ゲスト
(ka0000)
【幻魂】交錯する過去と意志
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/22 22:00
- 完成日
- 2016/05/04 06:34
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――大幻獣『フェンリル』の死。
突如訪れた別離は、スコール族のファリフ・スコール(kz0009)に大きな変化を与えていた。
試練を乗り越え、霊闘士の新たなる力が覚醒。
フェンリルを祖霊としたファリフは、幻獣の森へ侵攻せんとする歪虚を前に立ち塞がる。
一方、歪虚の青木燕太郎(kz0166)はある目的の前に――暗躍を開始する。
様々な思惑が入り交じる中、連合軍と歪虚は再び刃を交えようとしていた。
●暴風と黒い影
「ふん! いつまで待たせるのだ!」
災厄の十三魔の一人、ハイルタイは幻獣の森にて苛立っていた。
先の戦闘で青木に貸した愛馬は倒され、止む無く徒歩でやってきたのだが――未だに幻獣の森を取り囲むばかりで青木は進軍を指示していないからだ。
「そういきり立つな。力任せに倒すばかりじゃダメだ。心を折らなければ、連中は何度でも立ち上がって来る」
「心を折る?」
青木の言葉の意図を、ハイルタイは理解できなかった。
今までは力任せの進軍や遠距離から弓を射る事が多かった。それは歪虚としての能力が非常に高く、策を弄する必要がなかったからだ。その為にハンター達がハイルタイの動きを読んで重傷を負わせる事が可能となっていた。
「これだけの圧倒的な戦力差だ。一方的に叩けばあっさり敵を潰せる。だが、潰れた雑草は逞しく何度でも葉を茂らせる――根を断たなければ、な」
「どうするつもりだ?」
「奴らは現状で出来うる万全の準備を整えて防衛するはずだ。
懸命に準備して積み上げた防衛戦力を、こちらの戦力で完膚なきまでに叩き潰す。そうすれば、奴らは自分の無力さを呪いながらプライドも粉々に砕ける」
青木は、あくまでもハンターと幻獣に森を守る準備を徹底させるつもりだ。
一生懸命積み上げた防衛力を、圧倒的な戦力差をもって蹂躙する。森に侵入されて幻獣のマテリアルが奪われていく光景を目にした彼らは、自分達の無力さに絶望。歪虚に抵抗しようとする気力を根こそぎ奪う事ができる。
「そうか! そこまで考えておったか。ここで頑張っておけば、その後面倒な戦いも減るのなら大歓迎だ」
青木の案に納得したハイルタイは、ご満悦だ。
ここで頑張れば、面倒事が少しでも減る。それに気付いたハイルタイは、珍しく開戦を待ち望んでいるようだ。
(こちらの計画が大きく狂わないよう、ここで頑張って貰わないとな……あの人間達には)
青木は、広角を上げて軽く笑みを浮かべた。
●交錯する過去と意志
――依然、歪虚に取り囲まれた幻獣の森。
熾烈な戦いの末に結界に綻びが生じている部分もあり、今回もまた厳しい戦いとなりそうであったが……一点だけ、前回と大きく違っていることがあった。
――霊闘士の、新たなる力が覚醒したのだ。
蛇の戦士シバが死の間際に見せた技から端を発したこれは、大幻獣フェンリルの命という大きな代償を払う結果にはなったが、確実に、今後の戦況を大きく変えるものとなるはずで……。
戦略を考えていたハンター達の元に、見張りの兵が走りこんで来た。
「……報告します! 東の方角に大型歪虚が出現! 災厄の十三魔、ハイルタイと思われます!」
「げ。またあいつかよ! 帰ったんじゃなくて攻撃の機会を伺ってたってことか……?」
「ハイルタイってことは、いつもの巨馬と一緒かしら。前回怪我してたようだったけれど」
「……それが、今回は馬には乗っていないようです。巨馬の姿はどこにも見えません。その代わりと言っては何ですが、青木と名乗る黒い歪虚を伴っているようです」
見張りの兵の困惑気味の声に、顔を見合わせるハンター達。
前回の戦いでは、青木が連れていたハイルタイの馬。
結界に体当たりしたことで怪我を負ったのは確かだが、そこまで酷い怪我にも見えなかったのだが……。何かあったのだろうか?
「馬に乗ってないってことは、ハイルタイは歩いてやってきてるってことか。おい、バタルトゥ。これはあいつを倒す絶好のチャンスだぞ!」
ハンターの声に、表情を硬くして頷くバタルトゥ・オイマト(kz0023)。拳を強く握り締めたまま続ける。
「……そうだな。だが……この戦いは、イェルズに任せると決めている。俺は……」
「いいえ、族長。今回は族長が行って下さい」
「イェルズ……? しかし、お前はシバの残したものを見たいと言っていなかったか……?」
きっぱりと断じたイェルズ・オイマト(kz0143)に黒い瞳を向けるバタルトゥ。
それをまっすぐ見据えて、補佐役は続ける。
「……俺、この戦いの間、ずっと考えてました。シバ様が遺した言葉の意味……『力と魂』の意味を。死線を超えた者だけが見える境地……やっと少し、見えた気がするんです」
シバの遺した言葉、想い。
――イェルズ。お前は真っ直ぐな心を持っている。きっと良き戦士になるだろう。この先が楽しみだ……。
そう言って己の頭を撫でてくれた大きな手には、まだ追いつけそうにないけれど。それでも――。
「俺もここを守りたいです。ハイルタイも赦せない。でも、それ以上に……族長、あなたはずっと悩んでいたはずです。『ベスタハの悲劇』を生み出したオイマトの、その族長としての責務と、罪悪感に」
「……ベスタハの悲劇って、ハイルタイが起こした事件よね? それがオイマト族と一体何の関係があるの?」
「……ハイルタイが人間だった時の名は、ハイルタイ・オイマト……。ベスタハの悲劇の主犯であるあの男は、オイマト族の者だということだ」
バタルトゥの言葉に、息を飲むハンター。
ハイルタイは、彼の父の仇だとは聞いていたけれど。まさか、オイマト族の人間だったなんて……。
「族長があいつの始末をつけないで、誰がやるんですか。行ってください。俺は、俺なりにこの森を守ります。赤き地に生きるものとして、オイマトの霊闘士して、奥義を使いこなして見せますから」
「……少し見ないうちに成長したな、イェルズ」
「えっ。いえっ。俺はまだまだで……! 目指すところはシバ様なので、もっと頑張らないと!」
「そうか……。期待しているぞ」
「……はい!」
わしわしと頭を撫でられ、照れくさそうなイェルズ。バタルトゥは呼吸を整えると、ハンター達に向き直る。
「……ハイルタイと青木を迎え撃つ。手伝ってくれるか」
「私達には霊闘士の奥義もあるしね。青木に見せてやりましょうよ」
「勿論だ! この機会に、ハイルタイに引導を渡してやろうぜ!」
「俺は後方で支援します。皆さんのご武運をお祈りしています!」
己を奮い立たせるハンター達。イェルズが深々と頭を下げて――。
ハイルタイの過去と、バタルトゥの抱え続けた思い。
そして、青木の思惑が交錯して……幻獣の森を護る戦いの幕が開ける。
突如訪れた別離は、スコール族のファリフ・スコール(kz0009)に大きな変化を与えていた。
試練を乗り越え、霊闘士の新たなる力が覚醒。
フェンリルを祖霊としたファリフは、幻獣の森へ侵攻せんとする歪虚を前に立ち塞がる。
一方、歪虚の青木燕太郎(kz0166)はある目的の前に――暗躍を開始する。
様々な思惑が入り交じる中、連合軍と歪虚は再び刃を交えようとしていた。
●暴風と黒い影
「ふん! いつまで待たせるのだ!」
災厄の十三魔の一人、ハイルタイは幻獣の森にて苛立っていた。
先の戦闘で青木に貸した愛馬は倒され、止む無く徒歩でやってきたのだが――未だに幻獣の森を取り囲むばかりで青木は進軍を指示していないからだ。
「そういきり立つな。力任せに倒すばかりじゃダメだ。心を折らなければ、連中は何度でも立ち上がって来る」
「心を折る?」
青木の言葉の意図を、ハイルタイは理解できなかった。
今までは力任せの進軍や遠距離から弓を射る事が多かった。それは歪虚としての能力が非常に高く、策を弄する必要がなかったからだ。その為にハンター達がハイルタイの動きを読んで重傷を負わせる事が可能となっていた。
「これだけの圧倒的な戦力差だ。一方的に叩けばあっさり敵を潰せる。だが、潰れた雑草は逞しく何度でも葉を茂らせる――根を断たなければ、な」
「どうするつもりだ?」
「奴らは現状で出来うる万全の準備を整えて防衛するはずだ。
懸命に準備して積み上げた防衛戦力を、こちらの戦力で完膚なきまでに叩き潰す。そうすれば、奴らは自分の無力さを呪いながらプライドも粉々に砕ける」
青木は、あくまでもハンターと幻獣に森を守る準備を徹底させるつもりだ。
一生懸命積み上げた防衛力を、圧倒的な戦力差をもって蹂躙する。森に侵入されて幻獣のマテリアルが奪われていく光景を目にした彼らは、自分達の無力さに絶望。歪虚に抵抗しようとする気力を根こそぎ奪う事ができる。
「そうか! そこまで考えておったか。ここで頑張っておけば、その後面倒な戦いも減るのなら大歓迎だ」
青木の案に納得したハイルタイは、ご満悦だ。
ここで頑張れば、面倒事が少しでも減る。それに気付いたハイルタイは、珍しく開戦を待ち望んでいるようだ。
(こちらの計画が大きく狂わないよう、ここで頑張って貰わないとな……あの人間達には)
青木は、広角を上げて軽く笑みを浮かべた。
●交錯する過去と意志
――依然、歪虚に取り囲まれた幻獣の森。
熾烈な戦いの末に結界に綻びが生じている部分もあり、今回もまた厳しい戦いとなりそうであったが……一点だけ、前回と大きく違っていることがあった。
――霊闘士の、新たなる力が覚醒したのだ。
蛇の戦士シバが死の間際に見せた技から端を発したこれは、大幻獣フェンリルの命という大きな代償を払う結果にはなったが、確実に、今後の戦況を大きく変えるものとなるはずで……。
戦略を考えていたハンター達の元に、見張りの兵が走りこんで来た。
「……報告します! 東の方角に大型歪虚が出現! 災厄の十三魔、ハイルタイと思われます!」
「げ。またあいつかよ! 帰ったんじゃなくて攻撃の機会を伺ってたってことか……?」
「ハイルタイってことは、いつもの巨馬と一緒かしら。前回怪我してたようだったけれど」
「……それが、今回は馬には乗っていないようです。巨馬の姿はどこにも見えません。その代わりと言っては何ですが、青木と名乗る黒い歪虚を伴っているようです」
見張りの兵の困惑気味の声に、顔を見合わせるハンター達。
前回の戦いでは、青木が連れていたハイルタイの馬。
結界に体当たりしたことで怪我を負ったのは確かだが、そこまで酷い怪我にも見えなかったのだが……。何かあったのだろうか?
