ゲスト
(ka0000)
王女の想い
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2014/08/25 19:00
- 完成日
- 2014/09/07 20:54
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●Nightmare repeated
「……報告は、以上です」
先日の円卓会議から半月ほど経過しただろうか。
現在、その円卓の間には、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)と、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)の姿があった。
「また、羊型の歪虚……か」
セドリックが、眉間の皺を深める。吐き出す溜息は、重く、長い。
対するエリオットは、しばし発言を躊躇うように視線を落としていたが、意を決したように切り出した。
「僭越ながら、あの“羊”はもしや……」
「エリオット・ヴァレンタイン」
騎士団長の提言を根本から否定するかのように、大司教は強く青年の名を呼び、静かに首を左右に振った。
エリオットの発言は気の迷いからくるものでもなければ、迂闊な発言などという類のものではないだろう。
だが、セドリックは皆まで言わせることはなかった。
「貴君の言わんとすることは解る。だが……いや、止そう。同盟領への派遣、失策であったなどと言わせるな」
大司教の反応は“相応の強さ”が感じられた。
そこに幾つもの意図が含められていることは、痛いほど理解できた。だから……
「承知しました」
青年はそれを噛み砕き、確りと頷いた。
エリオットが報告を上げたのは、つい数日前に王国西部に再び現れた半人半羊の歪虚の群れの事だった。現在王国騎士団は同盟領への戦力派遣に伴い、国内の警備を主とした各種業務で手いっぱい──どころではなく、既に限界を迎えようとしていた。王国西部にある酒の名産地デュニクス近くの駐屯地では、多数の騎士が病に伏せってしまい、挙句管理をしていた上位騎士までもが倒れたとの報告が入っている。この状況でいつまで持ちこたえられるだろうか──などと愚かしい考えを巡らせる寸前、円卓の間を出てすぐの廊下の角に、ふわふわと輝く金の髪が見えた。
「システィーナ様?」
隠れていたつもりだったのだろう。エリオットに名を呼ばれてからしばし、間をおいて申し訳なさそうな様子の少女がそろりと顔を出した。それは、グラズヘイム王国の宝とも呼ばれる、王女システィーナ・グラハム(kz0020)だった。
「エリオット、あの……」
ここは王城だ。システィーナがどこを歩いていても不思議ではない。だが、当の少女はその場にいることを申し訳なく思っているような、今にも泣き出しそうな顔で俯いている。
「私……偶然、聴こえてきて、それで……」
戦況や殺気の類には恐ろしく鋭敏ではあるが、エリオットは人の気持ちにさほど敏くないのだろう。王女の心中を察せられず疑問符を浮かべていたのだが……
「騎士団の状況は、どう、なのですか」
そこで漸く認識が追いついた。少女は、騎士団長から大司教への先程の報告を聞いてしまったらしい。同盟領への戦力派遣に伴い王国騎士団が酷い状況に陥っている事を知り、それ故に“こんな”顔をしているのだろう。同盟領への騎士団派遣は、少女の願いでもあったから。
「……皆、王国のため、人々のため、誠心誠意努めております」
「そ、そうですか……あ、いえ、そうではなくて……」
エリオットの言葉に嘘はない。だが、システィーナは何か言いたげな様子で青年を見上げている。
「王国は、皆で守り通します。ですから、ご安心下さい」
誤魔化す意図でそう告げた訳ではない。王女は、自分が命に代えても守るべきであった主君──先王の忘れ形見。その少女に心配をかけることも、この判断の責を感じさせることも、どちらもしたくはない。だからこそ、エリオットはそう告げて、丁重にその場を辞した。
「私が、訊きたかったのは……」
隅々まで磨かれた美しい王城の廊下、その真紅の絨毯の上。儚げな少女の呟きが、ぽつりと落ちた。
●王女の想い
翌日の事。体調不良を訴えた騎士の代わりに巡回業務を勤めてきたエリオットが、王都第3街区にある騎士団本部へ帰還。すると、戸惑った様子の部下が「エリオット様……」と青年の名を呼び何かを訴えている。現在組織としての臨界点を彷徨っている王国騎士団は、いつ何が起こってもおかしくはない。自らの判断の重みを感じ、小さく息をついて頭を整理。冷静をとり戻した後、「何があった」と覚悟を決めて切り出した。
「あの、つい先ほどハンターさんたちがお見えになって……どちらにお通しすれば良いですか?」
「……ハンターが?」
「え? エリオット様じゃないんですか? “お手伝いさん”召喚したの」
「どういうことだ?」
所変わって王国騎士団長の執務室。本部の中に設えられたその部屋は、団長が代替わりした際にエリオットの意向で必要最低限の調度品以外が排され、至って簡素な有様だった。しかしながら、残された品のどれも拵えが良く、騎士団長の執務室という言葉の印象に相応しく感じられる。
「手狭で申し訳ないが、そこにかけてくれ。状況を、把握したい」
ハンターらは促され、執務机の手前にある年季の入ったソファに腰を下ろした。王国騎士団本部にやってきた経緯について、ハンター曰くはこうだ。
『我が友、ハンターの皆さまにお願いです。王国騎士団は今、前代未聞の人手不足にあえいでいるようなのです。どうか、王国に、騎士達に、一時のご助力をお願いできませんでしょうか』
