ゲスト
(ka0000)
【龍奏】変わり果てし者
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/02 15:00
- 完成日
- 2016/05/16 00:21
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
一体の吸血鬼が、リグ・サンガマ北部の地を踏んだ。右腕と心臓周りを機導で補強され、運動能力を向上した個体だ。
それの目的は、とある男を見つけ出し、背負った三つの木箱を届けること。しかし吸血鬼は、自分がただの運び屋という役割しか与えられなかったことに少し不満を持っていた。
木箱の重さはかなりの物だ。これを背負って長い距離を歩くのは、非常に労力が必要だった。
しかし、これは自分がやるような仕事なのだろうか。
確実性。場所柄。使い方の説明をする必要がある。等々。
こじつければ色々と考えられるが、どれも余りしっくりこなかった。考えたくもないが、一番の理由は自分がそれほど位の高い存在ではないということか。
そんなことを考えながらふらふらとクレバス周辺を歩き続け、そして、とある岩陰に人影が蹲っているのを見つけた。
「お前がグラハムか?」
吸血鬼が声を掛ければ、その男はちらりと視線をこちらに向ける。
「……グラハム……グラハム? ああ……グラハム。地球人のグラハム……そう、あの光が……黒い目が……グラハム……頭に、響く……」
男の声は蚊の鳴くように小さく、また言っている意味は半分も分からなかった。ただ適当な言葉の羅列を、ひたすら呟いているようにしか聞こえない。
落ちくぼんだ目、伸びっぱなしの髪とヒゲ、光の無い目。顔だけ見れば、男は薄汚れた浮浪者のようにしか見えなかった。
しかし対して、その肉体は筋骨隆々だった。上背もあり、がっちりとした体格は歴戦の戦士を思わせる。
そんな男が蹲って、ぶつぶつと何も見えていないかのように小さく何かを呟き続ける様はいっそ異様だった。
しかし、聞いていた容姿と合致する。
「いいか、こいつはあのお方から預かった携行式の――」
木箱を下ろし、吸血鬼は早々に話を進めることにした。男の姿に、何か良くない物を覚えたからだ。
そして、吸血鬼のその感覚は大正解だった。ただ一つの間違いは、全てが少し遅かったこと。
「……ああ、私は、地球人が」
吸血鬼が色々説明しようと、男から少し視線を外したその瞬間だった。
男がナイフを素早く取り出し、視線、瞬き、呼吸、思考の隙間を縫って吸血鬼の意識の外から背後に回る。そしてそれと同時に、その喉元をナイフが通り過ぎていた。
声を上げることすら叶わなかった。ぱっくりと開いた傷口から、どろりと青黒い粘液が零れる。
「ふふ……ぐふぁふはは……」
男は力の抜けた吸血鬼の体を突き飛ばすと、流れる様にその上に馬乗りになる。男の顔には先程までの無から一転、零れるような満面の笑みが浮かんでいた。
「地球人! 外来種よ! 貴様らは、滅びねばならないっ! この地に不浄と不和と不義理をもたらし在来種の未来を奪う屑共がなんで俺の、俺は、俺だけが俺様の地球人が地球人を死ね死ね死ね殺すぶち殺すっ! ぐふぁはははははははははっ!」
そして口角泡飛ばし叫び散らしながら嵐のようにナイフが振り下ろされる。その一撃一撃が正確に人体のあらゆる急所を捉え、確実に吸血鬼を殺していった。
非常に効率的な殺し方を、非常に効率悪く数十は繰り返し――やがて男の手から、ナイフが滑り落ちカランと音を立てる。
「……ああ、神よ。この試練は、何のために……」
先程までが嘘のように小さく呟き、静かに男が立ち上がる。そしてふらふらと、空しく地面に転がった木箱の元へと向かって行った。
吸血鬼が運び屋に選ばれた理由はただ一つ。殺されても、特に問題がなかったからだ。
●
”星の傷跡”と呼ばれるその場所に、多数の人類側勢力が威力偵察を行うこととなった。
連合軍はアニタ・カーマイン(kz0005)に、その援護を命じる。周辺に存在する敵の戦力を特定、洞窟内への進入を手助けするという内容だ。
しかし、
「そんな……何であんたが……!」
その姿を遠くに見つけたとき、アニタはとりあえず銃を構えるという基本的なことすら忘れてしまっていた。ほんの数瞬のことだが、ただぼうっと佇み、驚愕に目を見開く。
ガチン、と金属音が響く。
――銃身が一つ回転し、次弾が装填された音だ。
アニタはその音にハッと我を取り戻し、咄嗟に岩陰に飛び込んでいた。
次の瞬間、無数の炸裂音と共に弾丸の嵐がアニタを襲った。
「クソがっ、最悪の展開だ!」
忌々しく掃き捨て、ぎりりと歯を噛む。
「おいグラハム! グラハム・トールマン! 聞こえてたら、まともに考える頭があるなら返事をしろ! 何であんたが、あんたほどの奴がそんなことになっちまってんだ!」
大分雰囲気は変わってしまっているが、それでも気付かないはずがない。
グラハム・トールマン。本来ならばアニタではなく、サルヴァトーレ・ロッソの傭兵隊長を務めるはずだった男だ。そして、アニタに戦いの全てを教えてくれた養父の、かつての戦友。
――老兵は潔く退き、若者に身を任せるべきだと私は思うがね。
グラハムが隊長に推薦されたとき、飄々と笑ってそう言った彼の姿を、決して忘れることはない。
