ゲスト
(ka0000)
海岸線に潜む影
マスター:瀬川綱彦

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/30 22:00
- 完成日
- 2014/09/05 21:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●調査員の手記より抜粋
私がその漁村に出会ったそもそもの原因は、近隣の街道での通行人の神隠しに端を発していた。
近頃、ある海岸沿いの街道を行き来する行商人が行方不明になっている報告があった。その事実を確信できたのは、私が居を構える村での食事がいつまでもまずいスープとパンに保存食を切り崩すというものだったからだ。
私の村は食糧難で苦しんでいた。といっても、普段なら行商人から買い物ができる。それがいくら予定の期間をすぎてもやってこないのだ。
決定的だったのは、村の猟師が森の中でもぬけの殻になった荷馬車を見つけたことだ。馬の姿もなく、まだ生活臭のする荷馬車が破棄されているなど尋常ではない。
不気味がっていても、村の状況はよくならない。
私は自警団の者たちと、私が飼っている伝書鳩をつれて、近隣の街へと直接赴くことにした。
空は雨雲で陰りつつある。例年通り、蒸し暑い雨が降りそうだ。
●翌日
海岸沿いの街道を征く旅は空が今にも泣き出しそうなのが不安だが、この調子なら十二人の馬での旅は明日の朝には先方に到着できそうだった。
日が沈み始めた頃、私たちは海岸沿いに民家が並び立っている事に気がついた。だが、私の記憶ではこんな所に人が住んでいたとは聞いたことがない。
浜辺には手に網を持った人影があったので、私たちは声をかけてみることにした。
彼は漁師であるらしい。どうやらここは小規模な漁村で、自分たちは余所から移住してきたのだという。
漁師の何人かが珍しいのか馬の口元を撫でていた。何かで塗れた革手袋に包まれた手を馬の口の中にまで伸ばすものだから、馬が不機嫌そうに鼻を鳴らした。手を口から引き抜くときに、つんと鼻にくる臭いがした。
だが馬ににらみ付けられてものっぺりとした表情を変えない漁師たちは不気味で、私たちは先を急がせてもらうことにした。
それにしても、漁師とはあんなに死骸が腐ったような体臭を漂わせるものなのだろうか?
●その日の夜
順調だと思われた旅は突如として道を遮られた。
ついに空が決壊し、雨が降り出したのだ。
強行軍といきたいところだが、馬は雷に怯えてでもいるのか、どうにも体調がよくないらしい。
雨が降ろうが降るまいが、どのみち先に進むのは困難だ。私たちは漁村に引き返すことにした。
這々の体で漁村を訪れると、彼らは快く屋根を貸してくれた。
八人ほどの小さな漁村でたいへんだろうに、こうして助けてくれることは感謝せざるを得ない。
彼らは料理も振る舞ってくれたが、私は仕事があるのでそれを辞退して、仕事の締めにこうして記録をつけている。伝書鳩に餌を与えながらため息をついてしまった。保存食の塩漬け肉より、あの暖かそうな肉が恋しい。
それにしても、何故漁村なのに魚ではなく肉なのだろう?
●翌朝
自警団の者たちが一様に体調不良を訴えた。どうやら昨日の雨で躯を冷やしすぎたらしい。
私は応援を呼ぶために老練の自警団員ふたりを伝令役として村に戻らせた。ふたりは昨日食事も喉を通らぬほど疲労していたそうだが、無事なのが彼らだけだった以上、申し訳ないが頼らせてもらう他ない。
そして相変わらず私の馬の調子がよくない。浅く何度も呼吸を繰り返している。
急ぎすぎて自体は好転するまい。もう少し彼らの言葉に甘えよう。
村より連れてきた伝書鳩に餌を与えると、鳩は軽快に餌を啄んでいく。元気なのはお前と私だけだな。
それにしてもこのにおいには鼻が慣れない。私まで気分を悪くしそうだ。
●あくる日
倒れていた者が息を引き取った。心臓麻痺とのことだった。
私は彼が呼吸に苦しんでいたのは見ていた。それは海でおぼれるもののように喉をつめでひっかき、酸素を求めてもがく漂流者のようですらあった。目を剥きだしにして息絶えた屈強な自警団員の顔に、私は背筋が寒くなるのを感じた。
落ち込む私に、彼らは夕飯をごちそうしてくれた。
彼らは見た目に合わず信心深く、面白い話も聞かせてもらうことができた。なんでも、闇夜の海岸で祈りを口にしながら供物を捧げると海の神が漁業の安全を保障してくれるのだという。
何を捧げるんだい? と訪ねると、彼らは「とってきた獲物だ」と答えた。海の神様も主食は魚介類なのだろうか。
さて、この辺りで切り上げて寝かせてもらおう。そういえば、もうにおいは気にならなくなった。
●次の日
またひとり亡くなった。
伝令は帰ってこない。
息苦しくてめまいがした。
●翌日
また亡くなった。
伝令役は帰ってこない。
呼吸ができない。頭が胡乱だ。私も彼らと同じ風邪でも患ったのか。
