ゲスト
(ka0000)
Raspberry pink
マスター:楠々蛙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 3日
- 締切
- 2016/05/25 12:00
- 完成日
- 2016/06/02 01:04
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
初めて、口紅を手に取った時、どんな気持ちだった?
ワクワクした? ドキドキしたよね?
カワイくなりたいって、もっとキレイになりたいって、今の自分とほんのちょっぴり違う自分になってみたいって思った?
それとも、もしかして──気になるあの人が見てくれたらいいなって想いながら、紅を引いたの?
まだ私が、わたしだった時の事──まだ自分を世界にたった一人しか居ない特別な女の子だと思っていた時の事、覚えてる? もう忘れちゃった?
なら、思い出してみて。
きっと、素敵な気持ちになれるから。
赤煉瓦を積んだ建物が目立つ石造りの街並みを歩く、男女が一組。
「あ──」
いや、その内の一人を女と呼ぶには、やや語弊がある。ようやく十を越した年頃の少女を指す言葉としては不適切だろう。
「ん? どうしたんだ、ラウラ」
不意に立ち止まった同行者の赤髪少女──ラウラ=フアネーレへと、金髪オールバックの男──バリー=ランズダウンが振り返った。彼が小脇に抱えているのは、日用品の入った紙袋。どうやら、買い出しの途中らしい。
バリーの足下で、一匹の黒猫もまた飼い主の少女を振り返った。
「──ん、なんでもないわ。さあ、買い物を続けましょ」
「何でもないって事は──ああ、成程これか」
バリーは、ラウラがその視線を吸い寄せられていた物──硝子の向こう側に置かれている物を見て、微笑する。
「ち、違うわよ」
「別に恥ずかしがらなくても良いんだぞ? 女の子なら、化粧品に気を惹かれるのは当然だ」
ショーウインドウに展示された、彩り豊かな口紅やファンデーション、他にも数種取り揃えられた化粧品の数々は、確かに婦女子の心を留めて離さない事だろう。
どうやらそこは、最近開店した化粧品専門店のようだ。それも、取り扱っているのは全て、リアルブルーの技術を転用した物。こちらの世界の事情故、石油製品は一つ足りともなく、どれも天然素材のみで製造されている物だが、それが却って好評らしい。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「違うったら。……ただ、ちょっと見てただけ」
バリーが問い掛けてみても、ラウラは彼とショーウインドウから目を逸らすばかり。その原因が、恥じらいだけではない事を、とうにバリーは察していた。
「──あー、ラウラには美味い食事を用意して貰ってるし、そのお礼にプレゼントを渡したいと思っていた所でね、どうせなら好みに合った物を渡したいんだが──
良ろしければこのわたくしめに、今一番欲しい物をお教え願いますかか?」
恭しい仕草で、ラウラの前に膝を立てる。
「……良いの?」
囁くように問う声に、顔を上げたバリーは、また微笑を浮かべた。
「勿論。金ってのは、人間が幸せになる為にある物だ。それを我慢して不幸になってたんじゃ、意味がないだろう? それで、どれが欲しいんだ?」
「じゃあじゃあ、中に入って選んでも良い?」
今すぐ駆け出しそうな勢いで店内を指差すラウラ。その表情は、キラキラと輝く粒子でも零れそうな程に輝いている。
「ああ、じっくり選ぶと良い──俺は一服付けさせて貰うから、先に入っててくれ」
「うん、わかった!」
早く行かなければ店が逃げ出すとでも思っているかのような勢いで駆けて行くラウラを見送ると、バリーは懐の紙箱を取り出すと、煙草を一本咥える。煉瓦壁で燐寸を擦って火を点けると、紫煙を吐き出した。
そして財布を手に取って、中身を確認した。
「食費と弾代をケチるわけにもいかんからな。──やっぱり、煙草と酒を堪えるしかないかな」
空を仰いで、溜息と共にまた紫煙を吐き出す。しかし、横目でチラリと店内を窺い、硝子窓の向こうの笑顔を見ると、肩を竦めて苦笑を漏らした。
「ま、仕方ないか」
「で、煙草は?」
「だから、ないっつったろう」
部屋を借りている宿屋に戻ったバリーは、仏頂面で都合三度目の問いを投げて来たキャロルに、当然これも三度目になる答えを返す。
「そもそも口紅ってのはそんなに高えのか?」
「素材にかなりこだわってるらしくてな、それに殆ど手作業でやってるらしいから、割高になるんだと」
「糞っ、返品して──」
「ほお、ならお前、今のラウラからアレを取り上げられるのか?」
バリーの視線が、部屋に備え付けてあるソファに座って、ピンクの口紅を矯めつ眇めつ眺めているラウラへと向けられる。どうやら、夢中のあまり彼らの声は一切聞こえていないらしい。
「…………」
同じくラウラに視線を向けたキャロルはしばし押し黙ると、不意に立ち上がった。
「どうするんだ?」
「……仕事探して来るんだよ」
キャロルの返答に、バリーがさも可笑しそうに笑みを浮かべた。それを見たキャロルは、舌打ちを漏らす。
「何かおかしな事でもあったかよ」
「いやなに、俺も付き合うとしよう」
バリーも立ち上がり、二人揃って戸口へと向かう。
「──二人とも出掛けるの?」
それに気付いたラウラが呼び掛けると、バリーが振り返った。
「ああ、夕方には戻って来る。それまで留守番でもしといてくれ」
「うん、わかった。──んふふー、帰って来たら見違えるわたしを見せてあげるわ」
口紅を片手に胸を張るラウラ。それを見たキャロルが、皮肉気に口端を歪めて応える。
「そりゃ良い。ピカソばりの名作を期待しててやるよ」
「ぴかそ?」
「向こうで有名な絵描きの事さ。そりゃもう飛びっ切りの別嬪を描く天才だ」
「んん? そう、なの?」
おかしい。普段のキャロルなら、もっと馬鹿にしそうなものだが。だがまあ、悪い気はしない。
「まあ良いわ。期待してなさい、改めてわたしを一人前のレディだと認めさせてあげるから」
数分後──
「これが……わたし?」
鏡に映った自分の姿を見て、ラウラは愕然とした。
酷い、とにかく酷い。いや、いっそ惨たらしいと表現しても良い程だろう。トロールでも裸足で逃げ出しそうな形相だ。彼らに靴を履く習慣があるかどうかは謎だが。
「と、とにかく拭いて──」
布巾で顔を拭って、筆舌に尽くし難い顔面をリセットする。
「ど、どうしようかしら」
また再挑戦してみようかと考えて、思い直す。独力でどうにかできる問題ではない事は、もう確実だ。それどころか、悪化の一途を辿る事は目に見えている。
「──そうだ。ルーナ、出掛けるわよ!」
飼い主が思い悩むのを、窓際で日向ぼっこを満喫しながら眺めていた黒猫に呼び掛けると、外出の仕度を整え、ポケットに口紅を入れてから、ラウラは部屋を飛び出した。
ハンター達が臨時のバイトとして働いている化粧専門店へ、黒猫を従え入店して来た少女が、開口一番にこう言った。
「お化粧の仕方を教えて下さい!」
「あらん、さっきの子じゃないの。良いわよ、この私が直々に手解きしてあげるわ。──と言いたい所だ・け・ど、ちょっと今手が離せないのよねぇ。仕方ないわん、ちょっとバイトの子たち、この子にレディの嗜みを教えてあげて頂戴」
ワクワクした? ドキドキしたよね?
