• 審判

【審判】トルティアの難

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/04/01 07:30
完成日
2016/04/09 07:08

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「この辺りの巡礼路を、奇妙な巡礼者が歩いている」
 王国巡礼出発の地『始まりの村トルティア』に、ここ最近、そんな奇妙な噂が流れていた。
「そいつらは巡礼者の装束を着ていたんだけどよ。なんか薄気味悪ぃんだ。こう酔っ払いみてぇに、右に、左に、揺れるようにしながら歩きやがってよ」
「フードを目深に被ってさ、ずぅっと下向いたまま俯いていて…… ぶつぶつと何か呟きながら歩いて来んのよ。気持ち悪くて逃げたわよ、あたしゃ」
 ……そういった噂の多くは、トルティアを訪れる巡礼者たちによってもたらされていた。巡礼路以外の道を来た行商人などからはその様な話は聞かれない。
「巡礼者たちが気味悪がっている。お前、その正体を確かめて来い」
 トルティア教会に奉仕する聖職者の一人、ポルトン・ザストンは、上役からから件の噂話について確認して来るよう申し付けられた。
 聖職者ではあるが、ポルトンは位階はもたない。トルティアでの主な仕事は、訪れた巡礼者の受付をしたり、その案内をしたり、宿坊や食事の世話をしたり、様々な巡礼グッズをアピールしたり、売りつけたり…… まぁ、言ってしまえば『雑務』である。
「はぁ、わかりました」
 かくして、ポルトンは村を出て、巡礼路沿いに馬を進めることとなった。
 いい機会だ。どうせならのんびりしよう、とポルトンは思った。生憎の曇天で陽光浴びる事は叶わぬが、見慣れた田舎道でも風に当たれば、いけすかない上役の下、暗い教会の受付に座り続けているより気は紛れる。
 朝、受付を済ませたばかりの巡礼者たちと挨拶を交わし、追い抜いて更に先へ行く。
 やがて、天気は更に下り、辺りにはもやが立ち込め始めた。
(霧になるかな……)
 ポルトンは思った。日が傾くまでは散策…… もとい、見回りを続けようかと思ったが、早めに村に帰った方が良いかもしれない。
「…………ゃぁぁ……!」
 何か悲鳴の様なものが聞こえた気がしたのは、馬首を村に巡らした折のこと。ポルトンは再び手綱を横に引き、カッ、カッ、と蹄の音も高く、再び馬首を巡らせ終える。
 靄の向こうから染み出してくる、揺れる人影に目を凝らす。遠目には巡礼者── 目深のフードで顔は見えない。装束、エクラ教の聖印の上に書き殴った様な大きな×印。代わりに描かれているのは『天使の翼』──テスカ教徒のシンボルだ。
「こんにちは」
 返事はなかった。視線だけそちらに向けながら、ポルトンは馬首だけを村へと巡らす。
 ポルトンはおやつに持参した栗の実を礫代わりにそちらへ放った。
 フードの男が顔を上げる。
 落ち窪んだ目でぎょろりとポルトンを見据える狭間の狂信者。そして、靄の向こうから染み出してくる更なる人影と、その奥に多く蠢く更なる気配──
「っ!」
 ポルトンは馬に拍車をかけた。途中、すれ違う巡礼者たちに引き返すよう叫びながら、鞭を入れて村へと駆け戻る。
「北門を閉めろ!」
「はいっ!?」
「いいから急ぎ北門を閉めろ! 歪虚だ! 雑魔の群れがやって来る!」
 確証はない。だが、確信はあった。逃げて来る者には他の門に行くよう伝えろと言いつけ、ポルトンは村長の元へと走る。
 事態を知った村長は、すぐに領主と王都へ早馬を走らせた。そして、四方へ使いを走らせて、巡礼者たちに引き返すよう伝えさせ、近場の者たちをギリギリまで収容した後、村の全ての門を閉じさせた。
 梯子を上り、壁の上から村の外を覗いた物見たちが、ごくりとその唾を呑む。
 始まりの村・トルティアは、すっかり偽者の巡礼者に──雑魔に取り囲まれていた。

「籠城する。雑魔の群れを村に入れるな。なに、領主様の軍隊か王国騎士団が来るまでの辛抱だて!」
 村長は集めた村の男たちを励ました。顔面を蒼白にする男たちに、震える手を隠しながら。
 そして、足りない人手を補う為に、巡礼者たち協力を要請した。
 泣きじゃくる子と妻たちに名残を残し、壁の守備へと赴いていく男たち──
 従軍経験者は決して多くはなかった。得物は借り受けた農具か、巡礼者の杖をそのまま鈍器として使うしか。命を懸ける戦場に並び立つのは見知らぬ異邦人── しかし、彼等は紐帯する。村が陥ちれば、家族が死ぬ。

