冷たき海より招くは

マスター:風華弓弦

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/04/01 19:00
完成日
2016/04/26 05:51

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●来たりて、誘うモノ
「えい、やぁ! えい、やぁ!」
 夜明け前の暗い海に、力のこもった男らの掛け声が響く。
 波間に浮かぶ二隻の舟は、片方が篝火を船首に掲げ、もう一隻は舟の片側に男達が集まっている。
 隆々とした太い腕が海に繋がる綱を引き、やがて沈んだ網の縁が波の下に見えてきた。
 網を掴んで更に手繰り寄せれば、海面に激しい水飛沫が立つ。
「それ、もう少しだ!」
「「「おーぅ!」」」
 音頭を取る頭(かしら)の老漁師に男達は揃って応え、息を合わせて網を引いた。
 篝火の下、逃げ場を失って跳ねる魚が銀色に煌めく。
 魚が飛ばす飛沫を浴びながら、漁師達は一気に網を舟へ引き上げた。

「やれやれ。今日も無事に漁が出来て、何よりだな」
「後は早く帰って、温まりたいモンだ」
 そんなやり取りを交えながら、港へ戻るべく漁師達が舟を漕いでいると。

 唄が、聞こえた。

 ゆるい風に混じって流れてきたのは、美しい女の声。
 寂しげで憂いを帯びた、切なくも心地よい歌声。
 何気なく耳を傾けていると頭の芯がぼぅっとしてきて、櫂(かい)を漕ぐ力も緩む。
「まずい、流されてるぞ!」
 気付いた老漁師が怒鳴り、虚ろな連中の石頭にゲンコツを食らわせ、あるいは頬を張り倒した。
「手が空いてるモンは耳ぃ塞げ! 漕ぎ手は無心で舟を漕げ!」
 正気に戻った漁師達は再び櫂を漕ぎ始めるが、手が止まった仲間の舟は潮に流されていく。
「おーい、流されてるぞ! おーい!!」
「あいつらは、どうするんです!?」
 大声で呼びかけても返事がない舟に、老漁師が頭を振った。
「今は諦めろ。どうやら、何かしら海の化物が目ぇ覚ましやがったらしい。儂らに出来るのは、早く港に戻ってハンターに助けを頼む事くれぇだな……あいつらが、化物に喰われちまう前に」
 漁師達は青ざめた顔を見合わせ、舟を漕ぐ腕に一層の力を込める。
 間もなく、大きな水音と恐怖で引きつった悲鳴が一つ、夜明け前の静寂を裂いた。
 思わず振り返った、その先で。
 波間で漂う篝火にイルカの様に水面から跳ねる影――人の形と長い『尾』を持つソレは、人魚を思わせた――が照らされ、そして炎と共に没する。
「う、うわあぁぁぁぁ!?」
「なんだ、今の!」
「かーちゃん、ごめん。美人かと思った俺が悪かったぁぁーっ!」
「えぇい、うるさいッ!! 気合を入れて漕がんか、それ! ほーい、ほーい!」
 老漁師の声に合わせ、恐怖に駆られた漁師達は一心不乱に舟を漕いだ
 遠ざかる舟を引き止めるように、まだ唄は微かに流れていたが。
 それも大きな掛け声と、櫂の軋む音でかき消される。
 ただ仲間の漁船が消えた方角を、じっと老漁師は睨んでいた。

「ところで、ナンで頭(かしら)は何ともなかったんだ?」
 唄も届かなくなり、やっと港が見えてきた頃。
 安堵した若い漁師の一人が、おもむろに年上の漁師へ小声で尋ねると。
「ああ……じーさん、歳のせいか少し耳が遠くてな。普段から俺達も声がデカいから、あんま不自由はないが」
「そのお陰で、俺達も命拾いしたなんてな。老いぼれるってのも悪くないというか」
 もっともな答えに、若い漁師は納得顔で頷いた。

