ゲスト
(ka0000)
ある令嬢の肖像
マスター:紺堂 カヤ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/17 09:00
- 完成日
- 2016/05/22 14:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ぽかぽかと暖かな陽気の日であった。
今日は畑仕事がはかどりそうだなあ、などと考えながら、トーマスが家を出ると。
どったーん!!!
何かが倒れるような大きな音がした。
「な、何だ!? 兄さんのアトリエの方からだ!!」
慌てて、トーマスがアトリエに駆けつけると。そこには。
「いてててて……」
床にひっくり返っている兄・ヒューゴの姿があった。
「兄さん! どうしたの!?」
トーマスが驚いて駆け寄り、背中を支えて起こしてやると、ヒューゴは恥ずかしそうに、絵具だらけの手で頭をかいた。
「ごめんよ、トーマス。久しぶりに出かけるから、お気に入りの靴を出そうと思ったら、踏み台から落ちてしまったよ」
「靴? ああ、これだね。はい、どうぞ」
トーマスは棚の一番上に仕舞われた靴を、兄の代わりに取り出してあげた。
「でも兄さん、この靴を履いて出かけるなんて本当に久しぶりだね。森へ行くときはいつものスニーカーなのに。まさか、王都へ行くの?」
「そうそう。そうなんだよー。注文を受けていた肖像画が描きあがったから、届けに行くんだ」
ヒューゴは絵描きなのである。幼いころから良い絵を描くことで知られており、この頃は肖像画やインテリア用の風景画の注文を受けるようになった。
「へえ! どんな人の肖像画なの?」
「可愛らしいお嬢さんだよ。なんか、気合が入ってそうな名前の……、アイヤーお嬢様だったかな……」
「アイヤー?」
「いや、テイヤー、だったかな……。まあ大丈夫、お屋敷の住所は控えてあるから」
そう言って笑いながら、ヒューゴは立ち上がろうとした。が。
「いてててて」
立ち上がれずに再び床へへたり込んでしまう。
「兄さん大丈夫!?」
「うん……、どうやらさっきので足を痛めたみたいだ……、困ったなあ」
これでは、とても王都まで行くことはできない。
「安静にしていた方がいいよ。王都へは、僕が代わりに行ってあげよう。運ぶのは、どれ?」
トーマスの申し出に、ヒューゴは申し訳ないと思いつつも頼むことにした。
「ありがとう、トーマス。絵はもう包んであるんだ、その青い包みだよ。お屋敷までの地図は、これだ」
トーマスが出発してから、ヒューゴは痛めた足に湿布と包帯を巻いて一息ついた。二、三日安静にしていればすぐによくなるだろう。
そうそう、と思いついて、机を支えにしながらそろそろと立ち上がった。あの薬をきちんとしまっておかなければ。
「あれ……? おかしいな、ないぞ……?」
確か、いつも使うイーゼルの近くに置いていたはず、と思ったのだが、見当たらない。
「あっ!! もしかして!!!」
ヒューゴは恐ろしいことに気が付いてしまった。
「あの絵の包みの中に……? だとしたら、トーマスが危ない! だってあの薬は……」
トーマスは、走っていた。絵の包みを抱えて。
なぜ走っているのかというと。
「うわあああーーーー!!! 来るなーーーー!!!」
野生のシカに、追いかけかれているからであった……。
今日は畑仕事がはかどりそうだなあ、などと考えながら、トーマスが家を出ると。
どったーん!!!