「……聞こえている、聞こえているぞ地球人。そうだ……君たちのせいで私は……私は頭の中の瞳が消えることのない苦痛を全てに! 皆殺しだ地球人共っ! 死んじまえやあああははははははっ!」
どうやら、まともに話の通じる様子はない。
背後に銃撃が岩を穿つ振動を感じながら、アニタは一度目を瞑り、大きく息を吐く。
「……なんだろうな。ようやく見つけたと思ったら、この有様かい。全く、つくづくツいてない」
グラハムの構える武器は、およそ人間の扱うものではなかった。
両前腕に沿って平行に装着された二つの巨大な多銃身機関銃、ガトリングガン。あちらの世界では、戦闘ヘリや戦闘機に積まれているような代物だ。
ほんの一瞬だが、背負っている大きな金属製の箱から銃身へ、弾帯が繋がっているのが見えた。あの箱の中に、弾薬が詰まっているのだろう。対人用の口径だと仮定し、あの箱の大きさと照らし合わせれば、弾数は数千発といったところか。
「そうか。もう、人間じゃないんだねえ」
思わず、皮肉のような笑いが零れた。
「――分かったよ」
ガチャリと、アニタはライフルのマガジンを交換した。中途半端に残っていた中身は捨てて、弾がたっぷり詰まった真新しいものに。
「あんたを殺そうってんだ。半端な覚悟じゃ、失礼ってものさ」
かつての思い出など、こうなってはもう要らない。今は亡き養父との思い出話も聞き飽きた。
だから、餞別代わりに死を送ろう。
恐らくは、彼もそれを望んでいるはずだ。
それの目的は、とある男を見つけ出し、背負った三つの木箱を届けること。しかし吸血鬼は、自分がただの運び屋という役割しか与えられなかったことに少し不満を持っていた。
木箱の重さはかなりの物だ。これを背負って長い距離を歩くのは、非常に労力が必要だった。
しかし、これは自分がやるような仕事なのだろうか。
確実性。場所柄。使い方の説明をする必要がある。等々。
こじつければ色々と考えられるが、どれも余りしっくりこなかった。考えたくもないが、一番の理由は自分がそれほど位の高い存在ではないということか。
そんなことを考えながらふらふらとクレバス周辺を歩き続け、そして、とある岩陰に人影が蹲っているのを見つけた。
「お前がグラハムか?」
吸血鬼が声を掛ければ、その男はちらりと視線をこちらに向ける。
「……グラハム……グラハム? ああ……グラハム。地球人のグラハム……そう、あの光が……黒い目が……グラハム……頭に、響く……」
男の声は蚊の鳴くように小さく、また言っている意味は半分も分からなかった。ただ適当な言葉の羅列を、ひたすら呟いているようにしか聞こえない。
落ちくぼんだ目、伸びっぱなしの髪とヒゲ、光の無い目。顔だけ見れば、男は薄汚れた浮浪者のようにしか見えなかった。
しかし対して、その肉体は筋骨隆々だった。上背もあり、がっちりとした体格は歴戦の戦士を思わせる。
そんな男が蹲って、ぶつぶつと何も見えていないかのように小さく何かを呟き続ける様はいっそ異様だった。
しかし、聞いていた容姿と合致する。
「いいか、こいつはあのお方から預かった携行式の――」
木箱を下ろし、吸血鬼は早々に話を進めることにした。男の姿に、何か良くない物を覚えたからだ。
そして、吸血鬼のその感覚は大正解だった。ただ一つの間違いは、全てが少し遅かったこと。
「……ああ、私は、地球人が」
吸血鬼が色々説明しようと、男から少し視線を外したその瞬間だった。
男がナイフを素早く取り出し、視線、瞬き、呼吸、思考の隙間を縫って吸血鬼の意識の外から背後に回る。そしてそれと同時に、その喉元をナイフが通り過ぎていた。
声を上げることすら叶わなかった。ぱっくりと開いた傷口から、どろりと青黒い粘液が零れる。
「ふふ……ぐふぁふはは……」
男は力の抜けた吸血鬼の体を突き飛ばすと、流れる様にその上に馬乗りになる。男の顔には先程までの無から一転、零れるような満面の笑みが浮かんでいた。
「地球人! 外来種よ! 貴様らは、滅びねばならないっ! この地に不浄と不和と不義理をもたらし在来種の未来を奪う屑共がなんで俺の、俺は、俺だけが俺様の地球人が地球人を死ね死ね死ね殺すぶち殺すっ! ぐふぁはははははははははっ!」
そして口角泡飛ばし叫び散らしながら嵐のようにナイフが振り下ろされる。その一撃一撃が正確に人体のあらゆる急所を捉え、確実に吸血鬼を殺していった。
非常に効率的な殺し方を、非常に効率悪く数十は繰り返し――やがて男の手から、ナイフが滑り落ちカランと音を立てる。
「……ああ、神よ。この試練は、何のために……」
先程までが嘘のように小さく呟き、静かに男が立ち上がる。そしてふらふらと、空しく地面に転がった木箱の元へと向かって行った。
吸血鬼が運び屋に選ばれた理由はただ一つ。殺されても、特に問題がなかったからだ。
●
”星の傷跡”と呼ばれるその場所に、多数の人類側勢力が威力偵察を行うこととなった。
連合軍はアニタ・カーマイン(kz0005)に、その援護を命じる。周辺に存在する敵の戦力を特定、洞窟内への進入を手助けするという内容だ。
しかし、
「そんな……何であんたが……!」
その姿を遠くに見つけたとき、アニタはとりあえず銃を構えるという基本的なことすら忘れてしまっていた。ほんの数瞬のことだが、ただぼうっと佇み、驚愕に目を見開く。
ガチン、と金属音が響く。
