リリーの願い

マスター:西尾厚哉

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/04/14 22:00
完成日
2016/04/22 17:20

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「ハンターに会いたい? どうして?」
 フォン・シュタイン農園主、ブリッツ・フォン・シュタインはリリーに差し出された紙を見て不思議そうに彼女に目を向けた。
 リリーは再び紙に書いた。
『小さい時、私を助け出してくれた。お礼が言いたい』
『誰かの依頼なら、ハンターへの報酬は終わってるよ』
 ブリッツは返事を書く。
『私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれた。母が守った命を大切に生きろと言ってくれた』
 リリーの書いた文字をブリッツは見つめた。
 几帳面に整った文字だった。


 リリーは、一年前に他界したブリッツの父が雇い入れたらしい。
 でも、屋敷ではなく農園のほうにいた彼女のことをブリッツは知らなかった。
 葡萄の栽培からワイン造りの管理は亡き父と叔父がやっていて、甘やかされて育ったブリッツがようやっと家業について学ぼうと腰をあげたのは半年前だ。
 叔父夫婦や親類がブリッツを落ち着かせようと嫁探しに躍起になったため、疎ましくなったのだ。
「や、僕ね、結婚はちゃんと家の仕事の勉強してからって思うんだ。奥さんも自分で探すよ」
 そんなことを嘯いていた彼がふとリリーに目を止めたのは、彼女の風貌がブリッツの価値観にある女性像とはかけ離れていたからだった。
 大きくがっしりした体つきで、眉が太く鼻梁も太い。
 きゅっと髪を後ろでひっつめているので角ばった顎が余計に際立った。
 彼女は大きなシーツをまるで小さなテーブルクロスのようにぱんとはたいてひらりと干した。
 リリーは数か月前にぎっくり腰になっていて、それがどうもそれが癖になってしまったために叔父の勧めで農園から屋敷の方の仕事をすることになったらしい。
 彼女の耳が不自由で、喋ることもできないと知ったのはだいぶんあとになってからだ。
 教えてくれたのは叔父だ。
「小さい時に、生家で歪虚の襲撃に遭ったらしい」
 リリーの母は彼女を台所の床下に押し込んだ。
「リリー、何があっても声を出してはだめ。耳を塞ぎなさい。あなたは何も聞こえない」
 そう言われて閉められた扉の奥で、彼女は身を縮めて自分の手で耳を塞いだ。
 どれくらいの時間がたったのか、ようよう扉が開いて救いあげられた時、母の姿はなかった。
「兄貴(ブリッツの父)が言うには、彼女の不自由は心の問題らしいんだが、仕事をする分には問題ないし、きっと回復するから長い目で見てやってくれ、ということだった」
 叔父は言った。
 実際、働き手としてのリリーは優秀で、勘もいいし常に胸元に紙切れと鉛筆を入れているので、ややこしいことは筆談すれば事足りた。
 気遣いは細やかで特に洗濯が大好きらしかった。
 ブリッツは何となくリリーに興味を持った。
 父はどうして彼女をわざわざ雇い入れたのだろう。
 働き手は十分に足りていたはずだった。
「父とはどうやって知り合ったの?」
 干したばかりのシーツの影から顔を覗かせてリリーに話しかけてみた。
 リリーは不思議そうにブリッツの顔を見つめる。
「僕の 父とね 知り合い?」
 ゆっくり言ってみる。
 じっとブリッツの口元を見ていたリリーは、胸元から紙きれと鉛筆を取り出すと何やら書いてブリッツに示した。
―― 飲み物をお持ちしましょうか?
 ブリッツは暫くそれを見つめたあと、リリーの手から鉛筆をとってその下に書いた。
『僕と一緒に農園の見回りに。お弁当の用意をして』
 リリーはそれを読んで少しびっくりしたような目をしたが、すぐに頷いて屋敷に入って行った。

