ゲスト
(ka0000)
【龍奏】未完成のソリティア
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/20 22:00
- 完成日
- 2016/04/25 19:35
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「あらまあ……本当に人間の部隊に攻撃を受けているなんてね」
龍園の南、デ・シェール遺跡は人類軍と歪虚の衝突する最前戦と化していた。
これまで転移門での移動が基本だったリグ・サンガマへの遠征だが、ついに陸路による北狄突破の目処がつき、人類軍の本隊が動き出したのだ。
それを出迎えるように龍園から南下するハンターの部隊があり、デ・シェールの歪虚は挟撃を受ける形となっていた。
「もう強欲だけで抑えきれる規模じゃないわねぇ」
「フ……つくづくヒトという奴は懲りぬな」
「ずっと昔に自分が果たせなかった約束を、彼らが果たしてくれて嬉しい?」
飛行するオルクスの手をにぶら下がったナイトハルトは無言で鼻を鳴らす。
随分と遠い昔、この地を目指すと誓った事があった。だが結局帝国がやったのはノアーラ・クンタウという壁作りで、保身の事しか頭にない。
「オルクス、我は出るぞ!」
「はいはーい」
空中で回転しナイトハルトを投げつけるオルクス。矢のように空を突き抜け、剣豪は雪原へ暴風と共に降り立った。
「何が落ちてきたんだ……ぐわっ!」
粉塵を突き抜けた黒い影は魔導アーマーを蹴り砕く。そんな怪物的な力を見れば人類軍も警戒を向けずにはいられない。
「フハハ! そうだ、かかって来い! 誰もが成し遂げられなかった未来を掴むのだろう!」
オルクスの眼下では強欲と暴食の混成部隊が人類軍の足止めにかかっている。
人類軍の狙いは強行突破による龍園部隊との合流、そしてデ・シェール遺跡の陥落だ。そこまで行けばイニシャライザーの恩恵も受けられる。
だが、今は汚染領域の突破中。機動力に優れる強欲と耐久性に優れる暴食を上手く壁として使えば……。
「ハルトもいるし、このまま敵戦力の4割くらいは削りたいところね……ん?」
その時だ。下方から吸血鬼の作る血の槍が飛んできたのは。
余裕を以って回避するが、すれ違った人影には覚えがあった。
「スバル……こんなところまで?」
「オルクス……母さん!!」
掴みかかるスバルへ血の壁を作るが、スバルはそれを自らの血の剣で破壊。取り付くと二人はもみ合いながら地上へ落ちていく。
「ゲルト、このまま剣豪に突っ込め!」
バイクの後ろに跨ったシュシュは弓矢を放つ。剣豪は難なく指先で弾き飛ばすが、そこへバイクから飛び降りたシュシュが斧を叩きつけた。
「貴様は……いつぞやの」
「ゲルトはスバルの所へ! こいつは何とかする!」
横を通り抜けたゲルトは加速し、オルクスの落下地点へ。スバルがオルクスに突き飛ばされたところへバイクでオルクスを跳ねるが、オルクスは地面の上を僅かに滑っただけだ。
「なんだあの重さ……バイクの方が壊れちまう」
「人間と吸血鬼が一緒に攻撃してくる……? あなた達なんなのぉ?」
「あなたを倒しに来たんです。母さん……剣妃オルクス!」
駆けつけた援軍が四霊剣とやりあう姿を人類軍は遠巻きに眺める。が、どうにも状況がわからない。
「歪虚同士の揉め事か……うわっ、コボルド!?」
見れば小さな王冠をつけたコボルドが同族を引き連れ迫ってくる。だがそれらはリザードマンやスケルトンへ攻撃しているようだ。
「はいは~い、邪魔しないでね~♪」
「マハ王の御身をお守りするは我らジャ族の役目! 借りは返すぞ……人間共!」
近衛兵に守られたコボルドは小さな剣と盾を手に剣豪へ迫る。シュシュと呼吸を合わせて一撃を繰り出せば、剣豪の驚きが伝わるようだ。
「なんだと……コボルド……マハ族なのか?」
「遠キ日ノ因縁ヲ今ハ語ルマイ……ガ、我ラヒトに恩持ツ身。退カレヨ、古キ王!」
「ホロン、王様なんだから危ない事はいいだよ!」
「我モ戦士。遠慮ハ無用ダ、友ヨ」
肩を並べる二人を凝視し、剣豪は腰に手を当て大きく笑う。
「クハッ! 貴様ら……何がどうなっているのかさっぱりわからんが、面白い……面白いぞ!!」
「ハルトはもう……笑ってる場合なの~!?」
血の槍を打ち合いながらオルクスは舌打ちする。そうして杖を大地につき、魔法陣を展開。
「私も消耗しててね……長期戦は望まないのよ」
「「さあ、お還りなさい……私の世界へ。あらゆる生を虚無に溶かす、永遠の理想郷……!」」
意味がわからずオルクスの瞳が見開かれる。自分の言葉と一字一句違えずに、何故かスバルも唇を動かした。
「「零式浄化血界! ブラッドフォート……エンブリヲ!!」」
オルクスの足元から光があふれるのと、その光を相殺する輝きがスバルから放たれたのは同時であった。
ぶつかり合う二つの力、それはまばゆい光を放ち――そして互いに消え去った。
「私は他の姉妹や母さんみたいに城は作れないけど……」
「対吸血鬼用の血界相殺能力……!? またぁ!?」
「私一人じゃあなたは殺せない……でも」
スバルの血の槍がオルクスを貫く。本来それは特に何の問題もない傷だ。
しかし、何故か傷口が結晶化し、凝固して再生できないと気づいた時、表情に焦りが見えた。
「沢山の人達が私の命を繋いでここに運んでくれた。だから……!」
「消えかけの出来損ないの分際でぇ!」
襲いかかるスバルとゲルト。その横から滑り込みオルクスを抱えて飛んだのはナイトハルトだった。
「ハルト……?」
「弱っているのに前線に出るからこうなるのだ」
「誰かさんが指揮してくれないからでしょ?」
唇を尖らせたオルクスの身体が液状化し、霧の嵐となって剣豪を包む。
現れたのは血の鎧を身に纏い、青いマントをはためかせた騎士の姿であった。
「あまり愉快ではないが……貴様に消えられては困るのでな」
『私だって消えるのは嫌よ。ちゃんと守ってよね』
ナイトハルトの目の前に血が集まり結晶の剣が生まれる。それを手に取り、剣豪は負のオーラを解き放った。
それだけで衝撃波が雪を吹き飛ばし、人間の背筋を逆撫でする。
「合体しただか!?」
「四霊剣二体の融合体……そんなものが……」
「大丈夫! きっと勝てるよ!」
スバルの瞳は剣豪の後方を見つめていた。
龍園の方向からこの地に迫るハンター達の姿がある。四霊剣を抑えているのだから、連合軍はデ・シェールにたどり着けるはず。
「だって、私達は一人じゃない。孤独になったつもりでも、命は繋がってる」
血を吸わない吸血鬼の命はもう持たない。
「本当に一人ぼっちにはなれないんだよ……母さん、ナイトハルトさん、あなた達も!」
それでも何とかここまで辿り着いた。ならば最後まで、一生懸命に。
「私……負けないんだからっ!!」
龍園から駆けつけたハンター達は怪物の背中を見た。
この怪物が人類軍を攻撃すれば、デ・シェール遺跡攻略戦に大きな悪影響を受けてしまうだろう。
『剣使いなさいよ、剣豪なんだから。なんでいつも徒手空拳なのよあんた』
「……むう。やかましいな……言われずとも使ってやるわ」
マントを翻し、ナイトハルトが剣を向ける。ハンターらもそれに呼応し、武器を構えた。
龍園の南、デ・シェール遺跡は人類軍と歪虚の衝突する最前戦と化していた。
これまで転移門での移動が基本だったリグ・サンガマへの遠征だが、ついに陸路による北狄突破の目処がつき、人類軍の本隊が動き出したのだ。
それを出迎えるように龍園から南下するハンターの部隊があり、デ・シェールの歪虚は挟撃を受ける形となっていた。
「もう強欲だけで抑えきれる規模じゃないわねぇ」
「フ……つくづくヒトという奴は懲りぬな」
「ずっと昔に自分が果たせなかった約束を、彼らが果たしてくれて嬉しい?」
飛行するオルクスの手をにぶら下がったナイトハルトは無言で鼻を鳴らす。
随分と遠い昔、この地を目指すと誓った事があった。だが結局帝国がやったのはノアーラ・クンタウという壁作りで、保身の事しか頭にない。
「オルクス、我は出るぞ!」
「はいはーい」
空中で回転しナイトハルトを投げつけるオルクス。矢のように空を突き抜け、剣豪は雪原へ暴風と共に降り立った。
「何が落ちてきたんだ……ぐわっ!」
粉塵を突き抜けた黒い影は魔導アーマーを蹴り砕く。そんな怪物的な力を見れば人類軍も警戒を向けずにはいられない。
「フハハ! そうだ、かかって来い! 誰もが成し遂げられなかった未来を掴むのだろう!」
オルクスの眼下では強欲と暴食の混成部隊が人類軍の足止めにかかっている。
人類軍の狙いは強行突破による龍園部隊との合流、そしてデ・シェール遺跡の陥落だ。そこまで行けばイニシャライザーの恩恵も受けられる。
