王都第七街区 花町内偵

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/04/24 19:00
完成日
2016/04/30 13:24

みんなの思い出

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オープニング

 グラズヘイム王国、王都イルダーナ。その城壁外の難民街、通称『第七街区』──
 未だ正式に王都の行政区画に組み込まれていないかの地に『住所』などは存在せず。王都第六城壁南門に近いその一角は、その地を『委託・管理』する現地の『実力者』の名字から『ドゥブレー区』と呼ばれていた。
 そのドニ・ドゥブレーはその日、地区を担当する王都の復興担当官、ルパート・J・グローバーの現地視察に同行していた。彼が進める『第七街区における上水道整備計画』の下見の為だ。
「地区中央を横断する大通りに関しては、王都の環状道路と同じ規格幅を確保しておいた。舗装等の整備はいつでもできるが、これは後回しでもいいだろう。上水道整備工事の為の用地取得も粛々と進めている」
 淡々と案内を続けるドニ。立場的に言えばルパートはドニの上位者であるのだが、ドニの態度と言動にそれを忖度した様子は見られない。
「いつの間に、これだけの準備を……」
「黒大公ベリアルの王都襲撃後。区を復興する時に」
 驚くルパート。現在、王都で『第七街区における上水道整備計画』を進めているのは彼ではあるが、実際にそれを企画・立案したのはドニだった。ルパートはそれをそのまま部内における己の立場強化に利用しているだけ…… いや、利用するようにドニに凄まれ、それに従っているに過ぎない。
 ベリアルの襲撃は、ドニがルパートに計画を提示するはるか以前の事で…… そんな前からドニは計画を視野に入れて復興を進めていたことになる。
「予算さえつけてくれれば、いつでも工事に取り掛かれる。なんせ、ここには人手が有り余っているからな」
 横目でルパートを見やるドニ。上水道整備計画は、街区の都市計画すら包括する巨大な公共事業であった。難民街である第七街区が自立するには、まず経済を回す必要がある。第七街区の人々に希望と給金を── 計画は、その両方を人々に与えてくれるはずだった。
「その件なんだが……」
 おずおずとルパートは切り出した。
「予算は、今期も認可されなかった」
 黒大公ベリアルの王都襲撃以降、度重なる騎士団の外征や茨小鬼の乱、そして、先のテスカ教徒の一件等、予定外の支出が増えていることがその理由とされた。ここまで大きなプロジェクトに、おいそれとGoサインを出せる状況ではない、と。

