ゲスト
(ka0000)
なぐさめに奏でる音の、いとあはれなことよ
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/04/27 07:30
- 完成日
- 2016/04/30 04:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「思い知ったか。殺された友人の痛みを」
屋敷の物置で父親は荒い息遣いでそう言うと、もう一度暗殺者であった少女の顔に蹴りを叩きこんだ。
少女は元々器量の良い顔立ちではなかったが、その顔は赤黒く腫れあがり、鼻骨は折れて曲がり、歯も見える限りは砕かれたその顔は無残としかいいようがなかった。
そんな彼女は血反吐をもらして呻いたが、それ以上は何も漏らさなかった。
「ご主人様。そろそろ死にますよ」
横で見守っていた父親の守衛がさすがに眉をひそめて、そう声をかけると父親は苛立った顔そのままに、物置から出て行った。それを守衛は追いかけた。
「いいんですか? 暗殺者とはいえ、帝国法では不当な扱いや殺人は認められていませんよ。こんなことをしていたら……」
「法でさばけぬからっ! こうしておるのだろう!! 正当防衛は認められておる。奴から襲い掛かったためワシらはやり返しておるんだ。それにワシらの暗殺を画策したヴルツァライヒとやらの根城も聞き出さねばならん。これは正義なのだ」
その憎悪まみれの言動に、守衛も長年の雇主に嫌悪に満ちた顔を表に出したが、当の本人はまるで気づいた様子もなかった。
それどころか、彼の苛立ちはまだ収まってもいないようであった。
「あの小娘め。どんな責め苦を食らわしても悲鳴一つあげやせぬ。我が友が死んだときはどれほどの恐怖を味わったと思っているのだ。それを一つでもわからせてやらねば」
「それは無理ですよ。あれは歪虚ともつながっていたというカールの職業訓練施設で暗殺術を教えられた人間でしょう。心なんてとうに死んでいます。生に絶望しているから、ご主人様を狙うなどの暴挙に出られたんですから」
暗殺者テミスの素性はすぐに本人の口から語られた。
貧乏農家の生まれの彼女は口減らしの為に、働きに出された流れでカール・ヴァイトマンの職業訓練施設に入れられた。
表向きは訓練施設とは言っていたが、そこはゾンビの生成工場でもあり、出来の悪い生徒はその素材に使われ、それを目の前で見せられた人間はゾンビにさせられないよう自ら感情を捨て、倫理をおのずから破り、人を殺めることも致し方なしと覚えさせられた。
死の恐怖で震えるなどできるわけがない。この男よりもっと残酷な行為を見せられて感情は焼き切れているはずだ。
もっともカール・ヴァイトマンも職業訓練施設も昨年にハンターによって壊滅し、非を問う相手もいない。いるとすれば過激派反政府組織ヴルツァライヒであるが、今まで誰もその全容を掴んだことはない。テミスもそもそも捨て駒のようなものだ。彼女をどうしようがヴルツァライヒがゆらぐこともあり得ない。
「心がない? いいや、あるはずだ。人間なのだから。現にあいつはうちの娘と一緒に音楽を……」
父親はそこまで言うと、はたと止まり、ニヤリと笑った。
「そうだ。音楽だよ。おい、音楽家を連れてこい。毎日あそこで演奏してやれ。この前みたいな幸せな歌をヤマと歌わせろ」
「音楽、ですか」
テミスが暗殺者だと判明したのは、退屈だと漏らした彼の娘の発案で、この屋敷でハンターによる音楽会が開催されたことであった。
そこで気を許した父親に向かってテミスは刃を向けたのであったが、それはハンターによって留められた。
「そうだ。一緒に音楽に聞きほれてたと娘が言っていたからな。ちょっと耕してやればきっと涙の一つくらいこぼせるようになるだろう」
「世の幸せを覚えさせた後に絶望に突き落とし直すんですか。そこまでしますか……?」
「ワシに口答えするかっ。あいつは暗殺者。ゴミクズだっ。外道だ。人間などとひとくくりにするほうが間違っておるわっ。あれは娘の心にも傷をつけた。殺しても殺し足りないくらいなのだ。ありとあらゆる苦痛と恐怖でのたうちまわさねば気が済まぬっ!!」
そんなアイデアを出す自体が、人倫に外れていると思うのだが。
守衛は彼に気付かれないよう深いため息を漏らした。
ヴルツァライヒの狙いはある意味成功したのかもしれない。彼の心の闇を暴いて破滅に導くというのなら。
しかし、それで放っておくのも人道に反するというものだ。
楽器や歌を準備し、帝国首都バルトアンデルスのハンターオフィスに集まった『あなた』達を、父親の娘と守衛が出迎えた。
娘の方が丁重に頭を下げると、緊張した声で『あなた』達に話し始めた。
「音楽で暗殺者であったテミスの心を取り戻すこと。これが貴方たちにお願いする仕事内容です。それに加えてもう一つお願いがあるんです。その子、テミスと言いますが……心を取り戻したら、こっそり解放してあげてください」