だが、今は汚染領域の突破中。機動力に優れる強欲と耐久性に優れる暴食を上手く壁として使えば……。
「ハルトもいるし、このまま敵戦力の4割くらいは削りたいところね……ん?」
その時だ。下方から吸血鬼の作る血の槍が飛んできたのは。
余裕を以って回避するが、すれ違った人影には覚えがあった。
「スバル……こんなところまで?」
「オルクス……母さん!!」
掴みかかるスバルへ血の壁を作るが、スバルはそれを自らの血の剣で破壊。取り付くと二人はもみ合いながら地上へ落ちていく。
「ゲルト、このまま剣豪に突っ込め!」
バイクの後ろに跨ったシュシュは弓矢を放つ。剣豪は難なく指先で弾き飛ばすが、そこへバイクから飛び降りたシュシュが斧を叩きつけた。
「貴様は……いつぞやの」
「ゲルトはスバルの所へ! こいつは何とかする!」
横を通り抜けたゲルトは加速し、オルクスの落下地点へ。スバルがオルクスに突き飛ばされたところへバイクでオルクスを跳ねるが、オルクスは地面の上を僅かに滑っただけだ。
「なんだあの重さ……バイクの方が壊れちまう」
「人間と吸血鬼が一緒に攻撃してくる……? あなた達なんなのぉ?」
「あなたを倒しに来たんです。母さん……剣妃オルクス!」
駆けつけた援軍が四霊剣とやりあう姿を人類軍は遠巻きに眺める。が、どうにも状況がわからない。
「歪虚同士の揉め事か……うわっ、コボルド!?」
見れば小さな王冠をつけたコボルドが同族を引き連れ迫ってくる。だがそれらはリザードマンやスケルトンへ攻撃しているようだ。
「はいは~い、邪魔しないでね~♪」
「マハ王の御身をお守りするは我らジャ族の役目! 借りは返すぞ……人間共!」
近衛兵に守られたコボルドは小さな剣と盾を手に剣豪へ迫る。シュシュと呼吸を合わせて一撃を繰り出せば、剣豪の驚きが伝わるようだ。
「なんだと……コボルド……マハ族なのか?」
「遠キ日ノ因縁ヲ今ハ語ルマイ……ガ、我ラヒトに恩持ツ身。退カレヨ、古キ王!」
「ホロン、王様なんだから危ない事はいいだよ!」
「我モ戦士。遠慮ハ無用ダ、友ヨ」
肩を並べる二人を凝視し、剣豪は腰に手を当て大きく笑う。
「クハッ! 貴様ら……何がどうなっているのかさっぱりわからんが、面白い……面白いぞ!!」
「ハルトはもう……笑ってる場合なの~!?」
血の槍を打ち合いながらオルクスは舌打ちする。そうして杖を大地につき、魔法陣を展開。
「私も消耗しててね……長期戦は望まないのよ」
「「さあ、お還りなさい……私の世界へ。あらゆる生を虚無に溶かす、永遠の理想郷……!」」
意味がわからずオルクスの瞳が見開かれる。自分の言葉と一字一句違えずに、何故かスバルも唇を動かした。
「「零式浄化血界! ブラッドフォート……エンブリヲ!!」」
オルクスの足元から光があふれるのと、その光を相殺する輝きがスバルから放たれたのは同時であった。
ぶつかり合う二つの力、それはまばゆい光を放ち――そして互いに消え去った。
「私は他の姉妹や母さんみたいに城は作れないけど……」
「対吸血鬼用の血界相殺能力……!? またぁ!?」
「私一人じゃあなたは殺せない……でも」
スバルの血の槍がオルクスを貫く。本来それは特に何の問題もない傷だ。
しかし、何故か傷口が結晶化し、凝固して再生できないと気づいた時、表情に焦りが見えた。
「沢山の人達が私の命を繋いでここに運んでくれた。だから……!」
「消えかけの出来損ないの分際でぇ!」
襲いかかるスバルとゲルト。その横から滑り込みオルクスを抱えて飛んだのはナイトハルトだった。
「ハルト……?」
「弱っているのに前線に出るからこうなるのだ」
「誰かさんが指揮してくれないからでしょ?」
唇を尖らせたオルクスの身体が液状化し、霧の嵐となって剣豪を包む。
現れたのは血の鎧を身に纏い、青いマントをはためかせた騎士の姿であった。
「あまり愉快ではないが……貴様に消えられては困るのでな」
『私だって消えるのは嫌よ。ちゃんと守ってよね』
ナイトハルトの目の前に血が集まり結晶の剣が生まれる。それを手に取り、剣豪は負のオーラを解き放った。
それだけで衝撃波が雪を吹き飛ばし、人間の背筋を逆撫でする。
「合体しただか!?」
「四霊剣二体の融合体……そんなものが……」
「大丈夫! きっと勝てるよ!」
スバルの瞳は剣豪の後方を見つめていた。
龍園の方向からこの地に迫るハンター達の姿がある。四霊剣を抑えているのだから、連合軍はデ・シェールにたどり着けるはず。
「だって、私達は一人じゃない。孤独になったつもりでも、命は繋がってる」
血を吸わない吸血鬼の命はもう持たない。
「本当に一人ぼっちにはなれないんだよ……母さん、ナイトハルトさん、あなた達も!」
それでも何とかここまで辿り着いた。ならば最後まで、一生懸命に。
「私……負けないんだからっ!!」
龍園から駆けつけたハンター達は怪物の背中を見た。
この怪物が人類軍を攻撃すれば、デ・シェール遺跡攻略戦に大きな悪影響を受けてしまうだろう。
『剣使いなさいよ、剣豪なんだから。なんでいつも徒手空拳なのよあんた』
「……むう。やかましいな……言われずとも使ってやるわ」
マントを翻し、ナイトハルトが剣を向ける。ハンターらもそれに呼応し、武器を構えた。
リプレイ本文
●哀しみの記憶から
吸血鬼の力を纏ったナイトハルトはこれまでに交戦した事のある者から見ても異常な負のマテリアルに満ちていた。
ともすればその悪寒だけで身動きが取れなくなっても全く疑問はない。
本能的な恐怖からか本来の任務を優先してか、彼ら以外の連合兵は近づこうとさえしない。彼らの戦場を取り囲むように、今も強欲と人類軍、そしてコボルドとの戦いは続いている。その中心部、ぽっかりとした空白に彼らは居た。
「ベルフラウちゃんに馬鹿にホロンにイサまで!? どうなってるっす? 確かにブラストエッジに行くように言ったのは俺っすけど……」
驚いた様子で駆け寄る神楽(ka2032)にやはり驚いた様子のシュシュが首を傾げる。
「神楽ってどこにでも居るんだな~」
「いやそっちが勝手に来た……じゃなくて、鉱山の外に出たって事はベルフラウちゃんは身体良くなったんすね! やったっす!」
小さく飛び跳ねてガッツポーズを取る神楽にスバルは力強く拳を握り笑みを作る。
「はい! もう身体の方は万全です!」
「スバルさん、ゲルトさん。私の事は覚えていらっしゃいますか? 一年前、怠惰の軍勢と戦った時、一度だけご一緒したのだけれど」
シルウィス・フェイカー(ka3492)の言葉にベルフラウは一拍置き、それから笑顔を作った。
「勿論です。お久しぶりですね……また会えて嬉しいです」
「今は……イルリヒトを離れているのでしたね。事情は概ね“あの子たち”から聞いています……」
そう言ってスバルを見つめるシルウィスが思わず息を呑んだのは、目の前の少女が以前とは全く違う気配を纏っていたからだ。
それは間違いなく吸血鬼……それも最早並の個体ではない。オルクスと血を分けた分体として完成しつつあるその姿は、美しくも痛々しい。
スバルがそんなシルウィスの手をとったのは、彼女の手が震えていたからだ。
「大丈夫です。一緒に頑張りましょう」
「スバルさん……ええ、一緒に」
吸血鬼の手は氷のように冷たい。だが不思議と安心できた。
シルウィスが感じる恐怖はスバルではなく、四霊剣からのもの。同じ気配を持つスバルに触れたのが良かったのか、或いは……ともあれ、シルウィスは深呼吸を一つ、戦いの覚悟を改めた。
一方、シルウィス以外の者達は敵の威圧感に呑まれてはいなかった。誰もが修羅場を潜り、四霊剣との戦闘経験も豊富な者が多い。
ともすればその異常な落ち着き方は、連合兵からすれば近寄りがたさすら感じたことだろう。
「シュシュにホロン、また共に戦えるとは嬉しいね。ブラストエッジの件以来か」
「我ガ戦友ニシテ恩人、ソウスケ。再会ヲ喜ブ」
「お前らコボルドの友達がいんのか……スゲェな。よ、スバル! 久しぶり……相変わらずカッケェな! 頼りにしてるぜー?」
近衛 惣助(ka0510)がホロンと話すのを横目に紫月・海斗(ka0788)はスバルの背中を叩く。
「え、あ、は、はいっ」
「ところで、ものは相談なんだけどよ……」
スバルの肩を抱き耳打ちする海斗。そうこうしている間、剣豪は腕を組みじっとハンターらを凝視している。
『ちょっとハルト……何じっと見てるのよ』
「奴らの準備が整うのを待っている」
『待ってどうすんのよ』
「奴ら中々面白いぞ。見ろ、吸血鬼と覚醒者とコボルドがいっしょくたにされている。我々の時代では考えられん」
「相変わらず余裕しゃくしゃくじゃの~」
「自信があるんですよ。実際、これは正真正銘の化物ですし」