「まぁ、あの若造にそこまで期待はしていない。人物は思っていたより悪くはないが、計画の規模に比べて手腕と経験が絶対的に不足している」
 王都へ帰るルパートの見送って事務所に戻ったドニが、側近のアンドルーに不機嫌そうにそう零した。
 表向きには……ルパートの言う通りなのだろう。だが、実績のない彼は他の担当官たちから軽んじられている。……第七街区そのものも。
「若造、って言っても、30に近かったはずですがね。……でも、王国から予算を引き出すには、あの『若造』に頑張ってもらうしかないでしょう?」
「民間から資金を引き出す手もある。第六街区の新興商人たちなら、まだ既得権益に縛られていない第七街区に喜んで金を出すはずだ」
 とは言え、現状、第七街区は『政情不安』で、安定とは程遠い。それでも、出資を申し出てくる『ギャンブラー』は少なくないが、水道網建設を可とするほど大規模な資金を投下してもらうには、やはり地域の安定化は不可欠だ。
「……ノエルと決着をつけねばならんか」
 ノエル・ネトルシップ── ドゥブレー区に隣接する『隣町』を統治する『地域の実力者』。私腹を肥やすことに邁進するのみの男で、ドニとはとある一件から敵対関係にある。
「ネトルシップ区内に、花町が形成されつつあります。借金のかたに引っ浚ってきた娘たちを無理やり働かせ、荒稼ぎをしているようです」
 花町── 所謂、夜の飲食街。歌や踊りを提供するナイトクラブ的なものから、王国で違法とされるような夜の商売も含まれる。ドニに地区の半分を奪われたノエルであるが、この花街からの収入を元にその勢力を回復しつつあるらしい。
「中には、王都の上層にある様な高級店まであるようです。そこで王都の商人や役人たちを接待し、王都と新たなパイプを作ろうとしているとか」
「またか。あいつはそういうところだけは本当にマメだな」
 ドニは苦笑を浮かべてみせた。もっとも、状況は苦笑してばかりもいられない。
「……花町を潰すだけなら簡単だ。王都の大聖堂辺りに密告すれば、審問官辺りが一隊を引き連れてすぐにでも手入れに踏み込むだろう。教会はこれら『王都にふさわしくない』商売を目の仇にしており、積極的に摘発しているからな」
「しかし、ひとたび中央に介入を許せば──特に教会なんぞの手入れを許せば、俺たちみたいな人間もきれいさっぱり排除されちまう。清教徒的な意味で『綺麗な街』にはなるでしょうな。精神的な話ばかりで、復興は遅れに遅れる」
 ドニとアンドルーは顔を見合わせ、ひとしきり笑った後、同時に溜め息を吐いた。
 笑えない。まったく笑えない話だった。どいつもこいつも誰も彼も両極端に過ぎやがる。
「……その高級店に出入りしている客の情報が知りたいな」
「内偵は進めています。若いもんを潜入させることにも成功しましたが、裏方なんで、店に出て客の顔を直接見るまでは値ません」
 その高級店は、いわゆるナイトクラブであるという。客を同伴して来店が可能。店の女性をつけることもできる。提供するものは料理と出し物。歌と踊りが主である。いわゆるいかがわしい商売は表向きにはしていない。
 店内は薄暗く、隣の席の様子は見え難い。また、身分を隠す必要のある客は仮面での入店も認められている。
「となると、客の情報を得るには、店のホステス(社交係)として潜り込ませるしかないか……?」
「借金のかたに取られた娘の内、容姿が優れていたり、歌や舞踊など一芸に秀でた者が選抜され、そちらに回されているようです。最近では、綺麗なドレスを着てお金が貰えるということで、自分から店に売り込む者もいるとか」
 問題があるとすれば…… ドニの手の者の多くが、ノエルの手下に面が割れているということか。あと、手の者の多くが『むさ苦しい男ばかり』などというどうしようもない事情もある。
「……シスターマリアンヌの伝手を頼りますか?」
「ダメだ。……あの嬢ちゃんが絡むと、いつも話がややこしくなる」
 苦虫を噛み潰した様なドニの渋面に、アンドルーは「あー……」と苦笑を返した。
 ドニとノエルの対立が決定的になった『事件』には、マリアンヌの存在が深く関わっていた。小勢力に過ぎなかったドニがこの第七街区の表舞台に立つ切欠──マリアンヌは文字通りの意味でその立役者とも言えた。
「……仕方ねぇ。ハンターたちに頼るか」

リプレイ本文

「こいつは俺の奢りだ。皆、存分に飲んでくれ!」
 ネトルシップ区・花街、深夜。とある酒場── 椅子に片足を乗せ、エールの入った木のジョッキを掲げ上げながら、 トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は店にいた全ての客に一杯ずつ酒を振舞った。
「景気がいいな、兄ちゃん!」
「おう! 商売が上手くいったからな!」
 やいのやいのと囃す客に、トライフがエールを飲み干し、応える。
「……おい、予算は大丈夫なのか?」
 その服の裾を引っ張りながら、エア──エアルドフリス(ka1856)は、常の眠たげな眼でトライフを見上げた。
「費用は経費としてドニに請求する。なに、仕事に必要な金だ。あっちが持つのが当たり前だろう?」
 疑わしげではあったが、エアはそれ以上訊くのを止めた。……流れる水は収まるべき所に収まる。まぁ、どっちにしろ、減るのは俺の金じゃない。
「飲んでるか、もう一人の兄ちゃん? さっきから杯が減ってねぇぞ!」
 程よく酔いの回った客の一人が卓に来て話し掛けてきた。瞬間、エアは相好を崩し、相手の杯に酒を注ぐ。
「薬の行商を生業としております。ご入用の際はぜひご贔屓に。調合も承りますよ。えぇ、『色々と』」
 互いに挨拶を交わし、二度目の乾杯。良い感じに打ち解けてきたところで、トライフが相手の肩に腕を回す。
「ちょいと訊きたいんだが、この辺りで一番格の高い、高級店といったらどの店だ?」
「そりゃ、おめぇ、ノエルさんとこの『白の牝鹿』よ。俺っちなんざが入れる店じゃないがね、ここいらの中じゃあピカイチって話だ。噂じゃあ、借金のカタに方々から集めた娘っこの中から選りすぐってるっちゅー話だが……」
 トライフとエアが視線を交わす。
 しかし、酔客が話を続ける前に、エールを運んで来た店主によって水を差された。
「お客さん方。めったなことは言うもんじゃありませんや。……花街はそのノエルさんのシマです。どこに『耳』があるか知れやせん」
 店主の忠告に、酔客がくわばらくわばらと首を竦めて立ち上がる。
 2人も揃って店を出た。出たところで2人の男が尾けてきた。
「どうする? 返り討ちにして情報を引き出すか?」
「撒こう。荒事とか、冗談じゃない」
 角を曲がった瞬間、駆け出すトライフ。マジかよ、と呟きながら、エアもまた別の小路へ駆け出した。