ハンターズソサエティに張り出された緊急依頼の内容が、このようなものだったと彼らは説明する。
質の良い羊皮紙に描かれた美しい文字から依頼人の身分を感ぜられたが、依頼主は隠された。
いや、その前に、だ。そもそも依頼内容が漠然としており、良くわからないようにも感じられる。
それ故に、ソサエティに集ったハンターらはひとまず王国騎士団本部に直接来たとのことだが……そこまで話を聞き、エリオットは軽い眩暈を覚えた。
───大司教に、また叱られる。
いや、その程度で済めばまだマシだろう。王国が派遣した戦力は非覚醒者も混在しているため転移門は使えない。そこに来て、転移門を使って瞬時に長距離移動できる覚醒者のハンターを雇って急場を凌ぐ、という発想は依頼人なりに“どこの戦力も削らない妙案”なのだろうとは思ったが……これを額面通りに受け取れば、それこそ本末転倒ではないだろうか。
ひとまず青年は溜息をつき思考を重ねる。恐らく大司教が知っていれば当然このような事態になっていないだろう。つまり依頼人は“小遣いの範疇でこっそりハンターを雇い、派遣した”のだと思われる。16歳の少女が、恐らくは自ら責を感じ、現場の騎士を思い、その結果出来得る限りのことで助けたいという気持ちがこの結果に至ったのだろう。
溜息をもう一つ。覚悟を決めて、青年はこう尋ねた。
「……そうだな。今日一日、仕事を頼めるか?」
ここまでが、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインの視点で綴られた話。
この物語がどんな未来に繋がっているか? それは、貴方の“行動”次第。
「……報告は、以上です」
先日の円卓会議から半月ほど経過しただろうか。
現在、その円卓の間には、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)と、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)の姿があった。
「また、羊型の歪虚……か」
セドリックが、眉間の皺を深める。吐き出す溜息は、重く、長い。
対するエリオットは、しばし発言を躊躇うように視線を落としていたが、意を決したように切り出した。
「僭越ながら、あの“羊”はもしや……」
「エリオット・ヴァレンタイン」
騎士団長の提言を根本から否定するかのように、大司教は強く青年の名を呼び、静かに首を左右に振った。
エリオットの発言は気の迷いからくるものでもなければ、迂闊な発言などという類のものではないだろう。
だが、セドリックは皆まで言わせることはなかった。
「貴君の言わんとすることは解る。だが……いや、止そう。同盟領への派遣、失策であったなどと言わせるな」
大司教の反応は“相応の強さ”が感じられた。
そこに幾つもの意図が含められていることは、痛いほど理解できた。だから……
「承知しました」
青年はそれを噛み砕き、確りと頷いた。
エリオットが報告を上げたのは、つい数日前に王国西部に再び現れた半人半羊の歪虚の群れの事だった。現在王国騎士団は同盟領への戦力派遣に伴い、国内の警備を主とした各種業務で手いっぱい──どころではなく、既に限界を迎えようとしていた。王国西部にある酒の名産地デュニクス近くの駐屯地では、多数の騎士が病に伏せってしまい、挙句管理をしていた上位騎士までもが倒れたとの報告が入っている。この状況でいつまで持ちこたえられるだろうか──などと愚かしい考えを巡らせる寸前、円卓の間を出てすぐの廊下の角に、ふわふわと輝く金の髪が見えた。
「システィーナ様?」
隠れていたつもりだったのだろう。エリオットに名を呼ばれてからしばし、間をおいて申し訳なさそうな様子の少女がそろりと顔を出した。それは、グラズヘイム王国の宝とも呼ばれる、王女システィーナ・グラハム(kz0020)だった。
「エリオット、あの……」
ここは王城だ。システィーナがどこを歩いていても不思議ではない。だが、当の少女はその場にいることを申し訳なく思っているような、今にも泣き出しそうな顔で俯いている。
「私……偶然、聴こえてきて、それで……」
戦況や殺気の類には恐ろしく鋭敏ではあるが、エリオットは人の気持ちにさほど敏くないのだろう。王女の心中を察せられず疑問符を浮かべていたのだが……
「騎士団の状況は、どう、なのですか」
そこで漸く認識が追いついた。少女は、騎士団長から大司教への先程の報告を聞いてしまったらしい。同盟領への戦力派遣に伴い王国騎士団が酷い状況に陥っている事を知り、それ故に“こんな”顔をしているのだろう。同盟領への騎士団派遣は、少女の願いでもあったから。
「……皆、王国のため、人々のため、誠心誠意努めております」
「そ、そうですか……あ、いえ、そうではなくて……」
エリオットの言葉に嘘はない。だが、システィーナは何か言いたげな様子で青年を見上げている。
「王国は、皆で守り通します。ですから、ご安心下さい」
誤魔化す意図でそう告げた訳ではない。王女は、自分が命に代えても守るべきであった主君──先王の忘れ形見。その少女に心配をかけることも、この判断の責を感じさせることも、どちらもしたくはない。だからこそ、エリオットはそう告げて、丁重にその場を辞した。
「私が、訊きたかったのは……」
隅々まで磨かれた美しい王城の廊下、その真紅の絨毯の上。儚げな少女の呟きが、ぽつりと落ちた。
●王女の想い