その言葉に応じて守衛はハンターオフィスにもちかけたもう一つの依頼を見せた。
それは守衛と、この娘の連名で差し出された依頼であった。
内容は、テミスという少女を解放し追手のかからないようにすること。であった。
「テミスが暗殺者だなんてしらなかった……でも私の我が侭にはいつもずっと付き合ってくれたのよ。それに音楽を聴いた彼女は本当にいいお友達になれそうだったの。あの子が悪いだなんてお父様も本当は思っていない。頭に血を上らせているだけ。だから……助けてくれないかしら」
屋敷の物置で父親は荒い息遣いでそう言うと、もう一度暗殺者であった少女の顔に蹴りを叩きこんだ。
少女は元々器量の良い顔立ちではなかったが、その顔は赤黒く腫れあがり、鼻骨は折れて曲がり、歯も見える限りは砕かれたその顔は無残としかいいようがなかった。
そんな彼女は血反吐をもらして呻いたが、それ以上は何も漏らさなかった。
「ご主人様。そろそろ死にますよ」
横で見守っていた父親の守衛がさすがに眉をひそめて、そう声をかけると父親は苛立った顔そのままに、物置から出て行った。それを守衛は追いかけた。
「いいんですか? 暗殺者とはいえ、帝国法では不当な扱いや殺人は認められていませんよ。こんなことをしていたら……」
「法でさばけぬからっ! こうしておるのだろう!! 正当防衛は認められておる。奴から襲い掛かったためワシらはやり返しておるんだ。それにワシらの暗殺を画策したヴルツァライヒとやらの根城も聞き出さねばならん。これは正義なのだ」
その憎悪まみれの言動に、守衛も長年の雇主に嫌悪に満ちた顔を表に出したが、当の本人はまるで気づいた様子もなかった。
それどころか、彼の苛立ちはまだ収まってもいないようであった。
「あの小娘め。どんな責め苦を食らわしても悲鳴一つあげやせぬ。我が友が死んだときはどれほどの恐怖を味わったと思っているのだ。それを一つでもわからせてやらねば」
「それは無理ですよ。あれは歪虚ともつながっていたというカールの職業訓練施設で暗殺術を教えられた人間でしょう。心なんてとうに死んでいます。生に絶望しているから、ご主人様を狙うなどの暴挙に出られたんですから」
暗殺者テミスの素性はすぐに本人の口から語られた。
貧乏農家の生まれの彼女は口減らしの為に、働きに出された流れでカール・ヴァイトマンの職業訓練施設に入れられた。
表向きは訓練施設とは言っていたが、そこはゾンビの生成工場でもあり、出来の悪い生徒はその素材に使われ、それを目の前で見せられた人間はゾンビにさせられないよう自ら感情を捨て、倫理をおのずから破り、人を殺めることも致し方なしと覚えさせられた。
死の恐怖で震えるなどできるわけがない。この男よりもっと残酷な行為を見せられて感情は焼き切れているはずだ。
もっともカール・ヴァイトマンも職業訓練施設も昨年にハンターによって壊滅し、非を問う相手もいない。いるとすれば過激派反政府組織ヴルツァライヒであるが、今まで誰もその全容を掴んだことはない。テミスもそもそも捨て駒のようなものだ。彼女をどうしようがヴルツァライヒがゆらぐこともあり得ない。
「心がない? いいや、あるはずだ。人間なのだから。現にあいつはうちの娘と一緒に音楽を……」
父親はそこまで言うと、はたと止まり、ニヤリと笑った。
「そうだ。音楽だよ。おい、音楽家を連れてこい。毎日あそこで演奏してやれ。この前みたいな幸せな歌をヤマと歌わせろ」
「音楽、ですか」
テミスが暗殺者だと判明したのは、退屈だと漏らした彼の娘の発案で、この屋敷でハンターによる音楽会が開催されたことであった。
そこで気を許した父親に向かってテミスは刃を向けたのであったが、それはハンターによって留められた。
「そうだ。一緒に音楽に聞きほれてたと娘が言っていたからな。ちょっと耕してやればきっと涙の一つくらいこぼせるようになるだろう」
「世の幸せを覚えさせた後に絶望に突き落とし直すんですか。そこまでしますか……?」
「ワシに口答えするかっ。あいつは暗殺者。ゴミクズだっ。外道だ。人間などとひとくくりにするほうが間違っておるわっ。あれは娘の心にも傷をつけた。殺しても殺し足りないくらいなのだ。ありとあらゆる苦痛と恐怖でのたうちまわさねば気が済まぬっ!!」
そんなアイデアを出す自体が、人倫に外れていると思うのだが。
守衛は彼に気付かれないよう深いため息を漏らした。
ヴルツァライヒの狙いはある意味成功したのかもしれない。彼の心の闇を暴いて破滅に導くというのなら。
しかし、それで放っておくのも人道に反するというものだ。
楽器や歌を準備し、帝国首都バルトアンデルスのハンターオフィスに集まった『あなた』達を、父親の娘と守衛が出迎えた。
娘の方が丁重に頭を下げると、緊張した声で『あなた』達に話し始めた。
「音楽で暗殺者であったテミスの心を取り戻すこと。これが貴方たちにお願いする仕事内容です。それに加えてもう一つお願いがあるんです。その子、テミスと言いますが……心を取り戻したら、こっそり解放してあげてください」
