【機創】機械仕掛けのナイチンゲール2

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/05/10 19:00
完成日
2016/05/18 06:07

みんなの思い出

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オープニング

 帝都バルトアンデルスの地下には広大な下水道が広がっている。
 街を貫くイルリ河に沿って拡大されたこの機導都市には非常に高度な、しかし増改築を繰り返した複雑な下水道があり、その管理には帝国政府も頭を悩ませる。
 他国の都市とは比較にならないレベルで機導技術が日常に取り入れられたこの都市の下水は汚染問題を抱えており、ワルプルギス錬魔院と錬金術師組合も総本山を置いている事もあって他人事ではない。
 そんな関係各所が集まって地下下水道の掃除をしようというのがAN作戦の主旨で、今年も若干遅れながらも実施される運びとなった。
「やばい」
 下水道へ続くマンホールを覗き込んだ浄化の器はそうぽつりと呟いた。
「この中、あまりにもマテリアルが乱れすぎてる。あと単純に物凄く汚い」
 小刻みに震えながら鼻を摘み後退する。その様子にハイデマリーは苦笑を浮かべた。
 例年の作業では汚染の直接的な原因となる汚れや、それにより生じた雑魔などの討伐が主な活動で、これまで抜本的な地下汚染の浄化については解決策を見い出せずにいた。
 だが、今年は新しい事情がある。組合が機導浄化デバイスを作った事、そしてエルフハイムの浄化術輸出により、巫女が派遣されている事だ。
「組合長が昔、歌の力で浄化しようとしたこともあったわね。その技術が後にサウンドアンカーになったのよ」
「へえ。まあ、サウンドアンカーは高位の浄化術者と大量のヒトの意志が必要だから、今回は無理だね」
「わかってるじゃない。まあ、そもそも排出される汚染そのものを浄化する設備を作って抜本的に解決しないとダメよね。まだ覚醒者以外が使える浄化装置の開発はできていないけど、いずれはそれでまず帝都をきれいにするつもりよ」
 そうすれば薄汚れたイルリ河もきれいになり、帝都全体が排出するマテリアル汚染も低減されるだろう。錬金術師組合の悲願達成と言っていい。
「ハイデマリーはすごいね。自分の、皆の夢を叶えようとしてる。偉大な錬金術師だよ」
「でしょう? もっと褒めていいのよ」
 えっへんと胸を張り、それから笑うハイデマリーに器も小さく笑みを作った。と、二人の後ろにあるベンチに倒れていたジエルデが上体を持ち上げる。
「う、うーん……私は……」
「目が覚めた? あんた下水道覗きこんだら気絶したのよ。覚えてる?」
 額に片手を当てた姿勢のままサーっと青ざめる。思い出してしまった、あの不潔な空間を……。
「あんな場所に本当に入るの……?」
「毎年入ってやってるわよ」
「でも、あんな汚い場所、何が起こるかわからないじゃない」
「確かに雑魔とか湧いてる事も珍しくないし、今年は帝都の騒動の影響で地下もヤバイかもしれないわね」
「ほらー! やっぱり危険なんじゃない! やめましょうよ、ねっ? ねっ?」
 涙目でハイデマリーに縋り付くジエルデに器は肩を竦め。
「ジエルデは潔癖症だからね。ハイデマリーの部屋ですら入りたがらないレベルだし」
「確かにあたしの工房は散らかってるわね……でも、あんたら帝国と親交を深め、次世代巫女の教育で来たんでしょ? 責任者はしっかりしなさいよ……」
 強引にジエルデを引っぺがすハイデマリー。そこへカップを持ったカリンという巫女がやってくる。
「ジエルデ様、そこでもらったお茶です。すごいですね、無料で配布してるんですよ」
「毎年の事だから、作業に参加する人向けに色々やってるのよ。ちょっとしたお祭り騒ぎね」
「ねえハイデマリー、このハーブティー、全然香りが……」
「森都のと比べて贅沢言うんじゃねぇ。お嬢様か」
 器は視線をずらし、集まった浄化の巫女達を眺める。
 まだまだ半人前の子供ばかりで、さながら遠足のようだ。実際、帝都地下の汚染はもともと人体に影響を及ぼす程ではなく、帝国兵やハンターの護衛もしっかりしている。見習いが特訓するには丁度いいわけだ。
「帝都って賑やかですね。それに色々な国、色々な仕事の人達が暮らしていて楽しそうです」
 カリンの言葉に器は頷き。
「でも、森都のエルフには厳しいんじゃない?」
「確かに、ちょっと怖いかも……。でも、これもお仕事だし……森の外の人達にもいい人はいるんだって知ってるから」
 かつてエルフハイムが歪虚に襲撃された時、カリンはハンターに命を救われている。
 にっこりと微笑む横顔に器への恐怖心はない。この街の人達もできることなら好きになりたいと、そう考えていた。
「正直、浄化術の輸出ってどうなのかなって思ってた。でも、私達のこの力が森と外界を繋げられるなら、それは素敵なことだと思うんだ」
「そんなにいい事ばかりじゃないよ。前線に行けば、死ぬかもしれないし」
 北伐作戦の最中、目の前で死んでいった巫女らの姿を思い出し器は目を逸らす。しかしカリンはその手を取り。
「器様はいつも私達の事を想ってくれているんですね」
「は?」
「本当は、子供たちを外に連れ出したくないんですよね。危険な戦場に」
 眉をひそめ考えこむ。そんな風に思っているつもりは微塵もなかった。
 自分以外の人間が生きようが死のうがどうだっていいつもりだ。だが、何故だろう。自分以外の誰かが傷つく事を想像すると、落ち着かない自分がいた。
 どうせなら、誰も傷つかない方がいい。どうせなら誰かより、自分が傷ついたほうがいい。
 痛みには既に日常化し、自分にとってはなんともない。けれど、誰かが痛み、苦しんでいると思うと、なぜだか自分が痛むよりも痛い気がした。
「見習いは私がちゃんと指導しますから、安心してください」
 そう言ってカリンは器の頭を撫でる。別に拒絶する理由もないのでそのままにさせていると、ジエルデの叫び声が響いた。
「いやーーーっ! いやっいやっいやっ! こんな場所絶対入れないわ! 無理無理無理無理無理無理!」」
「他の巫女が見てるわよ年長者」
「だって、でも、私は、しかし、だからって……ハイデマリ~~~~っ……」
「わかったわかった……あんたはここに残って非常事に備えてたら? それも監督の仕事でしょ」
「何やってんだあいつら」
 冷や汗を流す器。カリンも呆れたように苦笑を浮かべた。
 結局ジエルデは救護班に混じって地上に待機する事になり、左右の帝国兵から執拗にナンパされげんなりしつつお茶を淹れ、周囲に配っている。
「さてと。汚れてもいい服に着替えたかしら? 地下は雑魔も出現する可能性があるから気をつけて。ハンターの側を離れないように」
 “はーい”と元気な返事が響く器もハイデマリーに借りたジャージのチャックを顎までしっかり上げ、マスクをつけてマンホールに挑むのであった。

