ゲスト
(ka0000)
【龍奏】地の利を得た真紅の悪意
マスター:T谷

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/02 12:00
- 完成日
- 2016/05/16 00:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
星の……何とか。
さて、そこはどういう場所だと言っていただろうか。誰かが説明してくれた気もするが、そもそも興味もないしどうでもいい。
ただ、眼下に広がるその広大な景色に神秘的なものを覚えないでもなかった。とはいえやはりそれよりも、彼女の興味の矛先は集まっている人間共だ。
「てか、おっそ! 超おっそいじゃん、でかい羽持ってるくせにさぁ! 乗ってきた意味ないじゃん、このトカゲ!」
げしげしと、エリザベート(kz0123)はマシンガン並に文句を垂れ流しながら、乗り物として強奪……いや借り受けたドラゴン型歪虚に蹴りを入れ続けていた。しかしその表情が楽しげなのは、特にこの場所を気に入ったからではなく、単にその行為自体がストレスの発散と同時に一種の遊びだからだろう。
しかし、蹴られている側は堪った物じゃない。
蹴られる度にバランスを崩し、両手に持たされている物の重さも相まってドラゴン型歪虚は苦痛に呻き声を上げる。だが、その声がよりエリザベートを楽しませてしまうことに、残念ながら彼は気付いていなかった。
そして、背骨を強烈な力で蹴られ続け鱗は割られ骨格にヒビすら入れられれば、当然ながら限界は直ぐにやって来た。
「あーっ! ちょっと何やってんのマジで!」
ドラゴン型歪虚は、持たされた荷物を思わず手離してしまっていた。
巨大な黒い塊が、地上へと落下する。エリザベートはそれを、悲痛な叫びを上げながら慌てて追いかけた。
●
リグ・サンガマ北部に存在する、「星の傷跡」と呼ばれる場所。第二師団は徒歩により、その地に進入を果たしていた。
しかしここが一体何の場所で、どういった役割を持っているのか。ミーティングで居眠りをしていた第二師団団長シュターク・シュタークスン(kz0075)には、よく分かっていなかった。
ただ、辺りに充満する不穏な空気と、集まっている世界各国の戦士達の雰囲気を鑑みれば、重要な場所だと見当はつく。
「よっしゃ、とりあえずそこの洞窟入ってみるか!」
「いやいやいや、団長病み上がりなんすから無茶せんでくださいよ!」
「んなもん今更だ、ここまで来ちまったんだから。ま、せいぜい偵察しまくってやろうぜ」
目的は威力偵察。とはいえ、分かっているのかいないのか。
シュタークと第二師団員、たまたま目的地が同じだったハンター達は流れで合流し、共に大地に穿たれた大穴に足を踏み入れる。
入り口も、その先に続く天然のトンネルもかなりの広さだ。天井はシュタークが手を伸ばしても触れないほどに高く、そのため日の光が奥まで入り込みしばらく明かりも要らないくらいだった。
洞窟はどこまでも下っていて、それこそ、このまま星の中心まで辿り着いてしまいそうだ。
しばらく薄暗い通路を進むと、緩やかなカーブの先に光が見えてきた。その光は白く明るく、まるで太陽の光のようだ。
一行はそのまま、光の中へと入っていく。
「うお、すげえなこりゃ」
そしてその光を抜けた先に広がっていた光景に、シュタークは思わず声を上げていた。
端が見えない程に長く、左右に伸びた巨大な峡谷。
洞窟を抜け天井がなくなり、視界が開けた途端にそれが目の前に広がっていた。上を見上げれば細く切り取られた空が、下を見れば吸い込まれそうなほどに深い暗闇が、断崖の狭間からこちらを覗き込んでいる。
「はー、落ちたら一溜まりもねえな」
言葉と裏腹に、シュタークは実に楽しげだ。洞窟の出口から先に張り出した平らな岩棚の縁に立って、吹き抜ける強風を浴びながら興味深げに身を乗り出している。
シュタークにつられて他の師団員も崖の向こうに顔を出してみたが――沈んだ暗闇の奥底に無数の歪虚が蠢いている様を幻視して、慌てて大きく飛び退いていた。
「だ、団長。もう偵察はこれくらいでいいんじゃないっすかね……?」
「はあ? ここまで来てか?」
師団員の弱気な言葉に、シュタークは呆れたようにため息をつく。
「それでも男かてめえ。まだ道は続いてんだから、もうちょっと行ってみようぜ。何、なんかあったらあたしが守ってやっから!」
ばしばしと師団員の背中を叩き、豪快な笑い声を響かせながらシュタークは歩き出した。
岩棚は、洞窟から更に横に、断崖に沿うようになだらかに下へと続いている。道はそれほど狭くはない。一歩でも踏み外せば奈落に真っ逆さま。そんな恐怖を思い描く心配性さえ顔を出さなければ、何の問題もない幅だ。
それからしばらく、意気揚々ずんずんと進んでいくシュタークについて、一行が道を下っていく。当初の目的は偵察だが、ここまで来ても特に歪虚の姿は見当たらない。
と、思ったときだった。
不意に、粘着質な轟音が辺りに響き渡った。それは背後から、衝撃波すら伴って大気を震わす。
「何だ!」
一行が音を振り返る。
視線の先、黒くて丸い巨大な塊が、上から落ちてきたのか岩棚に半分だけ引っかかるようにして歪に形を変えていた。次の瞬間、ぶちんと何かが引き千切れる音と共に一部が弾け、バラバラと何かが内側から零れて奈落の底へ落ちていく。
人だ。塊の中に、人が詰め込まれていた。
「ああもう! 折角ここまで持ってきたのに!」
そして上空から、苛立ちに染まった甲高い声が響く。
