ゲスト
(ka0000)
【審判】汚れた霧と浄化の祈り
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/05 22:00
- 完成日
- 2016/04/12 23:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国で不穏な出来事が続いている。
怪しげな教団が勢いを増し、高位の貴族が歪虚への内通を疑われ、いわゆる天使の外見をした敵まで現れる。
千年に渡って王国と共存共栄してきた聖堂教会も、今が非常時であると判断し神経を尖らせていた。
少なくとも聖堂教会中枢の一部はそう考えていた。
●平穏だった巡礼路
「はいではチェックを始めます。出来次第報告お願いねー」
『3番隊異常なし』
『4番隊異常なし』
『5番隊、野犬の群れに遭遇し現在排除中。マテリアルに異常はありません』
『6番隊です。巡礼のご一家と遭遇し今、ってお嬢ちゃん危ないからメイス触ったらダメ!』
トランシーバーを介し報告が入ってくる。
「便利な機械が出来たもんですなぁ」
古株のクルセイダーが笑みでしわを深くしながら、指揮官の私物を物珍しそうに眺めている。
青い空に白い雲が浮かび、鳥達がのんびり飛んでいる。
王国中央の混乱とはかけ離れた、徹底的に平和な光景だった。
「工夫しないと訓練の時間もとれませんから」
古株に比べれば若い女性クルセイダーが、部下達から聞き取った内容を報告書にまとめていく。
「2番隊、何か異常があった?」
まだ報告の無い部下に連絡する。
指揮官直属の1番隊の人員は、のんびりしているように見えても即座に救援に向かえる体勢だ。
『はいいえ、報告が遅れて申し訳ありません。不審なものは見かけないのですが気配が……』
指揮官と古株か視線をかわす。
「6番隊は念のため巡礼の方達を避難させなさい」
3から5には警戒と合流を命じ、指揮官は1番隊を率いて2番隊の受け持ち地域へ駆けだした。
そこには巡礼路以外何もないはずだった。
人通りは少ないとはいえ宗教的にも意味がある路だ。今回だけでなく定期的に歪虚の捜索と討伐が行われている。だから万一歪虚が現れたとしてもたいした規模にはならないはずだったのだ。
「何よ……これ」
負のマテリアルを帯びた霧が巡礼路沿いに広がっていた。
霧の密度は低い。感覚の鋭いものでなければ気付き辛いだろう。
「2番隊は再訓練ですな」
軽口を叩く古株も緊張を隠せない。
神経を研ぎ澄ませて周囲を探るが歪虚の気配は無い。
「2番隊! 直ちに王都に向かい現状の報告と浄化のための増援要請を行いなさい。これ報告書と割り符。急いで!」
「りょ、了解しました!」
1つの隊全員が乗用馬に乗って南へ走る。
「6番隊は巡礼者を最寄りに街まで護送、1と5は巡礼路の封鎖と歪虚出現時の駆除を開始。3と4はテントを張って無理でも夕方まで休みなさい。……多分、長期戦になるわ」
汚れた霧は風でも散らず、低速ではあるが確実に量を増しつつある。
浄化のための人材招集に機材搬入、儀式と護衛とその後の確認と、全てが終わるまで長い時間が必要かもしれなかった。
●聖堂教会
「無茶を言うな」
即座の派遣を要請された司教は、渋い表情で首を左右に振った。
「ヴィオラ殿は今大聖堂だ。儂の権限で動かせるのは今北狄に詰めている。そこをなんとかと言われても無い袖は振れぬ」
嫌がらせをするつもりもないし自分の価値をつり上げるためもったいぶっている訳でも無い。
浄化を行える人材は貴重であり、すぐに派遣しろと言われても物理的に無理なのだ。
「分かっておる。放置すれば汚染が広がるだけでなく巡礼路にも影響を与えかねないのもな」
肥えた体にうっすらと汗が浮かぶ。
関係各所に大量の借りをつくるのを覚悟しやりくりしても、浄化能力持ちを手配するのに1週間はかかる。
現場が王都や大都市の近くなら強権を振りかざすことも可能だったろうが、人口が希薄な土地で通商路でもない土地では無理もできない。
いっそのこと高位貴族相手にドタキャンかまして自分が向かうかという不穏な考えまで頭に浮かぶ。
「いや待て。どこかに使える人材は……」
何かを見落としている気がする。
聖堂教会内の人材を動かすのは無理がある。
他国の組織に頼るのも政治的以上に時間的に無理。
「いた」
ハンターがいる。
一般的な浄化儀式のやり方を1から仕込むのは時間的に無理。だが気合いと根性方式の浄化ならなんとかなる。多分。
「今から浄化の手配をする。お前達は」
浄化完了までその場を死守せよ。
反論を許さぬ口調で命令して通信を切断する。
司教は一度だけ大きく息を吐いてから、浄化のための準備を進めていくのだった。
●浄化第一陣
「ヴォイド滅殺!」
在野のクルセイダーが白銀の剣を振り上げ気合いを入れる。
「悪霊退散!」
エクラ教ではなくリアルブルーの信仰を軸とする聖導士が正のマテリアルを放出し。
「ひゃっはー、あたしの歌を聞きやがれー!」
濃いメイクの少女がマイクを手に魂を削る。
彼らの周囲の霧が薄れていく。
正のマテリアルで中和する浄化方法。気合いで祓う浄化方法。場の空気を陰から陽に傾ける浄化方法。