(運がない)
 曇天を仰ぎ、嘆くポルトン。武器を手に取った事もない彼ら教会の事務屋まで、必要な男手として守り手に組み込まれていた。
 その隣りには、なぜか3人のドワーフがいた。
「おい、デール。わしらなんか揉め事に巻き込まれておるぞ?」
「雑魔じゃ、ドゥーン。雑魔が襲って来るらしいぞい」
「これというのも、ダニム。お主が道になんぞ迷うからじゃ。こんなではラーズスヴァンのいる…… ほら、なんとか言う砦に着くのはいつの事やら」
 悲壮な表情を浮かべる村人や巡礼者たちをよそに、わちゃくちゃと喋り捲るドワーフたち。なんでこんな所にドワーフが、とマジマジ見つめるポルトンに気づいて、3人がぎょろりと彼を見返す。
「つかぬ事お聞きする。……ここはいったいどこかいの?」
「グラズヘイム王国、トルティア村ですが……」
「おおっ、王国には入れておったか! で、ラーズスヴァンはどこにおる?」
「……知りませんし、どこに行くにしても今はどこにも行けないと思いますよ?」
 ポルトンはドワーフたちに壁の向こうを指差した。
 靄の向こうに案山子の如く居並ぶ雑魔の影── ダニムがふむ、と頷いた。いや、デールか、それともドゥーンか? 見た目では全く見分けがつかない。
「これも何かの縁。では、わしらドワーフの戦士3人が加勢いたそう」
「縁というか、お前が道に迷ったせいじゃがな」
「待て。わしらは戦士だったのか? 確か技術者だったと記憶しておるが」
「……ドワーフこれ皆すべからく戦士なり」
「無茶言うな! わしゃ鍛冶の鎚より重いものなど持ったこともないのだぞい!」
 やいのやいのと騒ぐドワーフたち。周囲のポルトンや村人たちが恐怖も忘れて呆気に取られる。
「来たぞー!」
 壁上のあちこちで警笛が鳴り、皆が一斉に外を向いた。先程まで立ち尽くしていた雑魔の群れが一斉に右へ、左へ、ゆっくりと揺れながら、確かにこちらに向けて近づきつつある。
「来たか」
 とドワーフが呟いた。やるぞ、ともう一人が応じ、見た事もないような巨大な魔導銃を荷から引き出す。
「やれやれ。金鎚より重いものなど持ったこともないと言うに……」
 そう言って最後の一人が鍛冶の鎚を取り出し、構えた。その筋肉と得物はなんというか……殺傷能力を十二分に持つ凶器以外の何物にも見えない。
「あはは」
 ポルトンは笑った。笑いは村人や巡礼者たちにも伝播した。
 ひとしきり笑った後、ポルトンは皆を励ました。
「軍隊が来るまで持ち堪えるだけでいい。それくらいなら、僕らにだって出来るだろう?」

リプレイ本文

 門を開けてください──
 目の前に立つガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)が淡々とした表情で彼にそう告げた時。始まりの村・トルティア北門の門番は己の耳を疑った。
「……聞き間違いかな、お嬢さん。門を開けと聞こえたんだが……」
「聞き間違いではございません。姉上は門を開けよと言ったのです」
 ガーベラと同じ髪の色をした、少しこまっしゃくれた感じのよく似た若い女性──メリル・E・ベッドフォード(ka2399)が、改めて門番にそう告げる。
 なお逡巡する門番に、ロニ・カルディス(ka0551)は龍崎・カズマ(ka0178)と顔を見合わせ、苦笑して。生真面目な、聖職者然とした口調と表情で語りかけた。
「これは聖導士さま……!」
「信じられないかもしれませんが、本当です。ご心配なく。私たちも彼女らもハンターです。村長の許可も貰っています」
「まず、敵に俺たちの存在を強くアピールする。安易に近づけば数が減るだけだという事を、連中に骨の髄まで解らせる」
 そんなロニとカズマを交互に見返し、……本当に? と念押す門番。もう一人の聖導士、クルス(ka3922)が愛想なく頷いて見せる。
「……そういうことに、なっちまった」
 気持ちは解る、と言いたげに、金目(ka6190)が霞に煙る天を仰ぐ。……まいったよなぁ、お互いに。俺だって鎚より重い物なんて持ったことなぞないのになぁ。
「そ、そういうことなら、然るべく」
 周囲の皆に声を掛け、慌てて開門の準備を始める門番。その背を見ながらガーベラが(……私も聖導士なんですが)と誰にともなく(……見えませんかね)と呟いてたり。
 やがて開門の準備が整い、門番がハンターたちに合図をよこす。
 ザレム・アズール(ka0878)は止めていた魔導バイク『バルバムーシュ』の魔導エンジンに『火を入れ』、いつでも飛び出せるように準備しながら、低く唸るエンジン音に暫しその耳を委ねる。
 入念にストレッチをしていた獅臣 琉那(ka6082)が地面から跳ね起き、首に巻いた黒い布を口元まで引き上げる。
「さ…… 行こか」
 開かれる分厚い木の扉── 瞬間、ザレムはアクセルを全開にして門外へと飛び出した。恐らくこちらから打って出るなどとは思っても見なかったのだろう。爆音を響かせながら敵中へと割って入るザレムに雑魔たちは反応できない。 そこへ、肘を下から突き出してすっ飛んできた琉那が、その肘鉄でもって雑魔の胸部を打ち穿つ。仰け反りつつも耐えた敵が、掴み掛からんと両腕を伸ばし…… それを琉那はバックステップでかわし、逆に後ろ回しからの横蹴りで雑魔を奥へと蹴り飛ばす。
「今や!」
 琉那の合図に、『呪文の詠唱』を終えてマテリアルを炎と燃やしたメリルが、手の平の上に生じせしめし爆裂火球を敵のど真ん中へと放り込む。閃光と轟音、炸裂する魔力の塊── 湧き起こる爆炎と飛び散る破片が雑魔の群れを薙ぎ払う。
「これこそは我が浄化の光── 歪虚の影などすべからく消し去ってみせましょう」
 高らかに謳い上げながら2発目の爆裂火球を放つメリル。それを見たガーベラは、またあの娘はあんな事を言って、と眉をひそめた。……光は光。妹が放つ魔力の炎も、単なる破壊の為の力に過ぎない。どうも妹には魔術を哲学的・観念的に捉え過ぎるきらいがある。どこまでも実際的な自分とは対照的だ。
(だからといって、他人の主義を否定したりはしませんが。……魔導にしても、宗教にしても)
 ガーベラは戦場を見渡した。
 トルティア周辺にいて戦闘の音を聞きつけたハンターたちが、新たに加わりつつあった。

