ゲスト
(ka0000)
嗤う人形
マスター:雪村彩人

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/28 12:00
- 完成日
- 2016/04/04 21:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
好奇心に瞳を輝かせ、少年は館に続く道を見上げた。
山中の静まった場所。そこに館が寂然と佇んでいることを、先日、彼は発見したのであった。そして後日に冒険の場とすることを決めていたのだった。
「きっと素晴らしい冒険が待っているぞ」
期待に胸をふくらませ、少年――アルベールは足を踏み出した。
この時、神ならぬ身のアルベールは知らぬ。彼を待っているのは華麗な冒険などではなく、陰惨な悲劇であることを。
そう。まさに、その時。
地下室に満ちる濃密な闇の中、ソレは蠢いた。ことり、ことり、と。
アルベールと同じ年齢くらいに見えるソレ。が、断じて人間ではない。
女の子のようであるが、それの頬は陶器のようにつるつるしていた。まるで人形のように。そして、少女人形はくすくすと嗤ったのだった。
●
「アルベールを助けてください」
リゼリオのハンターズソサエティを訪れた女はいった。
十五歳ほどの少女。アルベールの姉である。
「姿が見えないので、友人に尋ねました。すると館を冒険するといっていたらしいのです」
おそらく、その館とは山中の廃墟のことだろう。そこには怪物が潜んでいるという噂があった。
「いいえ、噂ではなく、本当に怪物はいるのです。何人も戻ってこないようになり……今では大人ですら近づきません。父さんが探しに行くといつていたのですが、私がとめました。怪物に太刀打ちできるはずないし……」
一度言葉を切り、それから切実な声で訴えた。
「もう頼ることができるのはハンターさんしか……お願いです。アルベールを助けてください」
好奇心に瞳を輝かせ、少年は館に続く道を見上げた。
山中の静まった場所。そこに館が寂然と佇んでいることを、先日、彼は発見したのであった。そして後日に冒険の場とすることを決めていたのだった。
「きっと素晴らしい冒険が待っているぞ」
期待に胸をふくらませ、少年――アルベールは足を踏み出した。
この時、神ならぬ身のアルベールは知らぬ。彼を待っているのは華麗な冒険などではなく、陰惨な悲劇であることを。
そう。まさに、その時。
地下室に満ちる濃密な闇の中、ソレは蠢いた。ことり、ことり、と。
アルベールと同じ年齢くらいに見えるソレ。が、断じて人間ではない。
女の子のようであるが、それの頬は陶器のようにつるつるしていた。まるで人形のように。そして、少女人形はくすくすと嗤ったのだった。
●
「アルベールを助けてください」
リゼリオのハンターズソサエティを訪れた女はいった。
十五歳ほどの少女。アルベールの姉である。
「姿が見えないので、友人に尋ねました。すると館を冒険するといっていたらしいのです」
おそらく、その館とは山中の廃墟のことだろう。そこには怪物が潜んでいるという噂があった。
「いいえ、噂ではなく、本当に怪物はいるのです。何人も戻ってこないようになり……今では大人ですら近づきません。父さんが探しに行くといつていたのですが、私がとめました。怪物に太刀打ちできるはずないし……」
一度言葉を切り、それから切実な声で訴えた。
「もう頼ることができるのはハンターさんしか……お願いです。アルベールを助けてください」
リプレイ本文
●
「館に怪物……おそらく歪虚がいることが分かっていたなら、こうなる前に依頼を出しておいた方がよかったと思いますが」
籠絡の美少女、エルバッハ・リオン(ka2434)が独語した。
「まあ、過ぎたことを言っても仕方ないですか。館に行ったの昨夜ということは、本当に時間がありませんね」
「そうね」
うなずいたのは希望の風、マリィア・バルデス(ka5848)である。ドゥルルルとバイクが吼える。マリィアがまたがる魔導バイクであった。
