ゲスト
(ka0000)
【AP】時代劇「怪異狩人面奇譚」
マスター:御影堂

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/09 19:00
- 完成日
- 2016/04/16 08:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
江戸八百八町を暗闇が包む、深夜帯。
唯一の明かりが、空に浮かぶ月によってもたらされていた。浪人、千葉慎之介は酔った足取りで月灯りを頼りに帰路につく。
鼻歌一丁、ご機嫌な様子で歩いていた。
細っこい路地をいくつも抜け、一度大通りに出る。
「ん?」
そのとき視界の隅に、人影が見えた。人が腐るほど集まる江戸の街、袖振り合うも他生の縁というものだ。慎之介は非常に機嫌が良かった。
挨拶でもとふらりふらりと近づいて、気づく。
人影は着流しを纏った青年であったが、顔に仮面を付けていた。飾りっけのない、真っ白な仮面だ。目と口の部分に切り込みで穴が開けてある。
妙な奴だと片眉を上げつつも、こんばんは、と声をかけて脇を通りすぎようとした。
そのとき、後ろから腕が伸びてきた。慌ててつかもうとした手を避けると、慎之介は男を睨む。
「何だよ、てめぇ!」
距離をとって刀の柄に手をかけ、激昂した。
青年は伸ばした手と逆側に、自身がしているのと同じ仮面を持っていた。片眉を再び上げて、慎之介は再び叫ぶ。
「何なんだよ、てめぇ!」
慎之介の声に男は答えない。仮面をつけようとしているのか、ゆっくりと近づこうとしたので慎之介は刀を抜いた。男は一度立ち止まると、辺りを見渡した。
慎之介もつられて辺りを見渡せば、路地から男と同じく仮面をつけた人々が姿を表した。同じく仮面を手に、慎之介に迫る。
「ひっ」
異様な光景に、小さな悲鳴を慎之介は上げる。怒りは酔いとともに覚め、刀を手に集団に背を向けた。冷や汗が背中を滝のように流れていく。
心臓の悪い高鳴りを感じながら、慎之介は長屋に閉じこもった。
戸を押さえ、荒い呼吸を続ける。
気がつけば、朝日が障子紙を抜けて顔に当たっていた。
「……」
安堵の息をついて、慎之介は土間で眠りにつくのであった。
●
「行方不明事件に、謎の仮面集団ねぇ。狂言にしか聞こえん」
コンと乾いた音を立てて、壮年の男性が煙草を落とす。彼は久野甚右衛門といい、町奉行の一人である。彼はしかめっ面で資料に睨みを効かせていた。
「慎之介とやら以外にも、証言者は大勢います。行方不明者の増加と仮面集団の目撃時期も重なりますから……」
「皆まで言うな、平蔵」
甚右衛門はため息混じりに、煙草の煙を吐き出した。
頭をがしがしと掻き乱しながら、資料を放り投げる。広がった紙片を平蔵が整える。
「裏で手を引いてるのが、人買いの類なら俺らの出番だ。だがなぁ」
「怪異なら出番なし、ですか?」
「おうよ。そういうのは専門家の役目だ」
煙草を置いて甚右衛門はのそりと立ち上がる。資料を引き出しにしまった平蔵が草履を用意し、戸を開ける。
「行くぞ、平蔵」
「へい」
こういう怪異に強い人間というのが、江戸の町には存在する。いや、江戸の町に存在しない職業なんてないのだと、甚右衛門は思う。
「怪異退治の専門家、厄払いの御用達……と嘯く輩は五万といるが」
「本物はここにしか集まらない、ですか。聞き飽きました」
二人の目の前に現れたのは、会向院と呼ばれる寺院だ。中に茶屋が設けられ、ときおり興行が行われる。だが、時期を外した今は閑散としていた。
怪異御用達と書かれた看板が、集会所には掲げられている。その戸を三度叩いて、開いてみればエビスさんを思い起こす顔があった。
「そろそろ参られる頃だと思っておりました」
袈裟を着た男はそういって二人を中に招き入れる。
集会所には幾つかの人影があった。見知った顔もあれば、素性もわからぬ御仁もいる。気にするべくもなく甚右衛門はエビス顔の男の前に腰掛けた。
「さっそく本題に入ろうか」
出された茶を一飲して、甚右衛門はすぐにそう切り出した。
ここ十日の間に、二〇以上の町人が姿を消した。主として夜中、確かな用事で出かけた者も忽然と姿を消すという。親類縁者の訴えで奉行所も調査を行っているが、有用な手がかりを得られていない。
同時に、白くのっぺりとした仮面を被った集団が現れた。目撃情報から集団の中に行方不明者が紛れていることがわかった。だが、そこまでだ。
仮面集団がどこから現れ、どこに行くのか。目的は何なのかは不明である。
「手立てなし、任せたわ」
肩をすくめて甚右衛門は言い切る。エビス顔は困ったように頬を掻いて、
「そこまで言い切られると、何ともはや。まぁ、頼りにされてるということにしておきましょ」
エビス顔は、ふむ、と思案顔で顎を撫でる。
とんとんと机を二度指で叩き、最後にもう一度強く机を叩いた。
「仮面職人の筋を当たりましょう」
「ほう」
