• 審判

【審判】想いを束ねて今ここに

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/04/01 19:00
完成日
2016/04/14 23:59

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 エリオット、ゲオルギウスらと会議を終えたヴィオラは戦闘が始まり不穏な空気となった町中を抜けて聖ヴェレニウス大聖堂へと向かった。聖ヴェレニウス大聖堂は普段であれば広いホールが大勢の信徒や司祭でごったがえす事もある。今残っているのは戦闘可能な聖堂戦士や司祭のみ。人の背の何倍もある高い天井と相まって、静謐さの陰に空漠とした気配すらあった。その広さが今度は不安にも変わる。軍事拠点で無い建物は守りを考慮していないのだ。
 ヴィオラが到着した頃、浄化の作業は既に開始されていた。指示はアークエルスに出張する以前に出しており、聖堂戦士団は忠実に職務を進めていた。それ以外の聖堂戦士団は大半が既に騎士団と共に前線へ向かった後で、残りは万一に備えて残した精鋭とハンターのみだ。
 全ての人員が滞り無く行動している事を確認すると、ヴィオラは聖堂中央の祭壇に上って聖句の一節をつぶやいた。周囲の者がわけもわからず見守る中、聖句は途切れることなく続く。ほどなくしてヴィオラの詠唱が途切れると床一面が淡い光を発し始めた。覚醒者達はすぐに理解した。それが法術のもたらす光であることに。
「ヴィオラ、今のは?」
 腹心であるアイリーンの声には普段の猫のような好奇心ではなく陰のある不安が混じっていた。彼女ぐらいには説明しておきたいとも思ったが、ヴィオラはすぐに思い直した。浄化の作業が始まれば彼女には役目がない。
「……すみません、貴方には知る権限がありません」
 この発言に驚いたのは周囲の聖堂戦士達であった。常であれば腹心の彼女は時に汚れ仕事も請け負う代わりに、多くの権限や情報が融通されている。その彼女ですら触れることができない情報はどれだけ重大かと言うことだ。
「敵の歪虚の種別は『傲慢』である可能性があります。そのため、どんな人物であれ役割外の内容を教えるわけにはいきません。これが何であるかはじきにわかります。申し訳ないですが、今は何も聞かずに指示に従ってください」
 申し訳無さそうに顔を伏せるヴィオラ。彼女の様子にまたも聖堂戦士達は戸惑う。彼女はこんなにも表情豊かだったろうかと。以前の凛としたヴィオラの表情には軍団指揮者としての仮面のような硬さがあった。それを苦手に思う者も居たのだが、今はそれがない。大きな変化であった。
「皆さんには引き続き聖ヴェレニウス大聖堂を防衛してもらいます。配置は前回の指示と変わりません。以上です。掛かってください」
 聖堂戦士達は一斉に持ち場へと走っていく。戦士達が散らばっていく中、入れ替わるように白い鎧を着た騎士の一団が聖堂の正面玄関に現れた。白の隊にしては軽装の者が多くほとんどが弓やボウガンなどを手にしている。
 この一団を率いてきた人物は右足を引きずった壮年の男だった。部下達に介添えされ歩くさまは頼りないが、その相貌は鷹を思わせる鋭さを持つ。エリオットの部下らしいが、本質はゲオルギウスにより近いだろう。
「わしは白の隊のローレンス・ブラックバーン。エリオット団長の命により大聖堂の防衛に参加する。何なりと命じてくだされ」
「助かります、ローレンス殿。エリオット団長からの指示はそれだけですか?」
「左様。聖堂を守れとしか聞いておらん。一通り今回の作戦の特殊性は理解している。ヴィオラ殿からも指示はいただけんだろうと聞いておったのでな、勝手ながら既に部下を配置しておいた」
 ローレンスが背後に立つ者達に頷き合図すると、副官を残してほとんどの者が聖堂の屋上に続く階段へと向かっていった。
「敵はベリアルと違って頭を使うと聞いておる。空を飛べる戦力は便利に使うであろうから対策に向かわせた。それでよろしいですな?」
「ええ。構いません。聖堂戦士団は弓に長けた者が少ないので頼りにさせてもらいます。時にローレンス殿、前線の様子はどうでしたか」
「まだまだ一進一退と言ったところでしょうな。先行きは見通せませなんだが、騎士ソルラと騎士ノセヤがよくやってくれています。ヘザーのもってきた刻令術式バリスタとやらも随分猛威を振るっておるようですぞ」
 壮年の騎士はニヤリと笑みを深くする。若者達の名前が出ることが嬉しいようだ。
 配置を指示されなかったハンターの1人は、忘れられてはたまらないと話に割って入った。
「そうですね……。ハンターの皆さんは最初の指示通り、自由に布陣してもらってかまいません。要点は2つ。聖堂への侵入を防ぐこと。もし叶わくとも、ヴィオラには一歩も触れさせないこと。何度も言いますが敵はベリアルと違い搦め手を使います。十分に注意してください」
 ヴィオラからの説明を受けたハンター達はこの聖堂の外観を思い浮かべた。広い敷地は守るに不向きだが、防衛ラインを下げすぎるとマテリアルの浄化作業の邪魔になる。誰がどこをどう守るか。装備の違うハンターらしい悩みであった。