「嫌な予感がする……時間との戦いかもしれないわね、今回は」
マリィアはいった。今なお暗がりで震えているであろう少年を思えば、どうしても案じずにはいれない。マリィアの碧の瞳は、長い睫毛が落とす翳の中、昏い光をうかべていた。
「だな」
金の瞳を煌めかせ、ゴースロン種の馬の上から男が娘に手をのばした。男は額から二本の角を覗かせている。女は理知的な顔立ちだ。
「時間が惜しい。乗せてってやるぜ」
男――万歳丸(ka5665)はシャルロット・ウォーカー(ka6139)にむかっていった。そして呵呵大笑した。
「ガキの時分じゃしかたねェ、無謀は仕事みてェなもンだ! さくっと連れ帰ってガッと叱ってもらわねェとな?」
「本当に」
シャルロットが万歳丸の手を掴んだ。その表情に憂いを潜ませて。
どうか駆けつけるまで無事であって欲しい。シャルロットは祈った。
館は風雨と時の流れに曝され、荒れ果てていた。庭園は雑草が生い茂り、館は苔と蔦に覆われている。扉は半壊していた。
「……入口はあそこですか」
昼過ぎ。崩れかけた入口の扉に黒い瞳をむけ、その儚げな印象の少年は呟いた。
彼の名はユキヤ・S・ディールス(ka0382)。ハンターである。
すると長身のひどく美しい娘がうなずいた。
透けるような白い肌。尖った耳。エルフなのである。名をアルスレーテ・フュラー(ka6148)といった。
「あの様子なら潜り込むのに苦労はいらないでしょう。侵入経路は、おそらくあそこでしょうね」
昼下がりの眩い陽光の下、半壊した扉から覗く空間は不気味なほど暗く、館の中は満足に日が射さないことを示していた。
アルスレーテは欠伸を噛み殺した。この娘、姿は美麗だが、致命的に欠落しているものがある。それはやる気であった。
「……赤の他人が危険な目に遭ってること自体は、ぶっちゃけどうでもいいわ。ただまあ、これが私の妹だったらって思うと嫌だからね。それだけよ」
誰にも聞こえぬようアルスレーテは独語した。
やがて七人のハンターは歩き出した。館の入口に近寄る。
と、館内部の闇を見つめ、十六歳ほどの少女が不敵に笑った。
「……でもさ、化け物屋敷から一晩もどらねーなんて絶望なんじゃねーの?」
「おい」
万歳丸が少女――ゾファル・G・初火(ka4407)の勝気そうな顔を睨みつけた。
「何てことをいいやがる。ガキがまだおしめえだと決まったわけじゃねえ。わずかな望みでもある限り、戦う。それがハンターだろうが」
「なるほどな」
ゾファルにはニヤリとした。万歳丸のいうことももっともだと思ったのだ。
肌がひりつくほどの戦場を求める、いわば戦闘狂であるこの少女にとって戦場の真理こそすべてであった。敗北を認めぬ者に負けはない。そこは、いつも勝利への道程だ。
と、突然、万歳丸がしゃがみこんだ。ライトで床を照らす。万歳丸はニヤリとした。
「やはり侵入経路はここで間違いなさそうだぜ」
万歳丸が埃の積もった床を指し示した。ライトの光に浮かび上がる床には、くっきりと少年のものらしい靴の跡が残されていた。
マリィアは足元の二匹の犬に目をむけた。
「α、γ、屋敷の中はこの子が歩いた足跡でいっぱいよ。だから、この匂いを嗅いで覚えて、この子が今いる場所を見つけだして大きな声で吠えて知らせなさい……行けっ!」
マリィアが叫ぶと、綱を解かれた猟犬のように二匹の犬は駆け出していった。
●
ライトで照らしつつ、ゆっくりとユキヤは地下室へとつながる階段を降りていった。
「……生きていたください」
ユキヤは我知らず声をもらしていた。幼い男の子が遭っている危難を思うと、痛いほど胸が締めつけられる。
階段の途中で足をとめ、ユキヤはライトで室内をくまなく照らした。が、散乱した調度品や瓦礫は多く、思うほどの視野を得られない。
厨房と思しき場所が、そこでユキヤは地下室に通じる階段を見つけ出したのだった。しかし――。
「……ここにはいないのですか?」
どうやら地下室は倉庫として使われていたようであった。所狭しとおかれた木箱や袋がライトの光に浮かび上がっている。湿った空気は澱み、積もった埃に足跡などもなく、人の気配は皆無であった。やはり、ここにいないようである。