 ブリッツはカッコよくリリーを馬上で自分の前に乗せたかったが、彼女の壁のような背で前が全く見えないので、やむなく後ろに乗せた。
 そうすると、ブリッツは彼女の胸の下あたりでちんまりと収まり、手綱を握っているのはリリーのようにも見えた。
 でも、リリーの大きな胸が自分の肩あたりでゆさゆさ揺れているのを感じるのは何となく嬉しかったりした。
 農園を一回りして、ふたりは見晴らしの良い場所でお弁当を広げた。
 リリーは敷物をきっちりと皺のないように敷き、ブリッツが食べやすいように食べ物を広げ、自分は隅に腰を下ろした。
 ブリッツがもっとそばに来るようにと勧めても頑として近づかなかった。
 お弁当を食べている間、ブリッツはリリーがそっと花を摘んでいるのを見た。
 その花が夕食のテーブルの上にそっと飾られていた。
 

 リリーを連れて農園の見回りに行くことが多くなった。
 彼女を馬に乗せるとふんわりと石鹸の匂いがした。
 近くで見ると、意外に睫毛が長いことがわかった。
 彼女との会話は主に筆談だった。
 リリーは農園にいたから、ブリッツよりも葡萄のことに詳しかった。
 彼女が教えてくれることをブリッツは夢中で覚えた。
『次の収穫で父がやっていたように僕も手伝いを。一緒にやってくれる? 君の腰に負担はかけないよ。重いものは僕が持つから』
 ブリッツはリリーに紙を渡した。
 リリーはそれを見て何やら書き加えてきた。
『葡萄の房をひとつずつ運ぶおつもりですか?』
「ひどいな、僕はそんなにひ弱じゃないよ」
 ブリッツが口を尖らせると、リリーは微かに笑った。
 その時、ブリッツの心を貫いたものがあった。
 リリーが笑った。
 リリー、もっと笑ってよ。
 君の声が聞きたいよ。
 そして気づいた。
 僕は、もしかしてリリーに恋してる?

 ブリッツにとってそれは衝撃だった。
 リリーのごつい手をぎゅっと握り締めたい。
 長い睫毛の下から自分をじっと見つめて欲しい。
 そしてあの豊かな胸にぱっふんと身を埋めてみたい。
 そんなことを想像したら、もういてもたってもいられない。
 まさかこんな気持ちになるなんて。
 プロポーズしたら、リリーは受けてくれるかな。
「リリー、あのね、葡萄のことたくさん教えてくれてありがとう」
 ブリッツはいつものようにお弁当を広げたリリーに言った。
 リリーは不思議そうにブリッツを見つめている。
「あのさ、僕ね、君と……」
 言いかけた時、リリーはふいと顔を反らし、お弁当に寄って来た蜂を手で追い払った。
 ブリッツは紙と鉛筆を取り出す。
―― 結婚してください。
 ……書けなかった。
 代わりに書いた。
『葡萄のこと教えてくれたお礼がしたい。何か望みがありますか』
 それを読んだリリーはいらないというようにかぶりを振ったが、ブリッツは紙をリリーに押しつけた。
 困ったような顔をしていたリリーは暫くして紙を差し出した。
『ハンターに会いたい』

リプレイ本文

 延々と葡萄畑。
「お屋敷あっちでしたっけぇ?」
 星野 ハナ(ka5852)は葡萄畑の向こうに見える建物を見て首を傾げた。
「あれはワインの熟成保管倉庫だろう」
 ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が星野の視線を辿って答える。
 ブリッツの屋敷はこの道の先のはず。
 ようやく屋敷らしいものが見えた時
「何だろ? あの白いの」
 オシェル・ツェーント(ka5906)が呟き、そのあとウィルフォードとザレム・アズール(ka0878)が同時に
「う……」
 思わず声を漏らす。
 どーんと張られた横断幕

―― ハンターのみなさま! ようこそ!

