異世界武侠 盲の拳は万を見通す

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2016/06/01 15:00
完成日
2016/06/08 23:16

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「まったく、何で俺がお前の買い物に付き合わなきゃいけないんだ」
「おやまあ、女の荷も持てないので? そんなお子に育てた覚えはありんせんよ? 霧燈(むとう)」
 賑わう市場を並んで歩く、一組の男女。
 いや、女性の方は妙齢の年頃──その容姿もさる事ながら、言動もまた蠱惑的な雰囲気を持つ妖艶な美女だったが、彼女の隣を歩く霧燈と呼ばれた方を男と呼ぶのには、少々差し支えがあるかもしれない。
 そろそろ変声の兆しが見えながら未だ高い声。そして、跳ねた栗色の髪先がようやく美女の肩に届く程の背丈を見れば、彼が少年と呼ばれる年の頃だろうと推測が付く。
 では、その顔付きから確証を得ようと試みれば、しかし、それは叶わない相談だった。
 彼の両眼を覆うように巻かれた厚布が、面貌の上半分を隠しているからだ。とはいえ、小さく尖った鼻先、不機嫌そうに曲がる口元を見れば、やはり少年と呼ぶに差し支えなさそうではあったが。
「俺だって、お前に育てられた覚えはないよ、香扇(かせん)。大体、お前に育児なんてできるもんか。狼に育てられた方が、まだ人間らしくなるさ」
「おやまあ、酷い言われようですねぇ。わっちが何度、霧燈のおしめを換えてあげた事か」
「で、出鱈目を言うな! それもこんな往来で、知り合いでも居たらどうするんだ!」
「では、文句を言わずに付いて来なんし」
「……わかったよ、荷物持ちでも何でもやれば良いんだろ」
 美女──香扇に、霧燈は渋々と従って歩く。その様子を見て、香扇はころころと笑みを零した。
「そう、拗ねる事はありんせん。今日の献立に使う食材の買い出しですよう。何か食べたい物はありんすか、霧燈?」
「……麻婆豆腐と杏仁豆腐」
「またそれでありんすか。それでは、また臥城(がじょう)からお叱りを受ける事になりんすよ」
「良いだろ、好きなんだから。香扇の事は嫌いだけど、香扇の麻婆豆腐は好きだ」
「それはそれは、哀しいやら嬉しいやら。とにかく、そう何度も同じ料理では、無口な天雷(てんらい)まで口を──おや?」
「なんだ、揉め事か?」
 他愛ない会話を交わしながら市場を歩く二人が、奥の方で喧噪が起きている事に気が付く。
「ちょいと覗いてみんしょう」
「あ、おい待てよ、香扇!」
 衆人の間をぬらりくらりと蛇のようにすり抜けて行く香扇と、それを追う霧燈──彼の足取りもまた、布で視界を覆っているとは思えない程、いや常人を上回る機敏さで人の群れを潜り抜ける。まるで、群衆一人一人がどう動こうとしているか、予見しているかのように。
「なあ、俺らはただ、ショバ代を納めて欲しいだけなんだ。さっきからそう言ってるだろ?」
 ざわつく人々の柵を超えた霧燈の耳が捉えたのは、子供に言い聞かせるように甘ったるく、しかし、その裏に暴力的な色を潜ませた声音。
「今月分の支払いは済ませている筈です。もうあなたがたに払う義理はありません」
 声の主である男に対して気丈に応えているのは、霧燈より二、三歳上の少女。青果店の軒先に立っているのだから、彼女はこの店の娘か何かなのだろう。
(馬鹿々々しい)
 彼らのやり取りを聞いた霧燈は、そのおおよその経緯を察した。男──その背後には、彼と同様に品の悪そうな顔が数人立っている──はこの辺りを縄張りにするヤクザ者、いや、その威光を借りたド三流のチンピラといった所か。
