ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】の蚤の市
マスター:龍河流

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/05/19 12:00
- 完成日
- 2016/06/02 05:21
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
村長会議の途中、春郷祭の企画として、ジェオルジにいた人々にこんな報せが届いた。
そもそも蚤の市という言葉も聞き慣れないが、誰でも商売していいと言われてもピンとこない。
『●春郷祭・蚤の市開催のお知らせ
・会場はジェオルジ中央部の広場です
・指定された区画にて、参加者が用意した商品の売買を行うことが出来ます。飲食店の設置も可能です
・出店期間は祭り中のおおよそ2週間、参加費用として1000Gが必要です
開催期間中の収益は出店者当人のものになりますが、赤字になっても主催者は関知しません
・出店区画は5メートル四方と10メートル四方(どちらも平地)の二種類のうち、必要な広さを指定してください
・店舗は、期間終了後に平地に戻せるなら、仮店舗等の建設は自由です
必要な方には、天幕・机等の貸し出しがあります
・他の地域にある店舗の関係者が出店する場合、その支店として看板を掛けても構いません
・性風俗産業と公序良俗に反するものは参加不可』
色々と書かれた張り紙を眺めて、まずは噂に花が咲く。
「蚤の市か。リアルブルーの祭りかね?」
「へえ、祭の間だけ、商人でなくても大っぴらに商売が出来るらしいぞ」
「商売って、私らが何を売るのよ?」
もともと祭りの期間には、各村から農作物や家畜、加工品を持ち寄って、小規模の売買が行われていた。今更、こんな風に言われてもというのが、大半の感想だったが……
リアルブルー人達は、反応が少し違う。
「これ、大掛かりなフリーマーケットってこと?」
「あ、そうか。じゃ、うちの不用品を売って、こっちの種を買おう」
「私の作ったアクセサリーでも、少しはお金になるかしら」
「参加費節約に、人を集めて区画を取ろうぜ。広くても同額らしいじゃん」
よく見れば、開催予定地になにやら線を引いて回っているのも、服装からしてリアルブルー人だ。
「村のかみさん達の織った絨毯を、仲買人を通さずに自分で売ってもいいってことか」
「そういや、去年の祭りでは目新しい飯屋が多かったから……今回も期待出来る?」
一つの店は小規模でも、たくさん集まればすごい市場が出来るのだと、皆が納得するのにさほどの時間は掛からなかった。
店を出すのか、それとも買い物に来るのか、両方欲張るか。
どれを選んでもよいようだ。
さて、貴方ならどう参加する?
そもそも蚤の市という言葉も聞き慣れないが、誰でも商売していいと言われてもピンとこない。
『●春郷祭・蚤の市開催のお知らせ
・会場はジェオルジ中央部の広場です
・指定された区画にて、参加者が用意した商品の売買を行うことが出来ます。飲食店の設置も可能です
・出店期間は祭り中のおおよそ2週間、参加費用として1000Gが必要です
開催期間中の収益は出店者当人のものになりますが、赤字になっても主催者は関知しません
・出店区画は5メートル四方と10メートル四方(どちらも平地)の二種類のうち、必要な広さを指定してください
・店舗は、期間終了後に平地に戻せるなら、仮店舗等の建設は自由です
必要な方には、天幕・机等の貸し出しがあります
・他の地域にある店舗の関係者が出店する場合、その支店として看板を掛けても構いません
・性風俗産業と公序良俗に反するものは参加不可』
色々と書かれた張り紙を眺めて、まずは噂に花が咲く。
「蚤の市か。リアルブルーの祭りかね?」
「へえ、祭の間だけ、商人でなくても大っぴらに商売が出来るらしいぞ」
「商売って、私らが何を売るのよ?」
もともと祭りの期間には、各村から農作物や家畜、加工品を持ち寄って、小規模の売買が行われていた。今更、こんな風に言われてもというのが、大半の感想だったが……
リアルブルー人達は、反応が少し違う。
「これ、大掛かりなフリーマーケットってこと?」
「あ、そうか。じゃ、うちの不用品を売って、こっちの種を買おう」
「私の作ったアクセサリーでも、少しはお金になるかしら」
「参加費節約に、人を集めて区画を取ろうぜ。広くても同額らしいじゃん」
よく見れば、開催予定地になにやら線を引いて回っているのも、服装からしてリアルブルー人だ。
「村のかみさん達の織った絨毯を、仲買人を通さずに自分で売ってもいいってことか」
「そういや、去年の祭りでは目新しい飯屋が多かったから……今回も期待出来る?」
一つの店は小規模でも、たくさん集まればすごい市場が出来るのだと、皆が納得するのにさほどの時間は掛からなかった。
店を出すのか、それとも買い物に来るのか、両方欲張るか。
どれを選んでもよいようだ。
さて、貴方ならどう参加する?
リプレイ本文
●お買物の必需品
この蚤の市はリアルブルー人発案で……
「細かいことはどうでもいいの! 地図!!」
蚤の市露店の配置地図を作り、販売していたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、突きだされた掌に、三枚ほどを乗せた。
「その人数なら、一枚じゃ足りないだろ。お代は一枚分でいいぞ」
ありがとーの元気な声と共に駆けだそうとしたクウ (ka3730)の肩を、がしっと掴んだのはアルバ・ソル(ka4189)だった。更に、連れの一人のヘルヴェル(ka4784)が、幼馴染にため息交じりに指摘する。
「クウ、支払い」
「申し訳ありません。ちゃんと枚数分を払うので」
楽しみ過ぎて、財布を出すのも頭から抜け落ちたクウへの注意はヘルヴェルに任せて、アルバはジャックに地図の値段を尋ねている。儲けが出なくてもジャックはいいが、アルバもそこは譲らない。
結局、地図を覗きたくてうずうずしている紅媛=アルザード(ka6122)とエステル・ソル(ka3983)の姿に、ジャックが折れた。育ちの良さそうなお嬢さん方を遠慮させているのも申し訳ない。
クウは、すでに地図の一枚を食い入るように見詰めている。
「蚤の市と言うのは、随分変わっているな。品物で区分けもしていない」
「私は、小物を見たいです」
残り二枚を二人ずつで覗き込み、兄弟姉妹や友人で連れ立ってきたらしい五人組は、賑やかに、まずは食べ物関係の店が並ぶ方に歩いて行った。
そして。
「にーさん、あんた、ここの地図を売ってんのか?」
地図売りのジャックは、今度はとっくに成人済みだろう青年に突撃された。向こうから駆けてくるのは、この青年の連れに違いない。
「律っ、一人で走るなとあれほど」
よほどの放浪癖でもあるのか、先の青年こと綿狸 律(ka5377)の手をがっちり掴んだ皆守 恭也(ka5378)が、空いた片手で器用に財布を取り出して、地図を一枚求めていった。
その間中、しっかり二人が手を繋いでいたのは、地図売りにはどうでも良い事である。
「あ、あの……小物のお店があるのって、どちらでしょうか?」
お友達がこういう名前のお店を出しているはずと、いかにもこの場に慣れた雰囲気のジャックに、申し訳なさそうに尋ねてきた女性二人連れの案内の方が大事だ。
「よし、この地図を持って行け」
「こちらは、いただいても? まあ、ありがとうございます」
相当道に迷っていたのか、妙に元気がない二人には、地図代も請求せずにおく。その分、どこかで買い物をしてもらえば、ジャックは満足だ。