その言葉に応じて守衛はハンターオフィスにもちかけたもう一つの依頼を見せた。
それは守衛と、この娘の連名で差し出された依頼であった。
内容は、テミスという少女を解放し追手のかからないようにすること。であった。
「テミスが暗殺者だなんてしらなかった……でも私の我が侭にはいつもずっと付き合ってくれたのよ。それに音楽を聴いた彼女は本当にいいお友達になれそうだったの。あの子が悪いだなんてお父様も本当は思っていない。頭に血を上らせているだけ。だから……助けてくれないかしら」
リプレイ本文
ブリジット(ka4843)が指揮棒代わりの刀がゆっくり地を這うと、ルナ・レンフィールド(ka1565)のクレセントリュートが重たい音色を響かせた。
「♪夢 希望 そんなものはなく ただ命が尽きる時間を待ち続ける」
泥のような音色だった。
ルシール・フルフラット(ka4000)はその歌詞をその口で紡ぎながらも、胸が痛くなった。
生きることに希望を抱かなくなった少女の心に合うようにと調整されたその曲は、煌びやかな生まれ、勇猛果敢な戦士、そして愛くるしいものを愛する自身、それらすべてを覆すような虚無の歌に、歌いながら苦しくなるほどだった。
だが歌わなくてはならない。目の前の彼女に働きかけるなら。
「♪愛 正義 そんなものはなく ただ弱きは食われる時間を待ち続ける」
俯いたままのテミスが微かに震えた。
鳥肌を立てたのはルシールだけではなかった。確かにテミスに届いているのだ。
「なんだ、暗い歌だな」
屋敷の主人オードはその歌に眉をひそめるのに対し、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は片眼鏡の向こうから悪戯っぽい瞳の輝きを彼に寄せて説明した。
「ウィ、遥か余所の物語を弾き語ったとして、それは夢物語でしょう。歌に彼女を引き込ませねばなりません」
曲にはそれほど興味はないのだろう。オードは曖昧に頷くのをイルムは確認すると、その瞳を鋭くさせて、彼の横に待機する守衛のアルに向けた。
「それにしても人を捕まえてここまでするなんて、キミは帝国の戦士としてなんとも思わなかったのかい」
「……やむを得なかった」
「実にバロールド(浅慮)。帝国法を知らないワケじゃないだろう? 社交界は美しくも魔窟。これを利用したら、オード卿はどうなるというんだい」
イルムの責め句にアルは目を閉じて、頑として受け入れる様子はなかった。
だが、元々イルムの問いかけはアルにこそ向けてはいるものの、受け取り手は彼ではなく、その前にいるオードなのだ。
あえて彼に向かわせず、アルを責めるという形で届けられた想いは、それもまた詩のごとく、胸に染みこんでいっているのだろう。当の本人の激情にまみたれ顔つきは少しばかり沈黙した。
沈黙の最中、曲は影を落とすような暗さから、夜の静けさの様な音色に変わっていく。
「母の温もりは 今もなお 手に残る」
ルシールから代わって、リラ(ka5679)が歌を引き継いだ。
ルナがリュートをつま弾く指も、無情にかきならすだけのものから、時折、小さく巧みに弦を弾いていた。
聞いてほしい。聴かせてほしい。あなたの心。
ルナはまだ顔を上げてくれないテミスの顔をじっと見て、つま弾き続けた。
心理学者じゃない。心が読める能力者でもない。でも、歌を聴いてくれるなら、その聴衆と一体になった経験ならある。そんな自分を信じて、彼女の呼吸、脈。体温。全部を教えてもらおうとつま弾き続けた。
「遥か故郷は 今もなお 瞼の裏に」
テミスの腫れた頬が歪んだ。
ずっと心の奥底で鍵をかけておいた想いが、リラの歌に、ルナの曲に響いて溢れ出てくる。
「えっ… えふっ…」
咳き込むように
吐息が漏れた。
身体はそれ以上、何も漏らしたくないかのようにぎゅっと力を込めて。
「テミス……!」
父親ともテミスとも距離を置いていたオードの娘、タチアナもその変化に気付いて腰を上げた。
彼女もずっと待ち続けていたのだ。心を開いてくれる瞬間を。
みるみるうちに堰を切ったように溢れ出てくるものを。タチアナは腰をあげて見守っていた。すぐにでも手を取ってやりたいという気持ちは誰の目にも明らかだった。
「地獄に落ちた私を お父さん お母さ ん…… 見まもて い て」
リラの声もうわずる。
ルナの音に託した問いかけは、リラにもしっかり届いていた。
曲を弾くもの、歌うもの、それを聴くもの。
その心が絡み合って、テミスの心が、熱い涙の理由がわかった気がした。
この世の地獄を見たけれど、死んで地獄に行ったら、お父さん、お母さんに会えないから。本当は誰も不幸になんかしたくないから。
私一人が不幸になってもいい。きっと神様は死んだ私を助けてくれる。元の幸せな場所に戻してくれるから。
「あぁぁ あぁぁぁ……!」
腫れ上がった頬、砕けた顎骨からはまともな泣き声もあげられなかった。
だけど、その気持ちはここにいる誰もが、ちゃんと掴んでいた。