苦笑を浮かべる紅薔薇(ka4766)に微笑むソフィア =リリィホルム(ka2383)。
「ベルフラウ……いや、スバルか。お前のおかげで俺達は千載一遇のチャンスに辿りつけた。だから……ありがとう」
惣助の言葉にスバルは嬉しそうに笑った。
そう、本当に嬉しかったのだ。こんな自分でも認めてくれる人がいる。まるで友達のように接してくれる人がいる。
それがどんなに恵まれた、稀有な状況か。スバルは誰よりもよく理解していたから。
嬉しそうなスバルとは対照的にゲルトもシュシュも仏頂面のまま、上手く言葉を話せずにいた。それはスバルが二つ、嘘をついたのがわかっていたからだ。
彼女の身体は全く大丈夫ではなかった。血を吸わない吸血鬼、人を食べない暴食という矛盾は、とっくに彼女の根本的な部分を破壊していたし、それはブラストエッジ鉱山という汚染された場所においても変わらなかった。
ただ“襲うべき人”がいない事で衝動は和らいだものの、全身を苛む本能という苦痛から逃れる事はできなかった。それが一つ目の嘘。
元々彼女は自身の記憶を誤魔化すため、長期に渡る薬物投与により記憶能力に大きな障害を持っていた。
吸血鬼化した今、更にそれは悪化し、今や彼女はこの場にいる誰の顔もまともに思い出す事はできていなかった。当然、シルウィスの事も覚えていない。それが二つ目の嘘。
その二つの嘘を絶対に誰にもばれないように振る舞う。それが少女の最後の決意だった。
●グッバイ・イエスタデイ
「待たせたな」
ヴァイス(ka0364)の言葉に小さく笑い、剣豪は剣を握る。
「ああ、待ったぞ。しかして準備は万端か?」
「俺達のことよりも自分の心配をするんだな。今この瞬間、お前達が闘うのは目の前の人間だけではないと知れ」
レイス(ka1541)は目を瞑り、この場にはいない仲間達を想う。
これまでに繰り返されてきた四霊剣との戦闘。その中で得られた知識、経験……過去の仲間が与えたダメージ。
「今まで積み重ねてきた命と想いの繋がりが手繰り寄せた未来の一つだ。俺達は、“過去”と共に闘う」
剣豪は小さく鼻で笑うと、姿勢を低く身構え。
「では我にも見せてくれ。積み重ねた力というものを」
大地を強く蹴ると、一瞬で剣豪が間合いを詰めてくる。それに対しハンター達は一斉に散開。唯一神楽だけが正面から剣豪に突っ込んでいく。
血の剣が神楽の盾を打つと同時、右方向で八代 遥(ka4481)が、そして左方向で七夜・真夕(ka3977)が魔法を詠唱する。
「オルクス……ここで決着をつけてあげるわ!」
「あの時とは違います。今度は、逃がさないですよ」
「雷よ!」「氷牙よ!」
剣戟に耐えられず背後へ吹っ飛ぶ神楽。剣豪は魔法攻撃を察知し、回避を選択する。当然の反応だ。
亡霊型は魔法攻撃に弱い。これはオルクスにも同じ事が言える。防ぐ事は可能だが、そこに力のリソースを割くのは適切ではない。
戦場における最善択を本能的に選択するのが武神というものだ。故に、背後に跳ぶは必然である。そこへレイスと紅薔薇が同時に左右から襲いかかる。
剣豪の右手には剣。左手は空。ならば左側からの攻撃には血の障壁を使う。それが紅薔薇の読みだった。
レイスと同時に攻撃を繰り出せば当然右手の剣でレイスの槍を受け、左は障壁で守る。だが紅薔薇の剣はソフィアの強化を帯び、血の障壁を粉砕。更にナイトハルトの腕にも傷を負わせた。
「――クハッ!」
レイスと紅薔薇が目を見開いたのは、血の剣が形状を変化させたからだ。大きな鎌、それが接近した二人を逃がさないよう、背面からすくい巻き込むように振るわれる。
屈んで回避するレイス、一方紅薔薇は回避が間に合わない。受けの姿勢を取るが、その瞬間惣助の放った銃撃が僅かに鎌の角度を変えた。
すべらせるように刃を身体の外に押しのけた紅薔薇が背後へ跳ぶと同時、レイスが反撃の一撃を加える。更に第二の形状変化。剣豪は斧槍を作り、演舞の如き回転を加え攻撃を繰り出す。
切っ先が僅かに触れ、雪が飛散し地べたがめくれあがる。衝撃。レイスは背後へ跳ぶが伸びる血の矛先の射程内にいる。
シルウィスはこの瞬間まで限界に引き絞っていた矢を放った。剣豪は攻撃を中断、回転させた斧槍でこの矢を打ち払う。
海斗とゲルトによる銃撃、これもぐるぐると回る斧槍が打ち払っていく。その片手間に剣豪が左腕を振るうと、空中に無数の血の槍が並んだ。
狙いは真夕と遥の二人。見たところ、一人あたりにセットされた槍は4発ずつ。
まっすぐに、しかし僅かな時間差を帯びて放たれた血の槍が魔術師に放たれる。当然の判断。危険な敵から潰す。
“だから”そこにヴァイスと神楽が入り込む事もできた。二人はそれぞれ血の槍を己の武器で叩き折っていく。
一方、剣豪は剣豪で動きを止めていない。一歩踏み込むと、右手に握った斧槍を払う。それは黒い炎にも似た衝撃波となり、真正面に放たれる。
狙いはスバルだ。既に自分も血の槍をセットしている。が、だからこそ目線が真夕と遥に行ってしまっていた。
同じ魔術師型が狙われている、次は自分に来るかもしれないと考えながらも、血の槍の装填を止めないことに対する不安。その緊張が僅かに対処を遅らせた。
大きく跳びのいて回避する海斗。惣助はスバルの身体を抱え、共に跳んだ。余波は惣助の身体を焼くが、空を舞う視界の中でもスバルは血の槍を放つことを忘れなかった。
一条の青い光が真っ直ぐに剣豪へ向かう。剣豪が直に受けるという選択肢はない。スバルの血は直接受けてはいけない攻撃だ。
故にオルクスは別に血の槍を作り投射、相殺を選択する。スバルの力はオルクスには及ばない。正面からぶつかり合えば、相殺でケリがつく。
血の槍の三本目を打ち払うヴァイスの影で遥は目を見開いた。眼鏡の向こう側、その虹彩が淡く光を帯びる。
魔法の発生を阻害する魔法、という物がある。オルクスが血の槍を形成しようとするその中心点を見つめ遥が右手を振ったのはヴァイスが四本目を砕く時で、破片が遥の頬を切り裂き血が流れても視線は逸らさなかった。
本来発生するべきオルクスの血の槍があった場所を貫通したスバルの槍は、しかし剣豪によって防がれる。斧槍で打ち払えばいい……が、斧槍そのものが変調を来たし、侵食されるように色を変えると、次の瞬間粉々に砕け散ってしまった。
そしてスバルに破壊された部分は再生できない。つまり、斧槍を作っていた分のマテリアルはもうオルクスから失われたという事になる。例え、新しい武器を再構成してもだ。
剣豪は一度背後へ跳び、新たな剣を構築する。この間、戦闘開始から僅か20秒足らずであった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……このくらいなんともないよ」
惣助が背中に受けた傷を労るスバル。紅薔薇は深呼吸と共に笑みを浮かべる。
「この息が詰まり胸が焦げるような感覚……やはり堪らぬな」
「やべーやべー、いきなり死ぬかと思ったぜ。何だよありゃ。剣豪にオルクスがくっついてイチャイチャモードか? スゲェ動きしてたぞ」
帽子をかぶり直しながら肩で息をする海斗。剣豪は再構成した片手剣を軽く振るい。
「面白い……実に面白いな、貴様ら」
ハンターは10名。そこにスバル、シュシュ、ゲルト、ホロンも加えれば14名。
心許ない人数だろうか? いや、問題はそこではない。敵はどんなに強力だろうが1人しかいない。であれば、“14人が同時に攻撃はできない”。
例えば近接型のハンターが全員同時に攻撃をしたら、人型大の剣豪に接近すればするほど互いの刃が互いを傷つける可能性は高くなる。
銃撃など目も当てられない。近接職が取り囲んでいる相手に狙いなど絞れない。誤射すればそれだけで戦闘のリズムは崩れてしまう。
だから攻撃役、防御役、支援、タイミングなど各々に役割を振った包囲陣系。これを選ばせたのも彼らの交戦経験というのならば、なるほど。
「闘争の旋律……その奏で方を理解しているようだ。貴様らは……そう。これまで我が、我らが見てきた人間とは少し違うな。このリグ・サンガマの大地にヒトが立つ事など、誰も想像だにしなかったろうよ」
「騎士皇ナイトハルト、聖剣カルマヘトンを振るった英雄よ。レイスの言う通り、俺達は沢山の積み重ねられた過去を見てきた」
ブラストエッジ鉱山での戦い。そこでゾエル・マハと呼ばれる亡霊を葬ったのは惣助だけではない。
彼らが望んだから、マハ王たるホロンとシュシュ……人間の融和は成った。
「だがそれはかつてあんたとマハ王が願った未来でもあるはずだ」
「ゾエル・マハとカル・マ・ヘトンはいつかの想いと輝きを取り戻して逝ったぞ。なのに貴様は今も壁だの何だのと理由をつけて燻ったままか?」