●普段の市場で見ないもの
珍しいと言えば、虹心・アンクリッチ(ka4948)の店『虹工房』が並べる東方の髪飾りなどは、その最たるものだろう。材料の生地の織や色合い、模様が目新しいが、形は花々が中心となれば、若い娘達が続々と来る。
「うむ、全てわしの手作りじゃ。まったく同じ物はないが、色違いはある」
まだ十代半ばの年頃の外見にそぐわず、重々しい口調で話す虹心だが、内心はあまりの盛況ぶりにひやひやし通しだ。やるべきことは分かっているが、時々混乱しそうになる。
幸いにして、お客も品定めに忙しいし、実際より年少に見える彼女に意地悪する者もいなかったが、
「ふぅむ、結婚式用に白い花を揃いで二つか。日数があるなら、今から好みの形に作れるのじゃが」
新婦の晴れ着用にこういうのが欲しいと、その友人達に頼まれて注文を取ってから……注文書は、徐々にその山を高くしている。
注文通りの看板を掛けてはいないが、買い手に合わせた商品を心掛けるのは、『エルギン&ディンセルフ』も同様だ。こちらは革細工と金属細工の店だけあり、店名も針金細工で綴ってある。
その横にはずらりとバックルや腕輪の装飾品を見せ、台の上には大小様々なベルトポーチなど。一つずつに値札が付いた、明朗会計である。
「そう、ちょっと試しにベルトに吊るしてみちゃくれねーかい」
見るだけならただと、景気よく呼び込みをしているのは店名にある名前の片方、ジャック・エルギン(ka1522)だ。もう一人のクレール・ディンセルフ(ka0586)は金属細工を、ジャックは革細工を担当している。
そのクレールは、先程ポーチを買ってくれた青年が使いやすいように、ベルトから吊るす金属輪を最初についていたものとは別の大きさに取り換えている。
長く愛用してもらうにはまずは使い勝手、と心得るのはクレールばかりではなく、ジャックも試着中の青年に幾つか道具を貸して、物を入れた時の加減を試してもらっている。
「側面にも補強が欲しいのね。それなら、ここにこの鉄板を」
客の要望をジャックから伝えられて、クレールがすぐさま対策を考える。それを二人でさっと実行する手際は素晴らしく、細工の腕も申し分ない。
「使ってみて気になるところがあったら、持って来てくれよ。すぐに直すからさ」
「使った人の意見が聞けるのは、職人にはありがたい事だから」
普段、この辺りで商売はしていない分、この機に勉強していきたいと話した二人の店には、翌日から古い品物の修理も持ち込まれるようになった。
ぬいぐるみ『だけ』を商っているのは、『たれたぬ屋』。店の看板を書いた板を首から提げた、大きな狸のぬいぐるみが目印だ。
他にも多数の可愛らしい動物がごろごろしていて、目を留めるのは圧倒的に子供が多い。
しかし、彼ら彼女らはすぐに別のものに興味を惹かれてしまうのだ。
「おかーさん、へんなのがいる!」
「変じゃないよ。たぬきさんだよ。ほーら、こんなことも出来ちゃう」
「おかーさぁんっ、すごいへんなのがいるぅ!!」
何故と言って、店主の玄間 北斗(ka5640)が、狸の着ぐるみ姿で手品やジャクリングをしてみせるので。体格も良い上、着ぐるみで嵩が増している玄間にびっくりして騒いだり、たまに泣き出す子供もいるが、踊っておどける『たれたぬき』さんにだんだんと引き込まれていく。いつの間にやら、子供や親御連れが集まって、大道芸人の出し物のようになっていた。
途中からおひねりが飛んできそうになって、玄間はそれを辞退するのに汗をかいている。こんなはずではなかったと、ちょっと慌て気味だ。
「あっちは賑やかだなぁ。ぬいぐるみ屋さんは、何やってるのかな」
大きめに取られた通路を挟んで斜め向かいの人だかりを眺めて、アシェ・ブルゲス(ka3144)はうずうずとしていた。何かやっているのは分かるが、人だかりで見えない。
そんな彼の店の商品は、廃材アート。もちろん自作。ただし店名などはない。
一応小物入れや額、置物などを用意してあるのだが、材料が木材にリアルブルー製品の金属などを繋いだ、前衛芸術。いつものことで、なかなか理解者は現れない。
今回は売れると思わず、ともかく見てもらおうと参加したのにその有様で、アシェが落ち込んでいるかと言えばそんなことはなく。
「よし、やっぱり他所を見て、陳列の勉強をしてこよう」
非常に前向きだった。
が、彼が『勉強』に出向かなかったのは、
「これ、動く?」
自分の半分くらいの年頃の少年が、今回の自信作の一つ、龍の置物の前に座り込んだからだった。
職業は薬師兼ハンターのエアルドフリス(ka1856)は、考えていた。
なぜ、自分はここにいるのか……と。
正解は分かっている。小隊仲間のアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が、勝手に共同で申し込んだからだ。個人で商売したことがないので、そのコツを教えてくれとは随分な言い草である。
しかも。
「俺は薬師だぞ。なぜぬいぐるみに合わせてやらねばならないんだ」
「え、俺がそれしか作れないから。ほら、この兎はルール―に似せてあげたよ」
ぬいぐるみと薬が並んでいては、お客もかえって近付きにくかろうと気を使い、エアルドフリスが用意したのは香り袋だ。ただの香り袋ではなく、不眠や頭痛・鼻炎などの緩和に効果がある香りの薬草を調合してある。見栄えは様々なものを揃えてみた。
その中にアルヴィンが大好きな兎の柄や形があるのは、商機を見てのこと。なにしろアルヴィンの用意したぬいぐるみは、半分くらいが兎である。エアルドフリスに似せたという兎は、いっちょまえにパイプなどくわえていた。
「いいから、チラシでも配ってこい」
雨の精霊と契約しているエアルドフリスに合わせて、傘も持っているとか説明を始めたアルヴィンを、彼は宣伝活動に送り出した。
割と器用なアルヴィンは、教えられた通りに物を作るのは得意だが、応用力はない。ぬいぐるみもきっちり並びすぎて、手が出しにくそうだ。
「なあ、なんでそんな適当に置くんだい?」
いない間に直しておこうとしたエアルドフリスは、店の前から離れないアルヴィンにハリセンをかましてやろうとして……子供がこちらを見ていたので、止めた。
愛想に満ち溢れた笑顔を向けるのは、その子を連れた若い母親の方だ。
●日用品です?
石鹸は、上質の油に薫り高いハーブを入れて、低温の釜炊きでじっくりと……
入浴剤は、化粧水は、お肌を潤すクリームにオイルは……
なんて蘊蓄を、ソナ(ka1352)は語らなかった。重要なのは欲しい人の好みに合うかどうか。並べた商品の数々は、彼女が使う人のことを想いつつ作った、心の籠った品である。
だから、入れる箱や容器にもこだわり、作ったソナも大満足の商品に仕上がった。これらに加えて、今回はリース作りも体験してもらおうと材料も多々用意してある。
そこまでは、順調だったのだけれど。
「ええと、ソナさん? お店の準備、大丈夫ですか?」
「はい? もうちょっとで終わりますけれど」
リースを作っている最中の日差し除けにと借りた天幕にも、ドライフラワーや蔓を飾っていたソナは、主催者の一人に声を掛けられてきょとんとした。
「もう蚤の市、始まって一時間になりますよ」
準備に夢中になる辺り、ソナは時間のことをすっかり失念していたのだ。
軟膏や練香を入れる容器は、一つ二つ持っていて損はない。これからは虫も増える時期、虫刺されの軟膏は必需品だ。
しかし。
「銀製品はもったいなくて使えないとは、予想外だ」