●リゼリオの一角~島の小さな港
「おぅ。配達屋、ちょうどいいところにいた。儂と漁師の一人を、ハンターオフィスまで運んでくれんか。急ぎでな」
 ちょうど桟橋に停泊していた配達屋の舟が、目に入ったのか。漁船が港へ着くなり、老漁師は舟の漕ぎ手を掴まえた。
「揉め事か、じーさん」
「海で化物が出よった。そいつに、篝火役の漁船が取られてのう……ああ、ディン。お前も一緒に来い」
 呼ばれた漁師の顔色が、一気に青ざめる。
「けど、お頭……」
「見たモンをギルドで話すだけの用だ。お前が一番、目がいいからな」
 老漁師は残る漁師達に魚の水揚げを託し、怯える漁師と共に配達屋の舟へ移った。

「詳細不明の、化物退治……ですか」
 少し困ったように、ハンターオフィスの職員が溜め息をついた。
「過去に、同じような被害はあったんですか?」
「伝聞の域なら、幾つか古い話が漁師の間で伝えられとる。幸運にも覚醒者が近くに滞在していた場合は彼らへ依頼し、いない場合は漁師達が銛や網を手に撃退したそうだ……それなりの犠牲と引き換えにな」
「俺達が見たヤツは、一匹だった。上は人で、魚体の長い魚や海蛇みたいな胴体をして……聞こえてきた唄は、そいつが歌ってるんだと思う」
 老漁師に続き、神妙な表情で同行した漁師が付け加える。
「人魚の可能性も否定できませんが、警告や意思の疎通なく襲ってきたならセイレーンのような幻獣か、何処かから流れてきた魔法生物や雑魔の類と考えた方がいいでしょうね。いずれにしても、放置しておけるモノではありません。流された漁師達の安否も、不明ですし」
 誰かが安否を確かめ、誰かが危険な化物を始末しなければならない――誰か、が。
「沈んでおらねば舟は潮に運ばれ、近くにある小さな無人島へ漂着している筈じゃ。漁場や他の島からも離れた孤島で暗礁が多く、熟練の漁師以外は近づかん」
「では孤島への舟は、漁師の誰かが?」
「いや。儂らも漁があり、既に臆病風に吹かれた者もいよう。運ぶのは、それを生業(なりわい)とした者に頼むのが筋よ」
「……じいさんよぅ」
 ここへきて、何故かこの場に引き止められていた配達屋が理由を悟り、恨めしげにうめく。
「運ぶだけじゃあなかったのか?」
「何年も、広く海を漕いでいるお前さんなら、あの辺の海にも詳しかろ? 波の下で何が息を潜めているか、上からは分からんからの。それに、戦う前からハンターを疲れさせる訳にもいかん」
「移動手段を用意していただけるなら、こちらとしても問題ありません」
 否応なく話がまとまるのを聞く配達屋はくるりと目玉を動かして天井を仰ぎ、同行の漁師は気の毒そうな苦笑を向けた。