リプレイ本文

「ホリィ、すっごいひっさびさだね。元気してた?」
 ガスマスクをつけたキヅカ・リク(ka0038)の腹部に器の拳がめり込むが、防御力の問題でキヅカはゆっくり視線を下ろすだけだ。
「なんで殴ったの?」
「不審者かと思って」
 結構腰の入った拳を連打されているあたり、恐らく怪しまれたままだ。
「解ってるっす、残るのは実習後に皆をご馳走とかで労う為なんっすよね? じゃなけりゃ責任者が入らないってありえないっすもんね!」
 一方、神楽(ka2032)はジエルデに何か吹き込んでいた。ソフィア =リリィホルム(ka2383)は神楽の頭をがしりと掴んで笑顔で締め上げる。
「ジエルデさん、放心状態で聞こえてないみたいですね?」
「聞こえてないなら放してほしいっすぅ~……!?」
 そんな騒動も含め、イェルバート(ka1772)は懐かしそうに広場を見渡す。
 以前もAN作戦には参加した事があるが、状況は大きく変化した。ここにエルフハイム勢がいることも、浄化の力が手中にあることも、大きな進歩だと言えるだろう。
「気分が悪くなったら無理せず近くのお姉さん達に言うように。解ったか?」
「「「はーい、おじちゃーん!」」」
 巫女達が声を揃えてきゃっきゃと返事をするが、ヴァイス(ka0364)の目は死んでいた。
「だ、大丈夫ですよ……その、あの子たちからすれば、みんなおじちゃんですから……」
 あせあせとフォローするシュネー・シュヴァルツ(ka0352)。そこへ神楽が携帯ゲーム機のカメラソフトを起動しつつ声をかけた。
「汚れる前に記念撮影っす!」
「いつも撮影してますね、神楽さん。どうせなら可愛く撮って下さいね♪」
「待って僕マスク外すから……ちょ、ホリィ待って外すから!」
 結局写真写りを意識できたのはソフィアだけで、キヅカはマスクのまま。そのキヅカに飛び蹴りをした器と、身体がくの字になったキヅカをそっとイェルバートが支え、シュネーは回避。ヴァイスはぎこちなく笑顔を浮かべる微妙な写真ができてしまった。