 前方、霞越しに煌く閃光と爆音に気づいて── トルティア救援の為、道を急いでいた馬上の破戒修道女・シレークス(ka0752)は、傍らのサクラ・エルフリード(ka2598)を振り返った。
「……先程すれ違った早馬の話では、トルティアは籠城を決め込んだという話だった気がしやがりますが」
「多分、村にいたハンターたちでしょう。敵の機先を制して打って出たものかと」
 答えたサクラの耳に、チィッ、と舌打ちの音が聞こえた。出遅れた、と呟きながら、シレークスが棘鉄球付きの鉄鎖を取り出し、頭上にグルングルンと振り回し始める。
「戦列に加わります。巡礼の旅に赴かんとする敬虔な信者たちを襲う不埒な輩は、修道女の端くれとして見逃すわけにはいかねーです」
「同意します。村に入るにせよ、まずは押し寄せる相手を押し返さないと」
 馬に拍車を掛けるシレークス。魔槍の穂鞘を払ったサクラが後に続く……

 一方、反対側の道からトルティア北門に迫るアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)とコントラルト(ka4753)の双子の姉妹も、前方、門前で行われている戦闘の音に気づいた。
「……ラル、馬を頼む。下馬して敵を引きつける」
「……本気ですか? わざわざ自分から厄介事に首を突っ込むと?」
「性分だ。仕方がないよ。せめてこの手に届く範囲くらいは守れる存在でありたいんだ」
 屈託なくそう言う双子の姉に、妹は何かを諦めたように深く、深く溜め息を吐いた。……どうせ放っておいても突っ込むのでしょう? なら、フォローするから好きに暴れて来るといい。
「ただし、私はアルトをフォローするより、盾にすることを優先します。近接戦闘はあなたほど得手ではありませんから」
「ありがとう」
 手綱を受け取る妹に礼を言うアルト。だが、前を向いて走り出した時にはもう彼女の顔からは一切の感情が消えていた。
 ……一度、戦闘に入ったら、姉は戦場に存在する全てをただの情報として認識し、勝利する為の『機械』と化す。今の姉にとっては、妹である自分の存在も、もう状況の一つでしかなくなっている。そうして何もかも切り捨てて、勝利を手にした後で人知れず姉は泣く。……だから、自分は何としても生き残らなければならない。たとえその姉を戦場の盾としてでも。

「シレークス、およびサクラ・エルフリード。遊撃として戦列に加わります。撤収のタイミングだけ遺漏なくお伝えください」
 トルティア北門前。後衛・魔術師メリルと機導師金目の護衛を兼ね、左右に位置取るロニとクルスの聖導士2人に、東側から駆けつけてきたサクラが助勢の報告に来た。
「助太刀、感謝する」
 応えるロニに頷きを返して、戦場へと戻るサクラ。その先ではシレークスが敵中を駆け抜けながら鉄球をぶん回している。
 一方、西から来た加わったヴァレンティーニ姉妹は、無言のまま戦いに加わった。敵などいないかの様に、進路上にいる雑魔を盾でぶん殴り、振動刀で膾切りにするアルト。敵中へ飛び込む形となるが、左右、後ろの敵は気にせず、ただひたすらに前方の敵を斬り捨てる。
「ラル、『任せた』」
 姉の信頼に妹の返事はなく。代わりに『デルタレイ』──眼前に現出せしめた三角形から放たれる3条の光線が、アルトの左右、背後に回り込まんとした雑魔を同時に撃ち倒す。
 そんな姉妹の参戦に、中央で敵と切り結んでいたカズマが即応、挟撃した。力任せに、だが、流れる様な澱みない動きで巨大な斬竜刀をぶん回すカズマに、無駄のない動きで的確に敵を切り刻んでいくアルト。二人が抜き身の刀を振る度に、その軌跡に触れた雑魔の手足が斬り飛ばされて宙を跳ぶ。
 ザレムは遊撃に徹した。同じく、騎乗するシレークスとサクラらと同様に戦場を移動し続け、動きつつの『ファイアスローワー』──マテリアルによる『火炎放射』で複数の雑魔を纏めて追い込み、バイクの機動力を活かした突進攻撃で敵を蹂躙する……
「……多少、打たれ強いものの、戦闘能力は高くない。数を揃えるためだろう。だが、その数こそが最も厄介か……」
 一連の戦いを後衛から観察しながら、金目。
 敵は一時の混乱から立ち直りつつあった。……あの雑魔の動きからは、混乱できるほどの知性は感じられないのに。
 つまり、混乱し、立ち直れるだけの知性をもった存在が他にいる。そして、恐らくはそれが雑魔たちに指示を出している。
「天使様の遣わせし使徒たちよ。そのまま取り囲み、揉み潰してしまうのです。彼らはベリト様の救済を拒む者ども──世界に安寧を布く為にも、村に戻らせるわけにはいきません」
 予想通り、無表情な雑魔どもの中に、明らかに狂信者的な恍惚を浮かべたものたちがいた。天使ベリトの崇拝者。自ら望んで堕落者と化したテスカ教徒── 彼らは周囲の雑魔に命じ、ハンターたちが自由に動けるスペースを数で押し潰しに来る。
 乱戦となる。術を火球から電撃へと変え、支援を継続するメリル。その彼女へも雑魔が迫り、ロニとクルスが鎚を振るって押し留める。
「毛色の違うのが交ざってんな……」
「あれが司令塔でしょうか…… そうであるなら、狙わせてもらいます……!」
 ほぼ同時に敵を見つけ、逆に進攻するカズマとサクラ。雑魔の隙間を縫って投げられたサクラの魔槍は、あっけないほど簡単に狂信者の肩口に突き刺さった。意表を突く弱さに驚きながら、そのまま止めを刺さんとしたカズマは、だが、その弱敵のはずの堕落者に斬竜刀を『素手で』受け止められる。
「ベリト様──! 新しき世界の為、この命、捧げます! 御力をお貸しください!」
 瞬間、それまでの虚弱さが嘘の様に、堕落者は『爆発的な攻勢』に転じた。押されつつも斬竜刀で受け凌ぐカズマ。横合いから切りかかったアルトの振動剣に表皮を裂かれながら、その剣ごと引っ掴んだアルトをそのままカズマへ投げ放る。
「……時間だ。退くぞ」
 淡々とした表情で、カズマとアルトに回復の光を飛ばしたガーベラが『セイクリッドフラッシュ』──光の波動を自信の周囲へぶちかまし、前衛組の退路を拓く。
 光条で敵を突破して来たコントラルトが姉に愛馬を引き渡し。鉄球ぶん回してきたシレークスがカズマを馬上に拾い上げ、サクラと共に退路から村の北門へと後退する。
「他人の主義は否定しません。魔導でも、宗教でも。ですが、未来を諦めた者には…… それ相応の結末しか与えられないと知りなさい」
 ロニとクルスに迎え入れられ、金目と共に退くガーベラ。その視線の先、追撃に転じようとした堕落者が、己の心臓を抑えながら、泡を吹いて地に倒れる。
 最後の命令を守り、ハンターたちを追う雑魔たちへ、撤収する味方の殿に立ったザレムが8の字を描くようにバイクの後輪を滑らせ、砂塵を巻き上げた。