何かが倒れるような大きな音がした。
「な、何だ!? 兄さんのアトリエの方からだ!!」
慌てて、トーマスがアトリエに駆けつけると。そこには。
「いてててて……」
床にひっくり返っている兄・ヒューゴの姿があった。
「兄さん! どうしたの!?」
トーマスが驚いて駆け寄り、背中を支えて起こしてやると、ヒューゴは恥ずかしそうに、絵具だらけの手で頭をかいた。
「ごめんよ、トーマス。久しぶりに出かけるから、お気に入りの靴を出そうと思ったら、踏み台から落ちてしまったよ」
「靴? ああ、これだね。はい、どうぞ」
トーマスは棚の一番上に仕舞われた靴を、兄の代わりに取り出してあげた。
「でも兄さん、この靴を履いて出かけるなんて本当に久しぶりだね。森へ行くときはいつものスニーカーなのに。まさか、王都へ行くの?」
「そうそう。そうなんだよー。注文を受けていた肖像画が描きあがったから、届けに行くんだ」
ヒューゴは絵描きなのである。幼いころから良い絵を描くことで知られており、この頃は肖像画やインテリア用の風景画の注文を受けるようになった。
「へえ! どんな人の肖像画なの?」
「可愛らしいお嬢さんだよ。なんか、気合が入ってそうな名前の……、アイヤーお嬢様だったかな……」
「アイヤー?」
「いや、テイヤー、だったかな……。まあ大丈夫、お屋敷の住所は控えてあるから」
そう言って笑いながら、ヒューゴは立ち上がろうとした。が。
「いてててて」
立ち上がれずに再び床へへたり込んでしまう。
「兄さん大丈夫!?」
「うん……、どうやらさっきので足を痛めたみたいだ……、困ったなあ」
これでは、とても王都まで行くことはできない。
「安静にしていた方がいいよ。王都へは、僕が代わりに行ってあげよう。運ぶのは、どれ?」
トーマスの申し出に、ヒューゴは申し訳ないと思いつつも頼むことにした。
「ありがとう、トーマス。絵はもう包んであるんだ、その青い包みだよ。お屋敷までの地図は、これだ」
トーマスが出発してから、ヒューゴは痛めた足に湿布と包帯を巻いて一息ついた。二、三日安静にしていればすぐによくなるだろう。
そうそう、と思いついて、机を支えにしながらそろそろと立ち上がった。あの薬をきちんとしまっておかなければ。
「あれ……? おかしいな、ないぞ……?」
確か、いつも使うイーゼルの近くに置いていたはず、と思ったのだが、見当たらない。
「あっ!! もしかして!!!」
ヒューゴは恐ろしいことに気が付いてしまった。
「あの絵の包みの中に……? だとしたら、トーマスが危ない! だってあの薬は……」
トーマスは、走っていた。絵の包みを抱えて。
なぜ走っているのかというと。
「うわあああーーーー!!! 来るなーーーー!!!」
野生のシカに、追いかけかれているからであった……。
リプレイ本文
弟が動物に襲われているかもしれない、というヒューゴの申し出に、ハンターたちは危機だけでなく好機を感じ取ったようだった。
動物を引き寄せる、薬。
これが、彼らに強く興味を抱かせたのだ。
「この手の薬品は下手すると兵器なんですよね」
クオン・サガラ(ka0018)がぽつりとつぶやくと、ヒューゴが慌てた。
「そ、そんな大げさなものだったのですか! ご、ご迷惑をおかけします……」
「大丈夫だ、弟さんは絶対、助け出してみせる」
ヴァイス(ka0364)が自信たっぷりに快活な笑顔をヒューゴに向けると、彼はほっとしたように肩の力を抜いて頷いた。
「薬は、特に高価なものではありませんから、破棄していただいて構いません。水で簡単に無用のものになります。手元に戻って来るなら、それはそれで有難いですけれどね。ただ、申し訳ないのですが、お譲りすることはできないのです。販売元との約束で。他者に渡さない、という約束で売ってもらっているもので……。マタタビのような植物やら動物のフンなんかを組み合わせたものらしい、ということは聞いたことがあるのですが、どうも企業秘密のようで」
ヒューゴが申し訳なさそうにそう言うと、サンプルを取りたいと思っていたらしいクオンががっかりと肩を落とした。
「とにかく、まずはトーマスさんのところへ駆けつけなければなりませんね」
