潮干狩りと鎮魂祭

マスター:葉槻

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~50人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/05/26 22:00
完成日
2016/06/07 20:06

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●シーズンは大盛況
 昨年の春。珍妙な蝉っぽい何かの雑魔が居着いた事により、深刻な睡眠不足と騒音によるイライラに悩まされていた港町があった。
 しかし、見事ハンター達がその脅威を撃退してくれたお陰で、住民の安眠は取り戻され、全員が健やかに日々を暮らしていた。
 そのお礼も兼ねて、ハンター達を潮干狩りに招待したのは昨年の丁度今頃。
 船着き場から南へ下った所には砂浜が広がり、そこはこの時期、5月初旬から6月末ぐらいまでの約二ヶ月間のみ潮干狩り漁に一般開放していた。
 それはこの町にとって大切な収入源の一つであり、名物の一つでもあった。
 ハンター達からの口コミも広がり、今年は昨年よりもぐっと沢山の来場者に町は盛り上がっていた。
「いやぁ、今年は凄いね、お客さんの数が去年の倍だよ、倍」
 町の重役会議では、左うちわで紳士達がくつろいでいる。
「そうだな、アサリも豊作だし、何より今年は味が良い」
「あの訳の分からない雑魔が出たときにはどうなることかと思ったが……結果良い方向に進んでくれて助かったよ」
 重役達がほっとしたように、笑い合う。
「そう。あの蝉っぽい雑魔のことだが……鳴いていた、ということはオスだったのだよなぁ」
 ぼそりと、商店街の顔利きでもある見事なビール腹をした壮年の紳士が呟いた。
「どうだろうか? 雑魔にも性別ってあるのか?」
 知らないなぁ、と一同が首を傾げる。
「あんなに必死に鳴いていたのは、つがいが欲しかったからじゃ無いのか……?」
 切なそうに言う彼を見て、一同は(……あ……)を顔を見合わせた。
 そう、このちょっとロマンティストなビール腹の紳士もまた、独身であった。
「元はといえば、彼がこの町で大騒ぎを起こしてくれたお陰で今がある……彼を一度きちんと弔ってやってはどうだろうか」
 突飛な紳士の提案に、会議室はざわめいた。
「いやいや、雑魔だよ? アイツのせいで町中がどれほど迷惑を被ったかと……」
「しかし、ハンターの皆さんの活躍があってこその今の幸福だが、彼が来なければそもそもハンターの皆さんと縁を結ぶことも出来なかった……そう考えると、彼は縁結びの雑魔だったのかも知れない」
 涙目で遠いところを見ながらいう紳士を見て、一同が顔の一部を引きつらせながら言葉を失った。
「僕たちは彼に感謝をしてもいいのかもしれない、違うかな?」
 男のドリーマーな発想に戸惑うように重役達は顔を見合わせる。
「……そうだな」
 口火を切ったのは町長だった。
「今年はまだハンターさん達をお呼びしていなかったし、去年と同じ内容というのも芸が無い。今年は、あの蝉雑魔の供養を兼ねて歌や踊りを披露する催しでもやろうか……あの蝉雑魔の性質を鑑みるに、賑やかな方がよさそうかな? どう思う?」
「町長……! はい、僕も、そう思います」
 町長の申し出に、紳士は感極まったように声を上げる。
「では、キミ。詳細を纏めてハンターオフィスへ依頼を出してきてくれるかな?」
 紳士は嬉しそうに大きく頷くと、小走りで会議室を出て行った。
「……良いんですか? だって雑魔ですよ?」
 雑魔の鎮魂祭なんて……と顔を見合わせるメンバーへ、町長はカイゼル髭を撫でながら言う。
「どこかの国では『怒りを鎮める為に祀る』という風習があると聞く、それにあやかって歌や踊りを披露する場を設ければ、それはそれで賑やかしにもなるだろう」
「なるほど……確かに、ハンターとして各地を飛び回っている彼らなら色々な供養方法を知っているかも知れませんしね」
 町長の知見に重役達は納得し、早速会場設置へと動き始めたのだった。

 ――かくして、ハンターオフィスに一枚のチラシが貼られることとなった。


●おいでませ潮干狩り&鎮魂祭!
「……ということで、昨年同様、町がハンターの皆さんを潮干狩りに招待して下さるそうです」
 説明係の女性は、チラシを見て質問してきたハンターにざっくりと説明をする。
「普段ですと、料金が発生するそうですが、この日に限って、ハンターであれば無料招待だそうです」
 彼女はチラシを見て、注意事項を羅列した。

 【潮干狩りにご参加頂ける皆様へ】
 ・潮干狩りの道具(貝採り器具やバケツ)などは貸与可能
 ・服装は水に濡れても良いものを推奨
 ・干潮からの前後2時間(合計4時間)が潮干狩り可能時間
 ・捕った貝をその場で調理し、食べることも可能
 ・2cmより小さい貝は海に帰す
 ・海の家は通常営業中

「以上の事が守られていれば、楽しめるはずです。……あぁ、気になる方は日焼け止めとか熱中症予防とかは各自でされた方がいいかもしれませんね」
 泳ぐにはまだ水温が冷たい為許可が下りていないが、潮干狩りをしなくとも、砂浜で遊んだり、調理済みの海産物に舌鼓を打つなどしてもいいだろう。
「また、今年はあの例の蝉雑魔の鎮魂を願う催しも行われるそうで、こちら側への参加者さんも募集しているそうです」
 彼女はチラシを見て、追加の注意事項を羅列する。

 【蝉雑魔の鎮魂祭にご協力頂ける皆様へ】
 ・打ち合わせやリハーサルがありますので、潮干狩りには参加出来ません
 ・鎮魂の祭に用いる道具や衣装などはお手数ですがお持ちより下さい
 ・蝉雑魔は非常に煩い雑魔でした。賑やかに楽しく弔ってあげたいと運営委員は思っています

