさい、貴方のお友達、いただいて行くわね?」
桜の樹にお礼を伝え、そっと摘むと本の間に挟み込んだ。
「おぉ! エルティアではないか!」
明るい声に視線を向けると、友人であるエルディラ(ka3982)が缶ビール片手に笑顔で走り寄ってきた。
「凄い風だったな! 花弁がわぁっと散って美しかった! アレが桜吹雪か、初めて見たのじゃ。青の世界の者から話は聞いておった。一度この目で見てみたいと思うておったところよ」
興奮気味に話すエルディラに、エルティアは静かに頷き話しを聞き、ふと彼女の髪に目を留めた。
「……エルディア。少し、屈んでくれるかしら?」
「ん? おぉ、良いぞ」
エルディラの春の日差しを受けて銀色に輝く髪に絡まった花弁をそっと取って、彼女に見せる。
「エルディラも楽しそうで何よりだわ」
その花弁を受け取ると、エルディラは『引きこもり』とは縁遠い生命力に満ちあふれた笑顔で、礼を言った。
「ここで出会うも交わるも、星と桜が導いた縁じゃ。共に薄桃の景色を愛でようぞ」
エルティアはエルディラからの酒のススメは丁重にお断りしつつ。しかし、もとよりお互いに知識を追求し合う仲の2人は、最近仕入れた互いの知識を共有すべく話しに花を咲かせた。
「桜はどこでも桜なんだな。まぁ、当たり前なんだが」
転移前に見た桜と同じなじみ深い花を見上げ、鳳凰院ひりょ(ka3744)は心が休まるのを感じる。
本当は誰かと交流が出来たら、と思っての参加だったが、来てみれば既にグループが出来上がっていたり、恋人同士独特の雰囲気が出来上がっていたりと大変声が掛けづらく、花を見ながら知らず知らずに深い溜息を零していた。
「……ってうわぁっ!?」
花を見上げながら歩いていた為、足に何かを引っかけて転びかけた。
「んぁ……」
「ご、ごめんなさい、大丈夫? 怪我は?」
どうやら、樹の根元を枕に眠っていた女の子の足に蹴躓いてしまったらしい。
慌ててひりょが謝ると、ぽやんとした表情で女の子はひりょを見た。
アーシェ(ka6089)が始めて見る桜の花は、優しいピンク色をしていた。その隙間から見える澄んだ青い空がとても綺麗で、風が運ぶ慎ましく柔らかな香りにアーシェは故郷とは違う春を感じていた。
お団子を食べて、のんびり歩いて、お腹が満たされて。お日様がポカポカして気持ち良くて、アーシェは迷わずお昼寝することにした。空いていたスペースに枕に丁度良さそうな木の根を見つけて、ころんと横になった。
――そして、今、起こされた訳だが、寝ぼけた頭と足に感じる鈍い痛みにどうやら目の前の男の子が自分に躓いたらしい事は分かった。
「わたし、初めて桜の花を、見たの」
「え? う、うん?」
唐突な言葉にひりょは2、3軽く瞬きつつも相づちを打つ。
「お団子を食べて、花を眺めたらね、お昼寝したくなって」
あぁ、それは分かる。とひりょも思った。このぽかぽかとした陽気に当てられていると、無性に眠気が襲ってくる。
「どの辺りがオススメかな?」
「……え?」
アーシェとしては、他の人の邪魔にならずに眠れる場所に行きたい、という希望をストレートに伝えたつもりだった。