信仰もエクラや地球由来のものや自分自身や歌など実に様々だけれども、手法や信仰が違ってももたらされる効果はどれも似ている。
これなら大丈夫。
彼らを浄化に専念させるため護衛を続ける聖堂戦士団は、少しだけの複雑な思いと大きな安心感を抱く。
しかし30分が経つと浄化の速度が急激に落ちた。
1時間が経過すると浄化速度が0に近くなる。
「う゛ぉいどめっさーつ」
腕が震えて清らかな剣を落としかけ。
「ぜぇはぁ……息が」
顔を青くして巡礼路にうずくまり。
「くすん。観客がいないの」
我に返って膝を抱えて陰々滅々としはじめる。
護衛達は肩を落とし、浄化担当の追加派遣をソサエティに要請するのだった。
●浄化依頼
ハンターオフィスに新たな依頼票が現れる。
目的は野外でも負のマテリアル浄化。手段は問わない。
「浄化と言われても……」
戸惑うハンター達の前で、多めの報酬が表示された3Dディスプレイが自己主張が強い感じで光を放っていた。
怪しげな教団が勢いを増し、高位の貴族が歪虚への内通を疑われ、いわゆる天使の外見をした敵まで現れる。
千年に渡って王国と共存共栄してきた聖堂教会も、今が非常時であると判断し神経を尖らせていた。
少なくとも聖堂教会中枢の一部はそう考えていた。
●平穏だった巡礼路
「はいではチェックを始めます。出来次第報告お願いねー」
『3番隊異常なし』
『4番隊異常なし』
『5番隊、野犬の群れに遭遇し現在排除中。マテリアルに異常はありません』
『6番隊です。巡礼のご一家と遭遇し今、ってお嬢ちゃん危ないからメイス触ったらダメ!』
トランシーバーを介し報告が入ってくる。
「便利な機械が出来たもんですなぁ」
古株のクルセイダーが笑みでしわを深くしながら、指揮官の私物を物珍しそうに眺めている。
青い空に白い雲が浮かび、鳥達がのんびり飛んでいる。
王国中央の混乱とはかけ離れた、徹底的に平和な光景だった。
「工夫しないと訓練の時間もとれませんから」
古株に比べれば若い女性クルセイダーが、部下達から聞き取った内容を報告書にまとめていく。
「2番隊、何か異常があった?」
まだ報告の無い部下に連絡する。
指揮官直属の1番隊の人員は、のんびりしているように見えても即座に救援に向かえる体勢だ。
『はいいえ、報告が遅れて申し訳ありません。不審なものは見かけないのですが気配が……』
指揮官と古株か視線をかわす。
「6番隊は念のため巡礼の方達を避難させなさい」
3から5には警戒と合流を命じ、指揮官は1番隊を率いて2番隊の受け持ち地域へ駆けだした。
そこには巡礼路以外何もないはずだった。
人通りは少ないとはいえ宗教的にも意味がある路だ。今回だけでなく定期的に歪虚の捜索と討伐が行われている。だから万一歪虚が現れたとしてもたいした規模にはならないはずだったのだ。
「何よ……これ」
負のマテリアルを帯びた霧が巡礼路沿いに広がっていた。
霧の密度は低い。感覚の鋭いものでなければ気付き辛いだろう。
「2番隊は再訓練ですな」
軽口を叩く古株も緊張を隠せない。
神経を研ぎ澄ませて周囲を探るが歪虚の気配は無い。
「2番隊! 直ちに王都に向かい現状の報告と浄化のための増援要請を行いなさい。これ報告書と割り符。急いで!」
「りょ、了解しました!」
1つの隊全員が乗用馬に乗って南へ走る。
「6番隊は巡礼者を最寄りに街まで護送、1と5は巡礼路の封鎖と歪虚出現時の駆除を開始。3と4はテントを張って無理でも夕方まで休みなさい。……多分、長期戦になるわ」
汚れた霧は風でも散らず、低速ではあるが確実に量を増しつつある。
浄化のための人材招集に機材搬入、儀式と護衛とその後の確認と、全てが終わるまで長い時間が必要かもしれなかった。
●聖堂教会
「無茶を言うな」
即座の派遣を要請された司教は、渋い表情で首を左右に振った。
「ヴィオラ殿は今大聖堂だ。儂の権限で動かせるのは今北狄に詰めている。そこをなんとかと言われても無い袖は振れぬ」
嫌がらせをするつもりもないし自分の価値をつり上げるためもったいぶっている訳でも無い。
浄化を行える人材は貴重であり、すぐに派遣しろと言われても物理的に無理なのだ。
「分かっておる。放置すれば汚染が広がるだけでなく巡礼路にも影響を与えかねないのもな」
肥えた体にうっすらと汗が浮かぶ。
関係各所に大量の借りをつくるのを覚悟しやりくりしても、浄化能力持ちを手配するのに1週間はかかる。
現場が王都や大都市の近くなら強権を振りかざすことも可能だったろうが、人口が希薄な土地で通商路でもない土地では無理もできない。
いっそのこと高位貴族相手にドタキャンかまして自分が向かうかという不穏な考えまで頭に浮かぶ。
「いや待て。どこかに使える人材は……」
何かを見落としている気がする。
聖堂教会内の人材を動かすのは無理がある。
他国の組織に頼るのも政治的以上に時間的に無理。
「いた」
ハンターがいる。
一般的な浄化儀式のやり方を1から仕込むのは時間的に無理。だが気合いと根性方式の浄化ならなんとかなる。多分。
「今から浄化の手配をする。お前達は」
浄化完了までその場を死守せよ。
反論を許さぬ口調で命令して通信を切断する。
司教は一度だけ大きく息を吐いてから、浄化のための準備を進めていくのだった。
