ゲスト
(ka0000)
アニタ・カーマインと猪退治
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/11 22:00
- 完成日
- 2016/04/19 16:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
アニタ・カーマイン(kz0005)は、退屈に押し潰されそうだった。
来る日も来る日も終わりの見えない雑事をこなし、本を読む暇さえない。
それもこれも、帝国領内に新しく設立された難民キャンプなどというものの管理を、連合軍から任されてしまったからだ。
行き場のないリアルブルー人を受け入れる器としてのキャンプだったが、やはりというか、高度な文明にあぐらを掻いた現代人がこの世界の環境に慣れようとすれば時間が掛かるらしい。
日々不満や愚痴が、マシンガンのようにひっきりなしにアニタへと届く。水道用のポンプや発電機など、サルヴァトーレ・ロッソから少しばかりの機器を預かってはいるのだが、その稼働も整備も、誰も技術を持っておらずアニタに任せきりの有様だ。
もしも帰ることが出来なければ……などという仮定は考えたくないが、そうなれば彼らはここに順応するしかない。出来ることなら、文明に頼らず生きていく力を身に付けてくれればと思うのだが。
「……ま、一ヶ月程度じゃそんなもんかねえ」
そもそも、彼らの殆どは一般人だ。あらゆる知識が生命線となりうる戦場で生きてきた、アニタの感覚の方がズレているというのは否めなかった。
●
しかし、彼女を取り巻く環境の変化はそれだけではない。
「アニター!」
今日も朝から小屋に籠もり、陳情の処理や軍への報告書作成に追われていたアニタの耳に、外から彼女を呼ぶ子供の声が聞こえてきた。
「はぁ……またかい」
切羽詰まったようなその声は恐らく泣き出す寸前で、文机から顔を上げたアニタはため息をついて目頭を揉む。
バタンと大きな音を立ててドアが開いた。目を擦りながら入ってきたのは、小さな男の子だ。
「フリッツ、そんな簡単に泣くもんじゃないよ。男だろ?」
「……だって、だってお兄ちゃんが!」
その後ろでぶすっと拗ねるハインリヒは、泣いているフリッツの兄に当たる。
フリッツが泣くのは、決まってハインリヒの仕業だ。アニタは椅子を回し、兄弟に向き直る。
「で、ハイン。今日は何をやらかした?」
「……」
拗ねて拳を握ったまま何も言わないハインリヒと、泣いたまま要領の得ないフリッツ。
十歳と八歳というまだ幼いこの兄弟をアニタが引き取ってから、およそ二ヶ月。こんなことは日常茶飯事だった。
三ヶ月前のあの戦場で、彼らを助けたことに後悔はない。だが、まさか自分が子育てまがいのことをすることになるとは思っていなかった。
何を考えてこの二人は、自分の元に居たいなどと引取先の施設に直談判などしたのだろう。嫌という訳ではないが、子供と接した経験などないアニタにとって、彼らはよく分からない怪物のようなものだった。
毎日どうしたらいいか分からないし、仕事と相まって心労は溜まっていく一方だ。
「ほらハイン、悪いことしたんならちゃんと謝りな」
「してないよ! アニタに銃教えて貰おうって、言っただけ!」
「はあ……またか。あんたにはまだ早いって、いつも言ってるだろうに。……いいか、何度も言うけどこれは人殺しの道具だ。気安く触っていいもんじゃないし、軽い気持ちで習うもんでもない。そういうもんじゃないんだよ」
最近キャンプのおばさんに教えて貰った、視線を合わせるという必殺技を用いてハインリヒに語りかけた。
だが聞いているのかいないのか、ハインリヒはぷいと顔をアニタから背け、また拗ねたような横顔を見せた。
「だから、アニタ嫌だって言うって言ったじゃん!」
フリッツの抗議も空しく、ハインリヒはむっとした様子でフリッツを睨み付ける。
また今にも、喧嘩が始まってしまいそうだ。
「何なんだその原因は……」
これまでアニタが見てきた喧嘩と言えば、屈強な男達が女を巡って殴り合うような類いのものだ。目の前のものは世間一般では微笑ましいと言えるのかもしれないが、毛色が違いすぎてまるで異次元だ。
だから、
「あ、アニタさん、ちょっと来て貰えますか!」
普段は鬱陶しくて頭痛のする雑事が、神の思し召しに聞こえるのも仕方の無いことなのだ。
●
キャンプから出るなとだけ子供達に言い聞かせ、アニタは管理事務所へと向かう。
彼女の要望で事務所から離れて建てられた住居から、歩くこと五分程度。その道中で見られるキャンプの有様は、一言で言えば”雑然”だった。
近代的なプレハブの小屋が並ぶ中にログハウスが見えたかと思えば、テントが張ってあったり牛や羊も闊歩している。未だ建造中の建物も多く、建造しようと材料を集めたところで放置している箇所まである。
これは近々、誰かしらに手伝いを頼む必要があるかもしれない。
そんなことを考えながら事務所に赴けば、そこにはキャンプを囲む農業地の管理を任せてある男がしゅんとうなだれて机に目を落としていた。
「いやー何と言いますか……近くの山を開墾しようとしたらですね、作業員達が揃って大きな猪を見たというんです。こちらには降りてきていないんですが、皆怖がっちゃいましてね……畑仕事も思うように進まんのです」
ぴくりと、それを聞いたアニタの眉が動く。
猪。それは歪虚だろうか、野生の生物だろうか。
「なるほどね。それを退治すればいいのかい?」
そんなことはどうでも良いとばかりに、アニタの瞳に光が灯る。ニヤリと、口元は知らず綻んでいた。
――久しぶりに、戦える。
「ええ、ここらにたまたま来ていたハンターの皆さんが手伝ってくれるというので、カーマイン殿には道案内をお願いしたいのです」
「……ああ、ハンターの都合は付いてるのかい」
一人の方が濃い闘争を楽しめるというのに、などと思って少し落胆する。
だがここで反対するのは余りに大人げない。アニタは何食わぬ顔で了承し、社交辞令的な感謝の言葉を背に受けながら事務所を後にした。
