ゲスト
(ka0000)
果実酒の運命
マスター:江口梨奈

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/01 19:00
- 完成日
- 2014/09/08 23:02
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
フィユの母が作った今年のプラム酒も、ひとまず飲みごろになった。
庭に植わってあるプラムの木が、毎年たわわに実をつける。実は酸っぱくて生では食べられたものじゃないのだが、酒に砂糖と一緒にひと夏の間じっくり漬けこむと、金色のさわやかな飲み物へと変化する。お婆のお婆の、もしかしたらその前のお婆から、毎年ずっと作り続けているらしく、納屋にはざっと30本の瓶が並んでいる。今年に出来上がったばかりのはまだまだ味がとんがっているが、30年前のものはなんともまろやかで、とろりとした優しい味わいがあり、フィユと家族は減る一方なのを惜しみながらも、まだ29年物も28年物もあるさと、ちびちび楽しみながら飲んでいる。
そのフィユたちの住む村はずれに、何の前触れもなくヴォイドの群れが現れたということで、村人はパニックに陥った。2本足で立ち尻尾を持つ、一見すると大きめの猿のような形だが、顎が付き出て長い牙が見えていた。それが、ざっと4体、ゆらゆらと茂みの中を彷徨っていた。
マテリアルの混沌など起こったことのない、とても平和な呑気なこの村に、こんな化け物が現れるなど、あってはならないことなのだ!
「いったい、原因はなんだ?」
全く思いつかない!
……ただ、この村に住む人々は、これまで歪虚の危機に晒されたことのない者ばかりである。原因を思いつこうにも、歪虚がなぜ生まれ、どこから来るのか、誰も知らなかったのだ。
誰も知らないから、そこで、勝手な憶測が飛び交うこととなった。
「聞いた話じゃ、長く生きてる人じゃないモノが変化するらしいよ」
「こう、徐々に徐々に、澱みたいに歪みが集まってくるんだって」
「この村で、そんな、長く生きてるものがあるか……?」
「さあねえ、○○さんちの牛が10年とか……△△さんちの猫が20年とか……」
そこで誰かが、フィユの庭の木を挙げたのだ。
「あそこのプラムの木、100年いってないか? 俺が物心ついた時にはもう、実が成ってたな」
「そういや、あんたんちの納屋、プラム酒を大量にしまいこんでるじゃないの」
「条件通りじゃないか! なんちゅうモンを、納屋に置いてるんじゃ! 捨てろ、今すぐ捨てろ!」
冗談じゃない! と、フィユは憤った。
うちの庭からヴォイドが出たならまだしも、現れたのはかなり遠く離れた村はずれだ。それに、うちの果実酒からヴォイドが生まれるのなら、あっちの塩魚からも、そっちのピクルスからも生まれる理屈になる。けれど、突然の災禍に混乱しているこの連中に、今はそんな道理は通じないだろう。
「まあ、待てや。まず、今出てきたヴォイドを退治しようや。それで、また出てくるようなら、うちのプラムが原因かもしれん、そうなったら木は切るし、酒は捨てる、そんでどうだ?」
そう言って納得させるのが精いっぱいだった。
庭に植わってあるプラムの木が、毎年たわわに実をつける。実は酸っぱくて生では食べられたものじゃないのだが、酒に砂糖と一緒にひと夏の間じっくり漬けこむと、金色のさわやかな飲み物へと変化する。お婆のお婆の、もしかしたらその前のお婆から、毎年ずっと作り続けているらしく、納屋にはざっと30本の瓶が並んでいる。今年に出来上がったばかりのはまだまだ味がとんがっているが、30年前のものはなんともまろやかで、とろりとした優しい味わいがあり、フィユと家族は減る一方なのを惜しみながらも、まだ29年物も28年物もあるさと、ちびちび楽しみながら飲んでいる。
そのフィユたちの住む村はずれに、何の前触れもなくヴォイドの群れが現れたということで、村人はパニックに陥った。2本足で立ち尻尾を持つ、一見すると大きめの猿のような形だが、顎が付き出て長い牙が見えていた。それが、ざっと4体、ゆらゆらと茂みの中を彷徨っていた。
マテリアルの混沌など起こったことのない、とても平和な呑気なこの村に、こんな化け物が現れるなど、あってはならないことなのだ!
「いったい、原因はなんだ?」
全く思いつかない!