――銃身が一つ回転し、次弾が装填された音だ。
アニタはその音にハッと我を取り戻し、咄嗟に岩陰に飛び込んでいた。
次の瞬間、無数の炸裂音と共に弾丸の嵐がアニタを襲った。
「クソがっ、最悪の展開だ!」
忌々しく掃き捨て、ぎりりと歯を噛む。
「おいグラハム! グラハム・トールマン! 聞こえてたら、まともに考える頭があるなら返事をしろ! 何であんたが、あんたほどの奴がそんなことになっちまってんだ!」
大分雰囲気は変わってしまっているが、それでも気付かないはずがない。
グラハム・トールマン。本来ならばアニタではなく、サルヴァトーレ・ロッソの傭兵隊長を務めるはずだった男だ。そして、アニタに戦いの全てを教えてくれた養父の、かつての戦友。
――老兵は潔く退き、若者に身を任せるべきだと私は思うがね。
グラハムが隊長に推薦されたとき、飄々と笑ってそう言った彼の姿を、決して忘れることはない。
「……聞こえている、聞こえているぞ地球人。そうだ……君たちのせいで私は……私は頭の中の瞳が消えることのない苦痛を全てに! 皆殺しだ地球人共っ! 死んじまえやあああははははははっ!」
どうやら、まともに話の通じる様子はない。
背後に銃撃が岩を穿つ振動を感じながら、アニタは一度目を瞑り、大きく息を吐く。
「……なんだろうな。ようやく見つけたと思ったら、この有様かい。全く、つくづくツいてない」
グラハムの構える武器は、およそ人間の扱うものではなかった。
両前腕に沿って平行に装着された二つの巨大な多銃身機関銃、ガトリングガン。あちらの世界では、戦闘ヘリや戦闘機に積まれているような代物だ。
ほんの一瞬だが、背負っている大きな金属製の箱から銃身へ、弾帯が繋がっているのが見えた。あの箱の中に、弾薬が詰まっているのだろう。対人用の口径だと仮定し、あの箱の大きさと照らし合わせれば、弾数は数千発といったところか。
「そうか。もう、人間じゃないんだねえ」
思わず、皮肉のような笑いが零れた。
「――分かったよ」
ガチャリと、アニタはライフルのマガジンを交換した。中途半端に残っていた中身は捨てて、弾がたっぷり詰まった真新しいものに。
「あんたを殺そうってんだ。半端な覚悟じゃ、失礼ってものさ」
かつての思い出など、こうなってはもう要らない。今は亡き養父との思い出話も聞き飽きた。
だから、餞別代わりに死を送ろう。
恐らくは、彼もそれを望んでいるはずだ。
リプレイ本文
理由は分からないが、いつの間にか銃撃がやんでいた。
しかしこれは都合が良い。音につられてトカゲ型歪虚が集まってきているのが気になるが、ハンター達は岩陰に隠れ、改めて反撃の準備を整える。
「随分と熱烈な歓迎をしてくれるな……ステラと言ったか? 歓迎の挨拶は、もう少し慎み深くと言ってやってくれ」
アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は辺りの様子を伺いながら、呆れたように口にした。
「アニタだ。……悪いな。言ってやろうにも、二年も会ってないと言葉が通じないらしくてね」
「んんー、随分イカレちまってるみたいだしねぇ。こりゃおっさんのがまだマシなんじゃねえの? 一応、言葉は通じるしぃ?」
鵤(ka3319)はへらへらと笑いながら、ちらりと岩陰から外に目をやり、寄ってきたトカゲの位置を確認する。
「グラハムさん、リアルブルーの方がお嫌いなんでしょうか……?」
背負った大盾の括りを外しながら、ミュオ(ka1308)は呟く。
「あれ、でもアニタさんとお知り合いって事は……あの人って、サルヴァトーレ・ロッソに乗ってたんですか?」
「……ああ、そうだ」
アニタが頷く。
「そういえば、アンタほどの人がって……何? あれ元軍人なの?」
結城 藤乃(ka1904)が尋ねれば、アニタはまた首を縦に振った。
「へぇ? ならあんな物騒なモン担がなくても、ナイフ一本有れば十分強いってことでOK?」
藤乃の問いにアニタが答える。近接のみならず、およそ戦闘と呼べるものにおいてグラハムに苦手など無いらしい。
「人間やめた元人間。んで、元傭兵ね。……こりゃ、命がけのご依頼になりそうだねえ」
カッツ・ランツクネヒト(ka5177)が肩を竦める。
あの様子で、どこまで生前の能力を保持しているか分からないが、少なくとも警戒はしておくべきだろう。
「でも、先ずはガトリングガンをどうにかしないとだね」
ちらりとアニタの横顔に目をやって、超級まりお(ka0824)はそう口にした。
彼女の覚悟は見て取れる。ならば何も言わず、全力で協力するだけだ。
ハンター達は程なく作戦を決める。未だに、追加の銃撃は来ないようだった。
そんな中で、ディーナ・フェルミ(ka5843)だけは武器を手にできなかった。
「……人を助けたくて、私は聖導士になったの」
親しい人と、最期に言葉一つ交わせない。それは、とても悲しいことだと彼女は思う。
●
「…………いきましょう」
エリス・カルディコット(ka2572)は銃を手に、岩に背を預ける。
グラハムは、既に人間ではない。呼吸を一つ、そのことを理解すると、せめて自分達の手で終わらせる決意を込めて弾丸を装填した。
「それじゃあ行くよ……ヒアーウィーゴー!」
合図と共に、まりおとエリス、アデリシア、カッツ、ミュオが動いた。