「ベルフラウちゃんより遥かに大きな力を持って遥かにマシな境遇なのに、人間の祈りの奴隷として怪物やってる。ただの少女に出来た事が出来ないお前は確かに紛い物っすね。奴隷が嫌なら足掻いて抗えっす!」
レイスと神楽の言葉に剣豪は構えた刃を下ろし、どこか遠くを見つめ。
「うむ。それなのだがな……貴様らの言う事には一理あると常々思っていたのだ」
『ええ!?』
オルクスの驚く声が聞こえたのも当然。ハンターたちもびっくりした。
「ナイトハルト・モンドシャッテは死に、英雄に祭り上げられた。それは死後も英霊となり、我という影を産んだ。確かに我はこの、“人造武神”に対する怒りや絶望を根源として生じている故に、ここから切り離されることはない。だが――」
剣豪は少し考え、それからハンターらを指さし。
「――貴様らは我という“現象”を個と認識し接触している。自分たちでもそれがおかしいと気づいていながらだ」
特にぎくりとしたのはレイスと神楽だった。
あの時、聖剣に触れて見たナイトハルトの姿は目の前の化物とは違いすぎる。流れこんだ感情も――そして、今の戦い方も。
生前とは何もかもが違いすぎる。なぜならば不破の剣豪というのは一つの現象にすぎないからだ。無数の英霊が歪虚化した、その集合体。表面に顕在したのがナイトハルト・モンドシャッテであったというだけで、本人ではない。
「今、我は闘争を楽しいと感じている。目の前の獲物を遮二無二引き裂いていた頃とは何かが違うように思う。“もう少し勿体つけたい”という気持ちがあるのだ」
『あ、あんた……暴食の本能はどうしたのよ』
「貴様と同じではないか? 本能を上回る享楽が自我を保つのだろう?」
高笑いし、剣豪はどこか爽やかな雰囲気で剣を構え直す。
「我は愉快である。愉快であるぞ、人間。貴様らの存在が我が武を呼び覚ます。敵でも味方でもない。武神とはあらゆる武を寵愛し加護する者。故に我が武を以って、汝等を祝福せん」
「つまりあれじゃな。“とことんやってやる”と」
「そういう事だ」
紅薔薇の一言に小さく笑い、剣豪が負のオーラを解き放った。
周囲の雪が吹き飛び、鎧から吹き出す黒炎が剣豪を包み込んでいく。
右手に、そして左手にも剣を手にしたナイトハルトが走り出す。狙いはスバル。即ち正面突破である。
神楽とホロン、そしてシュシュが壁になろうと前に出るが、剣豪は奇妙な動きで三人をするりと抜けた。
「はあっ!?」
亡霊型である剣豪は自重を操作したり、僅かに浮遊したりする事はできる。
だがあそこまで高速で三人の間をするりと抜けることはできない。どこかで加速の起点が必要だ。
空を舞うように突っ込んでくる剣豪が左右の刃を振るうと一瞬で海斗と惣助が切り裂かれる。そのままスバルに突っ込むが、そこへ遥のアイスボルトが迫る。
しかし剣豪は空中でピタリと動きを止め、これをやり過ごした。スバルは背後へ跳ぶが、それを追うように剣豪は“空中を走り出した”。
「……野郎! オルクスだ! いつぞやの時の……!」
舌打ちしつつソフィアが叫ぶ。剣豪は空中を走っているわけではない。空中に連続で出現した血の足場が彼を疾走らせているのだ。
更に、それにより加速も得られるというのは、実際にオルクスの血の恩恵を受けたことがあるソフィアやヴァイスならば直ぐにわかった。
持ち前の変則的な機動力はオルクスの支援を受け、とてもではないが先読みできない域に来ている。しかも、範囲攻撃を妨害するように、“正面班の頭上から背後へ”。
『出来損ないのベルフラウ……あんたは死になさい』
背後に回られながらも真夕は魔法を詠唱している。スバルと剣豪の距離は近すぎるが、ライトニングボルトは敵と認識した者だけを焼く雷だ。
発射するも剣豪はバック転気味に跳躍し回避、空中の足場に逆さまに停止すると、再跳躍でスバルの首に刃を振るう。
レイスは咄嗟に槍を投げる。自分が行くより圧倒的に早い。その槍を剣で弾きもう片方でスバルを薙ぎ払うが、袈裟に入った刃は致命傷ではない。
「あぐっ」
「やらせねーっすよ!!」
背後から槍を繰り出す神楽。しかしその切っ先にトンと静かな音をたて、剣豪が降り立った。
重さは感じない。次の瞬間神楽の視界が逆転した。頭を蹴られた衝撃で人体が横に回転したのだ。
「スバルさん、こちらへ!」
シルウィスは弓矢を、ソフィアはライフルで剣豪を狙うが、空中をジグザグに舞う姿がみるみる接近してくる。
「スバル頭下げろ!」
舞い踊るような連撃を前にスバルを抱きかかえるようにしてソフィアは防壁を張る。
壁を貫いた刃がソフィアの肩から胸を切り裂いたが、同時に紫電が炸裂し剣豪の身体が後方へ吹っ飛んだ。
くるくると舞い、しかし空中に踏みとどまって停止する。そんな剣豪の左右の腕に出現したのは、魔導銃であった。
『銃という武器の機構は以前学んだから作れる……使い方は?』
「説明不要だ。“見て覚えた”」
攻性防壁に跳ばされた先へ回りこんでいた紅薔薇は銃口を向けられた事に気づき、“銃”という認識に一瞬戸惑うも、盾を身構える。
だが銃弾がもたらす衝撃は容易に紅薔薇を背後へ吹き飛ばした。銃弾という見立ては適切ではない。小型の砲撃と考えるのが妥当だ。追撃の二発目、これは真正面から受けられないと振動刀を振るう。
三発目、四発目。銃弾を紅薔薇が切り払う間に接近したレイスは槍を繰り出す。血の障壁が出現し防ごうとするが、これを貫通。剣豪の胸に刃はめり込んだ。
本来であれば弾かれていただろうが、先の攻性防壁の効果で血の強度が下がっていたのだろう。反撃に繰り出された銃口を槍でそらしてかわすと、背後へ飛びながら絶火槍を投擲する。
銃を手放し絶火槍を掴むと、それを血でカバーし紅薔薇の斬撃を受ける。やはり血の強度が下がっていたのか、こうしなければ紅薔薇の続くもう一撃を防げなかっただろう。
獲物が衝突し火花が舞い散る。剣豪は跳躍すると槍を紅薔薇目掛けて投げつけるが、これを回避。しかし地面が陥没し、あふれる黒い炎が爆発となってハンターらを吹き飛ばした。
この衝撃にヴァイスは地面に刀を刺して耐えると、次に剣豪が狙うのは誰かを考え動き出す。
やはりスバルの前に現れた剣豪は右手に斧を持っている。その一撃に己の刃を合わせて弾くと、そのまま身体を回転させもう一撃。
剣豪はこれを左に出した剣で防ぐが、遥のアイスボルトが刺さる隙となった。ソフィアは血を流しながらヴァイスと入れ違いに剣豪に触れ、雷撃を放つ。
「……破壊した鎧は魔法で焼くんだ! そのままにしておけば勝手に再生するぞ!」
連続して行動阻害効果を持つ魔法を受けた剣豪へ惣助が更に凍結弾を放つ。
これらの行動阻害は、剣豪がオルクス=血の鎧をまとっているという事からも効果が大きかった。
オルクスが固まってしまえば剣豪は無理には動けないし、二人の間の意思疎通に亀裂が生じれば、剣豪ほどの力なら“ただ動くだけで血の鎧が砕けてしまう”のだ。
「シュシュ、ホロン! 奴に見せてやろう、俺達の戦いを!」
砕けた鎧ごと、剣豪へライトニングボルトを放つ真夕。その光に背中を押されるように、惣助の声にしたがってシュシュとホロンが走り出した。
「神楽!」
「不変の剣妃を倒せば昇進間違いなしっす! 馬鹿の夢とベルフラウちゃんの願いの為に死ねっす!」
二人はホロンの左右の手を取り持ち上げると、息を合わせてホロンを振りかぶる。
「覚えとけ! この2人が、当代のカルマヘトンの担い手っす!」
「「いっけぇぇぇええ!!」」
2人のマテリアルを帯びたホロンは弾丸のように発射され、血の障壁を貫き手にしていた剣を剣豪に突き立てる。
「コボルドを飛ばすだと!?」
吹き飛びながら無数の血の槍を作り発射する剣豪。それを真夕がライトニングボルトで纏めて焼き払う。
「今だ! やれ神楽ァ!」
海斗の叫びに全員の視線が神楽に集まる。が、神楽は絶賛スバルを守ろうと身構えており、自分の名前が呼ばれた意味がわからずきょろきょろしている。
「え? 俺っすか? ……ぐほっ!」
血の槍が神楽を襲った。
「許せ神楽、後で美人のねーちゃんがいる店つれてくから……」
海斗はジェットブーツで大地を蹴り、一気に剣豪への距離を詰めていく。それを血の槍が迎撃するが、スバルの血の盾のおかげで直撃は避けられた。
それでも体中を切り裂かれながら海斗はバンカーナックルを繰り出す。
バンカーナックル「グラビティゼロ」は、腕に直接装備し、マテリアルに反応して杭を5連射するという武器だ。
剣豪の読みに誤りはない。海斗の力はわざわざ警戒するほどのものではないし、当然こんな攻撃で自分がどうこうされるとは思っていない。
故に剣豪の視線は既に次の獲物に移っていた。紅薔薇とヴァイスが走ってきているのが見える。こちらの2人の方が明らかに脅威だ。
故に血の盾で防いで終わり……しかしそうはならなかった。海斗の拳は血の盾を貫いたのだ。なぜか?