「馬に乗ってないってことは、ハイルタイは歩いてやってきてるってことか。おい、バタルトゥ。これはあいつを倒す絶好のチャンスだぞ!」
ハンターの声に、表情を硬くして頷くバタルトゥ・オイマト(kz0023)。拳を強く握り締めたまま続ける。
「……そうだな。だが……この戦いは、イェルズに任せると決めている。俺は……」
「いいえ、族長。今回は族長が行って下さい」
「イェルズ……? しかし、お前はシバの残したものを見たいと言っていなかったか……?」
きっぱりと断じたイェルズ・オイマト(kz0143)に黒い瞳を向けるバタルトゥ。
それをまっすぐ見据えて、補佐役は続ける。
「……俺、この戦いの間、ずっと考えてました。シバ様が遺した言葉の意味……『力と魂』の意味を。死線を超えた者だけが見える境地……やっと少し、見えた気がするんです」
シバの遺した言葉、想い。
――イェルズ。お前は真っ直ぐな心を持っている。きっと良き戦士になるだろう。この先が楽しみだ……。
そう言って己の頭を撫でてくれた大きな手には、まだ追いつけそうにないけれど。それでも――。
「俺もここを守りたいです。ハイルタイも赦せない。でも、それ以上に……族長、あなたはずっと悩んでいたはずです。『ベスタハの悲劇』を生み出したオイマトの、その族長としての責務と、罪悪感に」
「……ベスタハの悲劇って、ハイルタイが起こした事件よね? それがオイマト族と一体何の関係があるの?」
「……ハイルタイが人間だった時の名は、ハイルタイ・オイマト……。ベスタハの悲劇の主犯であるあの男は、オイマト族の者だということだ」
バタルトゥの言葉に、息を飲むハンター。
ハイルタイは、彼の父の仇だとは聞いていたけれど。まさか、オイマト族の人間だったなんて……。
「族長があいつの始末をつけないで、誰がやるんですか。行ってください。俺は、俺なりにこの森を守ります。赤き地に生きるものとして、オイマトの霊闘士して、奥義を使いこなして見せますから」
「……少し見ないうちに成長したな、イェルズ」
「えっ。いえっ。俺はまだまだで……! 目指すところはシバ様なので、もっと頑張らないと!」
「そうか……。期待しているぞ」
「……はい!」
わしわしと頭を撫でられ、照れくさそうなイェルズ。バタルトゥは呼吸を整えると、ハンター達に向き直る。
「……ハイルタイと青木を迎え撃つ。手伝ってくれるか」
「私達には霊闘士の奥義もあるしね。青木に見せてやりましょうよ」
「勿論だ! この機会に、ハイルタイに引導を渡してやろうぜ!」
「俺は後方で支援します。皆さんのご武運をお祈りしています!」
己を奮い立たせるハンター達。イェルズが深々と頭を下げて――。
ハイルタイの過去と、バタルトゥの抱え続けた思い。
そして、青木の思惑が交錯して……幻獣の森を護る戦いの幕が開ける。
リプレイ本文
――己の歩んできた道に、無駄なことなど一つもない。
誰かがそんな事を言った。
所詮綺麗ごとだ。
無駄なことは、確かに存在する。
儂が人間であった頃にしてきたこと、成そうとしたこと……それらは間違いなく無駄だった。
儂は、疲れた……。何もかもに。
「怠惰なおっさんが珍しく怒ってるな、と。しかも一人でも厄介なのが二人とはね……」
「青木にハイルタイ……ハッ、申し分ねェなァ!」
「そうだね。少しは楽しませて貰えそうだ」
腕を組んで考え込むアルト・ハーニー(ka0113)。
目をギラギラとさせて、待ちきれないといわんばかりの様子の尾形 剛道(ka4612)に、久我・御言(ka4137)が演技ががった動きで肩を竦める。
そんな2人に、フラメディア・イリジア(ka2604)は苦笑を返す。
「して強敵相手に、些か手数が足りぬのが気になるが……」
「出来ることを最大限に。やるしかありません。私達が逃げる訳にはいかないのですから」
「そーですの! 命ある限り頑張るですの! でも命は大事にしないといけないですの!」
きっぱりと断じる白神 霧華(ka0915)に、手をぐっと握り締めるチョココ(ka2449)。
そんな少女が愛らしくて、くすりと笑った黒の夢(ka0187)は、隣にいるバタルトゥ・オイマト(kz0023)に金色の双眸を向ける。
「……ハイルタイはオイマト族の人で、バターちゃんのお父さんのお友達だったのな?」
「うむ……。一族の英雄といわれていた人物だった……」
硬い表情のまま、搾り出すように呟くバタルトゥ。
あの歪虚が、彼の父の友であり、一族の英雄だったというのなら。
幼い頃のバタルトゥは、少なからずハイルタイに憧れの念を抱いていたのではなかろうか……。
最近は大分落ち着いたが……以前彼がハイルタイに対して見せていた深い憎悪と怒りは、そういった気持ちを持っていたからこそだったのかもしれない。
そんな友人の気持ちを察して、唇を噛むアルファス(ka3312)。
――同情はすまい。それは、彼に対して失礼だ。
今、己に出来ることは……。
「バタルトゥ……行こう。決着をつける時だ」
「あ、バターちゃん。これ持ってて。……ただのお守りだから。汝を守ってくれるのな」
族長の肩をぽん、と叩いた彼。黒の夢が、聖印が刻まれた指輪を押し込むとバタルトゥは無言で頷き――。
「儂があの虫けら共の相手をする。お前はあの忌々しい結界を破って来い」
「手伝わなくていいのか?」
「儂を誰だと思っておる。あの程度儂一人で十分だ。……馬の礼もしてやらねばならぬ」
「……分かった」
木々を避けることもなく、なぎ倒すようにしてやってくる巨体。
その少し後ろに見える黒衣の男。
こちらに気付いているのかいないのか……2人は一言二言話すと、黒衣の男が離れ――するり、と木の影に隠れるように動き出す。
「……二手に分かれたですの!」
「ハイルタイはまっすぐこっちに向かって来ますね」
「本当無駄にやる気みたいだな。面倒くさい……」
イェジドの影から顔を覗かせるチョココ。目線だけで人が殺せそうな霧華の横で、アルトがくしゃくしゃと頭を掻く。
「あまり離れられると厄介じゃな……」
「青木は結界の綻びを狙いに行ったのかもね。……こちらも二手に。手筈通りに行こう」
「分かったのな」
「どーでもいいから早く殺り合おうぜ」
呟くフラメディア。迫るハイルタイを見据えたまま言うアルファスに黒の夢が頷き、剛道が煙管をカチカチと言わせながら、黒衣の男に熱い視線を走らせる。
「会戦の狼煙をあげよう!」
続く御言の短い叫び。外見に似つかわしくない、ピンク色の愛らしい杖を振るう。
同時に浮かぶ三角形。そこから光の線が真っ直ぐ伸びて――。
「貴様がハイルタイかね! 徒歩だったので気づかなかった」
「やかましいぞ虫けら。攻撃をしかけておいて見え透いた嘘をつくでないわ」
初撃を与え、口角を上げる御言に刺すような目線を向けるハイルタイ。