まりおは囮になるべく岩から右方向へと飛び出し、少しの間を置いてエリスが狙撃のし易い岩場へと急ぐ。
アデリシアとカッツはまりおと逆側、左方向へと同じく囮役を担って走る。
そしてミュオは、自分の体を隠すように大盾を構えてグラハムの真正面へと躍り出た。
「アニタさんも、一緒にどうぞ。後ろに隠れながら狙って貰えると嬉しい、です」
「そうさせて貰おうかね」
屈めばアニタの姿も盾に隠れる。それを利用して、少しでも近づいておきたい。
「アニタさん! 狂気さん……じゃなかった、グラハムさんに行動阻害をお願いするの」
ディーナはアニタに声を掛け、自らも盾を構えて前衛の距離まで移動を開始した。
しかし、
「何か、静かだね」
そうして一行が動き始めても、銃撃は飛んでこなかった。それどころか、先程まであれほど饒舌だったグラハムは喋りもしない。背を丸めて、ゆらゆらと体を揺らしているだけだ。
まりお、アデリシア、カッツの囮組は、容易に次の岩場まで辿り着き身を隠した。ミュオは盾を構えたままゆっくりと前に出るが、同じくグラハムに反応はない。
「あれま、おねむの時間かねえ?」
「妙な気配ね」
鵤が嘯くのも気にせず、藤乃は呟いた。
そこにトカゲ歪虚の鳴き声が響く。どうやら、もう大分近くまで来ていたらしい。巨大な影は四つ。前方から砂煙を上げる。
「はいはいトカゲ君はお呼びじゃないねえ」
ちらりとまた岩の上から外に視線をやり、鵤はデルタレイを発動する。
狙いは後衛に距離が近い三匹。マテリアルを込めれば三条の光線が、同時に迸ってトカゲを焼いた。
「射線に誘導したいけど……」
何故か動かないグラハムの狙いは分からない。仕方なく藤乃は鵤の攻撃しなかった一体に狙いを定め、銃撃を叩き込んだ。
黄色く濁った八つの眼球が、上手く二人の方へと向いた。
そして次の瞬間。
「だぁから! 怠惰なる地球人は疾く朽ち果てるべきなのだ!」
突如、グラハムが勢いよく顔を上げた。その目は岩陰から顔を出したまりおの方を、ぎょろりと睨む。
「ちぃきゅうじぃん!」
「急だね!」
二つのガトリングが一斉に火を噴いた。弾丸が豪雨のように、まりおの隠れる岩へと降り注ぐ。
「ちっ、両方そっちか!」
「その位置では狙撃は難しいな」
カッツとアデリシアが、敢えて身を乗り出す。だがグラハムはそれに反応しない。それどころか、ガトリングを回転させたまま、グラハムは地面を蹴って大きくまりおの方へと跳び上がった。
「うわっ!」
突然弾丸の軌道が頭上から、そして正面へと移動しまりおは慌てて横に跳ぶ。
「逃げ惑え地球人よ!」
グラハムが巨大な銃身を、まるで近接武器であるかのように素早く振り回す。その動きは異様に軽快で、次々に襲い来る鋼鉄の鈍器をまりおは必死に躱していく。
「これは、まずいですね」
エリスは急いで、冷気を込めた銃弾でグラハムの背負った弾倉を狙う。
しかしその瞬間を読まれていたかのように、タイミング良くグラハムが大きく飛び退きそれを躱すと、今度はまりおに銃口を向ける。
「アニタさん!」
「ああ!」
ミュオは焦る。その背後で、アニタは冷静にライフルの引き金を引いた。
弾帯に着弾。だが破壊には至らず、弾かれたようにグラハムがこちらを向いた。
そして片方の銃口が、今度はアニタへと向けられた。
「下がって!」
咄嗟にミュオが盾を前に出す。刹那、連続した轟音が盾を揺らした。
「グラハムさんっ、正気に戻るの!」
ディーナはグラハムに駆け寄り、マテリアルを込めて鎮魂の歌を唄う。少しでも狂気が薄くなるようにと、紡ぎ上げるのはエクラの聖歌。
だが、グラハムは聞こえていないかのようにこちらを見もしない。それでもディーナは、心を込めて歌い続ける。
「鬼さんこちら、なーんてねぇー」
グラハムの視線が別へ向いている事を確認し、鵤はトカゲとの直線距離がガトリングの射線と交差する角度に位置する岩へと移動する。
その影へと滑り込むと同時に、再び眼前に輝く三角形を作り出す。放つ光線はトカゲの目を引くように、真正面からその鼻面に叩き付ける。
「アニタさん、貴女は……」
アニタはグラハムへ向け、その動きを止めるべく引き金を引いている。
それを視界の隅に映しながら、藤乃はグラハムの射線近くへと迷い込んだトカゲの足元に向け正確な射撃を放った。
びくりと、弾けた地面に驚いてトカゲが足を止める。
「何で僕ばっかりー!」
その影に、弾雨に追われたまりおが飛び込んだ。直後、トカゲが無数の弾丸を横腹に受け、断末魔の声を上げた。
「無視とは、納得がいかないな」
グラハムはこちらを狙わない。アデリシアはその状況に不満を抱くが、それを利用しない手はなかった。元々の計画通り、岩陰から飛び出して白兵戦の距離まで肉薄する。
「確かにこれじゃあ、囮とは言えねえわな!」
追ってカッツも地面を蹴る。最早翻弄しようにも、近づくしかないようだ。
アデリシアが手裏剣を放つ。回転する刃は一直線にグラハムへと飛んでいき――振り上げられた肘に下から叩かれ弾かれる。
「見て無くても防御はするのな!」
次いで放たれたカッツの斬撃も、不意に歩調を変えたグラハムに躱されてしまう。
と、また次の瞬間だった。
「ああ……何故だ。何故あの目は、未だに……」
グラハムが何かを呟いたかと思うと、銃撃もその動きもゆっくりと残響のように止まっていった。
「な、何なの?」
「よく分かりませんが、今のうちです」