「折角のご招待ですから、くれぐれも常識ある範囲内で楽しんで来て下さいね」
 彼女はそう言うと珍しく「いってらっしゃいませ」と笑顔で送り出したのだった。

リプレイ本文

●10時 潮干狩り 解禁
「海だーっ! ボーナスステージだーっ!! ひぁうぃごぉ~お~!!」
 潮干狩りアイテムをゲットし(借り受け)た超級まりお(ka0824)が、元気よく叫ぶと心の中のブーストボタンを押して一気に砂浜をダッシュしていく。

「元気だなぁ」
 そんなまりおの後ろ姿を眩しそうに見つめた後、太陽へと視線を投げて「熱くなりそうだな」なんて独りごちているのはザレム・アズール(ka0878)。
 トランクス型の水着の上にシャツと、バッチリ装いは潮干狩りモード。自前で熊手、保冷ボックス、網も準備して来ており、真剣に挑もうという気迫が伝わってくる。
「お兄さんもハンターさん? 頑張ってね」
 開店準備中の海の家から声が掛かる。見ればパレオ付き水着の上に麻のシャツを羽織った女性(ワリと美人)が微笑みながらザレムへと手を振っている。
「ああ、ハンターだよ。でもシェフでもあるんだ。取った貝は家で料理しようかなってさ」
「良いわね。もし疲れたらいつでも遊びに来てね」
 投げキッスに、片手を上げてクールに礼を告げながらザレムは背を向け、心の中でぐっと拳を握った。
 緊迫してる任務の息抜きと思って来たが……いい。やはりセクシーな女性の水着姿は良い……っ!
 来て良かったと心から思いながら、後ほど必ずあの海の家で休んで帰ろうと心に誓うザレムである。
「やっぱり引潮の時間が良いね」
 ザレムは事前に仕入れてきた貝の生態について思い出しながら、僅かに盛り上がっているえ所や潮吹き穴を目印に探し、上から5センチぐらいの所を掘って、返す。
 掘って、返す。
 掘って、返す。
 小さいものはその場で返しつつ、大きいものだけを次々に網へと入れて行く。
 こうしてザレムは黙々と貝を集めて行ったのだった。

「……おー、海だ。潮風が気持ちいいな」
 「な?」と鳳凰院ひりょ(ka3744)が声を掛ければ、気持ちよさそうに潮風に髪を遊ばせていた鳳凰院瑠美(ka4534)も「うん」と笑った。
「せっかくだし、どっちが沢山貝を採れるか競争しよう! お兄!」
「望むところだ」
 妹の瑠美の分まで潮干狩りセットを借りて来ると、ふたりは笑い合いながら波打ち際へと歩いて行く。

「足元気を付けてね」
「ふふふ、ありがとう」
 カイ(ka3770)が差し出した手に、フェリア(ka2870)も微笑みながら手を重ねる。
「たんぽぽさん、潮干狩り、初めてなんでしたっけ?」
「そうなの。だから、エスコートよろしくね?」
 フェリアの美しい微笑みに、のぼせたように見とれていたカイだったが、「カイ君?」と名を呼ばれて我に返る。
「もちろんです! 任せて下さい!!」
 力強く自分の胸を叩いて(ちょっと力が強すぎて痛かったりしたが、それを覚られないように)、フェリアの手を引いてカイは波打ち際へと走り出した。
「ちょっと、待って、カイ君!」
 潮風に揺れる髪を抑えながら、カイの導くままにフェリアも走り出した。

「いちち……無理しちゃったな、潮風が身にしみるぜ」
 藤堂研司(ka0569)の全身は傷だらけである。
 研司も先日の大規模作戦で重体を負った身でありながら潮干狩りと聞いて参加した者の1人であるが、ワークスマンキャップに褌一丁という漢らしすぎる装い。突き抜けていていっそ清々しい。
 しかも、全身傷だらけではあるが、元々均整の取れた筋肉質な体型である為、その肉体美はリアルブルーで有名なあのミケランジェロのダビデ像を連想させる。……帽子+褌一丁だが。
「さあ、貝拾いと洒落込もう! 大漁だといいな!」
 無理はしない程度に。全身を焼く陽の光と駆け抜ける風、素足に掴む濡れた砂の感触、耳に心地良い波の音を楽しみながら研司はアタリを付けた場所で砂を掘り始めた。

 片手に潮干狩りセットを握り締めた4人の鬼が、素足をちゃぷちゃぷと寄せる波に浸しながら海を見ていた。
「さて、たまにはこうしてのんびりとするのもいい……」
「っしゃー!! 採れ立て新鮮な貝を腹いっぱい食うぞー! ユキトラ、どっちが沢山取るか勝負だー!」
「おうよ、勝負ってなら望む所だィ。目指せ大漁ってな。海も潮干狩りもあんま馴染みがねーけど、全力で楽しむぞっ」
「ちょっと、2人とも?」
 マシロビ(ka5721)の『【千鳥】のみんなとのんびり海を楽しもう計画』は鎬鬼(ka5760)とユキトラ(ka5846)の競争が始まった時点で破綻した。
 がっくりと肩を落とすマシロビの横で、静かに一青 蒼牙(ka6105)が微笑った。
「……まったく、鎬鬼様は……あぁ、鎬鬼様、ユキトラ。アサリは浅い所にいるから、この熊手を使って……」
 蒼牙がレクチャーに行くのを目で追って、そのままマシロビは空を仰いだ。
 快晴の空に時折白い雲が夏の始まりを感じさせる。
「……そうですよね……このメンバーで『のんびり』とか、ないですよね」
 降り注ぐ日差しにチリチリと肌が焼ける感覚。時折吹き抜ける潮風が気持ちいいなーなんて少しだけ現実逃避に走ってみるマシロビだった。