目を向ければ、真紅のドレスと金の髪をなびかせて、逆さまになったエリザベートが降ってくる所だった。
「あれ、何かいっぱい居んじゃん!」
一行を見つけ、エリザベートの顔が一気に華やぐ。空中でくるりと回り、その場にふわりと留まった。
「てめえ、金髪クソ野郎!」
「ああ、なーんか見たことあるかと思ったら。あの時のゴリラ女じゃん」
おひさーと、嫌みったらしい笑みを浮かべてエリザベートが手を振ったかと思えば、
「……ふんっ!」
不意に、シュタークは背負った大剣を抜いて大きく振りかぶり――勢い良く空中のエリザベートへと、それを投げつけた。
「え、ちょっ! あっぶな! バッカじゃないのこのゴリラ!」
咄嗟に身を反らし、エリザベートがそれを躱す。大剣は回転しながら一直線に、遠く向かい側の崖へと思い切り突き刺さった。
「ええええ、何やってんすか!」
「ちっ、外したか。おい、てめえらの剣も貸せ!」
「駄目ですって! 丸腰になっちゃうじゃないっすか!」
「んな細けえこと気にすんな!」
言い争う第二師団。
そしてそれをエリザベートは呆れながら、しかしこの後の展開を想像し堪えきれない笑みを浮かべて眺めていた。
「きゃはははっ! ま、ちょっとくらい刃向かってくれないと、遊び甲斐ないしぃ」
ぶらさげたアイアンメイデンを、ぐるぐると回して毒花の咲くが如く目を細める。
「なぶり殺しって、最高じゃん?」
同時に、黒い塊から紫の霧が吹き出すと共に、ゾンビの群れが這い出した。
さて、そこはどういう場所だと言っていただろうか。誰かが説明してくれた気もするが、そもそも興味もないしどうでもいい。
ただ、眼下に広がるその広大な景色に神秘的なものを覚えないでもなかった。とはいえやはりそれよりも、彼女の興味の矛先は集まっている人間共だ。
「てか、おっそ! 超おっそいじゃん、でかい羽持ってるくせにさぁ! 乗ってきた意味ないじゃん、このトカゲ!」
げしげしと、エリザベート(kz0123)はマシンガン並に文句を垂れ流しながら、乗り物として強奪……いや借り受けたドラゴン型歪虚に蹴りを入れ続けていた。しかしその表情が楽しげなのは、特にこの場所を気に入ったからではなく、単にその行為自体がストレスの発散と同時に一種の遊びだからだろう。
しかし、蹴られている側は堪った物じゃない。
蹴られる度にバランスを崩し、両手に持たされている物の重さも相まってドラゴン型歪虚は苦痛に呻き声を上げる。だが、その声がよりエリザベートを楽しませてしまうことに、残念ながら彼は気付いていなかった。
そして、背骨を強烈な力で蹴られ続け鱗は割られ骨格にヒビすら入れられれば、当然ながら限界は直ぐにやって来た。
「あーっ! ちょっと何やってんのマジで!」
ドラゴン型歪虚は、持たされた荷物を思わず手離してしまっていた。
巨大な黒い塊が、地上へと落下する。エリザベートはそれを、悲痛な叫びを上げながら慌てて追いかけた。
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リグ・サンガマ北部に存在する、「星の傷跡」と呼ばれる場所。第二師団は徒歩により、その地に進入を果たしていた。
しかしここが一体何の場所で、どういった役割を持っているのか。ミーティングで居眠りをしていた第二師団団長シュターク・シュタークスン(kz0075)には、よく分かっていなかった。
ただ、辺りに充満する不穏な空気と、集まっている世界各国の戦士達の雰囲気を鑑みれば、重要な場所だと見当はつく。
「よっしゃ、とりあえずそこの洞窟入ってみるか!」
「いやいやいや、団長病み上がりなんすから無茶せんでくださいよ!」
「んなもん今更だ、ここまで来ちまったんだから。ま、せいぜい偵察しまくってやろうぜ」
目的は威力偵察。とはいえ、分かっているのかいないのか。
シュタークと第二師団員、たまたま目的地が同じだったハンター達は流れで合流し、共に大地に穿たれた大穴に足を踏み入れる。
入り口も、その先に続く天然のトンネルもかなりの広さだ。天井はシュタークが手を伸ばしても触れないほどに高く、そのため日の光が奥まで入り込みしばらく明かりも要らないくらいだった。
洞窟はどこまでも下っていて、それこそ、このまま星の中心まで辿り着いてしまいそうだ。
しばらく薄暗い通路を進むと、緩やかなカーブの先に光が見えてきた。その光は白く明るく、まるで太陽の光のようだ。
一行はそのまま、光の中へと入っていく。
「うお、すげえなこりゃ」
そしてその光を抜けた先に広がっていた光景に、シュタークは思わず声を上げていた。
端が見えない程に長く、左右に伸びた巨大な峡谷。
洞窟を抜け天井がなくなり、視界が開けた途端にそれが目の前に広がっていた。上を見上げれば細く切り取られた空が、下を見れば吸い込まれそうなほどに深い暗闇が、断崖の狭間からこちらを覗き込んでいる。
「はー、落ちたら一溜まりもねえな」
言葉と裏腹に、シュタークは実に楽しげだ。洞窟の出口から先に張り出した平らな岩棚の縁に立って、吹き抜ける強風を浴びながら興味深げに身を乗り出している。
シュタークにつられて他の師団員も崖の向こうに顔を出してみたが――沈んだ暗闇の奥底に無数の歪虚が蠢いている様を幻視して、慌てて大きく飛び退いていた。
「だ、団長。もう偵察はこれくらいでいいんじゃないっすかね……?」
「はあ? ここまで来てか?」
師団員の弱気な言葉に、シュタークは呆れたようにため息をつく。
