ゲスト
(ka0000)
【龍奏】【西参】霧ヶ原の会戦
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/05/23 07:30
- 完成日
- 2016/05/30 03:56
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●陽動作戦
天ノ都より更に北。
リグ・サンガマ一帯での強欲の歪虚との戦いが繰り広げられている中、鳴月 牡丹(kz0180)が率いる『征西部隊』は、天ノ都を出発すると、西ではなくひたすら北を目指していた。
「……大掛かりな陽動作戦という事なのですね」
牡丹と共に北の方角をみつめながら、紡伎 希(kz0174)が呟いた。
『征西部隊』に同行しているハンターズソサエティの受付嬢見習いである。
「西方からもリグ・サンガマに向けて進軍が進んでいるというし。僕らも北上する形を見せれば、歪虚勢力は否応なく警戒しなくてはならないからね」
「紫草様はスメラギ様の掩護の為にという事でしょうか?」
エトファリカ連邦国の八代目征夷大将軍――立花院 紫草――の命によるという。
「それが多分、本心じゃないかと僕は思うけど、まぁ、後は『政事』って奴だよ」
眉間に皺を寄せながら牡丹は言った。
西方諸国は連携してリグ・サンガマの戦いに参加している。東方だけが乗り遅れる訳にはいかないのだ。
「帝自らが最前線に行っているのに、帝を守る武家が黙っている状況が面白くない人がいるって事だよ」
「……紫草様も大変なのですね」
組織のトップに立つという事は色々な事に目を向けなければならない。
戦火で優秀な人材も不足しているので、なおさら、心労は大きいはずだ。
「まぁ、僕は戦うだけだから、楽だけど」
ぱっと明るい笑みを浮かべ、牡丹は拳を振り上げた。
「エトファリカ連邦国の北、強欲の歪虚勢力が塞いでいる霧ヶ原での会戦。負ける訳にはいかないからね」
古い文献によると、大侵攻があったとされる時期、霧ヶ原一帯を戦場とした戦いで、武家集団は大敗北した記録が残っていた。
●霧ヶ原
その高原は『霧ヶ原』と呼ばれていた。
周りを山に囲まれ盆地のようにもなっている為か、状況次第で深い霧が発生する。
霧は一寸先も見えないと言われる程であり、地形の為か、マテリアル異常の為か、通信も届かない。
「今は晴れていますね」
霧ヶ原を望む丘に立って希は言った。
高原を挟んで反対側に歪虚勢がひしめくという丘が辛うじてみえる。
「……目視では見えないけど、いる」
瞳を細め、牡丹がそう言った。
「文献によると、霧が深くなる前に突撃したものの、対岸の丘に構える歪虚勢力の陣地に阻まれて突撃に失敗した……らしいですが……」
希は手をかざしてみたが、陣地らしきものは見えない。
近くに行けば分かるのだろうか……それとも、古い昔話だ。陣地は残っていないかもしれない。
「同じ轍は踏まないようにしないと。とりあえず、ここに陣を張って様子を見よう」
霧が出るタイミング、敵の動き、確認する事は多くある。
野営の準備を指示すると、征西部隊の隊員達はテキパキと作業を開始した。
●霧の中
即席の陣地、青年が二人並んでいた。
「正秋、お前はどう見る?」
「……この霧、やはり、なにかマテリアルを感じるよ、瞬」
一帯は深い霧に包まれていた。
目と鼻の先すらも見えなくなるのではないかという程だ。
「連絡が通じねぇって、ゲンタのおっさんも文句言ってたぜ」
他にも何人かが通信機器を試したが、トランシーバーも魔導短電話も使用できなかった。
「原因はきっと解明できないと思う」
正秋と呼ばれた青年は小難しい顔をした。
もし、原因が分かっていれば、古い文献にあった大敗北の事実はなかったかもしれない。
「あのむさっ苦しい3兄弟も同じ事言ってたな」
「霧の中での戦い、か……」
「俺らの出番はほとんどねぇ。ここは、ハンター達のお手並み拝見って事だ」
この度の戦いはハンター達が頼りだ。
深い霧の中での戦闘となると、集団戦ではなく個々の遊撃戦・遭遇戦がメインとなる。
「ハンター達による、戦線突破と撹乱。霧が晴れると同時に拙者達が突撃し、一気に決着をつける」
これが、女将軍鳴月牡丹が立てた策であった。
天ノ都より更に北。
リグ・サンガマ一帯での強欲の歪虚との戦いが繰り広げられている中、鳴月 牡丹(kz0180)が率いる『征西部隊』は、天ノ都を出発すると、西ではなくひたすら北を目指していた。
「……大掛かりな陽動作戦という事なのですね」
牡丹と共に北の方角をみつめながら、紡伎 希(kz0174)が呟いた。
『征西部隊』に同行しているハンターズソサエティの受付嬢見習いである。
「西方からもリグ・サンガマに向けて進軍が進んでいるというし。僕らも北上する形を見せれば、歪虚勢力は否応なく警戒しなくてはならないからね」
「紫草様はスメラギ様の掩護の為にという事でしょうか?」
エトファリカ連邦国の八代目征夷大将軍――立花院 紫草――の命によるという。
「それが多分、本心じゃないかと僕は思うけど、まぁ、後は『政事』って奴だよ」
眉間に皺を寄せながら牡丹は言った。
西方諸国は連携してリグ・サンガマの戦いに参加している。東方だけが乗り遅れる訳にはいかないのだ。
「帝自らが最前線に行っているのに、帝を守る武家が黙っている状況が面白くない人がいるって事だよ」
「……紫草様も大変なのですね」
組織のトップに立つという事は色々な事に目を向けなければならない。
戦火で優秀な人材も不足しているので、なおさら、心労は大きいはずだ。
「まぁ、僕は戦うだけだから、楽だけど」
ぱっと明るい笑みを浮かべ、牡丹は拳を振り上げた。
「エトファリカ連邦国の北、強欲の歪虚勢力が塞いでいる霧ヶ原での会戦。負ける訳にはいかないからね」
古い文献によると、大侵攻があったとされる時期、霧ヶ原一帯を戦場とした戦いで、武家集団は大敗北した記録が残っていた。
●霧ヶ原
その高原は『霧ヶ原』と呼ばれていた。
周りを山に囲まれ盆地のようにもなっている為か、状況次第で深い霧が発生する。
霧は一寸先も見えないと言われる程であり、地形の為か、マテリアル異常の為か、通信も届かない。
「今は晴れていますね」
霧ヶ原を望む丘に立って希は言った。
高原を挟んで反対側に歪虚勢がひしめくという丘が辛うじてみえる。
「……目視では見えないけど、いる」
瞳を細め、牡丹がそう言った。
「文献によると、霧が深くなる前に突撃したものの、対岸の丘に構える歪虚勢力の陣地に阻まれて突撃に失敗した……らしいですが……」
希は手をかざしてみたが、陣地らしきものは見えない。
近くに行けば分かるのだろうか……それとも、古い昔話だ。陣地は残っていないかもしれない。
「同じ轍は踏まないようにしないと。とりあえず、ここに陣を張って様子を見よう」
霧が出るタイミング、敵の動き、確認する事は多くある。
野営の準備を指示すると、征西部隊の隊員達はテキパキと作業を開始した。
●霧の中
即席の陣地、青年が二人並んでいた。
「正秋、お前はどう見る?」
「……この霧、やはり、なにかマテリアルを感じるよ、瞬」
一帯は深い霧に包まれていた。
目と鼻の先すらも見えなくなるのではないかという程だ。
「連絡が通じねぇって、ゲンタのおっさんも文句言ってたぜ」
他にも何人かが通信機器を試したが、トランシーバーも魔導短電話も使用できなかった。
「原因はきっと解明できないと思う」
正秋と呼ばれた青年は小難しい顔をした。
もし、原因が分かっていれば、古い文献にあった大敗北の事実はなかったかもしれない。
「あのむさっ苦しい3兄弟も同じ事言ってたな」
「霧の中での戦い、か……」
「俺らの出番はほとんどねぇ。ここは、ハンター達のお手並み拝見って事だ」
この度の戦いはハンター達が頼りだ。
深い霧の中での戦闘となると、集団戦ではなく個々の遊撃戦・遭遇戦がメインとなる。
「ハンター達による、戦線突破と撹乱。霧が晴れると同時に拙者達が突撃し、一気に決着をつける」
これが、女将軍鳴月牡丹が立てた策であった。
リプレイ本文
●中央
心配そうな表情でハンター達の出発を見守る紡伎 希(kz0174)をアルラウネ(ka4841)は無言で抱き締めた。
「……アルラウネ様」
「行ってくるわね」
短く安心させるように言うと、精一杯の笑顔を見せた。
辛い事があった。だが、今はこの依頼を成功させなくてはならない。アルラウネは仲間を追うように霧の中へと足を踏み入れる。