来る日も来る日も終わりの見えない雑事をこなし、本を読む暇さえない。
それもこれも、帝国領内に新しく設立された難民キャンプなどというものの管理を、連合軍から任されてしまったからだ。
行き場のないリアルブルー人を受け入れる器としてのキャンプだったが、やはりというか、高度な文明にあぐらを掻いた現代人がこの世界の環境に慣れようとすれば時間が掛かるらしい。
日々不満や愚痴が、マシンガンのようにひっきりなしにアニタへと届く。水道用のポンプや発電機など、サルヴァトーレ・ロッソから少しばかりの機器を預かってはいるのだが、その稼働も整備も、誰も技術を持っておらずアニタに任せきりの有様だ。
もしも帰ることが出来なければ……などという仮定は考えたくないが、そうなれば彼らはここに順応するしかない。出来ることなら、文明に頼らず生きていく力を身に付けてくれればと思うのだが。
「……ま、一ヶ月程度じゃそんなもんかねえ」
そもそも、彼らの殆どは一般人だ。あらゆる知識が生命線となりうる戦場で生きてきた、アニタの感覚の方がズレているというのは否めなかった。
●
しかし、彼女を取り巻く環境の変化はそれだけではない。
「アニター!」
今日も朝から小屋に籠もり、陳情の処理や軍への報告書作成に追われていたアニタの耳に、外から彼女を呼ぶ子供の声が聞こえてきた。
「はぁ……またかい」
切羽詰まったようなその声は恐らく泣き出す寸前で、文机から顔を上げたアニタはため息をついて目頭を揉む。
バタンと大きな音を立ててドアが開いた。目を擦りながら入ってきたのは、小さな男の子だ。
「フリッツ、そんな簡単に泣くもんじゃないよ。男だろ?」
「……だって、だってお兄ちゃんが!」
その後ろでぶすっと拗ねるハインリヒは、泣いているフリッツの兄に当たる。
フリッツが泣くのは、決まってハインリヒの仕業だ。アニタは椅子を回し、兄弟に向き直る。
「で、ハイン。今日は何をやらかした?」
「……」
拗ねて拳を握ったまま何も言わないハインリヒと、泣いたまま要領の得ないフリッツ。
十歳と八歳というまだ幼いこの兄弟をアニタが引き取ってから、およそ二ヶ月。こんなことは日常茶飯事だった。
三ヶ月前のあの戦場で、彼らを助けたことに後悔はない。だが、まさか自分が子育てまがいのことをすることになるとは思っていなかった。
何を考えてこの二人は、自分の元に居たいなどと引取先の施設に直談判などしたのだろう。嫌という訳ではないが、子供と接した経験などないアニタにとって、彼らはよく分からない怪物のようなものだった。
毎日どうしたらいいか分からないし、仕事と相まって心労は溜まっていく一方だ。
「ほらハイン、悪いことしたんならちゃんと謝りな」
「してないよ! アニタに銃教えて貰おうって、言っただけ!」
「はあ……またか。あんたにはまだ早いって、いつも言ってるだろうに。……いいか、何度も言うけどこれは人殺しの道具だ。気安く触っていいもんじゃないし、軽い気持ちで習うもんでもない。そういうもんじゃないんだよ」
最近キャンプのおばさんに教えて貰った、視線を合わせるという必殺技を用いてハインリヒに語りかけた。
だが聞いているのかいないのか、ハインリヒはぷいと顔をアニタから背け、また拗ねたような横顔を見せた。
「だから、アニタ嫌だって言うって言ったじゃん!」
フリッツの抗議も空しく、ハインリヒはむっとした様子でフリッツを睨み付ける。
また今にも、喧嘩が始まってしまいそうだ。
「何なんだその原因は……」
これまでアニタが見てきた喧嘩と言えば、屈強な男達が女を巡って殴り合うような類いのものだ。目の前のものは世間一般では微笑ましいと言えるのかもしれないが、毛色が違いすぎてまるで異次元だ。
だから、
「あ、アニタさん、ちょっと来て貰えますか!」
普段は鬱陶しくて頭痛のする雑事が、神の思し召しに聞こえるのも仕方の無いことなのだ。
●
キャンプから出るなとだけ子供達に言い聞かせ、アニタは管理事務所へと向かう。
彼女の要望で事務所から離れて建てられた住居から、歩くこと五分程度。その道中で見られるキャンプの有様は、一言で言えば”雑然”だった。
近代的なプレハブの小屋が並ぶ中にログハウスが見えたかと思えば、テントが張ってあったり牛や羊も闊歩している。未だ建造中の建物も多く、建造しようと材料を集めたところで放置している箇所まである。
これは近々、誰かしらに手伝いを頼む必要があるかもしれない。
そんなことを考えながら事務所に赴けば、そこにはキャンプを囲む農業地の管理を任せてある男がしゅんとうなだれて机に目を落としていた。
「いやー何と言いますか……近くの山を開墾しようとしたらですね、作業員達が揃って大きな猪を見たというんです。こちらには降りてきていないんですが、皆怖がっちゃいましてね……畑仕事も思うように進まんのです」
ぴくりと、それを聞いたアニタの眉が動く。
猪。それは歪虚だろうか、野生の生物だろうか。
「なるほどね。それを退治すればいいのかい?」
そんなことはどうでも良いとばかりに、アニタの瞳に光が灯る。ニヤリと、口元は知らず綻んでいた。
――久しぶりに、戦える。
「ええ、ここらにたまたま来ていたハンターの皆さんが手伝ってくれるというので、カーマイン殿には道案内をお願いしたいのです」
「……ああ、ハンターの都合は付いてるのかい」
一人の方が濃い闘争を楽しめるというのに、などと思って少し落胆する。
だがここで反対するのは余りに大人げない。アニタは何食わぬ顔で了承し、社交辞令的な感謝の言葉を背に受けながら事務所を後にした。
リプレイ本文
まばらな木々の間を爽やかな風が吹き抜ける。しかしその中に微かな負のマテリアルが混じっていることに、アニタとハンター達は気が付いていた。
「猪狩りじゃ! 猪狩りじゃーっ!」
話に聞いた出没地点に向かう途中、玉兎 小夜(ka6009)は無表情ながらうおーとテンション高めで手にした刀を振り上げている。
彼女の気分はまるで蛮族。知性など何処かに忘れてきた野生の獣!