 勝手に小遣い稼ぎをしようとしている手合いだ。その内に組の正規構成員が出張って来て、ごみ掃除でもしてくれる事だろう。変に引っ掻き回しても、分別が面倒になるだけだ。そう判断し、彼はその場を過ぎようとしたのだが、
「なあ、こっちが優しくしてやってる内に、出すもん出してくんねえかなぁ?」
「痛っ──」
 男が少女の細腕を乱暴に掴み取ったその時──
「──おいたは、止めなんし」
 香扇が、やんわりと、しかし冷やかな声音で言い放った。
「ぁあ? 何か言ったか、そこの別嬪な姉ちゃん」
 少女の手を掴んだまま、男が香扇の方を見遣る。
「おや、嬉しや。口の巧い殿方は嫌いではありんせんよ? ですが、用がござんすのは、わっちではなくこの子でありんす」
「おい、香扇!?」
 香扇に背を押され、霧燈が前に出る。
「何だ小僧? 用件ってのはよ」
 少女の手を離した男が、霧燈に詰め寄り高圧的に見下ろした。上から睨まれた霧燈は舌打ちを打って、止むを得ず口を開く。
「あんた達、組はこの事承知してないんだろ。極道にも法はあるだろうに。こんな勝手やって、タダで済むと思ってるのか?」
 子供らしからぬ弁舌を吐く霧燈に、男とその背後の数人は一瞬呆気に取られ、すぐに表情を嘲笑に変えた。
「はっ、人に見せられねえお顔のガキが、舐めた口利いてんじゃねえよっ!」
 男が右腕を振りかぶって、霧燈に殴り掛かる。
 大振りなだけの拳を繰り出したのは、武術の不心得、それだけではあるまい。まさか考えてもいなかったのだろう。両目を布で覆った少年が、この殴撃を捌くなどと。
 左手で拳を払い落し、更に右手を貫手にして、喉元に突き入れて来るなどと。
「ごはぁ!?」
 喉を押さえて、男はその場に蹲る。
「みえでんごが!?」
 苦痛に歪ませた顔を上げ、潰れた声で疑問を発する男。霧燈は、彼が言いたい事を察して、男を見下ろしながら応える。
「ああ、視えてるさ木偶の棒。お前の節穴なんかより、よっぽどな」
 聴勁。
 相対する者と手を重ね、接触部位より伝う相手の勁を読み取り、次の動きを先見する、勁の運用法の中でも上位に位置する技法だが、霧燈はそれを視覚の代替、いやそれ以上の知覚手段となる程にまで拡大させているのだ。
 周囲に生じる力の流れを──たとえそれが停滞する物体であっても、淀みとして──認識する霧燈に、死角は皆無。故に──
 背後から肉切り包丁の肉厚な刃を脳天に落とされても、振り返り様に肘を突き上げ、包丁の柄を握る拳を叩いた。
 包丁を真上に弾き飛ばし、落下するそれを掴むと、峰を返し奇襲を目論んだ男の首筋を強かに打つ。
「喧嘩に刃物持ち出すなよ、みっともない」
 頽れた男の傍に包丁を放り捨てた霧燈は、背後に立つ自身よりも背の高い少女に気を向けた。
「おい、俺の後ろから離れるな」
「──え?」
「勘違いすんな、あっちこっち動かれたら気が散るだけだ。あんたの為に戦うわけじゃない」
「では、わっちの為でありんすか?」
「お前のせいだろ!」
 いつの間にか通りの隅に置かれた樽に腰掛け、暢気な声を掛ける香扇に怒声を返す霧燈。
「嫌ですよう、怒鳴っては。──それより無手では心許ないでしょう、これを使いなんし」
 香扇は壁に立て掛けてあったモップを手に取り、霧燈へと投げ渡す。
「もっとマシなのはないのかよ」
 霧燈は悪態を吐きながら、受け取ったモップで棍術の構えを取る。どうやら、近くに仲間が居たらしく、今しがた伸した男達と似たような手合いが集まり始めた。