「尻で椅子を磨く将軍ではないだろう?」
クリスティン・ガフ(ka1090)の挑発とも受け取れる台詞に、鳴月 牡丹(kz0180)は微笑む。
「そうだね。君達が歪虚を退治してくれるのなら、僕はずっと椅子に座れるけど」
「なら、そうさせてやる」
巨大な斧を担ぎクリスティンは踵を返すと、霧へと歩んだ。
今にも長い講義でも始めてしまいそうな口調ぶりで久延毘 大二郎(ka1771)が呟いた。
「我が国の天下分け目と謳われた合戦も、この様な霧が包む中で行われたと聞く」
深い霧だ。
すぐ傍にいるはずの仲間ですら、ややもすれば、見えなくなる。
「……ならば、此方の世界の天下を掴むのは……果たして、どちらなのだろうかね?」
空を仰ぎ見るが、やはり霧に包まれてなにも見えない。
「僕らが、きっと、掴む……じゃないと……」
キヅカ・リク(ka0038)が拳を強く握りながら応える。
歪虚に制覇させる訳にはいかない。紡いでいく想いが途切れてしまう。
「……作戦通り、上手くいけばいいけど……」
ハンター達は大きく3つの班に分かれている。個々で活動するハンター達もいるが、キヅカを含む数人の中央班は探索と共に『囮』の役目を担おうとしていた。
「ノロノロしてると、鳴月の姫さんが本部から抜け出てきそうだな」
本陣がある方向に振り返りレイオス・アクアウォーカー(ka1990) が言った。
すでに霧に包まれて何も見えない。
「……これは、音の伝わり方が違うようだ」
仲間達の会話や歩く音を感じ、クローディオ・シャール(ka0030)は手に持ったフルートを見つめる。
通信機器が繋がりにくい理由と関係があるかもしれない。
「少なくとも、反響したりする可能性はない、と信じたいな」
「ここまで準備したんだ。後は仲間達を信じて、戦うだけだ」
既に賽は投げられている。
レイオスのもっともな言葉にクローディオは頷いた。
●左翼
霧の中を数人のハンター達が敵の陣地に向かって足を進めていた。
「……ほーんと、何にも見えないな」
小鳥遊 時雨(ka4921)が周囲を確認しながら呟くと、フードを深々と被った。
「でも、今は……」
その方が都合が良かった。少なくとも、表情を繕う必要はないから。
それほどまでに深い霧なので、隣にいる仲間ですらもハッキリと見えない。
「……霧の濃い風景って、なんだか幻想的だね」
まるで真っ白な何かの体内にいるような中、霧雨 悠月(ka4130)が言った。
確かに幻想的ではある。霧が発生するには条件があるのだが、ここの霧はなにかマテリアルを感じる。
「この霧……『霧の魔女』に相応しいのぅ。フォグウィッチというべきかのぅ」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)が腕を組み堂々と霧の中に佇みながら、そんな台詞を口にした。
「それでは、戦闘の際は、ヴィルマさんに期待していますね。僕は……」
両耳に手を当てる悠月。
霊闘士としての力を行使しているのだ。僅かな音でも聞き漏らさないように意識を集中させる。
その少年の姿を見ながら、ヴィルマは口を開く。
「これだけ深い霧じゃ、敵の動向の確認は任せるかのぅ」
鼻先をすんすんとさせ、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が辺りの気配を確認している。
「歪虚くせーのはいないようだな」
嗅覚と聴覚を大幅に上昇させる霊闘士としての能力を使っている。
それでも今の所まで歪虚を感じられない。伏兵や罠の類はない様子だ。
「この霧……歪虚も見えていないと見てもいいだろう」
鞍馬 真(ka5819)が冷静に分析する。
確信ではないが、敵の陣地に近づいている気はしている。それでも、反応がないというのは歪虚側も霧のせいで視界が奪われているはずだ。
ハンター達は霧の中を進んでいった。
●右翼
「霧の中での戦いですか……」
ヴァルナ=エリゴス(ka2651)が心配しながら霧の中を慎重に進む。
愛馬は乗り手の意思を汲んでか、足音をなるべく立てないように足を動かしていた。
「……敵がどう仕掛けてくるか分かりませんし、慎重にいきませんと」
文献では今から約三百年の昔、大侵攻があった時期にこの地でも戦いがあっという。
武家集団が大敗北をしたという事であれば、なにかの罠や障害がある可能性が高い。
「霧の中の敵、な。騎兵が主力のこっちにゃ、ちとキツいが、逆に利用させてもらうぜ!」
大人しく頼むぜ、シーザーと続け、岩井崎 旭(ka0234)が愛馬の首を撫でた。
霧が深いが、逆に霧に紛れて進む事ができるのは良い事なのかもしれない。
もちろん、敵が霧を利用している可能性も否定はしなかったが、今の状況を鑑みると歪虚も霧で何も見えていないようだ。
「あーあー」
残念そうな声を上げたのはミィリア(ka2689)だった。
応える必要は無さそうではあるが、律儀にも銀 真白(ka4128)が、どうしたものかと尋ねてきた。
「息子の……正秋さんだっけ。戦いっぷり、見たかったのに、これじゃーなーって」
隣すら満足にみられない程深い霧だ。
征西部隊の突撃時には晴れているとはいえ、さすがに快晴という訳にはいかないだろう。中央から迂回してきている右翼の班は見られない可能性が高い。
「許すまじ霧! で、ござるぅ!」
「かような所で、正秋殿に万一も無きよう、しかと道を切り拓かねばな」
真白は代官の面影が残る青年を思い出しながら決意を新たにする。
遥か西、ホープまで辿り着かないといけないのだ。
「こんな所で、征西部隊を躓かせるわけにはいかない」
キュッと刀を掴んで七葵(ka4740)は呟く。
「正秋殿、死ぬなよ」
本陣に向かって言い放った言葉が、届かないのは分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
覚悟を決め、逝った人が未来へと遺した人だ。ここで死なせる訳にはいかない。
●霧の中で
「霧に隠れて何処へでも……こういう偵察も、ルンルン忍法にお任せです!」
これぞ、ニンジャの役目! と意気込みながら霧の中を行くルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)。
符を取り出すといつもながら派手な身振りで豊かなそれを揺らしながら術を行使した。
「ジュゲームリリ(中略)マジカル……ルンルン忍法分身の術!」
式符の術だ。現れた紙製の人形には可愛い丸文字で『るんるん』と書かれているが、誰もツッコミを入れる人はいない。
彼女はこうして、先や周囲を偵察し、状況を確認してから霧の中を進んでいたのだ。
「おぉっと! 歪虚さんじゃなく、お仲間さんなのです」
「これは……『るんるん』って書いてあるけど……ルンルンさんの?」
符術師であるシェルミア・クリスティア(ka5955)はその正体がすぐに分かった。
「占いで安全の方って、ルンルンさんだったのですね」
安堵したような苦笑を浮かべたような表情でシェルミアは呟いた。
「ルンルンさんは、何か収穫があったのかな?」
シェルミアは霧自体を調べていた。霧の原因を解明し、払う事ができればと思ったからだ。
自然発生にしては濃霧過ぎると思ったが、現地に来てみて霧の中を彷徨い、一つの結論に至っていた。
「シェルミアさんと合流! これが、ルンルン忍法の力です!」
「ご無事でなによりでした」
「凄い霧でびっくりです」
ルンルンの顔も辛うじて見えている状況だ。
「やはり、マテリアル異常による霧のようです。晴れるタイミングが来るのを待つしかありません」
シェルミアの言葉に云々と頷くルンルン。
そこへ、バッタリと唐突に、龍崎・カズマ(ka0178)が霧の中から現れた。
「お? 仲間か」
そして何事も無かったかのように通り過ぎようとして、ルンルンに腕を掴まれる。
「俺は敵陣の情報を一刻も早く本陣に伝えなければいけない」
カズマが冷たく言い放つ。
彼は征西部隊の突撃が成功するように最前線へと足を運んでいた。目的を果たし、帰路の途中である。
「突撃に間に合わなないと意味がないからな」
誤算があるとすれば、思った以上に距離があり、また、霧の中を進むのに手間取った事だろう。
本陣に到着するのが突撃後では、斥候の意味がない。
「そんな時は、ルンルン忍法ニンジャテレカー!」
取り出したのは単なる符の様ではあるが……。
「もしかして、口伝符ですか?」
覗き込むようにシェルミアが確認した。
自信満々に答えるルンルン。