「……すみません、少し休憩とさせてください。ヴァージニア・スカルキャップとヤドリギの薬草茶です。どうぞ」
すすり泣きだけが響く暗い物置に、甘く優しい香りと共にエステル・クレティエ(ka3783)がオードに茶を差し出した。
「うむ……。さすがの音楽家達だ。どれほどしても笑いも泣きもしなかったテミスがああなるとはな」
オードはその茶から漂う優しい香りをしばらく堪能しつつ、ゆっくりと口に含んだ。
「いい茶選びをするな。魔術師でもあり、音楽家でもあり。薬草選びも確かだ。七彩の薬草士、なんだろうな」
そんな褒め言葉にもエステルは曖昧な礼を述べるにとどまった。
身を焼く激情が少しは癒されてくれればいいのだけれど。エステルは茶を運んだお盆を丁寧に近くのテーブルにおいて、その横顔を確かめつつ、そっと問いかけた。
「許しを受け入れることは、叶いませんか?」
「……ならんな。情が移ったか? ヴルツァライヒの捨て駒として生きたことを後悔して死んでもらわねばならぬ。ヴルツァライヒに参加するくらいなら死を選んだ方がましだ。そう知らしめなければ、あんなのはいくらでも生まれる」
オードの声のトーンもいくばくか穏やかになっていた。それはイルムの言葉と、エステルの茶の香りによって、落ち着きを取り戻した為でもあるだろう。
だが、情という面においては彼は残酷なままだった。
「そうですか」
これを残念という以外にどういえばいいのか。
イルムとそして守衛のアルと目配せをしたエステルは一礼した時にはもう、ラベンダーの香りを伴った眠りの雲は物置中に広がっていた。
「失った後に初めて気づくなんて、そんな辛いことはないんですよ」
頭をあげたエステルは魔力の風を散らせるワンドを下ろして呟いた。
●
「テミス! テミス!」
リラに起こされたタチアナは、父オードが深い眠りに落ちた事を聞くと、すぐさまテミスの元へと走りよって、身を縛る枷から解き放つとすぐさま抱きしめた。
「ごめんね。ごめんね。辛い思い気づいてあげられなくて……!」
「お、嬢さ ま?」
「話は後です。テミスさん、あなたはヴルツァライヒの追手がかかり、殺されたという筋書きです。そうしてオード氏の元を離れますから」
エステルはすかさず駆け寄ると、染料で作った血糊を彼女の胸にぶちまけた。周りはまだエステルが淹れたお茶の匂いが充満している。匂いは混ざってたいそう不快であったが、血の臭いが混じっていないことを誤魔化すにはむしろ好都合であった。
「スリープクラウドの効果時間はそれほど長くありません。死んだふりをしてください」
テミスの服にナイフで穴を開けると、胸元をベリーを煮たてたモノを持って傷口をつくり、頬などにもそれを縫った。
「見た目は悪いですけど怪我にもききますし、血の跡にも見えますから」
「ど して?」
何が起こっているのかわからないといった様子のテミスに、膝を落として手をとったのはルシールだった。
「立ち直れるなら、その力添えをしたい。本当に謝らねばならない。私がもう少し早く止めていれば……こんなことにはならなかった。こんな悲惨なことさせなかった」
ルシールはフロスティグローブをはめた手で、そっとテミスの頬を撫でた。
本当に冷えてくれはしないだろうが、ほんの一時でも苦しみが和らぐなら。ルシールはエステルの行う死の偽装を手伝いながらも、テミスの傷をそうして何度も手を触れて腫れによる熱をとろうと何度もそっとそうして撫でた。
「私達はヴルツァライヒの刺客と戦いました。そして善戦むなしくテミスさんは口を封じられてしまった。それを元に危険だからとオードさんには退避してもらいます。そしたら……逃げてください。この手紙の宛先、クリームヒルト様のところに行けばきっと貴女を助けてくれます。いいですね」
計画の流れを説明するエステルに、テミスは悲しい瞳を落とした。
「そんなことしたら、皆様疑われます」
「いいんだ。君の心の傷に比べれば大したことない。君は真面目に生きた。その心意気がタチアナをアルを動かしたんだ」
ルシールは決意に満ちた瞳と頷きをテミスに送ると、傷に障らないようにそっと彼女を地に伏せさせた。
「アルさん、きつく言って申し訳ない」
「もっときついことも言われているから慣れっこだよ。こちらこそ、綺麗な顔を汚すことは許してくれ」
イルムの言葉にアルは気にした風もなくそう答えると、彼女の頬にホコリと返り血を塗りたくった。オードが目を覚ました時にはみんなひどい戦いの後である様子を見せなければならないのだ。
二人の眼はこの緊張の場面でも少し楽しげだった。
修羅場になれた空気というものだろうか。道化という少しばかりの似た者同士感が窺える。
「タチアナさんは私の後ろに」
「うん」
リラの指示通りタチアナが匿われるように後ろに下がったのを確認すると、リラは適当に物置の道具を叩き壊したりして争いの形跡を作り出した。
「……でもテミスの言う通り。何かの拍子に偽装がばれたら……みんなヴルツァライヒに疑われるんじゃないかしら」