 翌日。『白の牝鹿』、事務室──
 潜入調査の為、店を訪れた4人のハンターは、その日、採用の可否を決める面接を受けていた。
 簡単な面接の結果、フロとヴィズ──フローレンス・レインフォード(ka0443)とヴィーズリーベ・メーベルナッハ(ka0115)の2人はあっさり合格した。
 狐中・小鳥(ka5484)は面接を受ける事もできず、初見であっけなく落とされた。
「なぜですかっ!?」
「可愛いけど、ちょっとうちには若すぎるかなー」
 小鳥はクッと呻きながら、合格したフロとヴィズを見やった。やんごとなき身分の客に対して失礼にならない礼儀作法を身につけていたから、というのが2人の合格の理由であったが、それだけが理由ではあるまい。男を惹きつけて止まぬ肉感的な肢体に、同性も見惚れるほど無駄のない際立ったスタイルの良さ──特に、溢れんばかりにたわわに実った2人の胸部と自分のそれとを恨めしそうに見比べて…… パンでも詰めておけばよかったか、などと自分でも悲しくなるような事を思ってみたりする。
「お願いします! ここで働かせてください! 家の借金を…… 莫大な額を返さなければならないんです!」
 そんな小鳥の横で、面接に落ちたもう一人──ジュード・エアハート(ka0410)が、面接官に食い下がった。
 東方の血の混じったエキゾチックな顔立ち、上品にスラリと伸びた身体のライン── 東方に縁のある没落貴族、という触れ込みで面接に臨んだジュードは一旦は合格したのだが。『身体検査』で男とバレた。
「確かに僕は『男』です! でも、『女』として売り物になるなら問題はないでしょう?」
「なに言って……」
「胸はないけど脚には自信があります!」
 必死に食い下がるジュード。男であると分かっていても、その色気に面接官が唾を呑む。
 潜入調査の為には、ここで落っこちるわけにはいかない── それは小鳥も同じ事。
「私もお願いします! 私みたいな娘も需要はあるって、フロさんとヴィズさんが!」
 なんてこと教えてやがる。面接官は思ったが、その内容自体は否定できない。
「……確かに、そういう嗜好の客はいる。なんなら『専門の店』を紹介するが」
「ぴゃっ!?」
「いえ、私たちはこの『白の牝鹿』で働きたいのでー!」
 ピンチである。そのやり取りを見守っていたフロとヴィズが面接官に歩み寄り、左右からそっと腕を取る。
「私も妹たちの生活費を稼ぐ為にここに来た。他人事とは思えない」
「あそこまで必死にここで働きたいと言っているのですから……」
 フロはその豊満な胸の間に挟み込む様に面接官の腕を抱き込んだ。覚悟完了したとは言え、ぎこちない動きが初々しい。
 一方、ヴィズは手馴れた所作でそっと腕に寄り添うように…… 面接官の背に、腕に押し当てられた彼女の胸が、柔らかそうにふよりと形を変える。
「何をしている」
 冷徹な声は扉の開け放たれた出入り口の先から。瞬間、面接官が弾ける様に身体を離した。
 入って来たのは強面の男。恐らくは面接官の上役。
「分かっているな? 店の女に手を出す奴は……」
「いえ、決して……!」
 面接官は男に事情を説明した。ヴィズとフロも口を添えたが、魅力的な2人を前にしても、男は商品を見る様な目つきと態度を崩さない。
(手強い……)
 その物腰を含め、警戒するフロ。
 一通り状況を把握した男が、ジュードと小鳥に向かって訊ねた。
「芸はあるのか?」
「「踊れます!」」
 2人は同時にそう答えた。やってみろ、と男が返す。
 小鳥は浴衣を踊り易い様に着崩すと、躍動感のある激しいダンスを弾ける様に踊ってみせた。対して、ジュードは東方の、艶のあるしっとりとした舞踏を披露し、異国情緒に満ちた、動と静を際立たせた舞を魅せる。
「……4人とも、見習いってことで雇ってやる。金が欲しけりゃ自分を磨きな」
 男は部屋から出て行った。
 とりあえず合格したらしい……? ジュードと小鳥はホッと息を吐いた。