小屋に行くと馬はどれも潮風にあてられたのかぴくりともしなかった。
ところで馬は全頭がつながれていたのだが伝令の彼らはどうしたのだろうか。
●日付は読み取れない
ついに私ひとりになった。
伝令役は帰ってない。
釘で打ち付けたドアがやかましい。
息が苦しい。呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。
私は四人ほどの漁師が夜の海に供物を捧げているのを見た。私の仲間の死体だ。
彼らは喉を鳴らしこの世ならざる発音で祈りの声をあげると、浜辺には巨大な蛸があらわれたのだ。それは死体に私の胴体ほどはある触腕を巻き付けるとバリバリと口でかみ砕いてしまった。
それを見て漁師たちは口々にこういった。「やはり神様も生き餌の方がお好きなのだろうか?」と。
彼らは食事に混ぜ物をしていた。
私たちは餌だ。私は餌だ。
静かになった。
ドアはもう鳴っていない。
私は鳥かごに手を伸ばす。
私の背後でぎしぎしと床板がなっている。
私は――
●ハンターオフィスにて
「それが当方に届けられた手記の全容です」
眼鏡をかけた受付嬢が淡々と依頼を説明する。
「先日、その手記が彼らの目的地であろう街に届けられました。事実関係を調べましたところ、事実関係が手記の内容と一致しました。緊急性のある依頼と推察されるため、みなさんに依頼させていただきます」
村の備蓄もどれほど残っているか判然とせず、緊急で対処せねばならないとのことだ。
「その漁村は数ヶ月……三、四ヶ月前に作られたようです。当初の記録では漁師たちに不審な点はありませんでした。おそらく、その海岸に移住してきてから、海に潜んでいた狂気の眷属である蛸型歪虚により精神を汚染されたのでしょう」
そこで誰かが何故手記がここに届けられたのかと疑問を口にする。それには受付嬢もはじめて曖昧さを見せた。
「手記に記されている伝書鳩が銜えてきたそうです。けれど、よく無事に逃げられたものだと思いますが」
むしろわざと見逃し、新たな獲物を待っているのかもしれない。
そんな不穏はつぶやきがしんと宙に溶けていった。
私がその漁村に出会ったそもそもの原因は、近隣の街道での通行人の神隠しに端を発していた。
近頃、ある海岸沿いの街道を行き来する行商人が行方不明になっている報告があった。その事実を確信できたのは、私が居を構える村での食事がいつまでもまずいスープとパンに保存食を切り崩すというものだったからだ。
私の村は食糧難で苦しんでいた。といっても、普段なら行商人から買い物ができる。それがいくら予定の期間をすぎてもやってこないのだ。
決定的だったのは、村の猟師が森の中でもぬけの殻になった荷馬車を見つけたことだ。馬の姿もなく、まだ生活臭のする荷馬車が破棄されているなど尋常ではない。
不気味がっていても、村の状況はよくならない。
私は自警団の者たちと、私が飼っている伝書鳩をつれて、近隣の街へと直接赴くことにした。
空は雨雲で陰りつつある。例年通り、蒸し暑い雨が降りそうだ。
●翌日
海岸沿いの街道を征く旅は空が今にも泣き出しそうなのが不安だが、この調子なら十二人の馬での旅は明日の朝には先方に到着できそうだった。
日が沈み始めた頃、私たちは海岸沿いに民家が並び立っている事に気がついた。だが、私の記憶ではこんな所に人が住んでいたとは聞いたことがない。
浜辺には手に網を持った人影があったので、私たちは声をかけてみることにした。
彼は漁師であるらしい。どうやらここは小規模な漁村で、自分たちは余所から移住してきたのだという。
漁師の何人かが珍しいのか馬の口元を撫でていた。何かで塗れた革手袋に包まれた手を馬の口の中にまで伸ばすものだから、馬が不機嫌そうに鼻を鳴らした。手を口から引き抜くときに、つんと鼻にくる臭いがした。
だが馬ににらみ付けられてものっぺりとした表情を変えない漁師たちは不気味で、私たちは先を急がせてもらうことにした。
それにしても、漁師とはあんなに死骸が腐ったような体臭を漂わせるものなのだろうか?
●その日の夜
順調だと思われた旅は突如として道を遮られた。
ついに空が決壊し、雨が降り出したのだ。
強行軍といきたいところだが、馬は雷に怯えてでもいるのか、どうにも体調がよくないらしい。
雨が降ろうが降るまいが、どのみち先に進むのは困難だ。私たちは漁村に引き返すことにした。
這々の体で漁村を訪れると、彼らは快く屋根を貸してくれた。
八人ほどの小さな漁村でたいへんだろうに、こうして助けてくれることは感謝せざるを得ない。
彼らは料理も振る舞ってくれたが、私は仕事があるのでそれを辞退して、仕事の締めにこうして記録をつけている。伝書鳩に餌を与えながらため息をついてしまった。保存食の塩漬け肉より、あの暖かそうな肉が恋しい。
それにしても、何故漁村なのに魚ではなく肉なのだろう?