「……ということは、上ですか」
憂慮の滲む黒瞳を、ユキヤは蜘蛛の巣だらけの天井にむけた。
館の中は暗い。崩れた天井より差し込む光はあまりにか細いものであったからだ。
「アルベール、居るかしら? 迎えに来たわ……だから出てきてちょうだい」
二丁の拳銃を手に、少年の名を呼びかけながら、マリィアは捜索を続けた。その間も油断なく彼女は拳銃のトリガーに指をかけている。
「大変ですね、これだけ部屋数があると……」
シャルロットは唇を噛んだ。あまり時間はかけられない。わずかの時間の遅れが致命の刻となりかねないからだ。
調度品を静かにずらし、あるいはその内部を覗き込んだりしながら、シャルロットは時折耳を澄ませた。少年がたてる音を聞き漏らすまいとして。もし生きているなら、もし歪虚に襲われているなら、きっと少年は物音をたてるはずであった。
その時、ばきりと家具が砕けた。ゾファルの仕業だ。
「ここにはいねーな」
手早くゾファルは確認した。そして、舌打ち。
この時、ゾファルは気が急いていた。有り体にいえば彼女にとって少年の行方などどうでもよい。それよりも魔物退治だ。
少しでも早く少年を見つけ、魔物と戦いたい。その焦りが生み出した行動であったのだ。
「……どんな怪異がわいてくんだろーな」
胸をときめかせ、ゾファルは目を上げた。光の中に埃が舞い散る。
マリィアとシャルロットはぴたりと動きを止め、辺りへ注意を払った。
動く影は見当たらない。音も気配もない。大丈夫――そう二人が思い、安堵の吐息をつこうとした。刹那である。
床に落ちていた光の中に影がよぎった。続いて、破れた天井から小さな何かが落ちてきた。
アルベールと同じ年頃の少女。が、ソレの頬は人形のもののように――いや、人形と同じく陶器のように滑らかであった。
「……待ってたぜ!」
ゾファルが叫んだ。すると少女人形――歪虚が不気味な笑みを見せた。
直後である。室内を木枯らしの音たてて風が走った。鋭い風はまだ臨戦態勢に滑り込んでいないハンターたちの身を刻んだ。致命傷とはいえないものの、彼女たちの身体からは鮮血がしぶいた。
即座に反応し得たのはマリィアである。二丁の拳銃の銃口を素早く歪虚にポイントする。
一丁は聖別された銀で作られた銃身を持つ、純白の神々しい魔導拳銃である神罰銃『パニッシュメント』だ。そして、もう一丁はリボルバー拳銃『グラソン』であった。
やや遅れてゾファルもまた得物を鞘走らせた。試作雷撃刀『ダークMASAMUNE』と日本刀『白狼』だ。二振りの刃の反射光を浴び、再び繊手を振り上げようとした歪虚はその動きを止めた。
一瞬の隙を見やり、シャルロットは内なるマテリアルを活性化した。傷が見る間に癒えていく。
炎のごとくオーラをまとい、ゾファルは一足で踏み込み、二つの光流を疾らせた。苛烈な剣筋だが、歪虚は舞うように躱す。二つの刃は歪虚を斬った。が、致命傷には至らない。
間合いの内にて、ゾファルと歪虚の目が合った。
瞬間である。歪虚は繊手を払った。白光が閃き、ゾファルは身を守ることができずに仰臥した。しぶいた鮮血が床の上に零れる。
「ええい。仕方ないわね」
殲滅よりも人命。そうと決めていたマリィアであるが。この場合、いかんともしがたい。マリィアはトリガーをひいた。
熱く燃える、あるいは白く凍てついた弾丸が空を裂いて疾り、歪虚の身を二つ穿った。
「今なら」
シャルロットが機導砲をかまえた。マテリアルを破壊エネルギーに変換し、撃つ。が――。
歪虚はエネルギー流を躱した。舞うようにして。同時に両の繊手を振る。唸り翔ぶ真空の刃が三人のハンターを切り刻んだ。
「このままじゃまずいぜ」
ゾファルは素早く戦況を分析した。彼我の戦力差を。
歪虚の攻撃力は大きい。さらに回避能力は優秀だ。このままでは押し切られてしまうだろう。三人で対するには、この歪虚は強すぎた。
「仲間を呼べ!」
猛禽のように二つの刃を翻らせ、ゾファルは歪虚に斬りかかった。反射的にシャルロットが叫んだ。