 下水道に降り立ったハンターは巫女達が「くさい」だの「汚い」だの大騒ぎするのをなんとかなだめ、想定通りのフォーメーションを編成していた。
 先頭にヴァイス、シュネー、キヅカ。巫女を挟んで神楽とソフィア。また巫女を挟んでイェルバート。ハンターの巫女サンドの出来上がりだ。
「みんな、おじちゃんの後にしっかりついてくるんだぞ」
「ヴァイスさん……」
「よくよく考えてみたんだが、普段ならおじちゃん呼ばわりの上に怖がられて逃げられるというのが常でな。懐いてくれるだけマシだし、子供に悪気はないからな!」
「……大人ですね」
 ランタンに照らされた爽やかな笑顔のヴァイスから目を逸らすシュネー。
 基本的に一列で進むしかない狭い通路をハイデマリーの指示に従って歩いていると、前方にスケルトンが現れた。
「スケルトンは僕に任せて! スライムは嫌だけど!」
「頼もしいですね……うん?」
 シュネーが考えを改める前にキヅカは発砲。スケルトンは哀れ爆散した。
 道中そんな感じで数体のスケルトンが確認されたが、このハンターらを相手にするには力不足。
 そもそも帝都の地下に強力な歪虚がいるはずもなく、遭遇しては瞬殺されを繰り返し数分後、第一の浄化ポイントへ無事到着。
「なんだか何にも遭遇しなかった気がするっす!」
「僕達の手番が回ってこないのは、それはそれでいい事だと思うよ」
 見張りをする神楽にそう応じながらイェルバートは浄化デバイスをセットする。
「みんな、お互いの意識を集中して。私を目印に、ゆっくりと術を発動するのよ」
 楔を水面に挿したカリンを中心に祈る巫女達。たどたどしく、発動までに時間のかかる様子にイェルバートは笑みを浮かべる。
「何事も練習だね。何回も使って工夫して、技術は目的の形に近づいていく。僕もまだまだヒヨッコだから、一緒にがんばろう?」
 巫女らに声をかけ、共に浄化スキルを発動するイェルバート。ソフィアは周囲を警戒しつつ、目端でそれを捉える。
「若いのに経験を積ませるのは大事ですからねー……だから器は邪魔すんなよ」
「しないよ。私はあの子たちと一緒にはできないし」
「そういえば機導浄化は、浄化の楔と併用できないんですかね?」
「現段階でも可能だと思うわよ。ただ、エルフハイム式結界は、起点になる者が必要なの」
 六式浄化結界を筆頭に、複数人の巫女が参加する浄化術は、必ずメインの術者が存在する。
 そのメインの術者に他の術者が同調し、支援する事で結界を成すのだ。
「今は子供たちの力をカリンがまとめてるわけ。カリンの役を機導術でするのは無理だけど、子供たちの役なら今でもできるはずよ」
「同調する術、か……」
 腕を組み、ソフィアは経験を反芻する。かつて器が使った結界をハンターが補佐した時も、同じ理屈だったのだろう。
 術の重要な部分は一部の選ばれた高位の巫女だけが体得している。その部分まで自動化することはまだできていないのだ。
「なるほどね……」
 力の弱い巫女が器と同調したらどうなるのか。その末路も、ソフィアには容易に想像できた。
「機導浄化とはすごいですね。イェルバートさん、既に見習いよりも上手く使えているように感じます」
「そうかな……? だとしたら凄いのは僕じゃなくて、技術の方だけどね」
 カリンに褒められたから謙遜したのではなく、それはイェルバートの素直な感想だった。
 前回も今回も大きな違いは感じられない。つまり、技術によって結果が均一化されているという事だ。
 恐らくこれは、ある程度熟練の覚醒者なら誰でも同じ結果を出せるのだろう。これが機導術の強みだ。
 だがしかし、規定以上の効果を出す事もまた難しいように思えた。他のスキルと併用しても、結果は同じなのだ。