カワイくなりたいって、もっとキレイになりたいって、今の自分とほんのちょっぴり違う自分になってみたいって思った?
それとも、もしかして──気になるあの人が見てくれたらいいなって想いながら、紅を引いたの?
まだ私が、わたしだった時の事──まだ自分を世界にたった一人しか居ない特別な女の子だと思っていた時の事、覚えてる? もう忘れちゃった?
なら、思い出してみて。
きっと、素敵な気持ちになれるから。
赤煉瓦を積んだ建物が目立つ石造りの街並みを歩く、男女が一組。
「あ──」
いや、その内の一人を女と呼ぶには、やや語弊がある。ようやく十を越した年頃の少女を指す言葉としては不適切だろう。
「ん? どうしたんだ、ラウラ」
不意に立ち止まった同行者の赤髪少女──ラウラ=フアネーレへと、金髪オールバックの男──バリー=ランズダウンが振り返った。彼が小脇に抱えているのは、日用品の入った紙袋。どうやら、買い出しの途中らしい。
バリーの足下で、一匹の黒猫もまた飼い主の少女を振り返った。
「──ん、なんでもないわ。さあ、買い物を続けましょ」
「何でもないって事は──ああ、成程これか」
バリーは、ラウラがその視線を吸い寄せられていた物──硝子の向こう側に置かれている物を見て、微笑する。
「ち、違うわよ」
「別に恥ずかしがらなくても良いんだぞ? 女の子なら、化粧品に気を惹かれるのは当然だ」
ショーウインドウに展示された、彩り豊かな口紅やファンデーション、他にも数種取り揃えられた化粧品の数々は、確かに婦女子の心を留めて離さない事だろう。
どうやらそこは、最近開店した化粧品専門店のようだ。それも、取り扱っているのは全て、リアルブルーの技術を転用した物。こちらの世界の事情故、石油製品は一つ足りともなく、どれも天然素材のみで製造されている物だが、それが却って好評らしい。
「何か欲しい物でもあるのか?」
「違うったら。……ただ、ちょっと見てただけ」
バリーが問い掛けてみても、ラウラは彼とショーウインドウから目を逸らすばかり。その原因が、恥じらいだけではない事を、とうにバリーは察していた。
「──あー、ラウラには美味い食事を用意して貰ってるし、そのお礼にプレゼントを渡したいと思っていた所でね、どうせなら好みに合った物を渡したいんだが──
良ろしければこのわたくしめに、今一番欲しい物をお教え願いますかか?」
恭しい仕草で、ラウラの前に膝を立てる。
「……良いの?」
囁くように問う声に、顔を上げたバリーは、また微笑を浮かべた。
「勿論。金ってのは、人間が幸せになる為にある物だ。それを我慢して不幸になってたんじゃ、意味がないだろう? それで、どれが欲しいんだ?」
「じゃあじゃあ、中に入って選んでも良い?」
今すぐ駆け出しそうな勢いで店内を指差すラウラ。その表情は、キラキラと輝く粒子でも零れそうな程に輝いている。
「ああ、じっくり選ぶと良い──俺は一服付けさせて貰うから、先に入っててくれ」
「うん、わかった!」
早く行かなければ店が逃げ出すとでも思っているかのような勢いで駆けて行くラウラを見送ると、バリーは懐の紙箱を取り出すと、煙草を一本咥える。煉瓦壁で燐寸を擦って火を点けると、紫煙を吐き出した。
そして財布を手に取って、中身を確認した。
「食費と弾代をケチるわけにもいかんからな。──やっぱり、煙草と酒を堪えるしかないかな」
空を仰いで、溜息と共にまた紫煙を吐き出す。しかし、横目でチラリと店内を窺い、硝子窓の向こうの笑顔を見ると、肩を竦めて苦笑を漏らした。
「ま、仕方ないか」
「で、煙草は?」
「だから、ないっつったろう」
部屋を借りている宿屋に戻ったバリーは、仏頂面で都合三度目の問いを投げて来たキャロルに、当然これも三度目になる答えを返す。
「そもそも口紅ってのはそんなに高えのか?」
「素材にかなりこだわってるらしくてな、それに殆ど手作業でやってるらしいから、割高になるんだと」
「糞っ、返品して──」
「ほお、ならお前、今のラウラからアレを取り上げられるのか?」
バリーの視線が、部屋に備え付けてあるソファに座って、ピンクの口紅を矯めつ眇めつ眺めているラウラへと向けられる。どうやら、夢中のあまり彼らの声は一切聞こえていないらしい。
「…………」
同じくラウラに視線を向けたキャロルはしばし押し黙ると、不意に立ち上がった。
「どうするんだ?」
「……仕事探して来るんだよ」
キャロルの返答に、バリーがさも可笑しそうに笑みを浮かべた。それを見たキャロルは、舌打ちを漏らす。
「何かおかしな事でもあったかよ」
「いやなに、俺も付き合うとしよう」
バリーも立ち上がり、二人揃って戸口へと向かう。
「──二人とも出掛けるの?」
それに気付いたラウラが呼び掛けると、バリーが振り返った。
「ああ、夕方には戻って来る。それまで留守番でもしといてくれ」
「うん、わかった。──んふふー、帰って来たら見違えるわたしを見せてあげるわ」
口紅を片手に胸を張るラウラ。それを見たキャロルが、皮肉気に口端を歪めて応える。
「そりゃ良い。ピカソばりの名作を期待しててやるよ」
「ぴかそ?」
「向こうで有名な絵描きの事さ。そりゃもう飛びっ切りの別嬪を描く天才だ」
「んん? そう、なの?」