御言は大げさに手で頭を押さえる仕草をして首を振る。
「おやおや。君にも怪我した馬を労わる優しさがあったのかと思ったんだがね!」
「儂の馬を殺しておいて何を言うか」
「はて。君の馬は結界へと突撃したが、まだ存命だと聞いているのだがね?」
「……どういう意味だ?」
「……そのままの意味です。前回の襲撃の際、あなたの馬は怪我こそしていましたが、まだ生きていました」
淡々と言葉を継いだ霧華に、巨男は片眉を上げる。
「ハッ。戯言を。お前達虫けらを信用するとでも思うておるのか?」
「私の言葉が信用できない? 失望させないでくれ給えよ。私は敵だよ? 信用などある訳がないだろう」
ちちち、と指を振る御言。その指でこめかみをつつきながら、ハイルタイを見据える。
「……だが、考えてみてはどうかね? 私の言葉に真実があった時、果たして君の味方は存在するのか」
「青木に従い、あなたは何を得ましたか? あなたの傷は深まり、馬を失った。彼は無傷のままで。……それが事実です」
その間も、ハイルタイの身体を目で追う霧華。
オイマト族の者は祖霊である馬の刺青をしている者が多いと聞いた。目の前の歪虚にもそれがあれば、部族への想いが残っているのではないか。
服で覆われていない部分に部族の証は見えなかったけれど……。それでも、動揺が誘えたら――。
そんなことを考えていた彼女。その頭上から、ク、ククク……と低い笑いが聞こえてくる。
「だからどうした。元々あれを信用などしておらぬ。お前達虫けらの言葉にも価値は感じぬ。……儂の味方? 笑わせてくれる。そんなもの最初からおらぬわ。誰も、信用など出来ぬ」
「……それは、汝も含まれるのな? 己すら信じられないなんて……可哀相な子である……」
胸の前で手を合わせる黒の夢。揺れる首の鈴。
彼女もかなり長身だが……それを遥かに超える歪虚を見上げる。
「我輩は汝のお話聞きたいのなー。何があったのか、大体バターちゃんから聞いてはいるけど……やっぱり、本人の口から聞きたいのな」
「……そんな話を今更聞いてどうする。もう全てが遅すぎる。虫けらの自己満足に付き合う気はない」
「どうして遅いって決め付けるのな? 確かに元には戻れないだろうけど……歪虚だって、心に痛みを感じるのな」
「ほう、なるほど。痛みを感じるか。儂を心弱き弱者とせせら笑うか? それもよかろう。そんな弱者に、成す術もなく仲間を殺され続けたお前らに、儂を笑う資格があるのならな」
「我輩、笑ったりしないのな。正義も悪もない……汝という存在を知りたいだけなのな」
「くだらんな。実にくだらん。虫けらと馴れ合う気はない……!」
問答無用とでも言いたいのか。黒の夢に向かって放たれる矢。響く轟音。
走りこんで来たバタルトゥが双剣で矢を弾き、軌道を逸らす。
「……黒の夢、危険だ。下がれ……」
「バターちゃん……!」
「あれに情けは無用だ……。……既に人の心を喪っている」
「でも……!」
――本当に?
あんな悲しそうな目をしているのに?
玻璃のような瞳を微かに揺らす黒の夢。
流石に腕が痺れたのか顔を顰めるバタルトゥに、ハイルタイがフン! と鼻を鳴らす。
「……あの男の息子か。ますます似てきよってからに忌々しい……! 父と同じく、ハンターと仲良しごっこが好きと見えるな」
「……僕の友人を侮辱するのは止めてもらおうか。僕には分かるよ。何でお前が族長に選ばれなかったのか」
深い緑色の瞳に静かな怒りを宿すアルファス。アルトもその横で、うんうんと頷く。
「ああ、そうだな。俺にも分かるぞ、と」
「族長は『力が強い』からなるんじゃない。『心が強い』もの……何度負けても、失敗しても諦めない心を持つ者がなれるんだ。バタルトゥを見ていれば分かる」
「上手く行かなかったからって拗ねて、諦めて……その程度の覚悟しか持てなかったお前を選ぶ者なんざいねえってこった」
「貴様アアアアア!!」
「うおっと!!」
怒りに身を震わせたハイルタイ。矢を番えるのが見えた。
アルトは咄嗟にそれを避けて――気付いた。
――このおっさん、大分弱ってないか……?
放たれた矢は地面に穴を開けた。相変わらずバカみたいな威力を誇っている。
しかし……以前より確かに精彩を欠いている。
アルファスと霧華もそれに気付いたのか、目が合う。
――こいつを倒すなら、今しかない……!
ハンター達とハイルタイが遣り合っている横をすり抜ける黒衣の男。
その前に、立ち塞がるのは、燃える赤い髪の――。
「また会ったな青木よ! この森をそう簡単に襲わせはせんぞ!」
「……その赤い髪、フラメディアと言ったか? お前達の敵はあっちじゃないのか」
「我を覚えておったか。光栄じゃ。……勿論、ハイルタイも我の敵じゃ。相手をしようぞ。お前を倒してからな」
「口の減らん女だな」
不敵な笑みを浮かべるフラメディアにクク、と喉を鳴らして笑う青木。
揺れる空気。刀で風を斬り、剛道が立ち塞がる。
腹に残る傷跡。己の身体が覚えている。この男との戦いを――。
「……ああ、違いねェ、テメェだ。この傷を残した野郎だ。……会いたかったぜ、色男ォ!」
「やれやれ。見逃してはくれんか……」
「当たり前ですの! いい加減にするですのよ! 風の刃がどーん! ですのよ!」
ぷんすこ怒るチョココ。杖から出た風の刃が舞い、青木の頬を掠める。
そこに合わせたフラメディアの一閃。青木は短くため息をつくと、後方に大きく跳躍する。
「逃がすか……! アグニ!」
「アディ! 追跡ですの!」
主の命に従い、黒い歪虚に襲いかかる燃える毛並みを持つイェジド。鋭い爪が黒いコートを裂く。
チョココを乗せたイェジドが距離を詰め、再び風の刃を放つ。
不意に翳る視界。上段から振り下ろされる剛道の大太刀を、青木が槍で防ぐ。
そしてフラメディアの風のような追撃を、すんでのところで避け――フラメディアとチョココ、そして剛道の、息もつかせぬ波状攻撃が続く。
「どうした、色男。今日は防戦か? つまんねェな。来いよ。命の取り合いしようぜ……!」
珍しく饒舌な剛道に無言を返す青木。
剛道の言う通り、今日の青木はこちらの攻撃を受け流すだけで積極的に仕掛けて来ない。
涼しい顔をしているところを見ても余裕があるはずなのに。
極力、こちらと戦いたくないような印象を受ける。
一体何が狙いだ……?
――やはり、結界の綻びか。それとも……。
フラメディアの頭を過ぎる思考。次の瞬間、急激に周囲の温度が低下する。
「……っ! 投擲! くるぞ!」
「はいですの!! 土の壁さん、お願いしますですの!」
彼女の声に合わせ、土壁を作り出すチョココ。
予想通りに放たれる槍。
青木の手を離れたそれは黒い気を纏い、土壁をたやすく突き破り、まっすぐ結界の綻びへと向かって行く。
「やはり結界が狙いか……!」
軌道を反らすには、斧で弾くしかない。高く跳躍するフラメディア。
間に合うか……!?
