椿、落つ

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/05/02 22:00
完成日
2016/05/10 00:19

みんなの思い出

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オープニング

 人里離れた場所に建つ、朽ちかけた砦。歪虚からの侵攻を防ぐ為に建設された砦の陣中に、彼らは居た。
「話に聞いた通りですね」
 目の前に広がる光景に、そう呟きを漏らしたのは、正宗鞘だ。彼女がこの砦に足を踏み入れるのは二度目。一度目は、つい先日の事になる。
 近隣の村々を襲った盗賊──この砦を塒にしていた彼らを討伐する為に、彼女と数名のハンター達がここを訪れたのである。
 その半数近くは生きたまま捕縛し軍に身柄を渡したが、もう半数はこの場で物言わぬ骸となって晒されている──筈だった。
 片腕を失った骸。
 皮膚が爛れた骸。
 喉を裂かれた骸。
 改めるまでもなく、確実に死んでいる筈の骸。もう決して動く事のない、骸。だが──
「黄泉路に迷ったというわけですか」
 彼らは呻き声を上げながら、自らの死地を彷徨い歩いていた。
 敵の、或は己の血に濡れたにも関わらず、理性を失った主が手入れを怠ったからだろう。血の気のない手に握られた刀は赤錆に塗れていた。まともな切れ味は望めまい。しかし、刃物としての機能を失っているとは言え、鈍器としては十分な脅威となる。
 盗賊が村々から略奪した盗品を回収する為、ここを訪れた軍がこの雑魔達を発見したらしい。
 心臓を貫かれた筈の死体ですら刀を携え、この亡者の集いの中で望むべくもない生者を探している有り様だ。濁り切った眼球でどうやって認識しているのか。おそらくは生物が発する正のマテリアルでも感知しているのだろう。
 いや、今考えるべき問題はそこではなく、この亡者達をもう一度殺す為にはどうすれば良いか、その一点。
 正宗は、唯一死体として当然の振舞いをする、つまり動く事も声を上げる事もない当たり前の死体を見咎めた。
 首を刎ねられた巨漢の死体を。
「成程、頭を潰せば黙るのですね。では──」
 判断した瞬間に、正宗は駆けていた。疾駆と同時に、左手に握る刀の抜刀を封じるように結ばれていた下緒を解く。
 生者の接近に気付いた亡者が、正宗に正面を向ける。
 刀を水平に構える型、そして怪物染みた声を上げながら地を打つ踏み足──その動きは、生前その身に備えていた剣の術理が、辛うじて失われていない事を示していた。
 突き出された己の頸動脈を狙う切先を、正宗は半身を晒して僅かにずらす。
 皮膚を擦過する刃──死を紙一重に感じながらも、左回転の勢いは止まらない。
 半転した正宗は、鞘の先端──鐺の一撃を亡者の鳩尾に叩き込んだ。自身の速度と遠心力、更に相手の踏み足すらも利用した、肉を切らせる交叉法──活殺流納刀術『震洋』である。
 鐺の衝撃を受けた亡者がよろめき後退するが、すぐにその淀んだ眼球で正宗へと悪意なき殺意を向け直す。やはり、彼らに納刀術は通用しない──元よりこれで片を付ける気は、今の正宗にはなかった。
「……っ!」
 しかし、更にそこから『震洋』の殺し手を放とうと試みた正宗は、それを思い留まる。
 更にもう一体の亡者が、正宗の後方に立ったからだ。
「嗚呼……あああああ!」」