 全ての指示を終えたヴィオラは用意された長椅子に腰掛け、静かに瞑想に入った。と見せかけて、仮眠を取る事にした。
 ヴィオラは祭壇でエメラルドタブレットの示す通りに術が発動すると確認した後、マテリアル浄化の為に備えられた法術を動かした。地下のマテリアルプールの汚染が酷いせいか、術を起動している間はマテリアルが強烈に吸われていく。その為に先程の会話の途中から猛烈な疲労と眠気が体に残っていたのだ。とにかく体を休ませなければならない。この状況を乗り切った後こそが、自分の一番の仕事なのだから。
 朦朧とする意識で瞼を閉じるヴィオラが思い返したのは、先の会議でのエリオットとの会話だった。千年祭の聖女のように儀式にその身を捧げることになったとしても構わない、などと今考えれば恥ずかしい台詞にも程がある。
 気持ちに嘘は無いし、この覚悟は正しく伝える必要があった。それでもわざわざ言葉にする必要があったかと言えば話は別だ。こんな大事な会話をする相手に、これまで向き合ってこなかった証拠だ。その精算のために恥ずかしい思いをした。思い出すと顔が火照ってくるの感じる。意識は遠のきかけているのは幸いだった。
「ヴィオラ、楽しい夢を見てるの?」
 耳元でアイリーンが囁く。心臓が跳ね上がるかのような衝撃を味わったが、幸い体はその心境についてこなかった。
 重たい瞼を上げると、弓を構えて立つ腹心の姿があった。仕事の時ではない、優しい顔をしている。
「何かあったら起こすわ。安心して」
 聞かないで良いなら聞かない。聞く必要があれば聞く。孤独を供にしてきたヴィオラにとって、彼女のこの距離感は得難いものであった。
 ヴィオラが重宝してきたのは聖堂戦士団で稀な彼女のスキルと言われているが、本当はこの変わらない距離感にこそ安らぎを感じていた。
「……すみません。お願いします」
 ヴィオラは今度こそ深い眠りの中に落ちていった。遠くで喧騒が響く。災厄はもうそこまで迫っていた。