「突然のご無礼をお許しください。村長様と皆様方にご相談があるのでございます」
 戦闘を終えたハンターたちはそのまま村長の館へ戻り──彼らを迎えた村長たちは、メリルの発したその言葉にその身を固くした。
「なんてことはない。この防衛戦全体の指揮と住民の統率を村長にお願いしたいだけさ」
 金目の提案に、村長は目を丸くした。戦いに関しては素人同然ですが、と反駁する村長に、フォローはする、と金目が答えた。通りすがりのハンターなどより、信望のある貴殿の言葉の方が人々も聞き入れ易かろう。
「……わかりました。ネグノーシス戦争時代には不落を誇った聖トルティア砦の末裔……のはずですからな、我らも。非才の身ながらお引き受けいたします」
 吟遊詩人に謳われる名もなき英雄譚に、おおっ、と心躍らせる村人たち。……あれ? 確か、最後は全滅したはずじゃ? と小首を傾げる巡礼者。実の所、歌の結末は一つではない。

 最終的に村に入ったハンターの数は12人。この12人を、カズマは4人ずつ3班、3交代で運用する旨、皆に提案した。
 話し合いの結果、A班がメリル、ガーベラ、琉那、金目の4人。B班がロニ、アルト、クルス、コントラルト。C班がカズマ、ザレム、シレークス、サクラと分けられた。この3班をそれぞれ8時間ずつ、警戒・補修・休息の任に充てる。
「『警戒』は村の外周部で雑魔を見張り、敵が攻撃を仕掛けてきた時にはそのまま壁の防衛に入る。『補修』は戦闘によって壊れた外壁の修復や、木製の壁や柵の部分の強化を担う。襲撃があった際には作業を中断して迎撃に当たる事。『休息』は文字通りそのままだ。可能な限り身体を休め、次の作業や戦闘に備える。……ハンターと言えど休まずに戦えはしないからな。無理をしてでもしっかり休んでくれ」
 ロニの言葉に頷くハンターたち。ことハンターたちに関しては、村長たちも口を挟まない。
「で、わしらは何をすれば良いんじゃ?」
 と。現状、村で数少ない飛び道具を持つ通りすがりのドワーフ3人組──ダニム、デール、ドゥーンが自分たちの配置を確認してくる。
「……どうする? 俺は、主に補修に従事してもらうつもりでいたんだが」
「中央広場にバリケードを作るつもりでいる。そちらを手伝ってもらいたい」
 ロニの問いにザレムが答え、ドワーフたちに頭を下げた。……聞けば、この3人はハルトフォート砦に向かう技術者との事。力を貸して欲しいのは本当の事だが、中央への配置は彼等を危険に晒さない為の措置でもある。
「頼む。力を貸してくれ。村人たちを守って欲しい」
「おうよ! ドワーフの仕事っぷりを見せてやるわい!」
 がはは、と豪快に笑ってドンと胸を叩くダニム。そんなドワーフたちを金目はキラキラと表情を輝かせて眺めていた。人でありながら周囲をドワーフに囲まれ育った金目にとって、この感じはとてもとても懐かしい。