「力ある職人が作った仮面が、何らかの作用を得て霊気を帯びた……という筋書きでいかがかな?」
悪くない、と甚右衛門は頷く。
「では、その筋書きで」とエビス顔は奥へと引っ込んだ。その背中を見送り、甚右衛門たちは集会所を後にする。ここから先は、専門家の仕事だ。
●
「敵は暴走した面霊気と思われます。皆さんにお願いしたいのは、三つ」
エビス顔は集会所の奥に控える者たちへ、告げる。
「一つ、面霊気を生み出した職人の特定。一つ、面霊気の居所の特定。一つ、面霊気の撃退です」
力の在処は一つだが、それが拡散し仮面の仲間を増やしていると思われる。
さぁ、仕事ですとエビス顔は柏手を打つ。
今宵は月夜に白仮面。
能楽もどきを舞いに舞い、討ち倒すは面霊気。
「怪異狩人面奇譚」
いざ、開幕とご覧じましょう。
江戸八百八町を暗闇が包む、深夜帯。
唯一の明かりが、空に浮かぶ月によってもたらされていた。浪人、千葉慎之介は酔った足取りで月灯りを頼りに帰路につく。
鼻歌一丁、ご機嫌な様子で歩いていた。
細っこい路地をいくつも抜け、一度大通りに出る。
「ん?」
そのとき視界の隅に、人影が見えた。人が腐るほど集まる江戸の街、袖振り合うも他生の縁というものだ。慎之介は非常に機嫌が良かった。
挨拶でもとふらりふらりと近づいて、気づく。
人影は着流しを纏った青年であったが、顔に仮面を付けていた。飾りっけのない、真っ白な仮面だ。目と口の部分に切り込みで穴が開けてある。
妙な奴だと片眉を上げつつも、こんばんは、と声をかけて脇を通りすぎようとした。
そのとき、後ろから腕が伸びてきた。慌ててつかもうとした手を避けると、慎之介は男を睨む。
「何だよ、てめぇ!」
距離をとって刀の柄に手をかけ、激昂した。
青年は伸ばした手と逆側に、自身がしているのと同じ仮面を持っていた。片眉を再び上げて、慎之介は再び叫ぶ。
「何なんだよ、てめぇ!」
慎之介の声に男は答えない。仮面をつけようとしているのか、ゆっくりと近づこうとしたので慎之介は刀を抜いた。男は一度立ち止まると、辺りを見渡した。
慎之介もつられて辺りを見渡せば、路地から男と同じく仮面をつけた人々が姿を表した。同じく仮面を手に、慎之介に迫る。
「ひっ」
異様な光景に、小さな悲鳴を慎之介は上げる。怒りは酔いとともに覚め、刀を手に集団に背を向けた。冷や汗が背中を滝のように流れていく。
心臓の悪い高鳴りを感じながら、慎之介は長屋に閉じこもった。
戸を押さえ、荒い呼吸を続ける。
気がつけば、朝日が障子紙を抜けて顔に当たっていた。
「……」
安堵の息をついて、慎之介は土間で眠りにつくのであった。
●
「行方不明事件に、謎の仮面集団ねぇ。狂言にしか聞こえん」
コンと乾いた音を立てて、壮年の男性が煙草を落とす。彼は久野甚右衛門といい、町奉行の一人である。彼はしかめっ面で資料に睨みを効かせていた。
「慎之介とやら以外にも、証言者は大勢います。行方不明者の増加と仮面集団の目撃時期も重なりますから……」
「皆まで言うな、平蔵」
甚右衛門はため息混じりに、煙草の煙を吐き出した。
頭をがしがしと掻き乱しながら、資料を放り投げる。広がった紙片を平蔵が整える。
「裏で手を引いてるのが、人買いの類なら俺らの出番だ。だがなぁ」
「怪異なら出番なし、ですか?」
「おうよ。そういうのは専門家の役目だ」
煙草を置いて甚右衛門はのそりと立ち上がる。資料を引き出しにしまった平蔵が草履を用意し、戸を開ける。
「行くぞ、平蔵」
「へい」
こういう怪異に強い人間というのが、江戸の町には存在する。いや、江戸の町に存在しない職業なんてないのだと、甚右衛門は思う。
「怪異退治の専門家、厄払いの御用達……と嘯く輩は五万といるが」
「本物はここにしか集まらない、ですか。聞き飽きました」
二人の目の前に現れたのは、会向院と呼ばれる寺院だ。中に茶屋が設けられ、ときおり興行が行われる。だが、時期を外した今は閑散としていた。
怪異御用達と書かれた看板が、集会所には掲げられている。その戸を三度叩いて、開いてみればエビスさんを思い起こす顔があった。
「そろそろ参られる頃だと思っておりました」
袈裟を着た男はそういって二人を中に招き入れる。
集会所には幾つかの人影があった。見知った顔もあれば、素性もわからぬ御仁もいる。気にするべくもなく甚右衛門はエビス顔の男の前に腰掛けた。
「さっそく本題に入ろうか」
出された茶を一飲して、甚右衛門はすぐにそう切り出した。
ここ十日の間に、二〇以上の町人が姿を消した。主として夜中、確かな用事で出かけた者も忽然と姿を消すという。親類縁者の訴えで奉行所も調査を行っているが、有用な手がかりを得られていない。
同時に、白くのっぺりとした仮面を被った集団が現れた。目撃情報から集団の中に行方不明者が紛れていることがわかった。だが、そこまでだ。
仮面集団がどこから現れ、どこに行くのか。目的は何なのかは不明である。