リプレイ本文

 聖堂戦士と騎士団が配置につき、ハンターは広い空間に取り残された。人数で言えば最も少ない彼らではあるが、2つの組織には無い利点もある。
「少なくとも俺達は、テスカ教になびいたりしない」
「……それは……そうよね?」
 ユーロス・フォルケ(ka3862)の言葉に外待雨 時雨(ka0227)は首を傾げる。今更言葉にするほどのことだったか。外待雨の疑問に気づき、ユーロスは言葉を続けた。
「騎士団と聖堂戦士団は俺達と違うってことさ。可能性をどうしても0にできない」
 ユーロスは扉の外にバリケードを設置する聖堂戦士達に目をやる。リゼリオが拠点の者達にはテスカ教の接触が皆無であるのに対して、騎士団と聖堂戦士団は常に裏切り者を抱えている可能性を残す。
 ハンター達にとって最も気がかりだったのはこの点だ。疑いを前提に作戦を立てるのは当然にしても、扱い次第では内部分裂のきっかけにもなりえるだろう。
 結果、後手にならざるを得ない。妙案の浮かばないままその場で待機していると、諸々の相談を終えてヴァイス(ka0364)と小鳥遊 時雨(ka4921)が戻った。
「疑心暗鬼になれば奴らの思う壺だ。万全の守りを敷くしかないだろう。戸締まりは進んでるか?」
「時間が足りないな。入り口が多すぎるんだよ」
 ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)はため息をつきながらぼやいた。窓を塞ぎ、扉を塞ぐという仕事を買って出た彼だが、その広さに辟易としていた。人数が居れば出来ないことはないが、裏切り者の存在を考えるなら人手は増やせない。
「裏口は開けたままだがどうする?」
「番犬を置いておく。人が近づけば吠えるだろ」
 ロジャーは連れてきた柴犬の頭をなでた。ワン、と吠える様は非常に愛らしく頼りない。柴犬は無言の一行を見上げている。
 シャルア・レイセンファード(ka4359)はしゃがみ込み、行儀の良い犬の耳から背中を優しくなでた。
「犬を置くだけじゃ不安ですね。私も裏口に立ちます」
「……それなら俺も立つぜ。か弱い女性を1人にするわけにはいかないからな」
「貴方は予定通り屋上に向かってください。私とこの子で十分ですから」
 にべもない。ぐうの音も出ない正論。犬一匹に任せようとした彼は何も反論できない。横ではザマァと言わんばかりにユーロスがにやにやと笑っている。
 自然と笑いの出る一行ではあったが、その端で小鳥遊が1人不安げな顔を消せずに居た。ヴァージル・チェンバレン(ka1989)は周囲の見えない彼女の肩にそっと手を置いた。
「打てる手は打ったというのに落ち着かないな」
「……うん。なんとなく、これでいいのかなって不安で」
 彼女はこれまでのテスカ教の手口を良く調べ、可能なかぎりの対応をした。
 彼女の調査が無ければ全体の動きはここまで良くはなかっただろう。
 今は裏口も封鎖している。人の回せない場所は物理的に塞ぐ用意をしている。
 それでも不安は消えないのだ。
「ふむ。では質問だが、テスカ教の信者はこの厳重な警備を見て、聖堂への侵入を諦めると思うか?」
「……思わない」
「じゃあどうする?」
 ヴァージルは彼女から答えは期待できないとヴァイスに視線を移す。
 ハンターとして戦いに明け暮れたヴァイスはすぐに答えに行き着いた。
「俺なら陽動だな。陽動の上で手薄な場所を強襲、あるいは人気の無い場所から忍び込む。手の内が暴かれ、更に数任せの戦術を取れない以上は、陽動をするしかないな」
 そこまで答えてヴァイスは言葉を返した。
「それがわかっているならどうする?」
 ヴァージルはにやりと笑みを浮かべた。最初に問を出す以上は答えは既に用意してある。
「俺達は陽動があると理解して落ち着いて対処すればいい。後はギルベルト(ka0764)に任せている」
「ギルベルトぉ?」
 ヴァイスの口から素っ頓狂な声が出た。
 ロジャーとユーロス、小鳥遊以外はだいたい彼と同じような不安を覚えただろう。
 ヴァイス自身も彼の戦闘力以外にはあまり信を置いていない。
 特に今回は彼が仕事についてからやったことと言えば、アイリーンへのセクハラぐらいのものだ。過去形に記述したが実際にはまだまとわりついたままで、前線の騎士や聖堂戦士の顰蹙を大いに買っている。
 アイリーンがこの場を離れているのも、うるさくてヴィオラの回復の邪魔になると判断した為だ。
「アイちんアイちん、寂しくて僕ちん死んじゃう。
 寂しいからいつもみたいにおっぱい揉んでもいいよねぇ?」
「ふざけないでよ! 過去に一度も許可したこともないでしょ!」
「一緒の部屋で寝た仲じゃん。仲良くしようぜ?」
「誤解しか生まないからその言い方!」
 表から聞こえるやりとりは終始一貫この通り。最初は驚いていた騎士と聖堂戦士達もだんだん慣れて放置するようになってきた。こんな彼ではあるが、彼を知る人物ならば彼の有用性を理解している。
「定石を抑えたのならば後はああいうアウトローが役に立つ。まあ、見ておけ」
 ヴァイスはヴァージルの言葉を信じ、ひとまずギルベルトの素行には目を瞑る事にした。
 最後に作戦を確認して各々が思い思いに散っていく。最後尾の小鳥遊は振り返って目を瞑るヴィオラに視線を向けた。彼女の不安の残り一つは、彼女のことだった。
 法術陣に関わる者はその多くが不幸となってきた。何か一つでも齟齬があれば、またエリカのように犠牲となるかもしれない。
(ぜーんぶ終わった後で……ちゃんとヴィオラもいなきゃ、駄目だよ)
 祈りを胸中に収め、小鳥遊は小走りで先を行く仲間を追いかけた。