●浄化第一陣
「ヴォイド滅殺!」
在野のクルセイダーが白銀の剣を振り上げ気合いを入れる。
「悪霊退散!」
エクラ教ではなくリアルブルーの信仰を軸とする聖導士が正のマテリアルを放出し。
「ひゃっはー、あたしの歌を聞きやがれー!」
濃いメイクの少女がマイクを手に魂を削る。
彼らの周囲の霧が薄れていく。
正のマテリアルで中和する浄化方法。気合いで祓う浄化方法。場の空気を陰から陽に傾ける浄化方法。
信仰もエクラや地球由来のものや自分自身や歌など実に様々だけれども、手法や信仰が違ってももたらされる効果はどれも似ている。
これなら大丈夫。
彼らを浄化に専念させるため護衛を続ける聖堂戦士団は、少しだけの複雑な思いと大きな安心感を抱く。
しかし30分が経つと浄化の速度が急激に落ちた。
1時間が経過すると浄化速度が0に近くなる。
「う゛ぉいどめっさーつ」
腕が震えて清らかな剣を落としかけ。
「ぜぇはぁ……息が」
顔を青くして巡礼路にうずくまり。
「くすん。観客がいないの」
我に返って膝を抱えて陰々滅々としはじめる。
護衛達は肩を落とし、浄化担当の追加派遣をソサエティに要請するのだった。
●浄化依頼
ハンターオフィスに新たな依頼票が現れる。
目的は野外でも負のマテリアル浄化。手段は問わない。
「浄化と言われても……」
戸惑うハンター達の前で、多めの報酬が表示された3Dディスプレイが自己主張が強い感じで光を放っていた。
リプレイ本文
霧が全てを覆っていた。
風は止まり鳥の声も虫の音も聞こえない。
古びた道は霧の中に消え動くものは何一つない。
歪虚の気配がないとはいえ、常人なら異様な雰囲気と変化の無い光景に心を病む可能性があった。
「神よ神よ我が神よ……今ここに自分があることを感謝します」
霧が動いた。
ささやくような小さな声が響くたび、灰色の霧に濃淡がうまれディーナ・フェルミ(ka5843)の姿が一瞬見える。
「生きて死ぬ、ただそれだけを」
込められた思いが正のマテリアルを通じて精霊に届く。
大気がわずかに、しかし広範囲に震えた。
「今行えることに感謝します」
ディーナを中心に小さな嵐が発生する。
薄く引き延ばされた負のマテリアルがディーナの魂に触れて消えて、汚れた霧の中彼女の姿だけがはっきりと浮き上がる。
「神よ、神よ、我が神よ」
白い額に汗が浮かぶ。
極限の集中状態にあるため目は開いていても周囲を認識していない。
霧の減少によりようやく彼女を目視した聖堂戦士達が、目映く尊いものを見上げる視線を向けてきていた。
「今ここに自分があることを感謝します」
体がきしむ。
外に対して剥き出しになった魂を支えるため、細い体が限界まで力を振り絞った結果だ。
汚れて凝った何かが割れて崩れる音が1度だけ響き、ディーナの周囲十数メートルから霧が完全に消え去った。
「おおっ」
「目から汗が止まらぬ」
良くも悪くな純朴な戦士達が感動している。
ディーナの視界が回復する。
彼らの腰にある、使い込まれた武器を目にした瞬間、彼女は強い罪悪感と同時に胸の痛みを覚えた。
「教会の人、遊んでないで仕事するのなー」
1頭の狛犬がディーナをかばう位置へ駆け寄り周囲を警戒し、もう1頭の狛犬が周辺警戒もせずディーナを見つめる戦士に唸って追い払う。
「交代する?」
黒の夢(ka0187)の金眼が悪戯っぽく瞬く。
「はい、お願いします」
ディーナは礼儀正しく頭を下げて、街道脇の程よく乾燥した野原に向かった。
「あら」
そこで司祭と鉢合わせしてしまう。
聖堂戦士として戦い司祭と隊長職を得た武人らしく、剣を鞘に収めたままでも非常に迫力がある。
「あ、あの」
神への疑いから生じた罪悪感ではない。
神は彼女に神の奇跡を与えてくれている。
人を助ける善神であることも疑ったことはない。
ディーナが疑っているのは、己が神がエクラではないかもしれないと言うことだけだ。
「結論を急がなくていいと思うわよ」
新技術への興味を除けば典型的王国人であり聖堂戦士でもある女性が、後輩に対し柔らかくほほえんだ。
「クルセイダーが戦闘訓練を受けるのは戦場で最初に狙われてしまうからだもの。積極的に打って出ないのを責める方が間違ってるわ。万が一私たちと違う道を選んだとしても」
労りを込めてディーナの肩に一度だけ触れ、見回りに向かう。
「力をあわせることはあっても敵対関係にはならないでしょうから」
黒の夢の歌だけが、巡礼路の上から聞こえていた。
●
可愛らしさを追求したウサギ耳がふわりと揺れる。。
足から臀部にかけての優美な曲線とふわふわ尻尾の組み合わせは極悪と表現して良いほど魅力的かつ刺激的過ぎた。
「ぁー、オッサン達。恥ずかしいからあっちいってて。なんか来たら私自身でなんとかするから」
大荷物を抱えて玉兎 小夜(ka6009)が要請する。
二十代前半から三十代後半の野郎共(聖堂戦士)が高速で何度もうなずいて、妙に前屈みになって周囲に散った。
「……ふ」
多めの報酬につられたけど大丈夫かなと、内心で思っていても顔には出さない。
「とりあえずやれることをやろうか」
兎に浄化の権能はない気もするが華麗にスルー。
「えーっと、あったあった」