「なんだリッチー、そなた掘らんのか?」
 しゃがみ込み、すちゃっと借り受けた熊手を顔の横で構えて、「いざ! サザエとの邂逅!!」と気合いを入れたダリオ・パステリ(ka2363)だったが、隣のアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が立ったままなのに気がついて顔を上げた。
「ンー。チョット怪我がネ」
「痛むのか?」
「いいや? 痛いのは別に平気ダケレド、血で汚したりは良くないダロウシ」
 ニコニコと笑っている表情からは実際怪我を押して来ているようには見えないが、実際重体を負ったばかりだったか……と思案顔になるダリオが、はっと何かに気付いて目を剥いた。
「なんと……潮干狩りとは傷口が広がるほど激しい動きが必要なのか……!」
 早とちりして独り衝撃に口をぱくぱくさせているダリオを見て、いやいや、とアルヴィンは手を横に振る。
「そうじゃないはずダケレド……そうダネ。パッティーも一緒ダシ、折角ダカラ挑戦してみようカナ」
 ゆっくりとしゃがみ込み、ダリオと同じように顔の前で熊手を構えて笑う。
「うむ。万が一リッチーが倒れるような事があれば、それがしが責任を持って家まで送り届けるゆえ、安心して全力で挑むがよかろう」
「わー、それは安心なんダヨー」
 ダリオの中で若干(?)ずれた認識を正すことは早々に諦めたアルヴィンが笑いながら、サクッと砂に熊手を差し入れた。

「ねぇ鬼多くない? もうこれ角で掘ればいいんじゃない?」
「……墨城。君にしては冴えた意見ではないか。存分に堀りあぐねるがいい」
 道中見かけた鬼の一行と、今現在も潮干狩りに勤しむ鬼の者達を見て、スタイリッシュに皮肉を口にする墨城 緋景(ka5753)とその皮肉に皮肉を投げ帰す蛙面を被った男、三里塚 一(ka5736)。
「やだよ、ボクはたくさん貝を掘って食料にするんだー」
 着物姿に笠、裸足姿と熱中症対策もばっちりな緋景は手に持ったスコップをぶんぶんと振り廻す。
「さぁて、食費が浮くほど採れれば良いのですが」
 紅一点の黒耀 (ka5677)も、浴衣の袖をたすきで巻くしあげ、裾は太股あたりで結い上げて潮干狩りに挑む姿は万全だ。
「ニノさんそれ、熱中症にならない?」
 じりじりと徐々に上がってくる気温に、一の蛙面を見て首を傾げる。
「全くです。見ているこっちが暑苦しいというもの」
「私のこれは諸君、紳士の嗜みというものだ。何か問題があるかね?」
 来ているスーツの襟を正しながら、胸を張る一。
 『違う、そっちじゃない』と2人は思うものの、蛙面を被っていない一はもはや三里塚一ではない気もする。
 むしろ道ですれ違っても解らないだろう。声掛けられても信じないかも知れない。
 「やぁ」とか言われても「「誰!?」」と2人揃って言いそう。きっと言う、いや絶対。
 だからまぁいいやと2人は追求を諦め、程よい波打ち際へと歩いて行く。
「狙うはアサリ、そして蛤。他にも貝類なら歓迎です」
「あー、黒さん見て見て、ヤドカリー」
「捨てておきなさい」
「えー、可愛いのn……ぎゃあああああ! 指っ! 指っ、いったーぁ!!」
 ヤドカリに指を挟まれて悲鳴を上げる緋景を、黒耀と一は冷ややかに見つめ。
「むしろそのままヤドカリを引っ張り出して、君がそこに住めばいいのではないのかね」
「流石に入らないよー」
 一の皮肉に、涙目で挟まれた左の人差し指をぎゅうっと握り込みながら答える緋景だった。


●11時 海の家 オープン
「ほー、どれもうまそうだな」
 焼き場で焼き貝にたらりとしょう油を落とした物を数個小皿に取り分けて貰い、冷えたエールを片手にテーブル席に着くと、劉 厳靖(ka4574)はぱくりと一つ口に入れた。
「んぉ、うんまひ」
 香ばしい香りと程よい塩分が貝からしみ出る旨味と合わさり格別なハーモニーを奏でる。
 そこにエールをグビグビっと飲めば……
「っぷぁーーーーあ! これだよ、これ!!」
 五臓六腑に染み渡るような多幸感に、劉は視線を青い空へと飛ばす。
「あー……生きててよかったぁ」
 他にも海の家には美味しそうな魚貝料理が並んでいた。流石に全部を制覇するつもりはないが、素材の味がいいためどれを取っても正解だろうと劉は今から楽しみでならない。
 ふと、見知った姿を砂浜に見つけ、目を凝らす。
「あれ……ダリオじゃね?」
 一緒に依頼に行ったこともあり、共通の友人も多いダリオの姿を見つけて劉はぐびぐびとエールを呑みながら思案する。
「んー……後で声掛けてみっか」
 とりあえずはひとり、この至福の時間を堪能しようと次の貝に手を伸ばす劉だった。

 劉の横のテーブルでは天央 観智(ka0896)がオススメだと言われた海鮮塩焼きそばをもきゅもきゅと頬張っていた。
「お兄さん、飲み物は?」
「えーと、ではお茶で」
 観智はこういった場で、色んな人の動きを見るのが好きだった。
 働く町の人々。砂浜で遊ぶ人々。潮干狩りをする人々。自分のように海の家でくつろぐ人々。
 時折、色々と巻き込まれてみるのも楽しいし、今のように一歩退いた所から見るのも楽しい。
 塩焼きそばはシンプルに美味しいし、お茶のほのかな甘みも美味しい。
 時折駆け抜ける潮風は心地よく、踏む砂の感触は童心に返って素足で踏み荒らしたくなる程懐かしく、楽しい。
 波音と初夏の日差しを感じながら、この海の家で昼寝をするのも贅沢かも知れない。
「平和は良いですよね。こういう日々が、続けば良いのですけれど」
 今日の予定は真っ白だ。
 だからこそ、自由に楽しめる。
 観智は塩焼きそばを完食すると、お茶をすすりながら次はどうしようかと思案するのだった。

 貸出用の大きなパラソルの下。閏(ka5673)が持ってきた大きなレジャーシートの周囲には【浜辺鬼】、9人の鬼達が集っていた。
「朝から作ったお弁当、頑張っちゃいました! お握りも沢山です」
 閏の掲げる手提げを見て、一同が「おぉー」と感嘆の声を上げる。
 そんな賑わう群れからそっと抜け出す影を見つけて、閏は声を掛けた。
「丸さんはちゃんと安静です、わかりましたか?」
「おぅ」
 閏を見ることもせず、万歳丸(ka5665)はひらりと手を振って独り人気の無い波打ち際の方へ歩いて行く。