「鳴月さんに片割れを持ってて貰ってるのです!」
「つまり、此奴の効果範囲内まで行けば……」
カズマの言葉は最後まで発せられなかった。言うまでもない事だからだ。
「もう少し本陣に近ければ通じるのです」
「凄い……まさか、占いの結果ってこれだったのかな?」
霧の中、偶然にも、出会う事自体が珍しいのだ。
シェルミアとルンルンが遭遇していなければ、カズマとも会わなかっただろう。
「ありがたく、使わせてもらうな」
符を持って立ち去ろうとしたカズマが振り返った。
「……もうすぐ、別働のハンター達の戦いが始まる。一度、本陣まで戻って、突撃部隊と合流した方が良いはずだ」
二人の符術師はお互いの顔を見て頷くと、カズマを追って、霧の中へと消えていった。
●中央
霧の中、四方から襲い掛かってくる強欲の歪虚や雑魔共。
戦闘の音を目印にしているのだろう。倒しても倒しても歪虚が霧の中から出現する。おまけに霧が深すぎて、どのタイミングでどの程度やってくるか分からない。
「クローディオさん、前には僕がッ!」
純白の拳銃を構えてキヅカがクローディオを庇うように前に出る。
頷きながらクローディオは次の魔法の為に意識を集中させた。
「視界が悪いが……」
聖導士が扱う回復の魔法は対象者が見えていなければ意味がない。
仲間との位置を確認していなければ、魔法を行使するのも困難だろう。
「正面に居るなら伏せてろよ!」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が敵陣の方角に向かって銃を放つ。
中央の班が圧倒的な数の歪虚に対抗できているのは、個々の能力の高さも要因の一つだ。
ただし、それは誰かが落ちれば、中央班全体が崩れてしまう程、危うい状況ではあるのだが。
(みんなで生きて帰らないと)
刀を正眼に構え、アルラウネが心の中で呟く。
霧の中、歪虚の足音が響いた。
「せーのっ」
そんな掛け声と共にマテリアルを整えた彼女は一気に霧の中へと飛び込んだ。
強欲の歪虚を斬りながら一気に空間を駆け抜ける。
「まだだ。こんなものでは足りない」
ごぉっと唸る音を立てながら、クリスティンが大斧を振るった。
霧が深くて視界が悪いが、そんなものは関係ない。味方の位置さえ分かっていれば、斧を振るって当たるのは敵だけのはずだからだ。
その時、パッと一瞬だけ視界がほんの少し明るくなる。
大二郎が火球の魔法を照明弾代わりに唱えたものだ。
「霧を使っての攪乱……なるほど。“女将軍”とは、軍略家でもあるようだ」
もはや、敵が組織だった陣形の動きを失っているのは明らかだ。
霧が晴れると同時に征西部隊が突撃すれば、容易く打ち破れるだろう。今、出来る事は生き残る事と少しでも多くの歪虚を打ち倒す事だ。
「……天を照らす者、闇を払う万物の源よ。空を駆ける光と成り、貫け。雷閃――八咫鏡」
マテリアルで具現化した鏡面の中央から電撃が放たれる。
ハンター達の手強さに歪虚らは焦りだす。
「相手もこちらは見えていない。このまま維持していこう」
キヅカが機導術で障壁を作りながら仲間達に宣言する。
四方から攻め寄せてくる歪虚だが、統一された動きではない。ただ戦闘の音がする方に集まってきているだけだ。
その戦法はあながち間違いではない。特に霧によって視界が塞がれている場合であれば、有効な戦い方だっただろう。
「離れすぎないように」
「霧の中でも目立つように殺るだけだ」
回復魔法を唱えつつ言ったクローディオに応じるように、口元を緩めてクリスティンは大斧を振るい続ける。
彼女が獲物を振り回す度に宙を切り裂く音と歪虚を直撃する音が響く。
「霧に隠れなきゃ戦えないワケじゃないだろ? まとめて相手になってやる!」
銃から左右に刀を持ち替えたレイオスが、歪虚を切り刻んだ。
●討伐
霧で体温が奪われないようにコートに身を包み、アイビス・グラス(ka2477)は敵陣の中へと侵入していた。
(集団を率いているということはそれを統率するリーダー格がいるはず。だったら、先ずそいつを見つける事が先決かな)
心の中でそう呟くと『グラズヘイム・シュバリエ』の名工が鍛造した格闘装具を見つめる。
手の動きを阻害しない。これなら、這いながらでも、堀を出入りするのも有用だ。
(『限られた状況下で最強を目指すなら、君なら、無二の存在になれる』か……)
女将軍の言葉を思い出しながらアイビスは堀の中を静かに進む。
霧の中から延びる一本のワイヤー。
指先の神経を集中させ、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は霧の中を見つめる。
(リューリちゃん……そろそろなはずだよ)
ワイヤーの先にいる彼女に心の中で呼びかけた。
リューリ・ハルマ(ka0502)と二人で霧の中を敵陣に向かっていた。
目的は敵将あるいは霧の発生源を断つ事だ。
(分かってるよ、アルトちゃん。もうすぐ。もうすぐだよ)
霧の中、嗅覚と聴覚を霊闘士としての能力で拡大し、周囲を確認しながら進む。
歪虚を避け、あるいは瞬殺し、進んだ二人は陣地内へと足を踏み入れていた。
敵将との遭遇は突然の事だった。
遭遇していた歪虚と二回り程体躯が大きい。突然現れた人間に驚き叫び声を上げた。
ワイヤーを手放したリューリは戦槍を構えながら距離を詰め、素早く突きを繰り出す。
「覚悟だよ!」
「暗殺者か! だが、一人とはな!」
嘲笑うように敵将が叫びながら、リューリの攻撃を受け流した。
すぐに歪虚が集まる気配がした。だが、それは、リューリらが狙っていた事でもある。
「風切――散華!」
霧の中からアルトが飛び出して、敵将共々、集まってきた歪虚を斬り倒していく。
辛うじて生き残ったのをリューリがトドメを差していく。
「ニンゲンの割によくやる!」
敵将の回りに一体どれだけの歪虚が控えていたのだろうか。
だが、深い霧のせいで場所を見失っているのも確かだ。
「今しかない! リューリちゃん!」
「アルトちゃん!」
霧の中、二人は手を掴み引っ張り合うと反動でそれぞれ反対方向へと消える。
「左右に分かれたつもりだろうが、挟み撃ちとはバレバレだぞ!」
敵将がすぐさま動いてリューリの攻撃を受け止めながら押し返すと真後ろに素早く振り返った。
「居な……ぐぁ!」
歪虚は背中をざっくりと斬られる。
振り返ると、左右に分かれたはずのアルトが刀を構えて立っていた。リューリとの間にはワイヤーが張ってある。
咄嗟に拾ったワイヤーを持たせ、霧の中に消えると同時にリューリが渾身の力で振り引っ張ったのだ。
挟み撃ちと見せかけての多段攻撃。再び手を握り合う二人。
「二度も同じ手を喰らうと思ったか、バカめ!」
「……だったら、試してみると良い」
再び霧の中に消える二人。どちらかがワイヤーを引っ張って引き寄せるか、そのまま挟撃か。
先に仕掛けたのはアルトからだった。それを歪虚は受け止めると更に一歩踏み込んだ。
「見つけたぞ。二人まとめて吹き飛ばしてくれる!」
何かを吐き出すように大口を開けた歪虚。だが、吐き出すよりも先に激しい衝撃が歪虚を襲った。
「いつから、二人だけだと思った?」
歪虚の背後に回って強烈な一撃を叩き込んだのはアイビスだった。
雑魚が群がる中を潜め、近づき、好機を狙っていたのだ。
「おのれ! ニンゲンの分際で!」
「これが、人の持つ力よ!」
アイビスの構えた格闘装具から法術陣の光が放たれる。
直後、三人のハンターが繰り出した攻撃は確かに敵将格の歪虚を打ち破ったのであった。
●左翼
歪虚との遭遇は唐突だった。
霧の中、ぬぅっと姿を現した存在を確認し、ハンター達は頷いた。
それは歪虚を倒す事だった。少しでも歪虚の数を減らす事ができれば、征西部隊の突撃の際、有利になると考えたからだ。
「……氷よ、凍てる矢となりて、突き刺さり、動きを封じよ!」
ヴィルマが唱えた氷の矢が蜥蜴の様な姿をした歪虚に直撃した。
ググッと動きが鈍くなった所で、ボルディアが渾身の一撃を振り落とす。
「一体何体いやがる」
敵の強さは大した事はない。
だが、倒せども倒せども次から次に霧の中から歪虚が姿を現すのだ。
「囮の方は交戦中みたい、だけど」
悠月は、僅かに耳に入ってくるフルートの音色を確認できた。
中央班が囮としての役割を果たしているというのに。
「歪虚の陣地って、堀だったかー」
時雨が投擲用のカードを構えながら足元を注視していた。
前しか見ていなかったら、きっと、落ちていた可能性もある。
「なるべく陣地に向かいながら進もう」