転移装置を使う前に拾った、桃っぽい花と大量の葉っぱを鞄から取り出す。
「ここをーこうしてー」
借り物の園芸用如雨露に花と葉っぱを投入。
聖堂教会からもらった飲用水の封を切り如雨露へ注ぐ。
「できたー」
なんとなく爽やかな香りがする。気もする。
「浄化を開始します」
真面目な顔と声をつくって聖堂戦士団指揮官に報告する。
指揮官は目を丸くして、何度も小夜と如雨露を見比べていた。
「兎兎の……」
如雨露を傾け街道脇に散布開始。
途中で曲と歌詞を忘れたことに気付くが鼻歌でごまかす。
「すごい。本当に効いてる」
霧というより煙に近い何かが、霧状の水に触れると少しだけ……本当に少しだけ薄れている。
霧が広がり、霧が薄まり、艶と溢れる生命力に輝く黒肌が近くに見えた。
「すごいのね」
ダイナミックな動きをぴたりと止め、黒の夢が優雅に歩み寄る。
祝いにも呪いにも詳しいつもりだが小夜の技は予想外過ぎた。
「任して」
無表情で親指を立ててから次の儀式に移る。
大太刀の刃を聖水っぽい液体で濡らし、膝に抜き身のままおいて座禅を組む。
「むむむ」
なんとなく負のマテリアルの濃淡が分かる気がする。半分以上気のせいだが。
「はっ!」
斬魔の銘を持つ巨大な刃を突き上げる。
雑魚雑魔1体分の霧が切り裂かれ、何事もなかったかのように元の形に戻った。
「しょぼーん……あっ」
無表情だった小夜が初めて慌てる。
刃についた聖水(仮)が吹っ飛び、鞍馬 真(ka5819)の手元を濡らしたのだ。
「ごめんなさい」
小夜が頭を下げ。
「何!?」
戦場でも冷静さを失わない真が驚愕して小夜の様子に気づけない。
真の大小2刀が、小夜の討ち損ねた霧を打ち砕いて完全に消滅させた。
驚愕しても乱れなかった真の動きが止まる。本人として見様見真似の、客観的に見れば真本人に最適された演舞が終わった。
「今のは……」
護摩箸が刻まれた太刀を振るう。小夜と同様、霧を切ろうとしてもすり抜けるだけだ。
今度は銀をひいた刃を振るう。また小夜と同じように、負のマテリアルの霧にダメージを与えられない。
小夜が如雨露を差し出し傾ける。
真が2刀で水を受けて気合を込め、振るう。
「少し切れたか」
「誤差のような……気もする」
誠達は顔を見合わせ首をかしげた。
自然と黒の夢に視線が集中する。
不可思議な現象に詳しそうで実際詳しくはあるのだがこの現象に関してはさっぱりだ。
「悪いものに効きそうな武器と籠手を装備して着たのだが」
2刀を鞘に納める。
両方の拳を胸の前で構えると、手甲刻まれた魔除けの陣が弱い光を強く反射した。
「効果が無い」
霧が集まった部分に右ストレート2連発。
雑魔級スケルトンなら止めを刺せるはずの攻撃は、霧を揺らすだけで終わった。
「それは多分……」
戦闘に特化した装備であり一般的な意味での浄化に向いていないのではないか。
そう、金色の瞳の魔術師が答えた。
「情報感謝する、黒の夢殿」
真が一礼し小夜は興味深そうに聞いている。
「となると後は所謂根性方式か。こう、気合を込めて」
両手を構え直す。
必要十分なだけの力を込め、負の存在を許さぬ意思を限界まで込めて、動きが乱れるのを覚悟の上で感情のまま拳を連打する。
薄い霧に拳大の穴が開く。
拳を戻すたびに戻る霧が明らかに少ない。
効いている。
小夜が軽く拍手、黒の夢が暖かな目で見守る。
息継ぎをしつつ10メートル程安全な空間を切り開いた時点で、真の息は乱れてしまっていた。
「根性方式が一般的でないのは、これが理由かもしれないな」
呼吸が元に戻らず心臓の鼓動も不自然に速い。
数分休めば元に戻るだろうがこの場が戦場なら致命的だ。
真は何度か大きく息を吸って吐いて最低限呼吸を整え、横笛に唇を当てそっと息を吹き込んだ。
複数の浄化作業により熱が籠もった空間に、安らかな音が広がっていく。
浄化はよく分からない。
そんなことを考えながら、真は広範囲の浄化を少しずつ地道に進めていった。
●
王国西部における鎮魂の祈りを省略無し交代無しでやり通す。
体力豊富な成人聖職者でも困難な儀式を、明王院 穂香(ka5647)はただ1人でやり遂げた。
「すみません。霧に変化があれば教えてください」
万一に敵襲に備えている聖堂戦士団声をかける。
「はい、祈りが始める前より、特にこのあたりが薄くなっているようです」
生真面目そうな顔の戦士が手振りで示し、賞賛の気持を顔に出して穂香に向き直る。
そして、完全に固まった。
若く生命力を感じさせる頬は上気して、リアルブルーのものらしい清楚な装束は汗を吸って穂香の体の輪郭を隠し切れていない。
「しし失礼しました。聖導士殿、ではなく巫女殿とお呼びすればあわわ」
女性に不慣れなことを全身で表現する中堅戦士。
「お好きなように呼んでください」
男の醜態に気づかないふりをする、十代半ばでいい女の域に達した穂香であった。
「効果があるのは良いのですが」
天然蜂蜜をミネラルウォーターで割り塩を加えたものを口にする。
乾ききった砂に吸い込まれるように、普段では喉に入らない量がするりと体に吸収された。
「疲労が大きすぎますね」
普通の浄化儀式やお祭りイベントによる土地の安定化作業より負担が大きい。
特製スポーツドリンク無しでは倒れていたかもしれない。穂香だけでなく、穂香の同行者もだ。