「それでも男かてめえ。まだ道は続いてんだから、もうちょっと行ってみようぜ。何、なんかあったらあたしが守ってやっから!」
ばしばしと師団員の背中を叩き、豪快な笑い声を響かせながらシュタークは歩き出した。
岩棚は、洞窟から更に横に、断崖に沿うようになだらかに下へと続いている。道はそれほど狭くはない。一歩でも踏み外せば奈落に真っ逆さま。そんな恐怖を思い描く心配性さえ顔を出さなければ、何の問題もない幅だ。
それからしばらく、意気揚々ずんずんと進んでいくシュタークについて、一行が道を下っていく。当初の目的は偵察だが、ここまで来ても特に歪虚の姿は見当たらない。
と、思ったときだった。
不意に、粘着質な轟音が辺りに響き渡った。それは背後から、衝撃波すら伴って大気を震わす。
「何だ!」
一行が音を振り返る。
視線の先、黒くて丸い巨大な塊が、上から落ちてきたのか岩棚に半分だけ引っかかるようにして歪に形を変えていた。次の瞬間、ぶちんと何かが引き千切れる音と共に一部が弾け、バラバラと何かが内側から零れて奈落の底へ落ちていく。
人だ。塊の中に、人が詰め込まれていた。
「ああもう! 折角ここまで持ってきたのに!」
そして上空から、苛立ちに染まった甲高い声が響く。
目を向ければ、真紅のドレスと金の髪をなびかせて、逆さまになったエリザベートが降ってくる所だった。
「あれ、何かいっぱい居んじゃん!」
一行を見つけ、エリザベートの顔が一気に華やぐ。空中でくるりと回り、その場にふわりと留まった。
「てめえ、金髪クソ野郎!」
「ああ、なーんか見たことあるかと思ったら。あの時のゴリラ女じゃん」
おひさーと、嫌みったらしい笑みを浮かべてエリザベートが手を振ったかと思えば、
「……ふんっ!」
不意に、シュタークは背負った大剣を抜いて大きく振りかぶり――勢い良く空中のエリザベートへと、それを投げつけた。
「え、ちょっ! あっぶな! バッカじゃないのこのゴリラ!」
咄嗟に身を反らし、エリザベートがそれを躱す。大剣は回転しながら一直線に、遠く向かい側の崖へと思い切り突き刺さった。
「ええええ、何やってんすか!」
「ちっ、外したか。おい、てめえらの剣も貸せ!」
「駄目ですって! 丸腰になっちゃうじゃないっすか!」
「んな細けえこと気にすんな!」
言い争う第二師団。
そしてそれをエリザベートは呆れながら、しかしこの後の展開を想像し堪えきれない笑みを浮かべて眺めていた。
「きゃはははっ! ま、ちょっとくらい刃向かってくれないと、遊び甲斐ないしぃ」
ぶらさげたアイアンメイデンを、ぐるぐると回して毒花の咲くが如く目を細める。
「なぶり殺しって、最高じゃん?」
同時に、黒い塊から紫の霧が吹き出すと共に、ゾンビの群れが這い出した。
リプレイ本文
甲高い嬌笑と、低く地を這うような唸り声が峡谷に響く。一行はそれを耳に、眉を顰めずにいられなかった。
「……元より楽しいピクニックには期待していませんでしたが」
無表情ながら唾棄するように、フランシスカ(ka3590)が呟いた。
退路にはゾンビ、空中には毒女。優先すべきは何か。瞬時に判断してゾンビへの群れへと目を移す。
「あれが真紅の妖姫、エリザベート。遊ぶ気でいる今なら、全員で脱出することも不可能ではない……か」
同じくヴァイス(ka0364)も正面と左右に目を配る。
エリザベートから明確な殺意は感じられない。ならば、この不利な場所で無理に戦うよりも。
「シュターク。そっちの師団員、何人か借りていいか?」
ヴァイスはシュタークに声を掛ける。自分と共に、斬り込み隊を勤める人員確保の為だ。
それを聞き、当たり前だとシュタークが師団員の肩を叩く。
「おう、適当に使ってやってくれ」
「あァ、そりゃありがたい。ゾンビの方は、二人くらいで十分か?」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が声を挟む。それにヴァイスが頷けば、シガレットはニヤリと口角を吊り上げ、
「んじゃ、残りはエリザベートの方に回って壁な!」
「か、壁……いや、いいけどよ……」
言い放つシガレットに、師団員達は少しげんなりと肩を落としていた。
「お兄さん方、苦労してそうですね」
そんな彼らを、ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)は同情気味に横目に見やり、呟きながら状況の確認を行う。
「んんー、動き回るスペースは無し、脱出には突破が必須、と」
情報を頭の中に整理し、それならばと彼女はゾンビの処理を行う事に決めた。
「エリザベート……本人を見るのは初めてだ、な」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)がエリザベートを眺める。
白い肌。赤のドレス。ぐるぐると大きく振り回される鈍色の巨大な鉄塊。
オウカはその鉄塊に目を付けた。あれほどのものだ、恐らくは、エリザベートにとって大事なものなのだろう。だとすれば、
「シュターク……ちょっといい、か?」
「あん?」
この師団長ならば、あれを受け止めエリザベートごとこちらに引き寄せることも可能かもしれない。そして、そのまま奈落に叩き落としてしまえれば。
「機会は作る……やれる、か?」
「なら、ボクも一緒に引っ張るよ。ああ、素手だと辛いだろうから、これ使って」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、背負っていた大剣をシュタークに手渡した。