「……この雰囲気だと、敵は歪虚か。でなければ、肉が手に入ったのにな」
しかし直後聞こえてきた近衛 惣助(ka0510)の言葉に、小夜は愕然と振り返る。
「ぇ、歪虚って食えないの?」
「まあ、基本的にはそうなんじゃないか? 食いたいとも余り思わんが」
ぶっきらぼうに答える惣助。小夜はそんなばかなと、大げさに目を見開いて見せた。
「歪虚じゃなかったら、猪鍋だとかってはしゃげるんだけどねー」
そう言って森の奥に目を凝らすアルスレーテ・フュラー(ka6148)は、少しつまらなそうに、
「……って、ダイエット中だから食べ過ぎれないけどさ」
そう続けて呟きながら無意識に腰回りに手を当てた。
●
農耕者から聞いた情報と、散見される猪の気配、足跡や木々の傷などを照らし合わせれば、直ぐにその生息地を絞り込むことが出来た。
アニタの持ってきていた双眼鏡を覗き込めば、百メートルほど先に、反り返った巨大な牙が二本、地面から生えているのが見える。恐らくその下に穴を掘り、猪が潜んでいるのだろう。
「……なんか想像してたよりデカいな。真正面からやり合いたかないねえ」
その槍か何かと見まごう牙の威容に、カッツ・ランツクネヒト(ka5177)は苦笑いと共に肩を竦める。
「いやあ、久々に腕が鳴るねえ!」
「約一名、ぶっ放したくて仕方がないって顔の人が居るから、私はサポートに回ろうかしら」
鼻息荒くにやりと獰猛な笑みを浮かべるアニタの横顔にちらりと目をやり、結城 藤乃(ka1904)は肩を竦める。
「俺も、基本は支援に回るとするか」
その様子に、惣助も淡々と頭の中で動きを組み立てていく。
「お、いいのかい?」
「色々、ストレス溜まってそうだもの」
アニタは実に楽しそうだ。藤乃は苦笑し、銃の安全装置を外した。
そしてその後ろに立つユキヤ・S・ディールス(ka0382)は、背後に視線をやっていた。何かを探すように、目線は細かく左右に揺れている。
「どうかしたのかい?」
「いえ、もしかしたら子供達が、アニタさんの後を追ってきていないかと思いまして」
気付いたアニタに声を掛けられ、ユキヤは改めて正面に顔を戻す。
「ですが、杞憂だったようですね」
どうやら、そう無鉄砲な子達ではないようだ。心配事がなくなり、ユキヤは胸を撫で下ろした。
一行は、最も木々の密度が薄く、一直線に猪の寝床までを見通せる場所に辿り着く。
「ご飯の恨み、晴らさで置くべきか!」
小夜は急ぎ小走りで、頭一つ前に出た。そして他の面々の準備が整ったのを感じると、すうと大きく息を吸い。
「みなのもの! 今夜は猪鍋じゃっ!」
身長の倍ほどもある長刀を振り上げて、号令の如く大声でその存在感を遠く猪に叩き付けた。
その瞬間。
莫大な敵意が、此方に向けて放たれた。
そのまま蛮族踊りに移行しようとしていた小夜は動きを止めて、これ幸いと気を引き締める。
「見つかりましたね」
静かに言って、ユキヤはマテリアルを手にした剣に込めていく。
その視線の先に、巨大な灰色がむくりと起き上がる。
咆吼が轟く。離れていてもびりびりと空気が震える。
「目標捕捉だ。……しかし本当にデカいな」
「動きを阻害して、取り囲んじゃいましょ」
照準の向こうに見える猪が、乱暴な動作でこちらを向く。そして、
「衝突されて大怪我とかは、勘弁願いたいね」
砂煙を上げて、猛然と突進を繰り出した。
「猪の突進なんて私が正面から受け止めてやるわ! ……とかって言いたいところなんだけどねぇ」
アルスレーテは練り上げたマテリアルを纏い防御を整えるが、どうにもあの巨体を受け止めるには自分はか弱すぎる。ちょっと無理だ。
かなりの速度で猪が迫る。
そこにユキヤは、光の球を撃ち込んだ。
「その勢いは、危ないですね」
まず動きを封じる為に、狙うは足元。体躯に圧倒され掛けながらも、次に踏み込む地点に向け正確に、叩き込まれた光球が炸裂し地面を抉る。
出来た穴に猪の足が嵌まって巨体が揺らぐ。だが、残った四肢で力任せに脱出され勢いは削げたものの止まらない。
しかし次の瞬間、猪は足元に撃ち込まれた弾丸に怯み鼻を鳴らした。
「その機動力は厄介だな」
「まずはゆっくり、外堀から埋めていかないとね」
惣助の放つ無数の弾丸は、野生の本能に危険を察知させ足を鈍らせる。がくんと膝を突くように、下がった牙が削岩機のように地面を削る。
さらに藤乃の威嚇射撃に猪はびくりと体を震わせて、ほんの一瞬足を止める。
しかし猪は狂ったように首を振り回して、無理矢理に体の制御を取り戻す。一切合切を振り払い、再び蹄が地面を強く叩いた。
だがそれでも、最早驚異とは言えない速度まで突進は落ち着き、
「よし今だ、首落とす!」
小夜の射程に入り込んでいた。
長刀は、防御を捨てた大上段。呼吸を整え丹田から全身にマテリアルを行き渡らせ、腰を低く力を溜める。