「手立てなし、任せたわ」
肩をすくめて甚右衛門は言い切る。エビス顔は困ったように頬を掻いて、
「そこまで言い切られると、何ともはや。まぁ、頼りにされてるということにしておきましょ」
エビス顔は、ふむ、と思案顔で顎を撫でる。
とんとんと机を二度指で叩き、最後にもう一度強く机を叩いた。
「仮面職人の筋を当たりましょう」
「ほう」
「力ある職人が作った仮面が、何らかの作用を得て霊気を帯びた……という筋書きでいかがかな?」
悪くない、と甚右衛門は頷く。
「では、その筋書きで」とエビス顔は奥へと引っ込んだ。その背中を見送り、甚右衛門たちは集会所を後にする。ここから先は、専門家の仕事だ。
●
「敵は暴走した面霊気と思われます。皆さんにお願いしたいのは、三つ」
エビス顔は集会所の奥に控える者たちへ、告げる。
「一つ、面霊気を生み出した職人の特定。一つ、面霊気の居所の特定。一つ、面霊気の撃退です」
力の在処は一つだが、それが拡散し仮面の仲間を増やしていると思われる。
さぁ、仕事ですとエビス顔は柏手を打つ。
今宵は月夜に白仮面。
能楽もどきを舞いに舞い、討ち倒すは面霊気。
「怪異狩人面奇譚」
いざ、開幕とご覧じましょう。
リプレイ本文
●
江戸八百八町を歩いてみれば、いつかは当たる、寺社仏閣。
ここは行き着く先の会向院。集うは妖魔退治の専門家。
当たるも八卦当たらぬも八卦は占い文句、妖魔退治も之同じ。
「もちろん、皆様方は『当たり』であると私は信じておりますよ」
エビス顔の男は、柏手を打った後、そう続けた。
目の前にいるのは四人の男女。中には異人も混じっているが、ここでは妖魔退治さえ請け負えば何も問われはしない。
「……この様な怪異が起こるからこそ、此処へ集うのがやめられない」
静かな笑みを浮かべ、二本の刀に手を添える男が告げる。男の名は、蘇芳 和馬(ka0462)といった。
年若ではあるが、腕は確かと聞く。蘇芳神影流の宗家の生まれ、この年にして師範代を任される剣客だ。
蘇芳神影流の裏の顔こそ、怪異を断じる剣である。かつて、エビス顔はこの青年から必要あらば神さえ斬ってみせると聞いたことがある。
あの言葉を思い出しながら、エビス顔の視線が和馬に向いた。
視線を感じ取り、和馬は続けて言う。
「後は私たちに任せておけ」
「それは、頼もしい」
「待て。まずはコレの話も聞いておこうか」
不意に横から会話に加わったのは、笠に着流しの浪人風の男だった。確か、名は南星静十郎(Gacrux(ka2726)といっただろうか。
この集会所へ身を寄せた理由は、仇討の旅費稼ぎであったか。彼は世話役の某の紹介でここを訪れたのだと、エビス顔は思い出す。
なるほど、諸国をめぐる金欲しさとあれば報酬は気になるところであろう。
「最低でも、これほどは出させていただきましょう」
「ほう。見世物小屋より、割りがいいな」
感心した声を上げたのは、黒子(クリスティン・ガフ(ka1090)なる人物だ。彼女の口には楊枝、肩から羽織を掛けていた。
傍らに笠と刀を置く彼女は、元女渡世人を自称していた。曰く一家離散、一人旅の末にさる一座に身を寄せた後、今に至るという。
彼女を特徴づけるのは、何よりもその刀であろう。
反りの深い厚重ねの身幅、装飾は見えないが鞘から一度抜くと赤黒い刀身が姿をあらわす。銘は『祢々切丸』という。
黒子が属する流派、斬魔剛剣術を最大限に活かすべく作られた刀だ。
「ところで、報酬の前借りはできるのかい?」
黒子の問いかけに、エビス顔が口を固く結ぶ。
重ねて黒子はもう一度、問いかける。
「もしくは調査費用を別でくれるっていうなら万々歳だ」
「では、前借りで」
間髪入れずに今度は答えが返ってきた。いささか不満も残るが、報酬の額が額なのだ。些細な金勘定は、飲み込んでしまうが吉である。
「不自由ない生活をしようと思ったら、何かとお金はかかりますからね。何かと報酬がよいのは助かります」
不意に声を上げたのは、異国の少女であった。名は、エルバッハ・リオン(ka2434)。異国より長崎から江戸まで流れに流れた妖術師である。
他の三人に比べて明らかに異質だが、腕は確かだ。
表立って商売を立てることができない以上、生活のために依頼を請けている。もっとも、やる気が無いわけではない。
「さすがに死人が出たら寝覚めが悪いですから、さっさと事件を解決しましょうか」
思案顔でエルは頷いていた。
エビス顔は四人の顔を改めて見渡し、一礼する。彼が去ると同時に、黒子と静十郎が立ち上がった。
「夕刻頃、再び集まろう。いいですね」
和馬やエルも異論はない。二人が出て行くのに続いて、集会所を後にする。
かくして、四人の退魔師は江戸市井に繰り出すのであった。
●
江戸は出版文化の花開いた時代とも呼ばれている。
書物はもとより錦絵や双六、番付まで多種多様な出版物が生み出された時代なのだ。地図もその例外ではない。