頼んだのは自分達だけど。
どこか不安そうなタチアナにリラは振り返ると、はにかんだ笑みを浮かべた。
「フランダースの犬、って知ってますか? 富豪に濡れ衣を着せられてた少年と犬のお話です。濡れ衣を着せた富豪も最後には過ちに気付いた、けれど遅かった。そんなお話です。全部がすれ違い。幸福の鍵をもっていた少年なのに希望の扉を開けられない……。できる時にできる事を。すれ違って遅かった。その物語のように運命はなんて残酷なんだって言うことのないように、私達は最善を尽くしたいの」
リラの言葉はまっすぐだった。
真っ直ぐだからこそ、タチアナの不安をまっすぐに射抜き、決意を取り戻させることができた。
「もういいですか」
時計を確認したルナが皆に言葉をかけた。
●
目論見は成功した。
目を覚ましたオードは周りの争いの形跡に驚き、ハンターの言葉を信じてテミスから離れて屋敷に戻った。
が、屋敷に戻ったところで、彼の顔はもういつものそれに戻っていた。
「どういうことか説明してもらおうか? 暗殺者がやってきたというのは作り話だろう」
「……さすがですね」
屋敷がいつも通りであることですぐ気付かれたのであろう。
彼を護衛してこちらまで引き連れたブリジットはさすがに気まずい顔をしたが、隠し通すのも無理があるし、そもそもそうすれば民間人、しかも依頼人に手を上げたということを問い詰められるに違いない。
どう説明したものか。悩みあぐねるハンター達の前に一歩前に出たのはタチアナだった。
「私が依頼したのよ。解放してあげてほしいってお願いしたの。イルムさん、お願い」
イルムが困った顔でタチアナとアルの名義で出された依頼書を見せるとさすがにオードは顔をひきつらせた。
「なっ……」
「お父様。何をやっているかわかってるの? さっきイルムさんがアルに言ってたじゃない。こんな非道が帝国で許されるわけない。お父様は道を見失った。このままだとみんなに嫌われるわ。私からもよ!」
オードが何かを言うより、タチアナは機関銃のように父を責め立てた。イルムから聞いた利と情を、リラからもらった真っ直ぐな心を全部ぶちまけた。
怖い父親だからこそ。ありったけの言葉と勇気が断ち切られる前にぶつけまくった。彼女はすべてのハンターの想いを受けているのだから。
「黙れっ!」
「黙るものですか!! 大切な友達だもの。私の心の一部だもの!」
激しい叱責すら噛みついて返したタチアナの姿に、さすがにオードも言葉を無くした。
恐らく気づいたのだろう。テミスは悪い人間ではなく、タチアナにとって無二の存在であることを。
「貴方は娘を思う父親です。娘を怖がらせない様に、どうか……このままテミスさんを解放してくださいませんか?」
ブリジットの言葉が最後のひと押しとなって。
オードはうなだれた。
●
ブリジットがドレスをはためかせて回転し、剣を天にかざす。
テーマは前回と同じく目覚めの朝だ。ブリジットは暁の空を背景に、刀にその陽光を煌めかせて、ゆらりゆらりと舞う。
もう暗いばかりの静かな夜は過ぎ去った。
ゆららとした風の舞は勢いづいて、曙鳥の刻を告げる声のように、天を貫いた瞬間に。エステルのフルートが遠く遠く響き渡る。
ルナがつま弾くブリジットのステップに合わせて巧みに動かす弦の音は、心をふつふつと沸かせる。
「♪夢 希望 朝にくる度やってくる もう昨日までの悪夢から覚めたのだから」
「♪笑いましょう 素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから」
舞い踊りながら歌うブリジットに、ルシールが声を合わせた。
前回の最後に弾き奏でた歌だ。
あの時の歌、そして今紡がれる新しい歌が、まるで元々そうしたコーラスであったかのようにピタリとあてはまり、旅支度を終えたテミスはただただ息を飲むしかなかった。
「♪愛 正義 いつも心に湧いてくる もうじっと待ち続ける時間は終わるでしょう」
「♪それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
リラが更に高い音に合わせて、ハーモニーを作り上げる。
みんなの力があったからこそ、その想いが形にできた。
ほら見て。固い顔をしていたテミスが、すべてを閉ざしてしまったテミスが知らず知らず目を輝かしてくれている。
ブリジットは微かに微笑を彼女に向けると、一層大きく舞い上がった。
イルムのアコーディオンがゆっくりと音を膨らませる。胸の高鳴りに合わせるように、心の震えに合わせるように。
行こう。
笑おう。
生きよう。
全員の音が揃った。
「「「votre sourire(みんな笑顔で)!!」」」
「また遊びに来てね。ううん、遊びに行くからね。今度は笑顔で迎えてね?」
「……はい。皆様、お嬢様。ありがとうございました」
見送りのタチアナの言葉にテミスは顔を震わせて、目を細めて唇を精いっぱい横に広げた。
見て。
笑顔が、咲いたよ。