真の言葉に各々が返事をし、ハンター達は歪虚を蹴散らせながら進んだ。
それを阻止しようと歪虚が霧の中から飛び出してくる。
「霧で視界が悪い。皆で足並みを揃えて行動を」
真の声が霧の中で伝わる。
相互の連携が大事である。また戦闘中に前後左右を見失って一人になってしまえば、敵の格好の的だ。
「相手は……リザードマン? 少し違うみたいだけど」
首を傾げて悠月は言った。
ともかく、強欲に属する歪虚であるようだ。地域性というやつなのかもしれない。
直立したような爬虫類の歪虚に対し、ヴィルマの魔法が次から次へと放たれる。
「霧の中に紛れているつもりのようじゃが、そう簡単に我を倒せると思わない事よのぅ」
鋭い風が吹き抜けて歪虚にダメージを重ねていく。
「弓や長槍を持った奴はいなそうだな」
この霧の中だ。霧に影響されなければ装備している歪虚が居る可能性を考えたが、今の所、出会う敵は皆、接近戦の武器持ちばかりだった。
●右翼
ピクっと旭の動きが止まる。
鼻をクンクンと動かし、臭いを確かめ、耳をヒクヒクさせ音を探る。
「……近い。その岩に隠れよう」
一行は岩々の影へと潜む。
賢い馬達は物音立てずピタリと止まった。これが魔導バイクだとエンジン音が響いていただろう。
「特に組織だった動き……という訳ではないようですね」
ヴァルナの言葉に旭は頷いた。
足音は歪虚だろう。不規則に不用心な音の立て方だ。巡視の一団なのか、ハンター達の目の前を通り過ぎていく。
「どうする……で、ござる?」
槍を構えて、ごくりと生唾を飲み込んだミィリアの肩を静かに触れながら七葵が首を横に振った。
彼はいつでも飛び出せるように刀の柄を構えているが、手をつけている訳ではない。
「まだ、見つかっていないようだ」
七葵の言う通り、強欲の歪虚共は周囲を見渡しているが、深い霧の為か、ハンター達を見つけていない。
至近距離だというのに、だ。不意を討てる可能性は高い。それでも、一行は動かなかった。
「旭殿、どう思うか?」
視線を歪虚の方へと向けながら真白は旭に訊ねた。
この一行の中では、旭がハンターとしての経験が一番高い上に、敵を見つけたのも旭だ。
「……敵陣に着くまで敵に近寄らず、迂回か距離を取ろう」
その言葉にヴァルナとミィリアが頷く。
「私も同感に思います」
「ミィリアもそれでいいでござる」
ハンター達に課せられている任務は、敵陣地を突破し、歪虚集団へ奇襲戦・遭遇戦を仕掛けて征西部隊の突撃を支援する事にある。
中央班が囮となり遭遇戦を繰り広げるのであれば、自分らは陣地を突破しなければならない。
「笛の音か?」
耳に手を当てて七葵が言った。
「囮班が戦闘を開始したのだろう」
真白も耳に手を当てる。かすかながら聞こえてくる。
歪虚も同様だったのだろう。向きを変えて霧の中へと消えていく。それを確認し、一行は陣地に向かって、静かに進み出した。
●中央
仲間達の回復に専念していたクローディオは気が付いた。
「霧が晴れてきているのか」
先ほどよりも視界は改善されている。
これなら、回復魔法を行使するのに、先ほどよりも苦労はしないはずだ。
「面倒な事をさせた蜥蜴共め。ここからが本番だ」
「覚悟を決めろよトカゲ野郎。今回はこっちが大勝利となる番だ!」
クリスティンとレイオスが並んで新手を迎え撃つ。
視界が開けてくると敵の数が把握できてくる。
数が多いが、姿が見えてこれば有利になる材料もあった。
「僥倖というべきか」
大二郎は火球の魔法を放ちつつ、そう表現した。
照明代わりにセットしてきたが思った以上に意味はあったようだ。
おかげでマテリアルを枯渇せずに敵への攻撃を続けられる。集団戦となれば、範囲攻撃が極めて有効だ。
「トドメに回るわ」
火球の魔法を受けた一団に向かってアルラウネが駆ける。
地面を這う蜥蜴の形をした歪虚に刀を突き立て、あるいは、切り裂いていく。それだけで歪虚らは消滅していった。
「陣まで進もう」
呼びかけたキヅカの言葉に全員が頷いた。
霧が晴れるのは時間の問題だ。
●左翼
「残念じゃ……バイクで来たのが仇となったようじゃ……」
「僕もです。やはり、霧の中は危ないですね」
ヴィルマと悠月の二人がうな垂れていた。
馬も危険ではあるが、戦場での訓練を受けていれば段差など、馬の方が気が付く場合がある。
霧が晴れれば違うだろうが、どうしても行軍のスピードは落とさなければならない。その間にも襲いかかってくる歪虚。
「幾重にもある堀や窪み。これこそが、歪虚の陣地という事だったのだろう」
「霧が晴れたら真っ先に伝えないと……」
冷静に分析しながら刀を振るう真の言葉を耳に入れながら、時雨はトランシーバーを握り締める。
霧の中、通信を試みたが、やはり届く様子はなかった。最も、晴れていても距離的には届かないだろう。
「さすがに堀は埋められないが、敵を倒す事はできるぜ!」
ボルディアが叫んだ。こうなったら、ひたすらに敵を倒すだけだ。
マテリアルを集中させる。まるで、紅蓮の炎が意思を持ったように唸りながら巨大な斧を包んだ。
「この炎、止められるなら、止めてみやがれ!」
猛烈な勢いの炎と一体化したようなボルディアの一撃で歪虚共を吹き飛ばしていく。
霧が少しずつだが晴れてきているように思えてきて、ヴィルマは杖を構える。
「……風よ、大空を貫く稲妻となり、我らに仇を成す者に天罰を!」
霧の為、程よくしめった青く美しい髪が魔法の発動に合わせなびいた。
杖の先端かた放たれた電撃は歪虚共を貫いていく。
「戦った見た感じ、防御力が少し高そうな相手がいますね」
悠月は刀を構えて意識を集中させた。
迫ってくる歪虚が数歩まで近づいてきた時、パッと目を見開く。
刀先で大きく弧を描くように振り抜いた一撃は、青白いマテリアルを纏い、牙と成りて、歪虚に襲い掛かった。
「征西部隊の突撃の支援をする為には、まだ倒し続ける」
上段に構えた刀を振り落とし真は言った。
あとは、霧が晴れるのを待つだけだ。
●右翼
幾重もある堀を突破し、歪虚の陣地と思われる場所へと一行は踏み入れた。
柵すらもないが、堀と土手がそれらしい雰囲気を出している。
「おっしゃー! 暴れるぞでござるー!!」
喜々としてミィリアが叫ぶと槍を構えた。
ひたすらに敵を倒し続けるだけだ。槍を構えて突撃するとそのまま槍で薙ぎ払う。
「霧が深いから孤立しないように立ち回りに気を付ける必要がある」
「私は殲滅よりも攪乱を主体に動く。七葵殿、援護を頼んだ」
七葵の忠告に頷きながら真白は愛馬を操る。
罠の類はない。あるとすれば、堀だけだ。その堀も、いくつかは崩してきた。
「俺も堀の破壊に回るぜ」
質実剛健な作りのハルバードをぐるんぐるんと豪快に回しながら旭も堀を破壊していく。
征西部隊がどこを通るか分からないが、武家集団だって戦上手なはずだ。突破できる場所を選んでくるに違いない。
「それなら、私はミィリアさんと敵を倒しますね」
ヴァルナが精緻な装飾が施されているハルバードを掲げた。
同士討ちを避ける為、位置取りに気を配りながら渾身の力で武器を振るっていく。
右翼から迂回して敵陣地に達したハンター達は堀を壊し、敵を葬っていく。
「霧が……」
「少しずつ晴れてきているか」
真白が辺りを見渡しながら呟いた言葉の後を七葵が続けた。
「戦場全体でどう霧が薄くなってきたか分からないけど、これは、そろそろかもな」
幾つめになるか分からないが堀を破壊し、旭が顔を上げて本陣の方を見つめる。
霧でまだ見えないが、そう遠くないうちに霧が晴れると思った。
「それなら、このまま殲滅戦へと移行ですね」
「よぉーし! 倒しまくるでござる!」
ハルバートを振るいながら言ったヴァルナの台詞にミィリアが嬉しそうに叫んだ。
いっそ、このままここで、突撃部隊を迎えてもいいかもしれない、と思いながら。
●本陣
「要するにハンターは、捨石って事だよね」
しれっと鳴月 牡丹(kz0180)に言ったのはレベッカ・アマデーオ(ka1963)だった。
「捨てるつもりはないけどね。それに、それを言うなら、この部隊そのものが捨石だけど」
ニヤっと笑って牡丹が返す。
その台詞に周囲で話を聞いていた征西部隊の面々は「違いない」と笑い出す。
「まぁ、それはともかく、僕もレベッカ君の予想通り、霧は晴れると思ってるよ」
「……術とかで制御されてるなら、あたしらが全滅したって晴れないだろうけど」
だが、その可能性は低いはずだ。
牡丹は薄々感じていた。この霧はマテリアル異常が引き起こす異常気象のようなものだと。