●翌朝
自警団の者たちが一様に体調不良を訴えた。どうやら昨日の雨で躯を冷やしすぎたらしい。
私は応援を呼ぶために老練の自警団員ふたりを伝令役として村に戻らせた。ふたりは昨日食事も喉を通らぬほど疲労していたそうだが、無事なのが彼らだけだった以上、申し訳ないが頼らせてもらう他ない。
そして相変わらず私の馬の調子がよくない。浅く何度も呼吸を繰り返している。
急ぎすぎて自体は好転するまい。もう少し彼らの言葉に甘えよう。
村より連れてきた伝書鳩に餌を与えると、鳩は軽快に餌を啄んでいく。元気なのはお前と私だけだな。
それにしてもこのにおいには鼻が慣れない。私まで気分を悪くしそうだ。
●あくる日
倒れていた者が息を引き取った。心臓麻痺とのことだった。
私は彼が呼吸に苦しんでいたのは見ていた。それは海でおぼれるもののように喉をつめでひっかき、酸素を求めてもがく漂流者のようですらあった。目を剥きだしにして息絶えた屈強な自警団員の顔に、私は背筋が寒くなるのを感じた。
落ち込む私に、彼らは夕飯をごちそうしてくれた。
彼らは見た目に合わず信心深く、面白い話も聞かせてもらうことができた。なんでも、闇夜の海岸で祈りを口にしながら供物を捧げると海の神が漁業の安全を保障してくれるのだという。
何を捧げるんだい? と訪ねると、彼らは「とってきた獲物だ」と答えた。海の神様も主食は魚介類なのだろうか。
さて、この辺りで切り上げて寝かせてもらおう。そういえば、もうにおいは気にならなくなった。
●次の日
またひとり亡くなった。
伝令は帰ってこない。
息苦しくてめまいがした。
●翌日
また亡くなった。
伝令役は帰ってこない。
呼吸ができない。頭が胡乱だ。私も彼らと同じ風邪でも患ったのか。
小屋に行くと馬はどれも潮風にあてられたのかぴくりともしなかった。
ところで馬は全頭がつながれていたのだが伝令の彼らはどうしたのだろうか。
●日付は読み取れない
ついに私ひとりになった。
伝令役は帰ってない。
釘で打ち付けたドアがやかましい。
息が苦しい。呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。
私は四人ほどの漁師が夜の海に供物を捧げているのを見た。私の仲間の死体だ。
彼らは喉を鳴らしこの世ならざる発音で祈りの声をあげると、浜辺には巨大な蛸があらわれたのだ。それは死体に私の胴体ほどはある触腕を巻き付けるとバリバリと口でかみ砕いてしまった。
それを見て漁師たちは口々にこういった。「やはり神様も生き餌の方がお好きなのだろうか?」と。
彼らは食事に混ぜ物をしていた。
私たちは餌だ。私は餌だ。
静かになった。
ドアはもう鳴っていない。
私は鳥かごに手を伸ばす。
私の背後でぎしぎしと床板がなっている。
私は――
●ハンターオフィスにて
「それが当方に届けられた手記の全容です」
眼鏡をかけた受付嬢が淡々と依頼を説明する。
「先日、その手記が彼らの目的地であろう街に届けられました。事実関係を調べましたところ、事実関係が手記の内容と一致しました。緊急性のある依頼と推察されるため、みなさんに依頼させていただきます」
村の備蓄もどれほど残っているか判然とせず、緊急で対処せねばならないとのことだ。
「その漁村は数ヶ月……三、四ヶ月前に作られたようです。当初の記録では漁師たちに不審な点はありませんでした。おそらく、その海岸に移住してきてから、海に潜んでいた狂気の眷属である蛸型歪虚により精神を汚染されたのでしょう」
そこで誰かが何故手記がここに届けられたのかと疑問を口にする。それには受付嬢もはじめて曖昧さを見せた。
「手記に記されている伝書鳩が銜えてきたそうです。けれど、よく無事に逃げられたものだと思いますが」
むしろわざと見逃し、新たな獲物を待っているのかもしれない。
そんな不穏はつぶやきがしんと宙に溶けていった。
リプレイ本文
遠く海岸線には黒い雲がかかり、漁村には磯の臭いが立ちこめる。
漁村の土を踏んだとき、アリス・ナイトレイ(ka0202)は思わず眉根を寄せてしまった。演技もあったが、少しでも素が漏れてしまうほどに磯の臭いが強い。海岸とは、こんなに悪臭漂う場所であっただろうか?
――狂気の影響が思ったよりもでているのか、それとも別の何かが――。
そんな思考を取りやめたのは、自分に近づく見知らぬ影があったからだ。
「なにか、用かい」
漁師の男だった。
「……旅の途中で、体調を崩してしまいまして。こちらで休ませてもらうことはできるでしょうか?」
無論ただの口実、嘘である。だが、一瞬言葉につまったのはなにも言い訳を考えるためではなかった。男の目の焦点が自分に向いてないものだから、問いかけられたのが自分と思えなかったのだ。
疑われたか不安になるが、むしろ間を置いたのが説得力を増したのか。漁師の男は笑ってうなずいた。粘っこい、ニタリとした笑み。
「ああ、いいとも。食事もごちそうしよう。ゆっくり休んでいくといい」
●遠くの目
「ん、ばっちし。アリスさんは無事潜入できましたです」
豊永 杏理(ka2123)は漁村の方から仲間が身を隠した岩礁まで引き返すと、作戦の成功を告げた。
最初は上手くいって一安心といったところだ。
「アリスにはサンドイッチを渡しておいたらから食事は大丈夫だと思うけど、やっぱり心配ね」
彼女を案じたのは月影 夕姫(ka0102)だ。夕姫は夜まで食事をとれないアリスを思って自作した軽食と水を渡していたのである。アリスもナッツ程度は持っていたが、この程度の軽食なら隠し持つことも可能だろう。
「本人にも言ったことだけど、やっぱり囮を頼むのは申し訳ないわね」
「手記があのくさーい人たちが書いた偽物じゃなかったら、大丈夫のはずですけどにゃー」
杏理は注意深く手記の内容に疑問を持っていた。保険とはかけ過ぎるに越したことはない。