おかしい。普段のキャロルなら、もっと馬鹿にしそうなものだが。だがまあ、悪い気はしない。
「まあ良いわ。期待してなさい、改めてわたしを一人前のレディだと認めさせてあげるから」
数分後──
「これが……わたし?」
鏡に映った自分の姿を見て、ラウラは愕然とした。
酷い、とにかく酷い。いや、いっそ惨たらしいと表現しても良い程だろう。トロールでも裸足で逃げ出しそうな形相だ。彼らに靴を履く習慣があるかどうかは謎だが。
「と、とにかく拭いて──」
布巾で顔を拭って、筆舌に尽くし難い顔面をリセットする。
「ど、どうしようかしら」
また再挑戦してみようかと考えて、思い直す。独力でどうにかできる問題ではない事は、もう確実だ。それどころか、悪化の一途を辿る事は目に見えている。
「──そうだ。ルーナ、出掛けるわよ!」
飼い主が思い悩むのを、窓際で日向ぼっこを満喫しながら眺めていた黒猫に呼び掛けると、外出の仕度を整え、ポケットに口紅を入れてから、ラウラは部屋を飛び出した。
ハンター達が臨時のバイトとして働いている化粧専門店へ、黒猫を従え入店して来た少女が、開口一番にこう言った。
「お化粧の仕方を教えて下さい!」
「あらん、さっきの子じゃないの。良いわよ、この私が直々に手解きしてあげるわ。──と言いたい所だ・け・ど、ちょっと今手が離せないのよねぇ。仕方ないわん、ちょっとバイトの子たち、この子にレディの嗜みを教えてあげて頂戴」
リプレイ本文
「どうしまし──あら?」
「あ──ユーリおねえさん!」
店の裏から顔を出したユリシウス(ka5002)に気付くや否や、ラウラは顔を輝かせて、彼女の胸に飛び込んだ。少女を抱き留めながら、淑女は微笑を零す。
「お久し振りですね、ラウラ。お元気に──していたかどうかは、お聞きせずとも良いようですわ」
「あ、ごめんなさい。つい──」
自分が稚気丸出しである事に気付いたラウラが、赤面しながら身体を離した。
「あら、お気になさらず。もっと甘えても良いんですよ?」
「え、えっと、おねえさんはどうしてここにっ? それにその格好」
「アルバイト中ですわ。ですから、今は少々ラフな衣装を」
そう応えたユリシウスは、普段のドレス姿とは異なり、ワンピースで身を包んでいた。常ならヴェールに隠れているショートボブのブロンドが惜しみなく晒されている。落ち着いた印象のある彼女も、こうして見れば何の事はない、一人の可憐な年頃娘だ。
「ラ~ウラッ♪」「うきゃっ!?」
不意に、ラウラの目元を柔らかく暖かな何かが覆った。
「だ~れダ?」
「ぱ、パティ?」
聞き覚えのある声に答えると、
「正解でスッ♪」
目を覆っていた手が離れ、背後からラウラを抱き締める。
「ふふー、久し振りに会えたネ、ラウラー」
「くすぐったいてば……」
頬を緩めて、赤毛に顔を埋めるのは、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)。
「まあまあ、ラウラのお友達だったのですか?」
「うう、そうだけど。会う度にこうやって抱き着いてくるのよ」
「え~、ラウラはこうされるのいやデスカ?」
「別にいやじゃないけど……」
「だったらNo problemダネ。もっと、もーっと、もふもふシマス♪」
「だから、く、くすぐったいって……!」
仲睦まじい二人の様子を見て、ユリシウスはクスリと微笑みを零した。
「あらあら、楽しそうで何よりですわ」
「ラウラちゃんっていったかしら? 貴女なのね、お化粧を教えて欲しいっていう子は」
「ええ、そうだけど。あなたは?」
「ロゼよ」
ラウラの問いに、ロス・バーミリオン(ka4718)は──
「ロ・ゼ、よ?(ニッコリ)」
──イ、イエス・マム。
こほん、美しいロゼ様が、お名前をお聞かせになられた。
「名前通りのきれいな朱い髪ね」
「あら、嬉しい事言ってくれるわねぇ。貴女のお団子ヘアーも、チャーミングで素敵よ?」
「ありがと、ロゼ」
「本当に、とても可愛らしいわ」
独特な艶を秘める微笑を浮かべながら、セレナ=XVIII(ka3686)がラウラの傍に寄り添った。
「私はセレナよ。ところでラウラ、少し貴女の肌に触れてみても良いかしら?」
「う、うん、それは構わないけど……」
「ふふ、そんなに固くならないで?」
身構える少女を安心させるように微笑むと、セレナは白磁の指先を小麦色の頬に伸ばす。
氷のように冷たい手。しかし、その繊細な手付きからは、不思議と寒さを感じなかった。
「とても綺麗な肌。やっぱり、ファンデは必要なさそうだわ」
「うむ、これくらいの年頃なら、少しばかり色を付けるくらいが丁度良いのじゃ」
そう頷いたのは、先の折れたトンガリ帽子。
「あなたは、……魔法使いさん?」
ラウラの問いに、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は胸を張る。。
「いかにも、名はヴィルマという。──それよりこの綺麗な黒猫は、そなたの飼い猫かえ?」
「ルーナっていうの。飼い猫……なのかしら、この子はきっとそう思ってないわ」
「ふむ、見た目通りの気高い猫なのじゃな。やはり、撫でさせては貰えんじゃろうか」
「そんな事ないわ。ちゃんと許可を取れば、触っても怒らないわよ」