 そして
「わーっ!」
 歓声と共にパチパチと大拍手。
 屋敷前にずらりと人が並んで四人を出迎えていた。
 摘んできたらしい花が空中に舞う。
「えぇっとぉ……リア充爆発しろって依頼かと思ってたんですけどぉ……もしかして違いましたぁ?」
 囁く星野に何をどう答えてよいやらのザレム。
 そして一番前に立っている女性の姿。きっとあれがリリー。
 でかい。
 いや、周りが小柄なのか?
 で、ブリッツはどこ、と探すと
「ザレムさーん!」
 手をあげたブリッツは日焼けした顔の中でなまっちろい顔のまるでひよこ豆。
「ザレムさん、来てくれたんですね。オシェルさんも! お久しぶりです!」
 豆が2人の手をとってぶんぶんと振る。
 ブリッツは相当イケメンのはずだが、場所が変わればこんなにも貧相に見えるのかと2人はしみじみと思う。
「ささ、どうぞ。朝からリリーと農園のおばさん達でご馳走一杯作ってたんです」
 周囲からも背を押されて進んでみれば屋敷前に作りつけられた大きなテーブル。
 かけられた真っ白なテーブルクロスはきっとリリーの洗濯の賜物。
 その上に熱々のパイ、チキン、ポテト、パン、小さく切り分けたケーキ、焼菓子、シュタイン・ワインの瓶……
 半ば強引に椅子に座らされ、ごつい手がすいすいと首にナプキンを結んでいった。
 そしてやはり手際よく目の前の皿に料理が置かれていく。
「あ、えーとぉ、本当に感謝を受け取るべき人は他の人かと思いますけどぉ……」
 横に来たリリーに星野は少しもじもじしつつ言うが、リリーは無言で彼女の皿に焼菓子を置く。
「……でも、ありがとうございますぅ」
 ケーキサーバーを持った彼女の手をきゅっと握ると、リリーはびっくりしたように星野の顔を見た。
 お礼を言われているのは察したようで丁寧に頭を下げる。
 何かかえって恐縮しちゃう。
「いいのかな……」
 ザレムが囁くと
「これがリリーさんの願いなら食べてあげようよ」
 オシェルがそっと答えた。
 そしてリリーに声をかける。
「リリーさん、ボク、オシェル。オ、シェ、ル。よろしくね」
 口を見てくれれば分かるかなと言葉を区切って言い、目の前の切り分けられたパイを指して、
「これ、リリーさんが作ったの?」
 身振り手振りで尋ねる。
 リリーが頷いたので、フォークでぱくりと口に運び、
「ん、美味しい」
 頷いてみせると、リリーははにかむように目をしばたたせた。
「ブリッツ」
 デレデレと相好を崩していたブリッツはウィルフォードに小さく声をかけられて慌てて視線をこちらに向けた。
「リリーはあまり笑わないのか?」
「ええ。でも、目を見たら、彼女の気持ちが分かることありますよ。リリーが一生懸命見つめて来るから……そういうので」
 最後のほうで、デへへとだらしない笑みを浮かべてしまうブリッツに星野がごほほとパイにむせた。

 一緒に料理をつまみ、ワインに心地良くなってきたのか農園の皆が手作りの楽器を持ちだして踊り始める。
 リリーは皆からは少し離れ、すっくと背筋を伸ばして立ったままだ。
 生真面目というか、控え目というか、それでもしょっちゅう皆から声を掛けられているところを見ると、誰も彼女のことを疎んじたり敬遠したりはしていないのはわかった。
「でも」
 と、ザレムは呟き、目の前のブリッツに目を向ける。
「ブリッツ、俺達とリリーだけで話がしたい。葡萄園のほうにでも連れ出していいか?」
「ええ、もちろん。じゃ、僕も……は、お呼びじゃないか」
 一斉にノーという目を向けられてブリッツはあははと笑った。
「じゃ、とっておきのワイン、持ってきます。僕が生まれた時に父が樽に入れたやつ。き、今日は、ちょうどいいかな、って……た、たぶん……」
 ひとりでふにゃふにゃになっている。
 彼が席を外したあと、ふとオシェルがリリーをそっと指差した。
「彼女の指を見て」
 目を向けると、重ねられたリリーの手の指が曲に合わせて微かに動いている。
「ステップを覚えているんじゃないか?」
 と、ウィルフォード。
「確かめてみる?」
 オシェルは言った。