切絵図と呼ばれた地図は、色彩豊かな錦刷り、詳細に江戸の町を写しとっていた。紙幅の関係で切絵図は区画が細かく分かれている。事件を追うべく、必要な数を揃えれば値も張る。
集会所を後にした黒子と静十郎は、その足で錦絵屋『鶴八』を訪れていた。錦絵から切絵図などの一枚物を扱う大型の錦絵屋である。店頭に並ぶ切絵図を一通り眺め、黒子は眉間にしわを寄せた。
「手痛い出費だ」
「ならば分けますか?」
「そうするしかないか。ご主人、そこにある番付もよこしてくれ」
地域を分けて購入し、後ほど交換する。これならば、出費は半分で済む。浮いた銭で黒子は追加で番付を一つ購入した。
番付とは、様々な物事を順位付けした一枚物の読み物である。話題の和菓子から歌舞伎役者に至るまで、多種多様な番付がこの時代には刷られていた。
黒子が購入したのは番付の中でも、仮面に関する番付であった。曰く祭りで人気のある仮面を売る商人もしくは職人の番付らしい。
黒子は、「うってつけだ」と満足気に番付を眺める。
「では、ここで別れよう」
そう告げて去っていく静十郎は、寺社関連の読本を手にしているのだった。
二人が錦絵屋を後にした正午頃、
「……すまない。少し尋ねてもよいだろうか?」
和馬は仮面集団の目撃者を探し、食堂を渡り歩いていた。人が集まるところに情報は集まるものだ。耳ざとく、口の軽い者を探し当て、一つ尋ねればいい。
「最近、仮面の集団を目撃したと吹聴している者がいると聞いたのだが」
自分が仮面集団を目撃したわけではないのだから、何も臆することがない。口が軽いから、個人名を含めてよく喋る。いつか口を災いの元にしないことを、こころばかりに祈る。
昼下がりともなれば、人影もまばらとなる。それでも、遅めの昼食にありつくものがいる。逆に早めの酒に溺れようとする者もいる。
和馬が選んだのは、後者だった。
そいつは、燻ぶれた小料理屋の末席に腰掛け、つまみに芋の煮物に干物の炙りを広げていた。傍らには頼んだばかりの徳利が置かれている。
見るに、飲み始めたところのようだ。
「……隣、いいかい?」
「なんだい。まぁ、いいけど」
和馬は手始めに名前を聞いた。無論、自ら名前を先に告げておく。警戒心はあるが、男は千葉慎之介と教えてくれた。彼は、いわゆる傘張り浪人であった。
それでも、酒に手が出るのは性分らしい。
世間話から入り、警戒を解くうちに慎之介の顔がほんのり赤くなっていた。
「……少し、訪ねてもいいだろうか」
「ん、なんだい」
「面の集団をお主が見たという話を聞いたのだが、本当か?」
尋ねた瞬間、手に持っていた猪口が滑り落ちた。机の上に冷酒がこぼれ、甘い香りが立ち上る。慌てて慎之介は布巾を借りてきたが、眉間にはシワが寄っていた。
「……気付と手間賃代わりだ、ここは奢ろう。話しては、くれないか」
「……とは思わないんで?」
「私は、その集団を追っているんだ」
慎之介はありがたく猪口に注ぎ直した酒を煽ると、話し始めた。とても演技をしているとは思えない。一通り、話が終わると和馬は口を開いた。
「……一つ確認したい」
「なんだ」
「……夜更けに面の姿をハッキリと見たのだな?」
頷きによって、慎之介は肯定を示す。
「と、すれば月明かりが灯っていたか。あなたが、提灯を使っていたかになる」
慎之介は上を向き、目を閉じた。低い唸り声を聞きながら、和馬は重ねて聞く。
「あなたは、どっちだ?」
●
今日、江戸の町に非常に目立つ存在がいた。
異国の衣装に身をまとい、平然と出歩く一人の少女だ。少女は住民の間を何でもないように通りぬけ、とある情報を集めていた。
「あなたは仮面集団を見たんですね」
ようやく三人目。エルはひとりひとり目撃者に情報を確認していた。
どこで見て、どこから来て、どこへ向かったのか。淡々と訪ね歩いていたのだが、中には不審がる者もいる。
「なして、そんなことを聞く?」
「怪しげな仮面集団を取り締まるための仕事の手伝いを受けたからです」
いわゆる手下という奴だと思わせることで、情報を引き出させる。異国の服をまとうのも、目立つ格好のほうが情報を集めやすいからだ。
三人目の男は、半信半疑といったところで口をつむぐ。ちらりと目線が自身の胸へ向いたのをエルは見逃さなかった。
すかさず男の手をつかみ、自らの胸元へ押し付ける。
「お願いですから、教えてくれませんか」
耳元で囁くように告げれば、男はしかりと口を滑らした。だが、そのあとがよろしくない。男の手が別の場所へ伸びようとしたところで、エルは声色を変えた。
「大事なものを潰しますよ?」
殺気の篭った一言に、男はから笑いをあげながら両手を上げるのだった。
その頃、地図を片手に黒子は職人の家を尋ね回っていた。
「こいつは仕事の相棒だが、こいつのような力を有する面を作れる職人を知らないか」
売れ数よりも実力で人を探している、と問えば噂ぐらいは立っているもの。次第に一人の職人が浮かび上がってきた。