そこで聖盾(ka2154)が首をかしげた。
「あんなに臭いなんて、蛸と同じ海鮮物にでもなったのですかね」
「もしも動く死体だったらB級ホラーみたいなのです……んん? でも誘き出すのならスプラッター物ですかね」
ともあれ、とアルメイダ(ka2440)が脱線しかける話を戻した。
「一度始まったのなら止まらんよ。こちらは今の内に散策して地形を把握しておかないとな」
「そォいうことよォ、とっとと海を散歩と洒落込んじまおうぜェ!」
「大声出したら怪しまれちゃいますって! ともかく、今回の相手は絶対に許せません。徹底的に叩き潰してやらなきゃ。最善の心構えでいきましょう!」
海岸沿いを進んでいく毒々沼 冥々(ka0696)を追おうとしながらも、クレール(ka0586)は歪虚に対する敵意を抑え込み、意気込みを口にする。このまま放置しては確実に死者が増える。なんとしても撃退しなくてはならない。
「なァに、ゲロ細けェこたァ気にしねェいいんだよ! ほれ、あっちが気ィ惹いてくれてるみてえだからよ」
冥々が指を指した方向には、こちらとは正反対の場所から漁村に接触を図ろうとしている者がいた。東雲 禁魄(ka0463)だ。
「僕らは心置きなく探しャいいのさ。ウチの姫様と連中のイケナイ秘め事を覗くベストスポットをな。うひひ!」
●接近
「やあ皆さん! 今日は絶好の航海日和だねぇ」
そんな気さくな声を漁村に響き渡らせたのは東雲 禁魄だった。
彼に捕まったのは海岸に出ていた漁師のひとりだ。
「今日は、海は荒れそうですが」
「おや、そうなのかい? 悪いね、ボクは海についてはよくわからなくてね。ちょうど勉強させてもらいたいと思ってたのさ」
「うちは身内だけだから、そういうのは」
「そう言わずに」
禁魄が和服に忍ばせていた菓子折を取りだそうとしているとき、騒ぎを聞きつけてか並び立つ家屋から何人かの漁師がでてきた。いずれも剣呑な空気。
――ふむ、これは無理そうだ。
会話から、余所者を排斥したい空気を禁魄は悟った。異国の漁師を装って接近するつもりだったが。
――生贄は確保したから余計な者はいらない、といったところかな。
「ダメなら仕方ないね。退散させてもらうとするよ」
顔では飄々と笑みを浮かべつつも肩をすくめてみせれば、禁魄は早々に漁師たちに背を向けた。
頭の中には今し方出会った漁師たちの人数と顔が記憶されていた。そしてどの家屋から出てきたのかも覚えている。これならば、夜の戦闘の際に彼らが蛸のそばにいなかった場合でも対処は容易になる。
「さ、みんなにも教えてお手伝いといかないとね☆」
●這い寄る狂気
もてなしとして出された料理は、なるほど見た目だけなら美味しそうであった。
もっとも、スープの中に得体の知れない混ぜ物がなければ、だが。
「どうぞ、召し上がってください」
漁村の中では比較的大きな家に招かれたアリスは客席に座らされ、目の前の食卓にはスープと水が並べられていた。
むせかえりそうになるほどの磯の香りが充満した室内で、スープは強い香りがしていた。食欲をそそられ、なにも知らなければ手を伸ばしていたかもしれない。だが手記を読んだアリスには、この強い香りもなにかを誤魔化すためのものにしか思えなかった。
アリスの視界にいる漁師は四人。いずれも屈強な体躯の男だが、立ち姿はどこか頼りない。精気がないとでもいうのか。
「いえ、申し訳ありません、食欲が湧かず……お心遣い痛み入るのですが、お水だけ頂いてもいいでしょうか?」
ぎょろり、と八つの眼がアリスを見た。
「かまいませんよ」
アリスは慎重にグラスを手で掴む。臭いは……ある。だが、村の磯臭さ故、気をつけなければ判らなかったかもしれない。
両手でグラスを持って、アリスはそっとまぶたを閉じた。
グラスの水が唇に触れる。
●雨は海水を揺らす
夜になった頃、アリスを除いた一同が岩礁に集結していた。彼らはここまでの時間で、漁村の配置はおおよそ把握していた。
「うーん、祭壇か何かあると思ったんのですが、特に見つかりませんでしたにゃ」
「蛸自体が作り話だ、と言って欲しいところだな」
杏理の言葉に、ややうんざりとした様子でアルメイダはため息をついた。彼女は最近も似た手合いの歪虚と一悶着起こしたところなのだ。
夕姫の表情には少し影が差している。
「生存者は、いませんでしたね。家の中に残されていたらいいんですけど」
「ええ……あ、みなさん見てください。漁師の方々がでてきましたよ!」
聖盾が漁村の家々を見て声を抑えつつ、それでも叫ぶような声音で言った。
幸い月は出ていたので、辛うじて漁村側でアリスを肩に抱えた漁師たちの姿を見つけられた。どうやらアリスは両手を背中側にして縛られているらしい。
夕姫がほっと息をついた。
「無事みたいね」
「うひひ、わからねェぞ。なんせゲロ飢えた男共の中に放り込まれちまったんだからよ」
「そういう不安になる冗談はやめてくださいよ!」
瞳に怒りを灯すクレールは武器に手をかけながら漁師たちをにらみ付ける。彼らは四人。
「残りの四人がどこにいるかは検討がつくね。僕が見かけた連中がいないし、別の家の中にいるはずだ。生贄の確保と捧げる役は分かれてるってところだろうね」
ぱらぱらと雨が降り出す。戦闘に支障はない。
砂浜にたった漁師たちの口が、蠢く。祈りではなく呪いのようで。
瞬間、海面がはじけ飛ぶ。
●ジャイアントキリング
声なのか、単なる空気の漏れ出す音か。おおん、と異音と水をまき散らしながら大蛸は砂浜に現れた。
「そこまでです!」
闇夜を引き裂く声に、アリスは閉じていたまぶたを開いた。瞬間、自分を抱えていた漁師の胴体を光弾が吹き飛ばした。 聖盾による一撃が闇に閃光の軌跡を残して漁師を撃ち貫いたのだ。
砂浜に落下したアリスは口に混じった砂を吐き出しながら、服に隠していたバタフライナイフを掴むと器用にロープを切断して立ち上がる。