 踊りを見つめていたリリーの長い睫毛が戸惑ったように瞬きを繰り返した。
 音が途切れたのだ。
「リリーさん、ボク、バイオリン、少しなら。皆さん、踊ってください」
 オシェルが声をあげ、おー、と拍手が沸く。
 響いてきたバイオリンの音と共にリリーの視線が少し移動する。
「君も踊ったらどうだ」
 ウィルフォードは声をかけた。
 聞こえたのか、唇で読んだのか、リリーは彼の顔を見つめてから小さく首を振る。
「おいで」
 ザレムが
「一緒にぃ」
 星野がリリーの手をとった。
 少し抗う素振りをしながらもリリーはふたりに引っ張られて踊りの輪に入る。
 彼女は『聞こえて』いる。自分でそれを認めないだけで。
 周囲を見ながらでもステップを踏むリリーを見て、ハンター達はそう思った。
 20分ほどして3人は踊りの輪から離れてウィルフォードのところに戻ってきた。
「面白かったぁ」
 息を弾ませながら星野が言い、
「リリー、お弁当食べよう。葡萄畑で。オシェルもすぐ来るよ」
 ザレムがにこりと笑ったのだった。


 葡萄棚の下でお弁当を広げると、リリーはびっくりしたような顔をした。
「お腹空いただろ? 君は全然食べてなかったし」
 あなたがこれを? とこちらを見るリリーにザレムは笑う。
「ハンターだって普通の人でさ。弁当だって作るよ」
 それでも遠慮しているのか手を出そうとしないリリーのお腹がぐうと鳴り、彼女は耳まで真っ赤になった。
「お腹は正直ですぅ。はい、あーん」
 星野がフォークに差したのを強引にリリーの口に運ぶ。
 リリーは、美味しいというようにザレムに頷いてみせた。
 ほどなくしてオシェルも合流する。
「みんなすごいね。ずーっと踊りっぱなしだよ」
 疲れたのか、水をゴクゴク飲んだ。
「リリー」
 ザレムはリリーの顔を覗き込む。
「君を助けてくれたハンターはどんな人?」
 口元を見つめてくるリリーに、ザレムは紙に書いた。
『事情は聞いてる。辛い思いをしたんだね。君を助けてくれたハンターはどんな人?』
 リリーはそれを読んで、覚えていないというように首を振り、鉛筆を持った。
『男の人。とても大きい人。ハンターはみんなそんな雰囲気かと』
 彼女の書いた文字を皆で読んだ。
『歪虚がたくさん来た。とても怖い。貴方達はなぜ戦えるの?』
「難しい問題ですぅ」
 星野はうーんと考える。
『依頼を受ける時は心が動くかで自然と決まるんだ』
 ザレムは書く。
『助けたい、守りたいと勇気を出す。少なくとも俺はそう。でも、それはハンターじゃなくても同じ。君を大切に思う若者がその場にいればきっと君を助けたと思う』
『私が守りたいと思うのは変ですか?』
「それってブリッツさんのことぉ?」
 星野の口の動きでリリーはわかったらしい。顔を真っ赤にして鉛筆を持つ。
『ここにいるみんな。でも、また来るかも』
「ここには大地と作物の実りがある。互いに信頼できる存在がある。君を見守ってる人も居るだろ?」
 ザレムはそう言って紙に書く。
『もう、君を脅かすモノはいない。安心していいんだ。声を出しても何も来ないよ』
 リリーは不安そうに瞬きをする。
「リリー。マギステルには死んだ者の声を聞くことができる魔法がある」
 ウィルフォードが言ったので、星野がリリーの手をとって俯いた彼女に気づかせてやった。
『エレメンタルコールという魔法だ。覚醒者にしか使えないから代わりに僕がお前の母親の言葉を伝えよう』
 ウィルフォードは紙に書いた。
 死者の声を聞く術ではないことはこの際問題ではないだろう。
「歪虚は去った。もう安全。耳を塞がなくてもいいし、声を出しても大丈夫」
 ウィルフォードは言いながら紙にも書いた。
 しかし、リリーは紙を見なかった。聞いていたのだ。
 彼女の口が皆を見て開く。
「……」
 声は出なかった。
 そして悲しそうに俯いて紙を握りしめた。
 分かってる。
 でも、まだ怖い。どうしても怖い。
 彼女の横顔はそう言っているように思えた。