 戦場の激しさを他所に市街地は静かであった。主戦場となる可能性がある地区からは避難が迅速に行われ、人の気配はほとんど無い。遠くから響くのは戦場の喧騒のみ。羽ばたきの音は静寂を崩すように徐々に近づいてくる。
 混乱に乗じて市内に突入したキマイラ型の歪虚はかなり多い。体の各所には既に何発もクォレルを食らっており、血を流しながらも空を飛んでいる。
 城壁でそのまま兵士と戦う個体も同時に確認できるため、この歪虚が目的を持って行動しているのは明らかだった。
「来たぜ! しくじるんじゃねえぞ!」
 ロジャーは弓を構え、キマイラ型の歪虚が射程に入るのを待った。屋敷の屋上に配置された騎士達が次々とボウガンで迎撃を開始する。
「俺はまだ死にたくないんでね。てめえらのお節介はいらねーぜ!」
 ロジャーの攻撃を皮切りに大聖堂の屋上からも次々と矢が放たれた。既にここまでで攻撃を受けていた歪虚はたまらず次々と撃墜されていく。墜落したキマイラは街路を衝突するや否や、クレーターが出来るほどの爆発を起こす。直撃すれば煉瓦の壁を容易に吹き飛ばすだろう。
 対空迎撃の厚さに後続のキマイラはたまらず高度を下げて建物を盾に取る。屋上からでは十分な射撃が行えず、何匹かが街路の上を抜けて大聖堂の正面に出た。
「ごめん! そっちに抜けた!」
 小鳥遊がトランシーバーに叫ぶ。その時には既に外待雨が準備を終えていた。突入する歪虚の正面にたった彼女は、金鎖のパンジャのつけた右手を敵の前にかざした。 
「……貴方達はこの地にふさわしくありません。お引取りを」
 外待雨がディヴァインウィルを発動する。正面から突入するはずだった歪虚は軌道を逸れ、脇に待機していた聖堂戦士達の部隊に突っ込んだ。
 軌道修正して飛び込み直せばまだ大聖堂に向かう目もあったが、それを許すほど甘くはない。
「俺を無視するんじゃねえよ!」
 刀を構えるヴァイスが跳びかかっていた。無視して飛ぼうとしてもソウルトーチにより視線がそらせない。結果、ちぐはぐな体の動きが飛行の流れを乱し、ヴァイスの刀をかわす事が出来なかった。
 深々と首を切り裂かれた歪虚は勢い良く血を吹き出し、やがて絶命すると同時に自爆した。
 ヴァイスは自爆するよりも早く飛び退っていたが、至近距離で衝撃波を受けて無傷とは行かなかった。
 意図した物ではないがこの連携は有用で、ディヴァインウィルとソウルトーチに誘導されて歪虚は次々と正門前で撃墜されていく。
 ヴァイスは傷だらけになりながらも突貫を繰り返し、計4匹に止めを刺した。
「……そんな無茶をしなくても……良いのではないですか?」
 荒い息を整えるヴァイスを外待雨は心配そうに見つめる。手を抜ける状況ではないが、彼の動きがあまりにも向こう見ずに見えたのだ。
「ヴィオラには借りがあるんだ。これ以上の返し場所はそうない。好きにやらせてくれ」
 なおも心配そうな視線を向ける外待雨に、ヴァイスは口の端をあげて笑顔を作った。
「それに、女を守って怪我するのは勲章だ」
 最初何を言われたのか理解できずに首をかしげる外待雨。ほどなくしてそれが軽口であると同時に、彼自身の矜持と理解した。
「……信じているのですね」
 何を、とはヴァイスは聞き返せなかった。俯きがちだった外待雨の笑顔は想像以上に眩しくてどうにも直視できない。
 ヴァイスは視線どころか顔もそむけてしまった。
「……まあな」
 精一杯の見栄でそれだけ告げた。
 嘘ではない。仲間を信じてここに立ち、戦う理由も胸のうちにある。けれども女性の笑顔は強敵だ。目の前の歪虚よりもずっと。せめてあと少し、ロジャーのように臆さない心が欲しいと切に願った。