「ありがとよ、スバルッ!」
バンカーナックルが打ち出す杭。これをスバルの血で作ったものに置き換えていたのだ。
「全弾持って行きやがれぇえええ!!」
4発の杭が剣豪の胸に、オルクスの血に突き刺さる。だが同時に剣豪が繰り出した刃も海斗の身体を貫いていた。
『身体が崩れる……これは……スバルの血!?』
「紅薔薇さん!」
走る紅薔薇の刀にソフィアの力が集まり、マテリアルの光を帯びる。守りが手薄になった今、刺し違えるつもりなら大打撃を与えられるだろう。
だが、剣豪の繰り出す刃は二つあった。左右からの攻撃、これを同時に受ければ紅薔薇は絶命するだろう。
それでも攻撃を止めるわけにはいかなかった。この好機、何より仲間が作ってくれたもの――。
「行けっ、紅薔薇!!」
左の刃をヴァイスが弾くのが見えた。紅薔薇は心の中で感謝を呟き。
「剣豪、そして剣妃。これが妾の剣の終着点なのじゃ!!」
剣豪の剣が紅薔薇の胸を貫き、夥しい量の血が吹き出す。
同時に放たれた一撃はほころんだオルクスの血の鎧を砕き、更に剣豪の鎧を袈裟に鋭く切り裂いて余りある力を持っていた。
●サヨナラの代わりに
『そんな……私の鎧が……!』
悔しげなオルクスの声。剣豪は切断面を指で撫で小さく笑う。
「どうやらここまでのようだな。引くぞ、オルクス」
『引く? この私が? あんな出来損ないに負ける……? 器さえ……新しい器さえあれば、こんな事には……!』
剣豪から分離したオルクスは上半身だけ人型になり、スバルを睨む。
「認めてあげるわスバル。あなたは強くなった……それにこの身体はもう長く持たない……だから……」
オルクスが姿を消す。そしてスバルの背後に実体化し、腕を伸ばした。
「――あなたを私の器にしてあげる」
「そう来ると思ってたのよ!」
オルクスとスバルの接触を拒んだのは真夕のカウンターマジックだ。
「破邪顕正! 普段のオルクスなら通用しないかもしれないけど、今なら……!」
「身体を乗り換えようとしている……? だったら!」
更に遥が力を加えるとオルクスは弾かれるようにのけぞり、スバルは振り返ると同時に自らの血の剣でオルクスを薙ぎ払った。
「ス……バ、ルゥ!」
「お前の事はよく知っている。誰も油断などしていない」
レイスは槍に青い光を集め、オルクス目掛けて投擲。これた額に突き刺さると、ソフィアはオルクスの首を掴んだ手にマテリアルを集めていく。
「同郷の好だ。わたしが引導を渡してやるよ!」
雷撃がオルクスの身体を貫く。膝を着いたその体が黒く変色し、塵のように砕けて消えていく。
「消える……不変たるこの私が……?」
「待てオルクス! 逝く前にお前の真実を教えろよ!」
海斗の言葉にオルクスは身悶え、しかしニンマリと笑みを浮かべる。
「教えるわけ……ないでしょ。バー………………カ……」
言葉を流暢に紡ぐこともままならず、オルクスは粉々に散った。塵はもう元には戻らない。この消滅はハンター達が何度も見てきた歪虚のそれだった。
「……これで終わったのか?」
「ん、ああ……。なんだか呆気無くて……な」
呆然としたヴァイスとソフィア。最後にはオルクスから話を聞き、見届けるつもりでいたのだが……。
そもそもこれほどの相手だ。悠長に話をしている余裕はなかったと考える方が自然だろう。余力を残した状態で会話をして、何かあっては目も当てられない。
「やはりこうなったか」
「どういう意味だ?」
「今のオルクスではこんなものだろう、という事だ。承知の上で戦場に出た。当然の結末だろうな」
レイスの言葉に足も止めず去っていく剣豪。レイスはオルクスが消えた場所を見つめ眉を潜めた。
確かに倒したのは間違いない。だが……何故か気持ちは落ち着かない。
(まさか……“次”の……)
そう考えながらも口にしなかったのは、膝を着いたスバルがやりきった顔をしていたからかもしれない。
「剣妃は……どうなったのじゃ?」
「消えたよ……跡形もなく」
「そうか……。妾は結構奴が好きでな。もう少し、交わしたい言葉もあったのじゃがな……」
「そう……だな」
血を流し青ざめた表情の紅薔薇を背負いながらヴァイスは空を見上げた。
「あの時より……あんたのことを少しは知ることができたかな?」
確実に倒すと決めて成し遂げたのは自分たちだ。しかしヴァイスにはどこか納得のいかない、空虚さだけがあった。
本当にオルクスを完全に根絶したのか? やり残した事はなかったのか? そんな疑問は神楽の叫びで中断せざるをえなかった。
「ベ、ベルフラウちゃん……身体が!」
スバルもまた、ぼろぼろと身体が崩れ出していた。その消滅はオルクスの最後とそっくりだ。
「スバルさん……あなたは……」
何かを察し、シルウィスは唇を噛み締めた。神楽はどうしたらいいのかわからず、側に居たシュシュの肩をつかむ。
「ブラストエッジでどうにかなったんじゃなかったんすか!?」
「シュシュちゃんやゲルトは悪くないんです。全部私が望んだ事ですから……」
神楽は馬鹿ではない。故に全ての事情を察する事ができた。
「結局自分を犠牲にしたって事っすか……?」
「違うんです。ええと……その。神楽、さん? 私は歪虚で、人間とは一緒にいられない……歪虚を元に戻す方法が仮にあったとしても……今はなくて。私はその未来に辿り着く前にきっとヒトを襲ってしまう。だから……」
「スバルさん」
シルウィスはふらつくスバルの身体を支え、自らの膝に頭をのせるようにして横たわらせる。
「あなたの想い、その言葉……確かに聞き届けました。きっとあの子は泣いてしまうけれど……どうか安心しておやすみください」
「あの……子?」
「あなたの友人達です。ユウやフランさん……わかりますか?」
わからなかった。わかるはずもない。だがとてもうれしくなり、涙が止まらなかった。
「私には……友達がいるんですね?」
「ええ、いますよ。あなたを想う友人がいます。あなたが生きた証、必ずや私達が紡ぎましょう」
「友達……私には沢山友達がいたんだ。嬉しいなあ。幸せだなあ。ありがとう……本当に、ありがとう」
海斗は帽子を目深にかぶり、スバルの頭を撫でる。
「スバルのおかげで奴に一発かましてやれたぜ。なんつーか、ありがとな。上手く言えねぇけど……かっこよかったぜ」
「オルクスはここで終わった。もう終点だ。だけどスバル、君の死は違う。新たな旅立ちなんだ」
「命が繋がっているように、想いもまた……繋がっていくもの。そうでしょう?」
惣助の言葉にそう続け、シルウィスは微笑む。しかし神楽は大地を蹴り。
「そんなのは綺麗事っす! 死んだ命は戻らない、そこで終わりっす! スバルがいなくなるという事実にはなんら変わらないじゃないっすか!!」
「神楽、お前……」
振り返った海斗が見たのは、涙を流す神楽の姿だった。
「だから嫌なんすよ、知り合いに目の前で死なれるのは……涙が止まらないじゃないっすか! 」
「私の為に泣いてくれてありがとう、神楽さん」
「……スバル!」
堪えきれなくなったシュシュがスバルに抱きつき、ゲルトは視線を逸らした。スバルはもう形を保てない。
「私……お母さんを止められたんですよね?」
「え? あ、ああ……勿論だよ」
「そっか……よかった……これでみんなに……やっと……会え……」
風が吹き抜けると、そこにはもうスバルの姿は跡形もなかった。
「終わった……そう、終わったんだよな……」
自分に言い聞かせるように呟くヴァイス。ソフィアはその背中にいる紅薔薇の様子を覗い。
「意外と元気そうですね。思いっきり胸に剣が刺さってたのに」
「妾にも意外じゃが……出血量が凄まじいのに変わりはない……物凄く寒くなってきたぞ……歯が噛み合わぬ……」
「傷の手当もあるし、俺達は撤収しようぜ。あいつらは……もう少しそっとしといてやろう」
海斗は仲間の背中を急かすように押す。その背後では消えてしまったスバルを悼み、抱き合って涙を流すシュシュと神楽の姿があった。
最悪の四霊剣、不変の剣妃撃破のニュースは、遺跡奪還戦を終えた人類軍にとっても寝耳に水ではあったが、賞賛の声と共に受け入れられた。
今だ続くリグ・サンガマでの戦いに苦しむ人々を勇気づけるには十分な朗報だろう。
その戦いの影に、スバル・ベルフラウという少女がいた事を知る者はいなくとも……。
吸血鬼の力を纏ったナイトハルトはこれまでに交戦した事のある者から見ても異常な負のマテリアルに満ちていた。
ともすればその悪寒だけで身動きが取れなくなっても全く疑問はない。
本能的な恐怖からか本来の任務を優先してか、彼ら以外の連合兵は近づこうとさえしない。彼らの戦場を取り囲むように、今も強欲と人類軍、そしてコボルドとの戦いは続いている。その中心部、ぽっかりとした空白に彼らは居た。
「ベルフラウちゃんに馬鹿にホロンにイサまで!? どうなってるっす? 確かにブラストエッジに行くように言ったのは俺っすけど……」
驚いた様子で駆け寄る神楽(ka2032)にやはり驚いた様子のシュシュが首を傾げる。
「神楽ってどこにでも居るんだな~」
「いやそっちが勝手に来た……じゃなくて、鉱山の外に出たって事はベルフラウちゃんは身体良くなったんすね! やったっす!」
小さく飛び跳ねてガッツポーズを取る神楽にスバルは力強く拳を握り笑みを作る。
「はい! もう身体の方は万全です!」
「スバルさん、ゲルトさん。私の事は覚えていらっしゃいますか? 一年前、怠惰の軍勢と戦った時、一度だけご一緒したのだけれど」
シルウィス・フェイカー(ka3492)の言葉にベルフラウは一拍置き、それから笑顔を作った。
「勿論です。お久しぶりですね……また会えて嬉しいです」
「今は……イルリヒトを離れているのでしたね。事情は概ね“あの子たち”から聞いています……」