エリスはこの隙に、弾倉を破壊するべく照準を覗き込み引き金に指を掛ける。
そして――照準の中で、グラハムの目だけがこちらを向いた。
「俺……私の、目を……見ろ、見るな……」
目が合う。その瞬間。
――黒々と澱むどろりとした液体の底、濁った一つの眼球が、じっとエリスを見つめた。
「……っ!」
自らの銃が発した炸裂音が、彼の意識を引き摺り上げた。
「い、今のは」
心臓が痛いほどに早鐘を打っていた。知らず指が震えて銃身とぶつかり、カタカタと音を立てる。
抗いようのない恐怖を、脳に直接流し込まれたようだった。
「皆さん、あの方の目を見てはいけません!」
咄嗟に大声を上げる。
「何かあったのっ?」
まりおは尋ねながら、一足飛びに接敵すると弾帯へ狙いを定めて刀を振り下ろす。
「何か、得体の知れないものを見ました……」
まりおの一刀は、しかしほんの少し軸をずらす動きで躱される。
「……これの能力か? 何にせよ、気をつけるべきだな」
「ガン=カタだけじゃないの、瀕死体験まっしぐらなの。でもっ……」
アデリシアはまりおへと、プロテクションをかける。その横で、ディーナは諦めず歌を紡いだ。
「ま、ハチノスになるよかマシ、かね?」
カッツもまた弾帯へと攻撃を仕掛ける。
そこに合わせてアニタの銃撃も加わるが――しかしどれもが最小の動きで躱されてしまう。
「目を見ない、目を見ない……」
グラハムがアニタを狙ったとなれば、防御を解除するわけにはいかない。ミュオはガトリングが破壊された場合を考え、少しでも不意を突ける距離へと近づいていく。
鵤と藤乃は、トカゲの相手に手間取っていた。
グラハムの援護射撃が望めない以上、自力で相手取らなければならないが、
「思ったより硬いわね」
大きさに比例するようなタフさに、決定的な一撃を与えられないでいた。既に幾度か風穴を開けてはいるが、血塗れになりながらも倒れてくれない。
とはいえ、殲滅は時間の問題だろう。
「はいはい残念さようならってかぁ?」
銃撃を受けながらも突撃を仕掛けてきた一体が、鵤の攻性防壁が放つ雷撃に大きく弾き飛ばされる。そしてすかさず、拳銃を頭部に向けて引き金を引いた。
弾丸が鱗を砕き肉を抉り、血飛沫を撒き散らす。
「その位置、丁度良いわね」
続けて藤乃の銃が冷気を孕んで火を噴いた。鵤の作った銃創を正確に撃ち抜いて、トカゲの体内でマテリアルが渦を巻く。
次の瞬間には、トカゲは白く冷気を上げる氷像と化していた。グラハムが再び活動的になれば、良い壁として機能するだろう。
●
グラハムの意味の通らない叫び声がこだまし、戦場に弾丸の嵐が吹き荒れる。
どうやらグラハムは定期的に、静と動を繰り返す性分のようだ。まりおに藤乃、鵤、アニタだけを狙った攻撃をどうにか躱して一撃を入れるが、どれも決定打には至らない。
「諦めないからね……!」
縦横無尽に動き回り、近接も射撃もグラハムは強烈にこなしていく。そのあおりを最も間近で受けるまりおは、既に息も絶え絶えだ。だがそれでも、必死に隙を突いて刀を振るっていく。
そしてその内の一撃が、ようやく届いた。刃はグラハムの腕に食い込み、真っ赤な鮮血が吹き上がる。
「これほどの力量……さぞ勇敢な戦士だったのだろう」
グラハムにたじろぐ様子はないが、それでも少しだけ動きの止まった一瞬を狙い、アデリシアのワイヤーが風を切った。
「見るにしのびぬ。そろそろ、戦神オナにおいて、その身も魂のもとに送ってやらねばな!」
グラハムの足首にワイヤーが巻き付く。
このまま引き倒す。アデリシアが思い切りワイヤーを引くが――しかし動かない。
「おお在来の者、しばし待たれよ今に地球人を皆殺しぃひゃっはははっ!」
アデリシアの存在に今気付いたかのような言葉と共に、グラハムが腕を振り、ガトリングの先端がワイヤーに叩き付けられる。その力は尋常ではなく、一瞬でアデリシアの腕が持って行かれそうになる。
「させねえよ!」
そこにカッツが飛び込んでいた。ワイヤーを掴み、力の限り引き寄せる。
「アニタさん、下がって下さい!」
ミュオが、アニタを守っていた盾を捨てる。そして動きの止まったグラハムの足元に、大きく踏み込んでからの渾身撃を叩き込んだ。
ぐらりと、初めてグラハムの体が傾ぐ。
「ヒューゥ、皆やるじゃーん」
「ようやく隙を見せたわね」
好機を逃す彼らではない。
鵤が幾度目かの三角形を眼前に作り出し、光線を放つ。迸る三つの光は過たず、二本の銃身とグラハムの胸を直撃した。
藤乃はこれが最後と、ありったけのマテリアルを弾丸に込めて放つ。白煙を伴う弾丸がグラハムの肩に突き刺さり、弾かれ上を向いた銃身をそのまま固定する。
「今度こそ、一撃必殺でございます」
そして完全に動きの止まった左の弾帯を狙って、エリスは引き金を引いた。マテリアルにより劇的に速度を増した弾丸の威力は、ダメージを与えるに十二分。
バキンと大きな音を立て、散々こちらを苦しめた弾帯の繋ぎ目が、粉々に砕け散った。
ようやく片方。そう思ったときには、グラハムは敵意を消して後ろに飛び退いていた。
「待ちなさい!」
明らかな撤退。
咄嗟にエリスの放った制圧射撃は、大きく振られたガトリングに阻まれ叩き落とされる。
だが、
「心の中から狂気の王の目を退けるの手伝うの! アニタさんが来ているの、貴方の言葉を贈ってほしいの!」
その腰元に、いつの間にかディーナがしがみついていた。