受け取った彼女はその剣を二三度振り回し、
「余裕だな」
ニッと豪快に笑みを浮かべた。
「ねー、話し合い終わったぁ?」
もう待ち飽きたと、退屈に満ちた声が降り注いだ。
「待って貰って、ありがとうね」
何の問題も無いと高をくくりきったその声に、十色 エニア(ka0370)は皮肉を返す。
そしてそれが、開戦の合図となった。
●
エリザベートは真紅に塗られたその爪で、自らの右前腕を浅く斬り裂く。飛散した血の雫が渦を巻き、中空で赤く輝く結晶の槍と化した。
「オウレルのお兄さんに……何した……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が低く問いかける。その声には、抑えきれない静かな怒りが籠もる。
「きゃはははっ、別に何もしてないけどぉ?」
シェリルはぎりと奥歯を噛む。手にした刀を痛いほど握りしめ、エリザベートを睨み付けた。
「お前を殺せば……元に、戻る……?」
「きゃはっ、やってみろよクソガキ」
腕を振り上げるに合わせ、無数の結晶が足場に向け雨の如く降り注いだ。
「ほら、出番だ師団員! ゾンビの方に行かせるなよ!」
「おうよ!」
率先し盾を構えて壁になるシガレットに追従し、師団員達が剣を振り上げた。飛来する結晶を、片端から叩き落とす。
「そんな遠くからとはな。また腕を斬られたくなくて、ビビってるのか?」
同じく結晶を切り払いながら、敢えて嘲るように、アルトはエリザベートに言葉を掛けた。
「あー、あの時の赤いのか。……何、ストーカー?」
「お前から来ておいて何言ってるんだ。ボケたのか?」
「……死にたいの?」
続けて挑発。赤い瞳がぐるりとアルトを睨み付けた。俄に、降り注ぐ結晶の比率がアルトに偏る。
しかし、それは隙に他ならない。
「あなたは、なんか嫌い」
エニアの杖から放たれたマテリアルが、冷気の嵐と化してエリザベートを包み込もうと吹き荒れる。
「チッ!」
舌打ちと同時、エリザベートは結晶を壁のように展開しそれを防いだ。
「ほう……綺麗なものだ、な」
そんな彼女に対し、槍を躱しながらオウカは関心したように言った。まるで友人に向けるような気安い響きだ。
「赤、好きなの、か? 白い肌には、良く映える、な」
「何、急に」
エリザベートは怪訝そうに眉を顰めた。
「初めまして、オウカだ……よろしく」
そんな調子で対応された経験が少ないのか、どうにもエリザベートはペースが掴めないらしく困惑に唇を曲げた。
無数のゾンビが一斉に、刀を手に斬り込んでいくヴァイスに濁った眼球を向ける。
餌が飛び込んできたとでも思ったのか、腐った腕をぎこちなく前に伸ばし、大口を開けてつんのめるように襲いかかってきた。
「一体一体はそうでもないようだが、気をつけろよ!」
背に追従する師団員に向けてそう叫ぶと、風の如く駆ける勢いを刃に乗せてヴァイスが死肉の群れに斬り込んでいった。
それを追いかけ、ナナセは弓を引き絞る。視力、感覚、構えた弓矢にマテリアルを纏わせて、やがてその力は、彼女の腕と矢を包む鳥を象っていく。
「全力全開、出し惜しみ無しでいきますよ!」
上空へと放たれる、目にも止まらぬ連続射撃。
重力に引かれて反転した矢は急降下し、降り注いだ無数の一撃は敵の頭上で強烈に炸裂。その衝撃に足をもつれさせ、数体のゾンビが谷底へと転がり落ちていく。
そして前へと倒れてきたゾンビに向けて、フランシスカは両斧を振り上げた。
「首を吹っ飛ばせば、黙ってくれるでしょうか」
狙いは首元に、叩き付けた刃が頸骨を砕く。ゾンビは抵抗の素振りを見せたものの、間もなくその動きを止めた。
「毒を吸った方は言って下さい。この毒は強力です、無理はしないように」
淡々と仲間に言い含め、フランシスカはそのまま横に斧を振り、奈落へと死骸を放り捨てた。
「魔法で毒を吹き飛ばせないか?」
ゾンビを切り払いながら、ヴァイスは鼻を突く腐臭に思わず軽く咳き込んでいた。呼吸を最小限に抑えてもこの有様だ。
「そうですね、試してみましょうか。数も多く面倒なことですし」
「それじゃあ援護しますね。思う存分やっちゃって下さい!」
前へと躍り出たフランシスカがマテリアルを集中し、ヴァイスが飛び退く。
それを追ったゾンビがフランシスカに殺到する前に、ナナセの矢が空から敵の体勢を崩していった。
次の瞬間、フランシスカを中心に衝撃が迸った。光が閃き、多くのゾンビが巻き込まれて一塊に吹き飛ばされる。
毒の霧は、まるで自ら留まろうとするかのように抗って見せたが――僅かだが明らかな霧散を見せていた。
「突っ込むぞ!」
ヴァイスが掛け声を挙げる。それを追って、野太い声が響き渡った。
●
大小様々、無数の結晶が辺りを飛び交う。厄介なのは、どうやらその軌道はエリザベートの自在であるということだ。
だが、
「こんなもの、いつまででも防ぎきれるな」
「あァ、回復もいらねェくらいだ」
叩き落とし、砕き、躱し、アルトは盾で悉く結晶を防いでいく。横で壁役を担うシガレットも、欠伸が出るほどの余裕ぶりだ。
――という挑発。アイアンメイデンでの攻撃を誘発する算段だ。
「もー、全然上手くいかないじゃん!」
しかし効果は抜群なようで、次第にエリザベートは苛々と牙を見せ始める。
「軽いね、攻撃が」
宙に泳ぐ結晶をブリザードで吹き飛ばし、エニアもまた仲間に倣って嘲りを込めた言葉を贈る。
続けて放つ雷撃が身を反らしたエリザベートの傍を抉れば、より一層苛つき始めた。
「それ、随分凝って作ってある、な……何処で作ったもの、だ?」
「自作よ、自作! すごいっしょ!」