ひりょは若干呆気に取られた後、今聞いた話しを整理して「お昼寝出来る所を探してるの?」と問うと、アーシェはこくりと頷いた。
ひりょはうーん、と唸りながら、周囲を見回して……篠笛の音が橋のほうから聞こえることに気付いた。
澪は春風を纏わせながら篠笛を吹き、一曲終わって目を開くと、目の前に同じ歳ぐらいの男の子と女の子が立っていて、パチパチと拍手をくれた。
「ありがとうございます」
照れつつ微笑み返す。
お昼寝出来る所を探しているというアーシェの言葉に、澪はそれなら、と反対の岸を指した。
「あの土手に寝っ転がると川のせせらぎをBGMに菜の花・桜・空の青さを楽しみつつ春の匂いに包まれながら休めますよ」
澪のオススメに従い橋を渡っていく2人の背中を見守ると、澪は再び篠笛を奏で始めた。
●
「おお、なかなかの花見日和だねえ」
瀬陰(ka5599)が桜並木を見て感嘆の声を上げながら、隣の曄(ka5593)に微笑みかける。
空いているスペースに茣蓙を敷き、お団子とお茶を広げて曄を呼び寄せた。
色とりどりの可愛らしいお団子と、暖かな湯気を揺らすお茶を見て、曄は目を輝かせる。
「何か、こうやってとーさんとゆっくりするのって久しぶりな気がする!」
お花見自体きちんとした覚えがない、と言っていた曄の笑顔に瀬陰は更に笑みを深めた。
「好きなだけどうぞ」という言葉に曄は遠慮無く「いただきます」と手を伸ばす。「おいしい」と団子を頬張る曄を見て、瀬陰が小さな容器から鮮やかなピンク色の何かを取り出した。
「これね、桜の塩漬け。こうしてお茶に浮かべたら……ほら、少しだけ塩味を帯びるから、甘い団子には合うと思うんだ。どうかな?」
「んん、すっごい美味い! とーさん流石に、色々知ってるんだな」
キラキラとした瞳を真っ直ぐに自分に向ける曄を見て、瀬陰は至福の時を感じていた。
お腹も満たされ、2人肩を並べてのんびりと桜を見上げていると、「そうだ」と瀬陰が懐から何かを取り出すと曄の黒い髪に触れた。
「………お花見、もう一つ……♪」
瀬陰が触れた部分に重みを感じて手をやると、そこには桜の髪飾りを感じて、曄は驚いて傍にある赤い瞳を見る。
「曄もお年頃だし、お洒落して友達と出かけるのもいいだろう」
「また僕とも『でーと』してくれると嬉しいのだけど」と茶目っ気のある笑みを浮かべる瀬陰に、曄は驚きから年頃の女の子の様に少し頬を染めて微笑んだ。
「あたしがこんなお洒落して行くとこなんて、他にないよとーさん」
戦うのが全部だと思っているから、オシャレも女の子らしい事も普段はしたことがなかったけれど。
『とーさん』の前でだけは、女の子でいられる事を曄は幸せに思った。
(絶対大親友になれる! って、思ってるんだけどな……)
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は不機嫌顔で隣を歩くトルステン=L=ユピテル(ka3946)の横顔をちらりと盗み見る。
転移の直前に喧嘩別れしてしまって、それがこっちに来て久しぶりに再会できた。トルステンが元気だった事が嬉しくて、仲直りしたくて、桜を口実に誘ったのだが……
(き、気まずい……っ!)