そう言う龍堂 神火(ka5693)の真剣な面持ちに、全員がしっかりと頷いた。
まだそう遠くへは行けていないと思う、というヒューゴの推測ではあったが、動物に追いかけられているとしたらならば、いつも以上の速さで走って……、つまりは逃げ回っている可能性がある。ハンターたちは一刻も早くトーマスに追いつくため、バイクを所持している者が先行することとした。
水流崎トミヲ(ka4852)と、馬を連れたディーナ・フェルミ(ka5843)は後ろから追いついてくることとした。ヒューゴから借り受けてきた着替えを抱えたディーナと、女性と二人きりにされてかわいそうなほど緊張しているトミヲに見送られ、バイクに乗った四人は先を急いだ。
「早くも何か見えて来たな」
ヴァイスが道の先に靄のようにぼんやりした塊を見つけて指を差した。そう遠くへ行っていないはずだ、というヒューゴの予想はほぼ当たっていたことになる。
「お、いたいた! マジで追っ掛けられてンじゃん! コレはうらやま……もといヤベーな!」
大伴 鈴太郎(ka6016)がそれを見てはしゃぎ気味の声を出すと、バイクのエンジンを大きく蒸かした。ブゥン、と低く唸るような音に、動物たちの首が一斉に動いた。シカ、ウサギ、ノネズミにタヌキ……、様々な種類の動物たちのつぶらな瞳がハンターたちの方を見る。
「ええと、今いる動物は……、だいたいが草食動物だね、よかった」
神火が冷静に状況を判断する。動物たちの真ん中に、青い包みを抱きしめて半泣きになっているトーマスらしき青年を見つけ、思わず苦笑いが漏れる。
「タワーディフェンス……、とはちょっと違うか」
神火はゴーグルをつけると、鈴太郎のバイクの隣に自らのバイクを並ばせ、同じようにエンジン音を大きくさせた。そのまま、ふたりで動物たちの中へと進んでいく。
「オラッ、散れ散れ! 怪我すんじゃねーぞ!?」
車輪の向きに注意を払いつつ鈴太郎と神火がバイクで動物たちを蹴散らしていく。ほとんどは一目散に逃げ出したが、何が起きたかわからず混乱している様子でその場でうろうろと足踏みをしている獣も多かった。そこへ、二人の後ろから銃声が響く。クオンが空に向かってライフルを放ったのである。足踏みをしていたものたちも、それであらかた散って行った。
ヴァイスはバイクをとめると、ソウルトーチで全身に炎に似たオーラを纏わせた。近付いてはいけないものがいるぞ、と少しでも動物たちに認識させるためだった。炎のような鮮やかな髪を持つ彼には、そのオーラが良く似合う。
「大丈夫か!?」
「はぃいいい、なんとか……」
ヴァイスがトーマスに声をかけると、トーマスは震える声で返事をした。相当に恐ろしい思いをしたようだ。
「俺たちはハンターだ。兄さんであるヒューゴに頼まれてきた。動物たちが集まってきたのは、薬が原因なんだ」
「く、薬ですか?」
「そうです。その絵の包みの中に紛れているらしいのですが……、開いてもよろしいですか?」
クオンがトーマスに了承を得てから青い包みを開くと、栗色の髪の令嬢が描かれたカンバスの隣に、手のひらサイズの布の袋があった。袋はたっぷりと膨らんでいて、人の嗅覚でも甘いような酸っぱいような、独特の匂いが確認できた。
「結構な量がありますね」
バイクに跨ったままエンジンをふかして、神火がクオンの手元を覗き込む。そこへ、後から追いかけてきたディーナとトミヲが到着した。
「あっ、それが令嬢の肖像だね!? ぜひ! みせて!」
カンバスにいち早く目を向けたトミヲが駆け寄る。見事な油絵のそれをしげしげと眺めて感心しつつ、自分が想像していたものとは違ったことにバツの悪そうな顔をした。
「え、あ、割と普通の、ちゃんとした絵、でしたね……ゴメン」
「あれ? このモデルって……」
少し離れたところから同じく絵を見ていた鈴太郎は、描かれている令嬢に見覚えがある気がして首を傾げていた。
と、そんなことをしている間に。
「ねえ、また動物たちが集まって来てるの!」
ディーナが周囲を見回して声を上げる。が、その声は妙に嬉しげであった。バイクのエンジンや、ヴァイスのソウルトーチを気にしつつもなお近寄ってくるシカやウサギ。この薬の香りはよほど動物たちにとって魅力があるものと思われた。