そう言ってスバルを見つめるシルウィスが思わず息を呑んだのは、目の前の少女が以前とは全く違う気配を纏っていたからだ。
それは間違いなく吸血鬼……それも最早並の個体ではない。オルクスと血を分けた分体として完成しつつあるその姿は、美しくも痛々しい。
スバルがそんなシルウィスの手をとったのは、彼女の手が震えていたからだ。
「大丈夫です。一緒に頑張りましょう」
「スバルさん……ええ、一緒に」
吸血鬼の手は氷のように冷たい。だが不思議と安心できた。
シルウィスが感じる恐怖はスバルではなく、四霊剣からのもの。同じ気配を持つスバルに触れたのが良かったのか、或いは……ともあれ、シルウィスは深呼吸を一つ、戦いの覚悟を改めた。
一方、シルウィス以外の者達は敵の威圧感に呑まれてはいなかった。誰もが修羅場を潜り、四霊剣との戦闘経験も豊富な者が多い。
ともすればその異常な落ち着き方は、連合兵からすれば近寄りがたさすら感じたことだろう。
「シュシュにホロン、また共に戦えるとは嬉しいね。ブラストエッジの件以来か」
「我ガ戦友ニシテ恩人、ソウスケ。再会ヲ喜ブ」
「お前らコボルドの友達がいんのか……スゲェな。よ、スバル! 久しぶり……相変わらずカッケェな! 頼りにしてるぜー?」
近衛 惣助(ka0510)がホロンと話すのを横目に紫月・海斗(ka0788)はスバルの背中を叩く。
「え、あ、は、はいっ」
「ところで、ものは相談なんだけどよ……」
スバルの肩を抱き耳打ちする海斗。そうこうしている間、剣豪は腕を組みじっとハンターらを凝視している。
『ちょっとハルト……何じっと見てるのよ』
「奴らの準備が整うのを待っている」
『待ってどうすんのよ』
「奴ら中々面白いぞ。見ろ、吸血鬼と覚醒者とコボルドがいっしょくたにされている。我々の時代では考えられん」
「相変わらず余裕しゃくしゃくじゃの~」
「自信があるんですよ。実際、これは正真正銘の化物ですし」
苦笑を浮かべる紅薔薇(ka4766)に微笑むソフィア =リリィホルム(ka2383)。
「ベルフラウ……いや、スバルか。お前のおかげで俺達は千載一遇のチャンスに辿りつけた。だから……ありがとう」
惣助の言葉にスバルは嬉しそうに笑った。
そう、本当に嬉しかったのだ。こんな自分でも認めてくれる人がいる。まるで友達のように接してくれる人がいる。
それがどんなに恵まれた、稀有な状況か。スバルは誰よりもよく理解していたから。
嬉しそうなスバルとは対照的にゲルトもシュシュも仏頂面のまま、上手く言葉を話せずにいた。それはスバルが二つ、嘘をついたのがわかっていたからだ。
彼女の身体は全く大丈夫ではなかった。血を吸わない吸血鬼、人を食べない暴食という矛盾は、とっくに彼女の根本的な部分を破壊していたし、それはブラストエッジ鉱山という汚染された場所においても変わらなかった。
ただ“襲うべき人”がいない事で衝動は和らいだものの、全身を苛む本能という苦痛から逃れる事はできなかった。それが一つ目の嘘。
元々彼女は自身の記憶を誤魔化すため、長期に渡る薬物投与により記憶能力に大きな障害を持っていた。
吸血鬼化した今、更にそれは悪化し、今や彼女はこの場にいる誰の顔もまともに思い出す事はできていなかった。当然、シルウィスの事も覚えていない。それが二つ目の嘘。
その二つの嘘を絶対に誰にもばれないように振る舞う。それが少女の最後の決意だった。
●グッバイ・イエスタデイ
「待たせたな」
ヴァイス(ka0364)の言葉に小さく笑い、剣豪は剣を握る。
「ああ、待ったぞ。しかして準備は万端か?」
「俺達のことよりも自分の心配をするんだな。今この瞬間、お前達が闘うのは目の前の人間だけではないと知れ」
レイス(ka1541)は目を瞑り、この場にはいない仲間達を想う。
これまでに繰り返されてきた四霊剣との戦闘。その中で得られた知識、経験……過去の仲間が与えたダメージ。
「今まで積み重ねてきた命と想いの繋がりが手繰り寄せた未来の一つだ。俺達は、“過去”と共に闘う」
剣豪は小さく鼻で笑うと、姿勢を低く身構え。
「では我にも見せてくれ。積み重ねた力というものを」
大地を強く蹴ると、一瞬で剣豪が間合いを詰めてくる。それに対しハンター達は一斉に散開。唯一神楽だけが正面から剣豪に突っ込んでいく。
血の剣が神楽の盾を打つと同時、右方向で八代 遥(ka4481)が、そして左方向で七夜・真夕(ka3977)が魔法を詠唱する。
「オルクス……ここで決着をつけてあげるわ!」
「あの時とは違います。今度は、逃がさないですよ」
「雷よ!」「氷牙よ!」
剣戟に耐えられず背後へ吹っ飛ぶ神楽。剣豪は魔法攻撃を察知し、回避を選択する。当然の反応だ。
亡霊型は魔法攻撃に弱い。これはオルクスにも同じ事が言える。防ぐ事は可能だが、そこに力のリソースを割くのは適切ではない。
戦場における最善択を本能的に選択するのが武神というものだ。故に、背後に跳ぶは必然である。そこへレイスと紅薔薇が同時に左右から襲いかかる。
剣豪の右手には剣。左手は空。ならば左側からの攻撃には血の障壁を使う。それが紅薔薇の読みだった。
レイスと同時に攻撃を繰り出せば当然右手の剣でレイスの槍を受け、左は障壁で守る。だが紅薔薇の剣はソフィアの強化を帯び、血の障壁を粉砕。更にナイトハルトの腕にも傷を負わせた。
「――クハッ!」
レイスと紅薔薇が目を見開いたのは、血の剣が形状を変化させたからだ。大きな鎌、それが接近した二人を逃がさないよう、背面からすくい巻き込むように振るわれる。
屈んで回避するレイス、一方紅薔薇は回避が間に合わない。受けの姿勢を取るが、その瞬間惣助の放った銃撃が僅かに鎌の角度を変えた。
すべらせるように刃を身体の外に押しのけた紅薔薇が背後へ跳ぶと同時、レイスが反撃の一撃を加える。更に第二の形状変化。剣豪は斧槍を作り、演舞の如き回転を加え攻撃を繰り出す。
切っ先が僅かに触れ、雪が飛散し地べたがめくれあがる。衝撃。レイスは背後へ跳ぶが伸びる血の矛先の射程内にいる。
シルウィスはこの瞬間まで限界に引き絞っていた矢を放った。剣豪は攻撃を中断、回転させた斧槍でこの矢を打ち払う。
海斗とゲルトによる銃撃、これもぐるぐると回る斧槍が打ち払っていく。その片手間に剣豪が左腕を振るうと、空中に無数の血の槍が並んだ。
狙いは真夕と遥の二人。見たところ、一人あたりにセットされた槍は4発ずつ。
まっすぐに、しかし僅かな時間差を帯びて放たれた血の槍が魔術師に放たれる。当然の判断。危険な敵から潰す。
“だから”そこにヴァイスと神楽が入り込む事もできた。二人はそれぞれ血の槍を己の武器で叩き折っていく。
一方、剣豪は剣豪で動きを止めていない。一歩踏み込むと、右手に握った斧槍を払う。それは黒い炎にも似た衝撃波となり、真正面に放たれる。
狙いはスバルだ。既に自分も血の槍をセットしている。が、だからこそ目線が真夕と遥に行ってしまっていた。
同じ魔術師型が狙われている、次は自分に来るかもしれないと考えながらも、血の槍の装填を止めないことに対する不安。その緊張が僅かに対処を遅らせた。
大きく跳びのいて回避する海斗。惣助はスバルの身体を抱え、共に跳んだ。余波は惣助の身体を焼くが、空を舞う視界の中でもスバルは血の槍を放つことを忘れなかった。
一条の青い光が真っ直ぐに剣豪へ向かう。剣豪が直に受けるという選択肢はない。スバルの血は直接受けてはいけない攻撃だ。
故にオルクスは別に血の槍を作り投射、相殺を選択する。スバルの力はオルクスには及ばない。正面からぶつかり合えば、相殺でケリがつく。
血の槍の三本目を打ち払うヴァイスの影で遥は目を見開いた。眼鏡の向こう側、その虹彩が淡く光を帯びる。
魔法の発生を阻害する魔法、という物がある。オルクスが血の槍を形成しようとするその中心点を見つめ遥が右手を振ったのはヴァイスが四本目を砕く時で、破片が遥の頬を切り裂き血が流れても視線は逸らさなかった。
本来発生するべきオルクスの血の槍があった場所を貫通したスバルの槍は、しかし剣豪によって防がれる。斧槍で打ち払えばいい……が、斧槍そのものが変調を来たし、侵食されるように色を変えると、次の瞬間粉々に砕け散ってしまった。
そしてスバルに破壊された部分は再生できない。つまり、斧槍を作っていた分のマテリアルはもうオルクスから失われたという事になる。例え、新しい武器を再構成してもだ。
剣豪は一度背後へ跳び、新たな剣を構築する。この間、戦闘開始から僅か20秒足らずであった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……このくらいなんともないよ」
惣助が背中に受けた傷を労るスバル。紅薔薇は深呼吸と共に笑みを浮かべる。
「この息が詰まり胸が焦げるような感覚……やはり堪らぬな」
「やべーやべー、いきなり死ぬかと思ったぜ。何だよありゃ。剣豪にオルクスがくっついてイチャイチャモードか? スゲェ動きしてたぞ」
帽子をかぶり直しながら肩で息をする海斗。剣豪は再構成した片手剣を軽く振るい。
「面白い……実に面白いな、貴様ら」
ハンターは10名。そこにスバル、シュシュ、ゲルト、ホロンも加えれば14名。
心許ない人数だろうか? いや、問題はそこではない。敵はどんなに強力だろうが1人しかいない。であれば、“14人が同時に攻撃はできない”。
例えば近接型のハンターが全員同時に攻撃をしたら、人型大の剣豪に接近すればするほど互いの刃が互いを傷つける可能性は高くなる。
銃撃など目も当てられない。近接職が取り囲んでいる相手に狙いなど絞れない。誤射すればそれだけで戦闘のリズムは崩れてしまう。