「非戦闘員には、皆の食事の用意や負傷者の治療の手伝いをお願いしたい」
 最後に、ロニの提案を村長が了承して会議が終わる。その間際。
 最後の最後にメリルが挙手をして、発言の許可を求めた。
「なんですかな、お嬢さん?」
「はい。夜に備えて、村の灯りを可能な限りお貸し願いたく存じます。村の皆様にも、夜の間、ずっとお家の光を灯し続けていただきたいのです」
 メリルの言葉に、村人たちはざわついた。……その様なことをすれば敵に狙われてしまうのではないか? 村人たちの動揺を手で制し、村長がメリルに尋ねる。
「……何か意図があるのだね?」
「はい。敵は最初からこの村を目標に襲撃して来ています。火を消して気配を隠すことに意味はないでしょう。ならば、我々ハンターが一刻も早く敵を見つけて殲滅できる環境を作るが得策です」
 しかし、それよりも……
 咳払いをして、話を続ける。
「村中を煌々と照らす事自体に意味があるのです。我らエクラ教徒の信仰対象は『光』── 全ての光を灯し、人々が決して折れぬ為の希望の『光』として、人々の心の支えになれば、と」
 ざわつく村人。籠城する数日間、夜の闇を昼の様に照らすのに薪や油はいかほど必要か。戦いの最中、火事の原因となりはしないか──尽きぬ心配の声にメリルがその視線を落とす。
「慣れぬ籠城戦、夜の闇は人々の不安と恐怖を弥増します。彼らに恐慌に陥られても困ります」
 援軍は、思わぬ方向からもたらされた。
 言葉の主、姉、ガーベラをきょとんと見返すメリル。ガーベラは涼しげな顔のまま。……光は光。だが、その光が人々に与える心理的影響については考慮に入れぬわけにはいかない。
「わかりました。盛大に燃やしちゃいましょう」
 村長が破顔してメリルの案を採用する。笑顔で頭を下げるメリル。彼女が視線を上げた時、会議は散会し、姉は既に立ち上がっていた。
 その姿が完全に見えなくなった後で── メリルはそちらへ向かって無言で頭を下げた。


 その日の午前──
 朝方、こちらから打って出た事もあり、村に対する敵の襲撃は行われていなかった。
 それでも警戒の目を緩めずに壁の歩哨に立つB班。C班は十分に身体を休めるべく休憩に向かい、A班の皆は中央広場へ向かう。

「ええって、ええって。気にせんと。困った時はお互い様やしねー」
 逃げる途中、足を挫いたというおばあさんを背に乗せて、琉那はヨッと立ち上がった。
 その傍らでぐすんぐすんと泣いていた孫娘の方を見やり、にこにこ笑い掛けながら「はい」と手を差し伸べる。
 おばあさんを背負い、孫娘の手を引いて。非戦闘員が避難した中央広場へ向かう琉那。重くない? と訊ねてくる娘に、おねーさんは強いんよ? と笑顔で答えた。
「この戦いはどうなってしまうのでしょう…… いえ、老い先の短いわしなぞはともかく、孫娘のことを考えると不憫で不憫で……」
 また、そんな…… と笑いかけた琉那は、存外に真剣な老婆の表情に言葉を失った。ギュッと手を握る孫娘の力が強くなる。不安そうに琉那を見上げる。
 琉那は暫し言葉を喪い…… 笑顔で、しかし、先程より何倍も真剣な気持ちを込めて2人に答えた。
「ゆーたやろ? おねーさんは強いんや。……ウチらがなんとかしとるさかいに。大船に乗ったつもりでいてな?」
 にっこりと、ほんわかとした笑顔で胸を張る琉那。孫娘はぱぁ……! とその表情を輝かせ。老婆がそっと目の端の涙を拭う。

 その琉那が向かう中央広場── 人々が物珍しげに、遠目にする視線の先で、我関せずどっかと地面に座ったドワーフ3人の傍らへ。金目は偶々通りかかった風を装い、わざとらしく足を止めた。
「ほおー、これは見事な」
 なるべく言動は淡々と。だが、心底興味を惹かれながら、金目がドワーフの持つ新式の魔導銃に唸ってみせる。
 ドワーフたちは「分かるか、小僧」と嬉々として、金目の背中をバンバン叩きながら新式銃を持たせてくれた。
「この大型銃は大口径弾をぶっ放す為の銃だ。銃というよりちっちゃな砲だな。とりあえず25mm口径で作ってみたが、わしらドワーフなら35mmでもいける(←根拠なし)」
「こっちの長砲身は中にライフリングが施してある。射程と命中精度が売りでな。一品物なんで高いぞい?(←自慢)」
「こいつは手投げ式の魔導炸裂弾じゃ。遅延発動の為の試作なんで2個しかない。両手に一つずつ。(爆発的な意味で)両手に花じゃ。有線で繋げば離れた所で炸裂させる事が出来る。実験した事はないがの!(えー)」
 ガッハッハと笑うドワーフたちとすっかり意気投合して。昼飯まで一緒した後、今回の防衛戦について意見を伺う。
「限られた資材に時間に道具…… この状況で、お三方ならどう凌ぐ?」
「ぬぅ。技術者言うても、わしら、(それぞれ)「鍛冶屋」「大砲屋」「魔導屋」(同時に)だからのう」
「もしも…… もしも、いっそ敵を村内に誘い込んで討つとしたら、何ができます……?」
 ごくり、と唾を呑んで訊ねる金目に、ほう、という答えは頭上から聞こえた。
 真上を見上げる金目とドワーフたち。そこに、彼等を上から見下ろすガーベラが立っていた。
「私と同じ様な思考をする者がいようとは…… しかし、今は外壁の補修が最優先です。男手が必要です。ついて来てください」
 半ば強制的に、金目とドワーフたちはガーベラの外壁補修に徴用された。そこへお婆さんを背負ってやって来た琉那が孫娘と一緒に、「お早うお帰り~」と手を振り、見送る。
 向かった先は、旧砦跡の石垣破断部分──木の柵で塞いだだけの、最も弱いと思われる箇所だった。
 男たちの指揮を取り、付近から廃材を掻き集め、布袋に土を詰めて即席の土嚢を作った。それでも足りない分は近くの廃屋を叩き壊して材料を確保した。
「手早く最低限の防御を構築すること。最悪、穴を塞ぐだけでもいいです」
 指示を受け、柵の前後にバリケードを積み上げる男たち。金目は訳も分からぬまま琉那から預かってきた鍋とやかんを突っ込んだ。ドワーフの発案により元からある柵自体を補強し、それに拠るよう壁を作る。格子状の柵は梯子にもなってしまうが、内側に土嚢を階段状に積み上げ、柵に取り付く敵を上から殴れるようにもした。
「柵自体を壊されたら目も当てられませんが…… それでも元に比べれば幾分かマシな壁が出来ましたか」
 壁の外から出来栄えを見やって、淡々と呟くガーベラ。そこへ、村の教会の鐘楼に登り、双眼鏡で周囲の雑魔の様子を観察していたメリルから通信が入る。
「姉上、敵が気づきました。雑魔の一集団がそちらに向かって移動を始めておりますわ」
 早くその場から離れるよう伝える妹に、問題ないとガーベラは答えた。
 彼女らが築いた『壁』を背に、村の外側へと振り返る。朝方より随分と薄くなった靄の向こうに、ゆらゆらとこちらに迫る雑魔の群れの『行進』が見えた。
 ガーベラは腰に片手を当てたまま悠然と眺めやると、格子に手を掛け壁に登り、悠々と村の中へと戻った。つい先程まで作業をしていた男たちが得物を手に『戦士』に戻る。
 スキルを使うまでもない── ガーベラは迎撃の指示を出した。……戦いはまだ数日続く。切り札は温存しておくに越した事はない。