 二体の亡者が怨嗟の声を上げながら、正宗の前後を挟むように刀を振り上げて斬り掛かる。二振りの刀が振り下ろされる前に、鞘を握る左手を突き出して柄頭で前方の亡者を叩くと、その反発を生かして瞬時に後方の亡者に鐺を突き入れた。活殺流納刀術『疾風』──前後を挟む相手への迎撃技だ。
 後方の敵を突き飛ばした正宗は、改めて前方の亡者と対峙した。
 睨み合いの硬直は、一秒にも満たない。しかし、その一秒の間に正宗の身心を侵す活殺流の術理は、相手が取り得る手を幾つも想定し、すぐさま対する返し手を算出する。
 刀を握る亡者の型が、上段から中段へと下がる。
 ──瞬間に、白刃が閃いた。
 正宗が繰り出したその技は、今しがた放ったばかりの活殺流納刀術『疾風』──その殺し手の抜刀術。
 虚空へと向けて柄頭を突き上げると同時に親指で鍔を弾き、直後に刀身との摩擦を極少に抑えながら鞘を引き抜く。
 一連の動作による、片手抜刀術。活殺流抜刀術の中でも虚を突く事に特化した技だ
 対峙する相手にとっては、抜き身の刀が忽然と空中に現れ出たように錯覚する事だろう。無論それは、相手の意識の間隙をものの見事に突いたからこその芸当ではあるが。
 刀が重力に捕まり落下を始めるその前に、右手で柄を握り、亡者の右首筋に刀身を押し当てる。そして、躊躇なく引き斬った。皮膚を裂き、動脈を裂き、肉を裂き、骨まで至る。だが、片手で骨までは断てない。
 骨の表面を削るのみで終わった一刃──その残心を取る間もなく、正宗は左方向へと身を翻した。袈裟切りを放った亡者の刀を躱す為だ。
 右回転の円弧を描きながら、唸りを上げる刀を掻い潜る。
 赤錆浮く刀身が、背まで届く濡れ鴉の黒髪を束ねた髪紐を引き千切った。絹糸のような髪が乱れ靡く。
 正宗は回転の勢いを殺さぬまま、左手の鞘を捨て両の手で柄を握り次刃を振るった。
 刀を振り下ろし切り、前に重心が傾いた亡者の延髄を狙う、刎頚の軌跡──
 胴と別たれた首が地に落ちる。脈動の絶えた血管から血泉が湧く筈もなく、首を失った胴はただ静かに膝から頽れた。
 正宗は地に転がった首に一瞥を落とした後、背後から振り下ろされた斬撃から身を躱した。不意を突こうとした刀、その柄を握るは先程彼女が突き飛ばした亡者。正宗は回避と同時に振り上げた刀を、亡者の両手首を目掛けて落とす。手首を斬り飛ばした刀身が翻り、亡者の右脛から下を断った。
「動かないで下さい」
 無様に俯せに倒れ、手首から先のない腕を動かして足掻く亡者の背を、正宗の足が踏みしだく。
「貴方の首を落とせないでしょう?」
 怜悧な刀身が走り、首が転がった。
 正宗は、ただの骸と化した亡者の背から足を退けると、刀身にこびり付いた粘り気のある血を半着の袖で拭い取った。小川を流れる椿の花の刺繍で彩られた白生地に、新たな赤が差す。
「私は貴方がたを憎悪する」
 未だ群れを成す亡者達へと、正宗は視線を向けた。その瞳に宿った感情の灯を、単純に憎念と呼んでも良いものだろうか。いや、そう呼ぶにはその灯はあまりにも静か過ぎた。
「ですが、同時にその存在に感謝します」
 三つの人型を斬り捨てたというのに、正宗の前にあの天秤は現れない。一を殺して多を生かせと命じる天秤は、斬れとも斬るなとも命じる事なく、ただ沈黙を保ったままだ。
「私が私の意思を以って斬る事ができるのは、貴方がただけなのだから」
 天秤で量りようのない無魂の亡者──歪虚に囲まれた地獄絵図。その中でだけ、彼女はあの公平で残酷な天秤から解放される。