だから攻撃役、防御役、支援、タイミングなど各々に役割を振った包囲陣系。これを選ばせたのも彼らの交戦経験というのならば、なるほど。
「闘争の旋律……その奏で方を理解しているようだ。貴様らは……そう。これまで我が、我らが見てきた人間とは少し違うな。このリグ・サンガマの大地にヒトが立つ事など、誰も想像だにしなかったろうよ」
「騎士皇ナイトハルト、聖剣カルマヘトンを振るった英雄よ。レイスの言う通り、俺達は沢山の積み重ねられた過去を見てきた」
ブラストエッジ鉱山での戦い。そこでゾエル・マハと呼ばれる亡霊を葬ったのは惣助だけではない。
彼らが望んだから、マハ王たるホロンとシュシュ……人間の融和は成った。
「だがそれはかつてあんたとマハ王が願った未来でもあるはずだ」
「ゾエル・マハとカル・マ・ヘトンはいつかの想いと輝きを取り戻して逝ったぞ。なのに貴様は今も壁だの何だのと理由をつけて燻ったままか?」
「ベルフラウちゃんより遥かに大きな力を持って遥かにマシな境遇なのに、人間の祈りの奴隷として怪物やってる。ただの少女に出来た事が出来ないお前は確かに紛い物っすね。奴隷が嫌なら足掻いて抗えっす!」
レイスと神楽の言葉に剣豪は構えた刃を下ろし、どこか遠くを見つめ。
「うむ。それなのだがな……貴様らの言う事には一理あると常々思っていたのだ」
『ええ!?』
オルクスの驚く声が聞こえたのも当然。ハンターたちもびっくりした。
「ナイトハルト・モンドシャッテは死に、英雄に祭り上げられた。それは死後も英霊となり、我という影を産んだ。確かに我はこの、“人造武神”に対する怒りや絶望を根源として生じている故に、ここから切り離されることはない。だが――」
剣豪は少し考え、それからハンターらを指さし。
「――貴様らは我という“現象”を個と認識し接触している。自分たちでもそれがおかしいと気づいていながらだ」
特にぎくりとしたのはレイスと神楽だった。
あの時、聖剣に触れて見たナイトハルトの姿は目の前の化物とは違いすぎる。流れこんだ感情も――そして、今の戦い方も。
生前とは何もかもが違いすぎる。なぜならば不破の剣豪というのは一つの現象にすぎないからだ。無数の英霊が歪虚化した、その集合体。表面に顕在したのがナイトハルト・モンドシャッテであったというだけで、本人ではない。
「今、我は闘争を楽しいと感じている。目の前の獲物を遮二無二引き裂いていた頃とは何かが違うように思う。“もう少し勿体つけたい”という気持ちがあるのだ」
『あ、あんた……暴食の本能はどうしたのよ』
「貴様と同じではないか? 本能を上回る享楽が自我を保つのだろう?」
高笑いし、剣豪はどこか爽やかな雰囲気で剣を構え直す。
「我は愉快である。愉快であるぞ、人間。貴様らの存在が我が武を呼び覚ます。敵でも味方でもない。武神とはあらゆる武を寵愛し加護する者。故に我が武を以って、汝等を祝福せん」
「つまりあれじゃな。“とことんやってやる”と」
「そういう事だ」
紅薔薇の一言に小さく笑い、剣豪が負のオーラを解き放った。
周囲の雪が吹き飛び、鎧から吹き出す黒炎が剣豪を包み込んでいく。
右手に、そして左手にも剣を手にしたナイトハルトが走り出す。狙いはスバル。即ち正面突破である。
神楽とホロン、そしてシュシュが壁になろうと前に出るが、剣豪は奇妙な動きで三人をするりと抜けた。
「はあっ!?」
亡霊型である剣豪は自重を操作したり、僅かに浮遊したりする事はできる。
だがあそこまで高速で三人の間をするりと抜けることはできない。どこかで加速の起点が必要だ。
空を舞うように突っ込んでくる剣豪が左右の刃を振るうと一瞬で海斗と惣助が切り裂かれる。そのままスバルに突っ込むが、そこへ遥のアイスボルトが迫る。
しかし剣豪は空中でピタリと動きを止め、これをやり過ごした。スバルは背後へ跳ぶが、それを追うように剣豪は“空中を走り出した”。
「……野郎! オルクスだ! いつぞやの時の……!」
舌打ちしつつソフィアが叫ぶ。剣豪は空中を走っているわけではない。空中に連続で出現した血の足場が彼を疾走らせているのだ。
更に、それにより加速も得られるというのは、実際にオルクスの血の恩恵を受けたことがあるソフィアやヴァイスならば直ぐにわかった。
持ち前の変則的な機動力はオルクスの支援を受け、とてもではないが先読みできない域に来ている。しかも、範囲攻撃を妨害するように、“正面班の頭上から背後へ”。
『出来損ないのベルフラウ……あんたは死になさい』
背後に回られながらも真夕は魔法を詠唱している。スバルと剣豪の距離は近すぎるが、ライトニングボルトは敵と認識した者だけを焼く雷だ。
発射するも剣豪はバック転気味に跳躍し回避、空中の足場に逆さまに停止すると、再跳躍でスバルの首に刃を振るう。
レイスは咄嗟に槍を投げる。自分が行くより圧倒的に早い。その槍を剣で弾きもう片方でスバルを薙ぎ払うが、袈裟に入った刃は致命傷ではない。
「あぐっ」
「やらせねーっすよ!!」
背後から槍を繰り出す神楽。しかしその切っ先にトンと静かな音をたて、剣豪が降り立った。
重さは感じない。次の瞬間神楽の視界が逆転した。頭を蹴られた衝撃で人体が横に回転したのだ。
「スバルさん、こちらへ!」
シルウィスは弓矢を、ソフィアはライフルで剣豪を狙うが、空中をジグザグに舞う姿がみるみる接近してくる。
「スバル頭下げろ!」
舞い踊るような連撃を前にスバルを抱きかかえるようにしてソフィアは防壁を張る。
壁を貫いた刃がソフィアの肩から胸を切り裂いたが、同時に紫電が炸裂し剣豪の身体が後方へ吹っ飛んだ。
くるくると舞い、しかし空中に踏みとどまって停止する。そんな剣豪の左右の腕に出現したのは、魔導銃であった。
『銃という武器の機構は以前学んだから作れる……使い方は?』
「説明不要だ。“見て覚えた”」
攻性防壁に跳ばされた先へ回りこんでいた紅薔薇は銃口を向けられた事に気づき、“銃”という認識に一瞬戸惑うも、盾を身構える。
だが銃弾がもたらす衝撃は容易に紅薔薇を背後へ吹き飛ばした。銃弾という見立ては適切ではない。小型の砲撃と考えるのが妥当だ。追撃の二発目、これは真正面から受けられないと振動刀を振るう。
三発目、四発目。銃弾を紅薔薇が切り払う間に接近したレイスは槍を繰り出す。血の障壁が出現し防ごうとするが、これを貫通。剣豪の胸に刃はめり込んだ。
本来であれば弾かれていただろうが、先の攻性防壁の効果で血の強度が下がっていたのだろう。反撃に繰り出された銃口を槍でそらしてかわすと、背後へ飛びながら絶火槍を投擲する。
銃を手放し絶火槍を掴むと、それを血でカバーし紅薔薇の斬撃を受ける。やはり血の強度が下がっていたのか、こうしなければ紅薔薇の続くもう一撃を防げなかっただろう。
獲物が衝突し火花が舞い散る。剣豪は跳躍すると槍を紅薔薇目掛けて投げつけるが、これを回避。しかし地面が陥没し、あふれる黒い炎が爆発となってハンターらを吹き飛ばした。
この衝撃にヴァイスは地面に刀を刺して耐えると、次に剣豪が狙うのは誰かを考え動き出す。
やはりスバルの前に現れた剣豪は右手に斧を持っている。その一撃に己の刃を合わせて弾くと、そのまま身体を回転させもう一撃。
剣豪はこれを左に出した剣で防ぐが、遥のアイスボルトが刺さる隙となった。ソフィアは血を流しながらヴァイスと入れ違いに剣豪に触れ、雷撃を放つ。
「……破壊した鎧は魔法で焼くんだ! そのままにしておけば勝手に再生するぞ!」
連続して行動阻害効果を持つ魔法を受けた剣豪へ惣助が更に凍結弾を放つ。
これらの行動阻害は、剣豪がオルクス=血の鎧をまとっているという事からも効果が大きかった。
オルクスが固まってしまえば剣豪は無理には動けないし、二人の間の意思疎通に亀裂が生じれば、剣豪ほどの力なら“ただ動くだけで血の鎧が砕けてしまう”のだ。
「シュシュ、ホロン! 奴に見せてやろう、俺達の戦いを!」
砕けた鎧ごと、剣豪へライトニングボルトを放つ真夕。その光に背中を押されるように、惣助の声にしたがってシュシュとホロンが走り出した。
「神楽!」
「不変の剣妃を倒せば昇進間違いなしっす! 馬鹿の夢とベルフラウちゃんの願いの為に死ねっす!」
二人はホロンの左右の手を取り持ち上げると、息を合わせてホロンを振りかぶる。
「覚えとけ! この2人が、当代のカルマヘトンの担い手っす!」
「「いっけぇぇぇええ!!」」
2人のマテリアルを帯びたホロンは弾丸のように発射され、血の障壁を貫き手にしていた剣を剣豪に突き立てる。
「コボルドを飛ばすだと!?」
吹き飛びながら無数の血の槍を作り発射する剣豪。それを真夕がライトニングボルトで纏めて焼き払う。
「今だ! やれ神楽ァ!」
海斗の叫びに全員の視線が神楽に集まる。が、神楽は絶賛スバルを守ろうと身構えており、自分の名前が呼ばれた意味がわからずきょろきょろしている。
「え? 俺っすか? ……ぐほっ!」
血の槍が神楽を襲った。
「許せ神楽、後で美人のねーちゃんがいる店つれてくから……」
海斗はジェットブーツで大地を蹴り、一気に剣豪への距離を詰めていく。それを血の槍が迎撃するが、スバルの血の盾のおかげで直撃は避けられた。
それでも体中を切り裂かれながら海斗はバンカーナックルを繰り出す。
バンカーナックル「グラビティゼロ」は、腕に直接装備し、マテリアルに反応して杭を5連射するという武器だ。
剣豪の読みに誤りはない。海斗の力はわざわざ警戒するほどのものではないし、当然こんな攻撃で自分がどうこうされるとは思っていない。
故に剣豪の視線は既に次の獲物に移っていた。紅薔薇とヴァイスが走ってきているのが見える。こちらの2人の方が明らかに脅威だ。
故に血の盾で防いで終わり……しかしそうはならなかった。海斗の拳は血の盾を貫いたのだ。なぜか?