……ただ、この村に住む人々は、これまで歪虚の危機に晒されたことのない者ばかりである。原因を思いつこうにも、歪虚がなぜ生まれ、どこから来るのか、誰も知らなかったのだ。
誰も知らないから、そこで、勝手な憶測が飛び交うこととなった。
「聞いた話じゃ、長く生きてる人じゃないモノが変化するらしいよ」
「こう、徐々に徐々に、澱みたいに歪みが集まってくるんだって」
「この村で、そんな、長く生きてるものがあるか……?」
「さあねえ、○○さんちの牛が10年とか……△△さんちの猫が20年とか……」
そこで誰かが、フィユの庭の木を挙げたのだ。
「あそこのプラムの木、100年いってないか? 俺が物心ついた時にはもう、実が成ってたな」
「そういや、あんたんちの納屋、プラム酒を大量にしまいこんでるじゃないの」
「条件通りじゃないか! なんちゅうモンを、納屋に置いてるんじゃ! 捨てろ、今すぐ捨てろ!」
冗談じゃない! と、フィユは憤った。
うちの庭からヴォイドが出たならまだしも、現れたのはかなり遠く離れた村はずれだ。それに、うちの果実酒からヴォイドが生まれるのなら、あっちの塩魚からも、そっちのピクルスからも生まれる理屈になる。けれど、突然の災禍に混乱しているこの連中に、今はそんな道理は通じないだろう。
「まあ、待てや。まず、今出てきたヴォイドを退治しようや。それで、また出てくるようなら、うちのプラムが原因かもしれん、そうなったら木は切るし、酒は捨てる、そんでどうだ?」
そう言って納得させるのが精いっぱいだった。
リプレイ本文
●フィユ
「おお、ハンターさんが来たぞ、来たぞ」
「ようこそ、おいでくんしゃった」
依頼を受けたハンター達が村に入ると、待ってましたとばかりにどっと人が押し寄せてきた。それほど皆、歪虚の存在に怯えているのだろう。
「ワシらが来たからには安心じゃ。第一、ここから遠く離れた場所にヴォイドはいるのであろう? なら、何も心配は要らん」
そうギルバート(ka2315)がなだめると、わっと拍手が起こった。
「それで、詳しい話をお聞かせ願えませんか? オフィスの書類だけでは、詳細までは分からなくて」
白神 霧華(ka0915)はざっと、皆の顔を見回した。先頭にいる老人がここの長だろう、若い男衆が彼の周りを囲んでいる、彼らはここの青年団というか、自警団というか、そんなところか。しかしそれから輪から外れてひとり、若い男が立っていた。その男に、皆の視線がいく。
「……いままでこのへんに、ヴォイドなんぞ出たことはなかったんじゃ。思い当たるのが、そこの、フィユっちゅう男ン家の、古木があっての……」
「その木に成った実を、大量に何十年も納屋にしまいこんでるんだぜ」
早速来たか、とアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は思った。フィユの家にあるプラムの古木が歪虚に絡め取られたという疑いがもたれているのは間違いないようだ。知識不足による誤解とは悲しいものだが、歪虚のことを何も知らないというのはそれだけ平和の証かもしれない。
(……ハンター、なればこそ。雑魔とか、ある程度は、知識も、耐性も、あるけど。リアルブルー、に、いた頃の、あたし、なら。きっと、同じように、パニックに、なっちゃう。だろうな)
佐々加瀬 穹(ka2929)も同じ事を考えていた。ならば、この村に必要なのは、歪虚退治だけでなく、疑心暗鬼の呪縛からも救うことだ。
「100年以上も実を鈴なりにさせるなんて、普通じゃない木だよ」
「まず、それを切ってやっちゃぁくれねえか?」
「ピーピー喚くな!」
騒がしくなった村人を、ルイーナ・アンナトラ(ka2669)が一喝した。まったく、なんと頭の悪い連中だろう! 100年生きてる木? ご立派なモンじゃないか。それを考えなしに切り倒せとは、よくもまあ恥ずかしげもなく言えるもんだ。
「要は、ヴォイドをブチ殺せばいいんだろう? 言いたいことがあるならその後で……うぐぐ」
粗暴なルイーナの口は、マコト・タツナミ(ka1030)の、冷や汗に濡れた手によって塞がれた。