旅すがら、エステルからもらったオルゴールの曲は、みんなが聴かせてくれたあの曲だ。
音楽は可能性に満ちている。
多くの心を一つに束ね、人生を、絶望の未来を光り輝く世界に変えてくれる素敵になりえる可能性が。
「♪夢 希望 そんなものはなく ただ命が尽きる時間を待ち続ける」
泥のような音色だった。
ルシール・フルフラット(ka4000)はその歌詞をその口で紡ぎながらも、胸が痛くなった。
生きることに希望を抱かなくなった少女の心に合うようにと調整されたその曲は、煌びやかな生まれ、勇猛果敢な戦士、そして愛くるしいものを愛する自身、それらすべてを覆すような虚無の歌に、歌いながら苦しくなるほどだった。
だが歌わなくてはならない。目の前の彼女に働きかけるなら。
「♪愛 正義 そんなものはなく ただ弱きは食われる時間を待ち続ける」
俯いたままのテミスが微かに震えた。
鳥肌を立てたのはルシールだけではなかった。確かにテミスに届いているのだ。
「なんだ、暗い歌だな」
屋敷の主人オードはその歌に眉をひそめるのに対し、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は片眼鏡の向こうから悪戯っぽい瞳の輝きを彼に寄せて説明した。
「ウィ、遥か余所の物語を弾き語ったとして、それは夢物語でしょう。歌に彼女を引き込ませねばなりません」
曲にはそれほど興味はないのだろう。オードは曖昧に頷くのをイルムは確認すると、その瞳を鋭くさせて、彼の横に待機する守衛のアルに向けた。
「それにしても人を捕まえてここまでするなんて、キミは帝国の戦士としてなんとも思わなかったのかい」
「……やむを得なかった」
「実にバロールド(浅慮)。帝国法を知らないワケじゃないだろう? 社交界は美しくも魔窟。これを利用したら、オード卿はどうなるというんだい」
イルムの責め句にアルは目を閉じて、頑として受け入れる様子はなかった。
だが、元々イルムの問いかけはアルにこそ向けてはいるものの、受け取り手は彼ではなく、その前にいるオードなのだ。
あえて彼に向かわせず、アルを責めるという形で届けられた想いは、それもまた詩のごとく、胸に染みこんでいっているのだろう。当の本人の激情にまみたれ顔つきは少しばかり沈黙した。
沈黙の最中、曲は影を落とすような暗さから、夜の静けさの様な音色に変わっていく。
「母の温もりは 今もなお 手に残る」
ルシールから代わって、リラ(ka5679)が歌を引き継いだ。
ルナがリュートをつま弾く指も、無情にかきならすだけのものから、時折、小さく巧みに弦を弾いていた。
聞いてほしい。聴かせてほしい。あなたの心。
ルナはまだ顔を上げてくれないテミスの顔をじっと見て、つま弾き続けた。
心理学者じゃない。心が読める能力者でもない。でも、歌を聴いてくれるなら、その聴衆と一体になった経験ならある。そんな自分を信じて、彼女の呼吸、脈。体温。全部を教えてもらおうとつま弾き続けた。
「遥か故郷は 今もなお 瞼の裏に」
テミスの腫れた頬が歪んだ。
ずっと心の奥底で鍵をかけておいた想いが、リラの歌に、ルナの曲に響いて溢れ出てくる。
「えっ… えふっ…」
咳き込むように
吐息が漏れた。
身体はそれ以上、何も漏らしたくないかのようにぎゅっと力を込めて。
「テミス……!」
父親ともテミスとも距離を置いていたオードの娘、タチアナもその変化に気付いて腰を上げた。
彼女もずっと待ち続けていたのだ。心を開いてくれる瞬間を。
みるみるうちに堰を切ったように溢れ出てくるものを。タチアナは腰をあげて見守っていた。すぐにでも手を取ってやりたいという気持ちは誰の目にも明らかだった。
「地獄に落ちた私を お父さん お母さ ん…… 見まもて い て」
リラの声もうわずる。
ルナの音に託した問いかけは、リラにもしっかり届いていた。
曲を弾くもの、歌うもの、それを聴くもの。
その心が絡み合って、テミスの心が、熱い涙の理由がわかった気がした。
この世の地獄を見たけれど、死んで地獄に行ったら、お父さん、お母さんに会えないから。本当は誰も不幸になんかしたくないから。
私一人が不幸になってもいい。きっと神様は死んだ私を助けてくれる。元の幸せな場所に戻してくれるから。
「あぁぁ あぁぁぁ……!」
腫れ上がった頬、砕けた顎骨からはまともな泣き声もあげられなかった。
だけど、その気持ちはここにいる誰もが、ちゃんと掴んでいた。
「……すみません、少し休憩とさせてください。ヴァージニア・スカルキャップとヤドリギの薬草茶です。どうぞ」
すすり泣きだけが響く暗い物置に、甘く優しい香りと共にエステル・クレティエ(ka3783)がオードに茶を差し出した。
「うむ……。さすがの音楽家達だ。どれほどしても笑いも泣きもしなかったテミスがああなるとはな」
オードはその茶から漂う優しい香りをしばらく堪能しつつ、ゆっくりと口に含んだ。
「いい茶選びをするな。魔術師でもあり、音楽家でもあり。薬草選びも確かだ。七彩の薬草士、なんだろうな」