「全部纏めて掃除してやる」

リプレイ本文

 後方から奇襲──
 自分ではなく、背後に庇った少女へ向けられた殴撃を認識した霧燈は、咄嗟に彼女の細い足を素早く、かつ柔らかな挙動で払った。
「ひゃっ!?」
 倒れる少女の頭上を拳が薙ぐ。
 少女を片腕で抱き留め、左足を軸に旋回し、奇襲を仕掛けた男から彼女を遠ざける。もう一方の手に握るモップのT字部を男の首に掛けて、回転の勢いのままに地に引き倒す。
「次から次へと……!」
 少女を立たせ、モップを構える霧燈の前に新手が二人立ちはだかった。
「──おいたが過ぎるわよ、あんた達」
 突如、破裂音にも似た音が響き、彼らはそれぞれ左右に吹き飛んだ。霧燈は、男達の側頭に踵と爪先の二連撃を叩き込んだ人物に、眼帯で覆った顔を向ける。
「何だあんた、助っ人か?」
「そうよ、小さな騎士君。加勢してあげるわ」
 布越しの視線を受けたジェシー=アルカナ(ka5880)は、ウインクで以って応じた。
「誰が騎士だ。助太刀してくれるってんなら、こいつを引き取って──」
「あら、絶対に離れるなって自分で言ったんじゃないの?」
 ジェシーの言葉に少女もまた頷いて同意する。
「あー、わかったよ。もう勝手にしろ」
 舌打ちを漏らしてモップを構え直す霧燈と、その背に寄り添う少女。
 二人の様子に微笑みを浮かべたジェシーは、その笑みを嘲りの形へと変えて自分達を取り囲む男達へと振り返った。
「こっちは男の風上にも置けないわね」
 ハイヒールを打ち鳴らすと、舗装された地面に僅かな罅が。
「さあ、踏まれたい奴から掛かって来なさいな」

「ええ匂いやなぁ……」
 青果店から香る、瑞々しく甘い空気に鼻孔を擽られ、目を細める獅臣 琉那(ka6082)。
 だが、上機嫌で居られたのも束の間の事、
「っとと。──ちょい待ちなはれ、兄はん」
 通りを駆け抜けて行く男──今しがた背にぶつかった男を呼び止める。
「人様にぶつかっといて、詫びの一つも入れんと、そいつはあかへんやろ」
 静かながら圧を籠めたその声に、怪訝な表情を浮かべた男が振り返った。
「別に頭下げろとまでは言ーひんよ、一言堪忍や言うてくれれば──」
 笑みを浮かべて告げる獅臣に、男は拳で以って応じた。
 しかしその殴撃は、獅臣の頬に到達する事はなかった。
「──うちの言葉、通じひんかったんか?」
 拳を払い手でいなし、頭一つ高い男に視線を一つ寄越すと、獅臣は首を振って背を向ける。
「もうええ。言葉もわからんお猿はんに、詫びろ言うても仕方あらへん。ほな、さいなら」
「──待て、このクソアマ!」
 挑発に煽られた男が、背を向けた肩に掴み掛った。
「……!」
 男の手が肩に触れた瞬間に、獅臣は肩を前に突き出した。その所作に引かれるようにして、男の身体が泳ぐ。
 引き寄せた鳩尾に肘突きを入れ、男の腕を取ると、背に回して捻り上げる。限界を超えた男の肩から、鈍い音が響いた。
「がぁああ……!」
「しゃんとしなはれ、関節外れただけやないの」
 苦鳴を上げる男に呆れた視線を向ける獅臣。即座に、その眼を周囲に巡らせる。
「──他にも躾の足りへんお猿はんが、ぎょうさんや」
 彼女を取り囲む男達へと。
「ほな、来なはれや」

「ちょ、ちょっと待──」
 大伴 鈴太郎(ka6016)は、逃げ出す野良猫達へ虚しく手を伸ばした。
 ようやく懐いてきた彼らが、一目散に逃げ出した理由は明白。
 喧噪を上げる通りの方へと、怒声を向ける。
「うるせえんだよ、手前ら! 喧嘩なら他所でやれ!」
「ああ? 文句あんのか」
 直後に集まる、敵意に満ちた視線。しまった、と後悔するも後の祭り。弁解を挟む余地もなく、男が一人殴り掛かって来た。
 寸での所で殴撃を躱し、反撃の拳を男の頬骨に叩き込む。
「……っ!」
 拳に痛み。
 この人数を相手に一々殴打で応じていては拳がもたない。覚醒すればこの程度の数は問題にならないだろうが、鈴太郎は精霊の力を行使する事を躊躇した。
 この心の竦みが何に起因するか、彼女はそれを自覚している。覚醒者の暴力が何を齎すか、もう既に知っていた。──命を奪う、あの感触は。
 顔を顰めて視線を巡らすと、屋台の食材置き場にある南瓜を捉える。
「おばちゃん、これ借りるぜ」
 店員の中年女性に断りを入れて南瓜を手に取ると、手近な男に放り投げる。
「ナイスキャッチ!」
 南瓜を受け止め、衝撃に身体をくの字に折った男の首を刈り取るように、回し蹴りを放った。
「ほいよ、おばちゃん、あんがとな」
 男が取り零した南瓜を地に落ちる前に受け止め、店員に返す鈴太郎。
「お嬢ちゃん!」
「ん? うおっ!?」
 店員が指差した方へ振り向くと、猛進して来る男が一人。
 咄嗟にその頭を押さえ、馬跳びの要領で突進を躱す。
「──あ」
 そのままの勢いで男が突っ込んで行った先を振り返った鈴太郎は、小さく声を漏らした。
 