「あ、あの、もっと友好的に行きましょうよ……」
「ああ? 俺は十分、友好的だぜ?」
「うう……、そ、そうなんですけど……」
気弱なマコトにルイーナが制御しきれるはずもないが、ひとまずマコトが避雷針になっている間に守原 有希弥(ka0562)が話を進める。
「ではお聞きしますが、実際にヴォイドを見た方はどちらです? ……プラムを連想させる姿をしていましたか? 青かったとか、匂いがしたとか」
有希弥の手元には、ハンターズソサエティに集まっていた過去の依頼報告書の写しから、似たようなケースを集めた資料があった。ヴォイドの発生する要因はひとつではないが、照らし合わせる価値はある。それをめくりながら、質問を重ねる。
「それから、フィユさん。プラムのそばに住んでいて、体調を崩したり気分が悪くなったりしてますか?」
聞きながらも有希弥は、フィユとプラムを擁護したりはしない。必要なのは先入観ではなく、正確な事項なのだ。質問の答えは全て否、だ。けれどここで、歪虚をまだ見ていない彼は結論を出さない。
「あとは実際に、そのプラムを見てみないとね! フィユさん、案内してほしいのん!」
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)はわくわくしていた。エルフの里にも樹齢の高い立派な木はいくつもある、それに似たような木がこの小さな村にもあるとなれば、それは喜ばしいことなのだ。
あまり居心地のよくないそこを離れ、フィユはハンター達を自宅の庭へ連れて行った。
●歪虚
ハンター達は血気みなぎっていた。
青々と茂る、プラムの木。丁寧に剪定がされ、幹も根も太く、とても古い木とは思えないほど、瑞々しさに溢れている。それに、納屋にきちんと並べられた、幾瓶もの果実酒。古いものは琥珀のような蜂蜜のような、深い色合いをたたえており、そこにはマテリアルの崩れなど全く感じさせず、寧ろ生命力が涌き出ているようだった。
「こんな立派な木がマテリアルを汚すわけないのん。みんなはどうして、この木が原因って思っちゃったのん?」
ハンター達は確信した、村はずれのヴォイドとプラムは無関係だと。家人に代々愛され、大切に育てられ、手をかけられたからこそ、このプラムは100年生きているし、今も実を成らせ続けているのだ。
ならばヴォイドを叩きのめすのに、何の遠慮も要らない!
「いた!」
そう、今まさに、目の前に現れた4体の化け物を、一つ残らず殲滅するのみなのだ!
有希弥の目が光る。村から離れて立木と雑草が自由奔放に生えている緑色の原に、黒い影が4つ、ゆらゆら蠢いているのを誰よりも早く見つけた。影は、こちらには気付いていない。
「なんて、見晴らしの、よさ」
地形的に、隠れるところはない。敵の姿は丸見えだが、反対にこちらの姿も丸見えになる。穹は遠巻きに、遠巻きに、しかし弓の狙いが外れることはない位置を探し、静かに動き出した。
「行きます!!」
最初に飛び出したのは霧華だった。固まって現れたのは数の多いこちらにとって好都合だ、逃がさないよう、包囲網を作る。そして更なる足止めとして、霧華は『黒漆太刀』をヴォイドの足めがけて振り下ろした。
『ホウーッ、ホォオッ』
ヴォイドは、不揃いな歯の並ぶ口から、さながら鼻歌のような鳴き声を出して、軽々とその一刃をかわした。
「!! 速い!」
「だったら、これは!?」
ミィナから放たれた『ウィンドスラッシュ』は、空しく消滅した。
『ホッホウ、ホオーッ』
前脚を地面に付け、尻尾を高く掲げ、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねる。
「ずいぶんと、馬鹿にされたものだな」
穏やかなアデリシアの表情が一転、ヴォイドへの忌々しさを剥き出しにし、そのままホーリーライトを猿どもへ向かってぶち込んだ。光の弾は地面に当たり、猿は後ずさった。
(アデリシアさんも、外した?)
マコトは思わず、アデリシアの方を振り返った。……しかしアデリシアは、まったく悔しがる様子がない。
(! そうか!)