リプレイ本文

●夢と浪漫と現実と
「これならば、毛布を仕入れてくれば良かったでござるな」
 冷たい潮風に、黒戌(ka4131)は紺の外套の襟元を合わせる。
「後は温かい湯も」
「飲み水なら多めに準備したっす。後はコレを」
 準備を手伝う無限 馨(ka0544)は荷物から小さな袋を取り出し、黒戌へ投げた。
 宙で掴んだ袋の中には、指先ほどの円柱状の物体が2つ。
 指で挟めば、むにょむにょと面妖な弾力がある。
「耳栓っす。使う時は、耳の奥に突っ込み過ぎないよう注意っす」
「ありがとう、使わせてもらうよ」
 同じく、受け取った鈴木悠司(ka0176)も失くさないようポケットにしまった。
「でも歌自体は、少し聞いてみたいかな。どんな唄を歌うんだろう?」
「うん、気になるよね」
「アカネも? パティも、ぜひ聞いてみたいカナー」
 興味を示す悠司に続いて、意気投合する女子二人。
「話によると、見た目は女の人なのよね」
「やっぱり、人魚サンなのカナ?」
 盛り上がる天王寺茜(ka4080)とパトリシア=K=ポラリス(ka5996)の会話に、浮き輪へ空気を入れる高円寺 義経(ka4362)が手を休めた。
「男としちゃ、本物の人魚なんてのは一度は拝んでおきたいモンッスけどね」
「確かに。男として、その気持ちは分かるっすけど」
 義経の軽口に同意する馨の横で、「ナンで、男ナラー?」とパトリシアが首を傾げている。
「でもどうせ、人魚みたいなバケモノ……てオチっしょ」
「目撃談も人魚、にしては胴が長いっす。リアルブルーの伝承で照らせば、ラミアとかナーガみたいなもんすかね。言うなれば……」
 言葉を切った馨が、思案をめぐらせる様に指を振り。
「磯女?」
「なに、そのおどろおどろしいの」
「れっきとした、日本の妖怪す」
「だったら、人魚でもいいじゃないっ」
 茜が頬を膨らませ、パトリシアの表情にはハテナマークが飛び交っている。
 夢と現実を賭けた名称論争を黒戌は笑って見守り、軽く首や肩を回した。
「久方振りの任務は、救援と化物討伐か。錆び付いた身を慣らすには、丁度良いやも知れぬでござるな」
「錆落としか。そいつは頼もしいもんだ」
 しわがれた声を辿れば、老漁師が桟橋を歩いてくる。
「依頼人でござったか」
「せめて、見送りくらいせんとの」
「義理堅い事」
 軽く黒戌が会釈をし、気付いたパトリシアもぶんぶん手を振った。
「ねぇえ、オカシラー! バケモノが人魚サンデモ、退治しなきゃ駄目カナ?」
「話が通じる相手である事を願うしかなかろう。人魚なら、話自体は成立するからな」
「人魚かあ……王子様に恋して、人間に憧れたりはしないのね」
 泡沫の海の泡と消えた夢に、しゅんと茜は肩を落とし。
「王子云々はともかく、人間に興味を示すのはいるけどな」
「本当!」
「なのカナ?」
 荷を置く配達屋の一言へ、同時に興味を示す茜とパトリシア。
「海と陸で顔を合わせる機会は少ないが。続きは、移動の暇つぶしにでもな」
 何かを確かめるように顔を上げた配達屋へ、老漁師が首肯した。
「後のお楽しみだって」
「どうせ化物、あまり期待はしてないッス……本当ッスよ?」
 それとなく人魚話へ耳を傾けていた義経は、意味ありげな悠司の視線に否定しておく。
「あ、配達屋さんにも耳栓を」
 思い出した様に、耳栓を茜が手渡した。
「唄の対策か?」
「はいっ。聞こえない時のやり取りは、ハンドサインを……馨さんが決めてくれたので。先に漁師さんの捜索を行いたいので化物に遭遇しにくそうなルートを、腕を見込んでお願いします」
「配達屋サン、よろしくデスヨー♪」
 ぴょこと頭を下げる茜にパトリシアも続き、「はっは」と老漁師が大笑いした。
「大役じゃな。ちゃあんと届けてやれよ?」
「それが俺の仕事だ、じーさん。有り難く使わせてもらう」
 礼代わりに軽く耳栓を掲げてから、配達屋はポケットへ突っ込んだ。

「碇を揚げて帆を広げろー、面舵いっぱーい!」
「帆船じゃあねぇぞ」
「そこは気分すよ。雰囲気、重要っす」
 楽しんでいる馨にそれ以上は突っ込まず、配達屋はゴンドラ舟を海へ漕ぎ出した。