数人の職人が浮かび上がったが、その中でも気になる職人がいた。
ちょうど静十郎と地図を交換するべく、情報も交換する。そのとき、静十郎も黒子と同じ人物に当っていた。
「寺社を当たってきましたが、曰く、本人にそのつもりがなくとも出来が良すぎる場合や奉納された仮面には力が宿るということです」
神主や坊主に聞いた話の中に、気になるものがあった。
「最近、仮面を潰れた寺社に奉納する人物がいると噂が立っていました」
何でも、その職人は願をかけているのだという。だが、何の因果か、奇跡的な出来栄えの仮面が神社の中で神力を得たのだろう。
「それじゃあ、言ってみるとしようか」
黒子は相棒片手に職人の下を訪ねることを決めるのだった。
●
夕刻、空が茜色に染まる頃。
「これらが、職人の訪れた寺社だ」
黒子は地図の上に朱で印をつけていく。職人からどの寺社をいつ訪れ、どんな仮面を奉納したのかを尋ねたのだ。
黒子と静十郎の集めた職人回りの情報、そして、和馬とエルの目撃情報を集めて本拠地を割り出す。
職人から聞き出した仮面の特性と、和馬が確認した月明かりの条件を重ねて出現条件の結論を導き出す。
「……条件が見えたな」
「ならば、今晩……ですかね」
和馬に目配せして、静十郎が聞く。
和馬はしかりと頷き、窓の外を見た。
「……今宵は満月。怪異を狩るには調度よい晩よ」
●
江戸の町に鬱蒼と生い茂る雑木林。
その奥に、くだんの廃社があった。社の名前はすでに廃れて読むことはできず、木々は境内にまで枝葉を侵食させる。
月明かりの下、砂利を踏みしめながら和馬たちは社の奥へと進んでいた。一つ大きめの鳥居をくぐれば、すでに相手方は準備ができているらしい。
ぞろぞろと姿を見せた仮面の集団を前に、和馬が告げる。
「……手下は任すぞ」
同時に和馬の身体が跳ねた。かの名将、源義経が見せた八艘飛びを髣髴とさせる身軽さで集団の中を行く。
和馬を見届けて動いたのは、エルだ。眠りを催す霧を集団の中に発生させ、何人かの行動力を奪う。仮面に意識を取られていても、身体が動かなければ意味がない。
倒れるのを見てエルは有効と判断した。
「任された、といっておきますかねぇ」
置いて行かれた静十郎は、ため息混じりに告げると刀を構えた。守りを主体とし、操られた者共を引きつけ、渾身の峰打ち。勢いをつけた打ち込みで、転倒した相手の仮面に一撃を叩き込む。
面霊気の作りし模造品。本物に比べて容易く割れる。
背後に気をつけながら、近づくものの鳩尾を叩きながら進む。静十郎の視線の向こう側で、黒子は敵の中を走り回っていた。
「数だけは多いな」
独りごちながら、正確無比な攻撃を仮面に叩き込む。配下相手に刀を抜くまでもない。納刀状態のまま、ぶっ叩いて仮面を壊す。刀が振り回せない距離ならば、ならったばかりの回し蹴りや突きを繰り出し対処する。
石灯籠に生えた木々、あらゆるものを足場に用い、黒子は奮闘していた。
「邪魔をしないでもらおうか」
配下の仮面を刀の柄で割り、和馬は親玉に辿り着いていた。すかさず奔る光の線を紙一重で躱して切っ先を面霊気へと向ける。ふよふよと浮かぶ面霊気は手早く分身を生み出すと、和馬へと繰り出した。
分身を交差するように躱しながら叩き割り、前進。軽快な跳躍で面霊気との距離を詰めようとする。一方の面霊気は距離を離すべく、分身の数を増やして対抗した。
和馬の手数がわずかに面霊気に勝るも、一閃が届かない。次第に加速する中、風刃が和馬の脇を通り抜けていった。
エルだ。
風の守りを自らに掛けたエルは、配下の間をすり抜けながら面霊気を狙う。正しくは、その分身を風の刃で切り裂く。
一瞬視線を送れば、背後にいたはずの面霊気の手下はだいぶ数が減っていた。所詮は烏合の衆、戦い慣れた者の相手ではない。
「さて、斬らせてもらおうか」
「……その前に、お前が事件を起こした理由を問いたい」
黒子が斬魔刀を抜き放ち、静十郎が面霊気へ問う。微かな間の後、小さな風音が面霊気の声を運ぶ。曰く、「サンパイ……シンジン」。
「こんなところに奉納されても、誰も来ませんからね。強制的に連れてきたというところでしょうか」
エルの見解に、静十郎が嘆息を漏らす。そうであるならば、悪意はないにしろ職人は罪づくりなことをしていたことになる。
「せめて、無念を晴らすとしよう」
静十郎の声に、全員が肯定を示した。刹那、静十郎が面霊気へ急速に接近し壁を作っていた分身を蹴散らす。エルの風刃がそれを補助し、道が作られた。
面霊気の光の収縮を見切り、和馬が光線を躱す。まっすぐに叩きこまれた剣筋、そして、裏側からは黒子が合わせて斬魔刀を切り結んでいた。
ばつ印を刻み込まれ、面霊気はひび割れる。ヒビは割れ目から一気に全体へと広がり、パラパラとその身は砕け落ちた。
「一件落着、ですか」
エルの言葉に振り向けば、人々を捉えていた面もまた力を失して風に消える。いずれ目を覚ますだろう彼らを社の中に運び入れ、報告へと足取りは向く。