 カガチ(ka5649)と残月(ka6290)は広大な青海原を見つめていた。
「海は何度見ても心にくるものがあるな――壮大なものは良い」
「これが海……百聞は一見に如かずとはこの事よ。あの水の底には如何なる景色が広がっておろうの」
 初めて見る海を見て、むくむくとわき上がる好奇心を抑えずカガチが問う。
「媛は海初体験か……水底が気になるのか?」
 可愛い妹を見るような目で、微笑めば、むぅ、とカガチはジト目になって残月を見返す。
「残月、なんじゃその目は」
「水温が低そうだから、確かめに行くのは辞めた方が良い」
「確かめるとも確かめよとも言うておらぬ……言うては、おらぬ」
 だが、目は口ほどに物を言う。
「なんだ、私が行くのか?」
「残月も気になるであろう?」
「いや、私は別に……わかった、行っても良いが、もう少し海が温かくなってからな」
 本格的にむくれそうになったカガチに、残月は笑いながら応えた。

 重傷の身を押してこの海へやってきた門屋 銀(ka5680)は共に酒を酌み交わしている帳 金哉(ka5666)の視線が左右を彷徨っている事に気付いた。
「おい、何をキョロキョロしてんだ」
「酒も美味いものもあるに、女の姿が無いではないか……まぁ友とかわす杯も悪くはないがのう」
「女は探さんでいい、女は」
 ぶすっと仏頂面になって銀が言うと金哉は楽しそうに「くくく」と喉の奥で笑う。
 そんな金哉の様子をじぃっと見つめる視線に気付き、金哉が視線を上げる。
「ほれ、どうした凰。こっちにこい、これが美味いぞ」
 呼ばれて、ぱぁっと花が咲くように顔を綻ばせて駆け寄ってきたのは凰牙(ka5701)。
「兄さんが勧めてくれるなら食べるよ! 俺!」
 子犬のように駆け寄ると、金哉の横にちょこんとお行儀良く座った。
「海、泳ぎたかったな。俺、泳ぎは得意なんだ」
 海開きしていない海ではまだ泳いでは行けないと言われ、残念そうにしょげる凰牙の頭をぽんぽんと撫でて金哉が微笑む。
「おい鳳、いくら泳ぎがうまいからって準備も無しに入るでないぞ、海は危険だ。まぁ、俺ほどにもなればいかなる場合も泳ぎ熟して見せるがのう!」
「流石兄さん! 泳ぎも達人級なんだね!」
 キラキラと憧憬を隠さない純粋な瞳で金哉を見る凰牙に、呵々と笑いかける金哉を銀はジト目で見つめる。
(泳げもしねえくせに何を言ってんだあいつは。……まぁ、顔を潰すのも何だし黙っておくか。まさか潮干狩りに来て酒を飲んで海に入ることもねぇだろう)
「何か言いたげだのう? 銀の字や」
 ものっすごく言いたい事が全部顔に書いてあるのだが、さらっと無視して金哉は敢えて問うと、銀は「別に」と視線を逸らして盃に口を付ける。
「海! 我、海で泳ぐの初めてヨ!」
 そこにきゃぁきゃぁと黄色い声を上げてはしゃぎながら飛び込んで来た紅 石蒜(ka5732)金哉の旗袍の裾を引く。
「あぁ、ハイハイ。閏と遊んでおいで」
「閏は忙しいアル。金哉、一緒に遊ぶアル」
「ほぅ。俺も銀の字と酒を呑むのに忙しくてのう」
「うぅ、金哉、冷たいヨ!」
「ンの……くそがきがギャァギャァうるせぇ」
 傘の陰でごろりと横になっていたセンダン(ka5722)が怒鳴りつけると、ぴゃぁっと紅は走ってどこかへと逃げていった。
「あーあぁ。センダンはまっこと女子供に優しゅうないのう」
 口元を隠してくすくすと嗤う金哉の、その笑い声と仕草にカチンと来たセンダンは、むくりと無言で起き上がると、金哉をひょいと抱きかかえた。
「ほぁっ!?」
「にいさっ!?」
「あれ」
 そしてそのまま砂浜を歩いて行くと、じたばたともがく金哉を海に向かって放り投げた。
「ぎゃーっ!?」
「にいさぁぁぁぁ!!!」
「あ! コラ、セン! 金哉くんを投げ飛ばすんじゃありません!」
 騒ぎに気付いて閏が慌てて駆けつける。
 がぼがぼと溺れている金哉を見て、閏は声にならない悲鳴を上げた。
「金哉くん、待ってて下さい、すぐ助けに行きますから!」
 そう言いつつ、服を着たままずぶずぶと海へ入っていって……転けた。
「あ、閏まで溺れた」
「わーっ!? 待っててけろ! いまオラが助けにいくべさ!」
「何の騒ぎじゃ?」
 カガチと残月が首を傾げながら、波打ち際へとやってきた。
「バカガチ! 見てわがんねぇか! にいさが溺れとっ……」
「落ち着けい! 水は浅い。俯せて膝を着いて手を突っ張ってみろ、すぐに立てるっ」
 残月の凛とした声に、閏と金哉はほぼ同時に膝立ちの姿勢からざばぁっと立ち上がった。

 ……
 …………
 ……………………

 カガチの笑い声が辺り一帯に響き渡り、取り乱した凰牙の方言混じりの泣き言がそこに被せられ、金哉のセンダンを呼ぶ怒声がそれら二つをかき消し、太陽はそんな鬼達を燦々と照らしていた。