「……行きたいトコ、あるんかよ」
「ひぇっ?」
会話の切欠を探していたら、トルステンの方から声を掛けてきて、思わずうわずった声で返事をしたパトリシア。そんな彼女を見て、怪訝そうに眉を顰めた後、すっと視線を前に移してトルステンは続けた。
「……団子か? 桜並木の方は人多そうだから、河原に下りるのもアリかな」
「別に、お腹空いてないのデスヨー」
「……そう」
ぷいっとそっぽを向いてむくれてみせるパトリシアに、トルステンは会話の切欠を失って再び2人の間に沈黙が落ちる。
トルステンとしても、もう怒っていないし、今日の内にごめんと言いたいと思っていた。
だから、パトリシアから誘いがあったときにはチャンスだ! と1人喜んだのに。
(……俺、何やってんだろ。コッチヘ来て生きるか死ぬかを経験して、ちょっとは大人になった気でいたのに)
その時、一陣の春風が吹き抜けていった。
桜の樹がざぁぁと揺れ、花弁が一斉に宙に舞う。
「ステン……!!」
パトリシアの手が、自然にトルステンの手を取って、桜吹雪の中を駆けだしていた。
「ちょ、パティ、危なっ」
「キレイだね」と笑うパトリシアの満面の笑顔に、トルステンも釣られるように目を細めて頷いた。
「手、繋ぎますか?」
一つ一つの動作に断りを入れてくるカイ(ka3770)にフェリア(ka2870)は微笑み頷きながら手を差し出す。
「あんまり気軽に手を預けると、男は舞い上がる生き物ですからね、気をつけて下さいよ」
からかうように両肩を竦めて言うが、カイの頬がほんのり赤い事に気付いてフェリアも釣られて気恥ずかしくなって「もう」なんて少しだけ背の低い位置にある彼の肩を軽く小突く。
土手に揃って腰掛けて、フェリアが作ってきたお菓子を披露する。
「うん、美味い。たんぽぽさんはお菓子が得意ですね。うかうかしてると俺が全部食べちゃいますよ?」
「そうでもないんだけど……うん、いいよ、カイくんの為に作ってきたから」
フェリアの言葉に、カイは顔を真っ赤にしながら「またそんな事を……」なんて照れている。
美味しい美味しいと食べるカイを見て、出来に一抹のを感じていたフェリアはそっと胸を撫で下ろす。と。
「一つ失敗してるのがたんぽぽさんらしくて俺は好きですよ」
何てカイが笑うので、フェリアは「もう!」と再び彼の肩を小突いた。
お菓子を食べ終わり、のんびりと桜を眺めていると、カイがそっとフェリアの後ろからショールをかけた。
「寒くありませんか? よかったらどうぞ」
それは今日の為にカイが買った薄手の桜色ショールだった。
「もう……カッコつけすぎ。でも、ありがと」
フェリアは振り向くと、カイの肩に手を置いて、頬にそっと触れるだけのキスを贈る。
「お礼の気持ちよ」
そう言って微笑むフェリアの瞳には、口元を押さえて耳まで真っ赤に染めたカイが映っていた。
●
オウカ・レンヴォルト(ka0301)は自分が作った和食盛りだくさんの重箱を広げて、イレーヌ(ka1372)と2人遅めの昼食を取ることにした。
道中、力作だと聞いていたが、広げられたのは見事な花見弁当で、イレーヌは恋人にだけ見せる柔らかな笑顔で「凄い、素晴らしい」と賞賛していた。
酒を注ぎ合い、軽く杯を持ち上げ、同時に唇を湿らせる。
「ん、美味しい。やはりオウカの料理は心が安らぐな」
頬張った一口大の手鞠寿司は、叩き梅の混ぜご飯を塩ゆでにされたキャベツで包んだ逸品で、見目麗しく、もちろん味もさっぱりとしていて美味しい。
「花より団子、というわけではないが……桜の下で食べ飲むのも、乙なものだ」
オウカはイレーヌを見て微笑むと、杯を一度置くと、指先で彼女の頬に付いたご飯粒を掬い、それを口に含む。
イレーヌはその長い指が自分の頬を掠め、白いご飯粒を乗せた人差し指がオウカの薄い唇に軽く触れ、赤い舌がちろりと指の腹を舐める一連の動きに見惚れ、頬を真っ赤に染めた。