その時。視界を支配した黒。血色の瞳が横切って――。
「余所見すんなよ、色男ォ!」
剛道の肩を貫く槍。身を持って止めたそこから、再び真紅の花が咲き乱れる。
「……剛道! おぬしまた無茶をしおって……!」
「止められたんだからイイだろうがよ。おい、結界に現を抜かしてンじゃねェぞ。お前の相手はこの俺だァ!」
「随分と厄介な奴に気に入られたものだな。しかし、その状態で戦えるとも思えんが」
「どうだかな。悪ィが、俺はしつけェんだわ……!」
眉を顰めるフラメディア。剛道は心底愉快そうに笑っているが怪我は重い。これ以上は……。
「剛道さま、無理ですわ!」
「何言ってやがる。これからが本番じゃねェか……!」
駆け寄ってきたチョココを嘲笑うように、槍に戻れ、と命じた歪虚。剛道が血を吐いて膝をつく。
地面に広がる染み。そこにすっと、スーツの手が差し伸べられる。
「おやおや、剛道くん。結界を守ったのは良い判断だが、これ以上は無謀というものだよ」
「……御言! 何をしておったのじゃ!」
「いやーすまん。ハイルタイと語り合っていたら遅れてしまったよ。ちょっとの間だと思っていたのに仲間に深手を負わせるとは、さすがは青木君といったところかな」
「感心しておる場合ではないわ。……剛道は下がらせる。我が前面に立つゆえ、おぬしとチョココは後方から射撃を。なるべくタイミングを合わせての。同時に攻撃されればやつも避けにくくなる」
「なるほど。承った。大船に乗ったつもりでいてくれ給え」
「かしこまりましたの!」
「勝手に決めんなァ! 俺はまだやれる!」
フラメディアに頷く御言とチョココ。剛道が言い終わる前に2人から光線と風の刃が放たれる。
途端、巻き起こる暴風。震える空気。
青木の放った衝撃波は、風の刃を打ち消し、踏み込んできたフラメディアと剛道を吹き飛ばし……光線までは消せなかったらしい。コートを焦がす。
「まだやる気か? 俺の仕事は結界を破ることだ。失敗した以上、深追いはしない」
「ほう? だったら今すぐここから去ね!!」
「それは出来ない相談だな。ハイルタイに協力するのも仕事のうちだ。それを放棄する訳にはいかないんでね」
勇ましく斧を構え直すフラメディアにため息を返す青木。御言が心底おかしそうに笑う。
「ハハ! 最高に白々しいね、青木君! 君の狙いは結界ではなかろう?」
「何のことだ」
「我々も馬鹿ではない、ということだよ。ハイルタイも気付いていたようだが?」
「お馬さん食べちゃうなんてめっ! ですのよ!!」
「……やれやれ。今度は言いがかりか。ハンターとは本当に面倒臭い生き物だ」
「その言葉、そっくりお返ししてくれる。去らぬというのであれば、その気になるまで相手をするまでじゃ」
「……お前は本当に可愛げがないな、フラメディア」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「どうせ語り合うなら拳にしようぜ、色男。……行くぜェ!」
風に揺れるフラメディアの髪の赤と、剛道から迸る血の赤。
黒い影はニヤリと笑って、槍を構える――。
「遍く星よ、全てを善き方へ。光よ躍れ、風に祝福を――」
「いいかい? グラニ。回避専念! 引っ掻き回せ!」
響く黒の夢の凱歌。鋭いアルファスの声。
ハイルタイの矢が次々と打ち込まれる中、ハンター達とイェジドは縦横無尽に駆け巡る。
元々、ハイルタイはハンター達に狙いを絞っていたらしく、結界に矢を打ち込んで来ないのは幸いしたが、いつ気分を変えるか分からない。
矢が地面に刺さる度に開く大きな穴。アルトは舌打ちをする。
「本気になったおっさんは面倒でしかないな」
「こうも矢を連打されては近づき難いですね……」
「そうだな。弓矢は脅威でしかないからな。なるべく使って欲しくないんだぞ、と。……アルファス、黒の夢。アレ狙えるか?」
霧華に頷きつつ、ハイルタイの背を指差すアルト。その声に、アルファスは頷く。
「ああ。やってみるよ。皆、一撃加えたらすぐに離脱して」
「……承知した」
「では、お願いします」
「任せたぜ……!」
「くれぐれも無理はダメなのな! スカーもお願い! 皆をサポートするのな!」
走り出した仲間達に、声をかける黒の夢。主の指示に、イェジドが走り出す。
出来ればペットも……と思ったが、彼女の狛犬はガクガクと震えている。
『災厄の十三魔』とも呼べる強敵の相手は、ペットには厳しいのかもしれない――。
「リーリー! 全速前進!」
リーリーに騎乗し、風のように疾走する霧華。
幻獣の巨体がある分、敵に狙われやすくはなる。
が、気を引くのが目的なのであれば――。
案の定、彼女を狙う矢。リーリーはそれをギリギリで回避して、肩口に矢が掠める。
唸る霧華の白い刃。狼の遠吠えのような刃音。それは、ハイルタイの怪我をしている腕を切り裂く。
「ぐう……! 貴様……!」
「……流石に怪我をしている部分には攻撃が通るんですね。安心しました」
「この虫けらがああああ!!」
「こっちにもいるぜ! おっさん!」
足元から聞こえた声。アルトがハンマーを振り抜く。
脚に多少は痛みを感じたのか、眉を上げたハイルタイと目が合う。
「相変わらず硬いおっさんだねえ……。腕が痺れるっつーの」
「まとめて死ねえええ!」
続いたバタルトゥの一閃。ハイルタイの怒りに燃える目。奴はこちらに集中している。
そうだ。それでいい……!
「生み出でし光よ。我が意のままに進みて彼の者を撃ちぬけ!」
「踊れ、蝶よ。炎と舞え。純粋なる炎、全てを滅ぼせ」
離脱を開始したその時、聞こえた詠唱。
アルファスが生み出した光線が矢筒を。黒の夢の口から舞い出でた炎の蝶が、弓を焼き尽くす……!
「おのれ……! 儂の馬だけでなく武器まで奪いよってからに……!」
「ここまで上手く行くとはね。『災厄の十三魔』も地に堕ちたものだな、と」
「どうします? まだ戦いますか? 個人的にはここで撤退することをお薦めしますが……」
「虫けらの分際で儂を舐めるな!」
ニヤリと笑うアルトと淡々と言う霧華。ハイルタイの怒りの咆哮が森に木霊する。
――離れてはいるが、対青木班が武器を交える音が聞こえてくる。
可能であれば、青木が撤退するまで時間を稼げればベストだったが……。
矢は封じた。それは間違いなく有利に働くだろう。
馬もいない、武器もない……ここから先のハイルタイは未知の領域だ。
だが、やるしかない――!
「……撃破を狙おう。行くよ! バタルトゥも皆も、なるべく頭や目……弱いところを狙って!」
「了解!!」
アルファスの声に応えるように踏み込むアルト。
もう矢は飛んで来ない。
あとはもう、あの巨体に武器を打ち込むだけ……!
彼はさっきと同じ場所に、渾身の一撃を上段から振り下ろす――!
「同じ所を打ち続ければ多少は効くだろ? ……効いてくれないと困るがね」
「貴様ァ……!」
「まだ終わりじゃないぜ! おっさん!」
「逃げなかったことを後悔させてあげます……!」
リーリーと共に攻撃に転じる霧華。
スピードの乗った攻撃が、ハイルタイの傷口を更に広げる。
「皆、避けてなのな!」
「ぐおああああああ!!!」
聞こえる黒の夢の声。アルトと霧華が距離を取った途端、炎の蝶から巻き起こる爆発。
弱っている部分を焼かれ、ハイルタイから苦痛の叫びがあがる。
「バタルトゥ! アグニ! 今だ! ハイルタイに食らいつけ!」
光線を打ち込みながら叫ぶアルファス。
バタルトゥとイェジドが踏み込んだ途端、異変が起きた。
「虫けらがああああ! まとめてひねり潰してくれるわあああああ!!」
突然膨れ上がる負のマテリアル。
ハイルタイが、その巨体からは想像できないような速度で巨大な腕を振り回す。
それは、再び攻撃に転じようとしていたアルトと、霧華をリーリーごと吹き飛ばし……。
そして――目に飛び込んでくる光景に、黒の夢は考える前に、身体が動いた。
「……黒の夢!!?」
「バターちゃん、無事なのな……? 良かったのな……」
「何をしている……! 何故庇ったりした……!」
「……バターちゃんを守るって決めてたから……我輩も、目的を果たす為なら何でもするの」
自分が受けるはずだった一撃を食らい、地に伏した黒の夢を助け起こすバタルトゥ。
弱々しく微笑む彼女に、拳を強く握り締める。
アルトも深い傷を負ったのか、ぐったりとして動かない。
霧華は立ち上がろうともがくリーリーを撫でると、ふらつきながらも刀を杖代わりにして立ち上がる。
「……女。まだ立つか」
「……当たり前です。私は霊闘士ではありません。奥義を使うことは出来ませんが……。蛇の戦士に負けぬ戦いをすると決めていました……。この身を削ることになっても……ハイルタイ! あなたを倒す!!」
「お前には散々煮え湯を飲まされてきた。仲間達の分も今、ここで返させて貰う!!」
赤い花弁のように、血を撒き散らしながら刀を振るう霧華。
全身全霊の力と、覚悟が篭った一撃がハイルタイに突き刺さり……。
そして跳躍したアルファス。渾身の力を込めて、同じ場所に振動刀を突き立て――歪虚の巨体から溢れる負のマテリアル。
ハイルタイも堪らず、がくりと膝をついた。
「バタルトゥ! とどめを!」
「………!」
「……迷わずやれよ!!」
「バターちゃん……見守ってるから……」
「それがあなたの……族長としての務めでしょう。早く……!」
仲間達の声に頷くバタルトゥ。歩み寄り、ハイルタイを見据える。
「……『災厄の十三魔』ハイルタイ。ベスタハの悲劇の主犯であり、父の仇……。オイマト族の族長として、お前に引導を渡す……」
決意の篭るバタルトゥの瞳。双剣を振り下ろそうとした途端……巻き起こる衝撃波。
アルファスが驚いて振り返ると、全身血に染まり、生きているのが不思議な状態の剛道。その髪を掴んで引きずる青木の姿が見えて――。
「……尾形さん!?」
「剛道を人質にとられた……!」
「ううう。卑怯ですのよ!」
「すまない。存外強くてね……」
そこに戻って来たフラメディアとチョココ、御言。
見れば彼らも、あちこちから血を滲ませていて……青木との激戦を伺わせる。
「そのまま動かないで貰おうか。動くとこいつの命の保証は出来んぞ」
「クエエエエエ!!」
「馬鹿、よせ……!」
ハンター達を睨み、牽制する青木。
剛道を助けようと思ったのか、リーリーが突っ込んできて……易々となぎ払われて吹っ飛び、地面に倒れて動かなくなる。
――このリーリーは以前、剛道が幻獣の森に来た時も協力してくれた。
臆病な癖に無理しやがって……。誰も助けろなんて頼んじゃいねェだろうがよ。
「……色男さんよ。何企んでやがる……」
「お前、名は?」
「……尾形だ。尾形 剛道」
「尾形と言ったな。大人しくしていろ。いい子にしていれば殺しはしない」
「……情けをかけられるほど屈辱的なことはねェんだがな……!」
「お前は余程死にたいと見えるな。死を恐れないやつは厄介だ。ここで死ぬか?」
「俺ァ死にたい訳でも、死ぬのが怖い訳でもねェ。テメェみてェな強い奴に殺されるなら、本望ってだけだ……」
「……何が違うんだかな。まあいい」
剛道にしか聞こえぬ声で囁く青木。
そのままハンター達に向き直る。
「……こいつを俺だけで弱らせるのは少々骨だったものでな。さすがはハンターと言ったところか。感謝するぞ」
「やはり、あなたの目的は最初から……!」
「そうだ。こいつがダメなら、幻獣の森を蹂躙し、幻獣を食えばいいだけの話だ。俺にとってはどちらにせよ損はない」
「ハイルタイの馬を吸収したのもあんたか……?」
「ああ。なかなか良いマテリアルだったぞ」
「……このゲスが……!」
地に伏したまま唇を噛むアルトと霧華。
アルファスは、この状況を冷静に判断する。
――霧華もアルトも倒れた。
動ける面子も、全員負傷している。
隙をついてデルタレイを撃つ?