ドワーフのラティナ・スランザール(ka3839)は、やや薄いあごひげをがしがしと掻きながら、目を丸くして最初の客を見送っていた。彼にとっては、材質がなんでも日用品は日用品。使ってこそだと思うのだが、今のお嬢さんは違ったらしい。
それに、今日は彼の作った品物に、エステル・クレティエ(ka3783)の軟膏や練香を入れてもらうことが出来る。今のお客はそちらも買っていきながら、別々に持って帰るとは不思議なものだ。
と、首を傾げているラティナに、エステルはくすくすと笑いを隠さない。自分は軟膏などの他、ハーブを漬け込んだオイルや酢、ハーブティーなどの実用品ばかりを持参したが、ラティナのそれは工芸品と呼んでも差し支えない代物だ。
「きっと、おうちに他に入れたいものがあるのでしょう」
「若い娘さんのことは、よく分からんなぁ」
自分の細工物より、エステルの作った品々の方が綺麗に包装されているとラティナは思う。
エステルは、ラティナの細工物の精細さに感心しきりで、特にロケットや小物入れに軟膏を入れては、細工が隠れてしまうと心中で残念がっている。
なにはともあれ、二人の店は人寄せをするまでもなく、絶え間なく足を止める女性客の相手に忙しかった。
先にざっと大半の店を回り、市場全体の地図も入手して見たところ、多々良 莢(ka6065)の出す『多々良屋』と同じ鍛冶屋は片手の指で数えられる程度だった。刃物専門の多々良屋の商売敵ではなく、見比べてもらうのに良さそうな品物扱いである。
「はぁ……せっかくの休みに、私、何してるのかしら」
ついつい商売人と職人根性を出してしまったが、本当なら莢は地元でのんびりしているはずだった。上得意の知人が出店を勧めるので、付き合いで出て来て、すでに疲れている。
そもそも、多々良屋の基本は刀鍛冶。実際は、刀だけでは食べて行けずに、刃物全般を扱っていたりするのだが。
だから、商品はやはり刀中心でも農家でも使えそうな物も取り揃えて来たものの、やる気が今ひとつ足りずに、敷物の上に適当に広げただけで商売を開始している。
けれども、しばらくして。
「助かったよ。村の鍛冶屋が手を傷めてさ。これから使うのに、なまくらじゃ困る」
「他にもあるなら、持って来るといいよ」
刃物研ぎを頼まれて、意識が切り替わる。
せっかくここまで来たのだ。宣伝までする気にはならないが、寄ってくれた人には真面目に応対せねば申し訳ない。稼げる機会を見逃しては、やはり商人とは言えないだろう。
今回の蚤の市は、不用品を売りさばいて一儲けが出来る。
そう信じて、中身の寂しい財布からなんとか参加料を工面した大伴 鈴太郎(ka6016)は、現在期待を裏切られ続けていた。
「どーすんだよ、ミカ。このままじゃ赤字じゃねーか」
並べているのは、雑貨。と言えば聞こえがいいが、同居人の卯月 瑞花(ka6019)の衝動買いのなれの果てだ。物により、彼女の愛猫達の玩具になった痕跡までありありと残っている。
つまり、相当の割合でガラクタ化している様々な物品は、色や形が奇抜なものが多くて、ほとんど売れていない。しかし、瑞花は平然としたものだ。
「まだまだ先は長いんですから、気にしすぎですよ」
ねーと瑞花が同意を求めるのは、『雑貨』がガラクタ化した原因の猫達だ。招き猫だと連れてきた二頭は、今も商品を虎視眈々と狙っていた。その度に、鈴太郎がぺちりとやりに来るので、その手に絡むのが本当の目的だ。
「あーっ、もうやってらんねぇ! いいか、ミカ。これを売らなかったら、今月の家賃も払えないんだぞ。ちゃんと店番しとけよな」
お客は来ない、猫は騒がしい、同居人はいつもの通り。
三重苦に疲れ果てた鈴太郎は、昼飯を買いに行くため、しばし店を離れることにした。
「りんたろー、何買ってきてくれますかねぇ?」
愛猫に話し掛ける瑞花は知っていた。自分と同じくらい、鈴太郎も小物が大好きなことを。
ついでに動物好きで、ここにもお気に入りのクマのぬいぐるみを持ち込んでいる。これが一番真面目に店番の姿勢をしているようだ。
●楽しい? お買い物
ふと見たら、もう姿がなかった。
「クウがいない」
「なにっ、あいつ、買うまで待ってろって、あれだけ言ったのに」
ジェオルジの村長祭に出掛けてみようと、一週間の予定でやってきた一行の一人が、いつの間にかいなくなっている。
「手を繋いでおけばよかったかな。しかし、どこに行ったんだろう?」
行方不明は、ここに来てからは、美味しいものを見ると走り出すクウ。今も友人のヘルヴェルが、豚肉の焼串を買っている最中に消え失せていた。
ちなみに焼串は、消えた当人が食べたいと主張したものである。それだから、保護者を自認していたアルバも、この隙に消え失せるとは思わない。
同様に、紅媛も渋い表情で、クウを探して首を巡らせている。が、近くにはいない。
クウの消失理由に気付いたのは、焼串屋の隣の露店で小物を吟味していたはずのエステルだった。
「そういえば、先程までお隣にいた方が、クレープでしたかしら? 珍しい美味しいお菓子があるとお話していましたわ」
買い物の清算を待って、エステルの買い物を覗いていたクウの耳にも、それが入ったかもしれない。
「クレープね、確か端の方だったぞ」
「ヘル……よく見てるな」
最初に買った地図を開いて、ヘルヴェルがこの辺りと指すのを、苦笑を浮かべた紅媛が一緒に覗き込んでいる。が、書き込みだらけのその地図から、アルバとエステルの兄妹が眺める地図に移った。
クウとヘルヴェルの地図には、これまでに買った飲食物の種類や感想がぎっちりなのだ。
蚤の市で売っている品物は、生鮮食品から工芸品、たまに武器防具までと幅広い。
そんな中を、マリエル(ka0116)は片手には地図を持ち、反対の手を友人の柏木 千春(ka3061)と繋いで、そぞろ歩いていた。
「この先のはずなんですけど……道が違うかしら」
店の種別で分けていないとはいえ、歩きやすくなってはいる会場内ながら、どういう訳かマリエルの知り合いの店は見当たらない。店はどこかしらと、内心焦っていた彼女に、千春が声を掛けた。
このところ、依頼と呼ぶには様々なものが絡んだ出来事の渦中にいた千春は、しかし今日は疲れた表情一つ見せない。それが心配をうまく表せない自分への思いやりだと分かっているマリエルは、慌てず、いつも通りに『なあに』と振り返ることが出来た。
「せっかくだから、何か飲んでみよう? あれ、美味しそうだよね」
ほらと示されたのは、早生の果物と牛乳と蜂蜜を混ぜた飲み物だ。随分と歩き回ったから、確かに美味しそうに見える。
「そうですね。時間はまだまだあるのですし、色々食べ歩いてみましょうか。ちーちゃんは、何か食べたいもの、ありますか?」
「色々並んでいて、目移りしてしまって……」
さっきまでに比べると、二人の足取りは半分くらいの速度になった。のんびりゆっくり、周りのお店を覗きながら。年頃の女の子らしく笑顔で、楽しそうに話をして。
お互いに、相手の笑顔の下には自分を心配している表情が隠れていると知っていて、でも二人はそれを言い出さずに歩いている。
いい匂いがしたと思った瞬間、隣の存在が走り出そうとしたので、恭也はその襟首をがっちり掴んだ。最初は人の多さに驚いて大人しかった主君の律は、慣れてくるといつもの調子を取り戻している。出来れば少し落ち着いてほしいが……今日は諦めている。
それで、襟首を放す代わりに、今度は手を取った。
「なんだよ、俺は迷子になんかなんねーぞ」
「……お前は、危なっかしい」
流石に、他人に迷惑は掛けないだろう。
ただ、人懐こい性格で立ち寄る先では老若男女を問わず話し込んで、待たされる方のことは考えていないのが悪いとは、恭也は言わなかった。
●ご予算は?