 午後。北門守備、B班──
 正面から動かぬ敵集団を双眼鏡で観察するクルスの後ろで、ロニは無線機のレシーバー越しに聞こえてきた雑音に眉をしかめた。
 怪訝な表情で耳を離すロニ。風の音と、何か要領を得ない子供の様な声に、ふと先程、重そうに上空へ飛んでいったイヌワシの姿を思い出す。
「なぁ…… 無線機に混線らしき音が入っているんだが…… これはお前のペットか何かか?」
「ああ」
 ロニに問われたアルトは掲げ持っていた双眼鏡を下ろし、自身の無線機に耳をやった。そのまま暫し無線機の雑音に聞き入り……ふむふむと一人、頷く。
「どうやら敵に追われているらしい(←勘)」
(分かるのか!?)
 驚愕するロニを他所に、淡々と双眼鏡を空へ向けるクルス。その視界に、所謂、キューピッドの格好をした有翼雑魔と、それに追われるイヌワシと。そこへ括りつけられた二つの何か(あれは無線機と桜型妖精──か?)がぶら~んと棚引いているのが見える。
「アルトはああやってイヌワシに桜型妖精を乗せて飛ばせるのが趣味なのです」
(乗せ……て……?)
 淡々と解説するコントラルトの言葉に小首を傾げるクルスの見ている先で、アルトのイヌワシが必死にこちらへ下りて……いや、落ちてくる。それを中年太りした腹で「グボァッ!?」と受け止めるポルトン。コントラルトが淡々と空へ魔導拳銃を撃ち放ち、追って来た『偽小天使』を追い払う。
「……と、ともかく、飛行する敵がいることを皆に報告しておこう。情報は共有しておかねばならん」
 ロニはコホンと咳払いをすると、ポルトンに松明等の照明を多めに用意しておくよう頼んだ。
 空からも敵が来るとなれば、より多くの灯りが必要となる。


 翌日── 日が昇り、霞が晴れ渡った戦場に、防壁上の男たちは昨日よりも更に数を増した雑魔の群れを見た。
 数に任せ、門を、柵を、激しく攻め立ててくる雑魔たち。防衛を担当するA班、メリルによって続け様に放たれる火球の爆発音が、中央広場にまで聞こえて来る。
 そんな現状を、ザレムは包み隠さず中央広場の皆にも伝えた。状況が知れないことこそが、人々を不安に陥れる最大の原因だと理解していたからだ。
「大丈夫。今の防衛態勢なら充分に支えられる。数日だ。ほんの数日耐えれば援軍が来る。お互い、頑張ろう」

 外壁の防衛任務を終え、戦馬を荷運びに供出した後、休憩の為に広場へやって来たカズマは、初めて目の当たりにした中央広場の様子に驚いた。
「こんな所で野宿をしてるのか!?」
 非戦闘員の多くは教会に避難しているとの話だったが、実際には多くの女性や子供、老人たちが村の中央広場や門前の商店街にまで溢れていた。
「幾ら何でも無防備すぎる。屋内に避難した方がいい」
「でも、どこも一杯だからねぇ…… 幸い、巡礼の旅の為に野宿の準備も万全だけど」
 カズマはザレムと顔を見合わせた。空を飛ぶ敵の情報がB班から上がって来ていた。つまり、ここも戦場になる可能性がある。
「バリケードを築こう。この中央広場にも」
 休憩時間は返上だ──カズマは村長の所へ踵を返すと、荷運び様に戦馬を返してもらう為に戻った。ザレムはその場にいる非戦闘員たちに──女子供にも声を掛けた。負傷した男たちの中でも、動けそうな者は動員した。勿論、ドワーフたちやサクラ、シレークスたちにも手伝ってもらう。
「荷車は横に倒してバリケードにするんだ。戸板も外して並べて壁に。樽には水を入れて分散配置。不意の火事に対する備えとして必要だ。篝火台は出来るだけ沢山揃えて並べろ。木箱の上に鍋を置いて薪をくべるだけでもいい。兎に角、数を用意して夜に備えるんだ!」
「よし、おらっ、手伝うですよ、サクラ! 力仕事は私らハンターたちで片付けやがるですよ!」
「戦い終わったばかりで人使いが荒い…… とは流石に言ってられない状況ですね」
 両肩に資材を抱え、元気よく走り回るシレークスとサクラ。そんな彼女たちの後を、子供たちが鍋とかやかんとかをもってわーわーと追いかける。