●
「あれは――」
はじかれたようにエルバッハは顔を上げた。同じように眼を上げた万歳丸が頷く。
「叫び声。シャルロットのものだ!」
「そうね」
アルスレーテもまたうなずく。彼女もまたシャルロットの叫びを聞いたのだ。
顔を見合わせたのは一瞬。エルバッハ、万歳丸、アルスレーテは少年を捜索していた部屋を飛び出した。
叫びはどこからしたか。
方向は上だ。担当域から察するに二階であろう。
その時、地下室から駆け上がってきたユキヤが姿をみせた。
「今の叫びは?」
「二階です。おそらくはシャルロットさんのもの」
「いくぜ」
ユキヤを促し、万歳丸は階段を駆け上がろうとし――。
「あれは?」
廊下の隅。走ってきたユキヤは気付かなかったようだが、蠢く小さななにかが見える。物陰を這って動くそれは――捜し求めていた少年であった。
「よォ坊主、そんなところにいたのかよ」
万歳丸が声をかけた。びくりと少年が身を震わせ、ぎごちない動きで振り返る。
駆け寄ると、エルバッハは少年――アルベールに自分たちがハンターであり、彼を助けにきたことを告げた。アルベールは、自分とさほど歳の変わらない少女がハンターと名乗ったことに、しばらく呆然とした。が、ようやく事態が飲め込めたのか、大きなため息を零した。
「大きな人の声がしたから……」
いいかけるアルベールの頭を万歳丸が撫でた。
「大冒険だったじゃねェか」
「うっ」
緊張の糸が切れたのか、少年は泣き出した。埃で煤けさせた顔に涙の筋が伝わる。
胸をなで下ろしたアルスレーテであるが、思い出したように目を上げた。
すでに少年は確保した。あとは敵を――歪虚を斃すだけ。気怠げなアルスレーテの顔にわずかではあるが険しさが増した。
「逃げるのよ、少年。家族を心配させんじゃないわ」
「これを」
アルベールにミネラルウォーターを手渡し、ユキヤはアルスレーテを見た。
「アルスレーテさん。任せていいですか?」
「ええ」
ユキヤの問いに、アルスレーテは大きくうなずいた。
すると仲間を見回し、ユキヤは駆け出した。もはや一刻の猶予もない。すぐに仲間の救援に向かわねばならなかった。
●
鮮血にまみれたマリィアとゾファル、そして無傷のシャルロット、その前でふわりと踊る少女人形。
室内に駆け入った三人のハンターが見たのは、そういう光景であった。
「好き勝手してくれたみてェだが……怪力無双、万歳丸様が応報してやらァ!」
万歳丸が床を蹴った。瞬く間に間合いをつめ、聖拳『プロミネント・グリム』をまとわせた拳を歪虚に叩きつける。
ビキリッ、と歪虚の手に亀裂がはしった。が、まだ崩壊には至らない。
次の瞬間、歪虚の放つ烈風が六名のハンターを薙ぎ払った。切り刻まれた彼らの肉体からほとばしる血煙が渦巻く。
激痛に耐えつつ、ユキヤは仲間を見回した。マリィアとゾファルの傷が深い。
精霊よ。
ユキヤが祈りを捧げると、マリィアの身体が暖かな光に包まれた。その身体に刻まれた傷が癒されていく。
が、まだだ。ゾファルもまた深手を負っている。
再びユキヤが祈りを捧げようとした。
刹那である。またもや歪虚の両手が翻り――。
「させません!」
叫ぶエルバッハの手から氷の矢が飛んだ。貫かれた歪虚の右手が凍結する。が、残る左手が刃風を放った。またもやハンターたちは切り裂かれた。このままでは回復が追いつかない。
ユキヤが馳せた。聖剣『カリスデオス』の浄化刃を疾らせ歪虚の胴を切り払う。が、歪虚はするりと躱した。
「迅い!」
呻くエルバッハは再び氷の矢を放った。一瞬だが歪虚の動きがとまる。
「ええいっ」
マリィアが拳銃をかまえ、歪虚をポイントした。撃つ。
唸り飛ぶ弾丸のひとつを歪虚は躱した。が、もうひとつは躱しきれなかった。マリィアの放った弾丸が歪虚の片腕を落とす。先ほど万歳丸が亀裂を入れた腕だ。
「ハッハハ」
血笑をうかべ、ゾファルが歪虚に迫った。
「おもしれーじゃん。けれど、まだだぜ。もっと楽しませてくれよ」