「敵もそれが分かっている。だから、どこからでも攻められても対処できるように横陣を敷いている」
「良い読みだね、レベッカ君」
「中央のハンターが苦戦するのを知って送り出した……」
だから捨石と表現したのもある。
「それでも、彼らなら霧が晴れるまで持ちこたえると信じていたけどね」
笑みを浮かべる牡丹に、レベッカは苦笑を浮かべて魔導バイクに跨った。
馬上でハルバードを掲げ、春日 啓一(ka1621)が突撃部隊に振り返った。
「突撃を支援する続いてくれ」
先行するハンター達が囮や攪乱を行っているはずである。斥候に出たハンターから女将軍経由で陣地の詳細も把握した。
幾重にも堀があるとの事であるが事前に分かっていれば対処できる。それに陣地へと乗り込んでいるハンター達が堀を破壊している箇所もあるはずだ。
「さすがに霧が晴れたら繋がるだろうからな」
首からぶら下げたトランシーバーが揺れた。
「リク殿達、中央に先発した部隊と合流しつつ、敵陣を目指すかのう」
愛刀を確認しつつ紅薔薇(ka4766)がそう言った。
戦力を増強し敵陣を突破できるからだ。
「では、まずは、三列縦隊になってもらうのじゃ。妾が突破口を作る故」
「獄炎を打ち倒した我らの英雄の言葉だ! 突撃部隊、三列縦隊!」
瞬と名乗った青年が宣言すると突撃部隊は瞬く間に三列に並んだ。練度が高い証拠である。
歪虚王獄炎を打ち倒したのは紅薔薇一人の力ではなく、大勢の人々の力と奇跡によってなのだが、トドメを差したという事実は征西部隊の隊員にとっては大きいようだ。
「我ら突撃部隊。例え、罠があっても火に包まれようとも、紅薔薇様の後に続きます!」
青年が熱い眼差しを向けながら紅薔薇の手を取って力一杯握る。
「罠があったとしても皆を信じるしかあるまい。できる限り足を止めずに一気に敵陣を突破するのじゃ」
「はい!」
全員に向けて言った言葉だが、青年が威勢良く返事をしてきた。
助けを求めるように紅薔薇は啓一に視線を向けるが、啓一はトランシーバーの具合を確かめる振りをしている。
「よさないか、瞬。いつまでも出撃できない」
「そ、そうだったな、正秋」
パッと手を放す青年。見れば紅薔薇の手は真っ赤になっていた。
「申し訳ないです。瞬の一族は彼を残して全員、獄炎とその配下によって殺されていまして」
「そうじゃったのか」
つまり、仇を討った恩人という風に思われているのだろう。
いくつもの悲しみや苦しみが続いている。歪虚王獄炎を討ち取ったとしても、失ったものは返って来ない。ある意味、彼らはまだ獄炎と戦っているといっても過言ではないだろう。
「啓一殿。それでは道案内を頼むのじゃ」
「分かった。存分に刀を振るって構わないからな」
自身もハルバートを手にしているがそれを使う機会は来ないかもしれないと思った。
それほどまに、紅薔薇から発せられる雰囲気は圧倒的な勢いを持っていたからだった。
ハンター達の活躍により、霧が晴れた直後に突撃部隊が歪虚の陣地へと突撃。
強欲の歪虚勢力を蹴散らし、三百年越しの雪辱を果たしたのであった。
おしまい。
●100⇒94
戦い終えて戻ってきた時雨を希は抱き締めた。最初は驚いた時雨であったが無言で抱き返すと希の背中をポンポンと叩いた。
横ではアルラウネがホッとしたのか、優しい顔を向けている。
「時雨さん、聞いて下さい――私、決めました」
少女の声が耳に入って来る。
「――私達の大切な人を奪った歪虚達を、私は、残らず塵にさせます」
抑揚のない冷たい言葉が時雨の頭の中へ響いた。
ふと顔を上げると勝ったというのに険しい表情のままの征西部隊の面々の姿が視界に入った……。
心配そうな表情でハンター達の出発を見守る紡伎 希(kz0174)をアルラウネ(ka4841)は無言で抱き締めた。
「……アルラウネ様」
「行ってくるわね」
短く安心させるように言うと、精一杯の笑顔を見せた。
辛い事があった。だが、今はこの依頼を成功させなくてはならない。アルラウネは仲間を追うように霧の中へと足を踏み入れる。
「尻で椅子を磨く将軍ではないだろう?」
クリスティン・ガフ(ka1090)の挑発とも受け取れる台詞に、鳴月 牡丹(kz0180)は微笑む。
「そうだね。君達が歪虚を退治してくれるのなら、僕はずっと椅子に座れるけど」
「なら、そうさせてやる」
巨大な斧を担ぎクリスティンは踵を返すと、霧へと歩んだ。
今にも長い講義でも始めてしまいそうな口調ぶりで久延毘 大二郎(ka1771)が呟いた。
「我が国の天下分け目と謳われた合戦も、この様な霧が包む中で行われたと聞く」
深い霧だ。
すぐ傍にいるはずの仲間ですら、ややもすれば、見えなくなる。
「……ならば、此方の世界の天下を掴むのは……果たして、どちらなのだろうかね?」
空を仰ぎ見るが、やはり霧に包まれてなにも見えない。
「僕らが、きっと、掴む……じゃないと……」
キヅカ・リク(ka0038)が拳を強く握りながら応える。
歪虚に制覇させる訳にはいかない。紡いでいく想いが途切れてしまう。
「……作戦通り、上手くいけばいいけど……」
ハンター達は大きく3つの班に分かれている。個々で活動するハンター達もいるが、キヅカを含む数人の中央班は探索と共に『囮』の役目を担おうとしていた。
「ノロノロしてると、鳴月の姫さんが本部から抜け出てきそうだな」
本陣がある方向に振り返りレイオス・アクアウォーカー(ka1990) が言った。
すでに霧に包まれて何も見えない。
「……これは、音の伝わり方が違うようだ」
仲間達の会話や歩く音を感じ、クローディオ・シャール(ka0030)は手に持ったフルートを見つめる。
通信機器が繋がりにくい理由と関係があるかもしれない。
「少なくとも、反響したりする可能性はない、と信じたいな」
「ここまで準備したんだ。後は仲間達を信じて、戦うだけだ」
既に賽は投げられている。
レイオスのもっともな言葉にクローディオは頷いた。
●左翼
霧の中を数人のハンター達が敵の陣地に向かって足を進めていた。
「……ほーんと、何にも見えないな」
小鳥遊 時雨(ka4921)が周囲を確認しながら呟くと、フードを深々と被った。
「でも、今は……」
その方が都合が良かった。少なくとも、表情を繕う必要はないから。
それほどまでに深い霧なので、隣にいる仲間ですらもハッキリと見えない。
「……霧の濃い風景って、なんだか幻想的だね」
まるで真っ白な何かの体内にいるような中、霧雨 悠月(ka4130)が言った。
確かに幻想的ではある。霧が発生するには条件があるのだが、ここの霧はなにかマテリアルを感じる。
「この霧……『霧の魔女』に相応しいのぅ。フォグウィッチというべきかのぅ」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)が腕を組み堂々と霧の中に佇みながら、そんな台詞を口にした。
「それでは、戦闘の際は、ヴィルマさんに期待していますね。僕は……」
両耳に手を当てる悠月。
霊闘士としての力を行使しているのだ。僅かな音でも聞き漏らさないように意識を集中させる。
その少年の姿を見ながら、ヴィルマは口を開く。
「これだけ深い霧じゃ、敵の動向の確認は任せるかのぅ」
鼻先をすんすんとさせ、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が辺りの気配を確認している。
「歪虚くせーのはいないようだな」
嗅覚と聴覚を大幅に上昇させる霊闘士としての能力を使っている。
それでも今の所まで歪虚を感じられない。伏兵や罠の類はない様子だ。
「この霧……歪虚も見えていないと見てもいいだろう」
鞍馬 真(ka5819)が冷静に分析する。
確信ではないが、敵の陣地に近づいている気はしている。それでも、反応がないというのは歪虚側も霧のせいで視界が奪われているはずだ。
ハンター達は霧の中を進んでいった。
●右翼
「霧の中での戦いですか……」
ヴァルナ=エリゴス(ka2651)が心配しながら霧の中を慎重に進む。
愛馬は乗り手の意思を汲んでか、足音をなるべく立てないように足を動かしていた。
「……敵がどう仕掛けてくるか分かりませんし、慎重にいきませんと」
文献では今から約三百年の昔、大侵攻があった時期にこの地でも戦いがあっという。
武家集団が大敗北をしたという事であれば、なにかの罠や障害がある可能性が高い。
「霧の中の敵、な。騎兵が主力のこっちにゃ、ちとキツいが、逆に利用させてもらうぜ!」