「何か騒がしいな」
 市場に設置された食卓の一席に座し、通りの喧噪に首を傾げるのは、ジャック・エルギン(ka1522)。
「ま、いっか。今は、こっちのが大事だ」
 常なら、騒動と見るや首を突っ込む性分だったが、今は待ちに待った一杯の方が彼の心を惹いて止まなかった。
「これが、ラウメンか」
 澄んだスープに麺が沈み、煮込んだ牛肉が盛り付けてある丼。話に聞いていた物とは若干違う気もするが、『ラーメン』と『拉麺』、発音は同じでも、全く異なる料理がある事を知らないジャックは、特に気にせず店員にフォークを注文する。
「はいよ、お客さん」
「ワリィな。どうもハシってのは扱いが難し──ゴブッ……!?」
 フォークを受け取り、早速麺を絡めるジャックの背に衝撃。
「だ、大丈夫かい、お客さん」
 ジャックは湯気立つ丼に顔を突っ込んだ。
「おい、テメエ」
 次の瞬間に食卓を叩いて立ち上がると、背に突っ込んで来た男の髪を引っ掴む。そして、男の顔面を食卓に叩き付けた。
「人さまのメシを台無しにしやがって、熱いじゃねーか──よ!」
 更にもう一度叩き付け、鼻を曲げて意識が混濁した男を放り捨てる。
「おい、あの金髪もやっちまえ!」
 仲間が伸される様を見た男達が、ジャックへと殺到する。彼らへと一瞥を寄越したジャックは、食卓の天板に足を掛けて蹴り飛ばした。勢い良く滑った食卓が男達を弾き飛ばす。
「ざまあ見ろ」
 そちらに嘲笑の笑みを向けてから、次に周囲を見渡すと、その表情を苛立ちのそれへと変える。
「女子供見境なく喧嘩吹っ掛けやがって」
 首を回して骨を鳴らすと、硬貨を一枚弾いて店員に渡す。
「もう一杯作っといてくれ。今から喧嘩の仕方を、連中に叩き込んでくっからよ」

 殴り掛かってきた男の上腕を蹴りで払い、足を落とす事なく更にこめかみに爪先を入れる。
「まったく、分を弁えないチンピラの相手は疲れますね」
 地に倒れた男を一瞥し、尚も周囲を取り囲むならず者達へ呆れた視線を送るのは、狭霧 雷(ka5296)。その両腕には、勤め先の喫茶店で必要な品々が入った買い物袋が。買い出しの途中でこの騒動に巻き込まれたのだ。
 溜息を漏らす狭霧を拳突が襲う。拳に背側を向けるように半転して回避。回転の勢いを乗せた後ろ回し蹴りを、男の腹に叩き込む。
 足を戻した狭霧へ、更に大振りの拳撃。上半身を逸らして躱すと、何故か拳を放った男の口端が上がった。
「──っ!」
 咄嗟に荷を上空に放り投げ、仰け反った身体を立て直さずに足を跳ね上げる。爪先が正面に立つ男の顎を蹴り上げた。
 片手を着いて更に後方へと足を振り下ろす。爪先が、背後から掴み掛かろうと目論んでいた男の脳天を捉えた。
 両足を地に着け、落下して来る荷を柔らかな手付きで受け止める。
「中身は……無事ですね」
 安堵の息を吐き、狭霧は周囲を見渡す。先程よりも幾らか警戒の濃度が増したが、それでも尚、彼らは敵意を失っていないらしい。
「仕方ない。では少々、痛みを以って己の分というものを知って貰いましょう」