「ただの毒だったお陰で、うまくいきました」
アリスは漁師から水を渡されたらピュアウォーターで浄化しようと取り決めていたのだ。そして、そのもくろみは大成功といえた。例え正気を失っても漁師たちは人間だ、人間で可能な範囲で出来る毒の利用に走っていたのは道理であった。
「やあやあ、無事そうでうれしいよ」
「こいつら、既に人並みの知能は持っていなさそうだな」
LEDライトを点灯させるアリスに、禁魄は日本刀で敵を切り伏せ、アルメイダは銃弾で撃ち抜きながら駆け寄っていた。禁魄の方は命綱として腰に巻き付けた縄も引きずっている。
漁師は巣穴を突かれた蟻のような慌てぶりで、追い詰めるのは容易だ。突然の珍客に激昂した残りの漁師ふたりに向けてアルメイダは油断なく発砲する。
別の漁師たちが家屋から飛び出してくるのはすぐだった。手には銛を携え、その先端からはなにがしかの液体が滴っているが――。
「来るぞ!」
「こっちも見えた、撃つわ!」
「飛んで火に入る夏の虫ってなァ! さァゲロおっ始めよォぜ。素敵で愉快な殺処分ショーだ!」
油断なく警戒していたアルメイダが叫び、漁師たちがハンターの元に近寄るより先に夕姫の魔導銃と冥々の二挺拳銃が火を噴いていた。冥々が片手に持った銃で威嚇射撃をすれば、たじろぐ漁師を二人の本命が撃ち抜く。
もし漁師たちの奇襲があることに気づかなければ毒の付着した武器で突かれていたかもしれないが、いくら屈強とはいえ戦い方を知らぬ人間だ。不意さえ突かれなければ対処は容易い。
問題は――
「蛸料理にするには、ちょっと食べ切れなさそうですにゃ!」
猫の霊をその身に降ろした杏理が砂浜を疾駆する。
自分の躯の幾倍はあろうかという大蛸に物怖じせず肉薄したその腕はするどくエストックの刃を繰り出した。
眼を狙った一撃は巨大な触腕に阻まれ、蛸の触腕はうなる。
杏理が飛びよけるのと触腕が砂にたたきつけられたのは同時。砂を水柱のように巻き上げる一撃に吹き飛ばされ、杏理は地面をひっかきながら体勢を立て直した。
「大きすぎて目まで行きにくいにゃ!」
「それなら機導砲で!」
クレールがタクトを大蛸に向ければ、機械エネルギーの弾丸が大蛸の眼と眼の間――眉間に命中した。体格差があり頭部を狙い難い相手なら、距離を置いての射撃ならば狙いはつけやすい。
だが額から黒煙を揺らしながらも、大蛸は依然健在。
「蛸の癖に硬い奴だな」
蛸の方へとやってきたアルメイダも魔導銃で応戦する。
漁師たちの方はといえば、ハンターたちに近づく事すらかなわぬ事は確定していた。
「おいおい、楽器が鳴かねェとライブにならねェだろうがよォ!」
背後から迫る前に気づかれては鴨打ちも同然だった。
生き残っている漁師たちも呼吸をしている程度のもので、そちらの制圧がスムーズにいったのは問題なかった。
「漁師が全滅すると逃げるかとも思ったが……そのそぶりはなさそうだな」
アルメイダが魔導銃を撃つ合間につぶやく。
「まあ、生き物なら攻撃されれば抵抗もするさ。狂気も蟲並みの本能は持ってるってことだろう、ね☆」
片手に持った銃のトリガーを引きながら、 禁魄は口の端をつり上げて笑ってみせる。それは漁師とは違う血の通った笑みだった。
「でもこれで、狂気の相手に専念できます」
虚空から現れた石つぶてが大蛸の丸い頭――胴体を横合いから殴りつけた。アリスの魔法だ。
一瞬、ぐらりと大蛸の躯が傾く。見た目通り、水にはよく効く攻撃だったようだ。
それでも、
「まだまだ硬くてピンピンしてますねぇ~」
「呑気している場合ではないぞ」
素で関心したような声をあげた聖盾にツッコミをいれながら、アルメイダは触腕をかいくぐりながら射撃をする。
「おいおい、僕も混ぜてくれよなァ!」
漁師たちの始末を終えたのか。喜色満面の冥々も二挺拳銃を携えて大蛸相手に参戦する。
無数の弾丸に合間を縫って放たれる刺突に斬撃。だがそれらを受けても蛸はよろめきこそすれ倒れなかった。
おおん、と不気味な音が鳴り、
――八本の触腕が乱舞する。
それは八本の巨大な鞭がでたらめに振るわれているのと同じことだった。
触腕が砂浜を抉り、倒れた漁師の躯を叩いた。ぐしゃりと躯は断末魔の悲鳴をあげて蟲のようにひしゃげる。
二メートル以上はあろうかという触腕をでたらめに振るわれて、ハンターたちは皆一様に躯を打ち据えられた。
さらに大蛸がひゅうと空気を吸い込めば、勢いよく水の塊を乱射した。
聖盾が盾で受け止めると躯がはじき飛ばされ、腕は電流の走ったような痺れが走り抜ける。
「か、回復と防御が間に合いません……!」
「とにかく攻撃し続けるしかないわ。こんなところで折れるつもりなんて更々ないんだから!」
「くはッ、狂気ッても殺せば死ぬんだろ、それじゃ狂い方はゲロ甘ェ!」
夕姫や冥々だけではない。他のハンターたちも血を吐きながらも集中砲火を大蛸に浴びせかけた。
「にゃっ、くっつかれるのはちょっと嫌にゃ!」
「ボクも蛸に絡みつかれる趣味はあまりない、かな」
近くにいた杏理と禁魄を触腕が捕らえ、絡みつく。強靱な筋肉は躯を締め上げ、ミシミシと音を立てた。
二人は触腕を得物で突き、斬り、仲間の機導剣が切り払う。抜け出した時にはハンターも大蛸も並々ならぬ手傷を負っていた。
それはハンターと狂気の根比べであり――屈したのは、狂気。
ぐらりと揺らいだ躯を引きずって、大蛸が海中に逃げ込もうとしたのだ。
「逃がすかっ!」
それを隙と見てクレールが大蛸に飛びかかった。漁師の使っていた銛を拾って肌に突き立ててしがみつくと、零距離から機導砲を頭に叩き込む。
動きの鈍った大蛸に攻撃が降り注ぎ、それでもしぶとく水中に沈もうとする大蛸。ついにその体が海中に入った。
クレールがアルケミストタクトを振り捨て水中銃を突きつける。
(く・た・ば・れ――!)