「──では、行きます」

リプレイ本文

「ヒュゥ♪ スッゲエ、いつ抜いたんだよ、さっきの」
 正宗が繰り出した抜刀術に感心を示しながら、ジャック・エルギン(ka1522)が彼女の背後に立ち、蒼い燐光を放つ大剣を構えた。
「称賛を受ける程の事ではありません。こんなもの、手品の真似事のようなものですよ。人を楽しませる事もできない分、奇術師よりも下等だ」
 自嘲するように応える正宗。
「自分の技を卑下するのは良くないわよ、鞘」
「……クロード? 以前と雰囲気が違う気がするのですが」
 ジャックと同じく、自分と背中合わせに立ったクロード・N・シックス(ka4741)の口調に、違和感を覚えた正宗が疑問を口にする。道中はまだ、あの間違った西方口調だった筈だが。
 更に言えば、普段旋棍を得物とする彼女が今手にしているのは、一振りの刀だ。
「ああ、これがあたしの地よ。刀を持つ時は、こっちのがしっくり来るから。──それより、鞘。鞘を捨てるのは──って、今のは刀を納める方の鞘ね──感心しないわ。リアルブルーの大剣豪には、鞘を捨てて負けを拾った人が居るんでしょ?」
「それは相手の戯言に惑わされただけですよ。それに一度刀を抜いた以上、次に納めるべきは鞘内ではなく、切先を向けた相手の筈だ。違いますか?」
「前も聞いたけど、あなた本当にリアルブルーの人? そんな考え、こっちの人だってそうそう持たない筈だけど」
「そうでしょうか? そもそも死を避けたければ、刀を抜くべきではない。抜刀した瞬間、それは己の首元に刃を沿える事と同義だと思わなければ、少なくとも私は──戦えない」
「……あなたを一人にするのは危険な気がするんだけど」
「道中で告げた通り、私は一人で構いません。──安心して下さい。ここを死地にする気はありませんよ」
 淡い微笑を浮かべる正宗に、クロードは肩を竦める。
「OK、わかった。もしも死んだりしたら、叩き起こすわよ」
「はい、肝に銘じておきます」
「ええーっ、そんなの困ります。見学させて下さいよー!」
 そう声を上げたのは、ソフィア・フォーサイス(ka5463)。
「聞いていなかったんですか? 私は一人で──」
「ケ・ン・ガ・クー! 見学を希望します!」
「……わかりました。好きにして下さい」
 根負けした正宗が頷く。
「ヤッター♪ ふふふ、勿論わたしも戦いますよ。かかってこいや~!」
 底抜けに明るい鬨の声を上げながら、ソフィアは鞘から引き抜いた太刀を構える。焔のように揺らめく漆黒を纏いながら。

「……やり辛いんだよな、人の形をした奴は」
 亡者犇めく戦場の真っ只中に立ち、クルス(ka3922)は苦々し気に呟いた。
「取り分け、元が人間の奴なら尚更だ。ただの歪虚なら、怒りに任せて叩き潰せるんだが」
 今彼の心中を満たしているのは、聖堂教会の教えに背く叛徒への敵意ではなく、憐憫。死しても尚、動き回る元人間の怪物に対する憐みだった。
「生前は盗賊だったんでしょ。だとしたら、因果応報だよ。巡り巡って、自分達の意思を奪われたんだから。文句は言えない」
 ルーエル・ゼクシディア(ka2473)がクルスの背後に立ち、亡者達に向けてやや冷たく言い放った。
「元は盗賊だろうが、死なば皆同じ骸だ。確かに自業自得と言えなくもないが、だからと言って弄ばれても良いなんて道理はないさ」
「うん、そうだね。最後は埋めて供養くらいはするよ。見た目はちょっと悪くなるかもしれないけど」
 頷きながら、ルーエルはパイルバンカーを構える。
「多少手荒くなるのは仕方ないさ。その時は俺も手伝うとしよう」
 手にした聖杖を地に打ち付け、クルスは亡者達の注目を引き付けた。
「順序が逆になるが、墓穴に入れる前にお祈りの時間だ」
「──彷徨える者よ、膝を折り、頭を垂れて悔い改めなさい。さすれば、汝に光の導きを授けましょう──って聞いてないよね、これ」
「まあ、不信心そうな連中だしな。そもそも東方の出らしいから、教会の祈りなんざ聞いちゃくれないだろうな」
「しょうがない、それじゃあ歌を聴かせてあげるよ。歌は万国共通、銀河の垣根も超えるらしいから」
「そう華やかなもんじゃないがな」
 肩を竦めるクルスに先んじて、ボーイソプラノが響き渡る。
「せめてもの慰めに、僕の歌を聴いて逝ってよ──」