掘り出し物を期待してお財布の中身は多めにした。そう、中古でも新品でも、素敵な品物はどこから出てくるか分からないのだ。
「出掛けにけちらなかった自分に万歳だわ。お買い物って、ほんとに楽しいわよね」
「心底から同意いたしますわ。あ、こうなるはずではありませんのに」
揃って布細工の花の髪飾りを付けたケイルカ(ka4121)と金鹿(ka5959)は、リース作りに取り組んでいた。ドライフラワーを満載した、可愛らしい壁飾り作りに励んでいる。
「これが完成したら、先程ジャックさんに作ってもらった蝶の細工を飾ろうと思いますのよ。だから、見劣りしないように仕上げませんと」
「えー、それ可愛い! クレールちゃんのお店の、どれも素敵だったもの。そうよ、使わない時は飾らなきゃ損よね」
まるで数年越しの仲良しの様に話が弾む二人の出会いは、ほんの二時間ほど前。ケイルカが幼馴染の店で、大好きな猫モチーフのアンクレットと品定めしていたら、蝶の銀糸細工に感嘆していた金鹿に、買ったばかりの髪飾りの褒められたのが切っ掛けだ。
可愛らしいもの、繊細なもの、しかも手作りの一品もの、その他諸々の欲しいもの傾向がかなり合致した二人は、話が弾むうちに同行することになっていた。
そして現在、金鹿が最初に色々買い込んだソナの店で、二人してリース作りをしているのだった。
「いけない! お土産にジャックさんのポーチ買わなきゃって思ってたのに!」
「私も、革細工はまだ見足りませんわ」
すでに二人とも、座った椅子の両側に随分と荷物を積んであるのだけれど、一度火が点いたお買い物欲は収まる気配がない。今までに覗いた店のあれこれをあげて、あれを買おうか買うまいか、相談に終わりは見えない。
挙句に、戦利品を広げて、リースに飾り付けるならどれがいいと見比べ始めた。
そして。
「あの、その布細工のお店、どの辺りにありましたの?」
ケイルカと金鹿が持ってきた数々の戦利品に東方の小物が多いのに気付いたソナが、店の名前と場所を訊き出して、走り出す。
店は、すっかりと腰を据えた金鹿とケイルカが臨時の二人店長になっている。
「ほら、クレープ!」
「クウさん、お買い物に行く時は声をかけてくださいな」
両手にクレープ以外の物も抱えて戻ってきたクウに、エステルが心配しましたわよとたしなめている。思い立ったが吉日どころか、疾走開始のクウも、流石に皆に悪いと思ったようで……
「これ、皆で食べよ?」
両手いっぱいの食べ物を差し出され、一行は座って食べられる場所はないかと探し始めた。
まったく売れる気配がなかった瑞花の店に、変化が訪れた。
「いいんですよぉ、ぜぇんぶおまけしちゃいます」
何に使うのか知らないが、リアルブルー由来の商品を片端から買い上げてくれる人物が現われたのだ。なんと、猫達がぶち壊した品物まで。
ここで売らねばお昼代も出ないと、瑞花は大変乗り気で破格値を付けている。
「これ、一度、中を見てみたかったんだよ」
「たくさん買ってくれるなら、もっとおまけしちゃう~」
持ち主の瑞花もなんだか忘れたリアルブルーの製品の箱をその場で手際よく開き出したアシェの手提げ袋に、彼女はポイポイと買い手のつかなさそうな品物を売り込んでいく。先程からこのアシェが色々買ってくれるおかげで、ようやく人が寄ってくれるようになって……やはりガラクタは売れないが、ある物を気にしているお客がいる。
「それも、お安くしておきますよ?」
アシェの買い物勢いにつられたのか、その男性はくまごろーをお買い上げしていった。
くまごろー。それは、鈴太郎が看板代わりに連れてきたぬいぐるみだ。
買い物に飛び出したはずのソナは、なぜか別の店で商品開発をしていた。
「ほほう、そういう方法もあるのか」
「東方では、着衣に香りを付けるのに面白い方法があるのね」
金魚の巾着が欲しいと出掛けた虹心の店で、種類に違いはあれど、何かと作ることが大好きな二人は意気投合して、情報交換が始まったのだ。虹心は持参の分厚いノートに、ソナは貰った反故紙に、訊いた事をせっせと書き留めている。
「ラッピングも布袋にしたら、後で使う楽しみもあるかしら」
「それなら巾着もよいぞ」
いつの間にやら、共同で商品も開発しそうな勢いだ。
買い物のことは、まだ思い出されていない。
最初に買わされたのは、大きな布製の鞄だった。底や側面に革が使われて、丈夫で水にも強い。当初は律も何故と思ったのだが、今は恭也の配慮に感謝感激だ。
なにしろ、
「どうせ買い物三昧するのだから、その大きさで良かっただろう? それで、どの狸にするんだ?」
「親父の土産だからどれでもいいと思ったけど、お袋の分もさ」
自分の契約精霊の狸のぬいぐるみがあったのを、父親への土産にと思い立ち、母親にもないと悪いかなぁから、親戚まで数え上げている。そんな律の勢いを止めたいが、一生懸命なところが可愛いと思う恭也は自分の甘さを程々に自覚はしていた。
そうなるのは、ここの店主のせいもあるかもしれない。
「荷物が重かったら、この敷物の上に置くといいのだ」
どでかい狸は、安い食器やすでに買い込んだ土産の数々を提げ、もう何も買わないつもりの恭也にも親切だ。綿狸家家臣としては、なんとなく親近感を覚える。
そして、恭也も見付けてしまった。
「その狐は、自信作なのだぁ」
彼の契約精霊の姿を。
山と食べ物を買ったクウは、ようやく腰を落ち着けた飲食客用の一角で、あーんと大きな口を開けていた。
「鳥の雛でも餌付けしているようだな」
その口に、千切った惣菜入りのパンを入れたヘルヴェルの一言に、紅媛がたまらず吹き出した。アルバとエステルも、上品さは保ちつつ微笑んでいる。
「こういう時は、皆で分けっこだよ!」
たくさんの種類を食べられるから、それがいいのだとクウは主張して、自分の前の皿から煮込み料理をパンで掬い上げた。さあ食べろと向けたのは、アルバに対して。
「え、僕?」
「あーんは仲良しの証拠です」
一瞬ためらったアルバだが、妹からも当然のごとく言われては抵抗できない。結局、四人から次々と食べ物責めにあった。
少々周りの男性陣の視線が痛いが、荷物持ちの役得だと思うしかない。この五人で歩くのは、なかなかに大変ではあるのだ。
クウとヘルヴェルは大抵食べ物、エステルは洒落た小物、紅媛は調理器具があると引きよせられていくのだから。おかげで、まだ自分の買おうと思った物は見ていない。
「このシチューは、もう少し油を掬っておくともっと美味しかったな。でも香辛料の合わせ方は悪くない」
この後は、香辛料も見なくてはと、すでに東方やリアルブルー由来の調理器具を幾つか買った紅媛は、次の目標を定めている。味への探求心に、完璧に火が点いているようだ。この辺りは、ヘルヴェルやクウも変わりない。
食べ物談義の三人を横に、妹のエステルは買い物は順調かと尋ねようとしたら、不意に食べ物以外を差し出された。
「お誕生日のお祝いです。先程、素敵なお店がありましたから」
大分遅れてしまいましたけれどと断り付きで、銀のロケットに何か軟膏が入ったものを渡された。見れば売っていた店は思い出すが、まさか自分への贈り物を買っているとは……などと思っていると。
「それ、いい細工だな。狼のモチーフはあったろうか」
「あ、アクセサリーも見たいな」
「私も誕生日近いよ?」
しばし食べる手を止めて、皆が羨まし気にアルバを見上げている。
となれば、彼が言うべきことは一つだろう。
「では、この後は細工物を探しに行きますか」
さも当然と頷いたお嬢さん方は、また味談議に戻っていた。
店主がようやく戻って来て、リースも満足がゆく出来となり、金鹿とケイルカは蚤の市巡りを再開していた。金鹿は東方では見ないもの、また一点ものを揃えた店が見たい。ケイルカは故郷の両親に土産にする品物が欲しい。
お互いの目的に合致する店を、通りの右と左を分担してそれぞれに探していた彼女達は、『エルギン&ディンセルフ』の看板の前に立ち止まった。
「農家なの。鎌を入れても危なくないのが欲しいのよね」
「刃の大きさが分かれば、鎌の覆いも付けられるぜ。ちょっと時間を貰うけどな」
都合はどうと尋ねられて、ケイルカが金鹿を窺うと、にこやかな笑顔を返された。