「では、少しばかりその美しい毛並みを撫でさせて貰っても良いかえ?」
屈んで許可を申請するヴィルマの手に、ルーナは長い尻尾を絡ませた。
「おお、フワフワじゃのう。それにしても賢い猫じゃ。ほれほれ、愛い奴じゃな」
顎を擽られて猫撫で声を漏らすルーナに、手を伸ばそうとする者が、もう一人。
「猫! しかも、首輪に赤いリボンまで付けて、うちとお揃いで──うにゃっ!?」
頭を撫でようとした手を、しかし、尻尾が打ち払った。手の持ち主に一瞥をくれたルーナは、フイと目を逸らす。
「ななっ、今馬鹿にされましたか!? 良いでしょう。このミコト=S=レグルス(ka3953)、名前に『獅子の心臓』を冠する以上、黒猫如きに遅れは取りません。──お手っ!」
意気込んだミコトが手を差し出すと、
「うひゃう!?」
長い尻尾が、音を立てて床を叩いた。
「こ、この猫、只者じゃないです……!」
「ルーナに挑むのは止めておいたほうがいいわよ? きっと本物のライオンだって、この子の前じゃ子猫同然だから」
「それじゃあ、メイクを始めましょうか」
ロゼは店の試供品ではなく、自前の化粧道具を構えた。
「やっぱり、使い慣れてる物じゃなくっちゃねぇ。まずは目蓋からやりましょう」
ブラシを手に取り、ラウラの目蓋と手元のアイシャドウを見比べる。
「うーん、ラウラちゃんの小麦色のお肌には……、パールの入ったブラウンが良いかしら、それともビビッドなピンク……、いえ、馴染易いオレンジにしましょう」
色を決めたロゼは、ラウラの目蓋にブラシを走らせる。
「やっぱり若いと化粧ノリが良いわねぇ。羨ましいわぁ」
手慣れた手付きでアイシャドウを塗り終えたロゼは、ブラシを変えて頬へと照準を定める。
「チークもオレンジ系に統一しちゃいましょうか。あんなに素敵な笑顔を浮かべる貴女には、ぴったりだわ」
「み、見てたの?」
どうやらユリシウスとのやり取りの事を言っているらしい。
「すごくキュートだったわよ? ──よし、チークもおしまい。我ながら上出来ねぇ。ほら、見てみる?」
「うわぁ……」
差し出された手鏡に映る自分の顔を覗き込んだラウラは、感嘆の息を漏らした。最初は驚きを表していた表情が、次第に緩んでいく。
「ふふ、すごく良い顔してるわよ、今の貴女」
「あり──」
「お礼を言うのはまだ早いわ。まだ仕上げが残ってるんだから」
ロゼは礼を告げようとする唇に人差し指を当てた。
「そうね、口紅は何色が良いかしら」
小さな唇を見詰めながら、セレナは顎に手をやった。
「肌の白い子には、赤やピンクが似合うのだけど──」
そう言いながら視線を巡らせると、ミコトが進み出る。
「実験台ならうちがっ!」
「あら、ありがとう。でも実験台なんて言わないで? 貴女だってこんなに可愛いんだから」
「あ、ありがとうございますっ」
顎に手を添えられ、緊張に身を固めるミコト。
「緊張しないで良いのよ。──貴女は赤い口紅が良いかしらね。私がやっても良いかしら、それとも自分でやる?」
「いえ、普段はお化粧しないもので、うちじゃお手本にはならないかとっ」
「そう。じゃあ、ジッとしてね」
そう囁くと、セレナは初心な唇に優しい手付きで赤いラインを引いた。
「お、お上手ですね」
「ありがとう。でも初めから、上手くできたわけじゃないのよ。それに私の最初のお化粧は、自分でやったわけじゃないもの」
「……お母さま、ですか?」
「そうね、そんな所かしら」
曖昧に応える、セレナ。
自分を拾い、親代わりに育ててくれた彼女とは、当然血の繋がりはなかった。
「とても綺麗な人だったわ。特に夜空の月のように輝く金色の髪が素敵だった。私は毎日、彼女がお化粧する様子を眺めていたの」
そんな自分を膝に乗せて、あの人がこの唇に紅を引いてくれたのはいつだったか。正確な日付は思い出せない。
それでも『綺麗よ、セレナ』と言ってくれたあの人の微笑みと、そう言われた時の恥ずかしさと嬉しさが入り混じった自分の感情は、今でも鮮明に想い出せた。
あの綺麗な微笑みをまた見たいと思ったから、セレナは慣れない化粧を覚え、お洒落にも気を遣うようになったのだ。
あの顔を見る事はもうできないが、あの時の気持ちまでは消える事はないだろう。
「はい、完成よ。やっぱり貴女は、赤色がとても似合うわね」
「────」
「もしかして、気に入らなかった?」
「いえ、とんでもないですっ」
瞳を覗き込むセレナに、慌てて首を振るミコト。
元々赤色を好むミコトの事、赤い口紅に不服があったわけではない。ただ、化粧を教えてくれたという人物について語るセレナに、知り合いの顔が重なっただけだ。
夢に視る青年を恋慕する友人と。
彼女も自分と同じく、化粧や服飾には興味を持たない女の子だった。だが、夢の人物に恋してからというもの、積極的に自身の魅力を磨こうと悪戦苦闘している。
ふと、セレナを見遣る。同性の自分から見ても、魅力的な女性だ。いつかその友人も、彼女のようになれるのだろうか。そして、自分もまたいつかは──
「あの、恋するってどんな感じなんでしょうか?」
そんな質問が、口を衝いて出た。
問いを受けたセレナは、柔らかな微笑を湛えて唇を開く。