余裕の笑みさえ見せる彼女の顔から、マコトは察した。
外したのではない、ヴォイドを追いやっている。
「みんなを信じるよ!」
マコトも、『ドリルナックル』に己のマテリアルを限界まで注ぎ込む。仲間達はそれぞれにベストを尽くしているのだ、自分のするべきこともまた、目の前の敵に全力で立ち向かうことである。
「勝つのは私たちだよね?」
「何を当たり前のことを言うておる」
「ごっ、ごめんなさい」
勝つのは当たり前だ、とギルバートは『アンカーハンマー』を振り回した。ブウン、ブウンと不気味な音を発する重厚な錨は、回転の勢いを付けたままヴォイドにぶつけられた。
『ギャッ』
ヴォイドの一体が悲鳴を上げて崩れ落ちた。それを見て、それまで小馬鹿にしたような動きを見せていた猿どもの様子が一変する。『こいつらは危険』、そう察知したのか、踵を返し逃げ出そうとした。
だが、すでに遅い。気が付けばヴォイドは狭い範囲に追いやられ、自分たちの倍の数の敵にすっかり取り囲まれてしまっていたのだった。
「おいおい、どこへ行こうってんだ?」
人垣の隙間を捜して逃げ出そうとするヴォイドに、ルイーナは銃口を向ける。けれどヴォイドには、それが火を吹く武器と分からないのか、かまわず突進してくる。
「はン」
真正面から来るなら、狙いはつけやすい。ルイーナは鼻を鳴らすと、『強弾』のこもった銃弾を猿にめり込ませた。
「どうした、網からこぼれてるぜ」
「あなたが退屈してるだろうと思いまして、ね」
撃たれてもがいているヴォイドに、アデリシアは留めの一撃を振り下ろす。ぐしゃりと潰れ、ヴォイドはついに動きを止める。
1体、2体、……彷徨うヴォイドは次々と消滅した。あとには元通りの、好き放題に伸びきった草ッ原が残るだけだった。
●プラムの木とプラム酒
村人達はフィユの家に集められ、ハンター達からの報告を聞いていた。
「……ヴォイドの残滓を見るに、もとはやはり猿だったと推測されます。この村をざっと見回しましたが、普段には猿はいないようですので、村の外にいた猿が歪虚化し、入ってきたと考えるべきでしょう」
有希弥は最初の時と同じく、ただ事実だけを冷静に並べて、プラムと歪虚が無関係であることを説明した。これで大半の村人はほっとした顔になり、納得したようだ。
「どうじゃ、フィユ殿。ここはひとつ、このプラムの木の下で皆にプラム酒を飲んでもらっては」
互いのわだかまりを無くすために、酒は有効だとギルバートは提案する。もっともそれは、あの金色の飲み物にありつく口実でもあるのだけれど。
だが、最初にプラム歪虚説を唱えだした一部の人間は、妙な自尊心のために、まだいちゃもんを付けてくる。そんなのを飲んで、自分たちが歪虚になったらどうするのだとか、なんとか云々。
「やかましい! だったら、実際に飲んでみればいいだろうよ!」
ルイーナはフィユが注いだプラム酒をひったくると、喉に勢いよく流し込んだ。甘い、とろみのついた酒が体の中心にぽっと灯をともす。
「………………みゅう」
そのままルイーナはぶっ倒れ、猫のように身じろぎをし、丸まってすうすう寝息を立て始めた。
「ええと、ごらんの通り、この粗野な彼女が、こんなに、しおらしく、なって、しまいましたよ」
邪気のない、可愛らしい寝顔のルイーナを指して、穹は説明する。
「だめだよ穹さん、例がひとつだけじゃ皆さんに分かりづらいよ。……ここは、私も」
名乗りを上げるマコト。飲んで安全だと、身を以て証明するのだ。決して飲みたいわけではない、はず。フィユは嬉々として、自慢のプラム酒の瓶を開ける。
「だったら、うちも飲んでみるのん。ええと、出来れば古いのと新しいのの、飲み比べで」
「よしきた、これもこれも、試してみろ」
ミィナの申し出を快く受け入れるフィユ。それを見て他の村人も、我も我もと手を伸ばす。
「……だから、いいですか、そういうわけですので、必ずしもプラム酒から雑魔が発生するとは限らないわけですね。ご理解いただけましたか? わからなければもう一度ご説明いたしますが」
「わかんないなー。もう一度説明してよー」
「……だから、いいですか、そういうわけですので、必ずしもプラム酒から雑魔が発生するとは限らないわけですね。」
すっかり出来上がったアデリシア。先ほどから何回も、同じ話を繰り返し、聞いている方も同じ事を聞き返す。彼女だけではない、周りも皆、似たようなものだ。
「おーい、母ちゃん。グラスが足りねーよ」
「もう、家中の器が出払っちゃったよ」
「奥さん、うちのを貸しますよ」
「あら、じゃあうちも持ってきましょう。そうそう、肴になりそうなものが台所にあるから、それも持ってくるわ」
フィユと、家族と、他の村人達との誤解はいつの間にか消えていた。何事もなかったかのように、いつものやり取りが行われる。
「いいんですか、フィユさん。この家の大事なお酒でしょう? 何なら、他の適当なお酒に変えた方が……」
心配になった霧華が言ってみるが、フィユはあっけらかんとしたものだった。
「いっぱいあるんだよ、ご近所にちょっと分けたところで無くなりゃしねえ。それに、これからも増えるし、な」