水の中で叫び、幾度とトリガーを引き絞る。
闇の水底を銃口は閃光で打ち払い、そして弾丸は蛸の外皮を貫いた。
●雨上がって、顛末
「うにゃ~……蛸、消えちゃいましたにゃ」
歪虚の肉体は、負のマテリアルによって維持される。その傾向は歪虚となった期間が長いほど顕著になるという。
数ヶ月の時を生きた大蛸の死体は、力の供給源をなくし消失してしまった。後に残ったのは漁師の死体だけ。
まるで狂気に魘されて見た夢の跡のようですらあった。
「ゲロ上手そうだったのによォ」
「あ、あれは調理しても食べたくないような」
食べ損ねて落胆する者たちに、夕姫が半笑いになりながら洩らした。
「そんな君たちに朗報なんだけど」
禁魄がにこりと笑って何かを取り出す。それは、蛸の死体が残っていたら蛸を調理したのかと驚かせるために用意していた――たこ焼きだった。
「蛸、食べるかい?」
漁村の土を踏んだとき、アリス・ナイトレイ(ka0202)は思わず眉根を寄せてしまった。演技もあったが、少しでも素が漏れてしまうほどに磯の臭いが強い。海岸とは、こんなに悪臭漂う場所であっただろうか?
――狂気の影響が思ったよりもでているのか、それとも別の何かが――。
そんな思考を取りやめたのは、自分に近づく見知らぬ影があったからだ。
「なにか、用かい」
漁師の男だった。
「……旅の途中で、体調を崩してしまいまして。こちらで休ませてもらうことはできるでしょうか?」
無論ただの口実、嘘である。だが、一瞬言葉につまったのはなにも言い訳を考えるためではなかった。男の目の焦点が自分に向いてないものだから、問いかけられたのが自分と思えなかったのだ。
疑われたか不安になるが、むしろ間を置いたのが説得力を増したのか。漁師の男は笑ってうなずいた。粘っこい、ニタリとした笑み。
「ああ、いいとも。食事もごちそうしよう。ゆっくり休んでいくといい」
●遠くの目
「ん、ばっちし。アリスさんは無事潜入できましたです」
豊永 杏理(ka2123)は漁村の方から仲間が身を隠した岩礁まで引き返すと、作戦の成功を告げた。
最初は上手くいって一安心といったところだ。
「アリスにはサンドイッチを渡しておいたらから食事は大丈夫だと思うけど、やっぱり心配ね」
彼女を案じたのは月影 夕姫(ka0102)だ。夕姫は夜まで食事をとれないアリスを思って自作した軽食と水を渡していたのである。アリスもナッツ程度は持っていたが、この程度の軽食なら隠し持つことも可能だろう。
「本人にも言ったことだけど、やっぱり囮を頼むのは申し訳ないわね」
「手記があのくさーい人たちが書いた偽物じゃなかったら、大丈夫のはずですけどにゃー」
杏理は注意深く手記の内容に疑問を持っていた。保険とはかけ過ぎるに越したことはない。
そこで聖盾(ka2154)が首をかしげた。
「あんなに臭いなんて、蛸と同じ海鮮物にでもなったのですかね」
「もしも動く死体だったらB級ホラーみたいなのです……んん? でも誘き出すのならスプラッター物ですかね」
ともあれ、とアルメイダ(ka2440)が脱線しかける話を戻した。
「一度始まったのなら止まらんよ。こちらは今の内に散策して地形を把握しておかないとな」
「そォいうことよォ、とっとと海を散歩と洒落込んじまおうぜェ!」
「大声出したら怪しまれちゃいますって! ともかく、今回の相手は絶対に許せません。徹底的に叩き潰してやらなきゃ。最善の心構えでいきましょう!」
海岸沿いを進んでいく毒々沼 冥々(ka0696)を追おうとしながらも、クレール(ka0586)は歪虚に対する敵意を抑え込み、意気込みを口にする。このまま放置しては確実に死者が増える。なんとしても撃退しなくてはならない。
「なァに、ゲロ細けェこたァ気にしねェいいんだよ! ほれ、あっちが気ィ惹いてくれてるみてえだからよ」
冥々が指を指した方向には、こちらとは正反対の場所から漁村に接触を図ろうとしている者がいた。東雲 禁魄(ka0463)だ。
「僕らは心置きなく探しャいいのさ。ウチの姫様と連中のイケナイ秘め事を覗くベストスポットをな。うひひ!」
●接近
「やあ皆さん! 今日は絶好の航海日和だねぇ」
そんな気さくな声を漁村に響き渡らせたのは東雲 禁魄だった。
彼に捕まったのは海岸に出ていた漁師のひとりだ。
「今日は、海は荒れそうですが」
「おや、そうなのかい? 悪いね、ボクは海についてはよくわからなくてね。ちょうど勉強させてもらいたいと思ってたのさ」
「うちは身内だけだから、そういうのは」
「そう言わずに」
禁魄が和服に忍ばせていた菓子折を取りだそうとしているとき、騒ぎを聞きつけてか並び立つ家屋から何人かの漁師がでてきた。いずれも剣呑な空気。
――ふむ、これは無理そうだ。
会話から、余所者を排斥したい空気を禁魄は悟った。異国の漁師を装って接近するつもりだったが。
――生贄は確保したから余計な者はいらない、といったところかな。
「ダメなら仕方ないね。退散させてもらうとするよ」
顔では飄々と笑みを浮かべつつも肩をすくめてみせれば、禁魄は早々に漁師たちに背を向けた。
頭の中には今し方出会った漁師たちの人数と顔が記憶されていた。そしてどの家屋から出てきたのかも覚えている。これならば、夜の戦闘の際に彼らが蛸のそばにいなかった場合でも対処は容易になる。