 その後、紅は見つけた綺麗な貝殻を持ってカガチと残月の所に閏と共に挨拶に行き、残月もまたカガチが世話を掛けているなと丁寧に頭を下げるものだから、カガチがむくれて見せたり。
 金哉の後を追ってはしゃぐ凰牙を見て、カガチが「柴犬のよう」と喩えれば、まさしく忠犬のように金哉の前に立って牙を剥き「兄さんに近付くな! あっち行ってろ!」と凰牙が毛を逆立てて言うのでからかって遊んだり。
 そんなカガチと凰牙をみて「呵々、何だお前ら仲が良いな!」と金哉が笑えば、凰牙は泣きそうになりながら全力で否定したり。
 うっかり寝てしまったセンダンと銀と閏は気がついたら砂に埋められていて、閏にいたっては砂でナイスバディにデコられていて。
(なお実行犯は紅とカガチと残月の3人だったが、見て見ぬふりをした金哉と凰牙も共犯といえば共犯である)
 怒ったセンダンが再び金哉を海に落とそうとするものだから大騒ぎになったり。
 そんなこんなで鬼達は時間ギリギリまで海での遊びを満喫していた。

 万歳丸はそんな鬼たちの賑やかなやり取りを、防波堤代わりの石垣の上にひとり座って見るとも無しに見ていた。
 星の傷跡で初めて手酷い怪我を負った。潮風がチリチリと傷に染みる。
 閏たち、親しい鬼たちに誘われて海まで来たものの、その輪の中で積極的に楽しもうとするには、先の大戦で負った傷が大きすぎた。
 話しかけられれば愛想よく対応も出来ようが、心の裡は常にここにあらず――戦場に飛んでいた。

 自分は強いと思っている。妖怪の王だって投げてみせよう。だが――斬られた。
 ――強く、ならねェと、な。
 奴らは正しく「王」だった。

 砂地に飛び降りると、暴食王の動きを反芻し、体と記憶に叩き込み、技として昇華する。
 今日まで『万歳丸』はそうして強くなり、そうして生き抜いてきた。
 空へと突き出した傷だらけの拳をそっと引き寄せて開くと、じっと手の平を見つめる。
 鬼たち。それから、ニンゲン達を見て、嗤う。
「――未来の大英雄が、このぐらいで退いてたまるかよ」 
 負った傷の分だけ強くなり、どんな相手であろうと退かず、媚びず、立ち向かう。
 天下無双の大英雄、万歳丸は大海原を前に気持ちを新たに引き締めたのだった。


●12時 潮干狩り 昼休憩
 恐らく今が1番潮の引いたタイミングなのだろう。
 ひりょは足首まで水に浸しながら、丁寧に貝を掘っていた。
 気になって妹の方をみれば、瑠美は潮の引いた砂地を掘っているようだった。
「どう?」
「結構採れたよー!」
(たまにはガス抜きもしてやるのも兄の務めか……)
 出不精の妹が、顔に砂を付けながら楽しそうに貝を採っているのを見て、ひりょは連れてきて良かったと微笑う。
「結構沢山採れたし、このくらいでいいんじゃないか?」
 2人合わせればなかなかの量だ。暫くアサリ料理には困らなくて済みそう……むしろ傷む前に食べるのが大変そうな量だった。
「……小さいの、ちょっと返そうか」
「そうだね。……んーやっぱりお兄の方が多いかなぁ」
 負けちゃった、と呟く瑠美を見てひりょは笑う。
「でも、粒の大きさはるーの方が大きいの多そうだよ」
「そうかな……」
「だから、引き分け」
「……うん!」
 笑顔になった瑠美を見て、ひりょは大体半分の量までアサリを返すと立ち上がった。
「向こうで調理出来るんだって。お昼だし、ご飯食べようか」
「……うん!」
 2人は仲良くならんで海の家へと向かうのだった。

「むぅ……サザエがみつからん」
 採れたアサリを見つめ、砂浜を歩くヤドカリを捕まえては海に投げ戻しながらダリオが肩を落とす。
「んー……サザエはレアキャラなのカナ?」
「なるほど、だから偶に街で見かけても高価なのだな……是非にもサザエをゲットしたかったのだが」
 大真面目にアルヴィンの言に頷きながらダリオが顔を上げる。
「そこそこ採れたし、時間的にもお昼ダカラ、休憩にしようヨ」
「そうだな……腹が空いては何とやらだ。ではこの採れた貝を早速調理いたそう」
 ダリオの同意を得て、アルヴィンが立ち上がると、帽子に褌一丁の全身傷だらけだけれど、多分見知った顔を見つけ、そろりとその後ろに付いた。
「藤堂氏?」
「!? ……あぁ、アルヴィンさん……ダリオさん」
 アルヴィンの姿とその奥にダリオの姿を見て、研司も目を瞬かせた。
 この3人、共通の友人も多いし、何度かすれ違っているはずだけれども、こうして直接声を交わした回数は多くない。
「1人ナノ?」
「そう、ちょっと怪我しちゃったからね。のんびりしようと思って」
「あはは、僕もダヨー」
 ひらひらと手を振ってアルヴィンは楽しげに笑う。
「それがしたちは今から昼餉にしようかと言っていたのだ。もしよければ一緒に飯でもいかがか?」
「あ、もうそんな時間なんだ? なら、蒸し焼きでも作ろうと思って準備して来たから、体力のある内にやっちゃおう。よければ一緒にどう?」
「わぁ! 藤堂氏のご飯! ヤッター!」
 アルヴィンが子供のように喜び、それを受けて研司は照れくさそうに笑う。
「そんな大したものじゃないよ?」
「でも美味しいって評判ダヨー! 楽しみダネ」
「あぁ、では宜しく頼もう」
 3人は共通の友人の話をしながら、海の家へと向かっていった。