「ドーモ。イノシシ=サン。ヴォーパルバニーです!」
そして猪が眼前に迫った瞬間身を反らし軸からずれると、すれ違い様に腰を捻って地面を擦るような斬撃を繰り出した。
「その首、刻み刈り取らん!」
赤熱した刀身が下から上へ弧を描き、分厚い毛皮を焼きながら斬り裂く。
「上手く動けるかどうか……」
カッツは素早く、猪の巨体を大きく跳んで躱していた。
メインの攻撃は他に任せるとして、さて自分はどうしようと考える。
「ま、俺もチョッカイ出しますかねっと」
逃げてばかり、というわけにはいかないだろう。
回避の勢いそのままに、カッツは目の前、木の幹を蹴って再び大きく跳び上がると、空中で身を捻り猪に狙いを定める。
聞いた話では、耳の後ろが急所だったか。振りかぶった剣に落下の勢いを乗せ、思い切り叩き付けた。
一連の猛攻にダメージを負い、一行の間を駆け抜けながら猪が咆吼を上げる。そして器用に振り返り、再び突進を繰り出そうとするが――
その鼻面で、光球が眩く炸裂した。流れる様に、冷気を孕んだ弾丸が足元を白く染め上げる。
「んー、これくらいなら……」
そして目が眩み、足をもつれさせながらも敢行した突進の先に、アルスレーテが立っていた。
重心の偏り、動きのベクトル、地面の僅かな勾配、視線、呼吸、心拍。
突撃槍の如き牙を、開いた鉄扇でいなしながら最も効率よく力を歪められるタイミングを見極め――
「あら、意外と何とかなるものね」
アルスレーテの細腕が、猪の頭部を捻るようにその巨体を引き倒していた。
●
「あっはっはっは、こりゃいい的だねえ! 家に持って帰りたいくらいだ!」
アニタの高笑いが森に響く。獣のような笑みを浮かべて弾倉が空になるまで、銃身が焼け付くまで引き金を引き続ける様は、小夜とどちらが蛮族に適しているか分からない。
猪はハンター達の度重なる行動阻害によって、殆ど動けない状態まで追い込まれていた。特に凍結が効果的で、一度毛皮を貫いて弾丸が体内に届いてしまえば、内側から猛烈な冷気に襲われ突進は悉く、猪が途中で地面を転がる結果に終わった。
「あら、バイクは必要なかったかしら」
素早く移動するまでもなく、藤乃の元へ猪が辿り着く気配はない。
そして倒れたところに、無数の弾丸、魔法による衝撃、首筋と耳の後ろへの斬撃に、毛皮の鎧を容易く貫く打撃を叩き込まれれば堪らず猪は苦悶の声を上げた。
しかしいくら行動の多くを阻害できても、その巨大な牙は侮れるものではない。猛攻を受け激怒した猪は、咆吼を上げ体ごと牙を大きく振り回す。
「おっと、危ないわね」
風を切る牙を、アルスレーテはトンと軽くステップを踏んで躱す。さらに戻ってきたもう一撃を、舞の振りの一部であるかのように大きく身を反らしてやり過ごした。
「おいおい、余裕だな」
「あら、カッコいいでしょう?」
立体的に動くカッツを、猪の狭い首の可動域では追い切れない。結果広範囲を薙ぎ払う攻撃に気をつければ良く、カッツは直剣を鞘に戻し、代わりに短剣に手をかけていた。
これを耳の後ろに深く突き刺す。その余裕を見つけるべく、ひたすら攻撃を躱していた。
異様にタフな歪虚に、決定的な一打が決まらず一行は焦れていく。
猪は既に傷だらけで、薄紫の血液を体中から垂れ流している。それでも大きく咆吼し、牙を振り回す。
――しかし、その時は不意に訪れた。
所詮は、風前の灯火だったのかもしれない。
一点を貫く惣助の高加速射撃が、今度こそ猪の足を貫いていた。
「よし、ようやくか」
致命的な一撃を受け、巨体は轟音を立てて倒れ込む。
「狙ってみるもんだな!」
その瞬間に、カッツは巨体を駆け上がっていた。強つく毛皮を踏み台に、短剣を力の限り急所に振り下ろした。
血しぶきと共に、断末魔がこだまする。
「悶々とした気持ち……それを晴らすには!」
遂にやって来たチャンスに、小夜は刀をまた大上段に振り上げた。
「首落とすしか、ないじゃない!」
狙うのは、カッツが作った深い刺創。
気息充溢。渾身の力を以て、大木のような首を斬り上げた。
●
猪の消滅を確認後、念のために辺りを調査してみたが、別の個体などは存在していなかった。ハンター達は結果報告をすべく、難民キャンプへと戻ることにする。
「ああ、やっぱり戦いはいいねえ」
アニタの足取りは軽やかだ。枷が外れたように、すっきりとした顔で伸びをしている。
「隊長も、相当苦労しているようだな」
その心労を想像するだけで、惣助は背中が寒くなる気がした。間違いなく、自分には向いていないだろう。
「ま、ストレスも溜まるわよね。相談くらいは乗るわよ?」
「そりゃありがたい。じゃあさしあたって……」
藤乃の気遣いに、アニタは親指を横に向け、
「アニタ! 大丈夫だったっ?」
「あの子達の遊び相手、してやってくれないかい?」