フィユは、プラムの木を見上げた。
きっとこの木は来年も再来年も、同じように実を付け続けてくれるだろう。
「おお、ハンターさんが来たぞ、来たぞ」
「ようこそ、おいでくんしゃった」
依頼を受けたハンター達が村に入ると、待ってましたとばかりにどっと人が押し寄せてきた。それほど皆、歪虚の存在に怯えているのだろう。
「ワシらが来たからには安心じゃ。第一、ここから遠く離れた場所にヴォイドはいるのであろう? なら、何も心配は要らん」
そうギルバート(ka2315)がなだめると、わっと拍手が起こった。
「それで、詳しい話をお聞かせ願えませんか? オフィスの書類だけでは、詳細までは分からなくて」
白神 霧華(ka0915)はざっと、皆の顔を見回した。先頭にいる老人がここの長だろう、若い男衆が彼の周りを囲んでいる、彼らはここの青年団というか、自警団というか、そんなところか。しかしそれから輪から外れてひとり、若い男が立っていた。その男に、皆の視線がいく。
「……いままでこのへんに、ヴォイドなんぞ出たことはなかったんじゃ。思い当たるのが、そこの、フィユっちゅう男ン家の、古木があっての……」
「その木に成った実を、大量に何十年も納屋にしまいこんでるんだぜ」
早速来たか、とアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は思った。フィユの家にあるプラムの古木が歪虚に絡め取られたという疑いがもたれているのは間違いないようだ。知識不足による誤解とは悲しいものだが、歪虚のことを何も知らないというのはそれだけ平和の証かもしれない。
(……ハンター、なればこそ。雑魔とか、ある程度は、知識も、耐性も、あるけど。リアルブルー、に、いた頃の、あたし、なら。きっと、同じように、パニックに、なっちゃう。だろうな)
佐々加瀬 穹(ka2929)も同じ事を考えていた。ならば、この村に必要なのは、歪虚退治だけでなく、疑心暗鬼の呪縛からも救うことだ。
「100年以上も実を鈴なりにさせるなんて、普通じゃない木だよ」
「まず、それを切ってやっちゃぁくれねえか?」
「ピーピー喚くな!」
騒がしくなった村人を、ルイーナ・アンナトラ(ka2669)が一喝した。まったく、なんと頭の悪い連中だろう! 100年生きてる木? ご立派なモンじゃないか。それを考えなしに切り倒せとは、よくもまあ恥ずかしげもなく言えるもんだ。
「要は、ヴォイドをブチ殺せばいいんだろう? 言いたいことがあるならその後で……うぐぐ」
粗暴なルイーナの口は、マコト・タツナミ(ka1030)の、冷や汗に濡れた手によって塞がれた。
「あ、あの、もっと友好的に行きましょうよ……」
「ああ? 俺は十分、友好的だぜ?」
「うう……、そ、そうなんですけど……」
気弱なマコトにルイーナが制御しきれるはずもないが、ひとまずマコトが避雷針になっている間に守原 有希弥(ka0562)が話を進める。
「ではお聞きしますが、実際にヴォイドを見た方はどちらです? ……プラムを連想させる姿をしていましたか? 青かったとか、匂いがしたとか」
有希弥の手元には、ハンターズソサエティに集まっていた過去の依頼報告書の写しから、似たようなケースを集めた資料があった。ヴォイドの発生する要因はひとつではないが、照らし合わせる価値はある。それをめくりながら、質問を重ねる。
「それから、フィユさん。プラムのそばに住んでいて、体調を崩したり気分が悪くなったりしてますか?」
聞きながらも有希弥は、フィユとプラムを擁護したりはしない。必要なのは先入観ではなく、正確な事項なのだ。質問の答えは全て否、だ。けれどここで、歪虚をまだ見ていない彼は結論を出さない。
「あとは実際に、そのプラムを見てみないとね! フィユさん、案内してほしいのん!」
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)はわくわくしていた。エルフの里にも樹齢の高い立派な木はいくつもある、それに似たような木がこの小さな村にもあるとなれば、それは喜ばしいことなのだ。
あまり居心地のよくないそこを離れ、フィユはハンター達を自宅の庭へ連れて行った。
●歪虚
ハンター達は血気みなぎっていた。
青々と茂る、プラムの木。丁寧に剪定がされ、幹も根も太く、とても古い木とは思えないほど、瑞々しさに溢れている。それに、納屋にきちんと並べられた、幾瓶もの果実酒。古いものは琥珀のような蜂蜜のような、深い色合いをたたえており、そこにはマテリアルの崩れなど全く感じさせず、寧ろ生命力が涌き出ているようだった。
「こんな立派な木がマテリアルを汚すわけないのん。みんなはどうして、この木が原因って思っちゃったのん?」
ハンター達は確信した、村はずれのヴォイドとプラムは無関係だと。家人に代々愛され、大切に育てられ、手をかけられたからこそ、このプラムは100年生きているし、今も実を成らせ続けているのだ。
ならばヴォイドを叩きのめすのに、何の遠慮も要らない!