大人しく頼むぜ、シーザーと続け、岩井崎 旭(ka0234)が愛馬の首を撫でた。
霧が深いが、逆に霧に紛れて進む事ができるのは良い事なのかもしれない。
もちろん、敵が霧を利用している可能性も否定はしなかったが、今の状況を鑑みると歪虚も霧で何も見えていないようだ。
「あーあー」
残念そうな声を上げたのはミィリア(ka2689)だった。
応える必要は無さそうではあるが、律儀にも銀 真白(ka4128)が、どうしたものかと尋ねてきた。
「息子の……正秋さんだっけ。戦いっぷり、見たかったのに、これじゃーなーって」
隣すら満足にみられない程深い霧だ。
征西部隊の突撃時には晴れているとはいえ、さすがに快晴という訳にはいかないだろう。中央から迂回してきている右翼の班は見られない可能性が高い。
「許すまじ霧! で、ござるぅ!」
「かような所で、正秋殿に万一も無きよう、しかと道を切り拓かねばな」
真白は代官の面影が残る青年を思い出しながら決意を新たにする。
遥か西、ホープまで辿り着かないといけないのだ。
「こんな所で、征西部隊を躓かせるわけにはいかない」
キュッと刀を掴んで七葵(ka4740)は呟く。
「正秋殿、死ぬなよ」
本陣に向かって言い放った言葉が、届かないのは分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
覚悟を決め、逝った人が未来へと遺した人だ。ここで死なせる訳にはいかない。
●霧の中で
「霧に隠れて何処へでも……こういう偵察も、ルンルン忍法にお任せです!」
これぞ、ニンジャの役目! と意気込みながら霧の中を行くルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)。
符を取り出すといつもながら派手な身振りで豊かなそれを揺らしながら術を行使した。
「ジュゲームリリ(中略)マジカル……ルンルン忍法分身の術!」
式符の術だ。現れた紙製の人形には可愛い丸文字で『るんるん』と書かれているが、誰もツッコミを入れる人はいない。
彼女はこうして、先や周囲を偵察し、状況を確認してから霧の中を進んでいたのだ。
「おぉっと! 歪虚さんじゃなく、お仲間さんなのです」
「これは……『るんるん』って書いてあるけど……ルンルンさんの?」
符術師であるシェルミア・クリスティア(ka5955)はその正体がすぐに分かった。
「占いで安全の方って、ルンルンさんだったのですね」
安堵したような苦笑を浮かべたような表情でシェルミアは呟いた。
「ルンルンさんは、何か収穫があったのかな?」
シェルミアは霧自体を調べていた。霧の原因を解明し、払う事ができればと思ったからだ。
自然発生にしては濃霧過ぎると思ったが、現地に来てみて霧の中を彷徨い、一つの結論に至っていた。
「シェルミアさんと合流! これが、ルンルン忍法の力です!」
「ご無事でなによりでした」
「凄い霧でびっくりです」
ルンルンの顔も辛うじて見えている状況だ。
「やはり、マテリアル異常による霧のようです。晴れるタイミングが来るのを待つしかありません」
シェルミアの言葉に云々と頷くルンルン。
そこへ、バッタリと唐突に、龍崎・カズマ(ka0178)が霧の中から現れた。
「お? 仲間か」
そして何事も無かったかのように通り過ぎようとして、ルンルンに腕を掴まれる。
「俺は敵陣の情報を一刻も早く本陣に伝えなければいけない」
カズマが冷たく言い放つ。
彼は征西部隊の突撃が成功するように最前線へと足を運んでいた。目的を果たし、帰路の途中である。
「突撃に間に合わなないと意味がないからな」
誤算があるとすれば、思った以上に距離があり、また、霧の中を進むのに手間取った事だろう。
本陣に到着するのが突撃後では、斥候の意味がない。
「そんな時は、ルンルン忍法ニンジャテレカー!」
取り出したのは単なる符の様ではあるが……。
「もしかして、口伝符ですか?」
覗き込むようにシェルミアが確認した。
自信満々に答えるルンルン。
「鳴月さんに片割れを持ってて貰ってるのです!」
「つまり、此奴の効果範囲内まで行けば……」
カズマの言葉は最後まで発せられなかった。言うまでもない事だからだ。
「もう少し本陣に近ければ通じるのです」
「凄い……まさか、占いの結果ってこれだったのかな?」
霧の中、偶然にも、出会う事自体が珍しいのだ。
シェルミアとルンルンが遭遇していなければ、カズマとも会わなかっただろう。
「ありがたく、使わせてもらうな」
符を持って立ち去ろうとしたカズマが振り返った。
「……もうすぐ、別働のハンター達の戦いが始まる。一度、本陣まで戻って、突撃部隊と合流した方が良いはずだ」
二人の符術師はお互いの顔を見て頷くと、カズマを追って、霧の中へと消えていった。
●中央
霧の中、四方から襲い掛かってくる強欲の歪虚や雑魔共。
戦闘の音を目印にしているのだろう。倒しても倒しても歪虚が霧の中から出現する。おまけに霧が深すぎて、どのタイミングでどの程度やってくるか分からない。
「クローディオさん、前には僕がッ!」
純白の拳銃を構えてキヅカがクローディオを庇うように前に出る。
頷きながらクローディオは次の魔法の為に意識を集中させた。
「視界が悪いが……」
聖導士が扱う回復の魔法は対象者が見えていなければ意味がない。
仲間との位置を確認していなければ、魔法を行使するのも困難だろう。
「正面に居るなら伏せてろよ!」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が敵陣の方角に向かって銃を放つ。
中央の班が圧倒的な数の歪虚に対抗できているのは、個々の能力の高さも要因の一つだ。
ただし、それは誰かが落ちれば、中央班全体が崩れてしまう程、危うい状況ではあるのだが。
(みんなで生きて帰らないと)
刀を正眼に構え、アルラウネが心の中で呟く。
霧の中、歪虚の足音が響いた。
「せーのっ」
そんな掛け声と共にマテリアルを整えた彼女は一気に霧の中へと飛び込んだ。
強欲の歪虚を斬りながら一気に空間を駆け抜ける。
「まだだ。こんなものでは足りない」
ごぉっと唸る音を立てながら、クリスティンが大斧を振るった。
霧が深くて視界が悪いが、そんなものは関係ない。味方の位置さえ分かっていれば、斧を振るって当たるのは敵だけのはずだからだ。
その時、パッと一瞬だけ視界がほんの少し明るくなる。
大二郎が火球の魔法を照明弾代わりに唱えたものだ。
「霧を使っての攪乱……なるほど。“女将軍”とは、軍略家でもあるようだ」
もはや、敵が組織だった陣形の動きを失っているのは明らかだ。
霧が晴れると同時に征西部隊が突撃すれば、容易く打ち破れるだろう。今、出来る事は生き残る事と少しでも多くの歪虚を打ち倒す事だ。
「……天を照らす者、闇を払う万物の源よ。空を駆ける光と成り、貫け。雷閃――八咫鏡」
マテリアルで具現化した鏡面の中央から電撃が放たれる。
ハンター達の手強さに歪虚らは焦りだす。
「相手もこちらは見えていない。このまま維持していこう」
キヅカが機導術で障壁を作りながら仲間達に宣言する。
四方から攻め寄せてくる歪虚だが、統一された動きではない。ただ戦闘の音がする方に集まってきているだけだ。
その戦法はあながち間違いではない。特に霧によって視界が塞がれている場合であれば、有効な戦い方だっただろう。
「離れすぎないように」
「霧の中でも目立つように殺るだけだ」
回復魔法を唱えつつ言ったクローディオに応じるように、口元を緩めてクリスティンは大斧を振るい続ける。
彼女が獲物を振り回す度に宙を切り裂く音と歪虚を直撃する音が響く。
「霧に隠れなきゃ戦えないワケじゃないだろ? まとめて相手になってやる!」
銃から左右に刀を持ち替えたレイオスが、歪虚を切り刻んだ。
●討伐
霧で体温が奪われないようにコートに身を包み、アイビス・グラス(ka2477)は敵陣の中へと侵入していた。
(集団を率いているということはそれを統率するリーダー格がいるはず。だったら、先ずそいつを見つける事が先決かな)
心の中でそう呟くと『グラズヘイム・シュバリエ』の名工が鍛造した格闘装具を見つめる。
手の動きを阻害しない。これなら、這いながらでも、堀を出入りするのも有用だ。
(『限られた状況下で最強を目指すなら、君なら、無二の存在になれる』か……)
女将軍の言葉を思い出しながらアイビスは堀の中を静かに進む。
霧の中から延びる一本のワイヤー。