駆け寄ってくる二人の男の子に、苦笑いを向けた。
●
「あの時の子達も、元気そうで安心したわ……でも、気疲れも多そうねえ」
「アニタさんが子供のお世話というのは、何というかレアですね」
「はは、似合わないのは自分でも分かってるよ。まあ、嫌ではないんだけどねえ」
「それにキャンプの中のこと、一人でやってんだろ? 辺境の某拠点に比べりゃ、まああれだし……大変だわなあ」
藤乃とユキヤ、カッツの三人は、アニタの愚痴に付き合っていた。子供達は少し離れて、惣助、小夜と共に遊んでいる。アルスレーテは子供が苦手なのか、「皆に任せたわ! 私は逃げる!」と脱兎の如く行方が知れなくなっていた。
「技術を持っていない、ってのはキャンプの中だけの話だろ? この手の仕事をしたがる連中は少なくないと思うぜ?」
話によると、アニタは技術関連のことまでさせられているらしい。
しかし、カッツの提案にアニタは力なく首を振る。
「外部の人間を引き入れるのは、上の許可が必要でねえ。悪戯に、やっと落ち着いたリアルブルー人を刺激しないように、だと」
どうやらアニタの苦労は、そう簡単に解決しないらしい。
「……貴女は、あの子達のヒーローだからね」
「そんなガラじゃないねえ」
アニタから子供達との近況を聞いた藤乃の第一声。それに対し、アニタは苦笑を返す。
「あんな状況で助けられたのですから、憧れてもおかしくないと思いますよ」
続いたユキヤの言葉に、彼女はげんなりと口を曲げた。
「そんな貴女の使ってる物だからこそ、特別に見えるのよ。……私も昔そうだったから、ね」
銃を使わせたくない。銃を使いたい。その気持ちの両方が、藤乃には理解出来た。
その上で、彼女は提案する。
「アニタさん、貴女CQCは? 軍属なら習ってるわよね。一本取ったら教えてやる、とでも言えば多分食い付くわよ」
「ああ、正式な奴じゃないが……体術ねえ。そりゃ、銃よりはマシなんだろうけど」
「ハインリヒ少年が、何になりたいかによるだろうな。猟師なのか、猟撃士なのか。それとも、アニタ姉さんなのか」
カッツの言葉に、アニタは何とも言えない表情で黙り込む。そのどれでも困る、とでも言いたげだ。
「ま、考えてみてよ」
そう言って藤乃は、話題を変えた。
カッツはその輪を離れ、ハインリヒに声を掛けることにした。ちょっとしたアドバイスを、彼に送るためだ。
「で、少年は何で銃を習いたいんだ?」
「……なんで、って?」
「やりたいだけじゃ、話は進まねえ。大事なのは理由だ。ちゃんとした理由があれば、きっと姉さんも少年の話を聞いてくれるさ」
「僕は……」
ハインリヒの声が小さくなる。きっと、自分でもよく分からない感情に突き動かされていたのだろう。カッツの言葉は、それを明確に掴むきっかけになるのかもしれない。
「なあに、この……鉄……箱? ……わっ、光った!」
「それはゲーム機って言うんだ。ほら、ここを押すと……」
「なんか動いてる!」
その後、子供達は、惣助に貰ったゲームに夢中になっていた。それが何か理解は出来ずとも、光って動く画面に興味津々だ。
「いいのかい? 安いものじゃないだろ」
「ああ、貰い物だしな」
あの時の様子を思い出せば、この子達が元気にやっているだけで十分だ。そして、これで多少なりとも銃から興味が移ればと惣助は思う。彼らが使い方を覚える必要はない。そんな状況なんて来させないのが、大人の役目だ。
「あ、あの、ありがとうおじちゃん」
照れくさそうに、二人が惣助に礼を言う。
「ゲーム私もほしー!」
「君は大人だろうが……」
首を狩って上機嫌な小夜は、子供達と元気にゲームで遊ぶのだった。
●
アルスレーテは葛藤していた。目の前で美味そうに煮える猪肉。その一枚を、掴むか否か。
ハンター達が、猪が食べられなくて落胆している。そう聞いたキャンプの食料担当者が、気を利かせて鍋を用意してくれていた。
一行は喜び勇んで、野外鍋パーティを楽しんでいる。
「ダイエット……ダイエット……」
鍋の気配に戻ってきたは良いが、ダイエットは大前提だ。
結局、アルスレーテは自分に強く言い聞かせて箸を置く。折角引き締まってきた気がしているのだ。ここでそれを、水泡に帰すわけにはいかない。
「肉ー肉ー!」
「ちょっ、それ俺んだぜ小夜ちゃん!」
「あ、僕も肉!」
「僕も!」
「こら、ちゃんと野菜も食べな。栄養失調で死ぬのは悲惨だぞ?」
そしてそんなことなど気にせずに好きなように食べ続ける面々を、アルスレーテは少し恨みがましい目で見つめるのだった。
「猪狩りじゃ! 猪狩りじゃーっ!」
話に聞いた出没地点に向かう途中、玉兎 小夜(ka6009)は無表情ながらうおーとテンション高めで手にした刀を振り上げている。
彼女の気分はまるで蛮族。知性など何処かに忘れてきた野生の獣!