「サボらない! はい、ちゃっちゃと砂を掘る! 貝を採る!!」
 黒耀に首根っこを押さえられ、ある意味蛙面を人質ならぬ“モノ質”にされた一は物凄く不服そうに、それでも砂をしゃくしゃくと掻いた。
「黒さんはどの位採れた?」
「はい」
 黒耀はどしっと網いっぱいの貝を持たせ、緋景は驚きに目を丸くする。
「凄い!」
「蛙もこのくらい採れたら解放してあげます、さぁ、ちゃきちゃきと手を動かしなさい」
「こんなに貝ばかり採っても調理する前に悪くするぞ」
「心配ご無用。保存食への作り方もマスターしました」
「凄い!」
 結局、“モノ質”の前に屈した一、黒耀と緋景は大漁の貝をゲットすることに成功。
「では、昼食を取って帰りましょう」
 ぐったりとした一の首根っこを掴んで、今度は海の家へと突き進む。
「放したまえ、自分で歩ける! ……まったく、君がこんなに貝に対してがめついとは知らなかった」
 スーツの襟を正しながら、一は酷い目に遭ったと嘆く。
 緋景はそんな2人を横目に採った貝の中でも大きそうなのを一つ選び取ると、火炎符で表面を焼いて、貝を石で叩き割るとちゅるっと身を啜った。
「ぐあっ、じゃりじゃりぃ……しかもナマ焼け……」
「墨城君は鬼では無くてラッコか何かなのかね?」
「らっこってなに?」
「……あぁ、なんでも無い気にしないでくれたまえ」
「ほら、行きますよ」
 少し進んだ所で黒耀が2人を呼んだ。
「あ、ほら、ニノさん、行こう」
 緋景が笑いながら先に駆けていく。
 それの背を見ながら、一はやれやれと溜息を吐いた。
「ああまったく。面白いというから屋敷から出てやったのだ。当然なにかしらで楽しませてくれるのだろう?」
 蛙面の中で口角を上げて、一はゆっくりと2人の後を追う。

 ――なお、ここで採ったアサリと塩抜きしたアサリの交換を拒否した墨城によって、一の屋敷が砂だらけになったり、塩抜きする過程で周囲に塩水が飛び散り大事な符がずぶ濡れになったり、砂だけの貝が混じっていたお陰でアサリのパスタがじゃりじゃりになったりするのだが、それはまた後日、別の話。


●13時 潮干狩り 突撃隣の昼ご飯
「これすげー! 掴んだらなんか出た!」
 どこかからか拾ってきたナマコを手に鎬鬼が嬉しそうにマシロビに見せる。
「鎬鬼様、何でナマコとってきたの……」
 蒼牙が困ったように肩を落とし、マシロビが額を抑えて、びしぃと海を指差す。
「このナマコは食べられるかわかりませんし……返してきましょう!」
「あと、わかめも拾ってきたぞ!」
「うん、これも食べられないので、やっぱり返してきて下さいね」
 にっこりと笑う(でも間違いなく怒りのオーラが出ている)マシロビを見て、鎬鬼は「はーい」と素直に従った。
「見て見て!」
 ユキトラが凄くいい笑顔で鎬鬼とマシロビと蒼牙を呼んだ。
「じゃーん!」
 そこには大きな深い穴が出来上がっていた。
 恐らく這い出てくるのに苦労したのだろう、かなり砂を掻いてもがき出た跡があった。
「……なんでこんなに深く掘ってるの……」
「……通りで姿が見えないと思ったら……」
 「すげぇ!」と瞳を輝かせた鎬鬼の横で、蒼牙が再度肩を落とし、マシロビは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「でも貝見つからなかったから、オイラの負けだ」
「いや、こんな短時間でこんな大きな穴が掘れるなんてすげぇよユキトラ!」
「……でも、このままだと他の人に迷惑だし危ないから、埋めようね」
 蒼牙の言葉に、鎬鬼とユキトラが「「えー」」と声をハモらせ、ふてくされる。
「埋め終わるまでご飯抜き」
「「えぇーーー!?」」
 マシロビの言葉に鎬鬼とユキトラは悲鳴を上げて、ようやく穴を埋めることに同意したのだった。
 2人がせっせと穴を埋めている間に、マシロビは採れた貝の一部を砂抜き済みの貝に交換し、残りは自分の手で砂抜きし始めた。
「何を作るの?」
「シンプルに素焼きと、折角だから海鮮焼きそばも作ろうかなって」
「じゃぁ、お味噌汁ぐらい作ろうかな? 酒蒸しまで作ったら多いかな……」
「大丈夫じゃないでしょうか」
 そんな2人の会話の後ろで「うおああ」「ぶわっ!? こいつ水出した」という声が上がる。
「鎬鬼様、ユキトラどうした?」
 ユキトラと鎬鬼が砂吐きの際に水を出す貝を見て驚いていた。
 蒼牙からしたら当たり前の事なのだが、2人にとっては驚きの新発見だったらしい。
「これやらないと、ジャリジャリしてアサリが美味しくない……って聞いてる?」
 にゅぅっと延びては水を吐く貝を見て、突いてみたり、水を掛けられてはしゃいだりしている2人をみて、蒼牙は目を細めた。
「皆さん、出来ましたよ!どうぞ、召し上がってください!」
 無事マシロビと蒼牙が作った料理を前に、そわそわと落ち着きがなかった2人が揃って「いただきます!」と叫ぶように言うと料理へとがっついた。
「これめっちゃ旨い! 二人共良い嫁になれるぞー!」
 鎬鬼の言葉に蒼牙はすごく微妙な表情をして見せたが、マシロビと共に「ありがとう」と受け止めておく。
「へっへー、やっぱ出来立ては格別だよなァ。また食べに来ようぜっ」
 ユキトラの言葉に頷き、楽しい一時を過ごした【千鳥】の4人だった。

 ひりょと瑠美の二人は、昼食時に賑わう海の家に腰を落ち着けた。
 ひりょが七輪で焼いてくれた貝を瑠美は美味しく頬張る。
 貝の旨味と何の味付けもしていない、天然の塩味が絶妙で瑠美の顔は自然と綻んだ。
「何だか小さい頃を思い出しちゃった」
「小さい頃?」
「うん、まだリアルブルーにいた頃……」
(こっちの世界へ来てからしばらく経つけど……、あっちの皆はどうしてるのかな?)
 懐かしく思う程にはこちらになじんだ、ということなのだろうか。
 瑠美ははっと顔を上げると、ひりょが心配そうな顔で自分を見ている事に気付いた。
「お兄、これ凄く美味しいね! 食べないなら私が全部食べちゃうんだから!」
「るー……、全部食べるんじゃない」
 焼けた海老も貝も全部皿に取って、口へと押し込もうとして「熱っ!」と慌てる瑠美に、コップを手渡しながらひりょはしょうがないなぁと笑う。
「私もお兄の分、焼きたい」
「え? いいよ、危ないし、俺がやるから」
(るーには任せられん。家事全くやらないからなぁ…)
 なんてことをひりょが思っているとは露知らず。
「ぶー。もう私子供じゃないもん! た、多分、出来るもん!」
「折角町の人達の好意で食事させてもらってるんだから、せめて怪我無く楽しんで帰ろう」
 そう言われては返す言葉が見つからず。
 瑠美はふてくされつつも焼き上がる魚介を食べることに集中することにした。
「鎮魂祭も見て行く?」
「うん」
 家で待つもう1人の妹へのお土産も準備出来たひりょと瑠美は、ゆっくりと食事を楽しんだ後、鎮魂祭まで海の家で休むことにした。