 ふいに葡萄棚を覗きこんだ顔があった。
 ブリッツに似ている。
「ブリッツさんのお父さんですかぁ?」
 星野が不思議そうに尋ねると
「あ、いや、叔父です。昔からよく言われます。私とあいつの父親もそっくりで」
 どうもこの家の血筋はみんなブリッツ顔らしい。
「リリーが世話になります。あの、ブリッツを見てませんかね」
「ブリッツさんは、ワインを取りに行くって言ってましたよ?」
 オシェルが答えた。
「とっときのワインがあるからって……」
 その言葉が終わる前にリリーはものすごい勢いで立ち上がり、葡萄棚から駆け出した。
 お弁当を広げた敷物が翻り、ワインのグラスが大きな音をたてた。


「リリー!」
 皆で必死にリリーを追いかけた。
 ブリッツのワインは最初に皆が見た畑の向こうの熟成保管庫にあり、農園で一番古いものだった。
 その保管庫が傾き始めたのは数週間前。
 周辺にいくつもの陥没ができ、中には相当深いものもあった。
 危険なので中の樽は全部移動したらしい。
「いや、あいつが知らんということは。リリーも教えてるだろう?」
 一緒に走りながら伝えてくれた叔父だが、途中でぜいぜいと立ち止まってしまった。
「リリー! 危ないよ!」
 ザレムが追いついてようやくリリーを引き留める。
「……ォ……!」
 言葉にならない声がリリーの口から零れた。
「ブリッツに伝えてないんだな。俺達が探すから」
 建物の前に馬が繋がれているのを見つけたのでブリッツの馬か、とリリーに尋ねる。
 星野にしっかりと手を繋がれているリリーが頷いたので周囲を確かめた。
「いないね。建物の中もからっぽだ」
 オシェルが言う。
 ザレムは馬の様子を見た。片足に怪我をしている。
「馬を置いて別の保管庫に行ったのかな」
「でも、ワイン運ぶんだろ?」
 と、オシェル。
「いっそ、呼んでみたらどうですかぁ?」
 星野はそう言って
「ブリッツさーん、いますかぁー!」
「はーい」
 うそ!
 返事がかえってきたよ。
 一斉に声の方を振り向いた。
「そこ、危ないよ? どうしたんですか」
 ブリッツは乗っていた馬から降りると、慣れた様子で近づいてきた。
「こっちの台詞だよ。何してたんだ」
 ザレムが言うとブリッツは笑った。
「馬に怪我させちゃったから別の馬で。時間かかっ……うぎゅっ」
 言い終わる前にリリーにぎゅうと抱きしめられた。
「……」
 全員でぽかんとそれを見つめる。
「……死ぬっ……」
 リリーの胸で窒息しそうになったブリッツがジタバタしてようやく彼は解放された。
「ど、どうしたの?」
「リリーさんはぁ、ブリッツさんが怪我をしたんじゃないかってぇ、心配してたんですぅ」
 星野が言うと、ブリッツはリリーの顔をまじまじと見た。
「そんなに……心配してくれたの?」
 見つめ合う2人。
「始まりますぅ、始まりますぅ」
「こらこらっ」
 うふうふの星野の腕をザレムが突いた。
「ありがとう……えと……」
 ブリッツは言い、すいっとリリーの前から離れると
「んじゃ、戻りましょうか」
 蹴飛ばすぞ、このやろー、という思いが皆に沸き上がったのは言うまでもない。
「ブリッツさん、伝えなきゃ。チャンスだよ」
 オシェルはブリッツに声をかけた。
「そのためのワインだろ?」
「……でも、なんて……」
「好きになった自分を信じればいいよ」
「そうだよ、自分の気持ちを信じてみたらいいよ。どんな言葉でも伝えなきゃ」
 ザレムとオシェルに後押しされ、ブリッツは再びおずおずとリリーに顔を向ける。