「とても素敵なものよ。つらい思いもするかもしれないけれど、でも、恋した時の胸の高鳴りは、きっと貴女をもっと素敵にしてくれるわ」
「あらあら、恋のお話ぃ? それも捨てがたいけど、それより今はラウラちゃんの口紅の方が先よぉ。それともラウラちゃんも、そっちの方が気になるかしら?」
「まだ、良くわかんないけど」
「あら、そう? 私が貴女くらいの時には──って、あらやだ、今は口紅だったわねぇ」
「え、ロゼはどうだったの? 聞かせ──」
催促するラウラの唇を、またロゼの人差し指が押さえた
「ダメよ、な・い・しょ♪ 女は少しくらい秘密がある方が綺麗になれるの。それより今は、口紅でしょ? 貴女は何色が良い?」
「わたしが決めるの?」
「ええ、貴女が決めるの。どうする? 自分で持って来た──ピンクだったかしら、それにする?」
ロゼの問いに、しばし逡巡したラウラは、
「──その口紅は?」
一本の口紅を指差した。
「ん、これかしら。これは……、アプリコットオレンジね。これが良いの?」
ややピンク味の掛かったオレンジ──大人っぽさの中に、少女らしい可憐さを残した色を。
「うん、それが良い」
「オッケー、じゃあ後はよろしくね」
「うむ、任されたのじゃ」
「ええ、ラウラを一人前のレディにして差し上げますわ」
ロゼと入れ替わりに、ヴィルマとユリシウスがラウラに寄り添う。
「まずはリップクリームを塗りましょう」
「口紅じゃないの?」
「ええ、まずは保湿して化粧ノリを良くするんですの。慣れないうちは、こうした方が簡単ですわ」
ユリシウスは解説を交えながらラウラの唇にリップクリームを塗布し、しばらく置いてから丁寧に拭い取る。
「では、これからが本番です。まずは、上唇と下唇が合わさる部分に、少しだけ色を乗せます。そして、指を使って広げるのです。はい、それではやってみて下さいな」
「これだけで良いの?」
「うむ、そうじゃ。塗りたくりたくなるのはわかるがのう。本来の唇の色に、色を足してやるくらいが丁度良いのじゃよ」
首を傾げるラウラに、ヴィルマが助言を送った。
「あっ、はみ出ちゃった。ど、どうしよう」
「ほれほれ、慌てるでない」
取り乱すラウラの口端を、そっと拭ったヴィルマは、ふふ、と思わず微笑を漏らした。
「そなたを見ると思い出すのう。我も小さき頃は、やり方もわからず塗りたくったものじゃ」
母から化粧を教えて貰った過去が、脳裏に浮かぶ。
魔法のアイテムのように思えた化粧道具で顔をぐちゃぐちゃにした幼いヴィルマを見て、苦笑する母。『もう、仕方ないわね。来なさいヴィルマ』そう言って、優しく自分の顔を拭ってくれた母。
常ならば、右眼の疼きと共に甦る過去は、痛ましいものばかりだ。しかし、今胸に去来するのは、痛みとは無縁の想い出だった。
「……ありがとう」
「ん、何か言った? 魔法使いさん」
「いやいや、何でもないのじゃ」
「なら良いんだけど──ユーリおねえさんは? 初めてお化粧した時の事、覚えてる?」
「そうですねえ。ラウラと同じ年の頃でしたか。パーティーに出席する際に、初めて化粧を」
「パーティー……、やっぱりおねえさんは貴族なの? それともお姫様?」
「いえいえ、そんな大層な家柄ではありませんわ」
貴族と言っても、それ程力のある血筋ではない。更に言えば、妾の娘であるユリシウスには、継承権などあってないようなものだ。
父の妾だった母は様々なしがらみが元で家を出てしまい、顔も知らない。そう、母の事は何一つ知らなかった。
初めて化粧をしたあの日までは。
あの日、屋敷で催したパーティーに出席したユリシウスを見た父は、彼女に声を掛けた。家を出た母に、余りにも似ていたから──普段滅多に言葉を交わさない父が、娘を呼び止めた理由が、それだった。
「化粧をしたわたくしは、母にそっくりなのだそうですよ。……実感は、あまりないのですけどね」
不意に発したユリシウスの呟きに、ラウラが首を傾げる。
「そう、なの? おねえさんのお母さんなら、きっと美人さんなのね」
「ふふ、そうですねえ。ラウラが言うと、本当にそんな気がしますわ。──あら、口紅も塗り終えたようですね」
「うん、終わったけど──」
鮮やかな艶に彩られたラウラは、ユリシウスの視線を受けると、少し躊躇った後でこう尋ねた。
「わ、わたし、キレイになったかな?」
「ええ。何処に出ても恥ずかしくない、一人前のレディになりましたわ」
「えへへ~、ホントにキレイになったネ~、ラウラ」
化粧品をラッピングしながら、隣に座るラウラの顔を、相好を崩して見詰めるパトリシア。
「も、もうわかったから、それより、パティが初めてお化粧した時の事を教えてよ」
ラウラは照れ臭そうに顔を背けて、話題を逸らした。そうしながらも、化粧品を包装する手は止めない。口紅の色を取り換えて貰う代わりに、こうして仕事を手伝う事にしたらしい。
「初めてデスカ。うーん、最初は玩具のマニキュアだったネ」
星のホログラムが入ったマニキュアは、すぐに色落ちする子供騙しの玩具だったが、それでもキラキラと光る指先を眺めているだけで十分だった。
「大人と一緒の口紅を貰ったのは、ラウラと同じ頃だったカナ」
ミドルスクールに進学した時のお祝いに貰ったのは、淡いピンクの口紅。ラインストーンが散りばめられた銀色のケースの輝きは、どんな宝石にだって負けないくらい綺麗だった。