そんな褒め言葉にもエステルは曖昧な礼を述べるにとどまった。
身を焼く激情が少しは癒されてくれればいいのだけれど。エステルは茶を運んだお盆を丁寧に近くのテーブルにおいて、その横顔を確かめつつ、そっと問いかけた。
「許しを受け入れることは、叶いませんか?」
「……ならんな。情が移ったか? ヴルツァライヒの捨て駒として生きたことを後悔して死んでもらわねばならぬ。ヴルツァライヒに参加するくらいなら死を選んだ方がましだ。そう知らしめなければ、あんなのはいくらでも生まれる」
オードの声のトーンもいくばくか穏やかになっていた。それはイルムの言葉と、エステルの茶の香りによって、落ち着きを取り戻した為でもあるだろう。
だが、情という面においては彼は残酷なままだった。
「そうですか」
これを残念という以外にどういえばいいのか。
イルムとそして守衛のアルと目配せをしたエステルは一礼した時にはもう、ラベンダーの香りを伴った眠りの雲は物置中に広がっていた。
「失った後に初めて気づくなんて、そんな辛いことはないんですよ」
頭をあげたエステルは魔力の風を散らせるワンドを下ろして呟いた。
●
「テミス! テミス!」
リラに起こされたタチアナは、父オードが深い眠りに落ちた事を聞くと、すぐさまテミスの元へと走りよって、身を縛る枷から解き放つとすぐさま抱きしめた。
「ごめんね。ごめんね。辛い思い気づいてあげられなくて……!」
「お、嬢さ ま?」
「話は後です。テミスさん、あなたはヴルツァライヒの追手がかかり、殺されたという筋書きです。そうしてオード氏の元を離れますから」
エステルはすかさず駆け寄ると、染料で作った血糊を彼女の胸にぶちまけた。周りはまだエステルが淹れたお茶の匂いが充満している。匂いは混ざってたいそう不快であったが、血の臭いが混じっていないことを誤魔化すにはむしろ好都合であった。
「スリープクラウドの効果時間はそれほど長くありません。死んだふりをしてください」
テミスの服にナイフで穴を開けると、胸元をベリーを煮たてたモノを持って傷口をつくり、頬などにもそれを縫った。
「見た目は悪いですけど怪我にもききますし、血の跡にも見えますから」
「ど して?」
何が起こっているのかわからないといった様子のテミスに、膝を落として手をとったのはルシールだった。
「立ち直れるなら、その力添えをしたい。本当に謝らねばならない。私がもう少し早く止めていれば……こんなことにはならなかった。こんな悲惨なことさせなかった」
ルシールはフロスティグローブをはめた手で、そっとテミスの頬を撫でた。
本当に冷えてくれはしないだろうが、ほんの一時でも苦しみが和らぐなら。ルシールはエステルの行う死の偽装を手伝いながらも、テミスの傷をそうして何度も手を触れて腫れによる熱をとろうと何度もそっとそうして撫でた。
「私達はヴルツァライヒの刺客と戦いました。そして善戦むなしくテミスさんは口を封じられてしまった。それを元に危険だからとオードさんには退避してもらいます。そしたら……逃げてください。この手紙の宛先、クリームヒルト様のところに行けばきっと貴女を助けてくれます。いいですね」
計画の流れを説明するエステルに、テミスは悲しい瞳を落とした。
「そんなことしたら、皆様疑われます」
「いいんだ。君の心の傷に比べれば大したことない。君は真面目に生きた。その心意気がタチアナをアルを動かしたんだ」
ルシールは決意に満ちた瞳と頷きをテミスに送ると、傷に障らないようにそっと彼女を地に伏せさせた。
「アルさん、きつく言って申し訳ない」
「もっときついことも言われているから慣れっこだよ。こちらこそ、綺麗な顔を汚すことは許してくれ」
イルムの言葉にアルは気にした風もなくそう答えると、彼女の頬にホコリと返り血を塗りたくった。オードが目を覚ました時にはみんなひどい戦いの後である様子を見せなければならないのだ。
二人の眼はこの緊張の場面でも少し楽しげだった。
修羅場になれた空気というものだろうか。道化という少しばかりの似た者同士感が窺える。
「タチアナさんは私の後ろに」
「うん」
リラの指示通りタチアナが匿われるように後ろに下がったのを確認すると、リラは適当に物置の道具を叩き壊したりして争いの形跡を作り出した。
「……でもテミスの言う通り。何かの拍子に偽装がばれたら……みんなヴルツァライヒに疑われるんじゃないかしら」
頼んだのは自分達だけど。
どこか不安そうなタチアナにリラは振り返ると、はにかんだ笑みを浮かべた。
「フランダースの犬、って知ってますか? 富豪に濡れ衣を着せられてた少年と犬のお話です。濡れ衣を着せた富豪も最後には過ちに気付いた、けれど遅かった。そんなお話です。全部がすれ違い。幸福の鍵をもっていた少年なのに希望の扉を開けられない……。できる時にできる事を。すれ違って遅かった。その物語のように運命はなんて残酷なんだって言うことのないように、私達は最善を尽くしたいの」