「クソ、クソ、クソ! 何だこいつら、おいもっと手勢を集めろ!」
 通り掛かりのハンター達に押され、喚き散らすならず者。その肩を叩く者が一人。
「オーイ、そこのにーちゃんサ~、ちょっち聞いてくんない?」
 酒を注いだジョッキを片手に持って、男に話し掛けたのはリオン(ka1757)だ。
「見てよコレ、あたしまだ一口も付けてないってのに、この様なわけ」
 ジョッキで示した先にあるのは、二つに割れた食卓。真っ二つになった食卓の中心でならず者の一人が伸び、その下には数種の料理が無惨にもぶち撒けられている。
「俺が知るかよ、飯が食いたきゃ他所に行け!」
 リオンの手を振り切って、男は仲間の加勢へ向かう。が、その腕を握るリオンの手。
「しっつけえ──」
 振り返って怒声を浴びせようとした男の顔面に──
「ざっけんじゃねぇ!」
 唸りを上げるジョッキが叩き込まれた。
「──あ~、やっちった。酒まで駄目になっちったジャ~ン? てか、こんなんじゃ駄目だわー、全然治まんないわー」
 吹き飛んだ男に一瞥すら寄越さず、持ち手だけが残ったジョッキを放棄する。
「テメエ、何しやがる!」
 額に手を当てたリオンに殴り掛かる新手。その拳が、開いた五指に阻まれる。
「だかっさぁ──」
 リオンは凄まじい握力で拳を掴んだまま腕を振り回し、市場を囲む塀へと叩き付けた。
「がふっ!」
 絶息する男を、拾い上げた四脚椅子で拘束し、
「それは、あたしの台詞だろうがぁ!」
 動きを縫い止めた男の鼻っ面を、殴打。
「──まあ、こんなもんかナ~?」
 三発程で怒りが落ち着き、リオンは周囲を見回す。すると、樽の上に腰掛け、何やら楽し気な様子の見知った女性を見咎めた。
「アッレ~、もしかしてヘビネーチャン? えっと、そう、カセン! お~い、カセぽよー」
 手を振り、声を張り上げると、こちらに気付いた香扇がにこやかな笑みを浮かべながら、手を振り返した。
「じゃあ、せっかくの喧嘩だし~? あたしもエンジョイしちゃおっかナ?」



 四人に取り囲まれた狭霧は、再び荷を放り上げ、脚のみならず両腕も使用して猛攻を捌く。腕で拳を払い、同時に膝頭で蹴りを止める。
 更に、左に位置する男の腕を取って立ち位置を変え、右から放たれた拳の盾に利用する。
 同時に敵の包囲から抜けると、見計らった通りに落下した荷を受け止めた。
 息が上がっている事に気が付き、苦笑する。
「私も精進が足りないようですね。──丁度良い、鍛え直すには良い機会です」

 突き出された拳突を拾った梯子の隙間に絡め取り、捻じり上げる。苦鳴を漏らす男の腹に膝を入れて黙らすと、入れ替わりに突き出された包丁を、梯子で受け止めた。
「そう頭に血ぃ昇らせんと──」
 包丁を握る男を突き飛ばす。その胴を縦木の間に挟み込んで梯子を振り回し、男の身体を鮮魚店の生け簀の中へと放り入れた。
「──ちっとは頭冷えたかいな?」

「どぅわ!」
 驚きの声を上げながら、宙を舞うジャック。受け身を取って地を一転し、自身を放り投げた相手を見上げる。
「なんつー巨体だよ……」
 そこには居るのは、山のような大男。既に二、三発拳打を入れたものの、こたえた様子はない。
「そんなら──」
 金物屋に並べられた巨大な寸動鍋を手に取り、大男目掛けて疾走。
 大振りの拳を掻い潜り背後に回ると、露店の柱を蹴って跳び、大男の頭に鍋を被せる。
「おい、オヤジ。それくれ!」
 大男の首回りに組み付き、露店の店主が投げ渡した麺棒を受け取ると、それを思い切り鍋に叩き付けた。
 鐘の音に似た音が響き、一度身を震わした大男が前のめりに倒れる。
「喧嘩ってのはこうやんだよ、よーく憶えとけ」