「さ、みんなにも教えてお手伝いといかないとね☆」
●這い寄る狂気
もてなしとして出された料理は、なるほど見た目だけなら美味しそうであった。
もっとも、スープの中に得体の知れない混ぜ物がなければ、だが。
「どうぞ、召し上がってください」
漁村の中では比較的大きな家に招かれたアリスは客席に座らされ、目の前の食卓にはスープと水が並べられていた。
むせかえりそうになるほどの磯の香りが充満した室内で、スープは強い香りがしていた。食欲をそそられ、なにも知らなければ手を伸ばしていたかもしれない。だが手記を読んだアリスには、この強い香りもなにかを誤魔化すためのものにしか思えなかった。
アリスの視界にいる漁師は四人。いずれも屈強な体躯の男だが、立ち姿はどこか頼りない。精気がないとでもいうのか。
「いえ、申し訳ありません、食欲が湧かず……お心遣い痛み入るのですが、お水だけ頂いてもいいでしょうか?」
ぎょろり、と八つの眼がアリスを見た。
「かまいませんよ」
アリスは慎重にグラスを手で掴む。臭いは……ある。だが、村の磯臭さ故、気をつけなければ判らなかったかもしれない。
両手でグラスを持って、アリスはそっとまぶたを閉じた。
グラスの水が唇に触れる。
●雨は海水を揺らす
夜になった頃、アリスを除いた一同が岩礁に集結していた。彼らはここまでの時間で、漁村の配置はおおよそ把握していた。
「うーん、祭壇か何かあると思ったんのですが、特に見つかりませんでしたにゃ」
「蛸自体が作り話だ、と言って欲しいところだな」
杏理の言葉に、ややうんざりとした様子でアルメイダはため息をついた。彼女は最近も似た手合いの歪虚と一悶着起こしたところなのだ。
夕姫の表情には少し影が差している。
「生存者は、いませんでしたね。家の中に残されていたらいいんですけど」
「ええ……あ、みなさん見てください。漁師の方々がでてきましたよ!」
聖盾が漁村の家々を見て声を抑えつつ、それでも叫ぶような声音で言った。
幸い月は出ていたので、辛うじて漁村側でアリスを肩に抱えた漁師たちの姿を見つけられた。どうやらアリスは両手を背中側にして縛られているらしい。
夕姫がほっと息をついた。
「無事みたいね」
「うひひ、わからねェぞ。なんせゲロ飢えた男共の中に放り込まれちまったんだからよ」
「そういう不安になる冗談はやめてくださいよ!」
瞳に怒りを灯すクレールは武器に手をかけながら漁師たちをにらみ付ける。彼らは四人。
「残りの四人がどこにいるかは検討がつくね。僕が見かけた連中がいないし、別の家の中にいるはずだ。生贄の確保と捧げる役は分かれてるってところだろうね」
ぱらぱらと雨が降り出す。戦闘に支障はない。
砂浜にたった漁師たちの口が、蠢く。祈りではなく呪いのようで。
瞬間、海面がはじけ飛ぶ。
●ジャイアントキリング
声なのか、単なる空気の漏れ出す音か。おおん、と異音と水をまき散らしながら大蛸は砂浜に現れた。
「そこまでです!」
闇夜を引き裂く声に、アリスは閉じていたまぶたを開いた。瞬間、自分を抱えていた漁師の胴体を光弾が吹き飛ばした。 聖盾による一撃が闇に閃光の軌跡を残して漁師を撃ち貫いたのだ。
砂浜に落下したアリスは口に混じった砂を吐き出しながら、服に隠していたバタフライナイフを掴むと器用にロープを切断して立ち上がる。
「ただの毒だったお陰で、うまくいきました」
アリスは漁師から水を渡されたらピュアウォーターで浄化しようと取り決めていたのだ。そして、そのもくろみは大成功といえた。例え正気を失っても漁師たちは人間だ、人間で可能な範囲で出来る毒の利用に走っていたのは道理であった。
「やあやあ、無事そうでうれしいよ」
「こいつら、既に人並みの知能は持っていなさそうだな」
LEDライトを点灯させるアリスに、禁魄は日本刀で敵を切り伏せ、アルメイダは銃弾で撃ち抜きながら駆け寄っていた。禁魄の方は命綱として腰に巻き付けた縄も引きずっている。
漁師は巣穴を突かれた蟻のような慌てぶりで、追い詰めるのは容易だ。突然の珍客に激昂した残りの漁師ふたりに向けてアルメイダは油断なく発砲する。
別の漁師たちが家屋から飛び出してくるのはすぐだった。手には銛を携え、その先端からはなにがしかの液体が滴っているが――。
「来るぞ!」
「こっちも見えた、撃つわ!」
「飛んで火に入る夏の虫ってなァ! さァゲロおっ始めよォぜ。素敵で愉快な殺処分ショーだ!」
油断なく警戒していたアルメイダが叫び、漁師たちがハンターの元に近寄るより先に夕姫の魔導銃と冥々の二挺拳銃が火を噴いていた。冥々が片手に持った銃で威嚇射撃をすれば、たじろぐ漁師を二人の本命が撃ち抜く。
もし漁師たちの奇襲があることに気づかなければ毒の付着した武器で突かれていたかもしれないが、いくら屈強とはいえ戦い方を知らぬ人間だ。不意さえ突かれなければ対処は容易い。
問題は――
「蛸料理にするには、ちょっと食べ切れなさそうですにゃ!」
猫の霊をその身に降ろした杏理が砂浜を疾駆する。
自分の躯の幾倍はあろうかという大蛸に物怖じせず肉薄したその腕はするどくエストックの刃を繰り出した。
眼を狙った一撃は巨大な触腕に阻まれ、蛸の触腕はうなる。