●14時 潮干狩り 禁漁時間へ
 大漁のアサリをゲットしたまりおは満足げに海に向かって立っていた。
 あとはカメがいれば最高なのに……なんて思っていたが、彼女の場合カメは助ける対象ではなく蹴るものだ。
 ゆえに、やっぱりこの場にいなくて良かった、などとりとめのないことを思いながら、まりおは砂山を駆け上り、ジャンプして自作の旗を掴み取ると砂浜を後にした。

 もう殆ど人のいなくなった砂浜で最後まで潮干狩りをしていたのはカイとフェリアだった。
 カイの丁寧なレクチャーのお陰でかなりの量のアサリを2人で採ることが出来ていた。
 2人だけでの昼食も終わり、カイは幸せな気分でフェリアの手を取って波打ち際を歩いていた。
「だいぶ潮が満ちてきましたね。気を付けて下さい、一端始まると潮が戻るのは早いんですよ」
「そうなの? カイ君は本当に色んな事をよく知っているのね」
 フェリアに微笑まれる度に、カイは頬を染め、胸の高鳴りを感じる。
「ねぇ?」
 呼ばれて振り向くと同時に、カイの唇には柔らかな感触が押しつけれた。
 それは一瞬で。でも、気が遠くなるほど長く。
 優しい香りと、頬を挟むように置かれた両手が冷たくて気持ち良くて、カイは瞬きをするのも忘れてフェリアを見つめていた。
「誕生日、おめでとう。カイ」
「……え?」
 不意打ち過ぎるキスと、言われた言葉と呼び捨てられた名前がまるで結びつかなくて、カイは呆けたようにフェリアを見る。
「私のキスでは不足かしら?」
 目を細め、猫のように微笑うフェリアと、その弧を描く唇を見てカイは耳まで赤くして言葉を紡げず戦慄く。
「遅くなってごめんね」
 謝罪の言葉に大きく首を横に振って、カイは「ありがとうございます、たんぽぽさん」と蕩けそうな笑顔で告げた。
 そしてそのまま、ゆっくりとフェリアを正面から優しく抱きしめた。
 カイが何か言いたがってるのが伝わってきて、でもフェリアは敢えて問わずに待つことにした。
 それは余り良い内容では無さそうなのも察していたから余計にフェリアは何も言わずに目を閉じた。
 カイの体温と波の音のような心音に耳と身体を預けて。
 この時間が続けば良いのにと、小さく願った。

●15時 鎮魂祭 開式
 エステル・クレティエ(ka3783)は舞台に立つと、フルートを構えた。
 全体のバランスを見るための打ち合わせで、トップバッターを任されることになった時には緊張で脚も震えた。
 最近の依頼では色々あって気持ちが尖っていたのもあり、別の人にと最初は申し出た。
 しかし、この祭りを成功させようという人々の思いに根負けし、念入りな打ち合わせのお陰で今では随分緊張もほぐれて、次第に気持ちも落ち着いていた。

 ♪~

 静かな音色が海に、砂浜に、人々に満ちる。
 別の海辺のお祭りに行った兄と親友へ。
 同じ空の下、繋がる海、どうぞ届きます様にと祈りを込めて。

 鳥の鳴き声、波の音。
 魂が溶けて、安らかに眠れます様に。

 エステルの笛の音は彼女の心のように澄み渡り、波の音に溶けていく。
 誰もが静かに笛の音に耳を傾けていた。
 透明で優しい音が止み、エステルが唇を静かに放した。

 次の瞬間、わぁっと人々から拍手が巻き起こった。

 エステルは予想以上の人々の反応に一瞬身じろぎしたが、丁寧に頭を下げて舞台を下りた。

「とっても素敵だったヨ!」
「うむ、とても心地の良い音色であった」
「アルヴィンさん、おかしらさん!」
 舞台を下りた先ではアルヴィンとダリオが待っていた。
「お怪我は大丈夫なんですか?」
「うん、もうぜーんぜん」
「治っておらん」
「え?」
「もー、パッティーったら、バラしちゃダメ」
 きゃらきゃらと笑うアルヴィンに、ダリオが渋い顔を向けるが、エステルを見て力強く頷いた。
「よい笛の音であった」
「有り難うございます。……あ、そうだ」
 練習後に拾った貝殻を掌に乗せて、アルヴィンへと手渡す。
「お見舞いです。お大事にして下さいね」
「ありがとーなんダヨー」
 キレイだねーと笑うアルヴィンを見て微笑んでいたエステルのお腹から「ぐー」とわりと大きな音が響いた。
「……」
「……今の、エステル嬢?」
 顔を真っ赤にして俯くエステルを見て、ダリオが堪えきれなくなって声を上げて笑った。
「酷いです、おかしらさん、そんなに笑わなくても……!」
「いや、すまぬ。もう出番はよいのか? ならば飯でも食いに参ろう」
「あっちで、藤堂氏がお料理教室やってるんダヨー」
「え? お料理教室???」
 こっちこっちとアルヴィンに手を引かれて、エステルは小走りにその後を付いていく。
 その後ろでひとしきり笑いきったダリオがゆっくりと後を追い始めた。

 エステルの次に舞台に上がったのは、あまり見慣れない形の巫女装束に身を包んだ明王院 穂香(ka5647)だった。
 穂香は静かに祈りの言葉を口にした。
 そして王国西部における鎮魂の祈りを簡略化することなく指先一つまで神経を集中させて捧げていく。
 その美しい所作が人々の目を釘付けにしていく。