否、剛道を盾にされたら命に関わる。
範囲攻撃もダメだ。剛道を巻き込んでしまう……!
「……お前はなかなか賢いな、ハンター。そこで大人しく見ていろ。変な気を起こしたらこの男を殺すぞ」
確認するように剛道の胸に槍を突きつける青木。
――冷酷なこの男のことだ。間違いなくやるだろう。
それが分かるだけに……動けないことが、悔しい。
だが、優先すべきは仲間の命だ――。
薄く笑った黒い歪虚は、そのままハイルタイの首に手をかける。
「ぐう……うおああああああああ!!」
「……なるほど。これが『災厄の十三魔』の力か。悪くはないな」
響く悲鳴と冷たい笑い声。青木の黒い瞳が、金色に光る。
――そんな中、黒の夢は血の染みを広げながらハイルタイに手を伸ばしていた。
この歪虚が誰にも理解されなかったことで絶望したというのなら。
せめて……せめて、心安らかになるよう、教えてあげたい――。
「……ねえ。誰も汝を理解しなかったって言うけど、そんなことはなかったのな。バターちゃんのお父さんは、汝を理解してたと思うのな……」
マテリアルを吸収され、目の焦点が合わぬハイルタイ。
それでも、聞こえていると信じて。彼女は血を吐きながら続ける。
「きっと、他の人も……汝が耳を傾ければきっと、沢山の人が回りにいたはず。汝は拒絶されてはいなかった……。過ちは許されないけれど……我輩は忘れない。汝が悲しくて、嘆いていたことをちゃんと覚えてる。だから……安心して……」
「……儂は、疲れた……。何もかもに……」
「うん、うん。もう頑張らなくていいのな……。良い子ね」
「……女、動くなと言った筈だ」
「ツバメちゃん……! 汝が力を集めてどうしたいのかは知らない。でも、せめてこの子を安らかに逝かせてあげて……!」
「くだらん感傷だな」
「やめてですの……! これ以上ひどいことしないで!!」
黒の夢の手を踏みにじろうとする青木を涙を浮かべて睨むチョココ。黒の夢の首の鈴が、澄んだ音を出す。
――遠くから、鐘の音が聞こえる。
『――ハイルタイ』
――誰だ? 儂を呼ぶのは……。
『ハイルタイ……。お前の苦しみに気付いてやれなかった。すまない』
ああ。お前なのか……?
『今度はお前の話を聞いてやれる。さあ、往こう。また一緒に、酒を飲もう。友よ――』
何故笑う? お前を、一族を裏切った儂に、何故そのような顔を見せる……。
堕ちた存在の儂を、お前はまだ友と呼ぶのか……。
お前は本当にお人好しだ。
儂は……。
さらさらと崩れて、消え去るハイルタイ。
瞳を金色に輝かせた青木が立ち上がり、口角を上げる。
「目的は達成した。諸君の協力に感謝す……」
言い終わる前に、閃く刀。剛道の大太刀が青木の肩口を叩く。
「まだ動く元気があったか。本当に性質の悪い男だな」
「……利用されっぱなしは癪なんでなァ……!」
鼻で笑う青木。剛道の一撃で服は破けたが、怪我を負った様子はない。
――間違いなく吸収した力を蓄えた様子で……。
「今仕掛けるのは無謀でしかない、か……」
唇を噛む御言。青木は剛道を放り出して距離を取る。
「この狂犬は躾け直した方がいいぞ」
「……我としてはお前を躾け直したいぞ、青木」
「それは無理な相談だな」
剛道を助け起こすフラメディアに、くつりと笑う青木。
彼は踵を返すと、振り向きもせずに去っていく。
「人質を取るのは計算外だった……。くそっ」
「ハイルタイを倒したってこれじゃ……! 覚えてろ! 僕を怒らせたことを、必ず後悔させてやるからな!」
アルトの囁くような声。
遠ざかる青木の背。それを痛いくらい目に刻みつけて、アルファスが叫んだ。
幻獣の森の防衛成功と、『災厄の十三魔』ハイルタイの消滅。
その報せは、瞬く間にハンターズソサエティを駆け巡った。
しかし、暗黒の魔人の目論見を止めるには至らず――。力を得たあの歪虚は、この先も暗躍を続けるのだろう。
何としても止めなくては……。
複雑な思いと、新たな決意を抱え、ハンター達は傷ついた身体を引きずるようにして岐路についた。
誰かがそんな事を言った。
所詮綺麗ごとだ。
無駄なことは、確かに存在する。
儂が人間であった頃にしてきたこと、成そうとしたこと……それらは間違いなく無駄だった。
儂は、疲れた……。何もかもに。
「怠惰なおっさんが珍しく怒ってるな、と。しかも一人でも厄介なのが二人とはね……」
「青木にハイルタイ……ハッ、申し分ねェなァ!」
「そうだね。少しは楽しませて貰えそうだ」
腕を組んで考え込むアルト・ハーニー(ka0113)。
目をギラギラとさせて、待ちきれないといわんばかりの様子の尾形 剛道(ka4612)に、久我・御言(ka4137)が演技ががった動きで肩を竦める。
そんな2人に、フラメディア・イリジア(ka2604)は苦笑を返す。
「して強敵相手に、些か手数が足りぬのが気になるが……」
「出来ることを最大限に。やるしかありません。私達が逃げる訳にはいかないのですから」
「そーですの! 命ある限り頑張るですの! でも命は大事にしないといけないですの!」
きっぱりと断じる白神 霧華(ka0915)に、手をぐっと握り締めるチョココ(ka2449)。
そんな少女が愛らしくて、くすりと笑った黒の夢(ka0187)は、隣にいるバタルトゥ・オイマト(kz0023)に金色の双眸を向ける。
「……ハイルタイはオイマト族の人で、バターちゃんのお父さんのお友達だったのな?」
「うむ……。一族の英雄といわれていた人物だった……」
硬い表情のまま、搾り出すように呟くバタルトゥ。
あの歪虚が、彼の父の友であり、一族の英雄だったというのなら。
幼い頃のバタルトゥは、少なからずハイルタイに憧れの念を抱いていたのではなかろうか……。
最近は大分落ち着いたが……以前彼がハイルタイに対して見せていた深い憎悪と怒りは、そういった気持ちを持っていたからこそだったのかもしれない。
そんな友人の気持ちを察して、唇を噛むアルファス(ka3312)。
――同情はすまい。それは、彼に対して失礼だ。
今、己に出来ることは……。
「バタルトゥ……行こう。決着をつける時だ」
「あ、バターちゃん。これ持ってて。……ただのお守りだから。汝を守ってくれるのな」
族長の肩をぽん、と叩いた彼。黒の夢が、聖印が刻まれた指輪を押し込むとバタルトゥは無言で頷き――。
「儂があの虫けら共の相手をする。お前はあの忌々しい結界を破って来い」
「手伝わなくていいのか?」
「儂を誰だと思っておる。あの程度儂一人で十分だ。……馬の礼もしてやらねばならぬ」
「……分かった」
木々を避けることもなく、なぎ倒すようにしてやってくる巨体。
その少し後ろに見える黒衣の男。
こちらに気付いているのかいないのか……2人は一言二言話すと、黒衣の男が離れ――するり、と木の影に隠れるように動き出す。
「……二手に分かれたですの!」
「ハイルタイはまっすぐこっちに向かって来ますね」
「本当無駄にやる気みたいだな。面倒くさい……」
イェジドの影から顔を覗かせるチョココ。目線だけで人が殺せそうな霧華の横で、アルトがくしゃくしゃと頭を掻く。
「あまり離れられると厄介じゃな……」
「青木は結界の綻びを狙いに行ったのかもね。……こちらも二手に。手筈通りに行こう」
「分かったのな」
「どーでもいいから早く殺り合おうぜ」