指先の神経を集中させ、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は霧の中を見つめる。
(リューリちゃん……そろそろなはずだよ)
ワイヤーの先にいる彼女に心の中で呼びかけた。
リューリ・ハルマ(ka0502)と二人で霧の中を敵陣に向かっていた。
目的は敵将あるいは霧の発生源を断つ事だ。
(分かってるよ、アルトちゃん。もうすぐ。もうすぐだよ)
霧の中、嗅覚と聴覚を霊闘士としての能力で拡大し、周囲を確認しながら進む。
歪虚を避け、あるいは瞬殺し、進んだ二人は陣地内へと足を踏み入れていた。
敵将との遭遇は突然の事だった。
遭遇していた歪虚と二回り程体躯が大きい。突然現れた人間に驚き叫び声を上げた。
ワイヤーを手放したリューリは戦槍を構えながら距離を詰め、素早く突きを繰り出す。
「覚悟だよ!」
「暗殺者か! だが、一人とはな!」
嘲笑うように敵将が叫びながら、リューリの攻撃を受け流した。
すぐに歪虚が集まる気配がした。だが、それは、リューリらが狙っていた事でもある。
「風切――散華!」
霧の中からアルトが飛び出して、敵将共々、集まってきた歪虚を斬り倒していく。
辛うじて生き残ったのをリューリがトドメを差していく。
「ニンゲンの割によくやる!」
敵将の回りに一体どれだけの歪虚が控えていたのだろうか。
だが、深い霧のせいで場所を見失っているのも確かだ。
「今しかない! リューリちゃん!」
「アルトちゃん!」
霧の中、二人は手を掴み引っ張り合うと反動でそれぞれ反対方向へと消える。
「左右に分かれたつもりだろうが、挟み撃ちとはバレバレだぞ!」
敵将がすぐさま動いてリューリの攻撃を受け止めながら押し返すと真後ろに素早く振り返った。
「居な……ぐぁ!」
歪虚は背中をざっくりと斬られる。
振り返ると、左右に分かれたはずのアルトが刀を構えて立っていた。リューリとの間にはワイヤーが張ってある。
咄嗟に拾ったワイヤーを持たせ、霧の中に消えると同時にリューリが渾身の力で振り引っ張ったのだ。
挟み撃ちと見せかけての多段攻撃。再び手を握り合う二人。
「二度も同じ手を喰らうと思ったか、バカめ!」
「……だったら、試してみると良い」
再び霧の中に消える二人。どちらかがワイヤーを引っ張って引き寄せるか、そのまま挟撃か。
先に仕掛けたのはアルトからだった。それを歪虚は受け止めると更に一歩踏み込んだ。
「見つけたぞ。二人まとめて吹き飛ばしてくれる!」
何かを吐き出すように大口を開けた歪虚。だが、吐き出すよりも先に激しい衝撃が歪虚を襲った。
「いつから、二人だけだと思った?」
歪虚の背後に回って強烈な一撃を叩き込んだのはアイビスだった。
雑魚が群がる中を潜め、近づき、好機を狙っていたのだ。
「おのれ! ニンゲンの分際で!」
「これが、人の持つ力よ!」
アイビスの構えた格闘装具から法術陣の光が放たれる。
直後、三人のハンターが繰り出した攻撃は確かに敵将格の歪虚を打ち破ったのであった。
●左翼
歪虚との遭遇は唐突だった。
霧の中、ぬぅっと姿を現した存在を確認し、ハンター達は頷いた。
それは歪虚を倒す事だった。少しでも歪虚の数を減らす事ができれば、征西部隊の突撃の際、有利になると考えたからだ。
「……氷よ、凍てる矢となりて、突き刺さり、動きを封じよ!」
ヴィルマが唱えた氷の矢が蜥蜴の様な姿をした歪虚に直撃した。
ググッと動きが鈍くなった所で、ボルディアが渾身の一撃を振り落とす。
「一体何体いやがる」
敵の強さは大した事はない。
だが、倒せども倒せども次から次に霧の中から歪虚が姿を現すのだ。
「囮の方は交戦中みたい、だけど」
悠月は、僅かに耳に入ってくるフルートの音色を確認できた。
中央班が囮としての役割を果たしているというのに。
「歪虚の陣地って、堀だったかー」
時雨が投擲用のカードを構えながら足元を注視していた。
前しか見ていなかったら、きっと、落ちていた可能性もある。
「なるべく陣地に向かいながら進もう」
真の言葉に各々が返事をし、ハンター達は歪虚を蹴散らせながら進んだ。
それを阻止しようと歪虚が霧の中から飛び出してくる。
「霧で視界が悪い。皆で足並みを揃えて行動を」
真の声が霧の中で伝わる。
相互の連携が大事である。また戦闘中に前後左右を見失って一人になってしまえば、敵の格好の的だ。
「相手は……リザードマン? 少し違うみたいだけど」
首を傾げて悠月は言った。
ともかく、強欲に属する歪虚であるようだ。地域性というやつなのかもしれない。
直立したような爬虫類の歪虚に対し、ヴィルマの魔法が次から次へと放たれる。
「霧の中に紛れているつもりのようじゃが、そう簡単に我を倒せると思わない事よのぅ」
鋭い風が吹き抜けて歪虚にダメージを重ねていく。
「弓や長槍を持った奴はいなそうだな」
この霧の中だ。霧に影響されなければ装備している歪虚が居る可能性を考えたが、今の所、出会う敵は皆、接近戦の武器持ちばかりだった。
●右翼
ピクっと旭の動きが止まる。
鼻をクンクンと動かし、臭いを確かめ、耳をヒクヒクさせ音を探る。
「……近い。その岩に隠れよう」
一行は岩々の影へと潜む。
賢い馬達は物音立てずピタリと止まった。これが魔導バイクだとエンジン音が響いていただろう。
「特に組織だった動き……という訳ではないようですね」
ヴァルナの言葉に旭は頷いた。
足音は歪虚だろう。不規則に不用心な音の立て方だ。巡視の一団なのか、ハンター達の目の前を通り過ぎていく。
「どうする……で、ござる?」
槍を構えて、ごくりと生唾を飲み込んだミィリアの肩を静かに触れながら七葵が首を横に振った。
彼はいつでも飛び出せるように刀の柄を構えているが、手をつけている訳ではない。
「まだ、見つかっていないようだ」
七葵の言う通り、強欲の歪虚共は周囲を見渡しているが、深い霧の為か、ハンター達を見つけていない。
至近距離だというのに、だ。不意を討てる可能性は高い。それでも、一行は動かなかった。
「旭殿、どう思うか?」
視線を歪虚の方へと向けながら真白は旭に訊ねた。
この一行の中では、旭がハンターとしての経験が一番高い上に、敵を見つけたのも旭だ。
「……敵陣に着くまで敵に近寄らず、迂回か距離を取ろう」
その言葉にヴァルナとミィリアが頷く。
「私も同感に思います」
「ミィリアもそれでいいでござる」
ハンター達に課せられている任務は、敵陣地を突破し、歪虚集団へ奇襲戦・遭遇戦を仕掛けて征西部隊の突撃を支援する事にある。
中央班が囮となり遭遇戦を繰り広げるのであれば、自分らは陣地を突破しなければならない。
「笛の音か?」
耳に手を当てて七葵が言った。
「囮班が戦闘を開始したのだろう」
真白も耳に手を当てる。かすかながら聞こえてくる。
歪虚も同様だったのだろう。向きを変えて霧の中へと消えていく。それを確認し、一行は陣地に向かって、静かに進み出した。
●中央
仲間達の回復に専念していたクローディオは気が付いた。
「霧が晴れてきているのか」
先ほどよりも視界は改善されている。
これなら、回復魔法を行使するのに、先ほどよりも苦労はしないはずだ。
「面倒な事をさせた蜥蜴共め。ここからが本番だ」
「覚悟を決めろよトカゲ野郎。今回はこっちが大勝利となる番だ!」
クリスティンとレイオスが並んで新手を迎え撃つ。
視界が開けてくると敵の数が把握できてくる。
数が多いが、姿が見えてこれば有利になる材料もあった。
「僥倖というべきか」
大二郎は火球の魔法を放ちつつ、そう表現した。
照明代わりにセットしてきたが思った以上に意味はあったようだ。
おかげでマテリアルを枯渇せずに敵への攻撃を続けられる。集団戦となれば、範囲攻撃が極めて有効だ。
「トドメに回るわ」
火球の魔法を受けた一団に向かってアルラウネが駆ける。
地面を這う蜥蜴の形をした歪虚に刀を突き立て、あるいは、切り裂いていく。それだけで歪虚らは消滅していった。
「陣まで進もう」
呼びかけたキヅカの言葉に全員が頷いた。
霧が晴れるのは時間の問題だ。
●左翼
「残念じゃ……バイクで来たのが仇となったようじゃ……」
「僕もです。やはり、霧の中は危ないですね」
ヴィルマと悠月の二人がうな垂れていた。
馬も危険ではあるが、戦場での訓練を受けていれば段差など、馬の方が気が付く場合がある。
霧が晴れれば違うだろうが、どうしても行軍のスピードは落とさなければならない。その間にも襲いかかってくる歪虚。