リラの言葉はまっすぐだった。
真っ直ぐだからこそ、タチアナの不安をまっすぐに射抜き、決意を取り戻させることができた。
「もういいですか」
時計を確認したルナが皆に言葉をかけた。
●
目論見は成功した。
目を覚ましたオードは周りの争いの形跡に驚き、ハンターの言葉を信じてテミスから離れて屋敷に戻った。
が、屋敷に戻ったところで、彼の顔はもういつものそれに戻っていた。
「どういうことか説明してもらおうか? 暗殺者がやってきたというのは作り話だろう」
「……さすがですね」
屋敷がいつも通りであることですぐ気付かれたのであろう。
彼を護衛してこちらまで引き連れたブリジットはさすがに気まずい顔をしたが、隠し通すのも無理があるし、そもそもそうすれば民間人、しかも依頼人に手を上げたということを問い詰められるに違いない。
どう説明したものか。悩みあぐねるハンター達の前に一歩前に出たのはタチアナだった。
「私が依頼したのよ。解放してあげてほしいってお願いしたの。イルムさん、お願い」
イルムが困った顔でタチアナとアルの名義で出された依頼書を見せるとさすがにオードは顔をひきつらせた。
「なっ……」
「お父様。何をやっているかわかってるの? さっきイルムさんがアルに言ってたじゃない。こんな非道が帝国で許されるわけない。お父様は道を見失った。このままだとみんなに嫌われるわ。私からもよ!」
オードが何かを言うより、タチアナは機関銃のように父を責め立てた。イルムから聞いた利と情を、リラからもらった真っ直ぐな心を全部ぶちまけた。
怖い父親だからこそ。ありったけの言葉と勇気が断ち切られる前にぶつけまくった。彼女はすべてのハンターの想いを受けているのだから。
「黙れっ!」
「黙るものですか!! 大切な友達だもの。私の心の一部だもの!」
激しい叱責すら噛みついて返したタチアナの姿に、さすがにオードも言葉を無くした。
恐らく気づいたのだろう。テミスは悪い人間ではなく、タチアナにとって無二の存在であることを。
「貴方は娘を思う父親です。娘を怖がらせない様に、どうか……このままテミスさんを解放してくださいませんか?」
ブリジットの言葉が最後のひと押しとなって。
オードはうなだれた。
●
ブリジットがドレスをはためかせて回転し、剣を天にかざす。
テーマは前回と同じく目覚めの朝だ。ブリジットは暁の空を背景に、刀にその陽光を煌めかせて、ゆらりゆらりと舞う。
もう暗いばかりの静かな夜は過ぎ去った。
ゆららとした風の舞は勢いづいて、曙鳥の刻を告げる声のように、天を貫いた瞬間に。エステルのフルートが遠く遠く響き渡る。
ルナがつま弾くブリジットのステップに合わせて巧みに動かす弦の音は、心をふつふつと沸かせる。
「♪夢 希望 朝にくる度やってくる もう昨日までの悪夢から覚めたのだから」
「♪笑いましょう 素敵な笑顔は幸せの種 向けたぶんだけ芽吹くから」
舞い踊りながら歌うブリジットに、ルシールが声を合わせた。
前回の最後に弾き奏でた歌だ。
あの時の歌、そして今紡がれる新しい歌が、まるで元々そうしたコーラスであったかのようにピタリとあてはまり、旅支度を終えたテミスはただただ息を飲むしかなかった。
「♪愛 正義 いつも心に湧いてくる もうじっと待ち続ける時間は終わるでしょう」
「♪それは綺麗な花を咲かせ、やがて種をつけ風に乗せ より多くの華を貴女に向けて咲かせるでしょう」
リラが更に高い音に合わせて、ハーモニーを作り上げる。
みんなの力があったからこそ、その想いが形にできた。
ほら見て。固い顔をしていたテミスが、すべてを閉ざしてしまったテミスが知らず知らず目を輝かしてくれている。
ブリジットは微かに微笑を彼女に向けると、一層大きく舞い上がった。
イルムのアコーディオンがゆっくりと音を膨らませる。胸の高鳴りに合わせるように、心の震えに合わせるように。
行こう。
笑おう。
生きよう。
全員の音が揃った。
「「「votre sourire(みんな笑顔で)!!」」」
「また遊びに来てね。ううん、遊びに行くからね。今度は笑顔で迎えてね?」
「……はい。皆様、お嬢様。ありがとうございました」
見送りのタチアナの言葉にテミスは顔を震わせて、目を細めて唇を精いっぱい横に広げた。
見て。
笑顔が、咲いたよ。
旅すがら、エステルからもらったオルゴールの曲は、みんなが聴かせてくれたあの曲だ。
音楽は可能性に満ちている。
多くの心を一つに束ね、人生を、絶望の未来を光り輝く世界に変えてくれる素敵になりえる可能性が。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談の卓 エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/04/27 00:52:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/24 02:10:37 |