ゾファルの刀が舞った。猛禽の羽ばたきのように。渾身の一撃であった。それは深々と魔性の肉体をえぐり、整った歪虚の表情を歪ませる。
反射的に歪虚は真空の刃を放った。またもやハンターの肉体が切り裂かれる。
歪虚は深く傷ついていた。が、同時にハンターたちも鮮血にまみれている。
歪虚の繊手が舞った。真空の刃だ。が、それはエルバッハに触れたとみるや、流れすぎた。エルバッハがまとった緑色の風により、軌道を変えられたのである。
「今だ!」
万歳丸が踏み込んだ。歪虚の懐に身をねじ込ませる。
「うおおおお」
万歳丸の拳が疾った。凄まじい一撃が歪虚の胴を貫く。何でたまろうか。振り下ろさんとしていた歪虚の手はとまっていた。
「戦場を制限してるからって、俺様ちゃんたちを甘く見ない方がいいじゃーん」
満面の血を拭うと、ゾファルがニヤリとした。
●
「終わったの?」
姿をみせた仲間にアルスレーテが尋ねた。さすがに疲れた顔でシャルロットがうなずく。するとアルスレーテはため息を零した。
「しかし、ひどいかっこうね」
アルスレーテはいった。ハンターたちは全員血まみれである。
「坊主」
万歳丸が進み出た。アルスレーテが守っていたアルベールの頭に手をおく。
「今から連れて帰ってやる。その時はどうするかわかってるよな。おまえは男だ。だから、きちんとけじめをつけなきゃいけねえ」
「当然、怒られるでしょうね。ちゃんと謝らないと」
腰に手をあて、アルスレーテがいった。
万歳丸は真剣な眼差しをアルベールの面にすえると、
「さあ、冒険の始まり、だ。気合入れてけよ」
「館に怪物……おそらく歪虚がいることが分かっていたなら、こうなる前に依頼を出しておいた方がよかったと思いますが」
籠絡の美少女、エルバッハ・リオン(ka2434)が独語した。
「まあ、過ぎたことを言っても仕方ないですか。館に行ったの昨夜ということは、本当に時間がありませんね」
「そうね」
うなずいたのは希望の風、マリィア・バルデス(ka5848)である。ドゥルルルとバイクが吼える。マリィアがまたがる魔導バイクであった。
「嫌な予感がする……時間との戦いかもしれないわね、今回は」
マリィアはいった。今なお暗がりで震えているであろう少年を思えば、どうしても案じずにはいれない。マリィアの碧の瞳は、長い睫毛が落とす翳の中、昏い光をうかべていた。
「だな」
金の瞳を煌めかせ、ゴースロン種の馬の上から男が娘に手をのばした。男は額から二本の角を覗かせている。女は理知的な顔立ちだ。
「時間が惜しい。乗せてってやるぜ」
男――万歳丸(ka5665)はシャルロット・ウォーカー(ka6139)にむかっていった。そして呵呵大笑した。
「ガキの時分じゃしかたねェ、無謀は仕事みてェなもンだ! さくっと連れ帰ってガッと叱ってもらわねェとな?」
「本当に」
シャルロットが万歳丸の手を掴んだ。その表情に憂いを潜ませて。
どうか駆けつけるまで無事であって欲しい。シャルロットは祈った。
館は風雨と時の流れに曝され、荒れ果てていた。庭園は雑草が生い茂り、館は苔と蔦に覆われている。扉は半壊していた。
「……入口はあそこですか」
昼過ぎ。崩れかけた入口の扉に黒い瞳をむけ、その儚げな印象の少年は呟いた。
彼の名はユキヤ・S・ディールス(ka0382)。ハンターである。
すると長身のひどく美しい娘がうなずいた。
透けるような白い肌。尖った耳。エルフなのである。名をアルスレーテ・フュラー(ka6148)といった。
「あの様子なら潜り込むのに苦労はいらないでしょう。侵入経路は、おそらくあそこでしょうね」
昼下がりの眩い陽光の下、半壊した扉から覗く空間は不気味なほど暗く、館の中は満足に日が射さないことを示していた。
アルスレーテは欠伸を噛み殺した。この娘、姿は美麗だが、致命的に欠落しているものがある。それはやる気であった。
「……赤の他人が危険な目に遭ってること自体は、ぶっちゃけどうでもいいわ。ただまあ、これが私の妹だったらって思うと嫌だからね。それだけよ」
誰にも聞こえぬようアルスレーテは独語した。
やがて七人のハンターは歩き出した。館の入口に近寄る。