「私は今、こちらの吟味にとても忙しいのですわ」
意訳すると『自分も時間が掛かる』との返事に、安心してお土産にするベルトポーチを頼む。親の好みを思い出して、細かいところに手直しも。
なにしろ、金鹿もクレールに細工物を特注したところだ。羽根の模様まで指定の蝶のアクセサリー。出来上がるまでも待ち遠しいが、その間は並んでいる商品を手に取って、更に買うかどうかと悩んでいた。
●まだ市は終わらない
「ぬいぐるみ、持っている人見なかった?」
いきなり尋ねられて、マリエルと千春は思わず一歩後ずさった。しかし相手は間違って売れてしまったぬいぐるみ探しに一生懸命と知り、見掛けたら知らせに行くことと約束する。と同時に、ものすごい勢いで駆け去った影を見て、千春がふにゃっと表情を崩した。
「マリエルちゃんが、いてくれて良かった」
「き、急にどうしたの?」
自分には辛い時にも寄り添ってくれる人がいると、今更ながら再確認したのだとは言えず、千春はマリエルの手を引っ張って歩き出した。
「ぬいぐるみと、何か素敵なものも探しましょう」
お礼を言えば気を使わせてしまうから、やっと自然に浮かんだ笑顔で誘う。
売り上げが好調だったエアルドフリスとアルヴィンは、夕方に一旦店を閉めた。回りたい友人知人の店もあるし、それ以外にもどんなものが売られているのか気にかかる。
後は話し続けで喉も乾いたし、ろくに食べていない。
「兎グッズが欲しいなー」
「あれだけ兎を売って、また兎を買うのか?」
向かう先への差し入れも購入し、目当てのエステルとラティナの店まで辿り着いて、アルヴィンが言ったのがまず兎。この兎好きはいかがなものかと、思わず天を仰いだエアルドフリスの姿に、エステルがくすくすと笑っている。
「兎のぬいぐるみならありましたよ。それと、布細工のお店にもあったかも」
でもゆっくり見て来れなかったと、一度は出掛けたが目移りしすぎて回り切れていないエステルの言葉は、後半残念そうだ。覗きたかったが、時間が足りずに断念したのだろう。
「じゃあ、ルールーに店番してもらって行こ?」
「三人で行ってきたらいいよ。こちらの御仁は、まだしばらく借りてるからね」
エステルが絶対に頷かない提案をしたアルヴィンの後に続けたのは、やはり今日は早仕舞いして同業者の店だと立ち寄った莢だった。ラティナは彼女にエステルからの差し入れを分けてやりつつ、上機嫌に話している。
「ついでに、なんか買ってきてくれない。うんと美味しそうなの」
「俺ももうちょっと欲しいな。この辺りの料理で頼むよ」
ざらざらと小銭を二人から押し付けられたエステルが申し訳なさそうにするが、鍛冶師組は話に没頭している。
「刃物の銘って、鍛冶師のじゃなくて?」
「祭りで持ち寄った時に、誰のか分からなくなるから目印が欲しいって、そういう銘入れが結構あってな」
鍛冶師同士の情報交換は、まだまだ終わる気配はない。
「探し人? え、ぬいぐるみ? 仕方ないな、地図の脇に張っといてやるよ」
賑やかな一行の作った蚤の市グルメ情報を地図に書き足しながら、ジャックは大きな看板地図の傍らにも探し物の張り紙を出している。
この蚤の市はリアルブルー人発案で……
「細かいことはどうでもいいの! 地図!!」
蚤の市露店の配置地図を作り、販売していたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、突きだされた掌に、三枚ほどを乗せた。
「その人数なら、一枚じゃ足りないだろ。お代は一枚分でいいぞ」
ありがとーの元気な声と共に駆けだそうとしたクウ (ka3730)の肩を、がしっと掴んだのはアルバ・ソル(ka4189)だった。更に、連れの一人のヘルヴェル(ka4784)が、幼馴染にため息交じりに指摘する。
「クウ、支払い」
「申し訳ありません。ちゃんと枚数分を払うので」
楽しみ過ぎて、財布を出すのも頭から抜け落ちたクウへの注意はヘルヴェルに任せて、アルバはジャックに地図の値段を尋ねている。儲けが出なくてもジャックはいいが、アルバもそこは譲らない。
結局、地図を覗きたくてうずうずしている紅媛=アルザード(ka6122)とエステル・ソル(ka3983)の姿に、ジャックが折れた。育ちの良さそうなお嬢さん方を遠慮させているのも申し訳ない。
クウは、すでに地図の一枚を食い入るように見詰めている。
「蚤の市と言うのは、随分変わっているな。品物で区分けもしていない」
「私は、小物を見たいです」
残り二枚を二人ずつで覗き込み、兄弟姉妹や友人で連れ立ってきたらしい五人組は、賑やかに、まずは食べ物関係の店が並ぶ方に歩いて行った。
そして。
「にーさん、あんた、ここの地図を売ってんのか?」
地図売りのジャックは、今度はとっくに成人済みだろう青年に突撃された。向こうから駆けてくるのは、この青年の連れに違いない。
「律っ、一人で走るなとあれほど」
よほどの放浪癖でもあるのか、先の青年こと綿狸 律(ka5377)の手をがっちり掴んだ皆守 恭也(ka5378)が、空いた片手で器用に財布を取り出して、地図を一枚求めていった。
その間中、しっかり二人が手を繋いでいたのは、地図売りにはどうでも良い事である。
「あ、あの……小物のお店があるのって、どちらでしょうか?」
お友達がこういう名前のお店を出しているはずと、いかにもこの場に慣れた雰囲気のジャックに、申し訳なさそうに尋ねてきた女性二人連れの案内の方が大事だ。
「よし、この地図を持って行け」
「こちらは、いただいても? まあ、ありがとうございます」
相当道に迷っていたのか、妙に元気がない二人には、地図代も請求せずにおく。その分、どこかで買い物をしてもらえば、ジャックは満足だ。
●普段の市場で見ないもの
珍しいと言えば、虹心・アンクリッチ(ka4948)の店『虹工房』が並べる東方の髪飾りなどは、その最たるものだろう。材料の生地の織や色合い、模様が目新しいが、形は花々が中心となれば、若い娘達が続々と来る。
「うむ、全てわしの手作りじゃ。まったく同じ物はないが、色違いはある」
まだ十代半ばの年頃の外見にそぐわず、重々しい口調で話す虹心だが、内心はあまりの盛況ぶりにひやひやし通しだ。やるべきことは分かっているが、時々混乱しそうになる。
幸いにして、お客も品定めに忙しいし、実際より年少に見える彼女に意地悪する者もいなかったが、
「ふぅむ、結婚式用に白い花を揃いで二つか。日数があるなら、今から好みの形に作れるのじゃが」
新婦の晴れ着用にこういうのが欲しいと、その友人達に頼まれて注文を取ってから……注文書は、徐々にその山を高くしている。
注文通りの看板を掛けてはいないが、買い手に合わせた商品を心掛けるのは、『エルギン&ディンセルフ』も同様だ。こちらは革細工と金属細工の店だけあり、店名も針金細工で綴ってある。
その横にはずらりとバックルや腕輪の装飾品を見せ、台の上には大小様々なベルトポーチなど。一つずつに値札が付いた、明朗会計である。
「そう、ちょっと試しにベルトに吊るしてみちゃくれねーかい」
見るだけならただと、景気よく呼び込みをしているのは店名にある名前の片方、ジャック・エルギン(ka1522)だ。もう一人のクレール・ディンセルフ(ka0586)は金属細工を、ジャックは革細工を担当している。
そのクレールは、先程ポーチを買ってくれた青年が使いやすいように、ベルトから吊るす金属輪を最初についていたものとは別の大きさに取り換えている。
長く愛用してもらうにはまずは使い勝手、と心得るのはクレールばかりではなく、ジャックも試着中の青年に幾つか道具を貸して、物を入れた時の加減を試してもらっている。
「側面にも補強が欲しいのね。それなら、ここにこの鉄板を」
客の要望をジャックから伝えられて、クレールがすぐさま対策を考える。それを二人でさっと実行する手際は素晴らしく、細工の腕も申し分ない。
「使ってみて気になるところがあったら、持って来てくれよ。すぐに直すからさ」
「使った人の意見が聞けるのは、職人にはありがたい事だから」
普段、この辺りで商売はしていない分、この機に勉強していきたいと話した二人の店には、翌日から古い品物の修理も持ち込まれるようになった。