清潔なタオルで汗を拭い、巫女服を整えてから検証作業を開始する。
鍛えた持久力と、錬磨された信仰心による浄化能力向上の手応えはあった。
ただし消費した体力と気力の影響の方が大きい気がする。戦闘なら体力気力よりもスキルの効果の方が大きいのがほとんどなので、試しに使ってみると……。
「全然ですね」
ヒーリングスフィアでの影響は感じられない。レクイエムを使った者も、同様に正負どちらの影響もなかったらしい。
「桃っぽい水いる人ー」
「すまない。飲み物が余っていたら良ければ分けてくれないだろうか」
穂香は淡くほほえみ、予備の飲み物を運んでいった。
●
銀の髪が風になびいた。
長身のエルフがすり足で弧を描く。
伴奏も無く歌もないのに、観客達は桜の香りと爽やかな春風を幻視した。
「たー」
「とー」
パルム2人が小さなざるから桜っぽい花びらを手に取り元気に振りまく。
浅黄色の背景に染め抜かれた花びらと本物の花びらが交差する。
負のマテリアルに汚染されかけた場所が、華やかで明るい祝祭空間へ塗り替えられていった。
アルスレーテ・フュラー(ka6148)は朗らかな笑みを浮かべ踊っている。
均整のとれた体と優美な動きは実に魅力的で、ここがダンス会場なら男が集まりすぎて身動きとれなくなっていたはずだ。
だが今彼女に近づこうとする者はいない。
蒼い瞳から非常に強い力を感じる。
男を拒否する感情はないものの、彼女と釣り合う自信を持つ男は滅多にいない。そう感じてしまうほど存在感があった。
「ふふふ……ダイエット順調……」
彼女が小声で零した本音が観客まで届かなかったのは、誰にとっても幸せな偶然だった。
乱れそうになる呼吸を意識して整える。
着物を乱さず、夜色の扇子を開いて落ち行く花びらに添える。
闇の中舞い落ちる儚い美を、この場の全ての人類が共有した。
「ありがとうございました」
息を乱さず、服装に乱れもなく一礼する。
歓声があがる。
盛り上がる明るい気はのマテリアルに力を与え、自然な流れで負のマテリアルの力を削いでいった。
「ふーつかれたー。私も甘い物ー」
気合いが抜ける。
覚醒状態が解除されて瞳の色が緑に戻る。
「お見事。あそこまで体力を使う動きとは思いませんでした」
高度な舞と高度な武術には共通点がある。
榊 兵庫(ka0010)は心から褒め称えた後、小型のペットボトルを差し出した。
「明王院殿手製の蜂蜜水を預かっています」
「やった甘そう!」
エルフが高速で手を伸ばす。
しかし触れる直前いきなり止まる。
「い、いえ、お気持ちだけ受け取っておきます」
アルスレーテにとり舞の主目的はダイエットである。
甘みをとってしまえば本末転倒なのだ。多分。
「依頼終了まで預かっておきますので必要になったら言ってください」
兵庫は断られても気を悪くはせず、ペットボトルを持ったまま離れていく。
踊りに感激した聖堂戦士が入れかわりに殺到したけれど、彼女なら適当にあしらえるだろう。
「さて」
最後に残った霧の前で足を止める。
既に数度儀式を行い消耗している。
丁度後1回儀式を出来る程度の力は当然のように残していた。
「〆にするか」
大量の歪虚を滅した槍を構えると、スキルを使ったわけでもないのに空気が変わった。
「幽冥をしろしめす速須佐男大神。武神建御雷之男大神」
マテリアルが四肢を通って槍に伝わる。
「我が前に立つものは、邪なるもの、幽冥より迷い出しもの、現世に生ける民草に災いなすものなり」
霧が怯える。
風もないのに形を変えて、兵庫から逃れようと地に向かう。
「力なき民草を守る為、大神たちの恩頼を賜り」
穂先が清く厳しい気配をまとう。
巨大歪虚を相手にするには少々心細く、切れ味増強の面で頼りない力。
「その御神徳、我が振るう刃に宿り給ひて」
それが今この場で必要とされている。
物理的な手段のみでは祓おうとしても祓えない、負に傾きすぎたものに効く力が兵庫と道を照らす。
「この世ならざるものを切り裂く力となれ」
力みはない。
老人の目でも追いきれる速度で、長年の鍛錬と最近の実戦経験によって初めて届いた動きで霧を裂く。
元に戻らない。
生残能力だけであれば強力な歪虚に匹敵した何かが、存在を切断され千々に崩れて薄れて消えた。
兵庫が一度だけ咳払いする。短距離全力疾走を数本こなした程度の疲労があった。
「ふむ」
数歩先の霧が残っている。
アルスレーテの舞と比較すれば効果が薄い訳だが、どうして差が出来たか兵庫には分かっていた。
「観客か」
この場の観客すなわち聖堂戦士は圧倒的に男が多い。
当然のように女性に注目が集まり、集まって盛り上がった熱気が儀式に影響したのだろう。
わん。わん。
2頭の犬が兵庫に挨拶して脇を書き抜け主の元へ向かう。
兵庫が目で犬を追う。
「終わった?」
「休んで後一度だな。何かあったか?」
しゃがみ込む黒の夢の側まで近づく。
「ん。感触が独特なのが気になったのな」
そこにあるのは古びた石畳だけのはず。
実際には覚醒者の鋭敏な感覚で辛うじて気付く何かもあり、しかしその何かが分からない。
「害があるものではないと思うが」
兵庫の言葉に黒い夢も同意する。
いつの間にか最後の霧も浄化され、聖堂戦士団が帰り支度を始めていた。