「さ、リリーさんもぉ……」
 言いかけた星野はリリーの様子に皆を振り向いた。
 彼女は両手で耳を塞ぎ、震えていた。
「リリー」
 ザレムはリリーの手を彼女の耳から外すと、自分の手で覆った。
「ウィルフォードの言葉を覚えてるか? もう安心していいんだ。大切な人の声を聞け。聞きたいと願え。彼を信じるんだ」
 最初に見た時のリリーはとても女性らしいとは言い難かった。
 でも、今は皆が彼女はか弱い一人の女性に見えていた。
 きっとこの部分にブリッツも農園の皆も気づいていたのだろう。
 ザレムはそっとリリーの耳から手を外す。
 そしてリリーとブリッツは再び目を合わせたのだった。
「えと……」
 ブリッツは口篭る。
「ぼ、僕は、その……一人っ子で、ずっと家族でわいわいご飯を食べることに憧れてて、子供達がワーワー騒いで、あっちこっち駆けまわって、母親が怒るんだ。ディータ、お尻を叩くわよ、エルマ、人参を投げないで、フランツ、どうしてあんたは……」
 何言ってんだブリッツ、というのは本人も気づいたらしい。
 彼は真っ赤な顔でリリーを見上げた。
「僕と家族を作らない?」
 リリーは聞くことができたのだろうか。
 固唾を飲んで見守る中、リリーは小さく「……ァ」と声をあげ、そして頷いた。
「ふむ。まあ、声はずっと出していなかったからな。そのうちということか」
 ウィルフォードが呟き、ザレムとオシェルはほっと顔を見合わせ、星野は
「愛が溢れてますねぇ、コンチクショウですぅ」
 ブリッツの背をバンバン叩いて彼を咳き込ませた。


 屋敷に戻り、リリーとブリッツの婚約を知って更に狂喜乱舞状態となった。
 ザレムはギターを取り出し良く通る声で歌い、オシェルはバイオリンで、2人で息を合わせて即興で演奏する。
 星野がブリッツとリリーの手を繋がせると
「……ァ……リガ……」
 リリーは精一杯の声で言った。
「私達はぁ、いつも飛び回ってますからぁ、お仕事の後に皆さんに会えることってあんまりないんですぅ。でもぉ、出会えた人が幸せになってくれたらいいなぁって。貴女は私たちに過去や未来や今があるって教えてくれましたぁ。だから……私こそありがとうですぅ」
 星野の言葉にリリーは涙ぐんだ。
 音を受け入れた彼女は涙脆くなったらしい。
「ブリッツの父親はリリーの母親が好きだったんだ」
 1人でワインを傾けるウィルフォードに呟いたのはブリッツの叔父だ。
「嫁が死んだあとだがな。リリーは母親にそっくりだ」
「その話、リリーは……」
「言わんでもいいさ。あの2人の人生なんだから」
 そうだな、とウィルフォードは思ったのだった。

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MVP一覧

  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリンka1931

重体一覧

参加者一覧

  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリン(ka1931
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

  • オシェル・ツェーント(ka5906
    人間(紅)|19才|男性|符術師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/04/14 00:13:35