「それにしても……皆きちんと整列してついてきますね」
 はぐれる子がいるのではと不安だったシュネーだが、巫女らは整然と歩いてくる。元軍属の彼女の目には、軍隊のそれにも見えただろう。
「エルフハイムは規律の厳しい集落ですから」
「教育が行き届いている……という事ですか」
 年端もいかない少女たちが黙々と進む様子はどこか不自然に思える。
 だがそれを不自然と感じる自身の感覚にシュネーは戸惑いを覚えた。あの中に自分が居ても、なんとも思わないだろうに……。
「あ……気をつけて! 前方の天井、何かが張り付いてる!」
「あー。あれはスライムっすね~」
 先頭以外のハンターは周囲を警戒するしかない。特に身長の問題もあって、イェルバートや神楽の視線は自然と上を向いていた。
 隊列が足を止めると、もぞもぞとスライムが落下してくる。神楽は拳を握り締め。
「さっきから退屈っす。どうせなら服だけ溶かしたり触手を出せっす!」
 神楽の叫びに呼応するように、スライムは液体を飛ばした。シュネーは壁を蹴って空を舞い、背後へ回りこむと同時に刃を振り下ろす。
 堪らずスライムが出したのはお待ちかねの触手。だがその狙う先にはキヅカとヴァイスしかいない!
「ああっ! 男二人しかいないところに謎の触手が!?」
「ソフィアさん、どうしたの?」
 迫る触手! 狙われたのはキヅカ! しかしキヅカは素早く身をかわした!
「回避!」「そこだ!」
 すかさずヴァイスが大剣を繰り出すとスライムは消失。何も起こらないまま静寂が訪れた。
「キヅカさんが無事でよかったね」
「そうですね。さっさと行きましょう」
 イェルバートに笑顔で答えそそくさと先を急ぐソフィア。神楽も無表情で先へ進んだ。

 第二浄化ポイント。ここに来てハンターらの前に本格的な歪虚の集団が現れる。
 スライムが3体にスケルトンが2体。彼らからすれば造作も無い相手だが、今回は護衛対象もいる。
「くっ、あんな数のスライムが襲ってきたら流石によけきれないっす!」
「そんな……どうなってしまうんでしょうか……」
「え? ここは結構広いし、3体だけなら別に……」
 神楽とソフィアが握り拳で呟く姿にイェルバートは冷や汗を流す。
「子供達に手出しはさせない! 俺が相手だ!」
 雄叫びを上げソウルトーチを発動するヴァイス。
 スライムやスケルトンは知能ゼロ、しかもマテリアル感知だけが頼りなので、全部がヴァイスに向かってくる。
「くっ、俺の事は気にせず、奴らを!」
 迫る触手を切り払いながら叫ぶヴァイス。ソフィアとイェルバートは障壁を出してヴァイスをサポート。
 シュネーが敵集団を迂回し、背後からスケルトンをワイヤーで拘束すると、神楽が銃撃でこれを撃破する。
 更にキヅカがもう一体のスケルトンを銃で撃ちぬいたその時、突如水中から新たなスライムが飛び出した!
「水中からの奇襲だなんて!」
「このままじゃ下水に突き落とされるっす!」
 神楽とソフィアが叫ぶと同時、スライムは触手を放つ。が、キヅカはこれを華麗に回避!
 更にイェルバートがデルタレイを放つと、スライムはぐったりとしてしまった。
「はいはーい私もデルタレイ撃ちますよー」
「こんな奴ら戦術を仕込むまでもないっす。オート戦闘で十分っす」
 途端に淡々と敵を排除する二人の姿に、イェルバートの頭上には「?」が次から次へと止まらなかった。

「ホリィは浄化ってどうやってるの?」
「説明できない。キヅカは自分がどうやって呼吸をしてるのか、わかる?」
「じゃあ、やってるところを見せてよ」
 他の巫女への影響を避けるためか、少し離れた所で発動した器の術は、機導浄化とは比べ物にならない規模で、当然参考にはならなかった。
「ホリィはたくさん浄化っていうか、負のマテリアルを取り込めるけど、それって結局どうなるの?」
「どうもならない」
 覚醒者は多少の負のマテリアルなら自然に無効化している。そうでなければ歪虚と戦う事はできない。
 だがこれだけの規模で意図的に吸収したものまで代謝できるものだろうか。
「本当はホリィの身体、僕らが知らないだけでヤバイんじゃないの……?」
「そうでもない。昔は私一人で沢山の浄化をしてた。でも、今はあの子達がいる。巫女が外に出られるようになった世界が、私を生かしてる」
 少女はそう言って自らの胸に手を当て、目を瞑る。
「命が惜しいわけじゃない。でも、与えられたモノには意味があると、そう思いたいんだ」
 様子を見ていたシュネーは声をかけずに引き返した。少なくとも、器は自分を犠牲にしようとは考えていないようだ。
 でも、きっと誰かを守る為なら無茶も厭わないだろう。普段はどうあれ、いざとなればそうする。自分がそうであるように。
「これは……なんでしょうね」
 似ているから理解できるし、似ているから警戒もできる。
 それは大きな自己矛盾を孕んでいるように思え、少女は深く息を零した。