「いた!」
そう、今まさに、目の前に現れた4体の化け物を、一つ残らず殲滅するのみなのだ!
有希弥の目が光る。村から離れて立木と雑草が自由奔放に生えている緑色の原に、黒い影が4つ、ゆらゆら蠢いているのを誰よりも早く見つけた。影は、こちらには気付いていない。
「なんて、見晴らしの、よさ」
地形的に、隠れるところはない。敵の姿は丸見えだが、反対にこちらの姿も丸見えになる。穹は遠巻きに、遠巻きに、しかし弓の狙いが外れることはない位置を探し、静かに動き出した。
「行きます!!」
最初に飛び出したのは霧華だった。固まって現れたのは数の多いこちらにとって好都合だ、逃がさないよう、包囲網を作る。そして更なる足止めとして、霧華は『黒漆太刀』をヴォイドの足めがけて振り下ろした。
『ホウーッ、ホォオッ』
ヴォイドは、不揃いな歯の並ぶ口から、さながら鼻歌のような鳴き声を出して、軽々とその一刃をかわした。
「!! 速い!」
「だったら、これは!?」
ミィナから放たれた『ウィンドスラッシュ』は、空しく消滅した。
『ホッホウ、ホオーッ』
前脚を地面に付け、尻尾を高く掲げ、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねる。
「ずいぶんと、馬鹿にされたものだな」
穏やかなアデリシアの表情が一転、ヴォイドへの忌々しさを剥き出しにし、そのままホーリーライトを猿どもへ向かってぶち込んだ。光の弾は地面に当たり、猿は後ずさった。
(アデリシアさんも、外した?)
マコトは思わず、アデリシアの方を振り返った。……しかしアデリシアは、まったく悔しがる様子がない。
(! そうか!)
余裕の笑みさえ見せる彼女の顔から、マコトは察した。
外したのではない、ヴォイドを追いやっている。
「みんなを信じるよ!」
マコトも、『ドリルナックル』に己のマテリアルを限界まで注ぎ込む。仲間達はそれぞれにベストを尽くしているのだ、自分のするべきこともまた、目の前の敵に全力で立ち向かうことである。
「勝つのは私たちだよね?」
「何を当たり前のことを言うておる」
「ごっ、ごめんなさい」
勝つのは当たり前だ、とギルバートは『アンカーハンマー』を振り回した。ブウン、ブウンと不気味な音を発する重厚な錨は、回転の勢いを付けたままヴォイドにぶつけられた。
『ギャッ』
ヴォイドの一体が悲鳴を上げて崩れ落ちた。それを見て、それまで小馬鹿にしたような動きを見せていた猿どもの様子が一変する。『こいつらは危険』、そう察知したのか、踵を返し逃げ出そうとした。
だが、すでに遅い。気が付けばヴォイドは狭い範囲に追いやられ、自分たちの倍の数の敵にすっかり取り囲まれてしまっていたのだった。
「おいおい、どこへ行こうってんだ?」
人垣の隙間を捜して逃げ出そうとするヴォイドに、ルイーナは銃口を向ける。けれどヴォイドには、それが火を吹く武器と分からないのか、かまわず突進してくる。
「はン」
真正面から来るなら、狙いはつけやすい。ルイーナは鼻を鳴らすと、『強弾』のこもった銃弾を猿にめり込ませた。
「どうした、網からこぼれてるぜ」
「あなたが退屈してるだろうと思いまして、ね」
撃たれてもがいているヴォイドに、アデリシアは留めの一撃を振り下ろす。ぐしゃりと潰れ、ヴォイドはついに動きを止める。
1体、2体、……彷徨うヴォイドは次々と消滅した。あとには元通りの、好き放題に伸びきった草ッ原が残るだけだった。
●プラムの木とプラム酒
村人達はフィユの家に集められ、ハンター達からの報告を聞いていた。
「……ヴォイドの残滓を見るに、もとはやはり猿だったと推測されます。この村をざっと見回しましたが、普段には猿はいないようですので、村の外にいた猿が歪虚化し、入ってきたと考えるべきでしょう」