翌日の事。体調不良を訴えた騎士の代わりに巡回業務を勤めてきたエリオットが、王都第3街区にある騎士団本部へ帰還。すると、戸惑った様子の部下が「エリオット様……」と青年の名を呼び何かを訴えている。現在組織としての臨界点を彷徨っている王国騎士団は、いつ何が起こってもおかしくはない。自らの判断の重みを感じ、小さく息をついて頭を整理。冷静をとり戻した後、「何があった」と覚悟を決めて切り出した。
「あの、つい先ほどハンターさんたちがお見えになって……どちらにお通しすれば良いですか?」
「……ハンターが?」
「え? エリオット様じゃないんですか? “お手伝いさん”召喚したの」
「どういうことだ?」
所変わって王国騎士団長の執務室。本部の中に設えられたその部屋は、団長が代替わりした際にエリオットの意向で必要最低限の調度品以外が排され、至って簡素な有様だった。しかしながら、残された品のどれも拵えが良く、騎士団長の執務室という言葉の印象に相応しく感じられる。
「手狭で申し訳ないが、そこにかけてくれ。状況を、把握したい」
ハンターらは促され、執務机の手前にある年季の入ったソファに腰を下ろした。王国騎士団本部にやってきた経緯について、ハンター曰くはこうだ。
『我が友、ハンターの皆さまにお願いです。王国騎士団は今、前代未聞の人手不足にあえいでいるようなのです。どうか、王国に、騎士達に、一時のご助力をお願いできませんでしょうか』
ハンターズソサエティに張り出された緊急依頼の内容が、このようなものだったと彼らは説明する。
質の良い羊皮紙に描かれた美しい文字から依頼人の身分を感ぜられたが、依頼主は隠された。
いや、その前に、だ。そもそも依頼内容が漠然としており、良くわからないようにも感じられる。
それ故に、ソサエティに集ったハンターらはひとまず王国騎士団本部に直接来たとのことだが……そこまで話を聞き、エリオットは軽い眩暈を覚えた。
───大司教に、また叱られる。
いや、その程度で済めばまだマシだろう。王国が派遣した戦力は非覚醒者も混在しているため転移門は使えない。そこに来て、転移門を使って瞬時に長距離移動できる覚醒者のハンターを雇って急場を凌ぐ、という発想は依頼人なりに“どこの戦力も削らない妙案”なのだろうとは思ったが……これを額面通りに受け取れば、それこそ本末転倒ではないだろうか。
ひとまず青年は溜息をつき思考を重ねる。恐らく大司教が知っていれば当然このような事態になっていないだろう。つまり依頼人は“小遣いの範疇でこっそりハンターを雇い、派遣した”のだと思われる。16歳の少女が、恐らくは自ら責を感じ、現場の騎士を思い、その結果出来得る限りのことで助けたいという気持ちがこの結果に至ったのだろう。
溜息をもう一つ。覚悟を決めて、青年はこう尋ねた。
「……そうだな。今日一日、仕事を頼めるか?」
ここまでが、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインの視点で綴られた話。
この物語がどんな未来に繋がっているか? それは、貴方の“行動”次第。
リプレイ本文
◆チョココ(ka2449)
王国騎士団本部、ある日の朝。
「みなさま、おはようございます」
頭の上にパルムを載せた小さなエルフの少女が食堂でパタパタと動きまわっている。
"それ"を知らない騎士たちは、目をこすった。
「もうすぐ朝食の用意ができますわ」
笑顔を浮かべた少女は、騎士達に一杯の水を差しだした。
促されるように冷たく澄んだ水を飲んだ騎士たちは、漸く頭がしゃっきりしてきたようだ。
「なんかあるのか?」
「今日一日、ハンターが騎士団の仕事を手伝うらしい」
席についた騎士同士が情報交換していると、目の前に次々料理が運ばれてくる。
「はい、そうですの。今日一日、お手伝いさんになって皆さんをお助けしますの」
ホワイトチーズたっぷりのパイ。プレーンのほか、カボチャとハチミツの入った甘いものやホウレン草やハム入りのものもある。大きめの木製ボウルには、色鮮やかな夏野菜のフレッシュサラダ。岩塩を粗めに砕いてオリーブオイルと絡めたものやバジルソースとビネガーを合わせたものなど、作りたてドレッシングは香りも見た目も良い。
「わたくしも微力ながら、お力になりますわー」
この朝食は配膳中のチョココだけではなく、他のハンター達も加わって早朝から準備したもの。心のこもった品々に、騎士らも喜んで食事を摂り始めた。
「美味い朝飯を、ありがとうな」
一日元気に頑張れるよ。そう言って、騎士たちが次々チョココに礼を述べる。
「お仕事、忙しいんですの?」
「同盟領の大規模作戦に騎士団の特別編成隊が出払っちまっててさ」
「そこへ突然王国内でも歪虚が多発したモンだから、ね」
チョココは食事の合間の談笑を楽しむ──という体裁で彼らから色んな話を聞き出した。
「放っておけませんわね。困ったことでもなんでもお申しつけくださいませ」
「今日一日、こんな美味い飯が食えたら十分だ。なぁ、皆」
騎士たちは楽しそうに笑い合い、元気に各々の職務へ出立していった。
「さて、片付けの後はお馬さんのお世話にまいりましょう」
◆ジョージ・ユニクス(ka0442)
「騎士団、か……外から見て見えるものもあるか」
ジョージは先程まで居た場所──千年王国が都、イルダーナを眺めた。
少年が手伝いに名乗りを上げたのは、首都周辺の巡回。一人の騎士と交代する形でジョージはそれに加わった。
「助かります。最近、国の西部を中心に歪虚の活動が活発化していて……」
「これまで以上に歪虚対応に手が必要になった。だから……人手に困っているんですね」
ジョージの指摘に騎士が苦い面持ちで頷く。近年の歪虚出現傾向や、警邏や討伐対応などあらゆる状況を加味したうえで、同盟領へ特別編成隊を派遣すると騎士団長が判断している。その判断は全騎士に通達されているし、彼らもこの判断を理解できていた。ただ……"想定外の事態"が、彼らを苦しめている。