「ずっと前に中身の口紅は使い切っちゃったケレド、その代わりに想い出がイッパイ詰まってるノデス♪ ダカラ今でも、宝物入れの中にちゃんと仕舞ってあるんダヨ」
「……たからもの」
ラウラは、作業台の上に置いてある口紅へ目を遣った。アプリコットオレンジ色をした猫の足跡が刻印してあるケースを。
「ふふ、ラウラに取っても大事な宝物になるとイイネ」
「ううん、もう大事な宝物よ」
だって、今日の想い出でもういっぱいだもの。
「あ──ユーリおねえさん!」
店の裏から顔を出したユリシウス(ka5002)に気付くや否や、ラウラは顔を輝かせて、彼女の胸に飛び込んだ。少女を抱き留めながら、淑女は微笑を零す。
「お久し振りですね、ラウラ。お元気に──していたかどうかは、お聞きせずとも良いようですわ」
「あ、ごめんなさい。つい──」
自分が稚気丸出しである事に気付いたラウラが、赤面しながら身体を離した。
「あら、お気になさらず。もっと甘えても良いんですよ?」
「え、えっと、おねえさんはどうしてここにっ? それにその格好」
「アルバイト中ですわ。ですから、今は少々ラフな衣装を」
そう応えたユリシウスは、普段のドレス姿とは異なり、ワンピースで身を包んでいた。常ならヴェールに隠れているショートボブのブロンドが惜しみなく晒されている。落ち着いた印象のある彼女も、こうして見れば何の事はない、一人の可憐な年頃娘だ。
「ラ~ウラッ♪」「うきゃっ!?」
不意に、ラウラの目元を柔らかく暖かな何かが覆った。
「だ~れダ?」
「ぱ、パティ?」
聞き覚えのある声に答えると、
「正解でスッ♪」
目を覆っていた手が離れ、背後からラウラを抱き締める。
「ふふー、久し振りに会えたネ、ラウラー」
「くすぐったいてば……」
頬を緩めて、赤毛に顔を埋めるのは、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)。
「まあまあ、ラウラのお友達だったのですか?」
「うう、そうだけど。会う度にこうやって抱き着いてくるのよ」
「え~、ラウラはこうされるのいやデスカ?」
「別にいやじゃないけど……」
「だったらNo problemダネ。もっと、もーっと、もふもふシマス♪」
「だから、く、くすぐったいって……!」
仲睦まじい二人の様子を見て、ユリシウスはクスリと微笑みを零した。
「あらあら、楽しそうで何よりですわ」
「ラウラちゃんっていったかしら? 貴女なのね、お化粧を教えて欲しいっていう子は」
「ええ、そうだけど。あなたは?」
「ロゼよ」
ラウラの問いに、ロス・バーミリオン(ka4718)は──
「ロ・ゼ、よ?(ニッコリ)」
──イ、イエス・マム。
こほん、美しいロゼ様が、お名前をお聞かせになられた。
「名前通りのきれいな朱い髪ね」
「あら、嬉しい事言ってくれるわねぇ。貴女のお団子ヘアーも、チャーミングで素敵よ?」
「ありがと、ロゼ」
「本当に、とても可愛らしいわ」
独特な艶を秘める微笑を浮かべながら、セレナ=XVIII(ka3686)がラウラの傍に寄り添った。
「私はセレナよ。ところでラウラ、少し貴女の肌に触れてみても良いかしら?」
「う、うん、それは構わないけど……」
「ふふ、そんなに固くならないで?」
身構える少女を安心させるように微笑むと、セレナは白磁の指先を小麦色の頬に伸ばす。
氷のように冷たい手。しかし、その繊細な手付きからは、不思議と寒さを感じなかった。
「とても綺麗な肌。やっぱり、ファンデは必要なさそうだわ」
「うむ、これくらいの年頃なら、少しばかり色を付けるくらいが丁度良いのじゃ」
そう頷いたのは、先の折れたトンガリ帽子。
「あなたは、……魔法使いさん?」
ラウラの問いに、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は胸を張る。。
「いかにも、名はヴィルマという。──それよりこの綺麗な黒猫は、そなたの飼い猫かえ?」
「ルーナっていうの。飼い猫……なのかしら、この子はきっとそう思ってないわ」
「ふむ、見た目通りの気高い猫なのじゃな。やはり、撫でさせては貰えんじゃろうか」
「そんな事ないわ。ちゃんと許可を取れば、触っても怒らないわよ」
「では、少しばかりその美しい毛並みを撫でさせて貰っても良いかえ?」
屈んで許可を申請するヴィルマの手に、ルーナは長い尻尾を絡ませた。
「おお、フワフワじゃのう。それにしても賢い猫じゃ。ほれほれ、愛い奴じゃな」
顎を擽られて猫撫で声を漏らすルーナに、手を伸ばそうとする者が、もう一人。
「猫! しかも、首輪に赤いリボンまで付けて、うちとお揃いで──うにゃっ!?」
頭を撫でようとした手を、しかし、尻尾が打ち払った。手の持ち主に一瞥をくれたルーナは、フイと目を逸らす。
「ななっ、今馬鹿にされましたか!? 良いでしょう。このミコト=S=レグルス(ka3953)、名前に『獅子の心臓』を冠する以上、黒猫如きに遅れは取りません。──お手っ!」
意気込んだミコトが手を差し出すと、
「うひゃう!?」
長い尻尾が、音を立てて床を叩いた。
「こ、この猫、只者じゃないです……!」