呟くフラメディア。迫るハイルタイを見据えたまま言うアルファスに黒の夢が頷き、剛道が煙管をカチカチと言わせながら、黒衣の男に熱い視線を走らせる。
「会戦の狼煙をあげよう!」
続く御言の短い叫び。外見に似つかわしくない、ピンク色の愛らしい杖を振るう。
同時に浮かぶ三角形。そこから光の線が真っ直ぐ伸びて――。
「貴様がハイルタイかね! 徒歩だったので気づかなかった」
「やかましいぞ虫けら。攻撃をしかけておいて見え透いた嘘をつくでないわ」
初撃を与え、口角を上げる御言に刺すような目線を向けるハイルタイ。
御言は大げさに手で頭を押さえる仕草をして首を振る。
「おやおや。君にも怪我した馬を労わる優しさがあったのかと思ったんだがね!」
「儂の馬を殺しておいて何を言うか」
「はて。君の馬は結界へと突撃したが、まだ存命だと聞いているのだがね?」
「……どういう意味だ?」
「……そのままの意味です。前回の襲撃の際、あなたの馬は怪我こそしていましたが、まだ生きていました」
淡々と言葉を継いだ霧華に、巨男は片眉を上げる。
「ハッ。戯言を。お前達虫けらを信用するとでも思うておるのか?」
「私の言葉が信用できない? 失望させないでくれ給えよ。私は敵だよ? 信用などある訳がないだろう」
ちちち、と指を振る御言。その指でこめかみをつつきながら、ハイルタイを見据える。
「……だが、考えてみてはどうかね? 私の言葉に真実があった時、果たして君の味方は存在するのか」
「青木に従い、あなたは何を得ましたか? あなたの傷は深まり、馬を失った。彼は無傷のままで。……それが事実です」
その間も、ハイルタイの身体を目で追う霧華。
オイマト族の者は祖霊である馬の刺青をしている者が多いと聞いた。目の前の歪虚にもそれがあれば、部族への想いが残っているのではないか。
服で覆われていない部分に部族の証は見えなかったけれど……。それでも、動揺が誘えたら――。
そんなことを考えていた彼女。その頭上から、ク、ククク……と低い笑いが聞こえてくる。
「だからどうした。元々あれを信用などしておらぬ。お前達虫けらの言葉にも価値は感じぬ。……儂の味方? 笑わせてくれる。そんなもの最初からおらぬわ。誰も、信用など出来ぬ」
「……それは、汝も含まれるのな? 己すら信じられないなんて……可哀相な子である……」
胸の前で手を合わせる黒の夢。揺れる首の鈴。
彼女もかなり長身だが……それを遥かに超える歪虚を見上げる。
「我輩は汝のお話聞きたいのなー。何があったのか、大体バターちゃんから聞いてはいるけど……やっぱり、本人の口から聞きたいのな」
「……そんな話を今更聞いてどうする。もう全てが遅すぎる。虫けらの自己満足に付き合う気はない」
「どうして遅いって決め付けるのな? 確かに元には戻れないだろうけど……歪虚だって、心に痛みを感じるのな」
「ほう、なるほど。痛みを感じるか。儂を心弱き弱者とせせら笑うか? それもよかろう。そんな弱者に、成す術もなく仲間を殺され続けたお前らに、儂を笑う資格があるのならな」
「我輩、笑ったりしないのな。正義も悪もない……汝という存在を知りたいだけなのな」
「くだらんな。実にくだらん。虫けらと馴れ合う気はない……!」
問答無用とでも言いたいのか。黒の夢に向かって放たれる矢。響く轟音。
走りこんで来たバタルトゥが双剣で矢を弾き、軌道を逸らす。
「……黒の夢、危険だ。下がれ……」
「バターちゃん……!」
「あれに情けは無用だ……。……既に人の心を喪っている」
「でも……!」
――本当に?
あんな悲しそうな目をしているのに?
玻璃のような瞳を微かに揺らす黒の夢。
流石に腕が痺れたのか顔を顰めるバタルトゥに、ハイルタイがフン! と鼻を鳴らす。
「……あの男の息子か。ますます似てきよってからに忌々しい……! 父と同じく、ハンターと仲良しごっこが好きと見えるな」
「……僕の友人を侮辱するのは止めてもらおうか。僕には分かるよ。何でお前が族長に選ばれなかったのか」
深い緑色の瞳に静かな怒りを宿すアルファス。アルトもその横で、うんうんと頷く。
「ああ、そうだな。俺にも分かるぞ、と」
「族長は『力が強い』からなるんじゃない。『心が強い』もの……何度負けても、失敗しても諦めない心を持つ者がなれるんだ。バタルトゥを見ていれば分かる」
「上手く行かなかったからって拗ねて、諦めて……その程度の覚悟しか持てなかったお前を選ぶ者なんざいねえってこった」
「貴様アアアアア!!」
「うおっと!!」
怒りに身を震わせたハイルタイ。矢を番えるのが見えた。
アルトは咄嗟にそれを避けて――気付いた。
――このおっさん、大分弱ってないか……?
放たれた矢は地面に穴を開けた。相変わらずバカみたいな威力を誇っている。
しかし……以前より確かに精彩を欠いている。
アルファスと霧華もそれに気付いたのか、目が合う。
――こいつを倒すなら、今しかない……!
ハンター達とハイルタイが遣り合っている横をすり抜ける黒衣の男。
その前に、立ち塞がるのは、燃える赤い髪の――。
「また会ったな青木よ! この森をそう簡単に襲わせはせんぞ!」
「……その赤い髪、フラメディアと言ったか? お前達の敵はあっちじゃないのか」
「我を覚えておったか。光栄じゃ。……勿論、ハイルタイも我の敵じゃ。相手をしようぞ。お前を倒してからな」
「口の減らん女だな」
不敵な笑みを浮かべるフラメディアにクク、と喉を鳴らして笑う青木。
揺れる空気。刀で風を斬り、剛道が立ち塞がる。
腹に残る傷跡。己の身体が覚えている。この男との戦いを――。
「……ああ、違いねェ、テメェだ。この傷を残した野郎だ。……会いたかったぜ、色男ォ!」
「やれやれ。見逃してはくれんか……」
「当たり前ですの! いい加減にするですのよ! 風の刃がどーん! ですのよ!」
ぷんすこ怒るチョココ。杖から出た風の刃が舞い、青木の頬を掠める。
そこに合わせたフラメディアの一閃。青木は短くため息をつくと、後方に大きく跳躍する。
「逃がすか……! アグニ!」
「アディ! 追跡ですの!」
主の命に従い、黒い歪虚に襲いかかる燃える毛並みを持つイェジド。鋭い爪が黒いコートを裂く。
チョココを乗せたイェジドが距離を詰め、再び風の刃を放つ。
不意に翳る視界。上段から振り下ろされる剛道の大太刀を、青木が槍で防ぐ。
そしてフラメディアの風のような追撃を、すんでのところで避け――フラメディアとチョココ、そして剛道の、息もつかせぬ波状攻撃が続く。
「どうした、色男。今日は防戦か? つまんねェな。来いよ。命の取り合いしようぜ……!」
珍しく饒舌な剛道に無言を返す青木。
剛道の言う通り、今日の青木はこちらの攻撃を受け流すだけで積極的に仕掛けて来ない。
涼しい顔をしているところを見ても余裕があるはずなのに。
極力、こちらと戦いたくないような印象を受ける。
一体何が狙いだ……?
――やはり、結界の綻びか。それとも……。
フラメディアの頭を過ぎる思考。次の瞬間、急激に周囲の温度が低下する。
「……っ! 投擲! くるぞ!」
「はいですの!! 土の壁さん、お願いしますですの!」
彼女の声に合わせ、土壁を作り出すチョココ。
予想通りに放たれる槍。
青木の手を離れたそれは黒い気を纏い、土壁をたやすく突き破り、まっすぐ結界の綻びへと向かって行く。
「やはり結界が狙いか……!」
軌道を反らすには、斧で弾くしかない。高く跳躍するフラメディア。
間に合うか……!?