有希弥は最初の時と同じく、ただ事実だけを冷静に並べて、プラムと歪虚が無関係であることを説明した。これで大半の村人はほっとした顔になり、納得したようだ。
「どうじゃ、フィユ殿。ここはひとつ、このプラムの木の下で皆にプラム酒を飲んでもらっては」
互いのわだかまりを無くすために、酒は有効だとギルバートは提案する。もっともそれは、あの金色の飲み物にありつく口実でもあるのだけれど。
だが、最初にプラム歪虚説を唱えだした一部の人間は、妙な自尊心のために、まだいちゃもんを付けてくる。そんなのを飲んで、自分たちが歪虚になったらどうするのだとか、なんとか云々。
「やかましい! だったら、実際に飲んでみればいいだろうよ!」
ルイーナはフィユが注いだプラム酒をひったくると、喉に勢いよく流し込んだ。甘い、とろみのついた酒が体の中心にぽっと灯をともす。
「………………みゅう」
そのままルイーナはぶっ倒れ、猫のように身じろぎをし、丸まってすうすう寝息を立て始めた。
「ええと、ごらんの通り、この粗野な彼女が、こんなに、しおらしく、なって、しまいましたよ」
邪気のない、可愛らしい寝顔のルイーナを指して、穹は説明する。
「だめだよ穹さん、例がひとつだけじゃ皆さんに分かりづらいよ。……ここは、私も」
名乗りを上げるマコト。飲んで安全だと、身を以て証明するのだ。決して飲みたいわけではない、はず。フィユは嬉々として、自慢のプラム酒の瓶を開ける。
「だったら、うちも飲んでみるのん。ええと、出来れば古いのと新しいのの、飲み比べで」
「よしきた、これもこれも、試してみろ」
ミィナの申し出を快く受け入れるフィユ。それを見て他の村人も、我も我もと手を伸ばす。
「……だから、いいですか、そういうわけですので、必ずしもプラム酒から雑魔が発生するとは限らないわけですね。ご理解いただけましたか? わからなければもう一度ご説明いたしますが」
「わかんないなー。もう一度説明してよー」
「……だから、いいですか、そういうわけですので、必ずしもプラム酒から雑魔が発生するとは限らないわけですね。」
すっかり出来上がったアデリシア。先ほどから何回も、同じ話を繰り返し、聞いている方も同じ事を聞き返す。彼女だけではない、周りも皆、似たようなものだ。
「おーい、母ちゃん。グラスが足りねーよ」
「もう、家中の器が出払っちゃったよ」
「奥さん、うちのを貸しますよ」
「あら、じゃあうちも持ってきましょう。そうそう、肴になりそうなものが台所にあるから、それも持ってくるわ」
フィユと、家族と、他の村人達との誤解はいつの間にか消えていた。何事もなかったかのように、いつものやり取りが行われる。
「いいんですか、フィユさん。この家の大事なお酒でしょう? 何なら、他の適当なお酒に変えた方が……」
心配になった霧華が言ってみるが、フィユはあっけらかんとしたものだった。
「いっぱいあるんだよ、ご近所にちょっと分けたところで無くなりゃしねえ。それに、これからも増えるし、な」
フィユは、プラムの木を見上げた。
きっとこの木は来年も再来年も、同じように実を付け続けてくれるだろう。
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依頼相談掲示板 | |||
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![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/27 19:23:17 |
|
![]() |
作戦相談卓 守原 有希弥(ka0562) 人間(リアルブルー)|19才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/09/01 03:28:21 |