「ルーナに挑むのは止めておいたほうがいいわよ? きっと本物のライオンだって、この子の前じゃ子猫同然だから」
「それじゃあ、メイクを始めましょうか」
ロゼは店の試供品ではなく、自前の化粧道具を構えた。
「やっぱり、使い慣れてる物じゃなくっちゃねぇ。まずは目蓋からやりましょう」
ブラシを手に取り、ラウラの目蓋と手元のアイシャドウを見比べる。
「うーん、ラウラちゃんの小麦色のお肌には……、パールの入ったブラウンが良いかしら、それともビビッドなピンク……、いえ、馴染易いオレンジにしましょう」
色を決めたロゼは、ラウラの目蓋にブラシを走らせる。
「やっぱり若いと化粧ノリが良いわねぇ。羨ましいわぁ」
手慣れた手付きでアイシャドウを塗り終えたロゼは、ブラシを変えて頬へと照準を定める。
「チークもオレンジ系に統一しちゃいましょうか。あんなに素敵な笑顔を浮かべる貴女には、ぴったりだわ」
「み、見てたの?」
どうやらユリシウスとのやり取りの事を言っているらしい。
「すごくキュートだったわよ? ──よし、チークもおしまい。我ながら上出来ねぇ。ほら、見てみる?」
「うわぁ……」
差し出された手鏡に映る自分の顔を覗き込んだラウラは、感嘆の息を漏らした。最初は驚きを表していた表情が、次第に緩んでいく。
「ふふ、すごく良い顔してるわよ、今の貴女」
「あり──」
「お礼を言うのはまだ早いわ。まだ仕上げが残ってるんだから」
ロゼは礼を告げようとする唇に人差し指を当てた。
「そうね、口紅は何色が良いかしら」
小さな唇を見詰めながら、セレナは顎に手をやった。
「肌の白い子には、赤やピンクが似合うのだけど──」
そう言いながら視線を巡らせると、ミコトが進み出る。
「実験台ならうちがっ!」
「あら、ありがとう。でも実験台なんて言わないで? 貴女だってこんなに可愛いんだから」
「あ、ありがとうございますっ」
顎に手を添えられ、緊張に身を固めるミコト。
「緊張しないで良いのよ。──貴女は赤い口紅が良いかしらね。私がやっても良いかしら、それとも自分でやる?」
「いえ、普段はお化粧しないもので、うちじゃお手本にはならないかとっ」
「そう。じゃあ、ジッとしてね」
そう囁くと、セレナは初心な唇に優しい手付きで赤いラインを引いた。
「お、お上手ですね」
「ありがとう。でも初めから、上手くできたわけじゃないのよ。それに私の最初のお化粧は、自分でやったわけじゃないもの」
「……お母さま、ですか?」
「そうね、そんな所かしら」
曖昧に応える、セレナ。
自分を拾い、親代わりに育ててくれた彼女とは、当然血の繋がりはなかった。
「とても綺麗な人だったわ。特に夜空の月のように輝く金色の髪が素敵だった。私は毎日、彼女がお化粧する様子を眺めていたの」
そんな自分を膝に乗せて、あの人がこの唇に紅を引いてくれたのはいつだったか。正確な日付は思い出せない。
それでも『綺麗よ、セレナ』と言ってくれたあの人の微笑みと、そう言われた時の恥ずかしさと嬉しさが入り混じった自分の感情は、今でも鮮明に想い出せた。
あの綺麗な微笑みをまた見たいと思ったから、セレナは慣れない化粧を覚え、お洒落にも気を遣うようになったのだ。
あの顔を見る事はもうできないが、あの時の気持ちまでは消える事はないだろう。
「はい、完成よ。やっぱり貴女は、赤色がとても似合うわね」
「────」
「もしかして、気に入らなかった?」
「いえ、とんでもないですっ」
瞳を覗き込むセレナに、慌てて首を振るミコト。
元々赤色を好むミコトの事、赤い口紅に不服があったわけではない。ただ、化粧を教えてくれたという人物について語るセレナに、知り合いの顔が重なっただけだ。
夢に視る青年を恋慕する友人と。
彼女も自分と同じく、化粧や服飾には興味を持たない女の子だった。だが、夢の人物に恋してからというもの、積極的に自身の魅力を磨こうと悪戦苦闘している。
ふと、セレナを見遣る。同性の自分から見ても、魅力的な女性だ。いつかその友人も、彼女のようになれるのだろうか。そして、自分もまたいつかは──
「あの、恋するってどんな感じなんでしょうか?」
そんな質問が、口を衝いて出た。
問いを受けたセレナは、柔らかな微笑を湛えて唇を開く。
「とても素敵なものよ。つらい思いもするかもしれないけれど、でも、恋した時の胸の高鳴りは、きっと貴女をもっと素敵にしてくれるわ」
「あらあら、恋のお話ぃ? それも捨てがたいけど、それより今はラウラちゃんの口紅の方が先よぉ。それともラウラちゃんも、そっちの方が気になるかしら?」
「まだ、良くわかんないけど」
「あら、そう? 私が貴女くらいの時には──って、あらやだ、今は口紅だったわねぇ」
「え、ロゼはどうだったの? 聞かせ──」
催促するラウラの唇を、またロゼの人差し指が押さえた
「ダメよ、な・い・しょ♪ 女は少しくらい秘密がある方が綺麗になれるの。それより今は、口紅でしょ? 貴女は何色が良い?」
「わたしが決めるの?」
「ええ、貴女が決めるの。どうする? 自分で持って来た──ピンクだったかしら、それにする?」
ロゼの問いに、しばし逡巡したラウラは、
「──その口紅は?」
一本の口紅を指差した。