「多分、話さない方がいいもの」
目配せすると、隊長は必死に気付かないふりをしていた。
数日後。
黒の夢の推測は当たっていた。巡礼路に沿って正のマテリアルが流れて微かに残っていた汚れが押し流された。
数百年前と同じく、巡礼路は密やかに王国守護の役目を果たしていた。
風は止まり鳥の声も虫の音も聞こえない。
古びた道は霧の中に消え動くものは何一つない。
歪虚の気配がないとはいえ、常人なら異様な雰囲気と変化の無い光景に心を病む可能性があった。
「神よ神よ我が神よ……今ここに自分があることを感謝します」
霧が動いた。
ささやくような小さな声が響くたび、灰色の霧に濃淡がうまれディーナ・フェルミ(ka5843)の姿が一瞬見える。
「生きて死ぬ、ただそれだけを」
込められた思いが正のマテリアルを通じて精霊に届く。
大気がわずかに、しかし広範囲に震えた。
「今行えることに感謝します」
ディーナを中心に小さな嵐が発生する。
薄く引き延ばされた負のマテリアルがディーナの魂に触れて消えて、汚れた霧の中彼女の姿だけがはっきりと浮き上がる。
「神よ、神よ、我が神よ」
白い額に汗が浮かぶ。
極限の集中状態にあるため目は開いていても周囲を認識していない。
霧の減少によりようやく彼女を目視した聖堂戦士達が、目映く尊いものを見上げる視線を向けてきていた。
「今ここに自分があることを感謝します」
体がきしむ。
外に対して剥き出しになった魂を支えるため、細い体が限界まで力を振り絞った結果だ。
汚れて凝った何かが割れて崩れる音が1度だけ響き、ディーナの周囲十数メートルから霧が完全に消え去った。
「おおっ」
「目から汗が止まらぬ」
良くも悪くな純朴な戦士達が感動している。
ディーナの視界が回復する。
彼らの腰にある、使い込まれた武器を目にした瞬間、彼女は強い罪悪感と同時に胸の痛みを覚えた。
「教会の人、遊んでないで仕事するのなー」
1頭の狛犬がディーナをかばう位置へ駆け寄り周囲を警戒し、もう1頭の狛犬が周辺警戒もせずディーナを見つめる戦士に唸って追い払う。
「交代する?」
黒の夢(ka0187)の金眼が悪戯っぽく瞬く。
「はい、お願いします」
ディーナは礼儀正しく頭を下げて、街道脇の程よく乾燥した野原に向かった。
「あら」
そこで司祭と鉢合わせしてしまう。
聖堂戦士として戦い司祭と隊長職を得た武人らしく、剣を鞘に収めたままでも非常に迫力がある。
「あ、あの」
神への疑いから生じた罪悪感ではない。
神は彼女に神の奇跡を与えてくれている。
人を助ける善神であることも疑ったことはない。
ディーナが疑っているのは、己が神がエクラではないかもしれないと言うことだけだ。
「結論を急がなくていいと思うわよ」
新技術への興味を除けば典型的王国人であり聖堂戦士でもある女性が、後輩に対し柔らかくほほえんだ。
「クルセイダーが戦闘訓練を受けるのは戦場で最初に狙われてしまうからだもの。積極的に打って出ないのを責める方が間違ってるわ。万が一私たちと違う道を選んだとしても」
労りを込めてディーナの肩に一度だけ触れ、見回りに向かう。
「力をあわせることはあっても敵対関係にはならないでしょうから」
黒の夢の歌だけが、巡礼路の上から聞こえていた。
●
可愛らしさを追求したウサギ耳がふわりと揺れる。。
足から臀部にかけての優美な曲線とふわふわ尻尾の組み合わせは極悪と表現して良いほど魅力的かつ刺激的過ぎた。
「ぁー、オッサン達。恥ずかしいからあっちいってて。なんか来たら私自身でなんとかするから」
大荷物を抱えて玉兎 小夜(ka6009)が要請する。
二十代前半から三十代後半の野郎共(聖堂戦士)が高速で何度もうなずいて、妙に前屈みになって周囲に散った。
「……ふ」
多めの報酬につられたけど大丈夫かなと、内心で思っていても顔には出さない。
「とりあえずやれることをやろうか」
兎に浄化の権能はない気もするが華麗にスルー。
「えーっと、あったあった」
転移装置を使う前に拾った、桃っぽい花と大量の葉っぱを鞄から取り出す。
「ここをーこうしてー」
借り物の園芸用如雨露に花と葉っぱを投入。
聖堂教会からもらった飲用水の封を切り如雨露へ注ぐ。
「できたー」
なんとなく爽やかな香りがする。気もする。
「浄化を開始します」
真面目な顔と声をつくって聖堂戦士団指揮官に報告する。
指揮官は目を丸くして、何度も小夜と如雨露を見比べていた。
「兎兎の……」
如雨露を傾け街道脇に散布開始。
途中で曲と歌詞を忘れたことに気付くが鼻歌でごまかす。
「すごい。本当に効いてる」
霧というより煙に近い何かが、霧状の水に触れると少しだけ……本当に少しだけ薄れている。
霧が広がり、霧が薄まり、艶と溢れる生命力に輝く黒肌が近くに見えた。
「すごいのね」
ダイナミックな動きをぴたりと止め、黒の夢が優雅に歩み寄る。
祝いにも呪いにも詳しいつもりだが小夜の技は予想外過ぎた。
「任して」
無表情で親指を立ててから次の儀式に移る。
大太刀の刃を聖水っぽい液体で濡らし、膝に抜き身のままおいて座禅を組む。
「むむむ」
なんとなく負のマテリアルの濃淡が分かる気がする。半分以上気のせいだが。