そこにオウカが友好的に問いかければ、半ば自棄になったような答えが返ってきた。
「ほう、それはすごい、な。あれも、か?」
流れでオウカがゾンビの方に目を向ければ、「そうよ!」と彼女が吐き捨てるように言う。
これならばと、オウカは最後に。
「一度ああなると持ち運びに苦労しそうだ、な。何処に持っていくつもりだったんだ?」
そう尋ねていた。
「別に何処でも。人間が一杯いるとこに落としたら、面白そうじゃん」
「エリザベートは……いつからそんな風になったの……?」
思わず漏れたシェリルの疑問。
誰しもが光と闇を持っている。闇の歪みが歪虚だというなら、彼女の内側の闇が歪んだ末にこうなってしまったのだろうか。
――その問いかけが、引き金となった。
「いつから、だって?」
エリザベートの雰囲気が変わった。その表情は能面のように、反してその裏に激情を隠すように。
「あたしは……まともだっ!」
しかし次の瞬間には、憤怒と共にアイアンメイデンが振り回されていた。
「ようやく、か」
真横から迫る鉄塊に合わせ、オウカの眼前に満月の幻影が現れる。直後、莫大な衝撃がオウカの体を突き抜けた。
鉄塊と月が衝突し、満月が粉々に砕け散る。同時に破片が無数の鎖と化して、エリザベートの動きを阻害する。
「っ……シュターク、今だ!」
「任せろっ!」
「流石に、衝撃は分散させないとな」
アルトが鉄塊に向け盾を構えて腰を落とせば、同時にシュタークが大上段から大剣を振り下ろした。
盾を通して轟音と衝撃が、アルトを砕かんばかりに響き渡る。
「ぬおらぁっ!」
シュタークがアイアンメイデンへと掴みかかった。
アルトは鉄塊の扉が開かないようにワイヤーを巻くと共に、前に回って鎖を掴む。
「っ、ふざっけんな!」
同時に引いた。ずるりと、エリザベートの体がこちらに近づく。
「飛んでなきゃ、こんな……!」
「そこを選んだのは、お前だろうが」
一息に鎖を手繰る。
「離せ!」
エリザベートの手元から、結晶が鎖を伝って棘と化す。
「……させない!」
アルトとシュタークの手が刻まれる寸前、シェリルの刀がそれを砕く。
「無駄な抵抗は、やめてね?」
「大丈夫ですかっ?」
エニアの雷撃が、こちらの様子に慌てて弓を引いたナナセの矢が、エリザベートの抵抗を弱める。
そして、
「待ちわびたぞ!」
アルトの間合いに、ようやく真紅が踏み込んだ。
「少しは成長したのか?」
エリザベートが爪を振るうに合わせ、アルトの刀が閃いた。動きを読み、それを上回って機先を制する一撃はしかし結晶に阻まれ――
「……っ」
素早く真横へと回ったシェリルが結晶の隙間に刃を滑り込ませていた。
エリザベートは鎖を手放すわけにはいかず、迫る白刃を蹴り軌道を逸らす。
「痺れて貰う」
そこにオウカの長刀が鋭く突き入れられる。首を狙った一撃は薄皮一枚を裂くに留まるが、刀身から放たれた雷撃がその身を焼いた。
「舐めんな!」
だがエリザベートは止まらない。ぎょろりと目を剥き、鋭利な爪が振り回された。
その攻防はほんの一瞬だった。
リズムを変え、軌道を不規則に曲げ、フェイントや無心の連撃なども織り交ぜてアルトの剣戟が無数に舞う。その合間に素早く跳び回るシェリルの動きは、不意を突いて攻撃の瞬間を悟らせず。ほんの一瞬の隙間を縫うように、エニアは雷撃を撃ち込んだ。的確に治療を施すシガレットの手腕によりどの攻撃も致死には至らず。オウカのリーチは肉薄する二人の影に隠れて刃を届かせることに成功していた。
そして、
「ああもうっ!」
たまらずエリザベートが鎖を手放した。
「今だ!」
「おうよ!」
それを合図にシュタークの筋肉が唸りを上げて、アイアンメイデンを崖下に向け勢いよく転がした。
「何してんの!」
鈍色の鉄塊が奈落に向けて落下し、エリザベートが慌てて鎖に手を伸ばす――その直前だ。シェリルがワイヤーを持った腕を振るっていた。
ワイヤーが鉄塊を巻く。同時に彼女はエリザベートに飛びかかると、その首に手元側のワイヤーをくるりと巻き付けた。
そしてそのままアイアンメイデンは落下し――掛かる超重量に鋼鉄のロープは瞬時に張り詰め、細首をぎりと強烈に締め上げた。エリザベートの体が傾ぐ。
「て、め……!」
彼女が苦し紛れに振るった爪に、シェリルの胴が深く裂かれる。
だがそれも最後の抵抗で、怨嗟の瞳をハンター達に向けたまま、エリザベートは為す術無く奈落の底へと消えていった。
「来たか。よし、一気に脱出するぞ!」
作戦の成功を皮切りに、ヴァイスは残ったゾンビへと突貫した。毒霧も気にせず大きく踏み込むと、縦に並んだゾンビに強烈な刺突を叩き込む。
長刀が数体のゾンビを貫いた。そのまま気合い一閃、横に振り抜き払って捨てる。
「もう少しです、頑張りましょう」
「お、重いですが……!」
フランシスカとナナセは、斧で二つに分断した肉塊を、協力して崖から投げ落とす。嫌な臭いが至近で鼻につくが、気にしている場合ではない。
「全員走れ!」
ヴァイスの掛け声が響く。それと同時に、ナナセの肩で妖精が彼女の髪を強く引いた。
「え、後ろ?」
妖精の慌てた様子に、ナナセが振り向く。
「……やってくれんじゃん」
エリザベートが首に巻き付いたワイヤーを引き千切って、息も荒くこちらを睨み付けていた。腕を軽く振る動作だけで、アイアンメイデンが異様な速度で宙を舞う。
「あれの首よりも、命の方が大切ですね」
ようやく肉塊を放り捨てることに成功し、フランシスカが手斧を仕舞う。
その瞬間、峡谷全体が轟音と共に大きく振動した。縦横無尽に振り回される鉄塊が、通路を破壊したせいだ。