「……この雰囲気だと、敵は歪虚か。でなければ、肉が手に入ったのにな」
しかし直後聞こえてきた近衛 惣助(ka0510)の言葉に、小夜は愕然と振り返る。
「ぇ、歪虚って食えないの?」
「まあ、基本的にはそうなんじゃないか? 食いたいとも余り思わんが」
ぶっきらぼうに答える惣助。小夜はそんなばかなと、大げさに目を見開いて見せた。
「歪虚じゃなかったら、猪鍋だとかってはしゃげるんだけどねー」
そう言って森の奥に目を凝らすアルスレーテ・フュラー(ka6148)は、少しつまらなそうに、
「……って、ダイエット中だから食べ過ぎれないけどさ」
そう続けて呟きながら無意識に腰回りに手を当てた。
●
農耕者から聞いた情報と、散見される猪の気配、足跡や木々の傷などを照らし合わせれば、直ぐにその生息地を絞り込むことが出来た。
アニタの持ってきていた双眼鏡を覗き込めば、百メートルほど先に、反り返った巨大な牙が二本、地面から生えているのが見える。恐らくその下に穴を掘り、猪が潜んでいるのだろう。
「……なんか想像してたよりデカいな。真正面からやり合いたかないねえ」
その槍か何かと見まごう牙の威容に、カッツ・ランツクネヒト(ka5177)は苦笑いと共に肩を竦める。
「いやあ、久々に腕が鳴るねえ!」
「約一名、ぶっ放したくて仕方がないって顔の人が居るから、私はサポートに回ろうかしら」
鼻息荒くにやりと獰猛な笑みを浮かべるアニタの横顔にちらりと目をやり、結城 藤乃(ka1904)は肩を竦める。
「俺も、基本は支援に回るとするか」
その様子に、惣助も淡々と頭の中で動きを組み立てていく。
「お、いいのかい?」
「色々、ストレス溜まってそうだもの」
アニタは実に楽しそうだ。藤乃は苦笑し、銃の安全装置を外した。
そしてその後ろに立つユキヤ・S・ディールス(ka0382)は、背後に視線をやっていた。何かを探すように、目線は細かく左右に揺れている。
「どうかしたのかい?」
「いえ、もしかしたら子供達が、アニタさんの後を追ってきていないかと思いまして」
気付いたアニタに声を掛けられ、ユキヤは改めて正面に顔を戻す。
「ですが、杞憂だったようですね」
どうやら、そう無鉄砲な子達ではないようだ。心配事がなくなり、ユキヤは胸を撫で下ろした。
一行は、最も木々の密度が薄く、一直線に猪の寝床までを見通せる場所に辿り着く。
「ご飯の恨み、晴らさで置くべきか!」
小夜は急ぎ小走りで、頭一つ前に出た。そして他の面々の準備が整ったのを感じると、すうと大きく息を吸い。
「みなのもの! 今夜は猪鍋じゃっ!」
身長の倍ほどもある長刀を振り上げて、号令の如く大声でその存在感を遠く猪に叩き付けた。
その瞬間。
莫大な敵意が、此方に向けて放たれた。
そのまま蛮族踊りに移行しようとしていた小夜は動きを止めて、これ幸いと気を引き締める。
「見つかりましたね」
静かに言って、ユキヤはマテリアルを手にした剣に込めていく。
その視線の先に、巨大な灰色がむくりと起き上がる。
咆吼が轟く。離れていてもびりびりと空気が震える。
「目標捕捉だ。……しかし本当にデカいな」
「動きを阻害して、取り囲んじゃいましょ」
照準の向こうに見える猪が、乱暴な動作でこちらを向く。そして、
「衝突されて大怪我とかは、勘弁願いたいね」
砂煙を上げて、猛然と突進を繰り出した。
「猪の突進なんて私が正面から受け止めてやるわ! ……とかって言いたいところなんだけどねぇ」
アルスレーテは練り上げたマテリアルを纏い防御を整えるが、どうにもあの巨体を受け止めるには自分はか弱すぎる。ちょっと無理だ。
かなりの速度で猪が迫る。
そこにユキヤは、光の球を撃ち込んだ。
「その勢いは、危ないですね」
まず動きを封じる為に、狙うは足元。体躯に圧倒され掛けながらも、次に踏み込む地点に向け正確に、叩き込まれた光球が炸裂し地面を抉る。
出来た穴に猪の足が嵌まって巨体が揺らぐ。だが、残った四肢で力任せに脱出され勢いは削げたものの止まらない。
しかし次の瞬間、猪は足元に撃ち込まれた弾丸に怯み鼻を鳴らした。
「その機動力は厄介だな」
「まずはゆっくり、外堀から埋めていかないとね」
惣助の放つ無数の弾丸は、野生の本能に危険を察知させ足を鈍らせる。がくんと膝を突くように、下がった牙が削岩機のように地面を削る。
さらに藤乃の威嚇射撃に猪はびくりと体を震わせて、ほんの一瞬足を止める。
しかし猪は狂ったように首を振り回して、無理矢理に体の制御を取り戻す。一切合切を振り払い、再び蹄が地面を強く叩いた。
だがそれでも、最早驚異とは言えない速度まで突進は落ち着き、
「よし今だ、首落とす!」
小夜の射程に入り込んでいた。
長刀は、防御を捨てた大上段。呼吸を整え丹田から全身にマテリアルを行き渡らせ、腰を低く力を溜める。
「ドーモ。イノシシ=サン。ヴォーパルバニーです!」