●災い潜む海
「つまり人魚はコボルドやゴブリンみたいな亜人で、幻獣とは違うのね」
「人魚っぽい幻獣はいるのカナ?」
「セイレーンなんかはな。数は少なく、行動も野生の獣に近い」
 少女達の質問に、舟を漕ぎながら配達屋が答える。
「漁師サン達の伝聞通りナラ、被害が広がる前に止めなくっちゃ。デモもし。悪意のない幻獣の類であったナラ……パティは人魚サン達のいるリゼリオの海が好きダヨ?」
「ついでに、目の保養が出来れば良いッスねー」
「目の保養……可愛い人魚サン……!」
 冗談めかす義経と期待に目を輝かせるパトリシアの微妙なズレ具合に、あえて黒戌は突っ込まず。
「まずは、漁師の安否確認と保護が優先。化物退治はその後にござる」
「直に見て、話を聞いて、危険かどうか判ってからデモ?」
「余裕があれば。漁師を捕らえている可能性も十分有り得るので、そこは承知して欲しいでござるよ」
「ハーイ。人魚の唄って、どんなカナー♪」
 背後で交わされる会話に、物思いつつ馨は軍用双眼鏡を覗き込む。
「海風、まだ冷たいネ」
 水と風の冷たさに何を思い出したのか、くすりとパトリシアが微笑んだ。
「風の音、波の音、鳥の声、櫂の音……パティはどんどん、この世界が好きになってるデス」
「故郷である者としては、光栄にござる」
 戦いを予期させぬほど波は穏やかで、緩やかに時間が進んでいく。

「じーさんの話だと、例の化物と出くわしたのはこの辺になるか」
 配達屋が告げたのは、海のど真ん中だった。
 双眼鏡の倍率を上げた馨が、目を凝らし……。
「あれが孤島すか?」
「あの小さい点ッス?」
 別方向を見張っていた義経や黒戌も、遠見の眼鏡のレンズを切り替える。
 手をかざし、じーっと凝視するパトリシアは金髪を左右に揺らした。
「ん~。パティには見えないヨ?」
「かなり遠いでござるからな」
 会話の間に、皆が注視する方角へ配達屋は船首を向ける。
「狼煙なんかは見えないす。隠れてるなら、やらないっすかねぇ」
「海に近いと無理かも。漁船が付けられそうな入り江を中心に、周囲の浅瀬を捜索、かな」
 馨に頷く茜も、双眼鏡から目を離さず。
 義経は海中にも注意を払うが、濃い青の底は知れず、魚影一つ見えない。
「先に遭難者を発見したいッスね。道中で敵とバッタリってのは勿論、船の下から襲われるのが一番マズいッス」
「真っ先に歌を聞かせてくると思うから、鍵は海から顔を出す時ね」
「いよいよ、コレの出番かな?」
 茜の言葉に、ポケットを探った悠司が耳栓を取り出した。
「念の為でござるな」
「ここからが本番ッス。報酬の分は張り切って、ちゃんと働くッスよ!」
「頼りにしてるぜ。出資元はじーさん達だが」

 遠く思えた島影だが、潮流を利用する舟は意外と早い。
 干潮時か、海中には暗礁らしき岩影も見えた。
「静かで、ござるな」
「本当、ネ……」
 島に着いた気の緩みか舟の揺れの為か、心なしか茜には会話が遠く聞こえる。
 波の音と心地よい風に混じって、小さく微かな――。
 ポーン、ポンポーン!
「にゃっ!? 寝てません寝てませんッ!!」
 音色優しくも耳元で鳴るハンドベルの大きな音に、慌てて茜が飛び上がった。
 その拍子に、手から双眼鏡が転がり落ちる。
「……あ」
「おはよーッス」
 双眼鏡を拾った義経は悪戯っぽい笑みと共に茜へ返し、まだ眠たげなパトリシアはくしくしと口元を拭う。
「いやぁ、耳栓でどーにかなるモンすね」
 ハンドベルの残響を馨が手で抑え、悠司は沖を窺った。
「ソレっぽい影は見えなかったけどね」
「随分と遠くに、何か浮かんでいる気はしたでござるが……そこから先は、意識が。全くもって、不覚でござる」
「デモ歌声、綺麗だったネ」
「パティは覚えてるの? 私は……学校での苦手な科目の授業みたいな感じで、記憶があんまり……」
「茜殿もで、ござるか。恥ずかしながら、拙者も狐につままれたようでござる」
「『防性強化』をかける隙もなかったけど、次は油断しないからっ。ところで黒戌さん、ここは?」
 寄せる波の先には崖がそびえ、その上を鳥が飛んでいる。
「間もなく、入り江の一つにござる。潮の流れから、そこへ漂着している可能性が高く」
「けど追ってこなかったっすね、人魚。コッチに気付かず、唄っていたのか」
 馨が沖を振り返り、入り江の奥では気付いた漁師二人が大きく両手を振った。