ぬいぐるみ『だけ』を商っているのは、『たれたぬ屋』。店の看板を書いた板を首から提げた、大きな狸のぬいぐるみが目印だ。
他にも多数の可愛らしい動物がごろごろしていて、目を留めるのは圧倒的に子供が多い。
しかし、彼ら彼女らはすぐに別のものに興味を惹かれてしまうのだ。
「おかーさん、へんなのがいる!」
「変じゃないよ。たぬきさんだよ。ほーら、こんなことも出来ちゃう」
「おかーさぁんっ、すごいへんなのがいるぅ!!」
何故と言って、店主の玄間 北斗(ka5640)が、狸の着ぐるみ姿で手品やジャクリングをしてみせるので。体格も良い上、着ぐるみで嵩が増している玄間にびっくりして騒いだり、たまに泣き出す子供もいるが、踊っておどける『たれたぬき』さんにだんだんと引き込まれていく。いつの間にやら、子供や親御連れが集まって、大道芸人の出し物のようになっていた。
途中からおひねりが飛んできそうになって、玄間はそれを辞退するのに汗をかいている。こんなはずではなかったと、ちょっと慌て気味だ。
「あっちは賑やかだなぁ。ぬいぐるみ屋さんは、何やってるのかな」
大きめに取られた通路を挟んで斜め向かいの人だかりを眺めて、アシェ・ブルゲス(ka3144)はうずうずとしていた。何かやっているのは分かるが、人だかりで見えない。
そんな彼の店の商品は、廃材アート。もちろん自作。ただし店名などはない。
一応小物入れや額、置物などを用意してあるのだが、材料が木材にリアルブルー製品の金属などを繋いだ、前衛芸術。いつものことで、なかなか理解者は現れない。
今回は売れると思わず、ともかく見てもらおうと参加したのにその有様で、アシェが落ち込んでいるかと言えばそんなことはなく。
「よし、やっぱり他所を見て、陳列の勉強をしてこよう」
非常に前向きだった。
が、彼が『勉強』に出向かなかったのは、
「これ、動く?」
自分の半分くらいの年頃の少年が、今回の自信作の一つ、龍の置物の前に座り込んだからだった。
職業は薬師兼ハンターのエアルドフリス(ka1856)は、考えていた。
なぜ、自分はここにいるのか……と。
正解は分かっている。小隊仲間のアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が、勝手に共同で申し込んだからだ。個人で商売したことがないので、そのコツを教えてくれとは随分な言い草である。
しかも。
「俺は薬師だぞ。なぜぬいぐるみに合わせてやらねばならないんだ」
「え、俺がそれしか作れないから。ほら、この兎はルール―に似せてあげたよ」
ぬいぐるみと薬が並んでいては、お客もかえって近付きにくかろうと気を使い、エアルドフリスが用意したのは香り袋だ。ただの香り袋ではなく、不眠や頭痛・鼻炎などの緩和に効果がある香りの薬草を調合してある。見栄えは様々なものを揃えてみた。
その中にアルヴィンが大好きな兎の柄や形があるのは、商機を見てのこと。なにしろアルヴィンの用意したぬいぐるみは、半分くらいが兎である。エアルドフリスに似せたという兎は、いっちょまえにパイプなどくわえていた。
「いいから、チラシでも配ってこい」
雨の精霊と契約しているエアルドフリスに合わせて、傘も持っているとか説明を始めたアルヴィンを、彼は宣伝活動に送り出した。
割と器用なアルヴィンは、教えられた通りに物を作るのは得意だが、応用力はない。ぬいぐるみもきっちり並びすぎて、手が出しにくそうだ。
「なあ、なんでそんな適当に置くんだい?」
いない間に直しておこうとしたエアルドフリスは、店の前から離れないアルヴィンにハリセンをかましてやろうとして……子供がこちらを見ていたので、止めた。
愛想に満ち溢れた笑顔を向けるのは、その子を連れた若い母親の方だ。
●日用品です?
石鹸は、上質の油に薫り高いハーブを入れて、低温の釜炊きでじっくりと……
入浴剤は、化粧水は、お肌を潤すクリームにオイルは……
なんて蘊蓄を、ソナ(ka1352)は語らなかった。重要なのは欲しい人の好みに合うかどうか。並べた商品の数々は、彼女が使う人のことを想いつつ作った、心の籠った品である。
だから、入れる箱や容器にもこだわり、作ったソナも大満足の商品に仕上がった。これらに加えて、今回はリース作りも体験してもらおうと材料も多々用意してある。
そこまでは、順調だったのだけれど。
「ええと、ソナさん? お店の準備、大丈夫ですか?」
「はい? もうちょっとで終わりますけれど」
リースを作っている最中の日差し除けにと借りた天幕にも、ドライフラワーや蔓を飾っていたソナは、主催者の一人に声を掛けられてきょとんとした。
「もう蚤の市、始まって一時間になりますよ」
準備に夢中になる辺り、ソナは時間のことをすっかり失念していたのだ。
軟膏や練香を入れる容器は、一つ二つ持っていて損はない。これからは虫も増える時期、虫刺されの軟膏は必需品だ。
しかし。
「銀製品はもったいなくて使えないとは、予想外だ」
ドワーフのラティナ・スランザール(ka3839)は、やや薄いあごひげをがしがしと掻きながら、目を丸くして最初の客を見送っていた。彼にとっては、材質がなんでも日用品は日用品。使ってこそだと思うのだが、今のお嬢さんは違ったらしい。
それに、今日は彼の作った品物に、エステル・クレティエ(ka3783)の軟膏や練香を入れてもらうことが出来る。今のお客はそちらも買っていきながら、別々に持って帰るとは不思議なものだ。
と、首を傾げているラティナに、エステルはくすくすと笑いを隠さない。自分は軟膏などの他、ハーブを漬け込んだオイルや酢、ハーブティーなどの実用品ばかりを持参したが、ラティナのそれは工芸品と呼んでも差し支えない代物だ。
「きっと、おうちに他に入れたいものがあるのでしょう」
「若い娘さんのことは、よく分からんなぁ」
自分の細工物より、エステルの作った品々の方が綺麗に包装されているとラティナは思う。
エステルは、ラティナの細工物の精細さに感心しきりで、特にロケットや小物入れに軟膏を入れては、細工が隠れてしまうと心中で残念がっている。
なにはともあれ、二人の店は人寄せをするまでもなく、絶え間なく足を止める女性客の相手に忙しかった。
先にざっと大半の店を回り、市場全体の地図も入手して見たところ、多々良 莢(ka6065)の出す『多々良屋』と同じ鍛冶屋は片手の指で数えられる程度だった。刃物専門の多々良屋の商売敵ではなく、見比べてもらうのに良さそうな品物扱いである。
「はぁ……せっかくの休みに、私、何してるのかしら」
ついつい商売人と職人根性を出してしまったが、本当なら莢は地元でのんびりしているはずだった。上得意の知人が出店を勧めるので、付き合いで出て来て、すでに疲れている。
そもそも、多々良屋の基本は刀鍛冶。実際は、刀だけでは食べて行けずに、刃物全般を扱っていたりするのだが。
だから、商品はやはり刀中心でも農家でも使えそうな物も取り揃えて来たものの、やる気が今ひとつ足りずに、敷物の上に適当に広げただけで商売を開始している。
けれども、しばらくして。
「助かったよ。村の鍛冶屋が手を傷めてさ。これから使うのに、なまくらじゃ困る」
「他にもあるなら、持って来るといいよ」
刃物研ぎを頼まれて、意識が切り替わる。
せっかくここまで来たのだ。宣伝までする気にはならないが、寄ってくれた人には真面目に応対せねば申し訳ない。稼げる機会を見逃しては、やはり商人とは言えないだろう。
今回の蚤の市は、不用品を売りさばいて一儲けが出来る。
そう信じて、中身の寂しい財布からなんとか参加料を工面した大伴 鈴太郎(ka6016)は、現在期待を裏切られ続けていた。
「どーすんだよ、ミカ。このままじゃ赤字じゃねーか」
並べているのは、雑貨。と言えば聞こえがいいが、同居人の卯月 瑞花(ka6019)の衝動買いのなれの果てだ。物により、彼女の愛猫達の玩具になった痕跡までありありと残っている。
つまり、相当の割合でガラクタ化している様々な物品は、色や形が奇抜なものが多くて、ほとんど売れていない。しかし、瑞花は平然としたものだ。
「まだまだ先は長いんですから、気にしすぎですよ」