その時。視界を支配した黒。血色の瞳が横切って――。
「余所見すんなよ、色男ォ!」
剛道の肩を貫く槍。身を持って止めたそこから、再び真紅の花が咲き乱れる。
「……剛道! おぬしまた無茶をしおって……!」
「止められたんだからイイだろうがよ。おい、結界に現を抜かしてンじゃねェぞ。お前の相手はこの俺だァ!」
「随分と厄介な奴に気に入られたものだな。しかし、その状態で戦えるとも思えんが」
「どうだかな。悪ィが、俺はしつけェんだわ……!」
眉を顰めるフラメディア。剛道は心底愉快そうに笑っているが怪我は重い。これ以上は……。
「剛道さま、無理ですわ!」
「何言ってやがる。これからが本番じゃねェか……!」
駆け寄ってきたチョココを嘲笑うように、槍に戻れ、と命じた歪虚。剛道が血を吐いて膝をつく。
地面に広がる染み。そこにすっと、スーツの手が差し伸べられる。
「おやおや、剛道くん。結界を守ったのは良い判断だが、これ以上は無謀というものだよ」
「……御言! 何をしておったのじゃ!」
「いやーすまん。ハイルタイと語り合っていたら遅れてしまったよ。ちょっとの間だと思っていたのに仲間に深手を負わせるとは、さすがは青木君といったところかな」
「感心しておる場合ではないわ。……剛道は下がらせる。我が前面に立つゆえ、おぬしとチョココは後方から射撃を。なるべくタイミングを合わせての。同時に攻撃されればやつも避けにくくなる」
「なるほど。承った。大船に乗ったつもりでいてくれ給え」
「かしこまりましたの!」
「勝手に決めんなァ! 俺はまだやれる!」
フラメディアに頷く御言とチョココ。剛道が言い終わる前に2人から光線と風の刃が放たれる。
途端、巻き起こる暴風。震える空気。
青木の放った衝撃波は、風の刃を打ち消し、踏み込んできたフラメディアと剛道を吹き飛ばし……光線までは消せなかったらしい。コートを焦がす。
「まだやる気か? 俺の仕事は結界を破ることだ。失敗した以上、深追いはしない」
「ほう? だったら今すぐここから去ね!!」
「それは出来ない相談だな。ハイルタイに協力するのも仕事のうちだ。それを放棄する訳にはいかないんでね」
勇ましく斧を構え直すフラメディアにため息を返す青木。御言が心底おかしそうに笑う。
「ハハ! 最高に白々しいね、青木君! 君の狙いは結界ではなかろう?」
「何のことだ」
「我々も馬鹿ではない、ということだよ。ハイルタイも気付いていたようだが?」
「お馬さん食べちゃうなんてめっ! ですのよ!!」
「……やれやれ。今度は言いがかりか。ハンターとは本当に面倒臭い生き物だ」
「その言葉、そっくりお返ししてくれる。去らぬというのであれば、その気になるまで相手をするまでじゃ」
「……お前は本当に可愛げがないな、フラメディア」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「どうせ語り合うなら拳にしようぜ、色男。……行くぜェ!」
風に揺れるフラメディアの髪の赤と、剛道から迸る血の赤。
黒い影はニヤリと笑って、槍を構える――。
「遍く星よ、全てを善き方へ。光よ躍れ、風に祝福を――」
「いいかい? グラニ。回避専念! 引っ掻き回せ!」
響く黒の夢の凱歌。鋭いアルファスの声。
ハイルタイの矢が次々と打ち込まれる中、ハンター達とイェジドは縦横無尽に駆け巡る。
元々、ハイルタイはハンター達に狙いを絞っていたらしく、結界に矢を打ち込んで来ないのは幸いしたが、いつ気分を変えるか分からない。
矢が地面に刺さる度に開く大きな穴。アルトは舌打ちをする。
「本気になったおっさんは面倒でしかないな」
「こうも矢を連打されては近づき難いですね……」
「そうだな。弓矢は脅威でしかないからな。なるべく使って欲しくないんだぞ、と。……アルファス、黒の夢。アレ狙えるか?」
霧華に頷きつつ、ハイルタイの背を指差すアルト。その声に、アルファスは頷く。
「ああ。やってみるよ。皆、一撃加えたらすぐに離脱して」
「……承知した」
「では、お願いします」
「任せたぜ……!」
「くれぐれも無理はダメなのな! スカーもお願い! 皆をサポートするのな!」
走り出した仲間達に、声をかける黒の夢。主の指示に、イェジドが走り出す。
出来ればペットも……と思ったが、彼女の狛犬はガクガクと震えている。
『災厄の十三魔』とも呼べる強敵の相手は、ペットには厳しいのかもしれない――。
「リーリー! 全速前進!」
リーリーに騎乗し、風のように疾走する霧華。
幻獣の巨体がある分、敵に狙われやすくはなる。
が、気を引くのが目的なのであれば――。
案の定、彼女を狙う矢。リーリーはそれをギリギリで回避して、肩口に矢が掠める。
唸る霧華の白い刃。狼の遠吠えのような刃音。それは、ハイルタイの怪我をしている腕を切り裂く。
「ぐう……! 貴様……!」
「……流石に怪我をしている部分には攻撃が通るんですね。安心しました」
「この虫けらがああああ!!」
「こっちにもいるぜ! おっさん!」
足元から聞こえた声。アルトがハンマーを振り抜く。
脚に多少は痛みを感じたのか、眉を上げたハイルタイと目が合う。
「相変わらず硬いおっさんだねえ……。腕が痺れるっつーの」
「まとめて死ねえええ!」
続いたバタルトゥの一閃。ハイルタイの怒りに燃える目。奴はこちらに集中している。
そうだ。それでいい……!
「生み出でし光よ。我が意のままに進みて彼の者を撃ちぬけ!」
「踊れ、蝶よ。炎と舞え。純粋なる炎、全てを滅ぼせ」
離脱を開始したその時、聞こえた詠唱。
アルファスが生み出した光線が矢筒を。黒の夢の口から舞い出でた炎の蝶が、弓を焼き尽くす……!
「おのれ……! 儂の馬だけでなく武器まで奪いよってからに……!」
「ここまで上手く行くとはね。『災厄の十三魔』も地に堕ちたものだな、と」
「どうします? まだ戦いますか? 個人的にはここで撤退することをお薦めしますが……」
「虫けらの分際で儂を舐めるな!」
ニヤリと笑うアルトと淡々と言う霧華。ハイルタイの怒りの咆哮が森に木霊する。
――離れてはいるが、対青木班が武器を交える音が聞こえてくる。
可能であれば、青木が撤退するまで時間を稼げればベストだったが……。
矢は封じた。それは間違いなく有利に働くだろう。
馬もいない、武器もない……ここから先のハイルタイは未知の領域だ。
だが、やるしかない――!
「……撃破を狙おう。行くよ! バタルトゥも皆も、なるべく頭や目……弱いところを狙って!」
「了解!!」
アルファスの声に応えるように踏み込むアルト。
もう矢は飛んで来ない。
あとはもう、あの巨体に武器を打ち込むだけ……!
彼はさっきと同じ場所に、渾身の一撃を上段から振り下ろす――!