宵闇に浮かぶ満月に、思い出すは仮面の笑み。
今宵も江戸八百八町に妖魔あり、妖魔があれば退魔師あり……。
蛇足、後日譚。
仮面職人には廃棄された寺社に無断で仮面を奉納したとして、寺社奉行より注意が言い渡された。かような軽い処分に落ち着いたのは、南星なにがしという浪人の口添えがあったからだと、風のうわさが流れるのであった。
江戸八百八町を歩いてみれば、いつかは当たる、寺社仏閣。
ここは行き着く先の会向院。集うは妖魔退治の専門家。
当たるも八卦当たらぬも八卦は占い文句、妖魔退治も之同じ。
「もちろん、皆様方は『当たり』であると私は信じておりますよ」
エビス顔の男は、柏手を打った後、そう続けた。
目の前にいるのは四人の男女。中には異人も混じっているが、ここでは妖魔退治さえ請け負えば何も問われはしない。
「……この様な怪異が起こるからこそ、此処へ集うのがやめられない」
静かな笑みを浮かべ、二本の刀に手を添える男が告げる。男の名は、蘇芳 和馬(ka0462)といった。
年若ではあるが、腕は確かと聞く。蘇芳神影流の宗家の生まれ、この年にして師範代を任される剣客だ。
蘇芳神影流の裏の顔こそ、怪異を断じる剣である。かつて、エビス顔はこの青年から必要あらば神さえ斬ってみせると聞いたことがある。
あの言葉を思い出しながら、エビス顔の視線が和馬に向いた。
視線を感じ取り、和馬は続けて言う。
「後は私たちに任せておけ」
「それは、頼もしい」
「待て。まずはコレの話も聞いておこうか」
不意に横から会話に加わったのは、笠に着流しの浪人風の男だった。確か、名は南星静十郎(Gacrux(ka2726)といっただろうか。
この集会所へ身を寄せた理由は、仇討の旅費稼ぎであったか。彼は世話役の某の紹介でここを訪れたのだと、エビス顔は思い出す。
なるほど、諸国をめぐる金欲しさとあれば報酬は気になるところであろう。
「最低でも、これほどは出させていただきましょう」
「ほう。見世物小屋より、割りがいいな」
感心した声を上げたのは、黒子(クリスティン・ガフ(ka1090)なる人物だ。彼女の口には楊枝、肩から羽織を掛けていた。
傍らに笠と刀を置く彼女は、元女渡世人を自称していた。曰く一家離散、一人旅の末にさる一座に身を寄せた後、今に至るという。
彼女を特徴づけるのは、何よりもその刀であろう。
反りの深い厚重ねの身幅、装飾は見えないが鞘から一度抜くと赤黒い刀身が姿をあらわす。銘は『祢々切丸』という。
黒子が属する流派、斬魔剛剣術を最大限に活かすべく作られた刀だ。
「ところで、報酬の前借りはできるのかい?」
黒子の問いかけに、エビス顔が口を固く結ぶ。
重ねて黒子はもう一度、問いかける。
「もしくは調査費用を別でくれるっていうなら万々歳だ」
「では、前借りで」
間髪入れずに今度は答えが返ってきた。いささか不満も残るが、報酬の額が額なのだ。些細な金勘定は、飲み込んでしまうが吉である。
「不自由ない生活をしようと思ったら、何かとお金はかかりますからね。何かと報酬がよいのは助かります」
不意に声を上げたのは、異国の少女であった。名は、エルバッハ・リオン(ka2434)。異国より長崎から江戸まで流れに流れた妖術師である。
他の三人に比べて明らかに異質だが、腕は確かだ。
表立って商売を立てることができない以上、生活のために依頼を請けている。もっとも、やる気が無いわけではない。
「さすがに死人が出たら寝覚めが悪いですから、さっさと事件を解決しましょうか」
思案顔でエルは頷いていた。
エビス顔は四人の顔を改めて見渡し、一礼する。彼が去ると同時に、黒子と静十郎が立ち上がった。
「夕刻頃、再び集まろう。いいですね」
和馬やエルも異論はない。二人が出て行くのに続いて、集会所を後にする。
かくして、四人の退魔師は江戸市井に繰り出すのであった。
●
江戸は出版文化の花開いた時代とも呼ばれている。
書物はもとより錦絵や双六、番付まで多種多様な出版物が生み出された時代なのだ。地図もその例外ではない。
切絵図と呼ばれた地図は、色彩豊かな錦刷り、詳細に江戸の町を写しとっていた。紙幅の関係で切絵図は区画が細かく分かれている。事件を追うべく、必要な数を揃えれば値も張る。
集会所を後にした黒子と静十郎は、その足で錦絵屋『鶴八』を訪れていた。錦絵から切絵図などの一枚物を扱う大型の錦絵屋である。店頭に並ぶ切絵図を一通り眺め、黒子は眉間にしわを寄せた。
「手痛い出費だ」
「ならば分けますか?」
「そうするしかないか。ご主人、そこにある番付もよこしてくれ」
地域を分けて購入し、後ほど交換する。これならば、出費は半分で済む。浮いた銭で黒子は追加で番付を一つ購入した。
番付とは、様々な物事を順位付けした一枚物の読み物である。話題の和菓子から歌舞伎役者に至るまで、多種多様な番付がこの時代には刷られていた。