「もふもふ大好きなの! 可愛くて美味しいって最高だと思うの!」
ディーナが目を輝かせて目の前にやってきた茶毛のウサギを撫でた。撫でながら自分のセリフに、あれ? と首を傾げるものの、まあいいか、とすぐに毛並みを堪能することに集中した。ディーナが撫でているのを見て、鈴太郎やヴァイス、神火もそっとふさふさした動物の身体に手を伸ばした。トミヲは動物たちと戯れるディーナや鈴太郎を眺め、うんうんと頷いて目を細めている。と、その細めた視界の中に。
「おや?」
これまで集まっていた動物たちとは明らかにサイズ感の違う影が見えたように思った。
「う、うわあ!」
驚きの声を上げたのは……、トーマスである。
「ク、クマですよ、皆さん! クマが近付いてきてますよ!!」
「えっ!?」
全員が顔を上げた。神火がいちはやく周囲を冷静に見回し、声を出す。
「とにかく、早く薬をなんとかしましょう」
「クマは俺に任せろ」
ヴァイスが力強くうなづいて、威嚇する姿勢を強めながらトーマスから離れて行った。オレも、と言って鈴太郎もヴァイスに続く。
「薬は三つに分けておきましたよ」
クオンが、薬を分けた包みを示した。皆が動物を撫でていた間に、ひとり作業を進めていたようだ。しっかりと手袋を使用し、扱いには抜かりがない。
「でも、もう少し小分けにして、大部分は破棄した方がいいかもしれませんね。これだけ効果があるのでは、囮に使うにしても危険であるような気がします」
神火が薬の分量を見分して呟くと、クオンも頷いてそれに同意した。
「破棄するのならボクがやるよ」
トミヲが申し出た。ピュアウォーターを使うつもりなのだ。
ディーナはそうした薬の処理をしている横で、ディヴァインウィルをかけてからトーマスに着替えを差し出した。これに全部着替えて、と差し出されたもののなかに下着まで一式あるのに気が付いたトーマスが困惑した様子を見せるが、ディーナは一向に気にしたふうもなく、さあ、と促す。
「私たちが目を瞑っている間に着替えればいいの。ディヴァインウィルをかけてるから安全に着替えられるの、そのまま移動するよりマシだと思うの」
可憐な見た目のディーナにそんなことを言われ、トーマスはなおも戸惑っていたが、ディーナがしっかり瞼を閉じたのを見て、心を決めた。
一方、クマと対峙することとなった、ヴァイスと鈴太郎は。
「うーん、かなり興奮しているな……」
戦闘態勢を取りながら、ヴァイスがクマと睨み合う。威嚇は成功していたが、威嚇したことによって完全にこちらに敵意を持たせてしまったようだった。戦闘態勢でいるからといって、本当に戦いたいわけではないのだが。
しかしその意志はクマには上手く伝わらなかったとみえ、興奮したクマは突進をかけてきた。
「っとぉ!!」
それを正面から受け止めたのは、金剛を使った鈴太郎であった。
「クマは好きだけど興奮してるヤツは流石にコエーって! モフモフっつーかゴワゴワしてっし……け、獣クセー! だあああ、オレは金太郎かっての!」
怪我をさせないように、となると手加減がなかなか難しい。ヴァイスが横から手を出そうかと迷っていると。
「きみたち、ちょっとクマから離れて!」
突如、トミヲの声が響いた。指示通りにヴァイスと鈴太郎が身を翻してクマから距離を取ると、トミヲのスリープクラウドがクマを見事に眠らせた。
「おおおー! やるじゃん! ありがとな、トミヲ!」
「い、いやあ……」
鈴太郎に褒められて、トミヲは顔をゆで蛸のように赤くする。
「それで、薬はどうにかなったのか?」
ヴァイスに尋ねられ、トミヲは赤さの戻らぬ顔のまま頷き、トーマスたちの方を指差した。着替えを終えたトーマスは、神火が差し出した水で手や顔を洗っている。クオンが持っていた消臭剤も使っているようだ。
「その布にも匂いが残っていると思うので……」
神火が、絵を包んでいた青い布を指差す。実に冷静に、様々なことを見ている目である。クオンが頷いて、ごみ袋を取りだし、絵を包みなおした。
「またクマのような大きな動物が来てしまう前に移動しなきゃなの。分けた薬の残りは、私が責任をもってヒューゴさんのところまで届けるの」