「はっ!」
斬魔の銘を持つ巨大な刃を突き上げる。
雑魚雑魔1体分の霧が切り裂かれ、何事もなかったかのように元の形に戻った。
「しょぼーん……あっ」
無表情だった小夜が初めて慌てる。
刃についた聖水(仮)が吹っ飛び、鞍馬 真(ka5819)の手元を濡らしたのだ。
「ごめんなさい」
小夜が頭を下げ。
「何!?」
戦場でも冷静さを失わない真が驚愕して小夜の様子に気づけない。
真の大小2刀が、小夜の討ち損ねた霧を打ち砕いて完全に消滅させた。
驚愕しても乱れなかった真の動きが止まる。本人として見様見真似の、客観的に見れば真本人に最適された演舞が終わった。
「今のは……」
護摩箸が刻まれた太刀を振るう。小夜と同様、霧を切ろうとしてもすり抜けるだけだ。
今度は銀をひいた刃を振るう。また小夜と同じように、負のマテリアルの霧にダメージを与えられない。
小夜が如雨露を差し出し傾ける。
真が2刀で水を受けて気合を込め、振るう。
「少し切れたか」
「誤差のような……気もする」
誠達は顔を見合わせ首をかしげた。
自然と黒の夢に視線が集中する。
不可思議な現象に詳しそうで実際詳しくはあるのだがこの現象に関してはさっぱりだ。
「悪いものに効きそうな武器と籠手を装備して着たのだが」
2刀を鞘に納める。
両方の拳を胸の前で構えると、手甲刻まれた魔除けの陣が弱い光を強く反射した。
「効果が無い」
霧が集まった部分に右ストレート2連発。
雑魔級スケルトンなら止めを刺せるはずの攻撃は、霧を揺らすだけで終わった。
「それは多分……」
戦闘に特化した装備であり一般的な意味での浄化に向いていないのではないか。
そう、金色の瞳の魔術師が答えた。
「情報感謝する、黒の夢殿」
真が一礼し小夜は興味深そうに聞いている。
「となると後は所謂根性方式か。こう、気合を込めて」
両手を構え直す。
必要十分なだけの力を込め、負の存在を許さぬ意思を限界まで込めて、動きが乱れるのを覚悟の上で感情のまま拳を連打する。
薄い霧に拳大の穴が開く。
拳を戻すたびに戻る霧が明らかに少ない。
効いている。
小夜が軽く拍手、黒の夢が暖かな目で見守る。
息継ぎをしつつ10メートル程安全な空間を切り開いた時点で、真の息は乱れてしまっていた。
「根性方式が一般的でないのは、これが理由かもしれないな」
呼吸が元に戻らず心臓の鼓動も不自然に速い。
数分休めば元に戻るだろうがこの場が戦場なら致命的だ。
真は何度か大きく息を吸って吐いて最低限呼吸を整え、横笛に唇を当てそっと息を吹き込んだ。
複数の浄化作業により熱が籠もった空間に、安らかな音が広がっていく。
浄化はよく分からない。
そんなことを考えながら、真は広範囲の浄化を少しずつ地道に進めていった。
●
王国西部における鎮魂の祈りを省略無し交代無しでやり通す。
体力豊富な成人聖職者でも困難な儀式を、明王院 穂香(ka5647)はただ1人でやり遂げた。
「すみません。霧に変化があれば教えてください」
万一に敵襲に備えている聖堂戦士団声をかける。
「はい、祈りが始める前より、特にこのあたりが薄くなっているようです」
生真面目そうな顔の戦士が手振りで示し、賞賛の気持を顔に出して穂香に向き直る。
そして、完全に固まった。
若く生命力を感じさせる頬は上気して、リアルブルーのものらしい清楚な装束は汗を吸って穂香の体の輪郭を隠し切れていない。
「しし失礼しました。聖導士殿、ではなく巫女殿とお呼びすればあわわ」
女性に不慣れなことを全身で表現する中堅戦士。
「お好きなように呼んでください」
男の醜態に気づかないふりをする、十代半ばでいい女の域に達した穂香であった。
「効果があるのは良いのですが」
天然蜂蜜をミネラルウォーターで割り塩を加えたものを口にする。
乾ききった砂に吸い込まれるように、普段では喉に入らない量がするりと体に吸収された。
「疲労が大きすぎますね」
普通の浄化儀式やお祭りイベントによる土地の安定化作業より負担が大きい。
特製スポーツドリンク無しでは倒れていたかもしれない。穂香だけでなく、穂香の同行者もだ。
清潔なタオルで汗を拭い、巫女服を整えてから検証作業を開始する。
鍛えた持久力と、錬磨された信仰心による浄化能力向上の手応えはあった。
ただし消費した体力と気力の影響の方が大きい気がする。戦闘なら体力気力よりもスキルの効果の方が大きいのがほとんどなので、試しに使ってみると……。
「全然ですね」
ヒーリングスフィアでの影響は感じられない。レクイエムを使った者も、同様に正負どちらの影響もなかったらしい。
「桃っぽい水いる人ー」
「すまない。飲み物が余っていたら良ければ分けてくれないだろうか」
穂香は淡くほほえみ、予備の飲み物を運んでいった。
●
銀の髪が風になびいた。
長身のエルフがすり足で弧を描く。
伴奏も無く歌もないのに、観客達は桜の香りと爽やかな春風を幻視した。
「たー」
「とー」
パルム2人が小さなざるから桜っぽい花びらを手に取り元気に振りまく。
浅黄色の背景に染め抜かれた花びらと本物の花びらが交差する。
負のマテリアルに汚染されかけた場所が、華やかで明るい祝祭空間へ塗り替えられていった。