と、館内部の闇を見つめ、十六歳ほどの少女が不敵に笑った。
「……でもさ、化け物屋敷から一晩もどらねーなんて絶望なんじゃねーの?」
「おい」
万歳丸が少女――ゾファル・G・初火(ka4407)の勝気そうな顔を睨みつけた。
「何てことをいいやがる。ガキがまだおしめえだと決まったわけじゃねえ。わずかな望みでもある限り、戦う。それがハンターだろうが」
「なるほどな」
ゾファルにはニヤリとした。万歳丸のいうことももっともだと思ったのだ。
肌がひりつくほどの戦場を求める、いわば戦闘狂であるこの少女にとって戦場の真理こそすべてであった。敗北を認めぬ者に負けはない。そこは、いつも勝利への道程だ。
と、突然、万歳丸がしゃがみこんだ。ライトで床を照らす。万歳丸はニヤリとした。
「やはり侵入経路はここで間違いなさそうだぜ」
万歳丸が埃の積もった床を指し示した。ライトの光に浮かび上がる床には、くっきりと少年のものらしい靴の跡が残されていた。
マリィアは足元の二匹の犬に目をむけた。
「α、γ、屋敷の中はこの子が歩いた足跡でいっぱいよ。だから、この匂いを嗅いで覚えて、この子が今いる場所を見つけだして大きな声で吠えて知らせなさい……行けっ!」
マリィアが叫ぶと、綱を解かれた猟犬のように二匹の犬は駆け出していった。
●
ライトで照らしつつ、ゆっくりとユキヤは地下室へとつながる階段を降りていった。
「……生きていたください」
ユキヤは我知らず声をもらしていた。幼い男の子が遭っている危難を思うと、痛いほど胸が締めつけられる。
階段の途中で足をとめ、ユキヤはライトで室内をくまなく照らした。が、散乱した調度品や瓦礫は多く、思うほどの視野を得られない。
厨房と思しき場所が、そこでユキヤは地下室に通じる階段を見つけ出したのだった。しかし――。
「……ここにはいないのですか?」
どうやら地下室は倉庫として使われていたようであった。所狭しとおかれた木箱や袋がライトの光に浮かび上がっている。湿った空気は澱み、積もった埃に足跡などもなく、人の気配は皆無であった。やはり、ここにいないようである。
「……ということは、上ですか」
憂慮の滲む黒瞳を、ユキヤは蜘蛛の巣だらけの天井にむけた。
館の中は暗い。崩れた天井より差し込む光はあまりにか細いものであったからだ。
「アルベール、居るかしら? 迎えに来たわ……だから出てきてちょうだい」
二丁の拳銃を手に、少年の名を呼びかけながら、マリィアは捜索を続けた。その間も油断なく彼女は拳銃のトリガーに指をかけている。
「大変ですね、これだけ部屋数があると……」
シャルロットは唇を噛んだ。あまり時間はかけられない。わずかの時間の遅れが致命の刻となりかねないからだ。
調度品を静かにずらし、あるいはその内部を覗き込んだりしながら、シャルロットは時折耳を澄ませた。少年がたてる音を聞き漏らすまいとして。もし生きているなら、もし歪虚に襲われているなら、きっと少年は物音をたてるはずであった。
その時、ばきりと家具が砕けた。ゾファルの仕業だ。
「ここにはいねーな」
手早くゾファルは確認した。そして、舌打ち。
この時、ゾファルは気が急いていた。有り体にいえば彼女にとって少年の行方などどうでもよい。それよりも魔物退治だ。
少しでも早く少年を見つけ、魔物と戦いたい。その焦りが生み出した行動であったのだ。
「……どんな怪異がわいてくんだろーな」
胸をときめかせ、ゾファルは目を上げた。光の中に埃が舞い散る。
マリィアとシャルロットはぴたりと動きを止め、辺りへ注意を払った。
動く影は見当たらない。音も気配もない。大丈夫――そう二人が思い、安堵の吐息をつこうとした。刹那である。
床に落ちていた光の中に影がよぎった。続いて、破れた天井から小さな何かが落ちてきた。
アルベールと同じ年頃の少女。が、ソレの頬は人形のもののように――いや、人形と同じく陶器のように滑らかであった。
「……待ってたぜ!」
ゾファルが叫んだ。すると少女人形――歪虚が不気味な笑みを見せた。