「そんなものはどうでもいい! 早く離れろ!」
アニタの声に、ディーナは大きく首を振る。そして、ありったけの想いを込めて、赦しの魔法をその口に――
「ああ……救済など……あの目が、私を見る限り……」
小さく呟くグラハムがディーナの頭を鷲づかみ、その目を、無理矢理覗き込んだ。
「ひぅっ……!」
小さく悲鳴を上げて、その体が一瞬強ばり、次いで一気に力が抜ける。
そして、引き剥がされ投げ捨てられたディーナに全員の視線が向いた瞬間。その空隙を突いて煙のように――グラハムの姿は、消えてしまっていた。
●
「そっか、貴女は撃てるのね……私、は……」
僅かに震える唇で、覚醒を解いた藤乃は消え入るように呟いていた。深く息を吸って、何とか意識を整える。
似た経験をし、尚引き金を引いたアニタの姿。そこに生まれた戸惑いが、うっすらと彼女の心に残っていた。
しかしこれは都合が良い。音につられてトカゲ型歪虚が集まってきているのが気になるが、ハンター達は岩陰に隠れ、改めて反撃の準備を整える。
「随分と熱烈な歓迎をしてくれるな……ステラと言ったか? 歓迎の挨拶は、もう少し慎み深くと言ってやってくれ」
アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は辺りの様子を伺いながら、呆れたように口にした。
「アニタだ。……悪いな。言ってやろうにも、二年も会ってないと言葉が通じないらしくてね」
「んんー、随分イカレちまってるみたいだしねぇ。こりゃおっさんのがまだマシなんじゃねえの? 一応、言葉は通じるしぃ?」
鵤(ka3319)はへらへらと笑いながら、ちらりと岩陰から外に目をやり、寄ってきたトカゲの位置を確認する。
「グラハムさん、リアルブルーの方がお嫌いなんでしょうか……?」
背負った大盾の括りを外しながら、ミュオ(ka1308)は呟く。
「あれ、でもアニタさんとお知り合いって事は……あの人って、サルヴァトーレ・ロッソに乗ってたんですか?」
「……ああ、そうだ」
アニタが頷く。
「そういえば、アンタほどの人がって……何? あれ元軍人なの?」
結城 藤乃(ka1904)が尋ねれば、アニタはまた首を縦に振った。
「へぇ? ならあんな物騒なモン担がなくても、ナイフ一本有れば十分強いってことでOK?」
藤乃の問いにアニタが答える。近接のみならず、およそ戦闘と呼べるものにおいてグラハムに苦手など無いらしい。
「人間やめた元人間。んで、元傭兵ね。……こりゃ、命がけのご依頼になりそうだねえ」
カッツ・ランツクネヒト(ka5177)が肩を竦める。
あの様子で、どこまで生前の能力を保持しているか分からないが、少なくとも警戒はしておくべきだろう。
「でも、先ずはガトリングガンをどうにかしないとだね」
ちらりとアニタの横顔に目をやって、超級まりお(ka0824)はそう口にした。
彼女の覚悟は見て取れる。ならば何も言わず、全力で協力するだけだ。
ハンター達は程なく作戦を決める。未だに、追加の銃撃は来ないようだった。
そんな中で、ディーナ・フェルミ(ka5843)だけは武器を手にできなかった。
「……人を助けたくて、私は聖導士になったの」
親しい人と、最期に言葉一つ交わせない。それは、とても悲しいことだと彼女は思う。
●
「…………いきましょう」
エリス・カルディコット(ka2572)は銃を手に、岩に背を預ける。
グラハムは、既に人間ではない。呼吸を一つ、そのことを理解すると、せめて自分達の手で終わらせる決意を込めて弾丸を装填した。
「それじゃあ行くよ……ヒアーウィーゴー!」
合図と共に、まりおとエリス、アデリシア、カッツ、ミュオが動いた。
まりおは囮になるべく岩から右方向へと飛び出し、少しの間を置いてエリスが狙撃のし易い岩場へと急ぐ。
アデリシアとカッツはまりおと逆側、左方向へと同じく囮役を担って走る。
そしてミュオは、自分の体を隠すように大盾を構えてグラハムの真正面へと躍り出た。
「アニタさんも、一緒にどうぞ。後ろに隠れながら狙って貰えると嬉しい、です」
「そうさせて貰おうかね」
屈めばアニタの姿も盾に隠れる。それを利用して、少しでも近づいておきたい。
「アニタさん! 狂気さん……じゃなかった、グラハムさんに行動阻害をお願いするの」
ディーナはアニタに声を掛け、自らも盾を構えて前衛の距離まで移動を開始した。
しかし、
「何か、静かだね」
そうして一行が動き始めても、銃撃は飛んでこなかった。それどころか、先程まであれほど饒舌だったグラハムは喋りもしない。背を丸めて、ゆらゆらと体を揺らしているだけだ。
まりお、アデリシア、カッツの囮組は、容易に次の岩場まで辿り着き身を隠した。ミュオは盾を構えたままゆっくりと前に出るが、同じくグラハムに反応はない。
「あれま、おねむの時間かねえ?」
「妙な気配ね」
鵤が嘯くのも気にせず、藤乃は呟いた。
そこにトカゲ歪虚の鳴き声が響く。どうやら、もう大分近くまで来ていたらしい。巨大な影は四つ。前方から砂煙を上げる。
「はいはいトカゲ君はお呼びじゃないねえ」
ちらりとまた岩の上から外に視線をやり、鵤はデルタレイを発動する。
狙いは後衛に距離が近い三匹。マテリアルを込めれば三条の光線が、同時に迸ってトカゲを焼いた。
「射線に誘導したいけど……」