ディーナが薬の包みのひとつをクオンから受け取る。結局、もともとの分量の半分をトミヲが破棄し、残った半分をさらに半分にしたものを、ディーナとクオンが囮として持つこととなった。ディーナは持参していた細長い竿のような棒に紐を括り付けると、そこに薬を結んで愛馬の前に吊るした。
「これで駆けて行くんですか?」
クオンがバイクに跨りながら尋ねると、ディーナも愛馬に跨りつつ頷いた。
「うちの子が香りに気を取られて走らなくなると困るの、馬の前に香り薬なの」
「なるほど」
「ふたりとも、気を付けてな」
ヴァイスが声をかけると、クオンとディーナはしっかりと頷いて、来た道を戻るルートへ走り出していった。
先を急ぐ面々は、なおも動物の気配を気にしつつトーマスの周囲を固めていた。特にヴァイスは抜け目なく警戒をしていて、たとえ香りが残っていたとしてもちょっと近付きたくはない雰囲気である。
「それにしても、綺麗な絵でしたね」
先ほどまでの騒動にすっかり疲弊してしまった様子のトーマスを気遣うように、神火が話しかけると、トーマスは少しホッとしたように笑った。
「ええ。兄の自信作です。僕には芸術の才能は皆無なんですが、兄は昔から絵がとても上手で。でも、反対に、ドジなところが目立つんですよねえ。だから足を痛めたりするんです」
トーマスの話しぶりからは、兄弟仲の良さが伝わってきて、ハンターたちも和んだ気持ちになった。
そうこうするうちに、目的のお屋敷が見えてきた。
「あ。やっぱり!」
見覚えのある門構えに、鈴太郎が叫ぶ。
出迎えに出てきた黒髪の使用人も、思った通りの顔見知りで、更に、その奥から出てきた栗色の髪の令嬢は。
「やっぱダイヤかよー! 元気してっか?」
肖像画のモデル、ダイヤ・モンドであった。鈴太郎とは何度か顔を合わせたことがあり、すっかり友人になっているのである。
「お知り合いでしたか。……ダイヤお嬢様、だったのですね。もう、兄さんったら、アイヤーお嬢様だとかなんとかって……」
はああ、とトーマスが深くため息をつくのが可哀そうでもあり、面白くもあり。皆で笑いながら、ふと、絵と実物を見比べたトミヲは思った。
(やっぱり、二次元より、三次元の方がグッと来るんだなぁ……)
無事に絵を届けた後、トーマスをヒューゴのところまで送ろう、と神火が申し出たため、一行は元来た道を、先ほどよりは気楽に歩いていた。
と、道の向こうから、囮として駆けて行っていたふたりがやって来るのが見えた。
「あ! ディーナとクオンじゃん! ん? 何か連れてるぞ?」
鈴太郎が目を凝らすと、ヴァイスも身を乗り出して様子をうかがう。
「あれは……、シカじゃないか? そう数は多くない……、五頭ほどか」
ディーナが満面の笑みでシカの首筋をもふもふしながら近づいてくる。
「無事、薬を届けたの。でも、やっぱりちょっと匂いが体に残ってるみたいで、ついてきちゃったの」
「あとでしっかり手袋を洗濯しないといけませんね」
クオンが苦笑している。
ヴァイスや鈴太郎は嬉しそうにシカを撫で始めたが。
「あああ、もう追いかけられるのは嫌ですー!」
すっかりシカがトラウマになってしまったらしいトーマスは、たちまち涙目で神火とトミヲの後ろに身を隠すのだった……。
動物を引き寄せる、薬。
これが、彼らに強く興味を抱かせたのだ。
「この手の薬品は下手すると兵器なんですよね」
クオン・サガラ(ka0018)がぽつりとつぶやくと、ヒューゴが慌てた。
「そ、そんな大げさなものだったのですか! ご、ご迷惑をおかけします……」
「大丈夫だ、弟さんは絶対、助け出してみせる」
ヴァイス(ka0364)が自信たっぷりに快活な笑顔をヒューゴに向けると、彼はほっとしたように肩の力を抜いて頷いた。
「薬は、特に高価なものではありませんから、破棄していただいて構いません。水で簡単に無用のものになります。手元に戻って来るなら、それはそれで有難いですけれどね。ただ、申し訳ないのですが、お譲りすることはできないのです。販売元との約束で。他者に渡さない、という約束で売ってもらっているもので……。マタタビのような植物やら動物のフンなんかを組み合わせたものらしい、ということは聞いたことがあるのですが、どうも企業秘密のようで」