「あーらら、運ぶ手間省く為に駄目なのを締めてやったら、ゾンビになってカムバックとはね」
 先日盗賊討伐依頼に参加し、瀕死の者の介錯を務めたリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)が、苦笑を浮かべて亡者の群れを見渡す。
「二度手間も良い所だよなあ、実際」
 溜息を零して、二刀を構える。電撃刀と、マチェット仕様の振動刀を。
「──ま、とちった分は始末を付けるとしますかね」
 まずは手近な一体への接近を図る。頭を落とし、逆振り子運動を利用して疾走。低姿勢を保ったまま、マチェットを振るい亡者の左大腿を薙ぐ。
「──無理か」
 片手で骨の切断は不可能と見るや、大腿四頭筋の断裂に方針転換。膝の屈伸運動の要を断たれた亡者が頽れ掛けて、もう片足で踏み止まった。
 瞬時にその背後に回り、右足の膝裏へ電撃刀の刀身を走らせる。更に亡者の両脇に双刀を差し入れて肩の腱を引き斬ると、四肢の自由を失くした亡者の背を蹴り倒す。
「そんじゃあな」
 バンドで腕と連結したマチェットの柄を手放して、代わりに魔導拳銃の銃把を握ると、銃口を亡者の頭に向けた。照星を覗く蒼い瞳は露とも揺らがず、銃爪にトリガープルが乗せられる。
「ヘッドショットはガラじゃあないんだが、今回は特別だ」
 動かなくなった骸から銃口を外して拳銃を仕舞うと、マチェットを再び手に取り、新たな解体相手へ虹彩異色の両眼を向けた。

 亡者が振るう迎撃の一刺──迫る刀身を潜り抜けると同時に、懐に踏み込んだクロードは、刀身を亡者の片足に走らせる。脇を過ぎると、振り返り様返す刀でまた脚部を斬る。
 クロードの戦闘術は、例え得物を変えても、その在り様に変化はなかった。
 『多撃必倒』という、その心構えまでは。
 とは言えそれは、表面をなぞっただけの評価に過ぎない。その刀捌きの骨子は、普段彼女が好んで使う旋棍のそれとは大きく異なる。
 その刀術には、明確な術理が伴っていた。彼女自身のまだ短い半生では、到底築き上げる事の叶わない術と理が。
「悪いけど、この間と違って容赦は一切できないわ」
 片足に幾重もの裂傷を刻まれて体勢を崩した亡者を殴り倒すと、その額に切先を押し当てる。
「刀を握り、葉桐の性を背負う以上、あたしに敗けは許されないから」
 頭蓋を貫き後頭より出でた切先が、亡者の頭を地に縫い止めた。
 クロード・N・シックス──否、葉桐舞矢は、引き抜いた刀身にこびり付く体液を振り払うと、切先を残りの亡者達へと向けた。
「さあ、全員纏めて地獄に送り返してあげる」

「──クロードの奴、刀使った方がツエェんじゃねえのか?」
 雑兵の亡者を次々と斬殺するクロードを視界の端に捉えて、ジャックは呟きを漏らす。しかし、すぐに正面へと意識を戻し、気を引き締めた。
「──っと、観戦してる場合じゃねえっ!」
 大剣の剣腹を掲げて、飛来した手裏剣を弾く。続いて肉薄する脇差の一刀を受け止めると、得物の主足る忍び装束の亡者へ大剣を振るった。しかし、忍亡者は迫る剣身を足裏で受けると、剣勢を利用して高く舞い上がり、ジャックと再び距離を取った。
 ひび割れた唇が笑みの形を作っているのは、生前の名残か。それとも、自分を捉えられないジャックを嘲るだけの意思が残っているのか。
「笑って居られんのも今の内だけだぜ。いい加減に眼が慣れて来たかんな──」
 唸りを上げながら、軽々と大剣を振り回す。剣戟に不要なその所作は、己が度量を見せ付ける、喧嘩師の大見栄。
 締めに大剣の切先を正面に突き付けて、柄から離した手の指先で相手を煽る。
「──次で殺ってやる。掛かって来な、忍者」
「キ……」
 一呼吸で投げ放たれる五枚の手裏剣、その悉くが大剣に払い落された。
「キ、キ……」
 忍亡者が疾駆し、
「そう来なくっちゃぁな!」
 ジャックが不動の構えで迎え撃つ。
 交錯する脇差と大剣──次の瞬間、脇差を握る右腕が宙を舞った。
「キ、キャ……!」
 肩口から右腕を失った忍亡者が尚も殺意を失わず、振り返り様に左手で苦無を突き出す。それを剣腹で受け流し、通り過ぎたその背に柄頭の一撃を叩き込むと、片腕を失くした小柄な体躯は、それだけで地に倒れた。
 俯せになったその背を踏み締めて、大剣を首に突き立てた。
「楽しかったぜ、忍者」
 骨を砕く手応えを残して、忍亡者から仮初の命が抜け落ちる。
「あとは、地獄で好きなだけ笑ってくれや」