杏理が飛びよけるのと触腕が砂にたたきつけられたのは同時。砂を水柱のように巻き上げる一撃に吹き飛ばされ、杏理は地面をひっかきながら体勢を立て直した。
「大きすぎて目まで行きにくいにゃ!」
「それなら機導砲で!」
クレールがタクトを大蛸に向ければ、機械エネルギーの弾丸が大蛸の眼と眼の間――眉間に命中した。体格差があり頭部を狙い難い相手なら、距離を置いての射撃ならば狙いはつけやすい。
だが額から黒煙を揺らしながらも、大蛸は依然健在。
「蛸の癖に硬い奴だな」
蛸の方へとやってきたアルメイダも魔導銃で応戦する。
漁師たちの方はといえば、ハンターたちに近づく事すらかなわぬ事は確定していた。
「おいおい、楽器が鳴かねェとライブにならねェだろうがよォ!」
背後から迫る前に気づかれては鴨打ちも同然だった。
生き残っている漁師たちも呼吸をしている程度のもので、そちらの制圧がスムーズにいったのは問題なかった。
「漁師が全滅すると逃げるかとも思ったが……そのそぶりはなさそうだな」
アルメイダが魔導銃を撃つ合間につぶやく。
「まあ、生き物なら攻撃されれば抵抗もするさ。狂気も蟲並みの本能は持ってるってことだろう、ね☆」
片手に持った銃のトリガーを引きながら、 禁魄は口の端をつり上げて笑ってみせる。それは漁師とは違う血の通った笑みだった。
「でもこれで、狂気の相手に専念できます」
虚空から現れた石つぶてが大蛸の丸い頭――胴体を横合いから殴りつけた。アリスの魔法だ。
一瞬、ぐらりと大蛸の躯が傾く。見た目通り、水にはよく効く攻撃だったようだ。
それでも、
「まだまだ硬くてピンピンしてますねぇ~」
「呑気している場合ではないぞ」
素で関心したような声をあげた聖盾にツッコミをいれながら、アルメイダは触腕をかいくぐりながら射撃をする。
「おいおい、僕も混ぜてくれよなァ!」
漁師たちの始末を終えたのか。喜色満面の冥々も二挺拳銃を携えて大蛸相手に参戦する。
無数の弾丸に合間を縫って放たれる刺突に斬撃。だがそれらを受けても蛸はよろめきこそすれ倒れなかった。
おおん、と不気味な音が鳴り、
――八本の触腕が乱舞する。
それは八本の巨大な鞭がでたらめに振るわれているのと同じことだった。
触腕が砂浜を抉り、倒れた漁師の躯を叩いた。ぐしゃりと躯は断末魔の悲鳴をあげて蟲のようにひしゃげる。
二メートル以上はあろうかという触腕をでたらめに振るわれて、ハンターたちは皆一様に躯を打ち据えられた。
さらに大蛸がひゅうと空気を吸い込めば、勢いよく水の塊を乱射した。
聖盾が盾で受け止めると躯がはじき飛ばされ、腕は電流の走ったような痺れが走り抜ける。
「か、回復と防御が間に合いません……!」
「とにかく攻撃し続けるしかないわ。こんなところで折れるつもりなんて更々ないんだから!」
「くはッ、狂気ッても殺せば死ぬんだろ、それじゃ狂い方はゲロ甘ェ!」
夕姫や冥々だけではない。他のハンターたちも血を吐きながらも集中砲火を大蛸に浴びせかけた。
「にゃっ、くっつかれるのはちょっと嫌にゃ!」
「ボクも蛸に絡みつかれる趣味はあまりない、かな」
近くにいた杏理と禁魄を触腕が捕らえ、絡みつく。強靱な筋肉は躯を締め上げ、ミシミシと音を立てた。
二人は触腕を得物で突き、斬り、仲間の機導剣が切り払う。抜け出した時にはハンターも大蛸も並々ならぬ手傷を負っていた。
それはハンターと狂気の根比べであり――屈したのは、狂気。
ぐらりと揺らいだ躯を引きずって、大蛸が海中に逃げ込もうとしたのだ。
「逃がすかっ!」
それを隙と見てクレールが大蛸に飛びかかった。漁師の使っていた銛を拾って肌に突き立ててしがみつくと、零距離から機導砲を頭に叩き込む。
動きの鈍った大蛸に攻撃が降り注ぎ、それでもしぶとく水中に沈もうとする大蛸。ついにその体が海中に入った。
クレールがアルケミストタクトを振り捨て水中銃を突きつける。
(く・た・ば・れ――!)
水の中で叫び、幾度とトリガーを引き絞る。
闇の水底を銃口は閃光で打ち払い、そして弾丸は蛸の外皮を貫いた。
●雨上がって、顛末
「うにゃ~……蛸、消えちゃいましたにゃ」
歪虚の肉体は、負のマテリアルによって維持される。その傾向は歪虚となった期間が長いほど顕著になるという。
数ヶ月の時を生きた大蛸の死体は、力の供給源をなくし消失してしまった。後に残ったのは漁師の死体だけ。
まるで狂気に魘されて見た夢の跡のようですらあった。
「ゲロ上手そうだったのによォ」
「あ、あれは調理しても食べたくないような」
食べ損ねて落胆する者たちに、夕姫が半笑いになりながら洩らした。
「そんな君たちに朗報なんだけど」
禁魄がにこりと笑って何かを取り出す。それは、蛸の死体が残っていたら蛸を調理したのかと驚かせるために用意していた――たこ焼きだった。
「蛸、食べるかい?」
依頼結果
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作戦相談卓 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/08/30 21:59:02 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/27 17:17:34 |