 警備は厚くはないが完璧だった。歪虚とテスカ教が持ちうる手段でこの守りを突破するには、監視の目をかいくぐる必要がある。
 今回の場合は自爆する歪虚が混ざっている為、防衛側は戦力を動かさざるを得ない。陽動作戦は妥当な選択だ。その上で成功度を高める為には、事前に警備の弱点を探しておく必要がある。
 テスカ教の信者にとってその男は、付け入るべき綻びに見えただろう。
 聖堂戦士の男が大聖堂裏手側の通用口に当たる扉のバリケードを外していた。彼は最初から配備に居たメンバーではなかった。後から参加した有志の1人で他の聖堂戦士と共に警戒にあたっていた。
 それが陽動のどさくさで1人となり、本性を表した。この扉を選んだのは他でもない、ここを守る男がどう見ても不真面目に見えたからだ。
「来ると思ったぜ」
 男は手を止めて振り返る。いつからそこに居たのか、ユーロスが数メートルの間合いをとって男を睨んでいた。男は驚き素早く剣を抜き放つ。ユーロスはまだ構えない。
「早かったな。なぜわかった」
「別に予想してたわけじゃないけど、俺ならこうするってだけさ」
 男は訝しむ。ユーロスの余裕の理由がわからない。瞬間、男の背に悪寒が走る。次に来たのは耐え難い激痛だった。
「!!??」
 ナイフが真上から左肩の鎖骨の間に刺さっている。男は叫び声を上げようとするが背後に現れた人物に口を塞がれ声も出ない。
 ナイフの主はギルベルトだ。ギルベルトは更に深くナイフを抉るように突き立てる。
「僕ちん、本当にさぼってると思っちゃった? ねえねえ?」
 聖堂戦士は答えない。左の鎖骨の隙間から差し込まれたナイフは心臓に届いている。即死だった。痙攣していた聖堂戦士はやがて動かなくなり、ギルベルトが手を離すと前のめりに倒れ伏す。
 その目は射殺さんばかりの気迫で見開いたままだ。
「なんだその顔? 死ねば救われるんだろ。喜べよ」
 ユーロスは忌々しげに顔を踏みつけた。こいつらの手引で多くの人が苦しんだ。その仕返しに何をしても、死んでしまえば彼らにとって救いとなる。
 怒りをぶつけても意味がないくせに、心底腹立たしい。ユーロスは足に力をこめようとして、視線に気づいて死者の頭から足をどけた。ギルベルトが口角を上げて悪趣味な笑みを浮かべてる。
「ねぇねぇ。続けないの?」
「……意味の無いことはしない」
「なーんだ。ちぇっ」
 ギルベルトは「ヒヒヒ」とどこか嬉しげな笑みを浮かべると、再びスキルを使い姿を隠した。
 事前にヴァージルは敵の攻撃が複合的に行われるとは予測したが、その際にどこが標的になるのかは特定できないものと考えていた。ギルベルトの怠慢を見逃したのは、敵の標的を誘導しうる策になるからだ。敵の動きさえ誘導できれば迎撃は容易い。
 ヴァージル本人も備えはしていたが、今はそれが不要となり安穏と空を見上げるばかりだ。ユーロスも同じく死体を片付ければ仕事が無い。
 裏口では同じくシャルアも待機していたが、彼女だけ様子が違った。
「どうかしたか?」
「いえ……その……護るというのは……難しいことなのですね」
 シャルアはため息と共に顔を伏せた。すぐに理由は思い当たる。先程ギルベルトとユーロスが殺した聖堂戦士が運ばれていった。
 覚悟は済んでいたが、目の当たりにすると心も揺らぐのだろう。
「これで、終わってくれるでしょうか?」
「さあな。少なくとも残りは空飛ぶ歪虚だけだ。俺達の出番はしばらくない」
 終わらせるために誰もがこの国難の中であがいている。これが本当の終焉となるかどうかは、法術陣の中身次第だ。