そして猪が眼前に迫った瞬間身を反らし軸からずれると、すれ違い様に腰を捻って地面を擦るような斬撃を繰り出した。
「その首、刻み刈り取らん!」
赤熱した刀身が下から上へ弧を描き、分厚い毛皮を焼きながら斬り裂く。
「上手く動けるかどうか……」
カッツは素早く、猪の巨体を大きく跳んで躱していた。
メインの攻撃は他に任せるとして、さて自分はどうしようと考える。
「ま、俺もチョッカイ出しますかねっと」
逃げてばかり、というわけにはいかないだろう。
回避の勢いそのままに、カッツは目の前、木の幹を蹴って再び大きく跳び上がると、空中で身を捻り猪に狙いを定める。
聞いた話では、耳の後ろが急所だったか。振りかぶった剣に落下の勢いを乗せ、思い切り叩き付けた。
一連の猛攻にダメージを負い、一行の間を駆け抜けながら猪が咆吼を上げる。そして器用に振り返り、再び突進を繰り出そうとするが――
その鼻面で、光球が眩く炸裂した。流れる様に、冷気を孕んだ弾丸が足元を白く染め上げる。
「んー、これくらいなら……」
そして目が眩み、足をもつれさせながらも敢行した突進の先に、アルスレーテが立っていた。
重心の偏り、動きのベクトル、地面の僅かな勾配、視線、呼吸、心拍。
突撃槍の如き牙を、開いた鉄扇でいなしながら最も効率よく力を歪められるタイミングを見極め――
「あら、意外と何とかなるものね」
アルスレーテの細腕が、猪の頭部を捻るようにその巨体を引き倒していた。
●
「あっはっはっは、こりゃいい的だねえ! 家に持って帰りたいくらいだ!」
アニタの高笑いが森に響く。獣のような笑みを浮かべて弾倉が空になるまで、銃身が焼け付くまで引き金を引き続ける様は、小夜とどちらが蛮族に適しているか分からない。
猪はハンター達の度重なる行動阻害によって、殆ど動けない状態まで追い込まれていた。特に凍結が効果的で、一度毛皮を貫いて弾丸が体内に届いてしまえば、内側から猛烈な冷気に襲われ突進は悉く、猪が途中で地面を転がる結果に終わった。
「あら、バイクは必要なかったかしら」
素早く移動するまでもなく、藤乃の元へ猪が辿り着く気配はない。
そして倒れたところに、無数の弾丸、魔法による衝撃、首筋と耳の後ろへの斬撃に、毛皮の鎧を容易く貫く打撃を叩き込まれれば堪らず猪は苦悶の声を上げた。
しかしいくら行動の多くを阻害できても、その巨大な牙は侮れるものではない。猛攻を受け激怒した猪は、咆吼を上げ体ごと牙を大きく振り回す。
「おっと、危ないわね」
風を切る牙を、アルスレーテはトンと軽くステップを踏んで躱す。さらに戻ってきたもう一撃を、舞の振りの一部であるかのように大きく身を反らしてやり過ごした。
「おいおい、余裕だな」
「あら、カッコいいでしょう?」
立体的に動くカッツを、猪の狭い首の可動域では追い切れない。結果広範囲を薙ぎ払う攻撃に気をつければ良く、カッツは直剣を鞘に戻し、代わりに短剣に手をかけていた。
これを耳の後ろに深く突き刺す。その余裕を見つけるべく、ひたすら攻撃を躱していた。
異様にタフな歪虚に、決定的な一打が決まらず一行は焦れていく。
猪は既に傷だらけで、薄紫の血液を体中から垂れ流している。それでも大きく咆吼し、牙を振り回す。
――しかし、その時は不意に訪れた。
所詮は、風前の灯火だったのかもしれない。
一点を貫く惣助の高加速射撃が、今度こそ猪の足を貫いていた。
「よし、ようやくか」
致命的な一撃を受け、巨体は轟音を立てて倒れ込む。
「狙ってみるもんだな!」
その瞬間に、カッツは巨体を駆け上がっていた。強つく毛皮を踏み台に、短剣を力の限り急所に振り下ろした。
血しぶきと共に、断末魔がこだまする。
「悶々とした気持ち……それを晴らすには!」
遂にやって来たチャンスに、小夜は刀をまた大上段に振り上げた。
「首落とすしか、ないじゃない!」
狙うのは、カッツが作った深い刺創。
気息充溢。渾身の力を以て、大木のような首を斬り上げた。
●
猪の消滅を確認後、念のために辺りを調査してみたが、別の個体などは存在していなかった。ハンター達は結果報告をすべく、難民キャンプへと戻ることにする。
「ああ、やっぱり戦いはいいねえ」
アニタの足取りは軽やかだ。枷が外れたように、すっきりとした顔で伸びをしている。
「隊長も、相当苦労しているようだな」
その心労を想像するだけで、惣助は背中が寒くなる気がした。間違いなく、自分には向いていないだろう。
「ま、ストレスも溜まるわよね。相談くらいは乗るわよ?」
「そりゃありがたい。じゃあさしあたって……」
藤乃の気遣いに、アニタは親指を横に向け、
「アニタ! 大丈夫だったっ?」
「あの子達の遊び相手、してやってくれないかい?」
駆け寄ってくる二人の男の子に、苦笑いを向けた。
●
「あの時の子達も、元気そうで安心したわ……でも、気疲れも多そうねえ」