 研修が始まった。
 客室に見立てた応接室で、実践を模して接客する。
「さあ、小鳥! 借金のカタに取られた娘たちを助け出す為に頑張るわよ!」
「はいっ! ……でも、フロさん、なんだかウキウキしてません?」
「そっ、そんなことないわよ? 別に興味があるわけではないの。本当よ?」
 そのフローレンスは、自分の身体を惜しげもなく見せ付けるような大胆なドレスを、ヴィーズリーベは胸元と背中の大きく開いたタイトなドレスを身に纏った。いずれも身体のラインを際立たせる薄手のものだ。ジュードと小鳥は東洋風の着物と浴衣。いずれも踊りと舞が際立つ様にひらひらとした布が結ばれている。
 客役は、面接時にいた『上役と思しき男』が担当した。どうやら新人の教育係でもあるらしい。
「まずは自由にやってみろ」
 声に従い、まずはヴィズとフロが男の左右に座った。客の会話に合わせて相槌を打ち、酒を注ぎつつ誉めそやす。そして……
「お客様が望まれ、然るべき対価を払われるのであれば…… ふふっ。褥にて戯れるも吝かではございませんわ♪ ねぇ、フローレンス様、小鳥様」
「まあ、ヴィズったら…… ほら、小鳥。貴女も、もっとこっちに……ね?」(←色んな意味で覚悟完了)
(せ、接客って、こういう……!)
 差し出されたヴィズの手を取り、引き寄せられて。顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、「うあぁぁぁ……し、失礼します!」、と『客』の片膝にちょこんと乗っかる小鳥。
 男は溜め息を吐くと、3人の頭を叩いた。
「……うちの店を何だと思っていやがる。安い○○宿じゃねぇんだ。自分を安く売る様な真似はするな」

 その日の午後──
 ヴィズは、ホステスたちが寝起きする店の一角にある食堂で、一人ポツリと座って昼食を取る娘を見つけた。
 同じ様な境遇の娘たちが集まった中でも、派閥やグループというものはできる。まして、この店の様な『選ばれた』という虚栄に縋るしかない境遇では尚更だ。
「ここ、いいかしら?」
「……他にも席は空いてますよ?」
「私はあなたとお友達になりたいの」
 彼女は名をアーシャと言った。移動劇団の花形だったが、ノエルに騙された座長の借金のカタに連れて来られた。
「……帰りたい?」
「……どうでしょう。劇団にいた時も、やってる『お仕事』は殆ど変わらなかったし……」
 いい人ですね、とアーシャはヴィズに言った。でも、仮面をつけている──そう告げる。
「流石は女優。でも、愛らしい女生と友誼を交わしたいと思う気持ちに嘘はございませんのよ、ええ」
 ヴィズはアーシャの耳元に唇を寄せた。ホント、食べちゃいたいくらい……


 一週間後── トライフとエアの2人は、客として『白の牝鹿』を訊ねた。
 一見様は……と断ろうとする店員に、ドニを通じて入手した、ノエルとも取引のある商人から紹介状を突きつける。
「失礼しました。どうぞこちらへ……」
 席へと案内される途中で、店内の様子を観察する。
 店は、第七街区とは思えぬくらいに、高価で立派な家具と調度品に溢れていた。灯りは店の雰囲気が下品にならない程度の薄暗さを保っており、アンサンブルの生演奏が静かに音を添えている。
「うん、適当に女性をつけて」
「慣れとらん娘がいいねえ」
 トライフとエアがボーイにそう注文をつけると、席に小鳥が送られてきた。
「……チェンジで」
「なんでですか!」
 そりゃ情報入らんし。慣れてない娘が良いのも、口の軽さを期待してのこと。手練のお嬢さんとの楽しい会話は今回はお預けだ。
 改めて来た店の女の子と楽しく遊び…… 次に来店した時には指名する。接客に徹する相手を絆し、逆に娘を慰め、励まし、同情を示す。
 相手の事情は概ね予想通りであったから、情を通わすのは簡単だった。そうして情が通ったところで、『○○さんって娘さん、この店にいる?』と、源氏名ではなく、救出対象の女の子の本名を出して尋ねた。
「○○ちゃんのこと、知ってるの!?」
「実は……」
 事情の一部を説明すると、ホステスはいそいそと席を立ち、本人を連れて来た。そして、私も一緒に連れ出して、トライフとエアに頼み込む。