 案の定というべきか── カズマやザレムが懸念したとおり、上空より村内に侵入して来た偽小天使3体が、壁の防衛戦を越えて中央広場にまで進出して来た。
 蝿の様に素早く上空を飛び回りながら、弓を射掛けてくる偽小天使。
 ドワーフとカズマが長銃身銃と黄金拳銃を撃ち捲り、1体を叩き落して残る2体を撃退する。

 昼食時── それまで作業を続けていた人々が手を休め、一斉に日々の祈りを始めた。ドワーフたちは荷を抱えたまま、その光景を不思議そうに眺めた。
「こんな時にまで祈るのか、人間は……?」
「……こんな時だから、だろ」
 休憩の為に戻って来たクルスが答え、自らも祈りの為に膝を折った。祈りは自ら前に進む者にこそ必要である── 彼を引き取った老聖導士が、よくそう言っていたのを思い出す。
 祈りを終えると、クルスはその場に倒れ込み、連戦の疲れからそのまま寝入った。サクラもそうしてしまいたかったが、生憎、C班の休憩時間は翌朝だ。
「この中央広場にも祭壇を作りやがりましょう。教会に入り切れぬ人たちの為の、祈りの場を」
 まったく疲れた様子も見せずに、むしろ溌剌とシレークス。サクラも疲れ切ってはいたが、その点に関しては聖導士として積極的に参画する……


 翌朝──
 この日も温かい豚汁を皆に振る舞いながら、人々を励まし続けるザレム。いつ休んでいるのか、と心配してくれるおばさんに、これが終わったら寝ると笑顔で答える。
 ありがたい事に、巡礼者向けに売られている保存食の備蓄が多くあり、数日程度なら食の心配をせずにすむのはありがたかった。人間、腹が減ったままでは、考えも暗くなりがちだ。

「アルト、一緒に休みましょう。しっかりと身体を休めるのも重要な義務ですからね」
 昼── 壁の防衛任務を終え、休憩に戻って来たコントラルトは、姉がついて来てないことに気づいて背後を振り返った。
 立ち止まったアルトの視線の先には、休憩を終え、昼食の準備を始めて再び寝入ってしまったザレムの姿。周囲で昼食の準備を進めるおばさんたちも、気づいてはいるが起こしはしない。
 無理もない、と呟いたコントラルトは、姉が何か言いたそうな瞳でこちらを見ていることに気づいて、軽く溜め息を吐く。
「……一応、軽く、村の方たちと一緒に皆の為にご飯くらい作るぐらいはありかしらね? お腹たくさんになれば少しでも安心感は増すでしょうし……」
 妹の気遣いに、アルトはありがとう、と告げた。ラルの料理は美味しいから好きだ、と屈託なく告げる姉に、コントラルトの頬が微かに照れに染まる……

 飛行雑魔の襲撃は、そんな昼食の準備中── 狙いすましたようなタイミングで行われた。
 昨日も見た小天使が2匹と、中型の天馬型が1体── 昨日のハンターたちの迎撃を受けて、投入されたものだろう。明らかに強敵だと分かる。
 偽天馬は上空から地上を見て、広場に設けられたバリケードの存在を理由に空中突撃を断念した。偽天馬は堕落者から「一人でも多くの人間に死という名の安寧を」と命令を受けていた。故に、敵は翼を畳み、中央広場の真ん中へと降り立った。殴れる場所に来たのなら、とバリケードを飛び越え突撃するシレークス。子供たちに手品を見せていたカズマが急ぎ黄金銃を抜き放ち。眠り扱けていたクルスが飛び起き、マテリアルの光の杭で敵を地上に縫い付ける。飛び交うザレムとコントラルトのデルタレイ。アルトは彼我の攻撃を冷静に見定めながら、最も効率の良い最適解で偽天馬の側面へと肉薄する……

 激戦は続く。
 壁に対する攻撃は絶える事なく行われ。敵の激しい攻撃により、修繕した柵に積み上げた瓦礫の一部が崩落した。
 偽天馬こそその場にいたハンターたちが討ち果たしたものの、非戦闘員にも多くの怪我人が出た。
 外壁部からも次々と負傷した男たちが中央広場に運ばれて来る。
 金目は時間を見つけては、適宜、村長に会いに行った。各所に指示を出し続ける村長もまた疲れ切っていた。彼の力強い指示がなければ、村民たちはもっと早くにパニックを起こしていただろう……

 その日の夜──
 日が沈んだ事で、戦闘は一時的に小康状態を迎えていた。
 壁に寄りかかり、心休まらぬ夜営の時を過ごす男たちの為に、シレークスとサクラが防衛任務中、僅かな休憩の時も惜しんで聖職者として祈りを説いて回る。

「スープが出来たえ~。薄味なんは京風やからやしぃ。でもでも、それもほっとするえ~?」
 多くの怪我人を出したおばさんたちに代わって、休憩時間にも関わらず琉那が配膳係を買って出た。ぐっすりと寝込んでいた金目が、その匂いに腹を鳴らしながら「ん……?」と目を醒ます。
 流石に食料品も少し心許なくなってきた。万が一、援軍の到着が遅れた場合に備え、配給も少なくなっている。
 メリルは手持ちの食料も全部荷から吐き出し、料理係の女性たちと交換し、交流を図った。
 祈りの時間を迎える─── 煌々と絶えぬ灯りの中、決して祈りを絶やさぬ人々── その光景にメリルは涙ぐみ、指先でそれを拭った。
「これぞ、我らが光の千年王国の光でございます。歪虚の影など、人々の心が灯すこの強い希望の光をもって消し去って見せましょう」