ヒューゴが申し訳なさそうにそう言うと、サンプルを取りたいと思っていたらしいクオンががっかりと肩を落とした。
「とにかく、まずはトーマスさんのところへ駆けつけなければなりませんね」
そう言う龍堂 神火(ka5693)の真剣な面持ちに、全員がしっかりと頷いた。
まだそう遠くへは行けていないと思う、というヒューゴの推測ではあったが、動物に追いかけられているとしたらならば、いつも以上の速さで走って……、つまりは逃げ回っている可能性がある。ハンターたちは一刻も早くトーマスに追いつくため、バイクを所持している者が先行することとした。
水流崎トミヲ(ka4852)と、馬を連れたディーナ・フェルミ(ka5843)は後ろから追いついてくることとした。ヒューゴから借り受けてきた着替えを抱えたディーナと、女性と二人きりにされてかわいそうなほど緊張しているトミヲに見送られ、バイクに乗った四人は先を急いだ。
「早くも何か見えて来たな」
ヴァイスが道の先に靄のようにぼんやりした塊を見つけて指を差した。そう遠くへ行っていないはずだ、というヒューゴの予想はほぼ当たっていたことになる。
「お、いたいた! マジで追っ掛けられてンじゃん! コレはうらやま……もといヤベーな!」
大伴 鈴太郎(ka6016)がそれを見てはしゃぎ気味の声を出すと、バイクのエンジンを大きく蒸かした。ブゥン、と低く唸るような音に、動物たちの首が一斉に動いた。シカ、ウサギ、ノネズミにタヌキ……、様々な種類の動物たちのつぶらな瞳がハンターたちの方を見る。
「ええと、今いる動物は……、だいたいが草食動物だね、よかった」
神火が冷静に状況を判断する。動物たちの真ん中に、青い包みを抱きしめて半泣きになっているトーマスらしき青年を見つけ、思わず苦笑いが漏れる。
「タワーディフェンス……、とはちょっと違うか」
神火はゴーグルをつけると、鈴太郎のバイクの隣に自らのバイクを並ばせ、同じようにエンジン音を大きくさせた。そのまま、ふたりで動物たちの中へと進んでいく。
「オラッ、散れ散れ! 怪我すんじゃねーぞ!?」
車輪の向きに注意を払いつつ鈴太郎と神火がバイクで動物たちを蹴散らしていく。ほとんどは一目散に逃げ出したが、何が起きたかわからず混乱している様子でその場でうろうろと足踏みをしている獣も多かった。そこへ、二人の後ろから銃声が響く。クオンが空に向かってライフルを放ったのである。足踏みをしていたものたちも、それであらかた散って行った。
ヴァイスはバイクをとめると、ソウルトーチで全身に炎に似たオーラを纏わせた。近付いてはいけないものがいるぞ、と少しでも動物たちに認識させるためだった。炎のような鮮やかな髪を持つ彼には、そのオーラが良く似合う。
「大丈夫か!?」
「はぃいいい、なんとか……」
ヴァイスがトーマスに声をかけると、トーマスは震える声で返事をした。相当に恐ろしい思いをしたようだ。
「俺たちはハンターだ。兄さんであるヒューゴに頼まれてきた。動物たちが集まってきたのは、薬が原因なんだ」
「く、薬ですか?」
「そうです。その絵の包みの中に紛れているらしいのですが……、開いてもよろしいですか?」
クオンがトーマスに了承を得てから青い包みを開くと、栗色の髪の令嬢が描かれたカンバスの隣に、手のひらサイズの布の袋があった。袋はたっぷりと膨らんでいて、人の嗅覚でも甘いような酸っぱいような、独特の匂いが確認できた。
「結構な量がありますね」
バイクに跨ったままエンジンをふかして、神火がクオンの手元を覗き込む。そこへ、後から追いかけてきたディーナとトミヲが到着した。
「あっ、それが令嬢の肖像だね!? ぜひ! みせて!」
カンバスにいち早く目を向けたトミヲが駆け寄る。見事な油絵のそれをしげしげと眺めて感心しつつ、自分が想像していたものとは違ったことにバツの悪そうな顔をした。
「え、あ、割と普通の、ちゃんとした絵、でしたね……ゴメン」
「あれ? このモデルって……」
少し離れたところから同じく絵を見ていた鈴太郎は、描かれている令嬢に見覚えがある気がして首を傾げていた。