直後である。室内を木枯らしの音たてて風が走った。鋭い風はまだ臨戦態勢に滑り込んでいないハンターたちの身を刻んだ。致命傷とはいえないものの、彼女たちの身体からは鮮血がしぶいた。
即座に反応し得たのはマリィアである。二丁の拳銃の銃口を素早く歪虚にポイントする。
一丁は聖別された銀で作られた銃身を持つ、純白の神々しい魔導拳銃である神罰銃『パニッシュメント』だ。そして、もう一丁はリボルバー拳銃『グラソン』であった。
やや遅れてゾファルもまた得物を鞘走らせた。試作雷撃刀『ダークMASAMUNE』と日本刀『白狼』だ。二振りの刃の反射光を浴び、再び繊手を振り上げようとした歪虚はその動きを止めた。
一瞬の隙を見やり、シャルロットは内なるマテリアルを活性化した。傷が見る間に癒えていく。
炎のごとくオーラをまとい、ゾファルは一足で踏み込み、二つの光流を疾らせた。苛烈な剣筋だが、歪虚は舞うように躱す。二つの刃は歪虚を斬った。が、致命傷には至らない。
間合いの内にて、ゾファルと歪虚の目が合った。
瞬間である。歪虚は繊手を払った。白光が閃き、ゾファルは身を守ることができずに仰臥した。しぶいた鮮血が床の上に零れる。
「ええい。仕方ないわね」
殲滅よりも人命。そうと決めていたマリィアであるが。この場合、いかんともしがたい。マリィアはトリガーをひいた。
熱く燃える、あるいは白く凍てついた弾丸が空を裂いて疾り、歪虚の身を二つ穿った。
「今なら」
シャルロットが機導砲をかまえた。マテリアルを破壊エネルギーに変換し、撃つ。が――。
歪虚はエネルギー流を躱した。舞うようにして。同時に両の繊手を振る。唸り翔ぶ真空の刃が三人のハンターを切り刻んだ。
「このままじゃまずいぜ」
ゾファルは素早く戦況を分析した。彼我の戦力差を。
歪虚の攻撃力は大きい。さらに回避能力は優秀だ。このままでは押し切られてしまうだろう。三人で対するには、この歪虚は強すぎた。
「仲間を呼べ!」
猛禽のように二つの刃を翻らせ、ゾファルは歪虚に斬りかかった。反射的にシャルロットが叫んだ。
●
「あれは――」
はじかれたようにエルバッハは顔を上げた。同じように眼を上げた万歳丸が頷く。
「叫び声。シャルロットのものだ!」
「そうね」
アルスレーテもまたうなずく。彼女もまたシャルロットの叫びを聞いたのだ。
顔を見合わせたのは一瞬。エルバッハ、万歳丸、アルスレーテは少年を捜索していた部屋を飛び出した。
叫びはどこからしたか。
方向は上だ。担当域から察するに二階であろう。
その時、地下室から駆け上がってきたユキヤが姿をみせた。
「今の叫びは?」
「二階です。おそらくはシャルロットさんのもの」
「いくぜ」
ユキヤを促し、万歳丸は階段を駆け上がろうとし――。
「あれは?」
廊下の隅。走ってきたユキヤは気付かなかったようだが、蠢く小さななにかが見える。物陰を這って動くそれは――捜し求めていた少年であった。
「よォ坊主、そんなところにいたのかよ」
万歳丸が声をかけた。びくりと少年が身を震わせ、ぎごちない動きで振り返る。
駆け寄ると、エルバッハは少年――アルベールに自分たちがハンターであり、彼を助けにきたことを告げた。アルベールは、自分とさほど歳の変わらない少女がハンターと名乗ったことに、しばらく呆然とした。が、ようやく事態が飲め込めたのか、大きなため息を零した。
「大きな人の声がしたから……」
いいかけるアルベールの頭を万歳丸が撫でた。
「大冒険だったじゃねェか」
「うっ」
緊張の糸が切れたのか、少年は泣き出した。埃で煤けさせた顔に涙の筋が伝わる。
胸をなで下ろしたアルスレーテであるが、思い出したように目を上げた。
すでに少年は確保した。あとは敵を――歪虚を斃すだけ。気怠げなアルスレーテの顔にわずかではあるが険しさが増した。
「逃げるのよ、少年。家族を心配させんじゃないわ」
「これを」
アルベールにミネラルウォーターを手渡し、ユキヤはアルスレーテを見た。
「アルスレーテさん。任せていいですか?」
「ええ」
ユキヤの問いに、アルスレーテは大きくうなずいた。