●海魔は招く
 砂浜へ舟を引き上げた一行はすぐに火を焚き、水の樽を下ろした。
「漁師サン達お腹が空いてるカモしれないと思って、パティ、クッキーを持ってきたヨ!」
「有難い。途方に暮れていたところだ」
「船長は舟と一緒に沈められちまった。お陰で俺達は命拾いしたが、ここじゃあ冷えて死ぬか日干しだからな」
「水や食べ物どころか、火種もなければ……ッスよね」
 やっと人心地ついた漁師の話に義経も同意し。
「クッキー、人魚サンも食べるカナ?」
「餌付けでござるか」
 焚き火を囲む者の間で、和やかな笑いが起きた。
「ところで茜殿、二人の塩梅は? 様子次第では……」
 訊ねる黒戌に漁師の具合をみていた茜が頷く。
「素人判断になるけど……熱もないし、大きな怪我もなさそうね」
「すみませんが、化物を退治するまで待ってもらえるっすか」
 念のため断りを入れる馨へ、二人は異を唱えず。
 その間にパトリシアはミスティック・タロットを手に何かを念じながら、拾った棒を砂の上に立てていた。
 おもむろに手を離せば、ぱたんと棒は陸側へ倒れ。
「人魚サンは、こっちデゴザル!」
「ゴザルうつってるから」
 棒の先を示す自信満々の符術師へ、茜が突っ込む。
「じゃあ、行こうか」
 笑いながら悠司は舟に手をかけ、漁師達も協力して舟を海へ押し出した。

 ゆらゆらと波に漂う舟へ、音もなく泳ぐ影が接近する。
 水面から白い腕が伸び、鋭い鉤爪と水かきを有する手が船縁を掴んだ。
 船体は大きく傾ぎ、上体が海中から現れると同時に。
「術にはめたと、油断したでござるか?」
 ニッと笑んだ黒戌が、素早く腕を捉える。
 途端、鋭い金切り声が耳栓すらつんざいた。
 とっさに馨も反対の腕を抑え、喰らい付く牙を悠司が盾で防ぎ。
 黒刃のナイフを抜く義経へ、拳を構えた茜がサインを送る。
 その間、五芒星の符を握るパトリシアは『化物』を見極めようと目を離さずにいた。
 黒緑の長い髪を持つ容姿は、確かに人間の女性と似ている。
 だが鋭い歯を噛み鳴らし、奇声を発する様子は獣そのもので、言葉を理解する様子もない。
 鎖骨付近から下は鱗に覆われ、更に胸の膨らみの両脇にある鰓孔(えらあな)が約一名の期待していなかった期待を密かに砕いた。
「このコ……歪虚じゃナイ」
 大きく首を横に振った手から、護符が消え。
「パティ、できればキミと戦いたくないヨ!?」
 訴えても化物は体当たりを繰り返し、激しく舟が振られる。
 転覆しかねない揺れに馨は黒戌と目配せをし、仲間へ合図した。
 揃って二人が手を離し、守る悠司は身を伏せ。
 鉤爪を立て、薙ぐ腕へ義経の操るウィップが絡みつく。
 次の瞬間、茜のリボルビングナックルが一条の光を放った。
 機導砲に貫かれた化物は、カッと大きく口を開き。
「このッ!」
 喉を狙い、義経が星形の手裏剣を投げる。
 バランスを崩しながら高速で射出された水塊は、パトリシアをかすめ。
 水柱が二つ、あがった。
「まずいっす!」
 鞭を外す暇もなく、引きずり込まれた義経に馨が海へ飛び込み。
 義経が膨らませた浮き輪を手に、茜も後に続いた。
「ゴザル、大変デゴザルー!」
「パトリシアさん、落ち着いてっ」
「水中は向こうの戦場、うかうかと皆で招かれる訳にはいかんでござる」
 残った馨の浮き輪も黒戌は海へ投げ入れ、浮上のチャンスを狙う。