「ん、これかしら。これは……、アプリコットオレンジね。これが良いの?」
ややピンク味の掛かったオレンジ──大人っぽさの中に、少女らしい可憐さを残した色を。
「うん、それが良い」
「オッケー、じゃあ後はよろしくね」
「うむ、任されたのじゃ」
「ええ、ラウラを一人前のレディにして差し上げますわ」
ロゼと入れ替わりに、ヴィルマとユリシウスがラウラに寄り添う。
「まずはリップクリームを塗りましょう」
「口紅じゃないの?」
「ええ、まずは保湿して化粧ノリを良くするんですの。慣れないうちは、こうした方が簡単ですわ」
ユリシウスは解説を交えながらラウラの唇にリップクリームを塗布し、しばらく置いてから丁寧に拭い取る。
「では、これからが本番です。まずは、上唇と下唇が合わさる部分に、少しだけ色を乗せます。そして、指を使って広げるのです。はい、それではやってみて下さいな」
「これだけで良いの?」
「うむ、そうじゃ。塗りたくりたくなるのはわかるがのう。本来の唇の色に、色を足してやるくらいが丁度良いのじゃよ」
首を傾げるラウラに、ヴィルマが助言を送った。
「あっ、はみ出ちゃった。ど、どうしよう」
「ほれほれ、慌てるでない」
取り乱すラウラの口端を、そっと拭ったヴィルマは、ふふ、と思わず微笑を漏らした。
「そなたを見ると思い出すのう。我も小さき頃は、やり方もわからず塗りたくったものじゃ」
母から化粧を教えて貰った過去が、脳裏に浮かぶ。
魔法のアイテムのように思えた化粧道具で顔をぐちゃぐちゃにした幼いヴィルマを見て、苦笑する母。『もう、仕方ないわね。来なさいヴィルマ』そう言って、優しく自分の顔を拭ってくれた母。
常ならば、右眼の疼きと共に甦る過去は、痛ましいものばかりだ。しかし、今胸に去来するのは、痛みとは無縁の想い出だった。
「……ありがとう」
「ん、何か言った? 魔法使いさん」
「いやいや、何でもないのじゃ」
「なら良いんだけど──ユーリおねえさんは? 初めてお化粧した時の事、覚えてる?」
「そうですねえ。ラウラと同じ年の頃でしたか。パーティーに出席する際に、初めて化粧を」
「パーティー……、やっぱりおねえさんは貴族なの? それともお姫様?」
「いえいえ、そんな大層な家柄ではありませんわ」
貴族と言っても、それ程力のある血筋ではない。更に言えば、妾の娘であるユリシウスには、継承権などあってないようなものだ。
父の妾だった母は様々なしがらみが元で家を出てしまい、顔も知らない。そう、母の事は何一つ知らなかった。
初めて化粧をしたあの日までは。
あの日、屋敷で催したパーティーに出席したユリシウスを見た父は、彼女に声を掛けた。家を出た母に、余りにも似ていたから──普段滅多に言葉を交わさない父が、娘を呼び止めた理由が、それだった。
「化粧をしたわたくしは、母にそっくりなのだそうですよ。……実感は、あまりないのですけどね」
不意に発したユリシウスの呟きに、ラウラが首を傾げる。
「そう、なの? おねえさんのお母さんなら、きっと美人さんなのね」
「ふふ、そうですねえ。ラウラが言うと、本当にそんな気がしますわ。──あら、口紅も塗り終えたようですね」
「うん、終わったけど──」
鮮やかな艶に彩られたラウラは、ユリシウスの視線を受けると、少し躊躇った後でこう尋ねた。
「わ、わたし、キレイになったかな?」
「ええ。何処に出ても恥ずかしくない、一人前のレディになりましたわ」
「えへへ~、ホントにキレイになったネ~、ラウラ」
化粧品をラッピングしながら、隣に座るラウラの顔を、相好を崩して見詰めるパトリシア。
「も、もうわかったから、それより、パティが初めてお化粧した時の事を教えてよ」
ラウラは照れ臭そうに顔を背けて、話題を逸らした。そうしながらも、化粧品を包装する手は止めない。口紅の色を取り換えて貰う代わりに、こうして仕事を手伝う事にしたらしい。
「初めてデスカ。うーん、最初は玩具のマニキュアだったネ」
星のホログラムが入ったマニキュアは、すぐに色落ちする子供騙しの玩具だったが、それでもキラキラと光る指先を眺めているだけで十分だった。
「大人と一緒の口紅を貰ったのは、ラウラと同じ頃だったカナ」
ミドルスクールに進学した時のお祝いに貰ったのは、淡いピンクの口紅。ラインストーンが散りばめられた銀色のケースの輝きは、どんな宝石にだって負けないくらい綺麗だった。
「ずっと前に中身の口紅は使い切っちゃったケレド、その代わりに想い出がイッパイ詰まってるノデス♪ ダカラ今でも、宝物入れの中にちゃんと仕舞ってあるんダヨ」
「……たからもの」
ラウラは、作業台の上に置いてある口紅へ目を遣った。アプリコットオレンジ色をした猫の足跡が刻印してあるケースを。
「ふふ、ラウラに取っても大事な宝物になるとイイネ」
「ううん、もう大事な宝物よ」
だって、今日の想い出でもういっぱいだもの。
依頼結果
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最終発言 2016/05/25 06:50:32 |
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最終発言 2016/05/23 09:00:52 |