 喧騒が収まった頃、ヴィオラは深い眠りから目覚めた。眠りにつく前の疲労感は嘘のように消え去り、今は法術陣の巨大な無色のマテリアルの息吹を感じる。
 ヴィオラは長椅子より立ち上がり、胸の前に杖を掲げた。準備は整ったのだと、誰に告げられることもなく理解していた。
「我こそは道であり真理であり命である。遍く人は私を通り、光の御下へ辿り着く」
 法術陣を解き放つ聖句を唱える。言葉が終わるよりも早く、ヴィオラは法術陣から溢れる力を感じ取っていた。
(死など希望であるはずがない。人の願いを集めたこの装置がその答え)
 そして変化が訪れた。法術陣のマテリアルが解き放たれる。外に立っていた者達にもすぐ異変が見て取れた。
 屋根の登っていた者は特にその変化を見せつけられただろう。
 巡礼路が光を放っていた。地平線の向こうまで続く巡礼路、目に見える全てがだ。
 最初は明るく感じる程度の淡い光だったが、脈動しながら光量は増していく。
 やがて膨張した何かが器を壊し溢れるように、目が潰れるほどの眩い光が地表の至るところより噴出し、視界を白一色に塗りつぶした。
 何秒、何十秒、あるいは一瞬。光の奔流は街という街、道という道を飲み込んだ。
 光が弱まり視界が戻った時、立ち昇る光にのまれた歪虚は跡かたもなく消え去っていた。

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MVP一覧

  • 猛毒の魔銀
    ギルベルトka0764
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレンka1989

重体一覧

参加者一覧

  • 雨降り婦人の夢物語
    外待雨 時雨(ka0227
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 猛毒の魔銀
    ギルベルト(ka0764
    エルフ|22才|男性|疾影士
  • 俯瞰視の狩人
    ヴァージル・チェンバレン(ka1989
    人間(紅)|45才|男性|闘狩人
  • Xカウンターショット
    ロジャー=ウィステリアランド(ka2900
    人間(紅)|19才|男性|猟撃士
  • たたかう者
    ユーロス・フォルケ(ka3862
    人間(紅)|17才|男性|疾影士
  • 想い伝う花を手に
    シャルア・レイセンファード(ka4359
    人間(紅)|18才|女性|魔術師

  • 小鳥遊 時雨(ka4921
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ロジャー=ウィステリアランド(ka2900
人間(クリムゾンウェスト)|19才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/04/01 15:35:33
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/29 06:16:36