「幾重にもある堀や窪み。これこそが、歪虚の陣地という事だったのだろう」
「霧が晴れたら真っ先に伝えないと……」
冷静に分析しながら刀を振るう真の言葉を耳に入れながら、時雨はトランシーバーを握り締める。
霧の中、通信を試みたが、やはり届く様子はなかった。最も、晴れていても距離的には届かないだろう。
「さすがに堀は埋められないが、敵を倒す事はできるぜ!」
ボルディアが叫んだ。こうなったら、ひたすらに敵を倒すだけだ。
マテリアルを集中させる。まるで、紅蓮の炎が意思を持ったように唸りながら巨大な斧を包んだ。
「この炎、止められるなら、止めてみやがれ!」
猛烈な勢いの炎と一体化したようなボルディアの一撃で歪虚共を吹き飛ばしていく。
霧が少しずつだが晴れてきているように思えてきて、ヴィルマは杖を構える。
「……風よ、大空を貫く稲妻となり、我らに仇を成す者に天罰を!」
霧の為、程よくしめった青く美しい髪が魔法の発動に合わせなびいた。
杖の先端かた放たれた電撃は歪虚共を貫いていく。
「戦った見た感じ、防御力が少し高そうな相手がいますね」
悠月は刀を構えて意識を集中させた。
迫ってくる歪虚が数歩まで近づいてきた時、パッと目を見開く。
刀先で大きく弧を描くように振り抜いた一撃は、青白いマテリアルを纏い、牙と成りて、歪虚に襲い掛かった。
「征西部隊の突撃の支援をする為には、まだ倒し続ける」
上段に構えた刀を振り落とし真は言った。
あとは、霧が晴れるのを待つだけだ。
●右翼
幾重もある堀を突破し、歪虚の陣地と思われる場所へと一行は踏み入れた。
柵すらもないが、堀と土手がそれらしい雰囲気を出している。
「おっしゃー! 暴れるぞでござるー!!」
喜々としてミィリアが叫ぶと槍を構えた。
ひたすらに敵を倒し続けるだけだ。槍を構えて突撃するとそのまま槍で薙ぎ払う。
「霧が深いから孤立しないように立ち回りに気を付ける必要がある」
「私は殲滅よりも攪乱を主体に動く。七葵殿、援護を頼んだ」
七葵の忠告に頷きながら真白は愛馬を操る。
罠の類はない。あるとすれば、堀だけだ。その堀も、いくつかは崩してきた。
「俺も堀の破壊に回るぜ」
質実剛健な作りのハルバードをぐるんぐるんと豪快に回しながら旭も堀を破壊していく。
征西部隊がどこを通るか分からないが、武家集団だって戦上手なはずだ。突破できる場所を選んでくるに違いない。
「それなら、私はミィリアさんと敵を倒しますね」
ヴァルナが精緻な装飾が施されているハルバードを掲げた。
同士討ちを避ける為、位置取りに気を配りながら渾身の力で武器を振るっていく。
右翼から迂回して敵陣地に達したハンター達は堀を壊し、敵を葬っていく。
「霧が……」
「少しずつ晴れてきているか」
真白が辺りを見渡しながら呟いた言葉の後を七葵が続けた。
「戦場全体でどう霧が薄くなってきたか分からないけど、これは、そろそろかもな」
幾つめになるか分からないが堀を破壊し、旭が顔を上げて本陣の方を見つめる。
霧でまだ見えないが、そう遠くないうちに霧が晴れると思った。
「それなら、このまま殲滅戦へと移行ですね」
「よぉーし! 倒しまくるでござる!」
ハルバートを振るいながら言ったヴァルナの台詞にミィリアが嬉しそうに叫んだ。
いっそ、このままここで、突撃部隊を迎えてもいいかもしれない、と思いながら。
●本陣
「要するにハンターは、捨石って事だよね」
しれっと鳴月 牡丹(kz0180)に言ったのはレベッカ・アマデーオ(ka1963)だった。
「捨てるつもりはないけどね。それに、それを言うなら、この部隊そのものが捨石だけど」
ニヤっと笑って牡丹が返す。
その台詞に周囲で話を聞いていた征西部隊の面々は「違いない」と笑い出す。
「まぁ、それはともかく、僕もレベッカ君の予想通り、霧は晴れると思ってるよ」
「……術とかで制御されてるなら、あたしらが全滅したって晴れないだろうけど」
だが、その可能性は低いはずだ。
牡丹は薄々感じていた。この霧はマテリアル異常が引き起こす異常気象のようなものだと。
「敵もそれが分かっている。だから、どこからでも攻められても対処できるように横陣を敷いている」
「良い読みだね、レベッカ君」
「中央のハンターが苦戦するのを知って送り出した……」
だから捨石と表現したのもある。
「それでも、彼らなら霧が晴れるまで持ちこたえると信じていたけどね」
笑みを浮かべる牡丹に、レベッカは苦笑を浮かべて魔導バイクに跨った。
馬上でハルバードを掲げ、春日 啓一(ka1621)が突撃部隊に振り返った。
「突撃を支援する続いてくれ」
先行するハンター達が囮や攪乱を行っているはずである。斥候に出たハンターから女将軍経由で陣地の詳細も把握した。
幾重にも堀があるとの事であるが事前に分かっていれば対処できる。それに陣地へと乗り込んでいるハンター達が堀を破壊している箇所もあるはずだ。
「さすがに霧が晴れたら繋がるだろうからな」
首からぶら下げたトランシーバーが揺れた。
「リク殿達、中央に先発した部隊と合流しつつ、敵陣を目指すかのう」
愛刀を確認しつつ紅薔薇(ka4766)がそう言った。
戦力を増強し敵陣を突破できるからだ。
「では、まずは、三列縦隊になってもらうのじゃ。妾が突破口を作る故」
「獄炎を打ち倒した我らの英雄の言葉だ! 突撃部隊、三列縦隊!」
瞬と名乗った青年が宣言すると突撃部隊は瞬く間に三列に並んだ。練度が高い証拠である。
歪虚王獄炎を打ち倒したのは紅薔薇一人の力ではなく、大勢の人々の力と奇跡によってなのだが、トドメを差したという事実は征西部隊の隊員にとっては大きいようだ。
「我ら突撃部隊。例え、罠があっても火に包まれようとも、紅薔薇様の後に続きます!」
青年が熱い眼差しを向けながら紅薔薇の手を取って力一杯握る。
「罠があったとしても皆を信じるしかあるまい。できる限り足を止めずに一気に敵陣を突破するのじゃ」
「はい!」
全員に向けて言った言葉だが、青年が威勢良く返事をしてきた。
助けを求めるように紅薔薇は啓一に視線を向けるが、啓一はトランシーバーの具合を確かめる振りをしている。
「よさないか、瞬。いつまでも出撃できない」
「そ、そうだったな、正秋」
パッと手を放す青年。見れば紅薔薇の手は真っ赤になっていた。
「申し訳ないです。瞬の一族は彼を残して全員、獄炎とその配下によって殺されていまして」
「そうじゃったのか」
つまり、仇を討った恩人という風に思われているのだろう。
いくつもの悲しみや苦しみが続いている。歪虚王獄炎を討ち取ったとしても、失ったものは返って来ない。ある意味、彼らはまだ獄炎と戦っているといっても過言ではないだろう。
「啓一殿。それでは道案内を頼むのじゃ」
「分かった。存分に刀を振るって構わないからな」
自身もハルバートを手にしているがそれを使う機会は来ないかもしれないと思った。
それほどまに、紅薔薇から発せられる雰囲気は圧倒的な勢いを持っていたからだった。
ハンター達の活躍により、霧が晴れた直後に突撃部隊が歪虚の陣地へと突撃。
強欲の歪虚勢力を蹴散らし、三百年越しの雪辱を果たしたのであった。
おしまい。
●100⇒94
戦い終えて戻ってきた時雨を希は抱き締めた。最初は驚いた時雨であったが無言で抱き返すと希の背中をポンポンと叩いた。
横ではアルラウネがホッとしたのか、優しい顔を向けている。
「時雨さん、聞いて下さい――私、決めました」
少女の声が耳に入って来る。
「――私達の大切な人を奪った歪虚達を、私は、残らず塵にさせます」
抑揚のない冷たい言葉が時雨の頭の中へ響いた。
ふと顔を上げると勝ったというのに険しい表情のままの征西部隊の面々の姿が視界に入った……。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鬼塚 陸(ka0038) 人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2016/05/23 06:30:04 |
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質問卓 春日 啓一(ka1621) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/05/22 03:01:55 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/05/21 22:06:37 |