 鎮魂歌の束縛を振り払った亡者達が、ルーエルに襲い掛かった。
「観客はステージに上がっちゃ駄目だよ」
 聖なる閃光を発し、押し寄せる亡者の群れを制する。その姿は、さながらステージライトを意のままに操るアイドルのようだ。
 だが、今時歌がお上手なだけのアイドルなんて、時代遅れも良い所──歌って戦えなければ、ステージに立つ資格も与えられないのである。
 閃光の衝撃に耐え抜いた一体の亡者──マイクパフォーマンスでも披露するように構えたパイルバンカーの杭先を、その胴に突き刺す。
「マナー違反には、手痛いおしおきをあげなくちゃね」
 銃爪を引き絞ると同時──亡者の胴体が四散した。
「ごめんね、流石にあの世で慰問ライブは開いてあげられないけど──」
 胸から下を失い、腕の力だけで這い摺る亡者の首に、神聖宿る金色の刃を添える。
「──せめて安らかに眠ってよ」
 きっと彼に看取られた亡者は幸運だったろう。最期に甘い声を聴く事ができたのだから。

「俺には、ああいう真似はできそうもないな」
 華のあるルーエルとは反対に、クルスの祈りは実直一直線、ともすれば、愚直と言える程に。
 向かって来る亡者の刀を盾で受け止めて弾き、前に一歩踏み出して己が祈りを込めた聖杖を振るう。
 その杖は、古の聖人が用いた杖の模造品──それは彼に似合った武器なのだろう。他人から借りた理想を追って歩み続ける、紛い物の求道者足る彼には。
 彼にできるのは、歩く事だけ。ある筈のない絵空事を求め、歩き続ける事だけ。
 そして、その道程で己を籠めて武器を振るい、己を削って盾となる。
 その背を指して、愚か者と嗤う者も居るだろう。だが、それでも歩みは止めない。
 かつて、光と呼べるものを見たからだ。
 どれだけ手を伸ばしても届かない天上より降り注ぐものではなく、自分が立つこの地べたに。歩き続ければ、きっといつか辿り着ける場所に。
「よお──」
 幾度となく殴打を浴びせ、ようやく倒れた亡者の動きを足で縫い止めて、クルスは聖杖を振り上げる。
「──お前も祈れよ。これから逝く、あの世の場所を教えて貰う為に」
 振り下ろされた杖を受け、頭部が砕けるその刹那──
 亡者の濁った眼は、淡く輝く光を視た。