ねーと瑞花が同意を求めるのは、『雑貨』がガラクタ化した原因の猫達だ。招き猫だと連れてきた二頭は、今も商品を虎視眈々と狙っていた。その度に、鈴太郎がぺちりとやりに来るので、その手に絡むのが本当の目的だ。
「あーっ、もうやってらんねぇ! いいか、ミカ。これを売らなかったら、今月の家賃も払えないんだぞ。ちゃんと店番しとけよな」
お客は来ない、猫は騒がしい、同居人はいつもの通り。
三重苦に疲れ果てた鈴太郎は、昼飯を買いに行くため、しばし店を離れることにした。
「りんたろー、何買ってきてくれますかねぇ?」
愛猫に話し掛ける瑞花は知っていた。自分と同じくらい、鈴太郎も小物が大好きなことを。
ついでに動物好きで、ここにもお気に入りのクマのぬいぐるみを持ち込んでいる。これが一番真面目に店番の姿勢をしているようだ。
●楽しい? お買い物
ふと見たら、もう姿がなかった。
「クウがいない」
「なにっ、あいつ、買うまで待ってろって、あれだけ言ったのに」
ジェオルジの村長祭に出掛けてみようと、一週間の予定でやってきた一行の一人が、いつの間にかいなくなっている。
「手を繋いでおけばよかったかな。しかし、どこに行ったんだろう?」
行方不明は、ここに来てからは、美味しいものを見ると走り出すクウ。今も友人のヘルヴェルが、豚肉の焼串を買っている最中に消え失せていた。
ちなみに焼串は、消えた当人が食べたいと主張したものである。それだから、保護者を自認していたアルバも、この隙に消え失せるとは思わない。
同様に、紅媛も渋い表情で、クウを探して首を巡らせている。が、近くにはいない。
クウの消失理由に気付いたのは、焼串屋の隣の露店で小物を吟味していたはずのエステルだった。
「そういえば、先程までお隣にいた方が、クレープでしたかしら? 珍しい美味しいお菓子があるとお話していましたわ」
買い物の清算を待って、エステルの買い物を覗いていたクウの耳にも、それが入ったかもしれない。
「クレープね、確か端の方だったぞ」
「ヘル……よく見てるな」
最初に買った地図を開いて、ヘルヴェルがこの辺りと指すのを、苦笑を浮かべた紅媛が一緒に覗き込んでいる。が、書き込みだらけのその地図から、アルバとエステルの兄妹が眺める地図に移った。
クウとヘルヴェルの地図には、これまでに買った飲食物の種類や感想がぎっちりなのだ。
蚤の市で売っている品物は、生鮮食品から工芸品、たまに武器防具までと幅広い。
そんな中を、マリエル(ka0116)は片手には地図を持ち、反対の手を友人の柏木 千春(ka3061)と繋いで、そぞろ歩いていた。
「この先のはずなんですけど……道が違うかしら」
店の種別で分けていないとはいえ、歩きやすくなってはいる会場内ながら、どういう訳かマリエルの知り合いの店は見当たらない。店はどこかしらと、内心焦っていた彼女に、千春が声を掛けた。
このところ、依頼と呼ぶには様々なものが絡んだ出来事の渦中にいた千春は、しかし今日は疲れた表情一つ見せない。それが心配をうまく表せない自分への思いやりだと分かっているマリエルは、慌てず、いつも通りに『なあに』と振り返ることが出来た。
「せっかくだから、何か飲んでみよう? あれ、美味しそうだよね」
ほらと示されたのは、早生の果物と牛乳と蜂蜜を混ぜた飲み物だ。随分と歩き回ったから、確かに美味しそうに見える。
「そうですね。時間はまだまだあるのですし、色々食べ歩いてみましょうか。ちーちゃんは、何か食べたいもの、ありますか?」
「色々並んでいて、目移りしてしまって……」
さっきまでに比べると、二人の足取りは半分くらいの速度になった。のんびりゆっくり、周りのお店を覗きながら。年頃の女の子らしく笑顔で、楽しそうに話をして。
お互いに、相手の笑顔の下には自分を心配している表情が隠れていると知っていて、でも二人はそれを言い出さずに歩いている。
いい匂いがしたと思った瞬間、隣の存在が走り出そうとしたので、恭也はその襟首をがっちり掴んだ。最初は人の多さに驚いて大人しかった主君の律は、慣れてくるといつもの調子を取り戻している。出来れば少し落ち着いてほしいが……今日は諦めている。
それで、襟首を放す代わりに、今度は手を取った。
「なんだよ、俺は迷子になんかなんねーぞ」
「……お前は、危なっかしい」
流石に、他人に迷惑は掛けないだろう。
ただ、人懐こい性格で立ち寄る先では老若男女を問わず話し込んで、待たされる方のことは考えていないのが悪いとは、恭也は言わなかった。
●ご予算は?
掘り出し物を期待してお財布の中身は多めにした。そう、中古でも新品でも、素敵な品物はどこから出てくるか分からないのだ。
「出掛けにけちらなかった自分に万歳だわ。お買い物って、ほんとに楽しいわよね」
「心底から同意いたしますわ。あ、こうなるはずではありませんのに」
揃って布細工の花の髪飾りを付けたケイルカ(ka4121)と金鹿(ka5959)は、リース作りに取り組んでいた。ドライフラワーを満載した、可愛らしい壁飾り作りに励んでいる。
「これが完成したら、先程ジャックさんに作ってもらった蝶の細工を飾ろうと思いますのよ。だから、見劣りしないように仕上げませんと」
「えー、それ可愛い! クレールちゃんのお店の、どれも素敵だったもの。そうよ、使わない時は飾らなきゃ損よね」
まるで数年越しの仲良しの様に話が弾む二人の出会いは、ほんの二時間ほど前。ケイルカが幼馴染の店で、大好きな猫モチーフのアンクレットと品定めしていたら、蝶の銀糸細工に感嘆していた金鹿に、買ったばかりの髪飾りの褒められたのが切っ掛けだ。
可愛らしいもの、繊細なもの、しかも手作りの一品もの、その他諸々の欲しいもの傾向がかなり合致した二人は、話が弾むうちに同行することになっていた。
そして現在、金鹿が最初に色々買い込んだソナの店で、二人してリース作りをしているのだった。
「いけない! お土産にジャックさんのポーチ買わなきゃって思ってたのに!」
「私も、革細工はまだ見足りませんわ」
すでに二人とも、座った椅子の両側に随分と荷物を積んであるのだけれど、一度火が点いたお買い物欲は収まる気配がない。今までに覗いた店のあれこれをあげて、あれを買おうか買うまいか、相談に終わりは見えない。
挙句に、戦利品を広げて、リースに飾り付けるならどれがいいと見比べ始めた。
そして。
「あの、その布細工のお店、どの辺りにありましたの?」
ケイルカと金鹿が持ってきた数々の戦利品に東方の小物が多いのに気付いたソナが、店の名前と場所を訊き出して、走り出す。
店は、すっかりと腰を据えた金鹿とケイルカが臨時の二人店長になっている。
「ほら、クレープ!」
「クウさん、お買い物に行く時は声をかけてくださいな」
両手にクレープ以外の物も抱えて戻ってきたクウに、エステルが心配しましたわよとたしなめている。思い立ったが吉日どころか、疾走開始のクウも、流石に皆に悪いと思ったようで……
「これ、皆で食べよ?」
両手いっぱいの食べ物を差し出され、一行は座って食べられる場所はないかと探し始めた。
まったく売れる気配がなかった瑞花の店に、変化が訪れた。
「いいんですよぉ、ぜぇんぶおまけしちゃいます」
何に使うのか知らないが、リアルブルー由来の商品を片端から買い上げてくれる人物が現われたのだ。なんと、猫達がぶち壊した品物まで。
ここで売らねばお昼代も出ないと、瑞花は大変乗り気で破格値を付けている。
「これ、一度、中を見てみたかったんだよ」
「たくさん買ってくれるなら、もっとおまけしちゃう~」
持ち主の瑞花もなんだか忘れたリアルブルーの製品の箱をその場で手際よく開き出したアシェの手提げ袋に、彼女はポイポイと買い手のつかなさそうな品物を売り込んでいく。先程からこのアシェが色々買ってくれるおかげで、ようやく人が寄ってくれるようになって……やはりガラクタは売れないが、ある物を気にしているお客がいる。
「それも、お安くしておきますよ?」
アシェの買い物勢いにつられたのか、その男性はくまごろーをお買い上げしていった。
くまごろー。それは、鈴太郎が看板代わりに連れてきたぬいぐるみだ。
買い物に飛び出したはずのソナは、なぜか別の店で商品開発をしていた。