何故か動かないグラハムの狙いは分からない。仕方なく藤乃は鵤の攻撃しなかった一体に狙いを定め、銃撃を叩き込んだ。
黄色く濁った八つの眼球が、上手く二人の方へと向いた。
そして次の瞬間。
「だぁから! 怠惰なる地球人は疾く朽ち果てるべきなのだ!」
突如、グラハムが勢いよく顔を上げた。その目は岩陰から顔を出したまりおの方を、ぎょろりと睨む。
「ちぃきゅうじぃん!」
「急だね!」
二つのガトリングが一斉に火を噴いた。弾丸が豪雨のように、まりおの隠れる岩へと降り注ぐ。
「ちっ、両方そっちか!」
「その位置では狙撃は難しいな」
カッツとアデリシアが、敢えて身を乗り出す。だがグラハムはそれに反応しない。それどころか、ガトリングを回転させたまま、グラハムは地面を蹴って大きくまりおの方へと跳び上がった。
「うわっ!」
突然弾丸の軌道が頭上から、そして正面へと移動しまりおは慌てて横に跳ぶ。
「逃げ惑え地球人よ!」
グラハムが巨大な銃身を、まるで近接武器であるかのように素早く振り回す。その動きは異様に軽快で、次々に襲い来る鋼鉄の鈍器をまりおは必死に躱していく。
「これは、まずいですね」
エリスは急いで、冷気を込めた銃弾でグラハムの背負った弾倉を狙う。
しかしその瞬間を読まれていたかのように、タイミング良くグラハムが大きく飛び退きそれを躱すと、今度はまりおに銃口を向ける。
「アニタさん!」
「ああ!」
ミュオは焦る。その背後で、アニタは冷静にライフルの引き金を引いた。
弾帯に着弾。だが破壊には至らず、弾かれたようにグラハムがこちらを向いた。
そして片方の銃口が、今度はアニタへと向けられた。
「下がって!」
咄嗟にミュオが盾を前に出す。刹那、連続した轟音が盾を揺らした。
「グラハムさんっ、正気に戻るの!」
ディーナはグラハムに駆け寄り、マテリアルを込めて鎮魂の歌を唄う。少しでも狂気が薄くなるようにと、紡ぎ上げるのはエクラの聖歌。
だが、グラハムは聞こえていないかのようにこちらを見もしない。それでもディーナは、心を込めて歌い続ける。
「鬼さんこちら、なーんてねぇー」
グラハムの視線が別へ向いている事を確認し、鵤はトカゲとの直線距離がガトリングの射線と交差する角度に位置する岩へと移動する。
その影へと滑り込むと同時に、再び眼前に輝く三角形を作り出す。放つ光線はトカゲの目を引くように、真正面からその鼻面に叩き付ける。
「アニタさん、貴女は……」
アニタはグラハムへ向け、その動きを止めるべく引き金を引いている。
それを視界の隅に映しながら、藤乃はグラハムの射線近くへと迷い込んだトカゲの足元に向け正確な射撃を放った。
びくりと、弾けた地面に驚いてトカゲが足を止める。
「何で僕ばっかりー!」
その影に、弾雨に追われたまりおが飛び込んだ。直後、トカゲが無数の弾丸を横腹に受け、断末魔の声を上げた。
「無視とは、納得がいかないな」
グラハムはこちらを狙わない。アデリシアはその状況に不満を抱くが、それを利用しない手はなかった。元々の計画通り、岩陰から飛び出して白兵戦の距離まで肉薄する。
「確かにこれじゃあ、囮とは言えねえわな!」
追ってカッツも地面を蹴る。最早翻弄しようにも、近づくしかないようだ。
アデリシアが手裏剣を放つ。回転する刃は一直線にグラハムへと飛んでいき――振り上げられた肘に下から叩かれ弾かれる。
「見て無くても防御はするのな!」
次いで放たれたカッツの斬撃も、不意に歩調を変えたグラハムに躱されてしまう。
と、また次の瞬間だった。
「ああ……何故だ。何故あの目は、未だに……」
グラハムが何かを呟いたかと思うと、銃撃もその動きもゆっくりと残響のように止まっていった。
「な、何なの?」
「よく分かりませんが、今のうちです」
エリスはこの隙に、弾倉を破壊するべく照準を覗き込み引き金に指を掛ける。
そして――照準の中で、グラハムの目だけがこちらを向いた。
「俺……私の、目を……見ろ、見るな……」
目が合う。その瞬間。
――黒々と澱むどろりとした液体の底、濁った一つの眼球が、じっとエリスを見つめた。
「……っ!」
自らの銃が発した炸裂音が、彼の意識を引き摺り上げた。
「い、今のは」
心臓が痛いほどに早鐘を打っていた。知らず指が震えて銃身とぶつかり、カタカタと音を立てる。
抗いようのない恐怖を、脳に直接流し込まれたようだった。
「皆さん、あの方の目を見てはいけません!」
咄嗟に大声を上げる。
「何かあったのっ?」
まりおは尋ねながら、一足飛びに接敵すると弾帯へ狙いを定めて刀を振り下ろす。
「何か、得体の知れないものを見ました……」
まりおの一刀は、しかしほんの少し軸をずらす動きで躱される。
「……これの能力か? 何にせよ、気をつけるべきだな」
「ガン=カタだけじゃないの、瀕死体験まっしぐらなの。でもっ……」
アデリシアはまりおへと、プロテクションをかける。その横で、ディーナは諦めず歌を紡いだ。
「ま、ハチノスになるよかマシ、かね?」
カッツもまた弾帯へと攻撃を仕掛ける。
そこに合わせてアニタの銃撃も加わるが――しかしどれもが最小の動きで躱されてしまう。
「目を見ない、目を見ない……」
グラハムがアニタを狙ったとなれば、防御を解除するわけにはいかない。ミュオはガトリングが破壊された場合を考え、少しでも不意を突ける距離へと近づいていく。