と、そんなことをしている間に。
「ねえ、また動物たちが集まって来てるの!」
ディーナが周囲を見回して声を上げる。が、その声は妙に嬉しげであった。バイクのエンジンや、ヴァイスのソウルトーチを気にしつつもなお近寄ってくるシカやウサギ。この薬の香りはよほど動物たちにとって魅力があるものと思われた。
「もふもふ大好きなの! 可愛くて美味しいって最高だと思うの!」
ディーナが目を輝かせて目の前にやってきた茶毛のウサギを撫でた。撫でながら自分のセリフに、あれ? と首を傾げるものの、まあいいか、とすぐに毛並みを堪能することに集中した。ディーナが撫でているのを見て、鈴太郎やヴァイス、神火もそっとふさふさした動物の身体に手を伸ばした。トミヲは動物たちと戯れるディーナや鈴太郎を眺め、うんうんと頷いて目を細めている。と、その細めた視界の中に。
「おや?」
これまで集まっていた動物たちとは明らかにサイズ感の違う影が見えたように思った。
「う、うわあ!」
驚きの声を上げたのは……、トーマスである。
「ク、クマですよ、皆さん! クマが近付いてきてますよ!!」
「えっ!?」
全員が顔を上げた。神火がいちはやく周囲を冷静に見回し、声を出す。
「とにかく、早く薬をなんとかしましょう」
「クマは俺に任せろ」
ヴァイスが力強くうなづいて、威嚇する姿勢を強めながらトーマスから離れて行った。オレも、と言って鈴太郎もヴァイスに続く。
「薬は三つに分けておきましたよ」
クオンが、薬を分けた包みを示した。皆が動物を撫でていた間に、ひとり作業を進めていたようだ。しっかりと手袋を使用し、扱いには抜かりがない。
「でも、もう少し小分けにして、大部分は破棄した方がいいかもしれませんね。これだけ効果があるのでは、囮に使うにしても危険であるような気がします」
神火が薬の分量を見分して呟くと、クオンも頷いてそれに同意した。
「破棄するのならボクがやるよ」
トミヲが申し出た。ピュアウォーターを使うつもりなのだ。
ディーナはそうした薬の処理をしている横で、ディヴァインウィルをかけてからトーマスに着替えを差し出した。これに全部着替えて、と差し出されたもののなかに下着まで一式あるのに気が付いたトーマスが困惑した様子を見せるが、ディーナは一向に気にしたふうもなく、さあ、と促す。
「私たちが目を瞑っている間に着替えればいいの。ディヴァインウィルをかけてるから安全に着替えられるの、そのまま移動するよりマシだと思うの」
可憐な見た目のディーナにそんなことを言われ、トーマスはなおも戸惑っていたが、ディーナがしっかり瞼を閉じたのを見て、心を決めた。
一方、クマと対峙することとなった、ヴァイスと鈴太郎は。
「うーん、かなり興奮しているな……」
戦闘態勢を取りながら、ヴァイスがクマと睨み合う。威嚇は成功していたが、威嚇したことによって完全にこちらに敵意を持たせてしまったようだった。戦闘態勢でいるからといって、本当に戦いたいわけではないのだが。
しかしその意志はクマには上手く伝わらなかったとみえ、興奮したクマは突進をかけてきた。
「っとぉ!!」
それを正面から受け止めたのは、金剛を使った鈴太郎であった。
「クマは好きだけど興奮してるヤツは流石にコエーって! モフモフっつーかゴワゴワしてっし……け、獣クセー! だあああ、オレは金太郎かっての!」
怪我をさせないように、となると手加減がなかなか難しい。ヴァイスが横から手を出そうかと迷っていると。
「きみたち、ちょっとクマから離れて!」
突如、トミヲの声が響いた。指示通りにヴァイスと鈴太郎が身を翻してクマから距離を取ると、トミヲのスリープクラウドがクマを見事に眠らせた。
「おおおー! やるじゃん! ありがとな、トミヲ!」
「い、いやあ……」
鈴太郎に褒められて、トミヲは顔をゆで蛸のように赤くする。
「それで、薬はどうにかなったのか?」
ヴァイスに尋ねられ、トミヲは赤さの戻らぬ顔のまま頷き、トーマスたちの方を指差した。着替えを終えたトーマスは、神火が差し出した水で手や顔を洗っている。クオンが持っていた消臭剤も使っているようだ。