 リカルドは亡者の胸部に銃口を向けて、銃爪を絞る。弾丸のストッピングパワーで動きを止めた亡者の頭部にトドメの一射を放つ。
「嗚呼っ!」
「っ……!」
 死角から放たれた一刀に反応が遅れ、咄嗟に銃身で受け、拳銃を弾き飛ばされた。
「嗚呼……ああああっ!」
 生じた隙に付け込まれた次手を、マチェットを掲げて受け止める。
 拮抗する刀身同士が軋みを上げる。歪虚に力で抗して敵う筈もなく、錆付いた刀身が押し込まれる。
「なら──」
 半身を晒し、マチェットの柄を握る手を解いた。
 眼前を過ぎる刀を見送り、たたらを踏む亡者の片肘の内に電撃刀の刀身を添えて引き斬りながら、その背へと回る。
 姿勢を下げ、更に電撃刀を一閃して膝裏の腱を断つと、刀を取り落しながら亡者が膝を屈する。
「これで終いだ──」
 電撃刀を地に突き刺し、ハンドルバンドの遠心力で利き手に取り戻したマチェットに空いた手を沿えると、最上段に振り上げて肉厚の刃を亡者の脳天に振り下ろした。
「──二度と蘇ってくれんなよ」

「暴力反対です!」
 ソフィアは、幾度となく受けた刀を、止めるのではなく流す事によって隙を作り、侍亡者の腕を斬り飛ばした。
 さながら風車のように太刀を振り回し、返す刀で首を両断する。
「女の子に乱暴しちゃいけないって教わらなかったんですか?」
 血払いを済ませるその表情は、笑みの形を浮かべていた。闘争の愉悦や、人型を斬った快楽に酔ったからではなく、あくまでもただただ楽しそうに。無邪気な子供が棒切れでチャンバラごっこを楽しんでいるかのように。
「……貴女は、何故こんな場所で笑う事ができるのですか?」
 正宗は思わず問うていた。
「ん? なぜって、そんなの楽しいからに決まってるじゃないですか。そんな事より、抜刀術見せてくださいよー、ダメ?」
「……わかりました」
 正宗は、鞘の反身に草鞋を差し入れて蹴り上げる。宙を舞う鞘内に刀身を納め、改めて左手で鞘を握る。
「然らばお見せいたしましょう、『震洋』の殺し手を」
 太刀を握る侍武者へと、視線を向けた。
「では、来ませい」
「嗚呼……ああああ!」
 煽りに反応したように、侍亡者が斬り掛かる。
 正宗は左足を軸に一転すると、鐺を侍亡者の鳩尾に叩き込んだ。──抜刀の所作で引き払った鞘の先端を。
 同時に抜き放った刀に鞘から離した左手を添えて、反転する。
 続く踏み足は、雷光の速度。同速で走った刀身が、鳩尾を突かれ、くの字に折れた侍亡者の脊椎へと吸い込まれる。
 静止した刀身は露とも濡れず──座すように地に倒れた屍から、ずるりと首が落ちた。



「ねえねえねえ、お茶にしましょうよー」
「……貴女はどんな神経をしてるんですか?」
 全ての亡者を無力化し埋葬を終えた後で、持参した緑茶を淹れて飲もうとしきりに提案するソフィアに、正宗が呆れた声を上げる。どうにも先程の戦闘を、高校生の部活動と似たようなモノと捉えている気がしてならない。
「そんな事言わないで、桜餅もあるんですよ~?」
「……んん、わかりました。一先ずここから離れてからにしましょう。──一つ聞きますが、中の餡子は粒餡ですか?」
「──ブフッ」
 正宗の問いを傍らで耳にしたジャックが吹き出す。
「何か可笑しい事がありましたか? とても大事な事ですよ」
「いや別に──ああ~、そう言えばコレを渡そうと思ってたんダッター」
 ジロリと睨む正宗の追求を逃れんとしたジャックが、懐を探って何かを取り出した。
「これは?」
「髪紐だよ。俺も束ねてっからさ、これはその予備だ。良けりゃ使ってくれ」
「では……ありがたく」
 やや逡巡しつつも、正宗は受け取った髪紐を口に咥え、両手で結わい上げて紐で括る。
「ん、やはりこちらの方が落ち着きますね」
 纏めた髪を一撫ですると、柔らかな笑みを浮かべた。
「──ありがとうございました、ジャック」

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参加者一覧

  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 双棍の士
    葉桐 舞矢(ka4741
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 無垢なる黒焔
    ソフィア・フォーサイス(ka5463
    人間(蒼)|15才|女性|舞刀士

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ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/04/30 22:49:13
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/04/30 21:56:09