鵤と藤乃は、トカゲの相手に手間取っていた。
グラハムの援護射撃が望めない以上、自力で相手取らなければならないが、
「思ったより硬いわね」
大きさに比例するようなタフさに、決定的な一撃を与えられないでいた。既に幾度か風穴を開けてはいるが、血塗れになりながらも倒れてくれない。
とはいえ、殲滅は時間の問題だろう。
「はいはい残念さようならってかぁ?」
銃撃を受けながらも突撃を仕掛けてきた一体が、鵤の攻性防壁が放つ雷撃に大きく弾き飛ばされる。そしてすかさず、拳銃を頭部に向けて引き金を引いた。
弾丸が鱗を砕き肉を抉り、血飛沫を撒き散らす。
「その位置、丁度良いわね」
続けて藤乃の銃が冷気を孕んで火を噴いた。鵤の作った銃創を正確に撃ち抜いて、トカゲの体内でマテリアルが渦を巻く。
次の瞬間には、トカゲは白く冷気を上げる氷像と化していた。グラハムが再び活動的になれば、良い壁として機能するだろう。
●
グラハムの意味の通らない叫び声がこだまし、戦場に弾丸の嵐が吹き荒れる。
どうやらグラハムは定期的に、静と動を繰り返す性分のようだ。まりおに藤乃、鵤、アニタだけを狙った攻撃をどうにか躱して一撃を入れるが、どれも決定打には至らない。
「諦めないからね……!」
縦横無尽に動き回り、近接も射撃もグラハムは強烈にこなしていく。そのあおりを最も間近で受けるまりおは、既に息も絶え絶えだ。だがそれでも、必死に隙を突いて刀を振るっていく。
そしてその内の一撃が、ようやく届いた。刃はグラハムの腕に食い込み、真っ赤な鮮血が吹き上がる。
「これほどの力量……さぞ勇敢な戦士だったのだろう」
グラハムにたじろぐ様子はないが、それでも少しだけ動きの止まった一瞬を狙い、アデリシアのワイヤーが風を切った。
「見るにしのびぬ。そろそろ、戦神オナにおいて、その身も魂のもとに送ってやらねばな!」
グラハムの足首にワイヤーが巻き付く。
このまま引き倒す。アデリシアが思い切りワイヤーを引くが――しかし動かない。
「おお在来の者、しばし待たれよ今に地球人を皆殺しぃひゃっはははっ!」
アデリシアの存在に今気付いたかのような言葉と共に、グラハムが腕を振り、ガトリングの先端がワイヤーに叩き付けられる。その力は尋常ではなく、一瞬でアデリシアの腕が持って行かれそうになる。
「させねえよ!」
そこにカッツが飛び込んでいた。ワイヤーを掴み、力の限り引き寄せる。
「アニタさん、下がって下さい!」
ミュオが、アニタを守っていた盾を捨てる。そして動きの止まったグラハムの足元に、大きく踏み込んでからの渾身撃を叩き込んだ。
ぐらりと、初めてグラハムの体が傾ぐ。
「ヒューゥ、皆やるじゃーん」
「ようやく隙を見せたわね」
好機を逃す彼らではない。
鵤が幾度目かの三角形を眼前に作り出し、光線を放つ。迸る三つの光は過たず、二本の銃身とグラハムの胸を直撃した。
藤乃はこれが最後と、ありったけのマテリアルを弾丸に込めて放つ。白煙を伴う弾丸がグラハムの肩に突き刺さり、弾かれ上を向いた銃身をそのまま固定する。
「今度こそ、一撃必殺でございます」
そして完全に動きの止まった左の弾帯を狙って、エリスは引き金を引いた。マテリアルにより劇的に速度を増した弾丸の威力は、ダメージを与えるに十二分。
バキンと大きな音を立て、散々こちらを苦しめた弾帯の繋ぎ目が、粉々に砕け散った。
ようやく片方。そう思ったときには、グラハムは敵意を消して後ろに飛び退いていた。
「待ちなさい!」
明らかな撤退。
咄嗟にエリスの放った制圧射撃は、大きく振られたガトリングに阻まれ叩き落とされる。
だが、
「心の中から狂気の王の目を退けるの手伝うの! アニタさんが来ているの、貴方の言葉を贈ってほしいの!」
その腰元に、いつの間にかディーナがしがみついていた。
「そんなものはどうでもいい! 早く離れろ!」
アニタの声に、ディーナは大きく首を振る。そして、ありったけの想いを込めて、赦しの魔法をその口に――
「ああ……救済など……あの目が、私を見る限り……」
小さく呟くグラハムがディーナの頭を鷲づかみ、その目を、無理矢理覗き込んだ。
「ひぅっ……!」
小さく悲鳴を上げて、その体が一瞬強ばり、次いで一気に力が抜ける。
そして、引き剥がされ投げ捨てられたディーナに全員の視線が向いた瞬間。その空隙を突いて煙のように――グラハムの姿は、消えてしまっていた。
●
「そっか、貴女は撃てるのね……私、は……」
僅かに震える唇で、覚醒を解いた藤乃は消え入るように呟いていた。深く息を吸って、何とか意識を整える。
似た経験をし、尚引き金を引いたアニタの姿。そこに生まれた戸惑いが、うっすらと彼女の心に残っていた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 11人 |
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相談卓 ニコラス・ディズレーリ(ka2572) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/05/02 02:04:03 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/30 13:11:07 |