「歪虚が活発になったのには、何か訳が……?」
刹那、ジョージの思考は黒影に遮られた。都から半日ほど離れた場所、そこで遭遇したものは──
「構えてください。……ヤツらです」
白銀の全身鎧から噴き出す闘志はそのままに、少年はグラディウスを抜いた。
ジョージが発見したのは、言うまでもなく歪虚だった。討伐後、剣を収めた少年が辛うじて発した声は重い。
「偶然、でしょうか」
「王都付近はさすがに稀ですが……巡廻時に歪虚を発見する確率は、ここのところ高くなっています」
「これが日常的になりつつあるのですね」
当初、自警団と言う形で街の人々に協力を仰げないかと考えていたジョージだが、この状況ではそれも危険だ。
少年は、周囲の騎士達の目を憚ることなく悲痛な面持ちを浮かべていた。兜に覆われた表情は、誰に悟られることもないのだが。
「……貴族の皆様は手伝ったりはしないんですかね」
絞り出すような言葉。騎士らは苦い表情を浮かべ、察した少年は直ちに言葉を繋ぐ。
「いえ、忘れてください。それとは別に……もう少し『僕ら』を頼ってくれても罰は当たらないとは思いますが」
「エリオット様にも申し伝えます」
◆アイシュリング(ka2787)
騎士団長室にはジャケット姿で黙々と書類に目を通すエリオットと、少し離れた所で書類を分類するアイシュリングの姿があった。
回覧書類、承認書類、報告書類──騎士団内で完結する事案もあれば、次に国の承認が控える書類もある。
エリオットが処理を終えた書類の分類、行き先に応じてアイシュリングはそれらを整理。分類別に木箱に詰め込むと、国にまわさねばならない書類の箱を持って王城への定期便集荷場所に向かった。
その道中、目についたのは顔色がさえない騎士の姿。
──この間の依頼で気にはなっていたけど。
現状を目の当たりにし、少女の口から今日何度目ともしれない深いため息が零れた。
配達員に荷を受け渡すと、アイシュリングは食堂の奥にある厨房へと足を運んだ。
ケトルを一つとり、冷たい水を一掬い。一番端の小さな火を借りると、湯を沸かし始める。
ことことと心地よい音と共にケトルの蓋が揺れる。それを眺める少女の脳裏には、依頼書に綴られた文字が浮かんでいた。伝わってくる少女の願い。思いがけず、森の外の世界に殆ど無知な自分と、国や今を知らないという王女が重なって、少女の心の内に細波が立つ。
──私も、もう少し森以外の世界を知らなければ。
既に、ケトルからは白い湯気がもうもうと沸き立っていた。
騎士団長室に戻ったアイシュリングは、エリオットの作業スペースから少し離れた場所に、黙ってティーセットを置いた。柔らかな香りに気付いて顔をあげる青年は、休憩を促されているのだろうことをおぼろげに理解できたらしく「この書類が終わったら」と断りをいれて仕事に戻った。それからしばし。
「緑が好きなのか」
かけられた声に気付いてアイシュリングは振り返った。少女が、窓辺に小さな植物の鉢を置いていたからだろう。
ハーブティに口をつけ、一息ついた様子の青年がそう問うている。
「生き物を気にかけて育てる心の余裕が持てるように……そう思ってやっているだけよ」
そう言って、少女は男と目を合わせることもなく青々とした葉を指で撫でる。
「そうか」
男は前回戦場で共に戦った時とはまるで別人のように、ひどく穏やかな声で言った。「育てておく」、と。
そんな優しい顔もできるなら、彼女の本心にも気付いてあげたっていいのに──また、少女は溜息をつきそうになる。
「裏に隠された気持ちも読み取れるようになればいいわね」
……あなたも、わたしも。
それがエリオットに聴こえたかは分からない。ただ、当の青年は不思議そうに少女を見つめていた。
◆プルミエ・サージ(ka2596)
王国騎士団本部にやってくるなり、ぐるっと施設を見回ったプルミエは開口一番こう漏らした。
「騎士団の方々も大変ですね……」
頭に過るのは依頼主の事。手紙から読み取れる王女の気持ちは"心配"の類……でも、それだけじゃなくて。
「少しは癒して差し上げられると良いのですがっ!」
ぐ、と拳を握りしめた。どこか悲しげな雰囲気をした"彼女"の文字を、言葉を、反芻しながら。
テキパキ準備を始めるメイドが一人。エプロンを身につけ、口元をまっさらな布巾で覆い、手にはハタキを装備。
「さぁ、徹底的に片付けるのですよー!」
上から下へ、乾いた汚れは乾いたまま、面積に合わせた道具を用いて──甲斐甲斐しく掃除を始めるプルミエ。
突如現れたメイドさんを不思議そうに、あるいは興味深げに見る騎士らに、少女はにこりと極上の笑みを浮かべる。
「お勤めごくろうさまなのです」
届かない場所は脚立を借り、窓のフチや棚の天面など騎士団男子諸君が手を抜きそうな場所へもはたきを滑らせる。
広間に垂れさがる大きな照明も、高い脚立で近づきガラスの一つ一つを拭き始めれば、あっという間に乾布が真っ黒だ。
しかし同時に部屋がワントーン明るく見え、部屋自体も広く感じられるようになった。
「清潔な環境を整えれば、仕事の効率もアップするのですよ」──とは、プルミエの談だが、部屋が明るく美しくなると精神的に心地よく感ぜられる。快適は正の感情を生みやすく、良い循環を作る"土台"ともなる。
騎士団本部は予想通りの"怠られぶり"だった為、結局プルミエは日がな一日掃除に明け暮れることとなった。
だが、その後の騎士達の快適さは"未知"のものだっただろう。
加えて言うのなら、可愛いメイドさんが自分たちの住まいを綺麗にしてくれているのだ。