 蝉の雑魔を供養してあげたい……ですか。
 雑魔と言えど、供養をしてあげようという気持ちを持てる……
 優しさや慈悲深さがある方々なのだとすれば好意が持てますね。

 ぱたりと汗が舞台に落ちる。
 それでもその過酷さを感じさせない優美な動きは、穂香の持つ驚異的な信仰心と持久力の成せる技だった。

 王国の浄化術の作法に則った儀式は、初めて見る者の方が多かったが、どこか懐かしく、なにより清廉された美しさを伴っていたため、人々は知らず知らずのうちに一緒に祈るようになっていた。

 どうぞ安らかに。どうぞ鎮まりたまえ。
 どうぞ次にはよいご縁を。どうぞ次には幸せな生涯を。

 そして身近な誰かの幸せを祈る。
 自然の恵みに感謝し、世界の平和を祈る。

 穂香が祈り終えた時、周囲には静謐な空気が流れ、誰もが心穏やかな気持ちになっていた。

 穂香が作りあげた一種独特な空気を、リズミカルな太鼓の音が変えて行く。
 骸香(ka6223)と鞍馬 真(ka5819)が揃って舞台に上がると、真が太鼓に合わせて横笛を奏でる。
 それは、最初は静かに。
 しかし徐々に、徐々にリズムを早め、人々の心を浮き立たせていく。
 お祭りそのものが初めてだという骸香に、こういう楽しいお祭りもあるのだと知って欲しくて誘った真だったが、打ち合わせ中から骸香はとても楽しそうで。
 今も、真の笛の音に合わせて自然に身体を揺らしながら、真を見つめて『一緒に歌えたり出来るの嬉しい』と笑っている。
 真も頬を上げて楽しいという気持ちを全面に押し出しながら笛の音を奏でる。
 散って行った蝉たちに届きますように……そんな想いも込めながら。
 骸香が大きく息を吸い、歌を紡ぐ。
 それは真と骸香の2人で作った即興の鎮魂歌であり、生きている喜びを歌うものであり、日々の感謝の歌だった。

 ありがとう。
 ありがとう。
 生まれてきてくれてありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 君を忘れない。
 君のお陰で此処に居ることを忘れない。
 ありがとう。
 ありがとう。
 出会ってくれてありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 だから、どうか安らかに。

 やさしい言葉で、単調な繰り返しで。
 思わず身体が揺れてしまうような、明るいリズムで。
 骸香の歌は人々の胸にすとんと落ちて、繰り返されるフレーズはいつの間にかみんなが口ずさんでいた。
 それに気付いた骸香は驚いた表情を浮かべた後、真の手を取って踊り始めた。
 真は思わず演奏を止めて骸香を見るが、骸香は何食わぬ顔で一緒に踊ろうと誘う。
「何時踊るか、言ってませんし」
 もうその時には人々が音もリズムも覚えて口ずさみながら思い思いに踊っていた。
 真は骸香の足を踏まないようにと気を付けながらぎこちなく踊る。
 それを見て骸香はおかしそうに笑うとクルクルと戯けて回り、つられて真も踊り回る。

 真と骸香が舞台を下りて、次の演者が激しく太鼓を打ち鳴らし、次の演奏を始めた。
「あー、楽しかったっすねぇ!!」
 汗だくになった顔へ手団扇で風を送りながら、骸香が笑顔を向ける。
「うん、きみと共に過ごせて楽しかった」
 真の思ったよりも真面目な顔で落ち着いたトーンで言われた言葉に、骸香は目を瞬かせる。
「え、う、うちも、鞍馬さんと一緒で、た、楽しかった……っす……って、何言わせるんすかーっ!!」
 真の胸板をどんと押して骸香は腕を組むとぷいっとそっぽを向く。
 その顔が赤いのは、歌って踊っていたからだけじゃなく。
 それに気付いた真は優しく微笑う。
「もう少し、祭りを楽しんで行こうか?」
「……いいっすよ」
 素直じゃない言い方に、真は笑みを深め。
 2人は日が暮れるまで祭りを楽しんでいったのだった。

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参加者一覧

  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 帝国の猟犬
    ダリオ・パステリ(ka2363
    人間(紅)|28才|男性|闘狩人
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリア(ka2870
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • うら若き総帥の比翼
    ひりょ・ムーンリーフ(ka3744
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 情報屋兼便利屋
    カイ(ka3770
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • おしゃべり大好き☆
    鳳凰院瑠美(ka4534
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 正秋隊(紫龍)
    劉 厳靖(ka4574
    人間(紅)|36才|男性|闘狩人
  • 浄化の兎
    明王院 穂香(ka5647
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士

  • カガチ(ka5649
    鬼|16才|女性|舞刀士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士
  • 意地の喧嘩師
    帳 金哉(ka5666
    鬼|21才|男性|格闘士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • 千の符を散らして
    黒耀 (ka5677
    鬼|25才|女性|符術師

  • 門屋 銀(ka5680
    鬼|20才|男性|符術師
  • 全身全霊の熱血漢
    凰牙(ka5701
    鬼|16才|男性|格闘士
  • 即疾隊一番隊士
    マシロビ(ka5721
    鬼|15才|女性|符術師

  • センダン(ka5722
    鬼|34才|男性|舞刀士
  • おにぎりやさんの看板娘
    紅 石蒜(ka5732
    鬼|12才|女性|符術師
  • 白羽の盾
    三里塚 一(ka5736
    人間(蒼)|27才|男性|符術師
  • 凶悪カエル討伐隊
    墨城 緋景(ka5753
    鬼|20才|男性|符術師
  • 突撃! 鬼っ子隊!
    鎬鬼(ka5760
    鬼|17才|男性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 白狼鬼
    ユキトラ(ka5846
    鬼|14才|男性|霊闘士

  • 一青 蒼牙(ka6105
    鬼|16才|男性|格闘士
  • 孤独なる蹴撃手
    骸香(ka6223
    鬼|21才|女性|疾影士

  • 残月(ka6290
    鬼|19才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/26 18:33:37
アイコン 潮干狩りと鎮魂祭と☆
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
エルフ|26才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/05/26 21:47:10