「鬼さんこっちら──!」
 駆け回る鈴太郎に、頭へ血を昇らせた男が脇目も振らずに突っ込んだ。
「馬鹿が来る♪ ってな」
 頭を押さえ付け、頭上を跳び越えて回避。勢いのまま男が支柱に突っ込み、露店が崩れ落ちる。
「後は任せろ、嬢ちゃん!」
 下敷きになった男が、市場に屯す人々に袋叩きにされる様を見送り、別の相手を探す視線が、包丁を手にする男を捉えた。
「うげ、勘弁しろよ。おばちゃん、また何か貸してくれ!」
 先程の屋台に手を差し出す合間にも、横薙ぎの斬撃が放たれる。鈴太郎は手に乗せられた物を咄嗟に掲げた。
「って、大根じゃねえか!?」
 手に握った物が、白い根菜と見るや咄嗟に上半身を後ろに下げる。目前を過ぎた刃先は、大根を輪切りにした。
「ちょ、タンマタンマッ!」
 大根を握ったまま、慌てふためく鈴太郎。だが──男は包丁を振り上げた体勢のまま、前のめりに倒れた。
「大丈夫かい、お嬢ちゃん」
 倒れた男の向こうで、鉄鍋を持ち力強い笑みを浮かべる中年女性を見て、鈴太郎は脱力した。
「……しぇいしぇ」

 
 竜巻。
 両手で自重を支え、円周の旋脚を放つジェシーを表すなら、その一言に尽きる。
 仮にその暴風圏に立ち入れば、己の蛮勇を呪う事になるだろう。既に、その事を知った者が何人も地に転がっている。
 そしてまた、浅はかな男が一人。回転する双脚の軌道を掻い潜ろうとした彼は、その愚行のツケを支払う事になった。
 次の瞬間、旋脚の軌道が変わる。
 横に円周を描く脚を、下から上へ突き上げる軌道へ。
 男の顎を打ち上げたジェシーは、脚の遠心力を利用して体勢を戻して、ハイヒールで地を踏み鳴らした。
「まだ懲りないなら、コレで潰してあげましょうか?」

「クソッ、付き合ってられっか!」
 ハンター達に敵わないと見るや、ならず者の一人が一目散に逃げて行く。群衆の壁の奥へと逃走した彼を追うのは不可能だろう。──少なくとも、地上を走る限りは。
「待て待て待ってーい!」
 積み上げた木箱を踏み台に、露店の梁に跳び上がったリオンは、頼りない足場の上を躊躇なく疾走する。
「ひゃっほう♪」
 男の真上まで追い縋ると、天幕の反発力を利用して、大きく跳躍。
「喰らえ必殺──ステゴロ・メテオ☆ブレイク!」
 落下の勢いを全て乗せた拳を、逃げる男の背にぶち込んだ。
 吹き飛ばされ、痙攣する男を尻目に、リオンは満足気に腕を伸ばす。
「んあー、スッキリした♪」



「あんた、普段は護拳使ってるだろ。素人が素手で拳骨握ったら、骨を痛めるだけだ。掌底で打つんだよ」
「お、おう、わかった」
 鈴太郎は霧燈に説教を食らっていた。
「やっと、ようやくありつけたぜ」
 拉麺を前にして感動に震えるジャックと、
「もっとジャンジャン持って来ちゃってー」
 一人で満漢全席を平らげる勢いのリオン。
「あの、私そろそろ喫茶店に戻らないといけないので」
「ちょいと待ちなんし。もちっと付き合って行きなんせ」
 逃れようとする狭霧の腕を香扇が絡み取った。
「怪我がなくて何よりだったわ」
「はい。あの子が護ってくれたので」
「今の内に捕まえておきなさい。彼は良い男になるわよ」
 ジェシーは青果店の娘と談笑し、
「今日もええ一日やった~」
 そして獅臣は、一人静かに茶を啜った。

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重体一覧

参加者一覧

  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • HappyTerror
    リオン(ka1757
    人間(蒼)|20才|女性|疾影士
  • 能力者
    狭霧 雷(ka5296
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 救済の宝飾職人
    ジェシー=アルカナ(ka5880
    ドワーフ|28才|男性|格闘士
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 忍者(自称)
    琴吹 琉那(ka6082
    人間(蒼)|16才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 異世界武侠の相談卓
ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/05/31 18:17:56
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/28 08:55:34