「アニタさんが子供のお世話というのは、何というかレアですね」
「はは、似合わないのは自分でも分かってるよ。まあ、嫌ではないんだけどねえ」
「それにキャンプの中のこと、一人でやってんだろ? 辺境の某拠点に比べりゃ、まああれだし……大変だわなあ」
藤乃とユキヤ、カッツの三人は、アニタの愚痴に付き合っていた。子供達は少し離れて、惣助、小夜と共に遊んでいる。アルスレーテは子供が苦手なのか、「皆に任せたわ! 私は逃げる!」と脱兎の如く行方が知れなくなっていた。
「技術を持っていない、ってのはキャンプの中だけの話だろ? この手の仕事をしたがる連中は少なくないと思うぜ?」
話によると、アニタは技術関連のことまでさせられているらしい。
しかし、カッツの提案にアニタは力なく首を振る。
「外部の人間を引き入れるのは、上の許可が必要でねえ。悪戯に、やっと落ち着いたリアルブルー人を刺激しないように、だと」
どうやらアニタの苦労は、そう簡単に解決しないらしい。
「……貴女は、あの子達のヒーローだからね」
「そんなガラじゃないねえ」
アニタから子供達との近況を聞いた藤乃の第一声。それに対し、アニタは苦笑を返す。
「あんな状況で助けられたのですから、憧れてもおかしくないと思いますよ」
続いたユキヤの言葉に、彼女はげんなりと口を曲げた。
「そんな貴女の使ってる物だからこそ、特別に見えるのよ。……私も昔そうだったから、ね」
銃を使わせたくない。銃を使いたい。その気持ちの両方が、藤乃には理解出来た。
その上で、彼女は提案する。
「アニタさん、貴女CQCは? 軍属なら習ってるわよね。一本取ったら教えてやる、とでも言えば多分食い付くわよ」
「ああ、正式な奴じゃないが……体術ねえ。そりゃ、銃よりはマシなんだろうけど」
「ハインリヒ少年が、何になりたいかによるだろうな。猟師なのか、猟撃士なのか。それとも、アニタ姉さんなのか」
カッツの言葉に、アニタは何とも言えない表情で黙り込む。そのどれでも困る、とでも言いたげだ。
「ま、考えてみてよ」
そう言って藤乃は、話題を変えた。
カッツはその輪を離れ、ハインリヒに声を掛けることにした。ちょっとしたアドバイスを、彼に送るためだ。
「で、少年は何で銃を習いたいんだ?」
「……なんで、って?」
「やりたいだけじゃ、話は進まねえ。大事なのは理由だ。ちゃんとした理由があれば、きっと姉さんも少年の話を聞いてくれるさ」
「僕は……」
ハインリヒの声が小さくなる。きっと、自分でもよく分からない感情に突き動かされていたのだろう。カッツの言葉は、それを明確に掴むきっかけになるのかもしれない。
「なあに、この……鉄……箱? ……わっ、光った!」
「それはゲーム機って言うんだ。ほら、ここを押すと……」
「なんか動いてる!」
その後、子供達は、惣助に貰ったゲームに夢中になっていた。それが何か理解は出来ずとも、光って動く画面に興味津々だ。
「いいのかい? 安いものじゃないだろ」
「ああ、貰い物だしな」
あの時の様子を思い出せば、この子達が元気にやっているだけで十分だ。そして、これで多少なりとも銃から興味が移ればと惣助は思う。彼らが使い方を覚える必要はない。そんな状況なんて来させないのが、大人の役目だ。
「あ、あの、ありがとうおじちゃん」
照れくさそうに、二人が惣助に礼を言う。
「ゲーム私もほしー!」
「君は大人だろうが……」
首を狩って上機嫌な小夜は、子供達と元気にゲームで遊ぶのだった。
●
アルスレーテは葛藤していた。目の前で美味そうに煮える猪肉。その一枚を、掴むか否か。
ハンター達が、猪が食べられなくて落胆している。そう聞いたキャンプの食料担当者が、気を利かせて鍋を用意してくれていた。
一行は喜び勇んで、野外鍋パーティを楽しんでいる。
「ダイエット……ダイエット……」
鍋の気配に戻ってきたは良いが、ダイエットは大前提だ。
結局、アルスレーテは自分に強く言い聞かせて箸を置く。折角引き締まってきた気がしているのだ。ここでそれを、水泡に帰すわけにはいかない。
「肉ー肉ー!」
「ちょっ、それ俺んだぜ小夜ちゃん!」
「あ、僕も肉!」
「僕も!」
「こら、ちゃんと野菜も食べな。栄養失調で死ぬのは悲惨だぞ?」
そしてそんなことなど気にせずに好きなように食べ続ける面々を、アルスレーテは少し恨みがましい目で見つめるのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/07 20:38:46 |
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作戦相談卓 玉兎 小夜(ka6009) 人間(リアルブルー)|17才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2016/04/11 11:46:35 |