「ありがとよ、スバルッ!」
バンカーナックルが打ち出す杭。これをスバルの血で作ったものに置き換えていたのだ。
「全弾持って行きやがれぇえええ!!」
4発の杭が剣豪の胸に、オルクスの血に突き刺さる。だが同時に剣豪が繰り出した刃も海斗の身体を貫いていた。
『身体が崩れる……これは……スバルの血!?』
「紅薔薇さん!」
走る紅薔薇の刀にソフィアの力が集まり、マテリアルの光を帯びる。守りが手薄になった今、刺し違えるつもりなら大打撃を与えられるだろう。
だが、剣豪の繰り出す刃は二つあった。左右からの攻撃、これを同時に受ければ紅薔薇は絶命するだろう。
それでも攻撃を止めるわけにはいかなかった。この好機、何より仲間が作ってくれたもの――。
「行けっ、紅薔薇!!」
左の刃をヴァイスが弾くのが見えた。紅薔薇は心の中で感謝を呟き。
「剣豪、そして剣妃。これが妾の剣の終着点なのじゃ!!」
剣豪の剣が紅薔薇の胸を貫き、夥しい量の血が吹き出す。
同時に放たれた一撃はほころんだオルクスの血の鎧を砕き、更に剣豪の鎧を袈裟に鋭く切り裂いて余りある力を持っていた。
●サヨナラの代わりに
『そんな……私の鎧が……!』
悔しげなオルクスの声。剣豪は切断面を指で撫で小さく笑う。
「どうやらここまでのようだな。引くぞ、オルクス」
『引く? この私が? あんな出来損ないに負ける……? 器さえ……新しい器さえあれば、こんな事には……!』
剣豪から分離したオルクスは上半身だけ人型になり、スバルを睨む。
「認めてあげるわスバル。あなたは強くなった……それにこの身体はもう長く持たない……だから……」
オルクスが姿を消す。そしてスバルの背後に実体化し、腕を伸ばした。
「――あなたを私の器にしてあげる」
「そう来ると思ってたのよ!」
オルクスとスバルの接触を拒んだのは真夕のカウンターマジックだ。
「破邪顕正! 普段のオルクスなら通用しないかもしれないけど、今なら……!」
「身体を乗り換えようとしている……? だったら!」
更に遥が力を加えるとオルクスは弾かれるようにのけぞり、スバルは振り返ると同時に自らの血の剣でオルクスを薙ぎ払った。
「ス……バ、ルゥ!」
「お前の事はよく知っている。誰も油断などしていない」
レイスは槍に青い光を集め、オルクス目掛けて投擲。これた額に突き刺さると、ソフィアはオルクスの首を掴んだ手にマテリアルを集めていく。
「同郷の好だ。わたしが引導を渡してやるよ!」
雷撃がオルクスの身体を貫く。膝を着いたその体が黒く変色し、塵のように砕けて消えていく。
「消える……不変たるこの私が……?」
「待てオルクス! 逝く前にお前の真実を教えろよ!」
海斗の言葉にオルクスは身悶え、しかしニンマリと笑みを浮かべる。
「教えるわけ……ないでしょ。バー………………カ……」
言葉を流暢に紡ぐこともままならず、オルクスは粉々に散った。塵はもう元には戻らない。この消滅はハンター達が何度も見てきた歪虚のそれだった。
「……これで終わったのか?」
「ん、ああ……。なんだか呆気無くて……な」
呆然としたヴァイスとソフィア。最後にはオルクスから話を聞き、見届けるつもりでいたのだが……。
そもそもこれほどの相手だ。悠長に話をしている余裕はなかったと考える方が自然だろう。余力を残した状態で会話をして、何かあっては目も当てられない。
「やはりこうなったか」
「どういう意味だ?」
「今のオルクスではこんなものだろう、という事だ。承知の上で戦場に出た。当然の結末だろうな」
レイスの言葉に足も止めず去っていく剣豪。レイスはオルクスが消えた場所を見つめ眉を潜めた。
確かに倒したのは間違いない。だが……何故か気持ちは落ち着かない。
(まさか……“次”の……)
そう考えながらも口にしなかったのは、膝を着いたスバルがやりきった顔をしていたからかもしれない。
「剣妃は……どうなったのじゃ?」
「消えたよ……跡形もなく」
「そうか……。妾は結構奴が好きでな。もう少し、交わしたい言葉もあったのじゃがな……」
「そう……だな」
血を流し青ざめた表情の紅薔薇を背負いながらヴァイスは空を見上げた。
「あの時より……あんたのことを少しは知ることができたかな?」
確実に倒すと決めて成し遂げたのは自分たちだ。しかしヴァイスにはどこか納得のいかない、空虚さだけがあった。
本当にオルクスを完全に根絶したのか? やり残した事はなかったのか? そんな疑問は神楽の叫びで中断せざるをえなかった。
「ベ、ベルフラウちゃん……身体が!」
スバルもまた、ぼろぼろと身体が崩れ出していた。その消滅はオルクスの最後とそっくりだ。
「スバルさん……あなたは……」
何かを察し、シルウィスは唇を噛み締めた。神楽はどうしたらいいのかわからず、側に居たシュシュの肩をつかむ。
「ブラストエッジでどうにかなったんじゃなかったんすか!?」
「シュシュちゃんやゲルトは悪くないんです。全部私が望んだ事ですから……」
神楽は馬鹿ではない。故に全ての事情を察する事ができた。
「結局自分を犠牲にしたって事っすか……?」
「違うんです。ええと……その。神楽、さん? 私は歪虚で、人間とは一緒にいられない……歪虚を元に戻す方法が仮にあったとしても……今はなくて。私はその未来に辿り着く前にきっとヒトを襲ってしまう。だから……」
「スバルさん」
シルウィスはふらつくスバルの身体を支え、自らの膝に頭をのせるようにして横たわらせる。
「あなたの想い、その言葉……確かに聞き届けました。きっとあの子は泣いてしまうけれど……どうか安心しておやすみください」
「あの……子?」
「あなたの友人達です。ユウやフランさん……わかりますか?」
わからなかった。わかるはずもない。だがとてもうれしくなり、涙が止まらなかった。
「私には……友達がいるんですね?」
「ええ、いますよ。あなたを想う友人がいます。あなたが生きた証、必ずや私達が紡ぎましょう」
「友達……私には沢山友達がいたんだ。嬉しいなあ。幸せだなあ。ありがとう……本当に、ありがとう」
海斗は帽子を目深にかぶり、スバルの頭を撫でる。
「スバルのおかげで奴に一発かましてやれたぜ。なんつーか、ありがとな。上手く言えねぇけど……かっこよかったぜ」
「オルクスはここで終わった。もう終点だ。だけどスバル、君の死は違う。新たな旅立ちなんだ」
「命が繋がっているように、想いもまた……繋がっていくもの。そうでしょう?」
惣助の言葉にそう続け、シルウィスは微笑む。しかし神楽は大地を蹴り。
「そんなのは綺麗事っす! 死んだ命は戻らない、そこで終わりっす! スバルがいなくなるという事実にはなんら変わらないじゃないっすか!!」
「神楽、お前……」
振り返った海斗が見たのは、涙を流す神楽の姿だった。
「だから嫌なんすよ、知り合いに目の前で死なれるのは……涙が止まらないじゃないっすか! 」
「私の為に泣いてくれてありがとう、神楽さん」
「……スバル!」
堪えきれなくなったシュシュがスバルに抱きつき、ゲルトは視線を逸らした。スバルはもう形を保てない。
「私……お母さんを止められたんですよね?」
「え? あ、ああ……勿論だよ」
「そっか……よかった……これでみんなに……やっと……会え……」
風が吹き抜けると、そこにはもうスバルの姿は跡形もなかった。
「終わった……そう、終わったんだよな……」
自分に言い聞かせるように呟くヴァイス。ソフィアはその背中にいる紅薔薇の様子を覗い。
「意外と元気そうですね。思いっきり胸に剣が刺さってたのに」
「妾にも意外じゃが……出血量が凄まじいのに変わりはない……物凄く寒くなってきたぞ……歯が噛み合わぬ……」
「傷の手当もあるし、俺達は撤収しようぜ。あいつらは……もう少しそっとしといてやろう」
海斗は仲間の背中を急かすように押す。その背後では消えてしまったスバルを悼み、抱き合って涙を流すシュシュと神楽の姿があった。
最悪の四霊剣、不変の剣妃撃破のニュースは、遺跡奪還戦を終えた人類軍にとっても寝耳に水ではあったが、賞賛の声と共に受け入れられた。
今だ続くリグ・サンガマでの戦いに苦しむ人々を勇気づけるには十分な朗報だろう。
その戦いの影に、スバル・ベルフラウという少女がいた事を知る者はいなくとも……。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- 鬼塚 陸(ka0038) → 紅薔薇(ka4766)
- 春日 啓一(ka1621) → レイス(ka1541)
- ジルボ(ka1732) → 紅薔薇(ka4766)
- リュー・グランフェスト(ka2419) → 七夜・真夕(ka3977)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531) → レイス(ka1541)
- セレスティア(ka2691) → 七夜・真夕(ka3977)
- エイル・メヌエット(ka2807) → レイス(ka1541)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → 紅薔薇(ka4766)
- リリティア・オルベール(ka3054) → 八代 遥(ka4481)
- ミオレスカ(ka3496) → ヴァイス・エリダヌス(ka0364)
- 天楼 雪華(ka3696) → 八代 遥(ka4481)
- Holmes(ka3813) → ヴァイス・エリダヌス(ka0364)
- 松瀬 柚子(ka4625) → ヴァイス・エリダヌス(ka0364)
- 月代 鋼(ka4730) → 八代 遥(ka4481)
依頼相談掲示板 | |||
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決戦だよ! ソフィア =リリィホルム(ka2383) ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2016/04/20 21:57:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/16 17:21:45 |