「……どうした?」
「何でも無い」
酒の精霊か、桜の精霊にでも当てられたのか。オウカの一挙一動がやたら艶めかしく見えてしまったイレーヌは、とにかく食べることに集中した。
あらかた食べ終わった頃には、酒瓶も転がり、イレーヌは胡座をかいたほろ酔いのオウカにすっぽりと包まれながら、2人のんびりと花見酒を楽しんだのだった。
一方その奥では、初デートに挑む時音 ざくろ(ka1250)と白山 菊理(ka4305)がいた。
「綺麗……菊理を誘えて本当に良かった」
にっこりとざくろに微笑まれて、菊理は頬を染めながら頷いた。
「今日はお弁当を作ってきたんだ。その、よかったら……食べてくれるか?」
菊理の言葉に瞳を輝かせて、「もちろん」と応えると、広げられた重箱を見て感嘆の声を上げた。
「お握りに卵焼き……和食だ!」
故郷のメニューにざくろが喜ぶのを見て、頑張って良かったと菊理は微笑みながら、卵焼きを一つ取ると、ざくろの口元に運んだ。
「あ、あーん」
デートの経験がないと言っていた菊理が恥ずかしそうに小さな声で自分にあーんをしてくれる。それだけでもう幸せで胸が一杯になりつつも、ざくろはあーんと大きく口を開けて卵焼きを頬張った。
「……ん、美味しい!」
次もあーんをしてもらいながら、ざくろはお腹も胸も幸せで満たされていくのを感じていた。
「どれも美味しくて……桜よりこっちに気を取られちゃいそう……一番は菊理自身だけど」
真顔で告げられて、こういう時どういう反応を返すのが正解なのか分からない菊理は、顔を真っ赤にしながら視線を逸らしたのだった。
食後。お弁当作りの為に早起きをして頑張った菊理は、満腹感と多幸感と暖かな日差しの前に、うつらうつらと船をこぎ始めていた。そんな彼女を膝枕して、柔らかな黒髪を指で梳きながらざくろは彼女の寝顔を見つめていた。
小一時間ほどして、菊理が礼を言いながら起きた。
ざぁぁ……と風が吹いて、一瞬視界が桃色に染まる。
「綺麗な桜だ。……来年も、また一緒に見られるといいな」
まだ少し眠たそうな、気怠げななんとも言えない色気を纏った菊理に、ざくろは気がつけば口づけていた。
目を見開いて真っ赤になって硬直している菊理に「だって、あんまりにも可愛かったから」なんて言い訳をするざくろの頬も朱に染まっていたのだった。
●
(まさか……こっちで桜を拝めるとはなぁ………綺麗だ……日本を思い出す……)
藤堂研司(ka0569)は頬を撫でて舞う桜の花びらを見ながら、呆然と立ちすくんでいた。
「おにいはん……?」
突然立ち止まった研司を浅黄 小夜(ka3062)は振り返って不思議そうに見つめた。
そんな小夜の視線に気付いて研司は慌てて首を横に勢いよく振る。
「小夜さん、目一杯楽しもうか!」
研司の言葉に小夜は「はい」と笑顔で応えると、2人は再び並んで歩き出した。
「こっちで桜、始めて見ました」
小夜の横顔、その瞳には喜びと切なさが同居したような複雑な色をしている。
そんな小夜を元気づけたくて、研司は小夜に向き合った。
「俺がこうして、桜を楽しむ余裕ができたのは……小夜さん達のおかげだ」
研司の言葉に小夜は意外だ、という顔を向けた。
「こっちでの生活が楽しいから、こうして……本当に感謝している」
研司の上着の裾をきゅっと握って、小夜は研司を見上げた。
「っと、出店はあっちか! 暖かい物が欲しいな」
行こう、と促され小夜は「はい」とその後ろに続いた。
研司は前向きで行動力もある。そして何より状況に応じた適応能力が高い。
きっと彼なら桜を見て懐かしいと思いながらもこのままこの世界に順応して生きていけるのだろう。
だが、小夜はまだそこまでの決心が付かない。
(帰り道、探せるように頑張らないと)
両拳を握り締めて、小夜は研司の後を追った。
「お誘いありがとうございます!」
「うぅん。こちらこそこの間はありがとう。安心したよ……元気そうで」