「そいつ貸せ! 逃げるぞ!」
「お願い!」
エニアの抱えたシェリルをシュタークが受け取り、ハンター達と師団員が全力で洞窟へと走る。
背後ではエリザベートが苛立ちに声を挙げながら、手当たり次第と周囲に鉄塊を叩き付ける。その威力は絶大で、堅固な岩壁が容易く瓦礫の雪崩と化す。
巻き上がった噴煙が視界を覆い、恐らくはあちらも一行の正確な位置を把握していないだろう。しかし関係なく、八つ当たりのように無数の破壊音が連なって響いていた。
一行が洞窟に飛び込む。直後、天井が崩落し峡谷への道を閉ざす。
それでも止まらず全力で駆け抜ければ、洞窟を抜ける頃にようやく、背後が嘘のように静まりかえっていることに気付く。
生き延びた彼らを祝福するように、頭上に空が広がっていた。
●
「お兄さん、取り返せなくてゴメンね……」
シェリルがシュタークに背負われたまま、呟く。
「……誰のせいでもねえよ」
言葉とは裏腹にその声は、自らを責めるようだった。
「……元より楽しいピクニックには期待していませんでしたが」
無表情ながら唾棄するように、フランシスカ(ka3590)が呟いた。
退路にはゾンビ、空中には毒女。優先すべきは何か。瞬時に判断してゾンビへの群れへと目を移す。
「あれが真紅の妖姫、エリザベート。遊ぶ気でいる今なら、全員で脱出することも不可能ではない……か」
同じくヴァイス(ka0364)も正面と左右に目を配る。
エリザベートから明確な殺意は感じられない。ならば、この不利な場所で無理に戦うよりも。
「シュターク。そっちの師団員、何人か借りていいか?」
ヴァイスはシュタークに声を掛ける。自分と共に、斬り込み隊を勤める人員確保の為だ。
それを聞き、当たり前だとシュタークが師団員の肩を叩く。
「おう、適当に使ってやってくれ」
「あァ、そりゃありがたい。ゾンビの方は、二人くらいで十分か?」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が声を挟む。それにヴァイスが頷けば、シガレットはニヤリと口角を吊り上げ、
「んじゃ、残りはエリザベートの方に回って壁な!」
「か、壁……いや、いいけどよ……」
言い放つシガレットに、師団員達は少しげんなりと肩を落としていた。
「お兄さん方、苦労してそうですね」
そんな彼らを、ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)は同情気味に横目に見やり、呟きながら状況の確認を行う。
「んんー、動き回るスペースは無し、脱出には突破が必須、と」
情報を頭の中に整理し、それならばと彼女はゾンビの処理を行う事に決めた。
「エリザベート……本人を見るのは初めてだ、な」
オウカ・レンヴォルト(ka0301)がエリザベートを眺める。
白い肌。赤のドレス。ぐるぐると大きく振り回される鈍色の巨大な鉄塊。
オウカはその鉄塊に目を付けた。あれほどのものだ、恐らくは、エリザベートにとって大事なものなのだろう。だとすれば、
「シュターク……ちょっといい、か?」
「あん?」
この師団長ならば、あれを受け止めエリザベートごとこちらに引き寄せることも可能かもしれない。そして、そのまま奈落に叩き落としてしまえれば。
「機会は作る……やれる、か?」
「なら、ボクも一緒に引っ張るよ。ああ、素手だと辛いだろうから、これ使って」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は、背負っていた大剣をシュタークに手渡した。
受け取った彼女はその剣を二三度振り回し、
「余裕だな」
ニッと豪快に笑みを浮かべた。
「ねー、話し合い終わったぁ?」
もう待ち飽きたと、退屈に満ちた声が降り注いだ。
「待って貰って、ありがとうね」
何の問題も無いと高をくくりきったその声に、十色 エニア(ka0370)は皮肉を返す。
そしてそれが、開戦の合図となった。
●
エリザベートは真紅に塗られたその爪で、自らの右前腕を浅く斬り裂く。飛散した血の雫が渦を巻き、中空で赤く輝く結晶の槍と化した。
「オウレルのお兄さんに……何した……」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が低く問いかける。その声には、抑えきれない静かな怒りが籠もる。
「きゃはははっ、別に何もしてないけどぉ?」
シェリルはぎりと奥歯を噛む。手にした刀を痛いほど握りしめ、エリザベートを睨み付けた。
「お前を殺せば……元に、戻る……?」
「きゃはっ、やってみろよクソガキ」
腕を振り上げるに合わせ、無数の結晶が足場に向け雨の如く降り注いだ。
「ほら、出番だ師団員! ゾンビの方に行かせるなよ!」
「おうよ!」
率先し盾を構えて壁になるシガレットに追従し、師団員達が剣を振り上げた。飛来する結晶を、片端から叩き落とす。
「そんな遠くからとはな。また腕を斬られたくなくて、ビビってるのか?」
同じく結晶を切り払いながら、敢えて嘲るように、アルトはエリザベートに言葉を掛けた。
「あー、あの時の赤いのか。……何、ストーカー?」
「お前から来ておいて何言ってるんだ。ボケたのか?」
「……死にたいの?」
続けて挑発。赤い瞳がぐるりとアルトを睨み付けた。俄に、降り注ぐ結晶の比率がアルトに偏る。
しかし、それは隙に他ならない。
「あなたは、なんか嫌い」
エニアの杖から放たれたマテリアルが、冷気の嵐と化してエリザベートを包み込もうと吹き荒れる。