その光景を見ているだけでも、荒涼とした心に癒しがもたらされたことは言うまでもない。
「さ、ここが終わったらお洗濯ですよ!」
◆誠堂 匠(ka2876)
「人手不足に過剰労働……どこの世界も同じ、なんだね」
嘆息する匠の脳裏には、リアルブルーに居た頃の記憶が過っていた。
青年の傍らには一人の新人騎士。二人が目指しているのは、騎士団本部の武具庫だ。
備品の修繕、武具の手入れが疎かになっているらしく、匠がその仕事に手を挙げたことに端を発している。
「特別編成隊が戻ってくるまでの一時的な辛抱っスけどね」
「でもね、一事が万事ということもある。それが人々の安全に関るなら……見過ごせないな、って思うよ」
道すがら少年からヒアリングしていた匠には、騎士団の状況が少しずつ見えてきていた。
大規模作戦で人手の減った所へ国内の歪虚が突如活発化。それに対応すべく、休息時間を削って各員の稼働時間を長くしたのが現在の騎士団の勤務状況だ。
──休息時間を確保するための手段が必要、かな。
「ここが武具庫っス」
騎士に促されるまま視線をあげると、存外大きな木製の扉がどっしりと構えていた。
重厚な扉を開こうと取っ手に触れた瞬間──タイミング良く規則正しい足音が聞こえてくる。
「匠か。手間をかけているようだな、申し訳ない」
照らすランタンの向こう。そこに見えたのは、騎士団長エリオットの姿だった。
「いえ、申し訳ないなんてことは。ただ……」
言い淀む匠に気付き、エリオットが「何かあったのか」と発言を促すように問う。
気付いてしまった騎士団の現状に黙っている事もできず、意を決した様子で青年は漸く口を開いた。
「差し出がましいかも知れないんですが……提案が、あります」
「構わない。何だ?」
エリオットの角のない表情に背を押され、青年は安心した様子で話を続ける。
「騎士の皆さんが対外業務に注力できるよう、増員してはいかがですか? 内勤業務の一部とか……任せられる所は一時雇いみたいな形で民間から募るのも手かなぁって。後は、引退した方に頼むとか」
言い終わってしばし、思いだしたように口を閉ざすと匠は苦い表情で頬を掻いた。
「すみません。話過ぎた、でしょうか」
相手を慮る心は匠の大きな長所だろう。エリオットはつい小さく笑ってしまう。
「いいや、有難い提案だと思う」
なぜ笑われたのかきょとんとしている匠をよそに、青年は穏やかな顔で言った。
「依頼主に礼を伝えてほしい。良いハンターと出会えた、と」
───彼はどこまで知っている?
化かされたような気分ではあるが、匠は笑って頷く。
「じゃ、俺は武具の手入れをしますので」
◆ルカ(ka0962)
──激務の要因は、突如活発化した歪虚の存在が大きいみたいですね。
ルカは小さな不安を抱えつつも、王都入口で巡回班の騎士達と別れ、足早に騎士団本部を目指した。
本部に到着すると、丁度遠方の巡回を終えた騎士たちが帰還したところだったらしい。ルカが挨拶に顔を出そうとすると、そこでも先の"激務の要因"が影を落としていたことに気付く。
帰還した騎士達に負傷者が多い。騎士らが慌ただしく治療を進めている様を見て、ルカが覚悟を決めて申し出た。
「治療、するのです。私にやらせてください」
内向的な心を抑えつけるように、勇気を振り絞って進み出る。
少女が祈るように目を閉じると、放たれた光が男の傷を包み、癒していった。
「よかった、助かったよ」
傷が癒え、安心したように眠る騎士の隣で別の騎士がルカに謝意を述べる。
「お仕事は忙しい位が楽しいのです……誰かの助けになるともっと嬉しいのですっ!」
努めてそう笑う少女だが、本心では眠る男の顔色が冴えないことを気にするばかりだった。
少女はそこから食堂に張り付きだった。
夕食の準備、後片付け、翌朝の食事や昼の弁当まで。時間一杯、心をこめて勤めあげていた。
たった1日の手伝いではあったけれど、ルカには解ったことがあった。
騎士団は財政難でもなんでもない。人手不足の現状は、"5年前に起こった事件"に起因するらしい。
騎士団とそれを取り巻く現状には何か有りそうだ、と少女は思う。
「遅くまで、助かった」
窓に再び光が差し始めた頃、食堂に騎士団長のエリオットが姿を現した。
ルカは、最後のひと仕事とばかりに食堂のテーブルに一杯のお茶と作り置いた焼き菓子を差し出す。
「構いませんです。でも、団員の食事の栄養バランス・時間を体調管理の為に誰か専属で雇う事を推奨……です」
「そうだな。昨日、匠にも同じことを言われた」
「問題はそれだけ明白、ということなのです」
小さく息を吐くルカの言い分に、男は申し訳なさそうに笑ってティーカップに口を着けた。
◆システィーナ・グラハム
謁見の間に訪れたのは、王女直属の侍従隊の長マルグリッド・オクレールと、彼女が連れた数名のハンターたち。
ルカが依頼仲介者であるオクレールと事前に手引きし、こうして謁見へと至っていた。
ただ、入城に際し、素性を隠すようなフルフェイスの兜は脱ぐようにと命ぜられ、そこで少し時間を食った。ジョージが、始めそれを拒んだのだ。しかし、"素顔は実家に迷惑がかからないのなら見せる"という彼の線引きが守られたため、彼はその兜を脱ぎ謁見の間へと進むことができていた。
「人手は足りなくて、大変な状況だったけれど……彼らは誇りを持って働いていたわ」
「ええ。これからもできるだけ手伝いますので、王女様もあまり心配しないで頂きたいですね~」
システィーナは、ハンターらの言葉を一言一句聞き洩らさぬよう、何度も頷きながら耳を傾ける。
「もし、何かしたいと考えておられるなら……直接労いに訪問されるのは如何でしょう?」
「私が、ですか?」