ユリアン(ka1664)が先日体調を崩した際、ルナ・レンフィールド(ka1565)がお見舞いに来てくれたので、そのお礼を兼ねてのお誘いだった。
「ユリアンさんもう大丈夫ですか? 風邪の原因、聞きましたけど……あんまり無茶しないで下さいね」
「うん、もう大丈夫。心配掛けてごめんね」
正直、今でも大変失礼な発言をしたし、大変ふがいないところを女の子に見せてしまったという負い目が、ユリアンの中で大きなウェイトを占めていたりするのだが、あまり蒸し返すのも傷口を抉るようなので、とにかく花見に集中しようと顔を上げた。
ざぁぁ、と風に煽られて花弁が一斉に舞い踊る。
小川のせせらぎ、水面に跳ねる光に踊る花弁、春の香りに優しい風。それらを感じてルナの瞳が輝きを増し、気持ちよさそうに微笑む。
それを見て、ユリアンも微笑み返した。
「あ、ルナさん達だ」
「あ……」
小夜が今回はルナとユリアンは2人でお出かけだったはずで、少しは気を遣った方が……と思ったときには遅かった。研司がルナとユリアンの名を呼びながら手を振っていた。
「良かったら一緒にどう?」
ルナとユリアンは顔を見合わせて、「じゃぁ、是非」とそれぞれに持っていたバスケットを掲げた。
「大人数だね! シート大きいのにして大正解だ!」
楽しそうに笑う研司が気付いた気配は無い。小夜はどう伝えた物かと気を揉んでいたが、その横を勢いよく駆けていく影に一瞬思考を奪われた。
「ルナ発見!」
「きゃぁ! あ、アルカちゃん!?」
花弁集めに精を出していたアルカ・ブラックウェル(ka0790)が、ルナの姿を見つけてタックルばりに抱きついたのだ。
「あ、ユリアンも久しぶり!」
「うん、アルカさんは今日も元気そうだね」
突然のアルカの登場に目を白黒させている小夜と研司に、ルナがアルカを紹介した。
3人は互いに自己紹介を済ませて、5人でランチにすることにした。
研司が作ってきた和風弁当と水出し煎茶には、クリムゾンウェスト出身の3人が喜んで飛びつき、ルナとユリアンが作ってきたサンドイッチは食べやすく、次々と消費されていった。
合流まで各自が何をしていたかの話になり、アルカがお香を作る為に花弁を拾い集めていたと聞いた4人は、食後はそれを手伝う事で意見が一致した。
「あの、藤堂のおにいはん、買い出し、行きません?」
もとよりお団子を購入して楽しむ目的もあったので、研司は二つ返事で小夜の提案を受け入れた。
「あ、ボクも行きたい!」
まだお団子も甘酒も見てないんだ、とアルカが立ち上がった。
「俺も手伝おうか?」
「ユリアンのおにいはんは、ここに、いてください」
「あ、うん」
小夜のいつもより強めの声に、ユリアンは大人しく浮かしかけた腰を下ろした。
「そうだね、ルナ1人になっちゃうし。じゃ、行ってくるね~」
結局、ルナとユリアンに見送られながら、研司と小夜とアルカの3人で買い出しへと向かった。
「ねぇ、もしかしてルナとユリアンが何かイイ雰囲気?」
アルカが嬉しそうに小夜に問いかける。
「……どう、なんでしょう?」
「あれ、やっぱりそうなの?」
「もう、研司ニブイ~」
……そんなやり取りが出店の前で繰り広げられていたことを当の2人は知らない。
一方ユリアンはアルカが先陣を切って走り、それを追う小夜と研司の後ろ姿を微笑ましく見送っていた。
きっとリアルブルー出身の2人には『桜』ひとつ取っても特別なのだろう。
今日の思い出が良い変化へと繋がることをユリアンは祈った。
ルナが食べ終わった食器などをバスケットに仕舞う中、傍らに置いたオカリナにユリアンは目を留めた。
「さっき、篠笛を吹かれている方がいたので……私も演奏出来たらな、って」
「いいね、是非聴かせて欲しいな」
その時、一陣の風がユリアンの持つコップの中へと花弁を舞い込ませた。
「……良い風だ」