アルスレーテ・フュラー(ka6148)は朗らかな笑みを浮かべ踊っている。
均整のとれた体と優美な動きは実に魅力的で、ここがダンス会場なら男が集まりすぎて身動きとれなくなっていたはずだ。
だが今彼女に近づこうとする者はいない。
蒼い瞳から非常に強い力を感じる。
男を拒否する感情はないものの、彼女と釣り合う自信を持つ男は滅多にいない。そう感じてしまうほど存在感があった。
「ふふふ……ダイエット順調……」
彼女が小声で零した本音が観客まで届かなかったのは、誰にとっても幸せな偶然だった。
乱れそうになる呼吸を意識して整える。
着物を乱さず、夜色の扇子を開いて落ち行く花びらに添える。
闇の中舞い落ちる儚い美を、この場の全ての人類が共有した。
「ありがとうございました」
息を乱さず、服装に乱れもなく一礼する。
歓声があがる。
盛り上がる明るい気はのマテリアルに力を与え、自然な流れで負のマテリアルの力を削いでいった。
「ふーつかれたー。私も甘い物ー」
気合いが抜ける。
覚醒状態が解除されて瞳の色が緑に戻る。
「お見事。あそこまで体力を使う動きとは思いませんでした」
高度な舞と高度な武術には共通点がある。
榊 兵庫(ka0010)は心から褒め称えた後、小型のペットボトルを差し出した。
「明王院殿手製の蜂蜜水を預かっています」
「やった甘そう!」
エルフが高速で手を伸ばす。
しかし触れる直前いきなり止まる。
「い、いえ、お気持ちだけ受け取っておきます」
アルスレーテにとり舞の主目的はダイエットである。
甘みをとってしまえば本末転倒なのだ。多分。
「依頼終了まで預かっておきますので必要になったら言ってください」
兵庫は断られても気を悪くはせず、ペットボトルを持ったまま離れていく。
踊りに感激した聖堂戦士が入れかわりに殺到したけれど、彼女なら適当にあしらえるだろう。
「さて」
最後に残った霧の前で足を止める。
既に数度儀式を行い消耗している。
丁度後1回儀式を出来る程度の力は当然のように残していた。
「〆にするか」
大量の歪虚を滅した槍を構えると、スキルを使ったわけでもないのに空気が変わった。
「幽冥をしろしめす速須佐男大神。武神建御雷之男大神」
マテリアルが四肢を通って槍に伝わる。
「我が前に立つものは、邪なるもの、幽冥より迷い出しもの、現世に生ける民草に災いなすものなり」
霧が怯える。
風もないのに形を変えて、兵庫から逃れようと地に向かう。
「力なき民草を守る為、大神たちの恩頼を賜り」
穂先が清く厳しい気配をまとう。
巨大歪虚を相手にするには少々心細く、切れ味増強の面で頼りない力。
「その御神徳、我が振るう刃に宿り給ひて」
それが今この場で必要とされている。
物理的な手段のみでは祓おうとしても祓えない、負に傾きすぎたものに効く力が兵庫と道を照らす。
「この世ならざるものを切り裂く力となれ」
力みはない。
老人の目でも追いきれる速度で、長年の鍛錬と最近の実戦経験によって初めて届いた動きで霧を裂く。
元に戻らない。
生残能力だけであれば強力な歪虚に匹敵した何かが、存在を切断され千々に崩れて薄れて消えた。
兵庫が一度だけ咳払いする。短距離全力疾走を数本こなした程度の疲労があった。
「ふむ」
数歩先の霧が残っている。
アルスレーテの舞と比較すれば効果が薄い訳だが、どうして差が出来たか兵庫には分かっていた。
「観客か」
この場の観客すなわち聖堂戦士は圧倒的に男が多い。
当然のように女性に注目が集まり、集まって盛り上がった熱気が儀式に影響したのだろう。
わん。わん。
2頭の犬が兵庫に挨拶して脇を書き抜け主の元へ向かう。
兵庫が目で犬を追う。
「終わった?」
「休んで後一度だな。何かあったか?」
しゃがみ込む黒の夢の側まで近づく。
「ん。感触が独特なのが気になったのな」
そこにあるのは古びた石畳だけのはず。
実際には覚醒者の鋭敏な感覚で辛うじて気付く何かもあり、しかしその何かが分からない。
「害があるものではないと思うが」
兵庫の言葉に黒い夢も同意する。
いつの間にか最後の霧も浄化され、聖堂戦士団が帰り支度を始めていた。
「多分、話さない方がいいもの」
目配せすると、隊長は必死に気付かないふりをしていた。
数日後。
黒の夢の推測は当たっていた。巡礼路に沿って正のマテリアルが流れて微かに残っていた汚れが押し流された。
数百年前と同じく、巡礼路は密やかに王国守護の役目を果たしていた。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 6人 |
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MVP一覧
- 浄化の兎
明王院 穂香(ka5647)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/05 21:46:51 |
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相談卓? アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2016/04/05 07:42:16 |