 襲撃は、当然の如く、夜中にも行われた。
 闇の中、敵のいない間を狙い、ひっそりと柵の修繕に出るB班。アルトが軍馬に引かせて持ち込んだガラクタや廃材を使い、クルスが外側を警戒する中、ロニがそれらを木材に固定し、崩れた箇所を補強する……
 かさり、とかすかな音を耳にした気がして、クルスは闇に目を凝らした。音は一つ二つと増えていき、やがて重なり合ってざわめきとなり。クルスの警告の叫びと共に、飛び出して来る雑魔の群れ── クルスは舌を打ちながら最初の雑魔に鎚を叩きつけた。そのまま壁を背にするまで下がる。
 前蹴りで敵を押し返し、右手の雑魔を殴り倒すクルス。雑魔に左手をグイと引かれて倒れた彼を、壁の上から飛び降りてきたアルトが助けた。クルスを掴む雑魔を切り捨て、互いに左右を担当しながら次から次へと討ち倒す。土嚢を駆け上がり、壁上へ立ったコントラルトが、マテリアルの火炎放射を振るって、2人に近づく雑魔どもを灼熱の焔で薙ぎ払う。
「ここは私が抑える。2人は壁の上へ!」
 柵の修理を諦め、壁外に飛び降りてきたロニが、戦う2人の前に出て、敵の侵入を拒絶する意志を不可視の境界に変えて展開した。見えざる壁に向かって歩き続ける雑魔たち。だが、地を蹴る動きにも関わらずその距離は縮まらない。
 ロニはクルスとアルトの2人が壁を登ったことを確認すると、周囲の雑魔を光の波動で吹き飛ばした後、自身も壁の上へと登った。改めて前進を再開し、柵に取り付き始めた敵を、壁の上からクルスが、アルトが突き落とし、コントラルトが焼き払う。
「柵の修理はもう不可能だ…… あとは根気との勝負だな。救援を信じて持ち堪えるしかあるまい……」
 呟くロニの耳に、ドォン! と何か重たいものを打ちつける様な音が聞こえてきた。
 例えるなら、城門に破壊鎚を打ちつけるような、そんな音── それが北門の方から、二度、三度、と続け様に響いてくる。
 それは命を懸けて能力強化を果たした堕落者が、その怪力でもって北門を壊しにかかった音だった。
「全面で攻勢、か」
「どこもかしこも湧いて出て来やがって…… なんだってんだよっ」

 ミシミシと音を立てて歪む木製扉。壁に背を預け休んでいたカズマが飛び起き、『壁歩き』で門を開ける事なく外壁の外へと回る。
 堕落者の元へは行かせまいと、闇の中から群がる雑魔たち。カズマはマテリアルで前方の空気の密度を薄くすると、背後に風を爆発させて、一気に雑魔を薙ぎ払い堕落者へと突撃していく。
「応急手当は済ませました。怪我人は中央に運んでください!」
 慌てて駆けつけて来たサクラが馬から飛び降り、襲撃に怪我をした巡礼者たちを癒して指示を出す。出しつつ、壁の上へと上がり、門前の状況を見て取り、戦慄した。
 カズマに背を斬られるのも構わず、膂力を門に集中する堕落者。サクラの背後から「門を開けやがるです!」との聞き慣れた叫びが聞こえ、サクラは驚き、振り返る。
「門を……!? しかし……!」
「このままブチ破られるよりは良いです。こちらから打って出やがるです!」
 門番に有無を言わさず迫り、壁を守る男たちに覚悟を示す。
「まだ戦える者は武器を取れ! 戦えない者は祈りを捧げよ! 我等の背には守るべき家族がある。その背は皆の祈りで支えられてると知れ!」
 気合と根性を振り絞り、魂の慟哭を奮わせる。男たちはその檄に応じた。鬨の声がうねりとなって門の内側に木霊する。
「サクラぁ! まだいけやがりますね!」
「……そこまでされて、行けないわけがないでしょう。どの道、この場を抜かせるわけにはいきません。私も援護させてもらいます……!」
 壁上から友人の傍らに下りるサクラ。ザレムもまたアクセルを吹かして応の声を上げる。
 シレークスは門に向き直った。「開門、突撃!」の言葉と共に。男たちが一斉に村外へと打って出る……


 彼我共に全力を掛けた、決戦の夜が明けた。
 損害は、決して小さなものではなかった。だが、それでも…… ハンターたちは、人々は、トルティアを守り切った。
 休憩時間を返上し、見張りの為、鐘楼の屋根の上へと上がったザレムは、その日、遠方より来たれる領主軍の姿を目の当たりにして…… 急ぎ、石壁を伝い降りると、早朝にも拘らず、バイクで村中を駆け巡り、メガホンで援軍の来援を伝えて回った。
 疲れ切って眠った人々が、その声に飛び起き、顔を見合わせ…… やがて、それが夢でないと知って歓声を爆発させる。
「やれやれ。間に合ってよかったわぁ」
「これでようやく酒が飲める…… いや」
 金目は琉那と顔を見合わせ、異口同音に同じ事を言い合った。
 ──食うよりも、酒よりも。まずは飽きるまでゆっくり眠りたい、と。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 11
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 闊叡の蒼星
    メリル・E・ベッドフォード(ka2399
    人間(紅)|23才|女性|魔術師

  • ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401
    人間(紅)|28才|女性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • 忍者(自称)
    琴吹 琉那(ka6082
    人間(蒼)|16才|女性|格闘士
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/30 23:55:49
アイコン 【防衛線開始】
龍崎・カズマ(ka0178
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/04/01 01:01:26