「チッ!」
舌打ちと同時、エリザベートは結晶を壁のように展開しそれを防いだ。
「ほう……綺麗なものだ、な」
そんな彼女に対し、槍を躱しながらオウカは関心したように言った。まるで友人に向けるような気安い響きだ。
「赤、好きなの、か? 白い肌には、良く映える、な」
「何、急に」
エリザベートは怪訝そうに眉を顰めた。
「初めまして、オウカだ……よろしく」
そんな調子で対応された経験が少ないのか、どうにもエリザベートはペースが掴めないらしく困惑に唇を曲げた。
無数のゾンビが一斉に、刀を手に斬り込んでいくヴァイスに濁った眼球を向ける。
餌が飛び込んできたとでも思ったのか、腐った腕をぎこちなく前に伸ばし、大口を開けてつんのめるように襲いかかってきた。
「一体一体はそうでもないようだが、気をつけろよ!」
背に追従する師団員に向けてそう叫ぶと、風の如く駆ける勢いを刃に乗せてヴァイスが死肉の群れに斬り込んでいった。
それを追いかけ、ナナセは弓を引き絞る。視力、感覚、構えた弓矢にマテリアルを纏わせて、やがてその力は、彼女の腕と矢を包む鳥を象っていく。
「全力全開、出し惜しみ無しでいきますよ!」
上空へと放たれる、目にも止まらぬ連続射撃。
重力に引かれて反転した矢は急降下し、降り注いだ無数の一撃は敵の頭上で強烈に炸裂。その衝撃に足をもつれさせ、数体のゾンビが谷底へと転がり落ちていく。
そして前へと倒れてきたゾンビに向けて、フランシスカは両斧を振り上げた。
「首を吹っ飛ばせば、黙ってくれるでしょうか」
狙いは首元に、叩き付けた刃が頸骨を砕く。ゾンビは抵抗の素振りを見せたものの、間もなくその動きを止めた。
「毒を吸った方は言って下さい。この毒は強力です、無理はしないように」
淡々と仲間に言い含め、フランシスカはそのまま横に斧を振り、奈落へと死骸を放り捨てた。
「魔法で毒を吹き飛ばせないか?」
ゾンビを切り払いながら、ヴァイスは鼻を突く腐臭に思わず軽く咳き込んでいた。呼吸を最小限に抑えてもこの有様だ。
「そうですね、試してみましょうか。数も多く面倒なことですし」
「それじゃあ援護しますね。思う存分やっちゃって下さい!」
前へと躍り出たフランシスカがマテリアルを集中し、ヴァイスが飛び退く。
それを追ったゾンビがフランシスカに殺到する前に、ナナセの矢が空から敵の体勢を崩していった。
次の瞬間、フランシスカを中心に衝撃が迸った。光が閃き、多くのゾンビが巻き込まれて一塊に吹き飛ばされる。
毒の霧は、まるで自ら留まろうとするかのように抗って見せたが――僅かだが明らかな霧散を見せていた。
「突っ込むぞ!」
ヴァイスが掛け声を挙げる。それを追って、野太い声が響き渡った。
●
大小様々、無数の結晶が辺りを飛び交う。厄介なのは、どうやらその軌道はエリザベートの自在であるということだ。
だが、
「こんなもの、いつまででも防ぎきれるな」
「あァ、回復もいらねェくらいだ」
叩き落とし、砕き、躱し、アルトは盾で悉く結晶を防いでいく。横で壁役を担うシガレットも、欠伸が出るほどの余裕ぶりだ。
――という挑発。アイアンメイデンでの攻撃を誘発する算段だ。
「もー、全然上手くいかないじゃん!」
しかし効果は抜群なようで、次第にエリザベートは苛々と牙を見せ始める。
「軽いね、攻撃が」
宙に泳ぐ結晶をブリザードで吹き飛ばし、エニアもまた仲間に倣って嘲りを込めた言葉を贈る。
続けて放つ雷撃が身を反らしたエリザベートの傍を抉れば、より一層苛つき始めた。
「それ、随分凝って作ってある、な……何処で作ったもの、だ?」
「自作よ、自作! すごいっしょ!」
そこにオウカが友好的に問いかければ、半ば自棄になったような答えが返ってきた。
「ほう、それはすごい、な。あれも、か?」
流れでオウカがゾンビの方に目を向ければ、「そうよ!」と彼女が吐き捨てるように言う。
これならばと、オウカは最後に。
「一度ああなると持ち運びに苦労しそうだ、な。何処に持っていくつもりだったんだ?」
そう尋ねていた。
「別に何処でも。人間が一杯いるとこに落としたら、面白そうじゃん」
「エリザベートは……いつからそんな風になったの……?」
思わず漏れたシェリルの疑問。
誰しもが光と闇を持っている。闇の歪みが歪虚だというなら、彼女の内側の闇が歪んだ末にこうなってしまったのだろうか。
――その問いかけが、引き金となった。
「いつから、だって?」
エリザベートの雰囲気が変わった。その表情は能面のように、反してその裏に激情を隠すように。
「あたしは……まともだっ!」
しかし次の瞬間には、憤怒と共にアイアンメイデンが振り回されていた。
「ようやく、か」
真横から迫る鉄塊に合わせ、オウカの眼前に満月の幻影が現れる。直後、莫大な衝撃がオウカの体を突き抜けた。
鉄塊と月が衝突し、満月が粉々に砕け散る。同時に破片が無数の鎖と化して、エリザベートの動きを阻害する。
「っ……シュターク、今だ!」
「任せろっ!」
「流石に、衝撃は分散させないとな」
アルトが鉄塊に向け盾を構えて腰を落とせば、同時にシュタークが大上段から大剣を振り下ろした。
盾を通して轟音と衝撃が、アルトを砕かんばかりに響き渡る。
「ぬおらぁっ!」
シュタークがアイアンメイデンへと掴みかかった。
アルトは鉄塊の扉が開かないようにワイヤーを巻くと共に、前に回って鎖を掴む。
「っ、ふざっけんな!」
同時に引いた。ずるりと、エリザベートの体がこちらに近づく。
「飛んでなきゃ、こんな……!」