明日も頑張れそうだ。そうユリアンは思って空を見上げた。
●
俺が贈った桜の着物を着て、楽しげに春の野花を愛でている妹はまるで桜の精のようだった。
こうして桜や菜の花やナズナなどの野花を見ていると、幸せだったあの頃の記憶が溢れてくる。
「幼い頃は春の度にこうして3人で花見をしたり、土手で遊んだりしたな」
「なつかしいですねぇ、兄さん。あの頃は兄さんと、姉さんと、三人で……」
そう、俺達はいつも一緒だった。
笑い合い、助け合い、苦楽を共にして生きてきた。
……なのに……
くしゅん、と妹が小さくくしゃみをした。
「冷えたか?」
「……ううん、大丈夫です。折角元気になって、兄さんと一緒にこうして街に出られているんですもの。頑張って姉さんを探さないと。ね、兄さん? ほら、あっちも見て回ってみましょう?」
健気な妹は俺を心配さすまいと気丈に振る舞い、微笑む。
その妹が土手の上を見上げたまま、不自然な形で止まった。
「……どうした?」
「……姉さん……?」
妹の視線の先に目をやると同時に、妹の呟きが聞こえて、俺の全身は粟立った。
華彩 理子(ka5123)は桜の幹に手を置いて、花を見上げた。
花の間から差し込む柔らかな日差しを透かすような薄桃色と空の青が、まるで夢へと誘うかのように幻想的に見えた。
「もうはや、早花咲月にございますか」
小川のせせらぎに誘われて土手へと足を向ければ、春の若芽が茂り、菜の花が香り、水面に游ぶ花弁と陽の光の乱反射が美しかった。
郷里を追われもう幾歳月が流れたことだろう。
水火も辞さぬと思い為して今日まで生きてきたのは、今ひとたびと願うから。
片時も忘れたことの無い弟妹への想い、ただそれだけだった。
「……姉さん……?」
記憶の中の女の子が成長したらこんな声だろうか。
そんな懐かしさを感じながら声のした方を見ると、そこには春の野に立つ桜の精の姿。
「理子姉さん……? 本当に、姉さんなんですか……?」
名を呼ばれ、目を見張る。
桜の精だと思った少女は倒けつ転びつしながら土手を駆け上がってくる。
風が、吹いた。
花の帳が上がり、目の前に現れた少女を見て、玉響の春の夢ではないかと訝しみながら、呆然とよく知るその名を口にした。
「あやめ」
名を呼ばれた華彩 あやめ(ka5125)は大きく何度も頷いて、歓喜に震えながらも今にも泣き出しそうな顔になった。
「……! 姉さん!」
あやめが理子に抱きつく。
懐かしい匂いが理子の胸一杯に広がり、自然と手はあやめの頭を宥めるように撫でていた。
「もう、離しませんからね……?」
俺は両足に杭を打たれたように動けない。
心の臓が早鐘のように鳴り、粟立った肌を桜の花びらが撫でていく。
また風が吹き、花弁が舞い上がる。
理子が土手の下でこちらをみて立ち竦んでいる華彩 惺樹(ka5124)に気付き、2人の視線が交わった。
ざあざあと今日1番の風が花ごと散らそうと言わんばかりに吹き荒れる。
俺は口元を押さえて、声を飲み込む。
あれほど焦がれていたのに。夢にまで見たのに。再会を願っていたのに。
触れる事など赦されない。それなのに溢れ出そうになる激情への恐怖に、俺は震えていた。
――嗚呼、遣らずの雨は、淡紅色の雫でございました。
依頼結果
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面白かった! | 15人 |
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お花見に向けて。 浅黄 小夜(ka3062) 人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/03/19 10:51:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/19 17:32:49 |