すると仲間を見回し、ユキヤは駆け出した。もはや一刻の猶予もない。すぐに仲間の救援に向かわねばならなかった。
●
鮮血にまみれたマリィアとゾファル、そして無傷のシャルロット、その前でふわりと踊る少女人形。
室内に駆け入った三人のハンターが見たのは、そういう光景であった。
「好き勝手してくれたみてェだが……怪力無双、万歳丸様が応報してやらァ!」
万歳丸が床を蹴った。瞬く間に間合いをつめ、聖拳『プロミネント・グリム』をまとわせた拳を歪虚に叩きつける。
ビキリッ、と歪虚の手に亀裂がはしった。が、まだ崩壊には至らない。
次の瞬間、歪虚の放つ烈風が六名のハンターを薙ぎ払った。切り刻まれた彼らの肉体からほとばしる血煙が渦巻く。
激痛に耐えつつ、ユキヤは仲間を見回した。マリィアとゾファルの傷が深い。
精霊よ。
ユキヤが祈りを捧げると、マリィアの身体が暖かな光に包まれた。その身体に刻まれた傷が癒されていく。
が、まだだ。ゾファルもまた深手を負っている。
再びユキヤが祈りを捧げようとした。
刹那である。またもや歪虚の両手が翻り――。
「させません!」
叫ぶエルバッハの手から氷の矢が飛んだ。貫かれた歪虚の右手が凍結する。が、残る左手が刃風を放った。またもやハンターたちは切り裂かれた。このままでは回復が追いつかない。
ユキヤが馳せた。聖剣『カリスデオス』の浄化刃を疾らせ歪虚の胴を切り払う。が、歪虚はするりと躱した。
「迅い!」
呻くエルバッハは再び氷の矢を放った。一瞬だが歪虚の動きがとまる。
「ええいっ」
マリィアが拳銃をかまえ、歪虚をポイントした。撃つ。
唸り飛ぶ弾丸のひとつを歪虚は躱した。が、もうひとつは躱しきれなかった。マリィアの放った弾丸が歪虚の片腕を落とす。先ほど万歳丸が亀裂を入れた腕だ。
「ハッハハ」
血笑をうかべ、ゾファルが歪虚に迫った。
「おもしれーじゃん。けれど、まだだぜ。もっと楽しませてくれよ」
ゾファルの刀が舞った。猛禽の羽ばたきのように。渾身の一撃であった。それは深々と魔性の肉体をえぐり、整った歪虚の表情を歪ませる。
反射的に歪虚は真空の刃を放った。またもやハンターの肉体が切り裂かれる。
歪虚は深く傷ついていた。が、同時にハンターたちも鮮血にまみれている。
歪虚の繊手が舞った。真空の刃だ。が、それはエルバッハに触れたとみるや、流れすぎた。エルバッハがまとった緑色の風により、軌道を変えられたのである。
「今だ!」
万歳丸が踏み込んだ。歪虚の懐に身をねじ込ませる。
「うおおおお」
万歳丸の拳が疾った。凄まじい一撃が歪虚の胴を貫く。何でたまろうか。振り下ろさんとしていた歪虚の手はとまっていた。
「戦場を制限してるからって、俺様ちゃんたちを甘く見ない方がいいじゃーん」
満面の血を拭うと、ゾファルがニヤリとした。
●
「終わったの?」
姿をみせた仲間にアルスレーテが尋ねた。さすがに疲れた顔でシャルロットがうなずく。するとアルスレーテはため息を零した。
「しかし、ひどいかっこうね」
アルスレーテはいった。ハンターたちは全員血まみれである。
「坊主」
万歳丸が進み出た。アルスレーテが守っていたアルベールの頭に手をおく。
「今から連れて帰ってやる。その時はどうするかわかってるよな。おまえは男だ。だから、きちんとけじめをつけなきゃいけねえ」
「当然、怒られるでしょうね。ちゃんと謝らないと」
腰に手をあて、アルスレーテがいった。
万歳丸は真剣な眼差しをアルベールの面にすえると、
「さあ、冒険の始まり、だ。気合入れてけよ」
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/27 10:26:03 |
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呪いの館って、とこ?(相談卓) アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2016/03/27 17:37:53 |