「直接現状見る口実にもなるでしょうし、それに……騎士達も喜びましょう」
考えもしなかった、と言う面持ちでハンター達の顔を見渡す王女。それを見て、アイシュリングが小さく笑った。
「彼らを信じて、あなたはあなたのできることをするといいわ」
これは、蝶の羽ばたき。
「はい……! 皆さま、本当に、ありがとうございました……っ」
願わくはこの優しい風がいつか大きな光とならんことを──。
王国騎士団本部、ある日の朝。
「みなさま、おはようございます」
頭の上にパルムを載せた小さなエルフの少女が食堂でパタパタと動きまわっている。
"それ"を知らない騎士たちは、目をこすった。
「もうすぐ朝食の用意ができますわ」
笑顔を浮かべた少女は、騎士達に一杯の水を差しだした。
促されるように冷たく澄んだ水を飲んだ騎士たちは、漸く頭がしゃっきりしてきたようだ。
「なんかあるのか?」
「今日一日、ハンターが騎士団の仕事を手伝うらしい」
席についた騎士同士が情報交換していると、目の前に次々料理が運ばれてくる。
「はい、そうですの。今日一日、お手伝いさんになって皆さんをお助けしますの」
ホワイトチーズたっぷりのパイ。プレーンのほか、カボチャとハチミツの入った甘いものやホウレン草やハム入りのものもある。大きめの木製ボウルには、色鮮やかな夏野菜のフレッシュサラダ。岩塩を粗めに砕いてオリーブオイルと絡めたものやバジルソースとビネガーを合わせたものなど、作りたてドレッシングは香りも見た目も良い。
「わたくしも微力ながら、お力になりますわー」
この朝食は配膳中のチョココだけではなく、他のハンター達も加わって早朝から準備したもの。心のこもった品々に、騎士らも喜んで食事を摂り始めた。
「美味い朝飯を、ありがとうな」
一日元気に頑張れるよ。そう言って、騎士たちが次々チョココに礼を述べる。
「お仕事、忙しいんですの?」
「同盟領の大規模作戦に騎士団の特別編成隊が出払っちまっててさ」
「そこへ突然王国内でも歪虚が多発したモンだから、ね」
チョココは食事の合間の談笑を楽しむ──という体裁で彼らから色んな話を聞き出した。
「放っておけませんわね。困ったことでもなんでもお申しつけくださいませ」
「今日一日、こんな美味い飯が食えたら十分だ。なぁ、皆」
騎士たちは楽しそうに笑い合い、元気に各々の職務へ出立していった。
「さて、片付けの後はお馬さんのお世話にまいりましょう」
◆ジョージ・ユニクス(ka0442)
「騎士団、か……外から見て見えるものもあるか」
ジョージは先程まで居た場所──千年王国が都、イルダーナを眺めた。
少年が手伝いに名乗りを上げたのは、首都周辺の巡回。一人の騎士と交代する形でジョージはそれに加わった。
「助かります。最近、国の西部を中心に歪虚の活動が活発化していて……」
「これまで以上に歪虚対応に手が必要になった。だから……人手に困っているんですね」
ジョージの指摘に騎士が苦い面持ちで頷く。近年の歪虚出現傾向や、警邏や討伐対応などあらゆる状況を加味したうえで、同盟領へ特別編成隊を派遣すると騎士団長が判断している。その判断は全騎士に通達されているし、彼らもこの判断を理解できていた。ただ……"想定外の事態"が、彼らを苦しめている。
「歪虚が活発になったのには、何か訳が……?」
刹那、ジョージの思考は黒影に遮られた。都から半日ほど離れた場所、そこで遭遇したものは──
「構えてください。……ヤツらです」
白銀の全身鎧から噴き出す闘志はそのままに、少年はグラディウスを抜いた。
ジョージが発見したのは、言うまでもなく歪虚だった。討伐後、剣を収めた少年が辛うじて発した声は重い。
「偶然、でしょうか」
「王都付近はさすがに稀ですが……巡廻時に歪虚を発見する確率は、ここのところ高くなっています」
「これが日常的になりつつあるのですね」
当初、自警団と言う形で街の人々に協力を仰げないかと考えていたジョージだが、この状況ではそれも危険だ。
少年は、周囲の騎士達の目を憚ることなく悲痛な面持ちを浮かべていた。兜に覆われた表情は、誰に悟られることもないのだが。
「……貴族の皆様は手伝ったりはしないんですかね」
絞り出すような言葉。騎士らは苦い表情を浮かべ、察した少年は直ちに言葉を繋ぐ。
「いえ、忘れてください。それとは別に……もう少し『僕ら』を頼ってくれても罰は当たらないとは思いますが」
「エリオット様にも申し伝えます」
◆アイシュリング(ka2787)
騎士団長室にはジャケット姿で黙々と書類に目を通すエリオットと、少し離れた所で書類を分類するアイシュリングの姿があった。
回覧書類、承認書類、報告書類──騎士団内で完結する事案もあれば、次に国の承認が控える書類もある。
エリオットが処理を終えた書類の分類、行き先に応じてアイシュリングはそれらを整理。分類別に木箱に詰め込むと、国にまわさねばならない書類の箱を持って王城への定期便集荷場所に向かった。
その道中、目についたのは顔色がさえない騎士の姿。
──この間の依頼で気にはなっていたけど。
現状を目の当たりにし、少女の口から今日何度目ともしれない深いため息が零れた。
配達員に荷を受け渡すと、アイシュリングは食堂の奥にある厨房へと足を運んだ。
ケトルを一つとり、冷たい水を一掬い。一番端の小さな火を借りると、湯を沸かし始める。
ことことと心地よい音と共にケトルの蓋が揺れる。それを眺める少女の脳裏には、依頼書に綴られた文字が浮かんでいた。伝わってくる少女の願い。思いがけず、森の外の世界に殆ど無知な自分と、国や今を知らないという王女が重なって、少女の心の内に細波が立つ。