 第三のポイントも無事に浄化を終え、ハンターらは地上に帰還した。
「でも、意外と汚れちゃったね」
「なんのなんの。男たちが密集した夏の鍛冶場よりはマシですよ」
「想像しただけで気分悪くなるっす……」
 配られた濡れタオルで身体を拭うイェルバート。ソフィアの言葉に神楽は顔面蒼白だ。
「皆さんお疲れ様です! 温かい紅茶がありますよ! 私が淹れ直した自信作です!」
 と、仕事してないジエルデが満面の笑顔で出迎えると、シュネーの頬も綻ぶ。丁度飲みたかったのだ。
 自前のミネラルウォーターで口をゆすいでいると、器の視線に気づく。
「使いますか?」
「うん」
「そのまま飲むと、変な味しそうですよね」
「そうだね」
 会話はそこで途切れてしまった。それはそれで、別に気にならないが。
「お疲れ様。二人の分も貰ってきたよ」
 カップを両手にしたイェルバートに礼を言って口をつけると、自信作というだけの事はある。
「姐さんはこれっすよね? ささ、ぐいっと!」
「うむ、苦しゅうない」
 まだ日も高いのにハイデマリーにシードルを飲ませる神楽にイェルバートは苦笑する。
「あー、ちょっといいか?」
 呼び声に振り返るとそこにはソフィアとヴァイスの姿があった。
 二人が切り出したのは、先日のオルクスとの戦いの事だ。
「保険を掛けていない限り、オルクスの肉体は滅したはずだ。だが、あいつの精神は本当に消滅したのかと思ってな。ホリィ、何か感じた事はないか?」
「わからない。近くならわかるけど、北方は遠いから……」
「ま、あの感じだと次のが居てもおかしくねーしな。バックアップって可能性もある」
 その言葉に何か思い当たったのか、器は考え込む。
「前にオルクスがエルフハイムに侵入した事があった。何もせず帰ったように見えたけど……」
「エルフハイム内に? そんな大胆な事するか?」
「いや、あいつなら可能性はあるか……変な質問をして悪かったな」
 器の頭を撫でようと伸ばした手が汚れている事に気づきヴァイスは手を引くが、器はその手を両手で包むように握り締めた。
 その微かな微笑みはいつかの吸血鬼とよく似ていて、男は言葉を失った。
「そうそう。器ちゃん、その聖機剣をちょっと貸してもらってもいいっすか?」
 聖機剣ローエングリン。錬魔院で作られ、ハイデマリーが改良した吸血殺しの聖剣。
 神楽はそれをじっと見つめ、笑みを浮かべながら器に返す。
「サンキューっす。その剣、とある少女の生きた証の一つなんで、大事に使うっすよ」
 傷だらけの聖剣は命のバトンのようだ。剣を鍛えた少女はもういない。だが、その結果は世界に残り続ける。
「私も聖機剣を持ってます。これからきっと何も知らない人達も、この剣から続く何かを手にする。だからモノ作りは面白いんですよね」
「伝わっていく技術か……」
 ソフィアの言葉に頷くイェルバート。神楽は鼻の頭を擦り。
「しんみりするのはらしくないっすね! 器ちゃん、帰還記念に1枚撮るっす。その格好は確かに格好良くてクールだけどセクシーさが足りないっす!」
「結局、ホリィは大丈夫なんですか?」
 また始まった騒ぎを遠目に眺め、ガスマスクを小脇に抱えてキヅカは紅茶を飲む。
「大丈夫……では、ないわね。私は沢山の器を見てきたけど、早ければ数ヶ月で壊れてしまっていたもの」
 ジエルデの言葉に驚き振り返ると、女は今にも泣き出しそうな笑みを作る。
「でもね、あの子は大丈夫だって、特別な例外なんだって、そうも思うの。まだ大丈夫、明日は平気だって……」
 何も言えなかった。結局、エルフハイム式の浄化術は負担を誰かに押し付ける術。
 調和による“総意”を以って“生贄”を決める儀式。それを抜本的に解決する方法は存在しない。
 浄化術がなければ、エルフハイムと帝国の調和はありえない。世界を変える為に必要な力、必要な犠牲――。
 優しく微笑んで写真に映る少女を目に、キヅカは不機嫌そうにその場を後にした。
 誰が悪いわけでもない。けれど犠牲を前提に巡るこの世界が、偽善に満ちているように思えてならなかった。

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重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • →Alchemist
    イェルバート(ka1772
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 器ちゃんに質問!
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2016/05/06 17:23:41
アイコン 地下下水道浄化隊護衛相談卓
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2016/05/10 18:19:14
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/06 19:41:52