「同じ所を打ち続ければ多少は効くだろ? ……効いてくれないと困るがね」
「貴様ァ……!」
「まだ終わりじゃないぜ! おっさん!」
「逃げなかったことを後悔させてあげます……!」
リーリーと共に攻撃に転じる霧華。
スピードの乗った攻撃が、ハイルタイの傷口を更に広げる。
「皆、避けてなのな!」
「ぐおああああああ!!!」
聞こえる黒の夢の声。アルトと霧華が距離を取った途端、炎の蝶から巻き起こる爆発。
弱っている部分を焼かれ、ハイルタイから苦痛の叫びがあがる。
「バタルトゥ! アグニ! 今だ! ハイルタイに食らいつけ!」
光線を打ち込みながら叫ぶアルファス。
バタルトゥとイェジドが踏み込んだ途端、異変が起きた。
「虫けらがああああ! まとめてひねり潰してくれるわあああああ!!」
突然膨れ上がる負のマテリアル。
ハイルタイが、その巨体からは想像できないような速度で巨大な腕を振り回す。
それは、再び攻撃に転じようとしていたアルトと、霧華をリーリーごと吹き飛ばし……。
そして――目に飛び込んでくる光景に、黒の夢は考える前に、身体が動いた。
「……黒の夢!!?」
「バターちゃん、無事なのな……? 良かったのな……」
「何をしている……! 何故庇ったりした……!」
「……バターちゃんを守るって決めてたから……我輩も、目的を果たす為なら何でもするの」
自分が受けるはずだった一撃を食らい、地に伏した黒の夢を助け起こすバタルトゥ。
弱々しく微笑む彼女に、拳を強く握り締める。
アルトも深い傷を負ったのか、ぐったりとして動かない。
霧華は立ち上がろうともがくリーリーを撫でると、ふらつきながらも刀を杖代わりにして立ち上がる。
「……女。まだ立つか」
「……当たり前です。私は霊闘士ではありません。奥義を使うことは出来ませんが……。蛇の戦士に負けぬ戦いをすると決めていました……。この身を削ることになっても……ハイルタイ! あなたを倒す!!」
「お前には散々煮え湯を飲まされてきた。仲間達の分も今、ここで返させて貰う!!」
赤い花弁のように、血を撒き散らしながら刀を振るう霧華。
全身全霊の力と、覚悟が篭った一撃がハイルタイに突き刺さり……。
そして跳躍したアルファス。渾身の力を込めて、同じ場所に振動刀を突き立て――歪虚の巨体から溢れる負のマテリアル。
ハイルタイも堪らず、がくりと膝をついた。
「バタルトゥ! とどめを!」
「………!」
「……迷わずやれよ!!」
「バターちゃん……見守ってるから……」
「それがあなたの……族長としての務めでしょう。早く……!」
仲間達の声に頷くバタルトゥ。歩み寄り、ハイルタイを見据える。
「……『災厄の十三魔』ハイルタイ。ベスタハの悲劇の主犯であり、父の仇……。オイマト族の族長として、お前に引導を渡す……」
決意の篭るバタルトゥの瞳。双剣を振り下ろそうとした途端……巻き起こる衝撃波。
アルファスが驚いて振り返ると、全身血に染まり、生きているのが不思議な状態の剛道。その髪を掴んで引きずる青木の姿が見えて――。
「……尾形さん!?」
「剛道を人質にとられた……!」
「ううう。卑怯ですのよ!」
「すまない。存外強くてね……」
そこに戻って来たフラメディアとチョココ、御言。
見れば彼らも、あちこちから血を滲ませていて……青木との激戦を伺わせる。
「そのまま動かないで貰おうか。動くとこいつの命の保証は出来んぞ」
「クエエエエエ!!」
「馬鹿、よせ……!」
ハンター達を睨み、牽制する青木。
剛道を助けようと思ったのか、リーリーが突っ込んできて……易々となぎ払われて吹っ飛び、地面に倒れて動かなくなる。
――このリーリーは以前、剛道が幻獣の森に来た時も協力してくれた。
臆病な癖に無理しやがって……。誰も助けろなんて頼んじゃいねェだろうがよ。
「……色男さんよ。何企んでやがる……」
「お前、名は?」
「……尾形だ。尾形 剛道」
「尾形と言ったな。大人しくしていろ。いい子にしていれば殺しはしない」
「……情けをかけられるほど屈辱的なことはねェんだがな……!」
「お前は余程死にたいと見えるな。死を恐れないやつは厄介だ。ここで死ぬか?」
「俺ァ死にたい訳でも、死ぬのが怖い訳でもねェ。テメェみてェな強い奴に殺されるなら、本望ってだけだ……」
「……何が違うんだかな。まあいい」
剛道にしか聞こえぬ声で囁く青木。
そのままハンター達に向き直る。
「……こいつを俺だけで弱らせるのは少々骨だったものでな。さすがはハンターと言ったところか。感謝するぞ」
「やはり、あなたの目的は最初から……!」
「そうだ。こいつがダメなら、幻獣の森を蹂躙し、幻獣を食えばいいだけの話だ。俺にとってはどちらにせよ損はない」
「ハイルタイの馬を吸収したのもあんたか……?」
「ああ。なかなか良いマテリアルだったぞ」
「……このゲスが……!」
地に伏したまま唇を噛むアルトと霧華。
アルファスは、この状況を冷静に判断する。
――霧華もアルトも倒れた。
動ける面子も、全員負傷している。
隙をついてデルタレイを撃つ?
否、剛道を盾にされたら命に関わる。
範囲攻撃もダメだ。剛道を巻き込んでしまう……!
「……お前はなかなか賢いな、ハンター。そこで大人しく見ていろ。変な気を起こしたらこの男を殺すぞ」
確認するように剛道の胸に槍を突きつける青木。
――冷酷なこの男のことだ。間違いなくやるだろう。
それが分かるだけに……動けないことが、悔しい。
だが、優先すべきは仲間の命だ――。
薄く笑った黒い歪虚は、そのままハイルタイの首に手をかける。
「ぐう……うおああああああああ!!」
「……なるほど。これが『災厄の十三魔』の力か。悪くはないな」
響く悲鳴と冷たい笑い声。青木の黒い瞳が、金色に光る。
――そんな中、黒の夢は血の染みを広げながらハイルタイに手を伸ばしていた。
この歪虚が誰にも理解されなかったことで絶望したというのなら。
せめて……せめて、心安らかになるよう、教えてあげたい――。
「……ねえ。誰も汝を理解しなかったって言うけど、そんなことはなかったのな。バターちゃんのお父さんは、汝を理解してたと思うのな……」
マテリアルを吸収され、目の焦点が合わぬハイルタイ。
それでも、聞こえていると信じて。彼女は血を吐きながら続ける。
「きっと、他の人も……汝が耳を傾ければきっと、沢山の人が回りにいたはず。汝は拒絶されてはいなかった……。過ちは許されないけれど……我輩は忘れない。汝が悲しくて、嘆いていたことをちゃんと覚えてる。だから……安心して……」
「……儂は、疲れた……。何もかもに……」
「うん、うん。もう頑張らなくていいのな……。良い子ね」
「……女、動くなと言った筈だ」
「ツバメちゃん……! 汝が力を集めてどうしたいのかは知らない。でも、せめてこの子を安らかに逝かせてあげて……!」
「くだらん感傷だな」
「やめてですの……! これ以上ひどいことしないで!!」
黒の夢の手を踏みにじろうとする青木を涙を浮かべて睨むチョココ。黒の夢の首の鈴が、澄んだ音を出す。
――遠くから、鐘の音が聞こえる。
『――ハイルタイ』
――誰だ? 儂を呼ぶのは……。
『ハイルタイ……。お前の苦しみに気付いてやれなかった。すまない』
ああ。お前なのか……?
『今度はお前の話を聞いてやれる。さあ、往こう。また一緒に、酒を飲もう。友よ――』
何故笑う? お前を、一族を裏切った儂に、何故そのような顔を見せる……。
堕ちた存在の儂を、お前はまだ友と呼ぶのか……。
お前は本当にお人好しだ。
儂は……。
さらさらと崩れて、消え去るハイルタイ。
瞳を金色に輝かせた青木が立ち上がり、口角を上げる。
「目的は達成した。諸君の協力に感謝す……」
言い終わる前に、閃く刀。剛道の大太刀が青木の肩口を叩く。
「まだ動く元気があったか。本当に性質の悪い男だな」
「……利用されっぱなしは癪なんでなァ……!」
鼻で笑う青木。剛道の一撃で服は破けたが、怪我を負った様子はない。
――間違いなく吸収した力を蓄えた様子で……。
「今仕掛けるのは無謀でしかない、か……」
唇を噛む御言。青木は剛道を放り出して距離を取る。
「この狂犬は躾け直した方がいいぞ」
「……我としてはお前を躾け直したいぞ、青木」
「それは無理な相談だな」
剛道を助け起こすフラメディアに、くつりと笑う青木。
彼は踵を返すと、振り向きもせずに去っていく。
「人質を取るのは計算外だった……。くそっ」
「ハイルタイを倒したってこれじゃ……! 覚えてろ! 僕を怒らせたことを、必ず後悔させてやるからな!」
アルトの囁くような声。
遠ざかる青木の背。それを痛いくらい目に刻みつけて、アルファスが叫んだ。
幻獣の森の防衛成功と、『災厄の十三魔』ハイルタイの消滅。
その報せは、瞬く間にハンターズソサエティを駆け巡った。
しかし、暗黒の魔人の目論見を止めるには至らず――。力を得たあの歪虚は、この先も暗躍を続けるのだろう。
何としても止めなくては……。
複雑な思いと、新たな決意を抱え、ハンター達は傷ついた身体を引きずるようにして岐路についた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239) → アルファス(ka3312)
- シグリッド=リンドベリ(ka0248) → バタルトゥ・オイマト(kz0023)
- 久延毘 大二郎(ka1771) → アルファス(ka3312)
- ゴンザレス=T=アルマ(ka2575) → 黒の夢(ka0187)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884) → 白神 霧華(ka0915)
- エリス・ブーリャ(ka3419) → 白神 霧華(ka0915)
- エニグマ(ka3688) → 黒の夢(ka0187)
- グレイブ(ka3719) → バタルトゥ・オイマト(kz0023)
- 八雲 奏(ka4074) → バタルトゥ・オイマト(kz0023)
- アルバ・ソル(ka4189) → 久我・御言(ka4137)
- ティリル(ka5672) → アルファス(ka3312)
- 鞍馬 真(ka5819) → 黒の夢(ka0187)
- ナッビ(ka6020) → バタルトゥ・オイマト(kz0023)
依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/04/22 01:45:17 |
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相談卓 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/04/22 06:54:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/17 19:11:10 |