黒子が購入したのは番付の中でも、仮面に関する番付であった。曰く祭りで人気のある仮面を売る商人もしくは職人の番付らしい。
黒子は、「うってつけだ」と満足気に番付を眺める。
「では、ここで別れよう」
そう告げて去っていく静十郎は、寺社関連の読本を手にしているのだった。
二人が錦絵屋を後にした正午頃、
「……すまない。少し尋ねてもよいだろうか?」
和馬は仮面集団の目撃者を探し、食堂を渡り歩いていた。人が集まるところに情報は集まるものだ。耳ざとく、口の軽い者を探し当て、一つ尋ねればいい。
「最近、仮面の集団を目撃したと吹聴している者がいると聞いたのだが」
自分が仮面集団を目撃したわけではないのだから、何も臆することがない。口が軽いから、個人名を含めてよく喋る。いつか口を災いの元にしないことを、こころばかりに祈る。
昼下がりともなれば、人影もまばらとなる。それでも、遅めの昼食にありつくものがいる。逆に早めの酒に溺れようとする者もいる。
和馬が選んだのは、後者だった。
そいつは、燻ぶれた小料理屋の末席に腰掛け、つまみに芋の煮物に干物の炙りを広げていた。傍らには頼んだばかりの徳利が置かれている。
見るに、飲み始めたところのようだ。
「……隣、いいかい?」
「なんだい。まぁ、いいけど」
和馬は手始めに名前を聞いた。無論、自ら名前を先に告げておく。警戒心はあるが、男は千葉慎之介と教えてくれた。彼は、いわゆる傘張り浪人であった。
それでも、酒に手が出るのは性分らしい。
世間話から入り、警戒を解くうちに慎之介の顔がほんのり赤くなっていた。
「……少し、訪ねてもいいだろうか」
「ん、なんだい」
「面の集団をお主が見たという話を聞いたのだが、本当か?」
尋ねた瞬間、手に持っていた猪口が滑り落ちた。机の上に冷酒がこぼれ、甘い香りが立ち上る。慌てて慎之介は布巾を借りてきたが、眉間にはシワが寄っていた。
「……気付と手間賃代わりだ、ここは奢ろう。話しては、くれないか」
「……とは思わないんで?」
「私は、その集団を追っているんだ」
慎之介はありがたく猪口に注ぎ直した酒を煽ると、話し始めた。とても演技をしているとは思えない。一通り、話が終わると和馬は口を開いた。
「……一つ確認したい」
「なんだ」
「……夜更けに面の姿をハッキリと見たのだな?」
頷きによって、慎之介は肯定を示す。
「と、すれば月明かりが灯っていたか。あなたが、提灯を使っていたかになる」
慎之介は上を向き、目を閉じた。低い唸り声を聞きながら、和馬は重ねて聞く。
「あなたは、どっちだ?」
●
今日、江戸の町に非常に目立つ存在がいた。
異国の衣装に身をまとい、平然と出歩く一人の少女だ。少女は住民の間を何でもないように通りぬけ、とある情報を集めていた。
「あなたは仮面集団を見たんですね」
ようやく三人目。エルはひとりひとり目撃者に情報を確認していた。
どこで見て、どこから来て、どこへ向かったのか。淡々と訪ね歩いていたのだが、中には不審がる者もいる。
「なして、そんなことを聞く?」
「怪しげな仮面集団を取り締まるための仕事の手伝いを受けたからです」
いわゆる手下という奴だと思わせることで、情報を引き出させる。異国の服をまとうのも、目立つ格好のほうが情報を集めやすいからだ。
三人目の男は、半信半疑といったところで口をつむぐ。ちらりと目線が自身の胸へ向いたのをエルは見逃さなかった。
すかさず男の手をつかみ、自らの胸元へ押し付ける。
「お願いですから、教えてくれませんか」
耳元で囁くように告げれば、男はしかりと口を滑らした。だが、そのあとがよろしくない。男の手が別の場所へ伸びようとしたところで、エルは声色を変えた。
「大事なものを潰しますよ?」
殺気の篭った一言に、男はから笑いをあげながら両手を上げるのだった。
その頃、地図を片手に黒子は職人の家を尋ね回っていた。
「こいつは仕事の相棒だが、こいつのような力を有する面を作れる職人を知らないか」
売れ数よりも実力で人を探している、と問えば噂ぐらいは立っているもの。次第に一人の職人が浮かび上がってきた。
数人の職人が浮かび上がったが、その中でも気になる職人がいた。
ちょうど静十郎と地図を交換するべく、情報も交換する。そのとき、静十郎も黒子と同じ人物に当っていた。
「寺社を当たってきましたが、曰く、本人にそのつもりがなくとも出来が良すぎる場合や奉納された仮面には力が宿るということです」
神主や坊主に聞いた話の中に、気になるものがあった。
「最近、仮面を潰れた寺社に奉納する人物がいると噂が立っていました」
何でも、その職人は願をかけているのだという。だが、何の因果か、奇跡的な出来栄えの仮面が神社の中で神力を得たのだろう。
「それじゃあ、言ってみるとしようか」
黒子は相棒片手に職人の下を訪ねることを決めるのだった。
●
夕刻、空が茜色に染まる頃。
「これらが、職人の訪れた寺社だ」
黒子は地図の上に朱で印をつけていく。職人からどの寺社をいつ訪れ、どんな仮面を奉納したのかを尋ねたのだ。