 エアはさりげなく席を立つと、店のトイレへ歩きながら潜入中の仲間を探した。救出対象の娘たちの情報を伝える為だ。
(お。いいおみ足)
 薄闇の中、白く伸びる好みの脚を見つけて、顔を拝もうと視線を上げたら、ジュードだった。
「また、そうやって鼻の下を伸ばして、よその娘に色目を使って……!」
 トイレへ続く狭い廊下に、ジュードがエアを引っ張り込み、ズズイと顔を寄せて睨む。
「それが今回のお仕事だ。それを言うなら俺だって、お前のその脚がよその男の目に晒されてると思うだけで落ち着かなかったぞ」
 二人の間で、言葉がなくなる。そのまま暫し…… やがて、熱く息を吐いたジュードが顔を離した。
「……だったら、このまま連れ出してくれればいいのに」
 舞台の時間を告げるボーイに呼ばれて、身体を離し、去っていくジュード。それができれば、と、エアが頭を掻きつつ視線を逸らす。

「あの人。あの人が王都から来ているお偉いさんよ」
 水割りを作りながら顔も上げずに、そっと娘が2人に告げた。
 さりげなく視線を店の入り口に回すエアとトライフ。入って来たのは痩身の男。仮面をつけていて顔は見えない。隣にいる恰幅の良い中年男はノエルか? 御大自ら接待とは、余程大事な客と見える。
「どんな立場、身分の男だ?」
「さぁ…… 私は話したことないから……」
 最も奥まった席へ座るノエルと男たち。フロとヴィズの2人が新入りとして紹介され、店のNo1のヘルプとして末席に座す。
 座興が始まった。
 前座として舞台に立つ小鳥とジュード。小鳥の躍動するような激しいダンスと、ジュードの緩やかな流麗な舞とを活かした二人劇調の振り付けだ。
(この衣装……! 色んなところが見えちゃいそうだよっ……!)
 羞恥に顔と身体を熱くしながら、恥らう様に、激しく踊る小鳥。一方、ジュードは服装を乱すことなく静的な美しさを強調する。
「あの踊り手は見たことがないな」
「! 新人なんです。私たちと同じく」
 仮面の男が声を発した。中年、いや壮年の男の声。発音に野卑な陰はない。貴族階級、とフロとヴィズが当たりをつける。
 男が、舞台を終えたジュードと小鳥を座に呼んだ。
 2人が顔を見合わせる。いよいよ…… 男の情報を得る機会が来た。

「そこまでだ」
 教育係の男が、2人の行く手を阻んだ。大勢の黒服を── 荒事向きの手下を何人か連れている。
「怪しい動きがあって調べさせました。こいつらはハンターです」
 トライフとフロの席にも数人の黒服が迫っていた。どうする? と『相棒』を振り返ったエアは、既にトライフがいない事に気づく。見れば既に出口付近にまで逃げていた。
「あの野郎……!」
 呟き、黒服たちを殴り飛ばすと、エアは出口方面へ……ではなく、奥の座席へ向かって走った。慌てて仮面の男を守りに入る教育係たち。エアはそちらに見向きもせずに、ジュードを両手で姫抱きにして逃げ出した。
「ちょっ!?」
「お望み通り迎えに来たぜ。……フロ、ヴィズ。娘たちの方を頼む」
「わかったわ!」
 頷いて立ち上がり、慌てる小鳥の手を引きつつ、スカートの裾翻して座席を飛び越え、逃げるフロ。途中、エアたちの席へと立ち寄り、協力者となった娘たちへ迫る黒服たちに飛び蹴り2発。ヒーローの如く席に飛び込んで来たその姿に、娘たちが頬を赤くする。
「……貴女も来る?」
 一連の騒ぎに驚き、奥から舞台に出て来たアーシャに、ヴィズはまるで演劇の一幕の様に舞台下から手を差し伸べた。
 アーシャは一瞬、逡巡し…… 微笑と共に首を左右に振った。
「……そう。なら頑張りなさい。貴女はあなたの舞台の上で」
 踵を返し、走り出すヴィズ。アーシャは周囲の喧騒の中、舞台の上からその背をずっと見送っていた。


 『白の牝鹿』で騒動があったことは、すぐに花街中に知れ渡った。借金のカタに連れ去られた娘を救出した、ハンターたちの英雄譚として。
 だが、それも僅かの間。翌週には何事もなかったかのように店も花街も回り出す。

 仮面の男の情報を伝えられたルパートは、該当しそうな心当たりを片っ端から上げていったが、あまりに数が多すぎた。
「もう少し、情報が欲しいな」
 ドニは煙草を噛み締めた。

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重体一覧

参加者一覧

  • にゅるどろ経験者
    ヴィーズリーベ・メーベルナッハ(ka0115
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 爆乳爆弾
    フローレンス・レインフォード(ka0443
    エルフ|23才|女性|聖導士
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 笑顔で元気に前向きに
    狐中・小鳥(ka5484
    人間(紅)|12才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 内偵準備【相談卓】
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/04/24 00:50:25
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/04/20 15:40:52