 海中での化物の動きは、まさに水を得た魚だった。
 捉えたウィップから手を離さない義経を締め上げようと、長い魚体を絡ませ。
 水を裂いた弾丸が、それを阻む。
 狙う馨は続けて水中銃の引き金を引き、鮮血が血煙の様に広がった。
 加勢へ反撃すべく、化物は口を開き。
 すかさず、逆手に握ったコンバットナイフを義経が突き立てる。
 刃は鱗を突き破り、苦悶に長い魚体が捻じれた。
 深手を与えた義経は暗礁を蹴って、近い水面を目指す。
 浮き輪の傍では、茜が彼の浮上を援護し。
 水を割った義経は浮き輪に掴まり、ようやく新鮮な空気を吸い込んだ。
「あそこの気泡! 出てくるわ!」
 茜の指差す先で、逃げ場を失った化物が大きく宙に跳ねる。
 パトリシアが投げた白銀の扇符は風雷陣の雷と成って、化物を撃ち。
 すかさず、茜が追撃の電撃パンチを放った。

「増援、なさそうだね」
 危惧していた悠司が、ほっと息を吐く。
「念のため、水着を下に着てきてよかったわ」
「それ、反則……じゃなくて、流石にまだ水温低くて……死ぬかと思ったッス。でもまぁ、これくらいの無茶なら全然許容範囲ッスよね、多分。へへへ……」
 茜の視線を義経は笑って誤魔化し、黒から金髪に戻った髪を乱暴に拭いた。
「ワァーシンのVOIDじゃなかったみたいすね。かといって、人魚でもなさそうっす」
「たぶん魔法生物だな。海の深みから、自然に出てきたモンだろう」
 やっと馨は肩の力を抜き、浅い岩場に沈んだ死体を配達屋が眺める。
「悪いが、少し寄り道いいか?」

●短い邂逅
 舟を漕ぐ配達屋は目的のポイントに着くと手を止め、船縁を木の棒で叩いた。
 カンカン、ココン。
 くぐもった音が船体に響いて、間もなく。
「何か、くるッス」
 覗き込んでいた義経が海中を指差す。
 近付く複数の影のうち顔を出したのは、上半身が青年の姿をした――。
「男の……人魚サン!」
「本物!?」
 少女二人が驚く間に、配達屋は化物から剥いだヒレを青年へ投げ寄越す。
「届けモンだ、海の兄ちゃん達も手を焼いていたろ。この兄ちゃんと嬢ちゃん達がさっき退治した」
 険しい表情で人魚は受け取った『戦利品』を検分し、再び海へ潜った。
 すると、水中の影が次々と波間に浮上し。
「うわぁ……」
 思わず義経が声を上げ、ふむと黒戌が得心する。
「ここは、人魚の領域でござったか」
 顔ぶれには青年や妙齢の乙女に混ざり、少年少女の姿もあった。
 おどおどと様子を窺い、あるいは無邪気に手を振り、先の青年が口を開く。
『感謝、スル。陸ノ、者タチ』
 片言の礼を残し、人魚達は海の底へ帰っていった。
 配達屋によると漁師が複雑な潮流を嫌った結果、この付近は人魚の漁場になったという。それは熟練の漁師でも数人しか知らず。
「だから、内緒でな」
「ハーイ」
「もちろんッス」
「人魚への夢が壊れなくて、よかったっすね」
 安堵して馨は海を眺め、ふと茜が島の形に気付く。
「棒占い、当たってたのね」
 そこは入り江の反対、島を挟んでほぼ逆側の位置だった。

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MVP一覧

  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜ka4080
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリスka5996

重体一覧

参加者一覧

  • 缶ビールマイスター
    鈴木悠司(ka0176
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • スピードスター
    無限 馨(ka0544
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 黒風の守護者
    黒戌(ka4131
    人間(紅)|28才|男性|疾影士
  • 現代っ子
    高円寺 義経(ka4362
    人間(蒼)|16才|男性|疾影士
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼の相談用スレッド
天王寺茜(ka4080
人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/04/01 17:57:11
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/29 19:46:54