「その布にも匂いが残っていると思うので……」
神火が、絵を包んでいた青い布を指差す。実に冷静に、様々なことを見ている目である。クオンが頷いて、ごみ袋を取りだし、絵を包みなおした。
「またクマのような大きな動物が来てしまう前に移動しなきゃなの。分けた薬の残りは、私が責任をもってヒューゴさんのところまで届けるの」
ディーナが薬の包みのひとつをクオンから受け取る。結局、もともとの分量の半分をトミヲが破棄し、残った半分をさらに半分にしたものを、ディーナとクオンが囮として持つこととなった。ディーナは持参していた細長い竿のような棒に紐を括り付けると、そこに薬を結んで愛馬の前に吊るした。
「これで駆けて行くんですか?」
クオンがバイクに跨りながら尋ねると、ディーナも愛馬に跨りつつ頷いた。
「うちの子が香りに気を取られて走らなくなると困るの、馬の前に香り薬なの」
「なるほど」
「ふたりとも、気を付けてな」
ヴァイスが声をかけると、クオンとディーナはしっかりと頷いて、来た道を戻るルートへ走り出していった。
先を急ぐ面々は、なおも動物の気配を気にしつつトーマスの周囲を固めていた。特にヴァイスは抜け目なく警戒をしていて、たとえ香りが残っていたとしてもちょっと近付きたくはない雰囲気である。
「それにしても、綺麗な絵でしたね」
先ほどまでの騒動にすっかり疲弊してしまった様子のトーマスを気遣うように、神火が話しかけると、トーマスは少しホッとしたように笑った。
「ええ。兄の自信作です。僕には芸術の才能は皆無なんですが、兄は昔から絵がとても上手で。でも、反対に、ドジなところが目立つんですよねえ。だから足を痛めたりするんです」
トーマスの話しぶりからは、兄弟仲の良さが伝わってきて、ハンターたちも和んだ気持ちになった。
そうこうするうちに、目的のお屋敷が見えてきた。
「あ。やっぱり!」
見覚えのある門構えに、鈴太郎が叫ぶ。
出迎えに出てきた黒髪の使用人も、思った通りの顔見知りで、更に、その奥から出てきた栗色の髪の令嬢は。
「やっぱダイヤかよー! 元気してっか?」
肖像画のモデル、ダイヤ・モンドであった。鈴太郎とは何度か顔を合わせたことがあり、すっかり友人になっているのである。
「お知り合いでしたか。……ダイヤお嬢様、だったのですね。もう、兄さんったら、アイヤーお嬢様だとかなんとかって……」
はああ、とトーマスが深くため息をつくのが可哀そうでもあり、面白くもあり。皆で笑いながら、ふと、絵と実物を見比べたトミヲは思った。
(やっぱり、二次元より、三次元の方がグッと来るんだなぁ……)
無事に絵を届けた後、トーマスをヒューゴのところまで送ろう、と神火が申し出たため、一行は元来た道を、先ほどよりは気楽に歩いていた。
と、道の向こうから、囮として駆けて行っていたふたりがやって来るのが見えた。
「あ! ディーナとクオンじゃん! ん? 何か連れてるぞ?」
鈴太郎が目を凝らすと、ヴァイスも身を乗り出して様子をうかがう。
「あれは……、シカじゃないか? そう数は多くない……、五頭ほどか」
ディーナが満面の笑みでシカの首筋をもふもふしながら近づいてくる。
「無事、薬を届けたの。でも、やっぱりちょっと匂いが体に残ってるみたいで、ついてきちゃったの」
「あとでしっかり手袋を洗濯しないといけませんね」
クオンが苦笑している。
ヴァイスや鈴太郎は嬉しそうにシカを撫で始めたが。
「あああ、もう追いかけられるのは嫌ですー!」
すっかりシカがトラウマになってしまったらしいトーマスは、たちまち涙目で神火とトミヲの後ろに身を隠すのだった……。
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ある令嬢の肖像だって!? 水流崎トミヲ(ka4852) 人間(リアルブルー)|27才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/05/17 00:29:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/14 22:44:04 |