「そこを選んだのは、お前だろうが」
一息に鎖を手繰る。
「離せ!」
エリザベートの手元から、結晶が鎖を伝って棘と化す。
「……させない!」
アルトとシュタークの手が刻まれる寸前、シェリルの刀がそれを砕く。
「無駄な抵抗は、やめてね?」
「大丈夫ですかっ?」
エニアの雷撃が、こちらの様子に慌てて弓を引いたナナセの矢が、エリザベートの抵抗を弱める。
そして、
「待ちわびたぞ!」
アルトの間合いに、ようやく真紅が踏み込んだ。
「少しは成長したのか?」
エリザベートが爪を振るうに合わせ、アルトの刀が閃いた。動きを読み、それを上回って機先を制する一撃はしかし結晶に阻まれ――
「……っ」
素早く真横へと回ったシェリルが結晶の隙間に刃を滑り込ませていた。
エリザベートは鎖を手放すわけにはいかず、迫る白刃を蹴り軌道を逸らす。
「痺れて貰う」
そこにオウカの長刀が鋭く突き入れられる。首を狙った一撃は薄皮一枚を裂くに留まるが、刀身から放たれた雷撃がその身を焼いた。
「舐めんな!」
だがエリザベートは止まらない。ぎょろりと目を剥き、鋭利な爪が振り回された。
その攻防はほんの一瞬だった。
リズムを変え、軌道を不規則に曲げ、フェイントや無心の連撃なども織り交ぜてアルトの剣戟が無数に舞う。その合間に素早く跳び回るシェリルの動きは、不意を突いて攻撃の瞬間を悟らせず。ほんの一瞬の隙間を縫うように、エニアは雷撃を撃ち込んだ。的確に治療を施すシガレットの手腕によりどの攻撃も致死には至らず。オウカのリーチは肉薄する二人の影に隠れて刃を届かせることに成功していた。
そして、
「ああもうっ!」
たまらずエリザベートが鎖を手放した。
「今だ!」
「おうよ!」
それを合図にシュタークの筋肉が唸りを上げて、アイアンメイデンを崖下に向け勢いよく転がした。
「何してんの!」
鈍色の鉄塊が奈落に向けて落下し、エリザベートが慌てて鎖に手を伸ばす――その直前だ。シェリルがワイヤーを持った腕を振るっていた。
ワイヤーが鉄塊を巻く。同時に彼女はエリザベートに飛びかかると、その首に手元側のワイヤーをくるりと巻き付けた。
そしてそのままアイアンメイデンは落下し――掛かる超重量に鋼鉄のロープは瞬時に張り詰め、細首をぎりと強烈に締め上げた。エリザベートの体が傾ぐ。
「て、め……!」
彼女が苦し紛れに振るった爪に、シェリルの胴が深く裂かれる。
だがそれも最後の抵抗で、怨嗟の瞳をハンター達に向けたまま、エリザベートは為す術無く奈落の底へと消えていった。
「来たか。よし、一気に脱出するぞ!」
作戦の成功を皮切りに、ヴァイスは残ったゾンビへと突貫した。毒霧も気にせず大きく踏み込むと、縦に並んだゾンビに強烈な刺突を叩き込む。
長刀が数体のゾンビを貫いた。そのまま気合い一閃、横に振り抜き払って捨てる。
「もう少しです、頑張りましょう」
「お、重いですが……!」
フランシスカとナナセは、斧で二つに分断した肉塊を、協力して崖から投げ落とす。嫌な臭いが至近で鼻につくが、気にしている場合ではない。
「全員走れ!」
ヴァイスの掛け声が響く。それと同時に、ナナセの肩で妖精が彼女の髪を強く引いた。
「え、後ろ?」
妖精の慌てた様子に、ナナセが振り向く。
「……やってくれんじゃん」
エリザベートが首に巻き付いたワイヤーを引き千切って、息も荒くこちらを睨み付けていた。腕を軽く振る動作だけで、アイアンメイデンが異様な速度で宙を舞う。
「あれの首よりも、命の方が大切ですね」
ようやく肉塊を放り捨てることに成功し、フランシスカが手斧を仕舞う。
その瞬間、峡谷全体が轟音と共に大きく振動した。縦横無尽に振り回される鉄塊が、通路を破壊したせいだ。
「そいつ貸せ! 逃げるぞ!」
「お願い!」
エニアの抱えたシェリルをシュタークが受け取り、ハンター達と師団員が全力で洞窟へと走る。
背後ではエリザベートが苛立ちに声を挙げながら、手当たり次第と周囲に鉄塊を叩き付ける。その威力は絶大で、堅固な岩壁が容易く瓦礫の雪崩と化す。
巻き上がった噴煙が視界を覆い、恐らくはあちらも一行の正確な位置を把握していないだろう。しかし関係なく、八つ当たりのように無数の破壊音が連なって響いていた。
一行が洞窟に飛び込む。直後、天井が崩落し峡谷への道を閉ざす。
それでも止まらず全力で駆け抜ければ、洞窟を抜ける頃にようやく、背後が嘘のように静まりかえっていることに気付く。
生き延びた彼らを祝福するように、頭上に空が広がっていた。
●
「お兄さん、取り返せなくてゴメンね……」
シェリルがシュタークに背負われたまま、呟く。
「……誰のせいでもねえよ」
言葉とは裏腹にその声は、自らを責めるようだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/04/27 23:54:45 |
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相談卓 シガレット=ウナギパイ(ka2884) 人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/05/01 19:42:50 |
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相談卓 シェリル・マイヤーズ(ka0509) 人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/05/02 10:18:23 |