──私も、もう少し森以外の世界を知らなければ。
既に、ケトルからは白い湯気がもうもうと沸き立っていた。
騎士団長室に戻ったアイシュリングは、エリオットの作業スペースから少し離れた場所に、黙ってティーセットを置いた。柔らかな香りに気付いて顔をあげる青年は、休憩を促されているのだろうことをおぼろげに理解できたらしく「この書類が終わったら」と断りをいれて仕事に戻った。それからしばし。
「緑が好きなのか」
かけられた声に気付いてアイシュリングは振り返った。少女が、窓辺に小さな植物の鉢を置いていたからだろう。
ハーブティに口をつけ、一息ついた様子の青年がそう問うている。
「生き物を気にかけて育てる心の余裕が持てるように……そう思ってやっているだけよ」
そう言って、少女は男と目を合わせることもなく青々とした葉を指で撫でる。
「そうか」
男は前回戦場で共に戦った時とはまるで別人のように、ひどく穏やかな声で言った。「育てておく」、と。
そんな優しい顔もできるなら、彼女の本心にも気付いてあげたっていいのに──また、少女は溜息をつきそうになる。
「裏に隠された気持ちも読み取れるようになればいいわね」
……あなたも、わたしも。
それがエリオットに聴こえたかは分からない。ただ、当の青年は不思議そうに少女を見つめていた。
◆プルミエ・サージ(ka2596)
王国騎士団本部にやってくるなり、ぐるっと施設を見回ったプルミエは開口一番こう漏らした。
「騎士団の方々も大変ですね……」
頭に過るのは依頼主の事。手紙から読み取れる王女の気持ちは"心配"の類……でも、それだけじゃなくて。
「少しは癒して差し上げられると良いのですがっ!」
ぐ、と拳を握りしめた。どこか悲しげな雰囲気をした"彼女"の文字を、言葉を、反芻しながら。
テキパキ準備を始めるメイドが一人。エプロンを身につけ、口元をまっさらな布巾で覆い、手にはハタキを装備。
「さぁ、徹底的に片付けるのですよー!」
上から下へ、乾いた汚れは乾いたまま、面積に合わせた道具を用いて──甲斐甲斐しく掃除を始めるプルミエ。
突如現れたメイドさんを不思議そうに、あるいは興味深げに見る騎士らに、少女はにこりと極上の笑みを浮かべる。
「お勤めごくろうさまなのです」
届かない場所は脚立を借り、窓のフチや棚の天面など騎士団男子諸君が手を抜きそうな場所へもはたきを滑らせる。
広間に垂れさがる大きな照明も、高い脚立で近づきガラスの一つ一つを拭き始めれば、あっという間に乾布が真っ黒だ。
しかし同時に部屋がワントーン明るく見え、部屋自体も広く感じられるようになった。
「清潔な環境を整えれば、仕事の効率もアップするのですよ」──とは、プルミエの談だが、部屋が明るく美しくなると精神的に心地よく感ぜられる。快適は正の感情を生みやすく、良い循環を作る"土台"ともなる。
騎士団本部は予想通りの"怠られぶり"だった為、結局プルミエは日がな一日掃除に明け暮れることとなった。
だが、その後の騎士達の快適さは"未知"のものだっただろう。
加えて言うのなら、可愛いメイドさんが自分たちの住まいを綺麗にしてくれているのだ。
その光景を見ているだけでも、荒涼とした心に癒しがもたらされたことは言うまでもない。
「さ、ここが終わったらお洗濯ですよ!」
◆誠堂 匠(ka2876)
「人手不足に過剰労働……どこの世界も同じ、なんだね」
嘆息する匠の脳裏には、リアルブルーに居た頃の記憶が過っていた。
青年の傍らには一人の新人騎士。二人が目指しているのは、騎士団本部の武具庫だ。
備品の修繕、武具の手入れが疎かになっているらしく、匠がその仕事に手を挙げたことに端を発している。
「特別編成隊が戻ってくるまでの一時的な辛抱っスけどね」
「でもね、一事が万事ということもある。それが人々の安全に関るなら……見過ごせないな、って思うよ」
道すがら少年からヒアリングしていた匠には、騎士団の状況が少しずつ見えてきていた。
大規模作戦で人手の減った所へ国内の歪虚が突如活発化。それに対応すべく、休息時間を削って各員の稼働時間を長くしたのが現在の騎士団の勤務状況だ。
──休息時間を確保するための手段が必要、かな。
「ここが武具庫っス」
騎士に促されるまま視線をあげると、存外大きな木製の扉がどっしりと構えていた。
重厚な扉を開こうと取っ手に触れた瞬間──タイミング良く規則正しい足音が聞こえてくる。
「匠か。手間をかけているようだな、申し訳ない」
照らすランタンの向こう。そこに見えたのは、騎士団長エリオットの姿だった。
「いえ、申し訳ないなんてことは。ただ……」
言い淀む匠に気付き、エリオットが「何かあったのか」と発言を促すように問う。
気付いてしまった騎士団の現状に黙っている事もできず、意を決した様子で青年は漸く口を開いた。
「差し出がましいかも知れないんですが……提案が、あります」
「構わない。何だ?」
エリオットの角のない表情に背を押され、青年は安心した様子で話を続ける。
「騎士の皆さんが対外業務に注力できるよう、増員してはいかがですか? 内勤業務の一部とか……任せられる所は一時雇いみたいな形で民間から募るのも手かなぁって。後は、引退した方に頼むとか」
言い終わってしばし、思いだしたように口を閉ざすと匠は苦い表情で頬を掻いた。
「すみません。話過ぎた、でしょうか」
相手を慮る心は匠の大きな長所だろう。エリオットはつい小さく笑ってしまう。
「いいや、有難い提案だと思う」
なぜ笑われたのかきょとんとしている匠をよそに、青年は穏やかな顔で言った。
「依頼主に礼を伝えてほしい。良いハンターと出会えた、と」
───彼はどこまで知っている?