「ほほう、そういう方法もあるのか」
「東方では、着衣に香りを付けるのに面白い方法があるのね」
金魚の巾着が欲しいと出掛けた虹心の店で、種類に違いはあれど、何かと作ることが大好きな二人は意気投合して、情報交換が始まったのだ。虹心は持参の分厚いノートに、ソナは貰った反故紙に、訊いた事をせっせと書き留めている。
「ラッピングも布袋にしたら、後で使う楽しみもあるかしら」
「それなら巾着もよいぞ」
いつの間にやら、共同で商品も開発しそうな勢いだ。
買い物のことは、まだ思い出されていない。
最初に買わされたのは、大きな布製の鞄だった。底や側面に革が使われて、丈夫で水にも強い。当初は律も何故と思ったのだが、今は恭也の配慮に感謝感激だ。
なにしろ、
「どうせ買い物三昧するのだから、その大きさで良かっただろう? それで、どの狸にするんだ?」
「親父の土産だからどれでもいいと思ったけど、お袋の分もさ」
自分の契約精霊の狸のぬいぐるみがあったのを、父親への土産にと思い立ち、母親にもないと悪いかなぁから、親戚まで数え上げている。そんな律の勢いを止めたいが、一生懸命なところが可愛いと思う恭也は自分の甘さを程々に自覚はしていた。
そうなるのは、ここの店主のせいもあるかもしれない。
「荷物が重かったら、この敷物の上に置くといいのだ」
どでかい狸は、安い食器やすでに買い込んだ土産の数々を提げ、もう何も買わないつもりの恭也にも親切だ。綿狸家家臣としては、なんとなく親近感を覚える。
そして、恭也も見付けてしまった。
「その狐は、自信作なのだぁ」
彼の契約精霊の姿を。
山と食べ物を買ったクウは、ようやく腰を落ち着けた飲食客用の一角で、あーんと大きな口を開けていた。
「鳥の雛でも餌付けしているようだな」
その口に、千切った惣菜入りのパンを入れたヘルヴェルの一言に、紅媛がたまらず吹き出した。アルバとエステルも、上品さは保ちつつ微笑んでいる。
「こういう時は、皆で分けっこだよ!」
たくさんの種類を食べられるから、それがいいのだとクウは主張して、自分の前の皿から煮込み料理をパンで掬い上げた。さあ食べろと向けたのは、アルバに対して。
「え、僕?」
「あーんは仲良しの証拠です」
一瞬ためらったアルバだが、妹からも当然のごとく言われては抵抗できない。結局、四人から次々と食べ物責めにあった。
少々周りの男性陣の視線が痛いが、荷物持ちの役得だと思うしかない。この五人で歩くのは、なかなかに大変ではあるのだ。
クウとヘルヴェルは大抵食べ物、エステルは洒落た小物、紅媛は調理器具があると引きよせられていくのだから。おかげで、まだ自分の買おうと思った物は見ていない。
「このシチューは、もう少し油を掬っておくともっと美味しかったな。でも香辛料の合わせ方は悪くない」
この後は、香辛料も見なくてはと、すでに東方やリアルブルー由来の調理器具を幾つか買った紅媛は、次の目標を定めている。味への探求心に、完璧に火が点いているようだ。この辺りは、ヘルヴェルやクウも変わりない。
食べ物談義の三人を横に、妹のエステルは買い物は順調かと尋ねようとしたら、不意に食べ物以外を差し出された。
「お誕生日のお祝いです。先程、素敵なお店がありましたから」
大分遅れてしまいましたけれどと断り付きで、銀のロケットに何か軟膏が入ったものを渡された。見れば売っていた店は思い出すが、まさか自分への贈り物を買っているとは……などと思っていると。
「それ、いい細工だな。狼のモチーフはあったろうか」
「あ、アクセサリーも見たいな」
「私も誕生日近いよ?」
しばし食べる手を止めて、皆が羨まし気にアルバを見上げている。
となれば、彼が言うべきことは一つだろう。
「では、この後は細工物を探しに行きますか」
さも当然と頷いたお嬢さん方は、また味談議に戻っていた。
店主がようやく戻って来て、リースも満足がゆく出来となり、金鹿とケイルカは蚤の市巡りを再開していた。金鹿は東方では見ないもの、また一点ものを揃えた店が見たい。ケイルカは故郷の両親に土産にする品物が欲しい。
お互いの目的に合致する店を、通りの右と左を分担してそれぞれに探していた彼女達は、『エルギン&ディンセルフ』の看板の前に立ち止まった。
「農家なの。鎌を入れても危なくないのが欲しいのよね」
「刃の大きさが分かれば、鎌の覆いも付けられるぜ。ちょっと時間を貰うけどな」
都合はどうと尋ねられて、ケイルカが金鹿を窺うと、にこやかな笑顔を返された。
「私は今、こちらの吟味にとても忙しいのですわ」
意訳すると『自分も時間が掛かる』との返事に、安心してお土産にするベルトポーチを頼む。親の好みを思い出して、細かいところに手直しも。
なにしろ、金鹿もクレールに細工物を特注したところだ。羽根の模様まで指定の蝶のアクセサリー。出来上がるまでも待ち遠しいが、その間は並んでいる商品を手に取って、更に買うかどうかと悩んでいた。
●まだ市は終わらない
「ぬいぐるみ、持っている人見なかった?」
いきなり尋ねられて、マリエルと千春は思わず一歩後ずさった。しかし相手は間違って売れてしまったぬいぐるみ探しに一生懸命と知り、見掛けたら知らせに行くことと約束する。と同時に、ものすごい勢いで駆け去った影を見て、千春がふにゃっと表情を崩した。
「マリエルちゃんが、いてくれて良かった」
「き、急にどうしたの?」
自分には辛い時にも寄り添ってくれる人がいると、今更ながら再確認したのだとは言えず、千春はマリエルの手を引っ張って歩き出した。
「ぬいぐるみと、何か素敵なものも探しましょう」
お礼を言えば気を使わせてしまうから、やっと自然に浮かんだ笑顔で誘う。
売り上げが好調だったエアルドフリスとアルヴィンは、夕方に一旦店を閉めた。回りたい友人知人の店もあるし、それ以外にもどんなものが売られているのか気にかかる。
後は話し続けで喉も乾いたし、ろくに食べていない。
「兎グッズが欲しいなー」
「あれだけ兎を売って、また兎を買うのか?」
向かう先への差し入れも購入し、目当てのエステルとラティナの店まで辿り着いて、アルヴィンが言ったのがまず兎。この兎好きはいかがなものかと、思わず天を仰いだエアルドフリスの姿に、エステルがくすくすと笑っている。
「兎のぬいぐるみならありましたよ。それと、布細工のお店にもあったかも」
でもゆっくり見て来れなかったと、一度は出掛けたが目移りしすぎて回り切れていないエステルの言葉は、後半残念そうだ。覗きたかったが、時間が足りずに断念したのだろう。
「じゃあ、ルールーに店番してもらって行こ?」
「三人で行ってきたらいいよ。こちらの御仁は、まだしばらく借りてるからね」
エステルが絶対に頷かない提案をしたアルヴィンの後に続けたのは、やはり今日は早仕舞いして同業者の店だと立ち寄った莢だった。ラティナは彼女にエステルからの差し入れを分けてやりつつ、上機嫌に話している。
「ついでに、なんか買ってきてくれない。うんと美味しそうなの」
「俺ももうちょっと欲しいな。この辺りの料理で頼むよ」
ざらざらと小銭を二人から押し付けられたエステルが申し訳なさそうにするが、鍛冶師組は話に没頭している。
「刃物の銘って、鍛冶師のじゃなくて?」
「祭りで持ち寄った時に、誰のか分からなくなるから目印が欲しいって、そういう銘入れが結構あってな」
鍛冶師同士の情報交換は、まだまだ終わる気配はない。
「探し人? え、ぬいぐるみ? 仕方ないな、地図の脇に張っといてやるよ」
賑やかな一行の作った蚤の市グルメ情報を地図に書き足しながら、ジャックは大きな看板地図の傍らにも探し物の張り紙を出している。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/18 21:34:39 |
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貴方は何をしますか? マリエル(ka0116) 人間(リアルブルー)|16才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/05/19 01:23:17 |