黒子と静十郎の集めた職人回りの情報、そして、和馬とエルの目撃情報を集めて本拠地を割り出す。
職人から聞き出した仮面の特性と、和馬が確認した月明かりの条件を重ねて出現条件の結論を導き出す。
「……条件が見えたな」
「ならば、今晩……ですかね」
和馬に目配せして、静十郎が聞く。
和馬はしかりと頷き、窓の外を見た。
「……今宵は満月。怪異を狩るには調度よい晩よ」
●
江戸の町に鬱蒼と生い茂る雑木林。
その奥に、くだんの廃社があった。社の名前はすでに廃れて読むことはできず、木々は境内にまで枝葉を侵食させる。
月明かりの下、砂利を踏みしめながら和馬たちは社の奥へと進んでいた。一つ大きめの鳥居をくぐれば、すでに相手方は準備ができているらしい。
ぞろぞろと姿を見せた仮面の集団を前に、和馬が告げる。
「……手下は任すぞ」
同時に和馬の身体が跳ねた。かの名将、源義経が見せた八艘飛びを髣髴とさせる身軽さで集団の中を行く。
和馬を見届けて動いたのは、エルだ。眠りを催す霧を集団の中に発生させ、何人かの行動力を奪う。仮面に意識を取られていても、身体が動かなければ意味がない。
倒れるのを見てエルは有効と判断した。
「任された、といっておきますかねぇ」
置いて行かれた静十郎は、ため息混じりに告げると刀を構えた。守りを主体とし、操られた者共を引きつけ、渾身の峰打ち。勢いをつけた打ち込みで、転倒した相手の仮面に一撃を叩き込む。
面霊気の作りし模造品。本物に比べて容易く割れる。
背後に気をつけながら、近づくものの鳩尾を叩きながら進む。静十郎の視線の向こう側で、黒子は敵の中を走り回っていた。
「数だけは多いな」
独りごちながら、正確無比な攻撃を仮面に叩き込む。配下相手に刀を抜くまでもない。納刀状態のまま、ぶっ叩いて仮面を壊す。刀が振り回せない距離ならば、ならったばかりの回し蹴りや突きを繰り出し対処する。
石灯籠に生えた木々、あらゆるものを足場に用い、黒子は奮闘していた。
「邪魔をしないでもらおうか」
配下の仮面を刀の柄で割り、和馬は親玉に辿り着いていた。すかさず奔る光の線を紙一重で躱して切っ先を面霊気へと向ける。ふよふよと浮かぶ面霊気は手早く分身を生み出すと、和馬へと繰り出した。
分身を交差するように躱しながら叩き割り、前進。軽快な跳躍で面霊気との距離を詰めようとする。一方の面霊気は距離を離すべく、分身の数を増やして対抗した。
和馬の手数がわずかに面霊気に勝るも、一閃が届かない。次第に加速する中、風刃が和馬の脇を通り抜けていった。
エルだ。
風の守りを自らに掛けたエルは、配下の間をすり抜けながら面霊気を狙う。正しくは、その分身を風の刃で切り裂く。
一瞬視線を送れば、背後にいたはずの面霊気の手下はだいぶ数が減っていた。所詮は烏合の衆、戦い慣れた者の相手ではない。
「さて、斬らせてもらおうか」
「……その前に、お前が事件を起こした理由を問いたい」
黒子が斬魔刀を抜き放ち、静十郎が面霊気へ問う。微かな間の後、小さな風音が面霊気の声を運ぶ。曰く、「サンパイ……シンジン」。
「こんなところに奉納されても、誰も来ませんからね。強制的に連れてきたというところでしょうか」
エルの見解に、静十郎が嘆息を漏らす。そうであるならば、悪意はないにしろ職人は罪づくりなことをしていたことになる。
「せめて、無念を晴らすとしよう」
静十郎の声に、全員が肯定を示した。刹那、静十郎が面霊気へ急速に接近し壁を作っていた分身を蹴散らす。エルの風刃がそれを補助し、道が作られた。
面霊気の光の収縮を見切り、和馬が光線を躱す。まっすぐに叩きこまれた剣筋、そして、裏側からは黒子が合わせて斬魔刀を切り結んでいた。
ばつ印を刻み込まれ、面霊気はひび割れる。ヒビは割れ目から一気に全体へと広がり、パラパラとその身は砕け落ちた。
「一件落着、ですか」
エルの言葉に振り向けば、人々を捉えていた面もまた力を失して風に消える。いずれ目を覚ますだろう彼らを社の中に運び入れ、報告へと足取りは向く。
宵闇に浮かぶ満月に、思い出すは仮面の笑み。
今宵も江戸八百八町に妖魔あり、妖魔があれば退魔師あり……。
蛇足、後日譚。
仮面職人には廃棄された寺社に無断で仮面を奉納したとして、寺社奉行より注意が言い渡された。かような軽い処分に落ち着いたのは、南星なにがしという浪人の口添えがあったからだと、風のうわさが流れるのであった。
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「怪異狩人面奇譚・相談処」 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/04/09 16:38:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/09 13:03:34 |