化かされたような気分ではあるが、匠は笑って頷く。
「じゃ、俺は武具の手入れをしますので」
◆ルカ(ka0962)
──激務の要因は、突如活発化した歪虚の存在が大きいみたいですね。
ルカは小さな不安を抱えつつも、王都入口で巡回班の騎士達と別れ、足早に騎士団本部を目指した。
本部に到着すると、丁度遠方の巡回を終えた騎士たちが帰還したところだったらしい。ルカが挨拶に顔を出そうとすると、そこでも先の"激務の要因"が影を落としていたことに気付く。
帰還した騎士達に負傷者が多い。騎士らが慌ただしく治療を進めている様を見て、ルカが覚悟を決めて申し出た。
「治療、するのです。私にやらせてください」
内向的な心を抑えつけるように、勇気を振り絞って進み出る。
少女が祈るように目を閉じると、放たれた光が男の傷を包み、癒していった。
「よかった、助かったよ」
傷が癒え、安心したように眠る騎士の隣で別の騎士がルカに謝意を述べる。
「お仕事は忙しい位が楽しいのです……誰かの助けになるともっと嬉しいのですっ!」
努めてそう笑う少女だが、本心では眠る男の顔色が冴えないことを気にするばかりだった。
少女はそこから食堂に張り付きだった。
夕食の準備、後片付け、翌朝の食事や昼の弁当まで。時間一杯、心をこめて勤めあげていた。
たった1日の手伝いではあったけれど、ルカには解ったことがあった。
騎士団は財政難でもなんでもない。人手不足の現状は、"5年前に起こった事件"に起因するらしい。
騎士団とそれを取り巻く現状には何か有りそうだ、と少女は思う。
「遅くまで、助かった」
窓に再び光が差し始めた頃、食堂に騎士団長のエリオットが姿を現した。
ルカは、最後のひと仕事とばかりに食堂のテーブルに一杯のお茶と作り置いた焼き菓子を差し出す。
「構いませんです。でも、団員の食事の栄養バランス・時間を体調管理の為に誰か専属で雇う事を推奨……です」
「そうだな。昨日、匠にも同じことを言われた」
「問題はそれだけ明白、ということなのです」
小さく息を吐くルカの言い分に、男は申し訳なさそうに笑ってティーカップに口を着けた。
◆システィーナ・グラハム
謁見の間に訪れたのは、王女直属の侍従隊の長マルグリッド・オクレールと、彼女が連れた数名のハンターたち。
ルカが依頼仲介者であるオクレールと事前に手引きし、こうして謁見へと至っていた。
ただ、入城に際し、素性を隠すようなフルフェイスの兜は脱ぐようにと命ぜられ、そこで少し時間を食った。ジョージが、始めそれを拒んだのだ。しかし、"素顔は実家に迷惑がかからないのなら見せる"という彼の線引きが守られたため、彼はその兜を脱ぎ謁見の間へと進むことができていた。
「人手は足りなくて、大変な状況だったけれど……彼らは誇りを持って働いていたわ」
「ええ。これからもできるだけ手伝いますので、王女様もあまり心配しないで頂きたいですね~」
システィーナは、ハンターらの言葉を一言一句聞き洩らさぬよう、何度も頷きながら耳を傾ける。
「もし、何かしたいと考えておられるなら……直接労いに訪問されるのは如何でしょう?」
「私が、ですか?」
「直接現状見る口実にもなるでしょうし、それに……騎士達も喜びましょう」
考えもしなかった、と言う面持ちでハンター達の顔を見渡す王女。それを見て、アイシュリングが小さく笑った。
「彼らを信じて、あなたはあなたのできることをするといいわ」
これは、蝶の羽ばたき。
「はい……! 皆さま、本当に、ありがとうございました……っ」
願わくはこの優しい風がいつか大きな光とならんことを──。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓ですっ プルミエ・サージ(ka2596) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/08/24 20:27:22 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/24 18:30:36 |